原案:ewaf(世界北川戦争宣言)
執筆:桃栗三八(北川戦線)




きつねとたぬきがわーわー










 残暑の足音はすでに小さく遠のき、木枯しがさっと肩を撫でる初秋の休日。

 俺は一人暮らしのマンションのリビングで横になって、大して興味をひかれることもない昼間のテレビ番組を前に大欠伸を披露していた。

「暇だ……」

 そんなひとりごとに応えてくれたのか、玄関の呼び出しブザーが騒ぎ立てる。

 暇潰しの来客をありがたいと思いながら、俺はそちらに向かって声を張り上げた。

「どちらさまですか?」

「北川先輩、私です」

 馴染みのある声の主は学校の後輩である天野美汐。

 彼女とは健全な中学校生徒当時からの付き合いだ。

 自然と頬が緩むのを自覚しつつ扉を開けると、柔らかそうなブラウスにジャンパースカートといういでたちの少女が小さな肩をすぼませて立っていた。

「やあ、美汐が俺の家に来るなんて珍し――」

 バン! と破壊的な音を立ててドアを閉める。

 固く握りしめたアルミのノブを離さないまま、俺はぜいぜいと荒い息をついた。

 そして再び、恐る恐ると開けたドアの隙間から、どうか眼の錯覚でありますように願いながら顔を覗かせる。

 じっとこちらを凝視する六対の眼差しがぱちくりとまたたきをした。

「「「「「「北川先輩、こんにちは」」」」」」

 背格好はおろか、全く同じ顔の造型をした少女達が礼儀正しくいっせいに頭を下げる。

 ある日突然、野原にぽっかりと空いた穴ぼこに落ちた物語の主人公のように俺はぽかんと口を開けた。 

 そんな俺をは六人の天野美汐は心配そうに見つめて云った。

「「「「「「……大丈夫ですか、北川先輩?」」」」」」

 血を減らして倒れる瞬間のように俺の視界からは色が抜けた。

「こらー! 待ちなさーい!」

 玄関の壁に手をつく俺の意識を繋ぎとめようとするかのように割って入った黄色い絶叫。

 見ると、廊下の階段を上がって一目散に走ってやってくる七人目の美汐がいた。

 その美汐は六人の美汐の前に立つや、興奮に顔を赤くして両腕をぶるんぶるんと振り回した。

「もー、勝手に家を出て行っちゃ駄目でしょう! 誰かに見つかったら大騒ぎになっちゃいます!」

 最後に現れた美汐の剣幕に思わず首を竦めて怯む六人の美汐達。

 なおも、もーもーと頭の上に握り拳を振り上げる美汐につられるようにして俺も正気に立ち返った。

 場の主導権を握っていると思しき、最後にやってきた美汐におずおずと話しかける。

「あ、あのー……美汐さん?」

「さあ、すぐに帰りますよ! きゃあ、そこの私、スカートでフェンスを跨がないでー!」

 その美汐は俺に背を向けたまま、わいのわいのと騒ぐ六人を相手に悲鳴を上げている。

「いや、だから……」

「だから、何を――え?」

 ぱっと俺と眼が合った瞬間、それまでの大立ち回りが嘘のように大人しくなる。

 羞恥に頬を林檎のように染めたかと思うと、慌てて振り上げていた両腕を下ろした。

「ど、どうして北川先輩がここに!」

「どうしても何も、ここは俺んちの前なんだけど」

 はっとして顔を両手で挟む美汐。

 どうやら今初めて、自分のいる場所がどこなのかを認識したらしい。

 今の騒ぎを聞きつけたのか、廊下の端からこちらを怪訝そうに見ているマンションの住人に気がついた。

 俺は愛想笑いを浮かべると、七人の美汐を強引に部屋の中へと引っ張りこんだ。






「……で、どうなってるんだ?」

 ずらりと並んだ七人の美汐を前に俺は首を傾げた。

 計十四個の瞳が同時にくるりと回る。

 そこから、さきほど俺と問答を繰り返していたと思われる美汐が正座をしたまま進み出た。

 残りの六人は黙ってそれを見守る。

「見ての通り、私……いえ、私達は七人に増えてしまいました」

「……七つ児じゃないのか?」

 その美汐は少し怒ったように俺を睨みすえた。

「私に姉妹がいないのは先輩も知っての通りです」

「ああ、うん……そうだね」

 こっそりと尻の肉を抓ってみた。

 夢……ではないようだ。

「どうしてまた、そんなことに?」

「分かりません」

「え?」

「分からない、と云ったんです。目が覚めたら……その、同じ顔の人間が六人もいたので驚きました」

「それがどうしてまた、俺の家にそろってやって来たんだ?」

 美汐が続けて言葉を口にする前に、後ろに控えた少女達の一人が飛び出して俺に抱きついてきた。

「もちろん、北川先輩に会いたかったからです」

 ぎょっとする俺にその美汐は鼻をこすりつけて甘えてきた。

 普段なら決してするはずのない『美汐』の大胆な行動に、俺の胸に新鮮な感動が生まれた。

「うふふ、北川せんぱぁい」

「な、何をしてるんですか、貴方は!」

 それまで俺と話をしていた美汐は顔を赤くして仰天するや、俺の首に手を回して密着している同じ顔をした少女を無理矢理引き剥しにかかった。

 そこにまた一人立ち上がった美汐が声をかけてきた。

「まあまあ、慌てたところで人生何も解決はしませんよ。とりあえず、お茶でも飲んで落ち着いてはいかがでしょうか?」

