あなたへの贈り物
「はあ? 久瀬の好きなもの……ですか?」
素っ頓狂な声を上げながら、金髪の少年――北川 潤は椅子に腰掛けながら、正面に立っている長い黒髪の少女を見た。
「そう。北川は久瀬と仲がいいから、知ってると思って……」
黒髪の少女――川澄 舞は、抑揚の限りなく少ない声でそう言って来た。
北川は、頬を掻きながら、少し考えた風な顔で舞の方を見返す。
「オレとあいつが? まさか」
北川は、鼻をフンと鳴らした。
そんなことある訳が無いと言わんばかりに、北川は腕を組んでいる。
だが、実際、久瀬――この高校の現生徒会長だ――と北川は、非常に仲が良い。
本人――特に北川の方は、きっとそんなこと認めたりはしないだろうが、他の人の目にはそう映らず、つまるところの親友同士に見えるのだ。
実際、舞は二人がとても仲がいいことを知っていたし、それに、その目で見ても互いに認め合っていることが分かる(表には出さないだろうが)。
舞が最初にこの疑問を彼に聞いたのも、そう言った理由があったからだ。
「でも、仲がいい」
舞は無感動な瞳で、北川を見た。
それに押されたのか、ぐっと押し黙る北川。
彼女の感情は、その表面からはほとんど読み取れないが、時たま、表情意外の何かをもって気持ちが強く伝わってくることがある。
今の場合も、その例の一つだろう。
「ま、まあ、それは置いとくとして、何でまた?」
慌てて、話題を変える北川。
だが、舞はそんなことは気にもせずに、淡々と言ってきた。
「それは――」
*
話は、数日前に遡る。
その日、川澄 舞は午前の講義を終え、いつものように親友の倉田 佐祐理と一緒に大学の中庭で昼食をとっていた。
いつもの通りの佐祐理の弁当に、いつもの通りのやり取り。
その時だった。彼女が、佐祐理がこの話題を持ってきたのは。
「あ、そう言えば舞、知ってる?」
「ふぃらない(知らない)」
胸の前で、手を合わせながらそう言う佐祐理に、食べ物を口に含んだままそれに答える舞。
光景そのものは、いつもと全く変わりは無かった。
「何と、もうすぐ久瀬さんの誕生日なんですよ!」
久瀬……舞は、多少苦々しい思い出と供に、その名前を浮かべた。
しばらく前のことである。舞と佐祐理が、まだ高校にいた頃のこと。とある事件によって彼女等と彼は対立したことがあった。
長くなるため、詳しい説明は省くが、いろいろなことがありながらもその事件は終着を向かえ、やがて、久瀬と舞達は互いの意見を認め合い、和解した。
はずだった。
問題は、その後だった。
久瀬が、舞達と出会わなくなったのだ。だが、彼の行動を見ていれば、それが意識してやっていると言うことなど一目瞭然だった。
つまりは、避けている。
和解したのに何故? 舞は、相当頭を捻らせたものだった。
結局、舞にはその原因は分からず、大した会話も無く高校を卒業してしまい、今に至るのだが……。
「それがどうしたの?」
舞は、分からないといった感じでそう返した。
久瀬に避けられている。そのことは、佐祐理も知っているはずなのに、今ごろになって、彼の名を出すことが舞には分からなかったのだ。
「はえー、舞ってば鈍感。つまりは、舞が久瀬さんに誕生日プレゼントをあげたらどうかなって。きっと、久瀬さんも舞にメロメロになるはずです!」
そう言いながら、佐祐理は舞のおでこをちょんとつついた。
舞は、訝しがりながらもその言葉の意味するところを必死で理解しようとした。
何故、自分が鈍感なのかは分からないが、メロメロと言うのは分かる。きっと、久瀬と仲直りすると言うことなのだろう。多分。いや、そうに違いない。
舞は、素晴らしい解析力を持って、それを理解したようだ。
「……分かった。でも、何をあげたらいいか分からない」
「そうですねぇ。じゃあ」
久瀬の友人達に話を聞いてみたらどうか、それが佐祐理の意見だった。
*
「――ということ……」
舞の説明を聞きながら、北川はなるほどと納得した。
つまり、佐祐理さんの手引きと言うことか。まあ、半ば予想できたことではあったのだが。
