その時、僕らは
               〜北川篇〜


 その日は、絶好の天気だった。
 何処までも伸びる蒼と、包み込むような太陽。雲は欠片もない。
 二月だというのに、寒さも軽い。
 だが、今日という日に彼等の住むこの街がにわかに活気づいていたのは、それだけが理由なのではなかった。


「祭りぃ?」
 その男、相沢 祐一は素っ頓狂な声を上げると、机に寄り掛かりながら何かよく分からないと言った風に目を細めて、相手のほうを向いた。
「ああ。そっか、お前、知らんのか。今日はな、この街の誕生記念祭なんだ。夕方から夜中ずっと、屋台やら、神輿やらが出てな、かなり賑やかになるんだぞ」
 そう。静かと言うほどではないが、それほどやかましくもないこの街が、今日と言う日ばかりは気が変わったように賑やかに、ともすればやかましくなるのだ。
 その相手――北川 潤は、癖なのだろうか、頭のてっぺんにある癖毛をちょんちょんと触りながらそう言った。
「そうなんだよ〜、祐一」
 横から入ってきたのは、その祐一の従兄弟の水瀬 名雪であった。
「とにかくね。賑やかで、きれいなんだよ」
 うっとりするように名雪。もう既に、祭りに行ったような気分にでもなっているのだろうか?
「しかし、美坂も損な奴だよなぁ。こういう日に限って風邪、ひくなんてな」
 潤は、いつもなら常時学年主席という恐るべき頭脳を持つ女が座る席を見やる。
「そうだね……」
 名雪は素直にそれを悲しんでいるようだった。ちょっとしたことでも相手の身になって考えてやれることは自分には出来ないのだろうなと、潤は思った。
 でも、そんな彼女だからこそ自分は……
「どうしたの? 北川くん。顔、紅いよ?」
「いや、何でもない…」
 顔を押さえる。自分は顔に出やすい質なのだろうかと訝しがりながらも、潤は、以降は気をつけるように心に念じた。



 その日の放課後、北川 潤は焦っていた。
 しかし、どうしたものか……潤は思案する。
 今日の祭りに誘うべきか……彼女――水瀬 名雪を。
 正直、潤は、今の自分達の関係を計りかねていた。友達……なのだろうか、否、少し違うような気がする。
 自分は、もちろん彼女に対して好意を持っているし、彼女もこちらに対して好意を持っている。最も、それが、友達としての好意なのか、或いは、それ以上のものを含んでいるのか分からない所が痛いのだが。
 でも、周りの人間は、自分達を恋人同士だと思っている連中もいる。だが、しかし、彼女は誰にでも優しい訳で、男子の中でも特に仲のいい(と思う)自分は、必然的にそう見えてしまうのかもしれない。
 いかんな、と、潤は思考を切り替えた。
 このままだと思考がネガティブな方向へ向かってしまいそうだ。自分はむしろポジティブな人間のはずなのだが、如何せん、色恋沙汰になるとどうもそうではなくなってしまうらしい。
 だが、どちらにせよ、今はそう考える時ではない。潤の今の命題は、名雪を誘うか、否か、なのだから。
「どうしたもんか」
 ふと、下を見ていた視線を前に戻す。その視界の端、リノリウムの廊下の上に女子の姿が映った。
 あれは……そう思った時には既に、彼は声を上げていた。
「水瀬さん!」
 それは、現在の彼の思考をほぼ100%奪っていた水瀬 名雪の姿であった。
「あれ? どうしたの、北川くん。こんなところで」
「いや、そういう水瀬さんこそ、どうしてここに? 部活は?」
 そうだ。彼女は陸上部に入っており、潤としてはその部活が終わった後にでも彼女を誘うつもり(最も、その覚悟が決まっていた場合だが)だったのだが。
「うん。部活は休みだったの。で、ちょっと職員室に用があったから……」
 その言葉を耳に入れつつも、潤は、その言葉をほとんど聞いていなかった。
 どうする、誘うか? いや、でも断られたら……だが、今、ここで逃したら次はないかも……。
 そうだ、潤。覚悟を決めろ!
「水瀬さ――」
「あ、そうだ。北川くん、今日一緒にお祭りに行かない?」
 その言葉は、確実に潤の心臓を貫いた。思考が停止し、何も考えられなくなる。
 ……
「へ?」
 予想だにしていなかった展開。これは、一体……?
「だから、お祭り、一緒に行こうって」
「あ、ええと、それは、皆でってことか?」
 とりあえず、無難な質問をしてみる。
「ううん、違うよ。二人で、だよ」
 二人で?
 潤は、心臓の鼓動が更に高まるのを感じた。
「香里は、休みだし、祐一は、きっと、あゆちゃんと二人で行っちゃうだろうしね」
 だが、その思いは、次に瞬間、儚く崩れた。がらがらと、音を立てて。少なくとも、潤の耳にはその音がはっきりと聞こえた。
 しかし、これはチャンスなのかもしれない。そして、チャンスが巡ってくる機会などそう多くはない。今、なのだ。それを掴めるかもしれないのは。
「ああ。喜んで」
 潤は二つ返事で答えた。