 何だ、この人生を達観したような、やけに遠い眼差しをする美汐は……。

「あら?」

 その美汐はふと屈み込むと、新聞の折り込みチラシに見入り始めた。

「○×スーパーで玉子一パックがお一人様につき九十八円ですか。ここに八人いるから合計で……」

 なぜか俺も勘定に入っている。

 かと思うと、今度はくずかごの中の包装紙を拾い上げて、慣れた手つきで綺麗に折り畳み始めた。

 いつか使う時のために取っておくつもりだろうか? うーむ、オバさんくさい。

「全く先輩は仕方がないですね、こんなに部屋を散らかして」

 声の主を振り返ると、いつのまにか押入れから掃除道具一式を持ち出してきた美汐が、部屋にぱたぱたとはたきをかけていた。

「読んだ本はきちんと本棚に戻さないといけませんよ」

 何かえらくまた世話好きな美汐だ。

 てきぱきと甲斐甲斐しく整頓をする彼女だが、ふとしゃがみ込んだかと思うと何やらごそごそし始めた。

「あら? 棚の裏に何か……」

 げげ! そ、そこには発禁スレスレの秘蔵ポルノ本が!

 制止の声を上げる間もなく、肌色も鮮明な表紙が窓から差し込む陽光に照らし出されて艶光りする。

 しばらく呆けたようにそれを凝視していた美汐だが、やがて何事もなかったようにそそくさと元の場所に隠して直す。

「……男の子ですものね、うん」

 そう云ってにっこり。

 うわー、そんな理解ある母親のように複雑で微妙な笑みを向けないでくれ。

 思わず泣きそうになる俺の耳に、何やら地獄の蓋の底から魂に直接響くような陰にこもった声が忍び込んできた。

 俯き加減に膝を抱えた美汐が畳の目を数えながらぶつぶつと何事かを呟いていた。

「私はー天野美汐ー。自称世界一の薄幸少女ー。友達なんていりませんー。どうせみんないなくなるのーあの子のようにー。里村茜の二番煎じなんて云わせないー。意味なしオチなし出番なしーるるるー……」

 おお……背中から立ち昇る陰気がくっきりと眼に見えるようだ。

 一緒の部屋にいるだけでやる気が萎える鬱っぷりに、トラウマを穿り返された他の美汐達は頭を抱えている。

「……全く皆、子供ですね。どうして大人しく人の話を聞いていることができないのですか?」

 それを妙に冷めた眼で見ている美汐がいた。

 どこから用意したのか、鼻にかかった眼鏡を中指で押し上げてあくまで無表情に云ってのける。

「北川先輩、貴方もです。仮にも年上の男性なのですから、周囲の状況に流されることなく場を収めるのが当然というものでしょう?」

 全く嘆かわしい、と云い残すと、後は俺の存在を忘れたように手元の本に集中し始めた。

 かなりきつい物云いの美汐を前に呆然としていると、風船が割れたような泣き声が両の鼓膜を貫いた。

「うわーーーーんっ!」

「何だ何だ何だっ?」

 ぐしゅぐしゅと涙と鼻水で顔を濡らす幼い美汐が床にへたり込んでいた。

 そう……この美汐の身体は凄く小さい。

 混乱の中でずっと気がつかなかったが、この娘だけは他の美汐達とは歳が十歳以上は離れていそうだった。

「ど、どうしたの?」

 手足をばたつかせて癇癪を起す小さな美汐を必死になだめる。

「ぐすん。おやつ食べたい」

「おやつって……」

「先輩、私がホットケーキでも作りますよ」

 掃除を終えたらしい世話好きな美汐がぷち美汐を抱っこして台所に連れていく。

 ほっと安堵の吐息を漏らすと、俺は改めて残った連中に眼を配った。

 全く何なんだろう、連中は外見こそ同じであるものの、その性格はというとそれぞれが極端なほどに異なる。

 無邪気な美汐。

 オバさんくさい美汐。

 世話好きな美汐。

 陰鬱な美汐。

 クールな美汐。

 そして中身も子供なぷち美汐。

 あれ……そういえば、七人目の美汐はどうなのだろうか?

「なあ、美汐」

「な、何ですか?」

 じっと俺を見つめていたところ、突然声をかけられて慌てる比較的まともに見える最後の美汐。

「お前の性格はどうなってるんだろう?」

 その美汐は戸惑うように眉を寄せた。

「そんなこと云われても……私には何も分かりません」

「どうかな、何か隠れた特徴があるのかも」

 正面や横から、じーっと美汐の顔を観察する。

「あ、あの……そんなに見つめないで下さい」

 美汐は恥ずかしそうに肩をもぞつかせる。

 俺は尤もらしく頷いて云った。

「分かったぞ」

「な、何です?」

 少しだけ興味ありげに訊ねる美汐に、俺は至極真面目な表情で答えた。

「ずばり、お前は怒りっぽい美汐だ」

「……本当に怒りますよ」

「冗談だから、そんな眼で見るな」

「もー、真剣に困ってるんですよ」

 はて……この娘だけはなぜかいつも通りの美汐にしか見えない。

 確かに美汐は俺がからかうとよく拗ねるが、それにしたって全然普通のことだ。

 他の六人の美汐と異なり、この美汐には過度に顕在化された性癖が見られない。

 となると、このおそらくオリジナルであろう美汐から、他の六人の美汐が生まれたと考えていいのだろうか?

