うーん、天気のいい日だ。

 空は青いし、海も青い。雲は白いし、風も白い。愛は尊いし、この瞬間も尊い。

 窓から外を見ると、2匹の猫が並んで歩いている。学校内に動物が来るのはそんなに珍しくはなかったが、その2匹の仲の良さがどこか微笑ましかったので少しの間見ていた。恐らくは親子なんだろう。

 あの親猫の後ろには、あんなに尊い子猫がいる。素晴らしいことだ。

 ……それに比べて。

 チラッ。

 にこにこ。

「はぁ……」

 俺の後ろにはこんな大きな疫病神がいる。肩の辺りが少し重く感じるのは……錯覚だと信じたい。

「俺、なんか神様に恨まれるようなことしたかなぁ……」

 彼女、美坂香里が後ろに居座ったまま一時間目が終わろうとしていた。
 
 

星をください






 HRが終わってすぐに一時間目の教師が入って来てしまったので、俺はとりあえず黙ってこの授業を受けることにした。一時間目は古典の時間だ。本当はぐっすりと寝れる絶好の授業だったのに、後ろのヤツのせいでおちおち寝てもいられない。

 で、ソイツといえば。

「ねぇ、水瀬さんの髪、すごく綺麗ね?」

「え、そんなことないよ〜。美坂さんの髪の方がすごく綺麗だよ」

「あら? そう言ってくれると嬉しいわ。自分でも気に入ってるの」

「うん、すごく綺麗な黒髪……」

「でも水瀬さんみたいな色にも憧れるのよねぇ」

「えへへ……そうかな?」

 と、こっちの気苦労はなんのそので、なぜか水瀬と仲良くなっていた。

 前でおじゃるだかなんだか言ってる老教師は、生徒が何してようが全く気にしないので有名だ。よってその二人の会話を咎める人間はこの教室には誰もいなかった。

 まぁ俺にもやっと聞こえるような小さな声なので、周りの人間には聞こえていないのかも知れない。口の動きを見て、内容を読もうとするしている水瀬ファンもいるようだが。

 しかし、やはり俺としては気が気で無かった。

(ったく、変なことを口走るんじゃないぞ……?)

 いつ後ろの非常識人が水瀬に俺達の関係を悟られるようなことを言うかわからない。それを全力で阻止しなければならない俺は、そのまま結局ずっと後ろの会話を気にするはめになった。
 
 
 
 
 
 

「じゃあ、今日の授業はここまでにします」

 次々に「ぱたんっ」と教科書を閉じる音が、教室を満たしていく。時計を見ると時間ピッタリ。いつも通りの時間に無事に授業は終了した。そろそろチャイムが鳴るだろう。

 とりあえず1つ目を乗り切る事はできた。後ろを見るとまだアイツは水瀬と話している。水瀬は誰にでも愛想よく話すからなあ。

 とは言え、話を聞くチャンスは今しかない。

「おい……美坂香里。話がある」

 よし、完璧。

 これは誰が聞いても『転校してきたヤツが気にいらないからしめる時の不良の声』だ。周りのヤツも完全に俺がコイツにいちゃもんをつける気だと思っただろう。

「あらぁ、アナタ。そんなよそよそしくしないでいいのにっ♪」

 ……この御方はなぜ僕の努力をそれはもう、アッサリと踏み潰してしまうのでしょうか。

「……あなた?」

「なんだ、北川、美坂さんと知り合いだったのか?」

 う。

「おいおい、俺にも紹介してくれよー!!」

 うー……。

「えー、北川くんっ、本当に本当に??」

 うーーーーっ!

「ちっくしょーっ、二人はもうでき――ぶへはべったっ!!」

 どんがらがっしゃーん。

「違う違う違うちがーーーーうっ!!! 俺は普通なんだーーーっ!!! こんな非常識人間の塊の根源の見本の権化の……とにかく違ーーーーーうっ!!!!」

 うがうがうがーっ!

「どわぁっ、山崎ぃっ!? 北川が壊れたぞーっ!! みんな逃げろーっ!!」

「避難警報発令だっ!! 斉藤博士を呼べーっ!!」

「隊長、斉藤博士は1時間目からサボリでございますっ!!」

「何ぃーーっ!? 博士以外に怪獣北川を止めれる者はいないんだぞっ!?」

「隊長っ!! 地球はどうなってしまうのでしょうかっ!?」

 友人1人が頭から掃除用具箱の中に吹っ飛んだというのにこのノリとは……なかなかすごいクラスだ。まぁ、俺が言えた台詞じゃないけど。おっと、感心してる場合じゃなかったな。

 ガシッ。

「え? ちょ、ちょっと?」

 ドタドタドタッ!!

 ガラガラーッ、バタンッ!!
 
