第一章 悲しき狩人たち



トーストに目玉焼きとコーヒー、それに愛飲のタバコがあれば俺にとっては十分な食事だ。
のんびり顔を洗った後フライパンに向かい、卵を落としたところでやかんが笛を鳴らした。
ソファーに座り、テーブルの上に置いてあった朝刊を広げて、まずは一杯。
すると勝手に手がタバコに伸びてしまう。
食事前だという意識は、所詮習慣という無意識に負けてしまうものなのだ。
後で食事が不味くなるのは分かりきっていても、だ。

「聡ー」
「ん?]
「腹減った・・・。このトーストちょーだい」
《同居人の嵐 香介》
「は? 何言ってんだ。もうお前はメシ食ったんだろ?」
「食ったような食わないような・・・」
「なんだそりゃ」
「だって、あの知哉の作ったメシだぞー。あんなん真剣に食ったら腹下す」
「だから適当にごまかして食いっぱぐれたわけだな」
「そうだよ。聡だって、自分の分のメシは自分で作ってるじゃんか。あいつのメシが食いたくないからだろ」
「・・・あははは」
(・・・はっ。不審な気配・・・あ、あれは・・・)
「あ〜あ、ついてねーな。今週のメシ当番が知哉だなんてさー」
(や、やべー! 知哉だ・・・!)
「ドッグフード食ってた方がまだましだー」
「・・・おい、香介」
「ぜってーアイツ味オンチだよ! 聡もそう思うだろ!?」
「後ろ、後ろ」
「あ? ばくっ」
「あー! テメエどさくさにまぎれて何人のトーストかじってんだ!!」
「いーじゃんケチケチすんなって。知哉のメシの後の口直しだよ」
「あ〜あ・・・知らねえぞ・・・」
「うめー。で、後ろがどうしたって・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・げ!!」
「と、とも・・・」
「誰が・・・味オンチですって?」
《同居人の榊 知哉》
「うぎゃー!」
「あ。」
ボトッ。
「お、俺の朝メシが!」
「香介・・・」
「は、はい」
「腹が減った腹が減ったと耳元で散々わめかれて、無理やり叩き起こされて作った僕の食事を・・・何ですって?」
「お、おいしかった・・・です」
「嘘をつくんじゃありません!」
「ひゃああ!」

《どすんばたんという物音》

「どうして知哉がここにいるんだよっ! さっき仕事に行ったはずだろー!?」
「忘れ物をしたので取りに来たんです」
「聡! どうして知哉が戻ってきたこと、教えてくれなかったんだよう!」
「一応教えたぜ。・・・手遅れだったけど。それよりおまえら、人のメシを何だと・・・」
「悪かったですね・・・」
「犬のエサ以下のメシで!」
「聞け! 人の話!!」
「うぎゃー!」
「うるせえおまえら! ケンカすんならよそでやれ!」
「あ、やっべ。もうバイトの時間だー。じゃ、そーゆーことで!」
「何がそーゆーことだ・・・うわっ!」

《どすんばたんという物音》

「いってー・・・」
「く・・・聡を突き飛ばして僕に当てようとするとは卑劣な・・・!」
「そういえば・・・逃げるためなら手段を選ばない・・・あいつはそういう奴だったな・・・」
「まったくなんて根性なんでしょうか・・・」
「やーいやーいざまーみろー」
「あ、こら、待ちなさい!」
「ぎゃふん!」
「こら、知哉ー! 人を踏みつけて行くんじゃねえーーー!!!」
「すいません、それどころじゃなかったもので!」
「それどころじゃって・・・」
「そういえば・・・逃げる敵を地獄の底まで追い詰める・・・あいつはそういう奴だったな・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・なんてやつらだ、まったく」


うるさい奴らがいなくなった後、朝飯を作り直してタバコを吸った。
するとようやく気分が落ち着いてきたようだった。
本当はあの夢のせいで酷い一日になりそうな予感がしていたのだが、嵐のような二人の同居人のドタバタ騒ぎが、いつしか俺をいつもの状態に呼び戻してくれていたらしい。
「さーて、今日も張り切ってハッキングだ」
そして俺はいつものように、パソコンを立ち上げた。


