タクシードライバー
「稲穂も〜揺れる恋揺れる〜♪わ〜たしはタクシードライバー♪
発車〜オーライ〜バックーオーライ〜♪」
「……なんなんですか、その歌は…」
「まあまあ、いいっていいって、それより窓開ける?暑いだろ」
瀬戸口と壬生屋は新緑も眩しいこの季節、二人きりのドライブデートを楽しんでいた。いくらお金をかけたのか、二人の乗っている車は真っ赤なスポーツカーで、市街では随分と道行く人や他のドライバー達の目を惹いた。
更に運転席にはこの世の者とは思えない程の美貌をたたえた青年と、助手席には美しい黒髪と染み一つない白い肌の美女が乗っているのだから目立つ事この上ない。
瀬戸口の方は車と瀬戸口の外見に引かれて、赤信号ごとに群がる女性に愛想を振りまき壬生屋にツネられ、壬生屋もやはり男性諸君の注目を集めたが、当の壬生屋はそれに全く気付かず、逆に瀬戸口が拗ねる結果になった。壬生屋が「何を怒っているのですか?」と聞いても「なんでもない」とボソリと答えるだけの瀬戸口。
そんな事の連続で、ドライブの始まりは順調とは言えなかった。
しかし、そんな事もこれから起こる事件の序章でしかないのだった…。
熊本市街を抜け、郊外に出ると、人気も交通量もぐんと少なくなり、二人の雰囲気もかなり和らいできた。なにしろさんざん紆余曲折を経て結ばれた二人なのだ。これしきの事で気まずくなるものでもない。
瀬戸口がパワーウインドを開けると、勢いよく風が壬生屋の髪を巻き上げた。乱れる髪を片手で抑えながら、壬生屋は窓から入る薫る風を受けて次々に遠ざかる木々を眺めている。やがてゆっくりと徐行しながら、瀬戸口はこんな事を言い出した。
「なあ、お前さん、運転してみないか?」
「ええ!?」
「免許は持ってるだろ?この辺りは道もまっすぐだし、練習になると思うけど」
「で、でも、車の免許は軍属になった時取って、それから運転した事がありません。大事なお車に傷でもつけたら…」
「大丈夫大丈夫。士魂号の操縦よりよっぽどカンタンだろ?それにほら、俺が色々アドバイスするから」
そんなやりとりの後、「では少しだけ」という事になり、二人はお互いの席を入れ替えた。
壬生屋は相当緊張しているのか、シートベルトをつける事にすらもたつき、瀬戸口が手伝ってやった時にお互いの手が触れあい、真っ赤になったりしている。
瀬戸口は瀬戸口で
『うん、やっぱり筋がいいよ。上手いもんだ』
『そ、そうでしょうか…』
『もうちょっと左側を走った方がいい。少しハンドル切って。いやいや、もう少し…ほら、こうだ…』
『は、はい…』
『おいおい、俺の手を見てどうする。前見ろよ、前』
『あ!は、はい!申し訳ありません!!』
──と、そんなやりとりを想像して、ニヤけている。
律儀に習ったとおり目視とミラーで前後左右を確認した壬生屋は、最後にエンジンをかけ、白い手を這わせるようにハンドルにかけた──その瞬間、壬生屋の桜色の唇が美しく(?)歪んだ。助手席の瀬戸口が気付かない程小さく、しかし、邪悪に壬生屋は鼻でせせら笑った。
「ふっ…」
壬生屋の体から赤いオーラが立ち昇ったかに見えた。瀬戸口がその気配に壬生屋を見ると、青い目はランランと輝き、髪が風もないのにユラリと膨らんでいる。
車内履き(新車なので土禁らしい)を履いたの壬生屋の足が一気にアクセルを踏み込み、空ぶかしのエンジン音が静かな郊外に鳴り響いた。
「み、未央…?」
驚く瀬戸口をよそに、壬生屋は凄絶な笑みを浮かべてハンドルを握り締めてエンジンの振動に酔いしれているようだ。
「をーっほっほっほ!行きますわよ────!!」
ぽか〜んと口を開けている瀬戸口に一瞥をくれることもせず、、壬生屋は一気にギアを入れ、けたたましい爆音を鳴らして車を急発進させ、瀬戸口はその衝撃でしたたかに首をシートに打ちつけた。
「う…うう…」
痛む首を抑え、衝撃から立ち直る間にも、彼女は「をほほほほ」と高らかな笑い声を上げつつ強烈なドライブテクを披露していた。スピードメーターは200キロ近くに達しており、スピード出しすぎの警告音が鳴りっぱなしである。次々と前を走る車を追い越しては瀬戸口の体が右に左に揺れまくった。
「み、未央!落ち着け!頼む。スピードを落として…」
「隆之さんっ!!」
「?????」
「何台追い越したか数えておいてくださいなっ!」
「お、お前…」
焼きもちをやく壬生屋も、子供っぽい壬生屋も、夜以下略な壬生屋も可愛くて仕方なかったが、この壬生屋は流石に瀬戸口の守備範囲を越えていたようだ。
しかし、どう今の彼女を止めていいのかも分からず、呆然と覚醒(?)した壬生屋を眺めているしかない。
「何人たりとも、わたくしの前を走る事は許しませんことよ!ほほほほほ!おくたばりあそばせっ!!」
壬生屋はアクセルをベタ踏みしつつ、次々と車を追い越し、対向車線を走ってくる車をかわし、赤信号を無視し、あらゆる場所で壬生屋運転の車が原因の事故が起こっていた。
瀬戸口は壬生屋の変貌ぶりと強烈なG(嘘)、そして車酔いで顔面蒼白状態になっていた。
