冬支度





そろそろクリスマスを囁き始めるような11月の末。昼休み、何やら考え込んだ桃子がやってきた。「ねぇ遥ちゃん、男の人って、何貰ったら嬉しいのかなぁ?」真剣な表情で詰め寄る桃子にたじろぎつつも、遥は「それは人それぞれだと思うけど…」と答えた。桃子ははぁっとため息をつくと、「お兄ちゃんにもそれ言われたの…」と俯いた。「でもいきなりどうしたの?」「だって遥ちゃん、もうクリスマスだよ?…す、すきな人にはプレゼントしたいな、なんて…」「じゃ、帝王さんに?」それは確かに難しいと考え込む遥に、桃子は「遥ちゃんは誰かにあげないの?」と尋ねてきた。

「えぇ!?」言われたことより、その瞬間浮かんだ人物に驚いて、遥は叫んだ。「な、何?桃、変なこと聞いた?」「え?ななな、なんでもないよ?うん何でも!」「そ、そう?」その時チャイムが鳴り、「いけない!じゃあね遥ちゃん、また帰りね!」桃子はばたばたと駆けていってしまった。けれど遥は、さっきのことをぐるぐると考えていた。(な、なんで真さんが出てくるの〜?)火照りそうな頬を押さえ、考える。今まではこんなこと無かったのだ。それなのに…。お見舞いに行ったときから、何かが、確かに、遥の中で変わってしまったのだった…。

古い家だった。風が吹くと立て付けの悪いサッシや硝子がガタガタと鳴った。日の差し込まない部屋は、一つしかない照明に、そこかしこ影を作った。半ばは強引に上がり込んだ遥は、初めて見る真の家に泣きそうになった。正確には、そこにたった一人暮らす真に、だ。真が遥のためにと出してきたストーブ(凍えそうな部屋でも出していなかった)の上のやかんが盛んに蒸気を吐き出すしゅんしゅんと言う音と、居間にある振り子時計のカッチコッチ単調な音、風に揺れる硝子の音だけが聞こえてきて、それは否応無しに余計に淋しさを煽った。
早く帰りなさい、と言われたのだ。移ってしまうからねと、優しい声で。断固とした拒絶だった。彼がそんな風に自分に対するのは、初めてのことだった。それでもショックを受けるよりも先に、必死で食い下がったのは、――余りにも静かな家だったから。この時間の止まったような家で、彼が1人咳をするのは、悲しくてやりきれない気持ちに遥をさせた。静かで、寒くて。心まで凍えてしまいそうな気持ちがして、遥にはそれが堪らなかった。涙が出た。堰を切ったような気持ちの奔流。言い募る遥に、ようやく真はいつもの笑顔を見せてくれた。いや、…それはきっと、初めて見る…。
もうすこし、ここにいてくれますか。と、真は言った。それは真が初めて遥に対してした願いだった。嬉しかった。真が他の一切に対して明確に巧妙に引いた線に触れることを、少しでも入ることを、…許されたような気がした。一も二もなく頷いた遥に、真の空気がふっと弛むのが分かった。間もなく眠りに落ちていった真の枕元に座りながら、先ほどまでと違い、不思議と心地よくなった硝子や時計やらの音を、遥はずっと聞いていた。なぜだかひどく満ち足りた気持ちになりながら。古い窓の外では、枯葉が寒そうに舞っていたけれど、ストーブ一つの部屋はとても暖かかった。

目をつぶれば今も、あの日のあの光景をまざまざと思い出すことができた。暖かさが胸の奥にあって消えない。遥は教室の窓から木枯らしの外をぼんやりと見つめた。先生が言う徳川政権なんて、ちっとも頭に入ってこなかった。頭の中も胸の中も、真に占められている。こんなことは初めてだった。守りたい、と思った。そしてそれは、とても自然なことに思えた。あれ以来真は、会えば変わり無く笑いかけてくれたけれど、それは少しだけ今までとも他の人に対するのとも違った。自分が変わったように真も変わったのだと思うと、遥は嬉しかった。
(会いに、いこうかな…)
遥は外を眺めたまま思った。会いたいな、とは思う。いつも。でも動くのは少し勇気がいるのだ。会えば嬉しいのに。帝王の骨董品屋に通っていた頃は考える事もなく、日課のように過ごしていた気がする。なぜなのかは分からないけれど、それに理由が必要な気もする。だけど今日は…。
(学校帰りに通りかかったとか…変じゃないよね。)
会いたかった。こんな寒い日でさえ真は外で、風の強い木の上に登って仕事をしている。(まだ、ちゃんと治ってないのに…)
こうやって、不安にさせるから。そう自分を納得させて。