「そんで、久瀬の好きなものを聞きたいわけですか」
ふーむ、と唸る北川。
舞は、相変わらず無表情のままだが、そこはかとなく期待して北川を見ているような感じであった。
「そうですね。あいつは、何ていうか機能的なものを好みますね」
北川も完全に把握していないのか、どうも歯切れが悪い。
「機能的?」
当然と言うか、なんと言うか、舞がそのまま疑問を口にする。
北川もこれにはやはり答えにくいらしかった。
「うーん、簡単に言うと便利なもの……ちと違う気もしますが、そんな感じです」
便利なもの……。
心の中でその単語を反復する舞。
まだ、具体的には何かと言うものが思いついたわけではなかったが、それでも一応納得したらしい。
「何となく分かった。ありがとう、北川」
ぺこり、と丁寧にお辞儀する。
北川は、後頭部を掻きながら、いえいえと返した。と、
「そう言えば……」
突然、北川が思いついたように言ってくる。
「何?」
「今日、大学はどうしたんです?」
「さぼった……」
*
これだけじゃ情報が少ない気がする。
廊下を歩きながら、川澄 舞はそう考えていた。
「そう言えば、佐祐理も言ってた――
『あははー、舞! 目標(ターゲット)のハートを射止めるには、まずは情報ですよーー!!』
つまり、情報を制するものは世界を制す……」
違う方向で理解しながら、舞が一人でうんうん頷いていると、廊下の奥のほうから歩いてくる人が見えた。
あれは……と反応する舞。
知っていると言うか、見たことがある男であった。
確か、北川、久瀬と一緒にいたのを見た覚えがあるのだ。つまりは、久瀬に近しい人である可能性が高い。
ならばこの男に聞いてみれば、久瀬の好きなものについて、更に詳しい情報を手にいれられるかもしれない。
舞は、そう考えると男のほうをじっと見た。
*
彼――斎藤と言う――は、今日は非常に機嫌が良かった。
その顔には満面の笑みが貼り付けられ、その挙動一つ一つには幸せのオーラが纏っていた。
「待っててね〜、僕の愛しのカスタードメロンパンちゃん」
何か、怪しげなことを言いながら、パンの入った袋を頬擦りしている。
ちなみに、彼の言うカスタードメロンパンとは、この高校の購買で売られるパンの中でも1、2位を争う程の人気を持つパンである。
大抵、強者どもによって持ちされれてしまうそのパンは(購買の道は厳しいのだ)、体格も結構細めの斎藤が入手できるのは稀有であり、通常手に入ることは無いのだが。
しかし、何故か今日に限ってそれは売れ残っていたのだ。
ただの偶然か、生徒たちの見落としか……それは分からないが、斎藤は神が与えもうたこの奇跡を見事手にしたのだった。
「きっと、いつも善良な僕に神様が与えてくれたプレゼントなんだ!」
などと斎藤が暖かい幸福感に包まれていたその時、異変は起こった。
何か良く分からないが、強烈なプレッシャーを感じたのだ。
最初は、ついに自分もニュータ○プに目覚めたのかと訝しがった斎藤だが、どうやらそれが前方に立っている人物の視線によるものだと分かるまで時間はそう掛からなかった。
長い黒髪の少女――斎藤は、この少女を知っていた。
久瀬との会話で何度も出てきた、川澄 舞とか言う元ここの生徒だった人だ。
(それが、なんでここに?)
斎藤には好奇心が無いわけではなかったのだが、「君子危うきに近寄らず」をモットーとしている彼は、とりあえず、関わり合いになることを避けることを選んだ。
なるべく、平常心を装いながら歩く。
じーっと見られてもそのまま歩く。
後ろを付けられても、そのまま歩く。
真正面から、にらめっこ状態になっても――
「うああ!? 何なんですか、あなたは!」
勝敗は、舞に旗があがったようだった。さすがに至近距離からの眼力には、斎藤は耐えられなかった。
だが、舞は気にすることなどなく、淡々と告げる。
「聞きたいことがある……」
「聞きたいこと? ……ってなんですか?」
驚きながらも、とりあえず舞いの疑問に答える斎藤。
「久瀬の好きなものを知りたい」
久瀬の好きなもの?
