週刊ボードゲーム通信 過去ログ
  2000/8-2005/1

ボードゲーム通信 http://www.geocities.co.jp/Playtown-Yoyo/4569/



週刊ボードゲーム通信231号「戦略の要素」その2 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月30日(日) 21時3分
 みなさんこんばんは、鱶(fuka)です。

 「ボードゲームの要素」シリーズでとうとう「戦略」の要素を
考察することになりました。
 私はボードゲームの二大要素は「戦略」と「運」だと思っています。
 
 「戦略」の要素が適切であるか否かが、ボードゲームの面白さの
非常に大きな部分を占めています。
 ボードゲーム上の行動には、常に判断が必要です。判断は、
どのように行動すれば勝利につながるのかという事を考え、下していきます。

 戦略性のないゲームは、その時々の「判断」が、勝利にはつながっていきません。
すごろくでは、判断する場面がほとんどなく、自分の手番にふるさいころの目が
最も重要だったりします。
 
 逆に戦略性が強すぎるゲーム、例えば将棋や囲碁などは、何百手も先を読んでいく
必要があったりして、普通のボードゲーマーではちょっと楽しみづらかったりします。


 ボードゲーム通信社 <緑緑支局>のページの戦略の項では、

 5(やや強い)
 4(適度)
 3(やや弱い)
 2(ほとんどない)
 1(高度)

というように点数をつけています。
 「やや強い」が5点というのは、きっと評価の分かれるところだと思いますが、
「やや強い」と「適度」の線引きはどこなのかという気もします。
 まあ一番の問題はボードゲームのプレイ機会の少なさなどにより、
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/1377/R2.htm
評価表が全然更新されてないことですが…。

 
 私が戦略の点で最高点をつけているゲームは「エルグランデ」ですが、
どんなもんでしょう。敵プレイヤーとの思惑のぶつかりあいにより、
より戦略的になります。
 一つ確認を。「戦略」が生まれるのは2人以上ゲームですよね。
「上海」なんかは一人でも非常に考えさせられますけど、
一人で考えるのはパズルということですかね。

 というわけで、前回言及された「いろいろな要素」のなかには
必ず「他プレイヤーの行動」が入っている気がします。
 この「他プレイヤーの行動」は戦略と非常に密接にかかわっていると言えそうです。

 ではまた来週。
 
 

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週刊ボードゲーム通信230号「戦略の要素」その1 返信  引用 
名前:    日付:1月23日(日) 23時13分
前回で触れられたとおり、戦略の要素はボードゲームの中核的なものです。それゆえに論じることは難しいです。
なので、手探りで進めていこうと思います。

戦略については、半年ほど前に少しだけ述べたことがあります。
以下に、「第198号 静的な要素と動的な要素(その4)」より引用します。

------
戦略は一般的に以下のように説明される。
「戦略とは、目的達成のためにとられる行為をいう。そして戦略は、(自らの)システムと外部環境との間の関連について広く考察し、比較的長期にわたる未来志向的で不確実な事柄の意思決定を行う。」(『生産システム工学』P.44、人見勝人著、2001年、共立出版)
ボードゲームに照らし合わせると、「目的達成」とは勝利条件を満たすことである。
(注1)戦略と対応する言葉として、戦術がある。戦術とは、戦略に基づいて個々の仕事を実施する行動を意味する。戦術は、システム内部の短期的な、比較的確定した事柄について定型的に意思決定する。ボードゲームに照らし合わせると、戦術は各サブシステムでの合理的な行為となる。
(注2)シュミレーションゲームはその再現規模に応じて、戦略級、作戦級、戦術級という分類が一般的になされている。しかし、この分類は戦略性の度合いとは一致しない。戦略級ゲームは戦略性が高く、戦術級ゲームは戦略性が少ないという相関関係はない。
------

この引用を参考にして、戦略について考えていきます。
戦略についての一般的な説明は他にもあるでしょうが、ボードゲームにおける戦略とは何かを念頭に置かないとピンと来ないと思います。

とりあえずは、ボードゲームにおける戦略とは、長い目で考えることとなるでしょう。
それは、目先の利益にとらわれずに行動することです。短期的には損をしても、長期的には得になれば、戦略的な行動だと言えます。
戦略とは何なのかということは、意味としてはこのように単純ですが、どの行動を取れば戦略的であるかを判断することは難しかったり易しかったりします。
いろいろな要素が絡み合っているボードゲームでは、長期的に見て得になる行動を見つけることは難しいです。他方、いろいろな要素が絡み合っていないシンプルなボードゲームであれば、易しいです。
前者は戦略性が高いゲーム、後者は低いゲームということになります。
人によって好みが分かれはしますが、戦略性の高さはゲームのできがよさの1つの要素です。
このように、戦略性の高さというと長い目で見て考えることとなりますが、長い目で考えることじたいの難しさが相俟ってこそだと思います。

それから、他に思い浮ぶことがあります。
戦略は計画だということです。
計画とは、ゴールに向かって一歩一歩進んでいくための道筋です。
戦略性が高いゲームでは、長期的な計画を立てることができます。そして、その計画を進めていくことができます。そういうことをしないと勝てないのが、戦略性が高いゲームです。
戦略性が高いゲームでは、努力が報われます。だからおもしろいのです。

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週刊ボードゲーム通信229号 ボードゲームの要素について「アクションの要素」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月16日(日) 22時2分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 
 「普通」のボードゲーム的にはやっぱりアクションの要素は異質といえます。
 ボードゲームといえば、現実の出来事(戦争、競争、商売…etc.)を抽象化し
ゲームとして楽しめるようにしたものが多くあります。
 本当に戦争をするわけではなく、コマやカードを代用して戦いを再現し、
こども銀行の紙幣で商いをするわけです。

  しかるに、アクションの要素は、何かを抽象化しているにせよ、その行為自体は
現実世界のものなのです。この辺が、異質さにつながっているのではないかと思います。
 そして、アクションの要素を含むゲームの多くのものがアクションゲームだと思うのですが、
この異質さをうまくゲームとして取り込めていないのかもしれません。
 
 「普通」のボードゲームは数回プレイしていくうちに、プレイ技術が向上していくものですが、
指先技術の向上はそこまでは見られないために、あまりゲームとしての変化が無く、
面白くない、というような趣旨のことを、以前に金七さんが言ってた気がします。

 シリーズ3回目にして、書くことがなくなってきた気がするのが
アクションの要素のいまいちさ、とまで言っては言いすぎでしょうか。
(自分でチョイスしといて…)

 ところで、今回が「アクションの要素」、前には「推理の要素」と、どうも
ボードゲームの辺境地帯に足を踏み入れている気がします。

 王道といえば「戦略」の要素だと思うのですが、ボードゲームの中心地に
高くそびえ立つ塔のようで、非常に攻略困難です。
 横さん、先陣いかがですか?

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Re: 週刊ボードゲーム通信229号 ボードゲームの要素について「アクションの要素」 その3
名前:    日付:1月20日(木) 22時10分
戦略のこと考えます。 218-251-70-94.eonet.ne.jp (218.251.70.94) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

週刊ボードゲーム通信228号 ボードゲームの要素について「アクションの要素」 その2 返信  引用 
名前:    日付:1月10日(月) 1時36分
アクションの要素というと、昔からあるゲームが真っ先に思い浮かびます。
おはじき、将棋くずし、消しゴム落とし、10円落とし、かるた、など。

ボードゲームでもわりとあります。
ジェンガ、ヴィラパレッティ、カイロ、クロンダイク、宝の滝、ピット、ワードバスケット、ぐらぐらカンパニー、など。

こうして見ると、どれもルールが簡単なゲームです。そして子供向きのゲームが多いです。
アクションの要素は子供向きなのでしょうか。

ところで、ドイツゲームの特徴の1つとして、子供向きゲームが多いということがあります。オトナ向きのドイツゲームが増えたのは、むしろこの10年です。
他方、アメリカ製のボードゲームには、子供向きゲームが少ないです。そういえば、アクションの要素が入ったアメリカ製のボードゲームは思い浮びません。

ドイツゲームは理屈っぽいイメージが強いのですが、アクションの要素がたまにある印象もあります。それは、子供向きのゲームの多さからでしょうか。
では子供向きのゲームとはいったい何か、ということを考えてみたくなりますが、それはとりあえず保留しておきます。

アクションの要素について、もう少しさぐってみます。

・コンポーネント
アクションの要素をゲームに含ませるためには、コンポーネントが重要と思われます。
コンポーネントとして代表的なものは、2種類でしょう。
1つは、積んだり、押したり、弾いたりすることができるものです。固くて適度な大きさのもので、素材は木やプラスチックです。
もう1つは、カードです。リアルタイムでカードを取ったり、出したり、やり取りするゲームで使われます。

・面白さ
アクションの要素の入ったゲームで面白いものはあまりないと思います。
それはなぜなのか。
アクションの要素は戦術的なものであり、戦略性と調和させることは難しいのか(これは前回での言及。そうだとすると、戦術と戦略の調和とはどういうことか)。
子供を対象としたゲームであるからなのか(そうだとすると、子供向けゲームはなぜオトナには面白くないのか)。
人によって好き嫌いが分かれやすいのか(そうだとすると、なぜ分かれやすいのか)。

ただ、アクションの要素が入っていると、「いちどやってみようか」という気にさせられます。
そこが強みなのですが、目新しくはあってもすぐに興味が失せてしまいがちです。

読者の皆様、アクションの要素の入ったゲームで、なかなか飽きないものや、戦略性のあるものがあれば、お教えください。

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週刊ボードゲーム通信227号 ボードゲームの要素について「アクションの要素」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月1日(土) 0時42分

 みなさん、あけましておめでとうございます。
 ボードゲーム通信も無事2005年を迎えることができました。
 
 新年一発目のテーマは、久しぶりにボードゲームの要素のシリーズに戻りまして、
今回は「アクションの要素」ということにしました。

 
 ”普通”のボードゲームには含まれない要素ですが、ドイツゲームでいえば
私は「へらじかの森」が一番印象に残っています。
5,6年前、シュピーレブルクで店長さんに説明を聞いて、え?と思ったのは
私だけではないはず。
 「コマを指ではじく」というのは、なんと懐かしいことでしょう。
中学校のときによく遊んだ「消しゴム落とし」を思い出してしまいました。
ただ、このヘラジカの木片に数千円を支払う気にどうしてもなれず
購入を見送ったのですが…。

 他にもアクションの要素があるものといえば、コマを積んでいく系、
不安定な場からコマをとっていく系なんかがあります。

 どちらかといえば指先の器用さを競うようなゲームが多く、
ルールのほうは簡単めなので、初心者&パーティOKといった感じです。
 私は「キピット」という積んでいく系のゲームを持っています。
 (ゲームの内容は週刊ボードゲーム通信バックナンバー45号を
ごらんください…ページを送っていくのが大変ですが)

 アクションの要素を持つゲームの多くのゲームが、アクションゲーム
です。
 やっぱり”普通”のボードゲームにアクションの要素を上手く含ませることは
難しいんですかね。
 指先の器用さを競う「アクション」を戦術として、その勝ち負け以上に
戦略的な要素を含むゲームというのはなさそうですかね。

 ではでは。また来週に続きます。
 みなさん、今年もよろしくお願いします。
 

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週刊ボードゲーム通信226号「2004年をふりかえって」 返信  引用 
名前:    日付:12月27日(月) 0時15分
自分自身について、ボードゲーム関係で今年を振り返ってみると、例年通りでした。
ボードゲームをあまりしていないこと、この記事にいちばん時間を使っているということは、鱶さんと同様です。
私はメビウス便はやっておらず、欲しいと感じたものもあまりなかったため、ボードゲームはほとんど買いませんでした。人とプレイして面白かったので購入しようと思ったものもいくつかありましたが、行ける範囲のゲーム屋には置いておらずまだ買っていません。

日本のボードゲーム界について、今年を振り返ってみるとどうでしょう。
こちらもほとんど変化していない印象です。
若干の変化としては、ボードゲームのサイト数が増加しました。これは数年前から続いていることではありますが、今年の特徴としては、特にブログの増加があると思います。
そして、ボードゲームのレビューを50音順に並べて掲載するようなタイプのものは、更新頻度が低下していると感じます。

これはどういうことなのか考えてみました。
ブログは日記形式なので、書きやすいというメリットがあります。購入後やプレイ後のタイミングで、軽く感想が書けます。また、読む側も効率よく読むことができます。
ブログが増加するなかで、ゲームレビューのようなかしこまったものを書くことの難しさが認識されてきたのではないでしょうか。これは、全体的なレベルが向上したということです。

ボードゲームの代表的な特徴は、それが1つのシステムであるということです。
なので、ボードゲームを評価するときには、システムという点から説明ができるはずであり、またそういう説明が読むに値するものであると思います。
購入するかどうかを判断するためのレビューであれば、面白くないとか、時間がかかりすぎて疲れるとか、コンポーネントがいまいち、というような評価でよいのですが、読み応えの提供を意図したレビューであれば、システム的な観点からの分析がなされてしかるべきです。
これができている人は、そうそういないと思います。
私も、それができる人のスタイルを真似て書こうとしても、なかなかできないです。
これが来年の目標といったところでしょうか。

それでは、本年もお世話になりました。
来年もよろしくおねがいいたします。

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週刊ボードゲーム通信225号「2004年をふりかえって」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月19日(日) 23時1分
 みなさんこんばんは、鱶(fuka)です。
 「2004年をふりかえって」、ボーゲー関係であったことというと…。
 確かにそれほど書くことがないんですよね。
 数えるほどしかないものを順に書き出していくと、
 
・メビウス便に申し込みをした。
 面白いボードゲームをもらさず入手できるかと思い、申し込みました。
結局半年ちょっとで解約したのですが。思ったよりも「お店で見たとして
買ってなさそう」なゲームが多い気がして、それならお店で面白そうなゲームを
見つけて買うほうがどきどき感も味わえるし、いいかなあ、と。
 それに置き場所の問題も未解決でしたので。
 
・D大ボードゲーム研究会のOB会に参加。
 初参加でした。このメンバーと卓を囲むのはおそらく2,3ねんぶり。
土曜日が仕事の人なので、あまり参加できないのですが、定例会というのは
実にいいですね。結局今年もボーゲープレイ機会はそれほど多くなかったです。

 こうしてふりかえってみると、月1回もゲームをしていないわけで、
ボードゲーム関係で一番時間を使っているのは、この週刊記事だったりして…。
 これはゲーマーとしてどうなんでしょうか。
 ちょっと本末転倒気味な気もするわけですが。
 
 ゲームのほうをふりかえって見ると、「アッティカ」、
「フィストオブドラゴンストーン」、「サンファン」、
「チャイナムーン」、「アベカエサル」、「はげたかのえじき」、
「パワープレイ」あたりを初プレイしました。
 この中では「アッティカ」が一番面白かったかな。
 「フィストオブドラゴンストーン」は非常に微妙でした。
もうちょっとやりこんだら良いのかも知れないですけど、
あまりの爽快感のなさに再プレイ意欲が減退。
 「サンファン」は1人プレイ色が強く感じたので、少しいまいちでした。
 
 そんなこんなで、2004年もそろそろ終わり…というにはまだ早いですが
私の次の記事は来年になります。
 それではみなさん、良いお年を。see you next year. ではでは。

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週刊ボードゲーム通信224号「キャラゲーの話 その8」 返信  引用 
名前:    日付:12月12日(日) 23時36分
前回のとおり、モンスターメーカーは、B(キャラクター、世界観などがオリジナルなキャラゲー)になります。他にもBになるゲームはありそうですが、思い浮かびません。
なぜBはないのでしょうか。
この問題を考えるために、外国ではキャラゲーはどうかということを少し確認しようと思います。

まず、ドイツゲーにはキャラゲーがほとんどありません。あるとすれば、指輪物語のものくらいでしょうか。
これまでの議論に従うと、ドイツ人がキャラゲーを作らないのは、ゲームのできで勝負していこうとするボードゲーム気質があるため、ということになります。
しかし、その説明でいいのかという不安はなおあります。
ボードゲームは商品であり、面白くなかったとしても売れたもの勝ちだからです。
ドイツボードゲーム界もメーカーがしのぎを削り、競争が厳しいでしょう。キャラゲーを出せば、消費者のターゲットを絞った隙間商品として、それなりに売れることもあろうと思われます。日本のおたく文化の受容度が高いとおぼしきドイツであれば、なおさらです。

続いて、アメリカではどうでしょうか。
ボードゲームにはキャラゲーがいくつかあります。ただし、膨大なボードゲーム出版数の中ではごく少数です。
Bの範疇となるキャラゲーに関しては、しいて挙げるならパワープレイ(アイスホッケーのカードゲーム)くらいです。
トレカについては詳しくないのですが、キャラゲーとしてはスターウォーズやハリーポッターなどがあり、全体に占めるキャラゲーの割合はわりと高そうです。Bのキャラゲーとしては、思い当たるものがありません。
なお、マジックザギャザリングは、Bのキャラゲーではないと思います。マジックザギャザリングには独自の世界があり、氏名のあるキャラのカードも存在します。となると、まさにBのキャラゲーになりうるのですが、モンスターメイカーとは趣が異なります。マジックザギャザリングで登場する氏名のあるキャラは、世界設定上は重要な存在であっても、ゲーム上は存在感がないからです。彼らは、召還コストが高くて登場させにくかったり、強くなかったり、レアカードであるためあまり保有されていなかったりするためです。結局、ほとんどは匿名のカードが使われます。氏名のあるキャラを登場させやすいカードにすればキャラゲーに近づくのですが、それがなされていないのは、キャラゲーになることをストイックに回避してではないと思います。

アメリカやドイツではキャラゲーという概念が薄い、というのが仮説です。結果としてキャラゲーになっているゲームはありますが、特にキャラゲーを作ろうとして作っているわけではないということです。

キャラゲーのもとになる作品は、なんと言ってもアニメやマンガです。それが豊富にあるのは、日本だけなのです。そして日本では、ゲーム化は商売のしくみの中で自然の流れとなっています。
どういう経緯でこうなったかはよく分かりませんが、日本社会にはアニメやマンガがとても強く根ざしています。そのため、消費者はキャラというものに敏感です。例えば、そのキャラをよく知る人の脳内ではキャラは生きた存在であるといったぐあいにです。
こういう土壌があってはじめてキャラゲーが成立します。

さて、このような日本で、Bのキャラゲーが全然といっていいほど生まれないのはなぜか。
それは単純に、ボードゲーム界の人材不足であると思います。クリエーターとしての能力がある人は、アニメ・マンガ・コンピュータゲーム等の分野に行ってしまっています。

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Re: 週刊ボードゲーム通信224号「キャラゲーの話 その8」
名前:鱶(fuka)    日付:12月16日(木) 21時15分
 とりあえずキャラゲーの話はこのあたりにします?
年末なので次回は「2004年をふりかえって」
でどうでしょう?
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Re: 週刊ボードゲーム通信224号「キャラゲーの話 その8」
名前:    日付:12月17日(金) 0時35分
了解です。
長く続くほど、書くのが難しくなってきますね。去年の年末もこんな感じだったような。
キャラゲーについては、またいつか考えてみたいですね。
「2004年をふりかえって」でOKですが、私は特になさそうな・・
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週刊ボードゲーム通信223号「キャラゲーの話 その7」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月5日(日) 22時43分
 私は小説の映画化や、ドラマのノベライズといったものが嫌いで
す。読む前にして既にいまいちな感じがしてしまうのです。
 その理由を考えてみると、キャラゲー嫌いに通じるものがあるの
ではないかと考えました。
 オリジナルの作品は、その作者がその作品を表現するのに最も良
い形式として小説なりドラマなりを選択しているか、または、自分
の得意とする形式(ドラマや小説など)の範囲内で作品を作り上げ
ているはずです。キャラゲーのオリジナルのまんがやアニメも同様
です。
 映画化、ノベライズ、キャラゲーといったものは、オリジナルの
作品の移植版というわけです。この作品形態ごとの制約というもの
は、非常に大きなもので、はっきりいって、アーケードゲームをM
SXに移植する以上の難しさがあるかと思います。

 と、ここまで前振りをしまして、前回のキャラゲーの分類に一つ
付け加えたいと思います。
@既存のゲームの流用
Aオリジナルなゲーム

 これにプラスして、Bキャラクター、世界観などがオリジナルな
ゲーム作品。
 ゲームがオリジナルで、しかもキャラゲーといえば、思いつくの
は「モンスターメーカー」(1作目)。それなりにキャラがたって
いて、ゲームとしても成立しています。キャラクターを見るだけで
勝手なストーリーがいかにも作れそうな雰囲気です。問題はガンダ
ウルフあたりがちょっと「指輪」のイメージを借用しているっぽい
ところですが…。
 モンスターメーカー2以降はAのキャラゲーになりますが。
 
 というわけで、真の(?)キャラゲーはBであるべきだと思った
のですが、どないでしょう?
 ではまた来週。 

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週刊ボードゲーム通信222号「キャラゲーの話 その6」 返信  引用 
名前:    日付:11月28日(日) 0時21分
ここいらでちょっと整理します。
キャラゲーは2種類に分類されます。
@既存のゲームの流用と、
Aオリジナルなゲームです。

@は、モノポリーやUNOです。ボードやカードの絵をキャラクターに変えれば、容易にキャラゲーができます。
Aは、キャラクターの物語や背景世界をゲームで再現します。Aこそがキャラゲーであり、我々が考察すべきなのはこちらだと思います。@はあくまで元ゲームとして評価されるべきです。当ホームページのボードゲーム評価掲示版でも、UNOはあってもポケモンUNOはないようにです。@はキャラクター付きノートのような、単なるキャラ商品と見なしたいと思います。

さて、前回では以下の問題が挙がっています。
>カードゲームはボードゲームと比べて、システム設計の自由度はどうなんでしょうか。

前々回で、「カードゲームだとキャラゲーを作りやすいのでは」と私が述べたことに対してのものです。今回はこの問題を検討します。

既存のゲームを流用する(@)となると、先に述べたとおりカードゲームは、やりやすいです。
しかし、キャラモノを表現する(A)となると、カードゲームよりもボードゲームの方がやりやすいと思います。ボードゲームにはマップやコマがあり、世界を表現しやすいからです。とにかく見た目に説得力があります。カードゲームはフィックスされたものが少ない分、表現するためにはより工夫が必要となります。
となると、我々が考えるキャラゲーはAであるので、前々回で私が述べたことは逆ということになります。
しかし、そうでもありません。

キャラゲーのポイントは世界の表現であるわけで、実際にプレイしたときにリアルさ(それっぽさ)を感じることができることは重要なことです。できのよいキャラゲーがほとんどない状況なので例示できないのが残念なのですが、カードゲームはリアルさを感じさせやすいのではないかと思います。なぜなら、カードゲームにはフィックスされたものが少なく、プレーヤーにとってイメージの自由度が高いからです。
キャラクターはおたくと直結すると以前に述べました。おたくが持つ最も特徴的な能力は、妄想だと私は考えています。おたくの新しさ、そして同時にキモがられるところは、妄想が得意というところです。妄想は消費的な類のものですが、妄想力が高くなると翻って創造的な類のものに転化します。そういう人にとっては、枠が区切られたボードゲームよりも、ルースなカードゲームの方が、妄想しやすいのではないでしょうか。できのよいキャラゲーは、妄想ができるゲームです。

それからもう1つ、前回挙がった以下の問題について。
>トレカをプレイせずに十把ひとからげに、マジックザギャザリングの類似ゲームシステムという扱いで話を進めてしまってもいいんでしょうか?

私も他のトレカのことをよく知りません。
ルールくらいは学習する必要がありそうです。でも興味がわかないんですよね。
ボードゲームのマニアがトレカに興味を示さないのは、目利き能力があるためなのか、どうなんでしょうねえ。

うーむ、キャラゲーはまだまだ大きなテーマですね・・・

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週刊ボードゲーム通信221号「キャラゲーの話 その5」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月21日(日) 18時39分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 
 先週に指摘された、「ボードゲームに目利き不要」には
不覚なことに、全く気づいていませんでした…。
確かにその通りですね。この情報社会、わざわざ目利きをする必要は
全くありませんでした。
 ついつい昔のくせで…。よく翔企画のカードゲームの裏の説明を
穴が開くほどみたものです。で結局買わなかったり。

 さて、さらに前回あげられた、カードゲームのキャラゲーはどうか?
という点ですが。
 とりあえず、今までに出されたものでプレイした「ウルトラゲート」
プレイしていないところで「遊戯王」、「ガンダムウォー」、
「ポケモンカードゲーム」、「真女神転生」…etc.
 ここらあたりは、プレイせずに十把ひとからげに、
マジックザギャザリングの類似ゲームシステムという扱いで話を
進めてしまってもいいんでしょうか?
 もしそうだとすれば、そういった同様のシステムからの脱却が
急務という気がします。

 カードゲームはボードゲームと比べて、システム設計の自由度は
どうなんでしょうか。
 ただ、キャラゲーで常に思うのが、面白いゲームシステムがあるのならば
キャラゲーにする必要はないのではないか、ということです。
 少なくともキャラクターのファン層には売れるという、商業的な理由
しか見当たらない気がします。

 私が思うに、ゲームシステムにおいて、キャラクターの世界を100%
表現することでシステムの補完をして、よりゲームが良くなる、
というのでなければ、わざわざ、あるゲームをキャラゲーに仕立てる意味
はないと思います。それならば、普通ゲーとして売ればよい。
 また、初めからキャラゲーを作るとして、キャラクターの世界を100%
表現するようなゲームをデザインすることの難しさは、以前に述べたとおりです。

 私の場合、キャラゲーを買うときは、キャラクターそのものを
買っているだけで、キャラクター付きノートを買っているのと
なんら変わらないということだと思うのですが、どうでしょう。

 ではまた来週。

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週刊ボードゲーム通信220号「キャラゲーの話 その4」 返信  引用 
名前:    日付:11月14日(日) 23時32分
私も、アニメやマンガを題材にしたキャラゲーで面白かったボードゲームは思い浮かびませんね。
とりあえず、「キャラゲーは、ほぼダメ」ということで進めていきたいと思います。

それから、目利きについて。
ボードゲームはゲームなんだし、我々はゲーマーなんだから、鱶さんの言うとおり、ゲームの質で評価することが目利きということになります。
結論はそうなのですが、目利きについてちょっと思い巡らせてみました。今回のテーマから少しそれますが、触れるとすれば今のタイミングなので。

「1、ボードゲームの目利きの能力は、はたして意味あるんだろうか」
目利きという言葉を使った場合、それはプレイ前の判断です。
プレイ後の判断であれば、目利きというよりは評価となると思います。
情報なしに、店頭に並んでいるボードゲームの中から買うものを選ばねばならなかった時代であれば、目利きは重要な能力であったでしょうが、今なおそのような買い方をするのはどうかと思います(ついしてしまうんですが)。
ネットなどの情報を読んで、買うに値すると判断した上で買うのがマニアとしての流儀ではないでしょうか。これは、情報を吟味する能力であり、目利きとは異なります。
なので、ボードゲームの目利きの能力は要らない、仮にその能力を持っていたとしても発揮しなくてよいと思います。

「2、キャラゲーを欲しがる人は、目利き能力が低いのか」
こちらの疑問は、今回のテーマと交わるところがあります。
キャラゲーを面白そうだと思って買うのであれば、その人の目利き能力は低いと言えるでしょう。
しかし、ゲームとしての質が低いと分かっていて買う場合、その人の目利き能力は低いとは言えないと思います。
むしろ目利き能力はあります。
続く疑問は、「なぜその人はキャラゲーを欲しがるのか」です。
それはもう、キャラゲーはゲームなのにゲームとは見なしていないから、ということになってしまいます。
キャラゲーはゲームではない、というのが漠然とある仮説です。


さて、本題です。
こちらでも、前回の鱶さんを受けて考えたことを挙げます。

「1、キャラゲーは「二次的なゲーム」と捉えるといいんではないか」
ある世界(アニメやマンガ)が基にあり、その世界やそこでの出来事がゲームとして再現されます。そういう意味で二次的です。
それって考えてみると、シミュレーションゲームということになりますね。
しかし、シミュレーションゲームとキャラゲーはかぶっている場合はありますが、別のカテゴリーとするべきでしょう。
シミュレーションゲームのほとんどは戦争モノです。
現実に起こった(または起こるかもしれない)戦争や戦闘を再現します。現実のできごとを基にしているので、ゲームとして再現することは比較的容易です。
他方、キャラゲーは架空のできごとを基にしています。
それをゲームとして再現することの難しさは、鱶さんが前回におっしゃられた通りです。

「2、カードゲームでならどうか」
キャラゲーをボードゲームで作ることは難しいということですが、カードゲームなら可能ではないでしょうか。
本来的にカードゲームは抽象的なものなので、彩りをつけるために具体的なものを入れるのは常套手段です。
また、カードゲームはダイナミックさを許容します。よって、劇的要素も盛り込みやすいです。

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週刊ボードゲーム通信219号「キャラゲーの話 その3」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月7日(日) 23時20分

 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 
 前回「横さんがキャラゲーは侮れない」と書いていますが、
私はかなり侮っています。キャラゲーで面白かったといえば
セガサターンでやった「ギレンの野望」が一番かなと思いますが。

 さてさて、ボードゲームの目利きの能力についてですが、
まずは目利きとは。

「物の真贋(しんがん)・良否などを見わけること。鑑定。また、価値を判断する能力があること。また、その人。

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)小学館 1988」

 というわけで、物の価値を、金銭的価値ではかるのであれば、目利きの能力が
あまりなかったことになりますが、物の良否となると、やはりゲームの質に
なります。質となるとプレイする人ごとに評価の異なるものではありますが、
全体としてキャラゲーはやはり質が低いと思います。

 さて、なぜキャラゲーには質が低いゲームが多いのか。

 その前に、ゲームデザインのことを考えてみました。
 コンピュータゲームの場合はCPUの処理できる範囲内、
ボードゲームの場合は、ボード上で表現できる範囲内でゲームをデザイン
する必要があります。
 プレイヤーが仮想空間を体験して進められるような、未来型体感ゲームを
デザインしたとしても、実現できるハードがなければならない
ゲームは常にハードの制約の中でデザインされるものだと思います。

 キャラゲーはゲームデザイン上の制約をさらに一つ増やすものです。
キャラゲーは、まずキャラクターを登場させる必要があります。
 ここが第一の関門で、とりあえず主要なキャラクターを登場させなければ
いけません。これをクリアすれば、とりあえずキャラゲーを名乗ることはできます。

 次にキャラクターを表現することです。
 ここは難関で、例えばガンダムは非常に強力なモビルスーツで、さらに
パイロットがアムロだったりすると、ほぼ無敵な感じですが、
それをそのままゲームに表現してしまうと、ゼビウスの無敵モードのごとく
ゲームにならなくなってしまいます。
 かといって、弾一発で自機が破壊されるようでは、今度はガンダムの
強さが表現されていません。その辺のバランスが非常に難しい。

 最後は世界を表現すること。キャラクターの登場する世界観が表現できているかどうか。
 この点は私もどういう説明が良いか、分からない部分ですが。
 
 というわけで、以上の点を高いレベルでクリアすれば、かなりいいキャラゲーが
できると思うのですが、未だそんなボードゲームに出会ってない気がします。
 
 ではでは。また来週。

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週刊ボードゲーム通信218号「キャラゲーの話 その2」 返信  引用 
名前:    日付:11月1日(月) 1時33分
キャラゲーは侮れないと、2,3年前に思いました。
ヤフオクで高値がつくのは主にキャラゲーだったからです。
自分のボードゲームの目利きの能力はあまりなかったなと感じました。
キャラゲーといって思い浮かぶものを挙げると、ガンダム・超人ロック・グインサーガ・エルリック・SF3Dなどです。
昔、これらのゲームを人にあげたり、1000円くらいで売ったりしました。
だって、つまらないゲームだったから。
それが10年後、高い値がついていたのです。
「そんな値段でいいの?騙されてるで」と思うのは負け惜しみでしょう。

さて、キャラゲーについてです。
問題はいくつも挙がります。
第一に「キャラゲーとは何か」ということです。
キャラゲーとは、たぶん「キャラクターのゲーム」の略称です。
重要なのは、この略称で通じるということです。
それは、キャラゲーというものが成立し、すでに「キャラクターのゲーム」とは趣の異なったものになっていることを意味します。

この第一の問題を考えるためには、「キャラ(キャラクター)とは何か」という問題を考える必要があります。
これを第二の問題とします。
キャラはもう、登場人物というような説明では十分ではありません。
私が持つ回答としては、キャラとは「おたくが好むもの」です。
ついに、おたくという言葉を出してしまったわけですが、これを語るには一筋縄ではいきません。
このことについてすこし寄り道をさせてもらいます。

そもそもどんなことであろうと、ネット上でものを語るのはたいへん難しいです。
かなりのマニアであったとしても、上には上が大勢いるのがネットの世界だからです。
例えば、私はずーっとボードゲームをしてきており、けっこうなマニアと言えるのでしょうが、ネットに参戦した時点で中くらいのレベルとなってしまいます。
そのことは、本を執筆したことがあるようなその分野のプロ級の人でさえ免れません。
そういう人も容易に底の浅さが露呈して先頭集団から落ちていくのがネットなのです。

とくにおたくについて語ることが至難なのは、それが現代日本社会の第一級のテーマであるからです。
「おたく」はすでに、「人はなぜ労働をするのか」というような重要テーマと肩をならべるくらいのものになっているのではないかと私は思います。
そんなものをおいそれと語ってしまうと、この連載の存在を揺るがしかねません。
なぜなら、ここは著者のナルチシズムの発露の場であるからです。

話をもとに戻して、ごく軽く述べます。
おたくというからには、ジャンルは主にアニメ、マンガ、ゲーム(コンピュータ版)のなかのものです。
なお、ここでのジャンルとはおたく用語としてのジャンルであり、アクセントが前にある英語発音ではなく、アクセントのない発音のものです(いちど言ってみたかったw)。
キャラとは、まずはそういうジャンルの中の存在でなければなりません。
そして、「おたくの妄想のなかで生きるもの」がキャラなのです。

とりあえずこれだけにしておきます。
あとは、検討すべき問題を挙げます。

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Re: 週刊ボードゲーム通信218号「キャラゲーの話 その2」
名前:    日付:11月1日(月) 1時35分

「日本人はなぜキャラゲーを好むのか」
上記の論理に従うと、日本にはおたく(+おたく予備軍)が多いからということになるが。

「キャラとボードゲームの親和性は低いのか」
ボードゲームにはできのよいキャラゲーがほとんどない。それは親和性が低いためなのか。ドイツ人ならできのよいキャラゲーを作ってくれるということはないのか。

「キャラゲーはいくつかに分類して考えるべきなのか」
分類するとすれば、プレーヤーがキャラを担当するタイプと、ある世界を題材にするタイプが、とりあえず思い浮かぶ。

「キャラの威力はいったい何なのか」
つまらないゲームがキャラの衣をまとうことで、面白いゲームよりも価値が高くなってしまう。これはものすごいことではないか。
ちなみに、シミュレーションゲームのPGG(パンツァーグルッペグーデリアン)が高値なのも、グーデリアンのキャラゲーだからではないだろうか。(あと、ドイツ語名ということもあると思う。ついでにもう1つまったくの蛇足だけど、昔、PGGをタダでもらってしまいました。大切に保持してますんで許してくらはい。)
レッドサンブラッククロスも、もしかしてやっぱりキャラゲー?

「コンピュータゲームのほとんどはキャラゲーなのではないか」
コンピュータゲームは、もろにおたく文化である。キャラゲーの意図がないものでも、商品になった時点でキャラゲーになるのではないか。

「ボードゲームから見てコンピュータゲームは何者なのか」
コンピュータゲームとボードゲームは、別物なのか。ボードゲームの系譜としてコンピュータゲームを見ることはできないのか。
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週刊ボードゲーム通信217号「キャラゲーの話」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:10月24日(日) 23時53分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。

 前回の横さんの「できがよくないことが分かるのがマニア」
という言葉は異様に納得できます。
 マニアの嗅覚は結構鋭いものがあります。
 
 ところで、この連載でなんとなくキャラゲーの話はいくつか
出てきましたけど、それを語る回というのは無かったみたいですね。

 私は、はっきり言って、ボーゲーのキャラゲーは
かなりだめだと思います。コンピュータキャラゲーのほうが
千倍ましです。
 とりあえずキャラゲーの第一義としては、「当該キャラクターが登場する」
という点があって、そこさえ押さえていればOKなわけです。当然システムは
2の次以下ですので、しょぼいゲームが多くなるのは、充分予想の範囲内です。

 しかるに、ボーゲーのキャラゲーで思い出すものといえば…
・ポケモンモノポリー
・ドンジャラ
・ウルトラゲート
・ガンダムウォー
 
 モノポリー、ドンジャラに於いては、システムは二の次どころか、
既存ゲームの使いまわし。ウルトラゲート、ガンダムウォーなどは、
くさるほど出ている対戦型トレカ。
 いくらキャラさえ出ていれば良いとはいえ、手抜き過ぎませんか?
 
 コンピュータの方では、ゲーム内容はひどいものが多いですが、
まだしも多少のオリジナリティが感じられます。
 また、カプセル戦記SDガンダムなどの、ある程度の名作すらあります。
 
 よって私の現在の考えでは、ボーゲーとキャラの親和性は低いのでは、
というところですが、どうでしょう。

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Re: 週刊ボードゲーム通信217号「キャラゲーの話」
名前:分隊長    日付:10月28日(木) 9時47分
こんにちは 分隊長です。 久しぶりのポストします。

ボードゲームとキャラの親和性が低いか否かという視点は、結構おもしろそうです。

鱶さんは、キャラゲーの要素として、

> とりあえずキャラゲーの第一義としては、「当該キャラクターが登場する」
> という点があって、そこさえ押さえていればOKなわけです。

と提示頂きました。「ふむふむ」と思う反面、違和感も感じました。
キャラゲーの「キャラクター」をポケモンや、ガンダムに限定し、ポケモンモノポリー
やガンダムウォーをキャラゲーの代表と想定すると、自然、鱶さんと同じ結論に
達しそうです。

 別の視点を考えます。
 
 例によって、プレイヤーの立場とゲームシステムあたりの関連です。一般的な
ウォーシミュレーションゲームでは、プレイヤーの立場はかなり明確です。昔、
バンダイのウォーゲームの箱帯には、「もし、君が××××だったら、、、」
なんて、書かれていました。軍指揮官、小隊指揮官、艦隊司令、国家指導者、
ゲームの扱う規模によって異なれど、プレイヤーが、それぞれ、異なった、個人
あるいは組織を担当し、相互に対立しているという状況です。このようなゲームでは、
プレイヤーの立場は、「相手を負かす」という使命をおびた「特定の」キャラクター
であると定義することができましょう。
 反して、一般的な「ドイツ系ゲーム」では、プレイヤーの立場が不明瞭です。
プレイヤーの立場が(少なくともゲーム開始時点では)すべて同じというゲームが
多いように思います。 プレイヤーは、「 one of them」の立場であり、特定
「キャラクター」ではないものが多いように思います。

-------------------

強引に、ゲームをプレイヤーの立場という観点から、

1)プレイヤー=特定キャラクター
2)プレイヤー=one of them

の2つに大別することができるとして、

1)の場合、キャラクターを強調するゲームであったとしても、あとは
  ゲームのデザイン技術によって、ゲームがおもしろいかどうかが決まる。

2)の場合、プレイヤーの立場と「キャラクター」の概念が乖離しているため
  ゲームにキャラクター要素を持ち込みにくい。持ち込んだとしても、一般に
  「システム」と呼ばれる、ゲームの根幹部分には関与させにくい。

という特色が出てくると思います。

「ドイツゲーム」と一般呼称されるゲームがすべて2)のタイプとは思いませんが、
1)のタイプは少ない。 と考えると、
(あくまで一般則として)

「ドイツゲー」と「キャラ」の親和性は低い

となります。

===========================

キャラゲーが、ゲームとして面白いかどうかについては
ゲームのデザイン技術が一定水準に達している場合、


・プレイヤーが当該キャラクターにどの程度思い入れがあるか

という側面と、


・キャラクター あるいは、 その背景世界が、どの程度
 詳細に規定されているか

という側面と、

の2点によって、決定されるとおもいます。
このあたりは、このテーマが続くようなら、考えてみます。
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Re: 週刊ボードゲーム通信217号「キャラゲーの話」
名前:    日付:10月29日(金) 22時45分
>分隊長殿
書き込みありがとうございます。
士気が向上しました。
考えます。
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週刊ボードゲーム通信216号「ここ数年のボードゲーム状況の変化について その4」 返信  引用 
名前:    日付:10月17日(日) 22時34分
前回で取りあげられた新聞記事を読みました。
ボードゲーム類の売り上げが増えているとは驚きです。
ターゲットは30〜40代のお父さんということですが、それなら分からないでもありません。
この世代の人達が子供だった頃の娯楽は今ほど幅広くなく、また子供なので欲しいゲームはあまり手に入りませんでした。
だから、昔のボードゲームにノスタルジーが感られるのでしょう。

これは、他の玩具に関しても言えることでしょう。
なのでボードゲーム類の売り上げ増は、ボードゲームの再評価ではなく、昔の玩具のリバイバルとして捉えるべきだと思います。
なにしろ、記事で挙がったゲームを見るに、自分にはどれも魅力が感じられません。
置き場所を食うのでむしろ所有したくないレベルのものです。
非ゲーマーでも、この手のゲームをやってボードゲーム熱がわくとは思えません。
そもそも、非ゲーマーはボードゲームに対して面白さはあまり期待していないでしょうし。

ところで、日本において中心的なボードゲームは、キャラクター商品としてのボードゲームでしょう。
このタイプのボードゲームは、他の娯楽が増えたため、昔と較べると減りはしたものの、依然として玩具売り場の一角を確保しています。
これらのボードゲームは、ゲームとしてのできはよくないと言ってよいと思います。
プレイしておらず、その上ルールも読んでいないゲームの評価をすることはボードゲーム倫理的にはよくないのでしょうが、できがよくないことが分かるのがマニアです。
不思議なことに、このようなゲームが日本では売れます。

キャラクター商品は、今だとキャラ萌えの商品と言った方がピンとくるでしょう。
キャラ萌え商品の購買者は、第一にそのキャラが好きで買うのであって、その商品本来の機能はそれほど強く求めていません。
ボードゲームの場合だと、ゲームが面白くなくてもべつに構いません。
典型的な例がトレカです。
「テニスの王子様」トレカを収集する女子なんかすごいですよ。
ゲームをしないのみならず、ゲームのルールさえ知らない(=カードの強さが分からない)というのも普通のようです。
そういう人がガンガン箱買いしたり、レアカード1枚に3万円出したりするんです。

さて、キャラ萌え商品は、最近流行のテーマです。
このへんの分析を試みている人は多くいるし、また少々擦り切れてきたテーマであると思います。
その中で我々ゲーマーが力になれる部分は、キャラ萌えとゲームの親和性についての考察だと思います
もしや、キャラ萌えのオリジン、そして現在でもその代表の1つは、ボードゲーム(カードゲーム含む)なのではないでしょうか。
ボードゲームなくしてキャラ萌えは語れないってことであれば、どうしましょう!?

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週刊ボードゲーム通信215号「ここ数年のボードゲーム状況の変化について その3」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:10月10日(日) 19時48分

 みなさんこんばんは。アメリカあたりでは大統領選挙が
終盤を迎えている今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
 
 10月6日(水)の毎日新聞、大阪朝刊の12ページに
ボードゲームの記事が出ていました。Webのほうにもアップされていましたので
↓こちらをどうぞ。
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2004/10/06/20041006ddn013100030000c.html


 なんだかえらくタイムリーな記事で驚いてたんですが、これを読むと阪神百貨店では
ボードゲーム類の売り上げが、昨年度は前年比40%増、今年度は現時点で10%増と、
かなり景気のいい話になっているようです。
 ただ、なんせ阪神百貨店なので、ドイツゲームは置いてないように思います。
 
 記事の中であげられているボードゲームの名前を挙げていくと、

人生ゲーム
野球盤
手さぐりゲーム
レーダー作戦ゲーム
よこどりゲーム
バンカース
生き残りゲーム(ステイアライブ!サバイバルゲーム)
沈没作戦ゲーム(スピンスタジアム)

 以上ですが、いずれもボゲ通の「ボードゲーム評価掲示板」には
出てこないゲームです。ボゲ通的には、ボードゲームの周辺領域的な
感じのものです。

 また他の数字を確認してみますと、「人生ゲームBB(ブラックアンドビター)」
の売り上げは昨年度で33万個。業界では「10万個売れればヒット」
とされているそうです。
 これを見ると一般的ゲームの売り上げはドイツゲームなんかとはけた違いやなあ
と感じます。ドイツゲーでは10万個どころか1,000個レベル
くらいかと思うのですがどうでしょう?(当然日本だけの話ですけど)

 というわけで、「ボードゲーム」という言葉自体は、一般にある程度定着していると
考えられるのですが、その「ボードゲーム」と、私たちが良くプレイする
ドイツゲームなどに代表される「ボードゲーム」の間には、
出回っている数の違いもさることながら、大きな断絶があります。
 人生ゲームからはじめて、ドイツゲームにまで到達してしまった人は、
進化の必然というよりは、突然変異的飛躍があるので、
おそらく数的には非常に少ないです。
 よってマニアはメインのターゲットとはなりにくいのでしょう。
 
 とりあえず今週はこれで。ではまた来週。

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週刊ボードゲーム通信214号「ここ数年のボードゲーム状況の変化について その2」 返信  引用 
名前:    日付:10月3日(日) 23時43分
日本においては、私も数年前のほうが活況だった感じます。
3年くらい前がピークであったと。
この印象は、数字で裏づけるべきことではあります。
ボードゲームの出版数・輸入数・売上高・1人当たりの
購買数などが、統計的な材料となるでしょう。
こういったものを調査したらおもしろいのですが、
自分には手に余ります。
そうなると、数年前のほうが活況だったということは
定かではないということになってしまうのですが、
我々がそう感じたことは1つの事実ではあります。
そこで、その事実をもとに話を続けていこうと思います。

さて、現在のボードゲーム状況は勢いがなくなっていると
感じるのはどうしてでしょうか。
出版されるボードゲームの種類はたぶん増加しています。
日本に輸入されるボードゲームの種類も増加していそうです。
なのに、勢いがなくなっていると感じるのです。

自分について言うと、ボードゲームをあまり買わなくなっています。
学生でなくなってからここ数年間、ボードゲームをするのは
年に数回というのが続いてきました。
この間、ボードゲームはあまりしなくても、
そこそこ買いはしていました。
しかし、この1,2年は、買う量が減少しています。
ボードゲームに対する情熱が減少したため、というのが
普通に考えられる原因となるのでしょうが、
主観的にはそうでもないつもりです。
ボードゲームについてネットで読む量は、最近の方が
増えているくらいです。
それに、できればもっとボードゲームをしたいです。

私がボードゲームをあまり買わない理由、それは高すぎるからです。
他のモノやサービスは、ここ数年どんどん安価になっています。
値段が変わらなくても、性能や品質が年々向上しています。
しかし、ボードゲームはそうはなっていません。
ボードゲームは、世の流れについていけていないと思います。
濫発気味という印象は、私はあまり感じません。
ボードゲームの数は増加していても、質が低下している
という感じはしません。
今となって考えてみると、ボードゲームの平均的な質は
昔からぜんぜん高くなかったと思います。
何度もプレイしたいものや、定価ででも購入したいものは、
全体のごく一部でした。
また、ルールの複雑化は感じません。
逆に、ルールが易しいゲームの割合が増えていると感じます。

こういう風に言っていくと、マニアの愚痴かもしれません。
ボードゲームメーカーは、すでにマニアをメインの
ターゲットとしては外しているのかもしれませんね。

ここ数年のボードゲーム状況の変化を客観的に論ずるとなると、
やはりなにかしらのデータが必要になってきそうです。
年ごとのボードゲームの傾向を分析したりするには、
データベースが力を発揮することになるでしょう。


ところで、号数がずれていたことに気づいたので、戻しました。
すみませんでした。

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週刊ボードゲーム通信213号「ここ数年のボードゲーム状況の変化について」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:9月26日(日) 20時44分
 みなさんこんばんは。イチロー選手が大リーグ記録まで
あと7本と迫っている今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 今回は、「ここ数年のボードゲーム状況の変化について」
としてみました。

 といってもボードゲーム界を概観できるわけでもないので、
覚えている出来事を2点記しますと…

・大阪のボードゲーム店シュピーレブルグの閉店とそれに伴う(?)
ノイエの休刊。
・2003年1月、7月と順調(?)に発行された「ボードゲーム天国」
の休刊。

 やっぱりボードゲームは商業ベースには乗りにくいものなんかな、
と思います。はっきり言って、私の場合はラーとエルグランデと
バトルラインあたりがあれば、充分楽しめるし、たまに新しいゲームが
やりたくなっても、一緒に遊ぶ数人で1個買えばいいわけですし。
 そして、おそらくボードゲームプレイヤーのなかで、さらに雑誌も
ついつい買ってしまう人の絶対数が、採算レベルにまでは
きっと達していないのでしょう。
 ついでに、国産ゲームが盛り上がりに欠けるのも、きっとその辺の
事情だと思います。

 そういえば、ここ数年のボードゲーム発売点数って、
どうなってるんでしょうか。なんとなく数年前のほうが
活況という感じで、今は濫発気味という印象がるのですが
どうでしょう。
 なぜそんな印象を受けるのか、考えてみたところ、
ルールの複雑化に起因するのではないでしょうか。
ぱっと見、めんどくさそうなゲームが最近よく目に付きます。
 この流れは、かつてファミコンから始まったゲームが
プレステあたりまで行くと、複雑になって映像だけが進化して
結局プレイヤーが減ってしまったことを思い出させます。

 というわけで、私の場合はゲーム内容の変化について
ちょっと憂慮していたりもするのですが、自分の脳が老化して
いるだけなのかもしれません。
 ではでは、また来週。
 

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週刊ボードゲーム通信212号「ボードゲームの記録要素」について その6 返信  引用 
名前:    日付:9月20日(月) 1時31分
インターネットの検索エンジンの登場によって、統一された規則に従って作成された目録(データベース)の存在価値は相対的に低下したと思う。機関等がメンテするデータベースに頼らずとも、簡単にものが調べられるようになったのである。
逆に、検索エンジンを駆使すれば、自分でデータベースを作成することができるほどである。検索エンジン自体がデータベースだと言ってもよい。

しかしながら、検索エンジンは万能ではない。
調べたい対象が明確である時には、検索エンジンで調べることは効率的である。しかし、調べたいことが具体的なものでなかったり、テーマや分野といった広い範囲であったりすると、検索エンジンだけでは目標にたどり着けない。検索エンジンが提示してくれたウエブサイトを踏み台にし、その中のリンクを利用して徐々に目的に近づいていくことになる。

図書館が管理する本のデータベースは、特定の本について知りたいときには便利だろう。
しかし、特定のテーマや分野について知りたいときには、本を読まなければならない。データベースがしてくれることは、読めばよさそうな本の目星をつけてくれることだけである。本を読み、そこで引用されている他の本をまた読む、ということを繰り返していくことで、知りたいテーマの全体像がおぼろげながら見えてくる。学術的なテーマを研究する場合は、ローラーで塗りつぶすように片っ端から参考文献を読んでいくことになる。
このように本を次々に読んでいくことは、インターネットのリンクをたどることと同じである。

ボードゲームの場合、人々が知りたい情報は、特定のボードゲームについてということがほとんどであろう。そのため、データベースの存在意義は大きい。
ただし、検索エンジンという強力なデータベースを前にして、ボードゲーム専門のデータベースを作成するとなると工夫が必要となる。どんな工夫がよいかは、今は特に思いつかない。<A.書誌的事項>と<B.ローカル情報>の兼ね合いというところになるのだろうか。

最後に、自分のニーズを述べておく。
この連載を書いていくためには、目録よりも本がほしい。連載の初期の頃、特定のボードゲームについて書いていたときには目録の世話になったが、テーマについて書くようになってからはあまり利用していない。例えば、推理の要素についての考察を書くときに、知っておかねばならない推理ゲームはどれかということや、推理ゲームに課せられている課題は何かということを述べてくれてる文章があれば、とてもありがたい。

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Re: 週刊ボードゲーム通信210号「ボードゲームの記録要素」について その6
名前:鱶(fuka)    日付:9月24日(金) 22時13分
 しかし、そういった文章があると、私たちはそれを超える文章を
書かないといけないので、私的には、できれば無人の野のほうが
歩きやすいかもと、志の低いことを思ったりして。

 ところで、次のネタってなんか考えてます?
今、全く何も思いついてないんですが…。
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Re: 週刊ボードゲーム通信210号「ボードゲームの記録要素」について その6
名前:    日付:9月25日(土) 7時7分
確かに気楽に書けるから続けられてるんでしょうね。気楽さは年々減っているけど。

さて、ネタについて。
今年のゲーム賞の顔ぶれから見るに、最近のポプラーなテーマは、建築・線路引き・商売・カード集め・欲張り、ってところなのでしょうか。
それから、日本のボードゲーム状況のこの1,2年の変化というのは聞いてみたい話です。わりと変わったように思うので。
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Re: 週刊ボードゲーム通信210号「ボードゲームの記録要素」について その6
名前:    日付:9月25日(土) 17時31分
ポプラー→ポピュラー 218-251-70-14.eonet.ne.jp (218.251.70.14) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

週刊ボードゲーム通信211号「ボードゲームの記録要素」について その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:9月12日(日) 22時5分
 ボードゲーム図書館って
なんとかならんもんですかねえ…

図書館法では
第2条 この法律において「図書館」とは、図書、記録
その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し…

 とあります。今のところはボードゲームが「その他必要な資料」とは
認められていません。きっと将来もそうはならないでしょう。

 というわけで、
第29条 図書館と同種の施設は、何人もこれを設置することができる.

 とありますので、自分たちで勝手にボードゲーム図書館を作っちゃう
事は可能です。

 問題は、経費の問題でしょうね…。
 人件費、場所代(光熱費等)、資料費などが、永遠にかかるということは
かなり実現が難しいような。
 私財をなげうったところで、継続性がないとちょっとむなしいものがあります。
 まあ、非公開で、新たな資料を購入しなければ、場所代だけですみますけど、
それだと個人蔵と全く変わらないです。
 
 play:gameさんのデータベース
http://www.gamers-jp.com/playgame/db_lista.php
のように、みんなの力を合わせてやっていく形が有効なのかもしれません。
 しかし、ボードゲームそのものへのアクセスの難しさは解消困難ですね。

 ところで、前回、横さんが最後に言及した、分類についてですが、
まだボードゲーム界ではスタンダードな分類法が確立していないですね(たぶん)。
 この分類についてやっていく覚悟はまだできていません。
 おそらく、この「ボードゲームの要素について」で全要素の検討が終わるときに
やってもいいかもしれません。

 ではでは、また来週。

  

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週刊ボードゲーム通信210号「ボードゲームの記録要素」について その4 返信  引用 
名前:    日付:9月5日(日) 23時39分
本とボードゲームの違いについて、前回とは違う角度からもう少し考えてみよう。

手間や時間がかかるとしても、近年に日本で出版された本はなんとかして読むことができる。公的に管理された本のデータベースがあるおかげで、必要な本がどこにあるのかが分かるからだ。その上、本は図書館等の公的な機関が管理しているため費用がかからず、アクセスするための障壁は低い。

ボードゲームはどうかと言うと、公的な管理はなされていない。ボードゲームを保有しているのは個人だけだ。したがって、見たいボードゲームがあった場合、その実物を見ることができるかどうかは、運かお金しだいだ。知り合いが運よく持っていてそれを見せてもらうか、店やネットで買うかだ。
ボードゲームは輸入されたものが多いので、管理がなされていないのも致し方なしではある。ただ、そういう手に入りにくいものこそ管理のありがたみがある。
本の場合、国外で出版されたものの一部ではあるが、公的機関が保有している分については管理がなされている。ある国外出版物が国内で見ることが可能かどうかが分かるデータベースの存在意義は、とても大きい。

ということで、本はきっちりと管理されているが、ボードゲームは管理されていない。
じゃあボードゲームも同じように管理すればいいんではないかという発想が生まれてこよう。となると、誰が管理するのか、ということが問題となる。
ほぼ全てのボードゲームを網羅するデータベースを作成することは個人の手によってもなんとか可能だろう。数がそれほど膨大でもないからだ。
しかしながら、ボードゲームの記録情報を集めたデータベースを作ったとしても、ボードゲームを管理しているとは言えない。ボードゲームを保有する機関が存在しないからだ。つまり、見たいボードゲームがあったとしても、それを見ることができない。

現状では、ボードゲームのデータベースは、海外のものも含め、そのボードゲームがどういう感じのものであるかが分かる程度のものである。
そういうデータベースには、前々回の「その2」で挙げた「プレイする立場」にとっては存在価値はわりと大きいのだが、「プレイするわけではない立場」としては価値があったりなかったりする。
例えば、データベース上の情報を引用して何かを論じたとしても、それは孫引きなので危うさがある。それに、あるボードゲームを知るためには、やはり現物を見たい。ボードゲームはルールだけではないからだ。
ボードゲームを保有する機関がないならば、個人で複製物が作れるためのすべてのコンポーネント情報を載せたデータベースを作ればいいんじゃないかということになるが、商品の性質上それも極めて難しい。

もしボードゲームのデータベースを作成しようとする試みに虚しさがついて回るのであるならば、それはその使用目的がまだ曖昧であるからではないかと思う。
あと、ボードゲームを図書館のようなやり方で管理する以外に、なにか手はないのだろうか。

ところで、この連載の中で、ボードゲームの分類に関わる問題が時々出てくる。
分類についてはどう考えるべきなのだろうかと思っている。

218-42-212-248.eonet.ne.jp (218.42.212.248)
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週刊ボードゲーム通信209号「ボードゲームの記録要素」について その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月29日(日) 21時41分

みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。オリンピック最終日、いかがお過ごしですか。


 本とボードゲームでの違いとは…
そのものが違うというのはともかくとして、色々考えてみたんですけど、
これが違う、という明確なポイントがいまいち思いつきませんでした。

 一応本においては「目録規則」なるもので、記録する際のルールが決められていて、
例えば、

ボードゲーム天国01号/ オフィス新大陸 編・著.
東京: 竹内書店新社, 2003
158p, 30cm.

というような感じで、記述される順番まで決められていたりするわけですが、
ボードゲームの場合は、そういった決まりがありません。
 ドイツあたりではそういったのもありそうな気もするのですが、よく知りません。
 
 
 本でもボーゲーでも記述する際に、「分類」というのは、問題になりえます。
本の場合はその本の内容を分類表に従って分類するのですが、
1冊の本で複数の内容を含んでいたり、実際に内容を見ないと分類できなかったり、
非常に手間ひまのかかる仕事です。(多くの図書館ではMARCというコンピュータ用の
目録を購入しているので、外部委託のような形になっていますが)
 ボーゲーの場合でも、そのゲームの分類作業は大変です。アブストラクトゲーム、
競りゲーム、運ゲーム、…etc.
 そして、分類つけの作業には記録者の多少の主観が入ってしまうものかもしれません。
 
 
 ローカルのほうは本とボーゲーとだいぶ違う気もしますが、これは
図書館での目録とサイトのリストの特性の違いでしょう。
 図書館ではその本をどこで管理しているのかということが問題となるわけで、
その機能に特化したローカルとなっています(分類ラベル、所蔵館など)
書評などはあまり入る余地がありません。
 ボーゲーではそのゲームのことを知るためのリストのため、ゲーム内容の紹介のほか、
書評ならぬゲームの評価などが中心となります。

 

zaqdb73ad87.zaq.ne.jp (219.115.173.135)
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


週刊ボードゲーム通信208号「ボードゲームの記録要素」について その2 返信  引用 
名前:    日付:8月22日(日) 1時50分
<A.書誌的事項>として、他に思いつくのは、コンポーネントとルールブックがあります。
コンポーネントとしては、たとえば「ボード1つ、カード60枚、コマ5つ」という風に。記録水準を高めるとなると、ボードやカードの大きさ、コマの色や素材などが加わるでしょう。
ルールブックとしては、ページ数・言語などでしょう。
書誌的事項については、前回で述べられているとおり、すでにだいたいは決まっていると言えます。

<B.ローカル情報>として思いつくものはいろいろありますが、確定させるのはとても難しいです。
この難しさは何のせいでしょうか?
今回は、この問題について考えます。


ボードゲームの記録情報に接する人の立場は2種類に分けられると思います。
それは、プレイする立場と、プレイするわけではない立場です。

まず前者について。
プレイする立場の人はさらに、対象ゲームが未プレイの人と、プレイ済みの人に分類できます。
未プレイの人は、将来プレイすることを念頭に置き、そのゲームがどのようなものかを知るために記録情報に接します。たとえば、こんどのゲーム会合の予習のためや、購入に値するかを検討するためにです。
もう一方のプレイ済みの人は、そのゲームをより深く、より正確に知るために記録情報に接します。たとえば、作戦研究のためや、ルールの誤理解がないかを確認するためにです。

続いて、後者のプレイするわけではない立場について。
それは、当該ゲームを知ること自体を目的とした人とでも言えるでしょう。
たとえば、この連載記事を書くための情報としての利用があります。
前回連載の「推理の要素」について考察する場合だと、推理の要素を持ったゲームは何があるかを私は知りたくなりました。もし、たくさんのボードゲームを網羅したデータベースがあり、推理の要素を含むとおぼしきゲームが検索できれば、ありがたいことです。そして次に知りたくなるのは、そのゲームがどんな内容のゲームなのかということです。

以上、たとえばということでいくつか挙げてみました。言いたかったことは、ボードゲームの記録情報に接する人の意図は様々だということです。ここが、<B.ローカル情報>の項目を決めることの難しさの源泉であると思います。

218-42-206-218.eonet.ne.jp (218.42.206.218)
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Re: 週刊ボードゲーム通信208号「ボードゲームの記録要素」について その2
名前:鱶(fuka)    日付:8月26日(木) 23時11分
 やっぱり、Aはほぼ決まっていて、Bは独自のものということで。
さてさて、次回はまた別のネタにしましょうか?
 結構この私が出題&横さんが回答というパターンになっていて、
私は書きやすいですけど、横さんはどうですか?
zaqdb73ad87.zaq.ne.jp (219.115.173.135) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


Re: 週刊ボードゲーム通信208号「ボードゲームの記録要素」について その2
名前:    日付:8月27日(金) 20時1分
いえ、お題を考えてもらってありがたいです。あんまし思いつかないので。でもたまには考えないといけないですね。とりあえず次回、続けるか、別のネタかはおまかせしてよろしいでしょうか。

ところで、今回のテーマについてですが、本とボードゲームの違いについて何かないでしょうか。
218-42-206-125.eonet.ne.jp (218.42.206.125) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

週刊ボードゲーム通信207号「ボードゲームの記録要素」について 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月15日(日) 22時51分

 みなさんこんばんは。終戦記念日の8月15日、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
 
 図書館で、本の情報を登録して目録を作る場合は、
日本目録規則(NCR)という規則に従って記録していきます。

 記録される要素には書誌的事項があります。
書誌的事項とは、タイトル、著者名、出版者名、出版年などで、
記録水準を高めると、出版地やシリーズ名、ページ数といった
細かい情報も記録します。

 以上の書誌的事項は、どこの図書館で記録をとっても
基本的に同じものになります。(実際には書名をタイトルにするか
シリーズ名にするかといったあたりが食い違う場合もありますが)

 その書誌的事項に加えて、本の分類番号、本の置き場所(ロケーション)
一般書・児童書といった資料種別などの、所蔵する図書館ごとに
内容の異なる、ローカル情報を組み合わせて、コンピュータに
データを記録します。

 さてさて、ここからが本題で、ボードゲームの記録の場合には、
どういった項目を記録していけばいいのかということです。

A.書誌的事項:(誰が記録しても一緒)
タイトル(原題)
タイトル(邦題)
作者
メーカー
発売年
プレイ可能人数
プレイ時間(公称)
対象年齢(公称)
受賞

B.ローカル情報:(記録者により異なる)
プレイ時間(実測)
対象年齢(感覚)
評価
感想
価格
 …etc.

 Aの書誌的事項については、大体どこのサイトも共通かなあと
思うのですが、別に決まったフォーマットが定められているわけではないですよね。
 Bはサイトごとにさまざまな特徴があります。
 お店系のページでは在庫の有無などがあったりもします。
 
 これらの記述において、最低限これだけは必要、とか
気をつけるべきこと、とかってあるもんでしょうか。
 ではでは、また来週。

zaqdb73ad87.zaq.ne.jp (219.115.173.135)
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]

Re: 週刊ボードゲーム通信207号「ボードゲームの記録要素」について
名前:柴崎@銀河企画    日付:8月16日(月) 22時52分

http://www.gamers-jp.com/playgame/
のデータベースは良いと思いました。
以下のパラメータは重要かも。
・メカニクス(ゲームを構成している技巧・手法)
・言語依存度
・サイズ/重量
p62b35d.tokynt01.ap.so-net.ne.jp (219.98.179.93) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322)

週刊ボードゲーム通信206号「推理の要素」 その5 返信  引用 
名前:    日付:8月8日(日) 23時43分
前回に指摘された推理ゲームの弱点の解決を模索したとおぼしきゲームがある。
「スコットランドヤード」だ。

このゲームでは、ミスターXプレーヤーは、ロールプレイングゲームのマスターのような役目をはたす。
警察プレーヤーは、ミスターXから提示される情報をもとに、ミスターXの動きを推理する。

推理のための情報としては、ミスターXが使用したチケットの種類である。ゲームの仕組みとしては、これが唯一の情報である。しかしこのゲームのおもしろいところは、それ以外のことがらも情報となることである。それは、ミスターXプレーヤーの性格や言動だ。性格としては、洒落っ気があって警察プレーヤーの裏をかくことが好きだとか、無難でとにかく安全に行動しようとするとかだ。言動からは、すでに包囲されていて危険な状況であるとか、包囲されて焦ってるようで実は逃げおおせているようなことが推察できる場合がある。
また、目隠しするための帽子が用意されていることは、その上でミスターXプレーヤーの視線を情報としてもよいということであろう。

ところで、より安全な場所があるにもかかわらずミスターXが警察コマの隣に来るというような一見、非合理な行動がなされることが稀にある。それは、警察プレーヤーの裏をかき、早いうちに包囲網を抜ける意図なので、非合理な行動ではない。しかしながらたいていの場合は、警察プレーヤーとしてはそういう選択肢をすべて潰していけるほどの余裕はない。基本的には、ミスターXは常に安全に逃げようとするものであるとして推理していく。この中で生きるのが、勘である。警察プレーヤーは、ミスターXプレーヤーの性格や言動といったゲームのシステム外の情報から、「これはあやしいかもしれない」という判断をするのである。こういうことができる「スコットランドヤード」はすぐれた推理ゲームだと思う。

218-42-206-193.eonet.ne.jp (218.42.206.193)
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

Re: 週刊ボードゲーム通信205号「推理の要素」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:8月12日(木) 23時25分
 こうしてみると、スコットランドヤード、結構良さげですね。
 次回はどうしましょう。別のものにしますか?
zaqdb73ad87.zaq.ne.jp (219.115.173.135) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


Re: 週刊ボードゲーム通信205号「推理の要素」 その5
名前:    日付:8月13日(金) 13時11分
知ってる推理ゲームが少ないというのが苦しいところですよね。
推理ゲームの他の定義として、「プレーヤーが探偵や警察となるゲーム」というのはどうかなあと考えたのですが。
218-42-206-126.eonet.ne.jp (218.42.206.126) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)


Re: 週刊ボードゲーム通信205号「推理の要素」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:8月14日(土) 9時15分
でもそれだと、極端な話すごろくみたいなのも入っちゃいませんか。 zaqdb73ad87.zaq.ne.jp (219.115.173.135) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


Re: 週刊ボードゲーム通信205号「推理の要素」 その5
名前:柴崎@銀河企画    日付:8月14日(土) 12時37分
「じゃんけん」は、(多重マルコフ過程を使った)
推理ゲームと言えないでしょうか?

http://comi.jp/ pd325e3.tokynt01.ap.so-net.ne.jp (61.211.37.227) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322)


Re: 週刊ボードゲーム通信205号「推理の要素」 その5
名前:    日付:8月14日(土) 22時21分
>鱶さん
それもそうですね。
推理に関して思いつく展開が私の方では今のところないので、鱶さんも同様でしたら、次もう決めちゃってください。

>柴崎@銀河企画さん
そうかもしれませんね。
218-42-206-187.eonet.ne.jp (218.42.206.187) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)


週刊ボードゲーム通信205号「推理の要素」 その4 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月1日(日) 20時56分
 みなさんこんばんは。今回は推理の要素の4回目です。
 
 ところで、TVの”安楽椅子探偵”のシリーズを知ってる人はいますか?
関西での放送ですが、DVDにもなっています。
 「綾辻行人・有栖川有栖からの挑戦状(4)安楽椅子探偵とUFOの夜」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00009V9HX/qid=1091356641/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/249-7370862-7775526
 こんな感じです。
 
 これの問題編をみんなで見て、推理大会をしたことがあるのですが、
これも超広義でいえば、ボードゲームの1種といえると思います。
DVDがゲームマスターとなって行う、ロールプレイングゲームみたいなもんです。
 純粋に「推理」の要素を表現するのであれば、このぐらいでなければいけないと思います。
 
 横さんの紹介してくださった「オリエントエクスプレス」も、かなり「推理」の要素の
表現に成功していると思います。
 この、安楽椅子探偵とオリエントエクスプレスに共通する点ですが、
1つのシナリオをプレイできるのが一度きりであるという点です。
 「推理」を表現するためには、かなり綿密なシナリオが必要となります。
それはボードゲームの持つサイコロなどのランダム性やカード、ボードを使って
繰り返しプレイ可能なように自動生成することが困難なものです。

 今回考察した「推理」の要素はボードゲームが表現することを苦手とする
要素の一つだと思います。と勝手に結論付けてしまいましたが、横さん、どうでしょう?
 それではまた来週。

zaqdb73ae0c.zaq.ne.jp (219.115.174.12)
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]

週刊ボードゲーム通信204号「推理の要素」 その3 返信  引用 
名前:    日付:7月26日(月) 0時4分
「ホラーナイト」(週刊ボードゲーム通信48号)のように、当てずっぽうの正解のため勝利となる可能性がままあるゲームは、ゲームとして今一ですね。
このゲームの推理は、正解を見つけるための推理というよりも、選択肢を絞るための推理です。選択肢はどんどん絞れていき、いずれ1つの正解に行きつくことにはなるのですが、確信なしに言った答えが正解でゲームが終了してしまうことがあるのが問題です。
最近、イエローサブマリンから出た「たぶらか」もその辺、似ています。
お手軽カードゲームなのだからカタいことを言わなくていいじゃん、と言われそうなんですが、プレイ後の虚しさは拭えません。

こういうのは、努力が報われない類の問題と言えるでしょう。
いろいろ考えても、それが報われないと、残念を通り越してやる気が削がれます。勘狂わせもたまにはあってもいいんです。むしろ面白みが増します。しかし、それが少なからずあったり、ましてや勝利のための最終局面であってしまってはいけません。

とくに推理ゲームは考えることが中心となるゲームのはずです。
それが、あまり考えなかったプレーヤーが勝つのなら、根本的になにか間違っています。
今のところここでなされている定義に従えば、「ホラーナイト」は推理ゲームとなります。しかし本当にそれでよいのかという疑問はあります。

ところで、「ホラーナイト」を推理の難易度の観点で評価するとどうなるでしょうか。
選択肢を減らして正解に近づいていくことは、確かに単純なパズルのようなものです。推理小説なんかに見られるような推理のセンスは問われません。
したがって推理の難易度としては、易しいということになるでしょう。

さて、「ホラーナイト」と対照的なゲームがあります。
「オリエントエキスプレス」(週刊ボードゲーム通信35号)です。
これはオランダのジャンボ社から1986年に発売されたボードゲームです。
このゲームでは、プレーヤーは列車内で起こった殺人事件を解決する探偵となります。50枚ほどある情報カードに、場所の状況説明や乗客の証言が記載されていて、それから推理をします。
難しいのは、犯人は1人とは限らないということです。その上、殺人が起こった状況や犯行の動機を推理しなくてはいけません。
このゲームの推理はかなり難しいのです。へたすると、プレーヤー全員が推理できません。私はいつも推理し切れませんでした。与えられた情報を処理して統合できないのです。推理が難しかったというよりかは、ボードゲームというプレーヤー同士の相互作用の場に、推理という自己の孤独な思考を、なぜか合い入れさせることができなかったのかもしれません。

「オリエントエキスプレス」は、まさに推理ゲームです。
ただし、いくら推理ゲームの肝は推理だと言っても、プレーヤーの能力が問われすぎるものは、究極ではあるけども例外的な存在ではないかと思います。

218-42-206-214.eonet.ne.jp (218.42.206.214)
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

週刊ボードゲーム通信203号「推理の要素」 その2 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:7月18日(日) 22時12分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 
 さて、今回の「推理の要素」並びに「推理ゲー」についてですが、
私も自分の定義を考えていたのですが…。

 推理ゲーとは、
1.推理をすること自体が、ゲームの主たる要素となる。
(ゲームの勝利につながる大きな割合を占める)
2.ゲーム中に推理の材料について、明確な根拠が与えられる。

 1の方は柴崎@銀河企画さんが下さったコメントとほぼ同様のものです。
 
 横さんが上げてくださった「アンダーカバー」においては、1の
推理自体が占めるゲーム中での割合はそれほど高くありません。
 さらに、2の方ですが、ゲーム中に推理の材料について、なんら明確な材料は
与えられません。例え、プレイヤーが「告白」をしたとしても、それがブラフか真実かは
判断できません。ようするに、「アンダーカバー」の推理は推測であり、
あてずっぽうでしかないのです。

 ところで、私が一応推理ゲーとして念頭においているのは「ホラーナイト」です。
ホラーナイトでは各プレイヤーの前に1体ずついる怪物の正体を推理していきます。
 怪物は棲息地(街中、山海、墓場)、出現に伴う現象(怪音、異臭、気象)、
形態(人形、不定、巨大)の3つの要素で構成されます。
 要素が2つ書かれた推理カードを、相手プレイヤーの前に出し、出されたプレイヤーは
1ヒット、2ヒット、ノーヒット、で答えます。
 怪物の正体が分かったら宣言するわけですが、ゲームの構成上、
怪物の正体が確定したとき or 2つの要素まで確定したとき、のいずれかで
「推理」をすることになります。
 しかし、正体が分かってからの推理は推理ではなく、2つの要素が確定した時点での
推理は1/2か1/3の確率ゲームでしかありません。

 というわけで、このタイプの推理ゲーは非常にいまいちな感じがぬぐえません。
(一人で論理パズルをやってたほうがまし…とはいいすぎ?)
 他のタイプの推理ゲーってありますか?
 ではでは、また来週。

zaqdb73ae0c.zaq.ne.jp (219.115.174.12)
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週刊ボードゲーム通信202号「推理の要素」 その1 返信  引用 
名前:    日付:7月15日(木) 23時8分
今回のテーマでは、ボードゲームにおける推理の要素を考えていく。そこで、まずは核となる問題を挙げる。

問題1
「ボードゲームにおける推理とは何か?」
推理を広い意味で捉えると、推理の要素が含まれるボードゲームは多いだろう。
そして、推理を狭い意味で捉えると、推理の要素が含まれるボードゲームは少ないだろう。自然なことである。
経験的には、ものごとは狭い意味で捉えた方が議論がしやすく、また意義ある議論となる傾向があると思う。
ゆえに、狭い意味で捉えてこの問題を検討していきたい。
冒頭の問題1は、「ボードゲームにおける狭い意味での推理とは何か?」という意味あいとしたい。
しかし今の段階では、この問題1はいったん保留である。

問題2
「推理ゲームはどういうゲームか?」
この問題は、推理ゲームと、推理ゲームでないゲームの境界はどこにあるかという視点で考えた方が分かりやすいかもしれない。

とりあえずは先に問題2を検討して、その次に問題1を検討するのが、やりやすそうである。
そこで推理ゲームっぽいゲームを挙げて、それが推理ゲームかどうか検討していきたい。
推理ゲームとは何かということを確定させずに議論するのは強引であり、仮定くらい立てておいてもよさそうだが、今の段階ではなんとなくこれでよしとしてやってみよう。

問題3
「アンダーカバーは推理ゲームか?」
推理と言って思い浮かぶゲームは、まずアンダーカバーだ。
このゲームには、他プレーヤーの正体は何色かを推理するゲームというイメージがある。
しかし、勝利条件は得点であり、他プレーヤーの正体が分かったとしても勝ちではない。
この時点で、アンダーカバーを推理ゲームとするべきかどうかは微妙である。
もう1つアンダーカバーを推理ゲームとするべきかどうかが微妙である点がある。
プレーヤーが、他プレーヤーの正体を推理する目的は、他プレーヤーを的確に妨害するためである。
7人よりも少ない人数でプレイされる場合、誰も担当していないユニットが存在するため、そんなユニットを妨害するよりも誰かが担当するユニットを妨害した方が効率がよい。
だが、推理する意義はその程度のものであり、あまり大きくない。
(なお、全ユニットが誰かに担当されている7人プレイの場合は、自分以外の全ユニットが妨害するに値するため、このような推理をする意義はよりなくなる。)
実はこのゲームは、自然に正体が知れ渡ったプレーヤーに対してプレーヤー達が協力して、彼が自力では勝利できないように妨害するというちょっと根暗なゲームである。
このような生贄にならないように努めるのがこのゲームなのである。
つまり、アンダーカバーは推理ゲームというよりも、「推理されないゲーム」である。

以上のようにいくつかのゲームを取上げて、推理ゲームであるかどうかを検討していけば、推理というものが見えてくるであろう。
次回に続く。

218-42-206-235.eonet.ne.jp (218.42.206.235)
Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

Re: 週刊ボードゲーム通信202号「推理の要素」 その1
名前:柴崎@銀河企画    日付:7月16日(金) 12時12分
とりあえずコメントです。

推理:
既知の情報から筋道を立てて結論を導くこと

推理ゲーム:
ゲームのなかで開示されている様々な情報から推理の結果を表明して正解することが
勝利条件の重要な要素となっているゲームのこと
(a) 正解がただちに勝利となる場合もあれば、広義では加点に寄与して勝利に近づくだけの場合もある。
(b) ゲームでは、筋道が無かったり説明できなくても、とにかく当たっていれば良いようにも思える。

ボードゲームにおける推理:
ボードゲームの構成要素(のうち動的な要素)であって非公開のもの
(誰にも確認できないか又は少なくとも自分には確認できないカードや駒など)
の記述内容または状態を当てること。

http://comi.jp/ pd3045d.tokynt01.ap.so-net.ne.jp (220.211.4.93) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322)


Re: 週刊ボードゲーム通信202号「推理の要素」 その1
名前:柴崎@銀河企画    日付:7月18日(日) 10時15分
コメントの追加です。
上の書込みは、唐突でしたが、
「推理ゲーム」について自分なりの定義を考えてみたものですので、
考察を進めるうえでの参考になればと思います。

さて、プレイ中の要素として
(a) 推理した結果の表明を要するかどうか
(b) 推理した結果による行動がそのまま勝利になるかどうか
の組合せで4分類したとしましょう。そのとき、
(a)でもなく(b)でもないものは、少なくとも推理ゲームとは
言えないように思います。
以上、感想でした。

http://gpi.jp/ pd3045d.tokynt01.ap.so-net.ne.jp (220.211.4.93) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322)


アンダーカバーのルール
名前:けがわ    日付:7月19日(月) 4時49分
問題3のアンダーカバーのルールですが、オプションルールを使ってプレイしていました。(確かこれはルールブックに載っていたと思います)第三コーナー(30マス目くらい)を越えるコマが出たところでいったんゲームを中断し、紙と鉛筆に誰が何色なのかを極秘裏に書いて伏せて置きます。ゲーム終了時に公開してチェックし、あたっていたものにつき5点得ることが出来るというものです。
これだと誰が何かを推測することが直接勝利点へと繋がるのでゲームとしても格段に面白かったと思います。(といっても今のゲームと比べてしまうとかなり見劣りしますが)このルールだとアンダーカバーは推理ゲームだと言えると思うのですがどうでしょうか?
1Cust103.tnt17.dca5.da.uu.net (67.249.202.103) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; i-NavFourF)


Re: 週刊ボードゲーム通信202号「推理の要素」 その1
名前:    日付:7月20日(火) 0時59分
アンダーカバーのルールブックを確認しました(不二商訳−「アンダーカバー解説書」と銘打っている)。
おっしゃられるとおり、上級ルールが載っていました。
「いずれかのスパイが29点を越えた時点で、推理してメモに書く」ということです。
このルールでプレイしたことはまだありませんでした。推理が正しいものにつき5点ずつ入るというのは結構大きいですね。

ところで、「プレイのヒント」として、「くれぐれも、自分の正体を相手に悟られないようにするのが、このゲームのポイントです。」と書いてありました。
218-42-206-235.eonet.ne.jp (218.42.206.235) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)


Re: 週刊ボードゲーム通信202号「推理の要素」 その1
名前:鱶(fuka)    日付:7月21日(水) 20時2分
 こんばんは。私はいつも上級ルールのほうでやっていたのですが、
その2の記事にあるとおりで、推理の要素というよりは、
推測の要素ということかなあと思っています。
 それを推理ととらえたとして、やはり主たる要素はコマをどう動かすかの要素かと思いました。
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「週刊ボードゲーム通信を振りかえって」 その2…あんまり振りかえってないかも 返信  引用 
名前:    日付:7月4日(日) 12時46分
 みなさんこんにちは。鱶です。東京にきて、はや1週間。
今日は久しぶりの休みで、やれやれです。東京って歩くとこが多いですね。
もっといろんなものが駅から近くにあるのかと思ってましたけど、駅から10分以上
歩かされる事が非常に多いと思います。
 ネットカフェは昨日ようやく見つけました。生まれて初めて使いますが、割と快適。
 ですので、ボゲ通も久々に見たところです。

 今回は「週刊ボードゲーム通信を振りかえって」 です。
横さんが、「第1回目からさらりと読みかえしてみました」と書いてますけど、結構量が
あったんじゃないかと思います。私は半年ほど前にコピペしてワードに落として製本して
みたんですけど、めっちゃ分厚くなってしまいました。今回で201回目ですが、まあ
私のは大した記事ではないとはいえ、よく続けたなあ、と思います。(〆切りも守ってるし)

 ところで、私も記事を書くのが難しく感じるようになりました。
2人でまわしているので、次に回ってくるのが早いという、時間的問題、というか、やっぱり
次に書くのが1か月先とかになると、その頃にはかなり書きたいことがたまってくるし、
ほかの3人の意見に誘発されるところが、今の3倍あるという事なので。
 どうもその影響か、私の記事は非常に短いです。

 さてさて、次回のボードゲームの要素はなんにしましょう。
 次回は横さんなので、これで終わってもいいのですが、それではなんなので…。

「推理」 私の持っているカードゲームに「ホラーナイト」というカードゲームがあります。
3属性*3要素で、27種類のモンスターについて、顕在化している情報から
正体を推測するというものです。ボードゲームでは「サラマンダーというのがうちにありますが、
未プレイです。ほかにも何かありそうですが、推理の要素がうまく入ってるゲームってあります?

