「キャスター。これ見るのは初めて?」
「ええ。凄いですね……。ちょっと変な匂いがしますが」
「ちょっと触ってみるか? 大丈夫だって、ほら」
「あ……ちょっと触っただけなのに、こんなに糸を引いて。
こんなのを本当に私の口に入れるのですか?」
「そうだよ。怖がることないって。まずは慣れることから始めればいいんだから。
それとも最初は、俺がかけてあげようか?」
「あ……はい。士郎の好きなように」
「それじゃあちょっと待って。まずはよくこねて……そろそろいいかな。
じゃあ、行くぞ。キャスターの白いのに、いっぱいかけるからなっ……!」
「あ……こんなに、士郎のがどろどろと……」
そうして、俺がキャスターの白いご飯の上にかけた朝食の納豆を、キャスターは物珍しそうに眺めていた。
第二話
〜ぼくらは服屋にロリを見る〜
テーブルの上には、4人分の朝食が所狭しと並べられている。ご飯、味噌汁、納豆、ダシ巻き卵、海苔に塩鮭。
最近は桜が来て朝食を作ってくれるのが当たり前になっていただけに、桜が来る前に朝食を全部俺が用意したのは珍しい。
もちろん理由は俺の正面で朝食を食べずに我慢しているちびっ子(本人曰く、魔力が激減したせいで体が縮んだらしい)の
サーヴァント、キャスターだ。
公園で倒れているところを見つけて、成り行きから助けて、なぜか成り行きで俺が巻き込まれた聖杯戦闘に勝つために
俺のサーヴァントとなったキャスター。
俺と契約した以上はこの家に住ませないわけにはいかないから、必然的に藤ねえと桜にキャスターのことを紹介しなくてはならない。
……そう。藤ねえと桜にキャスターを紹介しなくてはならない。
そうなると必然的に、今日の朝食は俺のそう長いとはいえない人生の中でも、最も騒がしい朝食になる未来はほぼ確定だ。
今日が土曜日で学校が休みとはいえ、いつもどおりに朝食を作れる余裕があるとはとても思えない。
だからこそ、今日だけは桜と藤ねえが来る前に朝食を終わらせた。
今日の朝食は戦場になるかもしれない。
これは避けられぬ戦いだ。立ち向かわなくてはならない運命だ。
オヤジ
切嗣。桜はともかく藤ねえが説得できるよう力を貸してくれ。
……そう、目を瞑ると。 オヤジ
暗闇の先で、笑顔でこっちに来いと手招きをしている切嗣。
オヤジ
ああ、待ってろ切嗣。もうすぐそっちに行くから。
……って、ダメじゃん!!
「落ち着いてください士郎。そんなに今後の展開が不安でしたら、私が勧めたようにすればよいのではないですか?」
初めて見る和食と、おそらく傍目にはかなり怪しい表情をしていそうな俺をキャスターは交互に眺めながら言った。
「それって、魔術で藤ねえと桜の記憶をいじくるって奴だろ?」
「はい。魔力が減っているとはいえ、その程度の魔術でしたら私にはなんでもありません。
それなら私の記憶をその二人の記憶の中に刷り込ませることで、説得するまでもなく解決できますが」
それは昨夜、キャスターと今朝の対藤ねえ作戦会議をした際、キャスターが提案したアイデアだった。
「それだけはダメだって。藤ねえも桜も俺の大事な家族みたいなものなんだ。だから、魔術で記憶をいじって騙すなんて真似は絶対したくない」
