それでいいのか!?学校経営編



 管理棟一階奥。静寂に包まれたその一角にある学園長室で、学園長は今日も机に向かい、仕事をしていた。時刻は夕方。そろそろ勤務時間も終る時間だ。室内には、時々書類をめくる微かな音と、カリカリという断続的な音が響いていた。
 その日学園長は急ぎの決済に追われており、目の前には大量の書類が広げられていた。締め切りが今日までだったことを、事務室から連絡があるまですっかり忘れていたのだ。
だいたい大したものじゃないのに、締め切りの三ヶ月も前に持ってくる事務室がおかしい。忘れて当然だ。と、責任を事務室になすりつけながら、気を抜けば閉じそうになる目を何とか開いて、何千万だの何億だのと書き込まれた大量の書類に目を通していく。
 置いてあった資料の上に、パラパラと何かが落ちてきた。どうもクッキーの欠片らしい。学園長は心の中で頭を抱えながら、その大本に声を掛けた。
「多良葉・・・。」
 座っているのに飽きたらしく、机の向かい側に齧り付いて、つまらなそうに書類を眺めながらクッキーを食べていた多良葉は、名前を呼ばれ、ピクッと顔をあげた。その表情は期待に満ちている。その顔に一瞬言葉を失った。
「・・・・・・当分終りそうにないんだが。」
 期待はずれの言葉に見る見る顔と肩が沈み込む。予想通りの反応と分っていながらも、実際目の前でやられると痛い。マズイと思いつつも、声が遠慮がちになるのを止められない。
「帰るか?」
「もうちょっといる・・・。」
 小さく首を振りながら答えた声も、当然沈んでいて・・・。知らず、ため息が漏れた。
「おいで。」
 机を迂回し、広げた手の中に飛び込んできた小さな体を抱き上げる。軽い。膝の上に座らせてもまだ下にある目線は、無言で答えを待っている・・・ように見える。
「後10分待てるか?」
「うん!」
「じゃあ、待ってろ。帰りは送ってやる。」
「うん!!」
 斜め読みだったものが縦に、それもかなり雑なものに変わった。多良葉を膝に乗せたまま、書類を適当に読み飛ばし、サインする。これで最後に学園長印を押せば終わりだ。引出しから取り出した印鑑を見て、多良葉が目を輝かせた。
「はんこおすの?オイラやりたい!」
「・・・失敗するなよ?」
「へーきだもーん。」
 膝の上ではしゃぐ多良葉に、学園長は印鑑を渡した。ここで一つ言っておくと、学園長印は大きい。おまけに実用性を一切無視した石で出来ていたりする。つまり、硬い上に重たい。 「・・・・・・あ゙。」
 そして非常に押しにくい。
「・・・ごめんなさーい・・・。」
「気にするな、読めない程じゃない。まだあるんだ、どんどん押せ。」
「は〜い。」
 全体重をかけて一つ一つ判を押していく多良葉を横目で見ながら、学園長は事務室に連絡を入れた。当然だが予想より遥かに早く終った。これなら慌てなくても明後日の理事会に間に合うだろう。電話を取った顔見知りの職員に端的に用件を告げる。
「私だ。終った。すまないが取りに来てくれ。」
「できたよ〜。」
 多良葉は学園長が受話器を置くのを待って、自慢そうににっこり笑った。見ると書類には最初の一枚を除いて全て、奇麗に判が押してあった。その努力を認め、ついでに感謝も込めて頭を撫でる。
「ご苦労。で、宿題の方は終ったのか?」
「うーー。わかんないからせんせえにききにきたんじゃんか〜。」
 宿題と聞いた途端に嫌そうな顔をする多良葉を抱いたまま、書類を持ってソファに移動した。テーブルの上にはティーセットと菓子の乗った器の他に、一年生用の算数ドリルと漢字練習帳が広げられている。
「かんじれんしゅうはおわったんだよ!でもさんすうがわかんないの・・・。」
 いつもと違い、声は段々と小さくなっていく。
「っても、漢字練習は小テストで間違った奴だけだろう。今度はいくつ間違えたんだ?」
「7こ・・・。」
おそるおそる差し出された指に、思わずため息が出る。一年の時分でこれでは先が思いやられるというものだ。
「・・・・・・お前が馬鹿なのか、教え方が悪いのか・・・。」
「多良葉バカじゃないもん!」
「たしか担任は諏訪だったな。覚えておこう。」
 この時、諏訪禄のボーナスカットは確定した。
「で、算数はどこが分らないんだ?」
「これ。」
 隣に座っている多良葉の手元を覗き込む。そこには2桁の引き算の問題が並んでいた。
「・・・・・・・・・ほんっっとーに、これが分らんのか?」
「だって、むずかしーじゃんかー。ゆびたりないんだよ!?」
「・・・縦算のやり方は分るか?」

