プロポーズ編
  サブタイ:錦木幸太郎の不幸な一日(笑)



錦木幸太郎は鳴り続ける電話の前で悩んでいた。
出るべきか、居留守を使うべきか・・・。
「まだ〆切までちょっとあるしな〜。辰子さんかも。」
 受話器に手が伸びては直前でまた戻る。
「担当さんだったらどうしよ〜。でも違ったら悪いしな〜。えい!出ちゃえ!」
『もしもし、錦木さんのお宅でしょうか。』
「はい、そうですけど。」
 担当さんの声じゃなかったことにほっとしつつ、なんだろうと考える。知っている声じゃない。セールスかな?
『私O川市立病院の三井と言う者ですが。』
「はあ。」
 健康診断のお誘い?
『実は息子さんが車に轢かれかけて怪我をなさいまして――。』
「なんだってー!?」
『それで保険証を持ってきて頂けると・・・。』
「す、すすす、すぐに行きます!」
 錦木は受話器を投げ出し、慌てて靴を履くと、そのまま外に飛び出した。そこでちょうど返ってきた長男と正面衝突してしまう。
「うわ、どうしたんですか、お父さん。」
「あ、椎奈!今、病院から連絡があってね、多良ちゃんが、事故にあったって!」
「なんですって!?・・・いつかやりそうだとは思ってましたけど。」
「だから、今から病院に行って来るね!」
「待ってください、病院ってどこの病院ですか?」
「O川市立病院!」
「だったらタクシー呼んだほうが早いでしょう。ちゃんと財布と保険証は持ちましたか?書置きは?お母さんや桃子が心配するでしょう。」
「あ、う、うん。分った。」
「僕がタクシー呼びますから、お父さんは支度をしてください。」
「はーい・・・。」
 出来た息子を持つのも辛いものである。

 話は少し前にさかのぼる。
宿題が出たときの恒例で(早い話が毎日だろ)、放課後学園長室に向かった多良葉だったが、生憎学園長は不在で、心なし肩を落としつつ戻ると、初等部のグランドではいつもの仲間たちが遊んでいた。当然一緒になって遊びまくる多良葉。気付けば日は暮れ始め、そろそろ帰らなければならない時間となっていた。圭と竺に別れを告げて、家が隣のパテットと一緒に校門を出て歩き始める。
校門を出てすぐに、学校に向かってくる一台の車が見えた。すぐにそれが学園長の愛車だと気付いた多良葉は思わず、手を振りながら近付いて来る車に駆け寄っていた。反対車線からも車が来てるというのに・・・。良い子の皆さんは道路に飛び出してはいけませんよ?

 錦木家(の約一名)で大騒ぎが起きていた頃、O川市立病院の一室では、学園長と看護婦を従えた名物女医が立ち会っていた。
「ん〜、まあすっぱりいってましたでしけど、3針しか縫えなかったし、他は擦り傷だけだし、大した事ないでしよ。子供だから傷もほとんど目立たなくなるはずでし。後は頭部CTの結果待ちでしよ。」
「そうか、すまなかったな。」
「暇してたとこだし、かまわんでし。次はもっとざっくりいったの連れてくるでしよ。」
「・・・心掛けよう。家族に連絡は?」
「看護婦がやってくれてるはずでし。じゃあ、結果が出たらまた来るでしよ。」
 そう言って、女医は看護婦を引き連れて病室(VIPルーム)を出て行った。
「・・・今のところ、大した事はないそうだ。よかったな。」
 その去っていく後ろ姿を見送り、振り返ったベッドの上には、頭に包帯を巻いた多良葉が照れくさそうに座っている。二人きりになった病室で、学園長がベッドの上に起き上がっていた多良葉のすぐ隣に腰を下ろした。見上げる多良葉の右のこめかみ、今は包帯に覆われた傷の上をそっと手でなぞる。
「痛むか?」
「全然痛くないよ。大丈夫。」
 そう訊ねる学園長に、多良葉は笑いかけた。それを見て、学園長の表情がほんの少し緩む。
「麻酔が効いているんだろう。・・・すまない。」
「せんせえのせいじゃないでしょ。あやまることないよ。」
 いつもとは違う、少し大人びた言い方に、学園長の口からかすかな笑いが漏れる。それを見て多良葉の笑顔も益々深くなった。
「だがお前の頭が悪くなったりしたら大変だ。」
 転んだときに打った額をそっと撫でられながら、ちょっと心配になる。本当に頭が悪くなったらお兄ちゃんに怒られるかもしれない。
「・・・これ以上なりようもないか。」
「むか。」
「おい、よせ、止めろ。傷に響くだろう。安心しろ、私のせいでもあるしな。責任は取ってやる。」
 頬を膨らませてポカポカと学園長の胸を叩く多良葉の手を、学園長は苦笑しながら受け止めた。もう一方の手が頭の後ろに回され、また傷口の上を撫でる。なんだか包帯が温かく感じた。色々あって疲れていた子供は、繰り返される単調な刺激に眠気を誘われ、うとうとしながら学園長の胸にもたれ掛かった。
「せきにん?」
「ああ。中学も高校も大学も、ずっとO川に進めばいい。」
「?」
 きょとんとして見上げてくる多良葉に学園長はいつもの意地悪そうな笑みを返した。
「努力さえ惜しまなければ、例えどんなに馬鹿でも拾ってやる。」
「多良葉バカじゃないもん!」
「例えだ。馬鹿者。」
 すぐに頬を膨らませる多良葉に、学園長はまた苦笑する。
 まだ小学一年生の多良葉に中学に進学する時のこと、ましてや高校や大学のことなど想像も付かないだろう。それでも多良葉は考え、分ることだけ、今の自分にとって一番大切なことだけを訊ねた。
「・・・・・・せんせえと、ずっといっしょ?」
「・・・そうだな、・・・お前がそれを望むなら。」
 傷の上をたどっていた手が、多良葉の両目を覆い隠す。
そのまま引き寄せられ、頬にスーツの布が触れた。もう一方の手が肩に回され、しっかりと抱き締められる。
 目を塞がれていて何も見えない。でも、とってもあったかい。
「せんせえ?」
「無事で良かった・・・。」
 先生の声は、耳のすぐ近くで聞こえた。
 布団の上に置かれた腕にも大きな擦り傷が付いていた。(女医の診断で、子供は回復力が高いから下手に包帯なぞ巻くと回復を妨げるということで、そこは消毒をされただけだった。)それに触れないよう腕を回し、小さな体を包み込むように抱き締めると、日に焼けた肌に巻かれた、真っ白な包帯の上にそっと唇を押し当てた。