昨夜その提案にした返答を繰り返す。いくら手っ取り早く、いくら便利な手段でも、これだけは譲れない線だった。
キャスターはややジト目で俺の顔を見ていたが、説得が無駄だと悟ったのか小さくため息をついた。
「……分かりました。では打ち合わせどおり、私は士郎に話をあわせればいいのですね?」
「ああ。悪いけどよろしく頼む」
そして、運命の瞬間がやって来た。
チャイムも押さずに、玄関の扉が開かれる音。そして間髪入れず、廊下に響く大きな足音。
あと5秒、4,3,2,1……
「おはよう士郎〜。早くご飯にしようよ」
「先輩、お早うございます」
いつもの時間通りに、(藤ねえは珍しくだけど)桜と藤ねえが居間に飛び込んできた。
「お早う藤ねえ、桜」
「おはようございます」
右手を軽く挙げて二人に挨拶する。キャスターもそれに倣ってぺこり、と小さくお辞儀をした。
「おはよう。って、もう朝ごはん全部出来てるの? 今朝はやけに早いね士郎」
「あ……もう全部作ってしまったんですか? ご、ごめんなさい先輩。来るのが遅かったですね……」
俺とキャスターとテーブルと朝食を順番に見比べる藤ねえと桜。
いや桜。別に桜が来るのが遅かったわけじゃないからそんな顔されると困るって。
「そんなことないって桜。今朝はちょっと理由があって早く起きたんだ。気にしないでくれ」
「そうだね。細かいことは気にしないでご飯ご飯。ほら、桜ちゃんも座って」
「あ、はい。今日は和食なんですね」
藤ねえが俺の右隣。つまりキャスターの左隣。桜は藤ねえの対面、つまり俺の左隣に座った。
藤ねえは早くもどれから箸をつけようか、獲物を狙う鷹の目でテーブルを睨んでいる。
あれ、なんか予想していた未来と違うな。いつもと同じ、平和(?)な食卓風景だ。
「それでは、いただきます」
「「いただきま……」」
俺に続いて食事の挨拶をしようとした藤ねえと桜の声が同時に止まった。
一秒。
二秒。
三秒。
三秒で、平和は打ち砕かれた。
「って、この子誰よ士郎――――――――――っ!!!」
「せ、先輩。この子はいったい?」
立ち上がると、右手に箸を握り締めながら叫ぶ藤ねえ。あ、キャスターが一瞬「びくっ」と怯えた顔をしてた。やばい、かなり可愛かった。
桜は桜で、キャスターと俺の顔を交互に見比べている。
……ああそうか。
さっきのひと時の平和は、いわゆる一つの『嵐の前の静けさ』ってやつか。
やっぱり未来は変えられなかったよトランクス。
「ぜーぜーぜー……」
「藤ねえ。まずは落ち着け」
空腹であんな大声を出したために早くも疲労困憊なタイガー……もとい藤ねえ。
「これが落ち着いていられますかっての! 士郎、この子何処の子よ!? どうしてさも当たり前のように食卓に座っているの!?
しかも小さくて可愛いし!! 説明しなさい士郎!!」
藤ねえ。それ以上叫ぶとマジで空腹の限界で倒れるんじゃないか?
「あの……先輩。出来れば私も説明して欲しいです」
「ああ。この子は昨日からウチに住み着いた座敷童だ」
「………(ゴゴゴゴゴゴゴ)」
「というのは冗談で」
絶対気のせいじゃない。今、藤ねえの背後に見えていた虎オーラが当社比1.5倍スーパータイガーとして巨大化したぞ。
最初の作戦、『冗談で場を和ませよう。あわよくば座敷童で押し通そう』作戦は失敗しました、サー!
