週刊ボードゲーム通信 過去ログ
2000/8-2005/1
ボードゲーム通信 http://www.geocities.co.jp/Playtown-Yoyo/4569/
名前:けがわ 日付:6月15日(火) 6時45分
こんにちは。ここに書き込むのは初めてです。「タイルの要素」の記事を興味深く読ませていただきました。少々時間が経ってしまったので返信でなく、別に書かせていただきました。もし不都合ならば、「タイルの要素」の記事のほうに移していただいてかまいません。
現在、Play:Game
というボードゲームデータベースの関係上、ゲームのメカニクスの分類を系統的に考えているのですが、なかなか難しいです。よく言われるメカニクスのひとつとして「タイル置き」Tile
Placement
があります。直感的でいい言葉なのですが、きちんと定義するのは難しいです。とりあえず僕が考えた定義は以下の通りです。
タイル置き:タイル、カードなどを格子状に配列する。通常はタイルは動かない。
メカニクスなので物質的にタイルである必要は無いのですが、タイルが適しているので最も多く使われると思います。カタンの開拓カードゲームでのカード、砂漠を越えてのラクダ、メトロポリスやビッグシティーの建物も基本的にはタイルです。国産ゲームだとポジットのキューブもタイルですね。
「格子状に配列する」というのはなにかしら幾何的に他のタイルと関係しているという意味です。ラーではタイルは置いていきますがタイル置きとは言えないと思うので。他にも殆どのカードゲームはカードを置くのですが同じ理由からタイル置きとは言いませんね。
「タイル置き」ではタイルは置かれたら動かないのが基本だと思います。引き潮と満ち潮はカードをタイルのように使っていますが、毎回動き回るのでカードをコマのように使っているといった方が的確だと思います。よって「タイル置き」とは言わない気がします。
ただ、タイルを取り除くものは「タイル置き」に入るような気がします。例をあげると、チグリスユーフラテスやキャッスルです。まあこの辺は人によって感覚が違うと思いますが。
「タイルの要素」の記事に載っていたものだと、カルカソンヌ、メトロ、ティカル、エルカバレロ、アッティカ(円形のタイル)、アクワイア、ニューエントデッカー、水道管ゲーム、アルハンブラはタイル置きのメカニクスに該当すると思います。
カタンはボード(プレイフィールド)をタイルで作るのでモジュラーボードというメカニクスになると思います。アッティカもそうですね(両方に該当する)。
いろいろと書いてしまいましたが、横さんと鱶さんの意見を聞いてみたくて書き込みました。もっといい定義や分類の仕方などあれば、是非意見を聞かせてください。
ちなみにタイル置きというメカニクスでは1830、チグリスユーフラテス、市場のお店、頭脳絶好調、フレッシュフィッシュが好きです。
では。
http://gamers-jp.com/playgame
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名前:柴崎@銀河企画 日付:6月14日(月) 9時10分
銀河企画の柴崎と申します。 検索エンジンで何か調べていたら偶然ヒットしたのがきっかけで ここを訪問いたしました。 果たしてここに書いてしまっていいのか良く分かりませんでしたので、 不都合でしたら削除してください。 ゲームを体系的に考えることに関心がありますので、 一度記事を精読しましてから、自分も雑文を書きたいと思います。
http://comi.jp/
p293d74.tokynt01.ap.so-net.ne.jp (218.41.61.116)
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名前:横 日付:6月14日(月)
3時22分
この連載では個別ゲームに焦点を当てて議論するといった帰納的なアプローチが多い中、鱶さんが演繹的なアプローチをなんとか進めようとしてくれているので、私も今回はその流れに乗ることにする。
まず、前回に問題にされた戦略性について検討していく。 戦略は一般的に以下のように説明される。 「戦略とは、目的達成のためにとられる行為をいう。 そして戦略は、(自らの)システムと外部環境との間の関連について広く考察し、比較的長期にわたる未来志向的で不確実な事柄の意思決定を行う。」(『生産システム工学』P.44、人見勝人著、2001年、共立出版)
ボードゲームに照らし合わせると、「目的達成」とは勝利条件を満たすことである。 ここで押さえるべき重要なポイントは「システム」である。 すべてのボードゲームは、全体としてシステムを形成している。 そしてそのシステムの内部には、より小さなシステムがサブシステムとして複合的に存在している。 それらは、フェイズであったり、各プレーヤーの手番であったりする。 これらのサブシステムのもっとも大きな役割は、「変換」であると考える。 サブシステムにおいて、@お金やA手札やBアクションの権利等のリソースが別の形に変換されるのである。
変換の例を以下にいくつか挙げる。 分かりやすい形態としては、お金によるユニットの購入である。これは、お金をユニットという別の形態へ変換することである。 消滅という逆の形態の変換もある。それは、お金等を使って、相手ユニットや自らの産業廃棄物的なユニットを消滅させるといったものである。 また、勝利得点の獲得という変換もある。これは、先に挙げた実体としてのリソースの形を変える変換が繰り返された後の最終段階であり、究極的な変換と言えよう。 他にも、アクションの権利等を行使してユニットをボード上で移動させるという行為もまた変換である。これは、実体としてリソースの形態・数は同じであっても、その価値や意味が変化している。 あと、売買や交換のように、リソースの所有者が移動する変換もある。
以上のようなサブシステムにおける変換を上手にすることが、ゲームに勝つために必要なことである。 「上手に」というのは、直面するサブシステムだけに囚われて意思決定するのではなく、全体のシステムを慮って的確な意思決定することである。 それが「戦略」である。
さて、「戦略性が高い(=的確な意思決定を見出すことが難しい)ゲームは、システムが複雑」ということは言えるのだろうか? この命題の対偶は、「システムがシンプルなゲームは、戦略性が低い(=的確な意思決定を見出すことが容易)」である。 こちらから攻めていくことにする。
システムがシンプルであるとは、サブシステムが少ないということであり、最もシンプルなゲームにはサブシステムが存在しない。 サブシステムが少ないゲームほど、サブシステム内での変換がゲーム全体としてのシステムに直結するため、勝利条件を満たすためにとるべき行為を見出しやすそうではある。 これが先に挙げた対偶命題であるが、はたしてそうか? 実は、これは間違っている。 大雑把に言うと、半分は正しく、半分は正しくない。 もう少し言うと、いわゆるコドモ向きのゲームでは正しく、オトナ向きのゲームでは正しくない。 コドモ向きのゲームをするのは子供であるので、とるべき意思決定が明白すぎても問題ない。その方がいいくらいだ。 しかしオトナ向きのゲームであれば問題である。機械的にプレイするだけとなり、面白くないからだ。 なのに実際には、シンプルなゲームはたくさん存在しており、ゲーマーの間でもよくプレイされている。 どうやってこのようなゲームが成立しているのか? それは、システムを揺るがす要素として、不明確な要素が導入されることによってである。 不明確な要素は、サイコロ、カード、プレーヤーの気まぐれ等によって生成される。 これにより、意思決定は難しくなる。 不明確な要素が多くなれば、直感的な意思決定をせざるを得ない。 それが前回で「複雑系の戦略」と形容されたものだ。 この「複雑系の戦略」の戦略性の度合いをどう評価するかは難しいところであるが、意思決定が難しい点で戦略性が低いとは言えない。 したがって、「システムがシンプルなゲームは、戦略性が低い」という対偶命題は棄却される。 つまり、「戦略性が高いゲームは、システムが複雑」という命題も正しくないということになる。
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名前:鱶(fuka) 日付:6月6日(日)
19時58分
みなさんこんばんは。今日から梅雨入りということでしたが、こちらでは 朝方にちょっと降っただけで、夕方には晴れ間も見えて、さっそく梅雨の中休みかいな、 という今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
このテーマの第1回では、ボードゲームにおいて、静的な要素と動的な要素の占める割合が ゲームの性格を決めていくと考え、 「カードゲームはボードがないために静的な要素の割合が小さく、動的な要素が大きい」 と書きました。 その流れで考えて、静的な要素の割合が大きく、動的な要素の割合が少なくなると、 ゲーム上の変化がゆったりと進むことになるため、重厚な(or重い)ゲームに なっていくと思われます。 ただ、ゲームの軽重は計れるとして、それが、戦略性の有無に連動しているという感じでも ないのかなと思いますが、どうでしょう。例えば、前のタイルゲーの考察でいえば、 タイル自体が動的な要素となるので、動的な要素が多いけれども、戦略性が低いとは言えない、 といった感じです。
それで、静的な要素、動的な要素と、戦略性について、ちっと考えてみました。 静的な要素 … 変化しない要素のため、それに拠って戦略をたてやすい。 動的な要素 … 変化していく要素のため、拠りにくい。複雑系の戦略?? あまりに動的な要素に傾くと、やっぱり運しだいということになってしまうのでしょうか。 それとも、”高度に戦略的”ということになるのでしょうか。
はてはて。大して考察が進まないまま、次週へ続きます。
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[ja]
名前:横 日付:5月30日(日)
17時56分
>・カードゲームはボードがないために静的な要素の割合が小さく、 >動的な要素が大きい。”軽い”というイメージは短時間で済むという >ことのみならず、動的要素が大きいからなのかもしれない。 >でも「操り人形」はそんなに軽いイメージじゃないかも。
前回のこの文章を受けて、”「操り人形」はそんなに軽いイメージじゃない”というのはどういうことなのかを検討する。 ”そんなに軽いイメージじゃない”とはどういう感じであろうか。 重いイメージというわけでも、普通のイメージというわけでもない。 私には、「操り人形」はカードゲームなのにボードゲームのような感じがする。 それが、”そんなに軽いイメージじゃない”感覚である。 そういうことにして話を進めていく。 では、ボードゲームのような感じとはどういうことなのか。 その要素を挙げると以下の通りだ。
1.ルールの量が多い 2.手順が複雑である 3.カードの種類が豊富 4.カードに具体的なものが描かれている 5.カードに文字が記されている 6.お金がある 7.カードが場に残る
この中で1〜5は、一般的なカードゲームと照らし合わせての相対的な特徴、6と7は絶対的な特徴である。 1〜5は分かりやすいので説明は省略する。 6と7については説明を加える。
まず、6(お金がある)について。 お金やチップ等を使用するカードゲームは多い。 ギャンブルとしてプレイされるトランプにおいてお金が使用されるのは当然である。 ギャンブルでなくてもカードゲームでは、1プレイを繰り返して一括りのゲームとするために、お金等が利用されることは一般的だ。 例えば「クク」のように。 しかし「操り人形」におけるお金は、「クク」のお金とは異なった性質のものである。 「クク」ではお金が直接の勝利条件である。 しかし、「操り人形」の勝利条件はお金ではなく、建物の建築である。 お金は建物を建築するための手段である。 6(お金がある)を相対的な特徴ではなく絶対的な特徴だと考えるのは、この理屈である。
続いて、7(カードが場に残る)について説明する。 カードが場に残るとは、「UNO」において捨て札のトップのカードが場札になるようなことではなく、「操り人形」において建物カードが場に並べられるようなことを指す。 「操り人形」は、勝利条件が示すとおり、建物カードを場に並べるゲームであり、7(カードが場に残る)はゲームの中心的な要素である。 建物カードを場に並べることは、手持ちのリソースを変換して場にフィックスさせる行為と言える。 なお手持ちのリソースとは、@お金とA手札とBアクションの権利である。 カードゲームでこのような変換行為があるものは少ないため、絶対的な特徴であると考える。
さらに、「サンファン」について触れておく。 「サンファン」は「プエルトリコ」のカードゲーム版として、最近発売された。 ボードゲームのカードゲーム化はまれにあるが、私の知る範囲ではたいていは異なった感じのゲームになっている。 しかし「サンファン」は、上手に「プエルトリコ」をカードゲームにしたと思う。 このゲームには「操り人形」に似たボードゲーム感があり、上記に挙げた7つの特徴のうち、6(お金がある)以外のすべてを持っている。 6(お金がある)に関しては、カードゲームとしてスマートにするためにあえて導入しなかったと思われる。 デザイナーの意図としては、「サンファン」はボードゲームにカードゲームの要素を入れることでボードゲーム的なカードゲームにしたかったのだと思う。 同じ視点で見ると、「操り人形」のデザイナーは、カードゲームにボードゲームの要素を入れることでボードゲーム的なカードゲームにしたかったということになる。 この2つのゲームが行きついた先は同じであったが、それぞれ違った方向からやって来たのだ。
さて、今回のテーマは「静的な要素と動的な要素」である。 このテーマに沿うと、「操り人形」や「サンファン」においては、手持ちのリソースが動的な要素、場に出たカードが静的な要素となる。 そしてこれらのゲームの目的は、動的な要素を静的な要素に変換することであると言える。
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名前:鱶(fuka) 日付:5月23日(日)
21時28分
ボードゲームは静的な要素と動的な要素によって構成されています。 静的な要素とは、ゲーム中に変化しないものと定義します。ゲームのルールやボードなどです。
動的な要素は、ゲーム中に変化したり、プレイヤー間でやりとりがあるものとします。 コマやカードなどがそれにあたります。交渉とかもそうでしょう。
適当に考察すると、この動的な要素と静的な要素のバランスというのがゲームの性格を 決定していくのではないかと思いました。 最初なので気づいた事をとりとめもなく書いていくと… ・カードゲームはボードがないために静的な要素の割合が小さく、動的な要素が大きい。 ”軽い”というイメージは短時間で済むということのみならず、動的要素が大きいから なのかもしれない。でも「操り人形」はそんなに軽いイメージじゃないかも。 ・「タイル」を使用すると、ボード=静的な要素というイメージを崩すことができる。 (面白さに対して影響があるのかは不明)
・「ルール」は静的な要素であることが多いが、例えば「ラー」においては第1、2ラウンドの 得点計算と第3ラウンドの得点計算はモニュメントが得点対象となるという違いがあり、 少し動的な要素が混じることもある。
それにしてもこのテーマはどの方向に行くのか、全く予断を許しません。 私もいまいち考えがまとまっておりません。 ではでは、次週横さんお願いします-。
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名前:横 日付:5月17日(月)
3時10分
タイルゲーは楽でいいんだけど、なにか物足りない。 基本的には、今引いたタイルをどこかに置くかだけだからだ。 次の手番にどんなタイルを引くか分からないので、あまり深く考えても仕方がない。 そう考えなくても得点はそこそこ獲得していけるし、他プレーヤーのおかげで得点が入ってくることもよくある。 ただ、このような物足りなさは承知されており、対策がなされている。 アルハンブラでは引くタイルを選択でき、ニューエントデッカーでは金を積んで複数のタイルを引くことができ、カルカソンヌではユニット配置の要素がある。 このような工夫は、タイルゲーを評価するときのポイントとなる。
それから、タイルゲーには考え出したら長くなってしまう面もある。 その場の最適な手が見つけられるというパズル的要素があって、考えることに時間を使う価値があるためだ。 その結果、非手番のプレーヤーが暇になるという困った状態になりやすい。 非手番時に考えられることもほとんどなく、暇感はいっそう強くなる。 この欠点に関する対策がなされているタイルゲーは思い浮かばない。
最後にもう1つ。 タイルゲーにおけるプレーヤーは、いったいどういう立場なのだろうか。 ティカルやニューエントデッカーでは、プレーヤーは探検家の立場である。 メトロやアルハンブラでは、建築家や役人などの立場だ。 行き当たりばったりで道や街ができていくことの現実感はないものの、これらの立場じたいは分かりやすいものである。 しかし分かりにくくさせているのが、世界を造る神のような立場を同時に持つということだ。 タイルを自分の希望通り置くのはまだしも、相手の妨害をするように置くことができるのはまさに神だ。 異なる2つの立場を兼ねているため、自分の立場がよく分からない。 そのため、タイルゲーはいかにもゲームという感じになってしまう。 これが、タイルゲーにコミットできにくいことの大きな原因だと思う。
ところで前回での「ボード(=静的な要素)とカード(=動的な要素)という固定観念にとらわれているので、どちらもが動的な要素になるとちょっとバランスが悪く感じます」というのは、よくぞ言語化してくれたという感じである。 静的な要素と動的な要素という視点でボードゲームを見ると、新しい問題が出てきておもしろそうだ。
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名前:横 日付:4月5日(月)
5時59分
まずは、前回の結論について簡単に補足する。 「ディプロマシー」や「シビライゼーション」(AH)などは、レベル2と分類される。 このタイプのゲームでは、プレーヤーは実在した国などを担当することとなる。 主に地勢的な事由により、プレイ開始時から有利不利がある。 過去のアメリカゲーでは、そのような不平等さはあまり問題にされてこなかった。 逆に所与のものとして、各国ごとの作戦研究が楽しまれた。 しかしドイツゲーは、そういった不平等さを嫌った。 ドイツゲーであってもマップ上で勢力を競うタイプのゲームでは、開始時にどこに位置するかということは勝敗を左右する要素であることには変わりはなく、プレイ開始時から多少の不平等が存在することは致し方ないものの、「カタン」の初期配置のようにフリーセットアップによって開始されたり、「サンマルコ」のように自勢力がランダムに散らされてセットアップされることが一般的であり、アメリカゲーほど宿命的なものではなくまた格差が大きいものではない。
続いて、今回の一連の議論を振りかえって、考察余地のある問題を2点挙げる。
1、レベル1とレベル2の線引きの問題 第1回で挙げられた「ビンチ」はレベル2とされたが、この分類は微妙であると思う。 民族名や国家名が具体的ではないという点で、レベル1に分類する方が妥当ではなかろうか。 第4回で挙げられた「マジェラン」はレベル2とされたが、この分類もまた微妙である。 歴史上の人物が登場するためレベル2と分類したのであるが、このゲームはシステムとしては抽象的な競りゲームである。 したがってレベル1に分類する方が妥当かもしれない。 例えば「ハゲタカのえじき」の設定を大航海時代のヨーロッパに変えて、競り落とす得点カードに描かれる絵をバスコダガマやマジェランにしたとしても、それはレベル2とは言えないのと同じ理屈である。
このように考えていくと、レベル2となるドイツゲーがより見当たらなくなる。 はたして、第1回で提示されたレベル1とレベル2の線引きは妥当なのであろうか。 2、歴史の要素の問題 「マジェラン」はディプロマシータイプではなく、プレーヤーが探検家を競り落とすゲームであり、先ほど述べたような開始時の有利不利はない。 そのためこのゲームは、「歴史の要素は均衡を崩す働きがあるためドイツゲーでは避けられる」という前回での結論の例外となる存在ではない。 このように客体として歴史的要素が扱われるゲームであれば、ドイツゲーとの親和性は損なわれないはずである。 逆に、ポピュラーな歴史上の人物を登場させることには、プレーヤーがゲームにコミットしやすくなるというメリットがあろう。 しかし、そのようなドイツゲーがほとんどないことは、なおも疑問である。 このへんのことを考察するためには、ゲームデザイナーが自らのデザインポリシーを述べる資料を研究することが必要となってこよう。
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名前:鱶(fuka) 日付:3月28日(日)
23時18分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
前回あげられた「マジェラン」は(いつもの事ながら)未プレイです。 しかし確かにドイツゲームにはレベル2のゲームは非常に少ない気がします。 レベル2はドイツゲームが好まない、非対称的なデザイン(不均衡系ゲーム)となり、 バランス上許されないと言う意識が発生するのでは? と勝手なことを書いたりして。 かなり前の週刊ボゲ通の不均衡系ゲームの考察でもあったように、ドイツゲームは 不均衡であることを好まない傾向があります。
アンバランスであることそのものが落ち着かないから嫌いなのか、 実際的理由として、デザインが難しいからあまり無いのか。 いずれにしても、歴史をゲームに反映するということは、微妙なバランスと言うことはあり得ても 対称的にバランスが取れるということとは無縁です。 レベル2の歴史の再現とゲーム性のバランスが調和したゲーム、となれば理想的な気がします。
結論としては、[歴史」の要素は均衡を崩す働きがある、ということでしょうか。 今回はえらく短くなってしまいました。一応結論に達したかのように見えますけど、いかがでしょう。
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名前:横 日付:3月22日(月)
2時47分
『歴史の要素』がドイツゲームに盛り込まれる意味について、前回に挙げられた仮説は間違ってはいないとして話を進めたい。
さて、たいていのドイツゲームにおいては、『歴史の要素』が盛り込まれたとしても味付け程度のものである。 つまり、ほとんどはレベル1であるということである。 「エルグランデ」や「プエルトリコ」は、それぞれ「中世スペインでの勢力争い」、「植民地でのプランテーション経営」がテーマとなっているレベル1のゲームである。
レベル2として、思い浮かぶものは「マジェラン」である。 「マジェラン」では、コロンブル、マルコポーロ、バスコダガマといった歴史上の有名な探検家が6人登場する。 各々には、史実に基づいた長所、短所が設定されている。 私にとって、歴史上の有名人物が登場することは新鮮であった。 そして彼らを特徴づける個別のルールが存在することに驚いた。 こういう風に歴史上の人物が登場することはアメリカのマルチゲームではよくあったが、ドイツゲームでは知らなかったからだ。 なぜレベル2のドイツゲームは少ないのであろうか?
ところで、前回に提示された仮説は「『歴史の要素』がドイツゲームに盛り込まれる意味」に対するものであった。 これは、『歴史の要素』を広く捉えてのものである。 前回に「テーマとシステムの関連」という言葉が出てきたように、この仮説は「『テーマ』がドイツゲームに盛り込まれる意味」に対するものとする方が妥当だ。 『テーマ』には、『歴史の要素』を含むもの(例:中世ヨーロッパでの勢力争い)もあれば、『歴史の要素』を含まないもの(例:現代社会の市場競争、アステロイドベルトでの採掘)もあり、前回の仮説は『歴史の要素』に限定されないからだ。
レベル2こそに、『歴史の要素』の本質があると思う。
218-42-206-179.eonet.ne.jp (218.42.206.179)
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名前:鱶(fuka) 日付:3月14日(日)
22時12分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。 前回あげられた、「歴史の要素がドイツゲームに盛り込まれる意味」について 考えてみました。
@
歴史を知っている人にとっては、共通認識があることで、ゲームの世界に入りやすくする効果が あるのではないか。
例えば、呂布の戦闘力が異様に高かったり、諸葛亮の知力が高かったりしても、 知っている人にとっては、ある程度納得がいくことと思います。
しかし、例えばSFゲームをデザインしたとして、多くのキャラクターの戦闘力が 1〜5程度なのに、いきなり戦闘力10の****星人が出てきたら、かなり違和感があると思います。
ファンタジーゲームを作ったとして、ドラゴンが火を吐くくらいは共通認識としてありそうですが、 トロルの日光嫌いなどは、歴史ほど人口に膾炙している感じでもなさそうです。(…人にもよるか?)
…ここまで書いてきて思ったが、三国志の例ではドイツゲームには当てはまらんですね。
A
歴史をテーマとしてデザインすることで、元ネタが確保できるのでデザインしやすいのでは? でも、逆にそれに縛られて、デザインしにくい面もありそう。
システムが先かテーマが先かという問題がありますが…。 その辺の、テーマとシステムの関連については[ボードゲーム天国01」のP101に詳しく 出ていますので、機会があればそちらを見ていただくとして、
・レベル1 a.ゲームシステムの完成後、味付けとしてテーマを設定。 b.歴史をテーマとしてゲームをデザインするが、結局テーマとの関連性は薄くなった。 ・レベル2 a.歴史をテーマとしてゲームをデザインし、ある程度テーマとの関連性を持つ。
こんな感じで分かれると思われますが、どないでしょう。 結局、「歴史の要素がドイツゲームに盛り込まれる」積極的な意義は発見できずじまいでした。 ただ単に歴史好きがデザインしたというだけなんでしょうか。 次週の横さんの考察を待ちます。
ではでは。また来週。
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名前:横 日付:3月7日(日)
22時41分
レベル3(データ的に歴史的事実を再現している)のゲームのほとんどは、歴史的事実、特に戦争をどうリアルに再現するかが一番の課題とされる。 しかしリアルな再現を目指すほど、複雑なゲームとなる傾向がある。 これが行きすぎると、多くの人にとってプレイ不可能なゲームになってしまう。 そこでプレイ可能な人の割合を増やすための妥協が必要となる。 そのゲームはどの程度の人々にプレイ可能かということを示されたものが、プレイアビリティの指標である。
レベル3のゲームを好む人にとっては、ゲーム性は二の次だ。 例えば、ひたすら耐えるだけの勝つ見こみのない戦いであったとしても、それっぽさを感じることができれば、そのゲームは好まれる。 むしろ、ゲーム性を向上させた結果、リアリティが低下してしまったゲームは興ざめなものとなる。
レベル1(テーマとして設定している)とレベル2(いくつかの点で、ゲームの内容にかかわりがある)としては、今日ではドイツゲームを念頭においてさしつかえないだろう。 これらのゲームは、第一にゲーム性が重視される。 つまりデザインにおいて、ゲーム自体の面白さが問題とされ、レベル3のゲームのように再現性は問題とされない。 したがって、ドイツゲームにはプレイアビリティの指標が表記されていないことも頷ける。 これに似た指標として、ドイツゲームでは推奨年齢が表記されている。 ただ、この2つの指標は似ているようで、実は大きく異なる。 ドイツゲームの推奨年齢は、その対象範囲にあてはまっていれば、誰でもプレイ可能ということなのである。
このような観点からすると、シミュレーションゲーム(レベル3)とドイツゲーム(レベル1、2)は、異質なものである。 特に「歴史の要素」への関わり方は、大きく異なっている。 したがって、今回のテーマを考える上では、レベル3のゲームは除外したい。 また、対象となるレベル1とレベル2のゲームとしては、やはりドイツゲームに限定してしまいたい。 そうすれば議論が行いやすくなり、またドイツゲームとは何かというこの世界の大テーマの解明にも近づきうるからである。
これから考えていくべき問題のポイントとしては、「歴史の要素がドイツゲームに盛り込まれる意味」と「レベル1とレベル2の差異」ということになろうか。
218-42-206-227.eonet.ne.jp (218.42.206.227)
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名前:鱶(fuka) 日付:2月29日(日)
20時51分
こんばんは。4年に1回の2月29日、皆さんいかがお過ごしですか。 今回からのテーマはとりあえず「歴史の要素」にしてみました。 歴史にロマンを感じる人は数多くいます。小説なんかでも、歴史小説、 大河ドラマにも歴史ものがたくさんあります。 ボードゲームにも歴史の要素を取り入れたゲームが数多くあるわけですが、 ゲームごとにそのレベルは違っています。
レベル1:テーマとして設定している。ゲームの内容との関わりは低い。 「カール大帝」について以前に金七さんがまぐまぐ版ボゲ通の45号で書いています。 「一応マップらしきものは書いてありますが、ゲームには何の関係もありません。 カール大帝も駒として登場しますが、高度に抽象化された存在で、これまた歴史的役割とは 何の関係もありません。 極論すれば、「始皇帝巡業」という題のゲームにしても構わないといえるでしょう。」 レベル2:いくつかの点で、ゲームの内容にかかわりがある。 「ビンチ」では文明タイルが過去に存在した文明の能力を結構うまく表現しています。 「ガレー船」のタイルは沿岸領土の侵略にプラスになったり、「蛮族]は戦闘力だけ高かったりします。 これらの文明が出現する順番や、場所などはランダムなので、そこら辺は歴史的ではない部分です。 「三国志」のゲームなどもそんな感じですね。
レベル3:データ的に歴史的事実を再現している。 シミュレーションゲーム系。 この辺は良く知らないので、とりあえずこれで来週の横さんにお願いします。 ではでは。また来週。
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名前:横 日付:2月23日(月)
6時38分
前回で示されたとおり、アブストラクトゲームは、ボードゲームを評価するときの一般的な尺度に当てはめると辛い評価となる。 ゲーマーがあまりアブストラクトゲームに興味を示さないのも頷ける。 この尺度に拠ると、アブストラクトゲームの総合得点を高めるためには、戦略性とか奥深さで点数を稼がねばならないことになる。 しかし、それは正しいのだろうか。
私がアブストラクトゲームについて持つ仮説は、以下の2つである。 @アブストラクトゲームは、アブストラクトゲーム好きのゲーマーのみがプレイするものである。 A彼らは、一般的なボードゲーム評価表とは異なったアブストラクトゲーム評価表に基づいてアブストラクトゲームを評価する。
ここでは、アブストラクトゲームを評価する時の尺度の1つとして、コンポーネントについて述べたい。 アブストラクトゲームのコンポーネントに対して、一般的にゲーマーはしょぼい印象を持つ。 たいていのアブストラクトゲームでは、マップは桝目だけのそっけないものであり、コマはモノクロで単に丸い形のものである。 カードもダイスも塔も円盤もない。 とにかくシンプルである。 これなら簡単に自作できるやん、と思わせられる。
しかし、アブストラクトゲーム好きのゲーマーは別の見方をする。 彼らにとって、このシンプルなコンポーネントこそが美しいのである。 これは美術品としての評価に通ずる。
このことに関連して、'The
Games Journal'の今月号の記事で、ギプフについて論じられている。 "The Gipf Project" (M.Thomashow/
February,
2004) http://www.thegamesjournal.com/reviews/Gipf.shtml
この記事の中で、著者はギプフの美しさをこう述べる。 「不要なものが一切省かれた美しさだ。それはあたかも禅のようである。」 「原初の地球において、海洋から大陸が形成される光景が目に浮かんでくる。」
アブストラクトゲーム好きの人々には、このような見方ができる能力があるのだ。
続いて著者は、一連のギプフシリーズの優れているポイントを3つ挙げる。 これは、よいアブストラクトゲームの要素を考える上で参考になるだろう。
@バランスが取れている 自分が有利さを獲得するためには、その分コストが必要となる。例えば、相手のコマを取れば、その分自分のコマも取り除かねばないないといった対価が必要となる。そのため、どのていど攻勢に出るべきかを判断しなければならない。
A柔軟な対応が求められる 状況が刻々と変化するため、それを把握し対応しなければならない。
B混沌の中に秩序がある 一見ランダムな変化の中にもパターンが存在する。経験を積むことでそれを見出すことができるようになる。
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名前:鱶(fuka) 日付:2月15日(日)
19時10分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。
「アブストラクトゲームを評価するときに、一般的なボードゲームを 評価するときと同じ見方をするとミスリーディングとなるかもしれない」
前回の横さんのこの言を見て、支局の方のページで細々とやっていた 評価表にブロックスを加えてみたのですが、それを見ると一目瞭然。 ↓まずはこちらをどうぞ。 http://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/1377/hyouka/blokus.html
…そう、アブストラクトゲームの多くは、オープン情報で構成されてしまうがゆえに 運の要素が弱いです。運ゲー同様運なしゲーも好まないスタンスでかかると 評価の点数は辛くなってしまいます。(それでも合計20点なので結構高得点ですが)
囲碁や将棋はレベルの差がダイレクトに出すぎる点で、ボードゲーマーの私は不満です。 駒落ちなどの対応システムがありますが、私としてはそれで勝ったとしても、いまいち ストレートによろこべません。ブロックスで持ちブロックの数を減らしてもらって 勝ったとしても、やはりよろこべないでしょう。なにより、ハンデ戦はプレイ自体 それほど楽しくない気がします(個人的見解)。 ボードゲームであれば、運の要素がレベル差を埋める緩衝要素として働くため、 プレイ経験の差があっても十分に互角に戦うことができ、ゲームを楽しめます。
さて、そしたら一体、”良いアブストラクトゲーム”ってなんじゃ?という 先週の疑問がそのまま残ってしまいます。上の流れで、運の要素を強化したところで、 良いアブストラクトゲームになるわけではないでしょう。結局、戦略性とか奥深さとか そのあたりが優れているゲームが良いゲームになるんでしょうか。ちょっと敷居の高さを 感じますが、そんなもんなんですかね。 ではまた来週。さよならー。
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名前:横 日付:2月7日(土)
22時2分
アブストラクトゲームは、一般的なボードゲームと囲碁・将棋等の伝統的なゲームの中間に位置する存在だ。 アブストラクトゲームの存在価値は、隙間産業のそれのようなものだと思う。
アブストラクトゲームの大きな特徴は、情報がすべてオープンであり、ランダムな要素がないということである。 そのため、プレイスキルが如実に結果に反映することになる。
こういうタイプのゲームを好むゲーマーは、マイノリティである。 さて、彼らが囲碁・将棋界に流れていかずボードゲーム界に残っているのはなぜだろうか?
囲碁・将棋は蓄積されている知識が膨大であり、技量を磨いて強くなるためには1つのゲームに集中して研究せねばならない。 しかしながらいろいろなゲームをしたいのが、ゲーマーの性である。 そういうゲーマー属性を持った人がアブストラクトゲームを好み、この世界に踏みとどまるのだろう。 普通に考察するとそうなのだが、はたしてそれだけなのか。
ところで、前々回に「なぜよいアブストラクトゲームを作ることは難しいのか」という問題を設定した。 このときには、「よいアブストラクトゲーム」という言葉をなにげに使用したが、「よい」とは一体どういうことであろうか? どういう要素があると「よいアブストラクトゲーム」となるのか? アブストラクトゲームを評価するときに、一般的なボードゲームを評価するときと同じ見方をするとミスリーディングとなるかもしれない。 囲碁や将棋は「よいアブストラクトゲーム」となるのだろうか。
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名前:鱶(fuka) 日付:2月1日(日)
21時38分
みなさんこんばんは。明日から、また寒波が来るような感じですが、 いかがお過ごしでしょうか。
アブストラクト要素についての第4回です。 前回出た、「なぜよいアブストラクトゲームを作ることは難しいのか」 という問題です。 ふと思ったのですが、自分の大好きなゲームを仮に、アブストラクトに してしまったら、どないかなー、ということです。私の場合は「エルグランデ」を アブストラクトにしてみると、正方形のマップになったり、塔はただの箱だったり して、騎士もただのキューブになったりしますが、なんかこうして書いているだけで かなりつまらんそうな雰囲気になってきたと思いませんか?
