これは記憶によると、2003年の11月か12月に起こった出来事である。




妹と同じ時間帯に同じ塾に通うその日、俺は妹と一緒に最寄駅に向かって歩いていた。




他愛の無い話をしながら歩いていると、商店街の茶色いレンガ敷きの道路になった。すると同時に、なにやら破壊的な音が聞こえてきた。



ガガガガガ……!



それは、人通りのあるこの場所では聞こえるはずが無い、金属と金属がこすれあう音と、何かのモーター音が混じったもの。
なんだろう? と思って妹と話しながら歩みを続けていると、自然に音源となった男が目に入った。






そこは、伊○園の自販機の前。






伊○園のロゴが入った紺色のジャンパーを着た、推定年齢40代以上60代未満(記憶があやふやだ)の男が自販機の前に立ち、鍵の位置に大掛かりな工具を押し当て、なにやらせわしい音を立てていた。








あやしすぎる。








鍵でも壊れてしまったのだろうか? 初めはそう思った。


一瞬見ただけでは、従業員が鍵の壊れた自販機の鍵をあけているようにしか見えないからだ。それに、人通りが比較的少ないとはいえ、ここは商店街の一部だ。目の前には駄菓子屋まである。




だが、男はかなり挙動不審だ。


それに、なにやら空かない事に怒り、「ちっ」とオヤジ臭く舌打ちまでする始末。



その瞬間、俺にはそいつが犯罪者以外のなに者でもないものに見えた。


だが、同時にその男の生活が気になった。






住んでいる場所は駅から遠いボロアパートの一室。家具はみかんの箱一個。


辺りにはゴミが散乱し、ゴキブリやハエを気にしていたら寝れない環境。


家賃滞納ギリギリ。


そんな中、確実に近づいていく持ち家の損失。そして容赦の無い「年齢」による体力の衰え。




ああ、昔は若かったのに……。




そんな声が今日も、自然と口からこぼれ、全く今日と変わらない明日を迎えるため、冬の寒さに震えながら眠りにつく。

このまま死にたくは無い。でも、眠りについてこのまま苦痛が終われば……。そんな事を考えながら。





そして、今朝も自分は生きていた。そして、今日も昨日と同じ。違うのは寿命が一日縮んでいる事。



いやだ、もうこんな事はいやだ。



そう、男は思った。




だから、今日は人生を返ることにした。自らの手で。


売りに出すために修理した大型のドリル、扮装用に手持ちの工具箱。そして、何年前にもらったのか、ハンガーにかけてすらいない皺だらけの伊○園のジャンパーを身にまとって……。













そんな男が、今目の前にいる。


人生をかけた大勝負を、一歩間違えて付近を通りかかった兄妹に悟られてしまった男が。




俺は迷った。迷いに迷って迷いまくった。

嘘だ。



で、俺はどうしたかと言うと。


















放っておいた(笑)





とりあえずこんな事に関わって塾に遅れたくないし、触らぬ神に祟りなしという言葉もある。


しかし内心では"通報すれば、会社から礼金が出るかも"とか思い、妹と話で盛り上がっていたが(笑)




まあそんな訳で、そのまま通過。がんばれおじさん。俺の話のネタを作ってくれてありがとう。幸せに暮らせよ。



その後塾ではその話が持ちきりだった。そして帰宅するとき、自販機を見ていった。

きっと警察とかが書類もって何か書き込んでいるのだろう。業者は収入の一部を獲られて大慌て。


しかし、これでいいのだ。会社の人間が不幸になるわけではないのに、人一人が幸せになった。これは、会社の本来の役割を真っ当しているのではないか。



うん。そんな事はないな。



そして、見た。帰り際の、自動販売機を。









それは鍵が掛かったままで、周りに引っかき傷のようなものが幾つもついていただけで。



オジサンの姿は、どこにも無かった。

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