「本当のことを言うと、キャスターっていう切嗣の知り合いの子供なんだ。
ちょっとワケあって、昨日からウチで住むことになった」
これも本当のことじゃないけど、まさか聖杯戦争とかサーヴァントとか説明するわけには行かないから仕方が無い。
キャスターは切嗣が海外を飛び回っていた際に知り合った、とある没落した貴族の末裔の女性の一人娘。
切嗣はキャスターの母親に『何か困ったことがあったら日本に来て俺を訪ねるといい』と言った事があり、その後母親が病気で死んで天涯孤独になってしまったキャスターは
母親の遺言に従って切嗣の家を訪ねてきた。
切嗣が死んだことは知らなかったし、財産は全て処分して日本に来たから、他に何も当てがない。だからほおっておけなかった俺は、この家で預かることにした。
とりあえず、俺とキャスターが口裏を合わせて説明したのはそんなところだった。
藤ねえも桜も最初は半信半疑だったが、切嗣の性格をよく知っていたために、否定できる材料が見つからなかったようだ。
しかし何より藤ねえを負かしたのは、キャスターのこの攻撃だろう。
「私……やはりここにいてはいけないのでしょうか?」
なんて、瞳を潤ませながら捨てられた子犬のような顔で下から小さな女の子に見上げられたら、普通は
「……ああもう! なんて可愛いのよキャスターちゃん!! 仕方ないわ。許可しちゃう!!」
なんてことになるだろう。
正直俺も、藤ねえがもっと暴れると思っていたのだが、やはり小さな子には誰も勝てないということか。
って、キャスターの目の前でそんなこと言ったらまた睨まれそうだけど。
っていうか、なんかキャスター、今ニヤリと笑ってなかったか? もしかして芝居? うわ、今の笑いは魔女の笑いだったぞ絶対。
「……桜は? できれば桜にもキャスターのことを認めてほしいんだけど」
説明を聞いてから一言も発しない桜だったが、俺とキャスターの顔をもう一度交互に見ると、ためらいがちに目を伏せて
「……はい。そういう事情だったら仕方ないですよね。……キャスターさん、でいいんですよね? よろしくお願いします」
ぺこり、とキャスターに向かってお辞儀をした。
「はい。よろしくお願いします、桜」
桜の言葉が、なんだか他に言いたいことを押し込めて無理に繕ったような言葉だったように感じたのは、果たして俺の気のせいだったのだろうか。
「でもキャスターちゃん、もしよかったら私の家に来てもいいのよ?
私の家の方が広いし、男一人の士郎の家よりは安心だと思うけど」
当然と言えば当然のことを藤ねえが提案した。
「……いえ、せっかくですが遠慮しておきます。迷惑を掛けるわけにはいきませんから」
「んー、別に迷惑じゃないんだけどな。おじい様もきっと了承してくれると思うし」
「いいんだって藤ねえ。俺だって好きでキャスターをここに置いてるんだし、もともと切嗣を頼ってここに来たんだから」
「……まあ、士郎がそう言うんならいいけど」
よかった。不用意に俺以外の人間を聖杯戦争に巻き込むわけにはいかないからな。
もし藤ねえや桜の家まで巻き込んでしまったら、俺はきっと悔やんでも悔やみきれないだろう。
「でも士郎? いくらキャスターちゃんが可愛いからって、ヘンなことしたら承知しないからね?」
冗談半分で藤ねえが微笑みながら釘をさす。
……ごめん藤ねえ。もう既にヤってしまったんだ。手遅れです。
「「「ごちそうさまでした」」」
朝食は、なんだかんだで無事に終わった。
藤ねえがキャスターにいろいろと質問をしたりしていたので、いつもより賑やかだったといえば賑やかだった事くらいで、どうやら俺の第一の試練は無事に終わったらしい。
ただ、気になったのはキャスターと桜だ。
もともと桜はちょっと人見知りする性格だったと思っていたけど、朝食のときも何か気になるものがあるかのようにキャスターのことを何度か横目でちらちらと見ていた。
かと思えばキャスターも、なにやら桜のほうを何度かちょっと厳しい表情で見たりしていた。