 と、書いてみましたが、テーマ設定なんでもOKですので、横さん、よろしくお願いします。
 
 

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Re: 「週刊ボードゲーム通信を振りかえって」 その2…あんまり振りかえってないかも
名前:    日付:7月6日(火) 21時23分
テーマ考えないといけないなあと思いつつまだ考えられていなかったです。
「推理」にさせてもらいますね。

第1回目からはかなり量が多かったです。だからさらりと読みました。
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「週刊ボードゲーム通信を振りかえって」 その1 返信  引用 
名前:    日付:6月27日(日) 22時57分
 ちょうど今回で200回目となるので、記念にこれまでを振りかえろうと思います。
 そこで、第1回目からさらりと読みかえしてみました。
 まず感じたのは、企画に変遷はあるものの、書き手のスタンスはたぶん変わっていないなということです。
 それから、自分は記事を書くスピードが遅くなっていると改めて思いました。これについて今回は思い巡らせます。

 ゲーム紹介記事を書いていた頃は、今思うとわりと楽に書けていた方でした。比較的印象に残っているゲームでもあり、なにかしら語ることがあるからでしょう。
 続いて、テーマについて書くようになった頃も、書き出すと意外に苦労は少なかったように思います。自分の中でそれまで考えてきたネタがすでにあり、それを整理するような行為であったからだと思います。あと、その頃は書き手が多かったため、今よりも書くまでのスパンが長かったというのもあります。
 そして最近1年のボードゲームの要素についてのテーマは、それがなかなか一筋縄ではいかないものでした。今までに特に考えていなかったことをいちからひねり出すようなことであったためです。以前は締め切り日の夜になって記事を書き始めることもよくあったのですが、ボードゲームの要素について書くようになってからは、それではかなり厳しくなりました。前日にはあるていど書けていなければ、しんどいです。というのも、よく分からないままとりあえず書いていくしかないのでそうしていくのですが、その中でいったん輪郭ができてきたものは「これはだめだな」というのがたいていなのです。したがって書き直す必要が出てきます。この時点で、次の考えはまだあまりまとまっていないので、翌日に持ち越すということになります。幸い、はじめに書いたときに他の道筋が見えてくることが多いのでなんとかなっています。ただ見えている道筋は短いものなので、これを毎回繰り返していくことになります。
 ちょっとおおげさではありますが、主観的にはそんな感じです。まあそれほど力まず軽く書く手もあるのですが、それでは書くことが出てきてくれなさそうなのです。

 今後の抱負としては、ネタ枯渇への対応です。これまで書いてこれたのは、比較的書きやすい要素を選択してきたためだと思います。ボードゲームの要素はたくさんあり、題材自体はまだ数年は尽きないでしょうが、語れることが見つからず2回くらいで終了となることも増えてきそうな気配です。
 そうならないためには、その要素に関わる問題を見つけ出さねばなりません。必要なものは、教養ということになるのでしょうか。

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「静的な要素と動的な要素」 その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:6月20日(日) 22時4分
 と、本題に入る前に、前項の「メカニクスとしてのタイル置き」での
「ちなみにチグリスユーフラテスは直感的に「タイル置き」のメカニクスに入れますか?」
について。
 実はチグリスユーフラテス未プレイなので、直感的になんとも言えません。
ただ、ボーゲー天国やらノイエやらを見て想像する限り、タイル置きで問題ないように感じました。
 そして、タイルを置いていく動作は、”タイル置き”以外に名状しがたいですね。
 
 
 さてさて、タイトルのほうの「静的な要素と動的な要素」についてですが…。
 
 確か「タイル」の最終回で、「タイル」は動的な要素では、と気づいたところで、
このシリーズに流れてきたわけですが、つまり、静的な要素・動的な要素というのは、
ボードゲーム内の要素の性格を現す要素ということで、段の違う抽象要素(?)
なのだと思います。
 そのことが、このテーマを語りにくくしている要因でしょう。
 そして、動的・静的の要素の性格をこのまま分析していっても、多くのゲームにあてはまる
一般化ができないような気がしてきました。できたとしても、労多くして益少ない印象が
あります。

 まずは、動的・静的という視点が存在するっぽいことを確認したところで、このテーマは
終息させてしまっていいのかな、と思いましたが、横さんどうでしょ?

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Re: 「静的な要素と動的な要素」 その5
名前:    日付:6月21日(月) 21時17分
おつかれさまです。
そうですね。このテーマは終息させましょう。
それで次回は200回目となるんで、記念のテーマを設定しましょうか。
安直ですけど「週刊ボードゲーム通信を振りかえって」とします?
もうちょっと気の利いた記念企画があればそれがいいんですけど。
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Re: 「静的な要素と動的な要素」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:6月22日(火) 22時39分
それでOKです。再来週は東京に出張しているので、向こうでネットカフェかなんか探して書き込みます。(探さなくてもどこにでもありますよね) zaqdb73ae0c.zaq.ne.jp (219.115.174.12) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


Re: 「静的な要素と動的な要素」 その5
名前:    日付:6月23日(水) 22時9分
了解です 218-42-206-206.eonet.ne.jp (218.42.206.206) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

メカニクスとしてのタイル置き 返信  引用 
名前:けがわ    日付:6月15日(火) 6時45分
こんにちは。ここに書き込むのは初めてです。「タイルの要素」の記事を興味深く読ませていただきました。少々時間が経ってしまったので返信でなく、別に書かせていただきました。もし不都合ならば、「タイルの要素」の記事のほうに移していただいてかまいません。

現在、Play:Game というボードゲームデータベースの関係上、ゲームのメカニクスの分類を系統的に考えているのですが、なかなか難しいです。よく言われるメカニクスのひとつとして「タイル置き」Tile Placement があります。直感的でいい言葉なのですが、きちんと定義するのは難しいです。とりあえず僕が考えた定義は以下の通りです。

タイル置き:タイル、カードなどを格子状に配列する。通常はタイルは動かない。

メカニクスなので物質的にタイルである必要は無いのですが、タイルが適しているので最も多く使われると思います。カタンの開拓カードゲームでのカード、砂漠を越えてのラクダ、メトロポリスやビッグシティーの建物も基本的にはタイルです。国産ゲームだとポジットのキューブもタイルですね。

「格子状に配列する」というのはなにかしら幾何的に他のタイルと関係しているという意味です。ラーではタイルは置いていきますがタイル置きとは言えないと思うので。他にも殆どのカードゲームはカードを置くのですが同じ理由からタイル置きとは言いませんね。

「タイル置き」ではタイルは置かれたら動かないのが基本だと思います。引き潮と満ち潮はカードをタイルのように使っていますが、毎回動き回るのでカードをコマのように使っているといった方が的確だと思います。よって「タイル置き」とは言わない気がします。

ただ、タイルを取り除くものは「タイル置き」に入るような気がします。例をあげると、チグリスユーフラテスやキャッスルです。まあこの辺は人によって感覚が違うと思いますが。

「タイルの要素」の記事に載っていたものだと、カルカソンヌ、メトロ、ティカル、エルカバレロ、アッティカ(円形のタイル)、アクワイア、ニューエントデッカー、水道管ゲーム、アルハンブラはタイル置きのメカニクスに該当すると思います。

カタンはボード(プレイフィールド)をタイルで作るのでモジュラーボードというメカニクスになると思います。アッティカもそうですね(両方に該当する)。

いろいろと書いてしまいましたが、横さんと鱶さんの意見を聞いてみたくて書き込みました。もっといい定義や分類の仕方などあれば、是非意見を聞かせてください。

ちなみにタイル置きというメカニクスでは1830、チグリスユーフラテス、市場のお店、頭脳絶好調、フレッシュフィッシュが好きです。

では。

http://gamers-jp.com/playgame
1Cust206.tnt20.dca5.da.uu.net (67.242.149.206)
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Re: メカニクスとしてのタイル置き
名前:    日付:6月15日(火) 22時4分
>けがわさん
こんにちは。書きこみありがとうございます。
読ませていただいて、ゲームのメカニクスの分類は大きなテーマになりそうですね。
タイルに関わる定義や分類の仕方については、難しくて前回のテーマではあまり考えられませんでした。けがわさんの定義は一歩前進だと思います。
今のところ意見は思い浮かびませんが、今後の参考にさせていただきます。
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Re: メカニクスとしてのタイル置き
名前:鱶(fuka)    日付:6月16日(水) 19時3分
こんばんは。…というには早い時間ですが。

 物理的な「タイル」そのものの定義は簡単ですけど、言われてみると
確かに「タイル置き」という行為を定義するのは難しそうですね。

 前のシリーズでは”モジュラーボード”の意識がなかったので
結構まぜこぜになってたなあ、と思いました。

 「タイル置き」となると、プレイヤー自身が主体的にタイルを配置していくような気がします。
というのも、「ハラリ」では、タイルを使用してゲームが進行しますが、
プレイヤーの行為は「タイルをめくる」or「タイルを動かす」という2種類で、
「タイルを配置する」という行為がないからです。
(よって「ハラリ」はタイルゲーではないということかも)

 「タイルを組み合わせて配置する」という表現はどうでしょう。ちょっとあいまいすぎますかね。
 
 ではでは。書き込み大歓迎ですので、ありがとうございました。
 
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Re: メカニクスとしてのタイル置き
名前:柴崎@銀河企画    日付:6月17日(木) 11時54分
「動的な要素」となる情報には、
言語的なもの、代数的なもの、幾何的なもの、などがあって、
「タイル置き」というのは、
その幾何的なものの代表だと思います。
一方、ルールでは、
 タイルを置いたり除いたり移動する際の条件、
 置かれたタイルから発生する効果、
 駒のようなトークンがタイルに乗って干渉する場合は、
  その駒を置いたり除いたり移動することの条件
などが記述されます。

例えば、「将棋」というボードゲームを拡張して、
タイルは9×9の初期状態の固定並びから変形できるとしましょう。
ルールでは、駒を移動する代わりに、あるいは自手番に併せて、
タイルを1枚、追加・移動・除去しても良いなど
細かいルールを調整すれば、別のボードゲームができます。

カードゲームでは、「ランド」機能のカードがあるならば、
カードが事実上タイルの役目を果たす場合もあります。

ところで、タイルによる平面の充填は、これまでは
正方形・長方形・平行四辺形や正三角形・正六角形などに
よる繰り返し方式が普通でしたが、
20年ほど前に、正五角形の切片を基礎とした三角形・四角形
による周期性を持たない平面充填方法が、英国の物理学者、
ペンローズによって発見されたため、
物理の結晶学の分野は飛躍的な発展を遂げました。
ここで、タイルの配置が周期性を持たないという任意性が、
ゲーマーにとっては垂涎もので、
ペンローズのタイルを使ったボードゲームというのが
次々と出てくるのではないかと心躍らせています。
無ければ、創るしかないでしょう。

http://gpi.jp/ pd3251a.tokynt01.ap.so-net.ne.jp (61.211.37.26) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.0.3705; .NET CLR 1.1.4322)


Re: メカニクスとしてのタイル置き
名前:けがわ    日付:6月19日(土) 15時42分
色々と返事をありがとうございます。

ハラリはタイルが盤面を動き回りコマの役割をしていると思います。
ちょうど軍人将棋のように片面からは何か分からないという形状のコマだったら何でも良いわけです。僕の考え方では「タイル置き」にはいれないですね。でもタイルゲームかといわれるとそういう気もするし、なかなかメカニクスで直感的な名称と結びつけるのは難しそうです。

ちなみにチグリスユーフラテスは直感的に「タイル置き」のメカニクスに入れますか?このあたりの線引きが難しいですね。

鱶さんの「タイルを組み合わせて配置する」という定義も悪くないとは思いますが、「組み合わせ」というのがタイルの隣同士の絵柄をあわせることを示唆している気がします。「パターンマッチング」というメカニクスが一応pgdb(play:gameのデータベース)にあるのですが似た説明が使えるかな?

僕の「タイルを格子状に配列する、通常タイルは動かない」での格子状は正三角形、正方形、正六角形、菱形などのグリッドの上に置くということが言いたかったのですが、「タイルをグリッドに配列する」と言う方が分かりやすいですかね?

この「タイル置き」は、よく使われているメカニクスを表す言葉だと思うのですが、他にゲームを特徴付けるメカニクス用語があれば、是非知りたいです。

>カードゲームでは、「ランド」機能のカードがあるならば、
>カードが事実上タイルの役目を果たす場合もあります。

これはどんなゲームを指しているのでしょうか?良かったら教えてください。
ペンローズの平面充填は面白そうですね。うまくゲームに応用できると面白いと思います。下手するとゲームというよりはパズルになってしまう可能性が高そうですが。

http://gamers-jp.com/playgame 1Cust61.tnt1.dca5.da.uu.net (67.249.194.61) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; i-NavFourF)


はじめまして 返信  引用 
名前:柴崎@銀河企画    日付:6月14日(月) 9時10分
銀河企画の柴崎と申します。
検索エンジンで何か調べていたら偶然ヒットしたのがきっかけで
ここを訪問いたしました。
果たしてここに書いてしまっていいのか良く分かりませんでしたので、
不都合でしたら削除してください。
ゲームを体系的に考えることに関心がありますので、
一度記事を精読しましてから、自分も雑文を書きたいと思います。

http://comi.jp/
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Re: はじめまして
名前:鱶(fuka)    日付:6月14日(月) 19時6分
 はじめまして。

 不都合ありませんので、遠慮なくどうぞ。
 2人だけだと、すぐに煮詰まってしまいますので。
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Re: はじめまして
名前:    日付:6月15日(火) 22時0分
>柴崎さん
はじめまして。その3、その4への書きこみありがとうございます。
今すぐには意見は浮かびませんが、参考にさせていただきたいと思います。
よろしくおねがいいたします。
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「静的な要素と動的な要素」 その4 返信  引用 
名前:    日付:6月14日(月) 3時22分
この連載では個別ゲームに焦点を当てて議論するといった帰納的なアプローチが多い中、鱶さんが演繹的なアプローチをなんとか進めようとしてくれているので、私も今回はその流れに乗ることにする。

まず、前回に問題にされた戦略性について検討していく。
戦略は一般的に以下のように説明される。
「戦略とは、目的達成のためにとられる行為をいう。
そして戦略は、(自らの)システムと外部環境との間の関連について広く考察し、比較的長期にわたる未来志向的で不確実な事柄の意思決定を行う。」(『生産システム工学』P.44、人見勝人著、2001年、共立出版)

ボードゲームに照らし合わせると、「目的達成」とは勝利条件を満たすことである。
ここで押さえるべき重要なポイントは「システム」である。
すべてのボードゲームは、全体としてシステムを形成している。
そしてそのシステムの内部には、より小さなシステムがサブシステムとして複合的に存在している。
それらは、フェイズであったり、各プレーヤーの手番であったりする。
これらのサブシステムのもっとも大きな役割は、「変換」であると考える。
サブシステムにおいて、@お金やA手札やBアクションの権利等のリソースが別の形に変換されるのである。

変換の例を以下にいくつか挙げる。
分かりやすい形態としては、お金によるユニットの購入である。これは、お金をユニットという別の形態へ変換することである。
消滅という逆の形態の変換もある。それは、お金等を使って、相手ユニットや自らの産業廃棄物的なユニットを消滅させるといったものである。
また、勝利得点の獲得という変換もある。これは、先に挙げた実体としてのリソースの形を変える変換が繰り返された後の最終段階であり、究極的な変換と言えよう。
他にも、アクションの権利等を行使してユニットをボード上で移動させるという行為もまた変換である。これは、実体としてリソースの形態・数は同じであっても、その価値や意味が変化している。
あと、売買や交換のように、リソースの所有者が移動する変換もある。

以上のようなサブシステムにおける変換を上手にすることが、ゲームに勝つために必要なことである。
「上手に」というのは、直面するサブシステムだけに囚われて意思決定するのではなく、全体のシステムを慮って的確な意思決定することである。
それが「戦略」である。

さて、「戦略性が高い(=的確な意思決定を見出すことが難しい)ゲームは、システムが複雑」ということは言えるのだろうか?
この命題の対偶は、「システムがシンプルなゲームは、戦略性が低い(=的確な意思決定を見出すことが容易)」である。
こちらから攻めていくことにする。

システムがシンプルであるとは、サブシステムが少ないということであり、最もシンプルなゲームにはサブシステムが存在しない。
サブシステムが少ないゲームほど、サブシステム内での変換がゲーム全体としてのシステムに直結するため、勝利条件を満たすためにとるべき行為を見出しやすそうではある。
これが先に挙げた対偶命題であるが、はたしてそうか?
実は、これは間違っている。
大雑把に言うと、半分は正しく、半分は正しくない。
もう少し言うと、いわゆるコドモ向きのゲームでは正しく、オトナ向きのゲームでは正しくない。
コドモ向きのゲームをするのは子供であるので、とるべき意思決定が明白すぎても問題ない。その方がいいくらいだ。
しかしオトナ向きのゲームであれば問題である。機械的にプレイするだけとなり、面白くないからだ。
なのに実際には、シンプルなゲームはたくさん存在しており、ゲーマーの間でもよくプレイされている。
どうやってこのようなゲームが成立しているのか?
それは、システムを揺るがす要素として、不明確な要素が導入されることによってである。
不明確な要素は、サイコロ、カード、プレーヤーの気まぐれ等によって生成される。
これにより、意思決定は難しくなる。
不明確な要素が多くなれば、直感的な意思決定をせざるを得ない。
それが前回で「複雑系の戦略」と形容されたものだ。
この「複雑系の戦略」の戦略性の度合いをどう評価するかは難しいところであるが、意思決定が難しい点で戦略性が低いとは言えない。
したがって、「システムがシンプルなゲームは、戦略性が低い」という対偶命題は棄却される。
つまり、「戦略性が高いゲームは、システムが複雑」という命題も正しくないということになる。

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Re: 「静的な要素と動的な要素」 その4
名前:    日付:6月14日(月) 3時24分

「静的な要素と動的な要素の割合は、戦略性の有無に連動しているという感じでもない」という命題が前回に提示された。
これは、「@戦略性が高い→静的な要素が強い、A戦略性が低い→動的な要素が強い、@Aというわけではない」ということだ。
今回に論じた「システム」は静的な要素、「不確定な要素」は動的な要素となる。
先に導き出したとおり、「戦略性が高いゲームは、システムが複雑というわけではない」のであるから、前回提示された命題は正しいと言える。

まとめると、的確な戦略を見出すことが難しい理由は2つなのである。
1つは、サブシステムが複合しているから。
もう1つは、不確定な要素があるからである。


(注1)
戦略と対応する言葉として、戦術がある。
戦術とは、戦略に基づいて個々の仕事を実施する行動を意味する。
戦術は、システム内部の短期的な、比較的確定した事柄について定型的に意思決定する。
ボードゲームに照らし合わせると、戦術は各サブシステムでの合理的な
行為となる。

(注2)
シュミレーションゲームはその再現規模に応じて、戦略級、作戦級、戦術級という分類が一般的になされている。
しかし、この分類は戦略性の度合いとは一致しない。
戦略級ゲームは戦略性が高く、戦術級ゲームは戦略性が少ないという相関関係はない。
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Re: 「静的な要素と動的な要素」 その4
名前:柴崎@銀河企画    日付:6月14日(月) 12時46分
「不確定な要素」というのは2種類あるかなと思いました。
ひとつは、(A)システムにとって不確定なもの。
例えば、これから振られるダイス。
別のひとつは、(B)プレイヤーにとって不確定なもの。
例えば、相手プレイヤーの手札の内容。
Bのほうは、プレイヤーには確率的にしか分からなくても
システム的には最善の戦略が存在している
という点で、Aのケースとは異なるようです。
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ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:6月6日(日) 19時58分
 みなさんこんばんは。今日から梅雨入りということでしたが、こちらでは
朝方にちょっと降っただけで、夕方には晴れ間も見えて、さっそく梅雨の中休みかいな、
という今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 このテーマの第1回では、ボードゲームにおいて、静的な要素と動的な要素の占める割合が
ゲームの性格を決めていくと考え、
「カードゲームはボードがないために静的な要素の割合が小さく、動的な要素が大きい」
と書きました。
 その流れで考えて、静的な要素の割合が大きく、動的な要素の割合が少なくなると、
ゲーム上の変化がゆったりと進むことになるため、重厚な(or重い)ゲームに
なっていくと思われます。
 ただ、ゲームの軽重は計れるとして、それが、戦略性の有無に連動しているという感じでも
ないのかなと思いますが、どうでしょう。例えば、前のタイルゲーの考察でいえば、
タイル自体が動的な要素となるので、動的な要素が多いけれども、戦略性が低いとは言えない、
といった感じです。

 それで、静的な要素、動的な要素と、戦略性について、ちっと考えてみました。
静的な要素 … 変化しない要素のため、それに拠って戦略をたてやすい。
動的な要素 … 変化していく要素のため、拠りにくい。複雑系の戦略??
 あまりに動的な要素に傾くと、やっぱり運しだいということになってしまうのでしょうか。
それとも、”高度に戦略的”ということになるのでしょうか。

 はてはて。大して考察が進まないまま、次週へ続きます。

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Re: ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その3
名前:柴崎@銀河企画    日付:6月14日(月) 13時33分
変な仮説を考えてみました。
ゲーム=ルール+動的な要素
ルール=プレイ方法(手順,禁則)+勝敗条件
ここで動的な要素は、数値・記号で表現可能なもので、
例えば、
 トークン(駒やカード)の位置・座標・向き
 HPや所持金などパラメータの数値
です。
では、静的な要素は出てこない?
それは、ルールや動的な要素の内容を
プレイヤーが理解する補助のために存在します。
例えば、ボードに区切り線が書かれていれば、
それはトークンの座標をはかる物差しの役割をします。
ボードに文字が書かれていたら、それはルールの一部です。
もちろん、あったほうが絶対に便利です。
仮説おわり
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ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その2 返信  引用 
名前:    日付:5月30日(日) 17時56分

>・カードゲームはボードがないために静的な要素の割合が小さく、
>動的な要素が大きい。”軽い”というイメージは短時間で済むという
>ことのみならず、動的要素が大きいからなのかもしれない。
>でも「操り人形」はそんなに軽いイメージじゃないかも。

前回のこの文章を受けて、”「操り人形」はそんなに軽いイメージじゃない”というのはどういうことなのかを検討する。
”そんなに軽いイメージじゃない”とはどういう感じであろうか。
重いイメージというわけでも、普通のイメージというわけでもない。
私には、「操り人形」はカードゲームなのにボードゲームのような感じがする。
それが、”そんなに軽いイメージじゃない”感覚である。
そういうことにして話を進めていく。
では、ボードゲームのような感じとはどういうことなのか。
その要素を挙げると以下の通りだ。

1.ルールの量が多い
2.手順が複雑である
3.カードの種類が豊富
4.カードに具体的なものが描かれている
5.カードに文字が記されている
6.お金がある
7.カードが場に残る

この中で1〜5は、一般的なカードゲームと照らし合わせての相対的な特徴、6と7は絶対的な特徴である。
1〜5は分かりやすいので説明は省略する。
6と7については説明を加える。

まず、6(お金がある)について。
お金やチップ等を使用するカードゲームは多い。
ギャンブルとしてプレイされるトランプにおいてお金が使用されるのは当然である。
ギャンブルでなくてもカードゲームでは、1プレイを繰り返して一括りのゲームとするために、お金等が利用されることは一般的だ。
例えば「クク」のように。
しかし「操り人形」におけるお金は、「クク」のお金とは異なった性質のものである。
「クク」ではお金が直接の勝利条件である。
しかし、「操り人形」の勝利条件はお金ではなく、建物の建築である。
お金は建物を建築するための手段である。
6(お金がある)を相対的な特徴ではなく絶対的な特徴だと考えるのは、この理屈である。

続いて、7(カードが場に残る)について説明する。
カードが場に残るとは、「UNO」において捨て札のトップのカードが場札になるようなことではなく、「操り人形」において建物カードが場に並べられるようなことを指す。
「操り人形」は、勝利条件が示すとおり、建物カードを場に並べるゲームであり、7(カードが場に残る)はゲームの中心的な要素である。
建物カードを場に並べることは、手持ちのリソースを変換して場にフィックスさせる行為と言える。
なお手持ちのリソースとは、@お金とA手札とBアクションの権利である。
カードゲームでこのような変換行為があるものは少ないため、絶対的な特徴であると考える。

さらに、「サンファン」について触れておく。
「サンファン」は「プエルトリコ」のカードゲーム版として、最近発売された。
ボードゲームのカードゲーム化はまれにあるが、私の知る範囲ではたいていは異なった感じのゲームになっている。
しかし「サンファン」は、上手に「プエルトリコ」をカードゲームにしたと思う。
このゲームには「操り人形」に似たボードゲーム感があり、上記に挙げた7つの特徴のうち、6(お金がある)以外のすべてを持っている。
6(お金がある)に関しては、カードゲームとしてスマートにするためにあえて導入しなかったと思われる。
デザイナーの意図としては、「サンファン」はボードゲームにカードゲームの要素を入れることでボードゲーム的なカードゲームにしたかったのだと思う。
同じ視点で見ると、「操り人形」のデザイナーは、カードゲームにボードゲームの要素を入れることでボードゲーム的なカードゲームにしたかったということになる。
この2つのゲームが行きついた先は同じであったが、それぞれ違った方向からやって来たのだ。

さて、今回のテーマは「静的な要素と動的な要素」である。
このテーマに沿うと、「操り人形」や「サンファン」においては、手持ちのリソースが動的な要素、場に出たカードが静的な要素となる。
そしてこれらのゲームの目的は、動的な要素を静的な要素に変換することであると言える。

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Re: ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その2
名前:    日付:6月2日(水) 22時55分
あとから考えると、今回のは、ずれてしまったかもしれないです。 218-42-206-87.eonet.ne.jp (218.42.206.87) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)


Re: ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その2
名前:鱶(fuka)    日付:6月5日(土) 21時51分
このテーマって書きにくいですね。設定失敗かも…。 zaqdb73af1e.zaq.ne.jp (219.115.175.30) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


Re: ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その2
名前:    日付:6月6日(日) 8時54分
第1回で挙げられた点から問題を絞っていける気配があるんですが思いつかず、今回は常套手段として特定のゲームに焦点を当てて考えました。
そのどちらかなんでしょうけど、確かに難しい。
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ボードゲームの要素について 「静的な要素と動的な要素」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:5月23日(日) 21時28分

 ボードゲームは静的な要素と動的な要素によって構成されています。
 
 静的な要素とは、ゲーム中に変化しないものと定義します。ゲームのルールやボードなどです。

 動的な要素は、ゲーム中に変化したり、プレイヤー間でやりとりがあるものとします。
コマやカードなどがそれにあたります。交渉とかもそうでしょう。

 適当に考察すると、この動的な要素と静的な要素のバランスというのがゲームの性格を
決定していくのではないかと思いました。
 
 最初なので気づいた事をとりとめもなく書いていくと…
・カードゲームはボードがないために静的な要素の割合が小さく、動的な要素が大きい。
”軽い”というイメージは短時間で済むということのみならず、動的要素が大きいから
なのかもしれない。でも「操り人形」はそんなに軽いイメージじゃないかも。
 
・「タイル」を使用すると、ボード=静的な要素というイメージを崩すことができる。
(面白さに対して影響があるのかは不明)

・「ルール」は静的な要素であることが多いが、例えば「ラー」においては第1、2ラウンドの
得点計算と第3ラウンドの得点計算はモニュメントが得点対象となるという違いがあり、
少し動的な要素が混じることもある。


 それにしてもこのテーマはどの方向に行くのか、全く予断を許しません。
 私もいまいち考えがまとまっておりません。
 ではでは、次週横さんお願いします-。

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ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その6 返信  引用 
名前:    日付:5月17日(月) 3時10分
タイルゲーは楽でいいんだけど、なにか物足りない。
基本的には、今引いたタイルをどこかに置くかだけだからだ。
次の手番にどんなタイルを引くか分からないので、あまり深く考えても仕方がない。
そう考えなくても得点はそこそこ獲得していけるし、他プレーヤーのおかげで得点が入ってくることもよくある。
ただ、このような物足りなさは承知されており、対策がなされている。
アルハンブラでは引くタイルを選択でき、ニューエントデッカーでは金を積んで複数のタイルを引くことができ、カルカソンヌではユニット配置の要素がある。
このような工夫は、タイルゲーを評価するときのポイントとなる。

それから、タイルゲーには考え出したら長くなってしまう面もある。
その場の最適な手が見つけられるというパズル的要素があって、考えることに時間を使う価値があるためだ。
その結果、非手番のプレーヤーが暇になるという困った状態になりやすい。
非手番時に考えられることもほとんどなく、暇感はいっそう強くなる。
この欠点に関する対策がなされているタイルゲーは思い浮かばない。

最後にもう1つ。
タイルゲーにおけるプレーヤーは、いったいどういう立場なのだろうか。
ティカルやニューエントデッカーでは、プレーヤーは探検家の立場である。
メトロやアルハンブラでは、建築家や役人などの立場だ。
行き当たりばったりで道や街ができていくことの現実感はないものの、これらの立場じたいは分かりやすいものである。
しかし分かりにくくさせているのが、世界を造る神のような立場を同時に持つということだ。
タイルを自分の希望通り置くのはまだしも、相手の妨害をするように置くことができるのはまさに神だ。
異なる2つの立場を兼ねているため、自分の立場がよく分からない。
そのため、タイルゲーはいかにもゲームという感じになってしまう。
これが、タイルゲーにコミットできにくいことの大きな原因だと思う。

ところで前回での「ボード(=静的な要素)とカード(=動的な要素)という固定観念にとらわれているので、どちらもが動的な要素になるとちょっとバランスが悪く感じます」というのは、よくぞ言語化してくれたという感じである。
静的な要素と動的な要素という視点でボードゲームを見ると、新しい問題が出てきておもしろそうだ。

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Re: ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その6
名前:鱶(fuka)    日付:5月21日(金) 20時27分
では次回は、「静的な要素と動的な要素について」にしましょっか?
テーマが広すぎるかもしれませんが…。
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Re: ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その6
名前:    日付:5月21日(金) 22時36分
難しそうですがそれで行ってください。
徐々に何か出てくるでしょう。
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ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:5月9日(日) 19時44分

 なんでなんでしょうねえ。確かに私もそれほどタイルゲーが好きではありません。
 実際、自らタイルゲーを買ったことはないような気がします。(「ハラリ」がありましたが、
Uの”始めから並べられている+ボードあり”で、基本的には坊主めくりですので…)

 過去にあったタイル系のゲームといえば、
・チクタクバンバン…線路をつなげていくような感じでしたっけ。うちになかったのですが、
 ちょっと苦手だった気がします。
・水道管ゲーム…やったかどうかもおぼえてません。これまた苦手そうな感じ。
 この辺の原初的タイルゲーに苦手意識があるために、ついつい敬遠してしまうのかもしれません。

 今のゲームではカルカソンヌとかですけど、それほど好きでもありません。
 なんでかなーと思ってみると、きっと選択肢が多すぎるところが嫌いなのだと思います。
 私は行動を決定するときに、できれば最善手をある程度絞り込んで決定したいと思っているのですが、
タイルゲーの場合、地形を置く場所+置く方向でかなり無限の可能性があるので、
どうも考えるのがめんどくさくなってしまうのではないかと。

 それと私の中では、ボードというのが思った以上に大きい要素なのでしょう。
 カードとかコマとかをやりとりするのはいいとして、ボードをタイル単位に割ってやりとりすると
動く要素だらけで良くないと感じるのかも。ゲームの構成として、ボード(=静的な要素)と
カード(=動的な要素)という固定観念にとらわれているので、
どちらもが動的な要素になるとちょっとバランスが悪く感じますけど、どんなもんでしょう?
 
 それではまた来週。

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ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その4 返信  引用 
名前:    日付:5月3日(月) 0時52分
第1回で、タイルには2種類あることが述べられた。
「@ラーで使うようなタイル」と「Aボードの代わりにするタイル」だ。
「@の方は別にタイルの形状でなくても、ただのカードでも機能的にはそう変わらないわけで、Aのタイルこそ、わざわざタイルを使う意味がある」ので、今回はAに焦点を当て、このタイプのものをタイルゲーとして論じていくこととする。

これもまた第1回で触れられたことであるが、タイルゲーには、ボードがあってその上にタイルを置くものと、ボードがないものの2種が存在する。
また、他の分類のし方として、始めからすべてのタイルが並べられて開始するものと、プレイのなかでタイルが並べられていくものの2種類がある。
前者の分類を横軸、後者の分類を縦軸として、座標上で表すと以下の通り4種類に分類されることになる。

        始めから並べられている
             │        
     U(カタン) │ T(銅鍋屋) 
             │        
             │        
ボードあり ――――――――― ボードなし
             │        
             │            
     V(ティカル)│ W(カルカソンヌ)
             │        
         プレイの中で並べる

このように分類すると、ほとんどのタイルゲーがVとなる。
どういう理由があるのだろうか?
これは1つの疑問であるが、これについてはここでは保留しておく。

さて、Vのタイプのタイルゲーが多いわけなので、特にこのタイプに絞ってタイルゲーの面白さについて考えていきたい。

まずボードに関わる特徴を挙げる。
ティカルやニューエントデッカーのボードは、タイルを置く部分とその他の部分に分類できる。
前者のタイルを置く部分は、マス目で区切られており、そこに沿ってタイルが配置される。
後者のその他の部分としては、得点を示すための欄がある場合が多い。
また、ニューエントデッカーの族長小屋マスのように別の要素のものがある場合もある。
やはり前者がメインであり、後者は補助的なものである。

続いて、前者のタイルを置く部分に関わる特徴を挙げる。
置かれるタイルの数が多いということが、まず挙げられる。
ティカルでは36個、ニューエントデッカーでは96個となっている。
そして、タイルのバリエーションが豊富だ。
また、たいていはタイルを置く向きを自由に決められるので、選択の余地が多い。
それから、セットアップ時にいくつかのタイルが配置される場合がある。
ニューエントデッカーでは、タイルの初期配置によってバリエーションがいくつかあり、ゲームの幅を増している。
ドリュンタードリューバーのように、得点となる建物がボード上にすでに印刷されているようなものもある。
ティカルのように、地形となるタイルの上に別の種類のタイルを乗せる場合もある。

最後に、タイルを置くという行為について。
いちばんのポイントは、一般的にプレーヤーが手番ですることは1つのタイルをどこかに置くことであり、最善手を考えることは難しいとしても、行為じたいは易しいということである。
そのため、タイルゲーにはゲームに慣れていない者にとってプレイしやすいというメリットがある。
もう1つの重要なポイントは、タイルを置くことで地図が完成していくということだ。
以前にこの連載でモンスターメイカー5について論じた時に、「ボードゲームの本質は世界を構築することだ」と述べた(週刊ボードゲーム通信40号)。
タイルゲーはまさに、一つ一つのピースをつなげて世界を作っていくゲームである。
目に見えて世界の構築を実感できるがゆえにタイルゲーは面白いのだ、というのが仮説だ。

しかし、である。
実は私はタイルゲーにはそんなに興味がわかない。
ゲームのできとしてはまあまあで、面白いゲームだということは分かるのだけど、プレイしようという気にあまりならないのだ。
ゲームをする機会があれば、他のゲームをしてしまう。
なぜだろう?
鱶さんもあまりタイルゲーをしてなさそうですが、どうですか?

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ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:4月25日(日) 21時24分

みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。今回は「タイル」の3回目です。

 多くのゲームでタイルは小道具としての登場にとどまりますが、
いくつかのゲームはタイルが主役級の働きをします。
いわゆる”タイルゲー”というやつです。(「いわゆる」と書いたものの、そんな言葉ありましたっけ?)

 私がタイルゲーと考えるものは…
・カルカソンヌ
・エル・カバレロ
・メトロ
なんですが、すんません、実はカルカソンヌ2しかやったことがないです。
さてさて、これらのゲームのタイルは、マップです。メトロは限られたボード上に
タイルを配置していくようですが、カルカソンヌの場合はマップがどんどんつながって
広がっていきます。エル・カバレロも同様みたいで、これこそがタイルゲーの
だいご味ではないでしょうか。

 タイルゲーの要素としては、タイルを引いて、そのタイルに描かれた管をつないだり、
マップをつなげたりして広げていくことでしょうか。
 タイルゲーにはタイルの引きという問題があります。これが完全にランダムだと
ただの運ゲーになってしまいます。その辺、レビューなどを見ると、エル・カバレロでは
運ゲーにならない工夫があり、面白そうなのですが、なんせ手元に現物がないもので…。
オークションで探そっかと思っているところです。

 それではまた来週。

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ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その2 返信  引用 
名前:    日付:4月18日(日) 19時33分
前回では、タイルを機能面で2種類に分類した。
今回はタイルの材質に目をつける。

タイルの材質は2種類に分類できる。
@ プラスチック  例−ラミーキューブ、スクラブル、ターユー、
A 紙  例−カタン、カルカソンヌ、プエルトリコ

@のプラスチックのタイルには魅力がある。
アクワイアの場合、旧版は@、新版はAである。
思うに、アクワイアのタイルはやっぱりプラスチックでないと。
だから新版でタイルを紙にしたのは不思議だ。
コストを下げるためだったのだろうか。
そのくせ値段は高い。
重量を軽くするためだったのだろうか。
しかし箱は大きい。
せっかく新しいバージョンを出すのだからちょっと変化をつけてみようと考えたのだろうか。
その気持ちは分かるが、成功ではないと思う。

プラスチックのタイルは紙のタイルであっても構わないのにあえてプラスチックにしているのは、扱いやすさという機能的なメリットと、雰囲気の形成というメリットがある。
あと、プラスチックのタイルは手に持っていると楽しい気分がする。
パチッとかカチカチとかいう音もいい。
ターユーなんかは、プラスチックでないといけないゲームなのだろう。
木のタイルのゲームがあってもいいだろうなと思う。
とにかくプラスチックのタイルを使っているゲームには、デザイナーの気合いが感じられる。

Aの紙のタイルにもまた魅力がある。
厚紙なので扱いやすい。
大きさは、大きすぎず小さすぎず手ごろだ。
カラフルできれいな絵が描かれている。
すべてのタイルの絵が異なっていたり、ゲーム上は意味のないものがさりげなく描かれているとうれしくなる。
コンタクトゲームのタイルはその点でよくできている(ゲームとしてはダメだが)。

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Re: ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その2
名前:鱶(fuka)    日付:4月20日(火) 22時6分
 紙タイルはどうしても痛みが気になるのが難点かと。

 プラスチックタイルは確かに雰囲気ありますね。ブロックスなんかは
あの、「パチ」音がなければ魅力半減。

そして、次週はどうしましょうかね。
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Re: ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その2
名前:    日付:4月21日(水) 22時58分
タイルのうちどれかに絞って論じるのはどうでしょうか。 218-42-206-147.eonet.ne.jp (218.42.206.147) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

アハハ 返信  引用 
名前:バカで〜す    日付:4月18日(日) 8時4分
タノシソ〜
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ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:4月11日(日) 22時17分

 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 今回から新シリーズと言うことで、「タイル」について検討していきます。

 さてさて、タイルというと2種類あります。

@ ラーで使うようなタイル。小さいものはチットとも呼ばれる。
 袋なんかに入れて、ランダムに引くことができる。
 
A ボードの代わりにするタイル。四角いものやそれ以上の形をしたものがあり、
 向きを変えてつなげて行き、マップができていく。
  最近のではアッテイカ。少し前ではエルカバレロとかカタンとか、
 ティカルもそうでしたっけ。ティカルの場合はボード上にタイルを置いていきますが、
 カタンなんかは置いたタイルが、そのままボードとなります。(タイルボードはちょっと
 チープに見えるという意見もあったような…)
 
  忘れてはいけないのがカルカソンヌですね。これにタイル式の大きな特徴が現れています。
 それは、プレイごとにボードが変わるので、千変万化の状況を生み出すことができる、
 という点です。
 
 @の方は別にタイルの形状でなくても、ただのカードでも機能的にはそう変わらないわけで、
Aのタイルこそ、わざわざタイルを使う意味があるという気がします。

 タイルを使うゲームは他にも一杯ありそうですね。横さん、どないでしょ。
来週よろしくお願いします。

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Re: ボードゲームの要素について 「タイルの要素」 その1
名前:    日付:4月11日(日) 22時39分
新テーマの書き出しありがとう。 218-42-206-59.eonet.ne.jp (218.42.206.59) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

ボードゲームの要素について 「歴史の要素」 その6 返信  引用 
名前:    日付:4月5日(月) 5時59分
まずは、前回の結論について簡単に補足する。
「ディプロマシー」や「シビライゼーション」(AH)などは、レベル2と分類される。
このタイプのゲームでは、プレーヤーは実在した国などを担当することとなる。
主に地勢的な事由により、プレイ開始時から有利不利がある。
過去のアメリカゲーでは、そのような不平等さはあまり問題にされてこなかった。
逆に所与のものとして、各国ごとの作戦研究が楽しまれた。
しかしドイツゲーは、そういった不平等さを嫌った。
ドイツゲーであってもマップ上で勢力を競うタイプのゲームでは、開始時にどこに位置するかということは勝敗を左右する要素であることには変わりはなく、プレイ開始時から多少の不平等が存在することは致し方ないものの、「カタン」の初期配置のようにフリーセットアップによって開始されたり、「サンマルコ」のように自勢力がランダムに散らされてセットアップされることが一般的であり、アメリカゲーほど宿命的なものではなくまた格差が大きいものではない。

続いて、今回の一連の議論を振りかえって、考察余地のある問題を2点挙げる。

1、レベル1とレベル2の線引きの問題
第1回で挙げられた「ビンチ」はレベル2とされたが、この分類は微妙であると思う。
民族名や国家名が具体的ではないという点で、レベル1に分類する方が妥当ではなかろうか。
第4回で挙げられた「マジェラン」はレベル2とされたが、この分類もまた微妙である。
歴史上の人物が登場するためレベル2と分類したのであるが、このゲームはシステムとしては抽象的な競りゲームである。
したがってレベル1に分類する方が妥当かもしれない。
例えば「ハゲタカのえじき」の設定を大航海時代のヨーロッパに変えて、競り落とす得点カードに描かれる絵をバスコダガマやマジェランにしたとしても、それはレベル2とは言えないのと同じ理屈である。

このように考えていくと、レベル2となるドイツゲーがより見当たらなくなる。
はたして、第1回で提示されたレベル1とレベル2の線引きは妥当なのであろうか。
 
2、歴史の要素の問題
「マジェラン」はディプロマシータイプではなく、プレーヤーが探検家を競り落とすゲームであり、先ほど述べたような開始時の有利不利はない。
そのためこのゲームは、「歴史の要素は均衡を崩す働きがあるためドイツゲーでは避けられる」という前回での結論の例外となる存在ではない。
このように客体として歴史的要素が扱われるゲームであれば、ドイツゲーとの親和性は損なわれないはずである。
逆に、ポピュラーな歴史上の人物を登場させることには、プレーヤーがゲームにコミットしやすくなるというメリットがあろう。
しかし、そのようなドイツゲーがほとんどないことは、なおも疑問である。
このへんのことを考察するためには、ゲームデザイナーが自らのデザインポリシーを述べる資料を研究することが必要となってこよう。

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ボードゲームの要素について 「歴史の要素」 その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:3月28日(日) 23時18分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。

 前回あげられた「マジェラン」は(いつもの事ながら)未プレイです。
しかし確かにドイツゲームにはレベル2のゲームは非常に少ない気がします。
レベル2はドイツゲームが好まない、非対称的なデザイン(不均衡系ゲーム)となり、
バランス上許されないと言う意識が発生するのでは? と勝手なことを書いたりして。
かなり前の週刊ボゲ通の不均衡系ゲームの考察でもあったように、ドイツゲームは
不均衡であることを好まない傾向があります。

 アンバランスであることそのものが落ち着かないから嫌いなのか、
実際的理由として、デザインが難しいからあまり無いのか。
いずれにしても、歴史をゲームに反映するということは、微妙なバランスと言うことはあり得ても
対称的にバランスが取れるということとは無縁です。
 レベル2の歴史の再現とゲーム性のバランスが調和したゲーム、となれば理想的な気がします。

 結論としては、[歴史」の要素は均衡を崩す働きがある、ということでしょうか。
 今回はえらく短くなってしまいました。一応結論に達したかのように見えますけど、いかがでしょう。

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Re: ボードゲームの要素について 「歴史の要素」 その5
名前:    日付:3月30日(火) 22時4分
結論ごくろうさまです。
このテーマについて語ることがまだありそうな気もしていて、続きでやるかどうかちょっと考え中です。
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ボードゲームの要素について 「歴史の要素」 その4 返信  引用 
名前:    日付:3月22日(月) 2時47分
『歴史の要素』がドイツゲームに盛り込まれる意味について、前回に挙げられた仮説は間違ってはいないとして話を進めたい。

さて、たいていのドイツゲームにおいては、『歴史の要素』が盛り込まれたとしても味付け程度のものである。
つまり、ほとんどはレベル1であるということである。
「エルグランデ」や「プエルトリコ」は、それぞれ「中世スペインでの勢力争い」、「植民地でのプランテーション経営」がテーマとなっているレベル1のゲームである。

レベル2として、思い浮かぶものは「マジェラン」である。
「マジェラン」では、コロンブル、マルコポーロ、バスコダガマといった歴史上の有名な探検家が6人登場する。
各々には、史実に基づいた長所、短所が設定されている。
私にとって、歴史上の有名人物が登場することは新鮮であった。
そして彼らを特徴づける個別のルールが存在することに驚いた。
こういう風に歴史上の人物が登場することはアメリカのマルチゲームではよくあったが、ドイツゲームでは知らなかったからだ。
なぜレベル2のドイツゲームは少ないのであろうか?

ところで、前回に提示された仮説は「『歴史の要素』がドイツゲームに盛り込まれる意味」に対するものであった。
これは、『歴史の要素』を広く捉えてのものである。
前回に「テーマとシステムの関連」という言葉が出てきたように、この仮説は「『テーマ』がドイツゲームに盛り込まれる意味」に対するものとする方が妥当だ。
『テーマ』には、『歴史の要素』を含むもの(例:中世ヨーロッパでの勢力争い)もあれば、『歴史の要素』を含まないもの(例:現代社会の市場競争、アステロイドベルトでの採掘)もあり、前回の仮説は『歴史の要素』に限定されないからだ。

レベル2こそに、『歴史の要素』の本質があると思う。
 

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ボードゲームの要素について「歴史の要素」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:3月14日(日) 22時12分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 前回あげられた、「歴史の要素がドイツゲームに盛り込まれる意味」について
考えてみました。

@ 歴史を知っている人にとっては、共通認識があることで、ゲームの世界に入りやすくする効果が
あるのではないか。

 例えば、呂布の戦闘力が異様に高かったり、諸葛亮の知力が高かったりしても、
知っている人にとっては、ある程度納得がいくことと思います。

 しかし、例えばSFゲームをデザインしたとして、多くのキャラクターの戦闘力が
1〜5程度なのに、いきなり戦闘力10の****星人が出てきたら、かなり違和感があると思います。

 ファンタジーゲームを作ったとして、ドラゴンが火を吐くくらいは共通認識としてありそうですが、
トロルの日光嫌いなどは、歴史ほど人口に膾炙している感じでもなさそうです。(…人にもよるか?)

 …ここまで書いてきて思ったが、三国志の例ではドイツゲームには当てはまらんですね。

A 歴史をテーマとしてデザインすることで、元ネタが確保できるのでデザインしやすいのでは?
でも、逆にそれに縛られて、デザインしにくい面もありそう。

 システムが先かテーマが先かという問題がありますが…。
その辺の、テーマとシステムの関連については[ボードゲーム天国01」のP101に詳しく
出ていますので、機会があればそちらを見ていただくとして、

・レベル1 a.ゲームシステムの完成後、味付けとしてテーマを設定。
      b.歴史をテーマとしてゲームをデザインするが、結局テーマとの関連性は薄くなった。
      
・レベル2 a.歴史をテーマとしてゲームをデザインし、ある程度テーマとの関連性を持つ。

 こんな感じで分かれると思われますが、どないでしょう。
 
 結局、「歴史の要素がドイツゲームに盛り込まれる」積極的な意義は発見できずじまいでした。
ただ単に歴史好きがデザインしたというだけなんでしょうか。
 次週の横さんの考察を待ちます。

 ではでは。また来週。 

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ボードゲームの要素について「歴史の要素」 その2 返信  引用 
名前:    日付:3月7日(日) 22時41分
レベル3(データ的に歴史的事実を再現している)のゲームのほとんどは、歴史的事実、特に戦争をどうリアルに再現するかが一番の課題とされる。
しかしリアルな再現を目指すほど、複雑なゲームとなる傾向がある。
これが行きすぎると、多くの人にとってプレイ不可能なゲームになってしまう。
そこでプレイ可能な人の割合を増やすための妥協が必要となる。
そのゲームはどの程度の人々にプレイ可能かということを示されたものが、プレイアビリティの指標である。

レベル3のゲームを好む人にとっては、ゲーム性は二の次だ。
例えば、ひたすら耐えるだけの勝つ見こみのない戦いであったとしても、それっぽさを感じることができれば、そのゲームは好まれる。
むしろ、ゲーム性を向上させた結果、リアリティが低下してしまったゲームは興ざめなものとなる。

レベル1(テーマとして設定している)とレベル2(いくつかの点で、ゲームの内容にかかわりがある)としては、今日ではドイツゲームを念頭においてさしつかえないだろう。
これらのゲームは、第一にゲーム性が重視される。
つまりデザインにおいて、ゲーム自体の面白さが問題とされ、レベル3のゲームのように再現性は問題とされない。
したがって、ドイツゲームにはプレイアビリティの指標が表記されていないことも頷ける。
これに似た指標として、ドイツゲームでは推奨年齢が表記されている。
ただ、この2つの指標は似ているようで、実は大きく異なる。
ドイツゲームの推奨年齢は、その対象範囲にあてはまっていれば、誰でもプレイ可能ということなのである。

このような観点からすると、シミュレーションゲーム(レベル3)とドイツゲーム(レベル1、2)は、異質なものである。
特に「歴史の要素」への関わり方は、大きく異なっている。
したがって、今回のテーマを考える上では、レベル3のゲームは除外したい。
また、対象となるレベル1とレベル2のゲームとしては、やはりドイツゲームに限定してしまいたい。
そうすれば議論が行いやすくなり、またドイツゲームとは何かというこの世界の大テーマの解明にも近づきうるからである。

これから考えていくべき問題のポイントとしては、「歴史の要素がドイツゲームに盛り込まれる意味」と「レベル1とレベル2の差異」ということになろうか。

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↑ 訂正
名前:    日付:3月9日(火) 0時41分
上記の「プレイアビリティの指標」を「コンプレキシティ(complexity)の指標」に訂正させてください。
すいません。
 
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ボードゲームの要素について「歴史の要素」その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:2月29日(日) 20時51分
 こんばんは。4年に1回の2月29日、皆さんいかがお過ごしですか。
 
 今回からのテーマはとりあえず「歴史の要素」にしてみました。
歴史にロマンを感じる人は数多くいます。小説なんかでも、歴史小説、
大河ドラマにも歴史ものがたくさんあります。
 ボードゲームにも歴史の要素を取り入れたゲームが数多くあるわけですが、
ゲームごとにそのレベルは違っています。

レベル1:テーマとして設定している。ゲームの内容との関わりは低い。
 「カール大帝」について以前に金七さんがまぐまぐ版ボゲ通の45号で書いています。
 「一応マップらしきものは書いてありますが、ゲームには何の関係もありません。
カール大帝も駒として登場しますが、高度に抽象化された存在で、これまた歴史的役割とは
何の関係もありません。
極論すれば、「始皇帝巡業」という題のゲームにしても構わないといえるでしょう。」
 
レベル2:いくつかの点で、ゲームの内容にかかわりがある。
 「ビンチ」では文明タイルが過去に存在した文明の能力を結構うまく表現しています。
 「ガレー船」のタイルは沿岸領土の侵略にプラスになったり、「蛮族]は戦闘力だけ高かったりします。
これらの文明が出現する順番や、場所などはランダムなので、そこら辺は歴史的ではない部分です。
 「三国志」のゲームなどもそんな感じですね。

レベル3:データ的に歴史的事実を再現している。
 シミュレーションゲーム系。
 この辺は良く知らないので、とりあえずこれで来週の横さんにお願いします。
 
 ではでは。また来週。

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ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その7 返信  引用 
名前:    日付:2月23日(月) 6時38分
前回で示されたとおり、アブストラクトゲームは、ボードゲームを評価するときの一般的な尺度に当てはめると辛い評価となる。
ゲーマーがあまりアブストラクトゲームに興味を示さないのも頷ける。
この尺度に拠ると、アブストラクトゲームの総合得点を高めるためには、戦略性とか奥深さで点数を稼がねばならないことになる。
しかし、それは正しいのだろうか。

私がアブストラクトゲームについて持つ仮説は、以下の2つである。
@アブストラクトゲームは、アブストラクトゲーム好きのゲーマーのみがプレイするものである。
A彼らは、一般的なボードゲーム評価表とは異なったアブストラクトゲーム評価表に基づいてアブストラクトゲームを評価する。

ここでは、アブストラクトゲームを評価する時の尺度の1つとして、コンポーネントについて述べたい。
アブストラクトゲームのコンポーネントに対して、一般的にゲーマーはしょぼい印象を持つ。
たいていのアブストラクトゲームでは、マップは桝目だけのそっけないものであり、コマはモノクロで単に丸い形のものである。
カードもダイスも塔も円盤もない。
とにかくシンプルである。
これなら簡単に自作できるやん、と思わせられる。

しかし、アブストラクトゲーム好きのゲーマーは別の見方をする。
彼らにとって、このシンプルなコンポーネントこそが美しいのである。
これは美術品としての評価に通ずる。

このことに関連して、'The Games Journal'の今月号の記事で、ギプフについて論じられている。
"The Gipf Project" (M.Thomashow/ February, 2004)
http://www.thegamesjournal.com/reviews/Gipf.shtml

この記事の中で、著者はギプフの美しさをこう述べる。
「不要なものが一切省かれた美しさだ。それはあたかも禅のようである。」
「原初の地球において、海洋から大陸が形成される光景が目に浮かんでくる。」

アブストラクトゲーム好きの人々には、このような見方ができる能力があるのだ。

続いて著者は、一連のギプフシリーズの優れているポイントを3つ挙げる。
これは、よいアブストラクトゲームの要素を考える上で参考になるだろう。

@バランスが取れている
 自分が有利さを獲得するためには、その分コストが必要となる。例えば、相手のコマを取れば、その分自分のコマも取り除かねばないないといった対価が必要となる。そのため、どのていど攻勢に出るべきかを判断しなければならない。

A柔軟な対応が求められる
 状況が刻々と変化するため、それを把握し対応しなければならない。

B混沌の中に秩序がある
 一見ランダムな変化の中にもパターンが存在する。経験を積むことでそれを見出すことができるようになる。
 

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Re: ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その7
名前:鱶(fuka)    日付:2月26日(木) 19時48分
お疲れ様です-。長続きしなさそうなテーマでしたが、7回目ですね。そろそろ次のテーマにしますか? zaqdb73ae47.zaq.ne.jp (219.115.174.71) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.23 [ja]


Re: ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その7
名前:    日付:2月27日(金) 20時21分
細く長く続きましたね。
ところでネタありますか?
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Re: ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その7
名前:鱶(fuka)    日付:2月27日(金) 21時13分
アブストラクトの反対でコンクリートな要素、具体的な要素というのは?
 例えば、歴史的事実を基にしたゲーム。ウォーゲーム系のそのあたりの事実処理とカール大帝とかビンチとかの処理はかなり違う風なので、と適当に書いてみたりして。でも次回は私の番なんで、ちっとまじめに考えないといかんのですよね。横さん、なんかないすか?
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Re: ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その7
名前:    日付:2月28日(土) 9時50分
たのんました。 218-42-206-121.eonet.ne.jp (218.42.206.121) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)

ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その6 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:2月15日(日) 19時10分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。

「アブストラクトゲームを評価するときに、一般的なボードゲームを
評価するときと同じ見方をするとミスリーディングとなるかもしれない」

 前回の横さんのこの言を見て、支局の方のページで細々とやっていた
評価表にブロックスを加えてみたのですが、それを見ると一目瞭然。
↓まずはこちらをどうぞ。
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/1377/hyouka/blokus.html

…そう、アブストラクトゲームの多くは、オープン情報で構成されてしまうがゆえに
運の要素が弱いです。運ゲー同様運なしゲーも好まないスタンスでかかると
評価の点数は辛くなってしまいます。(それでも合計20点なので結構高得点ですが)

 囲碁や将棋はレベルの差がダイレクトに出すぎる点で、ボードゲーマーの私は不満です。
駒落ちなどの対応システムがありますが、私としてはそれで勝ったとしても、いまいち
ストレートによろこべません。ブロックスで持ちブロックの数を減らしてもらって
勝ったとしても、やはりよろこべないでしょう。なにより、ハンデ戦はプレイ自体
それほど楽しくない気がします(個人的見解)。
 ボードゲームであれば、運の要素がレベル差を埋める緩衝要素として働くため、
プレイ経験の差があっても十分に互角に戦うことができ、ゲームを楽しめます。

 さて、そしたら一体、”良いアブストラクトゲーム”ってなんじゃ?という
先週の疑問がそのまま残ってしまいます。上の流れで、運の要素を強化したところで、
良いアブストラクトゲームになるわけではないでしょう。結局、戦略性とか奥深さとか
そのあたりが優れているゲームが良いゲームになるんでしょうか。ちょっと敷居の高さを
感じますが、そんなもんなんですかね。
 ではまた来週。さよならー。

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ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その5 返信  引用 
名前:    日付:2月7日(土) 22時2分
アブストラクトゲームは、一般的なボードゲームと囲碁・将棋等の伝統的なゲームの中間に位置する存在だ。
アブストラクトゲームの存在価値は、隙間産業のそれのようなものだと思う。

アブストラクトゲームの大きな特徴は、情報がすべてオープンであり、ランダムな要素がないということである。
そのため、プレイスキルが如実に結果に反映することになる。

こういうタイプのゲームを好むゲーマーは、マイノリティである。
さて、彼らが囲碁・将棋界に流れていかずボードゲーム界に残っているのはなぜだろうか?

囲碁・将棋は蓄積されている知識が膨大であり、技量を磨いて強くなるためには1つのゲームに集中して研究せねばならない。
しかしながらいろいろなゲームをしたいのが、ゲーマーの性である。
そういうゲーマー属性を持った人がアブストラクトゲームを好み、この世界に踏みとどまるのだろう。
普通に考察するとそうなのだが、はたしてそれだけなのか。

ところで、前々回に「なぜよいアブストラクトゲームを作ることは難しいのか」という問題を設定した。
このときには、「よいアブストラクトゲーム」という言葉をなにげに使用したが、「よい」とは一体どういうことであろうか?
どういう要素があると「よいアブストラクトゲーム」となるのか?
アブストラクトゲームを評価するときに、一般的なボードゲームを評価するときと同じ見方をするとミスリーディングとなるかもしれない。
囲碁や将棋は「よいアブストラクトゲーム」となるのだろうか。

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ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その4 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:2月1日(日) 21時38分
 みなさんこんばんは。明日から、また寒波が来るような感じですが、
いかがお過ごしでしょうか。

 アブストラクト要素についての第4回です。
前回出た、「なぜよいアブストラクトゲームを作ることは難しいのか」
という問題です。
 ふと思ったのですが、自分の大好きなゲームを仮に、アブストラクトに
してしまったら、どないかなー、ということです。私の場合は「エルグランデ」を
アブストラクトにしてみると、正方形のマップになったり、塔はただの箱だったり
して、騎士もただのキューブになったりしますが、なんかこうして書いているだけで
かなりつまらんそうな雰囲気になってきたと思いませんか?

 やはりテーマはゲームを表現できる大事な要素であり、コンポーネントの良さとも相まって
ゲームの質を高めることになるのだと思います。
 アブストラクトゲームにはそれが欠けているため、多くの人にとってドラマ性を感じづらく、
いまいち魅きつけられないのでしょう。

 付け加えて、テーマを有せない、というハンディ以上に、魅きつけない要素があるとすれば
ゲーム内容が想像の範囲内であるということかと。見た目以上の内容にならない気がします。
 そして、もしかして、アブストラクトゲームって、オープン情報のみのゲームが多いですかね。

 さて、私や横さんはアブストラクト・ゲームに興味が、いまいち持てません。
「プレイに定石がある」、「プレイスキルが如実に結果に反映する」
といった傾向を好むのであれば、とっくに囲碁・将棋界に流れていって、
ボードゲームの方にあまり興味を持てなかったであろう、と思うのですがどうでしょう。

 うーん。いまいち発展性の無い内容になってしまいましたが、今週はこれで。
ではまた来週。さようなら-。

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ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その3 返信  引用 
名前:    日付:1月26日(月) 2時9分
アブストラクトゲームにはあまり興味がわかない。
ギプフも持っているが、どうもやる気が起こらない。
食わず嫌いなのだろうか?
そこで、これまで出会ったアブストラクトゲームを思い出してみることにした。

小学生の時には、チェッカーやダイヤモンドゲームやバックギャモンのルールを学習したことがあるが、魅力は感じず友人を誘ってプレイするに至らなかった。
将棋だけは、小五、小六の頃、何人かがクラスでしていたのでよくやった。
しかし、中学生になってからは全然しなくなった。
エポックの国産シュミレーションゲームやアバロンヒル等の輸入ゲームに興味を持つようになっためである。
しばらくして中三のときには、アバロンヒルのオーワーリーというアブストラクトゲームを気に入ってプレイした。
これは、マンカラをアレンジして3、4人でプレイできるようにしたゲームである。
ルールには10種類程ものバリエーションがあり、デザイナーの気合いが感じられるよいゲームであった。
これは、ゲーマーとして初めてのアブストラクトゲームとの出会いであった。
最も気に入っているアブストラクトゲームは何かと問われると、このゲームになる。
なお、オーワーリーはほとんど知られていないマイナーなゲームだ。

その後、ゲーマー人生の中でいくつかのアブストラクトゲームをプレイしたと思うがゲーム名が浮かんでこない。
たぶんその多くは2、3回程度のプレイ回数だろう。
ブロックスはまあまあ好きで何回もしたが、今はなんとなく飽きてしまった。

以上、自分について振りかえると、アブストラクトゲームはプレイに至るほど興味がわかないという感じだ。
これは、アブストラクトゲームに対するゲーマーの一般的な傾向ではないかと思う。
ここいらが、アブストラクトゲームの弱いところなんだろう。
ただ、ゲーマーなら、見た目でゲームを判断しない姿勢は持っているものであり、アブストラクトゲームは中身勝負のゲームだということも承知している。
しかし、実際にはあまりアブストラクトゲームをプレイしない。
それは、できのよいアブストラクトゲームが出版されていないということなのだろうか。
そうであるならば、なぜよいアブストラクトゲームを作ることは難しいのか。
それとも、よいアブストラクトゲームは作られているのに、ゲーマーの目利きは未熟ということなのか。

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ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その2 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月18日(日) 21時1分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)どす-。
 
「なぜアブストラクトゲームは今でも新しくデザインされるのだろうか」
 前回出てきた、この件について、話を進めて行きたいと思います。
  
 横さんが言及してくださったように、(ほぼ?)全てのゲームは
テーマを抽象化するものです。キャンディデイトはアメリカ大統領選挙
操り人形はどっかの王国の様子、といったようにです。

 しかるに、アブストラクトゲームのテーマとは一体なんなんでしょう?
囲碁は陣取り、将棋は戦争、とここまでは簡単に分かります。
(どちらも伝統ゲームの方ですが。)
 ブロックスの場合、いったい何がテーマなのか、良く分かりません。
 そして、無理やりテーマをつけようとしても、ゲームの内容とそぐわないものになること
うけあいでしょう。さてさて、ではテーマがうまくつけられないために
アブストラクトゲームとなるのでしょうか。
 それではちょっと消極的に過ぎるので、もう一点。
 
 アブストラクトゲームの多くはシンプルでありながら、考えさせられるゲームが多いです。
そして、外観のしょぼさによって雰囲気は薄味となりがちです。
 ちゃんとゲームとしてデザインするのであれば、アブストラクトゲームでは、頭を使う要素を
採用するのは非常に有力です。なぜならば、雰囲気を楽しむことができないからです。

 もしこれで、考える要素がなければ、どうしようもないゲームになってしまいそうです。
 アブストラクトゲームはゲームの味付け、雰囲気をあえて捨てて、ゲームの本質に
迫ろうとしているのだと思います。

 ゲームシステムは骨格。雰囲気は血肉。アブストラクトは痩せ型のゲームのようです(なんのこっちゃ)。
 ところで横さんはアブストラクトは好きですか?
 私はあんまり好きではないです。(ブロックスは好きですが。)なんかわくわく感が
ないんすよね-。
 

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ボードゲームの要素について 「アブストラクトな要素」 その1 返信  引用 
名前:    日付:1月12日(月) 2時19分
ボードゲームは本質的にはアブストラクトなものである。
近年のボードゲームは、ビジュアルや背景設定などの演出によってアブストラクトさを減じようとしている。
その方が雰囲気が出ておもしろいからだ。

しかしアブストラクトさを減じることに努めないゲームがある。
それがアブストラクトゲームである。

チェスやオセロなどの古いゲームがアブストラクトゲームであるのは分かる。
しかし、新しいゲームの中にもアブストラクトゲームがある。
もちろんドイツゲームの中にも存在している。
なぜアブストラクトゲームは今でも新しくデザインされるのだろうか。

この問題を考えるために、今回はとりあえずアブストラクトゲームに代表的な特徴を列挙する。

・ユニットの色が白黒。
・ボードを使う。
・ボードの内容がシンプル。
・ボードが小さい。
・ルールがシンプル。
・自作しやすい。
・地味。
・プレイ時間が短い。
・2人でプレイする。
・プレイに定石がある。
・プレイスキルが如実に結果に反映する。
・ランダムな要素が少ない。
・頭を使う。

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ボードゲームの要素について 「プレイヤー」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月3日(土) 19時28分
 みなさん、あけましておめでとうございます。
お正月三が日の最終日、明後日から仕事という方、明日から仕事という方、
今日既に仕事の方、まだしばらくお休みの学生の方、いかがお過ごしでしょうか。
 今回は一応”ボードゲームの要素について 「プレイヤー」 その1 ”
となっていますが、シリーズ予定ではないつもりです。

 さてさて、私は去年は3、4回くらいしかボードゲームをプレイできませんでした。
社会人になってからというもの、学生のときとは比べ物にならないくらい
プレイ回数が少なくなってしまい、残念ではあるのですが、いつも楽しくボードゲームで
遊べているので良かったなあと思います。

 さて、週刊ボードゲーム通信では「ボードゲームの要素」を検討して面白いボードゲームを
探求しています。で、前シリーズの「心理戦」の検討では、私はどうも心理戦ゲームが
好きではないようでした。ボードゲーム評価掲示板の「アンダーカバー」の評価を見ると私は
「3普通」と付けています。確かにそんなにめっちゃ面白いゲームとも思っていませんでした。
 それが、去年の年末に、会社の友人とボードゲームをしてブロックスとアンダーカバーをやりましたが
今まで”普通”と思っていたアンダーカバーが非常に楽しかったので、ちょっとびっくりしました。
気心が知れている同士で、わいわい言いながらできたので楽しかったということなんですが…。

 私たちゲーマーは、面白いゲームを探し求める習性があります。新しく出たゲーム、
絶版になってしまったゲーム…etc. 
 しかしながら、どんなに面白いゲームよりも、一緒にプレイして楽しいゲーム仲間こそ
得がたく大切なものであり、ボードゲームを楽しくする要素ではないかと感じました。
(↑いまさら改めて言うことでもないっすか?)
 というわけで、みなさん今年もよろしくお願いします。
 
 次のボードゲームの要素は何にしようか、考え中です。
・アクション要素(指ではじいたりするゲーム)
・リアルタイム要素(タムスクとか…未プレイ)
・記憶の要素(カウンティングとか)
…なんかいまいちやなあと思って。

・アブストラクトな要素について、とかはどうでしょう。

 ではでは、また来週。

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Re: ボードゲームの要素について 「プレイヤー」 その1
名前:    日付:1月5日(月) 23時39分
とても素直で粋な記事ですね!

アブストラクトな要素について、で行きましょうか。
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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その10 返信  引用 
名前:    日付:1月1日(木) 20時35分
今年最後の週刊ボードゲーム通信です。
心理戦の連載は10回目となります。
特に今回のシリーズは読者の方々に導いてもらって続きました。

それでは始めます。

−−−
「心理を取り込むためのアプローチ」

さて、直近の議論の流れから、心理の要素はボードゲームの要であるという考え方に立脚して進めることとする。
心理の要素は要であるため、大半のボードゲームに含まれる。
ただ、心理の要素がうまく取り込まれて機能しているボードゲームもあれば、うまく取り込まれていないボードゲームもある。
ボードゲームをデザインする上で、心理の要素をうまく取り込むことは重要である。

ボードゲームのデザインという観点では、心理の要素を取り込むためのアプローチには2種類ある。

1つは、直接的なアプローチである。
このアプローチでは、プレーヤー同士の関わりをどう表現するかが追究される。
交渉や競りなどのコミュニケーションは、このアプローチで使われる代表的な手段である。
ボードゲームは人同士でするものであることに注目した普通に考えられるアプローチであり、ほとんどのボードゲームはこの方法によってデザインされる。

もう1つは、間接的なアプローチである。
こちらでは、リアルなモデルを作ることが追究される。
ここには、ボードゲームの真髄は現実のモデル化であるという考えが基にある。
この考えは今回のシリーズの第4回で触れたものである。
モデル化に成功したゲームは、結果として心理の要素が自然に機能することになる。

以上の話ではまだ分かりにくいので、もう少し具体的な話をする。

ここ2,3年のドイツゲームの中で、できのよいものは3つほどのタイプがあると思う。
以下の通りだ。

@競り系−アメンラー、マジェラン、ムガル
A役割系−操り人形、バン!
B箱庭系−プエルトリコ、アルハンブラ

@とAは、前者の直接的なアプローチによってデザインされたゲーム。
Bは、後者の間接的なアプローチによってデザインされたゲームである。

Bのタイプのゲームは従来、多人数ソロプレイゲームと低い評価がなされてきた。
実際に、プレーヤー同士の関わり合いは少なく、面白くないゲームだった。
しかし、最近のドイツゲームはこのタイプのゲームを生き返らせた。
心理を取り込むという目的を達成するために、プレーヤー同士の関わり方を工夫するという直接的アプローチを捨てて、モデルの構築に注力したのである。
リアルなモデルが構築されれば、必然的に心理が血液のように循環するのである。
えらい!
 

