信頼


モラビア城にマッシュが偽りの囚われの身になっていくという日の前夜、シキはグリヒィスの部下の一人を世話係にした。
その意図は明白だった。

◇◆◇

「わざと、ですよ。」
マッシュが囚われてモラビア城に行くとき唐突にマッシュはグリヒィスに言った。
「なんのことだ?」
「シキ様のことです。シキ様はわざと上層部の人間に憎まれるように行動しておられるのです。」
グリフィスは言いたいことがたくさんあった。
しかし、少し考えて、言った言葉は彼の本当の望みの言葉ではなかった。

「どうして俺にそのことを?」

「なぜ、でしょうね。部下思いのあなたに知っていてほしかったのかもしれません。」
マッシュは苦笑していった。
グリフィスは呆けた。マッシュのこのような姿を見るとは思わなかったからである。

「ビクトールやルックなども気が付いているかもしれませんが。」

その後、もうそろそろ策に入らなくてはなりません、の言葉でその話は終わった。
グリフィスはただ圧倒されていた。マッシュの何も余計なことは言わせない、という雰囲気に。

◇◆◇

「死者には生を与え、聖者は見殺しにする。私より生と死を扱う、私より生と死を扱うという点で死神に近いじゃないか。」
暗い暗い響きだった。
それを聞いたのは偶然だった。
そして、それは軍主の声、だった。
彼も平気ではない、ということはわかったが、それよりもその言葉の暗さが恐ろしく、グリフィスは立ち去った。

そこから立ち去り、後で考えてみると気配にさとい軍主がグリフィスの気配に気が付かないほど思いつめていた、ということだった。

◇◆◇

それはグリフィスがシキを呼びに来たときのことだった。
「これをロッカクの里の復興に。」
そう言ってシキは2つの指輪を渡していた。それはどう見ても結婚指輪だった。
「おい、軍主さん、広間にみんな集まったぜ。」
「分かった、今行く。」
シキはいつもの通りの硬質な声で言った。
マッシュからあのことを聞いた後、グリフィスは何度もシキに話しかけようとした。しかしシキはあくまでも馴れ合うつもりはない、という態度だった。

◇◆◇

そして、広間では奇跡が起こった。シキは喜んでいるようだったがマッシュやグリフィスはそうは見えなかった。

「坊ちゃん、そう言えばいつも胸にぶら下げていたお母様の結婚指輪はどうされたのですか?」
それは、決議が終わってその後残った主要メンバーたちだけが残っているときグレミオがシキに向かって言った言葉だった。
「紐が切れたみたいでね、なくしちゃったんだよ。」
それにグリフィスは違和感を感じた。あの指輪ではないのかと。

その後すぐ、グリフィスはマッシュに呼ばれた。

「独り言だと思って聞いてください。あの方は、この国の平和を手に入れるため、すべてをなくされる決心をしたのですね。あの指輪を手放すことで。グレミオ殿が戻ってきたことは結果的によかった。なくされたもの、だとはいえ、大切なものには変わりないでしょうから。」
グリフィスは黙って聞いていた。以前の独り言を言いたい衝動に駆られたが、それを言えばマッシュの心に禍根を残すだろうと思って口を挟まなかった。

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