初めて会った相手を人見知りするとかそんなレベルじゃなく、こう、何か俺の知らない因縁が二人の間にあるような、なぜか一瞬だけそんな考えが頭の中をよぎってしまった。
藤ねえはもうキャスターに慣れたみたいだけど、桜とキャスターの二人にもなんとか上手くやっていって欲しいんだけどな。
「ねーねー士郎」
「ん?」
朝食の片づけが終わると、新聞を読んでいた藤ねえが顔を上げて質問をしてきた。
「キャスターちゃんが着ているその服ってさ、もしかして士郎が小さい頃着てた奴じゃない?」
そう言って藤ねえは真面目な顔になると、座って俺の方をじっと見ているキャスターに一度視線を移した。
「そうだけど……よく覚えてるな、藤ねえ」
俺があの服を着てたのはもうかなり前の話だ。
藤ねえがそんな昔のことを覚えているほど記憶力がいいとはとても思えないけど……
「あ、なんか今士郎失礼なこと考えなかった?」
「いや全くこれっぽっちも断じてないぞ」
危ない危ない。
「そう? まあいっか。とにかく、私は士郎のことならなんでも知ってるんだもんねー」
えっへん、と得意げに胸を反らす藤ねえ。
「……そうじゃなくって、私が言いたいのは、どうしてキャスターちゃんが士郎のお下がりを着てるかってことなの」
いきなり真面目な顔に戻る藤ねえ。
「大河。私はここに来るとき、ほとんど着の身着のままの状態でした。私が着ていた服もそろそろサイズが小さくなっていたので、
今の私はきちんと着ることのできるような自分の服を持っていない。
それで、士郎の服を借りているのです」
と、横からキャスターが俺の代わりに説明してくれた。
そうなんだよな。キャスター小さくなってしまったせいで、あの時着ていたローブも全然サイズ合わなくなってたし。
いちおう洗濯したローブ着てみようとしたけど、ぜんぜんサイズが合わなくてぶかぶかの状態で困っていたキャスターを
かなり可愛いと思ってしまったのは内緒だけど。
いくらサーヴァントで魔術師といえど、魔術で服を出すような真似はキャスターでも出来なかったみたいで、しょうがないから俺の服を貸しているわけである。
「む、そうなの。……でも士郎。男としてそのままでいいのかなとお姉ちゃんは思うよ」
「あの……私もそう思います。せっかくキャスターさんは綺麗な顔をしているのですから、もっと女の子らしい服を着たほうがいいのではないでしょうか。
あ、いえ、その……せ、先輩の服じゃダメだとか、むしろうらやましいなーとかそういうことでは決して無いのですが」
もしもし桜さん? なぜ俺のお下がりの話のところでそんなに赤くなるのでしょう?
とはいえ、キャスターに女の子らしい格好をさせてあげられないのは、そりゃ俺だって少しは気にしてる。
せっかく見た目は可愛い女の子なんだから、こうして女の子らしく生活してるときはちゃんとしたお洒落の一つや二つ、してもいいんじゃないかと思うし。
「だったら、藤ねえ……いや、桜。桜の小さい頃着てた服とか無いかな?」
「……どうして私じゃなくて桜ちゃんに振るのよ士郎」
虎、大いに不満顔。
でも仕方ないし。藤ねえの子供の頃着てた服なんてほとんどが虎の縞模様とかそんな感じのだって容易に予想がつくし。
それこそキャスターみたいな女の子には似合わないだろう。その点、桜ならその心配はなさそうだから。
「あ……ごめんなさい、先輩。私の小さい頃の服は……その、
全部処分してしまっていて……」
申し訳なさそうに桜が下を向いてしまった。
「あ、いや、それなら仕方がないって。桜が気にすることじゃない」
別にここで桜を責める理由なんてないんだから、そんなに落ち込まれると俺としても困ってしまう。
「やっぱアレだよな、年頃の女の子にはお下がりなんかじゃなく、ちゃんとした服のほうがいいよな、うん」
年頃の女の子とか言われてキャスターがジト目でこっちを睨んでる気がするけど、それは仕方ない。だって実際藤ねえと桜から見れば年頃の女の子にしか見えないわけだし。
「うんうんそうよね。じゃあ、今日買いに行きなさい」
「……へ?」
今日? 買いに行く? 藤ねえは急に何を言い出すんだ?
