A new commencement
「わー、寒いねぇ」
1999年12月23日。
厚志は玄関から1歩外へ踏み出すと、顔をひんやりとかすめていく冷気に首をすくめながら、
後ろでモタモタと靴を履く陽平に声をかけた。
話すときに口からこぼれ出る息も、かすかに白い。
「布団から出たくないよな−」
ちらっと厚志を見やると、陽平は見当違いな愚痴を言いながら立ち上がり、ズボンのポケットに手を入れた。
「そういうわけにもいかないでしょ?せめて今日だけはね」
玄関のカギをかけて、あまりの寒さに背を丸めたままの陽平を振り返ると、厚志は心底嬉しそうに言う。
そんな相棒の笑顔に、陽平もクシャッと表情を崩すと鼻の頭をカリっと引っ掻いた。
「まあなっ!」
そんな2人の表情とはうらはらに、雲が立ち込めた灰色の空は低く、重い。
「速水−…」
陽平は空を見つめたまま、独り言のようにつぶやいた。
「今日、雪降るかなぁ…」
陽平のオレンジ色のパーカーを、風がフワリと舞い上げる。
厚志も、空を見上げた。今にも泣きだしそうな空。
「んー、どうかな」
青いダッフルコートを身にまとった厚志は、首に巻かれたマフラーにそっと手をやると、
ふうっと息をつき、陽平を見た。
「滝川、行こうか」
「よっし!行こうぜ!」
顔を見合わせて、彼らは歩き始めた。
同じ時を過ごしたあの場所へ…。
1999年9月23日。
5121小隊の面々は、夏季の自然休戦期を各々過ごした後この日を最後に、
慣れ親しんだプレハブ校舎を後にした。事実上の解散である。
5月上旬に、熊本城を最前線としたあの戦いで、かの地にはびこっていた幻獣の数が、
日常生活を送るのに支障ない程にまで激減した事を受けて、政府が下した結論だった。
5121小隊司令の任を解かれた善行は関東へ帰還し、
見送ったはずの原は、何だかんだと言いながらも結局は彼の後を追いかけ、
森や中村など整備士の面々は、士魂号に付き、日本全国へと散らばった。
最後までスカウトを貫き通した若宮と来須は、今もなお、九州各地で突如現れる幻獣の排除を、
パイロット各員は、本州の新設小隊で、仲間をリードしながら戦果を伸ばしていた。
そして、萌はブ−タと共に、今もなお古巣を守っている。
あの、5121小隊の笑いや悲しみの染みついた、プレハブ校舎を…。
そして…
それから3ヶ月が過ぎた…。
「3月から解散するまであんなに毎日顔見てたのに、変だよなぁ」
「そうだね、解散からちょうど3ヶ月。そんなに時間も経っていないのに、何だか懐かしいね」
「毎日があっという間だしな」
広島県下で士魂号を駆る2人は、ふふっと笑いながら駅へ通じる大通りを歩いていた。
少し奥まった商店街から、お決まりのクリスマスソングが耳に心地よく響く。
「あ…、まだあるんだなぁ…」
携帯電話が普及し、しかも幻獣との戦いでの破壊に伴って、今じゃ珍しくなった公衆電話を見付け、
厚志は足を止めた。
ガンパレードマーチを口ずさみながら、わずかに先を歩いていた陽平が、
不意に立ち止まったまま、ちっとも動こうとしない厚志を不思議そうに振り返る。
「ん?どうしたんだよ、速水」
彼の視線は、公衆電話から離れそうにない。
陽平が時計を見ると、針は18時47分を指している。
「なぁ、電車の時間まで、そうも余裕ないんだぞー?」
厚志は、陽平の呼びかけに、そうだねと軽く答えると公衆電話へ向きを変えた。
「あ、おいってば!…そうだねって…聞いてるのかよ、速水スキー」
「ごめん、滝川。少しだけ待ってて」
厚志は振り返らずに走り出した。公衆電話の前で立ち止まると受話器に手を掛ける。
コートのポケットからはがきを取り出すと、手早くダイヤルを回した。
3回ほどコールされた後、電話の向こうから懐かしい声がきこえる。
「あ、こんばんわ。僕ですよ、速水です…」
同日…。
プルルルルルルルルルルルルー!
