もう何をしても無駄だ。今となっては死神に差し出された腕すら心臓を貫く剣に、その笑みは俺の命への嘲笑にさえ見える。

 ふいに、その笑みが崩れ、口元が動いた。俺に死を囁きかけるように、そして、

「それより、早く起きた方がいいですな。汚いですぞ」

 場違いな事を口にした。

「は?」

「早く起きたほうがいいですな」

「何を言っているんだ? 俺を殺さないのか?」

「……まさか、頭でも打ったのですかな? それは大変ですな。早く病院に」

 オヤジは背広の胸ポケットから携帯電話を取り出すと、軽い口調で「1・1・9」と口にしながらダイアルした。俺は急いで起き上がり、その携帯の呼び出しを切る。

「何をするんですか。私はあなたのために……」

「俺は大丈夫だ。だから救急車は必要ない」

「そうですか、なら安心ですな」

 そういうオヤジは少し残念そうに肩を落した。そんなに救急車を呼びたかったのだろうか。

 それにしても、場違いなことを口にしたのは俺の方だったようだ。あまりにオヤジが人間離れした身体能力を持っているから、とんでもない妄想に走ってしまった。

 このオヤジは何者なのだろうか。ただの変質者ではない事は確かだ。

「なあ」

「なんですかな?」

「あんた、何者だ? そして何故、俺を敵視する」

「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたな。でもそれより前に、君を敵視していた理由からお話したほうがいいようです」

 オヤジは鼻に乗っている黒淵メガネを直した。

「私が君を敵視していた理由、それはあなたが不審し」

「それはもう聞いた。俺が聞きたいのは、なんで俺が不審者としてみられるのか、ということだ」

「ああ、それはアレですな。あなたがずっと私と同じ道を歩いていましたから。部外者であったはずのあなたが」

「部外者であった?」

「はい。記憶がおぼろで理解できてなかったのですが、今思い出しました。あなたは関係者です」

「言っている意味がよくわからないのだが」

「部外者が我が根城に足を運んでいるのに、不審者として見ない訳はいきません。だから尾行していました」

「根城? 俺がそこに向かっている?」

「まだ分かりませんかな。草辺純一君」

 オヤジは不意に俺の名前を口にした。おかしい、名乗った覚えなど全くない。と言う事は、こいつは元々俺の名前を知っているわけだ。

「――なんで俺の名前を」

「事前に名簿で顔と名前を照らし合わせていますからな」

「名簿……まさか」

「そのまさかですな。私はあなたが今日から通う学校、鍵山工業高等学校の校長、未髪(すえかみ)マサルです」

 その瞬間、俺は今朝の親父の言葉を思い出した。



――そうそう。今日からお前が通う学校は、きっと期待に答えてくれるぞ。



 最悪だ。

 つまり、俺はこの校長が経営している学校に通うってことで、その学校ってのは、平凡とは無縁の場所。確かに退屈はしなさそうだが、それ以前に胃に穴があいて死んでしまいそうだ。

「まあ、あなたが関係者とわかった以上は安心です。仲良くしましょう。よろしく、草辺君」

 マサルと名乗った校長は手を差し出してきた。握手しろということらしい。

 俺はしぶしぶ握手した。相手は仮にも校長だし。

 それにしても、俺が制服を着ていることには気付かないのだろうか。自分の学校の制服なのだから、一見したら直ぐにわかるはずなのだが。……まあ、こんな校長だから、気付かなかったって言うのは十分にありえるか。


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