「藤ねえ、何をだよ?」
「決まってるじゃない。キャスターちゃんのお洋服。士郎、保護者ならちゃんとキャスターちゃんに似合う服を買ってあげなさいよ」
「……」
俺をビシッ! と指差す藤ねえと、なぜかとってもうらやましそうにキャスターを見ている桜。
まあ、確かに藤ねえの言うことのほうが今回は正しそうだけど。
「……士郎? つまりどういうことになったのですか?」
「あー……つまりだな、キャスター。
もう少ししたら、商店街の方に買い物に行くことになった」
冬木市の冬がそれほど寒くないとはいえ、やはりまだ1月の下旬ともなれば風は冷たく、吐く息は白い。
それでも今日が土曜日だからか、一歩商店街に足を踏み入れるとそこにはそこそこの活気が溢れていた。
そんな中を、俺とキャスターはゆっくりと歩いていた。
道行く人たちの何人かは、俺達が通りかかるとキャスターに視線を向けていた。やはりキャスターの日本人離れした可愛い顔が珍しいんだろうか。
「………」
そのキャスターはというと、なぜかさっきからずっと無言で歩いている。ちょっと気まずいけど、俺も何を話せばいいのか正直分からない。
だってこれ、半分……というか、思いっきりデートみたいなものだぞ。
桜は家の用事があるとかで帰っちゃったし、藤ねえも『邪魔者は消えるからね〜』なんて言って家に残ったし。
しかも相手は昨日出あったばかりの美(少)女だ。こんな心の準備もしないままで、どないせいと言うんだ。
「キャスター? その……もしかして無理に連れ出して迷惑だった?」
ここまで来て言う台詞でもないだろうけど、とりあえずキャスターに話しかける。
「士郎。貴方は自分の立場という物を理解していますか? 本当ならばこんなことをしている余裕などないのですよ?」
あ、やっぱりちょっと機嫌が悪そう。
「でも、聖杯戦争はまだ始まってないんだろ?」
「それはそうですが。ともかく今の私達は魔力の回復、敵情視察、現状把握、士郎の特訓と、やることは山積みなのです。
それが、契約二日目にしてサーヴァントの服を買うためにサーヴァントを町に連れ出すなど……そんなマスターは初めて見ました」
「まあそうなんだけど……とりあえずこれからキャスターは当分俺の家で生活するんだろ?
ならこれだって、聖杯戦争に向けて準備をするという意味では必要だったりしないかな」
「無意味です」
うわ、言い切られた。
「確かに私も服の好き嫌いはありますが、そもそも何の魔力も帯びていない普通の服など着ていても戦いにおいてはなんら役に立つものではないでしょう。
私のあのローブのような魔術防具ならともかく、こんな所で服を買ったところで意味はありません」
「あ、あれって魔術防具だったんだ」
「……士郎。実際に見ておきながら分からなかったのですか?
強化のために私の魔力を通し、さらにある程度の対魔力の魔方陣を編みこんでいるのですよあれは」
「いや、さっぱり分からなかった」
「……先が思いやられます」
小さなため息をつくキャスター。
「でもほら、今キャスター、『服の好き嫌いはある』って言ってたろ? ならせっかく来たんだから、キャスターの気に入った服くらい買ってもいいだろ。
せっかくキャスター、そんな可愛い顔してるんだから、少しはお洒落しないともったいないって」
「そ、そのようなことは……そ、そもそも私は魔女と呼ばれていた女であって、可愛いなどと言われるような資格は……いえ、嬉しくないわけではなくて……
ああもうっ! 何を言わせるのですか士郎は」
照れているのが丸分かりの顔でキャスターが抗議する。
まったく、そんな顔が出来るんなら、サーヴァントだからとか魔力がどうとかだけにこだわらなくったっていいじゃないか。
誰がなんと言おうと、今ここにいるキャスターは可愛い女の子だし、可愛い服の一つや二つ着ていなくてはいけない存在なんだ。
「とにかくほら、行くぞキャスター」
俺もちょっと意地になったのか、キャスターの手を強引にとって引っ張った。
「え? な、何をするのです士郎」
「だから、買い物。キャスターがなんと言おうと、今日はキャスターの服を買いに行くからな」
不満な顔をしつつも、マスターである俺に逆らうつもりはないのかキャスターは仕方なくされるがままについて来る。
それにしても。
「魔女」とキャスターは確かに口にしていた。