 ああ、こんなにも世界は美しかったのだろうか。教室の窓から覗く天空を見ながら、潤は本気でそう思っていた。
 彼は、これ以上ないくらい上機嫌な顔で、帰りの支度を整えている最中だった。
「ふん、ふふ〜ん」
 珍しく鼻歌など歌う。
 名雪とは、夕方、公園で待ち合わせになっている。なんといっても彼女が誘ってくれたのだ。
 これが嬉しくなくて何なのであろう。
「何だ、珍しく鼻歌なんか歌って、脳みそでもいかれたか? 潤」
 振り返る。そこに立っていたのは、切れ長の目に長身痩躯の男。
「いや、もともとか……」
 相手をきっと睨む。最も、その程度で動じる相手でもないが。
「久しぶりに会ったと思えば、いきなりそれかい、久瀬」
 その男――久瀬は、クックッ、と笑うと、
「これも、一種の愛情表現さ。それとも僕に、会いたかったよ、じゅ〜ん。なんて言って欲しいのかい」
 潤は、半眼になりながら、肩をすくませる。
「止めてくれ、気色の悪い。しかし、お前は何でそう歪曲したことしか言えんのだ?」
 この久瀬とか言う男。確かに、確かに容姿もいい。ついでに頭もだ。故に、異性からの人気は凄まじいものがある。
 以前、この男と一緒に登校した時は、下駄箱の前で驚かされたこともある。
「皆、騙されてるのに何故気づかないんだ」
 そう。無表情の仮面を被り、言葉の魔術をもって相手を己がままに操る。それが、生徒会長、久瀬の真の姿である。最も、それを知るのはごく少数なのだが……。
「何か言ったか」
「何でも」
 ふん、と潤は鼻を鳴らした。この男、久しぶりに会ってみれば、いきなりこれだ。
 他の奴等は、自分と久瀬の間柄を「仲がよい」などと言うが、何処をどう見たらそう見えるのか?
 潤には信じられなかった。
「で、何でここに来たんだ?」
「やっと、後始末が終わったんだ」
 少し前に、彼――久瀬の周りで、厄介な事件が起こった。詳細は省くとして、その件で彼はかなり無茶な計画を実行した。
 退学者の復帰。当然、大きな権力とそれに比例する労力が必要だったのだが……
「今まで掛かってたのか!?」
「ま、そういうことだ。で、それも終わって自由になったところ、久しぶりに”親友”を見かけたからね、声をかけに来るのは当然だろう」
 親友の部分に妙に強いアクセントをつけながら、久瀬は薄く笑った。
 なんと腹の立つ奴。つまりは皮肉を言いに来たということか。ならば、こちらもそれ相応の礼は返さなければなるまい。
「そうかい。そういや、お前、今日、祭りに一緒に来る気はないか?」
 相手にその真意を悟られないよう、努めて普通に潤はそう言った。
「いきなりどうした。底意でもあるんじゃないのか」
 やはり、相手はすぐには乗ってこない。だが……
「いや。まあ、嫌ならかまわんのだけどな、他の奴と行くし」
 だが、心理戦ならこちらも得意とするところ、さりげない口調、動作を餌とし、相手の心理を操り誘う。
 さあ、上手く喰らいつけ――
「まあいいだろう。で、何処に集まる?」
 かかった! それともかかってくれたのか? 
 だが、どちらにしろ、自分の仕掛ける罠を甘く見てもらっては困る。潤は、心の中で満足げに笑った。
「じゃあ、駅っていうことで」
 潤がそう言うと、久瀬は「楽しみにしてるよ」と、口元をにやけさせながら去っていった。
「やっぱり、ばれてるかな? あれは」
 まあ、いい。そうだとしても、あの男が来ないと言うことはないだろう。そして、来るのであるならば潤の勝ちは決まったようなものだ。
「さて、後は、仕掛け人と爆弾を用意するだけか」
 潤は、意地の悪そうな笑みを浮かべながら、携帯電話を手にとった。