「どうやら、お前だけは元の性格のままみたいだな。それとも美汐本人なのかもしれない」

「分かるんですか?」

「だって美汐だし」

 我ながらよく分からない答えに、美汐は複雑そうに小首を傾げた。

 それにしてもどうしたもんだろう……この状況。

 めいめい好き勝手にくつろぐ美汐達の中から、世話好き美汐がこちらを見て云った。

「北川先輩のお誕生日会を開きましょう」

 余りにも唐突な発言に俺は呆れて言葉を返した。

「俺の誕生日は半年も前に過ぎてるぞ」

「だって、今日はそのために来たんですよ。前回のリベンジです」

「何云ってんだ?」

 あっ、と声を上げる隣の美汐に問いかけるように顔を向けた。

「どうした?」

「いえ……先輩は覚えていないんですか? 今年の先輩のお誕生日、先輩は風邪をひいて寝込んでいたんですよ」

「そういや、そんなこともあったか」

 誕生日なんて数年前に祝ってもらったきりなので全く気にしていなかったが。

 それでも美汐が覚えてくれていたことには素直に感謝しよう。

「そういうわけで今日は北川先輩のお誕生日会に決定です」

「それはいい考えですね」

「ええ、私も全面的に賛成します」

「……好きにして下さい」

「仕方がないですね、ふう」

「ミッちゃん、おっきなケーキが食べたい!」

 俺と美汐を無視して、クローン美汐達は勝手に内輪で盛り上がっている。

「それでは、さっそく準備に必要なものを買いに行きましょうか」

「そうしましょう、そうしましょう」

 六人の美汐は俺と美汐本人を取り囲むと、こちらが抵抗する隙を与えずにその腕を絡め取った。

「お、おい。外に出るのか?」

 不安そうにする俺に美汐達は声を揃えて、大丈夫と答えた。

「七つ児とでも云って、適当に誤魔化します」

 無邪気な美汐がにこにこと笑って云う。

 俺は同じく呆然としている美汐本人と眼を交わした。

 よく考えたら、美汐の家からここに全員が来ている時点で手遅れのような気もする。

 それなら、これ以上余計な騒動を起されないように、俺がついて行った方がまだ安心というものだった。







「わーい」

「走るな、ちみっ娘」

 スーパーの自動ドアをくぐるなり、小さい美汐がネジの壊れた玩具のようにはしゃぎ始めた。

 店内は客、従業員を問わずに驚きの視線が俺達に集中している。

 それはそうだ、全く同じ顔をした少女が七人もいる光景なんて余りにも非日常すぎる。見るなという方が無理な注文なのだろう。

 美汐(ぷち)が端の壁にタッチして戻ってくると、俺の腰に抱きついて云った。

「きたがわせんぱい、抱っこー」

「我慢しなさい」

「抱っこしてくれないと泣くー」

「……小さい頃の美汐はまたずいぶんと甘えん坊だったんだな」

「私はこんなにワガママじゃありませんでした」

 心外だと云わんばかりの口調で美汐(本人)はぷりぷりしている。

「それじゃあ、まず野菜を買いに行きましょう」

「あ、おい、肉と魚は買わなくていいのか?」

 鮮肉コーナーを素通りする美汐(オバさん)を俺は呼び止めた。

「それは最後です。値引きされた頃にもう一度見にきます」

「オバさんくさ……もとい、主婦の鏡だな」

「どうして私を見て云うんですか?」

 美汐(本人)が不満そうに云う。

「えい」

 美汐(無邪気)が俺の持った買い物かごに両手一杯に抱えた菓子を投げ入れた。

 最中、羊羹、大福、おはぎ……全部和菓子だ。

「こ、こんなに食うのか? 少し戻してきた方が……」

「好きなんです」

 七人の美汐が一斉に振り返ると熱のこもった口調で云った。

 その気迫に俺は黙って頷いた。

 最初は他の六人のペースに引き摺られていた美汐(本人)も、買い物を済ませていく内にこの状況に適応してきた様子で、今では美汐達全員と一緒になって、あーでもないこーでもないと食材選びを楽しんでいる風に見える。