 知らせを受け、書類を取りに来た事務職員は、自分の見たものが信じられず固まった。
 あの、学園長が、子供に、さ、算数を、教えている。
「だから・・・、何で1桁の引き算が瞬時に出来ないんだ。こら、指を使うな。」
「だって〜。」
「頭の中でやれ。数字を文字だと思うな。指でも飴玉でも、何でもいいから頭の中に置いて考えてみろ。」
「うう〜。」
 ノックして扉を開けたものの、ドアノブに手を掛けたまま硬直している職員に、学園長がやっと気付いた。
「ご苦労。そこにある。持って行ってくれ。」
 示されたのは学園長と子供の目の前のテーブルの上。確かにそこには書類が置いてある。職員は決死の覚悟で恐る恐る近付いていった。自然に見えるように努力したが手が震えている。おまけに、つい気になって見てしまった子供と、しっかり目が合ってしまった。子供は即座に笑顔を返す。対する職員の笑顔はものすごく引きつっていた。
 素性の知れない子供の機嫌を損ねまいと、必死で笑顔を作りながら、可能な限り素早く退出する職員。まあ、学園長のご親戚とか言う可能性が無いわけではないので賢明な判断と言えよう。
 後ろ手に学園長室の扉を閉めた職員は、今見たことを全て忘れる事にした。・・・非常に賢明な判断と言えよう。

「できた〜。」
 声と同時に握っていた鉛筆を放り投げ、そのままふかふかのソファに倒れ込んだ。
「時間が掛かりすぎだ。」
「む〜〜。」
 せっかくがんばったのに、とでも言いた気に頬が膨らむ。それを見て学園長は苦笑しながら、すぐ隣にあった頭を軽く撫でた。
「まあ、よくがんばったな。」
誉められて得意げな笑顔を浮かべた多良葉は、余程疲れたのか、背もたれに寄りかかったまま目を閉じてうとうとし始めた。 「おい、こら。」
 そう言って軽く頬をひっぱると、ほんの少し目を開けたが、すぐにまた閉じられてしまう。
「おい。」
 返って来るのはむにゃむにゃという声とはいえないようなものと、深くなる呼吸ばかりだ。
「まったく・・・。」
 ソファの下に転がっていた、まだ新しいランドセルに勉強道具をしまう。机の上に広げたままだった書類をまとめ、テーブルの上のティーセットや菓子を片付けて帰って来た時には、それは完全な寝息になっていた。
 ランドセルを腕に掛けて、起こさないようにそっと抱き上げる。なんとかそれを片手で支え、電気を消し、部屋の鍵を閉めた。
 くたりと肩に預けられた頭、あどけない寝顔、いつの間にかスーツの襟を掴んでいる小さな手。どうして子供はこんなにも無防備に生きていられるんだろう。子供特有の高い体温が、抱き上げた小さな体から伝わってくる。
「人間の子供が大抵愛らしい外形をしているのは、敵から身を守るためだと言うが・・・。」
 大人に比べて早い寝息が襟元から出た首に触れる。くすぐったいので顔を遠ざけようしても、どうやらその位置が気に入っているらしく、すぐ同じ場所に戻ってしまう。そんな些細なことに気を取られながら、人気のない学内を駐車場まで歩き、抱いていた体を運転席の後ろに横たえた。すぐに寝心地のいい場所を探し出して丸くなる多良葉を見て苦笑し、運転席に座る。バックミラーに幸せそうに微笑む多良葉の姿が写っていた。
「むしろ寄って来るだろ・・・。」
 その呟きを聞いたのは本人以外いなかった。学園長はぐっすり眠っている生徒を送り届けるため、できる限り静かに車を発進させた。


つうか、学園長、それは=多良葉の見た目が愛らしいってことですか?先日もどこかの小学校の教頭が強制わいせつ罪で捕まりましたよ?大丈夫ですか?しっかしりてくださいね、がくえんちょー!?







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