視線が痛い。土曜の朝の西○は非常に混雑していた。 「やっぱ止めときゃよかった・・・。」 先ほどから暇を待て余したマダムたちの視線が非常に痛い。一挙一動見張られ探られているような被害妄想にさいなまれる。朝早いせいか子供や男の姿は少なく、ライ○ンズ優勝記念セールのおかげで人は多い。ただでさえデカくて目立つ自分が恨めしい。 とっとと買い物を済ませて帰ろう。この分じゃすぐにレジも込み始めるだろうし。そう思って本日の狙い、○大減塩醤油98円(お一人様2本まで)を探してめぐらせた視線の先に、なにやら見覚えのある生き物がいた。 「あ〜、ておさ〜ん!」 その生き物はご丁寧にぴょんぴょん跳ねながら大きく手を振っていた。その膝では、フリルの付いたスカートの裾がひらひらと揺れている。帝王がノーリアクション(固まっていただけなのだが)と見て取ると、すかさず走りより、精一杯手を伸ばして腕にぶら下がってきた。 「ておさんもおかいものですかぁ?」 「・・・奇遇やな、ぼん・・・。」 『波場戸帝王 最近の悩み』第三位ランクインの「けったいなガキども」こと、「ハルカちゃん」(♂)であった。 「きょうはお母さんとおかいものにきたんです。ておさんは?何しに来たんですかぁ?」 「あ〜、とりあえず醤油を・・・。」 「おしょうゆ?おしょうゆならあっちにありましたよぉ。」 立ち去る口実を考えている間に掴まれていた手を引かれ、振り払うわけにもいかずそのまま一緒に店内を歩くハメになった。その間も遙の口は閉じられることがない。 「で、お母さんが、きょうはシチューにしましょうって。あ、ありましたよ〜。」 確かにそこには山と詰まれた減塩醤油があった。 「おおきに。よー知っとったな。」 「おうちでもげんえんしょうゆを使ってるんです。林檎おねーちゃんが、えんぶんの取りすぎは体にわるいって。」 「・・・・・・ハイカラな名前やな。」 「はいから?」 「あ〜、なんちゅうか、珍しい名前やな、ちゅうこっちゃ。」 「たぶんお父さんがアメリカ人だからだとおもいます。」 いや、大真面目な顔でそんなこと言われても。それと「林檎」じゃあんまり関係ないと思うが・・・。 「そ、そうか、ちゅうことはぼんは半分アメリカ人なんか。」 「そうなんですぅ。」 入口近くで出会ってから約10分。そろそろ限界が近付いていた。見かけによらず意外と家庭的な帝王は他のセール品にも後ろ髪を引かれていたが、というよりぶっちゃけここまで来ておきながら戦利品が醤油だけで帰るつもりなど毛頭ないのだが、とりあえず目の前の天敵から逃げ出すことが先決と考えた。 「あのな、ぼん。わいは・・・・・・。」 「遙ちゃ〜ん、どこにいますの〜?」 「あ、お母さ〜ん。ここですよーう。」 カートを押しながら現れた声の主は、「ハルカちゃん」に負けず劣らずのフリルだった。 「まあ、いったいどこに行ってましたの?心配しましたのよ。」 「ごめんなさーい。あのね、お母さん、これがておさん。ておさん、これが遙のお母さんで〜す。」 「うっ、・・・お若い・・・ですね。こんな大きい子の親とは思えんわ・・・。」 「まあ、いやですわ〜。遙ちゃんからよくお話は聞いてましたの。本当に大きいんですのね〜。」 「でしょ〜。お父さんとどっちが大きいかな。」 「そうですわね〜、ライガさんの方が大きいと思いますわ。ておさん、身長はおいくつですの?」 「たぶん194くらいやったと・・・。」(*高3の時の話です) 「やっぱりライガさんの方が大きいですわ〜。」 「え〜、ておさんの方が足長いのに〜。」 「まあ、そうなんですの!?」 「うん。前に遙の背と比べてみたことがあるんですぅ。」 「ショックですわ・・・。」 「お母さん、しっかりしてくださ〜い。」 限界だ。 