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今日こそ、今日こそはっきりと言うんだ。 この前買ったばかりのスーツに袖を通して、同じく新品のネクタイを首に結ぶと、決意も新たに鏡の中の自分に向って気合を入れた。 スーツなんて久しぶりに着たからなんだか落ち着かないけれど、多分そんなに変じゃないはずだ。 この日の為に、ちゃんと給料の三か月分をはたいて買った指輪がポケットの中に入ってることを確かめてアパートを後にする。 途中に寄った花屋で彼女の好きなガーベラの花束を手に入れて・・・これで準備は完璧だ。 「よしっ」 僕はもう一度声に出して気合を入れると、大きな学校の門をくぐった・・・。 まだ朝も早い時間のせいか、校舎の中はシンと静まりかえっていた。もう10分もすれば登校してきた生徒達でにぎわうだろう廊下にも今は誰1人見当たらない。足音だけがやけに響くその廊下を、僕は早足で職員室に向かった。 ちょうど角を曲がったところで、偶然にも目的の人物を発見してしまい、僕の心臓はドキリと大きく高鳴った。華奢な身体、サラサラの黒髪、たとえ、後ろ姿でも間違えることはない、僕の想い人。 「せ、せせせ・・・星華さん!」 僕はありったけの勇気を振り絞って、すこしだけ遠くに見える彼女の後ろ姿に声をかけた。 僕の声で、彼女がゆっくりとこちらに振り返える。 「あら、禄じゃない。どうしたの?めずらしくスーツなんか着込んじゃって」 華のような笑顔。鈴のように綺麗な声。 (あぁ〜、星華さんってば今日もすごくかわいいなぁ。) 僕はその笑顔を見ただけで、体温が急激に上昇していくのが分かった。きっと今、顔だけじゃなく全身が真っ赤に染まっているだろう。 (光にあたってキラキラと輝くサラサラの髪の毛とか、今にもこぼれ落ちそうに大きな瞳とか…あぁ、もうサイコー!) そんな風についつい見とれていると、いつのまにか彼女は近くまで歩いてきていて、まるで品定めするみたいに、僕の格好をみた。 「へぇ〜、禄って意外とこういう格好も似合ったのねぇ。いつもジャージばっかだから分かんなかったわ。うん、悪くない。なかなかカッコイイわよ」 (星華さんが、僕のことをカッコイイって誉めてくれた・・・。) もう、それだけで気分は天にも昇るような感じだ。 今ならちゃんと言えそうな気がする。 僕は星華さんの言葉に元気付けられて、大きく深呼吸をした。 「あ、ああああの・・・星華さん、僕と、僕と結婚してください」 「嫌よ」 僕は、持っていた花束を彼女に差し出すと、清水の舞台から飛び降りるような心境で告白をした。 けれど、星華さんの答えはあまりにもそっけなくて。 「ど〜してですかぁ〜」 無意識に、僕は情けない声で聞き返した。 「ど〜しても!」 「そんなに、そんなに僕のことが嫌いなんですかぁ〜」 もしかしたら星華さんも僕のことを・・・なんてあわい期待を抱いていただけにショックはかなり大きい。あっ、なんだか、自分で言っててものすごく情けなくなってきた・・・。こころなしか、目じりにじんわりと涙も浮かんできたみたいだ。 「失礼ね、まるで私が人でなしみたいな言い方しないでよ。嫌いだったらこんなに長く付き合っちゃいないわよ。アンタ、何年私と幼馴染やってるのよ」 とりあえず、嫌われてはいなかったということにほっと胸をなでおろす。 「じゃぁ、他に好きな人がいるとかですか?」 今まで考えたことなかったけど星華さんだって年頃の女の子なんだし、そういう可能性だってないとは限らないんだ。もしもここでいるなんて答えが返ってきたら今度こそ立ち直れない。 「今のところ、とくにいないわね」 その一言に、またしてもほっと胸をなでおろす。 「でも、じゃあ、いったいど〜して?」 「結婚は嫌なの」 「何でなんですか〜」 僕は再び情けない声を出してしまう。 