第1句 アイを歌う少女と共に


翼を生やした少女は今だに夢の中。

少女は彼女を追いかける。どこにも行かないあの子を探しに。


〜天津に捧げる汝の歌 それは今の時だけに〜


翼を生やさぬ少女も夢の中にいた。

少女は固く決意する。もう、泣くのは止めようと。

そして一緒に求めよう。幸せな笑顔をいっぱい・・・いっぱい・・・

笑顔で幸せを呼ぶのではない。幸せで笑顔をつくるんだ、と。


〜青く広がる海のように 雲は浮かび大地は見上げる〜


翼を持たぬ少女は空を浮かんでいた。まるで自分が空気の様に。

風に乗って空を飛ぶ、不思議な気持ちを抱き、空を見渡す。

そこは青、白、茶、緑・・・4色のパレットで描かれた世界はまるで自然を写したように。

青・・・海は透き通るほどで、空はどこまでも。吸い込まれるほどどこまでも底がない。

白・・・美味しそうに浮かぶは綿のような雲。まとまる気配はなく、雨雲が存在しない。

茶・・・緑も鳥も全てを包み込む偉大なる大地。大きな父は暖かく、どこにも行かない。

緑・・・父の心を受け継ぐ逞しき息子。羽を休める鳥達は、二人がつくる偉大さを知る。

人が創らない海、空、雲、土、森・・・全てが潤い、命を紡ぐ。支えあう力がそこにあった。


〜鳴り止まぬ風の音 嵐は来ずにそよ風は吹く〜


風は絶え間無く吹いていた。

耳から伝わる風の音。それは優しく流れる少女の吐息。

風の流れは緑を優しく撫でて潤いの歌を作り、世界を駆ける鳥に道無き道を静かに教え、希望を優しく伝えた。

少女もこの風の中にいる。空を纏い、大地に教えを抱き、風に乗り、どこまでも・・・


〜空に舞うは羽ばたく鳥 鳥しか知らない詩を歌う〜


空には鳥が舞う。そこは、自由の世界。束縛もなく、ただ使命だけが満ちている。

遠い大地へと旅立つものや我が家を作ろうとするもの。

空は鳥が支配した。だが、名を挙げることのない鳥達は、自分の世界を創るだけ。

少女の横を鳥が横切っていく。表情のない鳥なのだが、少女はその鳥を見てにははと笑う。


〜世界を歌うは翼の少女 だが哀しかしらずに生きていた〜


時折聞こえた少女の泣き声、あの声は忘れようとしても忘れられない。

夢で会える翼の少女。空の上にいながらも泣く事しか許されない。

少女は何をすればわからない。訴えているだけしかない少女に対して。


〜哀しい詩はあなただけ 哀しい時はあなただけ〜


だから、少女は合いたい。自分と同じ、少女の元へ。

同じ人がいれば、その人と友達になれる。そう彼女は信じている。


〜だから私は翔け巡る 空と大地と海を越え〜


少女は合える事を信じていた。自分も空を飛んでいるのだから。

幾多の大地を越え、広い大海原を渡り、果てしない大空を駆けて。

少女は一つの世界にたどりつく。



辿り着いた所は森。森の前で少女は降り立った。

そこは自由から離れた世界。動物も、鳥も、魚も、昆虫の鼓動すら聞こえない。

それは、世界を拒絶、ではなく世界が拒絶するほど汚れていた。


「なんだか、薄気味悪い・・・」


どうやら木々に覆い尽くされ、光でさえもも入りにくくなっているのだろう。


「だけど、会いに行かなくちゃ。あの子が待っているから」


少女は拳を頭の所まで上げ、


「観鈴ちん、ふぁいと!」


少女‐観鈴は声と共に拳を高らかに空に向かい上げる。


「ふぁいと、おー」


少女に宿る、小さな勇気を振り絞り、観鈴は森の奥へと踏み入れた。

だが、そこに広がる光景は、まるで絵に描いたような地獄絵図であった。

