対岸の川沿いに連なる鮮やかな桃色の木々。
川面から反射する柔らかい光は、その美しさをいっそう際立てている。
「春……だな」
学校帰りの道を歩きながら、北川 潤は思わず声に出して呟いた。
今日は、珍しくほとんどの友人達が用があるらしく、彼は珍しく一人で帰路についていたのだった。
ふと、顔に何かがくっつくのを感じる。
手にとって見ると、それは桜の花びらだと言うことが分かった。
どうやら、対岸のほうからこっちまで飛んできたらしい。
自分に風流を感じる心があるかはさて置いて、それは春の到来を強く感じさせられた。
最近は、特有の眠くなるような暖かさが出てきたし、桜など見るまでもなく春だということは分かる。
だが、それでもこの桜の咲き乱れる様を見ると、より強く思えるのだ。春が来たと。
(何か、まるで詩人みたいなことを考えているな)
オレらしくも無い。
北川はそう思いながらも、仕方が無かろうと肩をすくめている自分がどこかにいることも、明確に察知していた。
今日は4月18日……自分が、北川 潤になった日なのだから。
(そういえば、あの日もこのくらいに桜が満開だったけ)
風にまぎれて、桜が辺りを飛んでいくのが見えた。
4月18日の物語
頭が痛い。手が痛い。足が痛い。
少年が目覚めて、最初に感じたことは、あらゆるところから感じる耐えがたい痛みだった。
その少年は、年の頃にして13、14くらいだろうか?
見事なまでの金髪と、透き通った瞳がどこか幼らしさを感じさせる少年。
ただ、今はその体も髪もぼろぼろに汚れており、見る影もなくなっていた。
「げほっ」
一体何故と思う間もなく、少年は続いてやってきた強烈な嘔吐感に少年は耐え切れず吐き出した。
やがて、多少はその痛みも嘔吐感も引いてきた。
口元に黄色い胃液を残し、ふらふらになりながらも立ち上がる少年。
「一体、何なんだ……」
さっぱり訳がわからない。
本当に訳がわからない。
何故、自分がここに倒れているのか。何故、こんな怪我をしているのか。
とりあえず、辺りを確認してみる。
日の傾き具合からして、昼にはまだ遠いだろう。
辺りには、草……長い草が広がっている。
その先ほうには、遥か下方に町が見える。それなりに大きい街だった。
桃色の何か――桜だろう――に包まれ、その街は明るく佇んでいた。
反対側には、急斜面が広がっておりその上が大きな丘になっているようだ。
あそこから転げ落ちてきたのだろうか。思い出そうとするが、よく分からない。
(……?)
ふと、少年は違和感を感じた。
いや、違和感なのだろうか。それすらも良く分からない、曖昧な何か。
最初はそれが何であるか分からなかったが、それは徐々に形をなし、ついには彼を震えさせる冷たい汗となって彼の肌を伝った。
「オレは……誰だ?」
分からない。自分は一体何者なのだ!?
答えはない。答える者はいない。
少年の疑問は、ただ風に消えるだけ。
少年は、自分が一体何者であるかと言う部分だけが、切り抜かれた空の雲のようにすっぽりと抜け落ちていた。
いや……
(一つだけ……覚えている。オレの名前は――)
――潤
*
昼の街の商店街はそれなりに賑わっていて、買い物客や学校をサボっている学生、子供達などで溢れ返っていた。
少年――潤は、そんな街の様子を不安げに見回しながら、力なくその道を歩いていた。
あの後、一応持ち物を探ってみたのだがめぼしいものは見つからず、結局、下方に見えたこの街に足を運んだのだった。
街に着けば、もしかしたら自分のことが分かるかも知れないし、それに何より不安だったのだ。だが……
「あの子、一体なんなのかしら?」
「何か、小汚ねぇ格好したやつだなぁ」
「関わらない方がいいよ」
だが、辺りからは彼を排除、否定でもするかのような声が響き、その身にはゴミでも見るような冷たく痛い視線が降り注ぐだけだった。
結局、感じることが出来たのはよりいっそう大きい不安感だけ。
少年は、俯いて歩くしかなかった。
「……腹減ったな……」
思い出したように、そう呟く潤。
きっと、記憶を失うかなり前から何も食べていなかったのだろう。