「だってまだ全然遊び足りないし、仕事だって、せっかくこんなに面白い職場に勤めてるんだもの、やめるなんてもったいないじゃない。」 「結婚したって遊べるし、仕事だってそのまま続けられますよ」 「毎日、毎日アンタの帰りを待って掃除とか洗濯とか料理とか、そんな所帯じみたことすんのも嫌」 「掃除も、洗濯も料理も全部僕がやります!」 おもわず、握りこぶしを作って熱唱してしまった。 星華さんはふ〜と大きなため息をつくと心底あきれたように言った。 「アンタってほんっとにバカね、それじゃ何のための結婚なのよ。そんなの全然意味ないじゃない。わざわざ自分の仕事増やしてどうすんの?」 「そんなの関係ないですよ!そりゃ、僕だって星華さんが毎日僕の為に夕飯とか作って待っててくれたら死ぬほどうれしいですけど・・・そういうんじゃなくて、僕は、星華さんがそばにいてくれるだけで幸せなんです。」 「恥ずかしい奴。・・・でも、やっぱり嫌よ」 「何でですか〜?」 「今更アンタと結婚なんて恥ずかしくって出来るわけないじゃない。絶対みんなに笑われるわ」 「そんなことありませんよ、みんなだってちゃんと祝福してくれますよ」 「禄なんか、バカだし、貧乏だし、頼りないし・・・はっきりいって私の理想と正反対なのよ」 これには、さすがの僕でもかなり傷ついた。自分でも自覚しているところもあるだけに反論が出来ない。けれど、こんなことでくじけちゃダメだ。今ここで諦めたら星華さんとは一生このままの関係で終わってしまう。それは、予感というよりも確信に近かった。だから、僕はありったけの勇気を出して、もう一度星華さんに訴えかける。 「僕に気に入らないところがあるんなら今からだって直します。お金だってこの日のために一生懸命ためました。貯金も人並み以上にあります。確かに、今の僕は星華さんの理想とは程遠いかもしれません。でも、星華さんへの愛だけは誰にも負けない自信があります! 一生大切にします。誰よりも星華さんを幸せにしてみせます。だから・・・僕と結婚してください。お願いします!」 そして、祈るような気持ちでもう一度彼女に花束を差し出した。 心臓が早鐘のように大きく鳴っているのがわかる。 長い沈黙が流れて、一分が何十分にも何時間にも長く感じられる。 僕の気持ちが星華さんに届きますように・・・ただそれだけを一心に思った。 「一生?」 「はい」 「絶対に?約束できる?」 「もちろんです!」 「分かってると思うけど、浮気なんかしたらぶっ殺すわよ」 「そんな・・・絶対にしませんよ。僕には星華さんだけですから・・・」 「ふ〜ん、そんなに言うんなら・・・仕方ない、貰われてやるか」 そうして、長い長い沈黙の後に星華さんはそう言うと、僕が差し出した花束を受け取ってくれたんだ。 「えっ、本当ですか?・・・やったー!!」 僕はうれしさのあまり、思わず花束ごと星華さんを抱きしめた。 何事かと、近くの教室から顔を出す先生達の姿が視界の隅を横切る。けれど、今の僕にはそんなの全然気にならなくて・・・。 「ちょっと禄、調子にのんじゃないわよ。いたっ・・・痛いってばもう、離しなさいよこの馬鹿力!」 どうやら、うれしさのあまりかなりの力で星華さんのことを抱きしめていたらしい。せっかくの花束も2人の間に挟まれてぺちゃんこだ。 「あっ、すいません。なんだかまだ信じられなくて・・・まるで夢みたいだ。僕、絶対に幸せにしますから!」 けれどそういった僕の言葉に、星華さんは微かに頬を染めてコクンって頷いてくれた。 その瞬間、僕はもう死んでもいいって言うくらい幸せな気持ちになって、またしても思いっきり星華さんのことを抱きしめてしまった。 「っていう夢を昨日見たんだ〜」 ここは、言わずとしれたO川学園の保健室。 まだ生徒の登校もまばらな朝の時間帯に、金髪の保健医を前にして件の体育教師はさっきからずっとこの調子で喋り続けている。 