「む……気付いていましたか。敵ながらあっぱれ」

 オヤジは黒淵メガネを直すと、満足そうに笑った。

「普通に気が付くし……って。敵ってなんだよ」

 オヤジはぴたりと足を止めた。俺もつられて足を止める。

「あなたは不審者です」

「いや、あんただろ」

 速攻でつっこみを入れた。オヤジは表情を曇らせる。

「なぜですか?」

「人の後ろをうろちょろとつけて来る人間を、不審者と呼ばずになんと呼ぶ」

 オヤジは感嘆の表情を浮かべた。まったく、一言一句で表情を変えるとは、なんて情緒が豊かな男なのだろう。しかしそれが、さらにオヤジのバカさ加減を加速させているのも事実だ。そしてオヤジは、まだまだバカを加速させる。

「ほほぅ。私の尾行にまで気付いていましたか。さすがにそこまでとは思いませんでしたな。感服しましたぞ」

 もはや言い返す言葉も無かった。こいつは本当に正真正銘のバカだ。そして同時に、オヤジに関わってしまった俺も同じくらいバカだということに気が付いた。

 しかし、まだ取り返しはつく。こいつとのかかわりを今すぐ断つことだ。

 それには今すぐ走り去る事が有効だ。ここから十メートルほど先にある曲がり角を左に曲がれば、すぐに校門だ。そこまでの間に追いつかれずに学校に逃げ込むのは容易なはずである。

 思うや否や、俺は駆け出した。そしてオヤジの方を振り返る。



 ――オヤジはいなくなっていた。



「は? オヤジはどこに消えたんだ?」

 しかし、気にしてはいられない。すぐに曲がり角だ。

前を向く。



 ――眼前にオヤジが立っていた。



「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺は驚きのあまり叫び、そのままオヤジの足元に転げてしまった。

「おっと、大丈夫ですかな?」

 オヤジはまたしても、笑顔で手を差し出してきた。俺は驚きのあまり頭の中が真っ白になっていて、言葉が返せない。

 何があったんだ? 何で先に駆け出したはずの俺の前に、こいつが。

「すみませんな。驚かすつもりは無かったのですが、いささかあなたの動きが遅かったので回りこんでしまいました」

 回りこんだ? 走っている俺の前に、一瞬で?

 全く理解不能だ。抜いた瞬間など見えなかった。そんなスピードは人間の域ではない。

 しかし、現に走っていた俺の目の前にオヤジが現れた。この事実を否定するよりは、回り込んだという説を信じる方がまだ現実的な気がする。そう、オヤジが超人的な速度の持ち主であるということを認めるほうが。

 ようやく落ち着きを取り戻しはじめた俺は、それでも体を起こす事を忘れて、言った。

「回りこんだって、俺の横を走り抜いたって事だよな?」

「はい。そうですがなにか」

 オヤジはさも当然のように言う。なんだか夢でも見ている気分だ。

「なんでそんな事をしてまで俺に付きまとう?」

 オヤジは不気味に「にやり」と笑った。

「さっき言いましたな。あなたは敵だと」

「なっ……」

 瞬間、心臓が凍りついた。

 そうだ。大切な、そして致命的なことを忘れていた。理由は分からないが、こいつは俺を敵視しているのだ。それはつまり、神速の死神が敵であると言う事。かわす事は愚か、目で追う事も出来ない、絶対の死。

 無意識に体が震えていることに気付く。気付くが、止める事は叶わない。

 死神に固定された眼球も同じだ。一瞬足りとも逸らす事は許されない。


小説トップに戻る 3ページ目に進む

トップページに戻る

Copyright © Lock&Shift(http://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/8480/). All rights reserved.