万華鏡


 くるくる、くるくる
それを回すといくつもの模様を織り成す
キラキラ、キラキラ
ずっと見ていても飽きないぐらい綺麗


「未央…未央!」
少し大きな声で呼ばれ、壬生屋はびくりとして振り返った。
少し呆れたような瀬戸口の姿を見つけ、立ち上がった。
「隆之さん、ごめんなさい。呼びました?」
「いや、さっきからずっとそれを覗いているから」
壬生屋の手に握られた万華鏡を指差した。
「あ…わたくし、いつもこれを見ているといつまでも飽きないのです」
瀬戸口は壬生屋を後から抱きしめた。
「俺がいるのに退屈?」
壬生屋は耳まで真っ赤になって首を振った。
「そんなっ!違います。退屈だなんて…」
瀬戸口は壬生屋の手から万華鏡を取り上げた。
「結構古い物だな…」
それは何の変哲もない、よく土産物屋や縁日で売っているような万華鏡だった。
筒に巻かれた千代紙はすでに日に焼けて変色し、年月を感じさせる。
「子供の頃に、お祭で兄さま…兄が買ってくれたものなんです」

瀬戸口は兄という単語に心がざわめくのを感じた。
壬生屋との会話に時々登場する兄は、幻獣にひどい殺され方をしたという。
壬生屋があれほどがむしゃらな戦い方をするのも、その兄の仇を取りたいということも一因なのだろう。
壬生屋が時々語る兄の話は、彼が妹を溺愛していたに違いないと思わせた。
もしかしたら彼女の兄が生きていたら、自分が彼女の傍らにいることさえ許されなかったのではないだろうか、そうとすら思える。
こんな風に彼女の部屋を訪れることも難しかっただろう。
そんなことを考えながら瀬戸口は壬生屋を抱きしめたまま、隅の文机を振り返りそこに置いてある写真立てを眺めた。
写真の中には小さな少女の手を引いた少年。
それは幼い壬生屋とその兄の写真だった。壬生屋によく似た顔立ちの、ただし瞳だけは黒い少年。
「何を見ていらっしゃるのですか?」
瀬戸口の腕の中にすっぽりと収まった壬生屋は首を捻じ曲げて瀬戸口の方へ向けた。
「おまえの小さい時の写真…ほら、兄さんと一緒に写ってるやつ。子供の頃のおまえも可愛いな」
壬生屋は頬を赤らめた。
「そ、そうですか?わたくし、小さな頃は苛められていたのですよ。その頃から胴衣を着せられていましたし、目の色だって青でしたから」
「俺がその頃傍にいれば、守ってやれたのにな…」
「まあ、うふふ。ありがとうございます。でも大丈夫でしたわ。わたくしだって負けていませんし、それに何より、いつも兄が守ってくれていましたもの。あの頃のわたくしには兄が全てでした。両親も大好きでしたが、兄は特別だったんです。わたくし、よく『お兄ちゃんのお嫁さんになるの』って言ってましたわ」
そう言って笑う壬生屋はとても愛らしく、瀬戸口は壬生屋の亡き兄に対する嫉妬が湧き起こってくるのを感じた。
後から抱きしめていた身体の向きを不意に強引に変えさせると、桜色の唇に噛み付くようにキスをした。
「た、隆…」
言葉を封じ、呼吸さえ奪うように壬生屋の口内を味わい、やっと唇を離したときには壬生屋は少しぐったりと瀬戸口の胸にもたれかかってきた。
「…急に…どうなさったのですか?」
荒い呼吸を吐きながら問いかける壬生屋を瀬戸口はそっと抱きしめた。
「…ごめん」
それだけを呟いたが本当は心の中で叫んでいた。
『俺だけを見て、俺だけを愛して!』
例え、それが今はもういない兄だったとしても、他の男のことをそんなに愛しそうに語ってほしくなかった。
そんな事を告げれば壬生屋を困らせるだけだと分かっていたから、その言葉を必死で自分の中にだけ留める。
「愛してるよ」
そう囁けば、壬生屋は澄んだ蒼の瞳で真剣に瀬戸口を見つめた。
「わたくしもです。あなただけしか見えないぐらい…あんまり、あなたを愛しすぎて怖いぐらいです…あなたじゃないと、駄目です…」
「未央…」
では、彼女も同じ想いを抱いているのか…
自分が壬生屋をシオネの転生体としてではなく、「壬生屋未央」自身を愛したように。
決してシオネを忘れたことはないが、今の自分には壬生屋未央でなくてはならないように。
瀬戸口はもう一度ゆっくりと、今度は優しいキスを贈ると、壬生屋を抱いたままそっと床に身を沈めさせた。
「おまえの兄さんが生きていたら、殺されたかもな…」
「父にだって殺されますわ!ここでは駄目ですっ…あぁ…」
「今日は親父さん、夜にならなきゃ帰らないんだろ?」

壬生屋は首筋に口付けを受け陶然としながら、ふと一緒に床に転がった万華鏡に目を止める。
『兄さま…許してくださいね。未央は兄さまを忘れたわけではありません…でも、この人といると何もかも忘れてしまいそうになるのです。もしも兄さまが生きていて、わたくし達のことを反対されたとしても、きっとわたくしは隆之さんを選んでしまいますわ…いつまでも兄さまの小さな未央でいられなくてごめんなさい…』
壬生屋は手を伸ばして万華鏡を取り上げて、覗き込んだ。


くるくる、くるくる
それを回すといくつもの模様を織り成す
キラキラ、キラキラ
ずっと見ていても飽きないぐらい綺麗…


「未央?」
不意に万華鏡を取り上げられた。
覗きこんでくる夜明けのように美しく煌めく紫の瞳…
「あ…」
違う、もっと綺麗なものを見つけた。
ずっと見ていても飽きないぐらい綺麗な…
…紫。


FIN
  

 ひゃ〜!!兄に嫉妬な瀬戸口!イイィィィ〜!そして、お互いがお互いじゃないと駄目になっている瀬戸壬生。ラブラブですね〜!それにしても、兄はきっとすごいシスコンだったでしょうね。惜しい人を亡くしたものです。万華鏡ではなく、瀬戸口の瞳をより綺麗と思う壬生屋さんは兄に守られる女の子から、一人の恋する大人の女性になったのですね…。兄も複雑な思いでいる事でしょう…(笑)
果林さん、素敵なSS、ありがとうございました!


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