 女の子同士の話に入っていけない俺が何とも云えぬ疎外感に包まれていると、隣で野菜の棚を眺めていた女性がふとこちらを見て驚きの声を上げた。

「あら……もしかして北川さん?」

「あ……水瀬のオバさん」

 買い物籠を手に温和そうに微笑んでいる女性の名は水瀬秋子。

 俺の同級生二人の母親にして叔母だ。

「オバ……いえ、秋子さん、こんにちは」

「はい、こんにちは。お買い物ですか、北川さん?」

「ええ、まあ」

 あははと意味もなく愛想笑いを作る俺に笑いかけて、当然秋子さんは俺の後ろで騒いでいる集団に気がつく。

「あら……美汐ちゃん?」

 七人の美汐が一斉に振り返り、彼女の親友が世話になっている家主に挨拶をする。

「「「「「「「ご無沙汰してます、秋子さん」」」」」」」

 さすがの秋子さんも絶句して俺を見る。

「えーと」

 俺は頭を掻いて、投げやりな態度で、

「七つ児なんです」

 と云うだけ云ってみた。

「そうだったんですか、それは知りませんでした」

 肝が据わっているのか、人を疑うことを知らないのか、秋子さんは怪しむ素振りも見せずに頷いた。

「北川さんも大変ですね」

 同情のこもった眼差し。

 もしやこの人は全てを知った上で俺をからかっているのではないだろうかと邪推をする。

 だが、それも慣れっこだ。俺は世間話に調子を合わせるように答えた。

「ええ、全く。一人でさえ口喧しいのが七人もいた日には……」

「「「「「「「何か云いましたか?」」」」」」」

「いえ……何でもありません」

 十四個の瞳に睨まれて冷や汗を掻く俺を秋子さんはおかしそうに笑った。

 美汐達は揃ってつーんとそっぽを向いている。

 そもそもこうなる前の美汐本人にしてからその傾向があったんだけど、こいつらって意外と感情の起伏が激しいんだよな。

 ちょっとしたことで結構機嫌を損ねるし、親しい人間にはとことんまで本音を見せるというか……。

 もっとも、そういう他人には思いも寄らないだろう美汐の性格が俺は嫌いではない。

 レジを通り抜けて別れる間際、秋子さんは俺達にこんなことを云った。

「そうそう、そういえば真琴が美汐ちゃんを捜していたようですよ」








「それでは北川先輩のお誕生日を祝して乾杯」

「「「「「「かんぱーい」」」」」」

 美汐(無邪気)の音頭で八個の紙コップがテーブルの中央に集まって合わさる。

 微炭酸のオレンジシュースをちびりと傾ける。

 きっちり十八本のカラフルな蝋燭が立てられた大きなケーキがででんと卓上に鎮座していた。

「先輩、蝋燭の火を消して下さい」

「あ、ああ……」

 妙に緊張しながら俺は息を吹きかけた。

 最後の一本が斜めに揺らめいて消えると、軽やかな拍手が起こった。

「「「「「「「十八歳のお誕生日おめでとうございます」」」」」」」

「……」

 ちょっと感動。

「ありがとー……みんな」




 と、そんな感じで慎ましく始まったのが一時間前の話。

「あははは! せんぷぁいー、飲んでますかー?」

 顔を赤くした美汐(無邪気)が背中にのしかかってきた。

「はいはい、お酌しますよー。中身をさっさと干しちゃって下さーい」

 陽気に云って、半ば無理矢理コップに日本酒を注いでくる。

「ああ、こぼれてるこぼれてる」

「気にしない気にしない気にしないー♪」

「一休さん、君は未成年だろう?」

 苦笑して云うと、ぷち美汐にケーキを切り分けていた世話好きな美汐がたおやかに微笑んだ。

「北川先輩だってそうですよ」

「そうだけど……美汐が酒好きなんて知らなかったぞ」

「祖父の晩酌にたまに付き合ってる内に……」

「悪い爺さんだな」

「そうなんですよ、酔うと孫のお尻に触ってくるんです。私のお爺様は世界一の悪党です」

「……お前も酔ってるな?」

「酔ってませんよお!」

 豪快に笑って俺の背中をばしばしと叩く。

「……お前は飲み屋のオッちゃんか」

 ふと寒気を感じて振り返ると完全に眼の据わった美汐(多分、オバさんくさいの)がそこにいた。

「オバさんくさくて悪かったですね」

 いかん……絡み酒だ。

 俺は気がつかないふりをして、コップに手酌で注いだ。

「無視しないで下さい」

 俺の顔を両手で鷲掴みにしたかと思うと、ゴリッ! と強引に自分の方へと向かせた。

「ぐおお……く、首が」

「いいですか、そもそも日本人とは武士の世から倹約を尊ぶ人種であって、それは美徳でこそあれ、決して他人の目を平時恐れる今時の惰弱な風潮に見られるような恥とすべきものでは……云々」

 熱を入れて語るオバさんくさい美汐からそれとなく離れるが、そこにはさらに厄介な性格の美汐が待ち構えていた。

「聞いてますか、先輩?」

「え? あ、ああ、聞いてる聞いてる」

 今気がついたのだから聞いていたはずはないのだが、とりあえずそう答えておかないとどんな目に会わせられるか知れたものではない。

「えっと……どこまで話しましたっけ。そうそう、前から云ってるように先輩はちょっと鈍感過ぎるきらいがあります」

「はあ……」

「この間だって、私がそれとなく昼食に誘ったら、なぜか途中で出会った相沢さん達がついてくるし……」

 それは俺のせいなのか?

「この際だから徹底的に云わせてもらいますよ、私は。大体、先輩はいつもいつも私と一緒の時に……」

 勘弁してくれ。

 天井の染みを見上げてため息をつくと、ぷち汐がくいくいと服の裾を引いた。

「どうした?」

「ミッちゃんも飲むー」

 物欲しそうに云ってサワーの缶に手を伸ばすが、それをさっと奪って俺は舌を出した。

「子供はカルピスでも飲んでなさい」

「ミッちゃん、子供じゃないもん。もうすぐ十七歳になるもん」

「今は子供だろ」

「ぶうー」

 ふて腐れたぷち汐はケーキのやけ食いを始めた。

 あれ……そういえば、鬱入った美汐はさっきからやけに静かだな。

「うう……私なんかもう生きている価値がないんです。人間社会のお荷物なんです、愚図で鈍間な平成たぬき茶碗・家政婦旅情は湯煙殺人で人間失格です……生まれてすみません」