今までは、不安や戸惑い、体の痛みなどで若干押さえられていたようだが、それすらも上回る「飢え」が自分を苛んでいるのに潤が気づくまではそう時間は掛からなかった。
かと言って、お金を所持しているわけでもない。
潤は、ぎいいとそれこそ鉛でも持ち上げるように顔を上げる。
ふと、目の映ったのはタイヤキを売っている露店だった。
*
「はあ、はあ、はあ……!」
少年は、力の限り走っていた。
体の痛みも足の疲れも忘れて、なりふり構わず走っていた。
走っている最中、僅かに残っている理性は、まるで他人事のように何故こんなにも一生懸命に走っているのかと自らに問い掛けてくる。
「万引き小僧が、待ちやがれぇーーーーーーー!」
答えは、自らではなく後方から聞こえてくる罵声が出してくれたようだった。
だが、だからと言って、このまま捕まるわけには行かない。
人ごみをかいくぐり、細い通りを強引に突破し、とにかく無我夢中に逃げた。
自分でも、どこをどう通ったのか覚えていないほど。それほどに夢中だったのだ。
「はあ、はあっ、んぐ、はあ、はあ……!!」
自分の口に涎がたれているのにも構わず、それでも走る潤……やがて、追手はいなくなったようだった。
「はあ……」
呼吸が落ち着くまで、時間は掛かりそうだった。
体と精神を休ませながら、辺りを見回してみる。
ブランコに、砂場、ジャングルジム……中央には大きな噴水も見える。
人はほとんど見受けられないが、どうやらここは公園であるらしい。
とりあえず、体を休めるのと盗んできたタイヤキを食べるために噴水に向かう潤。
潤は、そこまで歩くと、急に力が抜けたようにへたりと噴水の縁に座り込んだ。
肩が震える。手も強く強く握り締められていた。
「くぅ……」
その時、潤が感じたのは、空虚だった。
心の中に出来た空虚。一体何に対して空虚を感じているのか、潤にはまだ良く分からなかった。
悲しみのような怒りのような不安のような……或いは、それ以外の何かが潤を蝕む。だが、涙は出なかった。
潤は、思いついたようにタイヤキの入った袋に手を突っ込むと、それをがむしゃらに食べた。
甘い感触が胃の中をこれ以上ないくらいに満たすのを感じる。
「美味しくないな、これ」
だが、潤にはその味が酷くまずく感じられた。
胃は満たされても、心はより貧しくなっていくのが、潤にははっきりと分かった。
*
かなり長い間そうしていただろうか。
辺りは、相変わらず静かだった。人の姿などほとんど見えない。
太陽は、南中をとっくに過ぎ、後一時間もすれば、辺りは紅色に包まれるだろうというところだった。
少年は噴水の縁に座ったまま何をするわけでもなく、ただぼーっとしていた。
(暖かい……な)
降り注ぐ太陽の光は、程よい暖かさで潤を包んでいた。
それは彼の心までは暖めないにしても、思考を緩慢にしてしまうと言う点ではありがたかった。
何かを考えてしまえば、それだけできっと辛くなるから。潤には、ありがたかったのだ。
ふと、静寂を貫いてやたらとやかましい笑い声が聞こえた。
声のする方を見てみると、4人の崩した格好をした若者が、ケタケタと笑っている姿が見て取れた。俗に言う不良と言うやつだろう。
さっきまでの静寂さから、打って変わってやかましくなる。
と、その中の一人と目があった。
「あ? お前、何?」
その男は、何が気に入らないのかそんなことを言いながら、こちらに近寄ってきた。
周りの男たちも、何かその様子をはやし立てているようで、こちらを見ながら笑っている。
やがて、その男は潤の目の前まで来ると、こちらの瞳をにらめつける様にしてじろじろと見てきた。
「何だってんだよ、あ?」
威嚇するような物腰で言う男。
潤は、しばらく男のそんな様子を見ていたが、やがて興味を失ったかのように、視線を再び下に向けてしまった。
「お前、何で俺たちのほう見てたわけ?」
しかし、潤は答えない。
「シカトかよ……っめてんじゃねえよッ!!」
顔を引きつらせながら、その男はこぶしを振り下ろす。