いつからだろう。
こうして、他人のコンピューターの中を行ったりきたりして、データをのぞき見ることが日課になってしまったのは。

きっかけは分かっている。
そう、あれは―――5年前の冬。
二人にあの場所で偶然再会したことが、すべての始まりだった。

・・・いや、違う。始まっていたのは17年前。
俺たちが出会ったのは偶然に見せかけた必然だったのだ。

5年前までの俺は、たった一人で生きてきたようなものだった。
住処を突然奪われて、親代わりだったその孤児院の園長先生もその火事で奪われた。
焼死した友達も3人いた。
生き残った子供も、そのほとんどが傷を負い、何週間も何ヶ月も病院に留まるような子もいた。
その中では、俺はわりと軽傷だったらしい。
すぐに意識を取り戻したし、すぐに歩くことが出来た。
だから、病院からはすぐに追い出された。
行くところもないのに、帰るところもないのに、追い出されたのだ。
あの時ほど不安なことはなかった。
まだ俺は7歳だったのだ。今までどうやって生かされてきたのかさえ知らなかった。
途方に暮れていた時、俺を一時的だが引き取ると言ってくれた人が現れた。
あの孤児院の経営者だったという人だった。
事件のことを知り、酷く胸を痛め、生き残った子供たちが何とかこの後も幸せに暮らしていけるように、新たな孤児院を建てるつもりだとその人は言ってくれた。
そして、事件のせいで心を閉ざし、最初はうまく口もきけなかった俺に熱心に話しかけてくれた。
俺はその人からいろいろなことを聞いた。
中でも最も印象に残っているのが、あの事件の話だった。
俺はそれまであれが放火による殺人事件だったことを知らなかったのだ。
気がついたらいきなり炎に包まれていたのだから・・・。

犯人はまだ捕まっていなかった。
動機もよく分からないらしい。
何しろあそこは、縁もゆかりもない子供たちが暮らしていた場所だ。
ある特定の子供を狙ったのか、それとも不特定だったのか。
建物を破壊したかったのか。
放火魔が、たまたま通り魔的にそこを選んだのか。
・・・放火魔説は、比較的早い段階で唱えられなくなった。
愉快犯なら、連続してそういう事件を起こす確率が高いが、何週間経っても同じような事件は起きなかったからだ。
だが、死人が出たことによって小心者の犯人が萎縮し、連続放火をやめた可能性もある。
結局、何も分からなかった。

だが俺には一つ気にかかることがあった。
それは園長先生が残した言葉だった。
『君たちを巻き込んでしまったからね。こんなつもりじゃなかった・・・。こんなはずでは・・・』
あれはどういう意味だったのか。
園長先生は何かを知っていたのか。
だから、口封じに殺されたのだとしたら・・・。
あの放火は、園長殺害が目的だったのではないか―――。

もっとも、そのことを言葉にする機会はその頃の俺には訪れなかった。
そんな凶悪な想像は、幼い頃の自分には到底思い描くことはできなかったのだ。
真剣にそのことについて悩みだしたのは、もっと大きくなってからのことだった。