「遥ちゃん帰ろー」
放課後訪れた桃子に、遥は戸惑いながら言った。
「あの、途中まででいい?ちょっと、寄るとこあって…」
しどろもどろになる遥の顔を訝しく見やった桃子は、その頬がほんの僅か色付いているのを見つけると、
「あーっと、桃も用事あるんだった!ごめんね、自分から来たのに。先に帰って、ね!」と、手を振った。
「う、うん。じゃあね、また明日。」
少し小走りに遠ざかる遥の背中を見送ると、
「がんばれ、遥ちゃん」
と、桃子は呟いた。そして、
「桃も、帝王さんのとこ行こうかな」
と独り言を言うと、一つ頷いて走り出した。

吐く息は白く、風は冷たく肌を刺す。それでも走らずにはいられない。理由さえ見つかれば走り出せる。こんなにも息が切れるほど会いたいのに。永久不変の絶対心理がその裏にあることに、遥はそろそろ気が付いている。…相手にも、それを感じた。それでもそれを意識し自覚するには、お互いに慎重すぎ、臆病すぎた。…特に、相手は。何が、心配なの?何を、畏れているの?僕は、ここにいるのに。だから、遥は走る。まだ巧く言葉にすることは出来ないから。言葉にならない気持ちは、遥を急かして止まなかった。と、そのとき。
「そんなに急いでどこにいくんですか?」
頭上から声がした。
「真、さん…」
「今帰りですか?」
真は言いながら、危なげなく梯子を下りた。公民館の裏庭だったので、遥は躊躇無く真に駆け寄った。
「何してるんですか!」
いきなり怒鳴った遥に、真はレンズの奥の目をしばたたかせた。
「…なんか、怒ってませんか?」
「当たり前です!なんて格好してるんですか!」
真はもう冬になるというのに、薄手のジャンパーで腕まくりまでしていた。当然防寒具など一つも身に付けていない。
「別にいつも通りだと…いけませんでしたか」
「ダメに決まってます!」
余りにも自分を大切にしない真に腹がたった。こんなにも自分は心配に思うのに…。
「風邪は!ちゃんと治ったんですか!」詰め寄って遥は言う。そうしながら、自分の変化に改めて驚くのだ。怒るどころか声を荒げることすら、今までは殆ど無かった。母親譲りの穏やかな性格で、大概は機嫌良く過ごした。その自分が怒っている。心配する余りに。心配しすぎて。…そんなにも、自分は真を…。しかし真はいつもの笑みを浮かべ、「風邪も良いものですよ。だって遥くんが来てくれる。」などと言う。遥はそんな何気ない一言にも胸が痛んだ。僕が、あなたの家に行くには、あなたにも理由が必要なんですね…?自分を棚に上げて思う。自分勝手なくらいに、胸がちくりとした。
自分こそ理由が無ければ動きだすことすら出来ないのに…。遥はキッと顔を上げて言う。「わざと引いた風邪なんかじゃ、お見舞いには行ってあげません」
そんなこと出来やしないと分かっていても言った。原因がなんであれ、多分自分は行ってしまう。行かずにいられないから。真はその言葉に少し悩むと、言った。
「それじゃあ、僕が風邪を引かないような生活をしているか、確認にだったら来てくれるんですか?」
遥は耳を疑った。それって、何もなくても行っていいってことだろうか?
「行きます!ビシバシ査察しちゃいますからね?」
勢い込んで言うと真は、
「待ってますよ」
と微笑んだ。