 紅い夕焼け。そして、その下に映る、多くの人達、神輿、屋台。
 祭りは、これと言ったトラブルもなく順調に決行されたようであった。
「あ、北川くん!」
 そう言うと、名雪は、こちら――潤の方――に駆け寄ってきた。
「や。水瀬さん、時間ぴったりだよ」
 壁に寄り掛かっていた北川は、軽く手を上げてそれに答えた。
 それにしても、
「水瀬さん、着物着てきたのか」
 花の模様が描かれたその着物は、彼女の長い髪も相まってとても似合って見えた。
「えへへ、どう?」
 そう言って、名雪はくるりと一回転して見せた。
 だが、やはり着物を着ていたせいなのか、バランスを崩してしまう。
「おっと」
 とっさにそれを支える潤。
 だが、そんなことをすればどうなるか。二人は、抱き合った状態になっていた。
(うぁ。いかん)
 焦る潤。いや、得といえば得なのだが、このままでは、相手に緊張しているのが伝わってしまう。
 だが、ふと、気づく。
(緊張――していない?)
 そう。今の潤は、緊張という感情が、すっぽり抜け落ちたかのように、全く緊張というものを感じていなかった。土壇場に強いのか、あるいは、もう既に緊張しすぎて、麻痺しているのか。
「ねえ、北川くん」
 しまった、と潤は思った。自分のことに気をとられすぎて、ずっと抱き合ったままだということを失念していた。
「あ、ごめ――」
「着物……似合ってるかな?」
 何故、彼女はこんな状態で、その様なことを聞いてきたのだろう? だが、潤はそんな考えとは関係無しにとっさにこう答えていた。
「ああ、似合ってる。とても、きれいで――」
 それは、紛れもない本心ではあったが、普段では絶対に言えないような言葉。
 潤は、自分は今、緊張が麻痺しているのでもなく、土壇場の強さを発揮した訳でもなく、ただ単に酔っているだけなのだなと思った。