それを顔にまともに喰らい、なすがままに吹き飛ばされる潤。そのまま、地面に叩きつけられる。
男は、その様子を見ながら、倒れている潤のそばに立った。
「なめてんじゃねえよ……」
男は、やはり潤をにらめつけながら言った。
だがそうなってまでも潤は、その空虚な瞳を男に向けるだけだった。
しかし、その行為が気に入らなかったのだろうか、男は更に激昂した。
「なるほど、まだ、俺を馬鹿にしてるってワケかい……ふざけんな!」
倒れたままの潤を蹴る。その足を、腹を、顔を滅多打ちにする。
だが、潤にとってその痛みはまるで他人事のように感じられた。
それに、本当に痛いのは体などではなかった。
体の痛みよりも、心の方がずっとずっと痛かった。
*
「う……くっ」
目が醒めたと同時に襲ってきたのは、最初と同じような耐えがたい痛みだった。
だが、今度はそれではなかった。
どうしようもない心のわだかまりが、自分を内部から破壊していくようなそんな錯覚。それが、更に彼を苦しませていた。
「……チクショウ」
小さな声で、しかし強い思念の力をもって、そんな言葉が紡ぎだされた。
好きでこうなったのでは無いのに、あんな目で見られるなんて……。
万引きは、仕方が無かったんだ。
何故、オレは意味も無く、痛い目にあわなければならなかった?
何故、何故――記憶が無い!?
とめどなく溢れる思考は、今までそれを押し込めていた故に、暴走して潤をがんじがらめにする。
「チクショウ……!!」
潤は、今にも崩れ落ちそうになりながらも、何とか立ち上がる。
既に辺りは夕暮れに染まっており、公園の噴水には赤い太陽が反射して映し出されていた。あの4人組も見当たらない。
立ち上がった後、何度も倒れそうになりながら、潤はゆっくりと目的も無く歩き出していた。
*
いつの間にこんなところに来ていたのだろう。
潤は、大きな川とその向こう側に咲き乱れる桜を見ながら、そう思っていた。
紅い夕焼けとその色に染まる桜、そしてそれらを映し出す川面。その光景は、何か物悲しいような切ないような不思議な雰囲気を醸し出していた。
辺りには人の姿は無く、その雰囲気が更にその光景を美しくしているような気がした。
「綺麗だな……」
思わず口から出たその言葉に驚きながらも、潤はそこが道路であることも忘れ、その場にどっかりと座る。
遠くからは、街の喧騒が聞こえてきた。
そこには、静寂があった。川の流れと太陽が時を刻み、桜の花がそれを支配する。
(このまま消えることが出来たら、どんなに楽だろうか……)
疲れきった瞳で、遠くを見ながら潤はそう考えていた。
たった一日、たったそれだけの短い期間だが、記憶の無い少年は、強く追い詰められていた。
取り除くことの出来ない不安と、それ故に起こったのだろう出来事。既に少年はぼろぼろだった。
そのときの彼は、孤島で一人悶え苦しむ遭難者の様なものだったのだ。
「あれ? 君、こんなところで何してるの?」
声。
その声は、そんな静寂と潤の思考を破るように聞こえてきた。
つられる様に、その声の主の方を見る潤。
「随分、汚れてて……うわっ、その傷どうしたの!?」
だいたい24、5歳くらいだろうその女性は、そう驚きながら長い髪を揺らしてこちらに駆け寄ってきた。
潤は、そんな彼女をしばらく見ていたが、やがて慌てたように視線を逸らす。
だが、その女性はそんな様子の潤にはお構いなしで、彼の顔の正面に立つと、座り込んでその顔を覗き込んできた。
「あらら、これは酷いなぁ。ねえ君、大丈夫?」
潤は、今度は顔ごとその視線をずらした。
だが、彼女はその顔に平行移動するように、再び顔を覗き込んで来る。
左に逸らせば、彼女も左に。右に逸らせば、彼女も右に。
何度もそれを繰り返すと、潤はついに根気負けしたようだ。顔を逸らすのを止める。
「参った? ねえ、参ったんだよねえ」
最初からそれが目的であったかのように、彼女は勝ち誇った声でそう言った。
(……何なんだよ)
潤は、正直戸惑っていた。
今日一日の出来事で、対人恐怖症とも呼べる状態に陥ってしまっていたその少年は、彼女の行為が理解できなかったのだ。