けたたましいサイレンが、駅のホームに響き渡る。
「はあ…」
未央は、そっとため息をついた。
もう何度電車を見送ったのだろう。電車に乗り込む決心が付かない。
手首の辺りに目線を走らせると、あっ…と小さく声をもらした。
3ヶ月前までそこにあった多目的結晶は、すでに存在しない。
熊本を後にする時に、自らの手で外してきた。思い出して、胸元にそっと手を当てる。
今の彼女は、善行のブレスレット型結晶ように、ネックレス型の結晶を使用していた。
「20時…8分…」
こんな世の中、運行している電車の数なんて知れたもので、気が付けば次の列車が最終だ。
「どうしましょう…」
誰もいないホームにただ一人。今の所、階段から誰かがやってくる気配もない。
未央は、ベンチに腰かけると、大きなため息をついてうつむいた。
皆はどうしているのだろうかと、目を瞑って心を過去に飛ばしてみれば、
すっと脳裏をよぎるのは、やはりあの人の顔。
ビクリと体が震える。
「お前さん、何してるんだ?」
その低く落ち着いた声に、未央は胸がグッと痛むのを感じた。
いつから、自分はこんなに弱くなったのだろう。幻聴まで聞くほど、彼を想うなんて。
「いいえ!あのように不埒なヒト、わたくし知りませんわ!」
自分に言い聞かせるように叫ぶと、勢いよくベンチから立ち上がった。
「何の話だい?お嬢さん。俺にも教えてくれよ」
突然後ろから降って沸いた声に、未央はハッとして振り向く。
「せ、瀬戸口さん!!」
「よお、久しぶりだなぁ、壬生屋。何してるんだ?こんな所で」
幻聴幻覚ではない、確かに瀬戸口の笑顔がそこにあった。
「な、…何をしているのか聞きたいのはわたくしの方です!なぜここにいらっしゃるのですか?」
3ヶ月そこそこでは何も変化は無くて当たり前なのに、見上げた彼の顔は、
また少し大人びているような、そんな気がして未央はそっと目をそらした。
何だか切なくて、でも悟られまいと、ぐっと拳を握る。
「俺か?俺はー…」
きつく握られた未央の右手を採り、瀬戸口はその手をこじ開けた。
「あ、あの…それは…」
右手にしっかりと握られたそれを、瀬戸口が手に取り、広げてみる。
「…そう、これだよ。23日、熊本行き…。お前さん、行くだろう?」
「わたくしは…行きません…」
未央は、ふいっと顔を背けた。瀬戸口の手には、少しシワクチャになった切符。
「何で行かないんだ?皆に会いたくはないのか」
「違います!」
大きな声が、辺りにこだまする。
「あなたに…逢いたくなかったんです」
言ってしまったら、彼の様子が気になった。
愛しくて逢いたくて夢にまで見た。でも、逢えば切なさに潰されてしまいそうになるから…。
「あなたには逢いたくなかったんです」
力強く言葉をかみしめながらもう一度、まるで自らに言い聞かせるように未央は言った。
「なのに…なのにあなたという人は…」
「そりゃ悪かった。でも、もう逢っちゃったしな、どうする、お嬢さん?」
ひょうひょうと、瀬戸口は未央の顔を覗き込む。
「せ、瀬戸口さん…」
「お前さん、俺のこと嫌いか?」
「え…?あ、あの…」
「嫌いか?」
瀬戸口は、正面から未央を見据えると、今にも逃げ出してしまいそうな彼女のにの腕をグイッと掴んだ。
「顔も見たくないほど、俺が嫌いなのか…?」
引き寄せて、抱きしめる。
「…な、何をするんですか」
「勢いがないじゃないか、3ヶ月位でそんなに丸くなったのか?