「真さんは、今日は何をしているんですか?」
遥はまた仕事に戻る真に尋ねた。
「今日は簡単に言うと樹木の冬支度です。」
真は先程まで切り落としていた枯れ枝を慣れた手つきで箒で纏めた。
「冬支度?」
真は藁筵を松に巻き付けてゆく。
「寒くなりますからね、ちゃんとしてあげないと」
丁寧に器用に縛り纏める。そして愛しげに樹肌に触れる。そんな一連の行動に、遥は見惚れた。真の身体には細く見えても力仕事が多いせいか、しなやかに筋肉が付いている。繊細で器用な指先。何よりも、優しい眼差し…。
(な、何見てるんだろ僕…)
頬が熱かった。
だから、
「遥くん?どうかしましたか?」
と真に訝しげに問われた時・
「えぇ!?な、何でもないです!」
と、とっさに大げさに言ってしまって少し凹んだ。
(何やってんだろ僕…今日こんなのばっか)
けれどすぐに気が付いたのは。
(今日が変なんじゃない、真さんのことだから、僕おかしくなるんだ・・・)
だったら、きっと。自分にとってはおかしくないのなら。遥は仕事を続ける真にそっと近づくと、自分の首に巻いていた濃紺のマフラーを柔らかくきゅっと巻きつけた。真は驚いて遥に向き直った。
「真さんも、冬支度しなきゃ。だってとっても寒いから…」
「遥くん…」
呟く真の声をかき消す様に遥は言う。
「だって!木だって寒さ対策するから!木は真さんがちゃんと見てくれるから…。遥は、真さんが風邪引かないようにみなきゃだから…」
言い訳じみた言葉はもつれ、支離滅裂になった。それでも貰って欲しいから。
「クリスマス、プレゼントです。まだ、早いけど…」
俯けた顔を上げられずに遥は、永遠の様な静寂の中立ち尽くしていた。真が、ふっと解けた気配がして
「では、有り難く貰っておきます。…ありがとうございます」
と微笑むまで。それは、実際はほんの僅かな時間だったのだけれど。
「遥くんは優しいですね。こんなに嬉しいプレゼントは初めてですよ。」
真は微笑んで言う。が、その笑みを少し意地悪くして、
「でもね、松に藁筵を巻くのは、別に寒さ対策じゃないんですよ」と言った。
「えぇ!?」
(じゃ、僕間違ってたのにあんなことを?)
遥は恥ずかしくて頬が赤くなるのを感じた。でも
、 「あれはね、虫除けのためのものなんです。…ですからこのマフラーも、その意味で貰っておいていいですか?心配せずとも僕は遥くんだけでいいんですけどね?」と、悪戯っぽく真に言われ、今度は別の意味で赤くなってしまった。

結局遥は真の仕事が終わるまで、ずっと待っていた。真はけして手を抜くことは無かったが、急いだので予定よりかなり早く仕事は終わった。お礼です、といって真は遥を家まで送り届けた。ずいぶんと暗くなってはいたが、遥は真の年季の入った軽トラが、角を曲がって見えなくなるまで家の前で手を振り見送った。日が落ちて寒いはずなのに。不思議な暖かさを感じながら。

一人になった車の中で真は思う。本当に欲しいのは遥自身なのにな、と。
(でもまだ早いか…)そう一人思い出し笑いしながらも、囁く声は消えない。逃げるなら今の内、と。

今ならまだ間に合う。忘れることが出来る。あの暖かさを。傷つく前に、傷つける前に、痛みはしても。また裏切られる前に。得ればまた失うだけ。何故求めるのか、相手を信じきることさえ出来ない自分が。資格すら持たないのに。失い続けた過去は、当たり前の望みさえ真に持たせまいとした。人はどこまでいっても一人なのだ、とりわけ自分は…。真は無表情に思う。その顔からはいつもの人を食ったような笑みも自嘲の笑みすらも消え失せて、ただ冷たく強張っていた。「ごめんね」呟いた声は、夜の闇に転がって、消えることはなかった―――。

少女めいた母が笑う。賑やかな弟。諌める大人びた姉。穏やかにそれを見る父。暖かな食卓で自分も微笑みながら、遥は僅かな胸の痛みを感じた。あの静かな家で、今夜も真は一人で夕食を取るのだ。遥は微かに真との間に隔たりを感じている。それは、きっと自分が味わったことの無い真っ暗な孤独。望まれて生まれた。愛されて育った。求めずとも与えられてきた愛が、真との間に壁を作った。けれど遥は思う。それがあったからこそ、互いに手を伸ばし始めたのだと。それにこれは武器だ。愛されたのなら愛し方が分かる。そのための愛を持っている。
分かりたいと思う。孤独も時間も、理解することは出来ないだろう。でも、分かろうと努力すること、寄り添うことは出来る。それをしたいと望む自分が居る。それが全てだ。真が恐れるなら、その必要はないと自分が手を引けば良い。そう、決断してしまえば…それで良い。きっと、自分にはそれが出来るから…。



延ばし合う手は触れたかと思えばすり抜けて、けれど本当は、きっと最初から繋がれていた。…運命というものに。
外は木枯らし、本格的な冬がやってくる。でも、いつかは必ず春が来るから…。凍えないように、今は冬支度。






約一名、パソコンの前で砂を吐いている人の姿が目に浮かぶようです・・・。

えっと、☆さんいわく、これは遥が中学?高校?くらいの話だそうです。
当HPでの遥は小学3年生だから数年後の話だね。
一応その事を心に深く刻み込んで読んでください
でないと多分大変なことになるかと・・・。
だって、どっからどう見てもロリッ・・・ゲフン、ゲフン。

しかし・・・貰ったときは紛れもなく冬支度だったのに・・・。
今は何ですか、春ですか?
いえ、むしろ初夏ですか!?
相変わらず亀より遅い更新速度ですいません(汗)



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