『少しハンドル切って…。ほら、こうだ…』
『は、はい…』
そんなラブラブなドライブデート妄想が瀬戸口の頭をまさに走馬灯のように駆け巡ってゆく。
──とその時!一匹の猫が道路に飛び出してきた。
「うわあ〜!前!前!」と情けなく叫ぶ瀬戸口と「ちょこざいなっ!」と唇を噛み、ハンドルを切る壬生屋。
そして次の瞬間、瀬戸口の愛車は凄まじい衝撃音と共に道脇の大木に激突した。
「う…ん…。わ、わたくし…?」
運転席で壬生屋は意識を取り戻した。ハンドルにモロに体を打ちつけ、車も大破し、ぶつかった大木もぽっきりと幹が折れているようだが、第六世代(?)なので、この程度ではどうやら命の危険にさらされたりはしないらしい。
はっと助手席を見ると瀬戸口の姿がない。フロントガラスはめちゃくちゃに割れている。もしかしたら外に放り出されてしまったのかもしれない。
壬生屋はドアをこじ開けるようにして開くと、よろよろと車から降りた。
「隆之さんっ!」
壬生屋は車の前で座り込んでいる瀬戸口の姿を発見すると、彼に駆け寄って安否を確かめた。
瀬戸口は放心状態で座り込んでいたが、目立った外傷もないようだ。ほっと安心したのも束の間、自分の存在にも気付かず「俺の新車…バリバリのフルチューン…あはは」と焦点の合わない虚ろな瀬戸口に今ごろ自責の念に襲われた壬生屋はガバっと瀬戸口の前に座り込んで頭を地面に擦りつけた。
「も、申し訳ありませんっ!!わ、わたくし、どういうわけか昔からこういう体質で、ハンドルを握ると…あの、その…兄にも父にも車の運転は絶対するなと言われていたのに…。きっと、何年かかっても、弁償いたしますからっ!ですからその…!」
壬生屋は涙を浮かべた目を瀬戸口に向けた。
「ですから…。嫌いにならないで…」
壬生屋の涙を視界に捉えた瀬戸口は、はっとして壬生屋の肩を抱く。
「い、いや、いいんだよ。いいんだ…。その、お前が無事なら車くらい…」
「でも、でも…」
「大丈夫、こんな事で嫌いになったりしないよ」
「本当に?」
縋るように見つめる壬生屋の潤んだ瞳に、瀬戸口は相次ぐ事態に思考がついていけなくなりそうになりながらも、必死になって壬生屋をなだめた。
「本当だとも!愛してるよ…」
そっと涙を拭ってやる瀬戸口。傍に大破した車さえなければ、なんとも甘い語らいである。
壬生屋はますます恐縮して、また謝罪する。
「修理代、必ず払いますから…。二度と車も運転致しません…」
「はは、運転はそうだな、しばらくやめたほうがいいかもな。でも金の事なんか心配するな」
「でも…」
瀬戸口は壬生屋に負担をかけまいと、つとめて陽気にバシバシと大破したボンネットをたたきながらつい口を滑らせた。
「ほんとにいいんだって!車は遠坂に足袋…」
はっと口をつぐむ瀬戸口。重い沈黙が流れた。
恐る恐る後ろを振り返ると、既に壬生屋は運転席に座っていた時以上に危険なオーラを放って瀬戸口を睨みつけている。
「あなたは…あなたは、あの不潔極まりない組織に、わたくしの足袋を…!?」
「ち、違うんだ、誤解だ!!」
「何が誤解なんですか!不潔!不潔!!不潔です──!!!」
壬生屋は鬼しばきを取り出すと、めちゃくちゃに振り回して瀬戸口に迫った。
「お、お前にだって非はあるぞっ!こんな体質だって一言も言わなかったじゃないかっ」
「な、なんですって!?」
「『隠し事はなしです』な〜んて言ってたのは誰かな?」
どうやら、やっと瀬戸口も事態を飲み込めて、調子を取り戻してきたようだ。ひょいひょいと鬼しばきをかわしながら、口だけで反撃する。
「あなたこそっ!まず、わたくしの身を案じるべきなのに、たかが、車一台壊した位でみっともなく半笑いになって…!!わたくしの身より、車の方が大事なのですかっ!?」
「なに〜!?あの車を買うのにどれだけ足袋…!あわわわ…」
「ゆ、許しません!!!!!!」
鬼しばきを片手に追う壬生屋、逃げる瀬戸口。そんな二人を壬生屋に危く轢かれるところだった猫が見事に大破した車の上にちょこりと座って「ぶにゃ〜」と眠そうな鳴き声をあげながら眺めている。
二人の痴話喧嘩は警察が事故処理にやってきて、警官が壬生屋を5人がかりで止めるまで延々と続いたのだった。
こうして二人のドライブデートの1日は終了した。
なんでしょうかコレは…。瀬戸口も壬生屋も人格が壊れてます。でも、わたしの中の瀬戸壬生像はこんな感じです。(どんな瀬戸壬生像だよっ!)壬生屋は絶対車の運転はこんなはずだと思います!
で、当然ですが、この壬生屋もモデルは田中芳樹先生の「創竜伝」に登場するヒロイン(!?)小早川奈津子お嬢様です。(笑)彼女はセプテントリオンくらいは、片手で5分くらいで片付けてしまいそうだわ(笑)。
まあ、瀬戸口なら、絶対壬生屋の足袋は渡さないでしょうが、今回はネタですし、どうしてもカッコイイ車で壬生屋にかっこつけたかった(大体シオネに見せたくて美少年に寄生してしまうくらいですから←そこが可愛い)ので、渋々渡したのでしょう。