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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その9 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月21日(日) 21時9分
 みなさんこんばんは。昨日の雪はすごかったですね。
 心理戦シリーズも9回目ということで、そろそろこの辺で収めようかという気もする
今日この頃です。

 さてさて、心理戦は人の微妙な心理がターゲットだけに、システムとして
ゲーム内に保障するよりも、そのままおいといたほうがいいのかも、という気もします。
あえてシステムとして目差す方向性もありやけど、いいものになるんかいな? と思ったりもして。

 というわけで、心理戦ゲームの検討ということで「アンダーカバー」と
「操り人形」をピックアップします。

 「アンダーカバー」の方は、相手の行動から正体を推測していくしかありません。
そして、いくらあからさまな行動をとったとしても、それが真である可能性も
偽である可能性も残ります。しかし、ゲームが最後に近づき、ラウンドを重ねていくことにより、
かなり推理ができるようになります。廃墟というマイナスポイントの場所があるので、
そこに入れられたときに、どう脱出させるのかということや、
目立たないように得点を重ねられるように立ち回ったりと、結構気を使います。
その気を使うところが心理戦といえるでしょう。

 で、「操り人形」のほうは毎回の職業選択で、なにを選んだのかというのが推理の対象となります。
こちらは自分に回ってきたカードからの推測、状況からの推測に加え、ラウンドが進むにつれ
その人の嗜好やくせも材料に加わってきます。私の場合はこのゲームに限らず、
「最善手を求めすぎているので、読みやすい。(金七氏談)」とのことでした…。

 どちらのゲームも結構心理戦が楽しめるゲームだと思います。
それは、相手の心理を推測する材料が適切にばらまかれているからではないでしょうか。
(↑前に書いたことの繰り返しにもなってしまいますが。)
 この二つのゲームの場合、作者はゲームに心理戦の要素を取り込もうと意図したのだと
思います。その意図はある程度思ったとおりに反映されている気がします。
 
 心理戦を意図しないゲームにも「心理戦の要素」が含まれているとあれば、
それを意図してデザインするゲームには、より心理戦の醍醐味が味わい易いゲームであることが
求められます。

 ではでは。今週はこれで。

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心理戦の可能性、ゲームの発展・・・ 返信  引用 
名前:riccia    日付:12月17日(水) 2時22分
他人の行動が「これだ」といって判る事はまず無いです。(僕は稀に有るけど・・)
心理戦とは、(表現が正しいのかどうか不安だけど、おそらく・・)
あいまいな判断材料(相手の様子、性格、状況)から相手の行動を
正確に読もうとし、自分の行動を決定するものです。
また、相手には情報を与えないように、さりげなく誤情報をはさんだり、
隠匿しようとするものです。
それは、大概のゲームに含まれていると思います。

多分・・・僕の勝手な予想なんですが、ゲームシステムの洗練や多様化というのは、ある程度限界のあるものではないかと思っています。
現在、日本人が色んな対象に飽きてしまったように、「新しいもの」を
追求し続けると、いつか本当に求められている物が手に入らなくなります。
で、似たような物が沢山出回ります(^^;

じゃあゲームを作る方向として、どうしたら良いのか?
心理戦をうまくゲームに盛り込むように、するんじゃないかと思います。
(せざるを得ない・・・かも知れない)
これによって同じゲームでも、相手の組み合わせの数だけの多様性を
(言い過ぎかも?)得ることができると思います。
上で述べたように他人の行動はなかなか判りません。
相手によってもやり方が変わります。心理戦は奥の深い分野です。

ポーカーなんかはとても単純なシステムですが、ドイツゲームで好評を得ているゲームと、
どちらが「優れているか」と聞かれれば答えられるでしょうか?
ポーカーの面白さは、プレイヤーに相当量依存するものですから。

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Re: 心理戦の可能性、ゲームの発展・・・
名前:riccia    日付:12月17日(水) 2時26分
返信で作るべきだったのですが、新規で立ててしまいました(涙)
削除の仕方もよく判らず・・・すみませんです;;
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Re:全然おっけーですよ。
名前:鱶(fuka)    日付:12月17日(水) 20時26分
 ちょうど長くなってきましたし、こちらに続けましょう。

「汝は人狼なりや?」は未プレイなのですが、
ちっと苦手そうなゲームです。
 そういえば、「アンダーカバー」がうちにありました。
 これも心理ゲームですよね。
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Re: 心理戦の可能性、ゲームの発展・・・
名前:    日付:12月19日(金) 1時27分
心理戦の定義はそれが妥当だと思います
その定義に従うと、「アンダーカバー」は心理ゲームになります
しかしそうなんだろうか・・

それから、心理戦をうまくゲームに盛り込むようにする方向に進んでいるかどうかですよね
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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その8 返信  引用 
名前:    日付:12月15日(月) 0時28分
 「キャンディデイト」はよくできたゲームです。面白さの1つはブラフができることです。そしてそのブラフが、カリフォルニア州などゲームの焦点となるタイミングで発生しやすいため、緊張感が増しています。このような緊張感を伴ったブラフができる「キャンディデイト」は、”心理戦の要素を含むゲーム”と認定できます。

 ダイスゲームの「ブラフ」でもブラフができます。しかし、このゲームのブラフはあまり緊張感を伴いません。このゲームが、本質的に確率計算のゲームであるためです。相手のダイスが極端なものであれば、こちらの運が悪かったとなるだけです。それにお気軽なゲームであるので、行動選択についてそんなに悩む気にもなりません。
 もっとやりこめば新境地が見えるのかもしれませんが、私には「ブラフ」は定石に従って淡々と進めるゲームです。したがって「ブラフ」は、”心理戦の要素を含むゲーム”の範疇ではないと思います。

 ところでブラフというと、ポーカ等のカードゲームでのビットとか、競りゲームで欲しくないモノの値をつり上げるなどいうものでしょう。しかしブラフが成立するゲームは、ありそうでほとんど思い浮かびません。
 ブラフはゲームを面白くする要素と思われるのですが、なぜこうも少ないのでしょうか。

 そもそもドイツ人はブラフのような心理的な要素を切り捨てているのだろうかと考えさせられます。
 前回で言及されているように、心理戦における相手の行動を推測する根拠としてとらえどころのない「相手の心理」や「相手の表情」を挙げるのはかなり難しいことを彼らは承知して、そんなものに振りまわされないゲームを作るのでしょうか。
 ゲーム上の状況証拠をもって推測せざるを得ないのであるならば、心理的駆け引きなどあってもなくても同じです。それならば、ない方が合理的というのは分かります。我々が心理的と思っていたことは意味のないものであると、すでに総括されているということです。

 今回のテーマに関して言うと、「”心理ゲーム”の範疇に当てはまるゲームは存在せず、”心理戦の要素を含むゲーム”の範疇に当てはまるゲームもほとんど存在しない」ということになりそうな話の流れです。
 ボードゲームをしていると、「こうしようか、ああしようか」とあれこれ心悩ますことはよくあります。そのため心理戦であるように感じてしまうのですが、それは自分の中で迷っているだけであり、相互の心理的駆け引きではありません。やっぱりそうなのでしょうか。


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Re:どうでしょう?
名前:乱世    日付:12月15日(月) 11時11分
 「ゲーム上の状況証拠から推測せざるを得ないのであれば心理的駆け引きはあってもなくても同じ」とおっしゃいますが、ゲームの戦局を恣意的に動かすことによって相手を悩ませ、ミスディレクションを行うことも可能であると思います。良いゲームでは、間違った選択を招く適当な複雑さがあり、「現在のゲームの状況」は隠せませんが、「このあとどうするか」を隠す事ができます。実際のゲームでは、大抵が自分の手番になにかしら選択を行い、その積み重ねがゲームの勝因なり敗因になることが多いようですから、「相手を悩ませるように動く」ことはただ「(見た目の)自分の利益が最大になるように動く」ことよりも効率がよいことがあります。
 ゲームは、人間がする限りにおいて心理が介入しないものはほとんどありません。それは、人間が本質においてランダムなものだからです。(明らかに得な選択肢を捨てて、ただ感性にしたがって選択を行ったり、そのときによりよく見えた選択肢があとで意味の無いものに思えたりした事がありませんか?)
大抵のゲームというものは、根本的に心理の要素を入れることによって、毎回同じ局面になったり毎回同じ勝者・敗者が出るのを防いでいるのです。
 「プエルトリコ」を例にとってみます。「プエルトリコ」には定石があり、また、プランテーョンタイルと手番の順番以外にこれといってランダム性は持ち合わしていません。大抵の人が毎回、自分の利益が最大になるようにプレイします。 しかしながら、その勝者は毎回(多分)異なります。途中でどこかしら流れを左右する選択があったのでしょう。しかし、これは(多くの場合)その選択をした本人にもわかりません。
 心理というのは微妙なもので、本人にもわからないうちに本来と違った行動をとることがあります。やっている本人が「あ、これ心理ゲームだな」と思わなくても、その繊細なアヤを生かしたゲームというのはかなりの数存在していると思います。
 本質的に「真か偽か」のブラフは心理戦の手法の一つでしかないと思います。どちらかというと、選択肢が多くなればなるほど、心理戦を仕掛ける方にも仕掛けられる方にも心理戦の技量が問われるのではないでしょうか?(仕掛ける方は相手の出方が読みにくくなり、仕掛けられる方は、どこに穴が有るのかカウントしづらくなる為)
 こういったことを踏まえて、私の意見を言わせて頂きますと、
ドイツゲームは、「yes or no」であるブラフを越えて、「誰が見てもこれは心理ゲームだ」というゲームではなく、ゲームの中にいかに繊細に心理の要素を組み込むかという方向に進んでいる。そこでは、心理の要素は普遍かつ繊細すぎて、プレイヤーにも(もしくはゲームの製作者にすら)わからない。しかし、「勝った敗けた」や戦局の流れや「あぁ、あの時にこの選択肢をとればよかったのに」という気持ちは依然残る。ハード的な面白さよりも、そういった人間のファジィさや可愛さ(?)を重視したゲームを通して「人間という生物の面白さ」に迫る作品がでてくるのではないのだろうか?つまり、ゲームとは一部ダイスゲームを除いて(メカニックにランダム性が出るため、「気合でダイス目がよくなるという一部主張除く^^;)、すべからく心理ゲームであり、ゲーム上で人間のかかわる選択は全て心理的要素である

 ということになります。(後半誇張含む)
 第三者である私が言うべき事ではないのでしょうが、横さん、鱶さんどう思われますでしょうか?
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Re: なるほど。
名前:鱶(fuka)    日付:12月15日(月) 21時51分
 書き込み大歓迎です。なんといっても、私と横さん二人の意見だけでは、
 広がりに欠けてしまう面が大いにありますので。

 乱世さんの意見ですが、基本的に納得です。
 選択肢を選ぶこと=心理的要素となると、「いかにも的心理ゲーム」ではない、
より状況が複雑で、選択肢が多いゲームの方が、捉えきれない微妙な心理が内包されますよね。
 ドイツゲームが意識してその方向に向かっているのでしょうか。
ふと思いつくに、あえて、「心理」のみにスポットを当てた「心理ゲーム」
こそが異色な存在であるような気がしてきました。選択肢を狭めることで
心理の幅を狭めて捉えやすくしようとしているのでしょうが、どうも
私としては、否定的な評価になってしまいます。

 さてさて、前に書き込んだ後にちょっと考えたんですが、
はたして相手の表情、一挙手一投足は証拠足りうるか?
 それを証拠として採用するには、あまりに根拠薄弱なものです。
しかし、それを無視するのはあまりに散文的態度に過ぎないかと思いました。
 よって、ゲーム上の状況や相手の表情…etc. すべての材料を利用して
相手の心理を推測することがあれば「心理戦」と言っていいのかも?
 でも、ほぼすべてのゲームが”心理戦の要素を含むゲーム”としてしまうと、
論じにくくなったり、とかも思いました。
 駆け引きの大きさはゲームごとに異なるので、その部分が大きなゲームが
「心理ゲーム」ですかね?
 横さんはどない思います?

 最後に「気合でダイス目がよくなるという一部主張」についてですが、
対戦者がそのことを恐れた行動をとることがあるので、非常に有効な心理作戦かと思われます。
(…過去に被害の経験があったりして。)
 
 
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Re: ボードゲームの要素について 「心理戦」 その8
名前:puppi    日付:12月15日(月) 23時30分
> それを証拠として採用するには、あまりに根拠なものです。
>しかし、それを無視するのはあまりに散文的態度に過ぎないかと思い>ました。
> よって、ゲーム上の状況や相手の表情…etc. すべての材料を利用>して相手の心理を推測することがあれば「心理戦」と言っていいのかも?

心理を読み取るマインドリーディングや行動を読み取る行動分析に
当たる部分は日常でも自然に行っているはずなので、根拠薄弱とは言えないと思います。まずは読み取るスキルがいるという前提はあります
が、そのスキルが長けていれば、次に相手の心理を読み取るだけでは
無くそれを利用して能動的な使い方もできるようになります。ポーカ
ー、麻雀などが良くそれを表していると思います。両方とも確率を
良くすることが第一目標ではあるけれども、相手の一挙手一投足を
読み取ることが出来れば受動的、または能動的な心理戦に持ち込む
事が出来るルールになっているからです。

もちろん心理戦が成立するにはプレーヤー同士がマインドリーディング
出来るスキルが無ければ駄目です。幸い東洋系の人種は文化と社会的な
背景を元に相手の気持ちや行動から心理を読み取ることに長けている
ようです。西洋圏の人種はどうしても言葉にしないと理解できない場合
があるので、行動分析やマインドリーディングの部分がより体系化
されています。ファミリーゲームや社会ゲームと称されることの多い
ドイツのボードゲームで心理戦は切っても切りはなせない要素で
あると僕は思います。問題はより判りやすいように体系化を行う
プロセスの中でどのくらい心理要素がルールとして同化または、
簡略化されているかだと思います。ちなみにぼくが遊んだゲームの
中でもろ心理戦がダイレクトだったゲームは汝は人狼なりや?です。
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Re: ボードゲームの要素について 「心理戦」 その8
名前:    日付:12月16日(火) 20時30分
書きこみありがとうございます。
考えがまだあまりまとまっていないので、今の時点で思ったことを述べます。

「ほとんどのボードゲームが心理ゲームであるか否か」ということは、心理の範囲をどう捉えるかの問題であると思います。
論点としては、「ドイツゲームは、心理の要素をどのように扱おうとしているか(切り捨てる方向 or いかに繊細に組み込むかの方向)」が面白いと思います。

それから、心理が発揮されるためにはプレーヤーのスキルが必要であるということは、これまでの議論ではまだ出てきていない観点です。
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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その7 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月7日(日) 21時38分
 みなさんこんばんは。前回の流れを受け継ぎまして、今回はブラフについて
少し考えてみたいと思います。
 
 まず、ブラフとはなんでしょうか。
困ったときの英和辞典、というわけで引いてみると…bluffとは
「はったりで…のふりをする」(プログレッシブ英和中辞典)ということです。

 ボードゲームの場合で言うと、AとBという行動をとることができるとして、
Aを選んでいるように見えて、実はBを選んでいる。
 ということで、相手の不意を突き、さらに相手がAに対処するための
行動をとっていれば、それを利用して戦況を有利に導くことができる
テクニックということでしょうか。
 
 従って、じゃんけんに単純化して当てはめてみると、(前にも書いていますが)
グーを出すと見せかけて、チョキを出すような感じになります。

 私が良くやるボードゲームでは「キャンディデイト」のカードプレイがあります。
・選挙区に多くのカードを置いて金額勝負をしていると見せかけて、
相手に降りてもらい、実は小額紙幣をちょろっとだけ置いといて、さらっていく。
・選挙区に一枚だけ置いてスキャンダルで流すように見せかけて、
実は最高額の10万ドルで一気に勝負を決める。

 「キャンディデイト」では割とよくあるパターンのカードの出し方があるので、
それを利用してブラフをかけることができます。
 実際の行動と別の行動をしているように見せかけて、その裏をつくということです。
 カードをいかにもそう見えるように置いておくだけの場合もあれば、
口先戦術によりそのように見せかける場合もありましょう。
 ただ、あまりおおっぴらに言及すると、結局二つの可能性に気づかれて、
二択勝負になってしまう場合が少なくありません。
 やはりさりげなくブラフをかけて誘導したほうが良い気がします。
   
 さてさて、心理戦における相手の行動を推測する根拠として
「相手の心理」or「相手の表情」を挙げるのはかなり難しいと思います。
あまりにとらえどころが無いものなので。
 それよりは、状況証拠をもって、相手の心理の表れとするべきなのでは?
 でもそれでは、「心理戦」ではないのか…?
その中でも、微妙な口調とかで、誘導されてしまうことがあるとそれは
心理戦…?。

 はてはて、よく分からない混乱のまま、今週の記事を終わります。

 そういえば、そのものずばり「ブラフ」というゲームがあるんですよね。
残念ながら未プレイなのでした。

 ではまた来週-。

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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その6 返信  引用 
名前:    日付:12月1日(月) 22時43分
 前回に続いて「”心理戦の要素を含むゲーム”では、相手の行動についてある程度推測が可能だ」という仮説に説得力を持たせようと思います。

実生活と比較すると、ボードゲームの選択肢はそう多くありません。
そして選択肢の中で有効なものはいくつかに絞られます。
そのパターンは2種類に分けられます。
@最も有効な選択肢が明確。
Aどれが最も有効な選択肢かは判然としない。

@の例としては、「はげたかのえじき」で、10ポイントのカード(最高得点カード)に対して15のカード(手札の最強カード)を出して取りにいくことです。
他の例としては、「フンタ」で、所在地決定時に現金をたくさん持っているならば銀行へ行くことです。

Aの例としては、「はげたかのえじき」で、3ポイントのカードにどのカードを出すかということです。
他には、多くのボードゲームで、どの国にユニットを配置するかとか、どのカードを取るかというようなことです。

@の場合は、心理の要素は多く入ります。
Aの場合は、心理の要素はあまり入りません。

@のようなアクションは勝利に近づくものです。
よって明らかに有効です。
しかし、できよいゲームではそのアクションには大きなリスクが伴うことになっています。
そこがジレンマ=心理を生じさせます。
「フンタ」なら銀行で預金できれば勝ちが確定、暗殺されれば負けが確定ということはしばしあります。
こういう状況に置かれたプレーヤーは、所在地を決定するのに心理的プレッシャーが非常にかかります。
選択肢は、銀行へ行くか行かないかの実質2択です。
暗殺する側のプレーヤーは、彼の性格・表情・所在地チットを置くしぐさからどちらを選択するかを読むのです。
なにしろ、彼の手持ち現金はこのゲームを通じて一生懸命に稼いできた言わば行き様なのです。
心理が出ざるを得ません。

Aの場合のアクションは勝利に直結するものではありません。
したがって軽いものであり、プレーヤーはたいして悩みません。
心理的要素の強そうなゲームでも、Aは多いです。
「ファンタスミ」では、明らかに有効という手はそうありません。
「アーデルフィアフリフテッド」でも、明らかに競り落とすべきモノはめったにありません。
そもそも@のないゲームは”心理戦の要素を含むゲーム”とは言えないのです。
@があってはじめて心理戦が生じるのです。
どんなゲームにも心理戦の要素は含まれるわけですが、Aをカテゴリーとして分類すると”心理戦の要素を含むゲーム”ではなく、”運ゲーム”かなにか他のカテゴリーです。

以上、冒頭の仮説が有効であることを述べました。
じゃんけんでも、もし最も強い手が存在したならば、心理戦の要素が含まれることになります。

 ところで、ブラフについては今回は検討できませんでした。
2択となった場合は、どちらの選択肢を取ってもある意味ブラフであり、ブラフでもないように思えます。
そもそもボードゲームにおけるブラフの例はどのようなものがあるのだろうか。

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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月23日(日) 22時12分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。

 前回の「心理ゲームって運ゲーちゃうん?」というテーマ設定では
私と横さんの意見が一致してしまい、ちっと盛り上がりに欠ける展開になってしまった
ような気がします。
 今回は一歩進めて「心理戦の要素を含むゲーム」の検討をしてみたいと思います。

 さてさて、例えば”完全心理ゲーム”「じゃんけん」を考えてみると、グー、チョキ、パーの
どの手が出されるかは、相手の心理次第で殆ど推測のしようがありません。

 これに対して、”心理戦の要素を含むゲーム”では、相手の行動について、
ある程度推測が可能なのではないかと思ったのですが、どうでしょう?
 いくらかの推理材料があって、「この状況なら、何通りかの行動の選択肢があって、
どちらも同じくらいメリット・デメリットがあるけど、どっちやろう。結局二択か…」
というような感じをイメージしました。
 推理材料が多いと、その分ブラフの余地も生まれ、なかなか良い駆け引きが生まれるのでは。
なぜかというと、じゃんけんの場合には推理材料がないため、グーを出そうとしていると
見せかけてチョキを出す、というようなブラフが使えません。そういった駆け引きこそ、
心理戦のだいご味なのではないでしょうか。それでこそ、読みがぴったり当たったときの
爽快感が生まれるというものです。

 今回の発見を記すと「適切な推理材料は心理戦にブラフを生み、より高度な駆け引きをもたらす」
ということでいかがでしょう。

 しかし書いてて思ったんですが、それって割と普通のゲームですよね。
特に「心理戦の要素を含む」とするまでもなく、多くのゲームに含まれている気がします。

 うーん、いまいち大した考察ができませんでした。横さん次週お願いします-。

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Re: ボードゲームの要素について 「心理戦」 その5
名前:puppi    日付:11月30日(日) 5時20分
じゃんけんだと最初あいこにさえなれば、心理的要素は増えますね。
あとは”何出す?”とか最初に駆け引きに持ち込めばいいですね。
心理戦というよりじゃんけんについてですが、この二つのHPが結構
楽しめます。もし良かったら読んでみてください。

http://homepage2.nifty.com/SAINT/KittenR/Labo-INDEX.htm
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/5576/janken/j-index.html
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Re: ボードゲームの要素について 「心理戦」 その5
名前:    日付:12月1日(月) 4時55分
じゃんけんサイト見ました。ユーモアがあって面白いですね。ありがとうございます。

ところで、今週の記事まだ書けていません。
たいへん申し訳ありませんが、ちょっと待ってください。
すみません・・
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Re: ボードゲームの要素について 「心理戦」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:12月1日(月) 21時33分
私も見てきました。かなり研究が進んでいるようですが、
どの程度勝率が上がるものなんでしょう?
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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その4 返信  引用 
名前:    日付:11月17日(月) 2時45分

前回を受けてということで。

>題して「心理ゲームって運ゲーちゃうん?」
>これが私の心理ゲームに対する最も大きな印象なんすけど、横さんはどないですか。

同感です。
心理ゲームって思いつきでプレイするゲームという印象です。
あまり考えても仕方がないからです。
心理ゲームと言うと、相手の考えを読んでそれに対しての対応を考えて、というふうに奥が深そうなイメージなのですが、そうではないと思います。

>もし、この公式どおりだとすると、「心理ゲーム」はそう大して面白くないのでは?
>面白い面白くないは非常に主観的な言葉なんであれですが、
>戦術・戦略をみがきたい向きには不向きなゲームといえそうです。

こちらも同感です。
そう、けっきょく心理ゲームは運ゲーです。
なお運ゲーが面白いのは、小気味良い場合に限ると思います。
長い時間かけて運ゲーをするのは時間がもったいないです。
「アーデルフィアフィリフテッド」を辛く評価してしまうのもその点です。
私がいちばん面白いと思える心理ゲームは「はげたかの餌食」です。
このゲームはサクッとできるから面白いです。

結局のところ、我々は心理ゲームにあまりコミットできないのでしょう。
心理ゲームなのにあまり心理を使えないのです。
心理を使おうにも立脚できる地点がないのです。
ただ、それは心理の本質に起因することです。

> しかし「心理戦の要素を含むゲーム」(←かなり数多くのゲームが含まれそうですが)における心理戦の要素は面白さにつながる、重要な要素である気がします。

心理戦の要素というのはまた大きな問題であり、一夕一朝には語れなさそうです。
様々なものが混合しています。
好み、気まぐれ、偶然、間違い等、いろんなものによって、プレーヤーのアクションが決定されます。
これは、日常生活の意思決定と同様でしょう。

ところで、小説でも映画でも絵画でもゲームでも、表現というものの価値は、現実をどう表現するかであると思います。
表現にはリアルさが志向されるわけですが、このリアルさはありのままではありません。
ポイントはメリハリにあります。
ある部分を強調して、ある部分を省略するということです。
旨い部分をどう強調して仕上げるかが表現の価値です。

さて、ボードゲームの場合、現実を表現するための主要な手段はモデル化です。
現実の中の特に社会関係をどうモデル化するかが、ボードゲームの価値です。
もちろん、モデル化のポイントはありのままではなく、強調と省略です。
他の種類の表現と比較したボードゲームの有利さは、モデル化という武器を持つゆえに、社会関係を描くに近い位置にあるということです。

件の心理なるものは、現実を動かす要となる要素です。
にも関わらず、非常に分かりにくいものです。
それゆえに心理は、人々にとって煩わしくもあり、面白くもあります。
このような心理をどのようにボードゲームに含ませるか。
これはボードゲームをデザインする人にとっての課題です。


---
今回は、エッセイ風になりました。
前々回にあー言っておきながら・・・

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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月9日(日) 21時11分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。

 なるほど、問題設定ですね。確かに前シリーズではちょっととらえどころが
うまく見つからないままに、だらだら続いてしまいましたね。今シリーズでは
その流れを変えてみませう、というわけで勝手に設定いたします。

 題して「心理ゲームって運ゲーちゃうん?」

 これが私の心理ゲームに対する最も大きな印象なんすけど、横さんはどないですか。
 この問題を考えていくには、結局「心理ゲーム」とは何かっちゅうことになると思います。

 と、その前に一つ。前シリーズで「競りゲーム」と「競りの要素を含むゲーム」
に分けたように、今回も「心理ゲーム」と「心理戦の要素を含むゲーム」に分けて
考察することが必要そうです。
 で、ここでは「心理ゲーム」に焦点を当てています。

 「ファンタスミ」で顕著に現れていると思うのですが、心理ゲームでは
「推理の材料となる手がかりが相手の心理である」ということになります。
「ここで出口に向かってくるのは良いオバケやろう」という推理は
同様に「ここで出口に向かってくるのは良いオバケやと見せかけて悪いオバケやろう」
という推理もできるわけです。
 こいつの性格からして…という分析をするものなのでしょうか。
しかし、常に正直な人も、常にブラフをかける人も、普通ではいない気がします。
ということは…。

1. 初対面の人とやる場合は、心理なんか分からへん。これは当然。
=勝敗は時の運。
=運ゲー。

2. お互いに知り尽くしている相手とやる場合。でも人の心理なんか分からへんもの。
=勝敗は時の運。
=やっぱり運ゲー。

 となってしまうのですが、どんなもんなんでしょ。
もし、この公式どおりだとすると、「心理ゲーム」はそう大して面白くないのでは?
面白い面白くないは非常に主観的な言葉なんであれですが、
戦術・戦略をみがきたい向きには不向きなゲームといえそうです。

 しかし「心理戦の要素を含むゲーム」(←かなり数多くのゲームが含まれそうですが)
における心理戦の要素は面白さにつながる、重要な要素である気がします。
 ちょっと考えてみるだけでも、「エルグランデ」の塔の騎士の移動とか、「キャンディデイト」の
カードプレイとか、面白いものが目白押しです。
 心理戦で二択、三択の運勝負となる場合があっても、それだけでゲームの勝敗まで
決まってしまうわけで無いところがポイントかもしれません。ただ、相手の心理以外に
推測の材料が結構あるので、心理戦の要素と呼ぶのは不適切かもしれないですね。
 ここらへんは今後の検証が必要です。

 とりあえず今週はこれで。

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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その2 返信  引用 
名前:    日付:11月3日(月) 2時49分
 特にはっきりさせていなかったが、この週刊連載には「なぜ人々はボードゲームをするのか」という大きなテーマが存在するはずだ。
このテーマはあまりに大きいため、考察するためはより小さなテーマに落としこまねばならない。
まず、このテーマは2つの要素に分解される。
「人々」と「ボードゲーム」である。
つまり、ボードゲームをする主体である人々についての理解と、客体であるボードゲームについての理解が必要となる。
「ボードゲームの要素について」と題した当連載は、後者の「ボードゲームとはどういうものであるかの理解」が目的である。
 そしてこれまで、ボードゲームの要素をいくつか俎上に挙げて考察してきた。
それぞれのシリーズにおける問題設定は、「・・とは何か」となる。
 前回のシリーズでは「競り」に焦点を当て、「競りとは何か」という問題を考えた。
ただし冒頭で述べたことと同様に、この問題設定はまだまだ大きい。
落としこみとしての問題設定が第二段階として必要となる。
「競り」のシリーズでは、この落としこみをうまくすることができなかった。
問題設定として、面白いものが見つからなかったのである。
仕方がないので、周辺から埋めていけば問題が見えてくるだろう、というスタンスを取った。
このシリーズは6回と長く続き、その中でいくつかの問題をひねり出すことはできた。
それらは以下のものだ。

・競りは二者の交換が進化したものと言えるか。
・なぜ最近になって競りゲームが増えたか。
・競りゲームは初心者に向いているか。
・競りゲームの肝は何か。
・競りを行っても競りゲームとは言えないゲームがあるのではないか。
・面白い競りゲームはどこでひねっているか。

 結果として面白い問題設定ができたが、あーだこーだと考える中で問題設定をすることはちょっと苦しかった。
無理に問題を出そうとしていたからである。

 他方、「ギャンブル」についての考察のシリーズでは、王道を行った。
当初から、うまく問題設定をすることができた。
そして、自然に次々と問題設定をしていくことができた。
以下の通りだ。

・ギャンブルチックなボードゲームがあまりないのはなぜか。
・ギャンブル的要素は、ボードゲームでの表現が難しいのではないか。
・マージャンやポーカは、ゲームの種類としてボードゲームと言えるのか。
・なぜマージャンやポーカはお金を賭けないと面白くないのか。
・ドイツゲームなどで心理戦的要素がある場合、これはなぜ失うものがないのに効果を上げているのか。
・ゲーマーは何を賭けてボードゲームをするのか。

 以前にも触れたように思うが、論文の面白さは問題設定で決まると言っても過言ではない。
「競り」のシリーズでは、始めにうまく問題設定ができなかった。
「ギャンブル」のシリーズでは、始めからうまく問題設定ができた。
その結果、前者は書きにくく、後者は書きやすかった。
 書きやすさに重きを置き、今回のシリーズでは始めに問題設定をしたいと考える。
 そこで心理ゲームについての問題を考えてみた。
以下のとおりだ。

・ほとんどのゲームに心理の要素が含まれるのであるが、心理ゲームと非心理ゲームの線引きはどこにあるか。
・心理ゲームにはどういう特徴があるか。
・心理ゲームはなぜプレイ時間が短いか。
・システムが複雑な心理ゲームはありうるか。
・心理ゲームは何人プレイが適正か。
・心理ゲームの面白さは何か。
・心理ゲームの面白くなさは何か。
・心理ゲームが好きな人はどういうタイプの人か。
・心理ゲームは初心者向けか。
・ベテランゲーマーが心理ゲームを真剣にプレイすることは可能か。
・心理ゲームは時間の無駄だと思っている人への対処方法はあるか。
・心理ゲームが強い人は存在するのか。
・心理ゲームが弱い人は存在するのか。
・心理ゲームは才能か努力か。
・心理ゲームをする時のマナーとしてどういうものがあるか。
・ボードゲーム道義的に、ランダムなプレイが許される程度はどれくらいか。
・ボードゲーム道義的に、逆張りをすることが許される程度はどれくらいか。
・ギャンブルは心理ゲームの真髄ということでよいか。
・心理ゲームは何とミックスさせたら面白くなるか。
・今後、心理ゲームが発展する余地はどこにあるか。


 言ったもん勝ちということで進めました。
鱶さん、どれか選んでください。他のものがあればもちろんそれでOKです。
よろしくおねがいします。
 

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ボードゲームの要素について 「心理戦」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:10月26日(日) 20時59分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)どす。
 前シリーズでは「競り」の要素について検討をしましたが、
今回は「心理戦」の要素です。

 「心理戦」っつーと、いったいどんなもんなんでしょう。
 手元にあります旺文社の国語辞典を引いてみると、心理とは「心の状態」のことです。
 心理戦は相手の心の状態を推測しながら戦うことでしょうか。
 で、心理戦が主な交戦手段となるゲームが「心理ゲーム」という定義でいいのかな?

 うちにある心理ゲームといえば「アンダーカバー」、「軍人将棋」。うちにないところでは
「ファンタスミ」といったところでしょうか。
 この3つのゲームに共通するのは、コマの正体が分からないというところです。

 「アンダーカバー」では自分のコマでも他人のコマでも動かすことができます。
動かしていくうちに、マイナスポイントのマスから脱出させたり、得点計算時に
高得点のマスに動かしたりといったことを観察して、敵のコマを見抜いてゲームを
有利に進めます。

 「軍人将棋」ではコマの動きや、勝敗などから相手の陣容を推測していきます。
(1、2回しかやったことがないので、こつが良く分からないですが。このゲームは
審判役が必要なのが問題です。私は Basicで勝敗判定プログラムを作りました。)

 「ファンタスミ」はこれまた1回しかやったことがないのですが、こちらは
ボードから脱出させると勝利になる良いオバケと、相手に4匹捕まると勝利になる
悪いオバケ、この2種類のコマがあります。相手のコマがわからないので、
相手のコマの動きを見て、それを推測します。

 このように、相手のコマの動きなどの情報を元に戦うゲームです。
 「軍人将棋」の場合の相手のコマの分析というのは、確実性が
かなりありそうなので、上級者向けのシビアな戦いになるような気がします。
 これに対して、「ここでこんな動きをするのは、こいつやろ」という分析は
かなり適当で、根拠が薄いものです。(あてずっぽうと紙一重かも。)
 松岡圭祐の「催眠」と「千里眼」のシリーズを今読んでいるのですが、
それに出てくるような臨床心理士なら、相手の表情筋の動きからコマの正体を
見破っていけるので、かなり強いかもしれません。
 しかし、一般人の場合はそのような技はないので、基本的には技術の強弱が
出にくいゲームなのではないでしょうか。一般人とゲーマーが対等に勝負できる
ゲームといっていいかもしれません。よって、技術を磨きたいゲーマーの人は
いまいちさを感じてしまう点がありそうです。

 今回は心理ゲームの特徴をいくつか見てみました。ではまた来週。

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ボードゲームの要素について 「競り」 その6 返信  引用 
名前:    日付:10月20日(月) 0時19分
 前回、鱶氏はよい仕事をしてくれたと思います。
”競りの要素を含むゲーム”と”競りゲーム”(競りそのものゲー)を
分けて、それぞれにおける競りを考えるのがよいです。
前回の定義では以下のようになります。
前者は、「競り落としたアイテムを使ってゲームを有利に展開していくという流れがあり、競りの勝敗がゲームの勝敗に直結しているわけではない」
 ・・・エルグランデ、デューン
後者は、「競り落としたアイテムは得点システムに直結し、競りの勝敗は、ゲームの勝敗に直結する」
 ・・・キャンディデイト、ラー、モダンアート

 ”競りの要素を含むゲーム”における競りは1つの要素であるため、ひねる必要はあまりありません。
”競りゲーム”では、どうひねるかがポイントとなります。
面白い競りゲームは、ひねりに成功しています。

 ところで、これまでに挙がった以外にも競りゲームがあることに気づきました。
「貴族の務め」と「はげたかの餌食」です。
「貴族の務め」は、骨董品のオークションのゲームであり、まさに競りゲームです。
しかし、競りゲームという印象がなく忘れていました。
このゲームでは、競りに参加せずに、泥棒をしたり探偵をしたりといった他の行動を取ることができます。
そこがこのゲームにおけるひねりなのですが、このひねりのため競りゲームの感覚が薄くなっています。
競りゲームというよりもジャンケンゲームという感じで、競りゲームとしての面白さは少ないです。
得点システムの工夫が競りゲームのポイントであるということは分かっていて、それはできています。
しかし、中核となる競りのシステム事体が生きていません。
他の種類のゲームとしての面白さも出せておらず、中途半端なゲームです。

「はげたかの餌食」もまさに競りゲームです。
このゲームの場合、得点システムのひねりはありません。
競り落としたモノの価値は変化しませんし、プレーヤーによって異なりません。
しかし面白いゲームです。
それは、競りをするときに同じ数値のカードを出したらキャンセルされてしまうというひねりのためです。
競りゲームというよりも心理ゲームとなっています。
心理ゲームとしての面白さです。

「貴族の務め」はひねりすぎて失敗した競りゲーム、「はげたかの餌食」はうまくひねって成功した競りゲームと言えます。

 ひねり方には、「ラー」や「モダンアート」のようにあくまで競りゲームとしてのものと、「キャンディデイト」や「はげたかの餌食」のように別の種類のゲームを目指すものがあるということが分かりました。

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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:鱶(fuka)    日付:10月21日(火) 19時26分
 なんだかんだ言って長いシリーズになりましたね。
「競り」の要素でもう語り残しはないですか?
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:    日付:10月21日(火) 20時48分
2回目の冒頭で触れた「二者の交換が進化して競りに至った」という仮説が検証できていません。競りを一般化された交換と捉えることは面白そうなんですが、ちょい手に余ります・・
競りのシステムに関する考察の余地もまだありそうなんですが、直感的に示せるものもありません・・

読者の方々、いかがっしょうか?
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:puppi    日付:10月22日(水) 2時28分
競りや入札の要素として、何を競るか?(競る物はなにか?)というのも大事だと思います。プレーヤーが競る対象物の価値が判りやすいほど、競り本来の面白さが出ると思います。例え最終的に勝ち点に結びつくとしても、競りの対象物が判りにくければ、その価値も伝わり難くなり、相場が不安定になったりします。ラーやフィレンツェの匠等がその良い例だと思います。ラーであれば文明タイルというのに、ラーチップをいくら払えばいいのか? w この辺はヤリ込まないと、はじめはなかなか面白さが伝わってこないと思います。テーマ的に現代人に判りやすい、お金、土地、絵画等は一般的な価値観なので理解しやすいかもしれませんね。
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:puppi    日付:10月22日(水) 2時34分
あーすみません、あまりに面白い記事とテーマだったので、挨拶もせずに書き込んでしまいした。あらためてはじめまして、puppi(パピー)です。これからも面白いテーマを追求してください。

あー上記のラーチップは”太陽チップ”でした。

それでは失礼します。

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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:鱶(fuka)    日付:10月22日(水) 19時54分
 puppiさんはじめまして-。
 書き込みありがとうございます-。

 確かに競るものの価値の分かりやすさは大事ですね。
 フィレンツェは複雑すぎて、ルールを読んだだけで
おなかいっぱいに…。

 ラーは文明もですが、建物のほうが価値が付けづらい気がします。
 結局のところ、その後のチップの出具合によるんですかね?
 好きなゲームの分析は甘くなってしまいます。
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:puppi    日付:10月22日(水) 22時15分
フィレンツェ等のゲームでは遊んでいる面子が競りのシステムになれて相場を形成するまでは、荒れた展開になることがあります。またお金がシステムに盛り込まれているとしたら、その貨幣の価値自体も判らないので、競りの対象物と貨幣価値が等価であるかどうかも判らない場合があります。1万円で買える物は大体判るけど、1フローリンでチロルチョコは買えるのか?

ラーは太陽チップの数が制限されているのと、お金(太陽チップ)自体も競りの対象になっているのが良いですね。数に制限があるのは、先に述べた用にゲーム内で使われている貨幣が限定されているのでプレーヤーがより貨幣システムを理解しやすいからだ思います。全財産(分散された太陽チップ)が公開情報の為、太陽チップ自体が競りの対象に含まれると、全体の価値観や相場を明確にすることが出来て、プレーヤー間の競争意識を生んでいるのだと思います。

グーグルで調べただけですが、競りの歴史について:
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0729.html
http://www.kaomoji.com/furima/ac/yougo.htm
http://lpserv01.bais.chubu.ac.jp:8080/~g97095/history.html
最初の競りの対象は女性でした。 w

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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:乱世    日付:10月23日(木) 8時9分
 はじめまして、乱世と申します。週間ボードゲーム通信をいつも楽しく
読ませて頂いております。

 ところで、私や友人の中では、「貴族の務め」や「はげたかの餌食」は競りとは違って、他人の心理を読み、いかに出し抜くかという意味合いで「心理ゲーム」と総称しております。他人と行動がかぶると損というルールのため、相場観というか、相手の性格から読んだり、裏の裏を読んでみたりすることに楽しみがあるからです。

 思うに、私どもは「競り落としたものがゲームの勝敗に直結し」かつ、「競り落としたものの価値が変動することでポイントも変動する」(つまり、純粋に目利きのゲーム)を「競りゲーム」として呼んでいるような気がします。
 とはいえ、ゲームのジャンル分けは境界が難しく、対人であるがゆえにほとんどが「交渉ゲーム」か「心理ゲーム」と言えそうですが・・・。

 純粋100%な「競りゲーム」はクニツィアさんで出きっちゃった感がします。それゆえ、ひねりを効かせなければゲームとして成り立ち辛くなったんじゃないでしょうか・・・・。僕は「競りゲーム」は単純じゃないといけない!と思っているのですが・・・・。
              駄文申し訳ないですm(_ _)m
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:鱶(fuka)    日付:10月23日(木) 19時54分
はじめまして、乱世さん。鋭いご指摘ありがとうございます。
 さらに、いつも楽しく見ていただいているとは、ありがたいことです。

 なるほどなるほど。たしかに厳密競りゲーの定義はそのように
なりそうですね。
 その線で行くとキャンディデイトは競り落としたものの価値が変化しないので
競りの要素を含むゲームですね。

 ラーの場合、手持ち太陽チップが3枚or4枚以下なので、値付けについては
非常にシンプルで良いと思います。

 ところで、読者に話を振っといて、横さんはどこに行っちゃったんでしょ?
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:    日付:10月23日(木) 22時58分
皆様、さっそくのレスありがとうございます。遅いレスですみません。
マイペースでやっているものの、反応を頂けるとやはりうれしいものです。
今回はいろいろとヒントを頂けたと思います。
というか、まとめて頂いたのかも。
で、次にどうつなげるかですよね。
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:鱶(fuka)    日付:10月24日(金) 22時12分
ひとまず「競り」についてはこのあたりで区切りましょか。
 で、乱世さんが言及してくださった「心理ゲーム」の要素にしてみませんか。

…「心理ゲーム」の要素? 
 「心理」の要素?
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その6
名前:    日付:10月25日(土) 11時57分
さっそくですみませんが、よろしくおねがいしますね。 218-228-231-24.eonet.ne.jp (218.228.231.24) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)


ボードゲームの要素について 「競り」 その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:10月12日(日) 21時19分
こんばんは。まいどおなじみ、鱶(fuka)でございます-。

 今回のテーマは、<競りゲームは得点システムが肝!>
ということでいきます。

 以前にも述べたように、”競りの要素を含むゲーム”の場合は、
競り落としたアイテムを使ってゲームを有利に展開していくという
流れがあります。競りの勝敗がゲームの勝敗に直結しているわけでは
ありません。極論すれば「エルグランデ」の場合、アクションカードの
競りでことごとく負けたとしても、ゲーム自体に勝利できる確率が
あります。(←ほんまにあるんかいな?という気も…)

 しかし、競りゲーム(”競りそのものゲー”)では、
競りの勝敗は、ゲームの勝敗に直結するものです。
 ということは、得点システムでひとひねり無いと、しょうもない
ゲームになってしまうのではないでしょうか。

 前回の横氏の記述では下記のとおりです。

>第一に、モノの価値はたえず変化する。
>第二に、モノの価値はプレーヤーによって異なる。

 これらにより、得点システムは複雑なものになります。

 具体例を「ラー」で見ていくことにします。
「ラー」では競るタイルの価値は、いくつかの要素により決定されます。

・ファラオ。
 人より多いと得点。少ないと失点。
・ナイル川
 組み合わせると得点。(洪水が必要)
・文明
 たくさん集めると得点。一つもないと失点。
・モニュメント
 第3ラウンドのみ得点。たくさん集めると大量点。
・太陽チップ
 競りに使う資金。ゲーム終了時に最も大きい数字だと得点。少ない人は失点。

 これらの得点システムはゲームの要となる部分でしょう。


 さて、上記の「ラー」とは対照的に「キャンディデイト」の場合は、
得点システムはまったく普通です。
 得られた選挙人の数(ポイント)がそのまま勝敗になるわけですが、
こちらでは競りシステムそのものにひとくせあります。

 競りシステムは、全員が秘密裏に時計回りに値付けをしていく、というものです。
秘密裏やのに、なんで時計回りにするん? という疑問がわいてきますが、
その理由は入札の際、使用したカードの枚数だけは公開だからです。
 競りには通常の金額カードにの他に、相手を攻撃したり、カードを捨て札にして
入札のやり直しをするなどの、特殊効果カードもあり、競りの駆け引き感を
増加させています。
 ”競りゲー”というよりは”駆け引きゲー?” という感じでしょうか。

 冒頭に「競りゲームは得点システムが肝!」と書きましたが、
そうでないものもありそうです。どんなもんでしょ。

 ではでは。また来週-。

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ボードゲームの要素について 「競り」 その4 返信  引用 
名前:    日付:10月5日(日) 23時41分
競りゲームは、目利きのゲームである。
モノの価値を見極めることができるかが、勝負の分かれ目となる。
自分はより安く買い、人にはより高く買わせるように努める。

そして、競る対象となるモノの価値は絶対的でない。
第一に、モノの価値はたえず変化する。
第二に、モノの価値はプレーヤーによって異なる。
状況の変化に応じた総合的な目利きが必要になるのである。
このダイナミズが、競りゲームの面白さである。

1993年にドイツゲーム賞一位となった「モダンアート」は、「到達」した競りゲームと言える。
「モダンアート」では、4種類の競りがある。
それらを挙げると以下の通りだ。
A オープン(フリーオークション)−全プレイヤーはどんな順番でもいいから金額をビッドする。オーソドックスな競りの形態。
B ワンス・アラウンド(一巡入札)−競りはオークショナーの左隣から時計回りに進行する。ビッドする機会は1度のみ。
C シールド(一斉入札)−全員が秘密裏にかつ同時に値段をつける。
D フィックスド・プライス(指し値入札)−オークショナーはスタート価格を決定する。左隣のプレイヤーから順番にその価格で購入するかどうかを聞いていく。この機会は1度のみ。

このように4種類もの競りの形態があるため、目利きはより難しくなる。
その上、2つのモノが同時に競られる状況も時に発生し、より複雑になる。

競りゲームでは、競り落としたときのお金は銀行へ行くことが多いが、「モダンアート」では、落札したお金はオークショナーをしたプレーヤーへ行く。
このため、いっそう目利きは難しくなる。
例えば、トップのプレーヤーからはあまり高く落札してはいけないということも考えないといけない。

話は横にそれるが、前回の競りのシステムの要素の4番目として、
「4. 落札したお金(もしくは手持ちのポイント)が消えるか(銀行へ行くか)、残るか(他プレーヤーへ行くか)。」を付け加えたい。

「モダンアート」では、最終的に落札されたモノの価値は、ラウンドの終了時に確定する。
よって、非常に価値の高そうなモノの価値がゼロになることもある。
本当に目利きがたいへんなゲームだ。
このたいへんさが「モダンアート」の面白さである。

モノの価値を見極めるための要素がたくさんあり、目利きが難しいゲームほどやりがいのある競りゲームと言えるだろう。
逆に、目利きが難しいゲームは慣れるまでが難しい。
つまり、初心者向き度合いは低いことになる。
しかし、実際のところはそれほど難しいこともないのである。
そこが競りゲームのすごいところだ。
「モダンアート」は初プレイでも楽しめる。
ボードゲーム初心者と「モダンアート」をプレイしたことはないが、だいじょうぶなような気がする。
それは、ゲームの構造がシンプルであり、することがはっきりしているからだ。
また、競りはたくさんの回数行われるので、多少ミスをしてもリカバーできるし、やり方が自然と分かってくる。
競りは常にコミットさせられるものであるので、技術が身につきやすいということも言えるだろう。
 

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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その4  続き
名前:    日付:10月5日(日) 23時42分
以上、競りゲームのシステムについては、ある程度まとめられた。
また、その面白さについても検討してきた。
最近、競りの面白さが認められて、競りゲームが増えてきたことは頷ける。
しかしながら、それが最近になってようやく、ということは不思議である。
「モダンアート」が出版されたのは10年以上前であったのにである。
流行と、かたずけてしまってよいのであろうか。

この疑問を解くカギは、インターネットであると私は考える。
つまりこうだ。
人の対面コミュニケーションの基礎は一対一である。
3人以上が集合した場で形成されるコミュニケーションも、一対一の集積と言える。
少なくとも個人の感覚としては、Aさんと自分の対話があって、次にBさんと自分の対話があって、という感覚である。
ボードゲームにおけるコミュニケーションもそんなものである。
しかし、インターネットを介したコミュニケーションは、掲示板もチャットもネットゲームもオークションも、対面コミュニケーションとは感覚が違う。
皆が一つの壷に入ってかき混ぜられた中で行われるコミュニケーションという感覚なのである。
フェイズを細かく区切れば一対一となるコミュニケーションであっても、それは言わばイクスクルーシブなものではなく、第3者が混じったインクルーシブな感覚なのである。

人々は、この2,3年でこのようなインターネット的な感覚を体験し、コミュニケーションの仕方を会得してきた。
そしてようやく、インターネット的テイストの競りゲームの味わい方が分かったきたのである。

と、とりあえずさせてもらうことにした^^ 
 
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その4
名前:鱶(fuka)    日付:10月8日(水) 20時39分
「モダンアート」未プレイなんですよ。ぜひやってみたいゲームですね。

 競り(そのもの)ゲームでは得点方法がポイントになりそうな
気がしませんか。競り要素を含むゲームと違って、競った結果がそのまま
勝敗に直結するので。

 毎度のことながら、次はどうしましょ?
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その4
名前:    日付:10月9日(木) 21時22分
私も「モダンアート」持ってないんです。一万円でも買いのゲームなんですけどね。

競りゲームについては語れることはいろいろありそうなんですが、次につなげるとなると難しいですね。
今回のテーマについては、核心は語れていないように思います。

言われてみると得点方法がポイントになりそうな気はします。
それがどういうことか、というとまだ説明できるレベルではないですが。
その辺のところどうですか?
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ボードゲームの要素について 「競り」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:9月28日(日) 20時27分
こんばんは。鱶(fuka)です-。、

 今回は <「競り」の要素の初心者向き度合いをチェック!> 

 前に検討した「交渉」では「難しく敷居が高いですが、通にとっては
やりがいがあって面白いもの」という記述がありました。
 今シリーズの「競り」では、その辺はどうでしょう。
 競りのシステムによっても変わってくると思われます。

 「競り」は基本的に、各プレイヤーがある”もの”に対して
値段をつけて、一番高い値段をつけた人が、その”もの”を獲得できる
というシステムになっています。.
1. 値のつけ方ですが、一人ずつ値段をせり上げていく方式(オークション)と
手の中にお金を握って一斉に公開する方式(入札)があります。
 この二つの方式では、どちらかと言えば、オークションの方が初心者向きっぽいです。

 入札方式だと相場がうまくつかめずに、たいしたことのないものに大金を
投じてしまう危険性が高くなります。
 オークションだと、誰がどの程度入れ込んでいるのかをつかむことは、
それほど難しくないでしょう。
 逆に、うまい人同士の入札はシビアな戦いが展開されて面白そうです。
わずかの差で勝利することができれば、これはもう快感といえます。

 この2つをうまく組み合わせているのが「キャンディデイト」です。(初回OK度は”普通”ですが)
 1人ずつ順番に値段をつけていくのですが、その際に手持ちのお金カードなどを
裏向きにして出していきます。全員出し終わったら、一斉にオープンします。
 枚数が多いほど気合が入っているように見えますが、
何の効果もないゼロカードや、他のカードの効果を消してしまうカードなど
特殊カードもあり、相手が何を出しているのかの読みがお金だけでは
済まないところがポイントです。
 
2. お金を使うか否か。
 お金の場合は、自分で好きな値段を決めることができます。
 そうでない場合は、手持ちのポイントから値をつけることになります。
 お金の場合は1,2,3円を持っていたら、1円と3円を合わせて4円と言う
張り方ができるので、より自由度が高いといえます。その分、どちらかといえば
初心者向けではなくなってしまいます。
 
3. オークションの場合は周回するか否か。
 何周もする場合は、散財度も比例して上がっていきます。
金を持っているものが単純に強いといえば強いので、いまいち過熱しても
盛り上がりに欠けるかもしれません。
 1周のみの場合は最後に値付けできる人が有利になります。
最初に値をつける人が競り落とすには口先戦術も含め、技術が必要かもしれません。
 どっちが初心者向きかというと、どうなんでしょう?

 とりあえず、以上3点見ていきました。ではでは。また来週-。

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ボードゲームの要素について 「競り」 その2 返信  引用 
名前:    日付:9月21日(日) 23時54分
 「交換」が進化して「競り」に至ったという仮説を前々回で立てました。
通常、「交換」は二者で成立するものですが、「競り」は三者以上で成立するものです。
したがって、「競り」は「一般化された交換」と捉えることができます。

 ただ、今回はそういう「競り」のしくみに関する考察はパスして、競りゲームの背景について考えることにしました。

 ボードゲームにおける競りの歴史を振りかえるにあたって、1990年以前のアメリカゲームの中で競りが含まれるものを探してみました。
以下に挙げます。

「モノポリー」…競りは土地や家の競売の時にのみ実施され、ゲームの一部。競りゲームではない。
「TVウォーズ」…アバロンヒル社のボードゲーム。プレーヤーはテレビ局となって番組を競りで買い落とす。競りはゲームの中心であり、競りゲームと言える。ちなみに、狙いはよいゲームだが、全体のバランスがとてもわるい。企画倒れな失敗作品という印象。
「ビジネスストラテジー」…アバロンヒル社のボードゲーム。原材料を買ってモノを生産するビジネスゲーム。「利益+廃液」に似ている。原材料は競りで買い落とされ、それがゲームの中心となっている。競りゲームと言える。ちなみに、このゲームをした非ゲーマーが「せやから談合はしたらあかんとされるんやな」と言ったことは印象的。
「オークション」…アバロンヒル社のボードゲーム。オークションでモノを競り落としていく。まさに競りゲーム。同じ系統のモノを集めると価値が上がるカラクリ。未プレイ。
「デューン」…アバロンヒル社のボードゲーム。トレチャリーカードが競売される。ボード上の戦闘が中心のゲームであるが、トレチャリーカードが戦闘を決する場合も多く、また凶悪なイベントを起こすものもある。競りゲームとは言えないが、競りは重要でかつ面白い要素となっている。

 探してみると、予想したよりも多くありました。もちろん他にも競りが行われるゲームはありそうです。でも、これ以上探す必要もないでしょう。1990年以前のアメリカにおいて、競りが面白い要素であることが認識されていたことが確認できたからです。
 
 1990年以前のドイツゲームでも、競りが含まれるものを探してみました。
見つかったのは下記の2つだけです。他にもあるのでしょうが、少ないのではないでしょうか。
「クーハンデル」(1985年ドイツゲーム大賞ノミネート、Blaumeister)
「アウフ・アクセ」(1987年ドイツゲーム大賞、Kramer)

 アメリカでは競りが多少なりとも追求されていましたが、ボードゲームの衰退とともにそれはストップしました。結果として、それを継いでドイツで競りが追求されました。そしてこの2,3年、競りゲームが急増しました。ボードゲームにおける競りの歴史としては、このようにまとめらるでしょう。

 さて、ここで疑問なのは、なぜ最近になって競りゲームが急増したかということです。
 クナイツアは、この10年間ポツポツと面白い競りゲームを作ってきました。「モダンアート」は賞を取ってちゃんと評価されています。
それなのに、なぜ競りゲームはあまり作られなかったのでしょうか。

 私は競りゲームが大好きです。競りは大きな可能性を秘めた要素だと思っています。そう考えたドイツ人はたくさんいたはずです。それなのに・・
 

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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その2
名前:鱶(fuka)    日付:9月26日(金) 21時11分
こんばんは-。「競り」もとりあえず一段落?
やっぱ二人だとすぐに語り終わってしまいますね。
 次週はどうしましょう?
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Re: ボードゲームの要素について 「競り」 その2
名前:    日付:9月27日(土) 1時56分
「競り」のシステムについて何かありませんか。
面白さとか、弱点とか、、
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ボードゲームの要素について 「競り」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:9月14日(日) 21時38分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。

 今回からボードゲームの要素の第4回、「競り」の要素にいきたいと思います。

 「競り」の要素は結構いろいろなゲームに含まれています。
うちにあるものでいうと、「エルグランデ」、「ビッグショット」、
「フィレンツェの匠」、「スリル」といったところです。

 競りゲームの代表の「ラー」が、得点元のタイルを競っていき、
得点を競うのに対し、競りの要素を含むゲームでは、
「行動の権利」を競ります。そのアクションでゲームを進め、得点などを
競います。
 競るものが、自分にとってどれだけの価値があるかと、他人に渡すと
どれだけまずいかを考えていくのが面白いところでしょうか。

 さてさて、競りと一言で言いますが、さまざまな形態があります。
 各ゲームで実例を見ていくことにしましょう。

「エルグランデ」の場合は、パワーカードという数値が書かれたカードを使用します。
 競る対象は、騎士の投入や行動する権利が得られる、アクションカードです。
 競りはスタートプレイヤーから一人ずつパワーカードをオープンすることによって
行われ、1周だけします。競りの部分がメインではないので、比較的シンプルな
仕組みです。

「ビッグショット」では、コインを使用します。1,2,5,20のコインがありますが
単位はなんと100万ドル単位です。
 競る対象は「各区画に対する所有権の主張」を表す木製マーカーとのことです。要するに
ギャングの実動部隊かと思われます。
 競りはスタートプレイヤーから金額を提示していきます。お金がなくなると銀行から
借金ができます。周回が無制限なので、加熱しがちで、前にやったときは何人かが
収支マイナスでゲーム終了でした…。

「フィレンツェの匠」の競りもコインを使用です。
 競る対象は自分の土地に置く景観タイルなどです。
 これも周回無制限で競っていきます。

「スリル」もコインを使用します。
 こちらで競るのはメダルを押し出して落としてしまう
「押し盤を押さなくて良い権利」です。(落としたメダルがマイナス点となる)
 競りの形態は、コインを手の中に握って、いっせーのーで、でオープンする
1回きり同時公開方式です。未プレイですが「フィスト・オブ・ドラゴンストーンズ」
という面白そうなゲームも同じ方式。あと、「ディ・ハンドラー」の
馬車の競りも同様です。

 最後に、競りゲームといえばおなじみの「ラー」です。
これは、得点となるタイルを、手元の太陽チップ(お金)で競っていくゲームです。
 競りは、ラー宣言者の隣の人からスタートして、1周で終了です。
 このゲームで優れている点を書いておくと、
・お金と違って1から16までの太陽チップを使用し、各人のチップがオープン情報のため
勝ち負けが分かりやすく、初心者でも目的のタイルに対しての値付けがしやすい。
・競りが1周で終わるので、だらだら続かなくてよい。また、いっせーのーで方式よりも、
他人の値を競り上げることで勝負の妙味がある。
 という2点だと思います。

 さてさて、記事のほうはだらだらと書いてみましたが、次週はどうなるのでしょうか。
横さん、よろしくお願いします-。

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ボードゲームの要素について 「交渉」 その4 返信  引用 
名前:    日付:9月8日(月) 0時21分
 前回のとおり、「売買」と「アイテムの交換」は、質的には同じものです。モノポリーでは、この両方が行われます。
 「売買」についてモノポリーを例にして考えてみると、2枚揃えるだけで独占となる土地は、売買がしやすいです。それは、相場がはっきりしているからでしょう。
 3枚揃えて独占となる土地の3枚目の売買は難しいです。これは、相場がはっきりしていないからでしょう。なかでも最も強力な赤とかオレンジの土地がいちばん売買が難しいです。この辺の土地が揃うことは世界を変えるほどのできごとなので、金額に換算することはとても難しいです。また、金額が大きすぎて誰もキャッシュで買えないというのもあります。
 「アイテムの交換」についても、モノポリーをイメージすれば考やすいです。
交換は、前回の公式に則って行われます。
交換は、双方にとってメリットがあるため行われますが、そのメリットが同等でなくても成立します。それが交換の興味深いところです。
Aが得るメリットが、Bが得るメリットよりも小さい場合は、Aは交換を拒否したくなります。
しかしボードゲームでは、その場合でもAは交換をした方が得であることがよくあります。というのも、交換に参加していないプレーヤーは、何も利益を得ていないため相対的に不利益をこうむることになるからです。
したがって、交換可能は時にはさっさと交換してしまうのがうまいやり方です。
 ただ、これが大きな災厄を招くこともあります。
AがBにやすやすと3枚目のオレンジの土地を渡してしまうようなときです。
そのせいで他のプレーヤーはほぼ負けが決定してしまうという状況になりえます。
こういうできごとを体験して、交渉に対して非常に保守的になるプレーヤーも発生しがちになります。これもまたゲームが面白くなくなってしまう流れです。

 つまり、交換は難しいのです。それは、状況の判断が難しいということです。その難しい状況判断をうまくすることが、この手のゲームの楽しみ方です。しかしスキル不足なプレーヤーにとっては、難しすぎて面白さを感じれません。また、スキルのあるプレーヤーにとっては、スキル不足なプレーヤーのせいで、努力しがいがないという状況も起こりえます。
 このことは売買においても同じく言えます。ただ、交換ほど極端に相手に益を与えてしまう売買はあまり起こりません。

 「アイテムの交換」や「売買」は難しく敷居が高いですが、通にとってはやりがいがあって面白いものです。
ドイツゲーはこの敷居を低くしようと努めてきました。そして「競り」に注目したのだと思います。「競り」は、プレーヤー全員がコミットする売買ですから。

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Re: ボードゲームの要素について 「交渉」 その4
名前:鱶(fuka)    日付:9月9日(火) 21時19分
と、いうことで、次回から「競り」の要素についての
検討に入りましょうか。自然な展開ですね-。
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Re: ボードゲームの要素について 「交渉」 その4
名前:    日付:9月10日(水) 23時35分
よろしく−。 218-228-231-24.eonet.ne.jp (218.228.231.24) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98)


ボードゲームの要素について 「交渉」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月31日(日) 22時16分
 まいどこんばんは。鱶(fuka)です。

それでは面白そうな「アイテムの交換」にしましょうか。

 「アイテムの交換」では双方がアイテムどうしをかえっこします。
プレイヤーをA,Bとし、各々の持つアイテムをX,Yとした場合、
Aの考えるXの価値とYの価値とBの考えるXの価値とYの価値により、
交換が行われます。この状態の理想は数式に直すとAY=BXと表せますが、
Aの立場にしてみるとAY>BX
Bの立場にしてみるとBX>AY
と考えていることでしょう。
 普段と雰囲気を変えて数式を使ってみましたが合っとるんかいな?
 さてさて、これをモノポリーにあてはめると、ボードウォークと
どっかの色の3枚目と交換するような場合です。
 自分にとってのその土地の価値と相手にとっての価値とをはかりにかけて
交換するので、価値判断が求められる箇所が複数ある分、難しい交渉になる
のではないでしょうか。
 持つ人によって強さが変わるアイテムの交換は、かなり気が抜けない交渉となって
まさしく勝敗に直結するものとなりそうです。
 イメージ的にはお互いに相手の武器の最後の部品を持っていて、それを交換するようなもので、
お互いが武器を完成させるまでの時間、その武器の威力、命中率など、
考えなければならない要素がいくつもありそうです。

 対して「売買」の場合は交換する片方がアイテムで、片方がお金です。
 あるアイテムに対して値をつけて売買交渉をすることは、
2人のプレイヤー間でそれがいくらか考えることです。
 モノポリーで言うところの、土地をいくらで買うか、ということです。
お金の価値はラウンドの進行やプレイヤーごとの財布の逼迫度によって
変わりますが、それについて考えることは、アイテムの交換よりは
複雑ではないという気がしますが、どうでしょう。

 とりあえず今週はこれで。ではまた-。

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ボードゲームの要素について 「交渉」 その2 返信  引用 
名前:    日付:8月25日(月) 3時38分
前回挙がった「1.アイテムの交換、売買」はドイツゲーム、「2.不戦、同盟、協力」は昔のアメリカゲームの特徴ということで話を進めていきます。

私も1の方が好きです。理由は鱶さんと同じです。
きっとドイツ人もそうなんでしょう。

さて、ボードゲームの魅力は交渉にあると昔のゲーマーは言っていたように思います。
それくらい交渉は当然あるものでした。
しかし、昔のアメリカゲームは交渉について自由放任でした。
自由競争が基本としても、システムを維持するためにはコントロールが必要となります。
交渉をコントロールすることに関してアメリカゲームはあまり問題意識を持てていませんでした。
これが当時、ボードゲームの衰退を招いたのではないでしょうか。

しかし、問題意識を持つ人達もいました。
コズミックエンカウンター、デューン、ボーダーランドを作った人達です。
これらのゲームでは、ランダムな要素によって交渉に影響を与えています。
そして状況の変化に応じて、交渉をどううまく行っていくかを考えるゲームとなっています。
これらのゲームは交渉がテーマであり、交渉をプレーヤーに委ねてしまうのではなく、ルールによってコントロールされています。
このやり方をお手本にすれば、面白い交渉ゲームが作れるはずです。

コズミックエンカウンターからは3方向の進化がありました。
1つめは、追加ルールとしてたくさんのエキスパンションの出版。
2つめは、より戦略性の高いゲームとしてデューンの出版。
そして3つめは、ルールブックを超越するルールの面白さに着目したマジックザギャザリングの発明(これは交渉とは違った方向ですが)。

安田氏によると、EON社は交渉に関して問題意識を持ったゲームを他にもいくつか出版していたようです(ref:15年ほど前のログインの記事)。
ボードゲームにおける交渉についてよく分かっていた人達はちゃんといたのです。
しかし、それに続くゲームがアメリカではたぶん生まれませんでした。
 
そして彼らの後を引き継いだのがドイツ人です。
ドイツゲームの象徴であるカタンが、ボーダーランドの真似であることは特筆すべきことです。
はじめてカタンのルールを聞いたときに「なんや、ボーダーランドのぱくりやん」と思った人は多いでしょう。
しかし、真似することを思いついたことがドイツ人の偉業だったと言えます。
(ちなみに、コズミックエンカウンターを真似して、マジックザギャザリングを作ったことも偉業です。
今回のテーマとは関係のないことですが、これらの突破したゲームが真似から生まれているということ、そしてその真似はボードゲームの面白さの本質をついているということは押さえておくべきことです。)

ドイツゲームは、アメリカゲームの反省として、交渉をルールによってコントロールする姿勢を持っています。
それが、冒頭の「1.アイテムの交換、売買」です。

ところで気になるドイツゲームが1つあります。
最近アレアから出版された七人の賢者です。
このゲームは交渉に対してひどくルーズなのです。
あえてそうしているのでしょうが、その意図は何でしょうか。
自立して交渉できるようになりなさい、とゲーマーを突き放しているのでしょうか。
これが新しいムーブメントになるかどうかは興味深いです。

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Re: ボードゲームの要素について 「交渉」 その2
名前:鱶(fuka)    日付:8月27日(水) 20時20分
なんか一段落になっちゃいましたね。次週どうしましょ? vd126151.ko.FreeBit.NE.JP (219.99.126.151) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.11 [ja]


Re: ボードゲームの要素について 「交渉」 その2
名前:    日付:8月29日(金) 0時6分
そうですね、展開があまりなさそうですね。
「1.アイテムの交換、売買」と「2.不戦、同盟、協力」の中の1つの項目に絞るのはどうでしょうか。
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ボードゲームの要素について 「交渉」 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月17日(日) 20時50分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。
 それでは、今回から「交渉」の要素について
ぼちぼち考察していきたいと思います。

 まずは、交渉の要素のあるゲームをあげていくと…。
「モノポリー」、「三国志演義」、「ディ・ハンドラー」、
「カタン」、「フンタ」、「バサリ」、「ミュール」、
そして、「ディプロマシー」。
 とりあえずこのぐらいがすぐに浮かんできました。

 タイプとしては、

1.アイテムの交換、売買
 「モノポリー」、「ディ・ハンドラー」、「カタン」、「バサリ」、「ミュール」

2.不戦、同盟、協力
 「三国志演義」、「フンタ」、「ディプロマシー」

 の2つに分けられました。

 私の好みとしては、1の方が好きですな。なぜかといいますと、2の交渉は多くの場合
合理的な行動選択法が無いからです。2のタイプでは、自分がどう行動するか
によって展開は大きく異なります。しかし、単純に書いてしまうと、
Aさんと同盟しても、Bさんと同盟をしても大してリスク・リターンが変らないことが
あるのではないかと思うのですがどうでしょう。
 1ではそのアイテムにどれだけの価値を見出すのかという「目利き」競争なので、
あまり心的負担を感じずにすみます。初心者を相手に有利な(あこぎな)交渉をすると、
アンフェア感が出て心的負担を感じると思いますが、私の場合総じて
これらのゲームは苦手なので、何の問題もありません…。

 いずれの場合も交渉を首尾よく成功させるには「相場観」が求められます。そして、
そしてそれを磨くためには、ある程度のプレイ経験が必要なため、こういったゲームは
”初回OK度”が低いと思われます。

 基本的なことをもう1点。「交渉」ゲームは3人以上でプレイする気がします。
2人プレイで交渉ゲームはない…ですかね?

 こんな感じでスタートしてみましたが、どうでしょう。横さん来週よろしくお願いします-。

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ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その5 返信  引用 
名前:    日付:8月11日(月) 2時49分
 前回のとおり、「我々が賭けているものは”ゲーマーの名誉”」ということでおちつけることにしましょう。

 今回は、この結論に対して挙がってきそうな疑問を検討します。
「名誉を賭けないボードゲームもありそうだが?」という疑問が1つ。
「名誉ではなくお金を賭けてボードゲームをしてもいいのでは?」いう疑問がもう1つ。

 これらの疑問を検討するために、「勝負を競う度合い」を尺度にしてボードゲームを5段階に分けます(※今回、ボードゲームは広くとらえます)。
数値が大きいほど勝負を競うゲームとなります。

・勝負を競う度5…ギャンブル(麻雀、ポーカ)、将棋・囲碁
・勝負を競う度4…ドイツゲーム、トレーディングカードゲーム
・勝負を競う度3…アメリカ製マルチプレイヤーゲーム(コズミックエンカウンター、フンタ、モノポリー)、日本製カードゲーム(モンスターメイカー)
・勝負を競う度2…シミュレーションゲーム、ミニチュアゲーム
・勝負を競う度1…テーブルトークRPG

 アメリカ製マルチプレイヤーゲームとは、一昔前のボードゲームです。
まずはこのカテゴリーのゲームについて考察します。
 アメリカ製マルチプレイヤーゲームは、プレーヤーの適当な判断でゲームが流れていくものが多いです。
適当とは、プレーヤー同士のやりとりが恣意的なことです。
誰と仲良くするか、誰を攻撃するかということは、結局は適当に決められることになります。
合理的な選択理由があるのは、トップを叩くときぐらいです。
(※コズミックエンカウンターのできの良さは攻撃相手がランダムに決定されることにあるということを、ログインで15年ほど前に安田氏が述べていたように思います)
こういうゲームだと、勝てればうれしいことはうれしいのですが、実力や努力で勝ったという満足はそれほど得られません。
負けたら悔しいですが、実力不足・努力不足のためとはあまり思わないのは同様です。 
 それでもアメリカ製マルチプレイヤーゲームがよくされたのはなぜか?
それは、ゲームの過程が楽しかったからです。
過程が楽しいというのは、ゲーム世界にはまりこむ楽しさです。
 こういうゲームでも、賭けようと思えば何かを賭けることができます。
しかし、賭けないのはなぜでしょうか?
フンタを例に、この疑問を考えてみましょう。
 フンタはギャンブル的要素を持ったゲームです。
まず、お金がやりとりされます。
そして、勝利条件は銀行へ蓄えたお金です。
暗殺をくぐりぬけて銀行へ預金しに行くことは、まさにギャンブルです。
よって、フンタで実際のお金を賭けることは容易です。
しかし、そういう気にはなりません。
お金を賭けたら逆に面白さが減少しそうです。
なぜそう感じるのでしょうか?
それは、フンタが適当なゲームだからです。
予算、ポスト配分、同盟、裏切り・・・それらはたいてい合理的な理由で決定されるわけではありません。
適当に進んでいくゲームに現実のお金がかかってしまっては、殺伐としてしまいます。
とくにフンタのように何でもありのようなゲームでは、しゃれになりません。
海軍提督ばかりさせられているプレーヤーは切れるでしょう。
 では、お金の代わりに名誉を賭けることについてはどうか。
名誉もこのゲームには合い入れません。
毎年予算ゼロのプレーヤーがそれほどわるいプレイをしたというのでしょうか。
たいていの場合、単なる非合理な仕打ちです。
というか、ベテランプレーヤーに対してほど容赦がないかもしれません。
 フンタは勝負に対して名誉を賭けられない(賭けても報われない)ゲームなのです。
過程をうまく楽しむゲームなのです。
フンタがうまい人がいても、フンタが強い人なんか存在しないということです。
 

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ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その5 (つづき)
名前:    日付:8月11日(月) 2時50分
 
 さて、このようなアメリカ製マルチプレイヤーゲームに対するドイツゲームの新しさは、勝負を競うことができるということでした。
ドイツゲームでは、プレーヤーの能力や努力が結果に反映されます。
それが、名誉を賭けてゲームをすることができるということです。
 と言っても、ドイツゲームにも適当な要素があります。
それは、他のプレーヤーに対して取るアクションの意思決定です。
誰とカードを交換するか、だれをじゃまするか、の決定には恣意的な要素が入り込みます。
そのため、アメリカ製マルチプレイヤーゲームと同様にお金は賭けにくくなります。
お金がかかってしまうと、他プレーヤーに対して理由のないアクションを躊躇してしまいます。
非合理な妨害を他プレーヤーから受けることに対するストレスも倍化することでしょう。
そうなるとゲームが面白くなくなります。
そこで、我々は名誉を賭けることになるのです。
名誉は、主観的なものであって同時に少し客観的なものでもあり、賭けるのに適切なのです。

 以上をまとめると、以下のようになります。
・勝負を競う度が高いゲーム(勝負を競う度5)は、お金や名誉を賭ける。
・勝負を競う度が普通のゲーム(勝負を競う度4)は、名誉を賭ける。
・勝負を競う度が低いゲーム(勝負を競う度3以下)は、何も賭けないで過程を楽しむ。
 
 ということで、冒頭で挙げた疑問について考察しました。
さらに検討の余地はあります。

 ドイツゲームをひとくくりにして勝負を競う度4として考察をしましたが、中には勝負を競う度が5や3のドイツゲームもあるでしょう。
それらのゲームを考察する必要はあるでしょうか?
 それから、ドイツゲームの中にもギャンブルチックなものがあります。
なぜギャンブルチックなゲームが少ないのか、ということが今回の出発点でした。
ギャンブルチックなゲームの「勝負を競う度」は5なのでしょうか?
また、ギャンブルチックな要素とはどういうものでしょうか?
 そもそもギャンブルとは何でしょうか?
一連の考察では、ギャンブルを「お金を賭けて行われるもの」と単純に定義しましたが、その定義で十分なのでしょうか?
 他にもあります。ドイツゲームをするゲーマーのプレイスタイルを一様に捉えてしまってよいのでしょうか?
例えば、勝負を競う度が低いゲームであっても何かを賭けようとするプレイスタイルはありうるのか?
逆に、勝負を競う度が高いゲームであっても何かを賭けることを好まず過程を楽むことを追求するプレイスタイルはありうるのか?
そういったプレイスタイルがあるとするならば、どう解釈されるのか?
そこから、ゲーマーと非ゲーマーの間のギャップについて見えくるものもありそうです。

 疑問は続きますが、鱶さん、どうしましょ。
 
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Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:8月13日(水) 19時24分
長文お疲れ様です-。
 どうしましょ?とりあえず、ギャンブル要素については、このへんでおきますか。
 生煮えのまま、次のネタにいきましょう。で、なんかいいのないですか?
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Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その5
名前:    日付:8月13日(水) 23時51分
そうやね。
あえて引くのもええね。
ところで、ギャンブルチックなボードゲームで思い浮かぶもんってありました?

次のテーマは、以前挙げたボードゲームの要素の中のどれかになるんかな。
ボードゲームが昨今直面しているテーマと関連しているもんであれば理想的なんやけど・・・
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Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:8月15日(金) 21時2分
うちには"Banque fatale"というゲームがあります。チップと現金カードの
やりとりがあるので、いかにもギャンブルっぽいです。
 最後も金額の最も多いプレイヤーが勝者ですし。
 次回はこのゲームのレビューというのが一番いいんですが、
実は未プレイだったりするので書けません…。また今度やりましょう。

 つぎどないしよ。「交渉」でもやってみます?
「ボードゲームが昨今直面しているテーマ」とはいったいなんですか?
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Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その5
名前:    日付:8月16日(土) 0時22分
そのゲーム知りませんがフランス語っぽいですね。
思いうかぶギャンブルっぽいボードゲームは、ババンクとピーナッツです。あと、いくつかのダイスゲームとトリックテーキングのカードゲーム。

「交渉」でお願いします。まだあまり手をつけていないテーマですしね。
「ボードゲームが昨今直面しているテーマ」はよく分かりません。ボードゲームの掲示板からも見えてきません。気づけていないだけなんでしょうが。あるとすると、日本製のボードゲームについてかなと思います。
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(untitled) 返信  引用 
名前:姫野智    日付:8月9日(土) 10時0分
楽しいから
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ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その4 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月3日(日) 21時24分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。とりあえず、
「ドイツゲームなどで心理戦的要素がある場合、これはなぜ失うものがないのに
効果を上げているのか」の設問を検討していきます。

 私の説は、「実は失うものがある」というものです。
さて、何を失うのか?
 それは、”ゲーマーの名誉”です。
 ゲームをプレイしていて、負けたいと思う人はいないはずです。
 適当なプレイをして負けるということは”ゲーマーの名誉”が許さないはずです。
ここで、前々回に述べた「運」とのかかわりが出てきます。
 ”坊主めくり”(運ゲー)で負けたとしても、われわれの名誉が失われるわけではありません。
運の強くないゲーマー、という評価が下るかもしれませんが、それは自分の責任では
ないことです。しかし、ある程度戦略性を持ったゲームで負けると、自分の名誉が失われます。

 前回の最後の設問に対しては、上記の答えを考えたのですが
どうでしょう?
 運との関連性を書いたのですが、前回の横氏の指摘どおり、「運の依拠する
割合が高いゲームはギャンブルとなりやすい」ということは確かになさそうです。
 そういわれると、一部のギャンブル系のゲームは高度に戦略的なものがあるイメージもあります。
ということは、ギャンブラーが負けるということは、金も名誉も失ってしまうということですね。
 そして、運ゲーで心理戦ゲーもありそうな…。
 うーん、暑いので今週はこれで。今回の仮説も穴だらけっぽいですが、どんなもんでしょ?

