居場所
『ゴブリン8、ナーガ6、ミノタウロス4、ゴルゴーン4…』
通信機を通してオペレーターの瀬戸口の声が響く。
「1番機、壬生屋出ます」
『おっと、あんまり突っ込みすぎるなよ、お嬢さん』
戦闘中だというのに、軽い調子の瀬戸口の声に反発を覚えた。
「わかっております!」
ああ、また。
この男相手だと何故かいつも必要以上にムキになって言葉を返してしまう。
何故だろう…?
『壬生屋、戦闘中に気を抜くな。ゴルゴーンがおまえを狙ってる』
「あ、はい。申し訳ありません」
考え事の当事者からの通信で壬生屋は慌ててゴルゴーンの射程から逃れた。
次のターンで一気に射程を詰め、大太刀を突き刺した。
朽ちていく幻獣を確認しつつ、次の標的を探した。
ちょうどこちらに背を向けているミノタウロスを見つけた。あれだ!
方向転換をして、ミノタウロスへの接近を試みる壬生屋にまたもオペレーターの声が割りこんだ。
『おまえの機体は昨日やっと修理できただけで、性能が低い。ミノタウロスは遠距離からの速水機や滝川機に任せておけ』
「少しぐらい性能が低くても、まだ故障はしていません。大丈夫です。それにミノタウロスは遠距離攻撃では中々体力を削れません」
『そんなことを言ってると次は大破だ。また士魂号を廃棄処分にしたいのか?後の迷惑を考えて行動しろよ』
「ちゃんと考えています。だいたい何故あなたはわたくしにばかり構うのですか?あなたはわたくし専用のオペレーターなんですか?」
『…馬鹿いうな。ちゃんと他のパイロットも誘導している。だけど我侭娘の相手は2、3機分に相当するから、ののみに担当させるのは可哀想だろ?』
「!…我侭娘?…わたくし・・が?」
『そうだ。ちっとも指示に従わないくせに』
「……取込み中ですので、その話は後で」
壬生屋は交信の間も目標に接近し、ミノタウロスに背中からの一撃を加える。返す刀でもう一太刀。
『壬生屋、前ばかり見るな!横からもミノタウロスがっ!』
「えっ!?」
目の前のミノタウロスが倒れて油断していた。慌てて右に構える。
『駄目だ!一旦引け、壬生屋!1匹じゃない』
右から迫っていたのは2匹のミノタウロス。
「まだ、やれます!」
壬生屋は右斬りを決めたと思った。が、大太刀がミノタウロスの分厚い身体の途中で止まる。
「くっ…抜けない!」
何とか大太刀を抜こうと悪戦苦闘している間にもう1匹のミノタウロスから生体ミサイルが発射された。
「きゃあぁ!」
『壬生屋!』
士魂号の制御装置が故障したようだ。動かない。
『壬生屋、早く脱出しろ!3番機のミサイルの射程に入ったから幻獣には構わなくていい』
「はい!」
瀬戸口の言葉どおり3番機が到着し、壬生屋の側のミノタウロスの注意を引いてくれていた。
その隙に脱出し、補給車を目指す。
結局3番機のミサイルを機に幻獣は撤退を開始し、勝利を納めた。
壬生屋はヘッドセットを外し長い黒髪を揺らしながら、残骸となった1番機を前にした。これではもう廃棄処分だろう。
「ごめんなさい…わたくしの1番機…」
「だから言っただろう」
後からかかる声。誰の声かわかっている。だから振り向かなかった。
「士魂号はおまえさんの身代わりだ。あれが大破したってことは、もしおまえが士魂号のパイロットではなくスカウトだったら死んでいたってことだ。それぐらい分かるよな?」
淡々と語られる瀬戸口の言葉に反論の余地はない。
肩が震えて、思わず零れ落ちそうになる涙をぎゅっと目を瞑って堪える。