「なるせんせえ?」
 なにが起きているのか、多良葉には分らない。でも回された腕は温かく、とても安心できたので、そのまま目を閉じてしまおうと思ったその時。
「多ぁ〜良ちゃ〜〜〜〜ん!!どこ〜〜〜〜!?」
「あ、おとうさんだ。」
 その声に、回されていた腕が解けていく。目隠しが取れて見えるようになったけど、成先生はもうベッドから下りて、離れて行ってしまうとこで、顔は見えなかった。あったかい腕が離れていくのはちょっと残念だったけど、入れ替わるようにドアが開き、お父さんが枕元に走り寄って来る。一生懸命走って来たのが分った。心配してくれたんだと分って嬉しかった。
「多良ちゃん!怪我は!?」
「おとうさん、ぜんぜんへーき・・・。」
「よかったー!」
 そういってお父さんもぎゅっと抱き締めてくれた。お父さんの腕もあったかい。でも先生のとはちょっと違う。お父さんはやっと部屋に先生がいることに気付いた。二人がちゃんと会うのは初めてだから、紹介しないと。
「あなたうちのが多良ちゃんに怪我をさせたんですか!?」
 お父さんが見たことないような怖い顔で先生に詰め寄った。
「おとうさん?」
「・・・確かに私にも責任があります。ですから治療にかかる費用は全てこちらが・・・。」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
 頬が鳴った。お父さんが先生をぶった。先生の顔が赤くなってる。先生は怒ったりせず、お父さんを真っ直ぐ見つめたまま、いつもと同じ顔で立っていた。
「・・・できる限り、責任は取らせて頂くつもりですが。」
「子供に怪我をさせておいて、謝りもしない人に責任なんて取ってもらわなくても結構です!多良ちゃん、帰るよ!」
 お父さんはオイラを抱き上げて部屋を出て行こうとする。ちゃんと説明しようとしてるのに、お父さんは全然オイラの話を聞いてくれない。それがとっても悲しかった。
「ちがうよ、おとうさん。せんせえは・・・。」
「おとうさん!何やってるんですか!」
「あ・・・、椎奈。」
 ものすごい勢いだったお父さんは、お兄ちゃんを見た瞬間たじたじになって後退りした。お兄ちゃんならなんとかしてくれるかもしれない。
「おにいちゃーん。」
「お父さん、多良ちゃんは怪我人なんですよ。動かしたりしたらダメでしょう。」
「だ、だって、椎奈・・・。この人が・・・。」
「いったい何だって――。」
 お父さんはお兄ちゃんに怒られて、おどおどしながら先生を指差した。お兄ちゃんはその指の方を見て、初めて先生に気付き、次の瞬間には『気をつけ』の姿勢になっていた。
「・・・・・・・・・・・・がっ、学園長・・・。」
「はい?」
 お父さんは、ぽかーんとした顔で、お兄ちゃんと先生を何度も何度も見た。入学式や運動会のときに先生の顔を見てるはずなのに、全然憶えてなかったらしい。(子供と辰子さんしか見てなかったからでしょ?)
「・・・見覚えがあるな。確か城島の・・・。」
 お兄ちゃんの声は――声だけじゃなかったけど――震えていた。
「じ、児童副会長の錦木椎奈です。あのっ、どうして学園長がここに?」
「オイラがけがしたんでつれてきてくれたのーっ!!」
「「え?」」
「結果が出たでしー。」
 『?』で一杯になった病室に割って入ったのは、さっきの女の先生だった。