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ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その3 返信  引用 
名前:    日付:7月28日(月) 0時38分
 皆、トランプを子供の頃から親しんできました。
そのトランプにもいろいろな種類のゲームがあります。
ポーカ、ブラックジャック、大富豪、ページワン、七ならべ、ババ抜き、スピードなどなど。
 ポーカやブラックジャックはギャンブルとなるタイプのものです。
大富豪、ページワン、七ならべ、ババ抜き、スピードなどはギャンブルにはならないタイプのものです。
この違いはどこにあるのでしょうか。
 どちらもお金を賭けてプレイすることはできます。
しかし前者には、トランプのカード以外のものとしてお金(もしくはそれに類する指標となるもの)が必要となります。
ゲームの構造として、前者はギャンブルと親和性が高いと言えます。
 また、前者にはゲームの終了がないという特徴があります。
または、1プレイが短時間のゲームを数多く行っていくと言ってもよいでしょう。
他方、後者にはプレイの終了があるいう特徴があります。
または、1プレイが長時間のゲームと言ってよいでしょう。
 ところで、ゲームの構造としてお金が必要であっても、べつに実物のお金を使わなくても構いません。
しかし、永遠と続いていくゲームであれば、ゲーム紙幣を使っていては緊張感が出ないのです。
緊張感をうみ出すためには、ゲームの終わりが必要です。
持ち金がなくなったら脱落して終了とか、持ち金が一定以上になれば優勝して終了とかにしてもかまいません。
しかし、経験的にはそういう終了条件があっても、緊張感はそれほど出ません。
つまり、このタイプのゲームがギャンブルとなるのは、お金がゲームの要素として必要であるためではなく、終わりなきゲームであるが故になのです。
 前回の鱶さんの意見では、運の依拠する割合が高いゲームはギャンブルとなりやすいと論じられていましたが、私は運との相関関係はないと考えます。
運のみゲームであるババ抜きは、お金を賭けても賭けなくても面白さは変わらないから、ということです。

 であるならば、麻雀はどうなのか、ということになります。
麻雀は、トランプで言うと後者の大富豪タイプの終わりのあるゲームです。
経験的には、ポーカーと比較すると、麻雀のほうが賭けなくても楽しめます。
それは、麻雀が終わりのあるタイプのゲームであるからです。
しかし、麻雀はやはり賭けないとあまり面白くないです。
それが、前回の鱶さんの意見「何もかけていない状態だと、失うものは何もないので、勝負の妙味が全く失われることになります」ということでしょう。
これも経験的なことなのですが、賭けてないマージャンなら、常に勝負をしてしまいます。
危険であるから降りる、なんてことはめったにありません。

 そう、ここで自然に出てくるのが前回提示された疑問です。
「では、ドイツゲームなどで心理戦的要素がある場合、これはなぜ失うものがないのに
効果を上げているのでしょうか」というものです。

 その解答を箇条書きにします。
1.ドイツゲームは、終わりのあるゲーム(トランプで言うと大富豪タイプ)であるから
2.ドイツゲームは、ゲームとしてできがよいから(お金を賭けなくても面白い)
3.ドイツゲームは、アンチ世俗的なものであるから(お金を賭けると逆に面白さが減ずる)

 ということで、すみません。
前回投げられた問題は、今回検討できませんでした。
こういうこともあるということで、ご容赦くださいませ・・

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ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その2 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:7月20日(日) 22時34分
 みなさんこんばんは。新たな展開となりました「ボードゲームの要素について」
のシリーズです。前回より「ギャンブル」の要素についての検討になっています。

 さて、前回の横さんより提示された宿題を片付けていこうと思いますが。

Q1.「マージャンやポーカは、ゲームの種類としてボードゲームと言えるのか」
A1.「マージャンやポーカもボードゲームである。しかし、ドイツゲームとは
違ったタイプのボードゲームである」

 これが前回の問題その1です。
 私の考えでも、麻雀、ポーカーといったゲームは広い意味でのボードゲームに
入ると思います。
 ポーカーはカードゲームで異論なしでしょう。
 麻雀は牌を使ってボード上で行うゲームですが、これもどちらかというと、
カードゲームに近いもののように思います。なんか、以前の記事でボードゲームかカードゲームの
定義について書いたような回があった気がするのですが、どうも見つけられませんでした。
 賭けてプレイされることが多い、という件以外では、特にボードゲーム(カードゲーム)
の枠を外れるものではないと思います。

Q2.「なぜマージャンやポーカはお金を賭けないと面白くないのか」
A2.「マージャンやポーカのゲームの構造が、お金を賭けることを必要とするため」
 これが前回の問題その2です。A2は横氏が提示してくださった仮説ですが、
私はこれが、かなり有力であると考えています。

 それを検討していきますと…。
 「ポーカーフェイス」という言葉があります。旺文社の辞典では「心の動きを出さない
無表情な顔」となっています。ポーカーのゲーム中に、悪い手札であっても、それを
おくびにも出さずに、いかにも良い札であるようにも思わせ、勝負から降ろさせたり、
逆に、強い役であっても、大したことがないように見せかけて、賭け金をつり上げて
勝負し、大金を巻き上げる、といった手法です。
 ポーカーの勝負は、運の要素が大きく左右するのですが、それだけではいかないのが
「ポーカーフェイス」の心理戦です。これがなければ、ただの坊主めくり(カード引きゲー)
でしかありません。
 そして、この心理戦が効果を上げるためには、”失うもの”がなくてはなりません。
敗れれば一瞬にして大金を失ってしまう状況において、ぶたで勝負するのは狂気の沙汰あり、
それ故に、効果を発揮するのです。これが、何もかけていない状態だと、失うものは
何もないので、勝負の妙味が全く失われることになります。

 麻雀でも同じようなことが言えると思います。
 しかし、麻雀のほうが、ポーカーよりも運の依拠する割合が低いために、
あるいは複雑であるために、こちらの場合は賭けなくても、少しは楽しめるのかもしれません。
これは人によりけりで、やっぱり賭けないと楽しくない人も多いと思いますが。

 では、ドイツゲームなどで心理戦的要素がある場合、これはなぜ失うものがないのに
効果を上げているのでしょうか。

 この問題を次回の横さんへの課題としてもいいですか?
 ではでは、また来週-。

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ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その1 返信  引用 
名前:    日付:7月14日(月) 1時53分
 前回の最後の方で、「ギャンブル的要素は、ボードゲームでの表現が難しいのではないか」という意見が提示されました。
 これは、「ギャンブルチックなボードゲームがあまりないのはなぜか」という疑問に対する仮説ということになるでしょう。
 今回のシリーズでは、この仮説を検証していくことにします。

 はじめに、ギャンブルについて検討します。
ギャンブルとはお金を賭けて行われるもの、と定義します。
ギャンブルとして主なものを挙げると、競馬、パチンコ、マージャン、ポーカ(トランプ)などがあります。ここではボードゲームをテーマとしているので、競馬やパチンコ等は除き、マージャンやポーカ等のゲームを対象にします。
 さて、マージャンやポーカは、ゲームの種類としてボードゲームと言えるのか。
これは1つの疑問です。
この疑問に対する仮説として、「マージャンやポーカもボードゲームである。しかし、ドイツゲームとは違ったタイプのボードゲームである」というものを設定します。
この仮説が有力であるかを検討する必要があります。

 それに続く疑問としては、「なぜマージャンやポーカはお金を賭けないと面白くないのか」というものです。
こちらの疑問に対する仮説としては、2つ考えられます。
1つの仮説は、「マージャンやポーカのゲームの構造が、お金を賭けることを必要とするため」というもの。
もう1つの仮説は、「マージャンやポーカはお金を賭けなければならないものと社会的に認知されているため、つまり思いこみのため」というもの。
2つのうちどちらが有力であるかを検討する必要があります。
 
 ということで、今回はここまでにします。後は鱶さんにバトンタッチさせていただいてよろしいでしょうか。
上記の仮説の検討をお願いします。
もしくは、もう少し問題を整理していただけたらと思います。
よろしくおねがいします。

----
 ところで、ギャンブルの是非について一言。
倫理的にはギャンブルは悪いこととされています。そのため、話題としては取り上げにくい感があります。ただ、法律としてギャンブルが否定されているわけではありません。マージャンの例では、「1000点100円程度のレートであれば遊戯の範囲内となるため、違法ではない」という判例があるそうです(事実の確認はしていなせんが、法学部の知人から聞いた話なので信じています・・)。

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Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その1
名前:    日付:7月20日(日) 21時27分
あとから気づきましたが、今回は150回記念でした。 218-228-231-93.eonet.ne.jp (218.228.231.93) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)


Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その1
名前:鱶(fuka)    日付:7月20日(日) 22時31分
200回の時はもうちっと華々しくやりましょか? vd126145.ko.FreeBit.NE.JP (219.99.126.145) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.11 [ja]


Re: ボードゲームの要素について 「ギャンブル」 その1
名前:    日付:7月21日(月) 2時8分
そうしましょう。 218-228-230-207.eonet.ne.jp (218.228.230.207) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)

ボードゲームの要素について 「運」 その5 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:7月6日(日) 22時41分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。

 「運」の要素についての考察も、今回でひとまず、まとめたいのですが、
結構とりとめもなく語ってきたので、どないまとめたものか、困ったりなんかして。

 とりあえず、前回のフォローから。確かにテレビゲーマーや将棋、囲碁では
運はあまり話題になりませんね。そして、TRPG…これの「運ゲー」ほど不毛なものは
ないですね。トレカの場合は、デッキからのカードの引きをいかに確率的に
コントロールするかが、上級者レベルでは割と問題になる気がします。ただ、
トレカの場合は金銭上の制約もあって、あまり多くの種類のゲームをプレイすることが
ないために、個々のゲームについての運の度合いについてはあまり考えないのでしょう。
というか、しょうもない運ゲーにかかわっている余裕はない、と。(それは
ボードゲーマーも同様でしょうけど…)。

 「運」
 多くのボードゲームにとって、非常に重要な要素であり、すべての(100%)
ボードゲームに存在する要素である。
 個々のボードゲームにおける、運の要素の強弱を考えたり、運を1つの要素として
捉えることはボードゲーマー特有である。

 切りばりで、強引にまとめてみたりして。
 さて、ここから何の話にしようかというところですが、
 前回の横さんの「そもそも、大勝負ができるようなギャンブルチックなボードゲームは
あまりありません」と、以前にちと考えたことが関連するのでその話題へとシフトします。

 それは、お金にかかわる問題というものです。
 麻雀はそれなりに、お金を賭けなくても、私個人としては楽しむことができるのですが、
トランプのポーカーなんかは、賭けることそれ自体がゲームの一部として成立しています。
 で、子供のころとかに(今でも賭けてやりませんが)、
チップを使ってやったりするわけですが、何も賭けないチップでは、ゲームとして
成り立たず、まったく面白くないものになってしまいます。
 そのへんのギャンブル的要素は、ボードゲームでの表現が難しい??という気がしませんか?
 どんなもんでしょう。

 とりあえず今週はこの辺で。横さん、次回は何のネタにしましょう?
 それではまた来週。

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Re: ボードゲームの要素について 「運」 その5
名前:    日付:7月8日(火) 22時35分
まとめごくろうさまです。
次はギャンブル的要素でいってみましょうか。
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Re: ボードゲームの要素について 「運」 その5
名前:鱶(fuka)    日付:7月10日(木) 22時33分
それでいけそうですか?とりあえずおまかせします。 vd126152.ko.FreeBit.NE.JP (219.99.126.152) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1) Opera 7.11 [ja]


Re: ボードゲームの要素について 「運」 その5
名前:    日付:7月12日(土) 1時45分
了解。あまりまとまらないかもしれませんが、考えてみます。 218-228-231-244.eonet.ne.jp (218.228.231.244) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)

ボードゲームの要素について 「運」 その4 返信  引用 
名前:    日付:6月29日(日) 0時14分
 私も運任せではなくて、戦略で勝利したいですね。
考えてみると、大勝負が好きで強運によって勝利したい人はボードゲームなどしなさそうです。
ボードゲームでは大勝負しても負けることが多そうですし。
昔の「人生ゲーム」で、貧乏農場へ行ったプレーヤーにルーレットでの最後の大勝負のチャンスが与えられる場面をイメージしました。
そもそも、大勝負ができるようなギャンブルチックなボードゲームはあまりありませんしね。

 ところで人間というものは、うまくいったときには自分の実力と考え、うまくいかなかったときには運が悪かったと考える傾向があります。
そう考えることは、よかったりダメだったりするわけですが、その是非は置いておいて、そうなる原因はインプットとアウトプットの因果関係が明白ではないためです。
ボードゲームでも同様です。
実力(または努力)と運が混ざった中からアウトプットとして勝敗が出るため、勝ったときには自分の実力と考え、負けたときには運が悪かったと考えがちです。
そう考えられるボードゲームはできがよいと言えるのでしょう。
我々がボードゲームに求めているのは、多分そのへんなのですから。

 という感じです。
鱶さんの後を引き継いだのですが、結論は当たり前となり、あまり話を膨らませることはできませんでした。

 このままでは、運の考察シリーズは終了となってしまいそうなので、少し別の視点を披露してみることにします。

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続き
名前:    日付:6月29日(日) 0時17分

 さて。
運を1つの要素として捉えるのは、我々くらいのものです。
ここで言う我々とは、このホームページの読者=ボードゲーム(特にドイツゲーム)をするゲーマーのことです。
他の種類のゲーマーは、テレビゲームをする人も、将棋や碁をする人も、テーブルトークRPGをする人も、トレーディングカードゲームをする人も、シュミレーションゲームをする人も、運がゲームに介在する度合いについてなど特に考えません。

 ということは、「運ゲー」というものは、ドイツゲームの中にしか存在しないということになります。
我々は「運ゲー」を所与のものとして捉え、あるゲームが「運ゲー」かどうかとか、「運ゲー」の是非などを議論します。
しかし、「運ゲー」という概念、一歩戻って「運」を要素として抽出することじたいが特異なのです。

 少し話は変わりますが、ドイツゲームが「運」「戦略性」「するめ度」「初回OK度」というようないくつかの要素に分解されて評価されることは興味深いことです。
(参考:Table Games in the World 「評価の基準 ―ゲームを評価してみよう―」)
 http://www1.u-netsurf.ne.jp/~hourei/game/etc/rezension.html

 昔からのアバロンヒルのボードゲームなども、複数の要素で評価されていました。
それは、「複雑さ」「ソロプレイのしやすさ」といったものでした。
その尺度は、自分にとってプレイ可能かどうかを知るためのものであり、どういうゲームであるかという観点のものではありませんでした。
どういうゲームであるかを示す尺度ができたのは、実は近年のドイツゲーム以降なのです。

 我々がドイツゲームを様々な尺度で評価するようになった経緯はどういうものでしょうか。
それは、我々が数多くのボードゲームをすることじたいに価値をおいており、貪欲にボードゲームを消化してきたためです。
数十、数百のボードゲームをする中で、評価の尺度と評価する目が培われてきました。
我々は、運を1つの要素として捉え、あるボードゲームについて運の要素が強いかどうかというようなことを自然に考えます。
それは数多くのボードゲーム経験があってこそ可能なのです。
また、今後もたくさんのボードゲームをこなしていくつもりであるから考えてしまうのです。

 ということで、鱶さん、この話題を膨らませることができそうですか。
できそうなら、続けて下さい。または、前回の鱶さんの提起について続けてお願いします。
それではよろしく!
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ボードゲームの要素について 「運」 その3 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:6月22日(日) 19時56分
みなさんこんばんは。鱶(fuka)どすー。
 引き続き、「運」について考えていきたいと思います。

 確か金七さんが言ってたと思うのですが、運を試す回数が多いほど、
勝敗という全体に占める、一回一回の運の割合は小さくなっていきます。

 悪い「運ゲー」では、一回の運試しが勝敗に与える影響が、理不尽なほど大きいのではないでしょうか。
そして、「運の要素が強い」ゲームは、ゲームを通じて行われる運試しの目が、
確率上の平均通りにまでならないとかいうケースがあるかもしれません。
 「トーレス」の初級ゲームのアクションカードの引きは、ゲーム全体では平均的になるのかも
しれませんが、状況に決定的な影響を与える局面でのドローは平均になっていない気がします。

 運ゲー、運の要素が強いゲームでは勝敗に運が大きく作用するわけですが、
運の要素が普通や低めのゲームではどうでしょう。
 なんとなく理想論的、あるいは机上論的には、両者の戦略のレベルが
拮抗している場合の勝敗の帰すうは、結局運が決定するような気がします。
 まあ、実際にはそんな展開は数少ないのでしょうが、できればそういうプレイが
したいものです。

 さて、唐突に「バトルライン」についてですが、掲示板のほうでも
運と戦略の割合がどのくらいのものなのか、結論が出ていなかったりします。
 どこのフラッグを狙うのかという戦略とカードを出す順番という戦術で、
カードドローという運に対してどれだけ戦えるのかという問題です。
 さてさて、こっからは私的な極論なのですが…、
 プレイするゲームが運ゲーかどうかは、どちらでも良いです。
それよりも、自分のたてた戦略・戦術によって(見事に)勝利できたという幻想が
得られれば、私としては良いのですが。

 ふと思ったのですが、そういう考え方をするということは、
できれば運任せで勝つのではなくて、戦略で勝利したいという思想ですよね。
 乾坤一擲の大勝負とかが好きで、強運によって勝利したいという(ギャンブラー的)
思想もあるような気がするのですが、横さんはどないです?
 私の場合はダイス目の期待値が3.0と人より低い方なので(←被害妄想…)
運の勝負はできるだけ避けるようにしています。

 ではでは。また来週-。

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ボードゲームの要素について 「運」 その2 返信  引用 
名前:    日付:6月16日(月) 1時14分
 ボードゲームには様々な要素があります。
今回のシリーズでは、その中の「運」について考察していきます。
そうやすやすと語りきることができなさそうなので、ぼちぼち考えていくことにしましょう。

 運を発生させる装置として主なものは、ダイスとカードです。
そう見ると、ダイスゲームとカードゲームは運のかたまりですね。
ボードゲームだと、ダイスやカードが占める度合いは様々です。
今回は、二大競技用ボードゲームであるカタンとモノポリーを取り上げて、運の要素について検討します。

どちらのゲームでもダイスとカードが使用されます。
プレーヤーは毎回ダイスを振ります。
カードは、ダイスほどではありませんが、頻繁に引かれます。
こういう点でカタンとモノポリーは似ています。

そこで問題です。
これらのゲームは運の要素が強い(いわゆる運ゲー)でしょうか?
ダイスとカードを頻繁に使うゲームだから運の要素が強いということは言えるでしょうか、という意味合いです。

普通に考えると、ダイスを振れば振るほど、カードを引けば引くほど、運ゲーとなりそうです。
はたしてそうでしょうか。
なにしろ、両方とも強い人は強いゲームです。
それゆえに競技ゲームとなっています。

初級レベルのプレーヤーにとっては、両方とも運の要素が強いと感じられるでしょう。
しかし、熟練するほど運の要素は弱く感じられるようになります。

なぜそうなるのか?
それは、運をコントロールできる余地が大きいからです。
交渉・資源(カード・お金)の消費等によって、偶然に発生した状況に対応できるということです。
つまり、これらのゲームは、運(偶然に発生した状況)に対してどう上手く対処していくかを競うゲームなのです。

ということで、両方とも運ゲーではないと言えます。

続いて2つ目の問題です。
カタンとモノポリーのどちらの方が運の要素が強いと言えるでしょうか?

これは意見が分かれるところでしょう。
その人がどちらをやりこんでいるかで答えが決まります。
しかし、両方ともやりこんでいるとして考えます。

私は、モノポリーの方が運の要素が強いと思います。
なぜならば、モノポリーには決定的なダイスロールやカードドローがあるからです。
たまたま出たダイス目や「ボードウォークへ進む」カードによって破産してしまうことがあるということです。
これこそ運です。
そうなる可能性を低くするように努めていても、運が悪いとどうしてもそうなってしまいます。
カタンもモノポリーもダイスを振る回数が多く、どちらも出る目は平均的になります。
しかし、1回あたりのダイス・カードの重さが大きく異なるのです。
 

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つづき
名前:    日付:6月16日(月) 1時18分
 最後に、ボードゲームの要素の評価について。

前回では、3段階で評価した場合の尺度が挙げられました。
今回、5段階で評価した場合の尺度を考えてみました。

どちらがよいかは、ボードゲーム要素をどう見なすかによるでしょう。
頻度については統計的に、要素については幅広く捉えて挙げてみましたが、いかがでしょうか。

☆☆☆☆☆(星5つ) すべての(100%)ボードゲームに存在する要素。
         ex) 「運」「勝敗」「ルール」 

☆☆☆☆ (星4つ) 多くの(80%)ボードゲームに存在する要素。
         ex) 「点数」「他プレーヤーとの関係」「ラウンド(時間)」

☆☆☆  (星3つ) 半分くらいの(50%)ボードゲームに存在する要素。
         ex) 「交渉」「記憶」「お金」「領地」

☆☆   (星2つ) 一部の(20%)ボードゲームに存在する要素。
         ex) 「交換」「すごろく」「パズル」「ファンタジー」

☆    (星1つ) めったに存在しない(5%)要素。
         ex) 「物理的要素」「言語的要素」
  
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ボードゲームの要素について 「運」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:6月8日(日) 19時45分
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です-。
 今回から新章突入、ということで、ボードゲームの要素について
考察していきたいと思います。まず第1回目は「運」についてです。

「ボードゲームの要素について」は、隔月刊ボードゲーム通信の
コラムのコーナーにもありましたので、とりあえずその記事を以下に貼りつけます。
(われながら手抜きやなぁ…)

<<<<<<<<<

隔月刊ボードゲーム通信5号
コラムのコーナー ボードゲームの要素について (2)
―運―
前回の戦略と同様に、運の要素もボードゲームにおいて大きな位置を占めるものです。そして、多かれ少なかれ殆ど全てのボードゲームに存在するものです。ダイスを振る(ダイスロール)、カードを引く、コイントス、じゃんけん、などなど色々なかたちがあります。
ダイスロール、コイントスの場合は完全にランダムで、どのような結果になるかは確率で判断するしかありません。例えば、ダイスの1〜6の目が出る確率はそれぞれ1/6ずつです。ダイスを2つ振った時の目の合計の数(しばしば2Dと記述されます)では、7が最も出易い数です。時々、神の力(あるいはプレイヤーの意志)で出る目が変わっているのではないか、と思うことがありますが、長い目でみれば確率通りの数値に近づくことでしょう。その「長い目」が1ゲームを過ぎてしまうことは往々にしてあるのですが…。
山札からカードを引いていく場合には、「残りのカード」の概念があります。例えばAのカードは全カードの中でも1枚しか無く、さっき出たばかりで捨て札の中にある、という情報。Bのカードは全カード中3枚あるのに今まで誰も使っていないので、誰かが手に隠している可能性が高く要注意である、という推測。などなど。
じゃんけんになると、各人の心理的要素も加わってきます。しかし確実な勝利法があるわけではないのでやはり運次第ですね。
ところで、全く運の要素の無いゲームはあるのでしょうか。囲碁や将棋にしても先手後手を決める際には、握り、振り駒など運の要素が介在しています。これを考えると、各プレイヤーが公平で、運の要素が全く存在しないゲームは無いように思えます。
さて、今回も深いところまで考察できないままですが、広く浅くという方針で次回に続きます。

>>>>>>>>>>

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つづき
名前:鱶(fuka)    日付:6月8日(日) 19時46分
 運はほとんど全てのボードゲームにある要素です。
 将棋、囲碁など運の要素がゼロに近いものは、誰でも楽しめるゲームというよりは、
道を究めていくような、勝負の世界という感じです。
それぞれのプレイヤーの、ゲームの熟達の結果が、かなりダイレクトに反映されます。

 ボードゲームの場合は、ゲームの熟達度による勝敗が、
運の要素が介在することで、ある程度揺らされることになります。
 ゲームにもよりますが、この考察で思い描くような理想的ゲームでは、
熟達度の差がある程度以内ならば、多少劣っていても勝利することができる
ものです。このバランスが微妙なのですが、運の要素の適切さが、ゲームの楽しさに
大きく影響すると思います。
 しかし、運が大きすぎる場合や小さすぎる場合でもゲーム全体としてみれば、
面白いものもあると思われます。
 よって、運の要素がゲームの面白さに与える影響は、絶対的なものではないけれど、
非常に重要な要素であります。


 最後に、ボードゲームの要素の評価について考えてみました。

☆☆☆(星3つ) 多くのボードゲームにとって、非常に重要な要素。
 ex) 「運」の要素。

☆☆ (星2つ) 一部のボードゲームにおいて、重要な要素。まったく含まないゲームもある。
 ex) 「交渉」の要素。

☆ (星1つ) ボードゲームのフレーバー(香味料)。
 ex) 「ファンタジー」の要素。 

 こんな感じで3段階に分けてみたらどうかと思うのですが、次回番の横さん、どないでしょう。
訂正点などありましたら、指摘してください。

 ではでは、また来週。お楽しみにー。
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横氏宅でのゲーム大会(参加者3名)の様子 その3 返信  引用 
名前:金七    日付:6月1日(日) 16時47分
   週刊ボードゲーム通信 5/26-6/1号

引き続きプレイ後の感想をお届けします。
問題発言?もありますが、全員初プレイのゲームも多く、あくまで個人的なファーストインプレッションであることを御了承ください。
何せ「ラー」最高!とかいいながら、全員ルール違いに気がつかないままだったりする連中の言うことですから・・・。
また、発言者名、内容共に編集済みで、責任の所在は不明確にしてあります(笑)。
今週は「カルカソンヌ2」です。

金 タイルゲームは今まであまりやったことなかったけどそれなりやね
横 平地の把握は難しいね
鱶 「1」とどう違うんですか?
横 ほとんど同じ、特殊なものがない程度の違い
 
 (横と金七が僅差の勝負、見落としていた平地のつながりによる得点で決着)

金 山をすぐ完成させて4点ゲットがいい
鱶 それは勝つために有効だけど、ゲームとしてはいいのか?(笑)
横 逆に、川は苦労の割には・・・
鱶 川は戦略的なんですけどね

鱶 平地に置くタイミングが難しい
金 とりあえず1人は平地に置いとくのかなあ
横 そりゃそうでしょ、駒不足にはあんまりならないんじゃない?
金 いや、でも平地の駒なんて終盤まで忘れてたよ
鱶 君、目先の利益に走りすぎ(笑)

 (金が山4点で積み重ねた得点を、他の2人が川や平地で追う形でした)

金 このゲームの考える要素ってどの程度なんでしょ・・・
横 出たタイル次第やしなあ
鱶 引きに大きく左右されるのはしょうがない
金 ワンプレイワンプレイの効率を考えるゲームで、長期的視野に立つ戦略は難しいかと
横 ばればれなんで他プレーヤーに邪魔されやすいし
鱶 その場その場を楽しむゲームやね
 
 (この辺は評価掲示板「カルカソンヌ」での横さんの書き込みを踏まえての会話です)

横 で、全体としてはどうでしょう?
金 ストレスは感じませんでしたね
鱶 評判程度のでき
金 地図が広がっていくのが楽しいけど、その場凌ぎゲームかな
横 まあこの程度かなあ
鱶 やっぱりそんな深いゲームではないと思う
横 出ていないタイルを把握したりするのも、やりすぎという感じだし
金 っていうか私には到底不可能です(笑)
鱶 でも、むちゃ有利なタイルはないね
横 覚えていなくても、特別不利ということはないか
金 もうやりたくない、というようなゲームではなかったけど
鱶 いまさら手遅れだと思うぞ、しかもフォロー下手(笑)

いつものゲーム紹介とは違う今回の方法はどうだったでしょうか?
かなりきつい発言もありますが、どうもこのメンバーは「ほのぼのパーティーゲーム」に辛口な傾向があるようで・・・。
単に「カルカソンヌ2」の奥深さを知るには、経験・能力が不足している可能性も否定できないところです(笑)。

今回場所を提供、速記までしてくださった横さんに感謝。
また、プレイしたゲームは全て横さん所有で、他にも多くのネタ、じゃなくて宝の山が眠っていました。
いつか同じようにプレイして紹介できればいいですね。
個人的に久しぶりのボードゲーム三昧で、その魅力を再認識しました。

"Carcassonne2"「カルカソンヌ2」 / Klaus-Jurgen Werde(作)
Hans Im Gluck(発売) / 2001 /2〜5人 / 60分(3人時)

個人的評価:金七3、横3、鱶3

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横氏宅でのゲーム大会(参加者3名)の様子 その2 返信  引用 
名前:    日付:5月26日(月) 1時57分
 それでは前回に続いて、ゲーム大会(2003/5/3,Kyoto)の様子の第2回をお届けします。

「ハウラック」の感想
横 ・・・
鱶 ・・・
横 感想をどうぞ
鱶 いまいちですね
横 ギャグなんでしょうかねえ
鱶 結局カードの引きしだいなんですが
横 たしかにね・・
鱶 何が楽しいゲームなんだろうか
横 微妙だ

横 ところで綱引きっぽさは出ていますか?
鱶 うーむ・・
横 低い数字が、疲れてきたことをあらわしてるんでしょうね
鱶 その説には納得です
横 アクションカードもあまりスパイスになっていないね
横 大雑把な感じ
(・アクションカードが存在し、相手のカードを奪ったりできます。)

横 とりあえず頭を使いませんねえ
鱶 勝った気はしませんでした
横 開始時のリアルタイムの分配についてはどうですか?
鱶 今まで見たことがないルールではある
横 しかし、面白さにはつながっていない
(・ゲーム開始時に各プレーヤーは、欲しいカードといらないカードに分配します。
先に分配を完了した方は、相手がまだ分配していないカードを分配できます。)

鱶 というか、このゲームの狙いがよくわかりませんね
横 スコットランド人なら喜ぶんでしょうか
鱶 いやそんなことはないでしょう・・
横 イラストはよいんだけど
(・ハウラックは、スコットランドの高地での伝統的な綱引きを題材にしたゲームです。3勝した方が勝ちます。)

鱶 ところで購入動機は一体何なんですか?
横 いや面白そうに見えたんで、2人用だったし・・
鱶 そうですか・・
横 僕のゲーム選球眼もまだまだやね
鱶 しかし綱引きゲームは貴重ですね
横 チャレンジ精神は買う

横 子供向きなのかなあ
鱶 子供もつまらないでしょう
横 やっぱり2人用ゲームは難しいのかなあ
鱶 ハラリもひどかったが・・
横 カフナはあんなにできがいいのに
(・ハウラック、ハラリ、カフナはコスモス社の2人用ゲームシリーズです。)

横 では評価はどうしましょう
鱶 1か2ですね・・
横 もうやらないという意味では1になるのでは
鱶 そうですね
横 でも持ち主だし、いつかまたしてみようかな

☆ ということで、先週のサンマルコと較べると、語りたいことはあまりありませんでした。もう少しやると語れることも出てくるのかもしれませんが。
  
 来週はカルカソンヌ2です。

“How-Ruck!”(「ハウラック」)/Richard Borg(作)
KOSMOS(発売), 2002
2人,30分

個人的評価:横2、鱶1
 

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横氏宅でのゲーム大会(参加者3名)の様子 その1 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:5月18日(日) 18時35分
 みなさんこんにちは。鱶(fuka)です。今回から3回シリーズの予定で、横氏宅での
ゲーム大会(参加者3名)の様子をお届けします。

「サンマルコ」の感想
<1回目>
鱶  いちど差ができたら埋まりにくいゲームやね
横  それからやっぱりカードの分配がとてもむずかしい
鱶  分配は苦手だ
金七 そうそう、分配がいちばん重要なゲーム
鱶  カードの価値の目安がまだよくわからない
金七 結局、王があまり移動しなかった
(・王…ドージェのこと。ついついエルグランデのくせで王とかキングとか呼んでしまう)

横  3ヶ所でしか得点計算しなかった
金七 始めの王の配置場所が大きかった
(・端っこのほうに配置されてた上に、橋も少なかったので、キングは同じ所を行ったりきたり
していた。)

横  「エルグランデ」との比較という点ではどうでしょうか
金七 「エルグランデ」とは別物
鱶  こっちの方が難しい
金七 エルグランデは予定調和的だけど、サンマルコは点数獲得が一定でないので難しい
鱶  1回で1個ずつしかユニット入れられないんで初期配置が重要
金七 投入数が少ない
横  結局、投入数は始め配置の8個の倍もなかったね
鱶  だから始めの配置で固まっていたらきつい
金七 自由配置がきかないから
(・最初の配置がばらけていれば、得点計算時に2位以内には入れる確率が大きい。
で、キングの近くが有利だということで、一番最初のキングカードの価値は
もっと高かったんだろうと思われる。)

横  だから裏切りが強い
金七 露骨な妨害があるのがむごい
横  橋の概念はおもしろいね
鱶  意外と大事
金七 考察の余地があるだろう
鱶  あと、順序決めがぞんざいなのが納得いかない
金七 ドイツゲームらしからぬ感じで、2番目が単純に得
横  4人プレイだとまた全然ちゃうんやろね
(・分配者が手の中で、残りのプレイヤーのコマを
かちゃかちゃ混ぜて、2番目、3番目のプレイヤーを
決めるのはいかにも洗練されてない気がする)

横  コンポーネントについてはどうでしょう
金七 よく見ると島に1つづつ動物が描かれているね
横  おもしろい
鱶  コンポーネントはまあまあ。でもこの木のコマもマンネリだなあ
金七 王が王らしく見えない
鱶  ベトナムの帽子をかぶってるみたい
横  王のコマが予備で2つついているのは新鮮だった 
(・この後、私も家に帰って自分のサンマルコを開封してみたが、
王のコマはひとつしかなかった。横氏のは初期不良?のようです)

☆ 70点近く獲得した横氏の勝利。2位金七氏、小差。3位鱶、大差でした。

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横氏宅でのゲーム大会(参加者3名)の様子 その1
名前:鱶(fuka)    日付:5月18日(日) 19時9分
<2回目>
金七 今回は殺伐としたね
横  最後に残ったユニットが、1エリアに1人1個か2個になってしまった
金七 経験値は上がったということか
横  退去命令(追放カード)でたくさん消えたね
鱶  このカードとても強い
横  1ターン目最下位だったのが逆転したのは、退去命令でたくさん消していけたからかも
金七 裏切り者の猛威がふるわなくなった
横  対策を考えるようになったからか
横  王のカードの価値が低下したね
金七 うん、王カードが強くないことが分かった

横  どんな状況でもそれなりに戦えそう
鱶  やはり人の分け方に大きく左右される
金七 ヘタな山分けは迷惑をかける
横  とびきりいい山を作るののが問題で、悪い山は自分に戻ってくるのでそう問題ではないだろう
鱶  カードの価値はやはりまだまだ把握できていない
横  どうすれば有利なのかもまだ見えてこないね
(・カードの分配をする胴元がほんま重要。これにより、カード運の要素が低減される。
でも配り方が下手なときに、最初に選べる人が有利でバランスがくずれる)

鱶  やはり順番で始めに選べると有利だ
金七 これはなんとかならないのか
(・カードの分配を決める”胴元”、最初にカードを選べる人、
最初にプレイできる人、となっていれば良いと思うのだが。)

☆ 初回とは大きく違い、1位の得点は40点前後。2位3位も小差。
相手にいかに得点させないかと言う、渋いゲームになった様子。
この辺の緊張感が良い。でもちょっと渋すぎて、個人的には3評価。

 今回プレイ後の感想戦をお送りしました。横さんが速記してくださっていたのを
手直しするだけだったので、今回の原稿は非常に楽でした。しかし、発言者が書かれていない
ところがあったので、金七氏と電話で話しながら、適当に付けました。間違っていたら
笑って許してください。

 あと、このときは「プエルトリコ」もあったのですが、時間不足でプレイできませんでした。
一応、箱を開いて、概要だけを見たのですが(3人とも未プレイ。持ち主の金七氏だけが
説明書を読んでいた状態)、そのプレイ前の感想戦の方が、物議をかもしそうで良かったかも…。

 それではまた来週。

“SANMARCO”(「サンマルコ」)/ALAN R.MOON, AARON WEISSBLUM(作)
RAVENSBURGER(発売), 2001
3・4人,75分

個人的評価:金七4、横4、鱶3
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ボードゲームの面白くなさ 返信  引用 
名前:金七    日付:5月11日(日) 16時21分
   週間ボードゲーム通信 5/5-5/11号

 今週は、「ボードゲームの面白くなさ」のまとめの回です。
面白くないゲーム(プレイでなく)に共通する要素を考えて見ます。
前回横さんが指摘しているように、何をボードゲームに期待するかによって答えも違ってきます。
ここでは、ゲームを時間つぶしとは考えない場合(ゲーマー)を書いていきます。

 結論から先に言ってしまえば、プレイヤーの介在する余地の少ないゲームが面白くないゲームといえるでしょう。
坊主めくりや双六のようなゲームでも、非ゲーマーからすれば、時間をつぶせるという点で他のゲームと大差ありません(言いすぎ)。
しかしながら、わざわざ時間をつくってまでする物ではないでしょう。
三国志演義のように運の要素が強すぎたり、エルフェンランドのようにの最善手を考える作業感が強かったりすると、
プレイヤーとしては「やらされている」と感じて楽しめません。
付き合いでやることの多い非ゲーマーではなく、積極的に参加しているゲーマーにとって、
自分の意思を反映させることができずに、漫然と時間が過ぎていくゲームは大変な苦痛です。

 ここで少し考えてみたいのは「交渉」という要素です。
他人との関わりが生じて参加している感じが強まる「交渉」ですが、当然ながら単なる会話とは違います。
ゲームを種に会話を楽しむことはどんなときでも可能ですが、交渉では何がしかの成果が得られないと達成感はありません。
交渉術(口車ともいう)に差がありすぎたり、ゲーム内での価値判断の基準がわからなかったりすると、
交渉の結果に満足することは難しいでしょう。
これは「競り」にもいえることです。
経験をつんでスキルが向上するとともにある程度は解消していく問題ですが、常に参加者の経験が同程度ということはありえないので、
より判断のしやすいゲームが求められていると思います。

 ただし判断しやすい=単純ではありません。
単純過ぎるゲームだと「次はこうしよう」というスキルアップの楽しさがなくなります。
ボードゲームを趣味にしている人は次の機会がほぼ確実にあるので、その場しのぎでないゲームを好むと思います。
しかしゲームを複雑にしすぎると 先に書いたような弊害−作業感やスキルの差が生じてしまいます。
というわけで、いつものあいまいな結論に持っていこうとしているのですが(笑)、実際断言してしまうのは難しいですね。
今回は「ゲーム」について書いてきましたが、面白いかどうかを判断するのは「人」なので、
最終的にはその影響を無視することはできません。
まあそれでも、「ゲーム上に」何らかの形で自分の意思を表現しにくいシステムは駄目だといえるでしょう。
選択肢総当り式のアドベンチャーゲーム、唐突なデストラップ満載のロールプレイングゲーム。
演出によっては楽しめるでしょうが、さすがに何度もやりたいとは思いませんよね?

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ボードゲームの面白くなさ 返信  引用 
名前:    日付:5月4日(日) 22時59分
週刊ボードゲーム通信 4/28-5/4号

ゲーマーは、ボードゲームが好きである。
非ゲーマーは、特にボードゲームが好きというわけではない。

したがって、ボードゲームをゲーマーと非ゲーマーがプレイした場合、楽しいと感じる度合いは、ゲーマーの方が強いであろう。
特にマニアにとって面白いボードゲーム−最近のものでは「プエリトリコ」など−であれば顕著だ。
面白くないボードゲームの場合も同様なのだろうか。

面白くないボードゲームは、ゲーマーにとっても非ゲーマーにとっても面白くない。
しかしゲーマーの場合、面白さを見出そうと努める。それはゲーマーの習性だ。
1つはボードゲームに対する愛情からであろう。
また、「面白くなかった」と言うことは、共有された時間を否定することにつながりうるので言いにくい事情もあろう。
そのボードゲームの所有者に対する遠慮もあろう。

この点で、非ゲーマーは自由である。
面白くないゲームは面白くないと言える。
となると、非ゲーマーの方が面白くなさを強く表現することになる。
口には出さない思いとしてはどうだろうか。
これは分からないことである。
しかしボードゲームに対する評価はゲーマーの方がシビアなはずだと思う。
ゲーマーはボードゲームの経験が多く、また日々ボードゲームのことを考えているので、ボードゲームの面白さ・面白くなさをよく見抜けるからだ。

ところで、一般的に上級者ほど自分の評価をやすやすとは表明しないものである。
それは自分の評価に完全な自信を持っていないからである。
上級者は、自分の評価が未熟であったことを後になって気付いた経験を何度も持っている。
また、自分のレベルを表明する気恥ずかしさもある。
上級者ほど、自分が達しているレベルを客観的に把握している−自分より上のレベルがあることを知っている−のである。

したがって、あるボードゲームを「面白くない」とは言わなくてよいことではある。
心の中で言っておく方がよいことである。
しかし、と堂々めぐりであるが、「面白くない」と言うことも、議論の場を作りだしお互いが成長するためには意義あることである。

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ボードゲームの面白くなさ
名前:    日付:5月4日(日) 23時8分
面白くないボードゲーム−特にドイツゲーム−はえてして子供だましである。
子供だましというのは、子供向けとは少し異なる。
ここで言う子供だましのボードゲームとは、コンポーネントはよくできていて面白そうであり、またルールは難しくなくプレイしやすく、始めの1,2回は面白いこともあるが本質的には面白くなく、できのわるいゲームというイメージである。
この手のゲームは実は多い。

そもそもボードゲームは時間つぶしである。
しかしゲーマーはそうは感じない。
非ゲーマーとゲーマーの違いは、ボードゲームを時間つぶしと捉えるかどうかどうかだろう。
非ゲーマーは、時間つぶしという前提でボードゲームを楽しむ。
ゆえに子供だましのゲームでもOKである。
ゲーマーは、時間を作ってボードゲームを楽しむのだ。
ゆえに子供だましのゲームはNGである。

そこで、取りあげたいのが「エルフェンランド」だ。
非ゲーマーにとって、「エルフェンランド」は時間つぶしとしてそれなりに楽しめるゲームだろう。
雰囲気はそれっぽいし、頭も使えるし、達成感もあるし。

しかし私にはそれなりにも楽しめない。
このゲームは時間の無駄に感じてならない。
やりこめば面白くなりそうな感じもしない。
手続きの繰り返しであり、孤独であり、無機的であり、合理的ルートを考えることは面倒くさく、達成感はない。
ボードゲームの楽しさが全然感じられないのである。
まんま時間つぶし−ボードゲームをする貴重な時間を減らすこと−なのである。
そう、ゲーマーにとって時間つぶしのためのボードゲームはありえないのだ。

さて、今回の一連のテーマは「ボードゲームの面白くなさ」である。
先週からの流れから、面白くないゲームの要素を抽出して一般化することはできそうである。
今回はそれを検討することが期待されていたが、こういう流れになってしまったので、今後のテーマとさせていただきたい。

「エルフェンランド」"Elfenland"
  作/Alan Moon,発売/Amigo Spiel,1998年,2-6人
  横の個人的評価:1
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ボードゲームの面白くなさ 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:4月27日(日) 20時48分
週間ボードゲーム通信 4/21-4/27号

 みなさん、こんばんは。
「ボードゲームの面白くなさ」の第2回をお送りします。

 さて、どう展開していいのか、よく分からないので、
私の面白くなかった体験を書いていきます。

 昔々のことを、いまだに覚えてるのもなんなんですが、
面白くなかったゲームといえば、「三国志演義」…。
 徐州でスタートしたものの、しょぼい武将しか
引けないまま、最終的に司馬昭(?)の戦略:4が一番いい武将という(しかも後半戦)、
非常につらい戦いでした。中立勢力相手にも苦戦するという体たらく。
 三国志は何回もプレイしましたが、この回に限らず、武将チットの
引きは最悪だった自信があります。ほとんど主導権どころか、ゲームを展開
させることもなく、乾坤一擲の勝負ができるでもなく滅亡することが
多かったです。

 私としては、ボードゲームをプレイして、最終的に勝てなかったとしても、充分戦えた場合は、
ある程度満足感があり、かつ悔しくもあります。逆に、ゲームの展開に寄与できなかった
時は面白くなく、悔しさもないように感じます。
 三国志の場合、このゲームに展開できるか否かの部分が、チット引きというランダム性
に依拠している(部分が大きい?)ので、面白くなかったのかと分析します。
 三国志は口先戦術の要素も大きいのですが、そちらも慣れている人と
慣れていない人の差は大きいです。(私は慣れていない人だった。)
これはきっとプレイヤーの力量の差が、如実に出てしまう要素ですね。
 よって三国志は、運の悪い初心者はつらいゲームといえましょう。
 
 今回の記事を書いてみたところ、「ランダム性」と「交渉」が、
ちょっとひっかかる要素に思えたのですが、来週番の横さん、どうでしょう?

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ボードゲームの面白くなさ 返信  引用 
名前:金七    日付:4月20日(日) 15時42分
   週間ボードゲーム通信 4/14-4/20号

 今週から「ボードゲームの面白くなさ」についてです。
このテーマでは、他のホビーに比べて劣っている点を書くのか、楽しくないプレイについて書くのかはっきりしていません。
前者だと黒い笑いは取れるかもしれませんが、自虐的になりそうなので、ここでは後者として書いていきます。

 ボードゲームが趣味の方でも、「つまらなかった」という思いをしたことがありますよね?
むしろ好きだからこそ失望が大きい場合もあり、数多くプレイしていれば一度は経験していると思います。
その原因として「人」と「ゲーム」を挙げておきます。
実際には双方に密接な関係がありますが、便宜的(乱暴とも言う)にその二つに分けて考えてみます。

 自分の影響下にある事柄を「人」とします。
プレイ時の精神状態、メンバー、環境等々こちらは広範かつ複雑です。
愛情不足(笑)という単純な理由から、ゲームの好き嫌い(相性)のように他の要素が絡んだ理由まで、到底語りつくすことはできません。
ただ、今までいろいろな形で触れてきたとは思います。
面白さを語ることによって、その逆が明らかになることもあるでしょう。

 さて「ゲーム」のほうですが、こちらはかなり限定的ですね。
要するにボードゲームそのものに問題があるときです。
他の全ての要素がよければ多少の不出来ぐらいはどうにかなりそうな気もしますが、せっかく遊ぶのですから「多少」にもこだわりたいと思います。
こちらは、嗜好が絡むとはいえシステム的な問題ですから、いくらか分析しやすい気もします。
面白くないゲームに共通する「何か」が果たしてあるのかどうか、興味深いです。

 「ゲームのここが面白くない」と「こういう要素があるとゲームが面白くない」では微妙に違います。
前者はレビューで書かれているので、今後は後者について書かれていくことになるでしょう。
もしかしたら、テーマの発案者は違う展開を望んでいるのかもしれないので、今回は具体的な記述は避けます。
単に「面白くないと思うとき」を書けばよかったのかもしれませんが、私はすでに結構悪口かいてるんですよね(笑)。

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Re: ボードゲームの面白くなさ
名前:    日付:4月21日(月) 1時18分
「ボードゲームの面白くなさ」というテーマじたいが、ずばりでなんか面白いですね。 218-228-232-147.eonet.ne.jp (218.228.232.147) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)

イシス&オシリス 返信  引用 
名前:    日付:4月14日(月) 0時47分
週刊ボードゲーム通信 4/7-4/13号

 非ゲーマーの友人と2人で「イシス&オシリス」をしたときの友人の感想はこうでした。
「やっぱりこのゲームは、3人でやらんとあかんな」

それに対して私は、
「そうそう」
と賛同しました。

それははじめから知っていたことです。
そしてこのゲームが2人プレイには向いていない理由がいくつか浮んできました。
・運の要素が強くなる
・単調
・2人用ゲームとしては頭をあまり使わない 等

しかし、友人が指摘した理由はこうでした。
「つっこむヤツがおらんからな」
「もう1人おったら、そいつが
『わー、そんなん(マイナス4タイル)置かれよったー』
とか言ってつっこみ入れよるし。
つっこみがないと盛り上がらんわ」

これはとても新鮮な意見でした。
我々は今まで、ボードゲームでの「つっこみ」について見過ごしてきたのではないでしょうか。

ボードゲームにおける「つっこみ」は2人では成立しません。
相手の不幸に対して「やーい」と言っても、それは「つっこみ」とは違います。
嫌味にしかすぎません。
なぜなら、2人で行われるゼロサムゲームだからです。

しかし3人いると変わります。
「イシス&オシリス」で、プレーヤーAがプレーヤーBのコマの隣にマイナス4タイルを置いたとします。
プレーヤーAは「やーい、置かれよったー」とは言えません。
しかし、プレーヤーCは言えます。
それはプレーヤーCが第3者の立場だからです。

このような第3者の存在=「つっこみ」なのです。
ボードゲームの楽しさは「つっこみ」にあるかもしれません。
そうだとすると、例に挙げたプレーヤーCは「つっこみ」を入れることが義務です。
少なくとも「イシス&オシリス」は、「つっこみ」がないと楽しくないゲームです。

「イシス&オシリス」"ISIS & OSIRIS"
2-4人/ 10-20分/ 2001年/
goldsieber(発売) /M.Schacht(作)
 横の個人的評価:4(まあまあ好き)

218-228-230-74.eonet.ne.jp (218.228.230.74)
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ビューロ・クレージー 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:4月6日(日) 22時31分
週刊ボードゲーム通信 4/1-4/6号

 「ビューロ・クレージー」は3〜5人でプレイできるボードゲームです。
ボードはあまり大きくなく、4階建ての建物の断面図です。
1階に4部屋、2階に2部屋、3階1部屋で、4階には社長室があります。
スタート地点は1階より下の、入り口階段です。
 1階の部屋の下にそれぞれ四か所のマスがあり、計16か所のマスがあります。
各プレイヤーは4人でプレイする時は4個ずつのコマがあります。
 最初にそれらのコマをランダムに入り口階段のマスにセットします。

 隣同士にセットされたコマは対決(方法は後述)をして、勝ったほうのコマが
上の階に進みます。階段での戦いが終わったら、次は1階で戦います。
1階を勝ち抜いた4コマが次は2階で戦い、勝った2コマが3階で戦います。
それに勝ったコマが社長室に進み、社長となります。
ここまで細かく(わかりにくく)説明しといてなんですが、簡単に言うと
16コマでやるトーナメント戦です。

 戦いにはチップを使います。各プレイヤーはチップを1,2,5,10,20の5種類を
4枚ずつ(合計152ポイント)秘密裏に持ちます。
 そして、対決時には2人のプレイヤーは任意の額のチップを握ります。(0でも良い。)
 いっせいのーで、で開けて、額が多かったほうが勝ちです。上の階へと進めます。
勝った人の出したチップは裏向けにしてプールしておきます(第1プール=屋根)。
 負けた人の出したチップはその人に返還され、さらに、勝ったプレイヤーとの差額分を
お金の第2プール=キッチンから補充することができます。キッチンのお金の総額は、フロアによって変わります。
 また、同額を握ってしまった場合は、半額を第1プール(屋根)に置いて再戦します。
 勝つときは1点差が望ましく、負けるときはボロ負けがいいです。で、引き分けは
両者消耗して最悪です。

 ゲーム終了時、屋根のお金の山を同じ枚数ずつ、9つの山に分けます。
社長は3山、3階に達したコマのプレイヤーは2山、2階の人は1山ずつ
取ります。
 各プレイヤーのチップを合計して最も多くチップを持っていた人が勝利します。

 シンプルなゲームですが、チップを開けるときに結構ドキドキして
個人的には少し好きなゲームですが評価は3くらいです。
 数年前に、三宮のカード屋さん(?)で処分価格にて入手しました。
 
“BURO CRAZY”(「ビューロ・クレージー」)
FX SCHMID(発売), 1996
3〜5人,30分
鱶(fuka)の個人的評価:3(普通)

vd126158.ko.FreeBit.NE.JP (219.99.126.158)
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STAND 返信  引用 
名前:金七    日付:3月31日(月) 13時37分
   週間ボードゲーム通信 3/24-3/30号

 最初にお断りしておきますが、今週はボードゲームに関係ない文です。
ネタ不足というのもあるのですが、それ以上に自分が書き続けていくために、今回戦争について書きます。
日々の暮らしで生じる様々なストレスをボードゲームは癒してくれますし、「癒し」抜きでも純粋に人生を豊かにしてくれます。
しかしながらストレスがあまりにも大きい時、その原因に目を向けないのは逃避になってしまいます。
私はボードゲームが好きですから、それを逃避にしないためにも、あえて自分の「現実」について書いていきます。

 私は今回の戦争には反対です。
戦争という行為自体、万策尽きたあとの最終手段としての選択ならまだしも(それでも現実として受け入れはしても、容認するわけではありません)、
最も「効率的」だと信じてのものならその認識は危険すぎます。
そもそも戦争を自分の思い通り制御しえない限りは「効率的」とはいえない筈です。
過去に無数の戦争がありましたが、制御しうると信じた輩は無数に存在しても、実際そうだったといえるのはほとんどありません。
同様に「他に手段がない」という主張も、勝手な思い込みによるものがほとんどです。
自ら望んだ戦争すら制御し得ないものが、どうして戦争以外の可能性を見出しえましょうか?

 実際、私は不思議でなりません。
最近多く見受けられる、「現実主義」だと称する連中の妄想はなぜああも醜悪なのか。
あるいはなぜ多くの人がそれを受け入れるのか。
現実は刻々と変化するものですし、そもそも無数の事象を全て客観的に把握しうるわけもありません。
人の数だけあるであろう「現実」から唯一の結論を導き出すのは無謀です。
自分は完全に現実を把握している、と信じる誇大妄想の人間に本人以外の運命をゆだねるべきではありません。
この病気は自我を抑制されずに育った甘ったれに多く見られますが、日本の議員の大多数、そしてブッシュ・小泉が二世三世の政治家であるのは象徴的です。
彼らは自分の思いどうりにならない現実があると、現実の方が「間違っている」と考えて受け入れません。
自分の価値観・認識に疑問を持てませんから、異なる価値観=反対勢力・敵であり、現実対応能力が極めて低くなります。

 「現実主義」の人たちは戦争反対を「感情論」として退けますね。
客観的に物事を見る必要性はわかりますが、自分が「客観的だ」と思うことほど主観的なことはそうないでしょう。
実際に存在する感情を無視することのどこが「現実的」なんでしょうか?
「現実主義」の人たちの主張が正しければとっくに世界の諸問題は解決しているでしょう。
そもそも日本における「現実主義」の多くは先に書いたような妄想に基づく「隷属主義」というべきで、人間としての知性や意志を感じさせるものではありません。
現実認識は将来の目標実現に必要なのであって、現実(それも非常に偏った認識の)から未来を規定するなど本末転倒です。
「戦争によって私は利益を得るから賛成だ」というのなら、まだ価値観の違いとして理解できますが(心から軽蔑しますけど)、
したり顔で「国際関係が・・・」とか「地政学上・・・」とか分析して「仕方がない」と言っている人はなんなんでしょうね?
そういう人は、人間の存在そのものが(特にそういう与太を飛ばす余裕のある国では)「科学的に見て」地球環境に有害なんだから今すぐ死んで欲しいですね。
人に受け入れるように主張するんですから、もちろん自分は率先して実行できますよね?
最近勢力を増しつつある「愛国心」「公共心」を主張する輩もほぼ全員がこの類です。
単に自分のエゴすら直視できない卑怯者に過ぎません。

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(untitled)
名前:金七    日付:3月31日(月) 13時37分
 一番の問題は、そういう人間が存在することではありません。
そういう人間に権力を与えることです。
イラクや北朝鮮のような国だけでなく、アメリカ・日本・フランス・イタリアのように、民主主義がある程度浸透していると思われる国の指導者ですら、
その種の人間なのはどうしたことでしょう?
結局のところ、今の事態はそういった選択の結果であるともいえます。
民主主義の欠点は遅さにあるといわれますが、いい結果だけでなく悪い結果もすぐにはあらわれません。
私たちはさまざまな形で過去の愚かな選択のつけを払わされていますが、このままでは事態は悪化する一方です。
「今そこにある危機」への対応はもちろん必要ですが、原因を放置すれは何度でも繰り返し危機は起こるでしょう。
特に日本では、声高に危機を叫ぶ人間が危機の原因であったり、危機を放置した責任があったりするので、きちんと対応していかないといけないでしょう。

 また、日本人は歴史好きですが、どうも英雄待望の気があるみたいですね。
「そのとき歴史が動いた」というやつですが、お話として楽しむのならまだしも、現実にあれを期待するのは勘弁して欲しいです。
「白馬の王子様」に救ってもらおうなんて、それこそ現実逃避だと思うのですが。
危機的な事態における決断は確かに重要ですが、そもそもそこに至らないように努力するほうが百万倍は重要でしょう。
危機を未然に防ぐ努力は成功するほど目立たないので、軽く見られがちなのが残念でなりません。
しかしながら、たとえ危機における決断力のない人でも、普段の暮らしで危機を避けようとすることは可能なはずです。
今、戦争に戸惑いを覚えている方、無力感を覚えている方、あなたは今まで選挙に行って賢明な選択をしましたか?
結局のところ、そういった一見小さな行為の積み重ねが、今の事態を作っていますし、これからを変えていくこともできるでしょう。
過去の英雄はあなたに指針を示すことはできても、あなたを救うことはできませんね。
自分の器量に応じて自分の意思を示していく、それを放棄して事態に流されていては、「戦争」であれ「不況」であれ望まない事柄であっても拒むことはできません。
そう考えて、今回拙い文を投稿させてもらいました。

 最後に、断るまでもないとは思いますが、文責は全て金七にあり、通信社を代表したものではありません。
御意見は、場違いだというお叱りを含めて、私までお願いします。
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「3人用ゲームの可能性」(まとめ) 返信  引用 
名前:    日付:3月24日(月) 22時27分
週刊ボードゲーム通信 3/17-3/23号

3人用ゲームが少ない理由は、先に述べられたとおりだ。
ここでは、3人用ゲームのデザインの難しさについて1つ付け加えることにする。

 3人用ゲームはバランスを取るのが難しい。インターネットで英語のボードゲームサイトを見ていたら、3人用ゲームには"1 vs 2 problem"があることが述べられていた。3人用ゲームにはいくつかの問題があるだろうが、今回は特にこの問題について述べる。

 "1 vs 2 problem"とは、プレーヤー間のコンフリクトが1人対2人となってしまうという問題だ。これは、コンフリクトの形成が難しいことを意味する。つまりこうだ。
 2人のプレーヤー(AとB)が対立したとする。そのコンフリクトの結果は、3人目のプレーヤー(C)がどちらにつくかが大きな要素となる。AとBの勢力の差がそれほど大きくない場合、たいていはCがついた方がコンフリクトに勝つであろう。
 このようなシチュエーションでのCの選択肢は、Aにつく、Bにつく、傍観する、の3通りだ。Cにとってどの選択をするかは難しい。どちらかにつく場合は、なぜそうしたかの合理的理由を表明しなければならないからだ。理由が容易に示せればよい。しかし、どちらにつけば自分に有利になるかが分からない場合は困る。適当に決めざるをえない。その結果コンフリクトに負けたプレーヤーは納得がいかない。
 Cが適当な選択を避けたい場合は、中立の立場として傍観しておくことになる。強い側の陣営になって弱い側を叩くことが得策である場合には、傍観はまた非合理なプレイとなってしまう。
 AとBの勢力の差が大きい場合のCの選択は易しい。弱い方についてトップを叩くのである。しかし、手続き的なプレイとなってしまう問題が発生する。1位のプレーヤーが常に2人に叩かれるのは、単純なゲームの流れだ。3人プレイはこういう点で単純になりがちなのである。

 先ほど述べた適当な選択を取らざるをえないシチュエーションというものが生じるのは、プレーヤーの問題ではなく、ゲームの問題である。適当な選択をするシチュエーションはあってよい。しかしその適当な選択が、大きな岐路となってしまうゲームはできがよくない。時間つぶし系のカードゲーム等であれば、それが逆に醍醐味となったりもする。しかし、我々が場を設けて行うようなゲームであれば問題だと思う。

 ところで4人のプレーヤーがいれば、プレーヤー間の関係はそうシビアなものでもない。Dという4人目のプレーヤーが存在することで、AとBのコンフリクトに対するCの影響力は相当低下するからだ。また、1位の者は必ずしも3人に叩かれるわけではない。

 以上、3人用ゲームのデザインが難しい大きな要素である"1 vs 2 problem"について述べた。
 ではどういう3人用ゲームがよいか。それはこの問題を解消するものである。その方法の1つは、コンフリクトの成立をプレーヤーに任せきらないシステムだ。例えば、戦闘をランダムな要素で半強制する「コズミックエンカウンター」が挙げられる。また、プレイヤー間のコンフリクトが半運命的に決定される「モンスターメイカー5」もそうである。
 また、誰が有利かが容易に判別されないシステムも考えられる。「アクワイア」は、誰が最も有利であるかを判断することが難しいゲームである。
 他には、プレーヤー同士のコンフリクトの要素が少ないすごろくタイプのゲームも考えられるだろう。

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3人用ゲームの可能性 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:3月16日(日) 19時7分
週刊ボードゲーム通信 3/10−3/16号
 みなさんこんばんは。鱶(fuka)です。もう3月というのに、2月よりもたくさん雪なんかが降って、
早く暖かくなってほしい今日この頃、いかがお過ごしですか。

 さて、今回は3人用ゲームの3回目になりました。
 3人用ゲームと聞いて、ぱっと思いつくのはダイヤモンドゲームです。
 あれはなかなかバランスが取れているように思ういます。それは、
3人のゴール地点がそれぞれに設定されていて、真ん中で大混戦になるからでしょう。
何を言っているかといいますと、あれで、将棋みたいなゲームだと、おそらく1人が
とても苦境にたつと思うのです。ルールの縛りがうまくいっている例といえましょう。
(かといってダイヤモンドゲームを積極的にプレイしようとは思わないわけですが…)

 横氏の言及「親切なものになると、3人用ルールが用意されている」
 金七氏の言及「3人と4人の差は他と比べて格段に大きい」
 やはり、3人プレイというのは別ルールを作らなければならないほど、
4人プレイとは異なるものである、ということです。
 よって、3〜6人プレイの3人プレイは4人以上プレイの面白さを
完全には再現できていない。
 そして、3人専用ゲームは、同時にアピールできる人数が少ないために
作られないのだと思います。
 1回ゲームをしたときに、3〜6人用ゲームだと同時に最大6人にPRできますけど、
3人専用だと3人にしかできないですので。

 4人以上でプレイ可能なゲームの方が売れそうやし、わざわざデザイン的に
難しいゲームを作ることもないっちゅうことですかね。

 ↑はっ、いかんいかん。まだ3回目やのに、まとめに入ってもた。
まとめは次回でした。

 よって、もうちっと3人プレイの検証をしたいと思います。
「エルグランデ」
 うちでは非常に稼働率の高いゲーム。やはり、4人プレイが
最も適している気がする。3人だと順番が回るのが早いのが良いが、
1人分の相互作用の減少を補って余りあるほどではない。G&Kだと
みんなが満たされてしまうので、ちょっとあかん。

「ラー」
 3人でもわりといけているが、太陽チップ4個は3個に比べると
緊張感に欠けてしまう。5人用未プレイです。

「カタン」
 これって3・4人ですよね。私は数回しかしたことがないので、
なんとも言えないのですが、どうなんでしょう。やっぱり3人より
4人なんでしょうか。

「カール大帝」
 事実上の3人用ゲーム…といってしまってもいいですか?
4人用はちょっと無理があるような。

「トーレス」
 最近あんまりやってないので…。3人と4人では大きく違うのかな?

 こんな感じでどないでしょう。ではでは、また来週。
横さん、よろしくお願いします。 

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3人用ゲームの可能性 返信  引用 
名前:金七    日付:3月9日(日) 17時1分
   週刊ボードゲーム通信 3/3−3/9号

 先週号に引き続き、3人用ゲームの可能性について考えていきます。
まず需要に対して供給が少ない理由ですが、まず単純にデザインが難しいためではないでしょうか?
何人でプレイしてもバランスが取れるゲームが理想ですが、現実にはとりあえず特定の人数を想定して作ることになると思います。
その場合、「3人」というのはかなり微妙な人数です。
3人プレイの面白さを追求していくと、2人や4人以上では楽しみにくくなります。
横さんが3人用の長所としてあげた点は、2人になると相互作用が、4人以上になるとスピードとゲームへの関与が減少してしまいます。
人数が増えることによるデメリットは、全ての多人数ボードゲームにいえる事ですが、3人と4人の差は他と比べて格段に大きいです。
さらにパワーバランスも大きく異なりますし、同盟という要素も加わります。
多人数ボードゲームの多くは「4−6人対応」というように、状況に応じてプレイ人数を変更できるのも売りになっています。
しかしながら3人プレイに力点を置くと、この互換性?が損なわれるので、商品として考えたとき作り難いと考えます。

 つまり、3人用ゲームは多人数ボードゲームの良さを持っていますが、プレイ人数が限定されている−あるいはされやすいという点で、
商品としてはむしろ2人用ゲームに近いともいえます。
そう考えた場合、需要(プレイ機会)が多いであろう2人用ゲームのほうに供給が偏るのは自明のことでしょう。

 また、プレイする側の問題として、3人でプレイする状況がどれほどあるか、という点があります。
2人用ゲームはゲーム仲間と「会った」時やちょっとした機会など、人数限定であっても結構使うことができます。
それに対して3人用ゲームは「集まら」ないといけませんし、性質上気軽にできるものにはなりにくいでしょう。
わざわざ集まるとなれば、4人以上対応のゲームをプレイすることが多くなります。
3人で集まることが圧倒的に多い、というケースを除いては、2人用ゲームか互換性のある多人数対応ゲームを用意しておくほうが、
ゲームとしての出来が同じであれば無難です。

 個人的には3人でプレイする機会が結構多いので、面白ければ3人限定であってもぜんぜん構わないのですが、
売るほうとすれば位置づけのあやふやな(プレイ機会が限定されている)3人用ゲームは扱いが難しいのでしょう。
面白さに勝るセールスポイントはないと思うのですが、プレイしてもらわないことには面白さも伝わりませんから。
ただ、ゲームに関する情報の伝達が盛んな現状なら、あまり心配しないで発売してもらってもいいと思うんですけどね。
3人限定の面白いゲームと、3−6人用の普通のゲーム、あなたならどちらを選びますか?

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3人用ゲームの可能性 返信  引用 
名前:    日付:3月3日(月) 3時40分
週刊ボードゲーム通信 2/24-3/2号

 「何人集まれば社会が形成されていると言えるか?」という問題に対して正解があるわけではない。考え方しだいの問題である。回答としては、「1人−理由:人間は社会的規範に縛られた存在であるから」とか、「2人−理由:相互作用が発生するから」とか、「3人−理由:複数の相互作用が発生するから」という風なものである。考え方は他にいろいろとあるが、回答としては1人か2人か3人かの3種類となろう。
 しかし普通の人の感覚では、社会というからにはたくさんの人が集まったものであり、人数で捉えるような問題ではない。しいて選択するならば、3人という回答となるだろう。一般的な感覚では、1人や2人で社会が形成されるという考え方はつきつめた理屈と感じられる。

 さて、ボードゲームは何人でするものであろうか?
 1人用ボードゲームが存在し、またソロプレイという方法もあるので、回答は「1人」となる。しかしそれはつきつめた理屈による回答だ。ゲーマーであるかどうかを問わず一般的な感覚では、ボードゲームは多人数でするものである。4人か5人というのが標準であろう。事実、多くのボードゲームはこの人数が標準である。

 そこで3人という人数についてである。4、5人が標準人数とされるボードゲームが3人でできることは多い。親切なものになると、3人用ルールが用意されている。
 しかしながらほとんどの場合、3人でするよりも、4、5人でする方が楽しめる。3人でするのは、人数が集まらなかったときである。ボードゲームを3人でするのが今一つな感じがするのは、本来4、5人用ゲームであるからだ。
 
 だからはじめから3人用のゲームを作ればよいのである。3人でするゲームの長所として思いつくことを挙げると、3人しかいないときにできること、自分の手番がすぐに回ってくること、他プレーヤーの妨害をしやすいこと、企てを謀りやすいこと=場当たり的にならないことなどである。他にもありそうだ。
 3人は多人数ボードゲームの最低人数である。3人いれば、プレーヤー間の交渉や駆け引きや協力や裏切りといったドラマが生まれる。ボードゲームの本質的な醍醐味である相互作用が複数通り発生するためである。

 したがって3人でやって面白いボードゲームの需要は多いはずである。しかし供給は少ないのが現状だ。なぜ少ないかを次回以降で述べていくことになるだろう。

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ブロックス 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:2月23日(日) 19時40分
週刊ボードゲーム通信 2/17−2/23号

 みなさんこんばんは。今回は久々にちょっと新しいゲーム「ブロックス」を紹介します。

 「ブロックス」は2〜4人でプレイ可能なボードゲームです。20x20の正方形のボードに
各プレイヤーは手持ちのブロックを置いて行きます。ブロックは1マスのものから、、
最大で5マスのものまであり、形も様々です。
色は四色で、各プレイヤーはそれぞれ一色を担当します。

 ■■■■■ こんなのとか

  ■
 ■■■ こんなのとか

   ■
  ■■ こんなのとか
 ■■

 5マスのブロックが12種類、4マスは5種類、3マスは2種類、2マス1マスは各1個で
各プレイヤーは計21個のブロックを持ちます。そして、時計回りの自分の手番に
1ブロックづつ置いていきます。スタート地点はボードの正方形の頂点からです。

 ブロックを置くときのルールはとてもシンプルです。
・すでに置いた自分のブロックの角と角がつながるように置くこと。その際、
自分のブロックの辺と接してはいけない。(他プレイヤーのブロックとは接してもOK。)

  ■ ■■■■■
 ■■■
 こんな感じで、かどっこをくっつけます。

 順番にブロックを置いていきますが、途中でおけるブロックがなくなったプレイヤーは
脱落していきます。全プレイヤーがブロックを置けなくなった時点(あるいは全て置ききった時点)
でゲーム終了です。手元に残ったブロックのマスの合計が少ない人が勝利します。

 こうして書いていくと、「面白いんかいな」という気がしそうですが、かなり面白かったです。

  □□□■       □□□■     
  ■□■■  →    ■□■■    
 ■■■        ■■■□□□□  
 ここから     こんな感じで相手のブロックをすり抜けたりできるのがgoodです。

 5マスのブロックはかさばるやつが多いので、そいつらをいかにうまく置いていくかが
きっとポイントなのでしょう。

 さて、このゲームですが、私は2人用しかやったことがありません。
2人用ではなんと、1人で二色のブロックを担当するのです。自分の二色の順番が
交互にやってきますが、一つの色を考えていると、もう一色の事を忘れてしまい、
結構大変です。明らかに一人の思惑量は一人分しかないので、ちょっと無理があるような…。

 3人用ルールでは、あまった色のブロックは3人で共用し、自分の番の時に、
自分の色かあまった色か、どちらかが置けるとのことです。やったことがないんですが、
2人のプレイヤーに挟まれてスタートする人は、不利ですよね?上級者用なんでしょうか。

 ルールがシンプルで、時間もそんなにかからないので、かなりおすすめゲームです。
 パリ トイ グランプリ(2000)、カンヌ国際トイフェスタ(2001)、
ドイツゲームオブザイヤー(2002)受賞と、評価も高いです。
 
“Blokus”(「ブロックス」)
Beverly Enterprises(発売), 2000
2〜4人,20分
鱶(fuka)の個人的評価:4(積極的にプレイする)

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レジスタ 返信  引用 
名前:金七    日付:2月16日(日) 15時19分
   週刊ボードゲーム通信 2/10-2/16号

 今週は去年発売されたフットボールゲーム「レジスタ」を紹介します。
多分、W杯開催を意識して発売されたのでしょうが、ひどい便乗商品という感じはありません。
値段も1980円とお手ごろで、コンポーネントも悪くないと思います。
何より、純粋にサッカーの戦略面をゲーム化した姿勢は高く評価できます。
スター選手のキャラクター性を前面に押し出したゲームは、サッカーファンには面白いのですが、
ボードゲームファンから見ると物足りない部分があります。
「レジスタ」はヘックスを使った、二人用均衡系のシミュレーションゲームで、
判定にダイスを使用するところなどかなり正統派?の香りがします。
選手はGK・DF・MF・FWの4種で、個人能力があるのは「レジスタ(司令塔)」ひとつだけです。

 ルールはそれ程複雑ではありませんが、勝手がわからないうちは少し戸惑うかもしれません。
進行はターン制で、ターン中に選手は二人、ボールは好きなだけ動かせます(保持していれば)。
タックルでボールを奪うとき、シュートをうったときにダイスで判定を行います。
いかにしてボールを敵ゴールまで運ぶか?ということを考えるゲームで、将棋のバリエーションといえるかもしれません。
将棋に定石があるように(矢倉、振り飛車など)、サッカーにもフォーメーションがありますよね?
4−4−2、3−5−2といったシステムが、フィールド上でどういう意味を持つのか、ということを「レジスタ」では体験できます。
敵の陣形との絡み、守備や攻撃の方法論など考える余地があり、ボードゲームファンがサッカーに興味を持つ可能性を秘めています。

 ただし、欠点もいくつか存在します。
意欲作であるためか、ルールに穴があるのです。
私は新しく購入したゲームでは「必勝法」を探すのですが(普通無いよね・・・)、このゲームではすぐに見つかりました。
ゴールの前にキーパーと四人の選手を並べれば、まさにに鉄壁の「カテナチオ」、失点確率0になります(笑)。
これは極端な例ですが、他にもルールの表現があいまいだったり、ちょっと問題のある部分があったりと、
まだまだ発展途上な印象はぬぐえません。
公式HP
http://www.regista.info/
でいくらかフォローされていますが、BBSで開発の方?が書かれているように、
バージョンアップされた「レジスタ2」を期待するべきなのかもしれません。
他に方向性の似たゲームは知りませんし、可能性を秘めていると思うので、期待しています。

  「レジスタ」REGISTA" / グラパックジャパン
     2人 / 1時間 / 2002年
  金七の個人的評価:3(ゲームとしてはあまり面白くないですが、可能性に期待して)

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ウエブ&スターシップ 返信  引用 
名前:    日付:2月10日(月) 2時12分
週刊ボードゲーム通信 2/3-2/9号

 最近、3人用ゲームや不均衡系ゲームについて、当ホームページで話題に挙がりました。「ウエブ&スターシップ」は両方に当てはまるゲームです。
 このゲームは、地球人と宇宙人のペリーン族と同じくグインハイファール族が領土争いをするSFボードゲームです。内容は「インペリウム」に似ています。

 このゲームでは2つのことをしてみようと思った、とデザイナーズノートで述べられています。1つは3人用ゲームをデザインすること、もう1つは2つの相容れない戦闘形態を描写することだ、と。とくに前者が大きな目的となっています。
 そして以下のように述べられます。3人用ゲームは、2人のプレイヤーが同盟して3人目に対応する展開になりがちになるので、本質的に不安定なものだ。これを見越して、強者1人対弱者2人という形でデザインする手もあるが、それは単なる2人用ゲームのバリエーションでしかない。3人用ゲームは、外交ゲームの要素があり、同盟関係が変化しやすいものであるべきだ。しかしそいういう3人用ゲームはほとんどないのが現状だ、と。

 さて、デザイナーは2つの狙いを達成できたでしょうか。私は両方ともできなかったと思います。狙いじたいは間違っていませんでした。しかし、アプローチの方法としてマニアックに走りすぎたのが失敗の原因でした。
 諸悪の根源は3次元マップです。星と星の距離は一見では分かりません。マップ上の距離(X軸)とそれぞれのY軸上の位置から、チャートによって導き出さねばならないのです。距離を測ることはそう手間がかかることではありません。しかし戦略的なこと考えるためには、地図を頭に入れて距離を知っておかないといけないのです。星の数が少なければ覚えるのにもそう時間はかからないのでしょうが、実際には星がたくさんありすぎます。絵としては、Y軸の上の方にある星は大きく、下の方にある星は小さく描かれており、一応遠近法的な助けを借りられるようにはなっています。しかし、せめて星の色もY軸の位置によって変えてもらいたかったです。実際には、星は現実の色で描かれています。
 プレーヤーは、星の位置を知ることに多くのメモリを使ってしまいます。その上、開拓すべき星が多くありすぎて忙しいです。戦略や同盟について考える余裕が少なくなってしまいます。

 デザイナーの1つ目の狙いである3人用ゲームを作るということについてですが、狙いすぎて失敗したと思います。
 ペリーン族は宇宙船を持っていないため、あまりゲームにコミットできません。他のプレーヤーのように能動的な行動が取れないのです。3人いれば1人くらいは地味なペリーン族を好む人もいるのかもしれませんが、ゲームとしては3人の相互作用があってしかるべきです。
 地球は勢力が弱すぎます。他の種族と同盟を結ぶか、中立となって生きていく立場とならざるを得ません。幸い、ペリーン族の移動能力のなさのおかげで、地球が強者2人に分割されることは稀ではあります。
 強者2人と弱者1人という形も、同盟の変化には乏しいです。やはり3者とも同じ位の力関係の方が、同盟関係の変化があって面白いのではないでしょうか。

 また、デザイナーは2つ目の狙いとして、2つの相容れない戦闘形態を描写するつもりでしたが、それはできていません。戦闘形態は陸軍によるもの1つだけと言えます。ペリーン族はウエブ(瞬間移動)による移動、グインハイファール族はスターシップ(宇宙船)による移動、地球は両方を行います。陸軍を移動させる方法が異なるだけです。宇宙戦闘は、陸軍を上陸させるための手段にすぎません。
 
 「ウエブ&スターシップ」は難しいゲームです。ルールがややこしいというわけではありません。ゲームに慣れるのに時間がかかりすぎるのです。デザイナーの目的達成意欲が強すぎたゆえに、一人よがりなゲームになってしまったのだと思います。
 しかしデザイナーの狙いは正しかったので、抜本的に改良すれば面白いゲームになると思います。改良点としては、2次元マップにする、星の数を減らす、3者の強さを同じくらいにする、ペリーンにも宇宙船を持たせる、ではないでしょうか。

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ウエブ&スターシップ (続き)
名前:    日付:2月10日(月) 2時14分

(補足1)
 デザイナーがしたかったことを満たしたゲームは「戦国大名」であると思います。これは、外交ゲームの要素があり同盟関係が変化しやすいゲームです。また、軍隊と金の2つの相容れない戦闘形態があるゲームです。「戦国大名」についてはいずれ改めて論じたいと思います。

(補足2)
 デザイナーはグレッグ・コスティキャンというアメリカ人で、ロールプレイングゲーム界では名前が知られている人です。
 参考:「コスティキャンのゲームデザイン論」
http://www2.airnet.ne.jp/ojima/noword/noword1.html


「ウエブ&スターシップ」"Web and Starship"
2-3人/ 2-8時間/ 1984年/ WE,HJ
 横の個人的評価:2
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不均衡系ゲームについて(まとめ) 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:2月2日(日) 22時3分
週刊ボードゲーム通信 1/27−2/2号

 みなさんこんにちは。鱶(fuka)です。今回でぐるっとまわって、テーマのまとめの回になりました。
 なるほどなるほど。やはりドイツゲームは均衡なゲームだったんですね。
なんとなく第1回の原稿の時点でなんとなくそんな気もしたのですが、横さんの統計を見て納得です。圧倒的に均衡が多いですね。このサイトで以前から指摘されている、ドイツゲームの印象ーシステム設計をしてから、テーマを当てはめているような感じである、テーマはなんでもいいみたいーとつながるわけですね。実際にはそういう作り方なのかどうかは不明ですが、よりテーマとの一体感のあるゲームシステムが求められるところです。

 十六武蔵は、宮本武蔵というテーマがあるからこそ、不均衡な形をとっています。今のところは、テーマの表現が求めなければ、あえて不均衡なゲームを作る場合はかなり少ない、と言えます。
 金七氏の指摘に不均衡なゲームはプレイヤーを選ぶとあります。テーマによる不均衡ゲームだと、確かにそのテーマを知っていた方が楽しいはずです。さらに不均衡なゲームはバランスをとることも難しいでしょう。
 現在のところ不均衡なゲームは不利な要素が多いのですが、それだからこそまだ多くの可能性を秘めているのではないでしょうか。(何の根拠もなさそうですが…未開の大地が広がっているイメージがあります)
 横氏がたびたび言及する「突破」するゲームは、ここから生まれる可能性が高いのでは?