「ストップ! ストーップ! そういう毒のある飲み方やめっ!」

「ひっく……う、ううー」

 うあ……泣き始めちゃったよ。

 何が原因でこのような騒ぎになったかというと、現状から見て明らかに酒が入ったがゆえのことだ。

 初めは雰囲気を盛り上げるためにと購入した一本のワインボトルが、今では俺を含めた全員を飲兵衛と化し、誰かが酒が足りないと云い出すや、他の誰かがそそくさと外まで買出しに行く始末だった。

 美汐本人はというと、とうの昔に酔いつぶれてしまい、今は部屋の隅で毛布に包まれて静かな寝息を立てていた。

 ああ……何だか、見ている俺まで眠くなってきた。

 うとうと……。

 うとうと……。

 うとうと……。

 ……。




「「「「「「「北川先輩」」」」」」」

「誰だよ……もう少し寝かせてくれ」

 眠い目を擦って起きると、部屋の入り口に七人の美汐が嬉しそうに笑って立っていた。

「ああ、美汐か……久しぶりだな、元気にしてたか?」

「今日は先輩に報告があってきたんです」

「ふーん。ところでそこにいる子供達は誰だ?」

 それぞれの美汐達と手をつないでいる七人の子供を順番に指差して云う。

 性別こそ異なるものの、その子供達はまるで七つ児のようにそっくりだった。

 俺の口から素直な感想が漏れる。

「可愛いな」

「それはそうです、私と北川先輩の子供ですから」

「……へ?」

「さ、潤一、潤児、潤三郎、潤華、潤菜、潤芭、潤海。あなた達のお父様にご挨拶をしなさい」

「「「「「「「お父さん、はじめまして!!」」」」」」」

 にこりと笑って同じ顔をした七人の子供が同時にお辞儀をする様はかなり奇妙だ。

「お、おい! 俺は身に覚えがないぞ!」

「何を云ってるんですか、先輩の誕生日をお祝いした日のことを覚えていないんですか?」

「え?」

「あの日、お酒に酔った先輩は勢いに任せて、私達全員と……」

「……8P?」

「「「「「「「……(コクン)」」」」」」」

「うそだぁーっ!!」

 同じ顔をした七人の女と七人の子供が、悲鳴を上げてうろたえる俺に揃ってお辞儀をした。

「「「「「「「「「「「「「「今後ともよろしくお願いします、お父さんっ!」」」」」」」」」」」」」」




「うわああーーっ!」

「きゃ!」

 眼に映ったのは自分の部屋のアイボリーの壁。

 そして口元に手を当てて、ベッドの上の俺を見上げる美汐の驚いた顔だった。

「ここは……」

「酔いつぶれて寝ちゃったんですよ。覚えてないんですか?」

 部屋を見渡す。

 よく知った私室。

 そこにはもちろん同じ顔をした六人の少女なんて存在しない。

「何か悪い夢でも見ていたんですか?」

「え……」

 そ、そうか……夢、夢だったのか。

 今までのこと全部、夢に決まっている!

