風追い人
その一族は、時の中に埋もれる想いを追いかけ、そして、伝えるという。
そして、想いを届けし後、何処かへ姿を消していく。
彼等は不死であり、また、独特の文化を持っていた。
その一つが、歴史を一つの流れとし、その中を人の想いが風のように流れているという、一種の宗教じみた独特な考え。彼等がその風を――つまりは想いを追い、そして伝えることを至上の喜びとしていたというのも、その考えからだろう。
そのようなこともあってか、彼等は、歴史の分岐となる人々の前に幾度となく姿を現し、奇跡のような出会いをもたらしていたという伝説もある。
そういった伝説、思想体系から、彼の一族は、”風追い”と呼ばれていた。
この話は、その”風追い”の一族にまつわる話である――
「ねえ、名雪が言ってたのってこれ?」
「え?」
静謐な図書館、その片隅で、二人の女子が何か話をしている。
片方のウェーブの掛かった髪の少女は、何かの本を見つけたらしい。もう片方の、ロングの髪をした方――名雪といっていたか――を呼んだ。
「この”風追い”の一族っていうの」
「あっ、そうそう。でかしたよ〜、香里〜」
ウェーブの掛かった方はどうやら、香里というらしい。
しかし、香里は特に喜んだ様子もなく、物珍しげに名雪の方を見るだけであった。
「しかし、名雪もよくこんなマニアックな郷土伝承なんか知ってたわね」
確かにこの街には郷土伝承こそ数多くあれ、その多くは歴史に埋もれ、あるいは、人の記憶に沈み、一部を除いて、普通の人が知っているというのは珍しい。
「えへへ〜、昔、お母さんが話してくれたの」
名雪は、相方とは打って変わって嬉しそうだ。
「ああ、名雪のお母さんなら、何も不思議はないか……」
確かに、あの謎の若さを保つ母親なら例え、国家のトップシークレット、いや、それどころかブラックファクターまで知っていてもおかしくはない。
「まあ、いいわ。でも、この本いくらなんでも大げさじゃない? 歴史の分岐となる人の前に幾度となく姿を――って、しかも不死……これ、郷土伝承でしょ?」
確かに、この地方にしか伝わらないような一族が、他の地域のしかも、歴史に関わるような出来事に立ち会ったとは思えないが。その上、不死。信じろという方が無理である。
「う〜ん、でも、あくまでも伝説の一族だし……それに」
「それに?」
「歴史の本に書かれていることが、本当の歴史を全て物語っているわけじゃないし……」
確かにそうかも、と香里は思った。歴史書に書かれていること全てが真実とは限らない。多くの場合、歴史は大まかなことしか伝えないのだ。特に、それが、古ければ古いほどに。
「そうね。珍しく名雪に教えられた気がするわ」
「う〜、香里、何か、わたしのこと馬鹿にしてない?」
「気のせいよ」
朝の教室の人間は、大まかに分けて二つの人種がいる。
一つは、無意味なくらい元気なもの、もう一人は、足りない睡眠時間を補うために、机に突っ伏して寝ているもの。
その男、北川 潤は、後者の方だった。安らかな寝息を立てながら、これ以上ないくらい幸せに眠っている。
だが、いつの時代――または、どこの教室――でも、意地の悪い奴はいるもので、ここでは、彼女がそれに該当した。
「北川くん。もうお昼よ?」
意地の悪い声でそう言う。
「何っ!?」
だが、彼のまだほとんど機能していない脳はそれを正しく理解していなかった。簡単な言葉により、一瞬で覚醒がなされてしまう。
「え? あれ……」
周りからは、くすくす、という笑い声。
潤は、首をぎぎ〜と回して、意地の悪い女、美坂 香里の方を向いた。
「美坂……謀ったな!?」
だが、当の美坂 香里本人は、相変わらず意地の悪い笑みを浮かべたままだ。
「でも、起きられて良かったじゃない?」
「恥ずかしかったじゃないか!」
「それは、あたしのせいじゃないわよ」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
押し黙る潤。確かに叫んだのは自分だ。しかし、しかし……!