所々に赤に染まった大木や草木があり、その場所の近くには人の形のしたものがごろごろと転がっている。

これ以上例えるとなると・・・普通ならあまりにもの衝撃で失神する。それしか言えない。

それでも観鈴は歩んでいった。


「うえをむぅーいて、あーるこおぉよ」


SUKI○AKIを口にして、勇気に元気を与える。

前を見ないものだから木に引っかかったり死体を踏んだりするが、それでも正気を保っている。

死体には刀のような物や鎧やらがつけられていて、昔にいた侍というのを連想させる。

ほかにも術士のローブを思わせる布を着た者のいる。白骨化した者とかもいる。


まるで非現実的な出来事がおきそうな予感。そんな事がありえない事でも、やはり怖い。心細く願う。

まだ暗闇は続く。そこにもかと死体は散らばっていて。

とても一人で生きてられない。ここにいるのでさえ嫌になってくる。

それも、少女に出会うまでの事である。二人なら平気だから。


ふと、足を止めた。何かを感じた観鈴はあたりを見回した。


「・・・・ウヤ・・・・ュウ・・・」


突然、耳に入る微かな音。緊張するのか、身体がこわばる。


「・・・リュ・ヤ・・・リュウ・・・」


徐々に明確になる声。迷いも無く、観鈴はその声の聞こえる所へと走った。

すでに怯える心はなく‐あの子に会える‐希望が生め尽くされた。

草の音を踏み鳴らし、奥へと進む。

とたん、光が入ってくる。眩しい光に眼をくらませる。

だんだん慣れてくる瞳に入りこんだのは、息が止まるほどのものであった。

森の中心部だろうか?

とにかく、そこだけに草原という空間があり、太陽の日が差しこんでいる。

その光ある大地の中心で、翼を生やした少女は旋律を歌っていた。


「リュウヤ・・・リュウヤ・・・」


渇いた響きが奏でる。すでに声は枯れはて、それでも彼女は旋律を繰り返していた

観鈴は声をかけようと一歩踏み出す。ふと、足に何かの感触が・・・気づいたときにはもう遅い。

ペキッと、音が響く。足元を見てみると、小枝を踏んだ事に気づく。

案の定、少女は旋律を止め、ゆっくりとこちらに姿を向ける。

どうしようか・・・観鈴は笑みを浮かべながらも困った顔をした。


少女は・・・やはり少女であった。背が小さく、童顔、そして幼い体つき。だけど、人とは違う、翼があった。

少女は生きてない曇った瞳でこちらを見、枯れた声で話しかけた。


「・・・だれじゃ?」


その声は少女。だが、深く重みのある一声。それは気高き心か、それしか知らぬのか・・・

観鈴も負けずに、一呼吸置いて、口を開く。元気を出さずに優しく。


「私は神尾観鈴。観鈴って呼んで」

「神尾・・・観鈴・・・」


壊れたゼンマイ仕掛けの様に、その名を刻むために口に出す。

少女も、心無き言葉で自分を出す。


「余は神奈備乃命・・・」

「かんなびの・・・みこと?」

変わった名前・・・観鈴の第一印象はそれであった。だが、心で連呼していくうちに現代の人ではないと気づく。

いつも真面目に授業を受けていないせいか、そのような歴史の人物がいたのか、思い当たる節がない。そもそも、いたのかさえ解らない。

清少納言や藤原道長など、教科書によく乗っている、すごい人物ならわかるのだが・・・

と、一つ気づく。


(どこが苗字でどこが名前なんだろう?)


少し考える時間をつくる。別に頭が悪い訳ではないが、結局呼び名が思いつかない。

ここは勇気を出して言ってみる事にした。


「・・・命さんだね?」

「・・・神奈である」


が、あえなく失敗。観鈴ちんショック!