「あの・・・、わい、まだ買う物あるんでこれで失礼します・・・。」 「えー、いっちゃうんですか?」 「わたくしもまだお買い物終ってませんの、ご一緒しましょう?」 「・・・・・・あう。」 どうやら自分はぽえぽえしたものが苦手らしかった。 「えーっと、お肉は買いましたし、後は・・・。」 ぽえぽえ二人の買い物風景は非常にのんびりしたものだった。変わった商品があれば必ず足を止め、じっくり吟味していく。会話は微妙に的外れで、聞いているだけなら面白いのだが、話を振られると返答に困った。 「そういえばお母さ〜ん、きょうはなんのシチューなんですかぁ?」 「今日はクリームシチューにしましょう。だからコーンの缶詰と・・・あ、そうですわ、忘れるところでした。」 そういうと「お母さん」は缶詰のコーナーに向かった。結局一緒に回っていた帝王も仕方なくその後を追いかける。 「やっぱりクリームシチューには桃の缶詰ですわ。」 桃缶とコーンペーストを手にして「お母さんは」にっこり微笑んだ。どうやらこの家庭ではクリームシチューの時のデザートは桃缶と決まっているらしい。温かい家庭の様子が目に浮かぶようだ。 結局最後まで三人で売り場をめぐり(帝王の普段の買い物の三倍は時間がかかった)、帝王は両手に荷物を抱えて店を出た。これでしばらく買い物はしないで済むだろう。「お母さん」と「ハルカちゃん」は一つの袋を一緒に持って歩いている。その姿はいかにも仲のよい親子という感じで、少し切なくなってみたりもした。 出口を出たところで別々の方向に向かって歩き出す。帝王は駐車場に向かおうとしたのだが、二人は駐車場とは反対方向に向かうようだ。 「ておさんバイバイ。また桃ちゃんと遊びにいきますね。」 「今日はお会いできて嬉しかったですわ。遙ちゃんをよろしくお願いしますね。」 たしか「ハルカちゃん」と「モモちゃん」はみ○りが丘にすんでるとか言ってた気がするのだが・・・。はっきりってここから遠い。 「あの、どこに行きはるんですか?」 「バスで帰りますの。」 「きょうはお父さんがいないから車がないんですよ〜。」 そういえば少し離れたところにバス停があった気がする。車がないのでバスで買い物とは、都会ならいざしらず、○川では結構不便だろう。何せバスの本数が多いとは言えない。 「あー・・・、よかったら・・・乗ってきます?」 深く考える前に口が動いていた。自分の言ったことを理解する前に、目がきらめいていた。しかもWで。 「え〜!ておさんの車?ておさんの車?のる〜!遙ぜったいのる〜!」 「よろしいんですの!?」 そのはしゃぎようは予想をはるかに越えるものだった。・・・『後悔』とは、後に悔やむと書くのだ。もう後には引けなかった。 助手席で「ハルカちゃん」はニコニコしていた。いや、ニコニコしてるのはいつものことだが、たかが車に乗ったくらいでそんなに喜ばれると後ろめたかった。何せ苦手に思ってるのはあいかわらずなので。 「あ、そこでむこうにまがってくださ〜い。」 おまけに「ハルカちゃん」はきちんと助手の役割も的確に果たし、10分後には『ホープ』という表札のついた、瀟洒な白壁の一軒家に辿り着いていた。 「ありがとうございました。本当に助かりましたわ。」 「たまたまやし、気にせんといてください。そんじゃ、失礼します。」 「まあそんな、せっかくですし少し寄って行ってくださいな。」 「ておさん、よってって〜。遙のおへやであそびましょうよ〜。」 「いや、もう・・・(限界とうに過ぎとるんやけど・・・)。」 『キラキラキラ』 「・・・・・・・・・はうっ。」 室内はメルヘンだった。高そうな応接セットの周囲に実用とは思えないレースやフリルや置物が所狭しと並んでいる。