だが、潤が次に口を開く前に、相手は先手を取ってきた。
「あ、そういえば、昨日、名雪と一緒に図書館行って来たわよ」
「ん? ああ、そうか。すまない」
そして、それは見事に功をなしたらしい。相手は、それにあっさり引っかかった。
無論、普段なら、そのようなことが通用するはずもないのだが……
「どうしても、外せないバイトがあったんだ」
「ま、いいわよ。グループでやる課題なんだから、作成の方はあなたたち任せということで」
「へ、しっかりしてる」
と、香里の視線が、教室の入り口の方に向く。つられて、潤もそちらを向いた。
「珍しい…」
ほお、と感嘆の声を上げながら、潤は思わずそう呟いていた。
そこには、ロングの髪の少女、名雪が立っていた。
「珍しいじゃないの。あなたが遅刻しないで来るなんて」
「香里。それどういう意味?」
名雪は、頬をぶぅっと膨らませながら言う。
きっと本人は、怒りを表現しているつもりなのだろうが、残念なことにその表情は、怒りよりも先に可愛さの方が立ってしまっていた。
「ん? 水瀬さん。相沢はどうしたんだ?」
名雪のほうを見ながら、潤が言った。
「う、うん。もうすぐ来ると思うよ…あ、来た」
その言葉には、少しではあるが、何か戸惑ったような気配が混じっているのに潤は気づいた。いや、恐らく、潤だけではなく、香里も気づいただろう。
「相沢……」
「よお、北川」
その男――相沢 祐一は、疲れきったような表情でこちらの方に歩み寄ってきた。いつものうるさすぎる態度が嘘に思えるような。その表情は、何か焦っているようにも見える。
「相沢くん……昨日、名雪と一緒に図書館、行って来たんだけど」
取り繕うように、香里がそう言った。だが、祐一は、ああ、すまない、などと、気の抜けた返事をするだけであった。
潤は、そんな祐一の姿をじっと見ていた。
確かに、近頃の祐一は元気がなかった。しかし、ここまで酷くはなかったのだ。
昨日と今日の間で一体、何があったのか……。
(ふ、オレも意地が悪いな……)
潤は、視線を香里の方に向けなおすと、
「そういや、どんな資料を調べてきてくれたんだ?」
「”風追い”の一族の話。知らないでしょ」
「いや、知ってる」
「へえ、北川くんも知ってるんだぁ」
名雪が感心したような声を上げた。
「彼の一族は、想いを伝え、そして、その後、何処かへ姿を消していく……」
そのときの彼の表情を他の友人に見せたら、何と言うだろうか。驚くだろうか、いや、これは北川 潤ではないと、否定するだろうか。
いつもの潤からは想像できないような、何処か、遠い目つきをした少年がそこにいた。
「っていう話だろう?」
いきなり表情が戻る。いつもの北川 潤の顔に。いつもの人懐っこい顔に。
「へ、ああ。そう、それよ」
だが、その変貌振りに、さすがの香里も戸惑いを隠せなかったようだ。
「驚いたよう。北川くん、いきなり、あんな顔するんだもん」
「へへ、何か、詩人っぽかったろ? いや、しかし、慣れないことするもんじゃないな、顔が引きつっちまうぜ」
へへっと笑う。横では、香里がため息なんかをついている。
「でも、何でその人たちは、想いを届けた後、何処かへ行かなきゃならなかったのかしら」
「う〜ん。そのまま、仲良く暮らせばいいのにね」
名雪は、のんきに答える。
「…そうだな」
潤の声は、心なしか小さかった。と、
「想いを届け、何処かへ姿を消していく……か」
先程までずっと無口だった祐一が口を開いた。とは言っても、ポツリと漏らすくらいの小さな声。他の人間には聞こえなかっただろう。
だが、潤は、確かに聞いた。悲しみを帯びたその声を。
その情景を表すのは簡単だった。たった二つの単語、それだけで事足りる。
すなわち、森と雪。
「このどこかにあるのね?」
香里が何処か呆然とした感じで言った。その横で、名雪も呆然としている。
唯一人、潤だけは、何か物事を達観したような瞳で周りを見回している。最も、それに気づく者は誰もいなかったが。
「ああ、すまない。無理を承知で言っているんだ」
そして、それに答えたのは祐一。本当に、すまなそうにしている。
だが、その瞳は、強い決意が灯っていた。
放課後に、いつものように、4人で他愛のない話(といっても、やはり祐一は元気がなかった)をしていると、突然、祐一がこう言い出した。