「ったく。何でいつもそんなに心臓に悪い戦い方しか出来ないんだ?後ろで見ていることしか出来ない者の身になってくれよ。士魂号の替えはあっても、おまえの替えはないんだぞ?」
「……わたくしの代わりなど…幾らでも。わたくしが死んでも誰かがパイロットになるだけ」
「馬鹿!」
鋭い声に思わず振り返る。殴られるのかと思った。
実際、瀬戸口は手を上げかけて途中で意志の力で抑え込んだ様に拳を震わせていた。
「士魂号のパイロットには代わりがいるかもしれないが、壬生屋未央はたった一人だろう?」
「…瀬戸口くん?」
「おまえさんの代わりはどこにもいないんだ」
壬生屋の瞳から涙がほろりと零れ落ち、瀬戸口が壬生屋の頬に向かって手を伸ばそうとしたその時―
「おお、ここにいたのか、壬生屋!」
おおらかで脳天気な声が割って入った。
「若宮くん」
瀬戸口は何の用だとばかり、じろりと若宮を睨みつけたが、当の若宮は気づいている様子もない。
「素子さんがおまえに話があると探しておられたぞ。着替えたら来てくれと、壬生屋」
「原さんが…ですか?…はい、今行きます」
壬生屋は士魂号の残骸に再び目を走らせた。原の用件はこのことについてのお小言だろう。
壬生屋は瀬戸口と若宮に頭を下げると背を向けて歩き出した。
「どうした?瀬戸口」
若宮は不機嫌そうな瀬戸口に不思議そうに尋ねた。
「別に…」
瀬戸口はそっけなく答えるとその場を離れた。
「どうして呼ばれたのか分かっているわね?壬生屋さん」
原は腕組みして壬生屋を迎えた。
「はい…申し訳ありませんでした!士魂号を壊してしまって」
「わかっているならこれ以上言わないけど、戦い方を変えないとあなた死ぬわよ」
「…そんな、死んだりなど」
「絶対無いと言えて?士魂号は予備機が明日には入るわ。でも、あなたが死んだら取り返しがつかないのよ。もっと考えなさい」
原の言うことは先程瀬戸口の言ったことと同じようなことだった。
瀬戸口とはいつも反発しあっている仲だが、先程のセリフは意地悪でいったものではないことはわかっていた。
原の元を辞して、壬生屋は考え込んでいた。
戦い方を変える…だって、そんな事どうすればいいのかわからない。
ずっとこんな戦い方しか習ってこなかった。
それを変える。今までの生き方を全て否定されてしまうようなそんな気がしていた。
「壬生屋」
名前を呼ばれて顔を上げると瀬戸口が立っていた。
「……失礼しますっ!」
「おい?」
気がついたら瀬戸口から逃げるように駆け出していた。
また否定されるような事を言われたくはなかった。
小隊長室の横に立つ大木。通称同調の木の下に駆け込んで上を見あげる。
登れそう。小さい頃はよく兄と一緒に木登りをしたものだ。
登りやすそうな木の窪みに足をかけると身体を引き上げた。
はじめてこの木に登ってみたが、意外と快適なことに気がついた。
そういえば彼は、瀬戸口は時々この木で昼寝をしていたような…そこまで考えて首を振る。
何故、瀬戸口のことが浮かんでしまったのだろう?
ああ、でも本当にここはお昼寝にいいかも知れない。何だか眠くなってくる…
うつらうつらとしていた。
頭が下がりバランスを崩しかけたと思ったら誰かの腕に支えられた。
その誰かにもたれかかってまた眠りに入ろうとする。そうね、こっちの方が気持ちがいい…
(……………え?……今…何を、わたくし………えぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!)
突然覚醒した。(わたくしは、今?)