嫌なら以前のように大声で怒鳴って突き飛ばせばいい、『不潔です!!』ってね」
未央を抱く腕に力を込める。そんな瀬戸口の胸に、未央はコツンと頭をもたげた。
「…出来ません。私、3ヶ月前から変わらず、今でも瀬戸口さんが好きなんですから…。
どんなに醜いと…言われても、わたくしはあなたを一人占めしたかったんです…。
己の欲望もコントロール出来ない、愚かな娘だと笑ってくださいまし…でも…わたくしはあなたを……」
プルルルルルルルルルルー…
再びホームにサイレンが響き渡り未央の言葉を打ち消した。
少しずつ速度を緩めた電車が、ホームへ滑りこんでくる。風が未央の髪をフワッと巻き上げた。
「あ、…」
舞い上がった髪に手をやり、必死に抑えようとする未央に、瀬戸口はそっとキスをした。
キキ−っとブレーキを軋ませながら、熊本行きの電車がゆっくりと停車する。これが最終電車だ。
「さぁ、どうする?お嬢さん」
未央の手に切符を渡すと、瀬戸口は余裕の笑みで未央に尋ねる。
「俺はこのまま2人の時を過ごしても構わないんだけどな。でも、待ってる奴らがいるしなぁ…」
少し照れたように頬をカリカリっと引っ掻くと、電車と未央を交互に見やった。
「きゃあ!!」
不意に、未央の足が地から離れた。とっさに瀬戸口の首にしがみつく。
「ななな、何をするんですか!?降ろしてください!」
「イヤだね」
瀬戸口は、未央を横抱きして、発射間際の電車に飛び乗った。扉が音を立てて閉まる。
「俺は、お前さんと一緒に行くって決めたんだ」
「もう…仕方のない人…。わたくし逃げませんから、もう降ろしてください」
「まぁ待てよ。個室取ってあるんだ。そこまでは連れていくさ…」
「ふ、ふ、ふ、…不潔ですー!!!」
顔を真っ赤にした未央の叫び声と、瀬戸口のうめき声が車内にこだましたのは、ほとんど同時のことだった。
一方同時刻熊本。
いくらかましになったとはいえ、今もなお、幻獣と人との戦いは続いていた。
「あとは、キメラ1体とヒトウバン1体か」
久々の激戦だった。
死者こそ出ていないものの、怪我人は多数出ているし、友軍の戦車もその多くが大破している。
1体しかいない士魂号は、被弾して動力部がやられたと、たった今無線で流れていた。
「動けるのは俺たちだけのようだ…来須、無事か?」
『…ああ』
無線の向こうから、無口な戦士がうなずく。
二人の距離はおよそ50m。岩を背に幻獣の視線から逃れていた。
「なぁ、来須。明日………いや、何でも無い。今は生きて帰ることが先決だな」
ははっと笑う。
『…』
無線から、静かな息使いだけが聞こえる。若宮は目を閉じた。
脳裏に、3ヶ月前まで一緒に戦地を駆け抜けた友人達を見て、若宮は再び笑った。
『…何がおかしい』
「…いや、やはり俺たちは生きて帰らねばならん」
若宮は、灰色の空を見上げると、岩影からスッと動いた。
雑草の茂った戦場を、姿勢を低く保ちながら一気に走りぬけ、
『殺して、殺して』と相変わらず不気味な声を響かせているヒトウバンに銃口を向ける。
ダダダダダダダダ!!!