やはりテーマはゲームを表現できる大事な要素であり、コンポーネントの良さとも相まって ゲームの質を高めることになるのだと思います。 アブストラクトゲームにはそれが欠けているため、多くの人にとってドラマ性を感じづらく、 いまいち魅きつけられないのでしょう。
付け加えて、テーマを有せない、というハンディ以上に、魅きつけない要素があるとすれば ゲーム内容が想像の範囲内であるということかと。見た目以上の内容にならない気がします。 そして、もしかして、アブストラクトゲームって、オープン情報のみのゲームが多いですかね。
さて、私や横さんはアブストラクト・ゲームに興味が、いまいち持てません。 「プレイに定石がある」、「プレイスキルが如実に結果に反映する」 といった傾向を好むのであれば、とっくに囲碁・将棋界に流れていって、 ボードゲームの方にあまり興味を持てなかったであろう、と思うのですがどうでしょう。
うーん。いまいち発展性の無い内容になってしまいましたが、今週はこれで。 ではまた来週。さようなら-。
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名前:横 日付:1月26日(月)
2時9分
アブストラクトゲームにはあまり興味がわかない。 ギプフも持っているが、どうもやる気が起こらない。 食わず嫌いなのだろうか? そこで、これまで出会ったアブストラクトゲームを思い出してみることにした。
小学生の時には、チェッカーやダイヤモンドゲームやバックギャモンのルールを学習したことがあるが、魅力は感じず友人を誘ってプレイするに至らなかった。 将棋だけは、小五、小六の頃、何人かがクラスでしていたのでよくやった。 しかし、中学生になってからは全然しなくなった。 エポックの国産シュミレーションゲームやアバロンヒル等の輸入ゲームに興味を持つようになっためである。 しばらくして中三のときには、アバロンヒルのオーワーリーというアブストラクトゲームを気に入ってプレイした。 これは、マンカラをアレンジして3、4人でプレイできるようにしたゲームである。 ルールには10種類程ものバリエーションがあり、デザイナーの気合いが感じられるよいゲームであった。 これは、ゲーマーとして初めてのアブストラクトゲームとの出会いであった。 最も気に入っているアブストラクトゲームは何かと問われると、このゲームになる。 なお、オーワーリーはほとんど知られていないマイナーなゲームだ。
その後、ゲーマー人生の中でいくつかのアブストラクトゲームをプレイしたと思うがゲーム名が浮かんでこない。 たぶんその多くは2、3回程度のプレイ回数だろう。 ブロックスはまあまあ好きで何回もしたが、今はなんとなく飽きてしまった。
以上、自分について振りかえると、アブストラクトゲームはプレイに至るほど興味がわかないという感じだ。 これは、アブストラクトゲームに対するゲーマーの一般的な傾向ではないかと思う。 ここいらが、アブストラクトゲームの弱いところなんだろう。 ただ、ゲーマーなら、見た目でゲームを判断しない姿勢は持っているものであり、アブストラクトゲームは中身勝負のゲームだということも承知している。 しかし、実際にはあまりアブストラクトゲームをプレイしない。 それは、できのよいアブストラクトゲームが出版されていないということなのだろうか。 そうであるならば、なぜよいアブストラクトゲームを作ることは難しいのか。 それとも、よいアブストラクトゲームは作られているのに、ゲーマーの目利きは未熟ということなのか。
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名前:鱶(fuka) 日付:1月18日(日)
21時1分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)どす-。 「なぜアブストラクトゲームは今でも新しくデザインされるのだろうか」 前回出てきた、この件について、話を進めて行きたいと思います。 横さんが言及してくださったように、(ほぼ?)全てのゲームは テーマを抽象化するものです。キャンディデイトはアメリカ大統領選挙 操り人形はどっかの王国の様子、といったようにです。
しかるに、アブストラクトゲームのテーマとは一体なんなんでしょう? 囲碁は陣取り、将棋は戦争、とここまでは簡単に分かります。 (どちらも伝統ゲームの方ですが。) ブロックスの場合、いったい何がテーマなのか、良く分かりません。 そして、無理やりテーマをつけようとしても、ゲームの内容とそぐわないものになること うけあいでしょう。さてさて、ではテーマがうまくつけられないために アブストラクトゲームとなるのでしょうか。 それではちょっと消極的に過ぎるので、もう一点。 アブストラクトゲームの多くはシンプルでありながら、考えさせられるゲームが多いです。 そして、外観のしょぼさによって雰囲気は薄味となりがちです。 ちゃんとゲームとしてデザインするのであれば、アブストラクトゲームでは、頭を使う要素を 採用するのは非常に有力です。なぜならば、雰囲気を楽しむことができないからです。
もしこれで、考える要素がなければ、どうしようもないゲームになってしまいそうです。 アブストラクトゲームはゲームの味付け、雰囲気をあえて捨てて、ゲームの本質に 迫ろうとしているのだと思います。
ゲームシステムは骨格。雰囲気は血肉。アブストラクトは痩せ型のゲームのようです(なんのこっちゃ)。 ところで横さんはアブストラクトは好きですか? 私はあんまり好きではないです。(ブロックスは好きですが。)なんかわくわく感が ないんすよね-。
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名前:横 日付:1月12日(月)
2時19分
ボードゲームは本質的にはアブストラクトなものである。 近年のボードゲームは、ビジュアルや背景設定などの演出によってアブストラクトさを減じようとしている。 その方が雰囲気が出ておもしろいからだ。
しかしアブストラクトさを減じることに努めないゲームがある。 それがアブストラクトゲームである。
チェスやオセロなどの古いゲームがアブストラクトゲームであるのは分かる。 しかし、新しいゲームの中にもアブストラクトゲームがある。 もちろんドイツゲームの中にも存在している。 なぜアブストラクトゲームは今でも新しくデザインされるのだろうか。
この問題を考えるために、今回はとりあえずアブストラクトゲームに代表的な特徴を列挙する。
・ユニットの色が白黒。 ・ボードを使う。 ・ボードの内容がシンプル。 ・ボードが小さい。 ・ルールがシンプル。 ・自作しやすい。 ・地味。 ・プレイ時間が短い。 ・2人でプレイする。 ・プレイに定石がある。 ・プレイスキルが如実に結果に反映する。 ・ランダムな要素が少ない。 ・頭を使う。
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名前:鱶(fuka) 日付:1月3日(土)
19時28分
みなさん、あけましておめでとうございます。 お正月三が日の最終日、明後日から仕事という方、明日から仕事という方、 今日既に仕事の方、まだしばらくお休みの学生の方、いかがお過ごしでしょうか。 今回は一応”ボードゲームの要素について 「プレイヤー」
その1
” となっていますが、シリーズ予定ではないつもりです。
さてさて、私は去年は3、4回くらいしかボードゲームをプレイできませんでした。 社会人になってからというもの、学生のときとは比べ物にならないくらい プレイ回数が少なくなってしまい、残念ではあるのですが、いつも楽しくボードゲームで 遊べているので良かったなあと思います。
さて、週刊ボードゲーム通信では「ボードゲームの要素」を検討して面白いボードゲームを 探求しています。で、前シリーズの「心理戦」の検討では、私はどうも心理戦ゲームが 好きではないようでした。ボードゲーム評価掲示板の「アンダーカバー」の評価を見ると私は 「3普通」と付けています。確かにそんなにめっちゃ面白いゲームとも思っていませんでした。 それが、去年の年末に、会社の友人とボードゲームをしてブロックスとアンダーカバーをやりましたが 今まで”普通”と思っていたアンダーカバーが非常に楽しかったので、ちょっとびっくりしました。 気心が知れている同士で、わいわい言いながらできたので楽しかったということなんですが…。
私たちゲーマーは、面白いゲームを探し求める習性があります。新しく出たゲーム、 絶版になってしまったゲーム…etc. しかしながら、どんなに面白いゲームよりも、一緒にプレイして楽しいゲーム仲間こそ 得がたく大切なものであり、ボードゲームを楽しくする要素ではないかと感じました。 (↑いまさら改めて言うことでもないっすか?) というわけで、みなさん今年もよろしくお願いします。 次のボードゲームの要素は何にしようか、考え中です。 ・アクション要素(指ではじいたりするゲーム) ・リアルタイム要素(タムスクとか…未プレイ) ・記憶の要素(カウンティングとか) …なんかいまいちやなあと思って。
・アブストラクトな要素について、とかはどうでしょう。
ではでは、また来週。
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名前:横 日付:1月1日(木)
20時35分
今年最後の週刊ボードゲーム通信です。 心理戦の連載は10回目となります。 特に今回のシリーズは読者の方々に導いてもらって続きました。
それでは始めます。
−−− 「心理を取り込むためのアプローチ」
さて、直近の議論の流れから、心理の要素はボードゲームの要であるという考え方に立脚して進めることとする。 心理の要素は要であるため、大半のボードゲームに含まれる。 ただ、心理の要素がうまく取り込まれて機能しているボードゲームもあれば、うまく取り込まれていないボードゲームもある。 ボードゲームをデザインする上で、心理の要素をうまく取り込むことは重要である。
ボードゲームのデザインという観点では、心理の要素を取り込むためのアプローチには2種類ある。
1つは、直接的なアプローチである。 このアプローチでは、プレーヤー同士の関わりをどう表現するかが追究される。 交渉や競りなどのコミュニケーションは、このアプローチで使われる代表的な手段である。 ボードゲームは人同士でするものであることに注目した普通に考えられるアプローチであり、ほとんどのボードゲームはこの方法によってデザインされる。
もう1つは、間接的なアプローチである。 こちらでは、リアルなモデルを作ることが追究される。 ここには、ボードゲームの真髄は現実のモデル化であるという考えが基にある。 この考えは今回のシリーズの第4回で触れたものである。 モデル化に成功したゲームは、結果として心理の要素が自然に機能することになる。
以上の話ではまだ分かりにくいので、もう少し具体的な話をする。
ここ2,3年のドイツゲームの中で、できのよいものは3つほどのタイプがあると思う。 以下の通りだ。
@競り系−アメンラー、マジェラン、ムガル A役割系−操り人形、バン! B箱庭系−プエルトリコ、アルハンブラ
@とAは、前者の直接的なアプローチによってデザインされたゲーム。 Bは、後者の間接的なアプローチによってデザインされたゲームである。
Bのタイプのゲームは従来、多人数ソロプレイゲームと低い評価がなされてきた。 実際に、プレーヤー同士の関わり合いは少なく、面白くないゲームだった。 しかし、最近のドイツゲームはこのタイプのゲームを生き返らせた。 心理を取り込むという目的を達成するために、プレーヤー同士の関わり方を工夫するという直接的アプローチを捨てて、モデルの構築に注力したのである。 リアルなモデルが構築されれば、必然的に心理が血液のように循環するのである。 えらい!
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名前:鱶(fuka) 日付:12月21日(日)
21時9分
みなさんこんばんは。昨日の雪はすごかったですね。 心理戦シリーズも9回目ということで、そろそろこの辺で収めようかという気もする 今日この頃です。
さてさて、心理戦は人の微妙な心理がターゲットだけに、システムとして ゲーム内に保障するよりも、そのままおいといたほうがいいのかも、という気もします。 あえてシステムとして目差す方向性もありやけど、いいものになるんかいな?
と思ったりもして。
というわけで、心理戦ゲームの検討ということで「アンダーカバー」と 「操り人形」をピックアップします。
「アンダーカバー」の方は、相手の行動から正体を推測していくしかありません。 そして、いくらあからさまな行動をとったとしても、それが真である可能性も 偽である可能性も残ります。しかし、ゲームが最後に近づき、ラウンドを重ねていくことにより、 かなり推理ができるようになります。廃墟というマイナスポイントの場所があるので、 そこに入れられたときに、どう脱出させるのかということや、 目立たないように得点を重ねられるように立ち回ったりと、結構気を使います。 その気を使うところが心理戦といえるでしょう。
で、「操り人形」のほうは毎回の職業選択で、なにを選んだのかというのが推理の対象となります。 こちらは自分に回ってきたカードからの推測、状況からの推測に加え、ラウンドが進むにつれ その人の嗜好やくせも材料に加わってきます。私の場合はこのゲームに限らず、 「最善手を求めすぎているので、読みやすい。(金七氏談)」とのことでした…。
どちらのゲームも結構心理戦が楽しめるゲームだと思います。 それは、相手の心理を推測する材料が適切にばらまかれているからではないでしょうか。 (↑前に書いたことの繰り返しにもなってしまいますが。) この二つのゲームの場合、作者はゲームに心理戦の要素を取り込もうと意図したのだと 思います。その意図はある程度思ったとおりに反映されている気がします。 心理戦を意図しないゲームにも「心理戦の要素」が含まれているとあれば、 それを意図してデザインするゲームには、より心理戦の醍醐味が味わい易いゲームであることが 求められます。
ではでは。今週はこれで。
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名前:riccia 日付:12月17日(水)
2時22分
他人の行動が「これだ」といって判る事はまず無いです。(僕は稀に有るけど・・) 心理戦とは、(表現が正しいのかどうか不安だけど、おそらく・・) あいまいな判断材料(相手の様子、性格、状況)から相手の行動を 正確に読もうとし、自分の行動を決定するものです。 また、相手には情報を与えないように、さりげなく誤情報をはさんだり、 隠匿しようとするものです。 それは、大概のゲームに含まれていると思います。
多分・・・僕の勝手な予想なんですが、ゲームシステムの洗練や多様化というのは、ある程度限界のあるものではないかと思っています。 現在、日本人が色んな対象に飽きてしまったように、「新しいもの」を 追求し続けると、いつか本当に求められている物が手に入らなくなります。 で、似たような物が沢山出回ります(^^;
じゃあゲームを作る方向として、どうしたら良いのか? 心理戦をうまくゲームに盛り込むように、するんじゃないかと思います。 (せざるを得ない・・・かも知れない) これによって同じゲームでも、相手の組み合わせの数だけの多様性を (言い過ぎかも?)得ることができると思います。 上で述べたように他人の行動はなかなか判りません。 相手によってもやり方が変わります。心理戦は奥の深い分野です。
ポーカーなんかはとても単純なシステムですが、ドイツゲームで好評を得ているゲームと、 どちらが「優れているか」と聞かれれば答えられるでしょうか? ポーカーの面白さは、プレイヤーに相当量依存するものですから。
q220182.ap.plala.or.jp (220.99.220.182)
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4.90)
名前:横 日付:12月15日(月)
0時28分
「キャンディデイト」はよくできたゲームです。面白さの1つはブラフができることです。そしてそのブラフが、カリフォルニア州などゲームの焦点となるタイミングで発生しやすいため、緊張感が増しています。このような緊張感を伴ったブラフができる「キャンディデイト」は、”心理戦の要素を含むゲーム”と認定できます。
ダイスゲームの「ブラフ」でもブラフができます。しかし、このゲームのブラフはあまり緊張感を伴いません。このゲームが、本質的に確率計算のゲームであるためです。相手のダイスが極端なものであれば、こちらの運が悪かったとなるだけです。それにお気軽なゲームであるので、行動選択についてそんなに悩む気にもなりません。 もっとやりこめば新境地が見えるのかもしれませんが、私には「ブラフ」は定石に従って淡々と進めるゲームです。したがって「ブラフ」は、”心理戦の要素を含むゲーム”の範疇ではないと思います。
ところでブラフというと、ポーカ等のカードゲームでのビットとか、競りゲームで欲しくないモノの値をつり上げるなどいうものでしょう。しかしブラフが成立するゲームは、ありそうでほとんど思い浮かびません。 ブラフはゲームを面白くする要素と思われるのですが、なぜこうも少ないのでしょうか。
そもそもドイツ人はブラフのような心理的な要素を切り捨てているのだろうかと考えさせられます。 前回で言及されているように、心理戦における相手の行動を推測する根拠としてとらえどころのない「相手の心理」や「相手の表情」を挙げるのはかなり難しいことを彼らは承知して、そんなものに振りまわされないゲームを作るのでしょうか。 ゲーム上の状況証拠をもって推測せざるを得ないのであるならば、心理的駆け引きなどあってもなくても同じです。それならば、ない方が合理的というのは分かります。我々が心理的と思っていたことは意味のないものであると、すでに総括されているということです。
今回のテーマに関して言うと、「”心理ゲーム”の範疇に当てはまるゲームは存在せず、”心理戦の要素を含むゲーム”の範疇に当てはまるゲームもほとんど存在しない」ということになりそうな話の流れです。 ボードゲームをしていると、「こうしようか、ああしようか」とあれこれ心悩ますことはよくあります。そのため心理戦であるように感じてしまうのですが、それは自分の中で迷っているだけであり、相互の心理的駆け引きではありません。やっぱりそうなのでしょうか。
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(218.228.230.56)
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名前:鱶(fuka) 日付:12月7日(日)
21時38分
みなさんこんばんは。前回の流れを受け継ぎまして、今回はブラフについて 少し考えてみたいと思います。 まず、ブラフとはなんでしょうか。 困ったときの英和辞典、というわけで引いてみると…bluffとは 「はったりで…のふりをする」(プログレッシブ英和中辞典)ということです。
ボードゲームの場合で言うと、AとBという行動をとることができるとして、 Aを選んでいるように見えて、実はBを選んでいる。 ということで、相手の不意を突き、さらに相手がAに対処するための 行動をとっていれば、それを利用して戦況を有利に導くことができる テクニックということでしょうか。 従って、じゃんけんに単純化して当てはめてみると、(前にも書いていますが) グーを出すと見せかけて、チョキを出すような感じになります。
私が良くやるボードゲームでは「キャンディデイト」のカードプレイがあります。 ・選挙区に多くのカードを置いて金額勝負をしていると見せかけて、 相手に降りてもらい、実は小額紙幣をちょろっとだけ置いといて、さらっていく。 ・選挙区に一枚だけ置いてスキャンダルで流すように見せかけて、 実は最高額の10万ドルで一気に勝負を決める。
「キャンディデイト」では割とよくあるパターンのカードの出し方があるので、 それを利用してブラフをかけることができます。 実際の行動と別の行動をしているように見せかけて、その裏をつくということです。 カードをいかにもそう見えるように置いておくだけの場合もあれば、 口先戦術によりそのように見せかける場合もありましょう。 ただ、あまりおおっぴらに言及すると、結局二つの可能性に気づかれて、 二択勝負になってしまう場合が少なくありません。 やはりさりげなくブラフをかけて誘導したほうが良い気がします。 さてさて、心理戦における相手の行動を推測する根拠として 「相手の心理」or「相手の表情」を挙げるのはかなり難しいと思います。 あまりにとらえどころが無いものなので。 それよりは、状況証拠をもって、相手の心理の表れとするべきなのでは? でもそれでは、「心理戦」ではないのか…? その中でも、微妙な口調とかで、誘導されてしまうことがあるとそれは 心理戦…?。
はてはて、よく分からない混乱のまま、今週の記事を終わります。
そういえば、そのものずばり「ブラフ」というゲームがあるんですよね。 残念ながら未プレイなのでした。
ではまた来週-。
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名前:横 日付:12月1日(月)
22時43分
前回に続いて「”心理戦の要素を含むゲーム”では、相手の行動についてある程度推測が可能だ」という仮説に説得力を持たせようと思います。
実生活と比較すると、ボードゲームの選択肢はそう多くありません。 そして選択肢の中で有効なものはいくつかに絞られます。 そのパターンは2種類に分けられます。 @最も有効な選択肢が明確。 Aどれが最も有効な選択肢かは判然としない。
@の例としては、「はげたかのえじき」で、10ポイントのカード(最高得点カード)に対して15のカード(手札の最強カード)を出して取りにいくことです。 他の例としては、「フンタ」で、所在地決定時に現金をたくさん持っているならば銀行へ行くことです。
Aの例としては、「はげたかのえじき」で、3ポイントのカードにどのカードを出すかということです。 他には、多くのボードゲームで、どの国にユニットを配置するかとか、どのカードを取るかというようなことです。
@の場合は、心理の要素は多く入ります。 Aの場合は、心理の要素はあまり入りません。
@のようなアクションは勝利に近づくものです。 よって明らかに有効です。 しかし、できよいゲームではそのアクションには大きなリスクが伴うことになっています。 そこがジレンマ=心理を生じさせます。 「フンタ」なら銀行で預金できれば勝ちが確定、暗殺されれば負けが確定ということはしばしあります。 こういう状況に置かれたプレーヤーは、所在地を決定するのに心理的プレッシャーが非常にかかります。 選択肢は、銀行へ行くか行かないかの実質2択です。 暗殺する側のプレーヤーは、彼の性格・表情・所在地チットを置くしぐさからどちらを選択するかを読むのです。 なにしろ、彼の手持ち現金はこのゲームを通じて一生懸命に稼いできた言わば行き様なのです。 心理が出ざるを得ません。
Aの場合のアクションは勝利に直結するものではありません。 したがって軽いものであり、プレーヤーはたいして悩みません。 心理的要素の強そうなゲームでも、Aは多いです。 「ファンタスミ」では、明らかに有効という手はそうありません。 「アーデルフィアフリフテッド」でも、明らかに競り落とすべきモノはめったにありません。 そもそも@のないゲームは”心理戦の要素を含むゲーム”とは言えないのです。 @があってはじめて心理戦が生じるのです。 どんなゲームにも心理戦の要素は含まれるわけですが、Aをカテゴリーとして分類すると”心理戦の要素を含むゲーム”ではなく、”運ゲーム”かなにか他のカテゴリーです。
以上、冒頭の仮説が有効であることを述べました。 じゃんけんでも、もし最も強い手が存在したならば、心理戦の要素が含まれることになります。
ところで、ブラフについては今回は検討できませんでした。 2択となった場合は、どちらの選択肢を取ってもある意味ブラフであり、ブラフでもないように思えます。 そもそもボードゲームにおけるブラフの例はどのようなものがあるのだろうか。
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名前:鱶(fuka) 日付:11月23日(日)
22時12分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。
前回の「心理ゲームって運ゲーちゃうん?」というテーマ設定では 私と横さんの意見が一致してしまい、ちっと盛り上がりに欠ける展開になってしまった ような気がします。 今回は一歩進めて「心理戦の要素を含むゲーム」の検討をしてみたいと思います。
さてさて、例えば”完全心理ゲーム”「じゃんけん」を考えてみると、グー、チョキ、パーの どの手が出されるかは、相手の心理次第で殆ど推測のしようがありません。
これに対して、”心理戦の要素を含むゲーム”では、相手の行動について、 ある程度推測が可能なのではないかと思ったのですが、どうでしょう? いくらかの推理材料があって、「この状況なら、何通りかの行動の選択肢があって、 どちらも同じくらいメリット・デメリットがあるけど、どっちやろう。結局二択か…」 というような感じをイメージしました。 推理材料が多いと、その分ブラフの余地も生まれ、なかなか良い駆け引きが生まれるのでは。 なぜかというと、じゃんけんの場合には推理材料がないため、グーを出そうとしていると 見せかけてチョキを出す、というようなブラフが使えません。そういった駆け引きこそ、 心理戦のだいご味なのではないでしょうか。それでこそ、読みがぴったり当たったときの 爽快感が生まれるというものです。
今回の発見を記すと「適切な推理材料は心理戦にブラフを生み、より高度な駆け引きをもたらす」 ということでいかがでしょう。
しかし書いてて思ったんですが、それって割と普通のゲームですよね。 特に「心理戦の要素を含む」とするまでもなく、多くのゲームに含まれている気がします。
うーん、いまいち大した考察ができませんでした。横さん次週お願いします-。
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名前:横 日付:11月17日(月)
2時45分
前回を受けてということで。
>題して「心理ゲームって運ゲーちゃうん?」 >これが私の心理ゲームに対する最も大きな印象なんすけど、横さんはどないですか。
同感です。 心理ゲームって思いつきでプレイするゲームという印象です。 あまり考えても仕方がないからです。 心理ゲームと言うと、相手の考えを読んでそれに対しての対応を考えて、というふうに奥が深そうなイメージなのですが、そうではないと思います。
>もし、この公式どおりだとすると、「心理ゲーム」はそう大して面白くないのでは? >面白い面白くないは非常に主観的な言葉なんであれですが、 >戦術・戦略をみがきたい向きには不向きなゲームといえそうです。
こちらも同感です。 そう、けっきょく心理ゲームは運ゲーです。 なお運ゲーが面白いのは、小気味良い場合に限ると思います。 長い時間かけて運ゲーをするのは時間がもったいないです。 「アーデルフィアフィリフテッド」を辛く評価してしまうのもその点です。 私がいちばん面白いと思える心理ゲームは「はげたかの餌食」です。 このゲームはサクッとできるから面白いです。
結局のところ、我々は心理ゲームにあまりコミットできないのでしょう。 心理ゲームなのにあまり心理を使えないのです。 心理を使おうにも立脚できる地点がないのです。 ただ、それは心理の本質に起因することです。
> しかし「心理戦の要素を含むゲーム」(←かなり数多くのゲームが含まれそうですが)における心理戦の要素は面白さにつながる、重要な要素である気がします。
心理戦の要素というのはまた大きな問題であり、一夕一朝には語れなさそうです。 様々なものが混合しています。 好み、気まぐれ、偶然、間違い等、いろんなものによって、プレーヤーのアクションが決定されます。 これは、日常生活の意思決定と同様でしょう。
ところで、小説でも映画でも絵画でもゲームでも、表現というものの価値は、現実をどう表現するかであると思います。 表現にはリアルさが志向されるわけですが、このリアルさはありのままではありません。 ポイントはメリハリにあります。 ある部分を強調して、ある部分を省略するということです。 旨い部分をどう強調して仕上げるかが表現の価値です。
さて、ボードゲームの場合、現実を表現するための主要な手段はモデル化です。 現実の中の特に社会関係をどうモデル化するかが、ボードゲームの価値です。 もちろん、モデル化のポイントはありのままではなく、強調と省略です。 他の種類の表現と比較したボードゲームの有利さは、モデル化という武器を持つゆえに、社会関係を描くに近い位置にあるということです。
件の心理なるものは、現実を動かす要となる要素です。 にも関わらず、非常に分かりにくいものです。 それゆえに心理は、人々にとって煩わしくもあり、面白くもあります。 このような心理をどのようにボードゲームに含ませるか。 これはボードゲームをデザインする人にとっての課題です。
--- 今回は、エッセイ風になりました。 前々回にあー言っておきながら・・・
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名前:鱶(fuka) 日付:11月9日(日)
21時11分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。
なるほど、問題設定ですね。確かに前シリーズではちょっととらえどころが うまく見つからないままに、だらだら続いてしまいましたね。今シリーズでは その流れを変えてみませう、というわけで勝手に設定いたします。
題して「心理ゲームって運ゲーちゃうん?」
これが私の心理ゲームに対する最も大きな印象なんすけど、横さんはどないですか。 この問題を考えていくには、結局「心理ゲーム」とは何かっちゅうことになると思います。
と、その前に一つ。前シリーズで「競りゲーム」と「競りの要素を含むゲーム」 に分けたように、今回も「心理ゲーム」と「心理戦の要素を含むゲーム」に分けて 考察することが必要そうです。 で、ここでは「心理ゲーム」に焦点を当てています。
「ファンタスミ」で顕著に現れていると思うのですが、心理ゲームでは 「推理の材料となる手がかりが相手の心理である」ということになります。 「ここで出口に向かってくるのは良いオバケやろう」という推理は 同様に「ここで出口に向かってくるのは良いオバケやと見せかけて悪いオバケやろう」 という推理もできるわけです。 こいつの性格からして…という分析をするものなのでしょうか。 しかし、常に正直な人も、常にブラフをかける人も、普通ではいない気がします。 ということは…。
1. 初対面の人とやる場合は、心理なんか分からへん。これは当然。 =勝敗は時の運。 =運ゲー。
2. お互いに知り尽くしている相手とやる場合。でも人の心理なんか分からへんもの。 =勝敗は時の運。 =やっぱり運ゲー。
となってしまうのですが、どんなもんなんでしょ。 もし、この公式どおりだとすると、「心理ゲーム」はそう大して面白くないのでは? 面白い面白くないは非常に主観的な言葉なんであれですが、 戦術・戦略をみがきたい向きには不向きなゲームといえそうです。
しかし「心理戦の要素を含むゲーム」(←かなり数多くのゲームが含まれそうですが) における心理戦の要素は面白さにつながる、重要な要素である気がします。 ちょっと考えてみるだけでも、「エルグランデ」の塔の騎士の移動とか、「キャンディデイト」の カードプレイとか、面白いものが目白押しです。 心理戦で二択、三択の運勝負となる場合があっても、それだけでゲームの勝敗まで 決まってしまうわけで無いところがポイントかもしれません。ただ、相手の心理以外に 推測の材料が結構あるので、心理戦の要素と呼ぶのは不適切かもしれないですね。 ここらへんは今後の検証が必要です。
とりあえず今週はこれで。
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名前:横 日付:11月3日(月)
2時49分
特にはっきりさせていなかったが、この週刊連載には「なぜ人々はボードゲームをするのか」という大きなテーマが存在するはずだ。 このテーマはあまりに大きいため、考察するためはより小さなテーマに落としこまねばならない。 まず、このテーマは2つの要素に分解される。 「人々」と「ボードゲーム」である。 つまり、ボードゲームをする主体である人々についての理解と、客体であるボードゲームについての理解が必要となる。 「ボードゲームの要素について」と題した当連載は、後者の「ボードゲームとはどういうものであるかの理解」が目的である。 そしてこれまで、ボードゲームの要素をいくつか俎上に挙げて考察してきた。 それぞれのシリーズにおける問題設定は、「・・とは何か」となる。 前回のシリーズでは「競り」に焦点を当て、「競りとは何か」という問題を考えた。 ただし冒頭で述べたことと同様に、この問題設定はまだまだ大きい。 落としこみとしての問題設定が第二段階として必要となる。 「競り」のシリーズでは、この落としこみをうまくすることができなかった。 問題設定として、面白いものが見つからなかったのである。 仕方がないので、周辺から埋めていけば問題が見えてくるだろう、というスタンスを取った。 このシリーズは6回と長く続き、その中でいくつかの問題をひねり出すことはできた。 それらは以下のものだ。
・競りは二者の交換が進化したものと言えるか。 ・なぜ最近になって競りゲームが増えたか。 ・競りゲームは初心者に向いているか。 ・競りゲームの肝は何か。 ・競りを行っても競りゲームとは言えないゲームがあるのではないか。 ・面白い競りゲームはどこでひねっているか。
結果として面白い問題設定ができたが、あーだこーだと考える中で問題設定をすることはちょっと苦しかった。 無理に問題を出そうとしていたからである。
他方、「ギャンブル」についての考察のシリーズでは、王道を行った。 当初から、うまく問題設定をすることができた。 そして、自然に次々と問題設定をしていくことができた。 以下の通りだ。
・ギャンブルチックなボードゲームがあまりないのはなぜか。 ・ギャンブル的要素は、ボードゲームでの表現が難しいのではないか。 ・マージャンやポーカは、ゲームの種類としてボードゲームと言えるのか。 ・なぜマージャンやポーカはお金を賭けないと面白くないのか。 ・ドイツゲームなどで心理戦的要素がある場合、これはなぜ失うものがないのに効果を上げているのか。 ・ゲーマーは何を賭けてボードゲームをするのか。
以前にも触れたように思うが、論文の面白さは問題設定で決まると言っても過言ではない。 「競り」のシリーズでは、始めにうまく問題設定ができなかった。 「ギャンブル」のシリーズでは、始めからうまく問題設定ができた。 その結果、前者は書きにくく、後者は書きやすかった。 書きやすさに重きを置き、今回のシリーズでは始めに問題設定をしたいと考える。 そこで心理ゲームについての問題を考えてみた。 以下のとおりだ。
・ほとんどのゲームに心理の要素が含まれるのであるが、心理ゲームと非心理ゲームの線引きはどこにあるか。 ・心理ゲームにはどういう特徴があるか。 ・心理ゲームはなぜプレイ時間が短いか。 ・システムが複雑な心理ゲームはありうるか。 ・心理ゲームは何人プレイが適正か。 ・心理ゲームの面白さは何か。 ・心理ゲームの面白くなさは何か。 ・心理ゲームが好きな人はどういうタイプの人か。 ・心理ゲームは初心者向けか。 ・ベテランゲーマーが心理ゲームを真剣にプレイすることは可能か。 ・心理ゲームは時間の無駄だと思っている人への対処方法はあるか。 ・心理ゲームが強い人は存在するのか。 ・心理ゲームが弱い人は存在するのか。 ・心理ゲームは才能か努力か。 ・心理ゲームをする時のマナーとしてどういうものがあるか。 ・ボードゲーム道義的に、ランダムなプレイが許される程度はどれくらいか。 ・ボードゲーム道義的に、逆張りをすることが許される程度はどれくらいか。 ・ギャンブルは心理ゲームの真髄ということでよいか。 ・心理ゲームは何とミックスさせたら面白くなるか。 ・今後、心理ゲームが発展する余地はどこにあるか。
言ったもん勝ちということで進めました。 鱶さん、どれか選んでください。他のものがあればもちろんそれでOKです。 よろしくおねがいします。
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名前:鱶(fuka) 日付:10月26日(日)
20時59分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)どす。 前シリーズでは「競り」の要素について検討をしましたが、 今回は「心理戦」の要素です。
「心理戦」っつーと、いったいどんなもんなんでしょう。 手元にあります旺文社の国語辞典を引いてみると、心理とは「心の状態」のことです。 心理戦は相手の心の状態を推測しながら戦うことでしょうか。 で、心理戦が主な交戦手段となるゲームが「心理ゲーム」という定義でいいのかな?
うちにある心理ゲームといえば「アンダーカバー」、「軍人将棋」。うちにないところでは 「ファンタスミ」といったところでしょうか。 この3つのゲームに共通するのは、コマの正体が分からないというところです。
「アンダーカバー」では自分のコマでも他人のコマでも動かすことができます。 動かしていくうちに、マイナスポイントのマスから脱出させたり、得点計算時に 高得点のマスに動かしたりといったことを観察して、敵のコマを見抜いてゲームを 有利に進めます。
「軍人将棋」ではコマの動きや、勝敗などから相手の陣容を推測していきます。 (1、2回しかやったことがないので、こつが良く分からないですが。このゲームは 審判役が必要なのが問題です。私は
Basicで勝敗判定プログラムを作りました。)
「ファンタスミ」はこれまた1回しかやったことがないのですが、こちらは ボードから脱出させると勝利になる良いオバケと、相手に4匹捕まると勝利になる 悪いオバケ、この2種類のコマがあります。相手のコマがわからないので、 相手のコマの動きを見て、それを推測します。
このように、相手のコマの動きなどの情報を元に戦うゲームです。 「軍人将棋」の場合の相手のコマの分析というのは、確実性が かなりありそうなので、上級者向けのシビアな戦いになるような気がします。 これに対して、「ここでこんな動きをするのは、こいつやろ」という分析は かなり適当で、根拠が薄いものです。(あてずっぽうと紙一重かも。) 松岡圭祐の「催眠」と「千里眼」のシリーズを今読んでいるのですが、 それに出てくるような臨床心理士なら、相手の表情筋の動きからコマの正体を 見破っていけるので、かなり強いかもしれません。 しかし、一般人の場合はそのような技はないので、基本的には技術の強弱が 出にくいゲームなのではないでしょうか。一般人とゲーマーが対等に勝負できる ゲームといっていいかもしれません。よって、技術を磨きたいゲーマーの人は いまいちさを感じてしまう点がありそうです。
今回は心理ゲームの特徴をいくつか見てみました。ではまた来週。
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名前:横 日付:10月20日(月)
0時19分
前回、鱶氏はよい仕事をしてくれたと思います。 ”競りの要素を含むゲーム”と”競りゲーム”(競りそのものゲー)を 分けて、それぞれにおける競りを考えるのがよいです。 前回の定義では以下のようになります。 前者は、「競り落としたアイテムを使ってゲームを有利に展開していくという流れがあり、競りの勝敗がゲームの勝敗に直結しているわけではない」 ・・・エルグランデ、デューン 後者は、「競り落としたアイテムは得点システムに直結し、競りの勝敗は、ゲームの勝敗に直結する」 ・・・キャンディデイト、ラー、モダンアート
”競りの要素を含むゲーム”における競りは1つの要素であるため、ひねる必要はあまりありません。 ”競りゲーム”では、どうひねるかがポイントとなります。 面白い競りゲームは、ひねりに成功しています。
ところで、これまでに挙がった以外にも競りゲームがあることに気づきました。 「貴族の務め」と「はげたかの餌食」です。 「貴族の務め」は、骨董品のオークションのゲームであり、まさに競りゲームです。 しかし、競りゲームという印象がなく忘れていました。 このゲームでは、競りに参加せずに、泥棒をしたり探偵をしたりといった他の行動を取ることができます。 そこがこのゲームにおけるひねりなのですが、このひねりのため競りゲームの感覚が薄くなっています。 競りゲームというよりもジャンケンゲームという感じで、競りゲームとしての面白さは少ないです。 得点システムの工夫が競りゲームのポイントであるということは分かっていて、それはできています。 しかし、中核となる競りのシステム事体が生きていません。 他の種類のゲームとしての面白さも出せておらず、中途半端なゲームです。
「はげたかの餌食」もまさに競りゲームです。 このゲームの場合、得点システムのひねりはありません。 競り落としたモノの価値は変化しませんし、プレーヤーによって異なりません。 しかし面白いゲームです。 それは、競りをするときに同じ数値のカードを出したらキャンセルされてしまうというひねりのためです。 競りゲームというよりも心理ゲームとなっています。 心理ゲームとしての面白さです。
「貴族の務め」はひねりすぎて失敗した競りゲーム、「はげたかの餌食」はうまくひねって成功した競りゲームと言えます。
ひねり方には、「ラー」や「モダンアート」のようにあくまで競りゲームとしてのものと、「キャンディデイト」や「はげたかの餌食」のように別の種類のゲームを目指すものがあるということが分かりました。
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名前:鱶(fuka) 日付:10月12日(日)
21時19分
こんばんは。まいどおなじみ、鱶(fuka)でございます-。
今回のテーマは、<競りゲームは得点システムが肝!> ということでいきます。
以前にも述べたように、”競りの要素を含むゲーム”の場合は、 競り落としたアイテムを使ってゲームを有利に展開していくという 流れがあります。競りの勝敗がゲームの勝敗に直結しているわけでは ありません。極論すれば「エルグランデ」の場合、アクションカードの 競りでことごとく負けたとしても、ゲーム自体に勝利できる確率が あります。(←ほんまにあるんかいな?という気も…)
しかし、競りゲーム(”競りそのものゲー”)では、 競りの勝敗は、ゲームの勝敗に直結するものです。 ということは、得点システムでひとひねり無いと、しょうもない ゲームになってしまうのではないでしょうか。
前回の横氏の記述では下記のとおりです。
>第一に、モノの価値はたえず変化する。 >第二に、モノの価値はプレーヤーによって異なる。
これらにより、得点システムは複雑なものになります。
具体例を「ラー」で見ていくことにします。 「ラー」では競るタイルの価値は、いくつかの要素により決定されます。
・ファラオ。 人より多いと得点。少ないと失点。 ・ナイル川 組み合わせると得点。(洪水が必要) ・文明 たくさん集めると得点。一つもないと失点。 ・モニュメント 第3ラウンドのみ得点。たくさん集めると大量点。 ・太陽チップ 競りに使う資金。ゲーム終了時に最も大きい数字だと得点。少ない人は失点。
これらの得点システムはゲームの要となる部分でしょう。
さて、上記の「ラー」とは対照的に「キャンディデイト」の場合は、 得点システムはまったく普通です。 得られた選挙人の数(ポイント)がそのまま勝敗になるわけですが、 こちらでは競りシステムそのものにひとくせあります。
競りシステムは、全員が秘密裏に時計回りに値付けをしていく、というものです。 秘密裏やのに、なんで時計回りにするん?
という疑問がわいてきますが、 その理由は入札の際、使用したカードの枚数だけは公開だからです。 競りには通常の金額カードにの他に、相手を攻撃したり、カードを捨て札にして 入札のやり直しをするなどの、特殊効果カードもあり、競りの駆け引き感を 増加させています。 ”競りゲー”というよりは”駆け引きゲー?”
という感じでしょうか。
冒頭に「競りゲームは得点システムが肝!」と書きましたが、 そうでないものもありそうです。どんなもんでしょ。
ではでは。また来週-。
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名前:横 日付:10月5日(日)
23時41分
競りゲームは、目利きのゲームである。 モノの価値を見極めることができるかが、勝負の分かれ目となる。 自分はより安く買い、人にはより高く買わせるように努める。
そして、競る対象となるモノの価値は絶対的でない。 第一に、モノの価値はたえず変化する。 第二に、モノの価値はプレーヤーによって異なる。 状況の変化に応じた総合的な目利きが必要になるのである。 このダイナミズが、競りゲームの面白さである。
1993年にドイツゲーム賞一位となった「モダンアート」は、「到達」した競りゲームと言える。 「モダンアート」では、4種類の競りがある。 それらを挙げると以下の通りだ。 A オープン(フリーオークション)−全プレイヤーはどんな順番でもいいから金額をビッドする。オーソドックスな競りの形態。 B ワンス・アラウンド(一巡入札)−競りはオークショナーの左隣から時計回りに進行する。ビッドする機会は1度のみ。 C シールド(一斉入札)−全員が秘密裏にかつ同時に値段をつける。 D フィックスド・プライス(指し値入札)−オークショナーはスタート価格を決定する。左隣のプレイヤーから順番にその価格で購入するかどうかを聞いていく。この機会は1度のみ。
このように4種類もの競りの形態があるため、目利きはより難しくなる。 その上、2つのモノが同時に競られる状況も時に発生し、より複雑になる。
競りゲームでは、競り落としたときのお金は銀行へ行くことが多いが、「モダンアート」では、落札したお金はオークショナーをしたプレーヤーへ行く。 このため、いっそう目利きは難しくなる。 例えば、トップのプレーヤーからはあまり高く落札してはいけないということも考えないといけない。
話は横にそれるが、前回の競りのシステムの要素の4番目として、 「4. 落札したお金(もしくは手持ちのポイント)が消えるか(銀行へ行くか)、残るか(他プレーヤーへ行くか)。」を付け加えたい。
「モダンアート」では、最終的に落札されたモノの価値は、ラウンドの終了時に確定する。 よって、非常に価値の高そうなモノの価値がゼロになることもある。 本当に目利きがたいへんなゲームだ。 このたいへんさが「モダンアート」の面白さである。
モノの価値を見極めるための要素がたくさんあり、目利きが難しいゲームほどやりがいのある競りゲームと言えるだろう。 逆に、目利きが難しいゲームは慣れるまでが難しい。 つまり、初心者向き度合いは低いことになる。 しかし、実際のところはそれほど難しいこともないのである。 そこが競りゲームのすごいところだ。 「モダンアート」は初プレイでも楽しめる。 ボードゲーム初心者と「モダンアート」をプレイしたことはないが、だいじょうぶなような気がする。 それは、ゲームの構造がシンプルであり、することがはっきりしているからだ。 また、競りはたくさんの回数行われるので、多少ミスをしてもリカバーできるし、やり方が自然と分かってくる。 競りは常にコミットさせられるものであるので、技術が身につきやすいということも言えるだろう。
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名前:鱶(fuka) 日付:9月28日(日)
20時27分
こんばんは。鱶(fuka)です-。、
今回は <「競り」の要素の初心者向き度合いをチェック!>
前に検討した「交渉」では「難しく敷居が高いですが、通にとっては やりがいがあって面白いもの」という記述がありました。 今シリーズの「競り」では、その辺はどうでしょう。 競りのシステムによっても変わってくると思われます。
「競り」は基本的に、各プレイヤーがある”もの”に対して 値段をつけて、一番高い値段をつけた人が、その”もの”を獲得できる というシステムになっています。. 1. 値のつけ方ですが、一人ずつ値段をせり上げていく方式(オークション)と 手の中にお金を握って一斉に公開する方式(入札)があります。 この二つの方式では、どちらかと言えば、オークションの方が初心者向きっぽいです。
入札方式だと相場がうまくつかめずに、たいしたことのないものに大金を 投じてしまう危険性が高くなります。 オークションだと、誰がどの程度入れ込んでいるのかをつかむことは、 それほど難しくないでしょう。 逆に、うまい人同士の入札はシビアな戦いが展開されて面白そうです。 わずかの差で勝利することができれば、これはもう快感といえます。
この2つをうまく組み合わせているのが「キャンディデイト」です。(初回OK度は”普通”ですが) 1人ずつ順番に値段をつけていくのですが、その際に手持ちのお金カードなどを 裏向きにして出していきます。全員出し終わったら、一斉にオープンします。 枚数が多いほど気合が入っているように見えますが、 何の効果もないゼロカードや、他のカードの効果を消してしまうカードなど 特殊カードもあり、相手が何を出しているのかの読みがお金だけでは 済まないところがポイントです。 2. お金を使うか否か。 お金の場合は、自分で好きな値段を決めることができます。 そうでない場合は、手持ちのポイントから値をつけることになります。 お金の場合は1,2,3円を持っていたら、1円と3円を合わせて4円と言う 張り方ができるので、より自由度が高いといえます。その分、どちらかといえば 初心者向けではなくなってしまいます。 3. オークションの場合は周回するか否か。 何周もする場合は、散財度も比例して上がっていきます。 金を持っているものが単純に強いといえば強いので、いまいち過熱しても 盛り上がりに欠けるかもしれません。 1周のみの場合は最後に値付けできる人が有利になります。 最初に値をつける人が競り落とすには口先戦術も含め、技術が必要かもしれません。 どっちが初心者向きかというと、どうなんでしょう?