 すんませんー。最後のまとめなんですが、どないまとめたらいいのか、分からんくなってきました…。
 結論ー求む、面白い不均衡系ゲーム、ということでいいでしょうか。いや、別に面白かったら均衡、不均衡どちらでもいいんですけどね。
 ではでは。さようならー。

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不均衡系ゲームについて(その3) 返信  引用 
名前:金七    日付:1月26日(日) 17時11分
  週刊ボードゲーム通信 1/20−1/26号

 ドイツゲームに代表される、均衡系のゲームに物足りなさを感じるとしたら、私達が贅沢にも慣れてしまったからでしょう。
優れたシステム程、模倣が相次いで、当初の新鮮さが失われていきます。
ドイツゲームで「よくできたゲームバランス」というのは、当然あるべき属性であって、もはやアピールするほどの魅力では無くなりつつあります。
こういった嗜好のサイクルはどういった分野でも不可避で、ちょうどボードゲーム界でも過渡期にきているのかもしれませんね。

 「飽きた」ではあんまりなので、私なりに分析を続けてみます。
均衡系のゲームはその特性から、展開の予想がつき易い気がします。
合理的なシステムでゲームが成り立っているので、行動も理論的に決定できます。
それはプレイのしやすさにつながっているのですが、反面意外性に乏しいともいえます。
何度かプレイすると一定の手順がみえてくる、プレイが小さくまとまっている感じがする等の弱点ですね。
このあたりの矛盾?を克服したいくつかの均衡系ゲームは、名作としてプレイされ続けていくでしょう。

 不均衡系のゲームはプレイヤーを選びます。
参加者全員に「不均衡である」という共通認識がないと面白くないでしょう。
最初からある程度の「物語」がゲームに存在していて、それに対する各自のスタンス決定が不均衡系の楽しさのひとつだからです。
均衡形のゲームと比べて、より積極的な関与が求められているともいえます。
もっともゲームバランス的に不均衡であっても、ゲームを楽しむ機会は均等に与えられないと楽しめません。
この辺をうまく処理できていないのものは、いくらテーマの制約が強い等の理由があっても、ゲームとしては失格です。

 ゲームの楽しさはいろいろで、プレイヤー次第な部分も大きいです。
それでも不均衡系のゲームにおける機会均等?についてもう少し考えて見ます。
最もわかりやすいのは勝つチャンスが全員に同じぐらいあることなのですが、この点で均衡系に劣るのは仕方ありません。
となると、「勝つ」ではなくて「関与する」機会を均等にする方向性になるでしょうか。
一口に「関与」といっても、ゲームの進行に重大な影響を及ぼす決定から、単に目立つことまで色々ありますが、
プレイヤーの意図を何らかの形でゲームに反映する方法は、常に豊富に用意されておくべきでしょう。
均衡系のゲームでは「勝利へ方法論」として反映されることが多いのに比べて、不均衡系のゲームではより自由な形で意図の表現ができます。
この自由は諸刃の剣で、デザイナー・プレイヤー双方の適度な自制があってこそ、本当に楽しいゲームになりうると思います。

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「不均衡系ゲームについて(その2)」 返信  引用 
名前:    日付:1月20日(月) 1時54分
 週刊ボードゲーム通信 1/13−1/19号

前回の「均衡」なゲームと「不均衡」なゲームの考察から分かったこと。それは、ドイツゲームの特徴は「均衡」にありそうだということだ。

 碁、チェス、オセロ、モノポリーなど古くからあるゲームは「均衡」なゲームであった。「不均衡」なゲームである十六武蔵は例外である。
 「不均衡」なゲームのはじまりは、アメリカで生まれたシュミレーションゲームとマルチプレイヤーズゲームであった。それは革新的であった。そして90年代になって誕生したドイツゲームは、「均衡」に回帰した。これまた新鮮であった。
 
 前回で述べられているとおり、「不均衡系ゲーム」の定義は、スタート時からプレイヤーによって使える能力が違ったり、勝利条件が違ったりするものである。逆に、「均衡」なゲームは、能力や勝利条件が同じものである。当然のことであるが、この2つのタイプのどちらになるかは、デザイナーの意図で決まる。

 なかには、「均衡」か「不均衡」かどちらに分類すればよいかが微妙な場合があり、それをはっきりさせておく。
 まずプレーヤーが使える能力が同じかどうかということに関して。ラーやアーデルフィアフリフテッドのように、開始時の資源(お金など)が同一ではないゲームがある。同一でないと言っても、各プレーヤーの資源の合計をだいたい同じにして有利不利がないように調整されているので、これらのゲームは「均衡」なゲームと考えられる。
 次に勝利条件が同じかどうかということに関して。クリッパーズやドリュンタードリューバーのように、得点となる地図上の場所がプレーヤーによって始めから異なるゲームがある。こちらも同様に「均衡」なゲームと考えられる。プレーヤーによって有利不利がないようにバランスを取った配置が考られているからだ。
 
 続いて「不均衡」に焦点を絞ってもう少し整理する。前回で述べられているとおり、「不均衡系ゲーム」には、テーマを表現するために「不均衡」にしている場合と、プレイヤー間の力量の差を埋めるために「不均衡」にしている場合がある。後者はハンディ戦であり、オプションとしてのものである。従ってここでは、前者の種類の「不均衡」のみを考えていくことでよいだろう。
 それから、「不均衡」には質的なものと量的なものがあることが言える。前者は絶対的な違いであり、後者は相対的な違いである。例えば、コズミックエンカウンターやデューンは前者、三国志や戦国大名は後者である。
 先程、どちらに分類されるか微妙なものとして挙げたゲームの「不均衡」な要素は、後者の相対的な違いの方である。この違いを「均衡」と判断したのは、違いがあったとしても微細なものであるためだとも言える。なお前回にて、プレイ順に関しては「不均衡」な要素とはしていないのも、相対的な違いが微細と判断してのこととしておきたい。

 以上、「均衡」と「不均衡」について整理した。最後に、実際のところどうなのかを確認することにする。
 当ホームページのボードゲーム評価掲示板で挙がっているドイツゲームが「均衡」か「不均衡」かをカウントしてみた。私が知っているもの51個のうち、「均衡」なものが49個、「不均衡」なものが2個という結果であった。その2個とは、スコットランドヤードとハラリであった。どちらも絶対的な違いのある「不均衡」なゲームである。
 やはりドイツゲームの特徴は「均衡」にあるということが確認できる。
 
 「不均衡系ゲーム」は、デザイナーがなんらかのテーマを表現するために意図的に「不均衡」にされている。そのようなドイツゲームは非常に少ないのが現状だ。つまりそれは、ドイツゲームのデザイナーはテーマありきでゲームを作っているわけではないということの表れである。そう、我々が最近ドイツゲームに感じる物足りなさと結びつくではないか。

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「不均衡系ゲームについて」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月12日(日) 20時8分
こんにちは。鱶(fuka)です。
 元旦から発熱して病院に行って、三が日を寝たきりで過ごすという、近年まれに見るひどい目にあい、まだ2002年が終わっていないような気にもなっているのに、いつのまにか世間は2003年をめでたく(?)迎えて、とっくに仕事も始まってしまっているという今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 さてさて、今シリーズは「不均衡系ゲームについて」であります。
 ここでの「不均衡系ゲーム」はスタート時から、プレイヤーによって使える能力が違ったり、勝利条件が違ったりするものです。
 プレイ順というのも均衡を崩す要素ではあるのですが、「不均衡」には入れないことにします(これを入れると、ほとんどすべてのゲームが「不均衡」になってしまいますので。)

 具体的にゲーム名を挙げていくと、
「均衡」 エルグランデ、カタンの開拓者、操り人形...etc.
 ドイツゲームの名が挙がっていますが、多くのゲームは「均衡」の方になっているのではないかという印象があります。

 で、問題の「不均衡」ですが…スパイズ、ウォーゲーム、ミュール...etc.

 スパイズでは、各国で警察チットやスパイチットの数・能力が違い、秘密情報入手時のポイントも国によって倍率が違っていたりします。
 ウォーゲームやシミュレーションゲームの系統が「不均衡」なのはまあ納得。太平洋戦争をシミュレートしてるのに、日本とアメリカの戦力が同じなわけがないという、至極当然の理ですね。
 ミュールの場合は、キャラクターの違いです。フラッパーと言う種族は初心者向きで、スタート時のお金が多く、人間を選ぶとスタート時のお金が少なくなっていました。将棋の駒落ち戦なども、プレイヤーの力量の差を埋めるために「不均衡」になっています。

 こうして見ていくと、ゲームで扱っているテーマを表現するために「不均衡」にしている場合と、プレイヤー間の力量の差を埋めるために「不均衡」にしている、2つのケースがあると思われます。
 さてさて、とりあえず初回はこのへんで。ではまた来週。さようなら。

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甲斐の虎 返信  引用 
名前:    日付:1月5日(日) 23時7分
  週刊ボードゲーム通信 12/30−1/5号

 先週は西洋を舞台にした戦術級ゲームを取り上げたので、今週は東洋を舞台にしたものを取り上げます。
 1988年ツクダ発売のウォーゲーム「甲斐の虎」です。
 戦国時代、武田信玄が戦った合戦が再現されており、上田原の合戦、川中島の合戦、三増峠の合戦の3つのゲームが入っています。
 この手の戦術級ゲームとしてはシンプルな部類です。ユニットは1種類しか存在せず、それぞれのユニットには1から6のいずれか戦闘力が記載されています。ユニットの裏には消耗時の戦闘力が記載されています。なお、1ユニットは250人の規模で、武将名または軍勢名(諏訪衆など)が記されています。
 戦闘ルールとしては、いわゆる強ZOCです。マストアタックで、戦闘後前進が強制されます。スタックは不可です。
 戦闘結果表としては、戦闘力差がそれほどないかぎりは、消耗(裏返り)こそすれ除去されることはあまりありません。相手ユニットを除去するためには、戦力の集中や包囲攻撃が必要になります。
 名だたる武将が戦闘後前進して討ち死にすることは、よくある出来事です。しかし、そのリスクを負って突っ込んでいった武将が楔となって、相手に打撃を与える様は見栄えがします。従って、戦闘力6の上杉景虎殿は、前線へ投入されることとなります。ちなみに、雑兵の戦闘力は2、信玄公の戦闘力は4です。
 「アウステルリッツの戦い」のような命令システムはなく、単純に移動−戦闘を繰り返します。戦略的な選択はあまりありなく(上田原キャンペーンシナリオは戦略的ですが)、基本的には戦線を押し合うゲームです。相手ユニットを消す確率を高め、自ユニットが消される確率を低めるために、戦闘コラムの計算を地味にするゲームではあります。
 しかし、よくできたゲームです。合戦の雰囲気が出ており、展開がドラマチックです。ルールはとても簡単で、するべきこともつかみやすく、初心者も容易にプレイできます。私は10回ほどもソロプレーをしたことがあり、そのことからも楽しいゲームなんでしょう。 

 ところで「甲斐の虎」は、ツクダが出した戦国時代ゲームの中では影の薄い存在です。タクティクスでは記事に取り上げられませんでした。もしこのゲームが売れていれば、他の合戦もゲーム化されたであろうに残念です。しかし、人気がなくて安売りされていたため購入したことを考えると、皮肉なものではあります。

 「甲斐の虎」/ツクダホビー
   2人 / 1時間〜 / 1988年
 横の個人的評価:4(良い)

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アウステルリッツの戦い 返信  引用 
名前:金七    日付:12月29日(日) 13時50分
   週刊ボードゲーム通信 12/23−12/29号

 今週は1987年アドテクノス発売のウォーゲーム「アウステルリッツの戦い」を取り上げます。
「三帝会戦」として名高いアウステルリッツの会戦は、1805年12月5日、フランスとオーストリア・ロシア連合の間で発生しました。
「ワーテルロー会戦」とともに、ナポレオンの戦いではもっとも著名で、数多くのゲームがでています。

 アドテクノスのアウステルリッツは癖もなく、ウォーゲーム経験者なら3時間程度で終わるでしょう。
特徴的なのは、移動と戦闘が軍団単位で行われることです(命令システム)。
ターン開始時に、行動させたい軍団名の書いてあるチットを双方がプロットし、ランダムでオープンしたチットで指定された軍団が移動戦闘を行います。
これは双方の指揮系統の違いを表していて、戦闘力の合計は連合軍の方が一割程度多いのですが、フランス軍のほうがより効果的に動けるようになっています。
バランス的には史実通りフランス軍有利です。

 命令システムは、偶然性も高めています。
必要なタイミングで動かせるとは限らない上に、同じ軍団が二回続けて行動することもあるので、戦闘の展開は流動的です。
戦闘の推移に応じて作戦を変更していく必要がある点はなかなかいい感じで、複数回のプレイも苦になりません。
他にも、このシステムによって「予備」の存在が重要になっていますが、この辺の踏み込んだ話はマグ通信にまわします。

 この時代までのウォーゲームは、指揮官の存在が重要で、ナポレオンは怪物じみた(笑)能力になっていることが多いです。
「アウステルリッツの戦い」では、ナポレオンは直接戦闘に関与できませんが、ゲーム中に二回だけ「ナポレオンチット」が使用できます。
このチットがでたときは好きな軍団が動かせるので、ここでもナポレオンは偉大です。
軍団長には戦闘修正能力があり、これは戦闘比をシフトするという強力なもので、優秀な指揮官は師団の戦闘力並みの力があります。
ちなみにフランス軍はダヴー、ランヌ、ミュラーと三人も「2」の修正値を持っていますが、連合軍には一人もいません。

 結構好きなゲームなので、CRT(戦闘結果表)や命令システムについても多少書くことがあるのですが、
ほとんどの方(全員とも言う)には興味がないでしょうから、また次の機会にまわします。
これまた普通の人は盛り上がらない二人用ゲームで、ナポレオンに興味のあるシミュレーションゲーム好きの方ならお勧めできます。

 「アウステルリッツの戦い」/アドテクノス/森野智次・加藤伸朗
   2人 / 3時間前後 / 1987年
金七の個人的評価:4(誰か相手してください・・・)

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Re: アウステルリッツの戦い
名前:    日付:1月11日(土) 23時13分
金七さんとはじめてしたボードゲームはアウステルリッツだったような気がします。これがアドテクノスのチット引きルールか、と関心しました。 61-195-119-3.eonet.ne.jp (61.195.119.3) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)

「ウルトラゲート」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月22日(日) 17時16分
週刊ボードゲーム通信 12/16−12/22号 

 「ウルトラゲート」は(初代)ウルトラマンをテーマにした、2人用のカードゲームで…まあ、マジック・ザ・ギャザリングのコピー品っぽいゲームのうちのひとつです。

 ルールに関しては別に特筆するようなこともなく、お互いに怪獣とか隊員を動かして戦うゲームです。

 このゲームで最も良いところは、カードイラストです。よくあるみたいな、実写画面をそのまま貼り付けたものではなく、非常に雰囲気のあるイラストです。このイラストで、多くのウルトラマンファンの心をひきつけることができているのに、ゲーム自体が全くなっていない!

 そもそも、ゲーム的に納得いくものが作りたくって、「ウルトラマンと怪獣を同一プレイヤーが動かすのはおかしいやろー」というキャラ物の縛りを破っているのならともかく、ただ対戦型のカードゲームを作りたかっただけという、あまりに安易な商売にはちょっと苦言をていしたくなります。(しかも、カードの絵を見たさに、かなりたくさん買ってしまった…)
 例えば、各プレイヤーが科特隊の隊員になって、毎ラウンド現れる怪獣を倒す時の貢献度を競うとか(結局最後はウルトラマンがやっつける)いうのはどうでしょう。(どうかなー?) 

「ウルトラゲート」 OZ PLANNING(企画・制作) 1999ごろ?
2人 カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:2(不満)

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2人でやるボードゲームについて(まとめ) 返信  引用 
名前:    日付:12月16日(月) 0時0分
週刊ボードゲーム通信 12/9-12/15号

2人用ゲームの進化を時代順に並べると以下のようになる。

<古代> プリミティブ(原始的)ゲーム・・・マンカラ
<中世> トラディショナル(伝統的)ゲーム・・・碁、将棋、チェス
<近代> クラシカル(古典的)ゲーム・・・オセロ、バックギャモン等
<ポストモダン> シュミレーションゲーム…各種ウォーゲーム
<90年代前半> トレーディングカードゲーム…マジックザギャザリング
<90年代後半> ドイツ製カードゲーム・ボードゲーム…バトルライン、カフナ等 

上記に挙げられたようなゲームは、発明と言えるほどのものである。
それまでの2人用ゲームの観念を打ち破るものであったからだ。

では2人用ゲームは、どういう点で進化してきたか。
それらを以下に列挙する。

・乱数の要素の付与(ダイス、カード等の使用)
・プレイの始めやすさ(敷居の低下)
・コンポーネントの洗練、美化
・盛り上がる要素の付与
・プレイ時間の短縮
・ルールの増加
・競技性の低下
・商品性の増大
・個性化
・具体化
・分化

これら1つ1つが、論じるに足るテーマである。
これらについて議論することで、2人用ゲームが今後目指すべき方向が考察できるであろう。

最後に、私がこれからの2人用ゲームに求めたい要素を以下に挙げる。

・初心者に対する敷居の低さ…2人用ゲームこそ初心者にボードゲームの面白さを伝えやすい媒体であると思う。
・ボードを使うこと…現状では2人用ゲームの多くは、カードゲームまたはカードプレイ中心のボードゲームである。
・多人数ボードゲームに劣らない思惑量…思惑はボードゲームの面白さの本質だが、この点で2人用ゲームは多人数用ゲームに負けている。
・プレーヤー同士の交渉…交渉は多人数用ゲーム特有の面白さだが、現状の2人用ゲームにはない要素である。
・コミュニケーションツール…人間のコミュニケーションの最小単位は二者関係である。二者のコミュニケーションに焦点を当てた新しいタイプのゲームが考えられないだろうか。協力というのも、1つの方向かもしれない。

(補記)
2人用ボードゲームは、ここ2、3年で1つの分野を形成したと言えよう。
しかし、まだ発展途上の段階だ。
今後、優れた2人用ゲームが多く出版されていくであろう。
ただ、次の歴史を開くような突破したものは、ドイツ製ボードゲームの世界ではなく、別の世界から登場しそうな予感はする。

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2人でやるボードゲームについて 返信  引用 
名前:金七    日付:12月7日(土) 23時24分
   週刊ボードゲーム通信 12/2−12/8号

 二人用ゲームの傑作といえば、まず「バトルライン」が思い浮かびます。
ただ、面白いゲームではあるのですが、盛り上がるかといえばそうでもない気がします。
すでに指摘されているように、「思惑」の少ない対戦型ゲームでは、勝負を楽しむ傾向が強いといえます。
「君と私」しかいませんから、あまりゲームの戦い方をネタに話すこともできません(手をばらしてどうする)。
初めてプレイする人に、最初は説明と割り切ってプレイするなら別ですが、あまり盛り上がりはしないでしょう。
そもそも、初対面の人と盛り上がるのに二人用ゲームを選択するのはかなり危険です。
奥深い勝負の世界を楽しむことを前提としているのなら構いませんが(将棋・碁)、そうでないものは、
コミュニケーションの方法としては、マルチプレイヤーズゲームに劣っています。

 盛り上がる二人用ゲームとして、考えられるのは二つあります。
まず協力型のゲームですね。
これならゲームを話題にして盛り上がれるでしょう。
ボードゲームの例でなくて恐縮ですがコンシューマーのサッカーゲーム「ウイニングイレブン」を二人でやる場合でも、
対戦よりは二人で協力してCPを相手にしたほうががはるかに盛り上がります。
基本的にやっていることは同じですから、心理的な要因によるのでしょう。
「他人の不幸は蜜の味」といいますが、二人用でそれをやるとシャレになりません。
「今失敗したのは自分の戦法が悪かったんだな、次は別の戦い方でやってみよう」と思えるようなゲームでない限りは、
「喜びを倍に、悲しみを半分にする」協力型のほうがいいでしょう。

 もうひとつは、きわめてシンプルなタイプの二人用ゲームです。
あまり考える必要のないゲームならば、ゲームの楽しみをそぐことなく、いろいろな話題に花を咲かせることができます。
トランプやウノのようなカードゲームがそうです。
オセロは大変シンプルなボードゲームですが、結構考えるのでこの例には当てはまらないですね。
こちらはある程度2人が親しいことが前提になっています。

 つまり、純粋に戦い方を楽しむか、お手軽さを楽しむのが、二人用ゲームのよさであると思います。
単純ではありますが、二人用ゲームの最大の利点は「二人でもできること」ですから。
人数が集まらなかった時、ちょっと合間に、等々二人用ゲームの活躍するシチュエーションは沢山あります。
わざわざ機会を作って集まるのなら、やはり多人数で盛り上がれるゲームのほうがいいでしょう。
もしくは、共通の趣味に基づいた二人用ゲーム(ウォーゲームがそうです)をするか。
この場合、何かゲームで盛り上がっているのとは違う気もしますが、
まあえてしてマニア、ではなくて趣味人はそんなことは気にしませんから。

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2人でやるボードゲームについて 返信  引用 
名前:Ken    日付:12月1日(日) 14時34分
 週刊ボードゲーム通信 11/25−12/1号

 テーマ「2人でやるボードゲームについて」の3回目です。今回は、自分の経験談をもとに2人でボードゲームを遊ぶ際の方針について考えることにします。

 多人数用ゲームを2人で遊んだ経験のあるゲームとしては、『フンタ』や『アクワイヤ』がありました。しかしこの時は、多人数でプレイする場合に備えて、ルールの説明方法に問題がないか、またルールの理解が正しいかを確認するためにプレイしたのであり、ゲームの面白さを100%経験できることを初めから期待していませんでした(実際に、そこまで楽しむことはできませんでした)。この原因は、鱶さんも『思惑』が不足すると説明していたように、プレイヤーが3人以上の時に発生する『協調プレイ』が存在しないため、多人数用ボードゲーム特有の面白さが損なわれていることにあると思います。例えば、交渉プレイを必要とする『フンタ』をプレイした時でも、2人しかいないので交渉自体が成立しなかったため、ゲームの肝を楽しむことができなかったことや、『アクワイヤ』では相手が持つ株の枚数を自然と覚えているので、とても慎重なプレイをする傾向にあり、ゲームの不確定要因が少ない感じがしました。

 一方、最近遊んだことのある2人用ゲームとして、『バトルライン』と『カフナ』があります。『バトルライン』は、もともと2人用カードゲームですので、2人で遊んでもルールのバランスが取れており、とても楽しく遊ぶことができましたが、『カフナ』については、初めてプレイする私と、カフナ研究講座を掲載している横さんとの対戦でしたので、一方的な試合展開となりゲームを途中で投了する羽目になりました。

 以上、私の経験について述べましたが、2人でプレイするボードゲームについての利点・欠点と対応策についてざっとまとめてみました。

■ 利点
● ルール説明の練習を行い、その内容について確認することによって、説明がスムーズにできるようになる。
 ⇒このことにより、将来のプレイ時に説明を効率良く済ませることができ、プレイ時間を多く確保することができます。

● ルールの理解を実際のプレイで確認し、あやふやな、もしくは誤った解釈を事前に発見して直すことができる。
 ⇒後に多人数でプレイした場合に解釈が難しい状況となった場合でも、
  回答を即座に出して、ゲームの流れを途絶えることなくプレイを続行することができます。

※ どちらの利点も、ゲームの進め方について2人で良く話し合っていることが前提です。

■ 欠点
● 多人数用ゲームを2人でプレイしても、『協調プレイ』が成立せず、ゲームの本質が失われる。
  対応策)『アクワイヤ』にあるような株配当時のバリエーションルールを適用して、『協調プレイ』に近い不確定要因を作り出すか、
      全く新しいルールを適用するなどで、ゲームの面白さを維持できるようにする。
      ルールを考えることが難しい場合は、ボードゲーム関連のホームページに掲載されている
      バリエーションルールを参考するのも1つの方法である。

● プレイヤー間に腕の差がありすぎた場合、一方的なゲーム展開となって面白くない。
  対応策)将棋での『飛車角落ち』のように、ゲームの開始時にハンディキャップを付ける。
      もしくは、『バトルライン』にある上級者ルールを、
      上級者プレイのみに適用するなどで、プレイヤ間の格差を小さくする。

 こうやってまとめてみると、2人でボードゲームを遊ぶ場合は、多人数で遊ぶ場合を想定しての予行演習と考える他、ルールを変更して面白さを持続することに努めることの2本立てになっていますね。

 今回はこのあたりで、次の人に引き継ぎたいと思います。

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2人でやるボードゲームについて 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月24日(日) 16時2分
週刊ボードゲーム通信 11/18−11/24号

 みなさんこんにちは。今シリーズは「2人でやるボードゲームについて」。これも奥深そうなテーマで終着駅がどのへんになるのか、まったく予断を許さないところです。

 私の場合は、プレイヤーがまわりに多くいなかった時期に、多人数用のゲームを2人でやった経験がいくらかあります。
 けーえすさんの指摘のとおり、ボードゲームを2人で遊んだ場合、やはり、多人数に比べて盛り上がりに欠ける気がします。その原因はおそらく、2人プレイは、「思惑」の絶対量が少ないからではないかと思われます。
 「思惑」とは…。ゲームの勝敗を左右する要素に、1.戦略 2.運 があり、さらに戦略をすすめる各人の「思惑」がぶつかることでゲームが展開していきます。 
 多人数だと、自分の戦略が、相手のプレイヤーの戦略とぶつかり合って、それぞれの思惑が入り乱れて、よりドラマチックに勝敗を動かすのでしょうが、2人ゲームは思惑の入る余地が2人分しかないので、盛り上がりに欠けるのでは?

 で、2人用にデザインされたゲームはどうか。こちらの方は、昔は「マジック・ザ・ギャザリング」をかなりプレイし、今は「バトルライン」を結構楽しんでいます。
 どちらも対戦型なので遊戯王のような感じ(?)で盛り上がれて、いい気がします。
 2人ゲームは(多人数ゲームより)勝ち負けがはっきり分かれるので、「勝負の世界」色が強いように感じます。
 勝負の楽しさは2人ゲーム、みんなで盛り上がれる多人数ゲーム、という位置付けはどうでしょう(←めっちゃ安易…ちょっとあかんかな…)。
 と思ったらマジックもバトルラインも、どっちもカードゲームでしたね。
 よって、ここは横さんに「カフナ」を語っていただかないといけなくなりそうですね。(私は未プレイなのです…)

 私の感じでは、3・4人のゲームが一番好きです。
 とりあえず今回はこのくらいで。次回へ続きます。

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2人でやるボードゲームについて 返信  引用 
名前:    日付:11月17日(日) 20時30分
週刊ボードゲーム通信 11/11-11/17号 「2人でやるボードゲームについて」

 先週、社員旅行で淡路島へ行きました。参加は70人ほどでけっこう大きな規模のバス旅行でした。数年前に本州と淡路島をつなぐ橋ができたので、大阪からはすぐに着きました。行程としては、公園・店・ホテルです。
 バスの中ではバスガイドさんがいろいろと説明してくれたので、淡路島の知識が多少身につきました。バスから見える風景だと何もないところですが、名所や逸話等あるものです。
 以前に花の博覧会が行われたところが公園になっていて、植物園や動物園などがあります。バスを降りれば自由行動なので、各人は思い思いの行動しました。公園は、広くて、きれいで、人が少なくて、また、気候もちょうどよく、いい感じでした。
 ホテルでは夜の宴会があり、その後は2次会でした。3人でビリヤードをしている人達を私はしばらく見ていました。見ているのも面白いものです。やはりビリヤードは、スポーツよりもボードゲームに近いと思います。部屋でマージャンをしていた組が2つありました。マージャンはまさにボードゲームでしょう。そして他には、人生ゲームをしている人達がいました。大きな箱をわざわざ持ってきてです。関心しました。私もジェンガくらい持っていってもよかったです。人生ゲームにはタイミングが合わず参加できませんでした。参加していれば何かしら発見があっただろうに残念です。
 全体を通して、自由行動では仲のよい人同志3人から5人くらいで行動するのが一般的でした。2人で行動する人達はあまりいませんでした。1人で行動している人はほとんどいませんでした。
 私自身の傾向としては、大勢で行動するのはどちらかというと得意ではなく、2人位のほうが話しやすくて気楽な感じです。
 まとめると、大勢でいることが好きな人と、2人くらいでいることが好きな人がいました。1人でいることが好きな人は社員旅行にはあまり参加しないでしょうから、参加者はこの2種類に分けられます。なお、大勢で盛りあがることが好きな人でも、2人で話したいと思うときがありますし、その逆もあります。

 ボードゲームでも同じことが言えます。多人数プレイが好きな人もいれば、2人プレイが好きな人もいます。また、多人数プレイが好きな人が、2人プレイをしたいと思うときもあります。
 2人プレイゲームには、良いところと欠点があります。しかし、2人プレイをするかどうかは、まずはその人の好みによるところが大きいです。良い2人用ゲームであったとしても、それが楽しいかどうかは人によるのです。今回はこのことだけを押さえておくことにします。

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ジェンガ 返信  引用 
名前:    日付:11月11日(月) 1時33分
週刊ボードゲーム通信 11/4−11/11号「ジェンガ」

 54個の積み木が3個ずつ18段積まれている状態でスタートします。積み木を1つ抜いて上に積んでいきます。倒してしまえば負け、という分かりやすいゲームです。
 パーティゲームのベスト3に入れてもよいと思います。実際にポピュラーで、普通の玩具屋でも売られています。発売元のハズブロー社のホームページによると、世界中で100万人以上の人々にプレイされているそうです。

 こういったバランス系のゲームは他にもいくつか発売されています。その中でジェンガがもっともメジャーです。
 ジェンガの魅力はどこにあるのでしょうか。それは積み木にあると思います。磨かれた木の感触・匂いはいい感じです。ハンノキ(alder tree)という、室内調度品等に使われる木だそうです。この木は硬いので、ものを作るのに適しています。積み木が倒れたときの音がやかましいのも、硬い木だからでしょう。
 積み木の大きさも適度です。デザイナーは、試行錯誤を繰り返して納得いくものを完成させたのでしょう。
 
 抜きやすい積み木を見抜くことがゲームのコツです。全体のバランス状態から、どの辺が抜きやすいかが推理できます。しかし、抜くことが難しそうなところがスポッと簡単に抜けたりもします。これは、積み木の形・大きさ・重さが微妙に異なるためです。木製の醍醐味です。

 ジェンガは、もの事体のゲームです。おはじき、お手玉、あやとりと同じタイプです。このタイプのゲームの特徴は、常に素材に触れることことです。したがって素材が命です。コンピュータで再現したとしても、面白さが出せないのはそのためです。

「ジェンガ」'JENGA'/ Leslie Scott(作)/Hasbro/1987年
横の個人的評価:3
参考:Hasbro社のJENGA紹介
http://www.hasbro.com/jenga/pl/page.history/dn/default.cfm

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Re: ジェンガ
名前:おの    日付:11月15日(金) 14時24分
今年のエッセンに行ったときに見たのですが、

中古ショップをぐるぐる回って、一番安いジェンガを探している奥さんがいました。「ああ、それならこっちの方が安いわ」と言って買っていったのが箱もボロボロのやつ。

う〜ん、新作に飛びつきがちな我々ですが、ご当地ドイツでゲームを支えているのは、こういった幅広い層なのだなあと感心したところです。

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Re: ジェンガ
名前:    日付:11月16日(土) 11時15分
ドイツの女性が節約をするのは、
1、人間らしく健康に生きるため 2、環境を守るため 3、自立した生活を送るため
と、ドイツ人が本で言っていました。
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マンハッタン 返信  引用 
名前:金七    日付:11月3日(日) 16時34分
   週刊ボードゲーム通信 10/28−11/3号

 今週は、1994年のドイツゲーム大賞受賞作「マンハッタン」を紹介します。
かなり前のゲームですが、今でも十分楽しくプレイすることができます。
人数(2−4)にもよりますが一時間程度で終わるので、考える要素のあるゲームにしては重さを感じません。
ルールは一度プレイすれば十分把握できる程度の難度です。
簡単に言えば陣取りゲームですが、このゲームでは領土の広さではなく所有ビルの多さを競うので、最後にはマンハッタン島のように高層ビルが立ち並ぶことになります。
ゲームの展開が題名どうりで、見ていて非常にわかり易いのも特徴でしょう。
得点はビルの高さにはあまり関係ないのですが、何故か高いビルには心惹かれてしまいます。

 盤上には6都市があり、それぞれ9個の区画を持っているので、54箇所にビルを建てることができます。
得点ラウンド時には、盤上で一番高いビルのオーナー、各都市で一番ビルの多いオーナー、所有ビルの個数に応じて全てのオーナー、この三種類の得点が与えられます。
ビルは各プレイヤーがパーツを置いていくことで建っていき、得点ラウンド時には一番上にパーツを置いた人のビルとして計算します。
他プレイヤーのパーツの上に自分のパーツを置くのには条件があるのですが、置くことができれば他人の得点を自分の得点にするわけですから、かなり有利な行動といえるでしょう。
もっとも置かれた相手が黙っているはずはなく、二人で熱く戦っているうちに他のプレイヤーに漁夫の利を占められてしまっては意味がありません。
一度高くなり始めたビルは、それだけ手間をかけているわけですから途中で撤退するのはなかなか難しいですが、ルールから考えて勝利のためには広く展開したほうがいいです。
私にはできませんが(笑)。

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名前:金七    日付:11月3日(日) 16時35分
 このゲームの良い点は、すでに書いたようにゲームの展開を把握しやすいところでしょう。
ルール的にもそうですし、視覚的にもそうです。
プレイヤーによってはカウンティングまで使って長期的に戦うことも可能ですが、目先の利益に走ってプレイしても楽しいですしそれなりに勝負になります。
この辺は他人との駆け引きが関係してくるので、なかなかいいバランスだと思います。
少し問題があるとすれば、ゲーム進行のシステムでしょうか。
時計回りにプレイして全員終了後に得点計算なのですが、最後にプレイする人が圧倒的に有利になります。
何故なら少なくともその得点ラウンドでは他人の報復を恐れず行動できる唯一の機会を与えられているからです(笑)。
というか、得点のためのベストのアクションが取れますからね。
あと、直接他人を攻撃するゲームなので、それに抵抗を感じる人は面白くないかもしれません。
一応合理的に行動していくので、そう不快になることはないと思いますが、「世界一高いビル」を巡る争いになった場合敗れたほうはかなり救われない状態になります。
まだ親しくない人と醜い?争いをするのはよくないでしょうが、気心の知れた人となら賑やかに楽しめると思います。

「マンハッタン(Manhattan)」 / Hans im Gluck / A.Seyfarth(作)
  2−4人 / 60分 / 1994年
金七の個人的評価:4(楽しんでいますが、冷静なプレイヤーではないですね多分・・・)
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Re: マンハッタン
名前:やまさん    日付:11月23日(土) 23時58分
 このゲームはトランプのように、色々な遊び方が出来るゲームだと思います。金七さんの仰るように、ルール的にも視覚的にもシンプルだからだと思います。一方で他のボードゲームを見てみると、結構煩雑でバリエーションを考えるのはなかなか難しいように感じました。
 そう考えるとゲームの本質からずれているとも言えますが、永く楽しめるわけだし、「実はいいゲームかもしれない」と最近は考えています。
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週刊ボードゲーム通信 10/21−10/27号「ギロチン」 返信  引用 
名前:Ken    日付:10月28日(月) 14時43分
週刊ボードゲーム通信 10/21−10/27号「ギロチン」

今回はフランス革命時代の大量処刑を扱ったカードゲーム「ギロチン」を紹介します。プレイヤは死刑執行人となって死刑を行い、民衆の支持を得ることを目的とします。この恐怖を連想させる代名詞ともいえる「ギロチン」は、そのままゲーム名に使われていますので、血生臭い雰囲気が漂うゲームと想像されるかもしれません。しかし、ゲーム中はまるでそのようなことはなく、役場の手続きを片付けるが如く次々と死刑が行われていく様はむしろ爽快そのものです(笑)。また、ルール自体も簡単で理解がしやすいため、初めてプレイされる方も十分に楽しむことができます。

このゲームでは、ギロチンの対象となる貴族カードが登場します。各貴族カードには民衆の支持を示すスコアが設けてあり、数字が大きいほど死刑への民衆による支持が高い(つまりは、憎まれている)ことを表しています。例えば、「ルイ16世」「マリー・アントワネット」は高いスコアがついていますが、「民衆の英雄」はマイナス点がついています。よって、プレイヤはできるだけスコアの高い人を死刑し、スコアの低い人を他のプレイヤに死刑させるようつとめなければなりません。

さて、ゲームが始まりますと、12人の貴族が死刑台に一列に並べられて1日目の死刑が行われます。各プレイヤは、時計回りの順番で処刑を次々と行い、貴族カードを手元に取っていきます(つまりは、首を集めているわけです)。これを3日分行った後、一番スコアが高いプレイヤが勝利します。

ここまでのルールですと、単なる坊主めくりと何ら代わりがない運ゲームになってしまいますが、ゲームに幅を持たせるために貴族カードとは別にアクションカードが用意されています。アクションカードは、死刑囚の順番を変更するカードや、特定のプレイヤもしくは全員に影響するカードを含んでいますので、自分の番で処刑を行う前にアクションゲームを使うことによって、より多くのスコアを得ることができるようになっています。

プレイした所感ですが、熟考するケースは殆どなく、手札のアクションカードと場の貴族カードを見比べて最善手を打つ流れでどんどん進んでいった感じでした。ただし、カードの説明が英語になっていますので、日本語シールを貼るなどして、初めての人でも楽にプレイすることができるようにすれば良いでしょう(ありがたいことに、私がプレイした時のカードには全て日本語訳シールが貼ってありました)。

また、「サド」の語源となったフランスの作家マルキ・ド・サド候爵の生涯を描いた映画「クイルズ(Quills)」の冒頭の部分で、ギロチンを行う際の死刑囚と民衆の様子を描写していますので、死刑場の雰囲気を掴むことがある程度できると思われます。

「ギロチン (Guillotine)」 Wizards of the Coast Inc.、Paul Peterson作、2〜5人
Kenの個人的評価:3(誘われればプレイする)

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4人将棋って知ってますか? 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:10月20日(日) 21時16分
週刊ボードゲーム通信 10/14−10/20号 

 ひさびさにふつーの記事の順番です。

 4人将棋って知ってますか? 太田満保という人が考案したゲームなんですが、普通の将棋板と、駒が2セットあれば遊べます。専用のセットも販売されているみたいです。
 将棋盤の4辺に、それぞれの駒(王将:1、飛車:1、金:2、銀:2、歩:3)をピラミッド状に並べます。駒の動き方は普通の将棋と同じです。手番は時計回りですが、王手の時だけ、王手をかけられた人に手番がとびます。詳しくは、4人将棋公式ホームページを見ていただいたほうがいいですね。
http://www.koma.ne.jp/4nin-shogi/index.html

 特筆すべきは、詰みの処理です。詰んだ王将は石ころ(障害物)となりますが、その人の持ち駒は、詰ませたプレイヤーのものとなり、盤上の駒は向きがそのままで、やはり詰ませたプレイヤーのものとなります。よって、詰ませたプレイヤーはかなり有利になりそうです。そして、攻撃的に行っても、まさに最後の詰めが甘ければ、漁夫の利になってしまいます。
 ゲームの終了は、2人目の詰みが出た時点です。詰ませた回数が多いプレイヤーの勝ちで、1回ずつの場合は持ち駒の多いほうの勝ちになります。また、ダブルス戦というルールもあります。

 で、このゲームなんですが、実は1、2回しかやったことがありません。かなり昔なのですが、4人もプレイヤーがいるので、次の順番がまわってくるまでに、盤面が大きく変わって、非常に波乱万丈だった気がします。駒の動かし方を知っている人たちだったのでルール説明は簡単でした。
 問題点はやはり、4人ぴったり集めないとできない点でしょう。こういう”人数ぴったりゲーム”はどうしても稼働率が低くなってしまいます。
 ちなみにスーパーファミコン版が(株)プランニングオフィスワダというところから出ており、これだと一人でも楽しめます。

「4人将棋」 太田満保(作) 1993
4人(スーパーファミコン版は1〜4人でプレイ可能)
鱶(fuka)の個人的評価:3(普通)

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Re: 4人将棋って知ってますか?
名前:やまさん    日付:11月24日(日) 0時4分
余談ですが、私は昔3000円で買いました。中身はただ将棋のボードに必要な分だけ駒が入っているだけでしたが、ボードは4人でやるためにマスが真四角でした。少々値が張るために、駒の作りは結構良かった気がします。良く学校にもっていって遊んでいたために懐かしく思います。もっと余談ですが、これに触発されて4人軍人将棋を開発し、プレイしたら6時間くらいかかって失敗に終わりました。今となってはいい思い出です。 CBCba-122p121.ppp13.odn.ad.jp (218.46.14.121) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)


ボードゲーム通信の企画について 返信  引用 
名前:    日付:10月12日(土) 10時23分
週刊ボードゲーム通信 10/7−10/13号 「ボードゲーム通信について」

 私が前回書いたときに取り上げた『ゲーム雑誌のカラクリ』と、その続編の『ゲーム雑誌のカラクリ2』(大澤良貴,2000年/2001年)は、『ログイン』や『ファミ通』などのゲーム雑誌の事情を述べた、優れた本です。これらの本で著者が言いたいのは、ゲーム雑誌にとって最も大切なものは企画であるということだと思います。そこで、ボードゲーム通信のコンテンツを、企画という観点で概観してみます。

1.ボードゲーム通信HP開設・・・他にはないボードゲームサイトにしていきたい思いが当初からありました。宣伝はしない、マイペースでいく、リンク集は作らない、テキストで勝負、特定の人向けでよい、という指針だったと思います。思った以上に独自性を発揮してこれたと思います。

2.週刊ボードゲーム通信・・・ゲームを毎週紹介していくような連載の企画は、ありそうでなかったものです。取り上げるゲームを知っている人にしか分からないような記事でもよい、という考えでいました。書くことには徐々に慣れていき、やり方が分かってきました。このコンテンツは、社員にとって学校のようなものかもしれません。

3.隔月刊ボードゲーム通信・・・特定のゲームに関する詳細な分析や研究もあまりありませんでした。そういう点で価値のある企画です。しかし現在では不定期刊行物となっているとおり、コンスタントに生産することが難しいコンテンツです。これは、記事を書くエネルギー不足というのもありますが、どちらかと言うとプレイ不足のためだと思います。路線を少し変えたら書けるようになるかもしれません。

4.カフナ研究講座・・・隔月刊ボードゲーム通信の派生のようなものです。特定のゲームについてどれだけ語れるかの実験企画です。しかし、更新頻度は非常にのんびりで、まだ続いているの?という感じになってしまっています。こちらはたぶん、プレイ不足というよりも、記事を書く力量不足のためです。ところで、カフナは底が未だに見えないゲームです。

5.緑緑支局・・・ボードゲームの評価、ボードゲームに関する書籍の紹介、ボードゲームアンケート等と小気味よい企画を立てることを意識したコンテンツです。こちらも更新頻度はゆっくりですが、もともとそのつもりのものです。せわしない週刊ボードゲーム通信とのバランスをとっていると思います。

6.一般掲示板・・・「なんでも書き込んでください」というガイドラインのみがある企画です。外部に対する窓口としてのコンテンツです。HP設立以来長い間、身内以外の読者から書き込みはありませんでした。時々活性化しますが、だいたいは平穏です。じつは社員にとっても書くことが難しく、扱いにくいコンテンツではあります。

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Re: ボードゲーム通信の企画について
名前:    日付:10月12日(土) 10時24分
7.まぐまぐ版ボードゲーム通信・・・週刊ボードゲーム通信の連載記事がたまったので始めました。まぐまぐを配信したい気持がまずあって始めた企画です。HPの連載とほぼ同じ内容で配信するつもりだったのですが、実際に発行を開始してみるとついつい連載時の原型をとどめない記事となることも多く、〆切に苦労しました。HPよりも気楽に主張できる媒体であることが分かったので、企画の実験場所として自由に羽をのばすのがよさそうです。ただ、我々の記事生産力が悩みであります。ところで、まぐまぐ事務局から「まぐまぐ雑誌で週刊ボードゲーム通信を紹介します」という連絡メールが来たときは嬉しかったです。

8.まぐまぐ版ボードゲーム通信掲示板・・・まぐまぐの記事に対する意見を聞くために設営しました。あまり活性化していませんが、有意義な意見が出ることがあり、存在意義はあると思います。

9.ボードゲーム評価掲示板・・・当時、2chでボードゲーム評価の是非が議論されており、それに対する回答のような企画でした。評価掲示板企画は書き込みがあることが勝負の分かれ目でしたが、宣伝はせずに耐えていました。幸いコンスタントに書き込みをしてもらえ、また荒れることもほとんどなかったのでよかったです。ところで、評価掲示板は緑緑支局のボードゲーム評価とは対照的であり、同じHPにこれらが存在することはおもしろいことです。

10.テーマトーク(週刊ボードゲーム通信)・・・テーマを決めて交代で論じるという内容の企画です。狙いとしては、ボードゲーム界への貢献という面が強いでしょう。したがってテーマの設定が問題となり、それ事体が企画となります。これはやっかいなのですが、なんとか編みだしてこれました。話の流れとしては、各自が意見を出し合って収斂させていくという傾向で、議論にはなりにくいところが少々物足りなくはあります。議論にもっていくためには、ディスカッション企画として別の場を設定する必要があるのかもしれません。

11.連載小説「伝道師ぼげこ」(まぐまぐ)・・・これこそ企画らしい企画だと思います。私には思いもつきませんでした(思いついても書けませんが)。内容的に通向けで、完成度が高いです(『アクアステップアップ』よりもいけてると思うのですが)。第2話頼みます!

12.評価掲示板集計(評価掲示板開設一周年企画)・・・集計企画は一般的なものですが、節目として意味があり、また楽しいものです。読者からのリアクションの早さに驚きました。

13.ボードゲーム通信を振り返る(HP開設二周年企画)・・・社員4名の思いを気軽に語ろうという企画です。読者には社員の区別はあまりついていないだろうし、キャラクターを出せるテーマでいこう、という意図でした。しかし、キャラクターの違いはあまり伝わらなかったかもしれません。そういう社風なのかもしれませんし、キャラクターが似ていてそもそも区別はつきにくいのかもしれません。

 以上、ボードゲーム通信が行ってきた企画について簡単に総括しました。こうして書き出してみると、結構いろいろと企画しているものです。これからも新しい企画を考えていきたいです。ゲーム雑誌(=編集者)が企画を出せなくなったら、その雑誌は滅んでいくという歴史があるそうですから。
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名前:金七    日付:10月14日(月) 11時27分
総括ありがとうございます。
こうしてみると本当に結構いろいろな企画がありますね。
破綻しているものが(今のところ)無いのがいいです。
何の企画も出せない私は、対外的にはだめ社員ですが、原稿のサイクルを遅くすることで、社内的には重要な(笑)貢献ができていると思うのですが。
キャラクターの違いがあまり感じられないのには同感です。
テーマトークで正反対の意見が出ると面白そうなんですけどね。
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名前:    日付:10月14日(月) 22時30分
いえ、振り返ると金七さんこそ企画が好きそうだと思いますよ。
キャラクターの違いは原稿をよく読むと分かるんですが、読者は気にしませんからね。
いっそのこと、書いた本人の写真をつけるとか、本人が朗読する音声ファイルをつける(強制的に聞こえてくる)とかするとキャラクターの判別もつきやすくなるでしょうね!
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ボードゲーム通信について 返信  引用 
名前:金七    日付:10月6日(日) 12時49分
   週間ボードゲーム通信 9/30−10/6号

 今週は私にとってのボードゲーム通信について思いつくままに書いていきます。
私は、設立メンバーである横さん、鱶さんと大学のサークルで一緒だった縁で、オンライン環境になってから途中参加しました。
記事を書くのはプレイするのとは別の楽しさがあって、なかなか興味深い作業でした。
全体的に長くて締まりのない記事になっているのは、「ソロプレイ」に熱中しすぎて他のプレイヤー(読者の皆様です)に対する配慮が不足しているからでしょう。
少しずつでも改善しようと思っているのですが、結構難しいですね。

 月並みですが1番嬉しいのは訪問してくださった方の反応があったときです。
ですから評価掲示板の集計は大変ではありましたが、それ以上にやりがいのある作業でした。
当初はリンクもアクセス解析もなかったので、社員とその知人以外に見てくださっている方がいるのかどうかすら疑問でした。
今ではさすがにその心配はしていませんが、そのかわり上に書いたように人の目を以前より意識しますね。
すると、私より知識も見識もある方のサイトが他に沢山あるわけですから、自分の駄文の存在意義に疑問を感じないではいられません。
まあ結局は自分の身の丈にあった記事を書いていって「興味のある方はどうぞ」という、個人サイトの注意書きに見られるような結論に落ち着くのですが、
記事を書くことの動機付け(自分or読者)については、多少のジレンマを感じます。
他の皆さんはどうなんでしょう。

 1番深刻なのはやはりネタ不足ですが、これはもうあきらめています。
私はかなり時間的余裕があるほうですが、相手が居ないのが致命的です。
田舎に住んでいるとはいえ、その気になって捜せば多分どうにかなるのでしょうが、そこまでの熱意はありません。
余暇を持て余しているわけではないので、たまに鱶さんとプレイすればそれなりに満足してしまいます。
ですからなかなか新しいゲームの紹介が出来ないんですよね。

 ランプの炎が後どのくらいで消えるのか私にもわからないのですが、燃料が尽きるまでの間しばしお付き合い下さい。
手入れが悪くて申し訳ありませんが、一応皆様(含む社員)の力も燃料にしている魔法のランプのつもりです。
役に立つかどうかは保証の限りではありませんが。

pl1221.nas922.okayama.nttpc.ne.jp (210.165.96.197)
SpaceBison/0.01 [fu] (Win67; X; ShonenKnife)

ボードゲーム通信への活動を振り返って 返信  引用 
名前:Ken    日付:9月30日(月) 6時39分
週刊ボードゲーム通信 9/23−9/29号

皆さんこんにちは。今回はボードゲーム通信への活動を振り返るテーマのため、肩の力を抜いて書きます。

ボードゲーム通信のホームページを作る活動の話を知ったのは、fukaさんも前回説明していた通り、横さん達とボードゲームで遊んでいた時でした。といっても、私自信は、ホームページに書き込む内容や知識がありませんでしたので、この活動に参加する予定はありませんでした。

初めて活動に携わったのは、この頃良く遊んでいた「エルグランデ」の必勝法を紹介した時です(不定期刊行物4号を参照して下さい)。記事を書くのは初めてであり、見事なまでに堅苦しい言葉で表現されていて、読者に優しい文章とはとてもいえませんでした。最近は、原稿を書く際に「こういった記事の書き方だけは、避けにゃあならん。」と反面教師の役割として役立っています(笑)(4号と7号との表現の違いを見てもらえればよく判ります)。不定期刊行物は、ゲームに関する深い考察を扱った記事で構成されていましたので、ゲームに熟知している読者を想定していました。

一方、週刊ゲームレビューは、より多くの人にゲームを紹介して遊んでもらえるように、ゲームを知らない人についても紹介できる記事(『マネジメントゲーム』や『デトロイト・トロントのゲーム事情』など)を目指して書いてきましたが、ゲーム紹介の幅が広がったものの、考察が甘くなることが良くありました。この姿勢については、他の社員の記事とは少し異なるところがあったように思います。この姿勢を続けることができるのも、サラダボウル型運営のおかげです。

そのうちに、評価掲示板が設置されて、評価情報が充実してきました。特に、予想を超えた書き込みがあったことは大変嬉しい限りであり、これも皆さんの協力のおかげです(ありがとうございます)。読者にとって、この評価内容を見れば、次に購入するゲームを選ぶ際の判断材料になるものと期待しています。
また、この評価内容の結果が似ている者同士であれば、ゲームの好みやプレイスタイルが似ていることから、今まで顔を合わせたことがない場合でも一緒にゲームをすれば楽しいのではないかと考え、ゲームの評価内容を通じて読者同士の相性を割り出すことを試みました。この試みの結果は、金七さんの記事で整然とまとめられています。

dhcp024-208-228-217.twmi.rr.com (24.208.228.217)
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Re: ボードゲーム通信への活動を振り返って
名前:Ken    日付:9月30日(月) 6時39分
以上がこれまで行ってきた内容ですが、これからは以下の2つを行う予定です。

『プレイする人を見つけ出す方法に関する考察』
ボードゲームは、多くの人とプレイするための拘束時間を要求しますので、プレイができる人を見つける方法が少ないのが現状です。これをサポートするための方法を考えて、ホームページ上で紹介もしくは実際にサポートができればと考えています。

『ボードゲームの普及活動』
ゲームの面白さを皆に知ってもらうためには、ホームページの情報だけでは物足りず、実際にプレイをする機会を持つことが大切と考えています。この機会を持つために、家へ招かれた際に、その子供に対してゲームの紹介を行うこれまでの頻度の低い活動から一歩進み、定例会を開催することを予定しています。

できる範囲で活動を進めるつもりですので、これからもボードゲーム通信を宜しくお願いします。
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ボゲ通思い出話。 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:9月22日(日) 21時37分
週刊ボードゲーム通信 9/16−9/22号

 みなさんこんばんは。3番手の鱶(fuka)です。今回は思い出話ということで、気楽に書きますので、どうぞ気楽に読んでください。
 さてさて、2000年8月17日にスタートしたボードゲーム通信ですが、初めは私が個人的に作っていた紙ベースのものでした。PC386の一太郎で作り、プリントアウトしたのをコピーしたものでした。はっきり言って自己満足の産物だったので、それを見せていたのは金七氏ほか、1人ぐらいでした。今からすると、誰に見せるでもなく、よく作ってたなーという気もしますが…(←ひま人やな)。
 で、たまたまゲーム大会をした時に横氏に見せたところ、ぜひホームページを作ろう、という話になって、横氏があっという間に、開設した次第です。現在のHPの不定期刊行物の第1・2・3・5・6号はその時のワープロデータを横氏が手直ししてアップしたものです。

 週刊ボードゲーム通信を始めたのは、隔月のアップのみでは見に来る人もあきるやろう、ということで横氏と相談しました。(私の記憶では、横氏に「やってみます?」、と提案したら、「掲示板を用意したので、今週からやりましょう」と突然はじまった気がします…)。
 で、毎週ゲームの紹介をすることにしたのですが、これがいつまで続けられるのかは非常に疑問でした。
 最初の頃は横氏と二人だけでやっていたので、順番のまわってくるのが早いこと早いこと。今週書いたと思ったら2週間後には〆がくるし…。半年ぐらいその状態で、その後金七氏とKen氏が参加してくれてメンバーが増え、テーマ考察をするようになったので、なんとか2年間続けることができました。やれやれ。

 それと、初めの頃気になっていたのが、HPを見てる人がほんまにいるのか?という点でした。掲示板の方にも、全く書き込みがなかったので、非常に不思議で、横氏と「今晩はアクセスせんと、明日アクセスカウンタを調べて、来てるかどうか調べよ」とか言ってました(その頃はアクセス解析もなかったので)。カウンタは微増していたのですが、一体どなたが来てくださっていたのやら。

 とりとめのない話の最後に、ボードゲーム通信社の歩みを、年表にしてみました。
2000.8.17 ボードゲーム通信HP開設。
2000.8.24 週刊ボードゲーム通信スタート。
2001.2    まぐまぐ版ボードゲーム通信スタート。
2001.3    7か月目にして初めて知り合い以外から掲示板に書き込みがある。
2001.9    テーマトーク スタート。
2001.9    ボードゲーム評価掲示板スタート。
2001.9    ヤフーに登録される。
2002.1    1万HIT達成。
2002.7    連載小説「伝道師ぼげこ」スタート。

 こんなもんですかね。まだまだですね。次は10万HITと、あとは末永く、できれば10周年、20周年以上はいきたいなと思います。(さすがにその頃には週刊のゲーム紹介のネタも切れているかもしれませんが…)。で、あとは悠悠自適でボードゲームを楽しめればいいですね。
 ではでは、今後ともよろしくお願いします。

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Re: ボゲ通思い出話。
名前:    日付:10月14日(月) 22時6分
会社(コーポレーション)とは、成員が変わっても永続するもの、という定義ですから、10周年、20周年はありうる話だと思います。 61-122-245-52.eonet.ne.jp (61.122.245.52) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)


周年企画第二弾 返信  引用 
名前:    日付:9月14日(土) 4時5分
  週刊ボードゲーム通信 9/9−9/15号 「ボードゲーム通信について」

このホームページが誕生し2年経ちました。ちょうど節目なので、「ボードゲーム通信について」というテーマで社員が順番に何か述べていきます。

今回は、ホームページのコンテンツの中心である週刊ボードゲーム通信を振り返ってみようと思います。ここで連載するゲームレビュー(=批評)は、単なるルールの説明ではなく、主張を入れてたいと当初から考えていました。そして、取り上げるゲームを知らない人にはよく分からない内容でもよいということにしました。

半年くらい経つと、取り上げたゲームに関連する一般的なテーマを考えだすようになっていきました。それがその後、テーマについての考察につながっていきます。知っているゲームがなくなってきたという現実的な問題もあったのですが、いろいろと考えていくうちにボードゲーム界における課題が分かってきたということだったのでしょう。

テーマについて持ちまわりで考察していくということは、とてもレベルの高いことであると思います。ましてや取り上げられているテーマが、ボードゲームに関する本質的な事柄です。一筋縄でできることではありません。書き上げるためには、かなりの基礎体力が要求されます。それを一定の質を維持して続けてきたのですから、すごいと思います。でも実は社員は皆、かなり苦労して書いているはずです。連載を持っているプロのライターは、もっとたいへんな日々をすごしているんでしょうね。

話を少し戻すと、ゲームレビューに関しては当初から、そのゲームを知らない人には分からなくてもよいということで開き直っていましたが、そのゲームを知っている人には「読ませる」ものを書きたいという思いは強くありました。漠然とですが、読み物として価値を意識していたと思います。

ところで、ゲームレビューはどうあるべきなのでしょうか。

ゲームレビューを読む人は、2種類存在します。そのゲームを知っている人と知らない人です。どちらの人にも「読ませる」ものが、もちろん優れたレビューなのですが、我々は前者のゲームを知っている人に「読ませる」ものを目指していたことになります。そのゲームを知っている人に「読ませる」方が、そのゲームを知らない人に「読ませる」よりも難しいです。説得力がより必要となるためです。ゲームレビューはそのゲームを知っている人が読んで納得がいく内容であるべきだ、と我々は考えていたのだと思います。

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名前:    日付:9月14日(土) 4時11分
ゲームレビューのあるべき姿については、『ゲーム雑誌のカラクリ』という本でずばり言っているので、以下に引用します。

 雑誌に載せてもよい批評やレビューに必要なものは「そのゲームに対する特徴あるモノの見方」だ。それだけでいい。ゲームにおける批評というものは、読者に対する新鮮な価値観の提示で十分だ。
 巷で高い評価を受けているゲームに対して疑問を提示するにしても、低い評価を受けているゲームに価値を付与するにしても、読んだ読者が今まで持っていたそのゲームに対する価値観とは別にもう一つの価値観を与えること。そしてその価値観に説得力を与えること。ライターや編集者が力を入れるべき部分は実はここで、ただ感想を述べたり、誰でも思っているようなことを書いたり、書いている人間の人生を書き連ねたりするのでは、わざわざ金を出して他人の文章を読む価値はないと思う。
「ああ、このゲームにはこんな見方があったんだ」と思わせるぐらいのものでなくては、読者にも語られるゲームにも失礼というものだ。
『ゲーム雑誌のカラクリ』(P.116,大澤良貴著,2000年,キルタイムコミュニケーション) 

この本で言ってるゲームとはテレビゲームのことですが、ボードゲームでも同じことです。振りかえるに、週刊ボードゲーム通信のゲームレビューは、この基準はあまり満していなかったと思います。ここまで考えて書いてきたわけではない、というところでしょうか。

ところで、評価掲示板では「そのゲームに対する特徴あるモノの見方」がよく書き込まれているのは興味深いことです。言うべきことを端的に言う評価掲示板のスタイルは、それに適ったものでしょう。となると、批評に関しては評価掲示板にまかせて、週刊ボードゲーム通信ではしなくてもよいのでしょうか。

取り上げたゲームに関連する一般的なテーマを論じたり、テーマに関する考察をするというここ1年の週刊ボードゲーム通信の方向性は、ゲームレビューとは質的に異なります。まず、ジェネラルかパティキュラーかという意味で対照的です。また、読者として特定のゲームを知らない人を対象とするかどうかという点でも対照的です。評価掲示板ができたころから週刊ボードゲーム通信がこの方向を進んでいるのは、ゲームレビューを評価掲示板に譲ったということで説明がつきます。
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名前:    日付:9月14日(土) 4時12分
そうであれば、週刊ボードゲーム通信でなすべきことはなんでしょうか。
いくつか挙げてみます。

「一般的なテーマの考察」−今まで進んできた方向性です。理論の体系化に至るまではまだまだ長い道のりがあり、ネタはつきないはずです。読み物としても面白いですし。

「個別ゲームの研究」−ゲームの研究をしたいという思いは開設当初からありましたが、まだあまりできていません。

「ゲームレビュー(批評)」−たくさんの意見の集大成である評価掲示板の上を行くものを書くのは難しいのです。しかし、余地はまだあるでしょう。なにしろ長い文章が書くことができ、説得力を発揮する腕の見せ所があります(評価掲示板に長い文章を載せるのも可能ですが、簡潔に鋭く言うのがその有り様ですから)。文章の上手さで勝負する手もあります。ところで安田氏と馬場氏の文章はとても上手だと思います。

「ゲームに関するニュース」−これまでにもあった海外での体験情報などです。外国のウエブサイトの情報を紹介・評価することもできそうです。

「その他」−まだどこでもなされていない企画はいくらでもあるはずです。
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周年企画第一弾 返信  引用 
名前:金七    日付:9月8日(日) 6時1分
   週刊ボードゲーム通信 9/2−9/8号

 今週は周年企画第一弾として、評価掲示板の集計結果を発表します。
ボードゲーム通信では「サラダボウル型の運営」を目指していますが(Kenさんの「ボードゲームって何?」参照)、それを一番実現できているのは評価掲示板でしょう。
今回は数値化できるものを集計しましたが、よりゲームの特徴を―もしかしたら、書きこんだ方の特徴も(笑)―あらわしているのは貴重なコメントの数々です。
特に賛否両論があると、立体的にそのゲームを見ることが出来て、購入・プレイの参考になりやすいと思います。
この集計も、色々な見方の一つとしてお楽しみいただけると幸いです。

 まず、集計にあたって私の独断・ミスが入っている事をお断りしておきます。
その都度、一応の基準を説明していきます。

@ 全体
全ゲーム数    159  書き込み人数  77人
のべ書き込み件数 681  1ゲームあたり 4.28件
評価書き込み件数 606  評価点合計   2191
全体評価平均点 「3.62」

評価の平均点が3より高いのはわかっていましたが、想像以上でした。
面白かったゲームを書きこんでくださる方が多いようですね。
(私の判断で多少ハンドルの違う場合でも同じ方として集計してあります
 のべ書き込み件数には、ゲームに関係ない書き込みは含まれていません
 評価書き込み件数では、一ゲーム・お一人・一件で集計しています)

A 個別ゲーム
総得点              書き込み件数
1、バトルライン     83  1、操り人形       21
2、アクワイヤ      69  2、6ニムト!      20
3、6ニムト!      67  3、バトルライン     19
4、カタン        60    カタン        19
5、ラー         58    スコットランドヤード 19
  カルカソンヌ     58  6、カルカソンヌ     18
7、スコットランドヤード 57  7、モノポリー      17
8、操り人形       56  8、アクワイヤ      16
9、エルグランデ     49  9、ラー         15
  モノポリー      49  10、マンハッタン    13

平均点(評価書き込み件数6件以上)
1、バトルライン    83/18 4.61
2、王と枢機卿     27/6  4.5
3、エルグランデ    49/11 4.45
4、エルグランデK&I 26/6  4.33
  ボーナンザ     26/6  4.33
  サムライ      26/6  4.33
7、プエルトリコ    30/7  4.29
8、6ニムト!     67/16 4.19
9、ラー        58/14 4.14
10、アクワイヤ    69/16 4.11

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名前:金七    日付:9月8日(日) 6時6分
バトルラインの高い評価が目立ちます。
評価件数、総得点ともに全ゲーム中トップで、平均点でも抜け出しています。
やはりプレイする機会が多いメジャータイトルが強いですが、あえて分析するならば、スピード感のあるゲームとじっくり楽しむゲームに二分化できると思います。
バトルラインはカードゲームらしいシンプルなルールと奥深さが両立している点が評価されたのでしょうか。
(6件以上にしたのは5件以上にすると、「バルバロッサ 24/5 4.8」がトップになるためです
 なるべく件数の多いゲームの方が平均点の意味があると判断しました)

B 書きこんでくれた方々
北海道 3 東北 2 関東 27 東海 4 信越 2 北陸   2
関西 17 中国 3 四国  0 九州 2 海外 3 その他 12

  10件以上書きこんでくださった常連様(評価点合計/評価書き込み件数 平均点)
@datura様 333/101 3.30
A横さん     174/52  3.35
B鷹村ナクト様  150/41  3.66
CSS様     115/32  3.59
Dやまさん様   100/28  3.57
Efukaさん   89/28  3.18
Fけーえす様    96/26  3.69
Gわんこ様     99/25  3.96
Hにゃんとろ様   99/24  4.13
I金七       76/24  3.14
Jかゆかゆ様    66/19  3.47
Kハリケーン様   74/18  4.11
L筒井様      72/18  4
MKenさん    46/14  3.29
Ntricle様  49/11  4.45

もしかして?と思ってましたが、私が1番辛口の評価でした(苦笑)。
満遍なく分散しているというより、全体平均ぐらいの方々とそこから上下に離れたグループの三つに分かれている気がします。
私見ですが、これはゲームに対するスタンスというよりは、書き込みに対するスタンスが影響した数字だと思います。
掲示板に書きこんでくださった方もおられましたが、スタンスを評価掲示板内の常連さんの所にでも書いてみると面白いかもしれませんね。

さて、相性の発表ですがこれは1番怪しい統計です。
同じゲームに対する評価の点差を、無理やり相性の指数としました。
例えば私がA−5・B−1として、fukaさんがA−1・B−5とすると、8点の差が2件で発生するので指数は4になります。
この指数が高いのか低いのかは全体の指数と比べるのが1番だと思い、集計を始めたのですが…。
全体で800の組み合わせが発生し、1996件!で1972点の差でした。
全体の平均指数は0.99で、偶然ほぼ1になってくれたことで指数が見やすくなりました。
普通に考えると評価平均点の差が相性になりそうですが、一概にそうとも言えないのでご覧下さい。
当初の予定(7件以上)を変更して、8件以上一致している62の組み合わせを書いていきます。
それでもかなり多くて見にくいでしょうがご容赦下さい(数字は上の常連様一覧に対応しています)。
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名前:金七    日付:9月8日(日) 6時8分
  常連様相性(評価点数差/一致件数 相性指数) 
G−H  8/24 0.33  G−J 10/13 0.77
@−F  7/20 0.35  H−M  7/ 9 0.78
@−D  6/13 0.46  I−J  8/10 0.8
B−F  8/16 0.5   @−I 11/13 0.85
A−F  7/13 0.54  A−B 17/20 0.85
E−I 12/22 0.55  A−M  7/ 8 0.88
E−F  5/ 9 0.56  @−L  8/ 9 0.89
G−K  5/ 8 0.63  G−M  9/10 0.9
H−K  5/ 8 0.63  @−A 30/33 0.91
A−E 14/22 0.64  E−F 11/12 0.92
@−B 20/29 0.69  @−C 24/26 0.92
A−I 13/18 0.72  H−J 12/13 0.92
A−D  8/11 0.73  C−G 14/15 0.93
B−L  6/ 8 0.75  B−C 16/17 0.94
C−M  6/ 8 0.75  A−C 20/21 0.95

A−H 21/21 1     @−E 18/17 1.06
@−J 15/15 1     G−I 12/11 1.09
C−H 15/15 1     B−I 11/10 1.1
A−J 14/14 1     @−H 19/17 1.12
B−E 12/12 1     D−G  9/ 8 1.13
C−F 12/12 1     E−H 17/15 1.13
C−I 12/12 1     B−J 14/12 1.17
E−J 11/11 1     @−K 13/11 1.18
H−I 11/11 1     C−E 16/13 1.23
B−H  9/ 9 1     E−G 19/15 1.27
C−D  9/ 9 1     A−G 27/21 1.29
D−J  9/ 9 1     A−K 18/14 1.29
E−M  9/ 9 1     B−G 13/10 1.3
F−G  8/ 8 1     @−G 24/18 1.33
                C−J 16/12 1.33
                @−M 15/11 1.36
                C−K 17/10 1.7
                E−K 17/10 1.7

ベストパートナーはわんこ様とにゃんとろ様でした。
納得していただけるのではないかと思います。
datura様とけーえす様もかなり良い相性です。
お二人とも関東の方ですし、もしかしたらどこかで一緒にゲームをやった事がおありかもしれませんね。
全体に常連様同士は平均より相性が良いようです。
20件以上一致している組み合わせのほとんどが平均以上の相性になっています。
「常連様ゲーム大会」を開いたら面白いだろうな、と想像してしまいました。
指数の大きい組み合わせがあるという事は、評価掲示板がサラダボウル型を実現している事の証でもあるので嬉しいですね(社員同士だと1以下ばかり)。
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名前:金七    日付:9月8日(日) 6時9分
 最後に、ご協力いただいた全ての方に感謝を。
ずべての組み合わせを書き出したので、書きこんで下さった方全てが私にとって親しい存在に感じられます。
常連様にいたっては何度お名前をお呼びした事か(声に出して集計したもので)、もはや他人とは思えません(笑)。
そのうえこちらのお願いに、ほとんどの方が様々な形で返事をしてくださって(励ましてくださった方々ありがとうございます!)、望外の喜びでした。
そして素晴らしいスクリプトを作成してくれたkarioさん、掲示板の設置と管理をしてくれている横さん、
5段階評価を適切な言葉で表現してくれたfukaさん(誘われればというのは秀逸です)、相性についての示唆を与えてくれたKenさん、ありがとうございます。
何よりも、今まで通信社を訪れた全ての方々、書き込みをしてくださった方々、今この記事を読んでくださっている貴方、皆様のお力なくしてはここまで続ける事は出来なかったでしょう。
本当にありがとうございます。そしてこれからもどうぞよろしくお願いたいします。
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週刊ボードゲーム通信 8/26−9/1号 「ビッグチーズ」 返信  引用 
名前:Ken    日付:8月31日(土) 16時23分
今回はプレイヤーがねずみ金融株式会社の副社長となり、1ヶ月後に退陣する社長の座をめぐって、大きな業績を求める競り型カードゲーム「ビッグチーズ」を紹介します。

各プレイヤーは副社長ですので、それぞれ部下を10匹抱えています。これらの部下を使って、プレイヤーが1枚づつ順番にめくる形をとり、プロジェクトカードを1枚づつ競り落としてきます。プロジェクトカードを競り落とすためには、他のプレイヤーよりも多くの部下をそのプロジェクトに割り当てる必要があります。
プロジェクトの規模は一定ではなく、規模が大きいカードから小さいカードまでがありますので、どのくらい部下を取り込んでも良いかどうかは、周りの状況から判断することになります。

他の競り型ゲームと異なるのは、一旦プロジェクトに割り当てた部下が、毎ターン1匹ずつ手元に戻ってくる点です。そして、あるプロジェクトに割り当てた部下が全員手元に戻ってきた時点でプロジェクトは完成し、プロジェクトに書いてある数字と同じ面数を持つサイコロを振り、プロジェクトの出来栄えを確かめます。こうして、一番早く勝利ポイントが40ポイントを超えたプレイヤーが勝ちとなるわけですが、プロジェクトカードの中には、勝利ポイントをかせぐことのできるカードの他、競り対象となるプロジェクトカードを捨てさせる「Veto」やサイコロの降り直しができる「BigCheeze」といったカードが含まれており、ゲームの流れにスパイスの役割をもたらしています。

このカードゲームを出しているのは、シーバス社ですが、とにかくゲームを安い価格で提供することにつとめています。これは、会社の教訓が「世の中に出ているゲームを構成するサイコロ・駒などのコンポーネントは他のゲームで流用できるので、自分たちの会社はそのゲーム独自の部分(ルールやカードなど)のみを提供し、ゲーム間で共有できる部分(駒、カウンター)は徹底的に共有する」となっているからです。実際、このゲームでも、カウンターや多面体サイコロを別に準備するようになっています。

ある程度ダイス運が含まれていることとカードのイラストに愛嬌があることから、ゲームに慣れているプレイヤーだけではなく、ゲームを初めての方にもお勧めしたいところですが、ゲームの流れがとてもスムーズになることが多く変化が少し足りないかなと感じることがありました。

「ビッグチーズ(The Big Cheese)」 Cheapass Games、3〜6人
Kenの個人的評価:2(特にプレイしたくない)…カードのイラストはけっこう気に入っているのですが…

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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/26−9/1号 「ビッグチーズ」
名前:    日付:9月2日(月) 21時1分
レビューを読むと、とても面白そうなゲームです。

ところで、日本ではチーパスと呼ばれているようですが、アメリカでは(英語では)シーバスなんでしょうか。
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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/26−9/1号 「ビッグチーズ」
名前:かぜかけ    日付:9月6日(金) 14時31分
 はじめまして、カゼカケともうします.
 
>アメリカでは(英語では)シーバスなんでしょうか?

 いえいえ、チーパスですよ.
 私は今、テネシー州に住んでいるのですが.
 こちらで「Kill Dr.Lucky」をやっていたとき、会社名を「チーパス」といっているのを聞いた覚えがあります.
 
 ただ、そのときの駒が、「スターウォーズものぽりー」からだしたものだったので、「Kill Dr.Lucky」ではなく、「Kill Dr.R2D2」だったのですが・・
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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/26−9/1号 「ビッグチーズ」
名前:    日付:9月6日(金) 22時30分
ありがとうございます。やはりチーパスですか。

チーパスのゲームはどれもおもしろそうなのですが、インターネットでの評価ではあまり人気はない様子ですね。有名な「Kill Dr.Lucky」以外にも、面白いゲームが眠っていそうな予感がしますが。
61-122-245-21.eonet.ne.jp (61.122.245.21) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)


Re: 週刊ボードゲーム通信 8/26−9/1号 「ビッグチーズ」
名前:Ken    日付:9月7日(土) 9時50分
Kenです。

> > アメリカでは(英語では)シーバスなんでしょうか?

> いえいえ、チーパスですよ.
>  私は今、テネシー州に住んでいるのですが.
> こちらで「Kill Dr.Lucky」をやっていたとき、
> 会社名を「チーパス」といっているのを聞いた覚えがあります.