「探し物がある。手伝ってくれ」
皆の最初の反応は無。唐突過ぎて理解できなかったのだ。
いや、違った。一人だけ、
「探し物っていっても何を探せばいいんだ?」
潤だけが、まるで、その言葉が来るのを知っていたかのように、すぐに言葉を返した。
「ああ、天使の人形を探しているんだ」
「祐一が困ってるんだから、助けるのは当然だよ〜」
笑顔で言う名雪。それを見ながら、祐一は、弱いながらも笑みを浮かべた。
しかし、そうはいっても、この中で、この雪に包まれた森で、あの小さな人形を見つけるのはほとんど不可能に近い。それこそ、奇跡でも起きなければ……。
だが、と、祐一は思う。だが、見つけなければならないのだ、絶対に。奇跡が必要というならば起こすまで。
祐一は、それを強く心に念じた。
「じゃあ、みんな、よろしく頼む」
その言葉が、合図だった。みんな、散り散りになっていく。だが、その中で、潤だけが動こうとしない。
祐一は、眉を寄せながら、潤の方を見た。
潤は、それに気づくと、こちらに歩み寄ってくる。
「祐一……」
真剣な声。祐一は、はっとした。奴が、自分の「名」を呼んだ。
「……」
「祐一、お前、本当にこんなところ探して見つかると思っているのか」
冷たい声。
それは、圧倒的な現実感を持った言葉の刃だった。北国の冬の寒さでさえ、圧倒するような冷たさを持つその言葉は、容赦なく祐一を捕らえ、突き刺した。
「ああ」
だが、祐一の意志は、その刃すらはじき返したようだ。彼の強固な盾は、傷つけることはできても、決して貫くことは出来ない。何故なら、それは、彼女を守る最後の砦なのだから。
潤は続ける。
「それで、彼女が助かると?」
「何故それを……」
きっと睨みつける祐一。だが、潤は動じない。
「そんなことはどうでもいい。祐一、オレは聞いているんだよ」
意味がわからない。一体何を聞いているというのか。探し物のこと? それとも、彼女のことか? いや……そうではない、あいつが、潤が聞いているのは――
「ああ。そのために、今、俺に出来ることは、これだけだから。でも、だからこそ!」
祐一は、言葉を切った。
「見つける。絶対に見つける。無理でも――見つけるんだ!」
フッと潤が笑った。先程とは打って変わった優しい笑みで。
「そうか。そうだな、お前ならそう言うと思った。それだけ強い想いだ。オレが届けるに相応しい……」
ふと、潤から何かの感情がこぼれ出てくるのを祐一は感じた。暖かい……にも関わらず、哀しみにも似たものをそれは帯びていた。
「き、潤……?」
そんな祐一に、潤は、再び笑いかけた。
「大丈夫、きっと見つかるさ」
しばらく後、それは、あっさりと見つかった。潤の手によって。
「よかったね! 祐一」
素直にそれを喜ぶ名雪。だが祐一は、そうはいかなかった。
「なあ」
「ん? どうしたよ。相沢」
潤が、いつも通りの北川 潤が、それに答えた。祐一は、その顔を神妙な目で見る。
「どうしたの相沢くん、もっと嬉しそうな顔したら?」
香里が、それを不思議に思ったのか、横からそう言って来た。
「あ…」
「そうだぜ。全く、もっと喜べよ、な?」
そうだ。探し物は見つかった。後は……
しかし、それでも疑問が頭をもたげる。
潤、お前は一体何者なのだ?
果てしなく広がる闇と、全てを飲み込むほどの光。
その空間は、無限の広さを持つようにも、圧倒的な零――何もないようにも感じられる。
いや、そもそも、そこを空間と定義づけてよいのかも怪しいものだ。
だが、その不確定な中で、確かなものも存在していた。
少女。
虚空の中を漂うその少女は、間違いなく存在感を持っていた。しかし……
――ボク、このまま消えちゃうのかな……
その少女も、その力を無くし、周囲と等価値になろうとしていた。
――でも、ボクがんばったもんね? いろんな人を助けたし、祐一くんにも会えた…
意識がだんだんと霧散していく。
――だから、ボク、幸せだったよ?
本当に?
――本当…本当だよっ! だから、悲しくなんて……
本当に? ホントウニ?
――悲しくなんてない!!
強引に、それを振り払おうとする少女。だが、その心の奥底から響いてくるものは、その粘性をもって、彼女から離れようとしない。もがけば、もがく程、足掻けば、足掻く程、体に、心にまとわり着いてくる。
――本当に?
