電話の向こうまでの距離




 外は、快晴と呼ぶには雲が多く、曇りと言うには、晴れ間が多すぎた。つまり、どっちともつかずと言う中途半端な天気だった。
 北川 潤は、そんな天気があまり好きではなかった。晴れなら晴れ、曇りなら曇り、雨なら雨、とはっきりしていた方が良いと考えるからだ。それが、関係しているかどうかは微妙であるが……彼は、家のベットでごろごろしていた。
 特にすることもなく、大学も休みである。暇と言えば暇ではあるが、北川は、今日に限ってはその暇を持て余していた。予定もやりたいことも全くないのだ。
 ともあれ、そんなこんなで彼が起床した10時ごろから、もう12時を回ろうとしているこの時間まで、彼は、ベットの上で転がったり、本を読んだり、テレビを見たり、転がったりと……まあ、だらだらと過ごしていたのである。そろそろ、イヤになってきても良い頃だったが、とは言っても、起きる気力と言うものがどうにも不足している。
「何で、今日はこんなにかったるいんだ」
 北川は、呟いた。が、そんなことをしてもその『かったるい気分』とやらは、無くならない。余計に動く気分がうせるだけだった。
「あ〜、まじ、やる気ねぇ」
「やることねえな〜」
「っつか、死ぬ! 暇すぎて」
「あ、そういや、昨日のドラマ見忘れた……オレ、独り言多いな」
 などと、間隔を空けてぶつぶつ言う様は、青年というよりもオヤジのそれだった。本人は気づいてないかもしれないが。ちなみに北川は、大学生(浪人なし)である。オヤジと呼ぶには早すぎる。
 まあ、そんな時である。携帯の着メロが鳴った。
 一体、誰からだ? などと、かったるそうに言いながらも、もしかしたら、誰かしらから遊びの誘いではないか? と密かに期待しながら、北川は、携帯の画面を見た。
「相沢かよ、ケッ」
 かかってきたのは、北川の友人である相沢 祐一であった。
 どうせなら、野郎よりよりも女の子の方がいいのになー。いや、まじで。とか、本人に対しては、結構失礼なことを考えつつも、北川は電話に出た。
『うーい、北川君、今日も女の子に手を出しているかね?』
「死ね」
 ブツッ、と携帯をきる。間髪いれずに、また相手は電話をかけてきたが。
『いきなり、切るなよ。感じわりぃなあ』
「感じ悪いのはどっちだ」
『はっはっ、気にすんなよ』
「お前、やたら機嫌がいいな。テンション高いっつーか」
『ははは、分かりますか? 分かっちゃいますかあ』
「分かるわい。お前、今どこにいるんだ」
『エターナルワールド』
 エターナルワールド、考えるまでもなく符合する単語が北川の中に浮かび上がった。最近出来た超大型のテーマパーク、いや、エンターテイメントパークといったほうがいいだろうか。遊園地にあるようなアトラクションはもちろん、バーチャルワールドなどの疑似体験アトラクションなど、多彩に取り揃えられた次世代型のテーマパークである。ちなみに北川の住んでいるところからは、結構距離がある。電話で話すとそういう感じが全く浮かばないのが不思議だが。
「ほう、で、何でそこに」
『いやあ、この前、大学のサークルでさあ、結構いい感じのお姉様がたと知り合って、何か意気投合っつーの? しちゃってさあ』
 こいつ、ほんとに機嫌がいいのだな、と考えつつ、北川はとりあえず、なるほど、と返事をした。
「で、何で、オレに電話した訳?」
『えー、なんつーのかな? いや〜、ぶっちゃけて、言えば――』
「言えば?」
『自慢』
「消えろ」
 ぶちっ、と携帯を切った。今度こそ、完全に。さすがに、今度は、またかけてくるということはなかった。
 とりあえず、後でヤツを殴っておこうと北川は、決意していた。