ちょっとがっかりしていると、神奈から聞いてきた。


「時に観鈴とやら、何用でここに来た?」


動じずに淡く話す。その一方の観鈴は、突然の問いに慌てた様子である。

神奈・・・この時彼女は不思議な違和感を感じていた。それと同じく恐怖を抱いていた。

なぜ彼女はああいう事をしているのだろうか?と。

だが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

落ち着きを取り戻した観鈴。静かに深呼吸。一言一句、日本独特の発音をつくる。


「私は、あなたと友達になりに来たの」

「友・・・達・・・?」

「うん、友達だよ。一緒に遊んだり、笑ったりする」


少女は思う。そんな事は記憶に無いが、どこか温かみのある響き・・・

少女は確かに辛い思い出しかなかった。周りに同い年などいなかった。だから、友達になってもいいかもしれない。

だが、少女は首を横にふる。力なくとも、その意志は確実に。


「それはいかぬ・・・」

「どうして・・・なの?」

「余と共にいると、そなたに傷がついてしまう」


どう見ても心優しそうなんだけど・・・観鈴は首を傾げる。


「あなたはそんなに危ない人なの?」

「余は・・・化け物なのじゃ」


神奈は背中を向け、翼を見せた。

少女の背中には翼が生えていた。所々に羽がちぎれた痕やら醜くなっているが、汚れなく美しい。

この翼のどこが恐ろしいのだろうかと、観鈴は思った。

その疑問が表に出たのか、神奈は向き直り、彼女の背中について静かに語った。


「余は、人にはあるまじき翼を持っている」


冷たい響きで少女は語る。


「人にあるまじき者は物の怪。余は常任をはるかに超えた力を持つ」


だが、少しずつ、声が曇る。


「そして余は、人を殺めた。助ける為に・・・そのはずなのに・・・」


少女の瞳から、一筋の涙が流れ出た。

少々堅苦しい所もあるが、すでに言葉には語り部など無い。それは全て少女の、心からの告白。


「余は、殺生はするなと、とあるものに命じた。だが、誰もが刀を持って余を殺めようと襲いかかる。この背中にある、翼のせいじゃ。

だから余も、余の付き人も危険な目にあった。

そして、もう終わりかと思ったが、余が犠牲になろうと、力を使った。

皆を助けようと、全ては余がこの世にいるのだから・・・

だが、力は強大であった。木の葉は塵となり、大木は無残に折られ、数多にいた兵は苦しみを上げて朽ちていった」


静かに震える身体を細い腕で抱きしめる。うつむく彼女は最後に。


「そして柳也も・・・」


葉がざわめく─今まで存在しなかった─風が、巻き起こる。

小さく、小さく・・・彼女は。


「化け物である余にそんな・・・」

「・・・できるよ」

少女が言い終える前に、神奈の声を遮るように大きめな声で、観鈴は小さく呟いた。

どこか怯える心を持ちながらも、神奈は恐る恐る顔を上げる。

手を胸に抑えながら、観鈴も。


「私もね、友達ができると思って嬉しくなると、耐えれないほど苦しくなるんだ。なんでかよくわからないけどね」


にはは、力なく笑う。


「そのあとはね、その友達が変に気を使っちゃって、それでまた気味がわられちゃうんだ。それでどんどん遠ざかって・・・」


観鈴は静かに歩む。恐怖も、立ち止まる事もなく。

そんな彼女をただ見ている少女は怯える事もなく。


「みんなから言えば、私も同じ化け物かもしれない」


観鈴は神奈を見つめる。言葉に願いを込めて。


「だけど・・・だから、同じ人どうしでも・・・そうじゃなくても・・・友達になれないかなって」

「そんな・・・余は人を殺す事も造作ではない。お主はただの病気の類いであろう。そんな余に馴れ合いなど・・・」

「だけど、一人よりは二人、二人よりみんな」


観鈴は手を差し出した。