 俺は周りの混乱に乗じ、戸惑う美坂を引っ張って教室から逃げ出すことに成功した。

「隊長っ!! 怪獣北川は我々の底力を恐れ、逃亡した模様ですっ!!」

「ふぅ、悪は去ったか」

「やはり最後に正義は勝つんですねっ!! ばんざーいっ、ばんざーいっ!!」

「……ていうか、誰か山崎くん助けてあげようよ」

 心優しい少女、水瀬名雪の声に反応を示したのはその山崎本人だけであったという。
 
 
 
 
 

 高校の休憩時間の廊下はいつも多くの生徒で溢れている。もちろんこの学校も例に漏れることなくにぎやかで、俺を少しいらつかせた。にぎやかなのは嫌いじゃないが、今の俺はそんな気分ではなかった。

 美坂は教室の中より少し寒いせいか、それとも俺に対する後ろめたさか、少し体を小さく丸めているようだ。こうして見ると、コイツもそんなに悪くはないのにな。

「で、どういう事だ?」

 だけど、それとこれとは話が別だ。俺はさっきよりもやや低い声でたずねた。

「えーと、転校してきました美坂香里ですっ♪」

 そう言ってぺこりとお辞儀をしてきた。相変わらず人の神経を逆撫でするのが上手いよなぁなどと、つい感心してしまった。恐らく本人にはその気がないのだろう。それがまた怖い所だ。

「よーし、ぶん殴るぞー?」

 あまりにもお約束な問答に、一瞬本当に軽く手が出そうになった。もちろん女を殴る趣味などないのだが。

「一番最初に追い返された時、校門で女の人にあったの」

「はぁ? なんだいきなり? それがお前の転校と関係あるんだよ」

「最後まで聞きなさいってばぁ」

「はいはい、わかったよ。一応言ってみな」
 
 

 回想シーン突入。
 
 

「はぁ……あんな言い方しなくてもいいのに……」

「どうしたんですか?」

「え? えーと、あなたは?」

「私はここの校長ですけど」

「未来のダンナ様と同じ学校に通いたいのに、運命が許してくれないのです、よよよ」

「了承」
 
 

 回想シーン終了。
 
 

「まあ、簡単に言えばこんな感じね」

「おーまーえーはーなーっ……」

 うにーっ。

「うーっ、いらいっ。いらいっればぁ」

 美坂香里の非常識っぷりに、いい加減に北川潤の堪忍袋の尾が切れた。ついに出たぞ、嘘つきは許さない、僕らの味方『秘技・ほっぺたうにうに』だ。

「ほーらほら、今正直に言えば自宅強制送還で許してやるぞー? どんな技を使ったんだー?」

「うー、らからそーじきにいっれるっればぁっ」

「まーだ言うかっ、このこのっ」

 びろーん。

「いーらーいーっ」

 ばたばたっ。

「…………」

 む、コイツのリアクションを見てるとなんだか楽しくなってきたな。

「うりうり」

 むにー、むにむに。

「うーいー……」

 むにむに。

「ほれほれ」

 むにー、むにー。

「……むーっ……」

 ヒュイーンッ。

「へ?」

 ズガガガガガガガガガガガガーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

「どわーーーーっ!!???」

 調子に乗りすぎました。いきなり美坂さんの右手が青く光ったかと思うと、バスケットボール大の光球が3つか4つぐらい僕の体を掠める程の距離を校舎の破片を巻きこみながら物凄い速度で飛んでいったんです。

 その瞬間、とてもいやーな汗が頬をつたっていくのがわかりました。未だかつて感じたことのない威圧感を感じ、僕は無意識に背中を伸ばし、愛想笑いを浮かべてしまっていたんです。

「もう、やんちゃなんだからダーリンはぁ♪」

「は、はは……はい、いや、うん、そうだな、ちょっとやんちゃが過ぎたなぁ」

「ふふふ」

「は、はははー……」

 周りは突然の校舎崩壊に喚き叫んでるいたが、ここだけは天気の良い日にピクニックに来た仲良し夫婦のようにも見えることだろう。うん、それぞれの思惑はともかくとして。

「さ、教室に戻りましょうか?」

「……はーい」

 こうして、美坂香里転校の経緯は永遠に闇の中へと葬り去られたのだった。
 
 
 
 
 

 カリカリカリ……。

「……で、あるからして……」

 その後、奇跡的に怪我人が1人も出なかったため(美坂曰く、生物には影響を与えないようにカスタマイズしていたらしいが)授業は通常通り行われることとなった。ていうか『突然の落石による校舎の崩壊です』で納得する生徒達もどうかと思うんだけど。

 だが、そのお陰で俺と美坂の仲を勘繰る人間の数が減ったようで、不幸中の幸いだとか災い転じて福となるだとかいう類いの言葉も浮かんできたが……よく考えると犯人は俺の後ろに座ってるコイツのせいなので、それは根本から間違ってる気がする。

「はぁ……」

 そんなことを考えてると、そこはかとなくブルーになっていくのを感じた。これから自分はどうなるんだろう。認めたくはないが転校の手続きまで終わっているということは、少なくともまだ俺の開放される時は遠そうだ。

「はぁ……」

「じゃあ、ここをまとめてもらおうか……北川潤」

「へ?」

 ……やばい、全然聞いてなかった。しかも2時間目は鬼教師と呼ばれている現国の山下だった……う、これは結構ピンチかも。

 ガタ、ガタッ。

「あ、はい。え、えーと……えーと……」

「なんだ? 北川、わからないのか?」

「え? いや、えーと、ちょっと待ってください」

 くっそー、最悪だ。全然わかんねぇ。ていうか、どこのことを言ってるのかもわかんねぇ……。周りを見渡しても、誰も助けてはくれそうになかった。頼みの綱にもならないが、もちろん水瀬名雪は寝ていた。

「なんだ? ここは前の時間に一度まとめたところだろう。全くお前はいつもいつも――」

 うっ、やばい。山下の説教スイッチが入っ――
 
 バンッッ!!!!