「暴れるな、落ちる」
突然耳元で響いた美声。
壬生屋は木の上で横に座った瀬戸口に支えられていることに気づいた。
「な、な、何であなたが?何やってるんですか〜!」
「仕方ないだろ?下を通りかかったらおまえが寝ながら落ちかかっていたんだから」
「そ、それはご迷惑をおかけしましたっ!」
壬生屋は自分が今掴まっているのが木ではなく、瀬戸口の身体であることに気づいてぱっと手を離した。
「掴まっててもいいぞ。おまえ危なっかしいからさ」
「いえ、もう大丈夫です。目が覚めましたので…」
壬生屋は木に掴まりながら答えた。
「木の上で寝ようなんて、慣れてなきゃ危険だってことぐらいわからないのか?」
「……寝ようと思って登ったわけでは…」
シュンとしてしまった壬生屋に追い討ちがかかる。
「じゃあ、何をするつもりだった?」
「考え事をしたくて…1人になりたかっただけです。それでここへ登ったらあんまり気持ちがよくてつい…」
くすっと瀬戸口が笑った。
「つい…か。確かにここは気持ちがいいからなぁ。俺もよくここで寝てる」
「そうですね」
「で、考え事って?1人で考えるより誰かに相談した方がいい知恵がわくと思うが?ついでだから相談にのってやる」
「…あなたは言われましたよね?どうしてそんな戦い方しか出来ないのかと。原さんにも言われました。戦い方を変えないと死ぬと。でも…わたくしは今の戦い方しか出来ないのです。どうやって変えればいいのかわかりません」
「…壬生屋。おまえは戦闘の時、死にたいと思ってるのか?」
「まさか!そんな筈がないじゃないですか。ただ、わたくしは幻獣を倒したいとそれだけで」
「もっと自分のことを考えてみろよ。生き残りたいって思えないのか?」
「わたくしだって生き残りたいです。でも、戦闘中は目の前の敵のことしか目に入らなくなるんです」
「猪突猛進なお嬢さんだからな」
瀬戸口はふと壬生屋から顔を逸らして溜息をついた。そしてもう一度壬生屋の方を真っ直ぐに覗き込む。
「じゃあさ…こう考えられないか?生き残って誰かのところへ帰りたいと」
「誰かって…」
「おまえにだって好きな奴ぐらいいるだろう?」
「好きな…そ、そのような人は…」
至近距離にある瀬戸口の紫の瞳に見つめられると恥ずかしくなって目を逸らす。
「…仕方ないな、…俺が待っててやるから」
「は?あの…」
彼は何を言ってるのだろう?
壬生屋が顔をあげて瀬戸口を見ると、今度は彼の方が横を向いた。少し顔を赤らめている。
「俺が待っててやるから死なずに帰って来いって言ったんだ」
壬生屋がきょとんとした顔で瀬戸口を見上げると、瀬戸口は「…やっぱり鈍いな」と低く呟いた。
すっと瀬戸口の顔が近づく。
「!!・・…○▲××□〜〜〜〜」
壬生屋の唇は瀬戸口のそれに塞がれていた。
「な、な、な、…あ、あなたは…ふ、ふ、不潔で…きゃっ!」
瀬戸口が離れると思考を再開させた壬生屋が混乱しながら瀬戸口に平手打ちをかまそうとすると、グラリとバランスを崩しさっと瀬戸口の腕に抱きこまれた。
「落ちるから暴れるなって言ったろ?」
「瀬戸口くん…どう‥して?」
「ん?何が?」
「わたくしに・・・え、えっと、その…く、口付けを…」
「おまえのことが好きだから。死んで欲しくないから。まだわからないのか?」
「そんな…まさか…だって、あなたはいつも」
「苛々してた。危なっかしくて見てられない。戦闘中も誰よりも手がかかる。それでも、おまえから目が離せない。おまえのことが嫌いなのかと思っていたけど、逆だった。おまえを愛してる。…だから俺の側にいてくれ。戦闘でも絶対死なずに俺のところへ戻ってくると誓ってくれ…」
瀬戸口の腕に包まれていると暖かくて気持ちがいい。
その癖、心臓がバクバクと音を立てて落ち着かない。
心地いいのに恥ずかしい。自分の身体中がかぁっと熱くなるのを感じた。
そして自分もずっと彼のことが好きだったのだと思い知らされた。
「ち、誓います…あなたの側にいさせてください。必ずあなたの元に戻ってきますから…」
震える声で答えた壬生屋に瀬戸口は優しく微笑んだ。
「じゃあ誓いの印だ…」
再び与えられた優しい口付けを壬生屋は目を閉じて受け止めた。
生き方を変えられる訳じゃない。わたくしは今、ずっと探していた居場所を見つけたのだ。
‘あなた’という唯一つのわたくしの居場所を。
FIN
果林さまのサイト『かりんの小部屋』でのリクエスト企画、記念すべき代1位の瀬戸壬生SSがフリー配布との事で頂いてまいりました〜!
どうでしょう!このお互い気になって気になって仕方ない瀬戸壬生と、後半でのラブラブモード!これぞ瀬戸壬生ですね〜!素晴らしいです!果林さん、ありがとうございます〜!
大切ないただきものへ
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