俺を引き取ったその人は、事件についてこう言った。
「私のせいかもしれないよ。あそこが狙われたのは・・・」
その人は資産家で、政治家でもあった。
「君には分からないかもしれないが、私の仕事は人々の生活に直接関係のある仕事なんだ。皆が暮らしやすくなるために、時には少数派の意見を退け、そのための法案を作ったりもする。
すると、そういうことが気に入らないと反発する人々が出てくる。あの事件ももしかしたら、そういう人たちが私への抗議のために行ったことなのかもしれないよ」
「だから・・・僕を引き取ってくれたんですか。おじさんのせいだから―――なんですか」
「そうだね。もしそうだとしたら、私は君たちに対してどんなに償おうとしても償いきれないことをしたことになる。君を引き取ることなど当然のことだ。
でもね、聡君・・・。私は間違ったことなんかしていない。君たちは親がいなかったけれど、あの孤児院で素晴らしい愛情を受け取って暮らしてきたはずだ。
子供たちがそういうふうに暮らせるように、私は望んでいた。みんなの幸せのために、私は努力してきたんだよ。・・・それだけは信じてくれるかい?」
俺は孤児院のことを思い出して、少し泣いた。
幸せに暮らしてきたあの日々はもう戻らない。
それまで思いも寄らなかったけど、俺は幸せだったんだと思った。そして、気づいた瞬間にはそれを失っていたのだ。
「・・・おじさんが悪くないのなら、悪いのは火をつけた人だ。僕はその人を絶対に許さない・・・」
「いいや、聡君。これはね、誰のせいでもないんだ。みんな、自分の幸せを獲得するために必死で戦っているんだよ。
たとえどんなにいい人でも、誰かを傷つけなくては生きていけない。誰かの敵にならなくては生きていけない時もあるんだ。
だから今度のことも、たまたま私が誰かの敵になっただけかもしれない―――」
その人は俺の肩をぎゅっと掴んで力強く言った。
「いいかい、聡君。この世には本当に悪い人なんかいないんだ。敵がいるかいないか、それだけだ。もし君が将来君の敵となる人物に出会ったとしても、恨んじゃいけない。
誰かを恨むその気持ちが、今の君のような可哀相な運命を背負った子供を生むことにもなるかもしれないのだからね」
俺はうなずいた。
でも心のどこかで、納得することが出来ない自分がいることに気づいていた。
自分でも抑えられない怒りが、ふつふつと湧いていた。
悪い人はきっと何処かにいる。
火をつけた人が悪くないなんて、どうしても思えなかった。
子供らしい反発心は、成長してもなかなか抑えることが出来なかった。
結局その政治家の家にいたのは、ほんの1ヶ月半くらいだった。
すぐに別の新しい孤児院に俺は送り出されてしまったのだ。
暗くて可愛げのない子供だったからかもしれない。
でもその人には今でもすごく感謝している。
新しい孤児院にはうまくなじめず、中学卒業と同時にそこを飛び出してしまった俺には、親と思えるような人は前の園長先生とその人しかいなかった。
親のように思えるのは、その人の言葉が忘れられなかったせいもある。
『恨んじゃいけない』
きっと、俺が幸せになるために言ってくれたのだ。
誰かを恨んで生きるな。自分の幸福のために生きろ―――。
痛いほどありがたかった。
だが、その反面で、それを否定し続けた自分がいる。
復讐のために生きようとする自分が・・・。
罪悪感で、ずいぶん苦しんだ。
子供のふりをして、意味が分からないようなふりをして、俺はずっとその人に逆らってきたのだ。
あの人の言葉は大きすぎて、自分のような小さい人間にはとても拾いきれなかった。
あの人は―――俺のように大切な人を奪われたことがないからあんな奇麗事が言えるんだ。
時にはそうやって自分を正当化してみたりもした。でも途端にそう思うことが恥だと思えて、反発は後悔に変わった。
大きくなっても恨みが消えない。まったく成長しない。あの人のように、なれない。
そんな自分が嫌で嫌でたまらないくせに、心の何処かでまだ自分は正しいと思ってた。

苦しんで、苦しんで、結局俺はあの時の放火犯人を見つけてやると決心した。

あの人の言葉どおりに生きたいのなら、過去を忘れなくてはならない。
でも、そんなことは出来はしない。
忘れることで何になる。
過去をなくして、現在も未来もありえない。
自分が自分でなくなるようなものだ。
俺は俺の思った通りにしか出来ない。
犯人を見つけたらどうしようとか、そんなことばかり考えている自分を認めなければ、その先の幸せなんか望めない。
自分の敵が自分では、戦っても自分が傷つくだけだ。
俺の敵は―――放火殺人犯人だ。
そう思うと、心がすっと軽くなった。

決着をつけよう。
何故、火をつけた。
何故、園長先生を殺した。
お前は・・・悪いやつなのか。
この世に悪い人なんていないというのは本当か。
正しいのは、俺か―――あの人か。
犯人を見つけたら、俺はまずそれを確かめてみたい。


