ゆさゆさ。
「ねぇ」
ゆさゆさ。
「んー……?」
ゆさゆさ。
「あなた、起きて。」
ゆさゆさ。
「……んん……」
「はぁ、初っ端からこんなベタな展開はいやなんだけどねぇ」
ちゅ。
ガバァッ!!!!
星をください
「あらまぁ、理想的なリアクションね」
不意に柔らかいものを唇に感じ、俺は文字通り跳ね起きた。コイツの言う通り我ながらすごいリアクションだとは思う。だけど、今のは……もしかして……。
「おっ、おま、お前……今、何した?」
「何って、おはようの挨拶よ」
おはようの挨拶……唇にチラリと残るこの感触……。
「まさかお前……き、す……した?」
「ええ」
ははは……意外にも怒りは沸いてこなかった。ただ一刻も早くこの疫病神を追い出して、記憶の浄化を図らねばならないと改めて痛感するのみだった。
「…………」
ちょっと不思議な気分がするのは気のせいだろう。ていうか、気のせいに決まっている。顔が赤くなってることなんて絶対にないんだぞ。
「何してるの? 起きたならさっさと顔洗ってきなさいよ。もうご飯できるわよ。」
「あ、ああ……うん」
何と言うか……ものすごく今の状況に適応している自分が情けない。これでコイツを追い出すって想いまで消えたら本当に結婚すらしてしまいそうだ。そうなったら俺は片道15分の旅を経て、人生の墓場へ……。
「……間違いなく『BAD END』だな」
おっと、そんなことを考えていると朝から酷く落ちこんだ気分になってしまった。とりあえず早く顔を洗わないと遅刻しちまうな……あれ? って言うか、今何時なんだろう?
少しベッドの下気味に置いてある時計を手に取ってみる。
「6時……いや、5時40分……か」
道理で目覚ましが鳴らなかったわけだ。いつもの起床時間よりも1時間30分は早い。
「つくづく俺の生活をぶっ潰してくれるよ、本当にさ……」
そう言いながらも顔を洗いに行く僕は、弱虫だったんだよね。<森田童子
昨夜は結局俺が床に寝ることになった。同じベッドで寝るよりは100倍マシだっただろうから、それはまぁいい。相手は一応女だからな。ただ、俺の生活スタイルと言うか、一般常識と言うか……全く何も知らないってのは、かなりの迷惑だ。
「ふぅ、お望み通り顔を洗ってきたぞ。さて、何の用でこんな時間に……って」
俺が居間に戻ると、意外にもテーブルの上には見たことも無いようなご馳走が並んでいた。
「すごいでしょ? あたしが腕によりをかけて作ったんだからね」
「た、確かにすごい。それは認めよう」
だけど……。
「こ、これ二人で食べるのか?」
そう、問題は量だった。口で説明できるような量じゃない。簡単に例えるなら、馬五頭が必死になって食べるぐらい、と言ったら少しは想像できるだろうか。
「もちろんよ。あ、そこ踏まないでね」
「…………」
テーブルの周りには上に置けなかった料理がちりばめられている。どうやって食えってんだ、こんなもの。
「それにしても、なんて量だよ……あれ?」
「あら、どうかした?」
「それと、それと……お前、これまさか……?」
バタバタッ バンッ!!