 大体人間が七人に増えるなんて馬鹿なことあるはずがない。

「「「「「「「じー……」」」」」」」

 ……いや、自分を誤魔化すのはよそう。

 不本意だが世の中にそういう理不尽な現実が存在することを肯定しないわけにはいかない。

 部屋の入り口から瞳を輝かせてこちらを覗き込む六対の瞳と眼が合えば、それは脅迫的でさえあった。

 一体どこからが夢だったんだろう? と考え込んでぞっとしていると玄関のチャイムが鳴った。

 騒ぐ美汐達を黙らせて、俺が扉を開けると、そこには困ったようにへらへらと笑っている沢渡真琴がいた。








「……つまり、お前が飲ませた薬のせいで美汐はこうなったと」

「あうう……そうよ、本当ならどんな疲労も一発で回復する良薬になるはずだったんだから」

「前後の記憶を失ったのはその副作用だと? で、お前はその時どこにいたんだ?」

「元に戻す薬の材料を集めに行ってたのよ。それで戻ったら美汐達がどこにもいないから驚いたの」

 俺に叩かれた頭を押えたまま真琴が涙目で睨む。

「で、この状況をお前はどうにかできるのか?」

 七人の美汐も同意してこくこくと首を縦に振る。

 真琴は急に胸を張って立ち上がった。

「当然よ! 真琴は由緒正しい、ものみの丘の住人なんだから」

「田舎自慢はせんでいい。早く何とかしろ」

「こ、この……」

 俺の云い様に真琴はこめかみに青筋が浮かせるが、何とか激情を静めようとするかのようにすーはーと深呼吸をした。

「ふー……真琴は大人、大人なんだから怒らないのよ」

「家畜が何を云うか」

「あんですって!」

「真琴、座って! 先輩もいい加減にして下さい!」

「あう……ごめん」

「すまん……ちょっと気が立ってた」

 美汐に叱られてしょげ返る俺と真琴。

 真琴はポケットから微妙に色合いの異なる丸薬を複数取り出すと、それを一つ一つ検分し始めた。

「えーと……元に戻す薬はっと」

 と、その手から丸薬が複数ぱらぱらとこぼれ落ちる。

「わ、わわ!」

 慌てる真琴は全ての丸薬を床にぶちまけてしまった。

「ひ、拾って」

「何やってんだ、なくしたら事だぞ」

「大丈夫よ、予備にもう一個持ってきてるから」

「……間違えても二個ともなくすなよ」

「えっと……あ、あった。美汐、これを飲んで」

 そう云う真琴から受け取った一粒の丸薬を美汐本人はまじまじと見つめた。

 後ろからも六人の美汐が覗き込むようにしている。

「さ、ぐいっと」

 真琴が笑顔で勧める。

 やがて美汐は決心したように眼を瞑ると、口に含んだそれを一気にコップの水の飲み込んだ。

 すると、まるでシャボン玉が弾けるようにして、美汐達の一人が消えた。

 と思うと、あっというまに二人三人と続けて消え、部屋の中に残されたのは俺と真琴、そしてたった一人の美汐だけになった。

 真琴がぱんと手を鳴らして云った。

「はい、これで万事解決」

「みたいだな。美汐、何ともないか?」

「ええ、全然平気です」

 にっこり笑って云う美汐に安心して、俺は床に置いてあるコップの中のジュースを飲み干した。

 ぽんぽんぽぽぽんぽんっっ!

「あ……」

「……」

「……七人の北川先輩」

 美汐が感嘆まじりに云った。

 さきほど真琴が手を滑らせた際に丸薬が一つコップに落ちたのだろう。

 七人に増えた俺は顔を見合わせると嘆息して真琴を睨んだ。

 慰めるように美汐は俺の背中に手を置いた。

「大丈夫ですよ、先輩。私と同じ薬を飲めばいいんですから」

「そういや、そうだな」

「ちょっと残念ですけど」

「おい」

「冗談です」

 さんざんからかった仕返しだろうか、今の美汐は楽しそうだ。

「真琴、もう一つ薬を作ってあるんだろう。渡してくれないか」

「う……。もう……って……いの」

「ほら、早くしろよ。何、ぶつぶつ云ってんだ」

 真琴はおずおずと顔を上げてから云った。

「……もう一個も残ってないの」

「……は?」

「だからぁ、今あんたが飲んだのが最後の一個だって云ってるの」

 顔面蒼白になる七人の俺。

「あ、あはは……何云ってんだよ。俺が飲んだのは増える薬であって減る薬じゃないんだろ?」

「増えるのも減るのも同じ薬が影響するのよ。打ち消す力が働くわけじゃなく、プラスをマイナスに変えるようなものだから……」

「……」

「……」

 言葉をなくして硬直する俺と真琴の間に美汐が割って入る。

「真琴、新しい薬を作ればいいのではないのですか?」

「無理。調合に必要な自生植物はここらではものみの丘にしかないし、それも今の薬のために不本意だけど採り尽くしちゃったもの」

「じゃあ、何だ……」

「先輩はずっとこのまま……?」

 えへ、と愛想笑いをして真琴は云った。

「とりあえず、正露丸でも飲んでみたら?」

 とりあえず、七人全員でしばき倒してみた。








 それからしばらく経ったある日、俺と美汐は二人で遊園地に遊びに出かけた。

 結局あの事件は、真琴がわざわざ九州まで出かけて材料を集めてくるという非情な展開(旅費は俺が出した)で幕を閉じた。

 七人に増えた俺が元に戻るまで、通学などの問題で色々と他人の耳に入れたくない騒動があったのだが、まあ解決した今となってはどうでもいい問題かもしれない。

 美汐が作ってきてくれた弁当を食べるのに都合のいい場所を園内で探しながら、俺は隣を歩く彼女をからかうように話しかけた。

「ある意味、あの事件は俺にとってラッキーだったのかも」

「どういうことですか?」

「だって、美汐の隠れた一面を見ることができたじゃないか」

「あ、あれは……」

 もごもごと恥ずかしそうに口の中で呟く。

「本来の自分じゃないって?」

「そ、そうですよ」

 美汐は頑強に云い張る。

「でも真琴は云ってたぞ。あんな極端なキャラクターが生まれたのは、普段の抑圧された感情の反動だろうって」

「も、もう! 先輩は意地悪です」

 ぷいと顔を背けて足早に歩く美汐を、俺は笑いながら追いかけた。




「これは凄いな」

 芝生の上に落ち着いた俺は、美汐が鞄から出した包みの中身に驚きの声を漏らした。

 重箱の中身は芸術品と見紛うばかりに鮮やかに整えられた料理の宝島だった。

「大変だったろう」

「真琴も早起きして手伝ってくれたんですよ。この間のお詫びだって、そのおにぎりも真琴が握ってくれたんです」

 俺が持った野球ボールのようにまん丸いおにぎりを指して嬉しそうに云う。

「ふーん……真琴が」

 あからさまに不審がる俺に美汐は苦笑した。

「どうしたんです?」

「これを食ったらまた増えたりしないかと思って」

「うふふ、まさか」

 恐る恐るとおにぎりを一口齧る。

「……」

「ね、平気でしょう?」

「そう……だな」

 僅かでも疑ったことを真琴に心中で謝罪しながら、俺はそのおにぎりをぺろりと平らげた。

 それから一時間も経った頃だろうか、食後のお茶を飲んで、晴れ渡った空を流れる雲を見るともなしに眺めていると、こんこん、と美汐が甲高い咳をした。

「どうした、風邪か?」

 首を傾げる美汐。

「いえ、そんなはずは……変ですね、こん!」

「おいおい、大丈夫か? 今日はもう帰った方がいいかも……こんこん!」

 ……あ?