「ええと、それじゃあ、多良ちゃんが学園長を見掛けて車道に飛び出して、反対側から来た車に轢かれそうになったけど、それは華麗に避けて・・・。」
「でも避けた拍子に転んで、怪我をしたと・・・。」
 おそるおそる確認する錦木幸太郎、椎奈親子に、多良葉と学園長は首を縦に振った。(多良葉は何度も)段々と親子の顔が青くなってきた。
「つまり、多良ちゃんがうっかり者だったせいで・・・。」
「それを学園長が病院に連れてきてくれて・・・。」
「そうだ、多良ちゃん、怪我は頭を三針と擦り傷だけなの?」
 幸太郎の言葉に、思い出したように学園長が女医を振り返った。
「CTの結果はどうだった?」
「丈夫なもんでし。どっこも悪くないでしよ。もう帰ってもかまわんでし。」
「そうか。よかったな。」
 後半の言葉は、もちろん多良葉に掛けられたものだ。
「頭痛がしたり、目眩や吐き気を訴えるようなことがあったら連れてくるでしよ。」
 それだけ言うと女医は看護婦の集団を引き連れ病室を出て行ってしまった。後に残された四人の間に沈黙が漂う。それを最初に破ったのは椎奈だった。
「あの、学園長、申し訳ありません。弟がご迷惑をおかけしました。」
 きっかり90度に腰を折った椎奈が謝罪する。その後ろで父は慌てふためいていた。
「す、すいませんでした。知らなかったとは言えあの、その・・・。」
「お父さん、しっかりしてください!」
「だって〜、どうしよう椎奈、さっき僕、知らないで先生のこと殴っちゃったんだよ〜。」
「なっ!?・・・お父さん、あなたと言う人はなんてことを・・・。」
「だって、多良ちゃんに怪我をさせた張本人だと思ってたんだもん。」
 親子の立場逆転会話が繰り広げられる中、多良葉が学園長のスーツの裾を遠慮がちに引いた。何事かと見ると、心配そうな顔で見上げている。その様子にまた苦笑が漏れる。安心させてやりたくて、頭に手を置いた。傷にひびかない様、軽く髪を撫でながら耳元に口を寄せて囁く。
「そんな顔をするな。別に怒ってはいない。」
 本当かと訊ねるように首がほんの少し傾けられる。それに微かな笑顔で答え、延々と続く言い合いを止めに入った。
「よければ、そろそろ帰りませんか?」

 タクシーで帰るという幸太郎、椎奈親子を学園長が誘い、多良葉が説得し、結局折れ、3人は学園長の愛車で自宅に戻った。多良葉は普段乗せてもらえない助手席に乗ることが出来てご機嫌のようだ。反対に後部座席では、幸太郎、椎奈親子が彫像のように固まっている。
結局治療費も散々辞退され、遠慮するところを、責任の一端はこちらにあると押し切った。これで大学まで面倒みるなどと言い出したらこの親子は倒れるかもしれない。
・・・まあ、そのうち、なるようになるだろう。

「学園長って、色んな噂があるけど、けっこういい人なんだね〜。」
   根っからの善人の幸太郎お父さんは、素直に今日のことを善意と受け取った。多少、いや、かなりの疑問は残るものの、椎奈も学園長の行為が善意からということについては認めざるを得ない。なぜなら他に、あの学園長が一生徒の面倒を見る理由が思いつかないのだから。
ただ、学園長について父よりは詳しい椎奈にはどうしても気になることがあった。なぜこの弟は学園長の車に駆け寄ったのか・・・。
「多良ちゃん、学園長とはどういったお知り合いなのかな?」
「な〜いしょ!」
「た、多良ちゃん!?」
 O川のプリンス様に大きな疑問を投げかけたまま、多良葉は眠りについた。短い間にたくさんのことがあって疲れていたし、病院で飲んだ薬が効いていたから。




甲斐:落ち着いてがくえんちょおぉーー!!早まるなー!捕まっちまうよ〜〜!





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