ヘビーマシンガンが唸りを上げた。
ギャアアアアアアァァァっと、おぞましい声を上げて、幻獣は文字通り幻のように消滅する。
『若宮戦士、ヒトウバン撃破!!』
オペレーターの声が、来須の通信機にも若宮の勝利を告げた。
しかし、次の瞬間通信機から聞こえた若宮のうめき声に、来須はハッとする。
「ぐううっ、すまん!右足に被弾した」
『戦えるか?』
司令からたった一言、声がかかる。
体を地面に伏せ、近くの遮へい物まで這いずって行き、射程から逃れ、急ぎ傷を確認し、止血する。
「戦闘は出来ます。それで十分でしょう」
若宮は、撤退を始めていたキメラの前に飛び出ていた。ヒトウバンを攻撃するためには、仕方のない事だった。
キメラの射程距離は、かなり長い。忘れていたわけじゃないものの、正直考えが甘かったようだ。
撤退を始めても、幻獣は己の前に敵が現れれば、瞬時に攻撃へ転じる。
若宮は、そのまま通り過ぎると、たかをくくったのだ。
「若宮、無理はするな」
来須はそれだけを若宮に告げると、岩陰から息を殺して最後のキメラに目標を定め、照準を合わせた。
キリキリと、トリガーが軋む。40mm高射機関砲が、ドオォンッ…と爆音と煙を撒いてキメラに命中した。
『来須戦士、キメラ撃破!』
オペレーターが、最後の勝利を告げる。
戦いは、明らかに敗北だった。多くの戦士達が傷つき、自分の愛機を失った。
『…行きましょう、全てが終わったわけではありません』
落ち込み、肩を落とした戦士達に司令が静かに告げた。
来須は、空を見上げた。分厚い雲が立ち込める灰色の空。
辺りを見渡しても、帰還し始めた戦士達の中に若宮の姿はない。
来須は、若宮が身を隠した遮へい物まで歩いて行くと、肩を落として座り込んだままの若宮に、そっと声をかけた。
「…何をしている」
「いやな、善行司令だったらこういう時、なんて声を掛けただろうなと、柄にも無く考えていたんだ」
若宮は、振り向かずに答えた。
「俺ぐらいは、この国の未来のために、命を投げ出してもいいかもしれんと、そう本気で思っていた。だが…」
来須は何も言わずに、若宮の横に立つ。
「皆が倒れていく中で、無償に生きたくなってな。あいつらの影を探してしまった」
ここにあるはずのない姿…。来須は、帽子のツバに手を掛け、少し引き下げると独り言のようにつぶやいた。
「逢いに…行けばいい」
「そうだな…」
来須は、若宮に肩を貸した。力を込めて引き上げる。
若宮は、右足を焦がす痛みにわずかながら顔をしかめると、深く深呼吸して再び空を見上げた。
「俺達には、まだ明日を生きる命がある」
負傷した足でも、こうして大地を踏める喜びを。
若宮は、相変わらず無表情の相棒を横目で見やると、笑った。
「しかし、今は俺達に出来ることを全力でするとしよう」
翌日12月24日。カーテンの隙間から、天使のはしごが降りている。
昨日空を覆っていた雲は、すっかりどこかへ消えた。
「なっちゃん!いい加減起きなあかんったら!」
祭は部屋の扉を開けると、未だ布団の中から出ようとしない狩谷を見て、大きな声を出した。
「…うるさいぞ」
「わー、こりゃまた不機嫌やね。どないしたん?」
「お前には関係無い、僕の部屋から出て行け」
まるっきり駄々をこねる子供である。
「なっちゃん、足が痛むんか?」
聖銃に食われてしまったあの戦の後、意識を回復した彼の絶対直らないと言われてきた足は、奇跡的に神経を回復していた。
それでも中学後半から動かすことのなかった足で再び大地を踏むには、悠に3ヶ月のリハビリを必要としたのである。
祭は、彼の可能性を信じ、毎日リハビリに付きあった。
最初は、自力で立つことも出来ずイライラを祭にぶつけていただけの狩谷も、
つかまり立ちから歩行機、そして松葉杖へと、少しずつ回復が見られるようになると、
一緒にリハビリを続けた祭に対して優しく接することが出来るようにもなった。
そして、ついに2週間程前、一人で、何の力にも頼ることなく歩けるようになったのだ。
それからは、順調に脚力を回復し、走ることこそ出来ないものの、日常生活を送るのに、何一つの不自由もなくなった。
