金曜日、続く土曜日曜は会議の予定も研修の予定もなく、ましてやデートの予定もない(誘いがないわけじゃないわよ!×2)金曜日の夕方。仕事を終えた私立O川学園初等部の名物女教師、森永星華と篠田静紗亜は、たまには女だけで気兼ねなく飲もうと、行き付けではない少し離れた店まで足を伸ばした・・・。 「着いた〜。セシア、ここよここ。」 「へえ、小料理屋?あんたにしちゃ珍しいわね。」 「たまにはこういう落ち着いた雰囲気もいいでしょ。禄や怜みたいなガキとばっか付き合ってると疲れちゃって。」 「あんたがそれを言うかね。」 「ん?なんか言った?ここのね〜、煮付けが絶品なの〜。こんばんわー。二人なんですけど・・・って、あら。」 「げっ。」 「あら?」 「アンタ何やってんのこんなとこで。」 「・・・・・・こっちのセリフや・・・。」 カウンターしかないこぢんまりとした店内には先客が一人いた。食事を始めたばかりらしいその先客は、星華たちの顔を見るなり絶句し、己の運命を悟って激しく沈み込んだ。 「あ、ホントだ。美味しい。」 京野菜だという煮付けは確かに絶品だった。帝王が食べている定食(日替わりらしい)も見るからに美味しそうだ。突き出しの和え物も、これならば、という味だし、酒の種類も多い。 「いい感じじゃない。」 「でしょ?実はこの間禄から教えてもらったのよ。帝王、あんた他にもいい店知ってるんなら教えなさいよね。」 「誰がみすみす安息の地を減らすような真似するかい。・・・禄のやつ・・・。」 どうやら禄に店を教えたのは帝王だったらしい。禄の頭の中は完全に星華に筒抜けだと改めて分ったが、今さらそんなことを言っても遅い。とうに食事も済んだというのに、両脇を美女二人に固められ、逃げるに逃げられない状態になっていた。仕方なく二人に付き合って杯を口に運ぶ。 「帝王はここによく来るわけ?」 静紗亜が飲んでいた焼酎『魔王』(ぴったりだ)を帝王の升に注いだ。 「たまにな。いちいち飯作るの面倒やし。・・・ごっそーさん。」 「淋しい生活してるわね〜。」 「いらん世話じゃ、ボケ。」 「何よ、人がせっかく心配して言ってあげてるのに。」 「それが余計な世話や言うとるんじゃ。自分の方こそろくなもん食うてないくせによう言うわ。」 「何言っちゃってんの。栄養バランスには気を使ってるのよ。このプロポーションを維持するために日々努力してるんだから。」 「あー、はいはい。そういうセリフはまともな食いもん作れるようになってから言えや。」 「はあ!?この前禄のとこで飲んだときに作ってやったじゃないの。」 一週間ほど前、例の幼馴染4人組が飲み会をすると言い出し、そこになぜか静紗亜だけでなく帝王も呼ばれた(拉致とも言う)ことがあった。どんな裏事情があったのかは知らないが、会場は禄の部屋で、各自酒を持ち寄っての飲みとなり、そこまではまあ普通だったのだが、さあ飲むぞというところになって乾き物じゃ嫌だとのわがまま発生(誰とは言わないが)。急遽ありあわせでつまみが作られることになったのだ。 「お前のは食いもんのうちに入らんのじゃ。つまみどころか味噌汁一つまともに作れんかったやないか!」 「ちゃんと作ったじゃないの。あれが味噌汁じゃなきゃ、アンタは一体何飲んだってのよ。」 「お湯に味噌溶いたら味噌汁ゆうんか?」 「ちゃんとワカメも入ってたじゃないの。」 「・・・せめて出汁ぐらい入れようとは思わんのかあっ!」 「ちゃんと『だしのもと』入れたわよ!アンタいちいち昆布や鰹節で出汁取れっての!?私は道場六三郎じゃないのよ!」 「科学調味料だろうがなんだろうが入れるだけで上等や。」 「じゃあ何が――!」 「お前が入れたんは『だしのもと』やのうて『味の素』や!どこをどうすりゃ間違えられるんじゃ!」 一応女だからという自覚があったのか、はたまたただの気紛れか、率先して台所に立ったのは星華と静紗亜だった。