そして俺は今から5年前のある冬の日、それまでどうしても行けなかったあの孤児院の跡を見に行った。

証拠なんてきっともうない。あれから12年も経っている。あとたった3年で時効だ。
分かっていたけど、他にどこにも手がかりなんてない。
それにしても―――見事に、何も無くなっていた。
あの跡地を、政治家はきれいさっぱりとした公園に作り変えていたのだ。
ブランコや滑り台や砂場・・・。幸せそうな子供たちが楽しそうに遊んでいた。これもあの人の望んだことなのだろう。
そう思うと、まだ復讐に駆られてこんなところに立っている自分が愚かしく感じた。
その時だった。
公園の入り口でぼんやりとしていた俺にあいつが近づいてきたのは・・・。
もっとも、向こうも俺に近づこうとして近づいたのではないらしかった。ふと横を向いてそいつと目が合ったとき、あいつはかなり驚いていたから。
「・・・知哉?」
「・・・!」
「聡・・・」
まるで亡霊でも見ているかのようだ。
12年前生き別れた仲間同士がめぐり合うなんて。しかもこんな場所で・・・。
いや、こんな場所だから―――なのか。
あまりにも出来すぎた再会は、何かを俺に予感させた。

「何やってんだよ、こんなところで」
「君こそどうして・・・?」
「・・・忘れてないからさ」
「・・・」
「お前・・・この辺に住んでるのか? ここにはよく来るのか」
「ほとんど毎日来てますよ。ここは僕の故郷だから・・・」
「・・・」
「こんなところで君と会ったのも縁でしょうね」
「・・・実は僕、あの孤児院を燃やした犯人を追ってるんです」
「・・・なに?」
「もし興味があるなら、僕についてきてくれませんか。仲間を紹介します」
「な、仲間って・・・おまえ、刑事にでもなったっていうのか?」
「ご冗談を。誰があんな組織」
(あんな組織・・・?)
「さあ、こちらです」
「え? お、おい・・・」
(まいっか・・・)
(それよりさっき、一瞬だけど知哉・・・すごく冷たい眼になったな。警察に恨みでもあるのかな・・・)
(・・・)

《喫茶店「SPICE」》
(競馬新聞を読んでる男が一人だけしかいねーな。あまりはやっていないようだ)
(て、まさか、その男が仲間なのか!?)
(そういわれてみれば何となく怪しい感じはするが・・・)
「いらっしゃーい」
(ん・・・? このウエイターどっかで見た気が・・・)
「!!」
「あ、お、おまえは!」
「あれ!? ひょっとして、聡!?」
「やっぱりお前か、香介!? ここでバイトしてんのかっ!?」
「うん」
「こいつが仲間か、知哉!」
「はい」
「超ひさぶりー。元気ー? ご注文は何にしますー?」
「びびったなぁ・・・」
「マスター、『びびったなぁ』1つね!」
「な、何っ、ちょっと待て!」
「うっそぴょーん。びびった? びびった?」
「この野郎っ!」
「うぎゃー! 助けて、知哉!」
「やれやれ・・・昔もそうやってすぐ聡をからかっては反撃されてましたよね・・・」
「聡ってキレると手のつけられない暴れ者になるっていう評判の子供だったんだよなー」
「うるせえ。テメエが悪い」
「あははは。懐かしいですねえ」

こうして、俺たち三人は必然のような偶然で出会った。
そして驚くべきことに、集まった理由もみな同じ―――放火殺人犯を捕まえるため―――だという。
知哉は「復讐同窓会」というセンスのないネーミングをこの再会に名づけた。
そして、今まで自分たちがどうしてたのかを簡単に説明した。
知哉は司書士を目指して勉強中だとか、香介はあちこちでバイトしているとか。
俺はシステムエンジニアを目指して就職浪人中だと語った。
だが、懐かしがってはしゃいでたのもそこまでだった。
話がいよいよ本題に入ろうとしていたのだ。
12年前の事件について―――。