キャスターも英霊だと言うのなら、魔女と呼ばれていた彼女の生前はいったいどんなものだったのだろうか。
それはマスターとして……いや、キャスターと共に戦う仲間として知らなくちゃいけない気がしたが、同時に軽々しく聞いてはいけないような気がしていた。
とは言っても。
キャスターの今の外見を考えると、どうしても行くところはブティックとかじゃなく……
「子供服売り場」
とかのコーナーなわけで。だからつまり、
「……士郎。いくらなんでも、このような服を着ることには抵抗があるのですが」
などと、子供服売り場で小学生向けの服を目の前に、店内で魔術ぶっ放しそうなキャスターの抗議ももっともだったので、未だにいい服を見つけられずにいるわけで。
「そうかな? けっこう似合うと思うけど」
「……言ったでしょう士郎。私は魔力不足により、理屈は分からないけれど体が幼児化してしまったと。
いくら子供の服が似合うと言われてもあまり嬉しくありません」
「……わ、分かったって」
ここで無理にキャスターの機嫌損ねるのもまずかったので、俺達は仕方なくこの店を出た。
interlude
キャスターは、正直面白くなかった。
魔力が減少しただけなら、回復は可能だ。
だが、体が小さくなったというのは有利不利以前に、面白くない。
魔女メディアたる自分が、自分よりも年下のマスターに子ども扱いされるというのは、やはり彼女のプライドの許容範囲を超えている。
ましてや、この姿では士郎以外の一般人に対しても敬語で接しなくてはならないだろう。
人間相手に敬語を使って接するなど、屈辱以外の何者でもない。
(……私個人のために聖杯は欲しないつもりだったけど……
こうなったら聖杯を手に入れて、体を元に戻すと言うのも悪くないわね)
さりげに凄いことを考えてしまったりしていたキャスターであった。
「……ところで、士郎」
「ん?」
何件か目を回っている途中、キャスターが珍しく自分から話かけてきた。
「桜……間桐桜と言いましたね、あの大人しい女性は」
「ん? ああ。桜がどうかしたか?」
意外だ。キャスターの口から桜の話が出るなんて。
「……彼女は何者ですか、士郎」
「え? 何者って……そうだな、桜は俺の友達の妹で……
昔ちょっとしたきっかけで世話をしに俺の家に来てくれるようになって、今でも家族みたいに付き合っている後輩ってとこかな」
おそらく、家族でもないのに朝から俺を訪ねてきた人間としてキャスターは不思議に思っていたんだろう。昨夜は桜や藤ねえの素性は説明してなかったし。
「……そんなことを聞きたいのではありません」
だが、キャスターから帰ってきた返事は、真剣そのものだった。
「士郎。彼女との付き合いはそれほど短いわけではないと言うのに、今まで彼女から何も感じなかったのですか?」
「え? な、何がだキャスター?」
「………いえ、いいでしょう。私の思い過ごしと言うこともあります。
サーヴァントとして話すべき時が来たら、その時にきちんと話します。ですから今のは無かったことにしてください」
「……分かった」
キャスターの真剣な目に、俺もそれ以上深く聞くことは出来なかった。
太陽がだいぶ高くなった。
もうすぐ時刻はお昼になろうかというところで、朝来たときよりも人通りはさらに多くなってきている。
こんな平和な日常の影で、魔術師達の壮絶な戦いがもうすぐ始まろうとしているのかと思うと不思議な気分だ。
「あ、ここも女性の服を売ってるみたいだな。キャスター、ここ入ってみようか?」
色とりどりの洋服が売っている内部の見える入り口で、俺は隣にちょこん、といるはずのキャスターに声をかけた。
「……あれ? キャスター?」
しかしそこにキャスターの姿は無く、振り返ってみるとキャスターは俺の後ろのほうで、この店のショーウィンドウに展示されている服をなにやら真剣に見つめていた。
俺が近づいても、キャスターは俺に反応しようともしない。ただひたすらに、ガラスの奥に飾られた一つの服をじっと見つめている。
「キャスター?」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!? ししししし、士郎?」
ポン、と軽くキャスターの肩を叩いただけなのに、キャスターのこのものすごい驚きようは何だいったい?