とりあえず、以上3点見ていきました。ではでは。また来週-。
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名前:横 日付:9月21日(日)
23時54分
「交換」が進化して「競り」に至ったという仮説を前々回で立てました。 通常、「交換」は二者で成立するものですが、「競り」は三者以上で成立するものです。 したがって、「競り」は「一般化された交換」と捉えることができます。
ただ、今回はそういう「競り」のしくみに関する考察はパスして、競りゲームの背景について考えることにしました。
ボードゲームにおける競りの歴史を振りかえるにあたって、1990年以前のアメリカゲームの中で競りが含まれるものを探してみました。 以下に挙げます。
「モノポリー」…競りは土地や家の競売の時にのみ実施され、ゲームの一部。競りゲームではない。 「TVウォーズ」…アバロンヒル社のボードゲーム。プレーヤーはテレビ局となって番組を競りで買い落とす。競りはゲームの中心であり、競りゲームと言える。ちなみに、狙いはよいゲームだが、全体のバランスがとてもわるい。企画倒れな失敗作品という印象。 「ビジネスストラテジー」…アバロンヒル社のボードゲーム。原材料を買ってモノを生産するビジネスゲーム。「利益+廃液」に似ている。原材料は競りで買い落とされ、それがゲームの中心となっている。競りゲームと言える。ちなみに、このゲームをした非ゲーマーが「せやから談合はしたらあかんとされるんやな」と言ったことは印象的。 「オークション」…アバロンヒル社のボードゲーム。オークションでモノを競り落としていく。まさに競りゲーム。同じ系統のモノを集めると価値が上がるカラクリ。未プレイ。 「デューン」…アバロンヒル社のボードゲーム。トレチャリーカードが競売される。ボード上の戦闘が中心のゲームであるが、トレチャリーカードが戦闘を決する場合も多く、また凶悪なイベントを起こすものもある。競りゲームとは言えないが、競りは重要でかつ面白い要素となっている。
探してみると、予想したよりも多くありました。もちろん他にも競りが行われるゲームはありそうです。でも、これ以上探す必要もないでしょう。1990年以前のアメリカにおいて、競りが面白い要素であることが認識されていたことが確認できたからです。 1990年以前のドイツゲームでも、競りが含まれるものを探してみました。 見つかったのは下記の2つだけです。他にもあるのでしょうが、少ないのではないでしょうか。 「クーハンデル」(1985年ドイツゲーム大賞ノミネート、Blaumeister) 「アウフ・アクセ」(1987年ドイツゲーム大賞、Kramer)
アメリカでは競りが多少なりとも追求されていましたが、ボードゲームの衰退とともにそれはストップしました。結果として、それを継いでドイツで競りが追求されました。そしてこの2,3年、競りゲームが急増しました。ボードゲームにおける競りの歴史としては、このようにまとめらるでしょう。
さて、ここで疑問なのは、なぜ最近になって競りゲームが急増したかということです。 クナイツアは、この10年間ポツポツと面白い競りゲームを作ってきました。「モダンアート」は賞を取ってちゃんと評価されています。 それなのに、なぜ競りゲームはあまり作られなかったのでしょうか。
私は競りゲームが大好きです。競りは大きな可能性を秘めた要素だと思っています。そう考えたドイツ人はたくさんいたはずです。それなのに・・
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名前:鱶(fuka) 日付:9月14日(日)
21時38分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
今回からボードゲームの要素の第4回、「競り」の要素にいきたいと思います。
「競り」の要素は結構いろいろなゲームに含まれています。 うちにあるものでいうと、「エルグランデ」、「ビッグショット」、 「フィレンツェの匠」、「スリル」といったところです。
競りゲームの代表の「ラー」が、得点元のタイルを競っていき、 得点を競うのに対し、競りの要素を含むゲームでは、 「行動の権利」を競ります。そのアクションでゲームを進め、得点などを 競います。 競るものが、自分にとってどれだけの価値があるかと、他人に渡すと どれだけまずいかを考えていくのが面白いところでしょうか。
さてさて、競りと一言で言いますが、さまざまな形態があります。 各ゲームで実例を見ていくことにしましょう。
「エルグランデ」の場合は、パワーカードという数値が書かれたカードを使用します。 競る対象は、騎士の投入や行動する権利が得られる、アクションカードです。 競りはスタートプレイヤーから一人ずつパワーカードをオープンすることによって 行われ、1周だけします。競りの部分がメインではないので、比較的シンプルな 仕組みです。
「ビッグショット」では、コインを使用します。1,2,5,20のコインがありますが 単位はなんと100万ドル単位です。 競る対象は「各区画に対する所有権の主張」を表す木製マーカーとのことです。要するに ギャングの実動部隊かと思われます。 競りはスタートプレイヤーから金額を提示していきます。お金がなくなると銀行から 借金ができます。周回が無制限なので、加熱しがちで、前にやったときは何人かが 収支マイナスでゲーム終了でした…。
「フィレンツェの匠」の競りもコインを使用です。 競る対象は自分の土地に置く景観タイルなどです。 これも周回無制限で競っていきます。
「スリル」もコインを使用します。 こちらで競るのはメダルを押し出して落としてしまう 「押し盤を押さなくて良い権利」です。(落としたメダルがマイナス点となる) 競りの形態は、コインを手の中に握って、いっせーのーで、でオープンする 1回きり同時公開方式です。未プレイですが「フィスト・オブ・ドラゴンストーンズ」 という面白そうなゲームも同じ方式。あと、「ディ・ハンドラー」の 馬車の競りも同様です。
最後に、競りゲームといえばおなじみの「ラー」です。 これは、得点となるタイルを、手元の太陽チップ(お金)で競っていくゲームです。 競りは、ラー宣言者の隣の人からスタートして、1周で終了です。 このゲームで優れている点を書いておくと、 ・お金と違って1から16までの太陽チップを使用し、各人のチップがオープン情報のため 勝ち負けが分かりやすく、初心者でも目的のタイルに対しての値付けがしやすい。 ・競りが1周で終わるので、だらだら続かなくてよい。また、いっせーのーで方式よりも、 他人の値を競り上げることで勝負の妙味がある。 という2点だと思います。
さてさて、記事のほうはだらだらと書いてみましたが、次週はどうなるのでしょうか。 横さん、よろしくお願いします-。
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名前:横 日付:9月8日(月)
0時21分
前回のとおり、「売買」と「アイテムの交換」は、質的には同じものです。モノポリーでは、この両方が行われます。 「売買」についてモノポリーを例にして考えてみると、2枚揃えるだけで独占となる土地は、売買がしやすいです。それは、相場がはっきりしているからでしょう。 3枚揃えて独占となる土地の3枚目の売買は難しいです。これは、相場がはっきりしていないからでしょう。なかでも最も強力な赤とかオレンジの土地がいちばん売買が難しいです。この辺の土地が揃うことは世界を変えるほどのできごとなので、金額に換算することはとても難しいです。また、金額が大きすぎて誰もキャッシュで買えないというのもあります。 「アイテムの交換」についても、モノポリーをイメージすれば考やすいです。 交換は、前回の公式に則って行われます。 交換は、双方にとってメリットがあるため行われますが、そのメリットが同等でなくても成立します。それが交換の興味深いところです。 Aが得るメリットが、Bが得るメリットよりも小さい場合は、Aは交換を拒否したくなります。 しかしボードゲームでは、その場合でもAは交換をした方が得であることがよくあります。というのも、交換に参加していないプレーヤーは、何も利益を得ていないため相対的に不利益をこうむることになるからです。 したがって、交換可能は時にはさっさと交換してしまうのがうまいやり方です。 ただ、これが大きな災厄を招くこともあります。 AがBにやすやすと3枚目のオレンジの土地を渡してしまうようなときです。 そのせいで他のプレーヤーはほぼ負けが決定してしまうという状況になりえます。 こういうできごとを体験して、交渉に対して非常に保守的になるプレーヤーも発生しがちになります。これもまたゲームが面白くなくなってしまう流れです。
つまり、交換は難しいのです。それは、状況の判断が難しいということです。その難しい状況判断をうまくすることが、この手のゲームの楽しみ方です。しかしスキル不足なプレーヤーにとっては、難しすぎて面白さを感じれません。また、スキルのあるプレーヤーにとっては、スキル不足なプレーヤーのせいで、努力しがいがないという状況も起こりえます。 このことは売買においても同じく言えます。ただ、交換ほど極端に相手に益を与えてしまう売買はあまり起こりません。
「アイテムの交換」や「売買」は難しく敷居が高いですが、通にとってはやりがいがあって面白いものです。 ドイツゲーはこの敷居を低くしようと努めてきました。そして「競り」に注目したのだと思います。「競り」は、プレーヤー全員がコミットする売買ですから。
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名前:鱶(fuka) 日付:8月31日(日)
22時16分
まいどこんばんは。鱶(fuka)です。
それでは面白そうな「アイテムの交換」にしましょうか。
「アイテムの交換」では双方がアイテムどうしをかえっこします。 プレイヤーをA,Bとし、各々の持つアイテムをX,Yとした場合、 Aの考えるXの価値とYの価値とBの考えるXの価値とYの価値により、 交換が行われます。この状態の理想は数式に直すとAY=BXと表せますが、 Aの立場にしてみるとAY>BX Bの立場にしてみるとBX>AY と考えていることでしょう。 普段と雰囲気を変えて数式を使ってみましたが合っとるんかいな? さてさて、これをモノポリーにあてはめると、ボードウォークと どっかの色の3枚目と交換するような場合です。 自分にとってのその土地の価値と相手にとっての価値とをはかりにかけて 交換するので、価値判断が求められる箇所が複数ある分、難しい交渉になる のではないでしょうか。 持つ人によって強さが変わるアイテムの交換は、かなり気が抜けない交渉となって まさしく勝敗に直結するものとなりそうです。 イメージ的にはお互いに相手の武器の最後の部品を持っていて、それを交換するようなもので、 お互いが武器を完成させるまでの時間、その武器の威力、命中率など、 考えなければならない要素がいくつもありそうです。
対して「売買」の場合は交換する片方がアイテムで、片方がお金です。 あるアイテムに対して値をつけて売買交渉をすることは、 2人のプレイヤー間でそれがいくらか考えることです。 モノポリーで言うところの、土地をいくらで買うか、ということです。 お金の価値はラウンドの進行やプレイヤーごとの財布の逼迫度によって 変わりますが、それについて考えることは、アイテムの交換よりは 複雑ではないという気がしますが、どうでしょう。
とりあえず今週はこれで。ではまた-。
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名前:横 日付:8月25日(月)
3時38分
前回挙がった「1.アイテムの交換、売買」はドイツゲーム、「2.不戦、同盟、協力」は昔のアメリカゲームの特徴ということで話を進めていきます。
私も1の方が好きです。理由は鱶さんと同じです。 きっとドイツ人もそうなんでしょう。
さて、ボードゲームの魅力は交渉にあると昔のゲーマーは言っていたように思います。 それくらい交渉は当然あるものでした。 しかし、昔のアメリカゲームは交渉について自由放任でした。 自由競争が基本としても、システムを維持するためにはコントロールが必要となります。 交渉をコントロールすることに関してアメリカゲームはあまり問題意識を持てていませんでした。 これが当時、ボードゲームの衰退を招いたのではないでしょうか。
しかし、問題意識を持つ人達もいました。 コズミックエンカウンター、デューン、ボーダーランドを作った人達です。 これらのゲームでは、ランダムな要素によって交渉に影響を与えています。 そして状況の変化に応じて、交渉をどううまく行っていくかを考えるゲームとなっています。 これらのゲームは交渉がテーマであり、交渉をプレーヤーに委ねてしまうのではなく、ルールによってコントロールされています。 このやり方をお手本にすれば、面白い交渉ゲームが作れるはずです。
コズミックエンカウンターからは3方向の進化がありました。 1つめは、追加ルールとしてたくさんのエキスパンションの出版。 2つめは、より戦略性の高いゲームとしてデューンの出版。 そして3つめは、ルールブックを超越するルールの面白さに着目したマジックザギャザリングの発明(これは交渉とは違った方向ですが)。
安田氏によると、EON社は交渉に関して問題意識を持ったゲームを他にもいくつか出版していたようです(ref:15年ほど前のログインの記事)。 ボードゲームにおける交渉についてよく分かっていた人達はちゃんといたのです。 しかし、それに続くゲームがアメリカではたぶん生まれませんでした。 そして彼らの後を引き継いだのがドイツ人です。 ドイツゲームの象徴であるカタンが、ボーダーランドの真似であることは特筆すべきことです。 はじめてカタンのルールを聞いたときに「なんや、ボーダーランドのぱくりやん」と思った人は多いでしょう。 しかし、真似することを思いついたことがドイツ人の偉業だったと言えます。 (ちなみに、コズミックエンカウンターを真似して、マジックザギャザリングを作ったことも偉業です。 今回のテーマとは関係のないことですが、これらの突破したゲームが真似から生まれているということ、そしてその真似はボードゲームの面白さの本質をついているということは押さえておくべきことです。)
ドイツゲームは、アメリカゲームの反省として、交渉をルールによってコントロールする姿勢を持っています。 それが、冒頭の「1.アイテムの交換、売買」です。
ところで気になるドイツゲームが1つあります。 最近アレアから出版された七人の賢者です。 このゲームは交渉に対してひどくルーズなのです。 あえてそうしているのでしょうが、その意図は何でしょうか。 自立して交渉できるようになりなさい、とゲーマーを突き放しているのでしょうか。 これが新しいムーブメントになるかどうかは興味深いです。
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名前:鱶(fuka) 日付:8月17日(日)
20時50分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。 それでは、今回から「交渉」の要素について ぼちぼち考察していきたいと思います。
まずは、交渉の要素のあるゲームをあげていくと…。 「モノポリー」、「三国志演義」、「ディ・ハンドラー」、 「カタン」、「フンタ」、「バサリ」、「ミュール」、 そして、「ディプロマシー」。 とりあえずこのぐらいがすぐに浮かんできました。
タイプとしては、
1.アイテムの交換、売買 「モノポリー」、「ディ・ハンドラー」、「カタン」、「バサリ」、「ミュール」
2.不戦、同盟、協力 「三国志演義」、「フンタ」、「ディプロマシー」
の2つに分けられました。
私の好みとしては、1の方が好きですな。なぜかといいますと、2の交渉は多くの場合 合理的な行動選択法が無いからです。2のタイプでは、自分がどう行動するか によって展開は大きく異なります。しかし、単純に書いてしまうと、 Aさんと同盟しても、Bさんと同盟をしても大してリスク・リターンが変らないことが あるのではないかと思うのですがどうでしょう。 1ではそのアイテムにどれだけの価値を見出すのかという「目利き」競争なので、 あまり心的負担を感じずにすみます。初心者を相手に有利な(あこぎな)交渉をすると、 アンフェア感が出て心的負担を感じると思いますが、私の場合総じて これらのゲームは苦手なので、何の問題もありません…。
いずれの場合も交渉を首尾よく成功させるには「相場観」が求められます。そして、 そしてそれを磨くためには、ある程度のプレイ経験が必要なため、こういったゲームは ”初回OK度”が低いと思われます。
基本的なことをもう1点。「交渉」ゲームは3人以上でプレイする気がします。 2人プレイで交渉ゲームはない…ですかね?
こんな感じでスタートしてみましたが、どうでしょう。横さん来週よろしくお願いします-。
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名前:鱶(fuka) 日付:4月27日(日)
20時48分
週間ボードゲーム通信
4/21-4/27号
みなさん、こんばんは。 「ボードゲームの面白くなさ」の第2回をお送りします。
さて、どう展開していいのか、よく分からないので、 私の面白くなかった体験を書いていきます。
昔々のことを、いまだに覚えてるのもなんなんですが、 面白くなかったゲームといえば、「三国志演義」…。 徐州でスタートしたものの、しょぼい武将しか 引けないまま、最終的に司馬昭(?)の戦略:4が一番いい武将という(しかも後半戦)、 非常につらい戦いでした。中立勢力相手にも苦戦するという体たらく。 三国志は何回もプレイしましたが、この回に限らず、武将チットの 引きは最悪だった自信があります。ほとんど主導権どころか、ゲームを展開 させることもなく、乾坤一擲の勝負ができるでもなく滅亡することが 多かったです。
私としては、ボードゲームをプレイして、最終的に勝てなかったとしても、充分戦えた場合は、 ある程度満足感があり、かつ悔しくもあります。逆に、ゲームの展開に寄与できなかった 時は面白くなく、悔しさもないように感じます。 三国志の場合、このゲームに展開できるか否かの部分が、チット引きというランダム性 に依拠している(部分が大きい?)ので、面白くなかったのかと分析します。 三国志は口先戦術の要素も大きいのですが、そちらも慣れている人と 慣れていない人の差は大きいです。(私は慣れていない人だった。) これはきっとプレイヤーの力量の差が、如実に出てしまう要素ですね。 よって三国志は、運の悪い初心者はつらいゲームといえましょう。 今回の記事を書いてみたところ、「ランダム性」と「交渉」が、 ちょっとひっかかる要素に思えたのですが、来週番の横さん、どうでしょう?
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名前:金七 日付:4月20日(日) 15時42分
週間ボードゲーム通信 4/14-4/20号
今週から「ボードゲームの面白くなさ」についてです。 このテーマでは、他のホビーに比べて劣っている点を書くのか、楽しくないプレイについて書くのかはっきりしていません。 前者だと黒い笑いは取れるかもしれませんが、自虐的になりそうなので、ここでは後者として書いていきます。
ボードゲームが趣味の方でも、「つまらなかった」という思いをしたことがありますよね? むしろ好きだからこそ失望が大きい場合もあり、数多くプレイしていれば一度は経験していると思います。 その原因として「人」と「ゲーム」を挙げておきます。 実際には双方に密接な関係がありますが、便宜的(乱暴とも言う)にその二つに分けて考えてみます。
自分の影響下にある事柄を「人」とします。 プレイ時の精神状態、メンバー、環境等々こちらは広範かつ複雑です。 愛情不足(笑)という単純な理由から、ゲームの好き嫌い(相性)のように他の要素が絡んだ理由まで、到底語りつくすことはできません。 ただ、今までいろいろな形で触れてきたとは思います。 面白さを語ることによって、その逆が明らかになることもあるでしょう。
さて「ゲーム」のほうですが、こちらはかなり限定的ですね。 要するにボードゲームそのものに問題があるときです。 他の全ての要素がよければ多少の不出来ぐらいはどうにかなりそうな気もしますが、せっかく遊ぶのですから「多少」にもこだわりたいと思います。 こちらは、嗜好が絡むとはいえシステム的な問題ですから、いくらか分析しやすい気もします。 面白くないゲームに共通する「何か」が果たしてあるのかどうか、興味深いです。
「ゲームのここが面白くない」と「こういう要素があるとゲームが面白くない」では微妙に違います。 前者はレビューで書かれているので、今後は後者について書かれていくことになるでしょう。 もしかしたら、テーマの発案者は違う展開を望んでいるのかもしれないので、今回は具体的な記述は避けます。 単に「面白くないと思うとき」を書けばよかったのかもしれませんが、私はすでに結構悪口かいてるんですよね(笑)。
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名前:横 日付:4月14日(月)
0時47分
週刊ボードゲーム通信 4/7-4/13号
非ゲーマーの友人と2人で「イシス&オシリス」をしたときの友人の感想はこうでした。 「やっぱりこのゲームは、3人でやらんとあかんな」
それに対して私は、 「そうそう」 と賛同しました。
それははじめから知っていたことです。 そしてこのゲームが2人プレイには向いていない理由がいくつか浮んできました。 ・運の要素が強くなる ・単調 ・2人用ゲームとしては頭をあまり使わない 等
しかし、友人が指摘した理由はこうでした。 「つっこむヤツがおらんからな」 「もう1人おったら、そいつが 『わー、そんなん(マイナス4タイル)置かれよったー』 とか言ってつっこみ入れよるし。 つっこみがないと盛り上がらんわ」
これはとても新鮮な意見でした。 我々は今まで、ボードゲームでの「つっこみ」について見過ごしてきたのではないでしょうか。
ボードゲームにおける「つっこみ」は2人では成立しません。 相手の不幸に対して「やーい」と言っても、それは「つっこみ」とは違います。 嫌味にしかすぎません。 なぜなら、2人で行われるゼロサムゲームだからです。
しかし3人いると変わります。 「イシス&オシリス」で、プレーヤーAがプレーヤーBのコマの隣にマイナス4タイルを置いたとします。 プレーヤーAは「やーい、置かれよったー」とは言えません。 しかし、プレーヤーCは言えます。 それはプレーヤーCが第3者の立場だからです。
このような第3者の存在=「つっこみ」なのです。 ボードゲームの楽しさは「つっこみ」にあるかもしれません。 そうだとすると、例に挙げたプレーヤーCは「つっこみ」を入れることが義務です。 少なくとも「イシス&オシリス」は、「つっこみ」がないと楽しくないゲームです。
「イシス&オシリス」"ISIS
& OSIRIS" 2-4人/ 10-20分/ 2001年/ goldsieber(発売)
/M.Schacht(作) 横の個人的評価:4(まあまあ好き)
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名前:鱶(fuka) 日付:4月6日(日)
22時31分
週刊ボードゲーム通信
4/1-4/6号
「ビューロ・クレージー」は3〜5人でプレイできるボードゲームです。 ボードはあまり大きくなく、4階建ての建物の断面図です。 1階に4部屋、2階に2部屋、3階1部屋で、4階には社長室があります。 スタート地点は1階より下の、入り口階段です。 1階の部屋の下にそれぞれ四か所のマスがあり、計16か所のマスがあります。 各プレイヤーは4人でプレイする時は4個ずつのコマがあります。 最初にそれらのコマをランダムに入り口階段のマスにセットします。
隣同士にセットされたコマは対決(方法は後述)をして、勝ったほうのコマが 上の階に進みます。階段での戦いが終わったら、次は1階で戦います。 1階を勝ち抜いた4コマが次は2階で戦い、勝った2コマが3階で戦います。 それに勝ったコマが社長室に進み、社長となります。 ここまで細かく(わかりにくく)説明しといてなんですが、簡単に言うと 16コマでやるトーナメント戦です。
戦いにはチップを使います。各プレイヤーはチップを1,2,5,10,20の5種類を 4枚ずつ(合計152ポイント)秘密裏に持ちます。 そして、対決時には2人のプレイヤーは任意の額のチップを握ります。(0でも良い。) いっせいのーで、で開けて、額が多かったほうが勝ちです。上の階へと進めます。 勝った人の出したチップは裏向けにしてプールしておきます(第1プール=屋根)。 負けた人の出したチップはその人に返還され、さらに、勝ったプレイヤーとの差額分を お金の第2プール=キッチンから補充することができます。キッチンのお金の総額は、フロアによって変わります。 また、同額を握ってしまった場合は、半額を第1プール(屋根)に置いて再戦します。 勝つときは1点差が望ましく、負けるときはボロ負けがいいです。で、引き分けは 両者消耗して最悪です。
ゲーム終了時、屋根のお金の山を同じ枚数ずつ、9つの山に分けます。 社長は3山、3階に達したコマのプレイヤーは2山、2階の人は1山ずつ 取ります。 各プレイヤーのチップを合計して最も多くチップを持っていた人が勝利します。
シンプルなゲームですが、チップを開けるときに結構ドキドキして 個人的には少し好きなゲームですが評価は3くらいです。 数年前に、三宮のカード屋さん(?)で処分価格にて入手しました。 “BURO
CRAZY”(「ビューロ・クレージー」) FX SCHMID(発売),
1996 3〜5人,30分 鱶(fuka)の個人的評価:3(普通)
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名前:金七 日付:3月31日(月) 13時37分
週間ボードゲーム通信 3/24-3/30号
最初にお断りしておきますが、今週はボードゲームに関係ない文です。 ネタ不足というのもあるのですが、それ以上に自分が書き続けていくために、今回戦争について書きます。 日々の暮らしで生じる様々なストレスをボードゲームは癒してくれますし、「癒し」抜きでも純粋に人生を豊かにしてくれます。 しかしながらストレスがあまりにも大きい時、その原因に目を向けないのは逃避になってしまいます。 私はボードゲームが好きですから、それを逃避にしないためにも、あえて自分の「現実」について書いていきます。
私は今回の戦争には反対です。 戦争という行為自体、万策尽きたあとの最終手段としての選択ならまだしも(それでも現実として受け入れはしても、容認するわけではありません)、 最も「効率的」だと信じてのものならその認識は危険すぎます。 そもそも戦争を自分の思い通り制御しえない限りは「効率的」とはいえない筈です。 過去に無数の戦争がありましたが、制御しうると信じた輩は無数に存在しても、実際そうだったといえるのはほとんどありません。 同様に「他に手段がない」という主張も、勝手な思い込みによるものがほとんどです。 自ら望んだ戦争すら制御し得ないものが、どうして戦争以外の可能性を見出しえましょうか?
実際、私は不思議でなりません。 最近多く見受けられる、「現実主義」だと称する連中の妄想はなぜああも醜悪なのか。 あるいはなぜ多くの人がそれを受け入れるのか。 現実は刻々と変化するものですし、そもそも無数の事象を全て客観的に把握しうるわけもありません。 人の数だけあるであろう「現実」から唯一の結論を導き出すのは無謀です。 自分は完全に現実を把握している、と信じる誇大妄想の人間に本人以外の運命をゆだねるべきではありません。 この病気は自我を抑制されずに育った甘ったれに多く見られますが、日本の議員の大多数、そしてブッシュ・小泉が二世三世の政治家であるのは象徴的です。 彼らは自分の思いどうりにならない現実があると、現実の方が「間違っている」と考えて受け入れません。 自分の価値観・認識に疑問を持てませんから、異なる価値観=反対勢力・敵であり、現実対応能力が極めて低くなります。
「現実主義」の人たちは戦争反対を「感情論」として退けますね。 客観的に物事を見る必要性はわかりますが、自分が「客観的だ」と思うことほど主観的なことはそうないでしょう。 実際に存在する感情を無視することのどこが「現実的」なんでしょうか? 「現実主義」の人たちの主張が正しければとっくに世界の諸問題は解決しているでしょう。 そもそも日本における「現実主義」の多くは先に書いたような妄想に基づく「隷属主義」というべきで、人間としての知性や意志を感じさせるものではありません。 現実認識は将来の目標実現に必要なのであって、現実(それも非常に偏った認識の)から未来を規定するなど本末転倒です。 「戦争によって私は利益を得るから賛成だ」というのなら、まだ価値観の違いとして理解できますが(心から軽蔑しますけど)、 したり顔で「国際関係が・・・」とか「地政学上・・・」とか分析して「仕方がない」と言っている人はなんなんでしょうね? そういう人は、人間の存在そのものが(特にそういう与太を飛ばす余裕のある国では)「科学的に見て」地球環境に有害なんだから今すぐ死んで欲しいですね。 人に受け入れるように主張するんですから、もちろん自分は率先して実行できますよね? 最近勢力を増しつつある「愛国心」「公共心」を主張する輩もほぼ全員がこの類です。 単に自分のエゴすら直視できない卑怯者に過ぎません。
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名前:Ken 日付:12月1日(日) 14時34分
週刊ボードゲーム通信
11/25−12/1号
テーマ「2人でやるボードゲームについて」の3回目です。今回は、自分の経験談をもとに2人でボードゲームを遊ぶ際の方針について考えることにします。
多人数用ゲームを2人で遊んだ経験のあるゲームとしては、『フンタ』や『アクワイヤ』がありました。しかしこの時は、多人数でプレイする場合に備えて、ルールの説明方法に問題がないか、またルールの理解が正しいかを確認するためにプレイしたのであり、ゲームの面白さを100%経験できることを初めから期待していませんでした(実際に、そこまで楽しむことはできませんでした)。この原因は、鱶さんも『思惑』が不足すると説明していたように、プレイヤーが3人以上の時に発生する『協調プレイ』が存在しないため、多人数用ボードゲーム特有の面白さが損なわれていることにあると思います。例えば、交渉プレイを必要とする『フンタ』をプレイした時でも、2人しかいないので交渉自体が成立しなかったため、ゲームの肝を楽しむことができなかったことや、『アクワイヤ』では相手が持つ株の枚数を自然と覚えているので、とても慎重なプレイをする傾向にあり、ゲームの不確定要因が少ない感じがしました。
一方、最近遊んだことのある2人用ゲームとして、『バトルライン』と『カフナ』があります。『バトルライン』は、もともと2人用カードゲームですので、2人で遊んでもルールのバランスが取れており、とても楽しく遊ぶことができましたが、『カフナ』については、初めてプレイする私と、カフナ研究講座を掲載している横さんとの対戦でしたので、一方的な試合展開となりゲームを途中で投了する羽目になりました。
以上、私の経験について述べましたが、2人でプレイするボードゲームについての利点・欠点と対応策についてざっとまとめてみました。
■
利点 ●
ルール説明の練習を行い、その内容について確認することによって、説明がスムーズにできるようになる。 ⇒このことにより、将来のプレイ時に説明を効率良く済ませることができ、プレイ時間を多く確保することができます。
●
ルールの理解を実際のプレイで確認し、あやふやな、もしくは誤った解釈を事前に発見して直すことができる。 ⇒後に多人数でプレイした場合に解釈が難しい状況となった場合でも、 回答を即座に出して、ゲームの流れを途絶えることなくプレイを続行することができます。
※
どちらの利点も、ゲームの進め方について2人で良く話し合っていることが前提です。
■ 欠点 ●
多人数用ゲームを2人でプレイしても、『協調プレイ』が成立せず、ゲームの本質が失われる。 対応策)『アクワイヤ』にあるような株配当時のバリエーションルールを適用して、『協調プレイ』に近い不確定要因を作り出すか、 全く新しいルールを適用するなどで、ゲームの面白さを維持できるようにする。 ルールを考えることが難しい場合は、ボードゲーム関連のホームページに掲載されている バリエーションルールを参考するのも1つの方法である。
●
プレイヤー間に腕の差がありすぎた場合、一方的なゲーム展開となって面白くない。 対応策)将棋での『飛車角落ち』のように、ゲームの開始時にハンディキャップを付ける。 もしくは、『バトルライン』にある上級者ルールを、 上級者プレイのみに適用するなどで、プレイヤ間の格差を小さくする。
こうやってまとめてみると、2人でボードゲームを遊ぶ場合は、多人数で遊ぶ場合を想定しての予行演習と考える他、ルールを変更して面白さを持続することに努めることの2本立てになっていますね。
今回はこのあたりで、次の人に引き継ぎたいと思います。
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名前:鱶(fuka) 日付:11月24日(日)
16時2分
週刊ボードゲーム通信 11/18−11/24号
みなさんこんにちは。今シリーズは「2人でやるボードゲームについて」。これも奥深そうなテーマで終着駅がどのへんになるのか、まったく予断を許さないところです。
私の場合は、プレイヤーがまわりに多くいなかった時期に、多人数用のゲームを2人でやった経験がいくらかあります。 けーえすさんの指摘のとおり、ボードゲームを2人で遊んだ場合、やはり、多人数に比べて盛り上がりに欠ける気がします。その原因はおそらく、2人プレイは、「思惑」の絶対量が少ないからではないかと思われます。 「思惑」とは…。ゲームの勝敗を左右する要素に、1.戦略 2.運 があり、さらに戦略をすすめる各人の「思惑」がぶつかることでゲームが展開していきます。 多人数だと、自分の戦略が、相手のプレイヤーの戦略とぶつかり合って、それぞれの思惑が入り乱れて、よりドラマチックに勝敗を動かすのでしょうが、2人ゲームは思惑の入る余地が2人分しかないので、盛り上がりに欠けるのでは?