保健医はというと、低血圧のためにただでさえ機嫌の悪いところに、朝からアホなのろけ話(妄想話とも言う)を聞かされて、今にもぶち切れそうな様子。保健だよりの上を走るシャーペンもしばしば止まりがちで、彼にしては珍しくミミズがのたくったような字を紙面の上に残すばかりだ。 けれど、そんな彼の様子にも浮かれまくっている禄が気づくはずがなく、彼はなおも話しつづける。 「夢の中の星華さん、すっごくかわいかったなぁ。あっ、もちろん星華さんはいつでも可愛いんだけどさ。なんかねぇ〜、照れてんのか、こう、ほっぺたを赤く染めちゃってさぁ〜。も〜、ちゃんときいてるの〜?怜君」 「だから、聞いてるだろ」 怜は、『かなり我慢してな』という喉まで出かかった言葉をかろうじて飲み込むことに成功した。星華本人を知っている彼にとって、えんえんと禄に聞かされるのろけ話は拷問以外の何ものでもない。今も白衣の下では全身に鳥肌が立っている。 「でね、その夢にはまだ続きがあってね、なんと、結婚式もやったんだよ〜」 その、考えるだけでも恐ろしい発言に耐え切れず、今度こそ怜は机の上に突っ伏した。まるで痙攣を起こしたときのように体中をピクピクとさせると、あやうく呼吸困難を起こしそうになった心臓を手に必死で息を吐く。 「星華さんね、真っ白なウエディングドレス着ててね、すっごく綺麗だったなぁ。ねぇ、怜君・・・きっと天使ってあ〜いうのを言うんだろうなぁ。・・・あんなに綺麗な星華さんと一緒になれるんだから、もう、僕ってすっごい幸せ者だよね!あれ?怜君?」 みると、先ほどまで机に向かって保健だよりを作成していたはずの友人様子がおかしいことに気付く。ピクピクと奮えるさまは、まるで瀕死の状態にも見える。 「どうしたの、大丈夫?」 「お前は俺を殺すきかぁ〜!」 懇親の力を振り絞って、起き上がるとのほほんとしたろくの胸倉をつかみ取り、ありったけの怒りを込めて、体を揺さぶる。 実際、怜にとってはその言葉は冗談などではなく、危うく三途の川が見えたような気がしたほどだ。 「禄、お前はとことん腐ってる。いや、間違ってるぞ!星華が天使だと?仮に百歩譲ったとしても悪魔の間違いだろ」 「なんてこと言うんだよ、怜君。星華さんはあんなにも可愛いじゃないか」 「お前いっぺん眼科行って視力測ってもらってこい」 「視力なら両方とも2.0だっていつも言ってるじゃないか。怜君こそそのメガネ度があってないんじゃないの?」 などと本気で言っているから始末に終えない。 「ならば・・・やはり悪いのは頭か・・・」 「?」 「まだ若いのに、かわいそうに・・・」 わざと聞こえるようにつぶやき、怜はくっと涙をこらえるようなしぐさを取った。が、やはり意味のわかっていない禄は、キョトンとしている。 「あぁ〜、もういい。お前とはしゃべってるだけで疲れた。さっさと星華に告白でもして、結婚でも何でもしてしまえ」 「やだなぁ〜、怜君ってば、結婚なんてまだ気が早いよ〜。あっ、でもさ、こんな夢を見たってことは近い将来僕は星華さんと結婚できるってことで・・・あ〜、どうしよう。ねぇ、怜君、こういうのって予知夢って言うんだよね?」 「いや、ただの妄想だろ?」 だが、浮かれきっている禄には怜の冷たい突っ込みも耳に入ってこないようだ。 ありもしない星華との結婚生活を思い浮かべ不気味な笑いを繰り返している。 そんな様子は、さすがの怜でも呆れることを通り越して哀れに見えてならない。 っとそこで、窓の外を見ていた禄が急に立ち上がった。 「星華さんだ!」 見るとはなしに目を向けると、ちょうど小柄な女性が校門をくぐり、校舎に向かって歩いてくる姿が見える。 「じゃぁ〜ね〜怜君。僕、星華さんを迎えに行って来るから〜!」 というと、いそいそと保健室を出て行った。 「つくづく不憫なやつ」 嵐のようなそれが過ぎ去った後には、低血圧の保健医の大きなため息と、ポツリと呟いた一言だけが静かにこだました。 終わり |