 相沢 祐一からそんな電話がかかってきてから、約2時間が経過していた。今は、午後の2時過ぎという頃である。とは言っても、特に何も代わり映えはしていないのだが。
「はあ」
 ため息すら、暇をつぶすための道具であった。今の北川にとっては。何もやることがない。ここまで何もないと、もはや運命ではないのか、とか、思うほどに北川は暇であった。
 と、携帯が鳴った。
 また、相沢からか? 北川は、うんざりするように画面を見た。だが、北川の予想に反して、それは別の人物からであった。
「どうした、久瀬」
『やあ、我が親愛なる友人、北川 潤くん。ご機嫌はいかがかな?』
「……お前、また何か企んでいるだろ」
『……企んでいるとは、また何を。相談だよ』
 相手はそんなことを言っているが、「企んでいるとは、また何を」の前の一瞬の間を北川は逃さなかった。まあ、それ以前に、この久瀬と言う男がどういう人間かを知っているならば、当然に分かることではある。
「ほほお、相談ねえ」
『何か、言葉に棘があるようだが……まあ、数少ない君の男友達の僕としては、そんなこと程度で君を見捨てたりはしない。ここで、僕が君と縁を切ったら、それこそ君の周りは女だらけになってしまうだろうからね』
「どうやら、オレをスケコマシとか言いたいようだが、それはどちらかというと相沢だ」
『はっはっ、冗談を。まあ、それは置いといて、相談だよ』
「こらまて、置いとくな、大体、オレは」
『さて、北川 潤くん。ぼくは、常日頃から、薬学と言うものに興味を持っていたのだよ。分かるかい、薬学だよ』
 こいつ、俺の話を全然聞いてないな、と北川は諦めて口を閉じた。人の話をあまり聞かないという点では、あの相沢 祐一と同じである。性格は正反対ではあるが、似た部分があるということか。やつらが仲が悪いのは、その辺りが原因だろうか?
『体を蝕む病、怪我、人を守るために生まれた薬学は、非常に面白い。まさに、現代の錬金術だよ』
「ははあ、さいですか。で、本題は」
『人が折角、経緯を話しながら本題に移っていこうと考えたのに、せっかちな男だな。そうやって、毎晩毎晩、女を泣かせているのだろう?』
「……」
『冗談だ(半分くらいは)』
「まて、今、小声でなんか聞こえたぞ」
『ごほんっ。本題だが、それは他でもない。潤、君に、手伝ってもらいたい』
 下手なはぐらし方だな。と、北川は思った。或いは、これもわざとなのだろうか? どちらかと言うと、後者の方が確率は高い。久瀬は、そういう男なのだ。
 北川は、そんな考えと、そして、嫌な予感を同時に感じていた。
「オレは、薬学の知識なんか全然ないぞ」
『ふふ、それは分かっている。そも、昔から勉強もほとんどせずに、女の尻ばかり追いかけてきた君のような人間に、そんな過度な期待はしていない。よく、大学に合格できたものだと感心しているくらいだからね』
「お前、それを本気で言っているようなら、今からでもボコボコにしてやってもいいのだが」
『はは、冗談に決まっている(3分の1くらいは)』
「ぉい」
『まあ、薬学の知識は特に必要ないということだ』
「……まあ、色々しこりはあるがいいことにしてやる、で」
『僕はね、潤。素晴らしい、発見をしてしまったかもしれないんだ。これは、薬学の医療の革命だ。いや、そういう言い方も正しくないな。錬金術の復活だよ』
「? 言っていることが全然分からないんだが」
『まあ、そう焦るな。錬金術が求めてきた究極――それは、賢者の石と呼ばれたこともあるかもしれない。時の権力者が必死になって追い求めて、ついに手に入らなかったものだ』
 嫌な予感がした。激しく。北川はもう電話を切ってやろうかと思ったが、律儀にそのまま話を聞いてやることにした。
『不老不死。ふふ、驚いただろう。見た目は、オレンジ色のジャムのように見えるのだが。まあ、そんなことはどうでもいい、それを君にぜひ――』
 ぶつっ、と電話を切ってやった。嫌な予感は最大限にあがっていた。ぜひ、の先が気になったが、そんなことは聞かずとも分かることであった。
「ヤツめ。オレを実験台にするつもりだな」
 というか、不老不死とは。どうせ、でたらめだろうが。だが、あの様子では、他の人間も巻き込みかねない。その巻き込まれた人間には同情を感じないでもないが、犬と言うか久瀬にかまれたと思って諦めてもらうしかない。
 北川は、無責任にそう考えて、携帯を放り投げ気味に机に置くと、再びベットに突っ伏した。
 そういえば、彼はどこから電話をかけてきたのだろうか、電話の相手と自分の距離は、曖昧だ。それは、物理的な意味合いではなく、感覚的なものだった。