――違うっ! えっ?
違った。再度、聞こえてきたその声は。自らの内より聞こえてくる叫びとは。
それは、明白な実在感を持った「声」。
――だ、誰?
周りを見回す。だが、そこには、虚無――光とも闇とも似つかないもの――が広がるばかりで何もない。
――ここさ。
つられて、そちらを向く。だが、やはり、何もない。いや…光が集まってくる。そして、集まった光は人の形を為し、
――キ、キミは……北川くん?
――よう
それは、北川 潤、その人であった。
――何で…こんなところに……?
――お約束の台詞だな
笑う。いつもと全く変わらない笑みで。
彼は、あたかも当たり前といったようにそこに存在していた。
――うぐぅ
彼女も、苦笑した――ように見えた。
――で、でも、お約束でも何でも、キミがここにいる理由がわからないよ
潤は、じっと少女の方を見つめる。
――オレは、風を、想いを届けに来た
少女の顔が一瞬にして曇る。
――想いを? でも……
少女は、そこで言葉を切った。潤はそれを黙ってみている。
――でも、ボク、もうすぐ消えちゃうから
そう言って、少女は笑った。何故、こんなときに笑うのか。
だが、彼女には笑うしかなかった。そうしないと、きっと泣いてしまうから。
――本当に?
――本当……だよ
そういう少女に、潤はやれやれと首を振った。
――そうじゃない。オレは、本当にそれでいいのかって聞いているんだ
――うん……
――なら、何故泣く?
泣いている? 少女は、怪訝に思って頬を触った。湿った何かを感じる。
――あれ、ボク、何で……
涙。頬を伝う涙。泣かないようにと思って笑っていたはずなのに。しかし、少女のその思いとは裏腹に、その量はだんだんと増してくる。
――もう一度聞くぞ? 本当にそれでいいのか? やりたいことは残ってないのか?
潤は言葉を切る。そして、
――アイツに会いたくはないのか?
その言葉が決め手だったようだ。もはや、少女はその思いを隠そうとは、いや、隠すことは出来なかった。
――……たい。会いたいよ……祐一くんに会いたい!
あふれてくる涙が、虚空に消えていく。
――でも、うぐっ、ボク消えちゃうから。もう、会えないから……!
潤は、泣き叫ぶ少女の前に手をかざす。
――大丈夫だ。お前がそう思う限り、きっと会える。オレは、そのために来た
その手に、光のようなものが集まってくる。
――え? 何? 風?
こんなところに風が吹くはずはない。だが、確かに感じるのだ。暖かな、風の流れを。
――この風の名は、想い。お前が救ってきた人達の……そして、アイツの想い
その光り輝く風は、潤の手を離れると、真っ直ぐに少女の方に進み、
――これは…
そして、少女の体を包み込んだ。彼女は瞳を閉じた。
――暖かい。たくさんの人たちの気持ちが流れ込んでくる……ああ、これは
最愛の人。もう二度と見ることはかなわないと、そう、思っていたのに。
――うん。そうだね。今なら…分かるよ。ボクはまだ――
生きていける。会いにいける。
――強い想いだ。あとは、お前が感じればいい。お前の最も居たい場所を
潤はうなずく。
――そうすれば、風が導いてくれる
少女が目を開く。
――北川くん。ありがとう
――礼を言う相手を間違ってる。それなら、アイツに言いな
照れたように潤。それを見て、少女は笑った。今度は、さっきまでとは違う、会心の笑みで。
――北川くんって、まるで、風追いの人達みたい
――へえ、お前も知ってるのか
――うん。昔…ちょっとね。でも、北川くんは違うよね? だって、ボクたちの前からいなくならないもん!
急に黙する潤。
――えっ? 北川くん、いなくなっちゃうの? ねえ、う、嘘だよね……
潤は答えない。ただ黙って、少女を見るばかり。
――何で? 分からないよっ! 何でいなくなっちゃうの!?
潤が動く。それに反応して、少女は動きを止めた。
――オレは、オレ達は、お前等と一緒にいることが出来ないんだ。いや、違うかな……お前達が、オレ達と一緒にいることが出来ないんだな。
分からなかった。何故、一緒にいることが出来ないのか。
――分からないよ! 何で!?