「先輩も咳をしてますよ、こん!」

「本当だ、こん! あれ? どうなってんだ、こんこん!」

「こんこん!」

「こんこん!」

 こんこんこんこん、止まらないくしゃみのように俺達はこんこん続ける。

 その時、本当に美汐の口がくちゅんと可愛らしい音を立てた。

「こん! 美汐、風邪をひくから俺の上着を羽織って……こん?」

 美汐の肩に脱いだ上着をかけようとした俺の手が凍りついたように止まる。

「こんこん先輩? どうしましたこん?」

 雪どけのつくしんぼのように美汐の頭から生えている、柔らかそうな毛で覆われた茶色の何かが二つ、ぴくぴくと震えていた。

 呆然として上着を芝の上に落とす俺を、美汐はきょとんとして見上げる。

 その眼が見る見る膨らみ、やがて表れた驚きの色とともに、赤子のように甲高い可愛らしい声で美汐は鳴いた。

「こん! 先輩の頭に何か生えてますこんこん!」

 感情の動きと直結しているように美汐の両耳がぴいんと立ち上がった。

 はっとして俺は自分の頭を庇うようにして手を伸ばす。

 ふさふさふさふさ。

 ぴこぴこぴこぴこ。

 そう、自分で触れてみてやっと確信した。

 これは明らかに動物の耳。それも俺達がある意味よく知った動物、狐の耳だ。

 信じられないことに、それが俺達の頭から竹の子のようににょきにょきと生えているのだ。

 美汐もまた自分の頭に触れて仰天している。

「こんこんこんっ!?」

「こんこんこここんこんーっ!」

 異常な事態はさらに加熱する。

 尾骨が軋んで伸び始めたかと思うと、身体も次第に変化を起し、最終的には小さな狐に化けてしまった。

 美汐が悲しみ半分という調子で呆れたように鳴いた。

「こんここん……(私達、狐になっちゃいましたね……)」

「こんこん……(んなアホな……)」




「ぶえっくしょん! むずむず……誰か真琴の噂をしてるわね?」

 びーむ、と漫画のように大きな音を立てて鼻をかみ、ため息をつく真琴。

「ああー……この時期は抜け毛が多くて辛いわ」

 そして眉間に深い皺を刻んで首を捻る。

「大丈夫かなあ? 今年の風邪はたちが悪いってテレビで云ってたけど……」

 そういえば、と思い出したように真琴は顔を上げた。

「美汐達、楽しんでるといいなあ」

 わざわざ眠いのを我慢して手伝ったのだから、あの北川にも今回ばかりは感謝してもらいたい。

「さてと……」

 クイ。

 ジャー……ゴボゴボ。

 ガチャ。

「さーて、すっきりしたところでゲームの続きでもやろうっと」

 るんるん気分で廊下をスキップしてリビングに戻る真琴。

 おもむろに床に転がったゲーム機のコントローラを取り上げると、お菓子をぼりぼりと頬張りながらテレビ画面に眼を向けた。

 ゴチンッ!

「おおおお……」

 真琴は呻き声を上げて毛の長い絨毯の上にしゃがみ込んだ。

 振り返ると厳しい顔の祐一が腕を組んで見下ろしていた。

 憤然と食ってかかる真琴。

「いったぁー! 何でいきなり殴るのよ、祐一!」

「トイレから出たら手を洗えっていつも云ってるだろ! ていうか、飯食う前にも手を洗え!」

 頬を膨らませて真琴は耳と尻尾をぴんと伸ばした。

「や。だって、めんどくさいもん。それに真琴は狐なんだから、そんな人間の風習に付き合う義理はないわよう」

「このエキノコッカス! 義理じゃない、最低常識だ! そのばい菌だらけの手で使った箸やテレビのリモコンに俺達も触れるんだぞ」

「ふふーんだ。そんなの全然平気よ。こうやって、ぺろぺろぺろっと……」

 ゴチンッ!

「いったあー!」

「俺の手を舐めるな! いいな、間違ってもお前はこの家の台所に立とうなんて考えるなよ。一家全員が食中毒……いや、お前の普段の行動から鑑みるに何か未知のウイルスに感染していても全然不思議じゃあないからな」

「わ、わかったわよう。だ、誰が頼まれたって祐一のご飯なんか作ってやるもんですか!」

「何ぃー?」

「きゃー!」








 それから一体どれくらいの時が流れたのかも分からない、もはや誰も踏み入る人間のいない、ものみの丘の自然林の奥深く……。

 藪を掻き分けて現れた、つがいらしい二匹の狐が樹々の隙間を縫って忍び入る太陽光に眼を細めた。

 雌が雄の首筋に甘えるように鼻先を擦りつけて云った。

「北川先輩、今日はとてもいいお天気ですね」

「そうだな美汐。謎の病原菌の蔓延により地球上の人類が滅んでからすでに数年……こんなに晴れやかな日は久しぶりだ」

「私達は運がよかったんですよ。人類を絶滅させるほどの細菌もなぜか大多数の動植物……そして人間でなくなった私達には影響しなかった」

「うん、そういえば俺達をこんな身体にした真琴はどうしたのだろうか? みんなと一緒に死んでしまったのかな?」

「さあ? あの娘のことだから、ある日突然申し訳なさそうな顔でひょっこりと現れるかもしれませんよ。だって、私達の仲間なんですから」

「どうだろう? 時々俺は考えるんだ。もしかしたら真琴はわざと俺達を人間でなくしたのかもしれない。それは地球という単一生物に寄生している悪玉菌である人類を滅ぼすことこそが、記憶をなくしていた真琴の真の使命だったんじゃないだろうか?」