指摘をありがとうございます。私の間違いでした。確かにチーパスです。

>  ただ、そのときの駒が、「スターウォーズものぽりー」からだした
> ものだったので、「Kill Dr.Lucky」ではなく、
> 「Kill Dr.R2D2」だったのですが・・

駒によってプレイの味わいを変えることができそうですね。でも、個人的にはR2D2は生き残ってもらいたいです...。
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週刊ボードゲーム通信 8/19−8/25号 「十六武蔵」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月25日(日) 19時15分
 今回は来年のNHK大河ドラマ・オフィシャルゲームと目される「十六武蔵」です。
 ボードは5×5で25のマスが移動線でつながれていて、その下にも三角形に並んだマスがつながっています。
 黒い武蔵の駒と茶色のその他の駒(16個)を交互に動かして、武蔵は茶色の駒を6個にまで減らせば勝ち、茶色の駒は武蔵を動けなくすれば勝ちです。
 武蔵は二刀流なので茶色の2つのコマの間に入ったときにだけ、その駒を取ることができます。
 茶色の駒には佐々木小次郎や本位田又八などなどの人物がいます。佐々木小次郎も赤字で書かれているというだけで、他の駒となんら変わらず、武蔵に倒されてもゲーム終了というわけでもありません。

 ルールが簡単なのはいいのですが…大問題が。
 ”武蔵が勝てない”ような気がするのですが…。最初の配置上、4駒ぐらいは王手飛車取り(ダブルリーチ)の要領で取ることができるのですが、その後は茶色の駒が一直線に並んで押し包んでくるとなす術がありません。

 大問題の前ではささいな問題ですが。
・中央のマスから斜めの移動線が無い。
・ボード下部の三角のスペースで、斜めに並ぶ敵の間に入ったときは、その駒を取れるのかどうか。
 という疑問点も残しています。

 とりあえず、武蔵が勝てない時点でゲームになっていないと思いますし、大河ドラマを機に売り出す予定があるのならば(←ないやろ〜)、そのへんのルールの大幅変更が必要ではないかと思いまする。

「十六武蔵」
2人
鱶(fuka)の個人的評価:1(最悪)…というかゲームじゃないのでは…

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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/19−8/25号 「十六武蔵」
名前:    日付:9月2日(月) 20時58分
十六武蔵をインターネットで調べました。日本古来のボードゲームだったんですね。
広辞苑に載っているという情報を得て、実際に引くと確かに載っていました!
ルールとボード図が載っているのですよ、広辞苑に!
おどろいた。
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週刊ボードゲーム通信 8/12−8/18号 「スコードリーダー」(その1)   返信  引用 
名前:    日付:8月19日(月) 1時10分
「スコードリーダー」は、非常によくできた戦術級ゲームです。
もっとも優れている点は、軍隊がみごとに表現されているところです。
その中核となるのが指揮官ユニットです。

今回は、指揮官ユニットについての仮説を検討してみたいと思います。
指揮官ユニットは存在しない、それは部隊の象徴だ、という仮説です。

シナリオ4「ピエプスクのハリネズミ陣地」は、「スコードリーダー」の典型的なシナリオです。
そのシナリオは、質で勝負のドイツ軍(防御側)vs数で勝負のロシア軍(攻撃側)という構図です。
ドイツ側は、部隊数は少ないですが、指揮官が多数でかつ優秀です。
ロシア側は、部隊数は多いですが、指揮官が少ないです。

さて、このタイプのシナリオではドイツ軍はギリギリで持ちこたえなければなりません。
その要(かなめ)となるのが、9−2指揮官です。
9−2指揮官が部隊の危機を救ったことが、これまでにどれだけあったことしょうか。
9−2指揮官がいれば部隊の戦闘力は維持されます。そして9−2指揮官が最後まで健在であれば、ドイツ軍の勝ちとなるというのが経験則です。
このタイプのシナリオでは、9−2指揮官しだいで勝敗が決まってしまうのです。

はたして、軍隊とはそういうものなのでしょうか。
中隊程度の大きな規模の部隊であっても、1人の人間がそれほど決定的な存在であるのでしょうか。
9−2指揮官は一体どんな人間なのでしょうか。

その疑問に対する私の解答は、「9−2指揮官など存在しない」です。

9−2指揮官は、部隊(中隊)の象徴なのです。
指揮官ユニットの能力によって、部隊の能力の高さが表されているのです。
9−1指揮官が中隊を指揮するシナリオであれば、指揮官の能力が低いのではなく、中隊の能力が低下しているということです。
このゲームの指揮官は、部隊そのものなのです。

サンダース軍曹やミラー中隊長のような、戦闘力が異常に高いスーパーマンが存在することは実際にもあるでしょう。しかし彼らはヒーローユニットであって、9−2指揮官ユニットではないと思います。

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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/12−8/18号 「スコードリーダー」(その1)  
名前:    日付:8月19日(月) 1時11分

ところで、軍隊というものは組織であり、1つのシステムです。この意味での軍隊を表現することは、シミュレーションゲームの大きなテーマです。しかし、これは非常に難しいことです。
コマンドコントロールやコンバインアームズ(カンプグルッペ)や行動ポイントなど様々な手段で、軍隊を表現(シミュレート)することが試られてきていますが、上出来なものはそんなにありません。

戦術級ゲームにおいては、軍隊を表すことは特に重要になります。なぜならば、最小単位である個人が登場するからです。
システムというものは、単にユニットが集まったものではありません。システムには全体を統合している機能があり、その結果、付加される力が発生します。
「1+1=3」となるがシステムなのです。
例えば、ロシア軍が「1+1=3」であるならば、ドイツ軍は「1+1=5」となること、これが組織力の違いです。
「スコードリーダー」においては、指揮官ユニットによって組織力の違いが決まります。

「スコードリーダー」のルールを初めて学んだ時のことを思い出してください。
9−2指揮官のマイナス2修正を、「それは強すぎる」と感じませんでしたか。
まったくもって、マイナス2修正は暴力的です。
しかし、プレイすると9−2指揮官の凶悪さは気にならなくなります。なぜでしょうか。
それは、結果としてリアルだからです。9−2指揮官が存在することでドイツ軍らしさがうまく出ているのです。

「スコードリーダー」では、指揮官ユニットという一見安直な形で、非常にプレイアブルに、かつ分かりやすく軍隊が表現されています。非常によくできたシミュレーションゲームです。
デザイナーは、なんとうまい方法を編み出したのでしょう。


「スコードリーダー」'Squad Leader'/ John Hill(作)/Avalon Hill/1977年
横の個人的評価:5
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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/12−8/18号 「スコードリーダー」(その1)  
名前:分隊長    日付:8月19日(月) 19時7分
ついに出てきたなという感じですね。
Squad Leader と聞くと、ついつい反応してしまいます。

 横さんの「指揮官ユニット不在説」もうんうんと思う反面、個人的にはやは
り「指揮官ユニット」は存在すると主張したいです。もちろん、デザイナーズ
ノートにもかかれているとおり、部隊の編成上の指揮官とゲーム上の指揮官ユ
ニットが同一人物を表しているとは考えません。
 「指揮官ユニット不在説」では、指揮官ユニットが戦闘不能状態に陥ったと
きあるいは、除去されたときの2回目の士気チェックの意味をうまく説明でき
ないと思うのです。あるいは、ソ連軍の指揮官ユニットが狂暴化したときに、
指揮下の分隊に強要される狂暴化チェックの説明がつかない様に考えます。小
隊あるいは中隊の兵士に信頼されている、古参兵、下士官、士官が、指揮官ユ
ニットの実態であろうと思うわけです(デザイナーズノートそのままですが)

 では、ドイツ軍の方が、ソ連軍より信頼されるに足る人物が多いのか?とい
うとそういうわけではないと思います。なぜ、ドイツ軍の方が指揮官ユニット
の個数が多く、あるいは、その質も高いのかという問いに対しては、分隊を構
成する兵員レベルでみた場合、ドイツ軍の方がよりよく訓練されている。また、
一般的にドイツ軍の下士官の質は、歴史的事情もあり、ソ連軍より優れている。
そのため、部隊の中核となりうる(=信頼されている)人物が出現する比率は
ドイツ軍、ソ連軍とも同一であろうが、ゲーム上に現れる指揮官ユニットの水
準に達する数では差が出てしまう。と考えるのが自然かと思います。
 実際、東部戦線では指揮官の数/質の差は歴然ですが、西部戦線ではそう差が
無いものとなっています。

------------------------------

 「指揮官ユニット」が何を表すのかはおいておくとして、ゲームシステムと
して分析した場合、中隊レベルの戦闘力を表現するのに、分隊ユニットのレー
ティングと指揮官ユニットという2つのファクターを用意したことが、このゲ
ームを不朽の名作にしている処かと思います。
 横さんもかかれているとおり、一見デフォルメしすぎかなと思われる指揮官
ユニットの能力が、計算し尽くされたかのごとく、うまく機能している。それ
が、「リアルに感じられる」というということなのでしょう。

 原作のSquad Leaderではそれほどでもなかった米軍が、続編のGIでは鬼のよ
う強くなったことはご愛敬としても、に30年を経て、まだ、現役を張ること
ができるすばらしいゲームですね。最近は、部隊規模の小さい戦争映画も増え
ていることですし、どこかで再販してくれないかなと思います。
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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/12−8/18号 「スコードリーダー」(その1)  
名前:    日付:9月2日(月) 21時14分
そうなんですよね、そもそも指揮官が機関銃を撃ちますからね。

ところでコズミックエンカウンターもいろいろとエキスパンションが出た後にシンプリーコズミックエンカウンターが出たのだから、シンプリースコードリーダーが出て欲しいものです。売れなくはないと思うのですが。
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週刊ボードゲーム通信 8/5−8/11号 「ファミリービジネス」 返信  引用 
名前:金七    日付:8月11日(日) 15時53分
 今週は10年以上前のカードゲーム「ファミリービジネス」を紹介します。ルール・カードの情報等全て英語表記ですが、普通入手できるものは、新和が輸入してルールの日本語訳をつけているものなので、プレイの支障に無いと思います。
カードのイラストも日本人が慣れているものとは違うので、ちょっと合わない方もいるかもしれません。

 「Family Business」(以降「FB」)は、アメリカ禁酒法(1919年)時代のギャング団抗争を扱ったゲームです。
ここで言うファミリーは、非合法組織(マフィア等)であり、このゲームにおけるその仕事(ビジネス)はずばり殺し合いです。
各プレイヤーは9人からなるファミリーを率いて、5枚(常時)のアクションカードを使って、他の全ファミリーの抹殺を目指します。
古いゲームなのでルールは省略しますが、数種類の暗殺カードとそれに対するリアクションカード・ガードカードを出し合うという、スタンダードなカードゲームです。

 システム的に特記する所の無いゲームですから、このゲームのメインはやはりテーマそのもの、と言う事になるでしょうか。
「FB」には6つのファミリー、計54人の構成員が登場しますが、全て実在した人物です、多分。(知らない人物が多いんです・・・)
ニューヨークファミリー(”ラッキー”ルチアーノ、マイヤー・ランスキー)、カポネファミリー(”アル”カポネ、”マシンガン”マクガーン)あたりはメジャーなので、それなりにわかると思います。
それにしても人物の多くが”ラッキー”のようなふたつ名を持っているのは、笑えるような笑えないような。
”暗殺者”や”マシンガン”などは、そのものずばりなので分かりやすいのですが、
”プリティー””キッドツイスト”あたりは殺人株式会社の構成員につけられているのがなんともブラック。
最強のアクションカード「聖バレンタインデーの大虐殺」も一応史実に基づいています。
「FB」で扱っているテーマについては、多くの映画・本が出ているので、予備知識を仕入れてからの方が、面白いかもしれません。
ちなみに登場人物には一切能力はありません。

 最後に注意を一つ。
たとえゲームといえど、人を殺したりするのが嫌だという方には「FB」は徹底的に向かないゲームです。
「ニュークリアウォー」ほどではありませんが、ある意味ウォーシミュレーションよりブラッディーです。
ウォーゲームにおいて除去されたユニットについては「これは戦闘力が無くなったという事で全滅したわけではない」と言い聞かせる事が可能ですが、
このゲームにおいて除去されたカードは、明らかに(非合法な手段で)殺されたものです。
「FB」のカード入れには「R.I.P」(安らかに眠れ)と書かれた場所があって、除去されたカードはそこに置くので、誤解のしようがありません。
最終的に生き残ったもの勝ちなのですが、防御よりは攻撃に重点を置いたプレイになると思います。

「FAMILY BUSINESS」 / MAYFARE GAMES
 1989年 / 2−6人 / 10分−60分
金七の個人的評価:3(ブラッディーな展開に抵抗の無い方だけでどうぞ)

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Re: 週刊ボードゲーム通信 8/5−8/11号 「ファミリービジネス」
名前:    日付:8月11日(日) 22時46分
ギャング映画の悲しさがよく表現されているゲームだと思います。 61-122-245-47.eonet.ne.jp (61.122.245.47) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)
無人島のまとめ 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:8月4日(日) 20時38分
週刊ボードゲーム通信 7/29-8/4

 えっと、再び1番手の鱶(fuka)に戻ってきたわけですが、このテーマもまとめるんですかね。総括するようなテーマでもない気がしますが…。

 やっぱり、Kenさんの『雀卓』の例を見ても分かるように、ボードを置く平らな場所の確保は問題のようですね。(それにしても雀卓を持参するとは…)。

 しかし、それよりも大問題なのはやはり「サバイバル」そのものでしょう。心に余裕がなければ、そして、金七氏の指摘のように2人以上いなければ、いかなボードゲームでも楽しめる心境ではないでしょうね。
 ボードゲーム史をひもといてみますと、人類が誕生した約400万年前以来、生きるや死ぬやで大変な時期に、さいころの原型ともいえる、2面さいころは誕生しているようです。その頃はそれで遊んでいる場合ではなく、きっと占いのようなものに使っていたのだと思います。(確認する術はないですが…)。
 その後、文明が生まれてくる頃には、動物の骨を使った「アストラガルス」という4面さいころが使われています。私はそれを、島根県立美術館でやっていた「ポンペイ展」で見たのですが、ローマ帝国の人たちは遊ぶ余裕があったみたいです。
 よって、無人島に漂着して生きるや死ぬやのサバイバル状態の時は、ボードゲームをしている余裕はないと結論します。さいころを使って、作業割り当てをするくらいでしょうか。

 横さんの、別冊「サバイバルガイド」はいいですが、「アウトドア サバイバル」をそんな遭難状態でプレイするのはブラックすぎませんか?(ちゅーか、そのものを入手するほうが困難な気もしますが…)。

 しかし、最も難しいのは、ボードゲームを持った状態で(しかもそのゲームが無事で)無人島に漂着するということでしょう。(…ということは防水加工が必要。or、コマが木製、プラスチック製で、ボードを地面に書くことができるもの?)。
 そして、何で食料を持っていないのか、100ぺん以上自問することでしょう。
 
 ではでは。今回はこれにて失礼します。

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Re: 無人島のまとめ
名前:    日付:8月5日(月) 0時58分
まとめごくろうさまです。

こういう軽めのテーマ(無人島へ漂着することじたいはシリアスだけど)も書きやすくていいですね。
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Re: 無人島のまとめ
名前:金七    日付:8月7日(水) 14時9分
やはりボードゲームは、心理的に余裕のある状況でプレイしたいですね。
たとえ無人島のようなシビアな状況でなくても、例えば今屋外(35℃ぐらい)でプレイするのもごめんこうむりたいです。
外的制約(時間・金銭)がまったくない、という意味の無人島なら良いんですけどね。
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無人島に持っていくゲーム 返信  引用 
名前:    日付:7月28日(日) 0時30分
週刊ボードゲーム通信 7/22−7/28号 (100回記念号!)

「アウトドア サバイバル」(J.F.Dunnigan, アバロンヒル,1972)。
このゲームこそ、無人島でのサバイバルをシュミレートしたゲームと言えます。

何も持たずに無人の荒野に放り出された状態で、ゲームは始まります。
食料と水を自力で確保して生き延びなければなりません。
マップは、1マスが5`bで、縦横が35マス×35マス、つまり170`b四方の広大な無人島とみなせます。

プレイヤーのコマはどんどん弱っていきます。
弱っていく様はコマのシルエットで表わされており、非常に生々しいです。
ライフレベルは、15段階あります。
始めの移動力は6ですが、徐々に減っていき最後の数ステップは0となります。
最後の数日は移動できなくなるのです。
水か食料がある地点であれば回復できますが、そうでない場所では死を待つのみです。
イベントチャートによって、運良く食料を獲得できることもあります。
死ぬ前の数ターンは、それを祈ってサイコロを振ることになります。
しかしどのみち先細りです。
いったん弱り始めたら早いです。
人間の無力さを感じます。
涙を誘います。

さて、漂着した無人島でこのボードゲームをすることはどうなのでしょうか。
まさにうってつけだと思います。

まず、水が重要さがよく分かります。
食料がなくなってもしばらくもちますが、水がなくなると早く死にます。
また、地形と寿命の関係も実感できます。
山は移動力がかかるため、体力が弱ってしまうと移動できなくなりそこで死にます。
砂漠へ行っても、よいことはありません。

また、このゲームをしていると、自分の実際のライフレベルが冷静に把握できてよいです。
「まだ10ステップ残っている」とか、「あと3ステップか・・」とか。
人間は極限状態になったときには、身体の強さのみならず精神的な強さが要となるそうです。
精神的に参ってしまうと、生い先は短いのです。
このボードゲームをプレイすることで自分を客観視する冷静さを保てれば、その分、長生きできるでしょう。
イベントチャートでよいことが起こるのは、きっと精神的に安定しているときなのでしょう。

それから一番重要なことなのですが、このゲームには別冊で「サバイバルガイド」("a primer about wilderness skills") が付いています。
そこで解説されている項目を挙げると、方角を知る方法、水の浄化方法、魚の捕まえ方、狩猟の方法、火のおこし方、シェルターの作り方、モールス信号、応急処置、毒蛇・毒草、天気予測などです。
23ページにおよぶ分量です。
英語で書かれているので理解できないところもあるでしょうが、図解もあり分かりやすいです。
持っているだけで安心できるでしょう。
この別冊があるだけでも、「アウトドア サバイバル」を無人島へ持っていく価値はあります。

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夏向けのホラーではないかもしれませんが
名前:金七    日付:8月7日(水) 14時0分
横さんの記事を見てすぐに、貴志祐介著「クリムゾンの迷宮」(角川ホラー文庫)を連想しました。
鱶さんに借りて読んだ本ですが、かなりサバイバルについて言及してあります。
作中でゲームブックもかなり重要な要素として登場するので、ゲームに興味のある方でもそれなりに楽しめると思います。
私は小説としてもわりと面白いと思いましたので、興味のある方はどうぞ。
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無人島に持っていくゲーム 返信  引用 
名前:Ken    日付:7月21日(日) 12時52分
週刊ボードゲーム通信 7/15−7/21号

『無人島に持っていくゲーム』3回目担当のKenです。今回は、私のキャンプ経験をもとに、無人島でプレイするのに適しているゲームのタイプを選んでみることにします。

私は、学生時代に何度かクラスの友達と一緒にキャンプをしていましたが、以下の点が他のキャンプ(?)とは異なっていました。
1) 山中でのキャンプとなるので、食事を取るにも薪拾いから始めるスタイルを取っていた。
2) 本当に山奥なので、周りには誰もいないひっそりと静まったところだった。
3) キャンプ中に麻雀で遊びたかったので、雀卓と牌もしくはカード型麻雀ゲームを山奥に持ち込んでいた。

1)ないし2)は、無人島に近い状況を、そして3)はボードゲームやカードゲームに置き換えてみますと、これらのキャンプ経験から得られた教訓が、今回のテーマの答えを導くのではないかと思いました。

麻雀キャンプは合計2回行いましたが、1回目は雀卓と牌を担いで山奥へ入って行きました。『雀卓』は、その名の通り牌を混ぜたり並べたりするには適していますが、人が担ぎやすい形には作られていません。当然、担いだ人は相当不満を漏らしていました。そして、キャンプ場へ到着しますと、「夕食の準備」「薪拾い」「キャンプ張り」等やることがたくさんあり、間違っても『ねえ、麻雀をやろうよ。』なんてのんきな事を発言する人がいる訳もなく、皆(4人)で作業を進めていました。初めのうちは騒ぎながら作業をしていたものの、後半になってくるとさすがに疲れたのか、皆作業を黙々と続けるだけになっていました。
さて、夕食も終わり、いよいよ麻雀タイムがやってくるわけですが、なぜか全員気力が萎えていました。そうです、キャンプそのものに体力を注ぎすぎため、疲れが見え始めた結果、麻雀をプレイすれども会話が殆どなく、結局は1半チャン(1時間くらい)遊んだ後は寝ざるを得ませんでした。

2回目は、1回目の反省を踏まえ、『雀卓』を持ち込むことはせず、代わりに『雀卓カードゲーム』を持っていきました。これはとても軽いので、運搬はとても楽でしたが、いざプレイを始めると、凸凹している床にカードを並べるのが難しく、捨て牌の順序が判らなくなり、プレイに支障をきたすことがありました。

dhcp024-208-236-034.twmi.rr.com (24.208.236.34)
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Re: 無人島に持っていくゲーム
名前:Ken    日付:7月21日(日) 12時53分
これらの経験をまとめますと、無人島に持っていくゲームは以下の3つの条件が少なくとも必要のようです。

■ 軽く、かさばらない、運搬しやすいゲーム
軽いこと、そしてかさばらないことが条件ですね。

■ ゲームボードがついているゲーム
駒やカードを並べることができる安定した場所が必要です。この点で、ゲーム用ボードがついていることが大切です。また、カードゲームを遊ぶのであれば、麻雀のように平らな場所を作り出す道具が別途必要です。

■ プレイヤー間で順位をつけることができるゲーム
ゲームに没頭するのも良いですが、無人島にいれば他にやることが山のようにあります。そんな中で、役割分担を決めるためにも、プレイヤー間で順位をつけることができ、いやな作業を最下位のプレイヤーがやるなどのルールを決めることができるゲームが良いです。

ゲームとしては、
モノポリー…勝ち抜けタイプ、負けた人はどんどん作業をしなさ〜い。
クク…軽い、平らなプレイスペースが殆どいらなさそう
などでしょうか。他にも、上記の条件が揃っていれば無人島でも遊びやすいと思います。

あと、サイコロについては、振った時にボードから転げ落ちて石の間に入り込んで取れなくなることがないように、カプセルの中でサイコロを振ることが出来るタイプ(が昔売られていたと思うのですが…)を使うことをお勧めします。

以上、まとめてみました。
dhcp024-208-236-034.twmi.rr.com (24.208.236.34) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.0; Q312461; Hotbar 3.0; .NET CLR 1.0.3705; MSN 6.1; MSNbMSFT; MSNmja-jp; MSNc00)


勝ち抜けゲーム
名前:金七    日付:8月7日(水) 13時48分
敗者に仕事をやってもらうのは良いかもしれません。
大学の頃は食料補給役が割り当てられていたような記憶が・・・。
無人島の場合、サバイバルがかかっているので、勝負が相当真剣味を帯びそうな気はします。
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無人島に持っていくゲーム 返信  引用 
名前:金七    日付:7月14日(日) 16時48分
   週刊ボードゲーム通信 7/8−7/14号

 無人島二番目の漂着者金七です。
「無人島に持っていくものは?」という設問は、自分にとって一番大切なものを聞く時によく使われています。
鱶さんも書いていますが、一番好きなゲームを答えるのも芸が無いので、ここでは「文字どうり、自分以外誰もいない状況」を想定します。

 単純に考えて、ソロプレイ可能なゲームがよさそうですが、果たしてその状況において一人でゲームをやるでしょうか?
私は多分しないと思います。
大好きな本や、地図の類なら目を通すかもしれませんが、ボードゲームのことは考えないでしょう。
やはり一緒にプレイする人がいてこそのボードゲームです。
良いゲームならどんな人とプレイしても楽しめるとはいえ、最低限相手が必要になります。良いゲーム仲間とならどんなゲームでも楽しめます−たとえ何も無い状態でも。

 それでも何か一つ選べといわれれば、一人でも遊びやすいシミュレーションの中から、「ナポレオン帝国の崩壊」「WAR AT SEA」あたりを選ぶ事になりそうです。
この辺のゲームは歴史性もあるので、空想(妄想)がしやすい気がします。
この点において、最近のドイツゲームはよく出来ているとはいえ、物語が無いので辛そうです。
トランプなどは応用が利いて良いかな、と思わないでもなかったのですが、これまた相手がいなくてはただのカードと化しそうです。

 人がいないところでは役に立たないボードゲームは、例えば本などに比べて価値が低いかといえば、もちろんそんな事は無いです。
もともと私たちは、沢山ある中から「ボードゲーム」という趣味?を選んだのであって、それしかない、という状況で選ぶよりは意味のある事でしょうから。

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「無人島に持っていくゲーム」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:7月7日(日) 20時56分
週刊ボードゲーム通信 七夕号

 前回のテーマはちょっと大きすぎましたね。今回は、「無人島に持っていくゲーム」です。

 さてさて、今回のこのテーマ、「単純に最も好きなゲーム」なら、ボゲ通おなじみの「ラー」とか「エルグランデ」とか、近年では「バトルライン」とかが出るんでしょうけど…。それじゃあ面白くない気がします。
 無人島向きのゲームの分析を思いつくままに書いてみます。

 無人島に漂着するということは、いつ帰れるか分からない状態な訳ですから、何回やっても飽きないゲームがいいでしょうね。交渉の入るゲームとかはチームワークに支障をきたしそう?
 以下は無人島でゲームをするにあたって考えられる問題点です。
・夜が暗い(長時間ゲームは向かない)。
・風でコマやカードが飛ぶかも。
・ボードを置く平らな場所の確保(土の上には置きたくないが…)。 

 実際にもし無人島に漂着してしまった場合、まずもって、ボードゲームをする心境か、というのが結構疑問です。無人島ツアーとかならともかく、サバイバルの必要があるとすると、ゲームやってる場合じゃなさそうですよね。私はわりとサバイバルができないほうなので、考えるゲームはできなくなってしまうかも。とすると、残るは「べったん」とか…??

 無人島の問題点、個人的資質をともかくとすると、「ティカル」なんかはいいかもしれません。手番の人はボードに集中して、それ以外の手持ち無沙汰な人は、海を眺めて船が通りかかるのを見ることができるからです。どーでしょう。ベスト・オブ・無人島ゲームでは?
 そして、私が選ぶワースト・オブ・無人島ゲームは…「マンマミーヤ」。手番以外でも場を見とく必要があり、さらにお腹がすくからです。

 無人島ツアーで、豪華宿泊施設等完備で、仕事のことを忘れて1か月ほどゲームざんまい。未プレイゲームをこの機会になくして、さらにお気に入りゲームもあきる寸前までプレイする、というのが一番いいんですが…。
 とりあえず初回はこれにて。

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Re: 「無人島に持っていくゲーム」
名前:金七    日付:7月11日(木) 10時55分
真剣にやると消耗するゲームもあるので、一ヶ月ゲーム三昧は無理かもしれません。
時間や場所を気にせずにやりたい時に出来ればいいんですが、そうなると退職後−60歳を越えた現役ゲーマーはおられるのでしょうか?
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定年後
名前:    日付:7月27日(土) 1時5分
将棋とか囲碁の世界だと、60歳を越えた現役はたくさんいるでしょう。

あと25年くらいしたら、60歳を越えた現役ボードゲーマーが出現してくるんだろうか。

他の分野でも、それくらい経ったら60歳を越えた現役マニアが出現するのか・・
そして、その世代の人達がその分野で最も先行しているとなると、どんなんなんだろうか・・・
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サッカーボードゲーム紹介 返信  引用 
名前:    日付:6月30日(日) 19時25分
週刊ボードゲーム通信 6/24−6/30号

 今回はサッカーゲームシリーズの最終回なので、今まで取り上げられなかったサッカーボードゲームをいっきに紹介します。プレイしたことがないゲームばかりですが、ご容赦くださいませ。

「がんばれキッカーズゲーム」
 エポック社の15年ほど昔のボードゲーム。1000円のジュニアボードゲームシリーズの1つ。15マス*25マスのフィールド。選手ユニット5つずつ持ち、移動させるゲームです。シュートカードとハプニングカードによってゲームの流れが処理されるようです。タックル表等もあり、いろいろと考えられているのかもしれません。

「ファイナル(Finale)」
 KOSMOS社のカードゲーム。選手カードには能力が設定されています。作戦カードを使い駆け引きをします。判定はサイコロによって行います。選手カードの能力を較べて判定することや、活動した選手が横向きになることなど、マジックザギャザリングに似たイメージです。

「レジスタ(Regista)」
 ヘックスで区切られたフィールドの上で選手ユニットを移動させ、ボールをパスしていきます。判定はサイコロを使います。シュミレーションっぽさが出ていそう。1980円と安い。

「サッカーゲーム」(「サッカーゲームDX」「サッカーゲームジャンボ」)
 選手を前後に動かしてボールを奪いあう、あの物理的なサッカーゲーム。エポック社の以前の広告によると、3種類出てあり、それぞれ3950円、7850円、13800円。値段が高いものほど大きく、豪華です。しかし一番大きなものでも選手は8名です。プレイ中、ボールがしょっちゅう外へ飛び出しそうなイメージです。練習してうまくなると面白くなるのかもしれません。

「フーズボール(Foosball)」
 串刺しになった選手を回してボールを奪いあう、物理的なサッカーゲーム。選手は13人。プレイする人にとってはスポーツに近く、ボードゲームというよりもビリヤードのようなものでしょう。

「チップキック」
 同様に物理的なゲーム。プレイヤーは各1体の人形を持ちボールを蹴らせる。ボールが多面体サイコロになっており、その目により攻守が決まるというところが興味深い。ドイツ製、9800円。

「スブーティオ テーブルサッカー」
 これも物理的なゲームです。選手ユニット(起き上がりこぼしになっているフィギュア)をおはじきの要領ではじき、ボールを蹴ります。相手のユニットにボールが当たると、攻守は入れ代わります。それっぽくて面白そうです。

「モノポリー ワールドカップ98エディション」
 まぎれもなくモノポリー。違いは、土地がチームになっていること、イベントカードがサッカーの話題になっていること、サイコロが12面体であること。ところで、パークプレースはドイツ、ボードウォークはブラジルとなっています。

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Re: サッカーボードゲーム紹介
名前:    日付:6月30日(日) 19時26分
 「ゲームグラフィックス」の88年11月号の連載記事「シュミレーションゲームゼミナール」(尾崎由洋)では、スポーツのボードゲーム化について論じられていました。それによると、サッカーのように攻撃側と防御側が常に交代し、行動の区切りが明確ではないスポーツはボードゲームにするのは不適当だと説明されています。対照的に、野球やアメフトはボードゲームにしやすく、実際にそれらのボードゲームはいくつもある、ということです。確かに見渡してみると、サッカーボードゲームにこれといったものがありません。
 また「わざわざスポーツをボードゲームでしてどこが面白いの?と言う人もいるが、スポーツボードゲームは見る立場で楽しむものだ」ということが述べられています。なるほど、そのとおりだと思います。これができるのがゲーマーなのでしょう。
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(untitled)
名前:金七    日付:7月11日(木) 11時4分
結構沢山あるものですね。
物理的な「サッカー盤」だけはちょっと勘弁して欲しい気もします。
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Re: サッカーボードゲーム紹介
名前:    日付:7月19日(金) 23時21分
このあいだ、物理的な「サッカー盤」ワールドカップバージョンをパチンコ屋のショーウインドーで見ました。
変更点は不明。
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「MY TEAM」 返信  引用 
名前:金七    日付:6月23日(日) 1時50分
 今週もワールドカップに合わせてサッカーゲームを取り上げます。
大会の方は先程ベスト4が決まったところですが、予想外な顔ぶれになりました。
ボードゲームには関係ないのでそれについての感想は泣く泣くカット。
しかしながら、今回紹介するゲームは、入手困難な上に書くこともあまりない内容なので「熱くサッカーを語りたい」誘惑に駆られます(笑)。
もともとサッカーのボードゲームをあまり知らない上に、狙っていた「レジスタ」のプレイが間に合わなかったので、今回はネタとわりきって「MY TEAM」というゲームを取り上げます。

 「MY TEAM」は鱶さんがサッカーの母国イングランドのロンドンでお土産に買ってきてくれたものです。
ルール、カードの情報等全て英語ですが、ルールも英語も簡単なので中学生程度の語学力があればプレイ可能でしょう。
ゲームは、赤チームカード22枚、青チームカード22枚、ゴールチャンスカード18枚、その他(ルールもカードに書いてある)4枚、合計66枚のカードで構成されていて、カードは全て普通のトランプ程度の大きさです。
それぞれのチームカードには、11枚の「シューティングチャンスカード」と11枚の「フットボールプレイヤーカード」があります。
ゴールチャンスカードは10枚の「ゴールカード」と8枚の「ミスカード」からなります。

 ゲームの進行は、まず担当のチームカードをシャッフルして11枚ずつ伏せておきます。
次にプレイヤーは交互に1枚づつチームカードをめくっていき、「シューティングチャンスカード」の次に「フットボールプレイヤーカード」を引くと、「ゴールチャンスカード」が引けます。
このときゴールカードを引けば得点になります。
双方11枚引き終えると前半終了、順番を変えて残り11枚のチームカードを引いていきます。
全てのチームカードを引き終えた時点で、得点の多いほうの勝ちです。

 恐ろしい事にこのゲームのルールは大体これだけです。
プレイヤーは、カードをシャッフルしてめくっていくだけという運100%のゲーム(と言うのもためらわれますが)です。
ちなみに双方のプレイヤーは完全に没交渉で、つい先程敵陣に突き刺したはずのボールが、次の瞬間には味方ゴールのネットを揺らしているという、ダイナミックな攻守の切り替えは見事というほかありません(笑)。
同点で試合終了になるとPK戦ですが、大体想像がつくとうり、ゴールチャンスカードを引いていくだけです。

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(untitled)
名前:金七    日付:6月23日(日) 1時51分
 最後にこのゲームのコンポーネントですが、「フットボールプレイヤーカード」以外は、そのカードの役割を英語で書いてあるだけのシンプルなものです。
「フットボールプレイヤーカード」には、中が空白になっているフィールドプレイヤーのシルエットがプリントしてあります。
その空白の部分に、お気に入りのチームのユニフォームや、選手の顔を書きこんで(下には名前を書く空欄もある)、お気に入りの「MY TEAM」を作ってください、とその他のカードには書いてありました。
選手の肖像権とかコストとか、そういう俗な問題でこの手抜−もとい、シンプルなデザインになったわけではないようです。
ゲームに必要ないので、選手個々の能力はありません。
シルエットでゴールキーパーだけは個別認識できますが、このゴールキーパーも普通に得点します(敵のゴールはまったく防いでくれませんが)。

 一体全体このゲーム?はどのあたりをターゲットにしているのか皆目判りません。
サッカーファンもカードゲームファンも裸足で逃げ出す代物です。
意外と長い記事になってしまいましたが(私の短所です)、二度とする事はないであろうこのゲームを、少しでも有効に使ってやろうというせこい考えからでして、ゲーム自体の価値は↓であることを断言しておきます。

「MY TEAM」 / Mike Taylor(作・発行)
1999年 / 1・2人用 / 1−5分
金七の個人的評価:1(鱶さんも同意してくれるでしょう・・・)
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Re: 「MY TEAM」
名前:鱶(fuka)    日付:6月29日(土) 22時15分
でも、1をつけるということはゲームとして評価している…。
 ちょっと、「ゲームちゃうやん」と叫びたくなりました。でもやっぱりゲームか…。
 はっきり言って「坊主めくり」の方が数倍面白い(数倍っつーのも問題だが)。
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サッカー ワールドカップチャンピオン カードゲーム 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:6月16日(日) 21時42分
週刊ボードゲーム通信 6/10?6/16号

 「いよいよ6月30日。日本が決勝まで駒を進めることを、誰が予想したでしょうか。相手はドイツ。両チームとも1次リーグから無敗でこの日を迎えました。…」
とかいう気分を一足先に味わうために、このゲーム。
「サッカー ワールドカップチャンピオン カードゲーム 日本対ドイツ戦」(←そのまんまなタイトル…)。

 ゲームとしては非常に簡単なカードゲームです。各々オフェンス・ディフェンス・シュート・キーパーのカードを1セット持ちます。フィールド上のボールをオフェンス側はオフェンスカードを使って進め、ディフェンス側はディフェンスカードを使って防ぎます。オフェンスにはドリブル(前進)、ショートパス(前進)、ロングパス(2マス前進)の3種類があります。ディフェンスカードは、タックル(ドリブルを止め、攻守交替)、パスカット(ショートパス、ロングパスを止め、攻守交替)、オフサイドトラップ(ロングパスを止め、攻守交替)があります。2人が同時にカードを出し、その結果により、フィールド上をボールが進みます。
 シュートゾーンに達したら、今度はシュートカードと、キーパーカードで勝負します。シュートカードは正面、右端、左端と、1枚だけ弾丸シュート(キーパーブロック以外は得点)があります。キーパーカードは正面、右端、左端、正面と右端、正面と左端、ブロック(どんなシュートも防げるが、もう一度シュートチャンスを与えてしまう)があります。
 いずれのカードも使い捨てです。

 チームによってカードの構成が違い、ドリブル主体、パス主体、などとあるようです。ディフェンスカードには無条件で負けてしまう、ミスプレーカードもあるのですが、ドイツは1枚、日本はなんと3枚も入っていました。 

 ちょっとした、“残りカードカウント”要素とか、“ゴール直前でロングパスはないやろー”的心理要素もあるので、ただのカード出しゲーではないですが、たいしたこともないです。

 他のチームのカードセットもあるようでしたが、半年前ぐらいに私が東急ハンズで見かけたときには、これしかありませんでした。
 たいしたことのないゲームではありますが、時節柄、結構盛り上がらなくもないかもしれません。(そうかー?)
  
「サッカー ワールドカップチャンピオン カードゲーム 日本対ドイツ戦」
エンゼル商事(発売), 1993
2人
鱶(fuka)の個人的評価:2(不満) 誘われてもそんなにしたくないかな…

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盛り上がるサッカーゲーム
名前:金七    日付:7月11日(木) 11時8分
やはりコンシューマーでしょう。
プロ選手(国内・海外)も結構やってますし、「ウイニングイレブン」なんかは、私が参加しているチームでも評判いいです。
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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 (まとめ) 返信  引用 
名前:    日付:6月10日(月) 1時44分
週刊ボードゲーム通信  6/3-6/9号

 ボードゲームが好きな人は、ゲームをするときには論理的に行動を決定することを好みます。そしてそのときに目指すゴールは勝利です。
 それゆえに、論理的な行動がとれないときには困ります。
 例えば、勝利できないことが確定してしまったときです。勝利というゴールがなくなってしまうと、他に目指すものを設定しなければなりません。それは順位を上げるということになるでしょう。しかし、5位の自分が4位を目指して頑張るというのもいまひとつ張り合いがありませんし、それほど楽しいことでもありません。こういう状況になると多少手をぬいたプレイになることは仕方がないです。
 また、三国志演義のように、論理的に行動が決められない場面が多いゲームもあります。こういうゲームでのプレイの仕方は、勝利の可能性がなくなったときよりも難しいです。

 論理的な行動がとれないゲームは、完成度の低いゲームと評価して切り捨ててしまってよいと思います。ゲームの中盤あたりで勝利が絶望的になってしまうことがあるゲームも、完成度は低いと言えると思います。
 ボードゲームをするときに勝利を目指さない人(論理的に行動を決定しようとしない人)は、実際にはとても少ないと思います。経験不足やミスのために論理的に行動できない場合もありますが、それは結果であって、スタンスとしては論理的行動をとっています。
 勝利を目指さないプレイは、プレイスタイルととらえるべきではありません。勝利を目指さない人は困った人ととらえて、対処法を考えるべきなのです。しかしそういう人がボードゲームを好きになることはあまりないでしょうから、現状では問題視するほどのことでもないと思われます。

 結局のところ、論理的に行動を決定しようとしてもできないのは、プレイヤーのせいではなく、そのゲームのできがわるいせいです。そのようなゲームは敬遠するか、そういうタイプのゲームと割り切って論理的な行動にはこだわらずプレイするのがよいのです。
 
 どうやら、ボードゲームの範囲をどうとらえるか、というところに遡っていかなければならないようです。我々にとって、ボードゲームというと近年のドイツ製ボードゲームが中心であり、その中でも特に論理的に行動を決定できる種類のゲームです。このように限定すると、ボードゲームのプレイスタイルとしては、勝利を目指すこと(論理的に行動を決定すること)以外はありえません。
 ゆえに、論理的に行動を決定できることや、ゲームの終盤になっても勝利を目指すことができることが、ゲームのできのよさのを測る尺度となります。

 以上、今回は論考の「起承転結」の「転結」の部分をいっきに述べてしまいました。
 今後、考察の余地がある事柄としては、プレイスタイルとして他にはどのようなものがあるか、そのプレイスタイルとボードゲームへの関心の相関関係はあるか、負けが確定したプレイヤーのための行動指針、勝利を目指さないプレイヤーがおもしろいと感じるゲームの特性、論理的行動がとれる度合いの5段階尺度の作成(個別ゲームの評価のために)・・・でしょうか。

61-122-245-194.eonet.ne.jp (61.122.245.194)
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Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 (まとめ)
名前:    日付:6月14日(金) 23時27分
ハンドヘルドPCで今回の記事を書きました。画面が小さく、キーボードも小さくて打ちにくいので、記事も短めになったようです。 61-122-245-10.eonet.ne.jp (61.122.245.10) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)


Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 (まとめ)
名前:Ken    日付:6月17日(月) 0時18分
勝利が確定しなくなったプレイヤーの対応方法は、ゲームのルールによって「負けたプレイヤーが抜ける」型と「負け続けてもプレイできる」型に分類できると思いますが、「負け抜け」型のボードゲームについては、負けて抜けてしまったプレイヤーが、次のゲームをプレイするまで退屈をすること考え、敬遠しがちでした。しかし、ルールの面から考えるとプレイしている本人の面白さを保つための救済処置(?)とも捉えることができることに気づきました。


〜ひとりごと〜 Talking To Myself

 横さんが言われている「ハンドヘルドPCを使うと、記事が短くなる」のは、私にも同じ経験があります。画面が小さいと文書の全体像を把握するために、何度も画面をスクロールさせる必要があるのですが、これが結構面倒だったりします。

 私の場合、記事を書く時は、天気の良い日にノートパソコンを抱えてコーヒーショップ「スター・バックス」へ出かけ、そこで一気に仕上げるようにしています。電源は、店員に断わった上で壁際のコンセントを利用していますので、バッテリーが切れる心配はありませんが、コーヒー1杯で2〜3時間居座る人は私のほか、学生さんくらいでしょうか(あと、店の外で日向ぼっこをして居眠りをしているおじいさんも...)。
 後は、家に帰ってきてから見直した後、2割〜4割ほど内容を短くします(実は、あの文書でも短くしているんです...)。
 今回のテーマについても「プレイヤーの行動が、ゲームのルールを通じてどのように反映されるか」といった考察を途中まで行っていましたが、掲載締め切りの都合上、その部分を割愛しました。またの機会に書ければ良いかな...と。
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(untitled)
名前:金七    日付:7月11日(木) 11時14分
まとめありがとうございます。
今回はテーマが大きくて大変だったと思います。
ゲームにおいて論理的行動が取れる度合いは、支局において「戦略」で評価していますので、興味のある方はどうぞ。
まだまだ数が少ないのですが・・・。
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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 返信  引用 
名前:Ken    日付:6月3日(月) 5時30分
  週刊ボードゲーム通信 5/27−6/2号

 テーマ「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」の第4回目です。すでに3名の方がそれぞれ意見を述べられていますが、結論に辿り着くまでの道のりは長いように感じます。私の段階で、ようやく「承」を出し切ったかどうかいったところです。
 私の場合も、他の方と同様に、自分のプレイスタイルについて述べ、それから共存について論じることにします。

 まず、自分のプレイスタイルは、「手を考えてから行動を取るまでの過程を楽しみ、その場の最善手を考えて実施する。」です。”過程を楽しみ、”と書きましたが、これは自分自身の中で楽しむだけではなく、その行動や過程を相手プレイヤーに説明し、納得してもらうことまでを含んでいます。このあたりは、金七さんが言われている『私達はプレイ中に最善手を声に出して検討しながら進める』スタイルにとても似ています。
 しかし、プレイを続けていますと、自分の取った行動が説明できないケースに遭遇することが度々あります。例えば、「モノポリーで、相手のホテルが建っているマスに止まり、お金を払う」行動は、サイコロの目によって決まるものであり、自分自身の力ではどうしよう場合などです。この場合、プレイの説明ができないばかりか、プレイ自体に納得がいかないことがあり、ストレスを感じるときが何度かありました。さらに、先ほどの逆のケースで、私のホテルが建っているマスに止まった不幸な相手プレイヤーからお金をもらうのも何だか気が引けてしまいます。これらの状況は、横さんの「論理的な行動が決定できないとき」に含まれると考えています。
 結局、私の場合は過程を楽しみながらプレイをするものの、最善手を考えるといった点においては勝利を目指すプレイスタイルに属することになると思います。

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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」続き
名前:Ken    日付:6月3日(月) 5時31分
 さて、「勝利を目指すプレイヤーとそうでないプレイヤーの共存」ですが、結論からしますと共存は難しいと考えています。共存について話を進める前に、まずは勝利を目指すプレイヤーについて焦点を絞り、そこから共存の可能性へとの話を進めていきます。

 大抵のゲームは、ルールに「得点を一番稼いだ」もしくは「一番早く手札を無くした」ように、一人のプレイヤーが勝利者になるように勝利条件を設けてあります。この条件の中では、勝利を目指してるプレイヤーが勝つためには、少なくとも他の全プレイヤーには負けてもらう必要があります。このことから、勝利を得るための行動は、「自分よりも勝利条件に近いプレイヤーを追い越す」と「勝利条件から遠いプレイヤーは、追いつかれないように手を打つ」の2つに大きく分類することができます。結果として、プレイヤーは無意識の内にこれら2つの行動のいずれか、もしくはそれらを合わせた行動を取っていると思われます。
 ここで重要となるのは、プレイヤーと勝利条件の距離と、プレイヤー間の距離関係です。距離が近い状態とは、そのゲームにおいて勝利する可能性が高いことを表しており、逆に遠いときは勝利する可能性が低いことを意味します。プレイヤー間の距離の関係を以下の4段階に分け、それぞれについてプレイヤーが取るべき行動を経験則に基づいて話を進めます。

 まず初めに、勝利条件が他のどのプレイヤーよりも一番近い状態、つまり1位をキープしており他のプレイヤーから首位の座を常に狙われている状態では、自分を追従するプレイヤーを次々と攻撃する行動を取ることになります。また、この状態は、「自分対他の全プレイヤー」という孤独の戦いになることが良くありますが、気にせずにプレイしましょう。

 次に、勝利条件にそこそこ近い状態、つまりは2位もしくは3位あたりに位置している時は、首位を奪うために1位のプレイヤーを攻撃する行動と、自分よりも勝利条件から遠いプレイヤーを足場にして首位を奪う行動があります。ただし、足場となる相手を狙う時は、後ほどで逆恨みを買わないように行動するよう注意が必要です。

 更に勝利条件から遠ざかると、プレイヤーの中では下位のグループに属し、すぐに勝利を掴むことが出来ない状態になります。このような状態で勝利を掴もうとすれば、自分よりも下位のプレイヤーは少ないことから、矛先を自分よりも上位のプレイヤーに向けることになります。しかし、上位は上位同士で競り合っていますので、その中に殴り込みをかける形となり、上位のプレイヤーからすると「なぜ私が(狙われたのだろう)?」と感じさせる場面が時折発生します。

 さて、更に勝利条件から遠ざかり、逆立ちをしても逆転ができない状態になりますと、プレイヤーの頭の中で「勝利を獲得する」ことができないのに「勝利を目指す」ことに大きな疑問を持ち始めます。あくまで冷静なプレイヤーは、そんな状態の中でも最善手を考えて行動を取りますが、冷静さを失ったプレイヤー(これは私かも)は他のプレイヤーが全く予期せぬ行動に出た結果、自称被害者(?)があちこちで発生することになります。
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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」続き
名前:Ken    日付:6月3日(月) 5時33分
 このように見ますと、特に下位グループに属するプレイヤーが上位グループのプレイヤーに対して影響を及ぼす行動を取るときに、自称被害者が発生しやすいことが判ります。しかし、実際には自称被害者がたくさん発生するわけではありません。この理由は、全プレイヤーが、その場の最善手を常に打っているからと考えています。
 最善手を打つことの効用は2つあると考えています。1つは、その行動が他のプレイヤーに説明・説得できるため被害者意識が生まれないこと、そしてもう1つは、自分が下位グループに属している場合、相手プレイヤーの行動が自分に取って不利益となることが少ないため,いつでも上位グループに上がれる機会が生まれることです。
 特に後者についてですが、ゲームの中において、一人のプレイヤーが取ることのできる行動範囲や影響力は、ゲームのルール等によって限られています。つまり、下位に属するプレイヤーが上位へ食い込もうとすれば、自分の行動だけではどうしようもなく、自然と他のプレイヤーの行動が自分に有利に働くよう期待をかけることになります。例えば、自分が下位に属している場合などでは、他のプレイヤーには、自分ではなく上位に属しているプレイヤーと競ってもらいたいし、もしくは自分に有利となる行動を取ってもらいたいと願う場合などがそうです。

 勝利を目指すプレイヤー同士でプレイした場合、先ほどのように自分だけでなく他のプレイヤーの行動にも期待をかけながれプレイが出来ますが、ここで「勝利を目指さないプレイヤー」が存在する場合、そのプレイヤーの行動を期待できないばかりか、最悪の場合、予期せぬ行動から来る被害を受けることがあります。このような状態になりますと、勝利を目指すプレイヤーにとっては面白いと感じることが難しくなってきます。

 まとめますと、「他のプレイヤーの行動が自分の期待した行動と異なる」ことが原因となって、「勝利を目指すプレイヤーとそうでないプレイヤーの共存」を困難にすると考えています。


 最後に、プレイスタイルとボードゲームへの関心の相関関係ですが、強い関係はないと考えています。ただプレイスタイルについて感じていることは、スポーツに参加している時と同じように、競い合うことや、プレイの中身を向上させることに喜びを感じるのであれば、ボードゲームへ関心を示す素質は十分にあると思われます。

 今回は、「勝利を目指さないプレイヤー同士で遊ぶケース」や「勝利を目指さないプレイヤーが面白いと感じるゲームの特性」について今回は述べていませんが、この辺りで終わりにしたいと思います。
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Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:    日付:6月7日(金) 22時30分
力作ごくろうさまです。

ところで、今回のシリーズは量が多いので印刷したら12枚にもなりました。収拾をつけていくのはたいへんだなあと感じていたけど、どうりで。

このホームページを印刷した(紙で見た)のは初めてだったのですが、字が多かったことを改めて実感しました。
考えてみれば、掲示板の文字数制限を越えて書くことなど普通はまずないけど、それがあたり前になってますもんね(笑)
61-122-245-133.eonet.ne.jp (61.122.245.133) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98)


(untitled)
名前:金七    日付:7月11日(木) 11時22分
もはや普通の意味での掲示板とはいえませんね。
こうしてレスをつけるときはともかく、原稿をアップする時は特に。
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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 返信  引用 
名前:金七    日付:5月26日(日) 1時45分
   週刊ボードゲーム通信 5/20−5/26号

 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」第三回担当の金七です。
初回横さんが丁寧に道筋をつけてくださっていますが、私の回で「転」になりそうもありません。
まだ話しを収斂させる段階ではないと思いますので、私なりに議論を続けていきます。
ここでは答えを探すのでなく、鱶さん同様、自分の考え方を提示する事によって様々な見方を提供できれば、と考えています。
また、その流れの中で横さんの設定した問題に対する見解を可能な限り出していきます。

 最初に自分のプレイスタンスを書いておくと、「プレイ中は常に勝利を、不可能になったら少しでもそれに近い状態を目指して行動する」というものです。
誤解を恐れずに言えば、プレイ中に交渉・駆け引きの相手としては他プレイヤーの存在を考慮しますが、「他の人のために」プレイする事はありませんし、他の人にそうして欲しいとも思いません。
それぞれが勝利を目指す事(没交渉という意味でなく)で楽しさが引き出される、それが私にとって「共存可能な」良いゲームです。

 このあたり、私の嗜好がはっきり現れたところで、勝利を目指すのに色々な方法があり、その選択にそれぞれのスタンスが現れるのはよいのですが、
一つの道筋(記憶や計算)における優劣や、どれだけ積極的にプレイに参加しようとしたか(盛り上げようとしたか)、にそれぞれのプレイヤーの違いが現れるゲームは苦手です。
苦手なゲームの具体例を挙げれば、前者に当たるのが「コントール」であり、後者が「コスミックエンカウンター」です。
ライトなパーティーゲームに点が辛かったり、私が結局TRPGになじめなかったのもこのへんに理由があると思っています。

 さて多分私が今まで一番数多く一緒にプレイしたのは鱶さんなので、私達は共存可能なのでしょう。(笑)
そこで共存の例として、前回の鱶さんの記事に関連させて話を進めてみます。
私のほうが勝利を重視するプレイヤーですが(多分)、お互い大前提として「プレイヤーが楽しかったと感じないことにはプレイの意味はありません」(横さん)という点は共有しているので、特に問題は生じません。
私も「戦争と平和」(評価掲示板でも書きましたが、救済策が不充分というより、それが必要なゲームシステムが問題だと思う)で100連勝しても全然嬉しくないです。
お互いが楽しんだ上で勝てたら最高、という事ですね。

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(untitled)
名前:金七    日付:5月26日(日) 1時46分
 「三国志演義」はまぐ版34号に書いたように、ルールが大まか過ぎて行動に理論的答えが出しにくいので、「三国志好き用のパーティーゲーム」と思っています。
したがって、鱶さんにとってはつらいゲームだったようですし、私も大して評価しているゲームではありません。
それでも大学時代にはサークルのメンバーとかなりやりこみましたし、その時はそれなりに楽しみました(鱶さんもつまらなかったわけではない、とフォローしてくれています)。
この事から、ゲームによって同じ人でもプレイスタイルを変えているのではないかと考えられます(あるいは自然に変わっているというべきか)。
少なくとも私に関して言えば、「三国志演義」でも勝利を目指してプレイしていましたが、勝利への道筋があいまいな分、スタンスはやや変わっていたと思います。
最近は時にしたいとも思いませんから、時とともに変化しているのかもしれません(歳を取ったというやつです)。

 「ラー」「エルグランデ」は共通して評価の高い、私達にとって「共存可能」な良いゲームなのですが、全ての人にとって、ではないでしょう。
これは驚く方もおられるかもしれませんが、私達はプレイ中に最善手を声に出して検討しながら進めたりします。
まるで将棋の感想戦(対局後にいろんな手を検討しあう)のような趣ですが(笑)、その場では効率の良い手段でも、その後の状況によっては必ずしも最善手とはなり得ないこの二つのゲームでは、プレイの妨げにはなりませんし、かえって一緒にプレイしている感じがして私は好きです。(初めての人にも説明しやすい)
ただし、「カール大帝」でこの方法を取ると、終盤の煮詰まった段階でお互いの検討によって勝敗が見えてしまうという、非常にしまらない終わり方になってしまうので、「カール大帝」はあまり私達の共存?に適していないゲームだといえます。

 次に勝ち目がなくなった場合の行動ですが、鱶さんが不定期刊の方で少し書いている「負け確定プレイヤーの最終行動によってダメージを受け憤然としたプレイヤー」というのは私です(笑)。
その時に鱶さんと話したのが「負けが確定しているプレイヤーは、とりあえず自分が一番有利になるようにプレイするのがいいのかなあ」というものです。
ちなみに私が体温を上げたのは、私の不利益になる行動が大して負け確定プレイヤーの利益にもならない行動だったからです(笑)。
おかげで大変意外性の有る、面白いアクションではありました(涙)。
「マンハッタン」においてなら、もう逆転不可能だと判っている時でも、少しでも自分の点を積み重ねるようにプレイします。
この時、競り合っているプレイヤーの片方だけにダメージを与える場合でもあまり考慮しません。
先の私が憤慨した例はこういった行動の報いという気もしてきました(笑)。
それでも自分の行動に合理性があれば少しは納得してもらえると思うのですがどうでしょう?
あらかじめその事を当事者に伝えておくべきかとは思います。
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名前:金七    日付:5月26日(日) 1時48分
 さてここまで長々と書き連ねてきましたが、最後に残った問題提起に対する私見と付け足しを。
少々矛盾しているかもしれませんが、「プレイヤーが楽しかったと感じないことにはプレイの意味はありません」という見地から、私は勝利を目指すプレイヤーと目指さないプレイヤーの共存は難しいと思います。
横さんが指摘しているように単純に共ににプレイする事は可能ですが、それが楽しいかといわれるとちょと…。
和気藹々のゲームで血眼になっている人や、一人だけ受けねらいのプレイをしている人を想像してみてください。
私はどちらかというと「勝利を目指す」プレイヤーですが、付け加えるなら「他のプレイヤーに勝つのが楽しい」のではなく「他のプレイヤーと競う(協力する)のが楽しい」のです。
勝利を目指しているという前提で、他プレイヤーとの交流や過程を楽しむのはむしろ当然ですが、端から勝敗を度外視した行動をされると、私はプレイする意味に疑問を感じます。
また、勝利を目指して行動していたが、あまりにも先が見えてきたので少し手を抜いたりするのも、私はあまり好きではありません。
展開に偏りがあったのならそこで判定勝ちにして再プレイすればいいですし(PC版天下統一や信長の野望で全国完全統一までやらなければいけない訳ではないように)、
ルールに問題があるのならば変更してみればいいですし、ゲーム自体がどうしようもなかったり、プレイヤー間の技量差があるのなら、ゲームを変えてみればいいと思います。

 ちなみに、私は「どんなゲームでもやってみれば面白いところがある」という意見にはあまり賛成ではありません。
確かにそういう面はありますが、無理に面白いところを捜すよりは、他にもっと素直に楽しめるゲームをした方がいいと思います(そこに辛口なレビューの存在意義があるかなと)。
「やりこんでみたら実は面白かった」というゲームでも、いくら何でも最初から最悪な印象は与えないものだという経験則がありますし。

 本題に戻りますと、共存が困難だとすれば、相手がいなくなるという問題が考えられますが、これは先に書きましたように、ゲームによって微妙にそれぞれのスタンスに変化が生じると思うので、スタンスが揃えやすいゲームを選択すればいいでしょう。
この点でも足並みの揃わないゲームを無理に何度もするのはお勧めしません(自然にやらなくなると思いますが)。

 最後に私も「プレイスタイルとボードゲームへの関心の相関関係」について。
あまり関係ない気がします。私達も元はゲームをしなかったわけですし、ゲームをする人の中にもいろんなスタンスの人がいますから。
勝利の快感を味わいたいのはもちろんですが、「楽しいから」続けているのだと思います。
確かに初めてであまり身が入らない方はおられますが、それは「勝利に関心が薄い」のではなく、純粋に「ボードゲームに関心が薄い」のでしょう(苦笑)。
そういう方でも昨日の日本―スウェーデン戦には結構気合が入ってたりするかもしれませんよ。
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Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:    日付:6月1日(土) 2時49分
力作おつかれさまです。
社員のプレイスタイルは似ていそうですね。

ところでよく考えてみると、勝利を目指すプレイスタイルというのは、ボードゲームをする人にとっては普通ですね。
しかし1位になれないことがはっきりした時に、その人の真のプレイスタイルが出てくるのではないでしょうか。
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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:5月19日(日) 19時35分
週刊ボードゲーム通信 5/13-5/19号

 まいどこんにちは。鱶(fuka)です。やれやれ、2番手なんですが、どうも議論の収束点はかなり先のほうになりそうな雰囲気ですねえ。とりあえずは私の感じたことを書いていきます。
 私の場合、基本的なスタンスとしては、勝利を目指しながら楽しくプレイすること。できれば論理的に行動を決定したいと思っています。でもあんまり「ひどい」行動はしたくないです。勝ち目がなくなった場合は、とりあえず自分の得点アップに最善の行動をできるだけ取るように思い、1,2位の人の勝敗を決定付ける行動は、ちょっと避け気味になりますが、「1位の人包囲網」に参加することもあります。プレイしていて困るのは、論理的な行動が決定できない場合。こんな感じですが。

 私自身は、ゲームによっては「必ずしも勝利には固執しないプレイスタイル」です。
 このプレイスタイルについて、それほど影響の無いゲームもあれば、それが如実に現れてしまうゲームもあるのではないでしょうか。
 以下、個別のゲームをちょっと例に、私の場合を述べていきます。

1.「ラー」 勝利を目指す方法として、モニュメント重視とか、川重視とか、いろいろあるとは思うのですが、このゲームであえて勝利を目指さないプレイというのは、ちょっと想定できません。

2.「エルグランデ」 こちらのほうは領土の取り合いがあります。当然利害が衝突するのですが、どの領土に騎士を置くのかは割合論理的に説明がつきます。「アラゴンなら2人の騎士で逆転できて1位の5点、もしそのあと取られて2位になっても4点あるからバスクに行くよりいいかも…」とかなんとか。さほどの心的負担を感じずに領土の取り合いができます。

3.「三国志演義」 おそらく、昔はこのタイプの陣取りゲームがよくあったのだと思いますが、私はかなり苦手な方でした。(別に楽しくなかったわけではないが)。どこに攻めるかについてはセンスが必要な気がします。さらに、攻めた結果その国が滅亡すると、その人はゲームから離脱しなければいけないので、自分の手で引導を渡すのは気が引けます。現実世界で虚虚実実の駆け引きが必要(同盟したり、裏切ったりとか)なのもちょっと…。

4.「戦争と平和」 弱っている人を攻撃するのが最も効果的。それによって困窮した人の救済ルールが不十分のため、復活できない。

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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:鱶(fuka)    日付:5月19日(日) 19時38分
 私の場合、1と2は「かなり勝利に固執する」ゲームで、3と4は「必ずしも勝利には固執できなかった」ゲームでした。ちょっと心的負担を感じなくもないかなあというところですが。
 3,4は「プレイヤーを選ぶゲーム」ということかもしれません。
 よって、横氏の問題設定への回答としましては、「ゲームによっては共存可能」です。

 最後に、「プレイスタイルと、ボードゲームへの関心の間に相関関係はあるか」という問題ですが、ゲームに関心の薄い一般人は勝利に対する関心も薄いと思います。これについては、不定期刊行物第6号の「ひとりごとのコーナー」にありますので、最後にこれを引用して終わります。ではまた来週。

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ひとりごとのコーナー 〜 talking to myself

 “世の中には二種類の人間が存在する。ゲーマーと一般人である”。
 ゲーマー……彼らはゲームを愛し、己の名誉にしかならないゲームの勝利のために戦う者たちである。一般人においてはゲームの勝利は全く求めるようなものではない。
 ゲームに参加するとき、勝利条件を聞かないゲーマーはいまい。各人によって勝利への熱のいれ具合は異なるところのものではある。どんな手段を使っても勝ちたいプレイヤー、「正々堂々」としたプレイで勝利を目指すプレイヤー、ゲームを楽しむことが一番で勝利は二の次のプレイヤー。スタンスの違いはあるものの、みな勝利を目指すことにかわりはない。
 しかし一般人はゲームの勝利条件=目的そのものに疑問を抱く。「エルグランデ」なら、「なぜスペインを制覇して偉大な大公にならなければならないのか」、「操り人形」なら、「なぜ建物を建てるのか」、などなど。

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Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:    日付:5月24日(金) 23時57分
この前半部分で、ボードゲームの核心的なことがさらり述べられています。
これを読んで、「プレイヤー向けガイドライン(行動指針)」の必要性を感じました。
そう、私もボードゲームをプレイしていて困るのは、論理的な行動が決定できないときなのです。

先日はじめてプレイしたマンハッタンでも、このことを感じました。マンハッタンは潰し合いのゲームなので、特に終盤では、3位以下のプレイヤーはだれを攻撃すればよいかを決めるのに困ります。たいていは、1,2位の人の勝敗を決定づける行動となってしまうからです。
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(untitled)
名前:金七    日付:7月11日(木) 11時37分
ちょっと異論を。
普通の人が疑問を抱くのは、「何故に貴重な時間を使って子供の遊びをするのか?」という点かと。
「趣味でクラシック音楽を聴く」というのと大差ないんだけどなあ。
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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」 返信  引用 
名前:    日付:5月12日(日) 22時28分
週刊ボードゲーム通信 5/6−5/12号

 ボードゲームというものは、参加する全プレイヤーが1つのルールに従ってプレイするものです。ルールに従うという原則があるためゲームは成立するのですが、ゲームに対するスタンスがプレイヤーによって異なるため、円滑なゲームとはならない場合があります。
 「ゲームに対するスタンス」と一口に言っても様々あります。勝利に対するもの、ルールに対するもの、ゲームの過程に対するもの等です。今回の一連の論考では、こういった「ゲームに対するスタンス」を「プレイスタイル」という言葉で表現することとします。
 プレイスタイルについてもう少し述べます。プレイスタイル=ゲームに対するスタンスですが、その本質は「ボードゲームをするときに何を最も重要とするか」ということです。勝利を最重要とする人がいれば、他プレイヤーとの親交を最重要とする人もいます。また、ルールを最重要とする人や、過程のリアルさを最重要とする人もいます。これらが、プレイスタイルの違いなのです。
 このようなプレイスタイルの違いについては、これまでボードゲーム界ではあまり論じられてこなかったと思います。しかし、ボードゲームについての一般論(個別ゲーム論ではなく)を語るためには、避けることができない事柄です。従って、今回のテーマとしてこの問題を取り上げることとなりました。

 特にこの一連の論考では、「勝利に関するプレイスタイル」に焦点を当てて議論を展開していくこととします。
 まず、「勝利に関するプレイスタイル」は、2種類に分類することができます。それは、(1)「勝利を目指すことを第一とするプレイスタイル」と、(2)「必ずしも勝利には固執しないプレイスタイル」です。
(1)「勝利を目指すことを第一とするプレイスタイル」とは、言うまでもありませんが、自分が勝利することを常に第一の目標とするものです。
(2)「必ずしも勝利には固執しないプレイスタイル」とは、勝利以外の事柄を優先する場合があるものです。

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「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:    日付:5月13日(月) 0時13分

 そして問題設定としては、「この2種類のプレイスタイル(プレイヤー)の共存は可能か」とします。ここで言う「共存」とは、一緒にゲームをして楽しいと思えることです。ルールが明確なボードゲームは誰とでもプレイ可能なものですが、プレイヤーが楽しかったと感じないことにはプレイの意味はありません。

 この問題設定は実践的な(practical)ものです。それゆえ、議論の流れは以下のようになりそうです。
・共存についての検討。
・共存が可能だとするならば、共存の方法はどのようなものか。
・共存が不可能(困難)だとするならば、プレイスタイルの違いを早々に見つけ出す方法や、プレイスタイルが違うプレイヤー同士が一緒にプレイせずにすむ方法はどのようなものか。
 
 そして、次のような理論的な(theoretical)問題を考察していくことになるだろうと思います。
・プレイスタイルというものは、そもそもその人固有のものなのか。プレイスタイルを一時的に変更することや、相反するプレイスタイルを個人内に両立させることは可能なのか。
・ゲームによって、異なったプレイスタイルが共存しやすいものと共存しにくいものがあるのか。それぞれはどのようなタイプのゲームなのか。
・その他の種類のプレイスタイルは、どのように類型化できるか。
・プレイスタイルと、ボードゲームへの関心との間に相関関係はあるか。

 ということで、今回は「起承転結」の「起」の部分として、論点の整理と問題設定をしました。次回は「承」の部分として、話題をひろげていくこととなります。
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Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:Ken    日付:5月19日(日) 14時8分
論点の整理をありがとうございます。

横さんが書かれている「共存」ですが、これはボードゲームのプレイ人口が少ない中でも、複数のプレイヤーを要求するボードゲームを遊ぶためにはどうしても必要な手段(遭遇するケースともいう)と考えていますので、ぜひ議論を展開していきたいです。

今回は、勝利に固執するかどうかをプレイスタイルの境界線として論じられていますが、新たな境界線を引けば、違った議論展開を期待することができそうですので、いろいろと考察する余地がある分野です。
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Re: 「プレイスタイルが違うプレイヤーの共存」
名前:鱶(fuka)    日付:5月19日(日) 19時30分
確かに…。5回シリーズで終わらないかもしれないっすね。 vb156133.ko.FreeBit.NE.JP (210.143.156.133) Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows 98; Win 9x 4.90; Q312461)


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名前:金七    日付:7月11日(木) 11時39分
Kenさんの言う通り、プレイスタイルの境界線を変えてみても面白そうですね。 pl148.nas923.okayama.nttpc.ne.jp (61.197.102.148) SpaceBison/0.01 [fu] (Win67; X; ShonenKnife)

CITADELS(英語版『操り人形』) 返信  引用 
名前:Ken    日付:5月4日(土) 8時10分
週刊ボードゲーム通信 4/29―5/5号

 今回は、2000年のドイツゲーム大賞にノミネートされたカードゲーム『操り人形』の英語版『CITADELS』の紹介をします。英語版といっても、単なる焼き直しではなく、新しいキャラクターやルールの追加、便利な小物がついています。

 『操り人形』の説明については、週間レビュー記事の2001年バックナンバー「8/21−8/27号」を参照して頂けると判りますので、ここでは簡単に紹介をするにとどめます。『操り人形』は、プレイヤーが国の貴族となり、それぞれ特徴がある8人のキャラクターをうまく操り、都市を建てていくゲームです。他のキャラクターを暗殺できたり、お金を盗むことのできるキャラクターも混ざっており、以下に相手プレイヤーから悟られないように、また相手プレイヤーの考えを読んでプレイするところが、このゲームの魅力といえるでしょう。

 さて、『CITADELS』は、『操り人形』と比較すると以下の点が大きく異なります。

 1)8人のキャラクターに加え、新たに10人のキャラクターが登場する。
 2)キャラクターカウンターや得点カウンターを付属している。
 3)2〜3人プレイのルールに、ルール変更がある。

 1)の新キャラクター10人ですが、前回登場した8人のキャラクター(これを旧キャラクターと呼ぶことにする)のそれぞれの番号に対応する新キャラクター8人に加え、9番目のキャラクターが2人(プレイする際は、2人のうちのどちらかが登場することになる)が登場します。各キャラクター番号について、新旧どちらのキャラクターをゲームに登場させるかは、ゲームを始める際にプレイヤー同士で話し合って決めます。キャラクターの特徴は後ほど述べるとして、登場させるキャラクターの組み合わせによってはゲームの進め方を早めるなど、ゲームの味付けを変えることができます。また、9番目のキャラクターを登場させるかどうかは、プレイヤー間で取り決めることになっていますが、登場させることによって、最高8人まで遊べるようになっています(でも、箱には2〜7人まで遊べるって書いているんです)。

 2)は、新キャラクターの追加により、合計18人のキャラクターが登場する機会を持つわけですが、プレイヤー側からしますと、数多いキャラクターの中、どのキャラクターが実際に登場しているのかを把握する必要が出てきました。そこで、キャラクターの顔が書いたカウンターを場に置いておくことで、登場するキャラクターをいつでも確認ができるようになっています。また、得点についても、都市の組み合わせや建設数からなる特別ボーナス点がすぐに判るように、+2〜4点の得点カウンターが用意されています。

 3)は、1人のプレイヤーが、2人のキャラクターを操り、それぞれの都市を建てることができるようにルールが追加されており、キャラクターを選択する部分が良く工夫されています。

 あとは、箱が妙に大きいとか(バ○ルラインの箱の大きさを超えている。なんで?)、コインがプラスチックから紙に変わった、王冠カードが小さくなって、風に飛ばされにくくなったなどの変更点がありますが、ゲームの面白さはそのまま引き継がれていますので安心して下さい。

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Re: CITADELS(英語版『操り人形』)
名前:Ken    日付:5月4日(土) 8時12分

"英語版『操り人形』"(CITADELS)
Fantasy Flight Games(発売),
Bruno Faidutti(作),
2002, 2-7(と書いているが、8人まではOK), 20−60分
Kenの個人的評価:4(良い)

新キャラクターの紹介を簡単に書いておきます。

(1)魔女(Witch)...旧キャラクターの『暗殺者』に対応
アクションを盗みたいキャラクターを宣言し、そのキャラクターの代わりに盗んだキャラクターの能力を使ってアクションを取ることができる。
※暗殺者のように、キャラクターのアクションを飛ばすだけでなく、アクションそのものを盗んでしまうので、かなり強力です。

(2)収税家(Tax Collector)...旧キャラクターの『泥棒』に対応
都市を建てたプレイヤー(すでにアクションを行った魔女や暗殺者からも)から、ゴールドを1枚受け取る。
※このキャラクターが登場することによって、他のプレイヤーはお金を残さないようにして都市を建てることを考えることになるでしょう。

(3)ウィザード(Wizard)...旧キャラクターの『魔法使い』に対応
相手プレイヤーから都市カードを1枚取り、手元に受け取るか建設する。この建設は通常のアクションとは異なるため、これとは別に都市を建設することができる(この結果、合計2つまでは建設できることになる)。
※魔法使い+ちょっと建設家が混ざったようなキャラクター。相手の手札を見てから、もらうカードを選ぶことができるので、相手のプレイを妨害することもできる点では有効。

(4)皇帝(Emperor)...旧キャラクターの『王様』に対応
場に並べている黄色い都市カード1枚につきゴールドを1つ受け取ることが出来るほか、王冠カウンターを他のプレイヤーへ動かし、王冠カウンターを受け取ったプレイヤーからコインを1つもしくは都市カードを1枚受け取る。
※王様の権威ある(?)仕事であったコールがなくなり楽にはなりますが、ラウンドの始めに1番初めにキャラクターカードを選択できなくなっています。

(5)修道院長(Abbot)...旧プレイヤーの『伝導師』に対応
場に並べている青い都市カード1枚につきゴールドを1つ受け取ることが出来るほか、プレイヤーの中で一番お金を持っているプレイヤーから、ゴールドを1枚受け取る。一番多くのお金を持つプレイヤーが複数いたり、自分が一番お金を持っている場合は、ゴールドを受け取ることはできない。
※『泥棒』とは異なり、プレイヤーがお金を余り持っていない時こそ発揮するキャラクターです。
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Re: CITADELS(英語版『操り人形』)
名前:Ken    日付:5月4日(土) 8時13分
(6)錬金術師(Alchemist)...旧プレイヤーの『商人』に対応
都市を建設するために利用したゴールドを手元に戻すことができる。ただし、それ以外の理由(収税家に取られたなど)で支払ったゴールドは戻ってこない。また、自分が元々持っている以上のゴールドを消費することはできない。
※ 『商人』とは異なり、場に並べている緑色の都市カードからゴールドを受け取る特典はなくなっている、残念。

(7)航海長(Navigator)...旧プレイヤーの『建築家』に対応
都市を建てることはできないが、代わりにアクションの最後で4枚ゴールドを受け取るか、4枚の都市カードを受け取ることができる。
※ 海に乗り出していても、暗殺対象に選ばれやすいキャラクターではないでしょうか。

(8)外交家(Diplomat)...旧プレイヤーの『傭兵』に対応
場に並べている赤い都市カード1枚につきゴールドを1つ受け取ることが出来るほか、他のプレイヤーが建てた都市と、自分が持つ都市を交換することができる(建設コストの差額はプレイヤーへ支払う)。
※ 自分の都市を強化できると同時に、相手の都市を弱体化できる点は強力です。

(9)芸術家(Artist)...対応する旧プレイヤーはいない
自分の場にある1つないし2つの都市カードに対して装飾を行い(ゴールドを1枚置く)、都市の価値を1つ上げることができる。1つの都市カードに対して1回だけ装飾ができる。
※ ゲームの後半あたりで得点稼ぎのため活躍しそうではあるが、装飾している暇があるかどうかはゲームの流れ次第です。

(9)女王(Queen)...対応する旧プレイヤーはいない
自分の両隣にいるどちらかのプレイヤーが操るキャラクターが『王様』である場合、ゴールドを3枚受け取ることができる。これは、『王様』が暗殺された場合でも、王様が明らかになった時点で(女王のアクションが終わり、次のラウンドへ移るタイミングですね)、やはりゴールドを3枚受け取ることができる。
※ この女王さまですが、とても怖い顔をしています。ルールでは、どこからゴールドを受け取るかは、はっきりと書いていません(多分ストック)が、実は『王様』からお金をむしり取るのが正しいルールの解釈なんじゃないかと思っちゃったりします。
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Re: CITADELS(英語版『操り人形』)
名前:    日付:5月6日(月) 23時28分
英語の新しいバージョンは興味深いですね。

キャラクターがどんどん増えるのはタリスマンに似ていますね。だから、増やしすぎるのもどうかなーと思ってしまうのでしょうか。
操り人形はキャラクターの能力の高さが必ずしも強さにつながるわけではないので、いろいろと適当にキャラクターが作れそう。
ヒストリカルシナリオとして、イタリアとかフランスとか舞台を設定して登場キャラクターを決めたら適当さが消えそう。
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(untitled)
名前:金七    日付:7月11日(木) 11時47分
キャラクターや能力の追加は、バランスを崩していない事が重要だと思うのですが、その点はどうなんでしょうね。
見た感じではなかなか楽しそうなのですが。
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デューン 返信  引用 
名前:    日付:4月29日(月) 2時25分
週刊ボードゲーム通信 4/22-4/28号

 ハルコンネン男爵に主役になってもらいたいと思うのですが、たいていはあまり活躍できずジリ貧となります。それはハルコンネンは戦闘の回数が多くなり、消耗してしまうからです。戦闘が多くなるのは、ハルコンネンにとってスパイスを獲得する手段が直接回収することしかないためです。また、ハルコンネンは戦闘能力の高さからつい戦闘をしてしまうからです。
 これらがハルコンネンにとって罠なのです。ハルコンネンが主役となるためにはこの罠にはまってしまってはいけません。周知のとおり、この手のマルチプレイヤーゲームでは、戦闘をすること事体が不利となります。

 ではハルコンネンは具体的にどうすればよいのか。基本的に資源を消費しないように努めるべきです。
 まず、戦闘はできるだけしてはいけません。他のプレイヤーとスパイスの回収でかち合いそうな時には、金(スパイス)で解決しましょう。自分でスパイスを回収する時には、かち合う他のプレイヤーにスパイスを渡して戦闘を回避します。発生したスパイスの半分が獲得できればよしとします。他のプレイヤーがスパイス(ハルコンネンの射程距離にあるもの)を回収するときには、2程度のスパイスを要求してよいでしょう。こうしていくことで、平和的にスパイスを獲得していくのです。
 トレチャリーカードの購入もガマンして、手持ちのスパイスを保持しておきましょう。ハルコンネンにはトレチャリーカードの追加1枚のボーナスがあるので、つい高い額を出して買ってしまうのですが、それはいけません。トレチャリーカードはいずれ安くなるので、その時に買いましょう。出してもよいのは、3スパイスまででしょう。なおトレチャリーカードは、皇帝以外のプレイヤー同士が結託してデフレにするべきです。そうしないと、皇帝がスパイスを持ちすぎてしまいます。
 戦力はカルタゴに集中させておくと危険です。初期配置の半分くらいはポーラスター(唯一の安全地帯)にでも退避させておいても構わないでしょう。5ユニットでカルタゴを守れるかは微妙ですが、他プレイヤーからするとハルコンネンとの戦闘にはリスクが高いので、あまりしたくありません。たとえ、カルタゴを取られたとしてもそれはそれでよしです。このゲームでの戦闘の負けには運命的なものもあるので(裏切り者がいればどうしても負けてしまう)、そういう場合は早いうちに負けておいた方がましです。また、レーズガン+シールド→核爆発によって全滅、とか、ファミリーアトミクスでシールドウォール爆砕→天候コントロール→砂嵐によって全滅、というのがこのゲームです。戦力を集中させていてはいけません。


デューン
名前:    日付:4月29日(月) 2時27分
 カルタゴを奪われたとしても再度奪取することは難しくありません。移動力が3から1に低下したとしても、宇宙から降下して戦闘をしかければよいのです。その時のために10程度のスパイスは常に持っておきたいです。カルタゴへ攻めてくるプレイヤーは、たいていは皇帝かギルドかフレーメンです。彼らとの戦闘なら分は悪くありません。予知能力があるアトレイデとの戦闘はやっかいですが、アラキーンを保持しているアトレイデがカルタゴへ攻め入る可能性は低いです。仮にアトレイデであればカルタゴを譲ってもよいでしょう。カルタゴとアラキーンを同時に保持するのは、どのみち無理があるからです。他プレイヤーがカルタゴ(またはアラキーン)を奪った後にそこを攻撃するのがよいです。ちなみに原作では、逆にハルコンネンがアラキーンへ攻め込み奪取しましたが、他のプレイヤー達から攻撃されてひどい目に遭っています。
 