その場にある材料で器用に料理をしていく静紗亜の横で行われた星華の奇行は、恐ろしいの一言に尽きた。 もちろん出来上がったのはつまみではない。謎の物体Xだ。帝王は恐る恐る、一口食べて断念し、怜は逃げ出し、しおんは華麗に気絶した。 念の為言っておくが、静紗亜も決して料理が上手いと言う訳ではない。限られた条件の中で料理をする手腕は見事だが、最優先事項が見た目や味ではなく、食べられるか食べられないかに置かれるからだ。 ・・・当然、物体Xを処理したのは諏訪禄だった。あれを「美味しい」というのは最早お世辞ではない。犯罪だ。いや、どっかで空腹と愛情は最高の調味料とかほざいてた奴がいたような・・・。もしあれを本当に美味いと思ってるなら、それはそれで危ないと思う。 「・・・っ、私がそんなの間違えるわけないでしょ!アンタの味覚おかしいんじゃないの!?」 「この目でしっかり見させてもろぅたわ!まったく、あんなん喜んで食えんのは禄くらいなもんやで。」 「・・・言うじゃないの。」 「おう。なんぼでも言うたるわい。はっきり言うて、お前は、料理が、ド下手や。」 「まあ、確かにね。」 「ちょっ、静紗亜まで何言い出すのよ!」 「いいんじゃないの?最近の味噌には最初から出汁が入ってるわよ。」 「フォローになってないわよっ!・・・いいわ、見てらっしゃい。必ずアンタに美味しいって言わせてやるわ!」 突然、星華が仁王立ちになり帝王に指を突きつけた。大人六人いれば一杯の狭い店内でいきなりの宣戦布告。それを見ても黙々と料理の下ごしらえをする店主。大物だ。 「・・・そうなる前に食中りで殺されるんやないか?普段味見しとるんやろな。」 「ムカツクわねっ!憶えてなさい、絶対ギャフンと言わせてやるわ!!」 そして星華は捨て台詞を残し、足音も荒く店を出て行った。 「憶えてなさいよー!!!」 「・・・威勢のいいこって。」 「まあ、あの子の周りにいる男どもはあそこまで言わないでしょうからね。」 「甘やかされとんなぁ。為にならんでぇ。」 星華のいなくなった店内はぐっと落ち着いた雰囲気になった。お互い手酌で酒を飲みながら他愛ない言葉を交わす姿は店の雰囲気に馴染んで、入り難い、完成された空気を作り出していた。いわゆる大人の空気という奴だ。 怜あたりがこの空気に触れようものならば、たちまちのうちに拒絶反応を起こし、のたうちまわることになるだろう。 ・・・それはそれで見てみたい気もする。 「いいんじゃないの。いざとなったら禄が引き取るでしょ。」 「ふーん。・・・なあ、静紗亜。」 「なに?」 何気ない呼びかけに静紗亜は隣にいる男を見上げる。女としては長身の静紗亜よりもさらに背の高い相手の顔を見るには、首を反らして見上げなくてはならない。それもかなり急な角度で。そういえばそんな相手はあんまりいないわね。と、今では8年も前になってしまった記憶を思い出しながら、帝王の顔を見つめる静紗亜。それはまるで映画のワンシーンのような。そう、言うなれば男と女の・・・・・・。 「あいつの分立て替えとけや。わいはビタ一文払わんで。」 「・・・・・・。」 そのとき静紗亜のこめかみに青筋がくっきり浮き上がったとしても、誰がそれを責められよう。 「星華さ〜ん、いきなりどうしたんですか?そりゃ、星華さんの手料理が食べれるのは嬉しいんですけど・・・。」 「なら黙って食べなさいよ。で、どう?」 「どうって、何がですか?」 「鈍いわね。味に決まってんでしょ!」 「もちろん美味しいですよ!」 「やっぱりね〜。あの似非関西人の味覚の方がおかしいのよ。これで私の勝ちね〜!」 「星華さ〜ん?」 その夜、とあるアパートの一室で近所迷惑な高笑いが響き、その部屋の主はなんとなく幸せな時間を過ごしたとかしないとか。 |
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