「ん? 着メロ?」
 いつの間にか眠っていたらしい。今は何時だろう。そう考えながら、北川は電話を取った。友人の斎藤からであった。
『き、きたがわぁ……』
「ん?」
 相手の声は、震えていた。何というか、簡潔にいえば、怖がっているように思えた。
「どうしたんだよ、一体」
『いや、きっと、み、見間違えだよね』
「はあ? 何言っているんだ、お前は」
 斎藤は、口調が強いタイプの人間ではなかったが、それが今は環にかけて弱くなっているように思える。恐慌状態のようなものになっているのかもしれない。
 北川は、相手と自分を落ち着かせる意味で、ごほん、と一拍置くとゆっくりと言った。
「まあ、落ち着け。一体、何があった」
『さ、さっきね、怪しい人を見たんだよ』
「そりゃ、見ることもあるだろう。街を歩いてたら」
『いや、そうじゃなくて、ああぁ、もう、ええっと』
「だから、落ち着けって」
『そ、そう、北川、ニュースって見るよね?』
「……まあ、人並み程度には」
『ちょっと前さ、連続無差別殺人が起きたの……知ってる?』
 それなら、北川も知っている。いや、北川でなくとも、普通にニュースをちらちら見る程度の人間でも、それは知っていることに違いない。
 連続無差別殺人。名前の通り、無差別に人が殺されたという事件だ。当初は、ただの怨恨がらみかと思われていたその事件は、最初は、関連のあったもの達を狙っていたのだが、ある人間を境に全く関係のない犠牲者が出始めたため、無差別の名がつくようになった。今では、更に、連続という名も冠してしまっている。しかも……
「ああ、知ってる。未だに犯人が捕まっていないやつだろ?」
 実を言えば、北川の場合は、それだけではない。北川の知り合いも実は、その事件の被害者だからだ。最近は、実際に会うことは少なかったのだが。
 最初に、その話を聞いたときは、驚きよりも何よりも、信じられないという感が大きかった。
 大体、ニュースを見ていたときも、その殺人者と事件の存在は、希薄だった。意外と近くで事件は起きていたようだが、とてもその距離を遠く感じていた。いや、正確に言えば、距離を曖昧に感じていた。それは、ちょうど、電話の向こうの相手と自分の距離を考えるときの曖昧さに似ているのかもしれない。電話の先には相手があるにもかかわらず、その実在を北川は、どうしても弱く感じてしまうのだ。
『北川?』
「あ、ああ、すまん。ちょっと、ぼうっとしていた」
『それでさ、犯人の人相がニュースに出てたんだよ。んで、さっき、見た人がそれにそっくりなんだよ! まじで』
「んー、けど、ふつう、そういう人間は、顔隠すんじゃないか? マスクとか、サングラスとかで」
『で、でもさあ……』
「まあ、で、そいつをどこで見たんだ?」
『き、北川ン家の近くだよ。だから、北川に電話したんじゃないかあ』
 もう今すぐにでも泣きそうな口調である。女の子が泣かれそうな状態なら、同情心が沸いてきそうなものだが、男だと正直うざったらしく感じてしまう。
 まあ、北川がそれを直接口に出した訳ではないが、口調には出てしまったらしい。
「はあ、まあいいけど、どちらにしろ、オレじゃなくて、普通警察に届けるもんだろ? そういうのは」
 相手は、黙った。ちょっと辛辣すぎたかな、と北川が、何か言葉を捜していると、
『あ、そういえば、そうだ……うん! そうだよ、そうだ』
 どうやら、斎藤は気づかず、一人で納得しているようだった。
『ありがとう。とりあえず、言ってみるよ』
 そう言って、電話は一方的に切れた。
(そういや、今日は向こうから電話切ったのコイツが初めてだな)
 北川は、どうでもいいことを考えていた。








『あの事件ですが、進展はあったのでしょうか?』
『進展になるかどうかは、まだ分からないのですが、新たな情報は入っています』
 北川は、ぼーっとしながら、ニュースを見ていた。時刻は、午後7時頃だった。
 今やっているニュースは、丁度、さっき斎藤と話していた無差別連続殺人事件についてだった。
『当初、関連性のある人間を殺していったこの事件ですが、突如として、関係のない人間が犠牲となりました』
『はい』
『ですが、その関係のない人間も実は、一つの関連を持っていたのです』
『と、言いますと』
『電話、メールなどによるものだけによる関係です、例としては、出会い系サイトなど、ですね』
『ははあ、なるほど』
『さらには、他の被害者も電話やメールによる関連が深いということも明らかになっています』
『それは……ただ、犯人にとってそれがどういう意味に繋がるのでしょうか』
『そうですねえ、犯人は、現代人の電話などによる関係性の希薄さを嘆いていたとも考えられますよね』
 そんな感じで、司会者のどこか芝居がかった台詞は続いた。
 ただ、北川としては、その考えが分かった。理解できるのではなく、ただ分かるのである。
 確かに、最近は、高校の頃の友人達との連絡もほとんどがメールか携帯である。直接、会うことはほとんどない。どうしても、希薄さを感じないわけにはいかない。
 斎藤と話していたときも感じていたが、友人達との現在の親交手段は電話である。電話で繋がっているといってもいい。ただ、そうなると彼らとの距離は電話と相手までの距離と同じように曖昧になってくるのだ。実際に会うことが少ないだけではなく。そういったことも、関係の希薄化に手を貸しているのかもしれない。
 このニュースにしても、やはり、現実との距離は曖昧だった。それほど関係の深くないとは言え、知り合いを殺された北川にしても、そう感じてしまうのだ。どうしても。
「ただ、実際のところは、便利だし……使わなくなったら、そもそも関係も何もあったもんじゃないんだけどな」
 そう。便利なことには変わりはない。それのお陰で、今もこうやって話すことが出来る。ただ、それを手放しで喜ぶことは出来ないのかもしれないな、と北川は考えた。
 ふと、
「そういえば」
 そういえば、北川の殺された知り合いも直接会うことはあまりなく、連絡はもっぱらメールや電話に頼っていた。
 最後に会話したのもやはり、電話である。さっきの司会者の言葉がよみがえる。
――電話やメールによる関連を持つもの同士が狙われている。
 ぞくっとして、その悪寒が北川には、ただの悪寒だけではないような気がした。誰かの気配がする。
(気の……せいだよな? ははっ)
 北川は、後ろを振り向いた。



END

SSインデックスに戻る