「何をそんなに真剣に見て―――――」
と、視線をキャスターから上へと移し、キャスターが熱心に見ていたその展示品を見ようとした。
「い、いいえ士郎、別に私はその服を見ていたわけでは断じてありません。そそそ、そのような趣味をこの私が持っているはずがないでしょう」
慌ててキャスターが必死に両手を上に上げて見せまいとするが、小さいキャスターがそんなことをやっても目隠しにはならない。当然、俺は目の前に展示してある
服がハッキリと見えたわけだが―――
「……キャスター」
「ううっ、士郎には見て欲しく無かった……」
それは、白と黒をベースにしたシンプルな配色。
黒地の生地に、白いレースをあしらったスカート。
そしてスカートと繋がった上半身は、これまた黒い生地のゆったりとしたブラウス。
そして何より特徴的なのは、スカート、首周り、袖口、さらには肩や胸元までをも飾っている、花を思わせるヒラヒラとした大量の白いフリル。
胸元に輝く白いリボンや袖口を飾る細かい刺繍の入ったレースのフリルは、まるでフランス人形の着ている服を思わせる。
肩の部分は飾り付けを加えて必要以上に膨らみ、スカートの部分も普通のスカートよりたるみを加え、ふっくらとした余裕を持たせている。
これは、もしかしていわゆる一つの……
「……ゴスロリ?」
ゴシックロリータファッションの省略形、ゴスロリ。
中世ヨーロッパのドレスを思わせる懐古的なデザインと、人形のような少女趣味のデザインを掛け合わせたような服だ。
あちこちをフリルで着飾ったこの衣装、最近けっこうブームになっているとか。
っていうかこれ、どう見てもバリバリの少女趣味だろう。
子供服を嫌がったキャスターの好みとは思えないけど……。
「キャスター、これ気に入ったの?」
「な!? ななな、何を言うのですか士郎! 魔女メディアたる私が、このような服を気に入るなどということがあるとでも……」
……なんか今、ふつーにキャスターが自分の正体をバラしたような気がするんだけど。
それくらい動揺してるのか、今のキャスターは。
本当、キャスターは分かりやすい。
何十年も生きた魔女とか言って、子ども扱いされるのを嫌がっていたけど、こうして接してみるとどこにでもいるただの女の子となんら変わりは無い。
それでいて、普通の女の子よりも素直じゃないところがあるけれど、基本的に嘘がつけない性格なんだろう、キャスターは。
「じゃあ、キャスターはこんなの嫌いなんだ。それじゃあ仕方ない。他のを選ぼうか?」
「……ううっ。 …………えっと、その」
両手を胸の前で合わせてもじもじするキャスター。
「か、勘違いしないでくださいね士郎。私はこういった服が嫌いなわけではなくてですね。
その……私は可愛い女の子にこういう服を着せるのが、その……趣味というか、好きというか……
で、ですから、これは私が着るのではなく、可愛い女の子に着せたらきっと似合うわね、と思っただけでして……」
先生に怒られた女の子のように、しどろもどろになりながら必死に弁解するキャスター。
こんな様子を見ていると、とてもじゃないけど英霊とかサーヴァントには見えないよなぁ。
「そっか、可愛い女の子が着たら確かに似合うだろうな」
「そ、そうですよね。士郎もそう思いますか」
「だったらキャスター着てみたらいいじゃないか。今のキャスターならきっと似合うって」
「なななななっ!?」
さらに顔を赤くして、ぼふっと沸騰するキャスター。
「し、士郎! わ、私を愚弄しているのですか!? そ、そんな、私にこの服が似合うなど……そんなことは決してありませんっ!」
「そんなこと無いって。本当に、キャスターがこれ着たらきっと可愛いと思うぞ。キャスターほど可愛い女の子はそうはいないって」
「………うー」
俺とゴスロリ服を交互に見比べるキャスター。
たぶん、子ども扱いされたくない意地を通すか、それともこの服に対する愛着を勝たせるかで散々迷っているのだろう。
「……ああ…………」
「で、でも……」
「け、けれど少しくらいなら………」
「しかし私は……」
ブツブツと悩みながら、今度はあっちに行ったりこっちに行ったりとオロオロするキャスター。
とりあえず、こんなキャスターが見られただけでも、なんか連れてきてよかったと思う。
そして悩むこと20分。
「士郎。私に合うサイズはあるでしょうか?」
「うーん、とりあえず店員さんに聞いて見れば分かるよ」
キャスターの、ゴスロリ服に対する愛着のKO勝ちで決着は付いたようだ。
「………」
「し、士郎。あまり見ないでください」
