道化師と特攻乙女
それは壬生屋にとってもはや習慣に近かった。
誰にも気付かれないように、小隊長室の脇にある大樹の下で一人で涙を流す。
なぜか自分にだけは冷たい言葉を投げつける瀬戸口。傷つくと分かっていても彼に近づいてしまう。
傷ついて、こうして一人で泣いている。
自分は、愚かだ。きっぱりと諦めてしまえば楽なのに──。
彼を諦めてしまうことは、彼に近づいて傷つく事より、はるかに苦しいと事に思える。
本当に、どうかしている…。
ひとしきり涙を流すと、壬生屋は大きな幹に手をついてため息をついた。
──と、新緑の季節であるにも関わらず、青々とした木の葉がはらはらと落ちてくる。
不思議に思った壬生屋が振り仰ぐと、なにやら白い大きなヘビのような物体がクネクネと太い枝に絡み付いている。
「ひっ!!」
驚いて壬生屋が後ずさると、白い物体はシュタッという音とともに壬生屋の目の前に飛び降りてきた。
「い、岩田さん?」
恐る恐る壬生屋が口すると白い物体──岩田裕は奇妙なポーズを取って一礼(?)した。目に映った白い色はどうやら彼自慢の奇妙なデザインの洋服だったようだ。
「ハ──ッハッハッハァ!イワタマン登場ぅぅぅぅ〜〜〜!!スゴクイイィィィ〜!!」
「…」
言葉を発する事も出来ずにつっ立っている壬生屋。岩田は壬生屋の搭乗する一番機の整備士であり、一応の面識はあるが、奇抜な言動で、小隊の誰もが冷たい視線を送るどころか、なるべく関わらないようしようと、距離を置いていた。
壬生屋も、おそらく自分の精神構造の対極にいるとの認識で、整備面での問題があった時でも、なるべく田代や遠坂と話し合う事にしていたのだ。
呆然としている壬生屋の前で岩田は一時もじっとしていることなく、軟体動物のような動きをしながら、「すごくいい」を連発している。
このまま逃走しようか、と思い始めた壬生屋の前で、岩田はどこからか大きなスイカを取り出した。
そして、それを人差し指一本で支え、奇妙なポーズを取ったまま、クルクル回しながら、壬生屋ににじり寄ってくる。
反射的に遠ざかろうとする壬生屋。が、背中が小隊室の外壁にぶつかり、これ以上後ずさる事ができない。
「問題です!!!」
岩田が叫んだ。
「スイカが一番美味しい時はいつでしょう!!」
「…は?」
呆ける壬生屋。岩田はそんな壬生屋を無視し、ずいっと壬生屋に顔を近づけて「さあ、答えなさい〜!」と絶叫した後、壬生屋を囲むようなステップでへんてこりんな踊り続けている。それでも、人差し指に支えられたスイカは落ちそうな気配もなく、見事なバランスを保ち続けているように見えた。
なんだか状況がよく理解できない壬生屋だったが、とりあえず、岩田の質問に答えてみる事にした。
「な、夏ですか?」
「正解はっ!!!」
岩田はスイカを高く放り投げた。綺麗な放物線を描いて落下してくるスイカ。
そして岩田は目にもとまらぬ手刀を頭上のスイカに叩き込んだ。それは幼い頃から剣術の訓練を積んで来た壬生屋の目にも止まらないほどの早業だった。
そして、またもやどこから取り出したのか、岩田の頭の上にのせられた、大きな盆の上に見事に8等分されたスイカが、一切れ一切れ、ストンストンと落ちてくる。
「食べてる時です!!!」
「──え?」
「これこそ、アメリカンジョークゥゥゥゥ〜!!スゴクイイィィィィ〜!!!」
冗談の意味がわからず、立ち尽くしている壬生屋。
「あの、岩田さん──」
声をかけようとする壬生屋をさえぎって、岩田がまたも叫んだ。
「ああっ!こんな時間ですっ!!!わたしは江戸助六太鼓の稽古に行かなくてはなりません!!」
「…えどすけろく?」
「貴女にはスイカが似合う。スイカのように頑張りなさい〜!」
壬生屋に頭の上のスイカを一切れ差し出す。唖然としながらもそれを受け取る壬生屋。岩田はくるくるとコマのように回転しながら、しかも頭上のスイカを落とすこともなく遠ざかっていった。
それから数日、岩田は壬生屋がその大樹の木の下にいると、必ずと言っていい程現れて、意味不明の事(に壬生屋には見える)をしたり、言ったりして、壬生屋が二の句を告げない間に去っていくのだった。
その日も壬生屋はいつもの場所で泣いていた。もうこれ以上涙は出ないと思っていても、涙は溢れて止まらない。
もうこんな思いは嫌だ。もう楽になりたい。彼の事を忘れてしまえば、こんな辛い事もなくなる…。
「問題ですっ!!!」
突然背後から声がして、振り返る。もちろん目の前に立っているのは岩田だ。
岩田はいつものように、壬生屋が何かを言うのを待たずに、踊りながら続けた。