で、2人用にデザインされたゲームはどうか。こちらの方は、昔は「マジック・ザ・ギャザリング」をかなりプレイし、今は「バトルライン」を結構楽しんでいます。 どちらも対戦型なので遊戯王のような感じ(?)で盛り上がれて、いい気がします。 2人ゲームは(多人数ゲームより)勝ち負けがはっきり分かれるので、「勝負の世界」色が強いように感じます。 勝負の楽しさは2人ゲーム、みんなで盛り上がれる多人数ゲーム、という位置付けはどうでしょう(←めっちゃ安易…ちょっとあかんかな…)。 と思ったらマジックもバトルラインも、どっちもカードゲームでしたね。 よって、ここは横さんに「カフナ」を語っていただかないといけなくなりそうですね。(私は未プレイなのです…)
私の感じでは、3・4人のゲームが一番好きです。 とりあえず今回はこのくらいで。次回へ続きます。
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名前:横 日付:11月17日(日)
20時30分
週刊ボードゲーム通信 11/11-11/17号
「2人でやるボードゲームについて」
先週、社員旅行で淡路島へ行きました。参加は70人ほどでけっこう大きな規模のバス旅行でした。数年前に本州と淡路島をつなぐ橋ができたので、大阪からはすぐに着きました。行程としては、公園・店・ホテルです。 バスの中ではバスガイドさんがいろいろと説明してくれたので、淡路島の知識が多少身につきました。バスから見える風景だと何もないところですが、名所や逸話等あるものです。 以前に花の博覧会が行われたところが公園になっていて、植物園や動物園などがあります。バスを降りれば自由行動なので、各人は思い思いの行動しました。公園は、広くて、きれいで、人が少なくて、また、気候もちょうどよく、いい感じでした。 ホテルでは夜の宴会があり、その後は2次会でした。3人でビリヤードをしている人達を私はしばらく見ていました。見ているのも面白いものです。やはりビリヤードは、スポーツよりもボードゲームに近いと思います。部屋でマージャンをしていた組が2つありました。マージャンはまさにボードゲームでしょう。そして他には、人生ゲームをしている人達がいました。大きな箱をわざわざ持ってきてです。関心しました。私もジェンガくらい持っていってもよかったです。人生ゲームにはタイミングが合わず参加できませんでした。参加していれば何かしら発見があっただろうに残念です。 全体を通して、自由行動では仲のよい人同志3人から5人くらいで行動するのが一般的でした。2人で行動する人達はあまりいませんでした。1人で行動している人はほとんどいませんでした。 私自身の傾向としては、大勢で行動するのはどちらかというと得意ではなく、2人位のほうが話しやすくて気楽な感じです。 まとめると、大勢でいることが好きな人と、2人くらいでいることが好きな人がいました。1人でいることが好きな人は社員旅行にはあまり参加しないでしょうから、参加者はこの2種類に分けられます。なお、大勢で盛りあがることが好きな人でも、2人で話したいと思うときがありますし、その逆もあります。
ボードゲームでも同じことが言えます。多人数プレイが好きな人もいれば、2人プレイが好きな人もいます。また、多人数プレイが好きな人が、2人プレイをしたいと思うときもあります。 2人プレイゲームには、良いところと欠点があります。しかし、2人プレイをするかどうかは、まずはその人の好みによるところが大きいです。良い2人用ゲームであったとしても、それが楽しいかどうかは人によるのです。今回はこのことだけを押さえておくことにします。
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名前:横 日付:11月11日(月)
1時33分
週刊ボードゲーム通信 11/4−11/11号「ジェンガ」
54個の積み木が3個ずつ18段積まれている状態でスタートします。積み木を1つ抜いて上に積んでいきます。倒してしまえば負け、という分かりやすいゲームです。 パーティゲームのベスト3に入れてもよいと思います。実際にポピュラーで、普通の玩具屋でも売られています。発売元のハズブロー社のホームページによると、世界中で100万人以上の人々にプレイされているそうです。
こういったバランス系のゲームは他にもいくつか発売されています。その中でジェンガがもっともメジャーです。 ジェンガの魅力はどこにあるのでしょうか。それは積み木にあると思います。磨かれた木の感触・匂いはいい感じです。ハンノキ(alder
tree)という、室内調度品等に使われる木だそうです。この木は硬いので、ものを作るのに適しています。積み木が倒れたときの音がやかましいのも、硬い木だからでしょう。 積み木の大きさも適度です。デザイナーは、試行錯誤を繰り返して納得いくものを完成させたのでしょう。 抜きやすい積み木を見抜くことがゲームのコツです。全体のバランス状態から、どの辺が抜きやすいかが推理できます。しかし、抜くことが難しそうなところがスポッと簡単に抜けたりもします。これは、積み木の形・大きさ・重さが微妙に異なるためです。木製の醍醐味です。
ジェンガは、もの事体のゲームです。おはじき、お手玉、あやとりと同じタイプです。このタイプのゲームの特徴は、常に素材に触れることことです。したがって素材が命です。コンピュータで再現したとしても、面白さが出せないのはそのためです。
「ジェンガ」'JENGA'/
Leslie Scott(作)/Hasbro/1987年 横の個人的評価:3
参考:Hasbro社のJENGA紹介 http://www.hasbro.com/jenga/pl/page.history/dn/default.cfm
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名前:金七 日付:11月3日(日) 16時34分
週刊ボードゲーム通信 10/28−11/3号
今週は、1994年のドイツゲーム大賞受賞作「マンハッタン」を紹介します。 かなり前のゲームですが、今でも十分楽しくプレイすることができます。 人数(2−4)にもよりますが一時間程度で終わるので、考える要素のあるゲームにしては重さを感じません。 ルールは一度プレイすれば十分把握できる程度の難度です。 簡単に言えば陣取りゲームですが、このゲームでは領土の広さではなく所有ビルの多さを競うので、最後にはマンハッタン島のように高層ビルが立ち並ぶことになります。 ゲームの展開が題名どうりで、見ていて非常にわかり易いのも特徴でしょう。 得点はビルの高さにはあまり関係ないのですが、何故か高いビルには心惹かれてしまいます。
盤上には6都市があり、それぞれ9個の区画を持っているので、54箇所にビルを建てることができます。 得点ラウンド時には、盤上で一番高いビルのオーナー、各都市で一番ビルの多いオーナー、所有ビルの個数に応じて全てのオーナー、この三種類の得点が与えられます。 ビルは各プレイヤーがパーツを置いていくことで建っていき、得点ラウンド時には一番上にパーツを置いた人のビルとして計算します。 他プレイヤーのパーツの上に自分のパーツを置くのには条件があるのですが、置くことができれば他人の得点を自分の得点にするわけですから、かなり有利な行動といえるでしょう。 もっとも置かれた相手が黙っているはずはなく、二人で熱く戦っているうちに他のプレイヤーに漁夫の利を占められてしまっては意味がありません。 一度高くなり始めたビルは、それだけ手間をかけているわけですから途中で撤退するのはなかなか難しいですが、ルールから考えて勝利のためには広く展開したほうがいいです。 私にはできませんが(笑)。
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週刊ボードゲーム通信 10/21−10/27号「ギロチン」
返信
引用
名前:Ken 日付:10月28日(月) 14時43分
週刊ボードゲーム通信 10/21−10/27号「ギロチン」
今回はフランス革命時代の大量処刑を扱ったカードゲーム「ギロチン」を紹介します。プレイヤは死刑執行人となって死刑を行い、民衆の支持を得ることを目的とします。この恐怖を連想させる代名詞ともいえる「ギロチン」は、そのままゲーム名に使われていますので、血生臭い雰囲気が漂うゲームと想像されるかもしれません。しかし、ゲーム中はまるでそのようなことはなく、役場の手続きを片付けるが如く次々と死刑が行われていく様はむしろ爽快そのものです(笑)。また、ルール自体も簡単で理解がしやすいため、初めてプレイされる方も十分に楽しむことができます。
このゲームでは、ギロチンの対象となる貴族カードが登場します。各貴族カードには民衆の支持を示すスコアが設けてあり、数字が大きいほど死刑への民衆による支持が高い(つまりは、憎まれている)ことを表しています。例えば、「ルイ16世」「マリー・アントワネット」は高いスコアがついていますが、「民衆の英雄」はマイナス点がついています。よって、プレイヤはできるだけスコアの高い人を死刑し、スコアの低い人を他のプレイヤに死刑させるようつとめなければなりません。
さて、ゲームが始まりますと、12人の貴族が死刑台に一列に並べられて1日目の死刑が行われます。各プレイヤは、時計回りの順番で処刑を次々と行い、貴族カードを手元に取っていきます(つまりは、首を集めているわけです)。これを3日分行った後、一番スコアが高いプレイヤが勝利します。
ここまでのルールですと、単なる坊主めくりと何ら代わりがない運ゲームになってしまいますが、ゲームに幅を持たせるために貴族カードとは別にアクションカードが用意されています。アクションカードは、死刑囚の順番を変更するカードや、特定のプレイヤもしくは全員に影響するカードを含んでいますので、自分の番で処刑を行う前にアクションゲームを使うことによって、より多くのスコアを得ることができるようになっています。
プレイした所感ですが、熟考するケースは殆どなく、手札のアクションカードと場の貴族カードを見比べて最善手を打つ流れでどんどん進んでいった感じでした。ただし、カードの説明が英語になっていますので、日本語シールを貼るなどして、初めての人でも楽にプレイすることができるようにすれば良いでしょう(ありがたいことに、私がプレイした時のカードには全て日本語訳シールが貼ってありました)。
また、「サド」の語源となったフランスの作家マルキ・ド・サド候爵の生涯を描いた映画「クイルズ(Quills)」の冒頭の部分で、ギロチンを行う際の死刑囚と民衆の様子を描写していますので、死刑場の雰囲気を掴むことがある程度できると思われます。
「ギロチン
(Guillotine)」 Wizards of the Coast Inc.、Paul
Peterson作、2〜5人 Kenの個人的評価:3(誘われればプレイする)
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名前:鱶(fuka) 日付:10月20日(日)
21時16分
週刊ボードゲーム通信 10/14−10/20号
ひさびさにふつーの記事の順番です。
4人将棋って知ってますか? 太田満保という人が考案したゲームなんですが、普通の将棋板と、駒が2セットあれば遊べます。専用のセットも販売されているみたいです。 将棋盤の4辺に、それぞれの駒(王将:1、飛車:1、金:2、銀:2、歩:3)をピラミッド状に並べます。駒の動き方は普通の将棋と同じです。手番は時計回りですが、王手の時だけ、王手をかけられた人に手番がとびます。詳しくは、4人将棋公式ホームページを見ていただいたほうがいいですね。 http://www.koma.ne.jp/4nin-shogi/index.html
特筆すべきは、詰みの処理です。詰んだ王将は石ころ(障害物)となりますが、その人の持ち駒は、詰ませたプレイヤーのものとなり、盤上の駒は向きがそのままで、やはり詰ませたプレイヤーのものとなります。よって、詰ませたプレイヤーはかなり有利になりそうです。そして、攻撃的に行っても、まさに最後の詰めが甘ければ、漁夫の利になってしまいます。 ゲームの終了は、2人目の詰みが出た時点です。詰ませた回数が多いプレイヤーの勝ちで、1回ずつの場合は持ち駒の多いほうの勝ちになります。また、ダブルス戦というルールもあります。
で、このゲームなんですが、実は1、2回しかやったことがありません。かなり昔なのですが、4人もプレイヤーがいるので、次の順番がまわってくるまでに、盤面が大きく変わって、非常に波乱万丈だった気がします。駒の動かし方を知っている人たちだったのでルール説明は簡単でした。 問題点はやはり、4人ぴったり集めないとできない点でしょう。こういう”人数ぴったりゲーム”はどうしても稼働率が低くなってしまいます。 ちなみにスーパーファミコン版が(株)プランニングオフィスワダというところから出ており、これだと一人でも楽しめます。
「4人将棋」 太田満保(作) 1993 4人(スーパーファミコン版は1〜4人でプレイ可能) 鱶(fuka)の個人的評価:3(普通)
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[ja]
名前:横 日付:10月12日(土)
10時23分
週刊ボードゲーム通信 10/7−10/13号 「ボードゲーム通信について」
私が前回書いたときに取り上げた『ゲーム雑誌のカラクリ』と、その続編の『ゲーム雑誌のカラクリ2』(大澤良貴,2000年/2001年)は、『ログイン』や『ファミ通』などのゲーム雑誌の事情を述べた、優れた本です。これらの本で著者が言いたいのは、ゲーム雑誌にとって最も大切なものは企画であるということだと思います。そこで、ボードゲーム通信のコンテンツを、企画という観点で概観してみます。
1.ボードゲーム通信HP開設・・・他にはないボードゲームサイトにしていきたい思いが当初からありました。宣伝はしない、マイペースでいく、リンク集は作らない、テキストで勝負、特定の人向けでよい、という指針だったと思います。思った以上に独自性を発揮してこれたと思います。
2.週刊ボードゲーム通信・・・ゲームを毎週紹介していくような連載の企画は、ありそうでなかったものです。取り上げるゲームを知っている人にしか分からないような記事でもよい、という考えでいました。書くことには徐々に慣れていき、やり方が分かってきました。このコンテンツは、社員にとって学校のようなものかもしれません。
3.隔月刊ボードゲーム通信・・・特定のゲームに関する詳細な分析や研究もあまりありませんでした。そういう点で価値のある企画です。しかし現在では不定期刊行物となっているとおり、コンスタントに生産することが難しいコンテンツです。これは、記事を書くエネルギー不足というのもありますが、どちらかと言うとプレイ不足のためだと思います。路線を少し変えたら書けるようになるかもしれません。
4.カフナ研究講座・・・隔月刊ボードゲーム通信の派生のようなものです。特定のゲームについてどれだけ語れるかの実験企画です。しかし、更新頻度は非常にのんびりで、まだ続いているの?という感じになってしまっています。こちらはたぶん、プレイ不足というよりも、記事を書く力量不足のためです。ところで、カフナは底が未だに見えないゲームです。
5.緑緑支局・・・ボードゲームの評価、ボードゲームに関する書籍の紹介、ボードゲームアンケート等と小気味よい企画を立てることを意識したコンテンツです。こちらも更新頻度はゆっくりですが、もともとそのつもりのものです。せわしない週刊ボードゲーム通信とのバランスをとっていると思います。
6.一般掲示板・・・「なんでも書き込んでください」というガイドラインのみがある企画です。外部に対する窓口としてのコンテンツです。HP設立以来長い間、身内以外の読者から書き込みはありませんでした。時々活性化しますが、だいたいは平穏です。じつは社員にとっても書くことが難しく、扱いにくいコンテンツではあります。
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名前:金七 日付:10月6日(日) 12時49分
週間ボードゲーム通信 9/30−10/6号
今週は私にとってのボードゲーム通信について思いつくままに書いていきます。 私は、設立メンバーである横さん、鱶さんと大学のサークルで一緒だった縁で、オンライン環境になってから途中参加しました。 記事を書くのはプレイするのとは別の楽しさがあって、なかなか興味深い作業でした。 全体的に長くて締まりのない記事になっているのは、「ソロプレイ」に熱中しすぎて他のプレイヤー(読者の皆様です)に対する配慮が不足しているからでしょう。 少しずつでも改善しようと思っているのですが、結構難しいですね。
月並みですが1番嬉しいのは訪問してくださった方の反応があったときです。 ですから評価掲示板の集計は大変ではありましたが、それ以上にやりがいのある作業でした。 当初はリンクもアクセス解析もなかったので、社員とその知人以外に見てくださっている方がいるのかどうかすら疑問でした。 今ではさすがにその心配はしていませんが、そのかわり上に書いたように人の目を以前より意識しますね。 すると、私より知識も見識もある方のサイトが他に沢山あるわけですから、自分の駄文の存在意義に疑問を感じないではいられません。 まあ結局は自分の身の丈にあった記事を書いていって「興味のある方はどうぞ」という、個人サイトの注意書きに見られるような結論に落ち着くのですが、 記事を書くことの動機付け(自分or読者)については、多少のジレンマを感じます。 他の皆さんはどうなんでしょう。
1番深刻なのはやはりネタ不足ですが、これはもうあきらめています。 私はかなり時間的余裕があるほうですが、相手が居ないのが致命的です。 田舎に住んでいるとはいえ、その気になって捜せば多分どうにかなるのでしょうが、そこまでの熱意はありません。 余暇を持て余しているわけではないので、たまに鱶さんとプレイすればそれなりに満足してしまいます。 ですからなかなか新しいゲームの紹介が出来ないんですよね。
ランプの炎が後どのくらいで消えるのか私にもわからないのですが、燃料が尽きるまでの間しばしお付き合い下さい。 手入れが悪くて申し訳ありませんが、一応皆様(含む社員)の力も燃料にしている魔法のランプのつもりです。 役に立つかどうかは保証の限りではありませんが。
pl1221.nas922.okayama.nttpc.ne.jp (210.165.96.197)
SpaceBison/0.01 [fu] (Win67; X; ShonenKnife)
名前:Ken 日付:9月30日(月) 6時39分
週刊ボードゲーム通信 9/23−9/29号
皆さんこんにちは。今回はボードゲーム通信への活動を振り返るテーマのため、肩の力を抜いて書きます。
ボードゲーム通信のホームページを作る活動の話を知ったのは、fukaさんも前回説明していた通り、横さん達とボードゲームで遊んでいた時でした。といっても、私自信は、ホームページに書き込む内容や知識がありませんでしたので、この活動に参加する予定はありませんでした。
初めて活動に携わったのは、この頃良く遊んでいた「エルグランデ」の必勝法を紹介した時です(不定期刊行物4号を参照して下さい)。記事を書くのは初めてであり、見事なまでに堅苦しい言葉で表現されていて、読者に優しい文章とはとてもいえませんでした。最近は、原稿を書く際に「こういった記事の書き方だけは、避けにゃあならん。」と反面教師の役割として役立っています(笑)(4号と7号との表現の違いを見てもらえればよく判ります)。不定期刊行物は、ゲームに関する深い考察を扱った記事で構成されていましたので、ゲームに熟知している読者を想定していました。
一方、週刊ゲームレビューは、より多くの人にゲームを紹介して遊んでもらえるように、ゲームを知らない人についても紹介できる記事(『マネジメントゲーム』や『デトロイト・トロントのゲーム事情』など)を目指して書いてきましたが、ゲーム紹介の幅が広がったものの、考察が甘くなることが良くありました。この姿勢については、他の社員の記事とは少し異なるところがあったように思います。この姿勢を続けることができるのも、サラダボウル型運営のおかげです。
そのうちに、評価掲示板が設置されて、評価情報が充実してきました。特に、予想を超えた書き込みがあったことは大変嬉しい限りであり、これも皆さんの協力のおかげです(ありがとうございます)。読者にとって、この評価内容を見れば、次に購入するゲームを選ぶ際の判断材料になるものと期待しています。 また、この評価内容の結果が似ている者同士であれば、ゲームの好みやプレイスタイルが似ていることから、今まで顔を合わせたことがない場合でも一緒にゲームをすれば楽しいのではないかと考え、ゲームの評価内容を通じて読者同士の相性を割り出すことを試みました。この試みの結果は、金七さんの記事で整然とまとめられています。
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(24.208.228.217)
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MSNmja-jp; MSNc00)
名前:鱶(fuka) 日付:9月22日(日)
21時37分
週刊ボードゲーム通信 9/16−9/22号
みなさんこんばんは。3番手の鱶(fuka)です。今回は思い出話ということで、気楽に書きますので、どうぞ気楽に読んでください。 さてさて、2000年8月17日にスタートしたボードゲーム通信ですが、初めは私が個人的に作っていた紙ベースのものでした。PC386の一太郎で作り、プリントアウトしたのをコピーしたものでした。はっきり言って自己満足の産物だったので、それを見せていたのは金七氏ほか、1人ぐらいでした。今からすると、誰に見せるでもなく、よく作ってたなーという気もしますが…(←ひま人やな)。 で、たまたまゲーム大会をした時に横氏に見せたところ、ぜひホームページを作ろう、という話になって、横氏があっという間に、開設した次第です。現在のHPの不定期刊行物の第1・2・3・5・6号はその時のワープロデータを横氏が手直ししてアップしたものです。
週刊ボードゲーム通信を始めたのは、隔月のアップのみでは見に来る人もあきるやろう、ということで横氏と相談しました。(私の記憶では、横氏に「やってみます?」、と提案したら、「掲示板を用意したので、今週からやりましょう」と突然はじまった気がします…)。 で、毎週ゲームの紹介をすることにしたのですが、これがいつまで続けられるのかは非常に疑問でした。 最初の頃は横氏と二人だけでやっていたので、順番のまわってくるのが早いこと早いこと。今週書いたと思ったら2週間後には〆がくるし…。半年ぐらいその状態で、その後金七氏とKen氏が参加してくれてメンバーが増え、テーマ考察をするようになったので、なんとか2年間続けることができました。やれやれ。
それと、初めの頃気になっていたのが、HPを見てる人がほんまにいるのか?という点でした。掲示板の方にも、全く書き込みがなかったので、非常に不思議で、横氏と「今晩はアクセスせんと、明日アクセスカウンタを調べて、来てるかどうか調べよ」とか言ってました(その頃はアクセス解析もなかったので)。カウンタは微増していたのですが、一体どなたが来てくださっていたのやら。
とりとめのない話の最後に、ボードゲーム通信社の歩みを、年表にしてみました。 2000.8.17 ボードゲーム通信HP開設。 2000.8.24 週刊ボードゲーム通信スタート。 2001.2 まぐまぐ版ボードゲーム通信スタート。 2001.3 7か月目にして初めて知り合い以外から掲示板に書き込みがある。 2001.9 テーマトーク
スタート。 2001.9 ボードゲーム評価掲示板スタート。 2001.9 ヤフーに登録される。 2002.1 1万HIT達成。 2002.7 連載小説「伝道師ぼげこ」スタート。
こんなもんですかね。まだまだですね。次は10万HITと、あとは末永く、できれば10周年、20周年以上はいきたいなと思います。(さすがにその頃には週刊のゲーム紹介のネタも切れているかもしれませんが…)。で、あとは悠悠自適でボードゲームを楽しめればいいですね。 ではでは、今後ともよろしくお願いします。
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名前:横 日付:9月14日(土)
4時5分
週刊ボードゲーム通信 9/9−9/15号 「ボードゲーム通信について」
このホームページが誕生し2年経ちました。ちょうど節目なので、「ボードゲーム通信について」というテーマで社員が順番に何か述べていきます。
今回は、ホームページのコンテンツの中心である週刊ボードゲーム通信を振り返ってみようと思います。ここで連載するゲームレビュー(=批評)は、単なるルールの説明ではなく、主張を入れてたいと当初から考えていました。そして、取り上げるゲームを知らない人にはよく分からない内容でもよいということにしました。
半年くらい経つと、取り上げたゲームに関連する一般的なテーマを考えだすようになっていきました。それがその後、テーマについての考察につながっていきます。知っているゲームがなくなってきたという現実的な問題もあったのですが、いろいろと考えていくうちにボードゲーム界における課題が分かってきたということだったのでしょう。
テーマについて持ちまわりで考察していくということは、とてもレベルの高いことであると思います。ましてや取り上げられているテーマが、ボードゲームに関する本質的な事柄です。一筋縄でできることではありません。書き上げるためには、かなりの基礎体力が要求されます。それを一定の質を維持して続けてきたのですから、すごいと思います。でも実は社員は皆、かなり苦労して書いているはずです。連載を持っているプロのライターは、もっとたいへんな日々をすごしているんでしょうね。
話を少し戻すと、ゲームレビューに関しては当初から、そのゲームを知らない人には分からなくてもよいということで開き直っていましたが、そのゲームを知っている人には「読ませる」ものを書きたいという思いは強くありました。漠然とですが、読み物として価値を意識していたと思います。
ところで、ゲームレビューはどうあるべきなのでしょうか。
ゲームレビューを読む人は、2種類存在します。そのゲームを知っている人と知らない人です。どちらの人にも「読ませる」ものが、もちろん優れたレビューなのですが、我々は前者のゲームを知っている人に「読ませる」ものを目指していたことになります。そのゲームを知っている人に「読ませる」方が、そのゲームを知らない人に「読ませる」よりも難しいです。説得力がより必要となるためです。ゲームレビューはそのゲームを知っている人が読んで納得がいく内容であるべきだ、と我々は考えていたのだと思います。
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名前:横 日付:4月29日(月)
2時25分
週刊ボードゲーム通信 4/22-4/28号
ハルコンネン男爵に主役になってもらいたいと思うのですが、たいていはあまり活躍できずジリ貧となります。それはハルコンネンは戦闘の回数が多くなり、消耗してしまうからです。戦闘が多くなるのは、ハルコンネンにとってスパイスを獲得する手段が直接回収することしかないためです。また、ハルコンネンは戦闘能力の高さからつい戦闘をしてしまうからです。 これらがハルコンネンにとって罠なのです。ハルコンネンが主役となるためにはこの罠にはまってしまってはいけません。周知のとおり、この手のマルチプレイヤーゲームでは、戦闘をすること事体が不利となります。
ではハルコンネンは具体的にどうすればよいのか。基本的に資源を消費しないように努めるべきです。 まず、戦闘はできるだけしてはいけません。他のプレイヤーとスパイスの回収でかち合いそうな時には、金(スパイス)で解決しましょう。自分でスパイスを回収する時には、かち合う他のプレイヤーにスパイスを渡して戦闘を回避します。発生したスパイスの半分が獲得できればよしとします。他のプレイヤーがスパイス(ハルコンネンの射程距離にあるもの)を回収するときには、2程度のスパイスを要求してよいでしょう。こうしていくことで、平和的にスパイスを獲得していくのです。 トレチャリーカードの購入もガマンして、手持ちのスパイスを保持しておきましょう。ハルコンネンにはトレチャリーカードの追加1枚のボーナスがあるので、つい高い額を出して買ってしまうのですが、それはいけません。トレチャリーカードはいずれ安くなるので、その時に買いましょう。出してもよいのは、3スパイスまででしょう。なおトレチャリーカードは、皇帝以外のプレイヤー同士が結託してデフレにするべきです。そうしないと、皇帝がスパイスを持ちすぎてしまいます。 戦力はカルタゴに集中させておくと危険です。初期配置の半分くらいはポーラスター(唯一の安全地帯)にでも退避させておいても構わないでしょう。5ユニットでカルタゴを守れるかは微妙ですが、他プレイヤーからするとハルコンネンとの戦闘にはリスクが高いので、あまりしたくありません。たとえ、カルタゴを取られたとしてもそれはそれでよしです。このゲームでの戦闘の負けには運命的なものもあるので(裏切り者がいればどうしても負けてしまう)、そういう場合は早いうちに負けておいた方がましです。また、レーズガン+シールド→核爆発によって全滅、とか、ファミリーアトミクスでシールドウォール爆砕→天候コントロール→砂嵐によって全滅、というのがこのゲームです。戦力を集中させていてはいけません。
名前:鱶(fuka) 日付:4月20日(土)
22時51分
週刊ボードゲーム通信 4/15‐4/21号
スパイズは2‐5人でプレイできるボードゲームです。日本語版がホビージャパンから出ていました。いったい生産数はどのくらいだったのでしょうか。今のゲームだと日本語ルールと、日本語カードが物によってはついてくるぐらいですよね。
さてさて、それはさておき。各プレイヤーはそれぞれ、ドイツ、イタリア、ソビエト、フランス、イギリスを担当します。2人からプレイはできますが、そうすると、複数国を担当しなければならないので、できれば5人ぴったりで遊びたいところです。ヨーロッパ周辺が舞台となります。移動できる都市は線で結ばれています。時期は1933年から1939年までの7年間を7ターンでプレイします。
各国にはスパイと警察がいて、プレイヤーの国とそれ以外の中立国各地には秘密情報のチットが配置されています。プレイヤーは自分の手番に、イベント・カードを使用することができます。イベントは実施できる年が決まっているものもあります。例えば「ドイツ 1935-37 オーストリア併合」や、「イギリス 1933-37 オーストリアの反ナチ勢力を援助」などがあります。イタリアは「1936-38 スペイン内乱の戦闘でイタリア航空機の欠陥が明らかになる」、「イタリア陸軍の弱さが演習で明らかになる」、「1933-37 イタリアは対エチオピア戦争資金調達のために借金をする」といった情けないカードがあります。カードにはその内容の下に、「2c:Rome 1c:Geneva ?2,000:Milan,Florence」といった記述があります。この場合はローマに自分のスパイを配置していれば2枚のアクションカード、ジェノバなら1枚のアクションカード、ミラノ・フィレンツェでは2000ポンドのお金が報酬として得られます(イベントを実施したプレイヤー以外でもスパイを配置していれば報酬がもらえます。自国内ではもらえません)。 これらがスパイ活動には必要な資金・カードとなっています。とりあえずこれらがないと、スパイ活動が非常に制約されてしまいます。次にどこでイベントが起こるのかをいち早くかぎつけることが重要です。他国のスパイの動きを追いかけて行ったり――何度かプレイしているとイベントがよく起きる都市というのも分かってきますが…。 スパイたちを動かして他国内(他プレイヤーと中立国)の秘密情報チットを、自国に持ち帰ることが目的です。警察は自国の秘密情報が盗まれないように警備します。警察は自分より能力の低いスパイを逮捕することができます。 国によって地形的に秘密が守りやすかったり守りにくかったりするため、秘密入手時の得点が国ごと、獲得したターンごとに違っています。
5人ぴったりでないと楽しめなさそうなところと、初回のプレイでは感じかつかみにくく、2回目以降はどこでイベントがあるかなんとなく分かってくるところが、ちょいとひっかかりますが、ボードゲームらしいボードゲーム。好ゲームまであと一歩に感じます。 "SPIES!"(「スパイズ」)/John
Prados, Lenny Glynn(作) SPI(発売), 1981 2-5人 鱶(fuka)の個人的評価:3(普通)
名前:金七 日付:4月13日(土) 23時20分
週刊ボードゲーム通信 4/8−4/14号
今週は「コントール」紹介から始めた「オープン情報と戦略」の最終回として、個々のゲームについて「情報把握の個人差」が占める割合を考えていきます。 とりあえず細かい話しは後にして、割合とコメントを列挙します。
@「魔女の踊り」(Web24号、まぐ30号) 100% ダイス運も多少あるのですが、私の知っている中では一番記憶力勝負なゲームなのでこれを100%として始めます。 記憶力勝負のゲームでありながら(故にというべきかもしれませんが)、完璧な記憶力を誇る人には面白くないであろうゲーム。
A「神経衰弱」 90% こちらが一般的には記憶力勝負の最たる物と思われていますが、@と比べるとまだしもカードめくりの運が強いと思います。
B「麻雀」 60% 個人的には運の要素より情報処理能力が重要だと考えています。 最初は自分の手作りで精一杯ですが、やがて捨牌も考慮するようになり、最終的には他人の手の内まである程度予測する事が可能ですし、できた方が強いです。
C「ラー」(Web30号、まぐ33号) 10% ほとんどないですが、洪水タイルやモニュメントタイル等の残り枚数を把握している方が、幾分有利だとは思います。
D「エルグランデ」(Web3号、まぐ5号) 20% タワーの中、アクションカード・パワーカードの残り等、Cよりは記憶力を要求されます。
E「操り人形」(Web1号、まぐ20号) 0% まったくないわけではないのですが、これが一番低いと思うので基準点として0にします。 カードゲームなのに運の要素も抑えられていて、記憶力も要求されないのがすごい。 お互いの意図の読み合いゲームですね。
F「モノポリー」(いろいろあります) 10% 出ていないカードは覚えておくべきでしょう。 「ボードウォークへ進め」とか。避ける事はできませんが…。
G「トーレス」(Web13号、まぐ6号) 30% 記憶力は要求されませんが、交渉や読み合いの要素が薄いので、自分の手番で最も効率の良い行動が必要です。 そのためにはあらゆる可能性を検討する事になり、情報処理が結構大変です。 ちなみにこれは基本ルールでの数字で、オプションルールを使うとさらに割合が増えます。
H「カール大帝」(Web44・47号、まぐ45号) 40% Gと似たところがあります。 こちらも情報処理が必要で、Gでは行動の際カード使用が大事ですが、こちらはそういった特殊要素がないので、よりシビアに能力差が出る気がします。 もっとも、一番重要なのは、Gではカード運、Hではダイス運だと思いますが…。
I「バトルライン」(Web68号、まぐ56号) 50% これはBと似ていますね。 カードの引きが重要なのはもちろんですが、相手のカードの出し方と自分の手札から相手の手札を予測するのがこのゲームの面白さの一つです。
名前:Ken 日付:3月10日(日) 8時36分
週刊ボードゲーム通信 3/4―3/10号
テーマ「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」の第1回目です。今回は、ルールにまつわる自分の経験談を紹介して、ゲームにおけるルールの役割を考え、そこからルールブック表に掲載されていないルールを解釈するための方針を導きたいと思います。
ゲームで必要不可欠となっているルールですが、このルールはどういった役割を持っているのでしょうか?ここでは、ルールに関係のある3つのケーススタディを挙げて考えていきます。 1つ目のケースは、中学時代に体育の授業で、バスケットボールを行っていた時の話です。この時は、バスケットボールをプレイする初めての授業でしたので、先生はまず「従来のバスケットボールのルールは意識せず、このボールを使って自由にプレイをしてみてほしい。」と言いました。私達は、何が何だか判らない状態ではありましたが、それでもプレイを始めました。プレイが始まると、皆はボールを持っている人に突然タックルを始めました。タックルを受けた人がボールを落として、他の人がボールを拾うと、その人もタックルをされていました。このプレイ中に、バスケットゴールにボールを入れるようなことはなかったため、0対0のままプレイは一旦終わりました。皆の感想は「これは結構面白い。」などがありましたが、先生からは「確かに楽しいかもしれない。でも、このまま続ければ怪我人が出るだろう。」とのコメントが出ました。 2つ目のケースは、私が茨城県で車の販売をしていた時に、子供連れの家族がやってきた時の話です。親は他の営業マンと販売の話を進めている間、私は子供達が退屈しないように、子供達が持ってきていたポケモンカードで一緒になって遊んでいました。当時の私は、ポケモンカードを遊んだ経験はありませんでした。しかし、子供達にカードの使い方やゲームの流れを教えてもらいながら何とか遊んでいました。ところが、プレイが進むにつれて、ルールが少しずつ変わっていくことに気づきました。子供達からすると、ゲームに勝ちたい思いなのか、それとも面白く遊ぶためのどちらかだったと思います。私からすると、子供達もお客様ですので、自分も含めて楽しい時間が過ごせるようにするため、ルールの変化については気にすることもなく遊んでいました。 3つ目のケースは、広島のとあるボードゲーム屋でククを遊んだ時の話です。ルールブックに記載されている内容では、猫カードはチェンジされたカードを初めに持っていた人が失格になりますが、ボードゲーム屋でプレイした時のルールでは、カードを初めに持っていた人だけでなく、猫カードを持つプレイヤーとカードをチェンジをしようとした人も同時に失格になるバライアントルールが加わっていました。理由を聞いてみますと、「早く勝負がつくので、面白い。」とのことで、私もなるほどと感心していました。
以上、3つのケースを述べましたが、この中でキーとなる部分について抽出をしてまとめてみますと、
名前:横 日付:3月4日(月)
0時18分
週刊ボードゲーム通信 2/25―3/3号 「ホビット」
以前、ドイツへ短期留学した大学の後輩が「ホビット」を買って帰ってきました。彼はロールプレイングゲーム中心のゲーマーで、ボードゲームは時々する程度だったので、それが唯一のお土産のボードゲームでした。 購入理由は、地図の美しさやめずらしさ(日本では売っていなさそう)だったようです。実際、中つ国の地図は非常にきれいです。 ゲームとしては、「多人数ソロプレイすごろく」です。プレイヤーはホビットとなってボード上を移動します。モンスターを倒してお金を獲得し、イベントでアイテムやキャラクターを得て強くなっていきます。最終的にドラゴンを倒したプレイヤーが優勝します。 「多人数ソロプレイすごろく」の特徴であるプレイヤー間の足の引っ張り合いの要素は、このゲームにも少しあります。戦闘(なぞなぞ勝負)によって、相手のアイテムを奪いあいます。それ以外にはプレイヤー間の関わりはほとんどありません(ただ、モンスター用の戦闘ダイスを振ったり、カードをくるといったことには忙しい)。
この手のボードゲームに最も重要なことは、それっぽさだと思います。つまり、指輪物語の世界で冒険をしていると感じられることです。しかし、それにはあまり成功していません。プレイ内容は、単調な手続き(サイコロ振り、カード引き)を繰り返している印象です。冒険途中で遭遇するキャラクターやイベントは、カードにイラストが書かれた具体的なものなのですが、どうも単なる数値と捉えられがちです。最も強いキャラクターであるガンダルフも、修正値のよいカードでしかありません(自分には)。 このゲームは、何回かプレイするとたぶん飽きます。工夫の余地や頭を使う要素がほとんどないので、正直言って私にとっては1回プレイすれば十分なゲームです。
名前:鱶(fuka) 日付:2月24日(日)
22時4分
週刊ボードゲーム通信 2/18?2/24号
これは「エルグランデ」の拡張セットです。通常ルールの舞台スペインに加えて、このセットでは、アメリカ、地中海、フランス、商船といったエリアがプラスされています。さらに、異端審問官、宗教騎士団が登場します。
6と7のアクションカードが追加されています(騎士投入は2から3人です。6人7人と入れられるわけではない)。6のアクションカードは異端審問官です。このカードを取ると、異端審問官コマを自分のものとすることができ、4人の宗教騎士団コマを自分のものとカウントできます。さらに騎士補充か騎士投入を追加で1コマできます。
7は今までにないアクションがあります。詳しくは隔月刊ボゲ通の第2号を見ていただくとして、カードを取ることにより発生する、黄金チットをいかに効果的に回収できるかが勝負の大きなポイントとなります。
新大陸に行くためには、沿岸領土から船に乗り、次ラウンドに上陸するのが通常の手段ですが、非常に手間がかかるため、1の移動系のアクションカードが重宝します。選べるアクションカードが増えたため、2のアクションカードは、ほとんど誰も選ばないことでしょう。(開けなくてもいいかも…)。
ノーマルルールと比べて、エリアが格段に増え、得点手段にも黄金チットなどが増えています。今までは狭いエリアを奪いあっていましたが、今度はほとんど争わずにすみます。一か所を争うよりも、誰かが先に行ったら他の場所に行くということになり、競合することが少なくなっています。プレイしたメンバーの指摘ですが、他プレイヤーとの関わりが薄れてしまって、何かそれぞれがそれぞれのプレイをしているだけに見えなくもない、とのこと。確かに、そんな傾向があります。これは結構重大な問題という気もします。 でも、まあ面白いので良しです。いかにも破綻しそうな各要素を、ここまでバランスよくまとめているのはさすが、と思います。 "El Grande Grossinquisitor & Kolonien"(「エルグランデ
異端審問官と植民地」)/Wolfgang Kramer & Richard Ulrich(作) Hans im Gluck(発売),
1997 2?5人 鱶(fuka)の個人的評価:4(良い)
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Yoyo/4569/gekkan2.html
名前:金七 日付:2月16日(土) 11時57分
週刊ボードゲーム通信 2/11―2/17号