 ゲームの後半になればハルコンネンも多少の戦闘をしても構いませんが、基本的には戦闘はガマンの方針でいきましょう。特に大きな規模の戦闘はしてはいけません。回復力の低いハルコンネンにとって大きな消耗は致命的です。ハルコンネンは裏切りが得意なので、全力を出さずに勝つことも時々ありますし。
 また、1人で頑張るのではなく、2,3人のプレイヤーで結託して勝利を目指すべきです。このゲームは、たぶん同盟して勝利条件を目指すゲームです。各プレイヤーの特殊能力やトレチャリーカードの効果が強いので、1人で勝利を目指すのはしんどいゲームなのです。砂虫が出現した時に同盟会議を開くことになっているルール(いったん結んだ同盟も次に砂虫が発生するまでは解消できない)も、同盟同士でやりあってほしいというデザイナーの意図のあらわれなのだと思います。
 このゲームは最長15ターンありますが、それほど長くプレイするゲームでもないかもしれません。同盟によって8ターンくらいで終了させるのがちょうどよいゲームだと思います(勝利条件は都市を3つ以上獲得すること)。それでも1時間以上はかかりますが。
 
 戦闘がもっとも得意であるのに戦闘はしないで他プレイヤーと平和にやっていく(なおかつ他プレイヤーと同盟して一緒に勝利を目指す)戦略が、ハルコンネンにとってもっとも有効なのです。
 さて、結論は出ましたが、「それのどこがハルコンネンなのか。そんなのはハルコンネンじゃない」と言われそうです。その意見はもっともです。しかし、さきほどのハルコンネンのプレイ指針は、私がハルコンネンを何度も演じてきてようやく得た結論なのです。ハルコンネンが、ハルコンネンらしく暴れてしまっては勝てません(「タクティクス21号」のリプレイでもそうでした)。毎ターン、基金から2スパイスをもらって生き延びる惨めな姿になるのがオチです。


デューン
名前:    日付:4月29日(月) 2時28分
 ところで、こういったハルコンネンの平和な生き方を見ると、我々は近代の国際政治というものを考えさせられます。強い国はついついその力を行使したくなりますが、それは国の疲弊につながります。また、戦争によって勢力を拡張できたとしても、他の国からのプレッシャーもあり、維持することはたいへんです。いずれは獲得した領土も手放すこととなるでしょう。戦争は一時的には有効な手段かのようであっても、長期的には有効ではないのです。

 アラキスでは各勢力がしのぎを削っていますが、実は意味のないことです。ボードゲームのデューンは、小説のいちばん最初のシリーズです。小説ではその後もシリーズが続いて歴史は繰り返されているようです。死んでしまったキャラクターもトワイラックスタンクから生きかえってきます。
 はじめから各勢力が、貴重な資源であるスパイスを独占しようとするエゴを捨てて、皆で分配すれば戦争をしなくてもすむのです(キャラクターだってどうせ生きかえるのなら、はじめから死なない方がよいのです)。ゲームで例えると、全プレイヤーが1つの同盟関係を結べば、皆が1位となってゲームを終了させることができるはずなのです。そうすれば、皆が幸せなのです。平和万歳!!(この結論でいいのか(笑))
 

"デューン"(Dune)
Avalon Hill/ホビージャパン(発売),
Bill Eberle; Jack Kittredge; Peter Olotka(作),
1979, 2-6人, 60−120分
横の個人的評価:4(良い) 

 


現実社会では平和主義者です(多分)
名前:金七    日付:5月2日(木) 11時22分
その人のアイデンティティーと不可分の関係にあることが多いので、エゴを捨てるのは難しいです。
自分のエゴをエゴだと認識する事さえ結構難しいと思います。人のはよくわかるんですけどね(笑)。
ゲーム的にいうと、適度?のエゴはプレイに起伏をつけてくれるスパイスだと思います。
私のような自分の勝利優先(こう書くと我ながらやな奴ですが)の人間もいた方が面白くないですか?
沢山いると困り者ですが・・・。


スパイズ 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:4月20日(土) 22時51分
週刊ボードゲーム通信 4/15‐4/21号

 スパイズは2‐5人でプレイできるボードゲームです。日本語版がホビージャパンから出ていました。いったい生産数はどのくらいだったのでしょうか。今のゲームだと日本語ルールと、日本語カードが物によってはついてくるぐらいですよね。

 さてさて、それはさておき。各プレイヤーはそれぞれ、ドイツ、イタリア、ソビエト、フランス、イギリスを担当します。2人からプレイはできますが、そうすると、複数国を担当しなければならないので、できれば5人ぴったりで遊びたいところです。ヨーロッパ周辺が舞台となります。移動できる都市は線で結ばれています。時期は1933年から1939年までの7年間を7ターンでプレイします。

 各国にはスパイと警察がいて、プレイヤーの国とそれ以外の中立国各地には秘密情報のチットが配置されています。プレイヤーは自分の手番に、イベント・カードを使用することができます。イベントは実施できる年が決まっているものもあります。例えば「ドイツ 1935-37 オーストリア併合」や、「イギリス 1933-37 オーストリアの反ナチ勢力を援助」などがあります。イタリアは「1936-38 スペイン内乱の戦闘でイタリア航空機の欠陥が明らかになる」、「イタリア陸軍の弱さが演習で明らかになる」、「1933-37 イタリアは対エチオピア戦争資金調達のために借金をする」といった情けないカードがあります。カードにはその内容の下に、「2c:Rome 1c:Geneva ?2,000:Milan,Florence」といった記述があります。この場合はローマに自分のスパイを配置していれば2枚のアクションカード、ジェノバなら1枚のアクションカード、ミラノ・フィレンツェでは2000ポンドのお金が報酬として得られます(イベントを実施したプレイヤー以外でもスパイを配置していれば報酬がもらえます。自国内ではもらえません)。
 これらがスパイ活動には必要な資金・カードとなっています。とりあえずこれらがないと、スパイ活動が非常に制約されてしまいます。次にどこでイベントが起こるのかをいち早くかぎつけることが重要です。他国のスパイの動きを追いかけて行ったり――何度かプレイしているとイベントがよく起きる都市というのも分かってきますが…。 
 スパイたちを動かして他国内(他プレイヤーと中立国)の秘密情報チットを、自国に持ち帰ることが目的です。警察は自国の秘密情報が盗まれないように警備します。警察は自分より能力の低いスパイを逮捕することができます。
 国によって地形的に秘密が守りやすかったり守りにくかったりするため、秘密入手時の得点が国ごと、獲得したターンごとに違っています。

 5人ぴったりでないと楽しめなさそうなところと、初回のプレイでは感じかつかみにくく、2回目以降はどこでイベントがあるかなんとなく分かってくるところが、ちょいとひっかかりますが、ボードゲームらしいボードゲーム。好ゲームまであと一歩に感じます。
  
"SPIES!"(「スパイズ」)/John Prados, Lenny Glynn(作)
SPI(発売), 1981
2-5人
鱶(fuka)の個人的評価:3(普通)


Re: スパイズ
名前:分隊長    日付:4月24日(水) 8時50分
Spies! とは懐かしいゲームがでてきましたね。
鱶(fuka)さんがまとめていただいたとおり、まだまだ練ることができるゲームではあると思います。また、プレイヤーが、WW2直前の欧州の状況をある程度理解していないと、おもしろくないのかなともおもいますです。
このことは、コンフリクトシミュレーションゲームメーカが作った
マルチプレイヤーゲーム全般に言えることなのですが、プレイヤーが、歴史背景とか、地理感とかを有していない場合、えてして、ゲームが破綻してしまう傾向があるかと思います。背景や史実が先にあって、それを再現するためにゲームシステムが構築されているものと、近年のドイツゲームのように、最初にゲームシステムがあって、それにマッチする背景を(デフォルメ)を利かせて当てはめているゲームとの差違と云ってしまえばそれまでなのですが、新参者への配慮という面ではやや時代を感じてしまうのは仕方ないことなのかも知れません。


ゲームにおける情報処理 返信  引用 
名前:金七    日付:4月13日(土) 23時20分
  週刊ボードゲーム通信 4/8−4/14号

 今週は「コントール」紹介から始めた「オープン情報と戦略」の最終回として、個々のゲームについて「情報把握の個人差」が占める割合を考えていきます。
とりあえず細かい話しは後にして、割合とコメントを列挙します。

@「魔女の踊り」(Web24号、まぐ30号) 100%
ダイス運も多少あるのですが、私の知っている中では一番記憶力勝負なゲームなのでこれを100%として始めます。
記憶力勝負のゲームでありながら(故にというべきかもしれませんが)、完璧な記憶力を誇る人には面白くないであろうゲーム。

A「神経衰弱」 90%
こちらが一般的には記憶力勝負の最たる物と思われていますが、@と比べるとまだしもカードめくりの運が強いと思います。

B「麻雀」 60%
個人的には運の要素より情報処理能力が重要だと考えています。
最初は自分の手作りで精一杯ですが、やがて捨牌も考慮するようになり、最終的には他人の手の内まである程度予測する事が可能ですし、できた方が強いです。

C「ラー」(Web30号、まぐ33号) 10%
ほとんどないですが、洪水タイルやモニュメントタイル等の残り枚数を把握している方が、幾分有利だとは思います。

D「エルグランデ」(Web3号、まぐ5号) 20%
タワーの中、アクションカード・パワーカードの残り等、Cよりは記憶力を要求されます。

E「操り人形」(Web1号、まぐ20号) 0%
まったくないわけではないのですが、これが一番低いと思うので基準点として0にします。
カードゲームなのに運の要素も抑えられていて、記憶力も要求されないのがすごい。
お互いの意図の読み合いゲームですね。

F「モノポリー」(いろいろあります) 10%
出ていないカードは覚えておくべきでしょう。
「ボードウォークへ進め」とか。避ける事はできませんが…。

G「トーレス」(Web13号、まぐ6号) 30%
記憶力は要求されませんが、交渉や読み合いの要素が薄いので、自分の手番で最も効率の良い行動が必要です。
そのためにはあらゆる可能性を検討する事になり、情報処理が結構大変です。
ちなみにこれは基本ルールでの数字で、オプションルールを使うとさらに割合が増えます。

H「カール大帝」(Web44・47号、まぐ45号) 40%
Gと似たところがあります。
こちらも情報処理が必要で、Gでは行動の際カード使用が大事ですが、こちらはそういった特殊要素がないので、よりシビアに能力差が出る気がします。
もっとも、一番重要なのは、Gではカード運、Hではダイス運だと思いますが…。

I「バトルライン」(Web68号、まぐ56号) 50%
これはBと似ていますね。
カードの引きが重要なのはもちろんですが、相手のカードの出し方と自分の手札から相手の手札を予測するのがこのゲームの面白さの一つです。


(untitled)
名前:金七    日付:4月13日(土) 23時21分
J「コントール」(Web70・77号、まぐ55号) 70%
既に紹介したように、非常に重要です。
ためしに片方のプレイヤーだけメモを取る事を許可すれば、このゲームにおける記憶の重要性がわかります。

Kキャンディデイト(不定期3号) 30%
メインは読み合いですが、強力な「スキャンダル」カードの存在が、カウンティングをある程度有効なものにしていると思います。
でも最後には自分の決断が勝敗を分けます。

 とまあ、きりがないのでこんなところでどうでしょう?
「ゲーム中で情報把握能力差が影響する割合」というのがそもそも抽象的ですし、人によって感じ方に差がありますから、ちょっとしたお遊びとお考え下さい。
数字とゲームの面白さに直接関係は有りませんが、各自の好みでいくらかは参考になれば良いなと思います。

 私はプレイゲーム数が少ないので、紹介以外になにか記事にするネタがないかと捜しています。
これは思いついたものの一つで、他の場所でもあまり見かけた事がないので(無意味だからか?)、いつか記事にしようと暖めていました。
しかしながらここでも結局経験の少なさは、サンプルの少なさとなってはね返ってきて、いまいち厚みのない記事になってしまいました。
この件に関して、色々な方の様々なゲームに関しての意見が聞ければなあ、と思っています。
また、「ちょっとしたお遊び」と書きましたが、だから不備の指摘をしないでほしいという意味ではなく、気楽に「私はこう思う」と言う事を書いてもらえれば、という事です。
どのような形式でも結構ですので、この記事へのレスやメール等で教えていただければ嬉しいです。


Re: ゲームにおける情報処理
名前:    日付:4月23日(火) 0時26分
こうして見て分かるのは、自分は情報把握能力の占める割合が高いゲームはあまり好きでないということです。10−20%くらいのものが自分に合っていそうです。
やはり人気があるゲームは、情報処理の割合が低そうですね。
パズルが好きな人は、情報処理の割合が高いゲームも好きそうな気がします。

こう考えると、プレイスタイルにも関わりがありそうです。


「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」まとめ 返信  引用 
名前:Ken    日付:4月7日(日) 20時36分
 週刊ボードゲーム通信 4/1−4/7号

 テーマ「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」の最終回になります。

今回は、各メンバーの記事から、ルールに対する考えと、ルールの未記載事項に関する対処方法を紹介し、ルールに記載されていない事項へ対処する時の留意点をまとめます。今回のテーマは「未記載のルール」を焦点としていますが、ルール全体を対象とした議論が多数ありましたので、ルール全般を通じて話を進めていきます。

 まず初めに、ルールが存在する理由として、「プレイヤーにとってのルールは、ゲームを楽しむための手段の一つ(金七さん)」や、「プレイヤーがプレイをしている理由を理解することと、面白さを追求するためにルールがある(Ken)」と定義しています。細かい部分は異なるものの、プレイヤーにゲームを楽しませるためにルールが存在すると考える方針は一致しています。この面白さを追求するために、「プレイヤーはルールに過度に縛られることなく、必要に応じて変更してみては?(金七さん)」といった提案があるほか、「追加もしくは変更ルール(バライアントルール)をホームページ上などで紹介して、別の面白さを追求している(Ken)」事実があることなどから、先程の方針を裏付けていると考えることができます。

 また、テーマのメインである「ルールに記載されていない事項の対処」についても多くの意見が出ました。
 全メンバーで一致した対処方法の意見は「その場その場で話し合って決める」でした。この対処方法の具体的な内容について、横さんから「プレイヤー同士で議論をして多数決で決める。ただし、多数決で決まらない時には、経験の浅いプレイヤーの判断の方に従う。」との提案が出されたほか、金七さんからは「ボードゲームは、コミュニケーション手段の一つであり、話し合って決めるのも、プレイに含まれているともいえる」といった前向きな考え方を提供しました。

 しかし、この話し合いの中において「プレイ経験や基準もしくは価値観の違いから生じるプレイヤー間の常識のズレ(横さん)」や「プレイスタイルの違い(Ken)」といったゲームに対するプレイヤー間の意識のずれからくる問題がおこる可能性を説明しています。これらの常識は、「ローカルルール・ハウスルール(鱶さん、金七さん)」や「プレイスタイル(Ken)」としてプレイヤーもしくはプレイヤー間で反映されますが、これらの問題を最小限にするために、プレイヤー間で常識の意識をすり合わせ共有化を図ることを横さんが提案しています。

 また、ルールの解釈がプレイヤーによって異なる可能性として、オリジナルのルールもしくはその翻訳文に不備があることを考え、出版社がホームページ上等で提供しているFAQを参照し、まずは正しいルールを理解することを横さんが推薦しています。これについては、「エルグランデのアクションカードの翻訳文(鱶さん)」が実例として挙がっています。


Re: 「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」まとめ
名前:Ken    日付:4月7日(日) 20時38分
 さて、これまでの意見をまとめ、いくつか提案内容を加えたルールの解釈手順を書いてみましたので、プレイする時の参考にしてみて下さい。

【ゲームを始める前の確認事項】

1.オリジナル・翻訳文のルールが間違っていないかどうか、
  ホームページ上のFAQ等で確認する。

2.初心者、もしくは新しいメンバーがいる場合は、インストを行うなどで、
  プレイヤー間で常識の違いがあるかどうかをプレイ前に確認する。
  (上級者同士でも常識の違いは異なることがある)

【ゲームが始まってから、未記載事項のルールを解釈する必要がある場合】

1.ルールの解釈についてプレイヤー同士で話し合い、多数決で決める。
  ただし、多数決で決まらない時には、経験の浅いプレイヤーの判断の方に従う。


 最後に所感ですが、ボードゲームはコンピュータゲーム(ネットワークゲームは除く)とは異なり、人と人のコミュニケーションを取ることを前提としているゲームです。ルールを解釈するための話し合いを楽しむことや、ククのハウスルールの例がありましたように、常識の違いを拒絶するのではなくむしろ楽しんで下さい。

 読者の皆さんからも、このテーマについての意見、感想、ルールの解釈に関する経験談等の返答をお待ちしております。その際は、返答文書として書き込んで頂けると助かります。宜しくお願いします。


play-style
名前:    日付:4月9日(火) 23時20分
うまく総括してくれましたね。ごくろうさまです。

ところで、プレイスタイルについての研究は、展開の余地があると思います。
プレイヤーの側に焦点を当てたボードゲーム研究はあまりなく、一般的に研究対象として関心が持たれているのは個別ボードゲームだからです。
まずは、「勝負型プレイスタイル」や「あっと驚き型プレイスタイル」といったプレイスタイル類型(=プレイヤー類型)を列挙・検討してみるのはどうなのでしょうか。


(untitled)
名前:金七    日付:4月11日(木) 13時23分
 まとめありがとうございます。
こうして、普段意識しない事を、文にしてもらえると、すっきりしていいですね。
「プレイスタイル」についての研究は、大変面白そうですが、ちょっと危ない要素も(笑)。
えーと、Kenさんの例でいえば、もし私が二つ目のお話の子供の相手をしていたら、仕事中なので笑顔で対応しますが、内心穏やかじゃないと思います(大人気ない奴・・・)。
人によっては、「それはちょっと駄目なんじゃあ」と感じてしまうスタイルがあるでしょうし、相性の悪いプレイスタイルもありそうです。
まあ、いろんな側面から研究するという事で、ちょっと辛口でもOK?(笑)


プレイスタイル
名前:    日付:4月12日(金) 0時34分
そうなんです。プレイスタイルに関する研究は危険なんですよ、きっと。
だからあまり分析されてこなかったのでしょう。
これを語るとなると辛口になりそうな予感が私もします。
ところで、プレイスタイルについてはロールプレイングゲームの世界では今まで論じられてきていそうですね。


プレイスタイルあれこれ。
名前:Ken    日付:4月12日(金) 10時18分
 プレイスタイルに関する皆さんの感想は同意します。

 プレイスタイルを語るのは、血液型と性格の関係を語るのと同じくらいの重みはあるかなと思います。多分、「血液型で、勝手に人の性格を決めつけるなー!」って気持ちと同じですね、きっと。

 ゲームに挑む時のプレイスタイルは人によって異なりますが、プレイスタイル同士の接触具合は、ラクビープレイヤー同士のスクラムの組み具合とよく似ているのと考えています。

 プレイヤー間でプレイスタイルが一緒もしくは釣り合っている時は、スクラムががっちりと組まれ、適度な緊張が持続した状態でゲームは進むのですが、プレイスタイルが異なると、スクラムのバランスが崩れてしまいます。このバランスを無理に保とうとして、プレイヤーの誰かが無理をして...といった感じになるのではないでしょうか。

プレイスタイルは、一度は挑んでみたいテーマではあります。


Re: 「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」まとめ
名前:分隊長    日付:4月12日(金) 14時58分
横から失礼します。分隊長と申します。
-------------------------------

 プレイスタイルのことが俎上にあがりかけていますね。非常に期待していま
す(なら、自分で論を展開しろよ!と云われそうですが)。

 縁あって、大学のサークルの後輩さんたちとゲームをする機会があるのですが、
プレイスタイルと、ボードゲームへの好奇心との間に相関関係があるように感
じています。まぁ、安易な類型化は慎むべきですし、論調が辛口になることは
承知の上で、いろいろと考えてみることは有益かもしれませんね。
 たとえば、『「勝利を目指さない」プレイヤーの存在は、許容されうるか』
などは、一考の余地があるかと思いますが如何でしょう?


「勝利を目指さない」プレイヤーの存在は、許容されうるか?
名前:Ken    日付:4月13日(土) 13時4分
分隊長さん、書き込みと意見をありがとうございます。

プレイスタイルの話にここまで大きくなることは
予想していませんでした。

分隊長さんが挙げられました

『「勝利を目指さない」プレイヤーの存在は、
許容されうるか?』

ですが、このテーマを議論の候補にすることは賛成です。
実は以前にも、

「ゲームの面白さを確保するためなら、
勝利を捨ててでも他のプレイヤーを助けるか?」

なるテーマを候補として挙げており、
プレイスタイルについて興味があることを物語っています...。

「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」(4) 返信  引用 
名前:    日付:4月1日(月) 1時40分
週刊ボードゲーム通信 3/25−3/31号

 今回は方法論を中心に述べます。

 ルールに載っていない事項があった時には、まずはルール事体を疑うべきです。
 第一に、ルールが正しく翻訳されていないために判断がつかない場合があります。ドイツゲームはルールの量があまり多くなく、あまり複雑でなく、翻訳元もしっかりしているで、間違った翻訳はめったにないようですが、うまく翻訳されていないことは時々あるようです(経験的にです)。
 第二に、オリジナルのルールが不完全である場合があります。それに対しては、出版社がFAQやエラッタ(errata)としてフォローしている可能性があるので、インターネットで調べるとよいです。 
 (ところで、ルールに載っていない事項に対面する前に、FAQやオリジナルルールを読んでおく方がよいです。間違ったルールでプレイしてしまっていることは時々あります。ドイツゲームのルールは、英語に訳されてインターネットでアップされているものも多いです。なお、個別のゲームの情報を得るときには、検索エンジンでそのゲームを検索するよりも、メジャーなボードゲームサイトのデータベースから調べた方が効率的です。)

 しかし、ルールの問題は実際にはプレイ中に起こることが多いです。この場合は、その場で話し合って解決しなければなりません。また、調べても解決できない場合も、話し合って解決する必要があります。次に、この話に移ります。

 経験豊富なゲーマーであれば、ルールに載っていない事項に対面して困ることはあまりないでしょう。他のゲームのルールや経験に照らし合わせて判断できるからです。ほとんど無意識にこの判断をしていることも多くあります。
 しかし、困るのはこの解釈が人と異なる時です。ボードゲームの経験の多寡によって解釈が異なる場合と、基準(価値観)が異なるために解釈が異なる場合がありますが、根は同じです。

 解釈するためには基準が必要となります。しかしルール解釈における基準は、はっきりと明文化できるものではありません。基準は、いわば「常識」ということになるからです。「常識」は、各自が育ってきた環境によって合致する部分と異なる部分があります。ここが厄介さの原因です。
 私は、中学・高校と仲間内でボードゲームをしてきて、大学に入ってからはその学校のボードゲームサークルに入りました。その時にはじめて、ボードゲームの「常識」の違いを意識しました。そして、中学・高校時代のボードゲーム仲間の「常識」にも違った部分があったこと、そして「常識」が徐々に共有されてきたことに気付きました。


「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:    日付:4月1日(月) 1時41分

 「常識」が共有されていないと、ルールに載っていない事項に直面した時に困ります。特に、ボードゲームには勝ち負けが介在するので余計に厄介です。先ほど、ボードゲームの経験の多寡によって解釈が異なる場合と基準が異なるために解釈が異なる場合があると言いましたが、どちらの場合も「常識」の違いという点で同じです。ボードゲームの経験が少ない人もボードゲームの「常識」は持っており、経験豊富なゲーマーの「常識」の方が勝っているとは一概には言えません。例えば、エルグランデのタワーの中を見てよいかどうかは、実のところ多数決でしか決められないのです。

 プレイ最中に発覚するルールに載っていない事項をどう解釈するか、という問題設定に対する私の回答は、以下の通りです。
 プレイヤー同士で、これまでの経験や知識を基準に、短時間、議論した後、多数決で決める(多数決で決まらない時には、経験の浅いプレイヤーの判断の方に従う)。プレイヤー間の「常識」の共有を目指すということを多少念頭においておく。

 自分のボードゲーム人生を振り返ると、プレイ最中のルールの解釈というのは面倒なことで、できれば避けたいと思っていました。昔から、ルールの解釈についてはほぼ相手の言いなりという主体性のないゲーマーでした。


 (補足1)ルールの解釈が必要となりうるということは、ボードゲームにとっての大きな問題です。ドイツゲームは、ゲーム構造をシンプルにすることや、ルールブックを工夫することで(図解で分かりやすく例示する等)、この問題の解消に努めてきたのでしょう。

 (補足2)ルールのコアとなる部分がちゃんと記述されていないようなボードゲームは、今回は除外しています。


常識
名前:金七    日付:4月4日(木) 11時51分
「常識」の共有は難しいですねー、何せ普段あまり意識していないものですから。
「ゲームの常識」となると、仲間内では自然にある程度共有しているものですが(というか共有できない人とは仲間にならないかも・・・)、
逆にそれが外部の人とのプレイでは障壁となる可能性があります。
私はあまりそういう機会が無いので判らないのですが、案外とんでもない「常識」をかかえているような気がします。

「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」(3) 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:3月24日(日) 20時20分
週刊ボードゲーム通信 3/18?3/24号

 実を申しますと、私の場合、昔はかなりルールを厳格に守ることを旨としていました。明らかに不合理、不可解なゲーム展開となってもそれは、ルールに書いている以上、しょうがないもの…ということで、いわゆるルール原理主義者という感じでした。今になると、何でそんなこだわってたんかなー、という気もしますが、その時はできるだけ「正しい」ルールを求めていました。各地で違うトランプの「大富豪」(呼び名までばらばら)のルールをプレイ前に確認するのが大変なように、自然ローカルルールを嫌がっていたのかもしれません。
 麻雀なんかもローカルルールが多いゲームですけど、ボードゲームよりも普及しているところを見ると、別にいいんですかね。
 最近ではルール信仰も薄れてきたのでフレキシブルにやってますけど…。

 こっから本題です。
 ルールに書いてないこと & 書き方がわかりにくくて、どうしたらいいかわからんもの、って結構ありますよね。

 「ルールに載っていない事項」っつーと、「エルグランデ」のタワーを開けていいかどうか、ですかね…確かにルールには「開けたらあかん」とは書いてない気がするのですが―違うよな?。。
 この場合はあまりに極端すぎて、常識で判断できる範囲ですが。

 よくあるのが、どちらかにさえ決まっていれば、どちらでも特に問題にはならないけれど、ゲーム中にそれが「ルールに載っていない」のが分かってしまうパターン。
 再びエルグランデで言いますと、1-7、1-8、1-9のアクションカード。1-7「ボード上の自分の騎士駒2個と…」、1-8「ボード上の自分の駒を4個…」、1-9「ボード上の任意の駒4個…」。これらの2個とか4個は、2個、4個ぴったりでないといけないのか、それとも2個、4個までならいいのかという疑問。他の1-2、1-4、1-5、1-6の表現と異なっていたので気になりました。1-2だと「手元の騎士を2個まで…」、1-4だと「任意の領土の騎士を5個まで…」というように「まで」と表記されているので、1-7とかはぴったりなんかと思った次第です。別にどっちでもいいけど、ゲーム中だとどっちに決めたらいいのか悩んでしまいます。(結局メビウスさんに聞いたら、「2個まで、4個まで」とのことでした。)
 話し合いでどちらがより妥当な解釈か決まるようならいいのですが、うまくいかないときは、どないしましょ。利害関係者のじゃんけん勝負(ダイス勝負)ですかね?

 というわけで、まとまりのないまま、今回はこれにて。


鱶さん、心当たりありません?
名前:金七    日付:3月27日(水) 13時8分
全員がはじめてそのゲームをプレイする時など、「とあるルールの存在をすっかり忘れたままプレイしていた」ことに、ゲームの終盤に気づく事がありました。
結構勝敗に影響があったりするのですが、「まあ今回はそういうゲームだったということで」みたいな感じであまり深く考えていませんでした。
てきとうだなあ。
やるたびに新鮮で良いということにしておきたいところです。

「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」(2) 返信  引用 
名前:金七    日付:3月19日(火) 22時52分
   週刊ボードゲーム通信 3/11−3/17号

 今週号は表記に偽りのある発行日になってしまいました。申し訳ありません。
今週は、ルールについて、私なりの考えを書かせてもらいます。
「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」というテーマは、ルールの役割と切り離しては考えられないので、Kenさん同様、その点から入っていきます。

 前号以上の詳細な考察は書けそうに無いので、要点だけ書きますと、プレイヤーにとってのルールは、ゲームを楽しむための手段の一つだと思います。
何を当たり前の事を、と思われるかもしれませんが、世間では本末転倒してルールを守ること自体が目的と化しているのケースがたまに見うけられます。
(学校など、大きな組織のルールにはありがちだと思います)
ゲームにおいても、デザイナーにとっては、自分の意図を形にするための重要な手段ですが(ヒストリカルなゲームでは特に)、
私達プレイヤーは、過度に縛られる事なく、必要に応じて変えていけば良いのではないでしょうか?
何度か書いてきたように、「ゲームの楽しさ」というのは各人各様ですから、あえてデザイナーの意図の範囲内でのみ楽しむ、というのでも無論構わないでしょう。
楽しむためになら何をしてもいいのではなく、「いかさま」のような恣意的なルール改変が許されるわけはありません。
ボードゲームは基本的に複数の人間で行われるものですから、あらかじめ全参加者の同意が必要でしょう。

 同じようなメンバーでプレイしていると、いわゆる「ハウスルール」が自然に発生して、そのうち意識すらしなくなります。
その後、いつもと違う顔ぶれでプレイした時に、いつのまにか変わっているルールに驚く事があります。
ルールというと一種束縛のように感じてしまうのですが、そう言った初対面の人達と遊ぶ時に、余計な手間をかけずに楽しむ事に集中できるのは、よくできたルールのおかげです。
そういう面から考えても、ルールは使う人次第で役に立つ「手段」といえると思います。

 というわけで、「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」という問題に対する、私の答えも決まりました。
「その場その場で全参加者が考えて決める」という、至極当たり前の結論です。
そのゲームにおいてどう解釈するのが最も蓋然性が高いのか、という事を考えるのは、ゲームを理解する上で役に立つのでお勧めなのですが、これだ、という答えがあるものでもありません。
「デザイナーの意図する解釈」が後から知らされたとしても、それまでの解釈を元にしたプレイが「間違っていた」事にはなりませんよね?
どのみち、ルールそのものさえ必要に応じて変えればいいと思っていますので、解釈もその時の参加者が責任をもって行えばいいと考えます。
ボードゲームは、コミュニケーション手段の一つですから、そういった事を話し合って決めるのも、プレイに含まれていると言えなくもありません。
ゲーム中に解釈を迫られた時はさすがに困りますが(勝敗に影響がありそうだとなおさら)、その経験を次に生かせばいい事です。
ルールという共通の土台があるおかげで、こうしてボードゲームについて世界中で語り合えるわけですから、うまく付き合って行きたいですね。


Re: 「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:    日付:3月25日(月) 1時0分
「ボードゲームは、コミュニケーション手段の一つですから、そういった事(ルール)を話し合って決めるのも、プレイに含まれていると言えなくもありません。」というのはちょっと新しい視点だと思います。私も同意します。
しかしゲーマーでない人からすると、少し違和感があることかもしれませんね。


Re
名前:金七    日付:3月27日(水) 13時19分
何から何まで話し合っていたんでは大変なので、基準になるものが必要だとは思います。
大概の場合、それは経験から得られるので、非ゲーマーにはつらいのかも。

「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」(1) 返信  引用 
名前:Ken    日付:3月10日(日) 8時36分
週刊ボードゲーム通信 3/4―3/10号

 テーマ「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」の第1回目です。今回は、ルールにまつわる自分の経験談を紹介して、ゲームにおけるルールの役割を考え、そこからルールブック表に掲載されていないルールを解釈するための方針を導きたいと思います。

 ゲームで必要不可欠となっているルールですが、このルールはどういった役割を持っているのでしょうか?ここでは、ルールに関係のある3つのケーススタディを挙げて考えていきます。
 1つ目のケースは、中学時代に体育の授業で、バスケットボールを行っていた時の話です。この時は、バスケットボールをプレイする初めての授業でしたので、先生はまず「従来のバスケットボールのルールは意識せず、このボールを使って自由にプレイをしてみてほしい。」と言いました。私達は、何が何だか判らない状態ではありましたが、それでもプレイを始めました。プレイが始まると、皆はボールを持っている人に突然タックルを始めました。タックルを受けた人がボールを落として、他の人がボールを拾うと、その人もタックルをされていました。このプレイ中に、バスケットゴールにボールを入れるようなことはなかったため、0対0のままプレイは一旦終わりました。皆の感想は「これは結構面白い。」などがありましたが、先生からは「確かに楽しいかもしれない。でも、このまま続ければ怪我人が出るだろう。」とのコメントが出ました。
 2つ目のケースは、私が茨城県で車の販売をしていた時に、子供連れの家族がやってきた時の話です。親は他の営業マンと販売の話を進めている間、私は子供達が退屈しないように、子供達が持ってきていたポケモンカードで一緒になって遊んでいました。当時の私は、ポケモンカードを遊んだ経験はありませんでした。しかし、子供達にカードの使い方やゲームの流れを教えてもらいながら何とか遊んでいました。ところが、プレイが進むにつれて、ルールが少しずつ変わっていくことに気づきました。子供達からすると、ゲームに勝ちたい思いなのか、それとも面白く遊ぶためのどちらかだったと思います。私からすると、子供達もお客様ですので、自分も含めて楽しい時間が過ごせるようにするため、ルールの変化については気にすることもなく遊んでいました。
 3つ目のケースは、広島のとあるボードゲーム屋でククを遊んだ時の話です。ルールブックに記載されている内容では、猫カードはチェンジされたカードを初めに持っていた人が失格になりますが、ボードゲーム屋でプレイした時のルールでは、カードを初めに持っていた人だけでなく、猫カードを持つプレイヤーとカードをチェンジをしようとした人も同時に失格になるバライアントルールが加わっていました。理由を聞いてみますと、「早く勝負がつくので、面白い。」とのことで、私もなるほどと感心していました。

 以上、3つのケースを述べましたが、この中でキーとなる部分について抽出をしてまとめてみますと、


「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:Ken    日付:3月10日(日) 8時41分
 1) バスケットボールのルールを自由に作った場合、その内容によっては怪我人が出てしまい、
    ゲームが続行できなくなる。また、ゲームは常に0対0となり勝負にならない。
    (先生の言いたかったことは、このことだと思います。
     バスケットボールのプレイ中に怪我人がでることは喜ばしいことではありませんので。)

 2) 面白さや楽しさを持続させるために、ルールを変更することがある。
    (このケースですが、この状況は少し特殊かも知れませんね)

 3) 面白さや楽しさを追求するために、バライアントルールを追加する。

 となります。3つに分けて箇条書きをしていますが、これらは密接に関連しています。3つのキー項目についてルールの持つ意味を考察してみます。

 1)についてですが、ゲームが成立するためにルールを確立しようとすると、プレイをする人は少なくとも目標(勝利条件ともいいます)を理解している必要があります。例えば、勝利ポイントを一番多く獲得することや、一番早く手元のカードを無くしてしまうといったことがあります。トランプのナポレオンのように、プレイヤーによって目標が異なることがありますが、ゲームの目標が存在する点では他のゲームと差異はありません。
 次に、1)と2)に重複していることですが、面白さや楽しさを持続させることも、ルールを作る1つの要素と見ています。持続させる視点も2つあり、「1回のゲームの中でいかに面白さを持続させるか」と「今回のプレイだけでなく、次回以降についてもいかに面白さを持続させるか(=再度遊びたいと思うか)」があります。
 2)で述べているルールの変更ですが、ルールは変更しているものの、面白さを追求する姿勢は変わっていないことが判ります。

 3)については、ボードゲームを紹介するいくつかのホームページ上で、オリジナルのバライアントルールを掲載して紹介していることを考えると、面白さを追求できるようにルールを変更していることが伺えます。

 以上の考察内容をまとめますと、ゲームにおけるルールとは「プレイヤーが目標およびその達成手段を理解する」、「プレイ中の面白さや楽しさを追求する」、「面白さや楽しさを持続させる」ことを役割としていると考えることができます。

 さて、そろそろ本題の「ルールに記載されていない事項をどう解釈するか」ですが、これはルールが持っている役割を、そのままルールが記載されていない事項に適用することで解決できると考えています。


「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:Ken    日付:3月10日(日) 8時42分
 ホテルの株式売買ゲーム「アクワイヤ」を例にしてみましょう。このゲームでは、株式の枚数を公開してプレイするかどうかが、ハスブロ版とその他の版ではそれぞれ異なります。どのルールを選択するかについてですが、プレイスタイルに依存するところが大きいと思います。例えば、勝ち負けを重視する「勝負型プレイスタイル」を好むプレイヤー同士では、相手プレイヤーの株式の枚数を把握しておく(カウンティング)のもプレイヤーの役割として非公開のルールでプレイした方が面白いと感じるでしょうし、逆に株式を公開してプレイヤーが熟考する形態を取ることもできるでしょう。
 一方、偶然を楽しむ「あっと驚き型プレイスタイル」を好むプレイヤーが多い場合は、株式を非公開にしてカウンティングを禁止にしたり(これはルールよりもモラルの話となりますが…)することもできます。ルールは、プレイヤーのプレイスタイルによって異なるかも知れませんが、プレイを行う前にプレイヤー同士で話をし、記載されていないルールを補足していくことになると思います。

 今回はこのあたりで、次の人へテーマを引き継ぎたいと思います。


Re: 「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:    日付:3月12日(火) 22時11分
まず、「ルールとは?」から考えていくアプローチは正しいと思います。
そして、今回のテーマが「プレイスタイル」の問題とつながるということは、たぶんあまり取り上げてこられなかった視点です。この方向性も正しいと思います。


P.S.茨城県で車の販売をしていたとは知りませんでした。ちょっと驚き。


Re: 「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:Ken    日付:3月17日(日) 0時54分
さっそくの感想をありがとうございます。
このテーマの考察は始まったばかりです。
この方向性だけにとらわれず、自由な切り口で話を進めてみて下さい。


Re: 「ルールに載っていない事項をどう解釈するか」
名前:金七    日付:3月27日(水) 13時30分
私も「ルールとは?」ということから入ったのですが、その問題を消化しきれずに、散漫な考察になってしまいました。
せっかくのテーマを生かしきれず、申し訳ないことです。


「ホビット」 返信  引用 
名前:    日付:3月4日(月) 0時18分
週刊ボードゲーム通信 2/25―3/3号 「ホビット」

 以前、ドイツへ短期留学した大学の後輩が「ホビット」を買って帰ってきました。彼はロールプレイングゲーム中心のゲーマーで、ボードゲームは時々する程度だったので、それが唯一のお土産のボードゲームでした。
 購入理由は、地図の美しさやめずらしさ(日本では売っていなさそう)だったようです。実際、中つ国の地図は非常にきれいです。
 
 ゲームとしては、「多人数ソロプレイすごろく」です。プレイヤーはホビットとなってボード上を移動します。モンスターを倒してお金を獲得し、イベントでアイテムやキャラクターを得て強くなっていきます。最終的にドラゴンを倒したプレイヤーが優勝します。
 
 「多人数ソロプレイすごろく」の特徴であるプレイヤー間の足の引っ張り合いの要素は、このゲームにも少しあります。戦闘(なぞなぞ勝負)によって、相手のアイテムを奪いあいます。それ以外にはプレイヤー間の関わりはほとんどありません(ただ、モンスター用の戦闘ダイスを振ったり、カードをくるといったことには忙しい)。

 この手のボードゲームに最も重要なことは、それっぽさだと思います。つまり、指輪物語の世界で冒険をしていると感じられることです。しかし、それにはあまり成功していません。プレイ内容は、単調な手続き(サイコロ振り、カード引き)を繰り返している印象です。冒険途中で遭遇するキャラクターやイベントは、カードにイラストが書かれた具体的なものなのですが、どうも単なる数値と捉えられがちです。最も強いキャラクターであるガンダルフも、修正値のよいカードでしかありません(自分には)。
 このゲームは、何回かプレイするとたぶん飽きます。工夫の余地や頭を使う要素がほとんどないので、正直言って私にとっては1回プレイすれば十分なゲームです。


「ホビット」
名前:    日付:3月4日(月) 1時6分

 ところで私は、「多人数ソロプレイすごろく」で面白いものに当たったことがないです。この手のゲームは時間つぶしにすぎないと感じられます。しかし高く評価されているゲームもあるわけで、以前から疑問に思っています。これは単に好みの問題なのか、と。そして好みの問題であるならば、この手のゲームを好みとする人はどういう人なのか、苦手な人はどういう人なのか、と。
 「多人数ソロプレイすごろく」の構造は、コンピューターRPG(ネット系でないもの)に似ています。ゲームブックにも似ています。テーブルトークRPGにはあまり似ていないと思います(理由は、テーブルトークRPGの目玉はプレイヤー間の協業であると思うからです)。
 となると、コンピューターRPGやゲームブックが好きな人は「多人数ソロプレイすごろく」を好きになるのでしょうか。それは疑問です。なぜならコンピューターRPG等の方が洗練されていて面白いからです。
 私の経験則では、テーブルトークRPGとボードゲームのバランスのとれた両立は稀です。つまりテーブルトークRPG好きがボードゲーム好きにもなることは少ないです。そうなる人は、もともとボードゲーム好きのDNA(素質)を持っていたが、それまでボードゲームの存在を知らなかったのだと思います。その証拠に、テーブルトークRPGが好きな人がいったんボードゲームを好きになったら、たいていはボードゲームしかしません(細々と昔からの仲間とTRPGもする場合あり)。ですから、そういう人に対しては、なにもRPGもどきのボードゲームである「多人数ソロプレイすごろく」を紹介することもないと思います。

 「ホビット」はまた、キャラゲーでもあります。このゲームは、指輪物語に関心がある非ゲーマーに対して効果はあるでしょうか。私は、NOと判断します。「ホビット」は指輪物語の世界での冒険をシュミレートできていません。よって、このゲームをした指輪物語のフアンは、「こんなのは指輪物語じゃない」と思うでしょう。

 このように考えてきましたが、もしかしたら「多人数ソロプレイすごろく」は私の好みに合わないわけではないかもしれません。「ホビット」をネガティブに評価してしまうのは、このタイプのゲームのプレイスタイルを理解していないことに原因があるのかもしれないです。つまり、ゲームの構造を把握できておらず、デザイナーの意図を読み取れておらず、どうすれば正しいプレイになるかが分かっていないのでは、と。
 自分には、「ホビット」を何度かプレイするとプレイスタイルが見えてくるとは思えません(逆にこのゲームの至らなさばかり見つけてしまいそうです)。どなたか、「ホビット」または「多人数ソロプレイすごろく」の楽しみ方を理解している方がおられたら、ぜひとも教示していただきたいです!(皮肉はそれほど含まれていません)


"ホビット"(Hobbits)
Queen Games/I.C.E.(発売),Jean Vanaise & Philippe Janssens(作),
1994, 2-4人, 60−120分
横の個人的評価:2 (許せ後輩・・)


Re: 「ホビット」
名前:金七    日付:3月27日(水) 13時39分
ある程度楽しく時間がつぶせればいいという方もおられるでしょう。
ボードゲームそのものが暇つぶしだと世間一般には思われているようですし。
ちょっと残念です。

「エルグランデ G&K」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:2月24日(日) 22時4分
週刊ボードゲーム通信 2/18?2/24号

 これは「エルグランデ」の拡張セットです。通常ルールの舞台スペインに加えて、このセットでは、アメリカ、地中海、フランス、商船といったエリアがプラスされています。さらに、異端審問官、宗教騎士団が登場します。

 6と7のアクションカードが追加されています(騎士投入は2から3人です。6人7人と入れられるわけではない)。6のアクションカードは異端審問官です。このカードを取ると、異端審問官コマを自分のものとすることができ、4人の宗教騎士団コマを自分のものとカウントできます。さらに騎士補充か騎士投入を追加で1コマできます。

7は今までにないアクションがあります。詳しくは隔月刊ボゲ通の第2号を見ていただくとして、カードを取ることにより発生する、黄金チットをいかに効果的に回収できるかが勝負の大きなポイントとなります。

 新大陸に行くためには、沿岸領土から船に乗り、次ラウンドに上陸するのが通常の手段ですが、非常に手間がかかるため、1の移動系のアクションカードが重宝します。選べるアクションカードが増えたため、2のアクションカードは、ほとんど誰も選ばないことでしょう。(開けなくてもいいかも…)。

 ノーマルルールと比べて、エリアが格段に増え、得点手段にも黄金チットなどが増えています。今までは狭いエリアを奪いあっていましたが、今度はほとんど争わずにすみます。一か所を争うよりも、誰かが先に行ったら他の場所に行くということになり、競合することが少なくなっています。プレイしたメンバーの指摘ですが、他プレイヤーとの関わりが薄れてしまって、何かそれぞれがそれぞれのプレイをしているだけに見えなくもない、とのこと。確かに、そんな傾向があります。これは結構重大な問題という気もします。
 でも、まあ面白いので良しです。いかにも破綻しそうな各要素を、ここまでバランスよくまとめているのはさすが、と思います。
  
"El Grande Grossinquisitor & Kolonien"(「エルグランデ 異端審問官と植民地」)/Wolfgang Kramer & Richard Ulrich(作)
Hans im Gluck(発売), 1997
2?5人
鱶(fuka)の個人的評価:4(良い)

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Yoyo/4569/gekkan2.html

Re: 「エルグランデ G&K」
名前:金七    日付:2月27日(水) 11時56分
全員の得点源が最後までかぶらない、と言う事はさすがにないと思いますが、
「エルグランデ」より争いは減るでしょうね。
読み合いの面が薄れたと見ることもできますし、流れがスムーズになったと言うこともできると思います。


Re: 「エルグランデ G&K」
名前:    日付:2月28日(木) 22時54分
エルグランデは狭い領土でつばぜり合うことが特徴のゲームなので、G&Kは広くなった分エルグランデさが薄れていそうですね。より多人数用ということにしたらエルグランデさは濃くなると思います。7人プレイなんかも楽しそう(どういう展開になるんだろ)。


「エルグランデ G&K」
名前:Ken    日付:3月10日(日) 10時9分
プレイヤーの行動の選択肢が増えている分、エルグランデ、K&Iと比較すると、争いがなくなった分、のびのびと行動ができるようになっているのが特徴でしょうか。

7人プレイのアイデアですか...。
交渉などのマルチゲーム要素が加わりそうで、違ったゲームになるものまた良いのではないでしょうか。ただ、自分の番が回ってくるまでにかなり時間がかかりそうな気がします。


「エルグランデ G&K」
名前:    日付:3月25日(月) 0時30分
そのとおりですね。7人プレイにすると時間がかかりすぎます。対策となるルールが必要でしょう(思いつきませんが)。


「コントール」(オープン情報と戦略) 返信  引用 
名前:金七    日付:2月16日(土) 11時57分
   週刊ボードゲーム通信 2/11―2/17号

 今週は前回の「コントール」で予告したように、「オープン情報と戦略」に関してです。
ゲームの紹介ではないのですが、よろしかったらお付き合い下さい。

 「コントール」では補充カードがオープン情報(全プレイヤーに開示されている情報)なので、最初の手持ちカード5枚だけがクローズド情報です。
したがって、その5枚を場にプレイするたびに、相手プレイヤーに手の内を把握される事になり、最終的には全て知られる事すらあります。
やはり、相手のカードを全て把握していると、その時点での「最善手」が割合明白になるので、かなり優位にゲームを進める事ができます。
もちろん、これは双方同条件なので、有利不利はありませんが、唯一のクローズド情報である、最初の5枚の重要性は高いと思います。

 この「ゲームが進行するにつれてお互いの手の内が明らかになっていく」感覚が、麻雀に似ているというプレイヤーがいました。
こういったゲームは他にもありますし、共通した問題点があると思うので、詳しく書いていきます。

 ずばり問題点は「情報把握の個人差」です。
これは個人的な嗜好・能力等によってかなりばらつきがあると思います。
ばらつきそのものはゲームを面白くする要素にもなるのですが…。
例えば「コントール」では、カードには、「3−89の数字、コインマークの有無、船マークの有無、三種の交易品」が情報として表示されています。
こう書くと何てことはないようにも思えるのですが、実際にやってみると、ほとんど覚える事ができませんでした。
「自分の次の補充カードが何か」ということぐらいは何とか戦略に組み込めるのですが、「相手が今どんなカードを持っているか」となるとさっぱりです。
数字の大きいカードを出したプレイヤーから場にカードをプレイできるので、区画の確定をしたい時など、明らかに「早い者勝ち」な状況の時は、相手のカードの数字だけでも覚えていれば圧倒的に有利です。
私の場合、この理解と実践との間に愕然とするほどの差がありました(笑)。
すべき事が判っていてできないのは、なかなかつらいものです。
それ故にこのゲームの評価が低いのですが(2)、それはこのゲームの出来が悪いことを意味しません。
出来が悪いのはゲームではなくて、(以下略)。


「コントール」(オープン情報と戦略)
名前:金七    日付:2月16日(土) 11時58分
 この問題の難しいところは、必ずしも情報把握能力が高いほうが良いわけではない、という点です。
かなりのチョコレート(笑)がかかっている麻雀や、競技会におけるゲームでは、高いほどいいと思います。
しかしながら、普段楽しみながらやるゲームで、勝利(楽しみの重要な一部であるとは思います)のために、必死になって記憶力を駆使するのは、本末転倒な気もします。
もっとも、必死にならなくても覚える事のできる方も多いでしょうが、どうしてもばらつきが存在しますし、さらに、ばらつきそのものではなくて、そこから生じるゲーム進行上のずれが問題だと考えます。
ゲームに対するスタンスは各人各様ですし、それでいいと思うのですが、あまりにもうんうんうなりながらプレイされると、流れが阻害されて、ちょっと興ざめになる人が出る可能性があります。
逆に全然戦略を考えずに、場当たり的にプレイされると、ゲームを味わい尽くした感じがしなくてがっかり、という人もいるでしょう。
このあたりのスタンスの差は、同じゲームでもメンバーによって面白さが違う事の理由の一つになっているでしょう

 理想的なのは「スタンスが似通っていて、能力が微妙に違う」メンバーで、ちょっとつらいのは「能力は同じぐらいだけど、スタンスが違う」「スタンスはあまり変わらないけど、能力が雲泥の差」なメンバーだと思います。
例えば、神経衰弱をしたとして、「同じぐらい勝利にこだわりがあって、記憶力にあまり差がない」メンバーなら熱い勝負が期待できますが、「全員負けず嫌いだけど、記憶力にはかなり差がある」メンバーだと、負けた人の印象は最悪になるでしょう(この場合後半ゲームに参加すらできない可能性が…)。
「コントール」でいえば、相手の補充カードまで完璧に把握して戦略に組み込んでいる人と、自分の手持ちカードだけで戦略を考えている人では、同じゲームをしていても違う世界(笑)に住んでいるので、あまり面白くないかもしれません。
ちなみに、「スタンスも能力も全然違う」メンバーだと、カオスの世界なので、どんなプレイになるか予想がつきません。
組み合わせによっては最高のプレイを楽しめるかもしれませんが、その正反対もありでしょう。

 ゲームの楽しさを構成する要素として「交渉」「相手の意図の読みあい」「偶然性」などとともに「情報把握の個人差」もあると思います。
「伝言ゲーム」などは、完全にその点に立脚して成立していますし、その他のゲームにも色々な割合で含まれています。
今回はその点について考えてみましたが、どうもまとまりのない考察になってしまいました。
そこで次回はこのシリーズの最後として、今まで通信社で紹介されたゲームや麻雀(笑)を具体例にして、それぞれのゲームで「オープン情報」や「情報把握の個人差」の占める割合を考えていきたいと思います。


Re: 「コントール」
名前:    日付:2月23日(土) 0時34分
プレイヤーの方はこれまであまり省みられてこなかったですね(ボードゲームについては深く考察されますが)。プレイヤーの「スタンス」というのは、適切な言葉だと思います。新たなる問題提起ですね。

私も相手が持っているカードを覚えるのは苦手です。リソース(脳)の多くを記憶することに配分するのはどうも違う、と思ってしまいます。やはり、交渉とか意図の読みあいにリソースを使った方が面白いですよね。


Re: 「コントール」(オープン情報と戦略)
名前:金七    日付:2月27日(水) 11時50分
私も個人的には「情報処理系」(今適当に考えた)よりは、「意思反映系」(同左)の方が好きです。
これは他のところでも言及しましたが、正解にいたる道がひとつだと優劣を争っているようで楽しくないですが、
人によっていろんな選択があって、それが互いに影響し合うほうが、何度プレイしても楽しいと思います。
少し次回のネタばれになりますが、「情報把握の個人差」が占める割合が、高いゲーム(魔女の踊り100%、神経衰弱90%)よりは、
それを運で薄めたゲーム(麻雀50%)、基本的にオープン情報のみのゲーム(エルグランデ20%、ラー10%)の方が、かえって「深い」ゲームだと思います。


デトロイトのゲーム事情 第2回 〜ゲームズワークショップ版「指輪物語」〜 返信  引用 
名前:Ken    日付:2月12日(火) 14時53分
週刊ボードゲーム通信 2/4―2/10号 

 デトロイトのゲーム事情2回目です。前回のトイザラスに続き、今回はバーンズ&ノーブルズを紹介したいと思います。「えっ、確かバーンズってボードゲーム屋だったっけ?本屋では?」とあなたが考えたのであれば、それは大正解です。バーンズ・アンド・ノーブルズとボーダーズ・ブックは、こちらではとても有名な本屋さんといえます。また、本屋の中には、必ずといっていいほどカフェテリアが存在し、買った本を(一部の人は買っていないにもかかわらず持ち込んだ本を)読みながら休日を過ごす人が多々見受けられます。最近は日本でも、カフェテリアを本屋内に設置するスタイルが徐々に導入され定着しつつあります。

 実際、私が訪れたバーンズ内には、特設コーナーがいくつか設けてありました。その中に、指輪物語のコーナーがありましたので立ち止まり、置いてある商品を物色(?)していました。指輪物語に関する情報については、下記にURLを掲載しますので、詳しくはそちらをご覧下さい。このコーナーでは、ホビットや指輪物語に関する本は勿論のこと、朗読カセットや映画版「指輪物語」の写真集等が並んでいました。また、ライナ・クニツァ製作の指輪物語などボードゲームも数種類置いてありましたが、中でも一番興味を引いたのは、ゲームズワークショップ版「指輪物語」でした。

 ゲームズワークショップといえば、ファンタジーの世界を舞台とし、ミニチュアを使ったボードゲームの代表作「ウォーハンマー」を世に送り出したアミューズメント会社です。最近は、近未来を舞台とした「ウォーハンマー40000」や、駒の大きさを小さくして、戦いのスケールを拡大した「ウォー・マスター」を出しています。そのアミューズメント会社が、「指輪物語」のミニチュア化を手掛けたのですから、戦いを前面に押し出したゲームに仕上がっているのだろうなと想像していました。

 ゲームを買いたい気持ちはあるのですが、私は過去に「ウォーハンマーを購入したものの、色を塗る手間に遊ぶことを断念した」前科を持つため、いくらリアルに仕上がっている人形達が私を虜にしようとしても、購入への抵抗心が気持ちの中にありました。結局は、ボードゲームを買うことを断念し、隣に置いてあったガイドブック(ですがボードゲームとして遊ぶこともできます)「A Strategy Battle Game」を購入することでその場での気持ちを抑えることに成功しました。


Re: デトロイトのゲーム事情 第2回 〜ゲームズワークショップ版「指輪物語」〜
名前:Ken    日付:2月12日(火) 14時57分
 ガイドブックを読みますと、ゲームルール、8つのシナリオ集、ミニチュアに対するペイントテクニック、背景(ジオラマともいうことができると思います。)の作成方法が載っていることが判りました。嬉しいことに、ガイドブックには紙の駒が付いており、それらを三角形に組み立てると、シナリオをいくつか遊ぶことができるようになっています。紙の駒については、ボードゲーム版「バトルテック」を想像して頂けると判りやすいと思います。いずれのシナリオも、映画で出てきた場面が舞台となっているため、ゲームを遊ぶ前後で映画を一度鑑賞されることをお勧めします。

 今回の紹介はここまでにしたいと思います。今回紹介したゲームの特徴については、ゲームズワークショップ直営店の紹介を行う際に、一緒に説明を行う予定です。

指輪物語の公式ページ(オフィシャル)
http://www.lord-of-the-ring.com/index_flat.html

ゲームズワークショップ版指輪物語を紹介しているページ(オフィシャル)
http://www.games-workshop.com/lotr/


Re: ゲームズワークショップ版「指輪物語」〜
名前:    日付:2月21日(木) 0時26分
指輪物語に関するボードゲームは結構いろいろ出ていますよね。ミニチュア版も出ているのですね。
私も流れに従い、指輪物語に関するボードゲームで話題の「ホビット」のレビューをこんど書こうと思います。たまたま1年ちょっと前にプレイしました。


Re: 「指輪物語」〜
名前:    日付:2月28日(木) 23時0分
ところで見ていませんが、映画の「指輪物語」はあまり日本人受けしなさそうに思うのは私だけでしょうか。小説も読んでいなくて話の内容はあまり知らないのですが、なんとなくそう思います。


Re: デトロイトのゲーム事情 第2回 〜ゲームズワークショップ版「指輪物語」〜
名前:Ken    日付:3月17日(日) 0時51分
「指輪物語」については、観に行った人の話では「面白かった...」といったので、人気があるんだろうなあと思っていました(調査実績1名)。

私の場合は、図書館で借りた単行本を読んだのですが、翻訳された言葉ジリについて馴染みのない表現が多く、読むのに苦労したことだけはよく覚えています(読者を結構困らせていたのではないでしょうか?)。だから、世界観を感じる余裕はあまりなかったのが本当のところです。その部分については、劇場版を観ることで補うことができたと考えています。


「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」 (まとめ) 返信  引用 
名前:    日付:2月3日(日) 23時9分
週刊ボードゲーム通信 1/28―2/3号 

今回のテーマは、読者の方々にはあまりピンとこないものであったかもしれません。というのも、このホームページを見ていただいているような方はたぶん、ボードゲーム仲間がいて時々はボードゲームをされているでしょうから。
 今回は自分達が直面している問題として考えてきました。これまでを振り返ると、最も選びたい解決方法としては、「知ってる人にボードゲームを教える」(布教)ということのようです。
 となると次の問題は、相手に対するアプローチの仕方です。まず1人を誘ってボードゲームをしてみる(鱶さんの提案)時には、どのように相手に近づくべきでしょうか。

 Kenさんは、プレイヤーの見つけ方として以下のように述べています。
〈ボードゲームをする人が周りにおらず、見つけたい時は、学校や職場などで何気なしに話題に上げて人を探すことになります。「ボードゲームは、面白いで〜。」とニヤニヤしながら相手に話しかけて恐怖を与えるのではなく、「ボードゲームは子供だけでなく、大人を含めた誰でも楽しむことができること」を説明して興味を持ってもらいます。〉
 金七さんも、〈押しつけがましいと嫌われるでしょうから、そこは注意が必要です。〉と言っています。

 ボードゲームをしたことがない人に、ボードゲームをしようという気にさせるためには、まず興味をもたせる必要があります。結局のところ、「ボードゲームに興味をもたせるためにどのようにするか」という問題に行きつきます。これはまた改めて論じうるテーマであると思います。


Re: 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」 (まとめ)
名前:    日付:2月3日(日) 23時13分
 ところで、仲間を増やす方法は、テーブルトークRPGの世界でも切実な問題として考えられています。馬場秀和氏(テーブルトークRPG界では有名)は、エッセイの中で、RPG仲間を増やす試みについて述べています。このエッセイはボードゲーム仲間を増やす時にも参考になるので、その内容を以下にまとめて終わりとしたいと思います。
 
1、雑談するときには、さり気なくテーブルトークRPG関連の話題を出すように心がける。
 ポイントは次の通り。
 まめにネタ出しする。とにかく数多くトライする。手応えがなくても決して落胆しない。根気が大切。数で勝負。
 例えば、映画や小説の話題をふっておいてから、「こんど映画化されるというので話題になってる『指輪物語』だけどね、あれを題材にしたゲームがあるんだって。皆で集まって会話で進めていくタイプなんだけど・・・」という具合に誘導する。
 注意点としては、ストレートに「RPG」あるいは「テーブルトークRPG」という用語を使うと、一般人はコンピュータRPGのバリェーションだと誤解しそれで分かったような気になって興味を失う恐れが高い。むしろ「皆で集まって、会話で進めていくタイプのテーブルゲーム」くらいの表現にしておいた方が、好奇心を刺激してよい。

2、テーブルトークRPGというものに興味を持った相手に対する接し方のポイントは次の通り。
 ・無理をしない。話の流れを邪魔しない。無理な誘導は禁物。
 ・他人に不快感を与えない。優越感を顔に出したりしてはいけない。
 ・手応えを示した相手がいれば,少しづつ繰り返し気を引いて,相手が自発的に興味や好奇心を持つように導く。強引な勧誘は逆効果。
 喜びのあまり口角泡を飛ばす勢いでRPGについてしゃべりまくってはいけない。「RPGというのはね」と偉そうに説明を始めたり、いきなり「まずは一度プレイしてみよう」などと言い出すのはもっての他。何事も辛抱が肝心。
 
3、相手がある程度まで近づいてきたところで、一緒にRPGをプレイしてみようと誘う。
 何人か「下ごしらえ」しておいた相手に声をかける時に肝心なのは、「他のプレーヤーもテーブルトークRPGは初めての(または慣れてない)人達ばかりだから緊張したり遠慮したりする必要はないからね」と言うことだ。本当は周囲がベテランばかりの方が入門者にとって良いと思うのだが、それでは相手は引いてしまうだろう。

「アジアン・ポップカルチャーな人々に学ぶ(前編)」(馬場秀和,1999)より
http://www.scoopsrpg.com/contents/baba/baba_sep99.html


「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」(4) 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:1月27日(日) 20時42分
週刊ボードゲーム通信 1/21‐1/27号

 私の場合は大学生の時にサークルに入っていたので、そこでボードゲームをしていたのと、地元の友達とマジック・ザ・ギャザリングなどで遊んでいました。当時は今ほどボードゲームに熱心だったわけではなく、ゲームも「モンスターメーカー」などのカードゲームを数個持っているだけでした。その後、ボードゲームは先輩に譲ってもらった「キャンディデイト」と、「スパイズ」がありました。(どちらも初心者にはあまり向かないゲームです。)

 卒業して就職すると、地元も離れることになり、大学の時のサークルの人たちともほとんど会わなくなったので、ボードゲームからかなり離れてしまいました。
 やってたことはといえば、セガサターンのゲームとか、スーファミのゲームとか、ミステリとかSFとかファンタジーの小説を読んだりとか…ですかね。
 そんなある日、たまたま心斎橋の東急ハンズで「エルグランデ」を見つけてしまったのです。箱パケを見た瞬間に、「これは面白いゲームちゃうかー」と感じました。その時相手をしてくれるであろう人は、近くには1人しかいなかったので、ちょっと迷ったものの買ってしまいました。

 ルールを読んでみると、確かにこれは面白そうであったので、まず2人でやってみました。相手はボードゲームをまったく知らなかった人でしたが、かなり面白くプレイできました。
 これはもう3人目以降を見つけなければ!となり、私が見つけたのは以下の通りです。
@会社の人。
A金七氏など、遠方の友人(元サークルメンバー)。
Bギャザリングをやっていた地元の友人(タリスマン所持者、おそらく私が最初にボードゲームに誘われた友人)。
 A、Bはともかく、@はほとんどボードゲームを知らない人に楽しんでもらうことができた(…と思うのですが)点で、かなりこのテーマの趣旨に沿っていると思います。
 このサイトを見てくださっている方で、もしボードゲームに興味はあるものの、相手のいない人は↓。
 とりあえず面白そうなボードゲームを買う(できれば2人?プレイ可のもの)。そして、とにかく1人相手を見つける。やってみて面白い → さらにもう1人つかまえる。こんな手順でどうでしょう。

 結局のところ、「周りに一緒にボードゲームをする人がいないとき」にエルグランデとの出会いがなければ、何もしていなかったと思います。それが希代の名ゲーム(←言いすぎ?)によって覚醒してしまい、プレイ相手を一生懸命探しました。
 と、いうわけで、やっぱりいいゲームとの出会いは大切です。

 最後に、横氏より言及のあったゲームブックは好きなものの、やはりボードゲームの代わりにはならないかな、と感じます。(ボゲ通社的に守備範囲であるとは思うのですが…。)


2人プレイ
名前:    日付:1月31日(木) 1時5分
2人から始めるというのはなかなかいい方法ですね。ちょっと試みてみたいと思わせられます。
となってくると、次は2人でできるゲームの選択ですね。


Re: 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」
名前:鱶(fuka)    日付:1月31日(木) 19時15分
2人プレイで完結してしまうゲームよりも、「3人以上でやりたいなー」という感じのがいいと思うんですが。


マルチプレイ
名前:    日付:2月1日(金) 0時2分
なるほど。
「ボードゲーム」は本質的に3人以上でするものだったんですね!
それが、マジックザギャザリングやシュミレーションゲームや将棋との違いだったのか。これまたあたりまえのことなんですが、文章では見たことなかったです。


 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」(3) 返信  引用 
名前:金七    日付:1月19日(土) 21時46分
  週刊ボードゲーム通信 1/14―1/20号

 本を読んだり、サッカーを見たり、ツーリングに出かけたり・・・、おっと趣味を語る場所ではないですね。
怠惰な私は「機会があるまで我慢する」というどうにも話のもっていきようの無いタイプなのですが、
このまま終わるのはあんまりなので、少し雑談?にお付き合い下さい。

@一人でどうにかする
横さんが言及されたソロプレイなんかがそうですね。
他にも、話題になっていた「オンラインゲーム」「音声チャット」等も含まれます。
ネットの発達もあって、昔よりは簡単に実際に近い感じで楽しめるのではないでしょうか。
ただし、どうしても実際に集まってプレイするのとは感触が違います。

Aボードゲームをする人を見つける
サークルや例会に参加したり、対戦者を募ったりする方法です。
私のような田舎者にはつらいですが、都市もしくは都市近郊にお住まいの方なら可能ですよね?
貴方が初心者であれば教えてもらえますし、経験者であればすぐプレイできるのがこの方法のよい点かと。
問題なのは初対面の人と遊ぶ事に対する心理的障壁でしょう。

Bクラスチェンジ(ジョブチェンジでも可)
「○○さんはゲーマーへと変わりました」―いわゆる布教です(笑)。
Kenさんが言及されてますね。
興味の無い知人友人を勧誘するわけですが、成功すると様々なメリットがあります。
@Aに比べて集まる回数日時に融通が利きますし、同じ趣味を持つことによって交友が深まるかもしれません。
押しつけがましいと嫌われるでしょうから、そこは注意が必要です。

 個人的にはやはりBがお勧めです。
成功すれば老後の楽しみを共有する一生の友になれます(笑)。
しかしながら私は鱶さん、横さんとは大学のサークルで知り合いました。
Kenさんはさらにそのつながりから紹介してもらいました。
そこから考えるとAもいいよなーと思います。
正直最近ゲームをやる機会があまり無いのですが、このHPに来るとそれなりに満足してしまいます。
「旅行は行く前も行った後も楽しい」という感じでしょうか。
ここでいろんな方とお会いできるので@もまたよしですね。

 さて月並みな話しの展開でしたが、一応のオチがついたところで終わりにさせていただきます。
お付き合いありがとうございました。


クラスチェンジ
名前:    日付:1月30日(水) 0時41分
Bのクラスチェンジの素質のある人についても、1つのテーマになりそうですね。


週刊ボードゲーム通信 1/7-1/13号 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」(2) 返信  引用 
名前:Ken    日付:1月13日(日) 17時39分
 テーマ「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」の第2回目です。この問いに対する私の回答は「そんな時でも、人を募って、ボードゲームを遊んでみる」です。今回は、ボードゲームで遊ぶための準備条件を考え、それらの条件を満たす方法について実例を交えて説明していきたいと思います。

 人がボードゲームで遊ぶためには、少なくとも「プレイヤー」「イベント」「ボードゲーム」を準備する必要があることが自分のこれまでの経験で判ってきました。それぞれの準備内容について、詳しい説明をしていきます。

「プレイヤー」
 少なくとも、自分を含めて1人以上のプレイヤーが集まって、初めてボードゲームを遊ぶことができます。集まる人数を1人以上と書きましたが、横さんが書いていたように1人の場合はソロプレイになり、集まる人数が多ければ、その分だけ遊ぶゲームを選択できる幅が広がります。
 ボードゲームをする人が周りにおらず、見つけたい時は、学校や職場などで何気なしに話題に上げて人を探すことになります。「ボードゲームは、面白いで〜。」とニヤニヤしながら相手に話しかけて恐怖を与えるのではなく、「ボードゲームは子供だけでなく、大人を含めた誰でも楽しむことができること」を説明して興味を持ってもらいます。この方法で、実際何人かは興味を示してくれました。その際、相手がインターネットを利用できる人であれば、ボードゲームを紹介した後に、ボードゲームに関する情報が載ったHPのリンク先を、相手に伝えることを忘れないで下さい。
 周りの人でボードゲーム仲間を探すことが難しい人は、インターネットや雑誌の読者欄を使って、ボードゲームができる仲間を募る、もしくは相手を探すことになります。例えば、インターネット上の検索ホームページにて、キーワード”ボードゲーム”で検索をかけますと、仲間を募っている個人のホームページにたどり着くことがありますので試して下さい。

「イベント」
 「イベントって何ぞや?」と思った方は多いことでしょう。
 イベントとは、ボードゲームを遊ぶための約束を取り付けることと考えて下さい。例えば、周りの人に召集をかけて集まる約束をすることや、もしくは市民会館やボードゲームのフリースペースなどを借りてゲームを遊ぶためのイベントを開催することが例として挙げられます。
 イベントが必要な理由は、仮にボードゲームを一緒に遊ぶ仲間を見つけることが出来たとしても、相手の生活パターンが自分と異なる中で、一緒に会う時間を見つけて遊ぶ機会を作るためです。これは、遊ぶ人数が増えれば増えるほど、皆が一度に集まることが難しくなりますので重要になってきます。残念ながら、時間帯が合わず参加できなかった人に対しては、今回は諦めてもらい次回に参加してもらうなどの方法が必要になるでしょう。特に、遠いところからやって来たプレイヤーのことを含め、移動時間を考慮して遊ぶ時間を決めて下さい。
 イベントについてもプレイヤーを見つける方法と同様に、インターネットなどの媒体を利用することができます。ボードゲームサークルが行う定例会の中には、馴染みのある仲間だけではなく、新規プレイヤーを募っていることがありますので、一緒に遊ぶ仲間を幾分は見つけやすくなります。


Re: 週刊ボードゲーム通信 1/7-1/13号 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」
名前:Ken    日付:1月13日(日) 17時40分
「ボードゲーム」
 ボードゲームを遊ぶ仲間が見つかり、一緒に合う時間を約束したとしましょう。ところが、当日会った時に「何のゲームをして遊ぶ?」「うーん、、、」とか「ボードゲームを持ってきた?」「いや、、、」といったことが時々起こります。これは、プレイヤーが突然の参加やキャンセルなどで、当初予想していた参加人数が参加時間が変わってしまうことが原因になることが多くあります。そこで、プレイ人数や時間をある程度調整できるように、プレイするボードゲームを予定よりも多めに用意しておくことをお薦めします。例えば、短時間で少人数から多人数で遊ぶことの出来る軽めのカードゲーム「クク」「6ニムト」などを用意するのも手です。

 以上、プレイヤーを見つけてボードゲームで遊ぶ方法について説明しました。

 最近は、ボードゲームをインターネット上で遊ぶことのできるソフトが登場しています(オンライン版カフナについては、ボードゲーム通信HPのトップページにリンク先が記載されています)。これらのソフトを利用すれば、遠くにいるプレイヤーと一緒にボードゲームを楽しむことができますので、どんどん活用したいところです。オンライン版ボードゲームに加えて、マイクロソフトや他のプロバイダで提供されているインターネット会話サービスを利用すれば、文字チャットではなく、文字通り生の会話を導入することができますので、コンピュータ上でもボードゲームの醍醐味を味わえると信じています。

今回は短くまとめることになりましたが、このあたりで次回の人にこのテーマを引き継ぎたいと思います。


以下、私が利用している音声チャットができるツールです。
「MSN Messenger」http://messenger.msn.co.jp/
「NetMeeting」http://www.microsoft.com/japan/windows/netmeeting/


Re: 週刊ボードゲーム通信 1/7-1/13号 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」
名前:    日付:1月15日(火) 22時47分
いちど音声チャットでボードゲームをしてみましょうか。
記事のネタにもなりそうだし(苦笑)。

ソフトがないゲームでも、音声チャットとデジカメのリアルタイム画像があればプレイできるものはあるかも。どのゲームなら可能でしょう。手持ちカードがあるゲームはだめですね。地図が広いものやコマが多いものも難しいですね。ラーは比較的できるかも。あまり思い浮かびませんね・・


音声チャット
名前:金七    日付:1月19日(土) 11時7分
「ラー」はほとんどオープン情報なので可能かもしれませんね。
比較的短時間ですみますし。
面白いかどうかは未知の領域ですが。


Re: 週刊ボードゲーム通信 1/7-1/13号 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」
名前:やまさん    日付:1月28日(月) 1時29分
どうも、お世話になります。

文中にあったボードゲームの面白さを伝えるって、具体的にはどのようにしていますか?結構、暗いイメージとか、神経衰弱しそうな感じがあったりして、なかなか乗り気になってこないという事があります。また、ルールを覚えるのも気後れしてしまい、ゲームやる前から疲れてしまったりします。(笑う)


ボードゲームの面白さを伝える
名前:    日付:1月29日(火) 0時1分
そうですよね。今回のテーマは、「ボードゲームの面白さを伝えるために具体的にどのようにするか」という問題に行きつきますね。これについての話は出てきてないです。
簡単には回答が出せないと思いますが、次なるテーマとします?