「あーあ、久しぶりのなっちゃんの我がままや。あかんよ、今日はうちとの『約束の日』やろ?」
―クリスマスに、腕を組んで歩きたい―
リハビリを付きあってくれたお礼にと、欲しいものを祭に尋ねると、返ってきた答えはそれだった。
なんのことはない、リハビリ中だって彼女とは常に腕を組んでいたのだ。単に、狩谷の体を支える事が目的であっただけ。
腕を組んで歩くこと自体には、何の差があるというだろう。
狩谷は掛け布団をめくると、体を起こした。祭は、タンスから服を取りだすと、狩谷に渡す。
「いやー、なっちゃんの着替え、手伝えんのはホンマに寂しいわー」
「いいから早く部屋を出ていけって」
照れたように顔を赤らめる狩谷に、祭は微笑んで背中を向け、そして大切なことを思い出した。
「あ、そうやった。なっちゃん、今日うち行きたい所あんねんな…。その…」
「わかったよ。お前に付き合えばいいんだな」
「うん!ありがと!」
祭は、嬉しそうに微笑むと、いそいそと部屋から出て行く。
一人残った狩谷は、そんな無防備な彼女の笑顔に、思わず悪態をついてしまった。
「ったく…。何がそんなに嬉しいんだか…。ま、…こういうのも悪くはないな」
彼の顔は、心なしか赤かった。
ブータは、プレハブ校舎の屋上で暮れ始めた空を、萌と一緒に眺めていた。
12月24日。クリスマス・イブでも、この街は何も変わらない。
戦いと、日々の生活で精一杯だから。ここでは、生き抜くことが何より先決なのだ。
陽はどんどんと沈んでいく。
「寒…い」
吹き抜ける風は、肌を刺すように冷たい。ブータは、萌に寄り添った。
「ナー…」
「あ…りがと…」
街灯がちらほらと灯り始め、女子高の生徒たちも仕事から解放されて家路につく。
萌は、はぁ…とため息を吐いた。あんなに賑やかだった校舎内も、この3ヶ月静まり返って誰も寄り付かない。
そう、いつも誰かの声がした。
滝川と新井木の騒ぎ声、茜と森の喧嘩、そして、壬生屋の「不潔ですー!」。
目を瞑れば、あの時の皆がまだここに居るような気がして、萌はクスっと笑った。
まだまだ出てくる。
若宮が昼ご飯に誘い、本田はどこでも構わずマシンガンをぶっ放す。
お日様に照らされていい香りの洗濯物、遠坂の干した布団、みんなの笑い声…。
「楽しかった…、本当…に」
萌は、ブータをすうっと撫でた。気持ち良さそうに目を閉じるブータに、優しい視線を向ける。
時計は今、18時50分を指していた。
「あと…少し…ね……」
そう、あと少しで、このプレハブ校舎の時間が再び動き始める…。
「姉さんが、遅刻するからいけないんだぞ!!」
「だったら、先に行けば良かったでないか!!」
19時をわずかに過ぎた頃、尚敬高校の校門へと走る2人の影があった。
「姉さんを一人にしたら、道に迷ってのたれ死んじゃうだろ。僕のせいにはされたくないしね」
「私、そんなにどんくさくないったら!」
精華は、息を切らしながら、前を走る茜の背中を必死で追いかける。
「フン、そう思っているのは姉さんだけだろ」
振り返ることのない茜の背中は、どんどんと遠ざかって行った。
「あのねぇ!その減らず口、いい加減なんとかしなさいって!」
立ち止まって大きな声で叫んでみても、どうせ効果なんてないのに…。
前を行く茜の姿は、校門の先へ吸い込まれ既に見えない。
「待ちなさい!大介!!」
精華は、走って校門をくぐっていった。
「おせーぞ、お前ら!」
相変わらずのすました顔でやってきた茜と、その後ろを走ってやってきた精華に、
『不良は時間通りに動かねえ』はずの田代が、すでに出来上がっていそうな勢いで声をかける。
田代は一番乗りだった。驚くことに、陽平と厚志がプレハブ校舎に着いた時には、萌と2人で飲み始めていた。
「っつうか、何でお前が早いんだよ」
「うるせえなぁ、ダチとの約束は守るもんなんだよ!馬鹿」
陽平が食ってかかろうが、おかまいなしである。
7時開始のクリスマスパーティーには、懐かしい顔が揃っていた。
「えっと、まだ来てないのは誰かなぁ」
厚志は、会場となっている食堂兼調理場をぐるっと見回してみる。
姿が見えないのは、瀬戸口に未央、狩谷と祭、善行に原に、そして…。