何故? そう思った斎藤だが、すぐに答えに行き着いた。
(ああ、そういえば、もうすぐ久瀬の誕生日だったけ)
そう思いつくや否や、斎藤の顔に怪しい笑みが浮かんだ。ははあ、つまりこの人は……
「ああ、知ってますよ」
急に機嫌の良くなった彼は、必要以上に明るめの声でそう言った。
「それは何?」
「確か、あいつは甘いものが好きだったはずですよ」
*
「はあ、久瀬の好きなもの……だって?」
その男は、北川と同じような反応を返しながら、どうも不機嫌そうだった。
彼の名前は、相沢 祐一、件の事件で舞の側に立って戦ってくれた男である。
「そう……知らないの?」
「知らねえよ。だいたい、何で俺がアイツの好きなもんを知らなくちゃならないんだよ」
当然とばかりに祐一。
件の事件の後、和解したとは言え、あんなに激しく対立しあったのだ。
祐一にとっては久瀬のやったことはやはり、全てを肯定できるわけではないし、久瀬の方にしたってそうだろう。
「そうなの?」
「そうだよ」
とは言え、祐一の方もこのままではいけないと最近思い始めているのも事実だった。
ならば、ここは間接的にでもいいから、久瀬に何かをしてやることも必要かもしれない。
祐一は、多少、ぶっきらぼうになりながらもこう言った。
「でも、まあ久瀬に何をやるんだか知らないけどよ、そうだな、香里とかに聞いてみるのはどうだ? 確か、あいつ前に生徒会に所属してたらしいから」
「分かった。ありがとう」
祐一は照れたように、頭を掻いた。
「あ、後……」
「何?」
「いや、何でもない」
そう言って、祐一は頭を振った。
やはり、こんなことを言えるわけないじゃないか。久瀬によろしくと言っておいてくれなどと!
舞は、そんな祐一の姿を不思議そうな目で見ていた。
*
香里は、その日は何故か憂鬱な気分だった。
特に理由はない。それに、誰にだってこういう風になることはあるだろう。
「ん?」
ふと、誰かの視線を感じる。香里は怪訝に思って、辺りを見回した。
「あれは、確か、川澄さん?」
確か、そう言う名前だったはずだ。少し前に、面識を持ったことがある。
だが、彼女はもう既にこの学校を卒業しているはずなのだ。つまり、この学校の生徒ではない。
(でも、まあ、事情があるのかもしれないし……)
香里がそんな風に考えていると、舞は香里の方に歩いてきた。
「あ、ええと、何でしょうか?」
「久瀬の好きなものを知りたい……」
いきなりそんなことを言われたので、香里は一瞬反応が出来なかった。
(久瀬? ああ、あの生徒会長のことね)
だが、彼の好きなものなど知っているはずが無い。
「ごめんなさい。分からないわ……あ、でも――」
思いついたように香里。
そう言えばまだ、生徒会にいたときのことだ。確か、あの生徒会長は暇なときはいつも読書にいそしんでいた記憶がある。
「確か、彼、沢山本を読んでいたけれど、もしかしたら、本とか好きかもしれないですよ」
自分でいっておきながら、無責任な発言だったかなと香里は思ったが、舞はそれに気づくことなどなく、
「そう。ありがとう」
と、お礼を返してきた。
*
「便利で、甘い……本?」
そんなことを呟きながら、舞は考えていた。
今までの情報を総合すると、『便利で甘い本』と言うことになる。
それは一体、どんな物体なのか? 舞は、本気で悩んでいたのだった。
「でも」
でも、それはまだ情報が足りないからなのかもしれない。たくさん情報を集めれば、きっとそれは一つに結びついて、答えになってくれるかもしれない。
舞はそう考えると、早速行動に移した。
まずは、校内から――
「久瀬の好きなものを知ってる?」
「うにゅ?」
「……久瀬の好きなもの……」
「うにゅ〜、イチゴサンデーでいっぱいだお〜」
「……」
「えっ、久瀬さん? 誰ですか?」
「この学校の生徒会長……」
「はあ、そうなんですか。知らないですけど、でも、きっとその人もアイスが好きに違いありません!」
「何故?」
「えぇ! 知らないんですか? よく言うじゃないですか、『人類、皆アイス』って」
「久瀬さん……。ああ、生徒会長ですね」
「そう……それで、好きなもの知ってる?」
「いえ、知りませんが。あ、でも家庭用品なんてどうでしょう?」
「おばさんくさい……」
「そんな酷なことはないでしょう」
まだまだ、こうなったら校外にも聞き込みだ。
「うぐぅ。久瀬って誰?」
「この街の高校の生徒会長……」
「知らないよ。そんなことより、タイヤキだよ」
「美味しそう……」
「うぐっ、おじさんが追っかけてきたよ。じゃあ、またねっ」
「久瀬の好きなもの知ってる?」
「クゼって何よ? そんなのより、きっと肉まんのほうが美味しいわよ!」
「肉まん……でも、牛丼の方が美味しい」
「肉まんよっ」
「牛丼」
「久瀬の好きなもの知ってる?」
「プレゼントですか?」
「そう……で知ってる?」
