いつか



 灰色に濁った空を見つめながら、私はその雲から零れ落ちる白い結晶を見ていた。
 弱々しく降り続けるその結晶は、道に降っては溶け、降っては溶け……儚い。
 何気なく、手を広げて雪を手のひらに掴んでみる。
 その雪は、手のひらで美しい形を私の瞳に映したが、それも一瞬だけだった。
 その後には、何事も無かったように溶け、消え去った。
「お姉ちゃん……」
 ふっと、蘇るあの言葉。
 なるべくなら、思い出したくはなかった。
 だが、その十字架を背負って生きることこそが、私に出来るたった一つの償いなのだ。
 忘れることなど……出来ない。出来はしないだろう。
 空を見つめる視線を前に戻し、私はその先にある墓をすっと見つめた。
 雪は、そんなに積もっていはいない。
 誰かが、雪を落として言ってくれたのだろう。
 見れば、真新しい花も添えてある……。
 彼がやってくれたのだろうか?
 私は、僅かに積もっているその白い塊を手で払うと、再び、じっとその墓を見つめた。
 そうしている間にも、雪は降り続けている。
 だが、その雪は余りに弱々しくて、積もる気配はほとんど無かった。
 手のひらで溶けていったように、積もる前に景色に溶け込んでいる。
 まるで、あの子の様だ。その美しさが、その儚さが、その優しさが……
「あたしに妹なんていないわ」
 あの子が死ぬと分かった時、私は捨てた。
 あの子のことを、あの子の姉であることを。
 認められなかった。私の大切な人が死んでしまうことが。だから……
 私は、拒絶した。
「お姉ちゃんって呼んでいいですか?」
 それでも、あの子はそう言った。
 泣いた。
 今まであの子を無視し続けていたのことを忘れ、泣きじゃくった。
 本当に泣きたいのは、あの子の筈なのに。
 あの子は、それでも笑っていた。
 ……妹は、その日の内に帰らぬ人となった。
 今日と同じ、儚げな雪が降っていた日だった。
 私は……その時には、涙は流れなかった。
 あの子の前で泣きすぎたから、もう涙も出なくなっていたのか、それとも、私がこんな人間だからかは分からない。
 涙の代わりに、溢れんばかりの悔恨が身を包んだ。
 思い出しながら身震いする。それは、今も続いていることだ。
 これからも……ずっと背負い続ける私の十字架。
 相変わらず辺りには弱い雪が降っている。白い雪が、私の体を包んでいく。
 冷たい。でも、今はその冷たさが心地よかった。
「あたしは、あの子を見捨てた」
 その日から、ご飯をあまり食べなくなった。学校にも行かなくなった。
 部屋に閉じこもったまま、身動きもとらない。
 心が壊れていくのがわかった。
 いや、自分で壊そうとしていたのか。それすらも、判断できないほど私の心は病んでいた。
 家族の暖かい言葉も、友人達の優しい励ましもその時の私には、ただ煩いだけだった。
 撥ね退けた。
「もう、あたしなんか放っておいてよ!」
 溢れんばかりの激情を構わず、ぶつけ散らした。
 それでも、あきらめず私を励まそうとするクラスメートもいたけど、私は徹底的に無視した。
 ただ、その中で、彼は唯1人厳しかった。
「いつまでそうしているつもりなんだ。美坂」
 その日は、強い雪が降っていたのを覚えている。
 私の部屋の閉じた窓越しから、その男はそう言った。
 私は、答えなかった。
「彼女は、もういなくなったんだ」
 彼の放ったその言葉に、私の精神がはじけた。
 それは、考えてはいけないことだったのだ。
 あの子が、いなくなったことは勿論分かっていた。が、分かっていたけれど認めてはいなかったのだ。心のどこかで。
「言わないで!」
 ヒステリックにそう叫んだ。
 何度もそう叫んだ気がする。言わないで、いわないで、イワナイデ……
 彼は、非情だった。
 いや、それは違う。それは、優しさだったのだろう。今なら分かる。
 だが少なくとも、その時の私には非情以外の何者でもなかった。ただ、残酷な言葉を私に突き刺す悪魔。
「いなくなったんだよ」
 何度も、私の叫びを聞きながらも、そう言った彼。
 どれくらいそうしていたのか分からない。
 暗い部屋で、縮こまりながら、必死に否定する私。
 もう何も聞くまいと、耳を塞いで。
 だが、彼の最後の台詞。それだけは、聞こえてしまった。
「そう、いなくなった……それで? お前はどうするんだ、美坂」
 心の無い言葉、その時はそう本心で思った。
 言い返してやろうと思った。
 あなたに私の何がわかる? 知ったような口をするな、と。
 だが、声は出なかった。
 きっと考えてしまったからだ。
「お前はどうするんだ、美坂」
 その言葉の意味を。
 暗い部屋の中で考えて……今、この場でもずっと考え続けている。
 白い雪をその身に受け、冷たく冷え切った辺りの空気を身に纏わせ、だがそれでも、答えは出ない。
 そもそも、答えなどあるのだろうか? そう思う時もある。
 それでも、と、思う。
 いつか――いつかその答えが出たならば、私は自分を許せるのだろうか。
 あの子にわびることが出来るのだろうか。
「いつか、あたしに答えは出るのかな」
 辺りの雪景色は、答えてはくれない。








あとがき:
 儚い話を書いてみようと思ったんですよ。
 でも、これ何よ!? と自分に突っ込みたい。
 単なる暗い話になってしまいました。いやあ、暗い暗い。
 いや、当初から暗くなる予定は入っていたんですけど……これは、ちと暗すぎたか。
 回想をするように、物語を展開させていくと言う自分では初めての手法をとったのですが、それもいまいち効果を発揮していない気がするし。
 まあ、この経験を次に生かせられればいいんですけどねえ。

SSインデックスに戻る