今週は前回の「コントール」で予告したように、「オープン情報と戦略」に関してです。 ゲームの紹介ではないのですが、よろしかったらお付き合い下さい。
「コントール」では補充カードがオープン情報(全プレイヤーに開示されている情報)なので、最初の手持ちカード5枚だけがクローズド情報です。 したがって、その5枚を場にプレイするたびに、相手プレイヤーに手の内を把握される事になり、最終的には全て知られる事すらあります。 やはり、相手のカードを全て把握していると、その時点での「最善手」が割合明白になるので、かなり優位にゲームを進める事ができます。 もちろん、これは双方同条件なので、有利不利はありませんが、唯一のクローズド情報である、最初の5枚の重要性は高いと思います。
この「ゲームが進行するにつれてお互いの手の内が明らかになっていく」感覚が、麻雀に似ているというプレイヤーがいました。 こういったゲームは他にもありますし、共通した問題点があると思うので、詳しく書いていきます。
ずばり問題点は「情報把握の個人差」です。 これは個人的な嗜好・能力等によってかなりばらつきがあると思います。 ばらつきそのものはゲームを面白くする要素にもなるのですが…。 例えば「コントール」では、カードには、「3−89の数字、コインマークの有無、船マークの有無、三種の交易品」が情報として表示されています。 こう書くと何てことはないようにも思えるのですが、実際にやってみると、ほとんど覚える事ができませんでした。 「自分の次の補充カードが何か」ということぐらいは何とか戦略に組み込めるのですが、「相手が今どんなカードを持っているか」となるとさっぱりです。 数字の大きいカードを出したプレイヤーから場にカードをプレイできるので、区画の確定をしたい時など、明らかに「早い者勝ち」な状況の時は、相手のカードの数字だけでも覚えていれば圧倒的に有利です。 私の場合、この理解と実践との間に愕然とするほどの差がありました(笑)。 すべき事が判っていてできないのは、なかなかつらいものです。 それ故にこのゲームの評価が低いのですが(2)、それはこのゲームの出来が悪いことを意味しません。 出来が悪いのはゲームではなくて、(以下略)。
名前:Ken 日付:2月12日(火) 14時53分
週刊ボードゲーム通信 2/4―2/10号
デトロイトのゲーム事情2回目です。前回のトイザラスに続き、今回はバーンズ&ノーブルズを紹介したいと思います。「えっ、確かバーンズってボードゲーム屋だったっけ?本屋では?」とあなたが考えたのであれば、それは大正解です。バーンズ・アンド・ノーブルズとボーダーズ・ブックは、こちらではとても有名な本屋さんといえます。また、本屋の中には、必ずといっていいほどカフェテリアが存在し、買った本を(一部の人は買っていないにもかかわらず持ち込んだ本を)読みながら休日を過ごす人が多々見受けられます。最近は日本でも、カフェテリアを本屋内に設置するスタイルが徐々に導入され定着しつつあります。
実際、私が訪れたバーンズ内には、特設コーナーがいくつか設けてありました。その中に、指輪物語のコーナーがありましたので立ち止まり、置いてある商品を物色(?)していました。指輪物語に関する情報については、下記にURLを掲載しますので、詳しくはそちらをご覧下さい。このコーナーでは、ホビットや指輪物語に関する本は勿論のこと、朗読カセットや映画版「指輪物語」の写真集等が並んでいました。また、ライナ・クニツァ製作の指輪物語などボードゲームも数種類置いてありましたが、中でも一番興味を引いたのは、ゲームズワークショップ版「指輪物語」でした。
ゲームズワークショップといえば、ファンタジーの世界を舞台とし、ミニチュアを使ったボードゲームの代表作「ウォーハンマー」を世に送り出したアミューズメント会社です。最近は、近未来を舞台とした「ウォーハンマー40000」や、駒の大きさを小さくして、戦いのスケールを拡大した「ウォー・マスター」を出しています。そのアミューズメント会社が、「指輪物語」のミニチュア化を手掛けたのですから、戦いを前面に押し出したゲームに仕上がっているのだろうなと想像していました。
ゲームを買いたい気持ちはあるのですが、私は過去に「ウォーハンマーを購入したものの、色を塗る手間に遊ぶことを断念した」前科を持つため、いくらリアルに仕上がっている人形達が私を虜にしようとしても、購入への抵抗心が気持ちの中にありました。結局は、ボードゲームを買うことを断念し、隣に置いてあったガイドブック(ですがボードゲームとして遊ぶこともできます)「A Strategy Battle Game」を購入することでその場での気持ちを抑えることに成功しました。
名前:横 日付:2月3日(日)
23時9分
週刊ボードゲーム通信 1/28―2/3号
今回のテーマは、読者の方々にはあまりピンとこないものであったかもしれません。というのも、このホームページを見ていただいているような方はたぶん、ボードゲーム仲間がいて時々はボードゲームをされているでしょうから。 今回は自分達が直面している問題として考えてきました。これまでを振り返ると、最も選びたい解決方法としては、「知ってる人にボードゲームを教える」(布教)ということのようです。 となると次の問題は、相手に対するアプローチの仕方です。まず1人を誘ってボードゲームをしてみる(鱶さんの提案)時には、どのように相手に近づくべきでしょうか。
Kenさんは、プレイヤーの見つけ方として以下のように述べています。 〈ボードゲームをする人が周りにおらず、見つけたい時は、学校や職場などで何気なしに話題に上げて人を探すことになります。「ボードゲームは、面白いで〜。」とニヤニヤしながら相手に話しかけて恐怖を与えるのではなく、「ボードゲームは子供だけでなく、大人を含めた誰でも楽しむことができること」を説明して興味を持ってもらいます。〉 金七さんも、〈押しつけがましいと嫌われるでしょうから、そこは注意が必要です。〉と言っています。
ボードゲームをしたことがない人に、ボードゲームをしようという気にさせるためには、まず興味をもたせる必要があります。結局のところ、「ボードゲームに興味をもたせるためにどのようにするか」という問題に行きつきます。これはまた改めて論じうるテーマであると思います。
名前:鱶(fuka) 日付:1月27日(日)
20時42分
週刊ボードゲーム通信 1/21‐1/27号
私の場合は大学生の時にサークルに入っていたので、そこでボードゲームをしていたのと、地元の友達とマジック・ザ・ギャザリングなどで遊んでいました。当時は今ほどボードゲームに熱心だったわけではなく、ゲームも「モンスターメーカー」などのカードゲームを数個持っているだけでした。その後、ボードゲームは先輩に譲ってもらった「キャンディデイト」と、「スパイズ」がありました。(どちらも初心者にはあまり向かないゲームです。)
卒業して就職すると、地元も離れることになり、大学の時のサークルの人たちともほとんど会わなくなったので、ボードゲームからかなり離れてしまいました。 やってたことはといえば、セガサターンのゲームとか、スーファミのゲームとか、ミステリとかSFとかファンタジーの小説を読んだりとか…ですかね。 そんなある日、たまたま心斎橋の東急ハンズで「エルグランデ」を見つけてしまったのです。箱パケを見た瞬間に、「これは面白いゲームちゃうかー」と感じました。その時相手をしてくれるであろう人は、近くには1人しかいなかったので、ちょっと迷ったものの買ってしまいました。
ルールを読んでみると、確かにこれは面白そうであったので、まず2人でやってみました。相手はボードゲームをまったく知らなかった人でしたが、かなり面白くプレイできました。 これはもう3人目以降を見つけなければ!となり、私が見つけたのは以下の通りです。 @会社の人。 A金七氏など、遠方の友人(元サークルメンバー)。 Bギャザリングをやっていた地元の友人(タリスマン所持者、おそらく私が最初にボードゲームに誘われた友人)。 A、Bはともかく、@はほとんどボードゲームを知らない人に楽しんでもらうことができた(…と思うのですが)点で、かなりこのテーマの趣旨に沿っていると思います。 このサイトを見てくださっている方で、もしボードゲームに興味はあるものの、相手のいない人は↓。 とりあえず面白そうなボードゲームを買う(できれば2人?プレイ可のもの)。そして、とにかく1人相手を見つける。やってみて面白い
→
さらにもう1人つかまえる。こんな手順でどうでしょう。
結局のところ、「周りに一緒にボードゲームをする人がいないとき」にエルグランデとの出会いがなければ、何もしていなかったと思います。それが希代の名ゲーム(←言いすぎ?)によって覚醒してしまい、プレイ相手を一生懸命探しました。 と、いうわけで、やっぱりいいゲームとの出会いは大切です。
最後に、横氏より言及のあったゲームブックは好きなものの、やはりボードゲームの代わりにはならないかな、と感じます。(ボゲ通社的に守備範囲であるとは思うのですが…。)
名前:金七 日付:1月19日(土) 21時46分
週刊ボードゲーム通信 1/14―1/20号
本を読んだり、サッカーを見たり、ツーリングに出かけたり・・・、おっと趣味を語る場所ではないですね。 怠惰な私は「機会があるまで我慢する」というどうにも話のもっていきようの無いタイプなのですが、 このまま終わるのはあんまりなので、少し雑談?にお付き合い下さい。
@一人でどうにかする 横さんが言及されたソロプレイなんかがそうですね。 他にも、話題になっていた「オンラインゲーム」「音声チャット」等も含まれます。 ネットの発達もあって、昔よりは簡単に実際に近い感じで楽しめるのではないでしょうか。 ただし、どうしても実際に集まってプレイするのとは感触が違います。
Aボードゲームをする人を見つける サークルや例会に参加したり、対戦者を募ったりする方法です。 私のような田舎者にはつらいですが、都市もしくは都市近郊にお住まいの方なら可能ですよね? 貴方が初心者であれば教えてもらえますし、経験者であればすぐプレイできるのがこの方法のよい点かと。 問題なのは初対面の人と遊ぶ事に対する心理的障壁でしょう。
Bクラスチェンジ(ジョブチェンジでも可) 「○○さんはゲーマーへと変わりました」―いわゆる布教です(笑)。 Kenさんが言及されてますね。 興味の無い知人友人を勧誘するわけですが、成功すると様々なメリットがあります。 @Aに比べて集まる回数日時に融通が利きますし、同じ趣味を持つことによって交友が深まるかもしれません。 押しつけがましいと嫌われるでしょうから、そこは注意が必要です。
個人的にはやはりBがお勧めです。 成功すれば老後の楽しみを共有する一生の友になれます(笑)。 しかしながら私は鱶さん、横さんとは大学のサークルで知り合いました。 Kenさんはさらにそのつながりから紹介してもらいました。 そこから考えるとAもいいよなーと思います。 正直最近ゲームをやる機会があまり無いのですが、このHPに来るとそれなりに満足してしまいます。 「旅行は行く前も行った後も楽しい」という感じでしょうか。 ここでいろんな方とお会いできるので@もまたよしですね。
さて月並みな話しの展開でしたが、一応のオチがついたところで終わりにさせていただきます。 お付き合いありがとうございました。
ゲームの評価について 投稿者:金七 投稿日:10月
1日(月)02時25分05秒
週刊ボードゲーム通信 9/24−9/30号
今回は、社員の考察が一巡したので「ゲームの評価」についてのまとめを行います。
@客観的評価
困難もしくは不可能という結論。
より客観的な評価を目指す必要はあっても、適当かどうかの判断を下すのは評価者ではないので、
レビュー自体の評価は目を通してくださる皆様にお任せします。
横さんの提唱される「ボードゲーム学」において、ボードゲームは、様々な問題との関連において語られるので、
自足的な評価を脱して、より普遍的な考察の対象となり得ます。
この場合にも、Aでも述べられるような「評価者の視点・立場を明確にする」事は重要です。
それによって、「何をどうして問題にするのか」が理解しやすくなります。
「どのようなゲームがボードゲーム界に貢献するといえるか」ということも、今後それぞれの立場で書かれていくでしょう。
A主観的評価
「面白い(つまらない)ゲームを紹介する」事を目的とした場合、避けて通れません。
書き手と読者の評価が、必ずしも一致しないので、それをどうするかという問題です。
読んでいただく以上、同じような嗜好の方ばかりではなく、ボードゲームに対するスタンスの違う方にも、楽しんでいただきたいです。
私達書き手の側から考えてみます。
基本的にボードゲームは複数の人でプレイされるので、リプレイは雰囲気、実際の進行を伝える点で優れています。
それに対してレビュー形式の紹介は、プレイ経験に基づくとは言え、評価者の主観が濃厚に出やすく独断の危険性があります。
その対策として、評価者の立場を明確にすることによって(主観的であることを自覚する)、
読者と違う結論が出ても「そういう見方もある」事を納得してもらえるのではないかと考えます。
幸いにして通信社には複数の評価者がいますので、読者の方の最適解も見出しやすいのではないでしょうか。
プレイする人によって、何が面白いかは違いますし、どれが正しいというものでもありません。
回答を示すことはできませんが、プレイや購入の参考になればと思っています。
現在、「評価掲示板」や「緑緑支局」などにおいて、一連の考察に基づいて、より良い「ゲーム評価」の実現化を図っています。
読者の皆様の参加やご意見によって、さらに意義のあるものにできないかと考えていますので、是非ご協力下さい。
私達も説得力のある評価を目指して、判断基準を明示しつつ、今後も優れた方法を考えていきたいと思います。
ゲームの評価について 投稿者:横 投稿日: 9月23日(日)14時20分00秒
週刊ボードゲーム通信 9/17−9/23号
ボードゲームを評価するということは、そのボードゲームの「できの良さ」を測ることである。その視点は、主観的に評価する場合と客観的に評価する場合では異なる。ここではその視点の違いについて論じる。
まずは主観的評価についてである。
主観的とは、「自分はどう思うか」である。ゆえに自分=評価者にとってボードゲームをプレイする意味が問題となる。ほとんどの人は楽しみのためにボードゲームをプレイする。よって、主観的評価はそのボードゲームが面白いか面白くないかによってなされると規定してよい。つまり主観的評価を行う場合、プレイして面白いかどうかによってボードゲームの「できの良さ」が測られるのである。
次に客観的評価についてである。
客観的にボードゲームを評価をする場合は、主観的に評価する場合とは視点を変え、ボードゲーム界への貢献度合いという視点を持つべきである。この視点によると「できの良い」ボードゲームとは、ボードゲーム界への貢献度が高いボードゲームとなる。
ボードゲームはまだまだ発展途中であり、たくさんの問題が存在している。こういった問題を解決するボードゲームは、ボードゲーム界に貢献するボードゲームである。
ところで、これまで3回の「ゲームの評価」についての連載では、「客観的評価は不可能もしくは困難」という結論であった。「面白さ」というものは主観的評価の範疇であるため、そのような結論に至ることは当然である。しかしこの結論に至るのは、主観的評価を突き詰めていった上での客観的評価という意味合いであるためである。視点を変えて、ある問題とあるボードゲームの関わりについての評価となれば、それは客観的評価の範疇となる。
この視点での評価を行うためには、何が問題かを明確にすることが必要となるのである。そして数ある問題の中で特に何が重要な問題であるかを考えるためには、自身が立脚する立場をはっきりさせることも必要となる。これらは学問としてのボードゲーム(ボードゲーム学)の構築への道筋である(笑)。
ボードゲーム(ないしはボードゲーム界)が抱える問題を整理するためには、各人の個々のボードゲームに対する不満点等は参考になるであろう。またドイツゲーム大賞等の評価指針も参考になるであろう。
またこれまでの連載では、主観的評価の技術の問題が取り上げられてきた。主観的評価の方法に関しても発展途中であり、説得力のある主観的評価とはどういうものであるかを研究していくことはやはり意義あることである。
ゲームの評価 投稿者:Ken 投稿日:
9月13日(木)07時47分31秒
週刊ボードゲーム通信 9/10−9/16号
私は、「客観的評価をすることは難しいが、たとえ主観的な評価であっても、読者の協力により客観的な評価が近づけることができる」と考えています。今回は「ゲームの評価」について、評価を行う理由から問題点、そしてその解決方法の方針あたりを、論じて見ます。
私が思うに、ゲームの評価内容を記事にする理由は2つあります。1つは、新規プレイヤーを開拓するために読者に対してゲームに触れる機会を少しでも多くすることです。そして、もう1つの理由は市場に出ているゲームを調査してランク付けを行い、読者のために面白いゲームに巡り合う機会を増やすためです(私自身、ゲームの紹介よりもゲーム屋の紹介をすることが多いことから、前者を優先的に考える傾向にあるみたいです)。そして、結果として読者が短時間で面白いと思えるゲームに巡り合えることを目指しています。
上で述べました短時間とは、ゲームを大量に購入して遊んでみて、面白いゲームを見つける方法を取るよりは、ゲームのレビュー記事や雑誌を読んで面白いゲームを効率よく見つけた方が、時間が節約できることを意味しています。しかしながら、面白いゲームを見つける過程そのものを楽しむプレイヤーも中には存在すると考えますと、この短時間の良し悪しについては意見が分かれるところです。
そして、読者自身が面白いと感じるゲームを効率よく選び出すためには、客観的な評価手法が必要になると考えています。この客観的評価がけっこう曲者であり、一旦行った評価を行ったとしても、その後にゲームの種類が増えたり、また読者の人数が増えたりすることによって評価内容に対する視点や考え方が変化し、結果として評価内容が自然と古く感じられるようになることがあります。とはいいましても、一度掲載した記事の内容が古く感じられないように逐次見直すことは、非常に時間がかかる点であまり現実的とはいえません。つまり、ここでは評価内容が経年変化することを問題点と考えています。
これを解決するために、次の2つの方法を取ることを考えています。
*評価の目つきを現時点で統一した上で、評価記事を書く
*評価内容の古風化を防ぐことと、より客観的な評価方法に近づけるために、
読者自身で自分が気に入った評価内容を選ぶための方法を作る
前者については、すでに前々回からの記事にありましたように、評価基準を作成した上で評価をすることを示しています。ここでは、後者について詳しく説明していきます。
弊社のようにゲームの評価レビューを行っているHPは国内でも存在しますし、非常に優れた記事内容を掲載しているHPも数多くあります。その各HPの中では、評価基準ないしポリシーを持った上で評価が行われていますので、当然HP内では客観的評価が保つことはできると考えています。しかしながら、複数のHP間で評価基準を合わせて客観的評価を保とうとした場合、HPの管理者同士で申し合わせをすれば可能とは思いますが、現実解としては手間がかかる点で実現が難しいところがあります。
一方、読者の立場からすると、面白いゲームを見つけるために、HP上の検索エンジンを使っては、数多くのHPを見つけ、そこに掲載されているレビュー内容を読んで面白いゲームかどうかを判断することが想像されます。勿論、数多くのHPを全てカバーすることは時間を要するため、読者の中でよく読むHPとそうでないHP(古風化もここに含まれます)が自然に区別されるようになります。実際、この区別の判断基準は読者によるところが大きいですが、読者の視点からすれば、客観的評価に近づくことと、短時間で面白いゲームを見つけることがうまく釣り合う点において、ここに最適解を見出すことができます。
最適解を見つけるための具体案としては、評価をする人にとっては評価基準のもとで評価記事の作成に専念できることに加え、読者にとっては自分が気に入った評価記事をすぐに読むことのできる環境を作ることになろうかと思います。現在のところ、読者と評価記事を結ぶハブのような仕組みになると考えています。
今週は、この辺りで終わりにしますが、まだアイデアの団子を捏ね回している状態ですので、皆様の意見を取り入れる絶好の機会と考えています。意見がありましたらどんどん記載して下さい。宜しくお願いします。
ゲームの評価について 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 9月 7日(金)22時35分19秒
みなさんこんにちは。私は「客観的評価は無理」と思っています。
ゲームをプレイする人にとって一番気になるのは、面白いか面白くないかという“評価”でありましょう。様々な角度からみたところで、最後はここにたどり着きます。で、その面白いか面白くないか、というものは客観ではありえないと思うのです。
ここで最も気をつけたいことは、なぜ面白くないのか、あるいはなぜ面白いのかという、“なぜ”の部分です。そこはできるだけ分かりやすく書くべき部分です。例えば「戦略的過ぎるので」という理由があっても、そのゲームの評価は、人によって面白かったり面白くなかったりするものだからです。ある人にとって面白くないものでも、他の人にとってそうとは限りません。
客観的に書けることは、作者・メーカー・プレイ人数…そのあたりですが、それは参考にはなりますが評価とはいえないでしょう。
で、評価のもとになる尺度を私と金七氏とボゲ通社の人で少し考えたものがあります。6つの点から“ボゲ通社的に”面白いゲームが分かるように評価しようという試みです。それぞれの項目で、点数が高いものほど、高い評価と言うことになります。初代と2代目のボゲ通社的ベストゲーである「エルグランデ」と「ラー」を実際にこれで評価した例をつけています。
@「主観的評価」
これは全く主観的に見て、面白かったかどうか、評価者がつける点数です。エルグランデとラーは5点でした。週刊ボゲ通にも登場しています。
A「戦略」の要素
5点…戦略性がやや強い(エルグランデ)
4点…適度に戦略的(ラー)
3点…戦略性がやや弱い
2点…戦略性がほとんどない
1点…高度に戦略的
・戦略性がちょっと強めのものを好んでいます。当然適度なものもいいですが。
B「運」の要素
5点…適度に運が作用する。(エルグランデ、ラー)
4点…運の要素がやや強い
3点…運の要素がやや弱い
2点…運の要素が強い
1点…運の要素が弱い
・運と戦略は少し反発する関連項目です。運の要素があまりに強いゲームは戦略的ではありにくいでしょう。
C「するめ度」(←なんじゃこりゃ)
5点…何回もプレイできる奥深さがある(エルグランデ、ラー)
3点…普通
1点…なんかやたら底が浅い
・普通という表現はどうかとおもいますが…。戦略性との関連もありそうです。するめ度の高いゲームはある程度戦略的な気がします。
D「初回OK度」(←すごい表現)
5点…最初にプレイする場合でも楽しめる(ラー)
3点…普通
1点…最初のプレイは辛い(エルグランデ)
・これもいくらか戦略性と反発する関連項目です。戦略性が5点(やや強い)ものは初回プレイ度が5点という訳にはいかなさそうです。
E「コンポーネント」(ボードの美しさとか、雰囲気が出てるかとか)
5点…良い(エルグランデ)
3点…普通、可もなし不可もなし(ラー)
1点…悪い
・3段階で十分でしょう。好みもあるので難しいです。
戦略性と初回OK度の関連によって理論上の最高得点は5−4−5−5−5−5の29点でしょうか。エルグランデは初回OK度が低いので合計26点、ラーはバランスが取れていて、27点。25点以上で非常に面白いゲーム、20点以上が割と面白いゲームという印象です。(まだ多くのゲームについて点つけをしていないので、はっきり言えないですが。)
「戦略」と「運」の点数つけが特徴となっています。どんなもんでしょう。
この尺度を使用した評価表はそのうちボゲ通社緑緑支局に登場するはずです。本当は夏中に作るはずだったのですが、夏ばてで何もできませんでした…。今年中にできたらいいな(弱気)。
とりあえず今週はこのへんで。
ゲームの評価 投稿者:金七 投稿日: 9月
2日(日)16時48分49秒
週刊ボードゲーム通信 8/27−9/2号
今週号からは、ボードゲームに関するテーマの考察と、ゲームの紹介を交互に行っていきます。
今週号からは「ゲームの評価」について、通信社の社員がそれぞれの考察を発表します。
ここにいたる経緯は、掲示板の方に書いてありますのでご参照ください。
その際、問題点の指摘、反論、提案等書きこんでいただければ、これに勝る喜びはありません。
最初のテーマ「ゲームの評価」ですが、私は「客観的評価」と「主観的評価」に絞って書きます。
まず「客観的評価」について。この「的」というのが曲者です。評価者の主観を完全に排した評価は難しいと思っています。
ゲームをプレイすることなしに評価することはできませんし、個人的感情を排したプレイなど想像できません。
もし存在するとしても、そういったプレイが他のプレイヤーの参考になるとも思われません。
もちろん、プレイ=評価ではありませんが、不可分のものではあるでしょう。
一方、人に見てもらうことを前提に書いている以上、読み手の立場を考えない主観だけの評価も問題です。
これは自戒を込めて書くのですが、読み手として、「自分と同じようなゲーマー」(笑)を考えて書くのもどうかと思います。
特殊な用語を多用したり、過去のゲームについてばかり書いたりする(苦笑)レビューでは、
新しいゲームを買ったり、プレイしたりしようとするゲーマーの役には立っても、
初めてプレイしようとする人のためにはならないでしょう。
お互いが貴重?な存在なので、ゲーマーがお互いを大事にするのはわかりますが、
その身内意識は、ボードゲームがいまいち一般化しない一因かと思います。
それでも構わないといわれればそれまでですが、せっかくですから広くて住みやすいボードゲーム界にしたいです。
やや脱線しましたが、客観的評価を目指すより、主観的評価を一般化する方が容易かつ効果的であると思います。
掲示板で言及された方もおられますが、主観的評価でも多数集めれば、結果的に個々の評価は相対化されます。
しかしその企業的手法は、かなりの労力が必要なので、私たちが現実にやるには困難です。
実際的な方法としては、ひとつのゲームに複数のレビュー(もしくは評価)。これにはリンクも有効です。
これに関連して、評価者が複数のゲームを評価する。これによって評価者の視点がより明確になります。
この二点によって評価に奥行きを与えることは可能でしょう。
次に、既に言及しましたが、独り善がりでない、共有しやすい認識で評価文を書く。
「共有しやすい認識」の最たる物は数字でしょうが、駒の数とかルールのページ数だけ書いたレビューではいかに何でも寂しい。
そうではなくて、「おもしろい」という素朴な主観を伝えるのにも、
「カタンよりも優れている」(ゲーマーには強烈に伝わりそうですが)
「不運を戦略でカバーできる」
の二つでは、後者の方がゲームの内容が伝わりやすいと思うのですが、どうでしょう。
もちろんこれは一例に過ぎません。何を運や戦略とするかは人それぞれですし。
それでも一般的に使われる言葉をキーワードに書いていけば、相互の関係が把握しやすく、
ゲームとゲーム、読みてと書き手の距離感がつかみやすいと思います。
何か言葉遊びのようで、「ゲームの評価」についての初回として適当とは思えませんが、結論としては、
@客観的評価は困難もしくは不可能
A主観的評価を一般化する方向で
BAの方法として、複数の視点を用意する、個々の視点を、立場の上からも表現の上からも明確にする。
ということにします。
いずれも考察不足なので、問題点は容赦なく指摘してください。
また、皆さん私の拙文に関係なく「ゲームの評価」について考えてみてください。
モンスターメイカー5 (その5) 投稿者:横 投稿日: 8月26日(日)22時22分24秒
週刊ボードゲーム通信 8/20−8/26号
これまでの話をまとめます。ボードゲームの本質は世界を構築することです。また、カードゲームの中にも世界の構築が本質であるものがあります。このようなカードゲームはボードゲームとみなしてもよいです。そのため、ボードゲームを趣味にする人にはボードゲームとカードゲームの分類を特に気にしない傾向があります。私自身も、一般の人から「それはボードゲームやなくてカードゲームやん」とか「ボードゲーム研究会やのにカードゲームもするんやね」ということを何度も言われたことがあります。
「クク」、「UNO」などは純粋なカードゲームです。こういったカードゲームは、たぶんトランプから進化したものです。他方、「MM5 ソフィア聖騎士団」は、ボードゲームから進化したカードゲームです。もともとはボードゲームであった類のゲームをカードのみで行えるように作られたものです。「ソフィア聖騎士団」がカードゲームとして特に優れていると評価できる点は、ボードゲームのカードゲーム化に成功していることです。
ところで、ボードゲームの楽しさはなんでしょうか?
もちろん人それぞれですが、アンケートをとると回答はそれほど多種多様にはならないでしょう。私にとって最も楽しい点は、人と共同して世界を作る作業ができることです。「人と共同で」という点がポイントです。1人で世界を作ることができる趣味はたくさんあります。しかし「人と一緒に」そして「そこそこ容易に」世界を作ることができる趣味は稀です。これこそが、ボードゲームが持つ最も強力な武器です。それゆえにボードゲームは近い将来ブレイクする、と私は考えます。
ボードゲームの評価について最後に述べます。以上の論理に従うと、「世界の構築」をプレイヤーが感じることができる程度が高いほど優れたボードゲームと評価できます。
P.S.
1990年前後に日本製カードゲームが多数生産されましたが、すばらくして廃れました。2000円程度の日本製カードゲームは世界的に認知される可能性を秘めていました。小さくて、短時間でプレイできて、絵が個性的で(MANGA的,ANIME的)、と日本人が得意とする要素が含まれていたからです。ところで先日、「MM5 ソフィア聖騎士団」の分析をしたホームページを見つけました。それは、韓国の人が(韓国語で)作ったものでした。優れたゲームであれば外国人も日本語を解読してプレイすることを知り、うれしく思いました。
当時日本で生産されたカードゲームには、面白いものも面白くないものもありました。ゲームメーカーごとに面白くないカードゲームの比率を算出すれば、ホビージャパンが最も高かったと思います。日本のカードゲームが発展できなかったことは、ホビージャパンの責任が特に大きいと私は考えております。墓を掘り起こすような話ですが、当時生産された全てのカードゲームの5段階評価をいずれ行いたいです。
トロントで見つけた裁判ゲーム”Judge For
Yourself” 投稿者:Ken
投稿日: 8月19日(日)23時22分27秒
週刊ボードゲーム通信 8/13−8/19号
“Judge For
Yourself”は実際に行われた判例に基づいて、2つのチームに分かれてポイントを競うゲームです。
このゲームは、カナダのオンタリオ州はトロントへ観光に行った時に、街の中心部にある巨大モール「イートン・センター」内のゲーム屋さんで見つけました。イートン・センターは観光ブックにも載っていますので、場所はすぐに見つけることができます。このゲームはトロントにあるIrwin社で製作されたこともあり、箱と説明書は、英語とフランス語の両方で書いてあります。しかし、判例カードは残念ながら英語でしか記述されていません。
ゲームの箱を空けると、裁判の内容と判例結果がそれぞれ両面に記された500枚のカードと、スコアシートとダイスが1つ(1〜3まで2つづつ書かれた6面ダイス)だけ入っており、ものすごくシンプルです。
まず始めに、2つのチームで遊びますので、3人以上でプレイする時は2つのチームになるように分かれて下さい。そして、先攻と後攻を決めるために各チームの代表者がダイスを振り、より大きな数字を出したチームが先攻になります(先攻をAチーム、後攻をBチームと呼びます)。ここからラウンドが始まります。
まずAチームはサイコロを振り、このラウンドで稼ぐことの出来るポイント数を決定します。次にAチームとBチームは裁判の内容を読んで理解します。最後に、Aチームだけが判例結果を読みます。つまり、Aチームは裁判の内容と結果を知っていますが、Bチームは裁判の内容だけを知っており、結果は知らない状態になります。
先程ダイスで決定したポイントを得るための条件ですが、Bチームが実際の判例結果と同じ判断を下した場合はBチームにポイントが入ります。Bチームが実際とは異なった判例結果を下した場合はAチームにポイントが入ります。このポイントを巡って、両チームで裁判に関して議論を繰り広げることになります。Aチームとしては裁判の結果を知っているわけですから、Bチームが誤った判例結果を下すよう導くプレイが必要になります。Bチームとしても、正しい判例結果を見つけるためにAチームの反応を伺うことになります。
Bチームが判例結果を下した後は、AチームもしくはBチームにポイントが入り、次のラウンドが始まります。次のラウンドではAチームとBチームの立場が逆転します。これを繰り返して、規定の15ポイントに早く達成したチームが勝ちとなります。
このゲームは残念ながらまだプレイしたことはありませんが、他のゲームと比較すると討論や議論の部分でかなり自由に振舞うことができそうです。昔の映画(リメイクもされましたが)にありました「12人の怒れる男たち」にでてくる陪審員の気分を味わうことができると信じています。
Judge
For Yourself / Irwin
1999
2人以上の成人プレイヤー(人数が3人以上の場合は、2チームに分かれる)
Kenの個人的評価:?(遊んでみないと…)
ウノ 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 8月12日(日)19時51分08秒
週刊ボードゲーム通信 8/6−8/12号
みなさん、こんばんは。お久しぶりです。
なぜにゆえにウノ?、と思う人がたくさんいることでしょう。そのあたりも今回のレポートの目的なのですが。
知らない人はあまりいないと思われる、カードゲームですが一応。「ウノ」は2〜10人で楽しめる、カードゲームで、プレイヤーは、最初に配られた手札を、全て無くすと勝利できます。カードは赤、青、黄、緑の4色と、0〜9までの数字の組み合わせです。自分の番には台札と、数字が同じか、色が同じカードが出せます。出せない時には、山札からカードを1枚取らなければなりません。カードには、プレイ順を逆まわりにする“Reverse”カードや、次プレイヤーが罰として山札から2枚取らなければならない“Draw
Two”カードなど、特殊なカードもあります。そして、説明書を読んでいて気づいたのですが、色々ローカルルールもありそうです。(どうも自分が高校時代にやっていたルールと、違うところがある)。
まあ、手軽にできて、楽しいゲームです。しかしながら、あまりボードゲーム界では、言及されることが少ないのではないかと思います。ちょっと運任せすぎるといえば、その通りですが、そういうゲームは、よくありますよね。ゲーム性からいうと、間違いなく「ウノ」は、ボードゲーム界の守備範囲に入っているはずです。(将棋、囲碁なんかは、運の要素が全く無いため、ボゲ通社的には、守備範囲のボーダーラインぎりぎりのところだと思います)。
守備範囲内でありながら、なぜ言及されないのかといえば、「ウノ」があまりに一般に知れ渡っているからではないでしょうか。ようするに、ボードゲーマーは、ある程度マニアックなゲームが好きで、あまりに一般的になると見放してしまうのでは?……、と思ったものの「ラー」とか「エルグランデ」が一般に知れ渡ったらめっちゃうれしいなあ。……それでは、逆に考えると、「あまりに一般に知れ渡るゲーム」(=「ウノ」とか「人生ゲーム」とか、将棋とか囲碁とか)は運か戦略の要素、どちらかに偏りすぎているのではないでしょうか。
鱶(fuka)の考える、良いゲームの中の1つには、戦略性がやや強いが、適度に運が作用し、何回もプレイできる奥深さがある、というものがありますが、こういったゲームはあまりに一般的にはなり得ないのではないか?という気がします。純粋に運のみ、戦略のみで戦うのは良いが、戦略的でありながら運が悪くて負ける、そんなゲームの楽しさが、一般にはあまり伝わっていないのかもしれません。しかしながら、一般人にもそういったゲームの楽しめる人(ゲーマーの素質のある人)は結構いるので、ちょっとづつ広まっていくかもしれません。そして、その楽しさを伝えていくのが、ゲーマーの使命かもしれません。(プレイ人口の確保の点で)。
なんだか中途半端な文章になってしまいましたが、今週はこれにて。
ところで、「ウノ」の作者って誰なんでしょう。パッケージとかには書いてないみたいなのですが。
“UNO”(「ウノ」)
I.G.I.,
1981
2-10人,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)
連合艦隊 投稿者:金七 投稿日: 8月
4日(土)16時41分32秒
週刊ボードゲーム通信 7/30−8/5号
今週はいつも以上に入手困難なゲームを紹介します。貴重なものというわけでもないのですが・・・。
「個人的評価:1」も出さないと5段階の意味がないと思ったので、あたりさわりがなさそうな(笑)「連合艦隊」を取り上げます。
「連合艦隊」は潟oンダイの「GAME for ADULT if series」第一弾で、
太平洋戦争における日米海軍の戦いをシミュレートした、二人用戦略級ゲームです。
時期的には、真珠湾攻撃直後から終戦までを含んでいます
地理的には、北はアラスカから南はオーストラリアまで、東はサンフランシスコから西は上海までを扱っています。
戦力には、戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦・艦載機があり、巡洋艦までは艦名が入っています。(日82ユニット、米95ユニット)
こう書くと、同じテーマのアメリカ製ビッグゲームを想像しますが、このゲームのルールは実質8ページぐらいで、
30分ぐらいで把握できるでしょう。これはルールが簡略である、というか手抜きであるためです。
ゲームの進行は、まず日本軍が移動を行い、移動終了後隣接した敵を攻撃します。
次に米軍が同じ手順を行い、以後繰り返すというスタンダードなものです。
肝心の戦闘ですが、各ユニットの戦闘力に、戦闘毎に出すカードの数字を足して、3以上の差だと負けた方は撃沈、
1、2差だと負けた方が後退、同数だと相打ちで双方撃沈!というブラッディーなものです。
各艦の戦闘力は、戦艦5、巡洋艦3−5、駆逐艦2、艦載機4・5で、カードの方は1−9まであります。
このあたり「コスミック エンカウンター」を彷彿とさせるアバウトなバランスです。
ちなみに「大和・武蔵」だけは戦闘力が7あります。お約束ですね。
この戦闘のル−ルだけでかなりやる気がそがれますが、実際に艦船を地図上に配置すると、さらに脱力すること請け合いです。
このゲームでは1つのマスには1つのユニットしか置けないので、連合艦隊は日本沖からミッドウェーまで、
太平洋艦隊は米本土沖からハワイまで展開することになります。
お互い相手の配置が見えているので、その勇姿(笑)に感動するでしょう・・・。
これが横氏のいう「少ない時間で業務命令により作らされた」国産ゲームの典型的例でしょう。
このifシリーズには以降「関が原」「二百三高地」「日本列島沈没」(これはどんなゲームだったのか少し興味がありますが)
の各ゲームが出ていますが、第一弾がこれでは内容は推して知るべしというところでしょう。
「連合艦隊」「関が原」などは露骨にそのテーマで人をひきつけようとしていて、広義での「キャラ物」の匂いがプンプンします。
実際に私も惹かれるものがありますし、昔は今に比べてゲームの内容をあらかじめ知ることが格段に困難だったことを思えば、
とりあえず題名で購入を決めた方もいたのではないでしょうか。
私は友人から格安で譲ってもらったので(Thanks Jun)、実際の販売価格がわからないのですが、
購入した人が満足したとは到底思えません。中には二度と買わないと思った方もいるのではないでしょうか。
昔の日本では、良心的な会社もありましたが、総じて大手メーカーは自社の製作部門に力を入れず、内容の乏しいゲームを出していました。
ボードゲームというホビーが、どのぐらい広がっていくかという大事なときに、その場しのぎのゲームを出していた事は、
このホビーの衰退の一因とも考えられ、いまとなっては大変残念です。
過ぎたことはいまさらどうしようもないのですが、この教訓を現在に活かせればいいなと思います。
近年のドイツゲームの流行?で、再び活気を取り戻している今こそ、ゲームを見る眼に厳しさが必要ではないでしょうか。
ドイツゲームが全て面白いわけではありませんし、せっかく、こういう昔には無かった情報発信の手段があるのですから。
"連合艦隊" / バンダイ / 二人用 / 30分−3時間(笑)
金七の個人的評価:1
モンスターメイカー5 (その4) 投稿者:横 投稿日: 7月30日(月)00時55分17秒
週刊ボードゲーム通信 7/23−7/29号
先には、カードゲームとは何かという問題設定をしました。まずはカードとは何かを考察しました。そしてカードゲームを2種類に分類しました。ボードゲームに近いものと遠いものです。そういう話の流れですので、ボードゲームとは何かということを続いて明確にする必要があります。
ボードゲームとは何でしょうか。ボードを使うゲームというのが端的な定義です。ではボードとは何でしょうか。
ボードの物質的特徴は、平板(紙)であることです。ボードの表面に何かしらのものが記されて(印刷されて)います。
記されているものは3種類に分類されます。
(1)イラスト、(2)ルールのサマリー、(3)ゲーム世界、です。
(1)イラストは、雰囲気を出すためのものです。プレイには関係しません。単なるデザインなのですが、ゲームにマッチしたイラストはゲーム世界構築に大きく貢献します。
(2)ルールのサマリーは、ゲームの流れや取り決めをまとめたものです。ボードに記すことでゲームの進行に貢献します。
(3)ゲーム世界は、プレイ中変化する状態を表示するためのものです。
上記の(1)(2)は任意ですが、(3)は必須です。つまりボードの本質的な要素は(3)です。これについてもう少し述べます。
ゲーム世界の状態はコマ等によってボード上で表示されます。表示される状態は、時間の流れ(ターン)、プレーヤーの獲得点数、プレーヤーの勢力数、プレーヤーがいる場所、等いろいろあります。
これはまた2種類に分類できます。<1>ボード上で表示する必要度合いが弱いものと、<2>強いものです。