嫌な予感がして、急いで冷蔵庫を開けると案の定そこには何もなかった。いや、ただ1つ納豆だけがポツンと置かれている。賞味期限切れの。
「やっぱりぃ!! 全部使ったのかっ!?」
「ええ、もちろん。」
こ、こいつ……人の食料を全部使い切っといて『当たり前じゃない、地球は自転してるのよ』とでも言わんばかりの口調でアッサリ吐き捨てやがった。コイツが地球が自転していることを知ってるかどうかなんてわからんが。
「お、お前……これから給料日までどうやって暮らせって言うんだ……?」
自慢じゃないが、俺の財布の残金は小学生の一ヶ月分の小遣いぐらいしかないんだぞ。
「お金ぐらいでケチケチしないの。あたしは王女よ? お金ぐらい、いーっくらでもあるわよ」
「だ、だけどなぁ……」
それじゃどっちが居候かわからないし、女に食費を出させるってのはなんとも情けない話だ。
「ただまぁ、どうやったらこの星の通貨に換金できるのか、というのが一番の問題よね」
なんてことを言おうとしたが、そんなこと考える必要もなかったようだ。今すぐ追い出そう。
「お前、やっぱり出てけ。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ、約束が違うじゃない!?」
「こんな嫌がらせされて笑って済ませるほど、俺は人間できてないんだよ」
「何が嫌がらせよ、男だったらこれぐらい食べるでしょ? ほら、育ち盛りなんだし?」
食えるか。
「ほう、じゃあお前の星のヤツらはこれぐらい食うんだな?」
「そりゃもう、余裕で」
「嘘つけ、出てけっ!!」
「本当よ、本当っ。本当だってば」
意外にも真剣な顔で否定している。まあ星が違うのだから、その可能性も否定はできないが……しかし、こんな量を食うなんてなぁ……体の構造自体が違うのだろうか。
「もしかして、お前らの星の男って人間の男と全然違うのか?」
「え? うーん、そうねぇ? ほとんどかわらないけど……」
そうか、安心した。めちゃくちゃ変な人種だったら俺がそんなのと同じ扱いってことになってしまうからな。
「あ、でも身長は3・4メートルぐらいはあるんじゃないかしら」
「…………」
と言うことで、コイツに悪気がないことはわかった。まあ、俺がコイツの星に行くことは万が一にもなくなったし、結婚する可能性も完璧にゼロになったが。
「じゃあ、俺は学校行くからな。大人しくしとけよ」
「え? 学校?」
あの後、必死で食ってなんとか10分の1程度は食うことができたようだ。残りは冷蔵庫にギリギリまで詰めこんだから、何日かは食って行けるだろう。
そこで気がつくと、ちょうど俺がいつも学校に行くぐらいの時間になっていた。あれだけ食事に時間をかけたのは始めてたぞ、まったく。
「そ、学校だよ。学校。お前らの星にはないのか?」
「え、そりゃあ、あるけど。あなた博士にでもなるつもりなの?」
だから、何でいきなりそんなとこまで話が飛ぶんだよ。
「ならねぇけど、学校は行かなきゃいけないの」
「ふーん、おかしな人ねぇ」
「この星じゃそれが普通なんだよ。じゃあな、絶対大人しくしとけよっ? 外に出るなよっ?」
バタンッ。
「学校ねぇ……ふふっ」
この時、コイツの顔を見ていれば、俺は絶対に縄でしばってでも部屋から一歩も出さなかっただろう。
「ふー、やっとあの疫病神から開放された気分だぜ」
いつもの通学路。それさえも今は清々しい。こんなにいい気分で学校に向かうなんて、本当に久しぶりだろうなぁ。周りの他人ですら心優しい友人に見えるようだ。
お、そんなこと思ってると、前方に友人発見。
「おーい、水瀬ー!」
「あ、北川君おはよう。」
そう言って振りかえったのは水瀬名雪。同じクラスの友達で、いつもぼーっとしてるように見えるが実は運動神経はかなりのものだ。もちろん、男共の人気もすこぶるいい。
いつもは遅刻ギリギリに来るのが多いみたいだけど、今日はめずらしく早いようだな。
「なんだ、今日は早いじゃないか」
「わたしだって早起きぐらいするよ?」
「ははは、そりゃそうだ。俺もこんな時間に来るのはめずらしいしな」
「うん、あのね……?」
「ん、なんだ?」
水瀬が不思議そうに俺を見ている。俺の顔に何か……なんて、ベタな展開はないだろうけど。
「後ろの人、北川君の知り合い?」
「へ?」
「はじめまして、うちのダン――」
ガバッ!!!
