僕には秘密の場所があります。 「うまいか?」 「うん!すっごくおいしい!いいなぁ、せんせえのところはいつもお菓子があって。」 「別にいつもと言うわけじゃない。偶然貰い物があるときに多良葉が来るんだ。」 「そおなの?じゃ、多良葉はすっごく運がいいんだね。」 もちろんそんな都合の良い偶然なんかあるわけが無く、それらはいつ多良葉が来てもいいようにと用意されているものだった。 「そんな、菓子ぐらいで大げさだな。」 かすかに笑んだ(ように多良葉には見えた。)のはこの学園のトップである学園長の成学長で、ここはその学長室だったりする。 なぜ一般の1年生に過ぎない多良葉が、小等部とは建物自体違い、めったな人物では入れない(生徒で入れるのは草野ぐらいか?)学長室で、よりによって学長と差し向かいでおやつを食べているのか、そもそもの話は夏休みにまで遡る。 8月の頭、多良葉は夏季休業中のプールの授業のために学校に来ていた。 その日の課題はバタ足。 そこで、例によって例のごとく圭がつっかかってきたのだ。 けれど勝負は目に見えたもの。 「だいたいさあ、速さでオイラに勝とうなんて、無理なんだよ。圭じゃ。」 「そうだねー、圭、いっつも負けちゃうもんねー。」 「ねー。」 「うるさいうるさい!!こうなったら隠れんぼで勝負だあ!!」 「「「かくれんぼ?」」」 「そう、範囲はこの学園内だ!」 「よーい、スタート!!」 「「わーーーーい」」 「ああ!!お前ら鬼はじゃんけんだろ!?」 と、いうわけで隠れ場所を探して多良葉が入り込んだのが、管理棟にある学長室だったのだ。 ところで、水泳と言うのは全身運動である。 と、言うことは、非常に体力を使う。 ましてや子供で、おまけに競争の後。 その上、部屋はクーラーが効いて涼しく、ふかふかのソファーまでがあって…。 その日成は仕事のために学校に来ていた。 仕事が一段落つき、遅い昼食を外で取って戻ると、ソファーの上に見慣れないものがいた。 「…カギ、掛け忘れたか。」 呟くと、その小さなものは身じろぎをし、さらに小さくなるように丸まった。 「寒いのか?」 見ると腕には鳥肌が立ち、触れてみると乾ききっていない髪は冷たくなっていた。 あどけない寝顔も、わずかにしかめられていて。 「しょうがないな…」 成は、自分の上着をそれにそっとかけた。 その時わずかに触れた自分の手を、小さな手が掴んでパタリ、と、顔の前に置いた。 余にも小さな手。 外から戻ったばかりでまだ暖かな自分の手に擦り寄ってくる頬の冷たいやわらかさ。 安心したように、ふわりとほどけた寝顔は、暖かさに幸せそうに笑んでいて。 「…しょうがないな。」 成はまた呟いて、ソファーに腰をおろした。 ふかふかと自分を包み込むのはいつものベッドではなくて。 上に掛けられたものからほのかに香るのは、かいだ事の無い香り。 何よりも自分の掴んでいる手は… 「誰ぇ…?」 多良葉は起き上がってその人を見た。 よく年齢の分からない、大人の男の人。 背はお父さんよりは高くて、ライガおじさんよりは低い。 日本人ぽくない、きれいな顔をした人で、見たことがあるような、無いような…。 寝起きの頭でぼんやりと考えていると、 「人に名前を聞くときは、まず自分からと習わなかったのか?」 と、静かな低い声に言われた。 多良葉は知る由もなかったが、それは響きのあるバリトンと呼ばれるもので、しかし知らないながらもずっと聞いていたいと思わせるような声だった。 だから、ちゃんと言うことを聞いたらまた聞けるかな、と少しだけ期待をして、 「錦木多良葉、O川の1年1組だよ。」 と、素直に答えた。 「そうか。1年生なら知らないのも無理は無いな。しかし、最近の1年生はそんなに小さいのか…?」 どんなに耳あたりの良い声でも、聞き逃せない言葉と言うものもあって、多良葉は言われ慣れた小さいと言う言葉にぷっと膨れた。 「すぐ大きくなるもん!まだ1年生だから、だ、も…ぇ、ふぇくしゅっ!!」 ずいぶん身体が冷えてしまっていたらしい、途中でくしゃみが飛び出すと、その人は少し笑った。 「冷えたんだな。手を離してもらえれば、室温を上げられるんだが?」 その言葉に、多良葉は自分がまだその人の手を掴んでいることに気が付いた。 「ご、ごめんなさ…くしゅっ!!」 慌てて手を離すと、その途端またくしゃみが出た。 それにその人はまた笑うと、 「しばらくその上着を貸すから着ているといい。」 と言って、窓の方にある立派なデスクの上からリモコンを取り、調節をした。 そして 「少し待っていろ。」 と、部屋を出て行ってしまった。 「…あは、すごいおっきいや。」 多良葉は自分の上に掛けられていた上着に袖を通した。 足首まで来る長さに、当然腕は指先すら出ない…どころではなく、2,30cmは余ってしまっている。 多良葉はなんだか楽しくなって、袖の部分をパタパタと振った。 すると、ふわり立ち昇るのはさっきの香り。 「…いい匂い…」 多良葉は袖口を押し付けるようにして、匂いをかいだ。 そのとき、かちゃり、とドアが開いた。 「うひゃああ!!」 「…なんだ?一体…や、やっぱり大きすぎたみたいだな…」 その人は苦しそうに言うと、テーブルの上にトレイを置いてこちらに向き直った。 「貸して見ろ」 と、多良葉の手を取ると、余った袖口を折り返して、手が出るようにしてくれた。 「これで持てるだろう。紅茶ぐらいしかなかったんだが、少し温まらなくてはな。」 「紅茶?くれるの?あ、お菓子もある!ありがとう、えっと…」 「ああ、自己紹介が遅れたな。私は…O川学園の学園長をやっている。」 そういって成は、目を丸くした多良葉ににやりと笑って見せたのだった。 結局それ以来多良葉は成にすっかり懐いて、放課後などに学長室に訪れては入り浸っている。 成もこの小さなお客を疎ましがるどころか、どこか心待ちにする毎日を送っている。 年齢も立場も性格も周囲の環境も、余に違いすぎる二人の間に生まれたものが何なのか、今は神のみぞ知る話である。 そこには不思議な優しい人とおいしいお菓子があって、大好きな場所なんです。 だけど、なぜだか誰にも言いたくないから… だから、そこは秘密の場所なんです。 僕と、あの人の…ね? |