「まあ、では真琴こそが人間を死滅させたウイルスの保菌者であったと? 真琴の正体は遠い宙の彼方からやってきた宇宙人さんなんですか?」

「ふふ、そうかもしれないな。俺達と同じようにどこかで生きている昔人間であった存在がこの世にはたくさんいるのかもしれない。いや、ひょっとしたら人類は滅んでなんかいないんだ。ただそのカテゴリーがそっくりと変化しただけで……」

「はいはい、いつまでも馬鹿なこと云ってないで。ほら、子供達が起きたようですよ」

「よし、今日は子供達を連れて隣の森の柏木さん一家のところに挨拶に行くか」

「そうですね。みんな、巣から出てきなさい」

「「「「「「「はーい!」」」」」」」

 親狐の前にわらわらと整列する雄雌入り混じった七匹の小狐。

 父狐は威厳を込めて、子供達を見据えた。

「潤一、潤児、潤三郎、潤華、潤菜、潤芭、潤海。今日は丘を出て街に下りるぞ。他の妖狐の皆さんに失礼のないようにな」

「貴方達は森の外には疎いのだから気をつけるのですよ」

「「「「「「「はい、お父さんお母さん!」」」」」」」

「よし、それでは出発!」

 こん! と高い号令の鳴き声と同時に父狐が先頭を切って走る。

 それに続いて風にそよぐ黄金の稲穂の下を駆け抜ける八つの影。

 やがてそれらは黒い陽炎のように形を変え、高く頭を突き上げる。

 大きく腕を振り、二本の長い足で疾駆する。

 激しく尻尾を揺らして、何処かへと走り去っていった。

 迅く、どこまでもどこまでも彼方へ。








「……とゆー夢を見たんだが」

「夢オチですか」

 病室のベッドの中から美汐が苦笑する。

「ちょっと、人を勝手に人類を滅ぼしにやってきた謎の宇宙生命体にしないでよ!」

 憤然として抗議をする真琴を、自分の病室から遊びにきていた俺は睨みつけた。

「俺と美汐は滅ぼされかけたぞ。お前のおにぎり型細菌兵器で」

 あの日、遊園地で身動きならなくなった俺と美汐が、救急車で市内の病院に運ばれてからすでに三日が経っていた。

 もちろん狐の耳も尻尾も生えてはいないが、今はいかにも病人という雰囲気をかもし出す寝巻きに身を包まれていた。

「な、何よ。食中毒になったのは真琴のせいだって云うの?」

「……相沢の話を聞く限りではお前が原因としか思えんが」

「ぷんぷんぷんのぷーん、だ」

「まあまあ、先輩……真琴も悪気があってやったことではないのですから」

「そうよお。今日はお見舞いの果物も持ってきてあげたんだからね、潤は這いつくばって感謝しなさい」

「どんな見舞い客だ、それは……」

「特別に真琴が皮を剥いてきてあげるわ!」

 そう云って、柿を数個掴んで洗いに出ようとする真琴を俺は呼びとめた。

「ちゃんと石鹸で手も洗えよ?」

「わかってるわよう!」

 十数分後、白い皿の上にいびつに切った柿を乗せて真琴が戻ってきた。

「……本当に手は洗ったのか?」

「しつこいわねえ。ん!」

 艶々と光る掌をぱっと広げてみせる。

 俺はようやく安心して楊枝の刺さった柿を一切れ口に含むが、すぐにむせて吹き出した。

「先輩?」

 わー! と炸裂した爆弾のように笑い出す真琴。

「ぶはっ! 何じゃこりゃ! ぺっぺっ……し、渋柿?」

「あははは! やーい、騙されたー」

「こ……このクソガキ」

「ぷぷぷー、豚のケツー」

 上機嫌に捨て台詞を残して、ぴゅうっと風のように廊下へと逃げ出す真琴。

 美汐は化かされて悔しがる俺をちらと見ると、黙って自分の人差し指を舐めた。

 その指を俺の眼の上に持っていくと、くりくりと押しつけるようにして動かす。

「……何してんだ、美汐?」

 されるがまま訊ねる俺に美汐は満足げに頷いてから答えた。

「眉に唾、塗ってるんです」










後書き

 ……あれ?

 何か当初のプロットから大きく軌道がずれているような……。

 それになんでこんなに量が増えてるの?(本当はこの半分も行かないはずだった)

 真琴の登場が決まった途端に、まるで狐狸に化かされたように頓珍漢な展開に……(^^ゞ。

 夢オチって……いいのか?(汗)

 はい、それはともかく(爆)この作品、「世界北川戦争宣言」のewafさんから頂いたSS「ワーワー」へのオマージュとして書かせて頂きました。

 プラス、私個人の欲求を満たすために。あー、楽しかった(笑)。

 ewafさん、満足して頂けましたか?

 原作と似ても似つかない展開はご愛嬌ということで許してもらえると幸いです(ペコリ)。

 ではでは。




ewafより。

やられました(笑)

拙作「ワーワー」のオマージュどころか断然上をいかれましたねぇ(笑)

同じネタで書くというのは前のと被ってしまって非常に難しいというか面倒くさいんですが、それを跳ね除けてあっさりと書いてしまうとはさすがです。

みっしー良いキャラしてるなぁ……ていうか、眉に唾を塗るとかなんで知ってるんだろう(笑)

桃栗さん、素晴らしいSSをあありがとうございました〜。いや、本当に家宝にしますんで(笑)