・・・隅にある微妙にメルヘンなきのこのランプはガレに見えるのだが・・・。きっと写しだ。鑑定眼に自信がなくなった。 「ちょうど今朝ケーキを焼いたところでしたの。」 そう言って「お母さん」が差し出したのはとろりとした光沢のあるチョコレートケーキだった。ザッハトルテというやつだろうか。ケーキからは甘いチョコレートの臭いの他に、何か不思議な香りがした。 しかし綺麗な光沢だ。チョコレートの光沢を出すには湯煎の微妙な温度で決まるらしいが、その辺で売っているケーキと比べて遜色ない出来だ。 「これホンマに作りはったんですか?売りもんみたいですね。」 「まあ、お上手ですこと。どうぞ召し上がってくださいな。」 甘いものは苦手ではないが、大好きというほどでもない。横で意味ありげにこっちをみている「ハルカちゃん」のことも少し気になったが、とりあえず食べて早々に退散しようとフォークを取り、適当に切って口に運んだ。 「あ・・・。」 「ハルカちゃん」が小さく声を上げた。なぜか眉間に皺を寄せ、痛そうな顔をしている。さっきから何なんだ、と思った瞬間、衝撃が来た。吐き出すのは何とか堪えたが、顔が歪むのは止められなかった。思わずフォークを握り締め、なんとかやり過ごそうとしたが、飲み込むに飲み込めない。とうとう体が震え出した。 ・・・これは、チョコレートじゃあない。ましてやケーキでもない。 「どうぞ。お砂糖はおいくつ?」 タイミングよく差し出されたお茶を奪うような勢いで飲み干す。一緒になんとかケーキ(仮)の欠片も一緒に飲み込んだ。「お母さん」はそれを見てあっけに取られている。どうやらその前の状態は見られていなかったらしい。 「・・・あ、すいません。喉が渇いてもーて!」 我ながら白々しい。「ハルカちゃん」は自分のケーキには手を付けず、申し訳なさそうな目でこっちを見ている。 「あらあら、たくさん飲んでくださいね。おかわりもありますから。」 そういって「お母さん」はティーポットに残っていたお茶を空になったカップに注いでくれ、お茶を入れるために台所へ姿を消した。 今だ! 手段は一つしかない・・・。身一つで来たことが悔やまれる。迷っている暇はなかった。残りのケーキ(仮)をまとめて口に放り込み、味合わないように素早く丸飲みし、後味をお茶で流し込んだ。小ぶりのケーキでよかった。本っっ当〜に、よかった。 「ハルカちゃん」はその一連の行動を隣で見ていた。そのまなざしが尊敬と賞賛に変わっているのは気のせいだろうか。 ふと気付けばフォークを握り締めたままだった。せっかくの銀製のフォークがすこし曲がってしまっている。これは不可抗力だろう。というより、まず詐欺だろう。あんなに綺麗な見た目なのに、中身はいつかの星華の手料理に匹敵する。分りやすい分星華の方がマシかもしれない。 ぐったりしていると「お母さんが」ティーポットを持って戻ってきた。空になったカップを見てまたお茶を注いでくれる。ありがたく、今度はゆっくりと味わって飲んだ。 「あら、まだたくさんありますの。ケーキのおかわりも持ってきますわね。」 「いやいやいや、もう結構です!」 「まあ、もうごちそうさまですの?」 「お母さん」は残念そうに小首をかしげた。 「スンマセン、あの、甘いもんはあまり得意やないので・・・。」 「そうでしたの?ごめんなさい。違うものを出せばよかったですわ。」 「いや、美味かったです。ホンマ。手作りのケーキなんて滅多に食べる機会ないし。」 「よかったですわ〜。」 「ごちそうさまでした。すんませんが、そろそろ失礼します。」 しばらく他愛のない話をして、四杯目のお茶を飲み終えたのをきっかけに立ち上がった。 「あら、もうですの?」 「そろそろ帰って仕事せなアカンので。」 「まあ、それでは仕方ありませんわね。