「聡は今までどんな収穫がありました?」
「新聞と、ネットで得られる情報だけさ。ここに来たのもあれ以来だし。だが、犯人の予想は大体ついてるんだ」
「本当ですか?」
「ああ。おそらく犯人は当時このあたりを縄張りにしてた暴力団員・・・てとこだろうな」
「何故・・・そう思いますか?」
「暴力団対策法って知ってるか?」
「ええ。平成4年3月から実施された、暴力団や暴力団員を規制する法律ですね」
「そうだ。正式には『暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律』という。刑法上取り上げることが出来ないような、
民事介入暴力や企業対象暴力を取り締まる法律だ。それまでは暴力団を名乗って看板を掲げていても処罰の対象にはならなかったんだが、
これが出来てからはそれも不可能になり、暴力団員はシノギが難しくなった。
その法律の立案を推進していたのが、あの孤児院を経営していた政治家の速水代議士だったんだ。
しかも、園長先生はこの町から暴力団をなくすための住民運動に参加していたそうだ」
「孤児院の園長と経営者の共通点が見つかったのですね」
「そうだ。今までの警察の捜査は、怨恨、強盗、無差別放火の3つを重点的に洗ってた。
園長は恨まれるような人柄ではなかったという周囲に住んでいた人々の証言を信用するなら、怨恨の線は薄い。
子供が恨まれるというのも考えにくい。
強盗だとしたらもっとおかしい。孤児院に大金があるとは思えないし、人が大勢生活しているところに押し入るのは不自然だ。
だが警察は何故かこの線を捨てなかったんだな。何か考えがあったのかな・・・」
「ずいぶん警察の事情に詳しいんですね」
「なに、ちょっと警察のコンピューターをハッキン・・・」
(・・・あ。やべ)
「なるほど、ハッキングしたんですか」
「すげー、スパイみてぇー」
「と、とにかくだな、あとの無差別放火ってのも不連続だったし、そっちからの証拠は出てきにくいから捜査はあきらめたようだぜ。
それで俺は怨恨の線に注目して、園長や俺たち以外であの建物が壊されて被害を被るような人物を想定した。
それがあの人・・・速水さんだった」

思えばあの時、あの人が言っていた―――『皆が暮らしやすくなるために、時には少数派の意見を退け、そのための法案を作ったりもする。
すると、そういうことが気に入らないと反発する人々が出てくる』―――あの言葉は、暴力団対策法に反発する暴力団がいるという事実を
指していたのではないだろうか。
それに、園長先生が残した『君たちを巻き込んでしまった。こんなはずでは・・・』という言葉も、
暴力団廃止の住民運動の意趣返しに狙われ、俺たちを巻き込んだことを後悔しての言葉だとすれば意味が通る。

「・・・それで?」
「そこまで・・・だな。暴力団が対策法による恨みでやったという証拠はない。その後、その対策法によって孤児院の周辺で看板を掲げていた
暴力団は右翼や同和といった団体に代わり、団員たちは散り散りになったそうだ・・・」
「そうですね。大半はまたどこかの団体に所属代えし、一部の人間は刑法に触れて刑務所に入ったものもいたそうです」
「そうかそうか・・・って、おい?」
「・・・何で知哉が暴力団員の行方を知ってるんだ?」
「まさか・・・」
「そのまさか、ですよ。僕らも同じ結論に至り、同じように調べてたんです」
「なんだよ・・・じゃあ俺はお前らが周知のことをべらべらとしゃべってたのか? 知ってるなら知ってるって言えよな! ああ、喉かわいた」
「いえいえ、結論だけは同じでもプロセスが違いますから・・・。園長先生が住民運動に参加していたことや、孤児院の経営者が対策法の推進派だというのは
初めて知りました。なかなか面白い・・・いえ、興味深い話でしたよ」
「あん? じゃあどうしてお前は暴力団が関係してるって分かったんだよ?」
「対策法や住民運動のことを知らなければ、暴力団という発想が出てくるわけがねえだろうが」
「・・・」
「・・・見たんです。あの晩」
「あ?」
「・・・あの、晩て?」
「僕は、犯人の顔をこの目ではっきりと・・・見たんですよ」
「なに・・・!?」

知哉の告白は、かなり衝撃的だった。俺は火をつけたばかりのタバコをすっかり灰にしてしまうほどその話に聞き入った。

「あの夜・・・僕は夜中に物音で目が覚めました。ドサ、とダンボールを落としたような奇妙な物音をね・・・。
月の綺麗な夜でした。そんな日は窓を少し開けて寝るんです。月の光がよく入ってくるような気がして・・・。
だから外の音もよく聞こえたんです。その怪しげな物音は、どうやら外から聞こえたようでした。
窓に近寄って見ると、怪しい男が一人、孤児院から出てくるところでした。手に大きなダンボールを抱えていました。   
仲間がいたらしく、もう一人はそのダンボールを車に積んでいました。
二人組の泥棒だと思った僕は、園長先生を起こしてこようと思いました。