「舞…?」
誰よりも逢いたかったはずの舞の姿が見当たらなかった。
「すいません、舞…芝村を見掛けませんでしたか?」
近くで芳野と飲んでいた本田に、声を掛けてみる。
「ん?芝村か?なんだ、遅刻じゃねぇのか」
電話をかけて確認をしたはずなのに、彼女はまだ姿を見せない。
「…どうしたんだろう」
舞に限って、遅刻などあり得なかった。
1週前に電話したときには、確かに来ると言っていたのに。
(そういえば、昨日電話したとき機嫌悪かったなぁ)
「おい加藤、これは…どういうことだ…?」
狩谷は、唖然とした。
映画を見に行って、食事をして、公園を散歩して。
最後にどうしても行きたい所があるという祭に連れてこられたのは、懐かしいあの校舎だった。
「あ、あんな?うち、なっちゃんに内緒にしてたことがあんねん」
組んでいた腕に、少し力を込めて、祭はうつむいた。
「実は…な、手紙、届いててな。クリスマスにここで皆と会おうって…速水君から」
「速水…からだと?」
「うん…」
沈黙が重たくのしかかる。
「…いつ届いたんだ?」
怒ると予想していた狩谷の声は、祭の予想に反して優しい響きを持っていた。
「あ…えっと、1週間程前。ご、ごめんな、うち…なっちゃんが…」
「まったく…お前は相変わらずお節介だな」
狩谷は、軽くため息をつくと、祭を見やった。
「お前はもう僕に気を使う必要なんてないんだ」
軽く頭をなでる。
取りつかれていたとはいえ、聖銃との戦を起こし小隊の仲間を危険に追いこんだ本人である狩谷は、
その後、小隊の面々に会おうとはしなかった。
会いたくなかったわけじゃない。むしろ、会いたかったのかも知れないと思う。
でも、彼らの顔を直視するのは怖かった。
会って謝りたかったが、その気持ちからもずっと逃げてきたのだ。
「ごめん、なっちゃん」
「謝る必要なんて無い」
祭の顔から目線をはずすと、狩谷はとても小さい声で、心から「ありがとう」と告げた。
それは、彼にとって、祭の存在が、昔のように都合の良い執着心ではなく、本当に大切な存在となった瞬間でもあった。
宴は半ば過ぎ、最高潮だった。
突然祭に連れられてやってきた車椅子と共にいない狩谷に皆は驚き、そして再会に沸いた。
「あの時はすまなかった…」
ずっと、向き合うことから逃げていた自分と決別するための、心からの謝罪。
しかし彼らにとって、例の戦いは些細なことに過ぎなかった。
それ以上に、狩谷が歩けるようになっていた事が嬉しかったから。
「そんなことより、歩けるようになったんだなぁ!」
右足を負傷し、松葉杖の若宮が心底嬉しそうに、狩谷の背中をバンバン叩く。
「あ…ああ、ようやくね。それより、若宮。君の足は…」
「名誉の負傷だ。なぁに、すぐに良くなるさ。スカウトは体が資本だからな」
若宮の脇から、陽平がヒョイっと顔を出す。
「こっち来いよ!一緒に飲もうぜ。祝い酒だ!」
「食べ物は、こっちにありまスヨ」
陽平の横で、ヨーコが料理の乗った大皿を持ち上げてみせれば、新井木は、料理に手が届かないと騒ぎ出す。
「あーん、もう。そんなことしたら僕が届かないじゃないか!」
「あ、勇さん、私が取りましょ…キャー!!」
新井木のためにヨーコの持つ皿から食べ物を取り分けようとした田辺は、なぜか転がってきた空き缶に足を滑らせ、
勢いよく転ぶ。
「だ、大丈夫ですか!?」
急ぎ駆けつけた遠坂が、彼女を抱き起こした。
気持ちの良いざわめきだった。狩谷の顔に、自然と笑みが浮かぶ。
「なっちゃん…良かった…」
そんな彼を見つめる祭の目は喜びに満ちていて、『彼が分からない』と泣いていた頃の彼女の面影は、
もう微塵にも感じられない。厚志は胸を撫で下ろすと、ふと、誰かの気配を感じ、後ろを振り向いた。
「よお。すっかり遅くなっちまったな」
「すいません、おそくなりまして…」
瀬戸口と未央が、和の中心で楽しそうに笑う狩谷を遠巻きに眺めながら厚志の元へやってきた。
「瀬戸口君、壬生屋さん。どうしたかと思ったよ。ちっとも来ないんだから」
笑顔で2人を出迎える。
声に気付いた祭が未央に手を振り、彼女を呼んだ。
「すいません、わたくし、加藤さんとお話してきますね」
