麻雀は運の勝負

 以前「麻雀とは何か?」というのを真剣に考えたことがありました。しかしその答えは今でも見つかっていません。

 将棋や囲碁というテーブルゲームの王道と比べたこともありました。しかしその2つとは根本的な違いがあり、それゆえに世間に認知されていないのだと理解できました。
 根本的な違いとは、すべての駒が最初から見えている将棋、白黒の碁石しかない囲碁と、最初は自分の手牌の13、14枚とドラ表示牌しか見えていない麻雀との違い。これは完全実力世界の囲碁・将棋と運が多分に作用する麻雀との決定的な違いであります。
 1対1の将棋・囲碁における運は対局者のミスがなければありえませんが、4人いる麻雀は人より知識があっても手作りがうまくても、配牌・ツモ・他家の鳴き等によって目まぐるしく状況が変化するため、運がものすごく左右されるという結論が出ます。それゆえに勝ち続けることが難しいのです。

 では運が良いものだけが勝ち続けられるのが麻雀かということになりますが、否定も肯定もできます。運は平等ではないので、強運の持ち主が麻雀等のあらゆる勝負事に強いのは言うまでもありません。運があって勝てないものは、その運を使い切れていない、換言すればそれを活かす知識・技術が伴わないから勝つことができないからです。
 逆にいえば運のないものが勝負に勝つには、運を招くということよりも、知識・技術を磨いて強運の持ち主のミスをひたすら待ち続けなければなりません。

 「勝負は時の運」というのはよく聞く言葉ですが、この「時」という字は、時間を意味しているのではなく、自分以外の人という意味合いが強いと思っています。
 パチンコ・パチスロを例に挙げれば、たまたま空いていた台に座ったら異常に出ることもよくあることですが、その出る台が朝一から行く強者に取られていたとしたらどうなるでしょうか。もちろん自分は出ないであろう台に座って勝負するか、その日は諦めて帰るしかありません。そして毎日朝から行く人がたまたまいい台に座っていなく、自分がふらっと行ったときに空いている台に座って運良く出たとしたら、それは自分の運ではなく他人のミスによって生じた偶然にすぎないことになります。
 このいつやってくるかわからない「偶然」を見失わなければ麻雀でも勝つことが多くなってくると思います。しかしそれを見極める方法は難しく、結局は自分の雀力と他人の雀力の差ですべてが決まってしまいます。運も雀力もある人には雀力だけあっても勝つことはできないと断言できます。

 テレビで芸能人が麻雀をする「割れ目でポン」というのがありますが、あれを見たら運やミスというのがよくわかります。ハッキリ言って芸能人の打ち方はミスだらけで何の参考にもなりません。しかし芸能界という厳しい世界で地位を維持する運と実力を兼ね備えているからこそ、麻雀でも同様に相手のミスによって勝つことができるのです。プロ雀士と芸能人が戦って芸能人が勝つのはまさにそれであると言えます。

 プロ雀士の戦いをいくつかの牌譜を通じて見たことがありますが、さすがにプロと名乗るだけあって要所要所でいい場面があります。同じ牌を駆使してこうも違うのかという場面も見ました。
 それは、例えば同じ場所を素人とプロが写真をとった場合に全く違って見えるのと同じで、同じリーチ・ピンフのみでも作りが全く違うのです。それが素人とプロとの雀力の違いであり、それに運が加味されて初めて互角に戦えることになります。

 麻雀の勝敗は流れや雀力がすべてと思っている人は否定したいでしょうが、麻雀は運の勝負ということをまず認識しなければなりません。しかし雀力あっての運の勝負ということです。ということは雀力を上げる努力は無駄にはならないということになります。
 雀力を上げても勝てないとしたら、相手の運と雀力が上か、自分との相性が悪いと思って気持ちを切り替えるしかありません。

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