「友達といたほうが絶対に楽しいよ。だから、ね?」


彼女は誰にも真似できない笑顔で微笑んだ。

少女の過去のどこかにあった、暖かい記憶が目覚める。

祭りというもので笑っていた親子。あの親子はただ笑っていた。

そして自分を大切にしてくれたあの人、嬉しいことや悲しい事があるとすぐに泣き出すけど・・・

少女はその手を見る。何かを待ちつづけるように、ただ手を差し伸べる。

少女は・・・頬に水が伝わるのを感じた。

自分は泣いていると気づく。自分の瞳から涙が流れているのだ。

泣いて、泣いて、泣いて、渇ききって枯れ果てた瞳から。

涙は頬をたどり雫となる。少女は頬から滴る雫を手ですくう。

止まる事を知らない涙。そして、嗚咽・・・悲しみから生まれない涙がそこにあった。


「ありがとう・・・」


誰にも拾われない、小さな声で少女は呟いた。だけど観鈴は小さな声を聞きいれた。

少女の眼は死んでいない。潤いを取り戻す。

精を宿した青く透き通った瞳。その瞳は涙で歪みながらも観鈴が映し出されている。


そして、少女は泣いた。

彼女が生きていた、悲しみ、悔しさ、嬉しさ、心で存在したものを全て洗い流すために、涙は滝のように流れ、大地を濡らす。

大地は潤いを取り戻し、いままでここしか射していなかった光が全てに広がり、全ての森に光が満ちた。

地獄絵図は、少女が描いたもの。光に満ちた彼女にとって、それはもう戒めにならない。


木々がざわめく・・・大地は潤う・・・風が聞こえる・・・空は青く・・・

光が全てを照らし、影よりも深い漆黒を打ち消していく。


いつまでも泣き止まぬ少女。観鈴は草に座り込む。

観鈴に迷いなんてない。静かに優しく神奈を抱きしめた。


「友達に、なってくれるよね・・・」


風のようなささやかな声を神奈に送る。神奈も泣くのを止める。観鈴にささやく。


「友になろう・・・余は観鈴の友になる・・・」


観鈴の瞳からも涙が溢れてくる。

二人は目を閉じ、泣かずに涙を流す。

共にいる・・・夢でもいる・・・今もいる・・・

時を刻む心臓の鼓動を感じながら・・・ぬくもりがある心を感じながら・・・


〜空を駆け巡る少女の詩 哀の詩を愛していく〜
〜哀を歌う少女の姿 愛に満ちた姿へと〜
〜二人は哀し愛した友 全てに幸せの調詩を〜
〜今こそ歌おう我が友よ 更に重なるアイノウタを〜



いつから眠っていたのだろうか・・・呆ける気分に襲われつつも、観鈴は目を開いた。

眼に入ったのは見慣れた木の板・・・そこは、天井?

あたりを見回す。そこは、確かに神尾観鈴、私の部屋だった。

夢から覚めて、現実に帰ってきたのだろう。私だけが・・・

あの子はまだ夢の中。だけど、あの子は悲しまない。いつになっても。


う〜ん、と背筋を伸ばし、身体をほぐす。と、下に向いた顔は黒い物体を発見する。

ベットの上にはカラス─そらがすぅすぅと寝ていた。

カラスの寝顔はよくわからないが、さぞ安らかであろう。観鈴は微笑ましく、そらの頭を撫でてある。


「・・・zzz」


その温かい空間に静かに眠りの声を上げている者がいた。

音の主は国崎往人。テーブルに突っ伏して寝ている。

たしか出ていった方が良いと言い・・・家から出たはずだが。

そんな事は、少女にとっては関係ない。彼がここにいるのだから。


さっきベットから起きあがった時に気づいたが、身体が嘘の様に軽い。

少女の夢が覚めたのだろう。それは良い事、Vサイン。にっとした表情でピースをしたくなる。

観鈴はそらが目覚めない様にそっとベットから降りる。そしていびきをかいている男を起こす。


「往人さん、朝だよ。起きないとご飯食べれなくなるよ」


その男がその言葉を聞いて、目を光らせたのはよくわからないが・・・

いま、時は刻まれるている。その事だけは確かであろう。


次頁へ/戻る