<1>はボード上で表示する必要が必ずしもない情報です。例えば、ゲーム時間(ターン・フェイズ)、獲得点数などです。これらは紙に記入したりチップなどで表示することでも代用できますが、ボード上で示した方が分かりやすい、または合理的なものです。
<2>は、ボード以外の手段で表示すると分かりづらい、またはプレイが困難になる情報です。例えば、プレーヤーの勢力・資源などです。地図上で示されることが多いです。
結論としては、ボード上で記されるものとして最も重要なものは(3)の<2>だということです。そしてボードゲームの本質はここにあります。
ホラー・ナイト 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 7月22日(日)19時44分59秒
週刊ボードゲーム通信 7/16−7/22号
今回は夏の暑い夜にぴったり(?)の、身も凍る恐怖に彩られたゲーム「ホラー・ナイト」を紹介します。カードゲーム時代に、ホビージャパンと、翔企画の共同レーベル、JAS
CARDシリーズで発売されました。
クトゥルー神話に似ているのですが、27体の魔物が、世の中に出現しようとしています。プレイヤー達は、目にしただけでも狂気に陥る危険のある魔物の正体を探り、それを退治しなければなりません。(退治できてしまうところが、クトゥルー神話とは全然違うのですが。)
各プレイヤーは、私立探偵、刑事、精神科医、オカルト研究家、女子高生(…)、といったキャラクターのうち、一人を担当します。それぞれ、能力値が異なります。SANは正気度。恐ろしい魔物を目撃した時に、無事でいられるか、という数字です。刑事はあまり高くなく、気が狂いやすかったりします。女子高生の場合は高く、魔物を見ても、能天気に構えていられるようです。もう一つの数値は、POWで、体力です。これは刑事の方が高くなっています。
退治するべき魔物には、それぞれ固有の情報があります。すなわち、出現場所は墓地・山海・街中のいずれか、姿形は、人型・巨大・不定形のいずれか、出現時に伴う現象は、気象・怪音・異臭のいずれかです。それぞれ組み合わせて、全27体の魔物になります。例えば、巨大な鯨のようなくらげのような魔物、「クス
バルセス」は、山海/巨大/気象という情報があります。
各プレイヤーは、魔物が1体描かれた、モンスターカードを、他のプレイヤーからは見えないように、裏向きにして、管理します。自分のモンスターに関しては、退治ができません。
魔物を確定するために、自分の番には調査カードを使用します。カードには、“街中・巨大”、“不定・異臭”というように、情報が書かれています。調査カードを出されたプレイヤーは、自分の前にいる魔物が、その情報にいくつ一致しているかを答えます。“街中・巨大”を、さきほどの、「クス
バルセス」に当てはめると、一致した情報は1つだけです。この際、街中と巨大のどちらが一致しているかは答えません。
その後、退治を試みることができます。何人かのプレイヤーの出していった、調査カードの手がかりをもとに、隠れている魔物を推理するところが、このゲームの楽しいところでしょう。論理ゲームのようなものですが、確定するまで待っていては、他のプレイヤーに退治されてしまいます。最も多く魔物を退治したプレイヤーが勝つので、ある程度の情報で魔物の退治を試みることも必要です。
魔物の退治に失敗すると、それは逃げていってしまいます。この逃げた魔物が14体(過半数)になると、世界の破滅で、全プレイヤーが負けになります。
ちょっと、時間のかかるゲームです。また、こういうタイプの推理が好きでない人には向きません。好き嫌いがはっきり分かれそうなゲームです。
「ホラー・ナイト」/駆虎人T号(作)
ホビージャパン(発売),
1989
2-8人,30-60分,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)…昔は4でしたが。
カール大帝(2) 投稿者:金七 投稿日:
7月15日(日)12時04分03秒
週刊ボードゲーム通信 7/9−7/15号
今回も引き続き「カール大帝」を紹介します。ルールは6/18−6/24号を参照してください。
「カール大帝」も多くのドイツゲームと同じように、「大きな箱」「木の駒」「気のきいたルール」「優れたプレイバランス」といった特徴があります。
また、2・3・4人でプレイでき、それぞれに違うゲームになるという「売り」もあります。
しかしながら、それほどメジャーなゲームではなく、今一つ人気の出ない原因を考えてみたいと思います。
まずプレイ人数によってゲームの性質が変わる、という点です。
2人プレイでは、ほぼ順番に手順が回ってくるのが、3人になると、自分の手順と手順の間に2−4回敵の手順が入るので、かなり先の展開が読みにくくなります。
一番違うのは、貴族の支配がかなり流動的になる点でしょう。
貴族の種類は5つと決まっているので、参加人数が増えると、支配権をめぐる戦いは当然激化します。
2人プレイでは、貴族の支配を敵から奪った瞬間が勝負という感じなのですが、3人プレイでは、序盤は別として、
5つのうち3つの貴族を支配することはほとんどできないので、少ない勢力でも支配を確立していくことが要求されます。
4人プレイは、2対2のチーム戦ですから、どちらかというと2人プレイに近い感じがします。
もっとも、同一勢力に続けて手順が回ってくる可能性が、ほかのどの場合よりも大きいので、やや乱暴な展開になりがちです。
個人的には、3人プレイが一番いいかな、と思います。
さて、次に私の考える問題点を挙げてみます。
端的に言うと、「結局ダイス勝負のパワープレイじゃないのか?」ということです。私はダイス振るの大好きなんですけどね(笑)。
この問題は、不確定要素の少ない、2人プレイのときにより顕著になります。
「カール大帝」では、手順のときにとるべきもっとも効率的な手段が、割合、誰の目にも明白です。
考慮すべき不確定要素は、敵の順番・行動とダイスによる補充です。
このうち敵の行動は、敵の立場になって考えればある程度想像がつきます。選択肢が限られているので、相手の裏をかくことは難しい上に戦略的には無意味です。
そこで、もうひとつのダイスによる騎士の補充が重要になるのですが、これは自分の力ではどうしようもありません。
ここで「気合でダイスを操作しちゃる!」と思う人はいいのですが、「結局最後は運だのみか・」と考える人には、かなりつらいゲームになるでしょう。
選択肢が限られている、という点をもう少し説明します。
自分の意思で動かす事ができるのは、騎士の投入ですが、序盤は盤上に投入しても無意味なので
(投入すればするほど、ストックにおける騎士数が劣勢になり、結局は敵の騎士になってしまう)、
お互いに貴族の支配を争いつつ(ストックに騎士を配置)、城を建てていくことになります。
ゲームが動くのは、敵の「エリア化」した領土の支配権を奪えそうな時で、そのときやっと盤上に騎士が投入されるのですが、
それはお互い承知の上なので(それぐらいしか考えることは無い)、意表を突くもしくは突かれることはあまり無く、
結局そのタイミングを決するのはダイス運だったりします。
かなり辛口の評価になってしまいましたが、あまり人気が無いことから考えても、そう不当な評価ではないと思います。
個人的には、たくさんダイスが振れて、しかもそれが重要なところは、「WAR AT SEA」(個人的評価:5)に似ていて、
悪くは無いと思うんですが・・・。
ゲームデータは前回参照
モンスターメイカー5 (その3) 投稿者:横 投稿日: 7月 9日(月)02時50分17秒
週刊ボードゲーム通信 7/2−7/8号
前々回は、「ゲーマーにとってカードゲームとは一体なにか」という問題設定をしました。そしてこの問題を考察していくために、カードとは何かということを整理しました。今回は引き続いて、カードゲームとはなにかということを考えていきます。
結論から言うと、カードゲームは2種類に分類できます。(1)ボードゲームに近いカードゲームと(2)ボードゲームから遠いカードゲームです。(1)の例は、モンスターメイカー1と5(ソフィア)、マジックザギャザリングです。(2)の例は、モンスターメイカー6(スペルマスター)、クク、ウノです。
(1)と(2)の違いは、カードが場に残って影響力として存在するか否かです。(1)では机がボードとして使用されます。机という空白のボード上でプレイされるボードゲームなのです。(2)でも机の上にカードが出されることは同じですが、出されたカードは影響力としては残りません。残る場合でも単なる指標としてです。
ゲームの特性としては、(1)は具体的、(2)は抽象的です。実際に、カードに印刷されているものは、(1)は具体的なキャラクターや地形などの絵が描かれていることが多く、(2)は数字や色やマークが描かれていることが多いです。しかしモンスターメイカー6のように具体的な絵が描かれているものもあります。ところでボードゲーム界の流れとしては、(2)に具体的な絵が描くことで工夫する方向にあります。
実は(1)(2)共に、カードに具体的なものが描かれていていようがいまいが、その実質は数値やシンボルなどで表される抽象的なものです。ですからカードのみに関して言うと、(1)も(2)も抽象的であることには変わりがありません。先ほど言った(1)は具体的、(2)は抽象的というのは、ゲームの構造においてです。
ただ(1)で具体的なものが描かれていることが多いことは事実です。それはなぜでしょうか?それはカードが場に残るというゲーム構造によっているのです。
次々回では、ボードゲームとは一体なにか、という問題を考えます。
キピット 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 6月29日(金)19時40分53秒
週刊ボードゲーム通信 6/25−7/1号
みなさん、こんにちは。今回はちょっと頭を休めて、アクションゲーム「キピット」を紹介します。指先技術を駆使するゲームの中ではおなじみの、ブロックを積んでいくタイプのゲームです。普通は、いかにブロックを落とさないように、というものが多いと思いますが、キピットの場合は、いかに微妙な積み方をして、一度にたくさんのブロックを落とすかがポイントです。
始めに22個ずつ、ブロックを持ちます。ブロックには大きい順に、赤、青、黄、緑があります。スタートプレイヤーは、シーソーの上がっている側に、自分のブロックを置いていきます。いくつかのブロックを置くと、当然シーソーは、反対側へと傾きます。その際に落ちたブロックは、相手プレイヤーが引き取らなければなりません。自分が落としたわけでもないのに、なんて理不尽な。と、いうわけで、積むときには、できるだけ落ちやすいように、うまく積まなければなりません。しかしながら、積んでいる最中に、ブロックを落としてしまうと、落ちたブロックは自分が引き取らねばならず、さらに手番も終了してしまいます。自分のブロックを全て積んだ人が、勝利します。
落としてもいいものの、やはりうまく積んでいかなければならず、指先がプルプルしてしまうゲームです。こういうタイプのゲームもたまにはいいかな、と思います。惜しむらくは、値段の高さ。ただの積み木に何で3000円、という気はします…。
“Kippit”(「キピット」)/Torsten
Marold(作)
franjos(発売), 1999
2人,10分
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)
カール大帝 投稿者:金七 投稿日:
6月24日(日)16時15分49秒
週刊ボードゲーム通信 6/18−6/24号
「カール大帝」は、各プレイヤー(後継者候補達)が、フランク王国内に城を建てることによって、
自分の影響力と領土を強化し、勝者(後継者?)を目指すゲームです。
具体的には、まず15個の領土(ボード)を円形に配置し、各領土に1個ずつ貴族の騎士(木製キューブ)を置きます。
騎士は5色あり、それぞれ属している貴族が異なります。
各プレイヤーには、10個の城・数字チップ5個・騎士7個が配られます(2人プレイ時)。
次に順番に数字チップ(1−5)を出し(同じ数字は出せない)、少ない順にプレイしていきます。
5ターン毎に、全てのチップを回収し、順番決定時はこの手順を繰り返します。
順番のきたプレイヤーは、まず手元から3個の騎士をゲームに登場させます。
ストックに置くか(ストックの騎士数が、相手のストックの騎士数をうわまわっている色の貴族は、自分の支配下になる)、
領土に置くか(領土内の支配化の騎士数が、相手の騎士数をうわまわっていれば、城を建てることができる)
を選びます(組み合わせても構いません)。
次にカール大帝の駒を、領土上を時計回りに移動させます。このとき動かせる数は、「1−数字チップの数」です。
移動先で条件を満たしていれば(前述)、城を建てることができます。城は以降所有者の1戦力として数えます。
城を建てたとき、両隣(片方だけでも)に自分の城(領土)があれば、「エリア化」して1つの領土になります。
「エリア化」すると、もとからある城・騎士も統合されます。
4つの領土が「エリア化」された領土には、1つの領土に4個の城・4個以上の騎士があることになります。
一度「エリア化」された領土は、再度他の領土に統合されることはあっても、分割されることはありません。
また、移動先の領土に敵の城があった場合、敵の城の数+敵支配下の騎士の数を、自分の支配化の騎士数がうわまわっていれば、
敵の城を全て、自分の城と取り替えることができます。
最後に、手元の騎士を3個補充します。3個ダイスを振って、出た色の騎士を補充します。
ダイスは6面体で、各貴族の5色と王冠1つです。王冠が出ると、好きな色を選べます。初期配置もダイスで決定します。
この手順を繰り返して、最終的に、全ての城を建てるか、
領土が四つ未満になった時点で、より多くの城を建てたプレイヤーの勝利です。
3人プレイでは、同じルールで初期配置・投入・補充の数が変化します。
4人プレイはチーム戦で、各陣営で10個の城を持つ点と、
味方の支配下にある騎士は、自分の戦力として数えることができる点以外は、同じルールです。
今回はルールの説明だけで終わってしまったので、次回は個人的な感想を書きます。
See you next time!
"Carolvs Magnvs"(カール大帝) / Leo Colovini(作)
Venice
Connection(泣)、1999,2−4人,30−60分
金七の個人的評価:3
モンスターメイカー5 (その2) 投稿者:横 投稿日: 6月18日(月)00時49分43秒
週刊ボードゲーム通信 6/11−6/17号
前々回(モンスターメイカー5について)の続きです。前々回では、モンスターメイカー5が傑作である要素を挙げました。今回は、この特定のゲームから離れて一般的な考察を行っていきたいと思います。そして、再度特定のゲームの評価に戻るという流れにしたいと思います。テーマとしてあるのは、できのよいカードゲームについてです。今回の話は、考察を進めていくための第一段階です。
まずはすこし、カードゲームについて考えてみようと思います。一体、ゲーマーにとってカードゲームとは何なのでしょうか?
一般の人(非ゲーマー)にとっては、カードゲームはカードを使うゲームにすぎません。この問題提起を一般の人にしても、それ以上の回答は得られないでしょう。しかしゲーマーであれば、もう少し深く考えることができる問題です。ゲーマーにとっては、カードゲームは確かに「カードを使うゲーム」なのですが、そこには「ボードを使わないゲーム」という意味が入ります。実はゲーマーにとっては、ボードを使うゲームこそが主となるゲームです。言ってみれば、カードゲームは異質なゲームです。と言っても、カードゲームは非常に多くの種類があり(また面白いカードゲームもあるので)、1つのジャンルと認めています。なお、カードゲーム以外にもボードを使わないゲームはありますが、それらは珍しい存在であり異端ゲーム(例外)です。結局言えることは、ゲーマーにとってゲームはボードゲームとカードゲームの2種類だということです。ここで確認しておきたいことは、カードゲームを理解するためには、ボードゲームのことを念頭において考える必要があるということです。
カードゲームの簡単な定義は、「カードを使うゲーム」ということです。これは間違っていません。ところで、カードとは何なのでしょうか? この問題を検討していきます。
カードの材料としての特徴は、紙であることです。紙なので、表と裏があります。そして、表と裏には何かが印刷されています。ほとんどのカードゲームでは、カードの裏には同じもの(模様)が印刷されています。表には、違うもの(情報)が印刷されています。プレイは、表に印刷されているものを介してなされます。よってカードゲームでは、表の情報が重要となります。
次に、カードゲームにおけるカードの存在についてです。カードゲームでは、それぞれのプレーヤーはカードを所持します。所持のされ方は、手に持たれるか、場に置かれるかです。手に持たれるカードは、必ずと言っていいほどゲームの始めに何枚か配られます。そしてゲームの途中、適度に供給されることが一般的です。手持ちカードの表に印刷されている情報は自分のみが知っています。手持ちカードは、ゲームの中で使用されます。使用されたカードは、場に残るか、消えます(捨て札パイルへ送られる、手札に戻る)。手持ちカードが使用された時点で、カードの表の情報は他プレーヤーにも知られます。
以上をまとめると以下の通りです。カードゲームにおけるカードには、その特性から3つの存在状態がある。@誰も表の情報を知らない(山札) A特定のプレーヤーのみが表の情報を知っている(手札) B全員が表の情報を知っている(場札、捨て札)。
次々回では、この前提に従って、カードゲームの分類について考察します。
大海戦 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 6月 9日(土)22時37分27秒
週刊ボードゲーム通信 6/4−6/10号
80年代末から90年代初頭は、日本のカードゲームの全盛期でした。前に紹介したモンスターメーカーから始まって、翔企画、ホビージャパン、そして、両社合同のJAS
CARDシリーズで、様々なカードゲームが発売されました。現在の、ドイツボードゲームラッシュとまではいかないものの、非常な活況を呈していました。
そんな時に、私のいたゲームサークルで、おそらく最も遊んだであろうゲームが、この大海戦です。
ゲームとしては、戦艦カードを各人に配り、オープン状態で並べ、自分の番には、敵の艦船を攻撃する、という、かなり単純なものです。戦艦には射撃力が0〜マイナス3くらいで設定されていて、攻撃時に、ダイスを一つ降ります。ダイスの目に射撃力を足した数字が、相手艦に与えるダメージカードの枚数です。能力値には、貫徹力、装甲値といった項目もあり、貫徹力が装甲値以上でないと、ダメージが与えられない場合があります。あまり弱い艦で、強力な艦を狙っても、しとめられず、逆に反撃をくらってしまいます。戦艦にはポイントがあり、敵艦を沈めると、そのポイントを獲得できます。また、最後まで生き残った艦のポイントは、自分が得られます。最後の一人以外の艦船が無くなったら、ゲーム終了で、最もポイントを取った人が勝利します。
そうたいしたゲームではないのですが、プレイ時間の短さもあって、ちょっとした待ち時間、空き時間に気軽に遊べるゲームでした。
結局のところ、カードゲームには、「カードを引く」という行為があります。それは、楽しいけれども、運次第という、宿命的にカードゲームの持つ要素でしょう。そういうわけで、この頃の多くのカードゲームは、その場その場で楽しくはあっても、あまり戦略的なものが無かったために、徐々に衰退してしまったのかな、と思います。(前々回の横氏紹介、MM5は未プレイですが…)。
「大海戦」/瀬戸利春(作)
ホビージャパン(発売),
1990
2-5人,20-60分,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)
コスミック エンカウンター 投稿者:金七 投稿日: 6月
2日(土)23時17分11秒
週間ボードゲーム通信 5/28−6/3
「コスミック エンカウンター」(以後CE)は二昔前の、アメリカ製ボードゲームです。
人類が宇宙に進出していく過程での「未知との遭遇」ではなく、異星種族同士の遭遇がテーマです。
それぞれ異なる能力を持った15種族が登場しますが、「レーザー族」と「ビールス族」など
接点のなさそうな種族でも同じ土俵の上で戦います。
ゲームでは、まず各プレイヤーに5つの惑星、20個の人口チップ、7枚のカードが与えられます。
最初に与えられた惑星を3つ以上失うと特殊能力を失ってしまいます。
人口は最高で20、補充は基本的に毎ターン1個ずつです。
カードは戦闘時に使用するもので、10枚の交渉カード、36枚の攻撃カード、8枚の超兵器カードからなります。
プレイヤーは時計回りに指定された相手を攻撃します。
戦闘は、投入した人口チップ(最大4)の数とカード(4−30!!)の合計の多い方の勝ちです。(同数は防御側勝利)
実は戦闘には同盟や交渉もあるのですが、このゲームにおいてはあまり主要な要素ではないので省略します。
最初に与えられた惑星以外に、5つの惑星を占領したプレイヤーの勝ちです。
さあここからは悪口?です。愛情の裏返しということで。
このゲーム典型的な「昔のアメリカゲー」です。全般的に「アバウト」に作られています。
私が持っているのは昔の日本語版ですが、発売当時でさえチープに感じられたコンポーネントは、
今となってはかえっていい味が出ています。SF的緻密さとは無縁です。
マルチゲームにおいて他人を攻撃するときの、心理的負担(感じない強者もいますが)をどうするかという問題を、
CEでは「運命のパイル」で解決しています。これは丸い厚紙の片側に色を塗ったもので、自分のターンにそれをめくって、
出た色のプレイヤーを攻撃するというものです。ドイツゲーにおける理論的必然によって導くやり方とは対照的なストレートさです。
ちなみに「運命のパイル」はよく見ると、横の部分から次の運命がかいま見えるのですが、
そこはまあプレイヤーも「アバウト」にいきましょう。
最後にやっぱりゲームバランス。テストプレイしてるのかな?
種族の能力には、攻撃のとき人口にカードの値をかけるという強力なものもあれば、相手に不必要なカードを1枚与えるという
あまり役に立たないものもあり、かなり格差があります。
カードもねえ・・・。「超兵器カード」と聞くと期待しますが、そんなにたいしたことはありません。
むしろ普通の攻撃「30」がスーパーです。人口は最大4つまでですからほぼ無敵です。
人口が1−4なのに対して、カードは4−30。カードの引きが命です。双方の差が1だったりすると妙に感動します。
結構悪口を書きましたが(いつものことか)、べつにCEが面白くないわけではありません。
「三国志演義」などと同様に、ゲームを道具にしてプレイすること自体を楽しむものだと思います。
「エル・グランデ」をやって、合理的思考に疲れた後などにどうでしょう。きっと肩の力が抜けますよ。
"COSMIC ENCOUNTER"(コスミック エンカウンター) / ?
ツクダホビー/Eon,1984,30−60分
金七の個人的評価:3
MONSTER MAKER5 ソフィア聖騎士団 投稿者:横 投稿日: 5月27日(日)22時26分46秒
週刊ボードゲーム通信 5/21−5/27号
「モンスターメイカー5 ソフィア聖騎士団」は、以前流行した日本製カードゲームの中の傑作です。
このゲームの優れている点を以下に挙げます。
・プレイによって世界が形成される(物語が紡がれていく)。
・どのプレーヤーも最後までゲームに介入できる(勝利の可能性もある)。
・カードの引きが悪くてもゲームに介入できる(勝利の可能性もある)。
・全般を通じて戦略的に考えてプレイする価値がある。
・ルールが分かりやすい。
・ルールに心憎いひねりがある。
・プレイ時間が短い。
・カードの絵がきれい。
・カードの絵が豊富(ほとんどのカードが違う絵)。
・キャラクターが魅力的。
・値段が安い。
プレーヤーは善の勢力と悪の勢力を操り、七つの宝石を奪い合うというゲーム内容です。プレーヤーが一時に取る立場は、善・悪・中立のうち1つです。たいていは1ゲームの中で数回、立場を変えることになります。この立場の変化の見極めがこのゲームの戦略的なところであり、醍醐味でしょう。
さて、このゲームはカードゲームですが、ボードゲーム的な感触が強いです。また、カードゲームの「操り人形」と多少似た感覚があります。
この感覚を出発点として、上記の「モンスターメイカー5」の優れている要素を材料に、「ボードゲームとはなにか」という問題と「カードゲームとはなにか」という問題を考察したいと思います。
考察は、次々回または次々々回で行っていきます。結論だけを先に言うと、「ボードゲームは、世界の構築である」「カードゲームには、ボードゲームとカードゲームの2種類ある」というものです。どういう議論が展開されるか、お楽しみに!
「モンスターメーカー5 ソフィア聖騎士団」/鈴木銀一郎(作)
翔企画(発売),
1989
2-7人,カードゲーム
横の個人的評価:5(大好き)
MONSTER MAKER 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 5月20日(日)22時30分30秒
週刊ボードゲーム通信 5/14−5/20号
今回は懐かしのカードゲーム、「モンスターメーカー」です。かれこれ10年前ぐらいでしょうか。思えば、このゲームが私のボードゲーム人生で、最初の重要なゲームです。
ダンジョンを探検し、モンスターと戦いながら、宝物を入手し、さらにはダンジョンからの生還を目指す(ここが重要)カードゲームです。
カードは大きく分けて3種類あります。回廊カードには5から40までの数字が書かれていて、自分の手番に出すことで、その数だけ、ダンジョンを進むことができます。モンスターカードは多数あり、ドラゴン(25)、黒魔道士(24)といった、最強クラスのモンスターから、巨大ネズミ(6)といったザコキャラまで、種々様々そろっています。名前のあとの数字が、そのモンスターの強さです。モンスターカードは、敵プレイヤーに出すことができます。モンスターカードが自分の前にあるプレイヤーは、そのモンスターを倒さなければ回廊カードを出すことができません。
モンスターを倒すためには、戦士、魔術士、エルフ、ドワーフ、盗賊などのキャラクターカードを使います。それぞれのキャラクターは、2D+1(6面体ダイスを2個振って出た目に1を足す)、5D+4(6面体ダイスを5個振って出た目に4を足す)、といった強さが決められていて、モンスターと戦う時に、その出た目が、モンスターの強さ以上であれば、モンスターを倒せます。キャラクターカードは使い捨てです。また、複数のキャラクターで戦うこともできます。
回廊カードの合計が100以上になれば、宝物を獲得することができます。そこからは、さらに回廊カードを出して、ダンジョンを戻って行かなければなりません。往路に出した、回廊カードの合計と同じ数になるように、帰りの回廊カードを出さなければいけません。また、1人が生還すると、他の人は手札の補充ができなくなるので、非常に厳しくなります。
こういった冒険を繰り返して、最終的に、宝物から得られる賞金が最も多いプレイヤーが勝利します。
大筋は非常に簡単なのですが、色々細かいルールがあります。例えば魔術士かエルフがチャームの呪文を使った時には、モンスターを倒して、さらにそれを敵プレイヤーにつけられたり、スリープの呪文がヒューマンタイプのモンスターにしか効かなかったり、クレリックはアンデッドモンスターを退治できたりするわけで、ここらへんの味付けは非常によくできていると思います。ファンタジー好きにはわかりやすいルールなのですが、普通の人(?)にはちょっと理解しがたい世界かもしれません。
と、いうわけで、決してルールが複雑なわけではないですし、どちらかと言えば初心者向きなのですが、ファンタジーの世界に理解のある人とプレイするのが、無難でしょう。
「モンスターメーカー」/鈴木銀一郎(作)
翔企画(発売),
?
2-6人,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)
…昔は5(大好き)だったんですけどね。
アドバンス・ツー・ボードウォーク 投稿者:横 投稿日: 5月13日(日)05時31分20秒
週刊ボードゲーム通信 5/7−5/13号
「アドバンス・ツー・ボードウォーク」は、モノポリーのブランド名を借りたボードゲームです。おなじみのボードウォークに焦点が当てられています。プレーヤーの役割はモノポリーと同様でホテルの建設を競うことですが、方法(ルール)は異なります。
ボードは4つの地域にわかれていて、それぞれに5つのホテル建設場所があります。ホテル建設場所は、100万ドル〜800万ドルの値段がつけられています。プレーヤーは毎ラウンド、普通の6面体ダイス2つと特別の6面体ダイス(ダイ)1つをふります。普通の6面体ダイス2つの合計が使える金額で、特別の6面体ダイスで出た地域にホテルを建設することができます。ダイスによっては、任意の地域に建設できたり、建設する代わりにカードを引く場合があります。1つの土地にはプレーヤー問わず複数のホテルを建設することができます。もっとも多くのホテルを建てているプレーヤーがその土地を所有します。同数であれば、先に建設したプレーヤーのものです。カードプレーもあり、ホテルを追加で建設したり破壊したりといったことができます。
ホテルのストックは4人プレーの場合は14個です。このストックがなくなった後、1周すれば(かつその時点でもストックが残っていなければ)ゲームは終了します。土地の価値の合計が高い順で勝敗が決まります。
ホテルのストックが少ないため、値段の低い土地にホテルを建てる余裕はあまりありません。また、一度建設したホテルを戻すためにはカードを使う必要があり難しいです。他プレーヤーの支配地域に自分の死にホテルがあるとつらいです。ホテルのストックをうまくマネージメントするゲームです。
毎ラウンドの行動はサイコロの結果によるため、あまり戦略は立てられません。細かい性格の人が、少しずつリソース(手持ちホテルストックの価値・手持ちカードなど)を相対的に高めていき勝つことが多いです。4人プレーだと、1位で走りきって勝つことは難しいです。リーチをかけた後、3人のプレーヤーからの攻撃に耐えねばならないためです。この時の緊張感が楽しいゲームです。
このゲームはあまり知られていませんが、よいゲームです。アメリカ製のゲームですが、内容はほとんどドイツゲームで、「マンハッタン」に似ています。ただ、ちょっと飽きがくるゲームではあります。
1990年に日本語版(ボードはアメリカ製)がトミーから発売され、普通の玩具屋でも置かれていました。今からすると、この手のゲームがさりげなく発行されていたのは結構すごいことです。
"Advance
to Boardwalk"(アドバンス・ツー・ボードウォーク)/
Charles Phillips 作
(Parker
Brothers発売/1988, <日本語版>TOMY発売/1990)
,
2‐4人,30分
横の個人的評価:3(誘われればプレイする)
動物列車 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 5月 6日(日)22時54分50秒
週刊ボードゲーム通信 4/30−5/6号
今回紹介するのは、パーティー向けのカードゲーム、動物列車です。トランプにも同じようなゲームがありますが、カードの可愛さで、こちらの方がちょっと、良いでしょう。
カードには8種類の動物の絵が、描かれています。それぞれの動物は、4枚ずつのカードがあり、1両目、2両目、3両目、4両目、となっています。全32枚のカードをプレイヤーに配ったら、ゲームスタートです。自分の番には、誰か1人を指名して、その人にカードをもらいます。もらう時には、例えば「しまうまの、3両目」というように、動物の種類と、何両目かを言います。指名された人は、そのカードを持っていれば、必ず出さなければなりません。そして、うまくカードがもらえたら、また誰か1人を指定し、ほしいカードを言います。こうしていって、カードがもらえなかったら、自分の番は終わりです。その次は、指名されて、カードを出さずにすんだ人が、次の順番になります。
カードをうまく集めて、同じ動物の列車が4枚そろったら、表にして出します。最後に全ての列車がそろった時に、最も多くの動物列車を完成させた人が勝利します。
どのカードが誰のところに行ったのかの記憶、そして、人の様子を見る観察力――私の場合、普段しゃべりの人が、妙に静かであやしい、と言われてしまいましたが――が大事です。神経衰弱的ゲームです。
ルールが非常に簡潔なので、ちょっとしたパーティーのお供に最適のゲームです。「それ以上の展開」が無いのがいまひとつですが。
"TIER
QUARTETT"(動物列車)
HABA(発売), 2000, 3-?人
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)
天下統一V 投稿者:金七 投稿日: 4月29日(日)13時31分03秒
週間ボードゲーム通信 4/23−4/29号
今回は、掲示板でもふれた事のある、Win版「天下統一V」をとりあげます。戦国SLGの双璧「信長の野望」よりはボードゲーム通信になじむと思うのですが・・・。デザインは黒田幸弘氏です。
残念ながら、まず最初にふれなければならないのは、初期製品版の完成度の低さです。ほとんど『不良品』です。最近出たVer1.20ではいくらか改善されてきているので、まだの方は、直ちにシステムソフトのHPからDLすることをおすすめします。(約1.8Mもあります)
まず、気になった点から書きます。
1、コンピューターが弱い
一人用ゲームでこれは致命的です。戦略的にも戦術的にも行動が甘いです。
基本的に「天統」シリーズでは、CPも人間と同じ条件で進行します。
そこがフェアで良かったのですが、今回は苦しいかも。
2、操作性が悪い
これは、「天統U」をWinに移植したときから感じていました。
データ量が増えて、処理が重くなるのは仕方ないのですが、
それだからこそ、単純な操作には気を使って欲しかったです。
次に気に入った点を書きます。
1、デザインの意図が明白
T・U共に名作でしたが、Vはそのいずれとも違うコンセプトで製作されています。
長くなるので詳しくは書きませんが、「家臣団統御」と「領国経営」が柱だと思います。
戦闘がメインで無いのは素晴らしいです。
2、能力値が不明
徐々に能力が判明していくシステムは、ボード(WWU物)ではありました。
さらに、能力値に多少のランダム性を持たせる、初期配置の武将はある程度判明している、
といった変更を望みます。この点は賛否両論かと思います。
正直言って、ゲームとしての完成度は低く、始めての人にはとっつきにくい物になっています。説明書も大変不親切なので、疑問な点は、
http://www.land.co.jp/watanabe/tenka/
で調べると良いでしょう。
しかし、このまま埋もれてしまうにはあまりにも惜しい方向性を持ったゲームです。ぜひともさらなる改善を期待します。完成度が高まった暁には、T・U同様あるいはそれ以上の名作となるでしょうから。
"天下統一V"(Win版) / 黒田幸弘
システムソフト,2001,一人
オリエントエクスプレス 投稿者:横 投稿日: 4月22日(日)23時49分15秒
週刊ボードゲーム通信 4/16−4/22号
「オリエントエクスプレス」は、オランダのジャンボ社から発売されたボードゲームです。コンポーネントが優れていることなど、内容は実質ドイツゲーです。
ロンドンからイスタンブールまでヨーロッパを横断する列車「オリエント急行」で起こった殺人事件を、私立探偵(プレーヤー)が解決するというストーリーです。プレーヤー達は、パリでオリエント急行に乗りこみます。そのときにはすでに殺人事件が起こっています。乗務員や乗客からの証言を集め、現場検証をし、犯人を推理します。事件の真相(犯人)が分かったプレーヤーは、それをシートに記入してゲームを離脱します。オリエント急行がイスタンブールに到着した時点でゲームは終了です。事件の真相が明らかになります。推理が正しかったプレーヤーの勝ちです。複数いれば、早い時点で真相を解明したプレーヤーが勝ちとなります。
列車内を移動して証拠を集めるという展開は、「クルー」に似ています。しかし「オリエントエクスプレス」はもっと難しいゲームです。実は、このゲームには10個のシナリオが用意されています。シナリオごとに、乗務員や乗客の証言などが1枚ずつカードに印刷されています。その情報を総合して事件の真相を解明しないといけません。犯人が誰かということを当てるだけでは不十分で、なぜその犯人なのか、どういう状況で殺人が起こったのかを説明せねばならないのです。容疑者は8人(伯爵、男爵婦人、バレリーナ、大佐、賭博師、女優、外交官、占い師)いますが、犯人は1人とは限りません。
ゲームの展開は、ゲームブックに似た感覚です(というか、ゲームブックをボードゲームにしたゲームです)。他プレーヤーとのやりとりはありません。しかし、「ほう、ほう」とか「なるほど」とか「分からん」とか言いながらゲームは進み、ソロプレーの感覚はありません。カードを読み上げることが多くて、にぎやかです(自分1人だけが読めることもありますが)。ところで、カードを読み上げるという行為があることは、ゲームのプラス要素(楽しくする要素)ではないでしょうか(いつか論じてみたい事柄です)。
先にも言ったように、これは難しいゲームです。全ての情報が分かっても、真相を当てることは難しいくらいです。戦法としては、闇雲に情報を集めるよりは、2枚あるヒントカードを早いうちに見てしまった方がよいかもしれません。それでも難しいですが。
これは推理小説が好きな人向けのゲームです。または、そういう人を1人でも交えてプレーする方がよいです。結局だれも真相が分からないで終わることもあるからです。
このゲームはわりと古く、1986年発売のものですが日本語訳がついており、カードもすべて日本語で作られています(はさみで切らないといけませんが)。その辺はかなり頑張っています。しかし値段が7千円ほどで高く、10回しかプレーできないので、たぶんあまり売れなかったでしょう。
雰囲気はとてもよく出ており、いい感じです。費用を計算すると、1シナリオが700円で、5人でプレーするなら1人150円程度/1時間となります。そう考えると安いです。最近、10回以上プレーするゲームがそんなにないことを思うと、潔いゲームです。私自身持ち主ですが、まだ半分くらいしかしていません。いつかシナリオ10までしたいと思っています。
"オリエントエクスプレス"
(ケナーパーカー/JUMBO発売),
1986, 2-6人, 60分
ラー 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 4月14日(土)23時37分23秒
週刊ボードゲーム通信 4/9−4/15号
みなさんこんばんは。今回は、最近のお気に入り、「ラー」です。各地でかなり高い評価をされているので、もうプレイされた方も多いと思います。このゲームは、前回の「パクブリ」と違って、非常に遊びやすいゲームになっております。
「ラー」は、3〜5人で競りをするゲームです。競り系のゲームは色々ありますが、とりあえず2つほど問題点があると思います。
1つ目は、相場感覚、どの程度までの値をつけるのが適当なのかが、初プレイ時や、初心者にとっては分かりづらい点。
2つ目は、ゲームですので、架空のお金を賭けることでの、非現実感です。それが勝利条件としても、どうもゲームでチップを儲けても、しょうがないような感じがしてしまいます。トランプのポーカーを、ただのカードゲームとして遊ぶのと、同様の問題かと思います。
「ラー」では、1から16までの数字の書かれた“太陽チップ”を用いて、全部で180枚あるタイルの競りを行います。自分の順番では、基本的に、@裏向きのタイルの山から1枚オープンする。A「ラー」を宣言して、それまでに表になっている、タイルをかけて、競りを行う、という、どちらかの行動を行います。獲得したタイルは、3ラウンドごとに得点計算を行います。タイルは組み合わせによって得点が増える、“モニュメント”(スフィンクスやピラミッド)や、一番多く持っていた人だけが得点できる、“ファラオ”などがあります。
競りでは、競りの宣言を行った人の隣りから、太陽チップの1枚を使って、値をつけるか、おりるかを決めます。誰がどの数字の太陽チップを持っているかは、全てオープンになっているので、どれを出せば勝てるかはすぐに分かります。競りで勝った人は、中央にある太陽チップ(前回の競りで勝った人の太陽チップ)と、タイルを獲得します。太陽チップは裏向きにして、次のラウンドまで使えません。低い数字の太陽チップを取ってしまうと、次のラウンドでの競りが大変になります。しかし、数字の低い太陽チップでも、それなりに競りが過熱していないときには、タイルを獲得しやすいケースもあります。そして、大きい数字を温存していても、ラウンドの進行をカウントする、ラーのタイルによって、突然ラウンド終了となることがあります。
「ラー」では、競りに使う太陽チップや、獲得済みのタイルが全てオープン情報になっていることで、初めてのプレイヤーでも競り対象のタイルの価値や相場感覚が、つかみやすくなっています。また、そのオープン情報をもとにして、プレイヤー同士での状況検討も簡単にできます。そして、組み合わせによって、得点効率の異なるタイルの獲得と、太陽チップのやりとりは、次のラウンドや得点計算に深刻な影響があり、それが楽しさを増しています。
タイルの引きがあるので、運の要素は強いですが、自分の考えたことを反映させていく点では、戦略的であり、なかなか良いゲームです。現在のボードゲーム通信社の、定番ゲームのひとつです。
"RA"(ラー)/REINER KNIZIA(作)
ALEA(発売), 1999, 3-5人, 45-60分
鱶(fuka)の個人的評価:5(大好き)
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私も・・・ 投稿者:金七 投稿日: 4月 8日(日)15時41分24秒
忘れてました。申し訳ありません。
↓ 週間ボードゲーム通信 4/2-4/8号
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パックス・ブリタニカ 投稿者:金七 投稿日: 4月 8日(日)15時34分32秒
「ターイム・マシーン」(小林克也調で)。
懐かしの作品を紹介するこのコーナー、今回は一部で評価の高かった「パックス・ブリタニカ」(以降PB)の登場です。
PBは1880−1916年、つまりWWT勃発前の列強植民地政策をシミュレートした、世界規模のマルチプレイヤーズゲームです。
参加人数順に、英国・フランス・ドイツ・アメリカ・日本・ロシア・イタリアの各国をプレイできます。