「いえ、知りませんが、これならきっと気に入ってくれるはずです」
「オレンジ色……」
……
*
辺りが夕焼けに染まる頃、情報収集を終えた舞は、商店街にやってきた。
作戦終了時に連絡する友人が、ここで待っているためである。
「あ! 舞、こっちだよ」
その声の主、そして、待ち合わせの友人である倉田 佐祐理は、舞の存在に気づくと大手を振りながら、そう呼びかかけてきた。
そちらに向かって歩き出す舞。
「どうだった?」
「久瀬は、便利で甘くて本でイチゴサンデーでアイスで家庭用品でタイヤキで肉まんでジャム(オレンジ色)が好きらしい」
そう一気にまくし立てる舞。
中には、別に舞が勝手に思い込んだものが多々混じっているが……。
だが、さすがにこれには佐祐理も驚いたようで、
「ふぇ〜、久瀬さんて、かなり難しいものを好むんですね」
と、口元に手を当てながら驚愕の表情を隠せなかった。
舞もやはり、困ったように首をかしげている。
「一体、どんなものだろう?」
うーん、と考え込む舞と佐祐理。
遠くからは、カラスの声が聞こえてくる。やたら、アホーアホーと聞こえたようなのは気のせいだろうか。
「分からない……」
「ねぇ、舞……」
突然、佐祐理が神妙そうな口調で舞を呼んだ。
「何?」
「あのね、友達に聞いたらって言った佐祐理が言うのも何だけど、こういうものはやっぱりどれくらい相手を想っているかだと思うの……」
佐祐理は、慎重に一言一言をかみ締めるかのように紡いでいるようだった。
その雰囲気に、やはり真面目になる舞。じっとにそれを聞いている。
「だから、今日、舞は頑張ったよね? 久瀬さんの好きなものを知ろうとして、いろんな人に話を聞いて……でも、それでも、分からなかったら舞が自分で一番いいと思ったものをプレゼントすれば言いと思うの」
「……どういうこと?」
「ふふ、つまり、舞の好きなものをプレゼントすればいいんじゃないかって。舞は、頑張ったしそれが一番だと思うよ」
そう言われながらも、舞はまだ完全にそれを理解できたわけでは無かった。
私の好きなもの……一体なんなのだろう?
悩みながら、空を見上げる舞。赤い空はやはり綺麗だったが、何の解決にもならなかった。
天から視線を戻す。
ふと、
「?」
ふと、目に映ったのは古めかしいデザインをした店のショーウィンドウだった。どうも、古くからあるらしいその店は、並んでいるものから察するに人形屋らしい。
舞が、目をつけたのはその中の一つだった。
「あれは……」
知っているものだった。
ふと、その時、舞の中で何かが閃いた。
*
「お坊ちゃま」
風呂から上がったばかりの、久瀬が気分良さげに、屋敷の廊下を歩いているとふと声が掛かった。
声の主は、この屋敷の執事だった。
久瀬は、眉をしかめると、そちらの方に向きなおして、こう言った。
「風呂上りのいい気分だと言うのに、何だ?」
執事は、恐縮したように申し訳ございませんと言うと、気づいたようにこう返した。
「しかし、坊ちゃまの方にお届け者が……」
「僕に……?」
誰からだ? と聞こうとしたが止めた。
自分に対して、贈り物を送って来るような奴など数えるほどしかない。
今日は自分の誕生日だったし、ささやかなパーティの中で北川が確か、プレゼントを持ってくるのを忘れたから、後で渡すなどと言っていたのを覚えている。
つまりはそう言うことだ。
「分かった。でどこに?」
「正面口の玄関でございます」
久瀬は、頷くと足早に歩いていった。
*
久瀬は、玄関に辿り着くや否や、その異常に気づいた。
(これは……一体?)
そこには、何か巨大な物体が居座っていた。
それは、恐らくは動物であるようだった。
その巨大な体躯に、そこから生えた腕。
そして、その手からは長いつめが伸びている。
顔は、突き出しておりそんな不気味な格好でありながらも、つぶらでプリティな瞳が余計に怖さを増大させているようだった。
更には、伸びた顔の先端にある口から伸びる長い舌。
久瀬は固まりながら、それでもこの湧き上がる激情を押さえることが出来なかった。
「何じゃ、こりゃあああああああーーーーーーーーー!?」
ひらひらと、その声の振動によって落ちたのだろうか、恐らくは、その人形についていたであろう手紙。
その表には、こう記してあった。
――誕生日おめでとう。 川澄 舞――
FIN
あとがき:
はい。そんな訳で、リクエスト『久瀬の誕生日にプレゼントを渡すために舞が北川や斎藤に久瀬の好きなものを聞いて回る』SSでした。
しかし、書いといてなんなのですが、これは一体どんなジャンルなのだろう?
シリアスでもなければ、ギャグでもなく、ほのぼのでもない……。
コンセプトを定めずに書いた場合の悪い例ですね。
こんな風に出来上がってしまいましたが、天使虫さんいかがでしたでしょうか?
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