「どわぁっ!?」

 もんんんのすごい嫌な予感が……と思って後ろをチラリと振り返ると、予想通り美坂香里が机に両手をつきながら立ち上がっていた。しかも、両目に涙をいっぱい溜めながら。

 ま、まさかまた――

「先生申し訳ございませんっ!!」

「な、なんだ? お前は今日転校してきた……美坂か。どうしたいきなり?」

「ダンナの不祥事はあたしの不祥事と同じですっ!! 真に申し訳ございません!!」

「だ、だんなぁ……?」

「ばっ、ばかっ!! お、お前っ、何言って――」

 コイツ、何を言いやがるんだっ!! しかも授業中にぃっ!!

 俺はとりあえずこの馬鹿を止めるためにまた教室の外に連れだそうかと考えたが、さすがに授業中に教師の前で教室から抜け出すというのは無理な話だった。

「え、美坂さん何言ってるの?」

「ダンナって北川くんのことでしょ?」

「え? やっぱり北川と美坂さんって……」

「ぐはっ」
 
 さ、最悪だ。俺が何かの動作の入る前に、すでにクラスメイト達は口々に好き勝手想像しだした。こうなったらもはや誰にも止められない。

 折角さっきの出来事のお陰でみんな忘れかけてたはずなのに……いきなりこんな大きな声で公言するという暴挙に出るとはこの馬鹿……。

「えー、北川くんってば手早いねー」

「へー、北川ってそういうヤツだったんだ」

 ……俺のパブリックイメージが……がらがらと音を立てて崩壊していく……。

「北川潤は今ここで死んだ……」

 そう呟いて俺はガクリと椅子に身を委ねた。そしてこの瞬間、俺の心のどこかにあるレバーが『現実逃避モード』にチェンジされた。

「ちょ、うるさいぞっ、お前ら静かにせんかっ!」

「という訳で、不肖の身ながらあたし美坂香里がダンナの北川潤に代わってまとめさせて頂きますので」

「は? な、何を言って――」

「無限の奥行きと多様性を見せる人間の意識の対象世界に対して、言語の世界は有限性によって特徴づけられる。言葉の数は有限であるし、一度に発話される文の長さも有限である。言葉の数の有限性は第一に、一つ一つの言葉の意味内容に広がりをもたせ、第二に、意味の多義性を引き起こすことになる。語られるべき世界の事柄は連続的に連なっているのに言葉の数は有限である。このことから、必然的に一つ一つの言葉は、広がりをもった領域を持たざるを得なくなる。言葉のこの性格に対して、多義性は副次的なものである。なぜならば、一つ一つの言葉が仮に数個の意味を持ったにせよ、言葉の総数が高々数倍になる効果を生み出すだけで、このことは連続世界の多様性を前にしてほとんど無力だからである、以上」
 

 しーん。
 

「み、見事だ……素晴らしい」

「おおっ!! あの山下先生が生徒を誉めるなんてっ……」

「愛よっ、愛の力なのよっ!! きゃーっ、すってきー!」

「すげぇ、これが愛の力なんだっ!!」

「北川のばっかやろーっ!! 美坂さんを泣かせるんじゃねーぞっ!!」

「おめでとう、二人ともっ! 結婚式には呼んでねーーっ!」

 俺が窓の外を見ながら現実逃避を嗜んでいると、教室の雰囲気が一変し、そんな叫びが次々と教室中に響いていった。だが、もはや俺には関係のないことだ。

 あはは、良い天気だなぁ。あ、さっきの猫が仲良く日向ぼっこしてるぞ。気持ち良さそうだなぁ。

「ありがとう、ありがとうみんなぁーーっ!!」

「よーしっ、今日は二人の愛を祝福して自習だーっ!」

「わーっ、先生さっすがーっ!!」

 お、あんな所に鳥の群れが……鳥は良いなぁ、大空を自由に飛べて。気持ち良いだろうなぁ。俺もここから飛び降りてみようか、あははー、空もー飛べーるはずー。

「よーしっ、今日は無礼講だーっ!」

「誰かーっ、酒持ってこーいっ!! 今日は宴会だぞーっ!!」

「2年3組ばんざーいっ!!」

 ぱちぱちぱちぱちぃっ……。

「ありがとう! 本当にありがとうみんなっ! あたし達、幸せになりますっ!!」
 
 

 夏から秋に移り変わりつつある……ひどく天気の良い1日のことだった。
 
 
 



二度目の改訂。

最終回じゃないですよ(笑)