O川学園は巨大な学園です。 初等部から大学まであり、そのトップに立つのは成学長です。 この学長、初等部や、(仏頂面だから)職員たち(たまに無茶やるから)には恐れられていますが、女子高生や女子大生にはクールビューティと呼ばれ大人気! しかし仮にもトップ、おいそれと一生徒の近づける方ではないのです。 ゆえに!年に一度のイベントにお嬢様方は燃えるわけで… 「学長、すいません郵便なんですが…」 ようよう、といった感じで職員が学長室に入ってきました。 その腕には大きなダンボールが抱えられ、その中からあふれそうなほど、きれいにラッピングされた包みたちが入っていました。 「…今年もか・・・」 学長はうんざりとして、顔をしかめました。 「いやー、今年は例年より増えたみたいですよ?」 と、職員はテーブルの上に箱を置いて腰を伸ばしました。 「学長先生の雰囲気が少し柔らかくなられたとかで、ファンが増えたとうちの女の子たちが言っておりましたよ。」 その言葉に、学長先生の頭には、小さい姿が浮かびました。 (もしそうだとしたら…まあ、あいつのせいだろうな。) ちょっとだけほころびそうになった口元は、 「で、このチョコはどうなさいますか?」 という職員の言葉でまた元のように不機嫌そうに歪められてしまいました。 「いつもと同じだ。送り主が分かるものは断りの文面をいれて送り返してくれ。分からないものは全て遺失物へ。」 「はい。良かった、バレンタイン係決めといて。え、あれ?と言うことは…」 「すまないが、もって帰ってくれ。」 「…はい…」 これは毎度のことでした。 トップに立つものが贈り物を貰うと言うのは、賄賂ではありませんが好ましくない、とは建前。学長は甘いものが大嫌いなのです。しかも出先の不明なものなんて。 だから、毎年こうして送り返しているのです。理由をつけた手紙を添えて。 …しかし、無駄な金使ってんなあ… 不機嫌に仕事を続けていた学長の耳に、やたら低い位置から、コンコン、とノックの音が聞こえてきました。 「もうそんな時間か…?」 時計を見ると、もう3時を回っています。初等部はとっくに終わりの時間です。 「せんせえ?おじゃまじゃなあい?」 と、来訪者は重そうにドアを開けて入ってきました。 それはすっかりお馴染みになったお客…初等部1年の錦木多良葉でした。 多良葉は後2ヶ月で2年生になるとは到底思えない位小さいので、子供のことは最初から計算に入っていないドアは、ノブが顔の辺りまで来てしまいます。 ずっしりとした質量と相まって、多良葉にはドアを開けるのも一仕事なのですが、そのときの真剣な顔が、まるで大事な儀式を行っているかのようで。 学長はいけないと思いながらも、いつもそれに手を貸さず見ています。 もちろん多良葉はそんな思惑なんか知りませんから、中に入ると慎重にドアを閉め、 「せんせえ?」 と、この子特有の呼び方で、また聞いてきました。 学長は目を通していた書類を一つにまとめました。 「大丈夫だ。ちょうど今終わったところだ。」 嘘です。 めちゃめちゃ途中です。 でも、別に急ぎの書類な訳ではないし、少しくらいはいいのです。 少なくとも学長はそう判断しました。 「良かったあ!」 と、ほっとしたようににっこりとされ、学長は自分の判断が間違っていなかったことを悟りました。 …学校経営とどっちが大切なんだか聞いてみたい気もしますが、恐ろしいのでやめるとして。 「茶でも飲むか?」 「うん!」 元気良く頷いて、多良葉は大きすぎるランドセル(あくまでも物は標準サイズ)を下ろすと、ソファに座りました。 お茶を一口啜ってから、学長は尋ねました。 「で、今日は何の宿題なんだ?」 この子はたいてい宿題をここに持ち込むのです。お兄ちゃんだって教えてくれるのに。 「今日はちがうの。」 多良葉は立ち上がると、学長の隣に立ちました。 「どうした?」 「あの、あのね、いつもごちそうになってるから、そのお礼なの」 そう言って差し出された手には、59円、もしくは60円で売られている、金やら銀やらのエンゼルがたまについているチョコ菓子(ピーナッツ)がありました。 「お兄ちゃんが、お礼はちゃんとしなさいっていつも言ってるし!安くってやかもしれないけど、おこづかいじゃこれしか買えなかったの…」 次第に小さくなる声に、学長は気になることを聞き返しました。 「自分で買ったのか?」 はいここ重要ですね。 「うん…がんばってためたんだけど…」 しゅん、と多良葉は言いました。 学長は続けて聞きます。 「…多良葉は、バレンタインて知ってるか?」 はいここ最重要ですね! 「?しらない、なあにそれ?」 疑問符を浮かべたその言い方は、小学生にしてはオスカー賞ものでしたが、ほんのり上気したほっぺたは隠しようがありません。 「そうか…では教えてやろう。」 学長は多良葉の手からそのチョコ菓子をとると、セロファンをはがして開け、一粒つまみ出しました。 それを、まだ上気した顔で見上げてくる多良葉の閉じられた唇に押し当て、 「好きな人にチョコレートを贈る日だ。」 と、恥ずかしげもなくのたまいました。(いい大人が…) 多良葉はさらに顔を赤くすると、(まるで茹でガニ)おとなしくそのチョコを食べました。 そして、 「あまい…」 と、さらにさらに顔を赤くしました。 それを見て、学長も一粒、食べました。 「本当だ、甘いな」 その言葉に、多良葉の瞳が不安そうに揺れます。 「でも、嫌ではない。」 続く言葉に、ほっとしてすぐに笑いましたが。 それから二人は仲良く半分ずつ、全部のチョコ菓子を平らげました。 学長は思いました。 ひょっとしたら最強なのはこの子供なのではないかと。 |