 あの後、彼らは周りに人だかりが出来ているのに気づき、足早にその場を去った。
 その後の展開は取り分け普通で、そこら辺にある夜店で食べ物を買い歩いていたのだった。
 彼女は先程のことを全然気にしていないようだし、潤自身も、驚くべきことだが感じるものが希薄だった。
(あれが、嘘だったようにも思えてくるよ)
 潤は、静かにそう考えた。実際、あれが嘘だったのかもしれないと、半ば思い始めているくらいだ。あまりにもいきなり、あまりにも唐突すぎた。だからか、現実感がないのは、自分が、あのことを思い返しても、感じるものが少ないのは。
 まるで、夢の中の出来事。それが、あの時の情景をあらわすのに最も適した言葉かもしれない。
 だがどちらにせよ、蒸し返しても仕方ないことだった。
 隣を見ると、相変わらず名雪はイチゴの名のつく食べ物を食べている。と、
「あ、潤と名雪だ!」
 聞いた事のある声。
「真琴、それに天野も……」
 そこにいたのは、現在、潤の家に居候している、沢渡 真琴と言う少女とその親友、天野 美汐だった。
「こんばんは、潤さん。それに、名雪さん」
 二人は、人ごみの間からこちらにやって来た。
「あ、久しぶり〜…って程じゃないね。元気だった? 真琴、美汐ちゃん」
 名雪は、微笑みながらそれに答える。
「うん! 元気だよ。美汐もねっ」
 隣では、美汐がこくりと頷いている。
「いや、それにしても、二人も着物か……」
 両名とも、薄い桃色の着物を着ている。にもかかわらず、その雰囲気が違うのは、彼女達の性格が正反対だからなのかもしれない。
「二人とも似合ってるよ〜」
 と、名雪。彼女は、ねっ、言いながら潤の方を振り向く。いきなりこちらに話がまわってくるとは思っていなかったのか、彼の反応は曖昧なものであった。
「そういえばねっ! さっき、祐一を見つけたの」
 ほう。やはり、いたか。潤は、心の中でうんうんと頷きながらも、僅かに疑問が脳裏をかすめるのを感じた。
「見つけた? 会わなかったのか?」
「うん。何か、女の子と二人で幸せそうにしてたから、ちょっとむかついて、石をぶつけてやったの」
「私は止めたのですが…」
「おいおい……」
 憎しみは、愛情の裏返しと言うが、これもその類なのだろうか? 何か違うような気がしないでもないが。
「ねえ、北川くん。その女の子ってあゆちゃんのことかな?」
「まあ、十中八九、そうだと思うよ」
「ああっ」
 と、突然、大きな声が響き渡る。
「え? どうしたの」
 素直にそれに慌てる名雪。
「ねえ。美汐っ、あれっ」
 その大きな声の主である真琴は、ある一点を指差した。
「あれは、射的ゲームですね――って真琴っ」
 真琴は、その説明が終わるや否や、そちらに向かって走り出してしまう。
「仕方ないですね……すいませんが、真琴を追いかけなければならないので」
「あ、天野」
 突然、潤がその名を呼ぶ。
「何でしょう?」
「まあ、こんなこといちいち言わなくてもいいんだろうけどな。真琴のこと、頼むよ」
 美汐は、ええ、もちろんです、と言って走っていった。
「行っちゃったね」
 周りには、大勢の人が居るにもかかわらず、嵐が去った後のような、無表情な静けさを潤は、感じていた。
(ま、元気でいいがね)
「そうだな。それにしても」
 祐一とあゆが、幸せそうに……潤は、名雪のほうをチラッと見た。
「ね?」
「うん?」
 ふと、名雪が潤を呼んだ。
 一体何なのか。彼女は後ろで手を組みながら、下からじっと潤の顔を覗いている。一方、潤は何かに気圧されて、その場を動くことも、顔を逸らすことも出来ない。
 名雪の瞳に、潤の顔が映るのが見えた。
 周りでは、大勢の祭りを楽しみに来た人で賑わっている。だが、この場所だけは、そこから切り離された空間のような気さえした。
 名雪は、相変わらず、潤の顔をじっと見ている。そして、潤も名雪の顔を見たままだ。
 きれいだ……
 潤は、そこが祭りの場だと言うことも忘れて、熱に浮かされたようにそう思った。彼女の髪、唇、そして――瞳。全てがいとおしい――。
 潤が、ぼ〜っとして名雪を見ていると、突然、彼女は満足げに笑った。
 呆然とする潤をよそに、名雪は、潤の顔を見るのを止めて、前を向く。
「あ。あそこに、金魚すくいがあるよ」
 そう言って、名雪は、すぐ近くにある金魚救いの屋台へと走っていってしまった。
 潤は、まだ、呆然としたままだった。


「なあ、水瀬さん。聞きたいことがあるんだけど」
「え、なあに?」
 それは、突然の質問だった。そして、潤にとって勇気を必要とする質問でもあった。
「今日の水瀬さん、どうしたんだい? 何か、いつもと違うような気がして」
「そう?」
 名雪は簡単に返事をして、そして、笑った。
 やはり、おかしい。こういったはぐらかすような態度も、いつもの彼女なら絶対とらない。
「そう? じゃない。どうしたんだ? いつもの君なら、はぐらかすような態度はとらないだろう」
「でも、そんなこと言ったら、北川くんだって」
 はぐらかしている? 自分が?
 北川は、訝しがった。
「オレがはぐらかしているって、どういうこと?」
「北川くん、自分の言葉で喋ってない。わたし、本当の北川くんの言葉が聞きたいよ」
 潤にとって、それは衝撃的な言葉だった。
 もしかして、彼女は自分の気持ちをとうの昔に知っていた?
 だが、それを強く感じながらも、どこかで、冷静にそれを分析している自分もいることに、潤は気づいた。
「本当の言葉で…」
 再度、名雪の声。
 名雪は、真摯な瞳で潤を見つめた。それに強く感化されたのか、潤は自分自身の中で何かが解けていくのを感じた。
(はぐらかしていたのは、オレのほうなのかもしれない)
 潤は、静かにそれを認めた。
 彼女の態度が何を意味するのか、何処かで分かっていながら、それでも気づかない振りをした。
 本当に聞きたい事は彼女の態度などではないのに、心配をしたような態度で聞こうとした。
 怖かったのだ。今の関係が、壊れてしまったらどうしようと。
 きっと、それすらも名雪はお見通しだったのだということか。
 潤は、突然、時計を見た。
(7時半……8時まで、まだある)
 そして、潤は意を決して言った。
「行きたい場所があるんだ、来てくれないか?」