「『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は?』さて、歩く姿はなんでしょうぅぅぅぅぅぅ〜!!」
「え?え?ゆ、百合の花、ですか?」
涙目のまま、壬生屋が気迫(のようなもの)に押されて答える。
「ファイナルアンサ〜〜〜〜〜〜!!!!!?????」
「はい?」
「復唱しなさいっ!さあ!『ファイナルアンサァ!!!???』」
「は、はいなるあんさー…」
舌足らずだが、言われたまま繰り返す壬生屋。岩田はそのまま、壬生屋に食い入るような視線を向け始めた。息を止めているようにも見える。なぜか遠くから『デンデデンデン デンデデンデン』という効果音のようなものが聞こえる気がした。
「────────────────っ!!!!!!!!!!!!!!!!」
血走った目で壬生屋を見つめていた岩田は、やがて表情を崩して(笑顔らしい)高らかに宣言した。
「せーーーーいかいですっ!!エクスタシイイィィィィィィ〜〜〜〜!!」
何がなにやらわけのわからない壬生屋の前で、岩田はくるくると舞っている。
やがて壬生屋の前でピタリと動きを止め、取り出したハンカチを手に被せ、壬生屋の目の前にかざした。「八代辺りでね。流行っる手品なんだけどね」と言いながらハンカチを外すと、岩田の手には一本の百合が握られていた。差し出された百合を受け取る壬生屋。
「貴女には百合が似合う。百合のように頑張るのですぅぅ〜!!」
やはりクルクルと回りながら、岩田はどんどんと壬生屋から遠ざかっていった。
帰宅した壬生屋は、岩田が残していった百合を、捨てられずに花瓶に挿して窓辺に飾っていた。
どうにも壬生屋には岩田の行動や思考は読めないが、ひとつだけ確かなのは、あの大きな木の下で、自分が泣いている時に、彼が現れれる、という事だ。お世辞にも洞察力に優れているとは言えない壬生屋でも、彼が自分をなんらかの形で励まそうとしてくれている事は、分かっていた。
月あかりを浴びる白い百合の花を見ながら、壬生屋はしばらく考え込んでいた──。
翌日、壬生屋はプレハブ校舎の屋上で、同じ組の遠坂、中村らとなにやら話し込んでいる岩田に声をかけた。
「岩田さん」
「ノオ!!イワタマン、またはイワッチと呼びなさい!!あかさたな〜、おこそとの〜、笑えば幸せやって来るぅ〜!」
ふふっと声を出しで壬生屋は笑うと、自分の周りで踊り続ける(遠坂と中村がとんでもなく冷たい視線を送っている)岩田を目で追いながら、告げた。
「ええと、じゃあ、イワッチさん。わたくし、あの、決めました。あなたのおかげです」
「決めた!!決めましたか!!スゴクイイィィィィ〜!では、昨日マスターした新しいステップを披露してあげましょうぅぅぅ〜!!」
さっきのまでの踊りとの違いが壬生屋にはよくわからなかったが、岩田がまた壬生屋の前でグルグル回っていた。それでも何か可笑しくて壬生屋は笑った。
「ありがとう。いつかきっとこのお礼はしますわ」
「普通の反応をしてどうするんですかぁ〜!そういう時は「フフ、やりますね」と言うのです〜!!ハーッハッハッハ!!しかし、どうしてもお礼がしたいなら!」
岩田は周りながら続けた。
「私へのお礼は15回払いが可能です!!」
「???」
「しかも!!!!!!金利手数料はジャパ○ット負担です!!スゴクイイィィィ!!!」
「はい?」
「いいから早くいきなさいぃぃぃぃ〜!」
不思議そうな顔をしながらも、ぺこりとお辞儀をして去ろうとする壬生屋の背中に、岩田が声をかける。
「わたしは200ループ…いや、200回フラれましたが、諦めていないのです!!当たって砕けるぅ〜!メソポタミアァァァァァン!!!」
壬生屋はにっこりと笑った。大きな声で叫ぶ。
「わたくし、千回ふられても、諦めませんから!」
「ノオォォォォォォ〜!!!!わたしを越えましたね…。…ジョー…。ガクッ!」
岩田は壮絶に倒れこんで、ピクピク痙攣している真似(?)をしていた。傍にいた遠坂と中村は毎度のこと、とさっきよりもより冷え切った視線を岩田に送っていた。
それをみて、くすくすと笑うと、壬生屋は踵を返し、真っ直ぐに、彼女の想い人へ駆けていった。
まだ厳しい彼の視線を受けても、もう、壬生屋の目に涙はなかった。
これに後書きなんか書けるか〜!!
昔ファンパレのマイナーカップルスレッドで、岩田&壬生屋(×じゃないけど)みたいのを書いていた事があって、それを思い出して書いてみました。しかし、本当にただのイワッチだな〜。
こんな風にふっきれる壬生屋は、嫌だ〜!!やりなおしを要求する〜!!(笑)
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