瀬戸口を見上げそう言うと、未央はパタパタと草履の音を響かせて走り去っていった。
「良かったね、上手くいったんだ」
「ああ、坊やのお陰…だな」
厚志は、昨日電車に乗る前に、瀬戸口に電話をしたのだ。未央を頼むと…。
「瀬戸口君、彼女は君の大切な女の子なんだから、もう泣かせちゃダメだよ?」
満面の笑みを浮かべて、厚志は去っていった。
この後、宴に中に彼の姿を見たものはいない…。
24日もあと少しで終わりを迎える。
そうしたら、夢のような時間は終わり、彼らは再び戦地へ向かう。
わずか十数年で、夢見ることを諦めた少年たちへの、ささやかな贈り物…。
誰しもが、明日を信じ生き抜いてきたこの世界を守るために。
12月24日、23時50分。
プレハブ校舎に男女の影があった。
気配を感じ、皆が振り返れば、そこに立っていたのは善行と原の2人だった。
「遅く…なりましたね」
そこにある、懐かしい顔をぐるっと見渡して、善行はただ一言、彼らに告げた。
「5121小隊の再結成が、本日決定しました。引越しもあるでしょうから、事実上26日付けですが…。
政府は、少数となった幻獣との戦いを、一気に終わらせるつもりのようです」
彼らは沸いた。
再び共に戦えることを心から喜び、そして、最終決戦への興奮…。
それは、運命がくれた、最高のクリスマスプレゼントとなった。
宴が終わり、再び静まり返ったプレハブ校舎。
もう萌は、その静けさを悲しいとは思わなかった。
彼らがいるから…。
12月24日、23時50分。
舞は、福岡で夜空を見上げていた。
(結局行けなかったか…)
ふぅ…と小さなため息を吐けば、息が白く曇る。
暗い道、彼女を照らすのは街頭の明かりだけ。
舞は、背中をシャンと伸ばして、暖かい我が家へと歩き始めた。
ガサっ
家の前で、何かが動いたような気がして、舞は身を硬くした。
(誰か…いるのか…)
無意識に構える。
「舞?」
聞き間違えるわけもない、紛れもなく厚志の声だった。
「あ、厚志か…?」
「そうだよ」
「あ、厚志、すまなかった。私は…」
ゆっくりと歩み寄る厚志に、行かれなかったことを詫びる。
「舞、もういいんだ」
最後まで聞くこともなく、厚志は舞の側までやってくると、彼女をぐいっと引き寄せた。
ぎゅっと抱きしめる。
「逢えたから、もういいよ」
ゆっくり噛み締めるように言葉を連ねた。
「会議…だったのだ。言い訳などではない、本当に会議があったのだ」
厚志は、コクンコクンと頷いく。もう何もかも…普段決して言い訳などしない舞の言葉すらどうでも良かった。
舞の声に、心地よい安堵感が広がってゆく。
「何か…、舞の身に何かあったのかと思った」
「すまない…」
厚志は、瀬戸口との会話の後、来る気配のない舞の無事を確認するために、舞の住む福岡へとやってきたのだ。
無事が分かれば、後のことなどどうでもいい。
言葉を交わすよりも、抱きしめることでその存在を認識したかった。
そして、ようやくつかまえたその体は暖かかった。
「逢いたかったんだ、舞」
厚志は、舞の頬にそっとキスをした。
舞はゆっくりと瞳を閉じ、求めて止まなかった彼の胸に、身を委ねた。
「あ…、舞見てごらんよ」
ふと気が付けば、辺りに白い雪が舞っている。
厚志と舞は、空を見上げた。
重い灰色の雲に覆われて星の1つも見えなかったが、空から舞い降りる雪は、
何処までも済んで綺麗だった。
厚志は、舞の髪に舞い降りた雪をそっと落とすと、満面の笑みを向けた。
「メリークリスマス、舞」
―家に入ろうよ、話したいことがたくさんあるんだ
僕らにはその時間があるんだから…―
〜Fin〜
滝森同盟主催の柊様のサイトが閉鎖されるとの事で、SSを頂いてまいりました!!
緻密で繊細なキャラの心理描写がさすがですよね〜!何気に瀬戸壬生がクローズアップでよいです〜!心の中ではかなり好きカップルの夏祭まで…。これだけキャラがたくさん登場しているのに、きちんとまとめられるところが流石です。
大切ないただきものへ
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