「ここは……?」
 潤が名雪を連れてやってきたところは、一面に草の生えた場所であった。最も、暗くて分かりづらいのだが。
「ものみが原。知ってるだろ?」
 名雪は、黙って頷いた。
 潤は、その気配を感じながら更に先に進んでいく。名雪も後を追った。
「うわぁ」
 名雪が感嘆の声をあげる。
「すごいだろ? オレのお気に入りなんだ」
 そこは街を全部見下ろせる小高い丘だった。
 祭りによって生み出された光は、幾重にも重なり合って丘を薄く照らしている。
 それは、人の手で生み出されたにもかかわらず、人工的な匂いを全く感じさせない幻想的な光。あらゆる色の光によって構成されたそれは、さしずめ光の交響曲といったところか。
「どうだい」
 潤は、自慢げにそう言った。
 だが、名雪は何かに心を奪われてしまったかのように全く反応しない。時折、はぁ、という声が聞こえてくるだけである。
「うん、すごく綺麗…」
 潤は頷くと名雪の隣に座った。名雪もそれにつられて座りだす。
「なあ、オレ、水瀬さんに謝りたいことがあるんだ」
 名雪は黙ってそれを聞いている。
「ごめん。そうだよな。はぐらかしてたのは、オレのほうだったよ」
 頭の頂上にある癖毛をいじりながら潤は、そう言った。
「嘘ついてた、君にも、自分にも」
 弱々しく言う潤に、名雪は首を振った。
「ううん、いいよ……わたしの方こそごめんね……きっとわたしも同じようなものだから」
「そっか。じゃあ、似たもの同士だな」
 ははっと笑う。だが、名雪は黙ったまま。
 一瞬間、沈黙の手のひらが二人の周りを包み込んだかのようであった。
 名雪の息を飲む声がはっきりと聞こえた。
「……あ、あのね、北川くん。わたしね……」
「ちょっと待った」
「え?」
 潤は急に名雪を制した。
「ちょっとさ、話でもしようぜ」
「え、え?」
 戸惑う名雪を差し置いて、潤は勝手に話をすすめる。
「大丈夫だって、後、だいたい、100秒くらいだから」
 そう。後、少し……

「なあ、今日楽しかったか?」
「え? う、うん。もちろん、楽しかったよ」

100……

「そっか。よかった…」
「ね、ねえ、北川くん、何か変だよ?」

90……

「それは、少し前のオレの台詞だな」
「そうじゃなくて、どうしたの?」

80……

「そだな。きっと、酔ってるのさ」
「え、お酒飲んだの?」

70……

「まさか。そんな時間、なかったよ」
「じゃあ、どうして」

60……

「さてね、誰のせいで酔ったんだか」
「あ……」

50……

「どうしたんだ、顔、紅いぞ?」
「意地悪……」

40……

「……なあ、ホントは前から言いたかったんだ」
「え?」

30……

「嘘じゃない。これが本当のオレだよ、君が言っていた――」
「……」

20……

「名雪。オレ、君のことが――」

10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……

「好きなんだ」

――ドン!
 花火の音。そして、閃光。

「さて、今度は、そっちの番だぜ?」
 そう言って、すっくと立ち上がる。
「う、うん」
 戸惑う名雪。
 潤はすっと手を差し伸べた。
 その手を見つめる名雪。そして、滑るようにしてその視線は彼の顔へ……。
「……わたしも、あなたのことが」
 そっと、手を伸ばし、差し出されたその手を握る。
「潤くんのことが、好きです。世界中の誰よりも……」
 潤はその手を強く握り、名雪を立ち上がらせる。
「潤くん、ありがとう――えっ?」
 潤は、そのまま強く彼女を引き寄せた。

――ドォン!
 再び、花火。
 そして、その閃光に映し出されたのは、重なり合った二つの影。
 花火の音に混じって、潤の声が聞こえた。



――もう、君を離さない――

              FIN


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