・・・その時です。

一人がこっちに向かってきました。僕は見つかったんじゃないかと思って慌てて隠れました。
でも違った・・・。男は僕を狙ってたんじゃなかった。
男の狙いは、この孤児院そのものだったんです」

「・・・」

「男はガソリンをもって孤児院の中に入ってきました。1Fを燃やして、誰も出られないようにするためだったのでしょう。
でも僕はガソリンを持った男が僕のいる部屋まで上がってくるかもしれないと思って、怖くて身動きすら出来なかった・・・。
今思えば情けないです・・・。僕がそうして震えているうちに火が上がってきたんですから・・・」

「おまえ・・・! 見てたんなら、どうして警察にそう証言しなかったんだよ!」

《ドンっ! とテーブルを叩く音》

「しましたよ! でも警察は子供の言うことだからって、真剣に取り合ってくれなかった・・・!」
(・・・だからか)
(さっき警察のことを『あんな組織』と吐き捨てたのは・・・)
「それに僕は園長先生を呼びに行く途中で煙に包まれて・・・気づいたら事件からもう何日も経った病院のベッドの上だった・・・。
園長先生が死んだと知った時・・・僕は・・・」
「・・・」
「知哉はずっと苦しんでたんだよ、聡・・・」
「・・・」
「・・・そうか」
(そうだよな・・・)
(苦しんでなければ、いつまでもあんな悲しい事件に足を突っ込んだりはしない)
(この俺がいい例だ)
(知哉もきっと、俺と同じ思いだったんだ)
(罪悪感と後悔で潰されそうになりながら生きてたんだ・・・)
「・・・ごめんな、知哉。つい興奮しちまってさ・・・」
「いえ、いいんです・・・」
「・・・僕はガソリンを持った犯人の顔を一日たりとも忘れることは出来ませんでした。
角刈りで、体格のいい男で、年は30代半ばか後半といったところでしょうか。
もう一人の車に残った男の方の顔は暗かったのでよく分かりません・・・。ですが、炎が上がった時だけ、
ちらっと頬に傷のようなものがあったのを確認しました。
二人の力関係はよく分かりませんでした。車に残った方が若いのに、放火を手伝いもしないで車の中で何かをしてました。
きっと積み込んだダンボールの中身を確認してたんだと思いますが・・・」
「そうか! それで警察は物取りの犯行の線を消さなかったんだな? 知哉の証言のせいか!」
「さあ・・・」
「・・・その後僕は、頬にあった傷のことや乗っていた車の雰囲気で暴力団を連想しました。
明らかに他人同士の二人組の犯行だったこと、ガソリンを用意しての放火だったことからしても、
犯人は組織的で、計画的で、しかもきわめて残虐的な行為が出来る二人組以上の集団だと判断したんです」
「それで・・・暴力団、か。なるほど」
「でも、そのダンボールの中身のことが分からないな。奴らは何を盗んだっていうんだ?」
「・・・分かりません。それは犯人を捕まえて聞いてみたいと思います」
「そうだな。俺も奴らには聞きたいことがあるんだ・・・」

奴らが救いようのない最低の奴らなのかどうか。

「で、香介はどうして知哉を手伝おうと思ったんだ?」
「ん? いや、何となく・・・」
「何となく?」
「あ、別にヒマだからとか、好奇心でとかじゃないよ。ただ、うーん・・・なんていったらいいかなぁ」
「刺激が欲しかった・・・でしょ?」
「そうそう。面白そーだなーって感じで」
「おいおい、遊び感覚かよ」
「違うよ! 本気で俺は刺激が欲しいの! 退屈な日常大っ嫌い派なの! 真面目にそう生きてんの!」
「・・・分からんな」
「同感です」

香介の感覚はよく分からなかったが、俺は二人に頼まれ、共同戦線を張ることに同意した。
一人よりも二人。二人よりも三人の方が情報は集めやすいし、いろいろと動ける。
それに知哉が収集した情報は俺よりずっと多く、この時点ですでに容疑者は数名に絞られていた。
それは俺にとってありがたいことだった。