勝利ポイントは、植民地から得られる収入を蓄積することによって得られます。
植民地は列強の話し合いによって得られますが、話し合いが決裂すると植民地戦争が発生します。
従って戦力の裏付けがある方が、交渉を有利に進められるのですが、軍隊は創設・維持共にコストがかかるので、軍事大国=勝利ではありません。
また、権益を独占すると他列強の同盟を招きますから(日本でいえば1895年の三国干渉)、常に国際関係には注意しなければなりません。
地理的要因からも、多収入の見込めるアフリカが、史実どうり(ファショダ事件等)争乱の地になりやすいでしょう。
さて、PBで優れているのは「コンポーネント」「シミュレーション性」だといわれています。
確かに、美しい世界地図(「リスク」なんかとはえらい違いです)や、世界規模の史実をある程度再現しているシステムなどは素晴らしいものです。
しかしながら、横氏が「スコットランド・ヤード」で昔のドイツゲームの特徴として「子供向け」と述べておられたように、
PBには当時のアメリカゲーム同様「プレイアビリティの低さ」という弱点があります。
まず、プレイ時間の長さ。初回はルール把握だけでかなりかかるでしょう。一日で終わらない事もあるかもしれません。
次に、バランスの悪さ。題名からもわかるとおり、英国の国力は他列強を圧倒しており、ゲームは英国プレイヤー主導の下に進むことになります。
最も「大人」(Gentleman)な参加者が担当した方がよいでしょう。
歴史をシミュレートするというゲームの性質上、パワーバランスが偏っているのは仕方ないのですが、
ゲームバランスを考慮して作られたのであろう、勝利ポイント修正値がちょっと・・・。
これはターン終了時の資産をその数字で割って勝利ポイントを計算するというもので、参加国順に10・7・5・4・3・3・2となっています。
一度プレイするとわかるのですが、イタリア等はすることもあまり無く、「日の沈まない」英国は世界中ユニオンジャックだらけで大忙しです。
それでも五倍の修正は尋常ではなく、イタリア等の修正値が低い国が勝つ可能性の方がかなり高いのです。
この結果には、暇だったにもかかわらず勝ったイタリアも、ゲームマスターのように働いた英国も釈然としません。
どうもこの修正値、綿密な計算やテストプレイに基づいたものではなく、かなりアバウトに決められたもののようです。
多分、このゲームを何度もプレイされた方は少ないと思います。
それでもこのゲームが名作とされるのは、時間的にも空間的にも大きなこのテーマに挑もうとする意図と手法が優れているからでしょう。
貴方はPBというゲームを通して、デザイナーによってデフォルトされた、当時の世界を所有できます。
今後もいろいろな世界を楽しめるゲームを期待します。
"Pax Britannica" / Greg Costikyan 作
HJ/VG(発売),1988,4−7人,1日−
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デトロイト・トイザラスのボードゲーム事情 投稿者:Ken 投稿日: 4月 1日(日)02時01分32秒
週刊ボードゲーム通信 3/26−4/1号
【 デトロイト・トイザラスのボードゲーム事情 】
アメリカのデトロイトへ1週間出張に行っていました。その間、私が宿泊していたホテルから車で15分くらい行ったところにトイザラスを見つけましたのでレポートします。
【 駐車場がとっても広い「トイザラス」 】
店の中は、トイザラスの語源である"Toys are us「玩具は我々みんなのものなんだよ」"の言葉の通り、店は様々な種類の玩具を取り揃えています(訳が適切かどうか良く解りませんが...)。その一角にボードゲームコーナーが設けてありました。その中でいくつか気になったボードゲームを紹介します。
【 クルー(Clue) 】
Clueは有名なゲームですが、Original Clueの他に、駒やボードを豪華にした50th
Anniversary Clue(Clueの設立50周年だとは思いますが)やルールを簡単にしたClue
Jr.などが揃えてありました。こうやって、遊びやすい形でリメイクを行って、プレイヤーの層を広げるやり方は大好きです。といっても実はこのゲーム、まだ1度も遊んだことがありませんので、次の機会に。
【 ハリー・ポッター(Harry Potter) 】
ハリーポッターを題材にしたゲームが多く売られていました。ボードゲーム2種類とカードゲーム2種類(うち1つはUNOのハリーポッター版でした)を揃えていました。別の会社がボードゲームをこれらとは別に1種類出していましたが、いずれも買うのを断念しました。その中の1つのボードゲーム(名前はド忘れしました)の裏面を見てみると、ゲームの流れが簡潔に書いてありましたので紹介します。
それを読む限り、大まかな流れは「駒を動かして、カードに書かれている質問に答えるとそのカードがもらえる。一定の枚数を集めたプレイヤーが勝者になる」内容だったように記憶しています。しかし、カードに書かれている質問内容を見ると、ハリーポッターを熟読していないと答えられないようになっていましたので、これを持って帰ってプレイしたとしても、いつまでもゲームが終わらない気がしましたので、買うのを断念しました(笑)。
ただ残念なことに、映画もしくは本を題材にしたゲームは、題材の寿命に追従するため、販売期間が他のゲームに比べて短いように感じます。実は2年程前にアメリカへ出張に行った時も「ジュマンジ(映画ジュマンジを題材にしたボードゲーム、映画は結構気に入っています)」を見つけたのですが、今回は見つけることが出来ませんでした。ハリーポッターは7巻まで出ることが予定されていますので、ハリーポッター熱はしばらく続くと期待しています。
【 Imagiriumシリーズ 】
既に馴染みのあるゲームの駒やボード版をガラス片や豪華木製で豪華にリメイクした「Imagirium」シリーズが売られていました。ゲームの題材として、「バックギャモン」「マンカラ」「Chinese
Checker」「Tic-Tac-Toe」等があります。
今回は、"Tic-Tac-Toe"を購入しました。40cm四方で3×3の溝がついた木製のボードの上に、"○"と"×"の形をしたガラス片がそれぞれ5、4個ずつ並んでいました。「これは、もしかして…」そう、明らかに○×ゲームです。しかし、あっと驚くような変則ルールがついているに違いないと思っておもわず購入してしまいました。そして、マニュアルを読んでみるとそのまんまのルールでした(笑)。
しかし、1度は笑いが取れそうなゲームを見つけると、つい買ってしまうのは、大阪生まれの性でしょう。
以上、デトロイト・トイザラスのボードゲーム事情でした。
【 追伸 】
"Tic-Tac-Toe"のゲームルールに補足があります。”プレイヤーは○と×のどちらかを選択すること”と書いてありますが、駒の数に限りがあるので、初めに駒を置くプレイヤーは必ず”○”を選択する必要があります。そうしないと、ゲームの後半で駒が足りなくなることがありますので…。
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モノポリー2(パソコン版) 投稿者:横 投稿日: 3月25日(日)21時26分59秒
週刊ボードゲーム通信 3/19−3/25号
今回は、パソコンのゲームを紹介します。「モノポリー2」はボードゲームのモノポリーのパソコン版です。パソコン版(ファミコン版)のモノポリーは数年前からありましたが、「モノポリー2」は最近発売された新作です。なおオリジナルは英語版です。
パソコン版モノポリーの一番の魅力は1人でプレーできることでしょう。さて、その1人プレーについて。雰囲気はそれっぽくてよいのですが、コンピュータプレーヤーのスキルが低いことが難点です。物件の交換スキルのなさが致命的です。コンピュータプレーヤーに交換をもちかけも受けてくれない(非現実的な条件をつきかえされる)ことが多くあります。こちらにとって得過ぎて卑怯な交換は成立しないのですが、その代わりに妥当な交換も発生しにくくなっています。
たとえば、電力会社と水道会社(または地中海通りとバルティック通り)を2人のプレーヤーが1つずつ持っているときには、どちらか一方に集めることがセオリーなのに、コンピュータプレーヤーはそのことを知っていません。この時点で正直興ざめです。
ひたすらサイコロを振っていくという、初心者同士のゲーム内容になりがちです。モノポリーの醍醐味である交換が生じにくく、プレーヤーのスキルがあまり発揮できません。最新のバージョンのモノポリーなので「練習になるかも」と期待して買ったのですが、今一つでした。
グラフィックや音声はかなりいいです。チャンスカードがアニメーションで動くのは、見て飽きません。解説者やコンピュータプレーヤーのせりふもそこそこです。ただ、ボード上のプレーヤーの位置が分かりにくい点が難点です。3Dによるアニメーション表示は逆に見にくいです。よって2Dの表示でプレーすることになります。それでも、実物のボードを同時に広げて状況を表したいくらいです。グラフィックに頑張っているのに、肝心な部分のできが甘いです。
他の工夫としては、ルールのカスタマイズ機能があり、いろいろな数字(現金・家数・税率等)を換えることができます。また、モノポリー用電卓がついていて計算しやすくなっています。しかしあまり関係のない機能です。
それから、インターネットによる多人数プレーもできます。これは、だれかのパソコンに集ってモノポリーをする形式です。ただしプレーヤーを自分で集めねばなりません(私はしたことがありません)。MSNのGamein
Zoneでは、知らない人同士を集めてプレーできると説明されていますが、開設されていない様子です(以前はあったのでしょうか?)。
結論としては、「モノポリー2」は重要な部分のできが不十分です。モノポリーのことをよく知っている人が作っていない感じがします。または、物件交換の思考ルーチンをつくることはまだまだ難しいのでしょうか。
"モノポリー2"(パソコン版、日本語、WINDOWS)
(メディアカイト/Hasbro発売), 2000, 1(-6)人, 60分
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ハラリ 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 3月18日(日)13時58分41秒
週刊ボードゲーム通信 3/12−3/18号
みなさんこんにちは。今回紹介する「ハラリ」は、2人用のボードゲームです。
7×7のマスに区切られたボード上に、48枚のタイルを裏向きにして、ランダムに並べます(中央は空白)。片方は動物チーム、もう一方は人間チームとなり、お互いに狩りを行います。
並べられるタイルには、クマ・キツネ(動物チーム)、きこり・猟師(人間チーム)、カモ、キジ、木(中立)があり、それぞれ能力が違います。
自分の番には、タイルをめくるか、既に表向きになっているタイルを動かすことができます。動かすことのできるタイルは、自分のチームのキャラクターか、カモ、キジです。裏向きのタイルのマスには侵入できません。表向きになっているタイルに侵入できるのは、勝つ(相手を狩る)時だけです。
それぞれのタイルの能力は以下の通りです。
クマ…きこり、猟師に勝つ
キツネ…カモ、キジに勝つ
きこり…木に勝つ
猟師…銃の向いている方向の動物(クマ、キツネ、カモ、キジ)に勝つ
移動は、クマときこりは1歩づつ、他のキャラクター(木以外)は、一直線ならば、縦か横方向に、好きなだけ進むことができます。
全タイルオープン後、5ラウンドを行って、ゲームが終了となります。クマ10点、人間5点、キジ3点など、狩ったキャラクターの得点を計算して、多い方の勝利です。
このゲーム、序盤はタイルをめくっていかないと、移動(狩りor逃走)もままならないです。しかし、表向きのタイルの隣に敵が出るか、味方が出るか、勝てる相手が出るか、などなどは、神のみぞ知るわけで、その辺のランダム度がきつすぎるかと思います。どこをめくろうか考えても、猟師の向いていない方向ぐらいしかないような。
中盤以降は、直線移動、猟師の銃の方向、などがパズル的で、お互いの腕の見せ所になりそうです。
どうも、全てが運だけというわけではないものの、考えようがない場面が多くあり、それが勝敗を左右します。ルール自体はわかりやすく、比較的時間のかからない点はいいのですが、問題なのは、1回やった後に、「あそこはもっとこうしとけば」という反省とか、「次回はもっとこんな風にプレイしよう」というようなインスピレーションが浮かばない点ではないでしょうか。
"Halali!"(ハラリ)/Rudi Hoffmann(作)
KOSMOS(発売), 2000, 2人, 40分
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東部戦線 投稿者:金七 投稿日: 3月10日(土)11時32分14秒
週刊ボードゲーム通信 3/5-3/11号
今回紹介する作品は所謂「ウォーゲーム」です。ボードゲームの一種ですが、その多くは何らかの歴史に基づいたもので、基本的に対戦型です。
「パーティーゲーム」との違いは端的に言ってデザイナーの方向性に現れます。後者がプレイバランス・プレイアビリティ重視なのに対し、
前者はベースになる歴史の再現もしくは追体験が主眼になります。
黒田幸弘氏は日本のゲームデザイナーとしてはかなり有名な方でしょう。ボードの「戦国大名」(日本製ボード中3本の指に入る人気作)、
PC版「天下統一」シリーズの他TRPGにも関係しておられます。しかし色物担当の私としてはあえて「東部戦線」を今回取り上げます。
「東部戦線」はヘクス戦(六角形のマスをボード上の単位として使う)のボードゲームで、戦術級(1ユニットが3・40人もしくは4・5輌)です。
プレイヤーは1943-1945年におけるドイツ軍とソ連軍をそれぞれ担当します。
プレイヤーに与えられる戦力・地形・勝利条件は11種あるシナリオによってそれぞれ異なります。
ゲームの進行は基本的に、相互に移動と射撃(攻撃)を繰り返すというものです。
戦闘では、攻撃側の火力を合計して10面体ダイスを振り(運の要素)、表をみてダメージを決定、ダメージが防御側の装甲を上回ると損害が出ます。
この他に細かいルールはありますが、戦術級ゲームにしてはプレイしやすく、メインである両軍戦車の撃ち合いを楽しんでもらおうという意図が感じられます。
ただし次の2点によって私の「色物」リストに名を連ねています。
まず「政治局員」の存在です。ソ連軍指揮官が負傷(損害を受けると10分の1で発生)したときに登場し、代わりに指揮をとります。
登場するとそこで通常の進行は中断し、その部隊はプレイヤーの意思にかかわらず、最も近いドイツ軍部隊に向かって突撃します。
このルールが現実のどういった状況を表現しようとしているのか判然としませんが、街にいるパンテル中隊に向かって、
何の遮蔽物も無い平地を突進する狙撃兵中隊、といったようなシュールな情景が現出します。
次にシナリオ11「神々の黄昏」の存在です。これはベルリン陥落時の架空戦で、戦闘的にはソ連軍が勝つに決まっています。
要するに史実では投入できなかったドイツ新型戦車を登場させるためだけのシナリオで、わざわざ専用のベルリン市街図までついています。
ちなみにマウス・E−100等の新型は圧倒的な装甲と火力を誇り破壊するのは困難ですが、その重量ゆえにほとんど動けません。
この「神々の黄昏」の存在などは、ゲームバランス・コストの面から言って、今のゲームでは到底考えられないことです。
しかしボードゲーム創成期の当時にはままありましたし、そうしたアマチュア(趣味的)な部分もボ−ドゲーム全体の世界を広げるためには必要でしょう。
失敗は失敗なりに、新たな試みは何かをもたらしますから。
サンセットゲームというブランドでエポックのゲームの再販をしていますが(戦国大名等)、「東部戦線」はありませんでした。
"東部戦線"/(黒田幸弘)作
(エポック)発売,昔々・・・,2人,1−3時間
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王と枢機卿 投稿者:横 投稿日: 3月 6日(火)21時10分49秒
週刊ボードゲーム通信 2/26−3/4号 「王と枢機卿」
「王と枢機卿」は3人用のボードゲームです。
4人以上でもプレイできますが、3人プレイであればプレイのダンドリを組むことができ、このゲームの良さが発揮されます。
3枚の手持ちカードを使って、修道院を建設するか、枢機卿を送りこみます。
ゲームの序盤は修道院を建設し、終盤は枢機卿を送りこむ展開となります。それぞれの国で、修道院の数が多い順にプレーヤーは得点を得ます。
頑張って1位を狙うか、あえて2位3位でいくかの選択は「エルグランデ」に似ています。
地図には、修道院を置く場所と、修道院を結ぶ道路が印刷されています。
修道院は道路に沿って建設されていきます。楽しいことに、道路で連続してつながっている修道院が一定数以上であれば、別に点数を獲得できます。国境を越えてつながってもOKです。
これは領土権獲得ゲームの新機軸ではないでしょうか。
他方、枢機卿の配置には修道院ほどの制約はありませんが、各プレーヤーの枢機卿ゴマの数は限られているため、よく考えて配置しなければなりません。
枢機卿は修道院とは違い、1つの国に最も多く置いたプレーヤーのみが得点できます。
正確には、得点のカウントは国ごとではなく国境ごとになされます。国境で接する2つの国にもっとも多くの枢機卿がないことには、得点できません。
このゲームは、序盤に不利であっても、終盤の枢機卿の配置で逆転を狙っていくことが可能です。
修道院配置と枢機卿配置の2重構造は新鮮であり、また戦略性を高めています。
領土権獲得ゲームは、自分の手番がまわってくるまで待たされる傾向がありますが、このゲームはとてもテンポよく進みます。特に3人プレーなので、手番が早く回ってきすぎて考える暇がないくらいです。
初心者も引きこめるお奨めボードゲームです。
"Kardinal&Konig"(王と枢機卿)/ Michael Schacht 作
(Goldsieber発売), 2000, 2‐5人, 40分
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戦争と戦争 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 2月25日(日)19時00分17秒
週刊ボードゲーム通信 2/19−2/25号
まいどみなさん、こんにちはです。今回は「戦争と平和」、3〜4人でプレイできるボードゲームです。プレイヤーは王国の領主となり、大聖堂を建設していきます。そして、それへの貢献度によりポイントを貯めていき、最も多くのポイントを貯めた人が勝者となります。
と、まあ、ここまでは、普通のゲームの様相なのですが、とんでもないことに、このゲーム、勝ってもうれしくないゲームでした。そこらへんの懸念は、説明書を読んだ時点で感じており、購入後1年以上プレイしなかったのですが、やってみて、その印象通りのゲームでした。
何がだめって、まず非常に攻撃的なゲームで、他プレイヤーを攻撃しなければいけません。その際も、弱い(手札の少ない)プレイヤーを攻撃するのが、ゲーム的には有効なので、弱者はますます困窮していき、それによって強者はますます有利な立場になるという…。攻撃側、守備側共に、かなりの心的負担を感じていました。攻撃側の厭戦気分により“平和”が訪れましたが、基本的に平和な状態は無さそうです。
ほかは、ゲームの各要素の関係が、ちょっと複雑すぎるのではないかと思いました。パワーカードという手札を、各季節(ラウンド)ごとに、競りに使ったり、ボードへコマを配置するのに使ったり、相手を攻撃するのに使ったり、と色々あって、なかなか戦略を立てにくいです。この点については、純粋、好みの問題です。しかし、結局のところ、攻撃と防御に使える「盾のカード」が最も重要で、それをたくさんもっていれば有利です。
まあ、初心者向きではないゲームです。あと、コンポーネント。円形のボードは平均点くらいですが、建てていく大聖堂の木製パーツが、形・色共に不評でした。
"KRIEG UND FRIEDEN"(戦争と平和)/Gerard Mulder(作)
TM-SPIELE(発売), 1999, 3-4人, 60-90分
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三国志演義 投稿者:金七 投稿日: 2月16日(金)12時06分12秒
週刊ボードゲーム通信 2/12-2/18号
今回から参加する金七です。他のお二人の紹介されるゲームとは、少し毛色の違うものが多くなると思います。現在では入手困難な古いゲーム中心ですが、それなりの数が出荷されているので、(一般的でない趣味をお持ちの)友人・知人に聞いてみてください。オークションで見かけることもあるので、興味がおありでしたらのぞいてみてください。
「三国志演義」は3−9人用のボードゲームです。プレイヤーは、76エリアに分けられた三国時代の中国の支配権を巡って争います。各エリアには価値をあらわすポイントがあり(最高は洛陽の4)、ゲーム終了時に支配しているプレイヤーの得点になります。勝利のためにはより多くの領土が必要になる陣取りゲームです。ちなみに終了ターンは、ゲーム前かゲーム中に「全プレイヤーの合意」で決めるというアバウトなものです。
終了条件でもわかるように、このゲームは自由度が高く、史実に基づいたシナリオも用意されていますが、「全プレイヤーの合意」でもない限り歴史に近い展開にはなりません。むしろフリーセットアップではじめて、そろぞれが独自の英雄を演じるほうが、このゲームの雰囲気にあった楽しいプレーになります。
三国志の華すなわちこのゲームの華である武将には、武勇・采配・知略・統治・忠誠の各能力があります。約200人いる武将を紹介することはできませんが、全体的に蜀に甘く魏・呉には辛い設定だと思います。武将登用には、全能力の合計がコストとして必要で、優秀な人材のためには、文字どうり国を傾けることがあります。忠誠だけにはマイナスの値があり、曹操・呂布などはこの点「お買い得」です(リスクはありますが)。誰を登用するかは、アットランダム、くじ引きの要領で全武将のプールから数人を引きます。ゲーム中一番緊張して楽しい瞬間かもしれません。
「三国志演義」ではルールの縛りも少なく、特定の戦略は存在しません。勝利のためには巧妙な交渉と幸運が必要です。実際には、このゲームにおいて勝利はひとつの目安に過ぎませんから、プレイが作業になるということもありません。自由に過程を楽しんでください。「三国志」の世界を知っているほうが、より楽しめることは間違いありません。
”三国志演義” / (川北 翔)作
(エポック)発売 / 1986 / 3−9人
*拡張用にエキスパンションキットも出ています
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ピット 投稿者:横 投稿日: 2月 9日(金)00時37分56秒
週刊ボードゲーム通信 2/5−2/11号
「ピット」は多人数用のカードゲームです。
穀物を買い占めることが目的です。
配られた9枚の手札カードをプレイヤー同士で交換します。
一番始めに手札を全て同じ種類の穀物にしたプレイヤーが1ラウンドを勝利します。
そのプレイヤーは、集めた穀物の点数を得ることができます(小麦は高く、ライ麦は安くなっています)。
ラウンドをくりかえして、合計点数を競います。
ルールとして、交換するときには交換希望のカード枚数(1〜4)しか言うことができません。
何が欲しいかは言えません。
それから、雄牛カードと熊カードが1枚づつ存在していて、アクセントとなっています。
これらのカードはオールマイティとババとなっています。
「ピット」の最もユニークところは、順番(ターン)がないことです。
プレイヤー同士は勝手にカードを交換し合います。
そのため、ゲームはリアルタイムに進みます。
規定されたゲーム時間がないため、現実時間(スピード)が勝敗を左右します。
またその結果、市場の現実感が出ています。
大きな声を出して主張しないと、他のプレイヤーに気づいてもらえません。
こんなカードゲームは、他にはなさそうです(あるのかもしれませんが)。
ところで、このピットシステムは「CIVILIZATION(文明の曙)」(発売/アヴァロンヒル)の
貿易フェイズで利用されていて、成功しています(同じ交易品を集めるほど高く売れたり、
飢饉カードや内乱カードが出回ったりします)。
アメリカのボードゲームサイトを調べると、ピットは非常に高く評価されていました。
掲示板では、多くの人が5つ星をつけて絶賛しています。
そこで評価されているとおり、パーティゲームの名作です。
ポケモン版のピットでも発売すれば、日本でも売れそうなのですが・・
"PIT"(ピット)/(Parker Brothers 発売),
1904?, 3‐8人, 20分
http://kumquat.com/cgi-kumquat/funagain/01001
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魔女の踊り 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 1月30日(火)19時54分17秒
週刊ボードゲーム通信 1/29ー2/4号
「魔女の踊り」は3から6人までプレイできるボードゲームです。ボードいっぱいに円状にますがあり、魔女の駒はそこをぐるぐる回っていきます。駒は円錐形をしていて、その底に各プレイヤーの色が描かれています。3人プレイではこの駒をそれぞれ、4個づつ持ちます。
各人の順番ではダイスをひとつ振り、出た目の数だけどの魔女でも、時計回りに動かすことができます。止まった先に他の魔女がいたら、先にいた魔女は7ます戻らなければいけません。また、6の目の時は、ひとつだけ魔女の色を確認することができます。
円状のますからは、外へと抜け出す通路が色別に設けられています。そこから、自分の魔女のこまを全て脱出させたプレイヤーが勝利します。(魔女は集会を抜けて、早く家に帰りたがっているので)。
スタート時点では、どのこまが何色かわかるのですが、だんだんいりみだれてきて、人にもよりますがさっぱりわからなくなってきます。この、「人にもよる」ところがくせもので、めっちゃ記憶力のいい人がいたりすると、その人がぼろ勝ちすることでしょう。
ダイスを振ってこまを動かすのは「アンダーカバー」みたいですが、こちらは心理戦とは対極にある、記憶戦(?)ゲームです。
"HEXENTANZ"(「魔女の踊り」)/Bjorn Holle(作)
FX SCHMID(発売), 1988, 3-6人
Spiel des Jahres AUFGENOMMEN IN DIE AUSWAHLLISTE 1989 (ドイツゲーム大賞の関連の賞ですかね?)
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ファンタスミ 投稿者:横 投稿日: 1月27日(土)17時57分41秒
週刊ボードゲーム通信 1/21−1/27号。
「ファンタスミ」は2人用の簡単なボードゲームです。
手順や環境はチェス(軍人将棋)に似ています。
プレイヤーは、おばけコマを操って戦います。おばけコマは善と悪の2種類に分かれており、その違いは自分にしかわかりません。相手の善のおばけを全滅させるか、自分の悪のおばけが全滅させられると、勝利します。または自分のおばけを相手の陣地の向こうへ脱出させても勝利できます。
これは、読みあいのゲームです。取られたほうがよい悪のおばけを進ませるのが普通の戦術ですが、悪であることがばれたら取ってもらえません。だから、善のおばけを悪のおばけのふりをして進ませる戦術も出てきます。
このゲームの気の利いている点は、相手の陣地の向こうへおばけコマ(善悪かかわらず)を脱出させても勝利できるという点です。この勝利条件のおかげで、戦略性が増しています。おばけコマは1マスずつしか進めないので、脱出口に防御用おばけを配置しておく必要もでてきます。ゲームに慣れてくると相手のコマを不用意に取らなくなりますが、この勝利条件があるため、取らざるを得ない状況が起こります。
相手によってプレー方針が大きく変わる点がこのゲームの特異な点です。スタンダードな戦術はありますが、有効とは限りません。相手の癖に応じて対応していく必要があります。逆に言うと、相手に自分の癖を見極められてはいけません。だから、相手の読みを撹乱するために、合理的でない行動を取ることも必要となります。
そういうわけで結論としては、てきとうにテンポよくプレイしていってもよい(勝てる)ゲームです。チェスのように突き詰めていってもあまり仕方ありません。新しい人とやるときには、相手の癖を見切るまでが面白いのです。しかし、決まった人と何度もやると、てきとうになり別に面白くなくなります。
ゲームショップの売上ランキングを見たら、「ファンタスミ」は2位でした。誰にでもでき、見栄えもかわいく、値段も高くないからでしょう。
"FANTASMI"(「ファンタスミ」)/ Alex Randolph作
(Venice Conection発売), 1994, 2人, 15分
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Buffy the vampire slayer 投稿者:鱶(fuka) 投稿日: 1月19日(金)23時07分24秒
週刊ボードゲーム通信 1/15―1/21号
みなさん、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。それと、前回はKENちゃん、ゲスト出演thank
youでした。
さてさて、今回は前々々回もちらっとふれた、"Buffy the vampire slayer"です。あれから、ネットで検索したりして得た情報によると、「バッフィ
ザ・バンパイア・キラー」("BUFFY THE VAMPIRE SLAYER",1993)という映画があり、現在はTVシリーズを放映中とのこと。スカパーのFOXチャンネルで見られるようです。この辺の情報は、"Blader's
Buffy the Vampire Slayer Page"( http://homes.acmecity.com/buffy/vampire/100
)に詳しくのっています。海外ドラマファンは要チェックです。ちなみに映画のほうはビデオで見ましたが、あんまり面白くなかったです。それと、Buffyというのは主人公のバンパイア・スレイヤーの名前です。(私はバフィーと呼んでいる)。
さてさて、ゲームの方ですが、ボード上には四角の環状にますめが並んでいます。キャラクターは人間側5人と、バンパイア側3人です。キャラクターを表すコマは8色あり、プレイヤーは色のカードとキャラクターカードを受け取ります。プレイヤーのいないコマもボード上に配置されます。最初は、何色のコマがどのキャラクターであるのかは自分のコマしか分からない状況にあります。
自分の番にはさいころをふって、出た目の数だけ、どのコマでも動かすことができます。同じマスに2つ以上のコマがあるときは、チャレンジができます。チャレンジされたプレイヤー(or
担当プレイヤーのいない山札)は色のカードを、その人にだけ見せて、そのマスにいるコマの色と一致したときは、キャラクターカードも見せなければなりません。そして、その後、戦闘を選択することができます。戦闘の場合は地形効果(墓場はバンパイア有利など)、時間効果(昼間は人間が有利)により、勝敗を決します。負けた人はゲームオーバーとなり、どちらかの側が全滅したら終了します。プレイ時間は40分くらいでしょうか。あと、フェイトカードという、特殊な効果のあるカードもあり、戦闘で有利に働いたり、瞬間移動できたりします。
自分の正体がばれないように立ち回り、うまく味方を集めて戦う、ようなゲームだと思います。・・・どうにも歯切れが悪いのは、ルールに書いていないことがあって、チャレンジなどでよく分からないところがあったので。正体の確認ができなくて戦闘をした場合、人間同士で同士討ちになったりするのか、など。ルールに特に書いていないということは、たぶんそうなるのでしょうが。もうちょっとプレイしてみないといけないですね。まあ、ちょっと面白げではあるゲームです。そのうち隔月ボー通にも登場するかもしれません。
"Buffy the vampire slayer"
Susan Prescot Games(発売), 2000
2-8人
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忘れ物です 投稿者:KEN 投稿日: 1月14日(日)11時41分05秒
↓ 週刊ボードゲーム通信 1/8−1/14号
"クク(CUCUU)" NIFTY SERVE FGAME発売/メビウス販売 2-15人(6-9人程度が最適)/45分
このゲームとは別に、チップが必要です。
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クク(CUCUU) 投稿者:KEN 投稿日: 1月14日(日)01時40分43秒
ククは、44枚のカードのうちから1枚を使って相手のプレイヤーと数字の大きさを競うカードゲームです。ルールの手軽さと、2〜15人(最適人数は6〜9人)まで遊べる幅の広さを考えると、修学旅行やパーティー・飲みの後にでも十分楽しむことができます。
このゲームは、16世紀に北イタリアで発祥したとされています。カードやルールは、各国によって様々ありますが、日本語版は「カンビオ」をベースにアレンジしたルールが用いられています。
1回の勝負(ラウンドと呼びます)は、各プレイヤーにカードが配られ、プレイヤー間でカードの交換を行った後でカードの数字を競い合うまでとなります。勝負は、親が自分の右隣からカードを各プレイヤーに1枚づつ配り、親が「では、どうぞ。」と言った直後から始まります。そして、親の右隣のプレイヤーにカードを交換する権利が発生します。これは、自分の持つカードの数字が小さく勝負すれば失格になると思った場合に、「チェンジ!」と言って自分の右隣のプレイヤーが持っているカードと交換できる権利です。自分の持つカードの数字が大きい、もしくは交換するつもりがなければ「ノーチェンジ!」と言って下さい。次に、右隣のプレイヤーが同様の権利が移ります。こうして、親までこの権利が回ってきます。親は右隣のプレイヤーの代わりに山場のカードと交換することになります。そして、カードの交換が終われば、全てのプレイヤーはカードを公開し、この中で一番数字の小さいカードを持つプレイヤーが失格となります。
数字の小さいカードを持っているからといって、右隣の人とカードをチェンジした結果、さらに小さい数字のカードが回ってくることがあり「こりゃ、いかーん」といった状態に陥ることがよくあります。(笑)
さらに、ゲームを面白くするための特殊カードがあります。それぞれ、
「クク」: このカードを持っているプレイヤーは、勝負中いつでも「クク!」と宣言して勝負を中断し、その時点でプレイヤーが持っているカードで勝負をさせることができる。
「人間」:チェンジを挑んできたプレイヤーが失格にさせる。この場合、チェンジは成立しない。
「馬」「家」:チェンジを挑んできた場合、「パス」といって、さらに右隣のプレイヤーと交換させる。
「猫」:チェンジを挑んできた場合、交換しようとしていたカードを一番初めに持っていたプレイヤーが失格となる。
「道化」:チェンジが成立したときに、このカードを持っているプレイヤーは失格になる。
このゲームでは、カードの他にチップを使います。そして、プレイヤーの誰かがチップを全て失った時、最も多くのチップを持っていたプレイヤーが勝者となります。
一番初めのラウンドが始まる前に、場所代として全プレイヤーはチップを1枚場に支払います。そして、ラウンドで失格となったプレイヤーは1枚場に支払います。第2、第3ラウンドでは、失格となったプレイヤーはそれぞれ2枚、3枚払います。第3ラウンドまでは、失格となったプレイヤーは次のラウンドへ参加することができますが、第4ラウンド以降に失格となったプレイヤーは場にチップを払う必要はありませんがゲームから抜けます。こうして勝負を繰り返して残った1人の勝者が、場に支払われたコインを全て手にすることができます。この後、再び第1ラウンドへ戻ります。
実際にゲームをプレイしてみると、じっくりと戦略を立てるよりも、プレイヤーの「チェンジ!」「ノーチェンジ!」のかけ声がリズミカルになり、野生の勘で答えを出すようになります(また、そのように鍛えられます)。修学旅行であれば、チップの代わりにハイチュー(古いか?)を使うのも良いでしょう。お腹がすけば自分のチップを食べることもありにして(笑)。
モノポリー ポケットモンスター 投稿者:横 投稿日: 1月 8日(月)00時11分10秒
週刊ボードゲーム通信 1/1−1/7号。
今回は「モノポリー」の「ポケットモンスターバージョン」です。
これは、ポケモンの人気にあやかって作られたモノポリーです。
ルールの変更は一点のみです。サイコロを振ってゾロ目が出たら、その目に応じたポケモンパワーを使うことができます(通常どおりもう一度サイコロを振って進んでもよい)。この6種類のポケモンパワーは強力です。内容は以下の通り。
「任意のマスへ移動(GO通過の200ドルももらえる)」「200ドル受け取る」「各プレーヤーから50ドル受け取る」「チャンスカードを引く」「共同基金カードを引く」「他プレーヤーが持っている土地を指定し、サイコロを振り合い、より大きな目を出すとその土地を自分のものにできる(ただしモノポリーされている土地は指定できない)」
これらのポケモンパワーはプレーバランスを崩しそうですが、ちゃんと機能しています。特に、最後の他プレイヤ−の土地を奪える能力が、土地の交換を促進させています。モノポリーしてしまえば奪われる心配はないので、少々損をしても早く交換してしまう方が安全なのです。
モノポリーの面白さは交換にありますが、あまり慣れていない者にとっては交換は難しいことです。そのため、交換がなかなかなされないプレーがよく起こります。交換(売買)は、交換相手のメリットが自分のメリットよりも大きく、自分は損をしているようであっても、基本的には得なものです。なぜなら交換に加わっていないプレイヤーは同じ状況のままで進歩していないため、自分は相対的に進歩したことになるからです。電力会社と水道会社を2人のプレーヤーが1つずつ持っているとき、すぐに1人のプレーヤーにまとめることが有効(必要)なのはそれゆえです(スタートの前後にある2組の土地も同じことが言える)。
ポケモンバージョンの新ルールは、旧来のモノポリーの弱点を解消しました。しかし、ランダムな要素を増やすことによる解消であるため、慣れたプレーヤーにとっては、まだ旧ルールの方が好ましいでしょう。
"MOMOPOLY POCKET MONSTERS"(「モノポリー ポケットモンスター」)/(TOMY発売),
1999
4-6人,90分
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ロンドンのおもちゃやさん 投稿者:鱶(fuka) 投稿日:12月31日(日)12時09分25秒
週刊ボードゲーム通信 12/25ー12/31号
みなさんこんにちは。いよいよ今年も残すところあと一日。そんな年の瀬、いかがお過ごしでしょうか。今回は前回の続き、特別編その2ということで、ロンドンのおもちゃやさんをレポートします。
行く前から旅行ガイドでチェックしていたのが、Regent St.(リージェント・ストリート)のHamleysというおもちゃやさん。4階建くらいだったのかな。時間があまりなくて上のほうの階は見ていないのですが、ぬいぐるみからコンピュータゲームから、ボードゲームまで色々なおもちゃがそろっていそうです。クリスマス前だったので売り場は子供連れですごいことになっていました。レジの前はルミナリエの時みたいに、なかなか進めない状態です。
とりあえずフロア案内を見てB1のボードゲームコーナーへ急ぎます。おもちゃやさんということで、はっきりいってあまり期待していなくって、ちょっとでもボードゲームがあればいいなと思っていたのですが、実際に行ってみると非常に広いスペースになっていました。B1で半分くらいがコンピュータゲーム、半分ぐらいがボードゲームでした。
内容ですが、おもちゃやさんということだからか、カタンやエルグランデといったドイツゲームはどうも見あたらなかったです。モノポリー各種バージョン、英単語を作ったりあてたりするような(スクラブルでしたっけ)ゲーム各種、ウオーハンマー、サッカーのボードゲーム(箱の大きさにより購入断念)、などなどです。ポケッタブルなものも結構ありました。
結局私が買ったのは"Buffy the vampire slayer"というやつ。"Buffy"はアメリカ(?)かどっかのTVドラマ(or映画)らしく、今人気のようです。パリでは小説とキャラクターカード(トレカ)なんかがアニメショップで売っていました。日本でその後、偶然見つけたのですが、「バッフィ ザ・バンパイア・キラー」("BUFFY
THE VAMPIRE SLAYER",1993)という名前でビデオがありました。アクション・コメディということです。しかし、ゲームの箱パケ(パッケージ)のバフィー(主人公)は役者さんが違うし、もっとシリアスタッチな感じ(Xファイルの本の表紙みたい)なので、リメイクされているのかも。きっとホームページとかで探せばわかることでしょう。何か情報をお持ちの方は一報ください。
ゲームの内容はまだ見れていないのですが、人間側とバンパイア側に分かれてどーのこーのらしいです。あまりたいしたこともないキャラゲーかなという気もしますが、なんとなくバフィーが気にいって買ってしまいました。
それはともかく、やはり日本のおもちゃやさんと比べるとボードゲームはより一般的なものなのでしょう。売り場の広さ、客の多さにそれを感じます。日本でもそうなるといいのですが。ところで、ロンドンにもボードゲーム専門店って、どっかにありますよね、きっと。ご存じの方は、こちらもボードゲーム通信社まで一報をお願いします。なかなか行けませんけど・・・。
Hamleys Of London
188-196 REGENT STREET LONDON W1R 6BT
TEL.020 7494 2000
www.hamleys.com
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ローゼンケーニッヒ 投稿者:横 投稿日:12月22日(金)00時24分21秒
週刊ボードゲーム通信 12/18―12/24号
ローゼンケーニッヒは、最近増えてきた2人用ボードゲームです。
ばら戦争の時代のイギリスで、プレイヤーはランカスター家とヨーク家に分かれて
勢力を競います。両家はそれぞれ、目印に赤いバラと白いバラをつけていたそうです。
