「心配要りません。……教頭先生」

「はい、全てお任せください」

 教頭はくるりと大群の方を向くと、拳法のような構えをとった。背広を着たままで。

「ちょっ、まずいだろ。さすがに一人じゃ――」

 言葉は最後まで続かなかった。

 おぞましい殺気が言葉を殺したのだ。

 それは呼吸をも許さない絶対零度。心臓を煮えたぎらせる灼熱。

 こいつはやばい――そう理性が警告してきくる。

 しかし、体を動かす事は出来ない。恐怖で体が凍っている。

 そんな中、ただ眼球だけが冷静に状況を映し出す。

 殺気にも怖気づくことなく攻めてくる大群。数は数十、下手をすれば百に達するだろうか。どれもこれも本気で教頭に襲い掛かっているのだろう。だが――

 そんなものでは教頭に指一本触れられない。俺には分かる。彼らは負ける。

 大群の先頭が教頭に殴りかかった。なぜか「おはようございます」の叫びと共に。

 あわせるように、教頭の背広がはためく。



 ――それを合図に、全てが終わった。



 空間が歪んだと思ったら教頭が眼前から消え、生徒が一斉に後方へ吹き飛んだ。地面のアスファルトも砕け、舞い上がる。

 その一瞬後を追いかけるように、打撃音やアスファルトの砕ける音が聞こえる。いや、本当は同時だったのかもしれない。しかし、狂気の速度がそう錯覚させた。

 瞬きする暇も無い、本当に一瞬。

 まるで魔法でも見ているかのような感覚だった。



 生徒がアスファルトに倒れ伏した時に初めて、その先に教頭がいることに気付いた。

 もはや教頭が何をしたのかはわからない。ただ、それが想像の域を遥かに超えているのは確かだった。

 驚愕に打ち震える俺をよそに、生徒たちが倒れる事によって上がった砂埃が視界を遮った。地面のアスファルトが全て裸になったので、そこから立ち上がったのだ。

 教頭の姿が砂埃に包まれて消える。

 静寂が辺りを包んだ。

 目の前に残ったのは非現実的な光景。動かなくなった生徒たちが、一面舗装されたアスファルトにぽっかりと空いた土色の地面に倒れ伏している。

 俺は時が止まったかのような錯覚を覚える。

 ただ時間を持つことを許された砂埃だけが、ゆっくりと流動する。

 どれだけの時が経過したか俺には分からなかった。ただ前触れも無しに、

「……ほほ」

 横に立っている校長が静寂を切り裂いた。同時に俺も時間を取り戻し、止まっていた世界が再び回り始めた。さらに校長は口を開く。

「ついに……完成させたのですな」

「かん……せい?」

 俺が半分誰に問い掛けるでもなくつぶやくと、それが聞こえたのか聞こえてないのか、校長はゆっくりと後ろを向いた。俺もつられて後ろを向く。

「閃光岩斬暗黒心偽流(せんこうがんざんあんこくしんぎりゅう)、総流相(そうりゅうそう)。正式には総裁流体相殺(そうさいりゅうたいそうさい)。動体を支配し、その勢いを殺し、ましてはその殺した氣を動体そのものに逆流させるという、流派必殺、極(ごく)の壱(いち)。教頭先生はさらに自らの氣を流し入れ、威力を増すと言う応用をされた。このような難技は、極めた者でも才のある者しかできない。教頭先生はまさにその器であられるようだ。さすがとしかいいようがありませんな」

 校長が話し掛けた先――俺たちの背後には、当たり前のように教頭がいた。

 足をぴったりとそろえ腕を組んで凄然と立っている。

 その姿は、なぜか俺にはとてもかっこよく見えた。校長が言った暗黒なんとか流の異才だからこそ放てる雰囲気なのだろうか。

 メガネが陽光をあびて輝く。

「よくそこまで見抜けましたね。さすがです、校長先生」

「いや、恐縮です。教頭先生がそこまで腕を上げられたとは、私もうかうかしていられませんな」

「はっはっは……あの日も近づいていることですしね。私もさらに気合を入れませんと、閃光岩斬暗黒心偽流派の恥となってしまいます」

「あの日?」

 俺は思わず口走ってしまった。せめて教頭とは関わるべきではなかったのに、まさか自分から首を突っ込んでしまうとは。


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