香介の人懐こさも諜報活動には欠かせないファクターだった。
ここでも、知哉の嫌いな所轄の刑事が時々やってきて情報をもらしてくれるのだという。もちろん向こうは仕事の
愚痴をいいふらしているだけのつもりだろうが。
二人にとって魅力的だったのは俺のハッカーとしての腕だったらしい。
どうせそのつもりで鍛えた腕だ。いくらでも使ってやる。

俺たちは、こうして手を組んだ。

その後、調査に調査を重ねて、当時、孤児院の近くの事務所にいた暴力団員の動向をほぼ掴んだ。
分からなかったのは二人だけで、どうやらその二人が犯人の可能性が高かった。
知哉がそいつら以外の写真を手に入れ、自分の記憶と照合し、全員違うと判断したからだ。
だが、そんな地道な調査のおかげで、今から2年前、俺たちが組んでから3年後・・・とうとう時効は過ぎてしまった。
俺たちは悔しがったが、今までの調査を無駄にする気は一つもなかった。
むしろ司直の手に渡すより、自分たちの手で何とか真実を明らかにしたいと願っていたから、時効のことなどどうでもよかった。
時効が過ぎれば、潜伏していたであろう真犯人の二人も安心して姿を現すかもしれない。
それを願い、信じ、俺は来る日もパソコンを開いた。

俺はシステム・エンジニアとして警備会社の防犯ソフト作る仕事を始めたのだ。
主に、高度な防犯機能を欲しがっているヤバそうな連中―――暴力団につながりのあるフロント企業などに売りつけるためだ。
そのソフトにはハッキング・プログラムというおまけがついている。
横のつながりで、そういう関係者にはちょっと知られた立場にいる今の俺。
プロジェクリーダーという立場を利用し、最後にちょこっとそんな仕掛けを付け足してやったのだ。
おかげで今の俺はクリック一つで見たいときに見たい会社の情報が見られるような状態だ。

そして、その甲斐あってか、最近ようやく有力な情報が俺のもとに舞い込んできた。
あの放火事件の時知哉が目撃したという、角刈りで体格のいい実行犯によく似た男が、最近ある会社の社長席についていたことが分かったのだ。
そいつの名前は徳永 寛。53歳。
17年前の事件では36歳だから、知哉の証言とも合致する。
会社の名前は、『白銀にこにこローン』別名、白銀会。
あからさまにヤクザらしい名前だ。
あの時の犯人がこうして堂々と社会に溶け込み、成功した陰にはきっと何かがあるはずだ。
それは何なのだろう・・・。
知哉が見た謎のダンボールの正体も気にかかる。
孤児院には俺たちの知らない秘密が隠されていたということなのだろうか・・・。
それを聞き出すためにも、まずこの会社を調べ、どのように大きくなったかを知る必要がある。
どうせ不当な金で建てられたのに違いない。
その資金の出所は、ひょっとしたら孤児院を燃やすという仕事に対する暴力団からの報酬かもしれない。
もしもそうならその証拠―――多額に出資した者の名簿などが、会社のどこかに残っているかもしれない。
そうでなくても、俺たちは過去の話を徳永から聞き出せればいいのだ。
会社の表には知られたくない事実でも握り、それをネタにゆすってやってもいい。
どちらにしろ、あの会社をよく調べることだ。
願わくば、あの放火事件と関わりのある証拠が出てくることを祈る。


ただ、一つだけ問題がある。

それは、あの会社に潜ることになるのはトラブルメーカーの嵐 香介その人だ・・・ということだ・・・。
・・・大丈夫かな・・・香介。
俺は心の中でそっと心配する。
今、香介はそのにこにこローンの会社員がよく利用するという喫茶店でバイトをしている。
会社の怪しげな情報を何かつかめればと思って頼んでおいたのだが、口ヒゲの店長とソリが合わないと嘆いていた。
そんなことを思うにつけ、不安は不安を呼んでくる。
タバコに火をつけ、何とか安定を図る。
うまくやれよ。祈りつつ・・・。







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