ズリズリ……。
「ははは、水瀬、先行っといてくれ。俺はこのバカに用があるから」
そう言いながら、俺は人気のない所に『コレ』を引きずって行く。
「むー!! むー!!」
「え、うん、いいの? その……」
「むー!! むー!!」
「あー、いいからいいから。んじゃ、また後でな」
「う、うん。」
ちょっと戸惑った顔をしながら、水瀬が教室に歩いていった。周りを見まわしたが、他に知り合いもいないようだ。ふー、もういいだろ。俺は今まで口を塞いでた手を離してやった。
「おい、お前何してんだっ!?」
「ぷはっ、何って……そっちこそいきなりひどいわね」
「お前、ここは学校だぞっ!? 部外者は立ち入り禁止だっ!!!」
「部外者じゃないわよ、あなたの婚約者でしょ」
このバカは……日本国の常識ってものを少しは理解しようとは思わないのだろうか。制服の中に私服でそれだけでも目立つというのに、こんな発言を所構わずするのだ。
「いいか、俺の話をよく聞けよ? お前の選択肢は次の2つだ。今すぐ部屋に戻って黙って俺が帰るまで待つか、15分かけて星まで帰って俺のことを忘れるかだっ!!」
「ちょっとした茶目っ気だったのに……」
「茶目っ気ですむかっ!! いいから早く帰れ、わかったな!?」
ちょっときつい言い方かも知れないが、はっきり言って学校に来られて「婚約者ですの、おほほ」なんて言われたら俺の人生の全てが土に還ることになる。それだけは絶対に何があっても避けなければ。
「……わかったわよ」
アイツはそう言うと、遊びの誘いを断わられた子供のようにとぼとぼと校門の方へ歩いていった。相変わらず目立ってはいるが、ともかくは最大の危機を免れたようだ。
「っと、やばい、もうこんな時間じゃないかっ!!」
周りの生徒の数が減ったと思ったら、もうHR開始ギリギリの時間だ。あれだけ早起きさせられて遅刻なんてたまったもんじゃないぞ。
ガラガラーッ。
「おう、北川」
「おっす、斎藤」
教室のドアを開けると、すぐ傍に斎藤が立っていた。コイツは俺の悪友で、よく一緒にバカやったりして遊んでいる。コイツの他にもう一人仲のいいヤツがいるが、そいつは違うクラスだ。
「……なあ、北川?」
「ん、なんだよ」
「後ろの――」
ガバッ!!!
ズリズリ……。
「ははは、ちょっと待っててくれよ」
「むー!! むー!!」
「ってお前、もう石橋来るぞっ?」
「げっ……だー、すぐ終わる!!」
そう言って俺は未だに暴れる『コレ』を教室の外に連れ出した。
廊下にはまだ石橋の姿は見えないし、他のクラスの担任の姿も見えない。会議か何かが長引いてるのだろうか。上手くいけばまだ誰にも見つからないで済むかも知れない。
「ぷはっ、いきなり――」
「早く帰れっ!!!!!」
一瞬、自分の声の大きさにドキリとしたが、コイツはにはこれぐらいで丁度いいだろう。さっきの俺はまだ甘かったのだ。
「わ、そんな大きな声で叫ばなくてもいいじゃないの」
「いいか、本当に追い出すぞ。それが嫌なら帰って寝ろ!!!」
「う、わかったわよ……」
「三回目はないぞっ!? わかったなっ!?」
「はいはい、わかったって言ってるでしょ!」
アイツは、そう言って小走りに消えていった。なんだよ、逆ギレかよ。とも思ったが、とりあえずは帰らせることが出来たので良しとしよう。
それにしても疲れた……。
俺が教室に戻ると、斎藤が何があったのか、あれは誰なのか、などと聞いてきたが俺は適当に誤魔化して自分の席に着くと、すぐ寝る格好をした。
今日はもうずっと寝ててやる。
「……と言うことで……なった……だ」
「やったーーっ!!」
「よっしゃーーーっ!!!」
「よろしくーーーーっ!!!!」
「なんだよ、うるさいな……」
俺が浅い眠りに入ろうかという時に、クラスが一気に騒ぎ出した。なんだ、一時間目が自習にでもなったのか?
どっちみち寝る俺には関係ないが、このうるささは逆に眠りの妨げになる。いっそのこと今日は授業を抜け出して屋上でずっと寝ててやろうか。そんなことすら思った。
「じゃあ、席は……ん、北川の後ろがあいてるな」
「わかりましたっ」
「へ? な、なんだっ?」
話を全然聞いてなかった俺は何が起きてるのか全くわからなかった。俺の後ろ席?? 一時間目が自習とかじゃなかったのか??
「ちょっ、せん――」
俺は石橋に何を言ってるのか聞くために、席を立とうとすると。
「よろしくね、北川君」
「お、おま……え? なんで……?」
そこに立っていたのは美坂香里、俺の家に隕石型の宇宙船で文字通り突っ込んできたあの美坂香里だった。
「あら、今日転校してきたのよ? 話、聞いてなかったの?」
くすくす、と擬音されるような笑みを浮かべるこの女。周りのヤツからは天使の笑みにすら見えるかも知れないが、俺にはもちろん、悪魔の微笑にしか見えない。
「ははは、そうなのか。俺も転校しようかなぁ……」
とっさに浮かんだジョークに笑う者は誰もいなかった。俺を含めて。