正直、試着を終えたキャスターを目の前にして俺は全ての言葉を失った。
幸いキャスターに合うサイズが見つかり、キャスターは早速喜んで試着してみたわけだが、こうして見ると本当にキャスターは
御伽噺の世界から抜け出てきたお姫様、と言うしかないくらいに綺麗だ。
俺のお下がりを着ていた時となんか比べ物にならないくらいに高貴な雰囲気、そして少女らしい可憐な美しさがひしひしと伝わってくる。
それは試着室の中で着替えを手伝った女店員さんも同じみたいで、キャスターを見てはぁ…とため息にしかならないため息を吐いている。
衛宮士郎が憧れていた学園のアイドル・遠坂凛がお嬢様だとしたら、キャスターはまさにお姫様だ。
恥ずかしそうに俺を見上げるその顔がまた、守ってあげたくなるようなオーラを放っている。
「そ、その……どうですか? 士郎」
「え? あ……似合う。すごく似合う。正直見とれてた」
「そ、そうですか」
あー、やばい。
今すぐにでもこのキャスターをお持ち帰りしたい気分だ。
「そ、それじゃあその服にするかキャスター?」
「……いいのですか?」
いいも何も、そんなに似合ってるのに、何より着ている本人がそんなに嬉しそうなのに、買わないなんて言ったらそれこそバチが当たりそうだ。
「いいって。それが気に入ったんなら。店員さん、いくらですか?」
服の価格は、思っていたほど高くは無かった。
正直こんな立派な装飾だから福沢さんがたくさんいないと間に合わないかと思っていたが、俺の財布からいなくなった福沢さんは二人で済んだ。
ついでに、まさかこれ一着でキャスターに生活させるわけには行かなかったから、ゴスロリとまではいかなくてもフリルの付いた可愛い服を2着とスカートを1枚。
下着はまさか俺が買うわけにはいかないから、これだけは藤ねえに頼んであるのでOK。
下着と言えばキャスター、ブラジャーはするのかな。キャスターの胸はブラジャー必要なほど膨らんではいなかったけど……
……って、待て俺っ!!
これ以上想像しては、キャスターの胸じゃなく俺の別の部分が膨らんでしまう。平常心平常心。
……うん、非常に危ないところだった。
キャスターと二人で並んで店を出た。
キャスターの機嫌が、朝と比べて格段にいいことくらい隣にいれば簡単に分かる。
よほど気に入ったのか、キャスターは試着した服をそのまま脱がずに着ている。ちょっと人目に付くけど、本人が気にしていないのならまあ、いいと思う。
「士郎」
「ん?」
帰り際にお昼の材料を買おうとスーパーに向かう最中、キャスターが遠慮がちに話しかけてきた。
「その……最初は、意地になってしまって申しわけありませんでした。
散々『無意味です』『いらないです』と言ってしまった私が言うのもなんですが……その、嬉しかった。
礼を言わせてください、士郎」
「いや、いいって。キャスターがそんなに喜んでくれるんなら、俺も連れてきた甲斐があったし」
「……はい。もう私は、このような可愛い服を着ることは無いと思っていましたが、まさかサーヴァントとして召還されたこの世で
こんな機会に恵まれようとは、誰が予想したでしょうか」
服のあちこちを愛おしそうに撫でながらキャスターは言う。
「ははは、じゃあ、体が小さくなったのも悪いことばかりじゃないってことかな」
怒られるかな、とも思ったけれど、それでもなぜかおかしくて言わずにはいられなかった。
でも、キャスターの反応は俺の予想とは大きく異なっていた。
「はい、そうですね」
そう言って。
キャスターは嬉しそうに微笑んでくれた。
俺はようやく、キャスターの女の子としての笑顔を見ることが出来たような気がした。
続く
あとがき
はい、連載決定しましたキャスタールート。
しょっぱなから18禁ギリギリのネタをやったり、二日目にして早くもデートイベントを入れると言う暴走っぷりで、
なんかもう『お前ら聖杯戦争やる気あんのか』っていう二人ですが、これからの士郎とキャスターを応援していただければ幸いです。
あと、もちろん聖杯戦争は真面目にやりますよ。
私はバトル描写とか苦手なので、原作ほど盛り上げるのは無理かもしれませんが、キャスターが士郎のサーヴァントになったことで
いろいろ原作と変わった部分とかはオリジナルで書いていきたいと思っています。
私にもっと画力があれば、ゴスロリ服のキャスター描いて見たいですけど……。
ともかく、次はおそらくキャスターの魔術講座編になるのかな?
これからも頑張ります。
読んでくださったみなさん、ありがとうございました。