今日は本当にありがとうございましたわ。」 「こちらこそ。ごちそうさまです。」 思っていたよりあっさりと開放された。何か言うかと思っていた「ハルカちゃん」も黙ったままうつむいている。妙だと思いながらも玄関でもう一度礼を言って車に乗り込んだ。エンジンを掛けたところで「ハルカちゃん」が運転席の窓の外にやってきた。相変わらずうつむいている。そういえばケーキ(仮)を食べたあたりからほとんど喋っていなかった。いつもは喋ってばかりでこっちの目が回るくらいなのに。 最後に何かあるのかと窓を開けたら、「ハルカちゃん」はうつむいたまま小さな声で一言。 「ごめんなさ〜い・・・。」 「もしかして、さっきのケーキのことゆうとるんか?」 小さく頷いたかと思ったら、今度は怒涛の勢いで喋り出した。 「あの、あのね、お母さんはデザイナーなんです!だからね――。」 言ってることは支離滅裂でも、母親の弁護をしたいというのは伝わった。やっぱりよく出来た子だ。とりあえず、そんな良い子の頭を窓越しに軽く叩いてやった。 「わーった、わーった。明るぅて、優しそうで、ええおかんやな。」 そう言うと「ハルカちゃん」は嬉しそうに笑って、大きく一つ頷いた。 「でももう、ケーキは勘弁な。(マジで)」 「ふにゅ〜・・・。」 「またな。」 バックミラーに大きく手を振る「ハルカちゃん」が見えた。やっぱりスカートがひらひら揺れている。あれはどうなのかと思いながら家に急いだ。そりあえず、胃薬を飲んで一眠りしよう。・・・胃薬の買い置きなんてあったかな・・・。 仕事を終えて我が家に帰ったホープさんちのご主人を、妻の要さんは今日も笑顔で出迎えた。 「お帰りなさいませ、ライガさん。」 「ただいま、要。」 そして普段着に着替えて居間でくつろぐライガさんに、要さんはケーキを差し出した。 「今日作りましたのよ。」 ライガさんは慣れたもの。なにせ十数年のキャリアがあります。顔色一つ変えずに、ケーキを一口食べました。 「要、このケーキ・・・いつもとさらに違う味がしないか?」 「まあ、やっぱりわかります?隠し味にお酒を入れてみましたの。チョコレートにお酒を混ぜると美味しいって聞いたものですから。」 「酒?酒だけか?」 「そうですわよ?あ、でも少し入れすぎてしまいましたの。ほら。」 そういって妻が見せたのは、人から貰ったものの飲む機会のなかった泡盛のビンで、中身は半分ほどに減っていた。 「そうか・・・。でも要、ケーキに入れる酒は洋酒の方がいいと思うぞ。それにあんまり入れると子供が食べられないから気をつけなさい。」 「分りましたわ〜。」 しゅんと落ち込んでしまった奥さんに、ライガさんは優しく、愛なくしては言えない(愛があっても言うのは難しいであろう)一言を言いました。 「じゃあ残りのケーキも持っておいで。全部俺が食べるから。」 「は〜い、どうぞ召し上がれ。」 「・・・・・・か、要!?一切れ足りないぞ!誰が食べたんだ!?林檎か?遙か?まさかパテットか!?」 「お客様にお出ししましたの。」 「なんだって!?それで、その客はどうなった!?」 「おいしいって言ってくださいましたわ〜。」 「・・・・・・そ、そうか、よかったな。」 誰だか知らないが、妻を悲しませないでいてくれたことに感謝しよう。そして詫びよう。さらに祈ろう。無事でありますように。しかし要のケーキを食べて美味しいと言えるとは、かなりの人物に違いない。 ライガは残りのケーキを黙々と処理しながら、その人物について思いを巡らせた。きっと丈夫な胃と、強靭な精神力を持っているか、よっぱど変わった味覚をしている人に違いなかった。 |
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