言ってみれば、潤にとって彼女は困惑そのものだった。
「……その沈黙は、参ったと受け取っていいのよね? と言う訳で、勝者の権利。あなたはわたしの言うことを聞かなければなりません」
だいたい、勝負なんかしていないだろう。
そう言おうとしたが、彼女の有無を言わさぬ態度にそれは叶わなかった。
「で、どうしたの? その傷」
「殴られた」
簡潔に答える潤。
「うん。正直な答えでよろしい。で、何で殴られたの?」
彼女は、うんうんと頷きながら更にそう聞いてくる。
潤は、困惑の表情に包まれながらも、そんな雰囲気に飲み込まれ始めている事を感じた。
「……分からない。気にいらねえとか言われて……」
彼女は、そっかと言うと、そのことはそれ以上聞いてこなかった。
代わりの質問を投げかけてくる。
「じゃあ、そんな君が何でこんなところで座っているの?」
そう言いながら、彼女は潤のすぐ横に座りだした。
潤は、そんな彼女の様子をうかがいみるように、ちらっと隣を見る。
彼女は、対岸に咲く桃色の花を見ているようだった。つられて、と言うわけではないが、潤もそれを眺め出す。
それは、今日はじめての心が休まるような瞬間だった。
「分からない」
やがて、潤は小さい声でそう言った。
彼女は潤の方は向かずに、遠くを見たまま返してくる。
「んー、じゃあ、質問変えるわ。君、家はどこなの? 帰らないの?」
ドクンッと心臓が激しく鳴った気がした。
それは、考えたくないことだったのに。考えてはいけないことだったのに。
潤は、にわかに震え出した体を止める様に、自分の手で押さえつける。
心が深い闇に引きずり込まれていくような、そんな錯覚。どこまでも限りなく深い穴へ落下していくような――。
彼女もそんな潤の様子に気づいたのか、驚いたようにこちらを見ている。
「どうしたの!?」
肩を揺さぶられて、潤は多少正気を取り戻したようだ。
「大丈夫?」
だが、潤はその声とは、違う答えを言った。
「分からないんだ――」
「分からない? 家が? 迷子……って言う年じゃなさそうだし……」
彼女は、そこで言葉を切った。
潤もその先を言おうとしたのだが、今日の間に出来てしまった分厚い壁がそれを邪魔する。
ここで、もしも、記憶喪失だなどと言って、彼女もあの街の連中と同じになってしまったら? 拒絶されてしまったら?
それは、恐怖だった。
ほんの十数分とはいえ、一緒にいて心が安らいだのだ。それが、無くなってしまったらオレはどうなってしまうのだろう。
彼女は、そんな潤の様子を見ながら、その手を潤の頬にあてた。
「話せない?」
その声は、今までの軽い口調とは違って、心地よい優しさが混じっていた。
潤は、その声に導かれるように何時の間にか声に出していた。
「記憶……喪失みたいなんだ。自分のことだけが、ぽっかり穴が空いたみたいに覚えていない……覚えているのは、名前だけ」
そう言うと、潤は口を閉ざした。
「ごめん、悪いこと聞いちゃったかな」
潤は、強く横に首を振る。
正直、そのときの潤は、そんな言葉はほとんど耳には入っていなかった。あるのは、拒否しないで、という心の叫びだけだった。
「記憶喪失……そっか、君も一人なんだ」
その声に、今までの軽い調子からは考えられないほどの哀しみに似たような感じを受けたのは、潤の気のせいだったのだろうか。
潤は、その声に自分の今の心境と似た何かを感じ取っていた。
彼女はそれに気づいたのか、慌てて声の調子を変える。
「じゃあ、君はどうするの? 警察に届け出てみる?」
警察……そう言えば、考えてもいなかった。
だが、潤はその行為に何か抵抗感を感じた。警察に届け出ることに正体不明の警告音を心が発していたのだ。
何故かは、やはり分からない。
潤は、沈黙でそれに答えた。
「そっか、嫌か」
軽く笑いながら、彼女はそう言った。
潤は再び、俯きそのまま言葉を発そうとしない。
そして、沈黙。両者とも何かを言おうともしない。最も、彼女の方は何かを考えているような様子だったが。
「うん、そうだ。君、家に来る?」