少女は、食い下がる。そんな良くわからない答えでは、納得など出来ない。
――それに、想いを届けるだけ届けて、自分はどっかに行っちゃうなんて酷すぎるよ!
潤は、それを聞いて悲しげに笑った。まるで、何かをあざ笑うかのように。
――でも、あの伝説を知っているなら分かるんじゃないのか。オレ達と、お前達の違いが
少女は黙った。その言葉の意味が分かってしまったから。自分には、理解できないほどの想いが、それにはこめられていることが分かったから。
――でも、だからと言って、時を恨むわけにもいくまい。だから、
かぶりを振る。
――だから、オレ達は誓った。一緒にいることが出来ないなら、せめて、お前達を助け、見守っていこうと
潤は笑った。だが、少女には分かっていた。
あの笑いは、少し前の自分と全く同じ物だと。悲しいからこその笑い、泣かないための笑いなのだと。
――それが、オレ達の約束。遥か、昔の――
――北川くん……
潤は、虚空(といっても、虚空ばかりで他には何もないが)を見つめ、そして、再び、少女の方に視線を戻した。
――おっと、時間みたいだな
――時間?
見れば、少女を取り巻く風が、何かを急ぐように激しく動き始めている。
――ふふっ。どうも、そん中には、せっかちな奴が混じっているみたいだぜ?
潤は、首をすくませ、
――はやく、会わせろ、会わせろ、ってさっきからうるさいの何の……てな訳で
――そのせっかちなのって……
だが、少女が台詞を言い終える前に、潤はこう言った。
――行くんだ。お前の居たい場所に
それが、きっかけだった訳ではないだろうが、風が、更にその強さを増した。
それに伴い、少女の意識も、次第に薄くなっていった。
――き、たがわ…く…ん
――さあ、思い浮かべるんだ、お前の居場所を!!
あたりが光と風に包まれていく。
激しくも優しい、想いの風。それは、この閉じた場所を本来の世界に開放していく。
――北川くん?
――うん?
――帰ってきてくれるよね? 今はいなくなっても、何時か、ボク達のところへ
潤は、ゆっくりと瞳を閉じる。
――ああ、そうだな
そして、世界に光が満たされた――。
「おおい! 聞いてくれよ!!」
その男は、教室の扉を激しく開くと、凄まじいまでの勢いで中に入ってきた。
「どうしたの、相沢くん? もう一時間目、終わってるわよ」
騒がしかった教室の人間がほとんど沈黙する中、香里は冷静にそれに対処する。
横では、名雪が微笑みながらそれを見ている。
「いや、そんなことはどうでもいい! 目覚めたんだよっ、アイツが!!」
所定の場所に到達した後も、せわしく手足を動かす祐一。
目をあわして、名雪と香里。
「あっ、さっきからね、香里とその話をずっとしていたんだよ」
「っていうか、有名よその話。ずっと眠っていた少女が7年ぶりに目を覚ましたって」
祐一は、動きを止める。そして、空いた手で頬をポリポリとかきはじめた。
「そ、そうなのか? おっと、そうだ! アイツは、北川は!?」
今、最もそれを伝えたい相手。視線を辺りに巡らせ、その姿を探す。
「あれ、あいつ、今日休みなのか?」
名雪と香里の方を見る。二人の表情は、何処か沈んでいた。
「……どうしたんだ」
「あのね、相沢くん。北川くん、転校しちゃったの……」
沈黙。
「へ?」
「急だったから、行き先もわからなくて……」
再度沈黙。今度は先程よりも更に深く。
「な……んでだ」
刹那、祐一の脳裏に、いつかの言葉が蘇った。
――彼の一族は、想いを伝え、そして、その後、何処かへ姿を消していく……
ゆれるトラックの助手席で、その男は、口笛などを吹きながら、のんきに座っていた。
「なあ、アンタ。で、実際のところ何処に行くつもりなんだ?」
「だから言ったでしょう。南の方にいこうかな〜って思ってるって、それに気にしないでいいですよ。おじさんが目的地に着いたら、その後また、ヒッチハイクでもしますから」
質問をしてきたトラックの運転手は明らかに嘆息をしたようだった。
「だから、そういうんじゃなくてだな。明確な目的地は何処だって言ってるんだよ」
潤は、トラックの窓の外に見える青空を見上げる。そして、
「そうですね。強いて言えば」
微笑んだ。
「風の辿り着く場所……かな」
FIN
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