IF YOU WERE HERE
その日は雲ひとつない晴天だった。
汗ばむほどの陽気の中、ゆっくりと踏みしめるように坂道を登っていく青年がいる。
人類側は圧倒的優位のまま休戦期に入る。
5121小隊は上層部も予想していなかった多大な戦果を上げ、最早彼らは人類の希望の代名詞となった。
しかし、5121小隊はたった一人、戦姫のごときパイロットを失っていた…。
おそらく自分で束ねたのであろう、小さな花の束を手に持ち、青年──瀬戸口隆之は坂を登りきった小高い丘にある小さな墓所に足を踏み入れた。
こじんまりとしているが、綺麗に手入れのされている墓標の前まで来ると、瀬戸口はその歳の青年にしては随分と慣れた手つきで花を生け、墓石の汚れを払い、線香を炊いた。
「壬生屋…」
瀬戸口は既にこの世にはいない女性の名を口にすると、香煙が途切れても尚、その場から動こうとはしなかった。
壬生屋が死んでから、この場所に来て、彼女に「逢う」行為は瀬戸口の習慣となっていた。彼女の好きだったという名もない小さな花を供え、彼女の好きだったという香を炊く。
壬生屋の事は嫌いなはずだった。いつでも自分につっかかり、勝手に怒り、泣き、一人よがりの幼稚な女のはずだった。それなのに、いつからだろうか。そんな彼女の生き様から目が離せなくなってしまったのは。わざと生真面目な彼女の気を引き、そんな彼女に追いまわされるのがささやかな楽しみになったのは。そして時折、彼女が自分を美しく哀しい目で自分を見つめているのに気付いたのは…。
瀬戸口はふと自嘲気味に唇を歪ませる。
「俺はこうして後悔する為に、生きつづけているのかもな…」
気の遠くなるような時間を生き続け、死すら叶わない身の自分に彼女は最後に言ったのだ。
『死にたくない』と。
それは戦時中であったなら、そして永い時を生きる瀬戸口ならば、聞き慣れた科白だった。誰がどう生を閉じようが自分には関係のない事だったのに。ただ一人、絶望の淵から自分を救った幼い少女がいれば、それでよかったのに。
しかし、壬生屋の不器用なまでのその言葉はまるで呪詛のように瀬戸口の心に喰い込んだ。
そして初めて自覚したのだ。自分の心の奥にともった甘い疼きの意味を。
瀬戸口は墓石に刻まれた壬生屋の名をそっと指でなぞった。自分はいつもこうして、失ってから気付く。
「俺は…。全てを受け入れたふりをしていただけだ。わかったふりをして、本当は自分の気持ちすらわかってなかった。人に愛を説いて、振りまいて、それが何だと言うんだろうな。結局はお前を追い詰めて、こんな姿にして…」
指を止めると、瀬戸口は寂しい表情でひとりごちる。
「壬生屋。俺は、お前を…」
──『言わないで…』──
「…え?」
瀬戸口は顔をあげ、周囲を見渡すが、自分の他には誰もいない。だが確かに感じる何者かの気配…。
「壬生屋…。お前なのか…?」
──『死んで、貴方の記憶に残るのは嫌…。こんな風に気持ちを告げないで…。お願い、今度こそ…今度こそ、貴方の本当の気持ちをわたくしに聞かせて。約束ですよ…』──
壬生屋の気配が瀬戸口に触れ、優しく包み、そしてゆっくりと消えてった。
「壬生屋!待て!待ってくれ!」
叫んでも、もはや彼女の気配も、声も感じる事は出来なかった。
しばらくその場に立ち尽くしていた瀬戸口は、やがて全てが解ったというように優しく微笑んだ。
「俺達、また逢えるんだな…」
それは予感ではない、確信だった。
もう一度、墓標を優しく撫でる。
「また来るからな。壬生屋…」
瀬戸口は振り返ることなく墓所を後にした。
──今度こそ、間違えない。そして、自分の気持ちを告げよう。
生きて、自分だけを映して輝くその蒼い瞳に──。
墓参りネタ(笑)。裏設定とかなんとかあまり含まれてないので、ツッコミしないでね〜!いや、急遽3時間くらいで書いたので、話がアレです。でも、瀬戸口はいつもこうやって後悔ばかりしているのだろうな〜、と(笑)。で、この後はループしてハッピーエンドですから、別に暗い話ではないです。没で瀬戸口が壬生屋の墓参りに行っていたらしい、という事をチラっと聞いて書いてみました。
別にその後、お寺の坊さんが現れて、その坊さんが若い美形でとか、坊さんが「死んだものに囚われてはいけませんぞ」とか言いながらドジョウを飼う事を勧め、壬生屋の黒髪とドジョウの黒光りを重ねて…とかそういう後日談も一切ありません!(爆)