縦横9マスに仕切られたボード場を、カードを消費して王のコマを動かします。
王のコマは1つです。王を移動させた先に自分のコマをおき領土とします。
領土は1つ1点なのですが、連結したら2乗していけます(2つ連なると4点)。
自分の領土をつなげることが狙いとなります。
逆に相手の領土をつなげないことが狙いです。
ルールは簡単です。「よし2人用のゲームをつくるぞ」と思い立って、
15分でできたようなゲームです。
しかし、そこそこ遊べます。ただ、戦略を練ることはあまりできなさそうです。
その場その場で最も適切なカードを使うゲームです。
細かいテクニックとして、戦術研究はできそうです。
思うに研究記事を書けるゲームはよいゲームなのではないでしょうか。
そして、より長期的な(ゲーム時間において)方針を研究できるゲームほど
優れていると思います。つまり戦術(=手番ごとのテクニック)の研究しか
できないゲームよりも戦略(ゲーム始めから終わりまでにかけての長期的な方針)の
研究ができるゲームの方が優れているということです。
そう考えると、その場その場の適切な行動を積み上げていくゲームは多いですが、
もっと長い視点で考えられるゲームは少ないでしょう。
ローゼンケーニッヒ Rosenkonig / D.Henn(作)
(Kosmos発売)、2000
2人、 30分
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パリのボードゲーム屋さん 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日:12月17日(日)22時10分13秒
週刊ボードゲーム通信 12/11ー12/17号
みなさんこんばんは。たった今、関空から帰ってきました。パリ・ロンドン8日間という旅だったのですが、今回は特別編として、その途上で見つけたパリのボードゲーム屋さんについてレポートします。
適当に街をうろうろしていて発見したこのお店、名前はVARIANTES、セーヌ川沿い左岸のSt.Michel駅(メトロ4号線)の近く、ミカエル(?)の像を正面に見て、右の方向の路地に入っていくと、すぐ左側にあります。
チェスやチェッカーのようなクラシックゲームからカタンなんかのおなじみドイツゲームまで様々なボードゲーム、カードゲームが並んでいました。パリの多くのお店同様に店員さんは英語で話してくれたので、フランス製のゲームで、英訳ルールがついていて、面白いゲームを聞いたところ、なにやらアブストラクトなゲームを紹介してくれたので、それを買いました。日本でも手に入りそうな気もしましたが、見たことがなかったので。そのゲームについてはタイトルも忘れてしまい、現物はスーツケースに入って宅急中なので、また別の機会に紹介します。
他には小さい通りのおもちゃ屋さんにもほこりをかぶったボードゲームがあったので、英訳ルールがあるのかどうか聞いたところ、ビニールを開けて無いことを確認してくれました。なんて親切な。そこのお店では子供向けっぽいブタさんのゲームを買いました。それも宅急中なのでまた今度。
当然のことながら英訳ルールの無いものが多く、VARIANTESの店員さんも、フランスゲームの紹介ではそこが難点だったようです。
ではでは、ホームページもあるようなので、みなさん確認してみてくださいな。私はまだ見ていませんが。そしてパリに行くときは、是非行ってみてください。
VARIANTES
29, RUE SAINT-ANDRE-DES-ARTS-PARIS 75006
TEL.01 43 26 01 01
FAX.01 40 46 84 55
www.variantes.com
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キングハムレット 投稿者:横 投稿日:12月10日(日)23時38分26秒
週刊ボードゲーム通信 12/4―12/10号
キングハムレットはあまり知られていないボードゲームでしょう。
シェークスピアの物語が題材にされています。先代の王は相続人を指名せずに死亡してしまったため、王国の秘密を見つけ出した王子が次の王となります。プレイヤーはそれぞれ王子となり、秘密を求めて中世のデンマークの王城を捜索するというシチュエーションです。
プレイヤーは8人までです。人数が多いほど面白くなるゲームです。たいていのゲームは参加人数が多くなるほど面白くなったとしても、時間がかかるとかバクチの要素が強くなるなどの副作用も起こるのですが、このゲームには副作用は見られません。大人数でプレイができてなおかつ面白いことが、このゲームの最大の売りです。
1人のプレイヤーが動かすコマは、王子と騎士(部下)の2つだけです。どちらかのコマをダイスの目の数だけ進ませます。そのため、参加人数が多くてもすぐに自分の番がまわってきます。
王城には、KINGHAMLETの10種類の文字が分散しています。もちろんどこにどのコマがあるかは行ってみないと分かりません。10種類の文字のありかを知ったプレーヤーの勝ちです。文字のコマは20個から30個程度あり、5つ存在する文字や1つしか存在しない文字があります。
プレイヤーも文字のコマを始めから1つずつ持っています。他のプレイヤーのコマは、決闘して勝てば知ることができます。決闘の方法はダイス目勝負です。負けた方はスタートの場所へ戻るというペナルティーもあります。1つしか存在しない文字を持っていれば有利なことは有利なのですが、そのことがばれたら全てのプレーヤーに狙われるためかなり不利になります。プレイヤーも文字のコマを持っているということが、多くのプレイヤーが参加するほどゲームを面白くさせることに作用しています。
ボードの四隅の重要な場所は文字のコマが複数あるため、行かなければならない場所です。しかしそこへ行くプレイヤーが多いと、階段で渋滞してしまいます。そうなると、相手をどかせるための決闘をしなければなりません。あえて階段の上に留まり、決闘に勝ちつづけることも痛快です(ダイスの目が同じなら防御側が勝つため防御側有利です)。決闘は他のプレイヤーにとっても見ていて楽しいものなのです。
階段を昇らず、近道することも可能です。しかし、暗殺される危険があります。各プレーヤーは1人の暗殺者を雇って近道に配備しているからです。暗殺されたコマは除去されるので、近道を通ることはかなりのリスクです。しかし遅れているプレイヤーはリスクを冒さざるを得ません。この近道のルールもまた、プレイヤーが多いほどゲームを面白くさせることになっています。
キングハムレットは二昔前のアメリカ産のゲームです。しかし、色のついた木のコマ、渋いボード、気のきいた簡単なルール、プレイバランスのよさ、中世デンマークの王城といったシチュエーション、大きくて困る箱など、まさに最近のドイツゲームに似ています。
キングハムレット KING HAMLET / J.Anderson (作)
(Gamevenings Company発売),1980
2-8人, 30-60分
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忘れてた 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日:12月 1日(金)13時21分57秒
↓週刊ボードゲーム通信 11/27ー12/3号 です。
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「スーパー・スパイ・ストーリー」 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日:12月 1日(金)13時19分38秒
みなさんこんにちは。いつも当ページを閲覧いただきありがとうございます。前回のスコットランドヤードよりは新しいですが、こちらも古いゲーム、1986年ドイツゲーム大賞受賞の"Heimlich
& Co."(「アンダーカバー」)を紹介したいと思います。
「アンダーカバー」は2人から7人でプレイできる比較的簡単な、心理戦ゲームです。ちなみにundercoverとは「秘密情報収集に従事している」という形容詞です。その名の通りプレイヤーはそれぞれスパイに扮します。
ボード上はすごろくのようにますめが設けられています。ますめには1から10の番号の館、廃屋、教会が環状に並んでいます。スパイのコマはここをぐるぐる進んでいきます。スパイのこまは7色あり、どの色が誰のコマかは自分しか分かりません。また、二つのコマがダミーとしてボード上にあります。
各プレイヤーは自分の番にはダイスを一つ振り、出た目の数だけ、どの色のコマでも動かすことができます。
ボード上にはまた、金庫コマがあり、そのますでコマが止まれば(誰がどのコマでも止めてよい)、各色のスパイは、その時いた館の数のポイントがもらえます。教会にいるスパイは0点、廃屋の場合はマイナス3点が課せられます。ポイント分だけボード上の得点計算カウンターを動かします。
廃屋に送り込まれることはなんとしても避けたいので、自分の色は絶対にばれてはいけません。自分のコマにさいころが当たっても、「いて」とか言ってはいけません。万が一廃屋に送られても、さりげなく、慈善事業のごとく演じて助けなければいけません。
得点計算後は金庫をどこかに移動します。そして同様のプレイを繰り返します。誰かが29点を越えれば推理タイムがあり、誰が何色かを推理して、秘密裏にメモしておきます。最後42点のゴール後、推理を公開し、当たっているものは5点プラスされます。
やはりここは得点のみならず、誰からも当てられないパーフェクト勝利を目指したいところです。
さてさて、3人くらいならともかく、人数が増えると全く推理ができにくくなり、あまりにあてずっぽうになってしまう感があります。また、ルール的に相手をだますことが義務付けられたゲームなので、心的な抵抗なく心理戦が楽しめます。
それにしてもなんてのどかなゲームなんでしょう。昔のゲームらしいシンプルさがあります。ちょうど10年後、1996年のドイツゲーム大賞は「エルグランデ」、作者は同じくW.Kramerなわけですが、それと比べると、いかにも隔世の感があります。
"Heimlich & Co."(アンダーカバー)/Wolfgang Kramer(作)
Ravensburger(発売),1986
2-7人,20-40分
1986年ドイツゲーム大賞受賞
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スコットランドヤード 投稿者:横 投稿日:11月25日(土)00時14分55秒
週刊ボードゲーム通信 11/20―11/26号
スコットランドヤードは、たいていの人が知っているゲームでしょう。でもプレイしたことのない人は意外に多いかもしれません。
持っていても10回以上プレイしたことのある人はあまりいない種類のゲームだと思います。はじめの数回は新しい体験ですが、慣れたら新しくなくなります。「確かによくできいるけどもそれほど深くない」種類のゲームです。また、1983年のドイツゲーム大賞を獲得しており、古いゲームです。
スコットランドヤードは、典型的な「昔のドイツゲーム」と言えます。昔のドイツゲームの特徴とは、以下に挙げるものです。コンポーネントが優れている、ルールがシンプル、ルールが個性的、プレイバランスがよい、時間があまりかからない、箱が大きめ(平ら)、あまり深くない、実はたいして面白くない。一言で言うと、子供向け。
これらの特徴は、アメリカのボードゲームと比較してのものです。ところで、昔(10年以上前)は、ボードゲームはアメリカ産が中心でした。日本人が作るゲームも自然とアメリカのボードゲームの特徴を持ったものでした。
洗練さという観点では、昔からドイツゲームは優れていたと思います。しかし、アメリカのゲームを我々がプレイしていたのは、やはり面白かったからでしょう。当時のドイツゲームは、面白さという重要な要素が欠けていました。
しかし近年のドイツゲーには、面白さが加わりました。そりゃ買います。
最後にスコットランドヤードをフォローしておきますと、たまにやると体験ができるゲームです(体験ゲーというカテゴリーがあるとするならば、その中での評価は高いです)。また、世間的にも比較的ポピュラーなので、ゲーマーなら一般教養としてプレイしておいた方がよいでしょう。
Scotland yard /(Ravensburger発売),1983
3-6人, 60分
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「トーレス」 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日:11月16日(木)21時38分07秒
週刊ボードゲーム通信11/13ー11/19号。
横さんがゲーム大賞受賞作で来たならば、対抗してこちらは、本年(西暦2000年)のドイツゲーム大賞受賞作、「トーレス」でいきましょう。
「トーレス」は2人から4人でプレイできるボードゲームです。それぞれのプレイヤーは最初、ボード上に自分の騎士がいる城を1つ持っています。そして、誰のものでもない城もあります。ボードは8x8のマスで構成されていて、そこに城をどんどん増築していきます。手持ちの城は基本的にボード上の城に付けていくしかできません。城は重ねて置いて高くしていくこともできます。ただし、城の面積分の高さまでにしかできません。面積が2コマ分しかない城は2階建てにまでしかできず、面積が5コマあれば、5階建てまで可能なのです。手持ちの城はどの城にでも付けていくことができます。ただし、それぞれの城をつなげるような置き方はできません。”合併”はないわけです。
自分の番には5ポイントのアクションポイントを使用して行動を行います。騎士を新たに発生させるには2ポイント、それ以外の、騎士の移動、城のコマの配置(増築)などは1ポイントです。騎士はどの城にも登っていけますが、1階づつしか上がれません。一気に2階分は登攀できないのです。あと、1ポイント消費でアクションカードの購入ができます。これは一気に2階分上がれたり、余分に城を増築できたり、使えるアクションポイントがそのときだけ7に増えたりと、うまく使うと非常に有利な展開ができます。
さて、得点機会は3回あります。各回で(自分の騎士がいる城の面積)x(自分の騎士のいる高さ)が得点になります。同じ建物に2人の騎士がいても得られる得点はどちらか高い一方だけです。自分の騎士が面積3の城の3階にいると、3x3で9ポイント、というわけです。
城が高くなればなるほどかなりの高得点が入りますが、それだけ面積が広くなり、他人の騎士が登ってくる余地も大きいということになるので、この辺をいかに防ぎつつ、相手が積み上げている城にも騎士を送り込んで、というのが非常に熱い戦いになります。2階分上れないことからも、できるだけ細長いタワーの方が他の騎士を排除しやすそうです。
というのが初プレイ以来、何回かの戦況なのですが、相手を防ぐよりも、協力して城を高くしていったほうが良いのかも、とちょっと感じています。理論的には2倍の早さで積み上がるのでは?なんせ、相手を脱落させると、その城は自力で面積、高さを増やす必要があるので結構大変です。・・・・でも、そんなにうまくはいかないかな?絶対自分だけ高得点をあげたいはずだから、ある程度登ると立ち往生させられそうな気もします。
そんなこんなでまだまだプレイ不足なこのゲーム。適度なボリュームの好ゲームの印象です。また、作者のKramer
& Kieslingは昨年の「ティカル」に続いてのドイツゲーム大賞受賞です。
"Torres"(「トーレス」)/W.Kramer, M.Kiesling(作)
FX(発売),1999
2-4人,60分
2000年ドイツゲーム大賞受賞
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サーガランド 投稿者:横 投稿日:11月13日(月)00時26分24秒
週刊ボードゲーム通信 11/6―11/12号
サーガランドはその名の通り、物語の国のゲームです。
プレーヤーは、王様が所望する品物を森の中を探索して見つけなければなりません。
探索する品物は、星の金貨、お菓子の家のクッキー、長靴など、すべて童話にでてくるものです。たぶんアンデルセン童話やグリム童話などのドイツのものなのでしょう。このようにドイツのものを題材にしているドイツゲームは意外と少ないかもしれないと、逆に思わせられます。ボードやカードはファンタジーさをよく出しています。
計13個の品物が森に散らばっていますが、どこに何があるかは分かりません。森を探索して、品物がある場所へ行く必要があります。見つけた後は城へ行って、王様に品物がある場所を教えます。品物は持ち歩けないので、場所を覚えておかねばなりません。当然、メモしておくことは反則です。3つの品物の場所を王様に教えたプレーヤーが勝ちます。
基本的に子供向けのゲームです。大人にとっては、品物の場所を他プレーヤの行動などから勘で当てたり、6分の1の確率で使える魔法をうまく使うことで満足するゲームなのだと思います。
1982年度ドイツゲーム大賞をとっている結構古いゲームです。
"Sagaland"(「サーガランド」)/(ラベンスバーガー発売), 1982
作者 アレックス・ランドルフ,3-6人,30分
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「スリル」! 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日:11月 4日(土)21時03分30秒
週刊ボードゲーム通信 10/30ー11/5号。
みなさんこんばんは。今回もまた、ちょっと変わり種のボードゲーム、「スリル」です。どんなゲームかと言いますとゲームセンターにあるコイン落としゲームみたいです。ボード上には赤色の大メダル、黄色の中メダル、緑色の小メダルの3種類のメダルがたくさん乗せられています。そして、それを押すプッシュスライド(押し盤)が設置されています。
最初にそれぞれのプレイヤーはチップを10枚づつもらいます。親は3種類のメダルのうちの1個を選びます。そして全プレイヤーで、”プッシュスライドを押さなくていい権利”を手持ちのチップを握って入札します。握った金額が最も少なかった人がプッシュマンとなります。プッシュマンは、プッシュスライドとボード上のメダルの間に親が選んだメダルを置き、プッシュスライドをそろそろと押していきます。この時に、赤のメダルを落としたらチップ3枚、黄色ならチップ2枚、緑ならチップ1枚をペナルティとして捨てなければなりません。その後プッシュマンは親となり、次回ボード上に乗せるメダルを1個選びます。落ちたメダルの中から選ぶことができます。このような手順を繰り返して、コインがマイナス(ペナルティを支払えない状態)になった人から脱落し、最後まで残った人が勝ちです。
シンプルな作りで非常に分かりやすいゲームなのですが、その名の通り”スリル”を味わうゲームなんですよね。いかにしてメダルを落とさないようにコインでの入札、またはスライドゾーンへのメダル配置を行うかを考えてどきどきするわけです。なんといいますか、ちょっと爽快感に欠けるきらいがあります。どっちかというと、”プッシュスライドを押す権利”を入札して、たくさんメダル落としたら賞金チップがもらえる、方が私的には好きなのですが。
作者の1人が、あの、Wolfgang Kramer・・・なんですよね。"W.Kramer"としか書いてなかったのですが。この人も変なゲーム作ってるなあ、と思いました。以上。
"THRILL"(「スリル」)/J.Grunau, W.Kramer, H.Raggan(作)
F.X.Schmid(発売), 1996
2-6人,30分
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貴族の務め 投稿者:横 投稿日:10月29日(日)21時51分29秒
週刊ボードゲーム通信 10/23−10/30号。
今回は、最近再販されたドイツのボードゲーム「アーデルフィアフリフテッド(貴族の務め)」です。
貴族であるプレーヤーは骨董品の収集にいそしんでいます。骨董品の展示会を開いて見せびらかすことが仕事です。よって展示会で獲得する点数の合計が高いプレーヤーが、貴族の務めを果たしたということになり優勝します。
カードには、プレーヤーが使うアクションカードと骨董品カードの二種類があります。ラウンドごとにアクションカードを使って行動を決定します。行動には、骨董品の購入・展示会の開催・他人の骨董品を盗む・泥棒を捕まえるといったものがあります。プレーヤーは同時に行動を決定するので、駆け引きが生じます。
骨董品カードは全部で30枚位あり、作成された時期が古いものほど価値が高くなっています。日本産の「能面」と「狂言マスク」もあります。能面は能面らしいのですが、サルの狂言マスクは剥製っぽいです。骨董品カードは、アクションカードと比べると必要以上に大きくて豪華な感じがします。本当は、アクションカードを大きくした方がプレーしやすいのですが、これも演出なのでしょうか・・。
アクションとしては、人がしていないことをすると基本的に得をします。しかし、どのアクションをとるかの駆け引きは、実はあまり考えるほどのものでもありません。他のプレーヤーの行動はたいして読めないからです。もっとも価値が高い骨董品を獲得できるラウンドでも、普通にオークションに参加するよりも諦めて泥棒した方が有効かもしれないのです。価値が高い骨董品がオークションに出ているが故に皆諦めてしまい、一人がそれを安い値段で手に入れてしまうということは時々起こります。このゲームの仕組みは「キャンディデイト(アバロンヒル)」に似ていますが、州を獲得することに比べたら、骨董品を獲得することはとても簡単です。
あまり考えても仕方がないという特徴は、人がしていないことをすると得をするパターンのゲームの特徴なのではないでしょうか。
ドイツの貴族なったつもりで優雅にプレーするのがよいのでしょう。このゲームの中の貴族は結構世俗的ですが・・。1990年にドイツ年間ゲーム大賞とドイツゲーム賞を獲得しています。
"ADEL VERPFLICHTET"(「貴族の務め」)/(FX SCHMID発売), 1990
2-5人,60分
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「SDガンダムGジェネレーション・デジボードミッション」 投稿者:鱶(FUKA)
投稿日:10月19日(木)21時21分24秒
週刊ボードゲーム通信 10/16ー10/22号。
まいど、こんばんはです。いやいや、来てしまいましたね、この異端児なゲーム。さてさて、いったいどんなゲームなのか。簡単に書いてしまうと、6x7のHEXマップで、ザクやらドムやらのユニットを動かして戦う、小規模戦闘のシミュレーションゲームです。それぞれ最大8体づつのユニットを使って、相手側リーダーユニットを撃破した方が勝ちです。
最大の特徴はやはり「デジボード」ですね。普通のボードで、ユニットはフィギュアなのですが、ボード上のセンサー(?)と横の液晶画面、内部のコンピュータによって各ユニットのHP(体力)、AP(攻撃力)、DP(防御力)、位置情報などが管理されています。また、移動範囲は将棋のように各ユニット毎に決まっています。1ターン毎に交互にプレイし、ユニットを1マスづつ動かしていきます。ユニットが隣り合うと自動的に戦闘開始。地形特性、支援効果などもあったりします。
なにがいいって、さいころを振って、命中率がどーのこーのとか、ダメージ算出とか、それの管理とか、そういっためんどうくさいところをコンピュータがやってくれるので、とても楽です。
昔「川中島・・・」とかありましたよね。やったことがないのですが、それよりは進歩してる?、かな。
それと、1人プレイも可能です。液晶画面にはコンピュータの行動が表示されるので、それにしたがって相手側のフィギュアユニットを動かしてやるわけです。なんか”佐為”と対戦してるみたいですが。まあ、ルールの習熟にはなりますよね。それほど複雑なルールでもないですけど・・・。
明らかに初心者向けのゲームです。一年戦争好きにもまあいいかな、という感じですね。”ギレンの野望”(セガサターン、プレイステーション)ほど時間もかからず、牧歌的なガンダム世界が楽しめます。
ついてくるフィギュアユニットは、ガンダム、ガンキャノン、ガンタンク、ジム、ジオング、ゲルググ、ドム、グフの8体です。別売でブースターセットが3セットあり、5種類づつのフィギュアユニットが入っています。
このゲーム、異端児ではありますが、こんなところから、ボードゲームの新たな展開、ボードゲームのプレイヤーの増加があればうれしいですね。
「SDガンダムGジェネレーション・デジボードミッション」/ホビージャパン(企画協力)
バンダイ(発売),2000
1-2人,単3乾電池3本(別売)
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モノポリー ワールドカップフランス98エディション 投稿者:横 投稿日:10月14日(土)20時53分07秒
週刊ボードゲーム通信 10/9−10/15号。
今回は「モノポリー」の「ワールドカップ フランス98エディション」です。
これは、サッカーのワールドカップを記念してリニューアルされたモノポリーです。
ルールはモノポリーと同じですが、コンポ−ネントが変更されています。
一見した特徴は、サイコロが12面体であることです。サッカーボールを意識してのもので、一瞬いやな予感がするのですが、数字は1から6までしかふられていません。プレイヤーのコマは、当然サッカーに関連しています。トロフィー・ホイッスル・ボール・ゴール・ハンバーガーなどです。トロフィーのコマだけが金色なのは、きっと前回の勝者が選択するためにでしょう。土地は、国(チーム)で表されています。ワールドカップの強いチーム順に値段が決まっています。最も高いブルーの土地(ボードウォーク、パークプレース)は、ブラジル・ドイツです。残念ながら、日本は出てきません。土地に建設するものは、観客席とスタジアムです。また、箱の内側にはサッカー場が印刷されており、この中でサイコロをふることでサッカーの雰囲気が醸し出されます。チャンスカードと共同基金カードの内容は、いくつか変更されています。4枚のカードが新しくなり、3枚のカードが修正されています。
ワールドカップのモノポリーというのは、想像力を働かせても状況がよく分かりませんが、コンポーネントが凝っているので「まあいいか」と思わせられます。ボードゲームというのは、概してそんなものなのかもしれません。
最近、新しいモノポリーとして、ポケモン版やスターウォーズ版など変なものが出ています。これらは、単なるキャラクターにあやかった商品ではなく、遊び心が発揮された新しいものとなっているのではないでしょうか。ボードゲームの世界も、消費社会の新しい流れと軌を一にしているのでしょうか。
"MOMOPOLY WORLD CUP FRANCE 98 EDITION"(「モノポリー ワールドカップフランス98エディション」)/(Hasbro発売),
1998
4-6人,60分
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実はロープレ? 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日:10月 4日(水)22時45分12秒
週刊ボードゲーム通信 10/2ー10/8号。
今回は「ディ・ハンドラー」です。時は中世、プレイヤーは各々商人となり、商品を仕入れ、ヨーロッパの6つの都市へと馬車で運び、それらを売却して利益をあげていきます。
馬車は3台しかなく、それぞれ入札によって権利者を決定します。権利者は他の商人の荷物を有料でのせることができます。ここの商談が非常にあついのです。「入札で使ったお金以上が輸送料と自分の積み荷の売却益で入るように」
vs 「輸送料をできるだけ値切って、売却益を増やしたい」という攻防が展開されます。さらにその戦いを助長するのが「ゲームのルールに反しない限り、どのような交渉もできる」というヴァリエーションルールです。各商人は異なる能力を有しているのですが(馬車を余分に進めたりできる)そういった能力を交渉に使ってもいいわけです。
このゲームのハイライトは、戦略の論理的展開よりも、”商談”になります。(交渉相手を説得するために、”商談”もある程度は論理的でないといけないですが)。交渉事の嫌いな人にはあまり向かないかもしれません。どっちかというと、商人の役を演じるロールプレイングゲームという感じでしょうか。
ドイツゲームというと私は、「カタンの開拓者たち」や「エルグランデ」の印象が強くあるのですが、この「ディ・ハンドラー」はそれらとは180度、あるいはX軸の正方向とZ軸の負の方向くらい、違う方向性の面白さがあります。そのためかなぜか、ドイツゲーム大賞にもノミネートされず、あまり評価されていないのかなという気もします。
作者はエルグランデ・コンビのWolfgang Kramer & Richard Ulrich。エルグランデと似ているのは小道具の円形表示盤ぐらいでしょうか。最近このコンビで「フィレンツェの匠」というゲームも発売されてますよね。そのうちプレイしたいと思っているのですが、どんなゲームでしょう。プレイした方おられたら感想聞かせてください。それではまた再来週。
"DIE HANDLER"(「ディ・ハンドラー」)/Wolfgang Kramer &
Richard Ulrich(作)
QUEEN GAMES(発売), 1999
2-4人,90分
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カフナ 投稿者:横 投稿日: 9月30日(土)00時20分58秒
週刊ボードゲーム通信 9/25ー10/1号。
カフナは2人用ボードゲームです。
プレーヤーは呪術者として、太平洋の珊瑚礁の島々の支配の支配権をめぐって争います。
島は計12個あり、影響力が大きい方のプレーヤーがその島の支配権を得ます。
カードを使用することで、影響力が島に対して行使されます。
島は大きなものや小さなものがあり、支配権を得るために必要な影響力は異なります。
領土獲得ゲームの一般的パターンが踏襲されており、どれだけ合理的に資源を投入するかによって勝者は決まります。
ある島に対して、相手の投入資源よりも多くの資源を投入すればその島の支配権を得ることができます。
相手の資源を殺して自分の影響力を生かすことが合理的な戦術です。
このゲームの領土獲得ゲームとしての良い特徴は、序盤・中盤・終盤の戦術の違いがはっきりしてることです。
序盤は、ボードに投入される資源が少ないので、領土の奪い合いは激しくなります。
後半になるにつれエントロピーが増大するため支配権は固まり、相手から領土を奪うことは難しくなります。
たぶん勝負は中盤にあるのだと思います。
このゲームの普通の領土獲得ゲーム以上の特徴は、2人用であるということです。
ほとんど領土獲得ゲームは3人以上でプレーされます。
それゆえに、できのよい領土獲得ゲームは、交渉や駆け引きの余地が多く面白いのです。
しかし、交渉次第でゲームの勝者(敗者)が決まるということが弱点でもあります。
もっとも合理的なプレーをしたとしても、他のプレーヤーの気分しだいで結果が決まってしまいます。
他のプレーヤー達に結束して妨害されればなかなか勝てませんし、他のプレーヤーの交渉スキルが低ければ興ざめな状況が起こってしまいます。
2人プレーであればこの弱点はなくなります。
合理的なプレー(頭を使うプレー)のしがいがあるのです。
もう1つの特徴は読みの要素が強いということです。
各カードには影響力を行使できる島が1つ決まっています。
そのため、相手が持っているカードをある程度読むことができます。
自分が持っていないカードは相手の手の中か、山札の中にあるのです。
相手の手札やこれから引く山札のカードを読むことで、攻撃すべき地点や防御すべき地点を絞っていけます。
手持ちカードによって、戦術を組み立てることもできます。
このゲームは、自分が失った分を相手が得るというゼロサムゲームです。
それゆえにミスは大きな痛手となります。
自分の資源の防御が、もっとも重要な戦略なのではないかと思います。
最近、2人用のボードゲームが徐々にリリースされていますが、数学的なモデルで解析できそうな雰囲気を持つゲームです。
頭を使うことが好きな人にお勧めです。
"kahuna"(「カフナ」)/Gunter Cornett(作)
KOSMOS(発売), 1999
2人,30分,ボードゲーム
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落日の恐竜たち 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日: 9月20日(水)23時02分39秒
週刊ボードゲーム通信 9/18ー9/24号。
今回紹介するのは、"T-Rex"(「T−レックス」)というカードゲーム。恐竜が描かれたカードで行う、トリックテイキングゲームです。
どうもこのゲームあと一歩ほど足りないゲームなのですが、そこのところを今回は少々。一番このゲームでがっかりしたのが、カードに描かれている恐竜の絵柄が6種類しかないこと。そのうちのひとつは「カメレオンザウルス」という架空の恐竜。(これは好みの問題ではある)。せっかく様々な種類があって、魅力的な恐竜を題材にしているのにもったいないと思います。
ここのところは雰囲気の問題と言ってしまえばそれまでですけど、でも重要な点ではないでしょうか。トランプでトリックテイキングゲームといえば、当然「もっとも科学的で、もっともすぐれたゲーム」(『トランプゲーム事典』
松田道弘/編 東京堂出版)であったホイスト、現在それを受け継いで「世界中でもっとも名高いカード・ゲーム」(『トランプゲーム大百科』
デヴィッド・パーレット/著 社会思想社)であるコントラクト・ブリッジがありますよね。それ以上の面白さ、あるいはそれとは異なる面白さを求めるのであれば、この雰囲気という点をもう少し重視してもよいと思うのです。トランプはどうしてもアブストラクトな(抽象的な)ものですから。そこをこんな6種類の絵柄で済ませてしまっては・・・。これではコントラクト・ブリッジにはかなうべくもない、とは言い過ぎですか?
恐竜マニアには少し物足りないゲームでした。
"T-Rex"(「T−レックス」)/Hanno & Wilfried Kuhn(作)
HANS IM GLUCK(発売), 1999
3-5人,45分,カードゲーム
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ボーダーランド 投稿者:横 投稿日: 9月14日(木)00時46分38秒
週刊ボードゲーム通信 9/11−9/18号。
ボーダーランドは、資源開発ボードゲームの走りです。
これは、ある大陸に点在して生活する民族の姿のゲームです。彼らは農業、牧畜業、鉱業を営み平和に暮らしていました。しかし時がたつにつれ、各民族の間で交易が始まり、それと共に船、兵器、そして都市が開発され、戦争が始まります。
プレーヤーは、領土内で生産される資源(木、鉄、石炭、金、馬)を合体させることで、もの(船、兵器、都市)を開発していくことができます。都市を3つ作ったプレーヤーが、文明を開花させてことになり、勝者となります。
このゲームの妙は、生産や移動のフェイズが毎ターンあるとは限らないということです。サイコロをふって、1から4の目であれば生産・移動のフェイズがあるのですが、6の目がでたらありません。5の目がでたら多数決で決まります。プレイ開始後のランダム要素はこれだけです。
他方、交易フェイズは必ずあります。交易とは、プレーヤー同士の資源の交換です。移動ができなかったときのために交易をしておくことは重要です。交易したものは好きなところにおくことができるからです。
戦闘結果は、数値の比較で決まります。ランダム要素はないため、奪われる領土ははっきりしています。その領土に戦力を移動させて奪われないようにするなり、それが無理ならその領土の資源を避難させたりすることが必要になってきます。
このゲームの面白さは外交のしがいがあることです。また、戦略をたてたプレーが可能で、頭を使う意味があります。かなりよくできたゲームです。たぶんカタンよりも。
"BORDERLANDS"(「ボーダーランド」)
EON Products,Inc.(ツクダホビー)(発売), 1982
2-4人,60−120分
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運命のかたち 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日: 9月 5日(火)08時19分21秒
週間ボードゲーム通信 9/4ー9/10号。
みなさん、おはようございます。週がわりでお送りするこのコーナー、今週は私、鱶の番です。しかし、どうしたことか、「ボードゲーム通信」といいながら、まだカードゲームの話しかでてないんですけど。これでは”看板に偽りあり”ってことになりませんか。そこで今回は私のお気に入りのボードゲーム「エルグランデ」について少々。
なぜ、「エルグランデ」が好きなのか。そこに現れる運命のかたちが好きだからです。
まず、ダイスを使わないという点。ダイスを振って結果判定するというゲームがあります。その場合、ダイスの出目割合を加味した戦略をたてて、行動するわけですが、その行動の結果をダイスが左右することがあります。
私的には、判断・戦略 → (ダイス運) →結果 というように、自分の判断の結果がダイスによって揺らされる可能性があるのは気にいらないわけです。自分の行動が妥当だったのかどうかもよく分からなくなってしまうので。
「エルグランデ」に於ては、毎ラウンド表になるアクションカードに運の要素が強いわけですが、それは、全プレイヤーに訪れます。前ラウンドの行動によって有利不利はあるものの、その与えられた運命的な状況を前に、判断を行い結果を出していきます。
カード運 → 判断 → 結果 というように、判断が結果に直結していて分かりやすいところが気にいっているわけです。次ラウンドではまた、新たなアクションカードが表になり、状況が一変することがあります。そのような運命に翻弄されつつも、最良の判断を求めて行動する、ここらが腕の見せ所(そんなに強くないのに)で、このゲームの好きなところなのです。
"El Grande"(「エルグランデ」)/Wolfgang Kramer & Richard
Ulrich(作)
HANS IM GLUCK(発売), 1996
2-5人,90分
1996年ドイツゲーム大賞受賞
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ロストシティ 投稿者:横 投稿日: 9月 3日(日)22時32分21秒
週間ボードゲーム通信 8/28−9/4号。
ロストシティは2人用カードゲームです。プレーヤーは探検家となって失われた遺跡を探索します。
遺跡は5種類(砂漠、海底、雪山、森林、火山)あります。どの遺跡へ出発しても構いません。しかし、大きなリスクが伴います。周到な準備の後、出発するかどうか。いったん出発すれば、もう引き返せません。
2人でプレイするということが、このゲームの妙です。自分が捨てたカードは相手に拾われてしまうので、要らなくても気安く捨ててしまうわけにはいきません。かと言って、手に押さえておけるカード数は限られており、あふれてきたカードは処理しなければなりません。探検に出発してカードを使うか、相手に使われること覚悟で捨てるか。リスクの高い探検に出発したくなくても出発しなければならないときが来るのです。
このゲームは多分、我慢のゲームです。しかし越えなければならない深い渓谷が存在します。渓谷を超えられるかどうかが、このゲームの技量です。欲しいカードを引くことができるかどうか。自分が持っていないカードは、相手が持っているか、山札の中に眠っているかのどちらかなのです。
このゲームにはとるべき戦略パターンがいくつか存在します。どのパターンで行くかということは、状況によって変わってきます。その回ごとにベストを尽くせる良いゲームです。
試みに3人でプレーしてみたところ、運の要素が高くなりすぎました。やはり2人プレーでなければなりません。
"Lost Cities"(「ロストシティ」)/Reiner Knizia(作)
KOSMOS(発売), 1999
2人,30分,カードゲーム
「操り人形」 投稿者:鱶(FUKA) 投稿日: 8月24日(木)09時55分57秒
週間ボードゲーム通信8/21−8/27号。(1週間のうちで不定期更新です)。
みなさんこんにちは。今、みなさんのあいだではどんなゲームがはやっていますか?ボードゲーム通信社内では"Ohne
Furcht und Adel"(「操り人形」)が大人気です。
この「操り人形」はカードゲームです。今までのカードゲームには"人数が揃うまでの時間つぶし”くらいの地位しか与えられていないものが多かったように思うのですが、このゲームはそれ以上のもの、このゲームをメインデイッシュとしてメンバーが集められるくらいのパワーがあります。
いつかも知れぬとき、どこかも分からぬ王国で、貴族たちは勢力争いを続けます。彼らの手駒となるのはかつての英雄(私の個人的推測では狂王の試練場から生還した者たち)。暗殺者、泥棒、魔法使い、国王、伝導師、商人、建築家、傭兵という8つのキャラクターを毎ラウンド操ります。だれがどのキャラクターを演じているのかは各ラウンドの進行とともにあきらかになります。
各プレイヤーは建物カードを手にもっていて、それを手持ち金を使って建設していきます。そのときの建物の建て方、お金の収入、他プレイヤー(orキャラクター)への妨害手段がキャラクター毎に違うわけで、誰がなにを選んでいるのかというところ、戦略的でもあり、心理戦もからんで非常に楽しいゲームになっています。
カードゲームというとカードの引きがすべての運次第のゲームという印象が強いですが、このゲームに関しては戦略性十分。カードゲームも戦略的でありうるということを証明しているように思います。
なにはともあれ多くの人にプレイしてほしいゲームです。
"Ohne Furcht und Adel"(「操り人形」)/Bruno Faidutti(作)
HANS IM GLUCK(発売), 2000
3-7人,60分,カードゲーム
2000年ドイツゲーム大賞ノミネート
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挨拶 投稿者:横 投稿日: 8月24日(木)01時47分31秒
こちらのページでは、内外の様々なボードゲーム(カードゲーム)を
毎週1つ紹介していきます。
ミニコラムとして、隔月刊のボードゲーム通信を補っていきたいと思います。
投稿も歓迎です。よろしくお願いします。