彼女はポンと手を叩くとまるで、ちょっとしたものを買うような気軽さでそう言って来た。
潤は、その意味するところがすぐには理解できなかったらしく、しばしぽかんとする。
「ええと、つまりは家で暮らさないかってこと」
「暮らす……?」
「そう。君の記憶が戻るまで、なんなら記憶が戻った後も」
そう言って彼女は笑った。
潤は、その問いの答えを探る。
いや、答えは分かっているのだ。しかし、何故かその答えを言おうとすると、声が震えてしまうような気がした。
「オレ……なんかが……行っていいのか……?」
かろうじて、出せた言葉はこれだけ。
その後に続く言葉は、弱々しく震えて風に消えてしまった。
「もちろん。君、悪い奴じゃなさそうだし、わたしも一人暮らしだから、一人くらい増えたってどうってことないって!」
潤は、その言葉を聞きながらも、答えることが出来なかった。
瞳の奥が熱い。
喉がカラカラだ。
溢れ出て来る感情が、彼から言葉を奪っていた。
「それに、君、何かわたしに似てる気がするしね」
彼女のその言葉には、寂しさが含まれていた。少なくとも、今の潤にはそれが明確に分かったのだ。
(ああ、そうだ。きっとオレも同じように孤独で寂しかったから)
だから理解できる。
潤は、知らず知らずのうちに拳をきゅっと握っていた。
「って、何で泣いてんの、君は!」
泣いてる? オレが?
潤は、そっと頬に触れる。熱い……滴を感じる。
涙だった。
今日、どんな仕打ちを受けても、どうしても流れることは無かったのに。
「あれ……?」
段々とその量を増していく涙。潤にはもはや、それを止める術などなかった。
*
潤が泣き止む頃には、既に辺りには、薄い蒼が混ざり始めていた。
「もう、大丈夫?」
彼女は、それでもずっと待ち続けてくれていたらしい。
潤は、照れた様に手で頬を掻きながら笑った。さすがに、視線を合わせることは出来なかったが。
「じゃあ、家に行こうか」
「ええと……うん」
やはり、恥ずかしさは隠せないのか、どうも歯切れの悪い口調で潤が答える。
と、
「あ、そうだ。君の名前は何ていうんだっけ。名前は覚えてるのよね?」
彼女は、気づいたようにそう声を上げた。
「ん……名前は、潤」
彼女は、それを聞きながら、なにやら勝手に納得したようにうんうんと頷いている。
だが、きっとこの言葉は、彼にとって大きい意味を持ったに違いない。
「じゃあ、今日から君の名前は、『北川 潤』よ」
*
「そんでもってここに連れて来られたんだよな」
そう言って、北川は目の前の扉を見た。特に珍しくも無い、ただの扉。
その表札には、「北川」の文字が入っている。
北川は、懐かしむようにその文字を見る。口元は笑っていた。
あの日の思い出――4月18日の物語。
記憶をなくし、途方にくれた思い出。”母”と出合った思い出。
何が良かったとか、悪かったとかそういうのではない。だが、確かにあの日、「北川 潤」は生まれたのだ。
北川は扉を開けた。いつもなら、特に何も感じないその行為だが、今日は特別な意味があるように思えた。
玄関で靴を脱ぎながら、北川はあることに気づく。辺りに隠すように置いてある見知らぬ靴たち。
北川はこみ上げる笑いに堪えながら、さて、どんな反応をしてやるかなと、そんな風に考えていた。
4月18日の物語は、始まったばかり――
This story is never ending? ……yes
あとがき:
と言う訳で、何の脈絡も無くあとがきです。
いやあ、やっちまったって感じですかね。
また、Tepid Waterの世界観使ってしまいました。
一応、その知識が無くても読めるようには書いたつもりなんですが。
コンセプトは、「孤独感」だったのですが、どうなんだろ? ちょっと淡々と書きすぎて、失敗した感が……。
まあ、その辺は多めに見てくれるとありがたい(爆)。
あ、後、万引きはいけませんよ(ぉ。
ともあれ、北川誕生日です。
誕生日おめでとう! 北川!!
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