Re: 週刊ボードゲーム通信 1/7-1/13号 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」
名前:やまさん    日付:1月29日(火) 1時4分
横さん
凄く興味深いテーマです。宜しくお願いします。

私は特にゲームのルールを人に教えるのは苦手でして、間違ったルールで遊んでしまったりとか、友人が終始目的が分からずにプレイしていると、言う事がありました。これ、いつもボードゲームを遊ぶ時の難関といえます。
題材からはみ出てしまって申し訳御座いません。


次のテーマに是非!
名前:Ken    日付:2月1日(金) 12時56分
やまさん、貴重なアイデア提供を有難うございます。「ボードゲームの面白さを伝える方法とは?」を次のテーマとして選ぶことは大賛成です。

鱶さんが、テーマの中で記述されていました「エルグランデの普及活動(?)」ですが、「また1人、また1人とプレイヤーを増やしていく」ことは、ゲームの面白さを伝える人が大勢いるため、面白さを伝える方法としては強力だと思います。逆に、1人のプレイヤーが複数の初心者に対してゲームを教える時は結構大変です(でした)。


イベント
名前:    日付:2月2日(土) 3時18分
ルールを教えるという技術的な点でも、まず2人から始めるのがよいという鱶さんの提言は有効ですね。

Kenさんの言う「イベント」は、これまで見過ごされてきたもののようですが、考察するべき事項ですね。

週刊ボードゲーム通信 12/31-1/6号 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」(1) 返信  引用 
名前:    日付:1月6日(日) 23時31分
 みなさん明けましておめでとうございます。今年も週刊ボードゲーム通信を続けていきます。さて、今回のテーマは「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」です。もちろん「ゲーマーとして」という縛りが暗にあります。
 ここしばらく理念的なテーマが続きましたが、今回は実践的なテーマです。あまり難しいことは考えず、各自思いつくことを述べていきたいと思います。
 ところでこのテーマを選んだのは、ボードゲーム通信社のメンバーにとって切実な問題だからです。最近は、皆そろいもそろってボードゲームをしていません。これほどボードゲームをしていないのに、ボードゲームに関する文章を書いていけるのが不思議なくらいです。

 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないとき、自分自身は今までどうしてきたか」を考えてみました。その回答は「1人でボードゲームをした」です。ソロプレイと呼ばれるものです。ソロプレイという用語は最近ではあまり使用されないようですが、一昔前はもっと一般的でした。一時期アバロンヒルから発売されていたボードゲームの裏箱には、ゲームの難易度とともにソロプレイに適している尺度が載っていたほどです。
 自分のゲーム人生を振り返ると、子供の時から様々なゲームのソロプレイをしました。人生ゲーム、将棋、自分で作ったゲーム、シュミレーションゲーム、多人数ゲーム、マジックザギャザリング等です。しかし最近はめっきりソロプレイをしなくなりました。
 はたして、ゲームをする相手がいないときにソロプレイをすることは有効な方法なのでしょうか。今回はソロプレイに関連して思いつくことを挙げ、その可能性を探ってみたいと思います。

 まず、ソロプレイをする目的としては以下の3つが考えられます。
1.ルールを把握するため
2.ゲームを研究するため
3.ゲームを楽しむため

 1.と2.に関しては、ソロプレイでもある程度有効だと思います。しかし、肝心の3.に関しては難しそうです。ソロプレイでゲームを楽しむことは本当に難しいのか、ということを少し考えてみます。
 どういうゲームが3.を目的とするソロプレイに適しているのでしょうか。それを考えるために、ソロプレイに適していないゲームがどういうものかということを考えます。ソロプレイに適していないゲームは以下のようなものです。

・参加人数の多いゲーム
・各プレイヤーのみが知る情報があるゲーム(特にカードゲーム)
・プレイヤー間の交渉があるゲーム
・管理するもの(コマ、数値など)が多いゲーム
・時間がかかるゲーム
・運の要素がないゲーム(プレイヤーの技量によるゲーム)
・面白くないゲーム

 これらを参考にして、これまで週刊ボードゲーム通信で取り上げられたゲームの中で比較的ソロプレイに向いていそうなゲームを探してみました。「キビット」、「ローゼンケーニッヒ」、「東部戦線」、「WAR AT SEA」です。「キビット」はプレイしたことがないのでなんとも言えませんが、「ローゼンケーニッヒ」はソロプレイしたいとは特に思いません。「東部戦線」、「WAR AT SEA」ならソロプレイしてもよいかもと思います。見渡してみたところ、ソロプレイに向くドイツゲームは少ないようです。やはりソロプレイはシミュレーションゲームの専売特許かもしれません。


週刊ボードゲーム通信 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」 (続き)
名前:    日付:1月6日(日) 23時35分
 再び自分のボードゲーム人生を振り返ると、普通のボードゲーム(シュミレーションゲーム以外)をソロプレイする時には、試行錯誤がありました。
 「ルールを変える」ということを試みたことがあります。例えば、使うカードを乱数で決めるなどです。
 また「プレイヤーの行動指針を決める」ということもしました。例えば、プレイヤーAは攻撃的な行動パターン、プレイヤーBは保守的な行動パターン、などと。こういう状況であれば必ずアクションにでる(罠だと分かっていても)、というような行動パターンを作ったりもしました。
 こういったルールはソロプレイをする上での問題を少しは解消しましたが、面白いプレイにはなりませんでした。経験的にソロプレイはいまひとつ面白くありません。上記の3.(ゲームを楽しむため)の目的のソロプレイはやはり難しいです。

 ところで、「一緒にボードゲームをする相手がいないがボードゲームをしたい」というニーズがあってのことでしょうか、ソロプレイ用のボードゲームが少数生まれました。私がプレイしたことがあるものは、「RAF」と「アンブッシュ」です。前者は空戦、後者は陸戦のシュミレーションゲームです。両者とも面白くありませんでした。
 他には、ボードゲーム雑誌の「タクティクス」の付録に1人用ゲームがありました(「パンドラ号」、「ローマ帝国」)。それらは未プレイですが、ルールをさらっと見た限りではあまり面白そうではありませんでした。
 また、練習用シナリオとして1人用のものがあるゲームもあります。「戦国大名」、「日本機動部隊」、「エアフォース」等です。それらの1人用シナリオはルールの把握としては機能していましたが、ゲームとしては面白くありませんでした。
 結局のところ、これらの1人用のゲームよりも、2人用のゲームをソロプレイする方がましでした。ボードゲームのソロプレイ化の試みは成功しませんでした。

 しかしボードゲームをもっと広い範囲で捉えると、ソロプレイ化に成功した媒体があります。ゲームブックがその1つです。ゲームブックはボードゲームではありませんが、ボードゲームから派生したものであり、一種の1人用ボードゲームだと言えるでしょう。現在ではゲームブックはほぼ消滅しています。しかし、ゲームブック未経験のゲーム感覚のある人が良質のゲームブックをプレイしたならば、きっとよい評価をするでしょう。ゲームブックは再評価されてもよいと思います(ところでこの年末には、ゲームブックの新作が出版されましたし、同人誌の「ウォーロック」の最新号が発行されました)。
 また、テーブルトークロールプレイングゲームのキャラクター作成も、一種のソロプレイボードゲームです。トレーディングカードゲームのデッキ構築もそうです。これらもボードゲームのソロプレイ化に成功したものと言えます。


週刊ボードゲーム通信 「周りに一緒にボードゲームをする人がいないときはどうするか」 (続き)
名前:    日付:1月6日(日) 23時36分
 結論としては、普通のボードゲーム(ドイツゲーム、アメリカ製のマルチゲーム等)はソロプレイには向いていません。それらはシステムとしてソロプレイには向いていないのですが、たとえルールを修正してソロプレイ可能にしたとしても面白くはならないでしょう。
 やはりソロプレイは、今回テーマとしている問題の解決にはなりません。ボードゲームの研究としてならばある程度の可能性はあるかもしれません(今回は特に論じませんでしたが)。自分自身が子供の時からソロプレイを時々してきたのは、研究としての興味からと暇つぶしからだったと思います。

 当たり前の結論となってしまいました。次回は別のアプローチでこのテーマを考えていくこととなると思います。


Re:ソロプレイ
名前:金七    日付:1月19日(土) 11時3分
私も研究目的でシミュレーションゲームのソロプレイはやりました。
「マーケットガーデン作戦」で連合軍が勝つのは可能か、とか。
(結論:無理、なんちゅうゲームだ・・・)
あんまり面白くは無かったですね。


ソロプレイをする目的
名前:Ken    日付:1月20日(日) 8時58分
文中にて、横さんは

1.ルールを把握するため
2.ゲームを研究するため
3.ゲームを楽しむため

と書かれています。

私がソロプレイをする目的は、3はあまりなく、殆どが1と2を占めています。ゲームを研究する理由として、もちろん必勝方法を考えることも含まれていますが、重要なのは、「このゲームとルールをどうやって紹介するのか?」「どういった人たちに面白いと思ってもらえるのか?」の2つかなと考えています。

この点で、
「クク」←ターゲット層がとても広い、すぐ遊ぶことができる
「エルグランデ」←ルール説明がしやすい、判りやすい
が気に入っています。


ソロプレイ
名前:    日付:1月30日(水) 1時5分
ねんのための確認ですが、ククはソロプレイしませんよね?

ところでもう一度思い返してみると、自分は楽しみのためのソロプレイが中心でした。


ククはソロプレイをしないのか?
名前:Ken    日付:2月3日(日) 9時55分
実は、1回だけやってみたような気がします。
プレイヤーがいることを想定して、カードを並べて見たような...。

ソロプレイの結果、親プレイヤーが山札を相手にチェンジする時に、引いたカード毎の対処方法(飛び越える、交換は発生しないなど)をしっかり覚えておく必要があることが判ったくらいでしょうか。

週刊ボードゲーム通信 12/24−12/30号 「マジック・ザ・ギャザリング」 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月30日(日) 21時6分
 年の瀬もおしせまっております今日このごろ、みなさまいかがおすごしでしょうか。今年の締めくくりとなりますボードゲーム通信ですが、何の脈絡もなく今回は「マジック・ザ・ギャザリング(第4版)」です。
 「マジック・ザ・ギャザリング」は2人用のカードゲームです。
 カードを自由に組み合わせて、自分のデッキ(カードの一組)を組み立てます。カードは主に、土地カード、クリーチャーカード、魔法カードなどに分かれています。自分の手番には、土地カードを置き、そこから供給されるマナと呼ばれる魔力を使ってクリーチャーを召喚したり、魔法を使ったりします。また、それぞれのカードには赤、青、黒、白、緑、無色の属性があり、それぞれに特徴があります。赤魔法はプレイヤーに直接ダメージを与えられるものが多く、青魔法には防御の魔法が多い、などです。お互いにクリーチャーの召喚、魔法の使用などにより、相手にダメージを与えていき、先に相手のライフを0にした人の勝ちです。

 このゲームの特徴は、トレーディング・カードゲームという点です。ゲームを1箱買っただけでは、十分にゲームを楽しむことができません。カードは何百種類(何千種類?)にも及び、それぞれレア、アンコモン、コモンと入手難易度が違います。レアカードにいたっては、何箱買ってもまったく見ることがかなわないようなものもあります。1人では全てのカードがそろわないので、他の人とトレードをしたりもします。それで、「トレーディング・カードゲーム」ということなのです。


週刊ボードゲーム通信 12/24−12/30号 「マジック・ザ・ギャザリング」
名前:鱶(fuka)    日付:12月30日(日) 21時7分
 ルールブックはありますが、詳細なところは各々のカードに記載されている内容を見ないと分かりません。
 要するに、普通のゲームは各プレイヤーがルールを把握し、同じ土俵、同じルールの下で勝敗を競うものですが、 「マジック・ザ・ギャザリング」が革命的なことには、@「ルールの全貌を各プレイヤーが知らない」、ことにあると思います。さらに、A「多く買わなければ多くの種類のカードが手に入らない」、B「自由にカードを組み合わせてデッキをデザインできる」、という合わせて3点が特徴といえましょう。
 @の特徴に関しては、違うルールで戦う、異種格闘技戦の様などきどき感があります。一般的なゲーム以上に手札の秘密性が、心地よい緊張感をもたらしている感じがします。
 AはNBAカード、MLBカードのようなゲームではないコレクションカードの世界では一般的でしたが、ゲームの世界でここまで買わせる力があったのは、ゲームの魅力がやはり大きな部分だったのかなと思います。
 各カードには組み合わせによって、非常に効果的なものがあります。Bのデッキデザインとは、カードの有効な組み合わせ(コンボ)を自由に考えてデッキを作ることです。知っているカードであっても、対戦時に自分が思っても見なかったような美しいカードの組み合わせを見せられたりするのが良いです。
 以上のような点は、難点とも表裏一体であります。カードを集めるのにお金がかかりすぎること。またデッキデザインは経験とカードの持ち数にも左右されてしまうので、シリーズが進むにつれて新参者が踏み込みにくいゲームになっていったように感じます。
 
MAGIC THE GATHERING,4th edition(「マジック・ザ・ギャザリング 第4版」)/Richard Garfield(作)
WIZARDS OF THE COAST(発売),
2人,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)…昔は4(積極的に)プレイしてましたが。


Re: 「マジック・ザ・ギャザリング」
名前:    日付:1月31日(木) 23時51分
自分にとってプレイ回数が最も多いゲームですが、語れることがあまり思いつきません。非常によくできたゲームだとは思います。
もし、新しいカードの出版スピードが今の4分の1くらいゆっくりであったならばどうなっていたんでしょうね。


週刊ボードゲーム通信 12/17―12/23号「コントール」 返信  引用 
名前:金七    日付:12月23日(日) 16時37分
 今週はドイツ製カード?ゲーム「コントール」を紹介します。
ちなみに「コントール」は商館という意味の様で、ゲームの舞台は17世紀のアムステルダムという事になっています。
大きな箱に入っていますが、ゲームに使用するのは、一辺約6cmの正方形のカード(港44枚・海44枚・情報2枚・特殊6枚)と、例によって木製のコイン20個、倉庫48個、倉庫番10個、船1個です。
2/4人用のゲームで、プレイ時間は一応30−60分となっています。
長く新品状態で眠っていたのですが、二人用ルールに限ってプレイする機会がありましたので、その視点に限定して書いていきたいと思います。

 簡単に進行を説明します。
プレイヤーは、最初に十字型に配置された9枚のカードに手札をくっつけていき(斜めは不可)、最終的に7×7(基本ルールでは6×6)の49枚のカードが並んだ時点で終了です。
港カードには交易品が1−3種類書かれていて、そのカードを置いたプレイヤーのものになります。
海カード(何も書かれていない)や、外周によって区分された港カードを区画と呼び、終了時に区画内で互いの交易品を比べて、勝っている方(基本的には数が多い方)が1ポイントを獲得します。
港カードが何枚もつながっている区画でも、1枚だけの区画でも1ポイントですが、上級ルールでは大きい方から5区画しかポイントになりません。
ポイントの多い方の勝ちで、同点の場合はコインの数を比べます。
コインは最初に4個もらって、相手がコインのマークの書かれたカードを出すと、1枚捨てなければなりません。
このときコインがないプレイヤーは手順をパスされてしまいます。
海カードを自分で置くと、コインが1個もらえます。
プレイヤーは海カード2枚、港カード3枚の5枚を手札として持ち、ターンの最初に1枚を裏向きで置きます。
同時にオープンして、カードに書かれた数字の大きい方から(基本的には海カードの方が港カードより大きい)、場に並べます。
使った種類のカードを山から補充しますが(海カードの山は共有)、山は表向きなので次に補充するカードは常にお互いに判明しています。
このオープン情報が、このゲーム最大のポイントだと思います。
他にもルールはあるのですが、煩雑になるので(既に手遅れか)詳述は避けます。


「コントール」
名前:金七    日付:12月23日(日) 16時39分
 上に述べた他にも、特殊カードや4人用ルールがあります。
またシナリオ集として、13個もの追加ルールがあり、長く楽しめる工夫がなされています。
これは勝利条件、エリアの大きさ、カードの種類等を変える事によって、何度も違うプレイを楽しめるので、なかなか珍しくていい試みだと思います。
それぞれのシナリオも、割といいバランスになっていて、基本となるこのゲームのシステムが、優秀である事の証とも考えられます。
二人でもできるカードゲームなので、これでコンポーネント(というか箱)が小さくまとまっていれば、気軽に遊べる、と言いたいところですが、実はこのゲームかなり戦略要素の強い、重いゲームだと思います。
それは補充カードがオープン情報である事と関連があります。
この補充カードを非オープンにするだけでまったく別のゲームになります。
それはそれで面白いゲームなので、個人的には最大のバリエーションだと考えているのですが、どうでしょう。
 
 オープン情報と戦略については、「コントール」を基に、色々なゲームを例にして、もう少し考えてみたいと思います。
要するに「情報をどの程度戦略に取り入れるか」という問題なのですが、これはプレイヤーとゲームの相性、同じゲームでもメンバーによって面白さが違うこと、などにも関係したテーマだと思うので、次回詳しく書きたいと思います。
中途半端で申し訳ありませんが、長くなったので、今週はここまでにさせていただきます。

 「Kontor」 / Michael Schacht(作)
   2、4人 / 30−60分 / 1999年

金七の個人的評価:2(純粋に相性の問題です、理由は次回)
            4人でプレイしたら変わるかもしれません。


Re: 「コントール」
名前:金七    日付:12月23日(日) 16時40分
申し訳ありません、文字色が・・・。


Re: 「コントール」
名前:    日付:1月26日(土) 22時29分
箱絵がかわいかったので以前から気になっていたゲームです。建物のゲームだと思っていましたが、違いました。シナリオがあるのはドイツゲームとしてはめずらしい。

週刊ボードゲーム通信 12/10―12/16号 「バトルライン」 返信  引用 
名前:Ken    日付:12月15日(土) 16時41分
 今回は、2人用カードゲーム「バトルライン」を紹介します。ライナ・クニッツアの作品ということもあって、ルールがシンプルですぐに遊び始めることが出来ます。しかしながら、プレイを始めると自分と相手の手を読むのに相当の時間を費やし、途端に重たく感じるのがこのゲームの特徴です。

 このゲームでは、60枚(6種類の色に、それぞれ1〜10まで記されたカードがある)のトループカードと10枚のタクティクスカード、そして旗を表わした9個の赤い駒が使われます。ゲームの始めに9個の駒を1列に並べますが、この様相がきっとバトルラインの名を表していると推測しています。9つの駒のうち、5つの駒(つまり過半数)を先に獲得するか、もしくは連続して並んでいる3個の駒を獲得したプレイヤーが勝利します。

 この駒を取るためには、お互いのプレイヤーで3枚(場合によっては4枚)のトループカードを並べて強さを競い合い、強い組み合わせを作ったプレイヤーが駒を取ることができます。カードの組み合わせ(これをフォーメーションと呼ぶ)は大きく4つに分けることができます。同じ色で連番になっている組み合わせが最強のフォーメーション(Wedge)であり、同じ数字の組み合わせのフォーメーション(Phalanx)、同じ色だが数字の組み合わせがばらばらのフォーメーション(Battalion Order)、色は異なるが数字が連番になっているフォーメーション (Skirmish Line)と強さが並びます。色も異なるし数字もばらばらのフォーメーションはHostと呼ばれ、最弱のフォーメーションに属します。カードの組み合わせの強さを比較する際は、まず始めにフォーメーションの強さで勝負を行い、双方のプレイヤーが同じフォーメーションになっている場合は、並べたカードの合計値で競います。このあたりは、ポーカーのルールを想像いただければ判るのではないでしょうか。

 60枚のトループカードだけを使ってプレイが進めば、場の情報から相手の手を読み合うゲームになりますが、それを打ち破る要素として10枚のタクティクスカードが用意されています。トランプのジョーカー・カードのように、任意のトループカードに変身できるカードや、場に出ている相手のカードを奪い取って自分側に並べることができるようになるカードも含まれています。また、このタクティクスカードは、相手が使ったタクティクスカードの枚数+1枚までしか使うことができないようになっているため、続けて使うことがなかなか出来ないように工夫されています(相手に使わせないようにするのも戦略の1つになっています)。


Re: 週刊ボードゲーム通信 12/10―12/16号 「バトルライン」
名前:Ken    日付:12月15日(土) 16時43分
 いろいろな組み合わせができるように手を広くしてプレイを進めるところは、麻雀とよく似ていますので、麻雀が好きな方はこのゲームがきっと気に入ると思います。また、プレイ時間は、ルールブックの説明とほぼ同じ通り、30分程で勝負はつきます。初めてプレイをした時は「なんで負けたのだろう?」「なぜか勝ってしまった…」とそれぞれのプレイヤーが考えていましたが、3回目ともなるとコツが何となく判るようになり、熟考型ゲームへ早代わりします。プレイ経験を積めば積むほど、お互いが「んーー。」と考えるようになり会話が少なくなってしまう傾向があったのは、ちょっと悲しいところですが、プレイしていて楽しいゲームであることは確かです。機会があれば是非プレイをしてみて下さい。

"バトルライン(BATTLE LINE)"
GMT Games, 2000
2人, 30分
Kenの個人的評価:4(積極的にプレイする…のも勿論ですが、積極的にお勧めします)


Re: 「バトルライン」
名前:    日付:1月5日(土) 22時56分
評価掲示板では、8人中7人が「5」の評価をしています。これってすごい。
私はまだ1回しかこのゲームをプレイしたことがありません。そのときは思ってたよりも地味なゲームという印象でした。


Re:「バトルライン」
名前:金七    日付:1月19日(土) 10時57分
麻雀というよりやはりポーカーでしょうか。
陣形を「フラッシュ」「ストレート」と呼んでしまいます。
確かに双方が慣れてくると煮詰まりますね。

週刊ボードゲーム通信 12/3―12/9号 「フンタ」 返信  引用 
名前:    日付:12月10日(月) 2時12分
週刊ボードゲーム通信 12/3―12/9号 「フンタ」
 
 フンタは昔のアメリカ製ボードゲームの中でも現役に近いゲームだと思います。プレイしたことがない人の中にも一度してみたいと思っている人が何人かいるでしょう。
 このゲームは言ってみれば、てきとうなゲームです。しかしこのゲームを作った人はセンスがあります。

 プレイの手順は、ポスト決定→予算配分→暗殺→クーデターです。
 大統領プレーヤーが他のプレーヤーのポストを決定します。大統領が予算も分配します。予算は投票によって否決される可能性もありますが、実際にはまれです。議決はあまり意味がありません。よって数多くある投票カードも全然と言っていいほど意味がありません。
 暗殺は主にカードによってなされます。所在地が当てられると暗殺され現金が奪われます。暗殺によって得られた大量の現金を銀行へ預金する、というのが勝ちパターンです。よって暗殺カードは最も重要です。
 預金するためには銀行へ行かねばなりませんが、暗殺される危険があるのでなかなか行けません。へたに多くの現金を持っていたらクーデターで処刑されて奪われます。それを凌いで現金を抱えて生きていくのも楽しみ方の1つです。
 クーデターは誰でも簡単に起こせます。クーデターはマップを使って解決するので、わりと時間がかかります。このゲームのプレイ時間は、クーデターが起こる回数で決まります。クーデターのルールは非常によくできており楽しいです。そしてクーデターの結果は最後の寝返りで簡単に覆されてしまうというところが、理不尽でなかなかよいです。次のような感じです。
  
A「俺、やっぱ大統領派にしとくわ」
B「なんや、それー!!! お前がクーデータ起こしたいてゆうたから、俺が第一反逆者なったんや。せっかくクーデター成功したのに。なんでやねん!」
A「いや、なんとやく。ここで大統領派にしといた方が面白い、ちゅうか大統領派ってゆうてみたいねん。わるいなー」

 こういう行動が許されるゲームなのです。これが大して問題にはならないのは、勝利条件を達成するための手段の妙なのです。クーデターに勝ったり、大統領になったりしてもあまり仕方がないのです。普通は、目立たず銀行に預金した人が勝つのです(もちろん真正面から勝ちにいくことを目指す楽しみ方もあります)。というかそもそも、勝ち負けが二の次のゲームなのです。

 フンタはプレーヤーの選択肢が多いため、プレイが難しいゲームのようなのですが、なりいきにまかせてプレイしていれば形になるゲームです。ルールが多く、細かいところもあるのに、初心者でも楽しめてしまいます。それはなぜでしょうか?
 それはフンタが具体的なゲームであるからです。具体的なゲームは、どのプレーヤーもそれなりに楽しめます。ルールを完全に把握していないプレーヤーでもです。具体的なゲームの楽しみ方は過程を楽しむことです。そしてその楽しみ方は、物語を読む(書く)ような立場です。体験することを楽しむとも言えます。なお結果として、楽しみ方は多様になります。

(補足1:具体的なゲームの典型はロールプレイングゲームです。
 補足2:アメリカのゲームには具体的なゲームが多いです。それはアメリカのボードゲームがシュミレーションゲームから進化したからだと思います。いずれ論じたいテーマです。)


週刊ボードゲーム通信 12/3―12/9号 「フンタ」 (つづき)
名前:    日付:12月10日(月) 2時14分
(つづき)
 対照的に、ドイツ製ボードゲームは抽象的です。ゲームの構造がです。具体的なシチュエーションや優れたコンポーネントによって抽象的な要素は薄められている感じがしますが。
 ドイツゲーの偉いところはシステムが完成されている点です。てきとうさはありません。1つの完成した世界が形成されています。つまりゲームとしては競技的なのです。それはシステムが抽象的であるがゆえに可能となるのです。しかし、こういった点がドイツゲーの大きな弱点であると私は思います。その辺をもう少し述べていきます。
 ドイツゲーも過程を楽しむものなのですが、その楽しみ方は頭を使うことです。合理性が基礎となります。好みとか感情といった比較的合理的でないものはあまり介在しません。そのためむちゃはできません。非合理的なプレイも可能なのですが、それをしてもあまり楽しくないのです。非合理さはドイツゲーとは相容れないのです。
 ドイツゲーのプレイ内容は思い出に残りにくいと私は感じます。それはドイツゲーが構造的に抽象的であるからだと思います。ドイツゲーによって紡がれる物語は、あまり個性がなく小さくまとまっていて印象に残らないのです。そこが私にとって物足りない点なのです。

 「フンタ」と「操り人形」は似ているという文章を読んだことがあります。確かに似ています。「フンタ」をドイツゲーにしたら「操り人形」的になりそうです(「操り人形」を作ったのはフランス人ですが・・)。「操り人形」はプレイ中は楽しいですが、私にはプレイ内容が思い出に残りません。それはカードゲームであるということも原因でしょうが、抽象的なシステムのゲームであることがより大きな原因ではないかと思います。

 私のイメージでは、ドイツゲーはステレオタイプの「優等生」です。学校の成績がよく、器用に物事をこなすよい子です。しかしそこそこ程度のできなのです。結局、最終的に突破するのは「アウトロー」(例えば、映画の主人公)なのです。
 「優等生」本人は、このことを自覚しています。そしてコンプレックスを持っています。ドイツゲーは子供向けゲームから進化してきました。今はまだ発展途上です。ドイツゲーが思春期のコンプレックスを克服して大人になることを大いに期待します。


"フンタ"
West End Games/ホビージャパン(発売),1985,
3-7人, 120分
横の個人的評価:3(誘われればプレイする)


反論
名前:金七    日付:12月12日(水) 11時27分
具体的、抽象的に関しては前々から考えていました。
私の場合、自由度が高い→昔のアメリカゲーム、完成度が高い→ドイツゲームと定義します。
双方の良し悪しは横さんも述べておられますので、詳述は避けますがひとつ反論を。
ドイツゲームには確かに優等生的で、物語を紡ぎにくいという弱点はあるかもしれませんが、
アメリカゲームは楽しさの多くを、参加するプレイヤーに依存している気がします。
TRPGが一番顕著な例でしょうか。
それが悪いというわけではありませんが、メンバーや時と場合によって、あたりはずれが大きいのは弱点にもなりうると思います。
ちょっと中途半端な考察なので、機会があれば続きを書きたいと思います。


Re: 「フンタ」
名前:金七    日付:12月12日(水) 11時35分
ちなみに「フンタ」でも、大統領が二人を味方にして、その二人がそれなりに満足すると、事態が膠着してあまり面白くありません。
そこで「理不尽な」行動が求められるのですが、人によってはそれはかなり苦痛だと思います。
私はこのゲームに必要な「理不尽な」プレイヤーですが、何故かあまり感謝されません。
何でだ?(笑)


Re: 「フンタ反論」
名前:    日付:12月13日(木) 22時58分
実は金七さんのアメリカゲームに対する評価には同感です。90年代の以降のドイツゲームは、アメリカゲームに対するアンチだったと思います。ドイツ人は目のつけどころがよかったのでしょう。
しかし、面白いドイツゲームは少ないと思っているゲーマーもいるわけで、そういう人への処方箋をドイツ人にはそろそろ考えてもらいたいなと思います。ゲーマー間のドイツゲームブームもいつ終わるかしれないですし(シニカルすぎる?)。
そういう意味でのドイツゲーム界の新しい試みはすでにあるでのしょうか?思い当たることがある方がおられたら教えてください。

フンタに関しても金七さんの言うとおりでして、大統領派閥が結束していれば状況はなかなか動きません。非主流派が取りうる有効な手段は暗殺くらいですね(本気のクーデターは力をためるまでに時間がかかるので手遅れ、だが楽しい)。


Re:  「フンタ」
名前:    日付:1月3日(木) 3時11分
「自由度が高い→昔のアメリカゲーム、完成度が高い→ドイツゲーム」という金七さんの観点で見れば、ドイツゲームが初心者向きであることが説明できますね。
 
 ところで、私が最近言っていること(ドイツゲームの問題点等)は、ドイツ人もすでに言っていることかもしれません。というか、すでに結論がでていたり、より進んだ議論がなされていそうです。エッセイを抜け出して論文を書くためには、今の知識量では不十分だと分かってきました。ドイツのボードゲームサイトを読む必要が少なくともあります。
英語のサイトを読むのでさえ億劫というのに・・・うーむ、険しい道程・・・でもインターネットで海外の情報が得られる今の時代はとても恵まれていると考えるべきなんでしょうね。


初心者向けゲームについて(まとめ) 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:12月2日(日) 20時46分
週刊ボードゲーム通信 11/26―12/2号

 みなさん、まいどまいどです。だいぶん議論も収れんしてきたみたいです。とりあえず今回、まとめをさせていただきます…と書いたもののうまくできるかな。

 見てきた中で、まず大前提は「自分がやって面白いゲームであること」。書いてないけどこれは必要なことではないかと。
 そこをおさえた上で、「分かりやすさ」が最も重要である、という結論に達したと思います。
・ルールができるだけ簡単である。ルールを覚えることよりも当然といえば当然、ゲームをした方が楽しいわけですし(個人的にはルールを覚えることも楽しいけれど、やっぱりゲームのプレイの方が楽しいでしょうね)。
・オープン情報(公開情報)ができるだけ多く、クローズド情報(非公開情報)は限られたものであること。
・交渉の要素があまりないもの。
・運の要素についての考察…どんな行動を取るべきかが判断しやすいゲームであること。
 これらの点は、全て「分かりやすさ」に通じています。

 さてさて、次に毎回積み残されてきた課題について、検討していきます。
@(鱶(fuka)の回)
 戦略ゲームが好きでない初心者向きのゲーム。
A(横氏の回)
 初心者をゲーム好きにさせる「分かりやすさ」以外のプラスアルファ。
B(Kenさんの回)
 より具体的な例。
C(金七氏の回)
 特になし…かな。さらに増えてたら大変や。

・@、Aについて。それぞれ、人はお気に入りのゲームがあります。それを見つけるためには、やはり色々なゲームをプレイして見つけるしかないでしょう。プラスアルファは、おそらく「自分が好きな(分野の)ゲームと出会うこと」じゃないかと思います。
・Bの具体的な例は、「ラー」、「エルグランデ」と名前が出ています。上の項目との関連で言うと、様々な分野があった方が良いでしょうから、面白いゲームを「分かりやすさ」の観点からながめてみれば、他にも出てくるだろうと思います。

 それにしても、多くの人の場合、ボードゲームとの出会いは、茨の道だったようですね。分かりにくいルール、プレイする相手がいない、面白いゲームかどうか分からない…それでも、あえてそこを進んできた人の多いこと。ボードゲームは多くの人を魅きつけてきました。今、ネットという文明の利器によって、それらの同好の士が集うことができて、ほんまに良かったなーと思います。
 これからボードゲームをしようとする人が茨の道に踏み込まなくて良いように、私たちが道標となることを望みます。


Re: 初心者向けゲームについて(まとめ)
名前:やまさん    日付:12月2日(日) 23時8分
>これからボードゲームをしようとする人が茨の道に踏み込まなくて良いように、私たちが道標となることを望みます。

この意見は大いに賛同します。この分野はまだ日本においては発展途上で、人はネットでレビューや評価を見て買うわけですよね。

で、大体のボードゲームのレビューを見てみると、そのゲームの良い所だけ述べられているわけですよね。

しかし、初心者がそのレビューを見てゲームを買ってつまらなかったらどうでしょうか?その人は「こんなものか」と判断してやらなくなり、買う事をしなくなりボードゲームの発展につながらないという事もありえます。

もしくは当たりが出るまで買い続けるのかもしれません。ゲームは高くないですから、この観点においては「いばらの道」ですね。

だから、その人の嗜好に合うような情報を伝達する事が重要なわけだと考えています。

従って、評価は多少厳しい所もありますが、このホームページの評価は非常に参考になるのです。

高い買い物であるがゆえ、初心者が自分の嗜好に十分あっているかが分かるくらいの情報が欲しいと思います。


Re: 初心者向けゲームについて(まとめ)
名前:金七    日付:12月5日(水) 10時52分
まとめご苦労様です。
結局、「初心者向けゲーム」にいいのはこれだ!、という結論には至りませんでしたね。
どうしても最終的には個人の嗜好にかかわる問題なので、断言はできません。
しかしながら答えを示す事はできなくても、鱶さんの言うように「道標」になって、選択の一助になればと考えています。
したがって、やまさんのように言っていただけると大変励みになります。
個人的にはレビューで4以上の評価が与えられていれば、「初めてのゲーム」としても考慮の余地ありだと思います。
何か趣味を始めるきっかけは「簡単」ではなく「面白い」の方が多いと思うので、
「簡単」「いまいち」なゲームよりは、「複雑」「面白い」ゲームがいいかと。
どうでしょうね。


リクエスト
名前:やまさん    日付:12月5日(水) 23時28分
「盛り上がるゲーム」の考察を、いつかお願いします。


>リクエスト
名前:    日付:1月3日(木) 2時33分
先週のまぐまぐ版ボードゲーム通信(キャントストップ)で「盛り上がるゲーム」について少し述べました。簡単に言うと「ドイツ人はゲームの盛り上がりについては特に考えていない。したがってドイツゲームはあまり盛り上がらない」という意見です。はたしてこの見方は妥当でしょうか?
ドイツゲームの中で盛り上がるものとして思い浮かぶのは、モダンアートくらいです。しかし盛り上がるドイツゲームは他にたくさんあるかもしれません。どうでしょうか?

初心者向けゲームについて 返信  引用 
名前:金七    日付:11月25日(日) 13時33分
  週刊ボードゲーム通信 11/19―11/25号

 テーマ第四回目です。よろしくお願いします。
皆さん課題を残して次にまわしつづけていますが、私の回でも解決される事は無く、さらに増えて次回へ(笑)。
まとめ役の人がいるのでご安心を、とさりげなく?プレッシャーまで付け加えつつ本題に入ります。

 私は初心者(良くない表現かも)向けゲームを二つに分けて考えます。
@ボードゲーム経験のない友人・知人をこの道(笑)に引き込むゲーム
Aあまり面識のない人との初めてのコミュニケーション手段
普通初心者向けゲームといえば@をさしていると思います。
「初めてボードゲームをするのですが何を買えば良いのでしょうか?」というような疑問に対する答えですね。
Aのほうはサークル主催の例会などで会員以外のゲストが参加した時に選択するゲームです。
 違いを指摘すれば、
@ボードゲームに興味を持ってもらうのが目的(横さんが課題としてあげておられますね)
Aプレイヤー同士が親しくなるのが目的
という点かと思います(単純化していますが)。

 @のほうが機会が多いですし、「ボードゲーム界」を広げるために重要なので、いまのところそちらがメインの考察になっています。
そこでAに言及しておくと、最初はプレイヤー間の心理的距離感がつかみづらいので、過度に交渉に依存するゲーム(三国志演義とか)は考え物ですが、
ほとんど交渉の余地のないゲーム(将棋とか)は、そもそも距離感をつかむきっかけすら与えられないので、もっと良くないと思います。
Aは盛り上がる事が大事なので、やまさんが指摘しておられる様に「笑いのないゲーム」では駄目でしょう。
「それぞれが勝利を目指すゲーム」(エルグランデとか)ではなく、
「目的がはっきりしていて、同じ世界の中で遊ぶようなゲーム」(コスミックエンカウンターとか)がお勧めです。

 さて@のほうですが、既に皆さんの考察がありますので、それを参考に進めさせてもらいます。
交渉は私もあまり無い方が良いと思います。
交渉は経験、相手、展開等に左右されるので、あまりその要素が強いと「ボードゲーム自体の面白さ」を感じにくいと考えます。
このあたりは「考える楽しさ」を重視する個人的嗜好の影響大ですね(笑)。
@ではお互いに知り合いなので、交渉がないと盛り上がらないということもないと思いますし、
既に指摘されている様にオープン情報が多いゲームなら、アドバイスも含めてゲームを話題にする事も簡単です。
Kenさんのルールと経験の考察も興味深いです。
これによって、共通の趣味(三国志とか)を持つ仲間が(経験の共有)、ゲームに入りやすいのがわかる気がします。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:金七    日付:11月25日(日) 13時34分
 最後に極めて個人的体験と感想を。
私も国産ゲーム―「人生ゲーム」や名称不明のゲーム(「勇気」「知恵」「力」でモンスターと戦っていくゲーム)がボードゲーム初体験です。
その後「砂漠の狐」や「三国志演義」等を経て現在に至ります。
最近はドイツゲーム中心ですが、今のボードゲーム好きは「人生ゲーム」ではなく「砂漠の狐」の方にベースがあると思っています。
何故なら「人生ゲーム」はやっていると盛り上がって楽しいのですが(A向けですね)、
「ここをこうしていれば」というようなところがないので次へつながらないと思うのです。
初心者向けゲームとして、A系統のライトなパーティーゲームが紹介されている事が多いのが、個人的に疑問だったので、あえて今回@Aを分けてみました。
 鱶さんが「エルグランデ」を例にダイス運の考察を行っていますが、私も自分の判断が運によって左右されにくいゲームは@として優れていると思います。
自分の思考と行動の結果が運によって揺らされないので、たとえ不利な展開なっても、
「運が悪かった」ではなく「こうしておけばよかったんだな」と次回のプレイにつながる感想を持ちやすいと思うのですがどうでしょう。
うまく行った時の達成感も大きいですし。
じゃあ将棋(完全オープン情報、運無し、戦略的)が@としては優れているのか?と聞かれると困りますね(笑)。
将棋の様に全てが自分の責任だと、負けた時にへこみますから、少しは逃げ道が欲しい気がします(笑)。
毎回プレイの「結果」ではなく(トランプとか)、「環境」に変化をつけてくれる「運」の要素はスパイスになりますから。
従って、やや重いゲームだとは思いますが、ここまで考えてきた要素のバランスの取れた「エルグランデ」をAとしてはともかく@の優れたゲームとしてあげておきます。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:鱶(fuka)    日付:11月27日(火) 18時19分
将棋だと二人プレイだからアドバイスができないのでは?完全に有効なアドバイスやとソロプレイになるし…。

初心者向けゲームについて 返信  引用 
名前:Ken    日付:11月19日(月) 14時8分
週刊ボードゲーム通信 11/12−11/18号

「初心者向けのゲーム」についての第3回目の考察になります。今回は、自分がこれまでに経験したボードゲームを遊ぶ側の紹介する側に基づいて、初心者向けのゲームとして必要となる要素を見つけ出したいと思います。

小学校当時は、テレビゲームはインベーダーゲーム真っ盛りの時期であり、学校でも牛乳瓶の蓋ベッタンや駒回しが流行っていました。ボードゲームを初めて遊んだのは「人生ゲーム」であり、確か小学校2年だったと思います。従兄弟が遊びに来る時に備えて親が買ってくれました。この年齢にしては、保険や手形の概念が難しかったのか、約束手形を手に入れては「やったー、お金持ち!」と言っていたのを覚えています。小学校3年になると、箱の絵がかっこいいという理由で、エポックのシミュレーションゲームシリーズ「日本機動部隊」を購入しました。ルールは、人生ゲームとは比較にならないくらい難しく、もはや理解の限界を超えていました(難易度10段階のうち、このゲームは1〜3って書いていたんだけど…)。友達を誘って遊びましたが、駒を並べた後にルール説明を行うと「わけ、わからーん!」と叫んでは、そのまま箱に戻す始末でした。

当時、ボードゲームと並行して、コンピュータゲームが流行始めていました。コンピュータゲームは、色鮮やかな画面と音楽で私を魅了し、結局はボードゲームから撤退(?)することを余儀なくさせました。そして、RPG「D&D」を中学時代に遊んだのを最後に、ボードゲームに別れを告げました。今考えますと、コンピュータゲームに興味が移った原因として、コンピュータゲームの方がお手軽に遊べる点と、遊ぶための人数と時間帯がなかなか揃わない点の2つがあったように思います。

この後、かれこれ15年程コンピュータゲームを遊ぶことと作ることに没頭する毎日を送っていましたが、たまたま雑誌で見かけた「マジック・ザ・ギャザリング」を目にした時から、トレーディングカードゲームへの興味が目覚めました。「マジック・ザ・ギャザリング」は、戦略をじっくり建てるために必要とする自分の時間と、遊ぶために他人が必要となる時間を完全に切り離すことに成功したゲームと考えています。仮に、他のプレイヤーと遊ぶ時間がなかなか取れなくても、戦略を考えてカードのデッキを組むことに楽しみを見出すことができるわけです。また、コンピュータゲームのように画面イメージとは異なり、カードに実際に触れたり、集めることの満足感を得ることも出来ていました。

カードゲームをしばらくは遊び続けていましたが、エキスパンションセットが次々と出始めると、それを購入するための金額が増え始めて消費が重なり、最後にはカードゲームを続けることを断念しました。しかし、カードを持って人と顔を見合わせてのゲームは、コンピュータゲームにはない面白さを実感していましたので、コンピュータゲームに戻るつもりはなく、「お金を費やし続けことなく遊べる面白いゲームがあるに違いない。」と考えるようになり、この頃からボードゲームへ再び興味を持つようになりました。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:Ken    日付:11月19日(月) 14時11分
ちょうどこの頃に出会ったのが、通信社の1人から紹介されたボードゲーム「エルグランデ」でした。美しい駒・タワー・盤と何度遊んでも飽きないルールに驚かされました。また、年齢のせい(?)でしょうか、コンピュータゲームの特徴であった反射神経を使うタイプから一転して、時間をかけてじっくり考えるタイプのゲームを好むようになりました。早速、近くのボードゲーム屋で購入し、周りの人で遊んでみました。遊んだ人の殆どが初心者ではありましたが、そのうちの1人からは「サイコロを振るボードゲームのタイプとは異なり、偶然性の要素が少なくて、とても面白い」との感想をもらいました。

そして、今はボードゲームを遊ぶだけでなく、紹介することによって、少しでも多くの人にボードゲームを楽しんでもらいたいと思うようになり、現在に至ります。


これまでは、ボードゲームを紹介するまでに至った経緯を書きましたが、これらの内容に基づいて、初心者向けのゲームに必要な要素は以下の2つに集約できると考えています。

1. 新たに覚えなければルールは、
   出来るだけ少なく簡単な内容であること。

   理由: ルールを覚える時間よりも遊ぶ時間を重点的に取り、
       楽しむ時間をできるだけ多く取れるため。

   ※ 人生の経験で得られる内容がルールに
     取り込まれていれば、プレイヤーにとって、
     それだけルールを新たに覚える手間が省ける

※の補足をしますと、たとえルールの量が多いとしても、プレイヤーが人生の中で経験した内容(競売、投資&利益、交渉術など)がゲームのルールに取り込まれているのであれば、既知のルールが多いことになり、新たに覚えるルールが少なくなります。例えば、小学校の時に遊んだ「人生ゲーム」は、当時の私にはルールを理解することが難しいところがありました。しかしながら、現在では保険や手形の意味を理解しているため、遊ぶ方法で苦労をすることはありません。

2. プレイヤーが公開している情報と、
   場の情報ができるだけ多いゲームを選ぶ。

   理由1: プレイヤーにとって、公開されている情報から
        手が考えやすい。

   理由2: アドバイスをする人が、相手の非公開情報を
        見ることなしにアドバイスができ、
        プレイ状態の面白さを持続できる。

こちらも補足します。非公開な情報とは、プレイヤーのみが知ることの出来る情報であり、手札や紙幣などが相当します。一方、公開している情報とは、カードや駒が盤の上や場に置いてあり、全てのプレイヤーが知ることの出来る情報です。さて、大抵の場合、初心者はプレイをすることが初めてですので、どういった手を取ればいいのかが判らず、周りの人にアドバイスが欲しくなるものです。当然、他のプレイヤーに質問をしながら考えたりするのですが、周りの人からすると、できるだけ公開された情報でアドバイスを行い、相手の非公開の情報を見ずにプレイできる方が、プレイ状態の面白さを持続できることになります。

以上、抽象的な表現が目立ちますが、結論を出してみました。より具体的な例を期待しつつ、次の人へ回したいと思います。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:金七    日付:11月25日(日) 15時22分
すんません、私も具体的な例はあんまりあげられませんでした。
やっぱり突っ込まれるのが怖いので(笑)。
ちなみに「日本機動部隊」を横さんもKenさんも入手しているのは興味深いですね。
やっぱり男の子が1度は通る道ですよね!(笑)


初心者向けゲームについて 返信  引用 
名前:    日付:11月11日(日) 21時54分
週刊ボードゲーム通信 11/5−11/11号

 「初心者向けゲーム」についてのテーマの第2回です。今回は自分の体験から、初心者向けのゲームの要素について考察します。

自分が初心者であった時をふりかえると、随分昔のこととなります。自分自身が初めてしたボードゲームはたぶん「人生ゲーム」です。小学校1年生の時でした。年上のイトコ(高校生)との2人プレイでした。そのときのプレイでは、私の動かすコマが交差する道の方向を間違えて進んでいたことが数ターン後判明しましたが、まあいいかということでそのまま続けられました。ルールが分かりやすく楽しかったです。その「人生ゲーム」はそのままイトコからもらいました。そして自分がルールを説明する立場となって友達と何度もやりました。友人も楽しんでプレイしていました。しかし私の悩みはプレイが終わって後片付けしない友人たちでした。いつも自分が1人残されてなおしていました(こういう経験があるボードゲーマーはいるのではないでしょうか?)。
 それ以外には、「ゲームナイン」という9つのゲームが入ったゲームを買ってもらいました。入っていたゲームは、「オセロ」、「チェッカー」、「チュータ君危機一髪」(ソーリーもどき)、タクシーで客を運ぶゲーム(名称不明)などでした。オセロはよくしました。しかし他のゲームはソロプレーを何度がしただけで、友人とは全然しませんでした。それらのゲームはすごろくとは違った構造のゲームで、ルールがいくぶん複雑でした。いちからルールを覚えることにつきあってくれそうな友人がいなかったのかもしれませんし、特にしたいと思うゲームがなかったのかもしれません。
 イトコからは他にもボードゲームをいくつかもらいました。もっともよくしたゲームは、油田を掘って石油を採掘するゲームでした(名称不明)。プレイヤーが持ちコインを1枚から3枚中央の油田に投入しその枚数分の回数だけボタンを押します。ある時に石油が湧き出し、コインが物理的に飛び出します。このコインはそのプレイヤーのものとなり、ボードに自分の油田マーカーを立てることができます。これを数ターン繰り返します。スリルがあり楽しいゲームで友人受けが良かったです。
 他方、友人が持っていたボードゲームはたいていがキャラものでした。それらはすごろくタイプのものばかりでした。あまりプレイはせず、特に印象に残っているものはありません。
 小学校4,5年生のころは、学校で「将棋」が流行りました。自分も随分としたものです。将棋の定石の本を読み勉強しました。将棋のように難しいゲームが流行るとはものすごいことではないかと思います(いまだにその理由がよく分かりません)。あと同時に「はさみ将棋」や「ひょこまわり」などもしました。 


初心者向けゲームについて (続き) 
名前:    日付:11月11日(日) 21時55分
 他には、トランプの「7ならべ」「ページワン」「スピード」なども時々しました。トランプは、いつでも、どこでも、だれでも、何人でもできる非常に柔軟性があるゲームでした。
 また、ゲームセンターのゲームを自分でボードゲームで作ったこともあります。たぶん5つくらい作りました。これらのゲームは1人プレイ用でした。ルールを考えて作成している時は楽しいのですが、いざプレイすると楽しくないというものでした(こういう経験があるボードゲーマーはいるのではないでしょうか?)。
 それから、手帳サイズで3つのゲームが入ったボードゲームシリーズが発売されていました(名称不明)。これは非常にインパクトがありました。1人用ゲームから4人用ゲームまでありました。収容所から脱出するゲームや鮫と戦うゲームとかヘッドオンなどがあり、ゲームとはこのように作るのかということを知りました。しかし友人とはほとんどプレイしませんでした。もっぱらソロプレイを楽しんでいました。なんとなく友人に受けなさそうな気がしたからです。
 中学生になり、エポックの「日本機動部隊」や「日露戦争」といったシュミレーションゲームを購入します。これらにはロマンがあったのですが、ルールが難しく、またルール上不可解な部分があり人を誘ってプレイすることができませんでした。
 結局、シュミレーションゲームは自力でルールを解読する友人とプレイすることになります。そして『タクティクス』を購読するようになり、この頃自分は初心者ではなくなりました。

 以上、自分のボードゲーム人生を振り返って、初心者向けと思われるゲームの要素を挙げると以下のとおりです。

・ルールが簡単(プレイに入りやすい)
・ルールに不可解な部分がない(ルールを教える者が自信をもってプレイを進行できる)
・慣れ親しまれている構造(=すごろく、トランプ、オセロ等と似ている)
・見た目で分かりやすい

 上記の要素を持つゲームはとにかくプレイしやすいです。そしてそこそこ面白いです。プレイのしやすさが面白さに直結するわけではないのですが、ゲームというものは友人同士ですればまずまず楽しいものです。ただし何度しても楽しいとは限りません。

 「初心者向けのゲーム」という言い方をする時には、そのままの意味は「初心者でもプレイできるゲーム」ですが、内に秘めた実際の意味は「初心者をゲーム好きにさせるゲーム」です。先に挙げた要素は、前者の意味で考えています。
 それらの要素は、初心者をゲーム好きにさせるゲーム(後者)にとっても必要なものです。しかし、それだけでは十分ではありません。プラスアルファとなるなにかが必要となります。それは一体なにかということが大きな課題です。ということで、課題を残しつつ次の人へまわします。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:やまさん    日付:11月17日(土) 2時23分
私も「見た目が解りやすい」という考えに同感です。
モノポリーって意外と細かいルールがあるから、ルールが簡単なのか? といわれるとそうでもないような気がします。しかしながら、初心者が良く分かるというのは、目的が解りやすいからではないかと思います。さらに、盛り上がるかどうかという観点において、ゲームが盛り上がると初心者等も、とてもはしゃぎます。将棋のように絶対笑いが生じないゲームでは、好き嫌いが分かれるだろうし、やはり盛り上がるほどいいです。

因みに私の行っていた学校では、将棋、軍人将棋、マンカラ、チェスなどは大いにはやりました。まあ、将棋は別として大部分は私が広めたものですけど。自分は実はボードゲームより、こちらの方が好きで、よくアブストラクトゲームを作ったり、将棋を改造したりしました。

そのなかで、特にはやったのは「世界のゲーム事典」に載っているスーパーチェスというのがあってそれあ10*10のボードにいくつかの駒を付け足したものがあったのですが、それに更に私の考えた駒を2個付け足して、初期配置を展開が早いように変えてやったらそれが多いにはやり、放課後いつも残って3回くらいやっていたのがとても懐かしい。チェスにちょっと手を加えただけでこんなに変化があり、面白いとは!と感動したものです。

少し話しがづれてしまって申し訳ないです・・・。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:金七    日付:11月25日(日) 15時17分
皆さん結構自作とかされるんですね。
私はルールを変更したりするぐらいですね。
学校では将棋、トランプあたりまでで、持ちこみにくいので本格的なボードゲームはあまりできませんでした。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:鱶(fuka)    日付:11月27日(火) 19時54分
私が自作したのはゲームブックぐらいです。私の場合、ゲームブックがボードゲームの導入編だったのかも。「ウオーロック」とかを友達に借りて読んでいました。
 ところでみなさん、ゲームブックはやったことあります?(←こんな目立たんとこで質問すんなって)


Re: 初心者向けゲームについて
名前:金七    日付:11月29日(木) 13時27分
ゲームブック結構やりました。
単純な分岐ものから、数冊に渡る長編、ダイスを使う本格ものまで。
ダイスを使うやつはシビアな判定をなかなか超えられず、
「成功したことにして」進めました。
おかげで達成感が無く、面白くなかったですね。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:Ken    日付:12月1日(土) 15時28分
ゲームブックの中では、魔法使い4部作の「ソーサリー」シリーズが、物語のボリュームも結構あり、繰り返し読んでいました。自分の中では第2作目「○○都市カーレ(○のところは要塞だったかな?)」の物語と設定が気に入っていました。突然の死(が、このシリーズはとても多かった)に対応できるように、ページとページの間に指をたくさん挟んで読み進めていました。あと、「死の罠の地下迷宮」も大好きでした。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:鱶(fuka)    日付:12月2日(日) 20時53分
「城砦都市カーレ」やね。あれは最高。難しすぎるけど。あと表紙のスライムイーターが気色悪かった。
 「展覧会の絵」(?)とか「ドルアーガ」のシリーズとか…ここで語るときりがないっす。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:    日付:12月7日(金) 0時32分
私もゲームブックをわりとしました。一種のボードゲームかもしれませんね。「ウオーロック」は多分全冊持っています(自慢!?)。

初心者向けゲームについて 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月8日(木) 21時36分
週刊ボードゲーム通信 10/29−11/4号

 みなさんこんにちは。前回のテーマは「ゲームの評価」についてでした。今回は「初心者向けゲーム」についてです。

 その前に問題となるのが“初心者”の定義です。
・ボードゲームを初めてプレイする人(ボードゲームが何かはまったく知らない人、人生ゲームとか将棋とかのイメージでとらえている人、などなど)
・前にカードゲームをやったことがあるがボードゲームは初めてな人
・1回モノポリーをやったことがある人
・ドイツゲームを1,2回やったことがある人
 このあたりは入ってくるでしょう。こんな感じのイメージでいきましょうか。

 今シリーズで、私はまとまった議論を期待してはいません。できれば具体例と、それを少し一般化できればと思いますが、全てのゲームに当てはまるような法則かどうか。

 まずは、「カタン」と「エルグランデ」の比較からいきます。(比較ゲーム学の一手法)。私はカタンよりもエルグランデのほうが初心者向きであると考えています。それは以下の点でです。

@カタンには交渉があり、エルグランデでは交渉の余地はほとんどない。
Aカタンでは手持ちカードがあり、エルグランデでは手持ちカードとなるのはパワーカードのみである。
Bカタンはダイスを使用し、エルグランデは使用しない。

@「交渉」ですが、うまく交渉することはなかなか難しいものです。カタンでは資源カードの交換ができますが、自分にとってどの資源カードが必要なのか、この交易は妥当な値段で行われているのか(相場)、などの判断が初心者にとっては、わかりにくいのではないでしょうか。
 エルグランデでは、どの領土に兵士を投入するかは交渉の余地が(ほとんど?)ありません。どこに何人投入すれば1位が取れる、2位が取れる、といったことが明らかなので、基本的に自分が有利と思うほうを選択するだけです。

Aの手持ちカードはクローズド情報としての手持ちカードです。カタンでは、手持ちの資源カードで何を建設するべきか、アドバイスしにくい状況にあります。発展カードの使用のタイミングについても同様です。
 エルグランデではクローズド情報はパワーカードのみです。13を使ったかどうか、補充の兵士数などにポイントはあるものの、簡明といえます。エルグランデで複雑なのはラウンド最初に選ぶアクションカードですが、これについてはオープン情報なので、これを選ぶとこういう効果があって、という例が示しやすいため、初心者にも大きな負担とはならないと思われます。


初心者向けゲームについて (続き) 
名前:鱶(fuka)    日付:11月8日(木) 21時38分
Bこれは、以前にもエルグランデの記事の時に書きましたが、ダイスを使用すると、
 『判断・戦略 → ダイス運 →結果』という流れになります。初心者にとっては、ダイス運も考えた戦略行動を行うのは難しいと思います。運次第のゲームではないものの、ダイスがその印象を与えるのは否めないのではないでしょうか。
 エルグランデの場合は、最初のアクションカードの出が運の要素なので、
 『カード運 → 判断 → 結果』となります。この場合、自分のとった行動(+相手の取った行動)が結果に直接作用していて、わかりやすいといえます。

 以上3点、@交渉、Aクローズド情報とオープン情報、Bダイス運、これらを初心者向けかどうかを考慮するポイントと考えました。

 ここまで書いてきたものの、しかし、そもそも戦略的なゲームは初心者に向くのだろうか。そこはおそらくプレイヤー次第でしょう。その人が戦略ゲーを好むかどうかということで。
 戦略ゲーが好きでない初心者にはまた別のゲームがあるかと思いますが。課題を残しつつ次の人へとまわします。それではまた。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:Ken    日付:11月21日(水) 14時10分
クローズド情報やオープン情報と、初心者向けのゲームに関係があるといった考えには賛成です。初心者の立場で考えますと、クローズド情報があまりにも多く、オープンな情報が少ない状態で意思決定をすることは、不確定要素が多く経験が少ない点で難しい。一方、オープン情報が多いと、他のプレイヤーにも次の意思決定を相談しやすくなる点で初心者向きといえる。「ラー」は、得点以外の情報は全てオープンとなっている点で、初心者向けのゲームの代表格といえるのではないでしょうか。


Re: 初心者向けゲームについて
名前:金七    日付:11月25日(日) 15時11分
私も戦略ゲーム好きなので、どうしてもそういう立場で考えてしまいますね。
何をゲームに期待するのかは人によって違うので、一概に「初心者向けゲーム」でくくるのは危険な気もします。

マネジメントゲーム 返信  引用 
名前:Ken    日付:11月8日(木) 21時23分
週刊ボードゲーム通信 10/22−10/28号

 今回は、経営を楽しく学ぶことのできる「マネジメントゲーム」を紹介します。

 学ぶことを主目的として作成されたゲームはこれまでに数多く出ており、「マネジメントゲーム」のほか、世界大会が開催される程のメジャーな経営ゲーム「ミース(MESE)」や、MBAのビジネス理論を取り入れた「MBAビジネスゲーム”Launch”」そして最近話題になった本「金持ち父さん、貧乏父さん」の中で登場する「Cash Flow」などが挙げられます。これらのゲームは、学習することに主目的を置いていることは確かですが、同時に純粋な面白さを兼ね備えている点ではボードゲームとしての評価できます。

 さて、今回紹介する「マネジメントゲーム」は経営ゲームの代表格ともいえるものであり、現在ではこのゲームを使った体験学習の場が全国各地に展開するまでに至っています。その他、大学の授業や社員研修にもこのゲームが利用されており、実際私も今から1年半程前に社員研修として受けたのが初めての(で、たぶん最後の)プレイでした。たった1回ではありますが、その時のことは今でも鮮明に覚えています。

 このゲームの中では、プレイヤーは会社の社長となり、4ないし5半期(ラウンドと考えて下さい)の間、会社を運営します。通常は5〜6人でプレイします。

 プレイヤー達の中心には、6つの市場に区切られたボードと駒入れがあります。そして各プレイヤーの前には工場や研究設備、販売体制を含んだ会社プレートが置かれます。1つの市場区画には予め決められた数の駒(製品であり原材料)を置くことができます。プレイヤーは、市場から駒を入手し(原材料の購入)、手元にある会社プレートの中で原材料を加工して製品を作成し、再び市場ボードへ駒を戻す(製品販売)ことで利益を得ることができます。市場は6つあると先程説明しましたが、実はそれぞれ原材料の購入値段が市場区画によって異なります。そのため、プレイヤーはできるだけ値段が安い市場区画から原材料を購入しようとしますので、それだけ激戦区になるわけです。

 各ラウンドは、時計周りにプレイヤーが場にあるカードを引き、アクションをすることで進められていきます。まずプレイヤーは、テーブルの中央にあるカードを1枚引きます。このカードの中身は「意思決定カード」と「リスクカード!」の2種類しかありません。「意思決定カード」を引いた場合、プレイヤーは原材料の購入、製品の加工、市場販売の他に、販売力や研究開発の強化を行うことによって、市場競争力をつけることが出来ます。


マネジメントゲーム (続き)
名前:Ken    日付:11月8日(木) 21時24分
 意思決定の殆どは、カードを引いたプレイヤーのみが行うことができますが、”市場販売”だけは異なり、プレイヤー全員が参加することができます。市場販売になりますと、カードを引いたプレイヤーが、販売したい市場と製品の個数を宣言します。それに対して、参加したいプレイヤーは意思を表明し、それぞれ販売したい製品(宣言された個数よりも少ないこと)を宣言します。次に、全プレイヤーは販売希望価格を決めて入札を行います。そして、価格の低いプレイヤーから順番に市場に製品を販売し、初めに宣言された個数に達するまで自分が宣言した希望価格で販売します。

 一方、「リスクカード!」を引いた場合ですが、横に置いてあるリスクカードを1枚引き、その文面に従わなくてはなりません。「トラブル発生」といった悲劇から、「独占販売」といった利益のあるカード、そして「縁故採用」などのイベントが発生します。

 これを繰り返すことによって一定時間(私がプレイした時は30分から40分)をプレイすると、1半期が終了します。これを4〜5半期行ってゲームは終了します。

 これだけを書きますと、今まで慣れ親しんだゲームと同じような感じがします。しかし、各期をプレイをする前後にそれぞれ「経営計画」と「決算」がある点がこのゲームの特徴といえます。「経営計画」では、現在プレイヤーが持っている工場の生産能力や市場競争能力から、今期の売上目標とその方法を考えていきます。研修によっては、今期計画を皆の前で説明することもあります(実際、ありました)。そして、「決算」では、プレイで発生した投資や売上等から決算を行います。実はプレイ時間よりも、他のことに時間を要しますが、この過程を経験することによって、遊ぶだけではなく経営感覚を学ぶことができるわけです。

 実際、私が参加したマネジメントゲームでは、2日半かけて4半期(4つのターンと考えて下さい)が行われました。特に4半期目の決算発表会+反省会では「あー、我が社は…」社長口調(?)で話す研修者がいるなど、ゲーム以外でも楽しめる面がありました。

 マネジメントゲームは、社内研修で受ける他にも、全国各地でゲームのイベントが定期的に開催されていますので、検索用ホームページで“マネジメントゲーム”と入力して詳しい説明資料を読んで見て下さい。そして、機会がありましたら、一度プレイされることをお勧めします。


”マネジメントゲーム”
プレイ人数 5-6人
Kenの個人的評価: 5(ボードゲームの新しい分野開拓に貢献した名作ゲームです)


Re: マネジメントゲーム
名前:金七    日付:11月25日(日) 15時8分
ひとつ疑問があるのですが、このゲームが実際の経営に役立つのでしょうか?
それともそういう雰囲気を楽しむゲームなのでしょうか?
個人的には、実際の役にあんまり立たないところ(笑)もボードゲームを気楽に楽しめる理由の一つかと思うのですが。


WAR AT SEA 返信  引用 
名前:金七    日付:11月8日(木) 21時19分
週刊ボードゲーム通信 10/15−10/21号

 今週は「個人的評価:5」の例として、「WAR AT SEA」(英独大西洋の戦い)を紹介します。
他の「評価5」には、「エルグランデ」「ラー」などがあるのですが、既に紹介済みです。
最初に断っておきますが、「WAR AT SEA」(以後WS)は先程上げた二つに比べると、万人向けではないですし、ゲームとしての出来も劣るでしょう。
単純に私の個人的嗜好にぴったりであるだけです(笑)。
そこそこ有名なゲームですし、日本語ルール付のものもあり、今でも入手する事はできると思います。
邦題から推測できるように、「WS」は第二次世界大戦の欧州における「連合vs枢軸」の海上戦を扱ったゲームです。
(米)アバロンヒル社製作、販売/(日)ホビージャパン販売という、昔のシミュレーションゲームの王道を行く組み合わせなのですが、
シミュレーションというにはかなり現実感の無いゲームで、むしろプレイアビリティー重視のライトな?ボードゲームになっています。
基本的には二人用ですが、連合軍(英米ソ)枢軸軍(独伊)内で、国ごとに艦船を分担する事により、四人ぐらいまでプレイできます。

 「WS」では、六つに分けられた海域の支配権を巡って、両陣営が争います。
各ターン終了時に海域に艦船を残した方がその海域の支配権を得て、設定されたポイントを獲得します。
8ターン終了時にポイントの多いほうが勝ちです。
まずターン開始時には、連合軍が艦船を配置します。
次に枢軸軍が艦船・Uボートを配置します。
次に同時に陸上基地からの空襲対象海域を決めます。
それから海域ごとに戦闘を解決していきます。
まず連合軍が「対潜水艦戦」を行い、それに生き残ったUボートによって反撃が行われます。
次に空母の艦載機と陸上基地機によって空襲を行います。
最後にいよいよ艦船同士の砲撃戦が行われます。
砲撃戦のみはどちらかが全滅するか、撤退するまで繰り返し行われます。

 「WS」における戦闘の解決は全てサイコロ勝負です。
とりあえず四個のサイコロが入っていますが、十個ぐらい用意しましょう(笑)。
攻撃力に応じた個数のサイコロを振って、5は対象が戦闘不能(ラウンド終了後強制帰還)、
6は命中でもう一度サイコロを振り、出た目と同じダメージを対象にあたえます。
受けたダメージが艦船の防御力を超えるとその船は撃沈されます。
砲撃戦は同時進行で、損害は同時に適用され、一ラウンド終了するごとに双方が撤退するかどうかを決めます。
どの艦でどの艦を狙うかはプレイヤーの自由、敵より艦船が多ければ複数の艦でひとつの艦を攻撃できます。
攻撃力は、Uボート=1、陸上基地機=3、艦船はそれぞれに設定されています。


WAR AT SEA (続き)
名前:金七    日付:11月8日(木) 21時20分
 もちろん艦船は全て名前入りで、大変思い入れをしやすくなっています(笑)。
空母には空襲力があり、「Eagle」の1から「Ark Royal」の3まであります。
普通空母は砲撃には参加できないのですが(当たり前だ)、「Eagle」と「Graf Zeppelin」だけは1の攻撃力があります。
他に主力艦を紹介しますと(攻撃力・防御力・速力の順)、
 連合軍
Hood(447)、Nelson(553)、Prince of Wales(456),Washington(554)
 枢軸軍
Bismarck(496)、Scharnhorst(357)、Graf Spee(225)、Vittorio Veneto(466)
となっています(同型艦あり)。
特殊な艦船としては、Uボート(移動無制限、防御力0)とコンボイ(護衛船団)があり、
コンボイをアメリカから英国・ソ連まで移動させることができれば、ポイントを得る事ができます。
コンボイとは要するに連合国の援助物資輸送船とその護衛船団の総称ですが、(133)と攻撃力もあり、
この砲撃でビスマルクなどが損害をこうむったりすると、枢軸側プレイヤーはかなり感情が高ぶります(笑)。

 歴史的には、ドイツ海軍は通商破壊に力を入れたので、大規模な海戦が発生しなかった様に、連合枢軸間の戦力差ははっきりしています。
しかしながらこのゲームでは、当時のアメリカゲームにしては珍しく?バランスに配慮されていて、枢軸側も戦える様になっています。
まず、先に連合軍が配置するので、枢軸軍が戦場を選べます。
次にUボートの存在(対潜水艦戦に生き残ると連合軍はそのターン当該海域の支配が不可能になる)。
最後に、損害を受けていないドイツの艦船は攻撃時のサイコロに1を加えられるという修正。
これはなかなか強力、と言うか気持ちいいです(笑)。
「WS」の醍醐味は、大量にサイコロを振って「命中!」の快感を味わう事にあると思っているので、
命中率倍のアドバンテージは何物にも変えがたいです。
ただし、プレイヤーが慣れてくると、それでもやや連合軍有利だと思います。

 さて、「WS」の魅力は伝わったでしょうか?
個々の艦船名を知っていた方が楽しいとは思いますが、プレイしてみれば、知らなくても、必ず愛しく思う船ができます。
最終的にはダイス勝負の運ゲームではあるのですが、戦略も存在しますし結構考えます。
何よりも毎ターン沢山のさいころを振りますから、前のターンの不運を嘆いている暇はありません。
一見すると「軍艦マニア(笑)用の浅いダイスゲーム」ですが、実は楽しさ・プレイしやすさ・スピード感のバランスのとれた好ゲームだと思います。
AH基準のComplexityで10段階中1(一番簡単)であり、初めての方でもプレイできます。
長くなりましたので戦略・戦術等は別の機会(まぐ?)に紹介できればと考えています。


"WAR AT SEA"(英独大西洋の戦い)、
AH/HJ、1976年(発売)、
2-4人、1-3時間
金七の個人的評価:5(軍艦マニアではありません、いや本当に)


Re: WAR AT SEA
名前:    日付:1月3日(木) 1時49分
シュミレーションゲームのよいところをいくつも持ったゲームだと思います。

同じルールの太平洋戦争版「Victory in the Pacific」もお勧めです。

「WAR AT SEA U」が出ているところからして根強い人気があるのでしょう。ところでこの「WAR AT SEA U」を作った人はエルフィンランドを作った人だと最近知りました。
アバロンヒルのムーンがなぜドイツゲームを?と思っている人も何人かいるかもしれないのでソースを載せます(チェックするほどのものでもないけど、せっかく調べたことだし)。

http://hjem.get2net.dk/Svellov/Bio8.html
http://www.gamecabinet.com/news/AlanMoonInterview.html

コンタクトゲーム 返信  引用 
名前:    日付:11月8日(木) 21時15分
週刊ボードゲーム通信 10/8−10/14号

 コンタクトゲームはラベンスバーガー製のタイルつなげゲームです。発売されて10年以上たちます。タイル(紙製)に描かれている要素は鉄道・道路・川で、それらがつながるようにタイルを置かなければなりません。プレイの始めに10枚のタイルが配られます。自分の手番でタイルを1枚置きます。置けなければ山からタイルを取らなければなりません。手持ちタイルを使い切ったプレーヤーの勝ちです。ルールはこれだけで非常にシンプルです。

 タイルの絵は1枚1枚異なっています。鉄道・道路・川に付随して、電車・車・動物・人間などいろいろなものが描かれています。ゲームには関係のないこれらのムダな絵のおかげで、タイルを置いて街を作っていくことがより楽しくなります。プレイが終了した後、完成した街を一服して眺めましょう。最近のタイルゲームのカルカソンヌやエントデッカーで作られる世界よりも大幅に生活感があります。

 コンタクトゲームはあまり頭を使わず、子供向けのゲームです。しかし勝つことは難しくなっています。鉄道・道路・川とつなげる要素が3種類もあるため、タイルを置くことが難しいです。調子が悪くなると手持ちのタイルがどんどん増えていきます。勝者なしで終わることもしばしばあります。このとおりゲームバランスはよくないのですが、それほどダメなゲームでもありません。難しいゲームをやった後に息抜きとしてしたいゲームです。タイルを置く動作とかわいい絵が、脳のバランスを回復してくれるのでしょうか。つなげるものを鉄道と川など2種類に減らしたバージョン(ニュー・コンタクトゲーム)を作れば、もっと魅力的なゲームになると思います。


"コンタクトゲーム"
ラベンスバーガー(発売), 2-10人, 30分
対象年齢:5才〜99才, 2400円
横の個人的評価:2(特にプレイしたくない)


Re: コンタクトゲーム
名前:金七    日付:11月25日(日) 15時1分
やった事がないので短く突っ込みますが、本当に99歳もできるのかなあ(笑)?

 ミュール 返信  引用 
名前:鱶(fuka)    日付:11月8日(木) 21時12分
週刊ボードゲーム通信 10/1−10/7号

 ミュールは昔(12、3年前?)、8ビット機全盛の折のパソコンゲームです。PC8801、X1、MSXあたりの機種で発売されていました。プレイヤーは未開の惑星の開拓団の一員となって、惑星開発を行います。4人まででプレイでき、人数が足りない時はコンピュータが担当します。マップは5×7くらいだったでしょうか。
 プレイヤーは毎ターン最初に、手に入れたい土地を指定します。マップの左上端から右に、右端に行ったら次の段の左端から右へと、カーソルが移動するので、欲しい土地の上でタイミングよくボタンを押します。2人以上重なった場合は、もっともタイミングが良かった人の土地になります。運悪く連打していた時などは、しょぼい隣の土地を取ってしまったり、なかなか油断できません。
 次はミュール(開拓用ロボット)を購入し、食糧生産、エネルギー生産、鉄鉱石採掘のいずれかのタイプに改造します。そのミュールを自分の土地に持っていきます。
 土地には川、平地、山岳があり、それぞれ特徴があります。 
 川は食糧生産への“向いてる度”が高く、食糧生産ミュールを設置すると効果的です。しかし、たびたび洪水におそわれます。
 平地は食糧生産は普通ですが、エネルギー生産(太陽光発電?)の効率が高い土地です。
 山岳は鉄鉱石採掘の“向いてる度”が高いです。
 また、自分の土地で、同じ生産ミュールのものが隣接していると、生産効率がアップします。
 生産したものは、プレイヤー同士で取引ができます。
 食料は少なくなるとミュール購入、改造時の操作時間が短くなってしまいます。だいたいは低い値段で取引されます。
 エネルギーはミュールの稼動に絶対必要です。これがなくなると、生産活動が停止してしまいます。食料よりは高い値段で取引されることが多いです。
 鉄鉱石はお店に売ります。これが無くなると、新規ミュールが買えなくなってしまいます。3つの中では高い値段です。
 取引(競り)では、画面上方に売り手キャラクター、下方に買い手キャラクターがいます。それぞれのキャラクターは自分の売値、買値バーを上下のカーソルで動かして値付けをします。それらが一致したら売買が行われます。売り手も買い手も複数いて、生産物の個数も決まっているので、熱い売買競争がくりひろげられます。災害などで品薄になると値段が高騰します。あまりもたもたしていると時間切れになってしまうので注意が必要です。余った生産物は安値でお店に売却もできます。
 最終ターンに生産物、お金、土地などの開拓評価をして、一番ポイントが高かった人が勝利…だったと思うのですが、なにせほとんど勝ったことも無く、随分昔の話なのでよく覚えていません。できればまたプレイしたいのですが、windows版でもでませんかね。しかし、今はどこが版権を持っているのだろう?すでにつぶれてたりして…。

"M.U.L.E."(「ミュール」)
1-4人
鱶(fuka)の個人的評価:4.良い(積極的にプレイしたい…今のパソコンでは動かないのですが)


Re: 鱶(fuka)
名前:金七    日付:11月25日(日) 14時58分
最初にしょうもない指摘から。
名前と記事名が逆でんがな・・・。
ミュールは一番最初の土地のセリが印象深い。
とりあえず食料を確保したいので、ベース基地上下の川がみんな欲しい。
土地確保はタイミング勝負の目押しなんだけど、
その前に虚虚実実の駆け引きが(笑)。
「俺は確実にこっちにしとくよ」←嘘つけ
「二人で争っても不毛やで、負けた方(強制的に前後の土地を獲得させられる)が大損や」←じゃあおまえよそに行け
 などなど美しい交渉の嵐。


Re:ミュール
名前:    日付:11月27日(火) 0時30分
申し訳ありません。名前と記事名が逆にしていました。言われて気づきました。修正はできなさそうです。大目に見ていただけないでしょうか。でもこういう時は無料レンタル掲示板は不便ですね(自作するよりも、広告付き無料掲示板の方がチープでかっこいいと思っておりましたが)。

私もミュールのようなゲームならいちどパソコンでしてみたいです。

掲示板を変えました 返信  引用 
名前:    日付:11月8日(木) 21時8分
レスをつけられる掲示板に変えました!
記事に対する意見等の書き込みを歓迎します!

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Yoyo/4569/

追記
名前:    日付:11月8日(木) 21時13分
ティーカップ掲示板には1年以上お世話になり、ありがとうございます。

ブックマークをつけていただいていた読者の方にはお手数かけます。


記入
名前:    日付:11月17日(土) 0時44分
文字の色は「記事は黒」「記事に対するコメント等は黒以外の色」ということにしたら見やすいと思います。覚えていたらそうしてください。


名前:    日付:11月27日(火) 0時37分
レスをつける時の文字の色は、ドイツゲームのように自分の色を固定しておくと見やすいと思います。覚えていたらそうしませんか。


ゲームの評価について 投稿者:金七  投稿日:10月 1日(月)02時25分05秒

 週刊ボードゲーム通信 9/24−9/30号
 
 今回は、社員の考察が一巡したので「ゲームの評価」についてのまとめを行います。

 @客観的評価
困難もしくは不可能という結論。
より客観的な評価を目指す必要はあっても、適当かどうかの判断を下すのは評価者ではないので、
レビュー自体の評価は目を通してくださる皆様にお任せします。
横さんの提唱される「ボードゲーム学」において、ボードゲームは、様々な問題との関連において語られるので、
自足的な評価を脱して、より普遍的な考察の対象となり得ます。
この場合にも、Aでも述べられるような「評価者の視点・立場を明確にする」事は重要です。
それによって、「何をどうして問題にするのか」が理解しやすくなります。
「どのようなゲームがボードゲーム界に貢献するといえるか」ということも、今後それぞれの立場で書かれていくでしょう。

 A主観的評価
「面白い(つまらない)ゲームを紹介する」事を目的とした場合、避けて通れません。
書き手と読者の評価が、必ずしも一致しないので、それをどうするかという問題です。
読んでいただく以上、同じような嗜好の方ばかりではなく、ボードゲームに対するスタンスの違う方にも、楽しんでいただきたいです。
私達書き手の側から考えてみます。
基本的にボードゲームは複数の人でプレイされるので、リプレイは雰囲気、実際の進行を伝える点で優れています。
それに対してレビュー形式の紹介は、プレイ経験に基づくとは言え、評価者の主観が濃厚に出やすく独断の危険性があります。
その対策として、評価者の立場を明確にすることによって(主観的であることを自覚する)、
読者と違う結論が出ても「そういう見方もある」事を納得してもらえるのではないかと考えます。
幸いにして通信社には複数の評価者がいますので、読者の方の最適解も見出しやすいのではないでしょうか。

 プレイする人によって、何が面白いかは違いますし、どれが正しいというものでもありません。
回答を示すことはできませんが、プレイや購入の参考になればと思っています。
現在、「評価掲示板」や「緑緑支局」などにおいて、一連の考察に基づいて、より良い「ゲーム評価」の実現化を図っています。
読者の皆様の参加やご意見によって、さらに意義のあるものにできないかと考えていますので、是非ご協力下さい。
私達も説得力のある評価を目指して、判断基準を明示しつつ、今後も優れた方法を考えていきたいと思います。

ゲームの評価について 投稿者:  投稿日: 9月23日(日)14時20分00秒

週刊ボードゲーム通信 9/17−9/23号

ボードゲームを評価するということは、そのボードゲームの「できの良さ」を測ることである。その視点は、主観的に評価する場合と客観的に評価する場合では異なる。ここではその視点の違いについて論じる。

まずは主観的評価についてである。
主観的とは、「自分はどう思うか」である。ゆえに自分=評価者にとってボードゲームをプレイする意味が問題となる。ほとんどの人は楽しみのためにボードゲームをプレイする。よって、主観的評価はそのボードゲームが面白いか面白くないかによってなされると規定してよい。つまり主観的評価を行う場合、プレイして面白いかどうかによってボードゲームの「できの良さ」が測られるのである。

次に客観的評価についてである。
客観的にボードゲームを評価をする場合は、主観的に評価する場合とは視点を変え、ボードゲーム界への貢献度合いという視点を持つべきである。この視点によると「できの良い」ボードゲームとは、ボードゲーム界への貢献度が高いボードゲームとなる。
ボードゲームはまだまだ発展途中であり、たくさんの問題が存在している。こういった問題を解決するボードゲームは、ボードゲーム界に貢献するボードゲームである。

ところで、これまで3回の「ゲームの評価」についての連載では、「客観的評価は不可能もしくは困難」という結論であった。「面白さ」というものは主観的評価の範疇であるため、そのような結論に至ることは当然である。しかしこの結論に至るのは、主観的評価を突き詰めていった上での客観的評価という意味合いであるためである。視点を変えて、ある問題とあるボードゲームの関わりについての評価となれば、それは客観的評価の範疇となる。

この視点での評価を行うためには、何が問題かを明確にすることが必要となるのである。そして数ある問題の中で特に何が重要な問題であるかを考えるためには、自身が立脚する立場をはっきりさせることも必要となる。これらは学問としてのボードゲーム(ボードゲーム学)の構築への道筋である(笑)。
ボードゲーム(ないしはボードゲーム界)が抱える問題を整理するためには、各人の個々のボードゲームに対する不満点等は参考になるであろう。またドイツゲーム大賞等の評価指針も参考になるであろう。

またこれまでの連載では、主観的評価の技術の問題が取り上げられてきた。主観的評価の方法に関しても発展途中であり、説得力のある主観的評価とはどういうものであるかを研究していくことはやはり意義あることである。

ゲームの評価 投稿者:Ken  投稿日: 9月13日(木)07時47分31秒

週刊ボードゲーム通信 9/10−9/16号

私は、「客観的評価をすることは難しいが、たとえ主観的な評価であっても、読者の協力により客観的な評価が近づけることができる」と考えています。今回は「ゲームの評価」について、評価を行う理由から問題点、そしてその解決方法の方針あたりを、論じて見ます。

私が思うに、ゲームの評価内容を記事にする理由は2つあります。1つは、新規プレイヤーを開拓するために読者に対してゲームに触れる機会を少しでも多くすることです。そして、もう1つの理由は市場に出ているゲームを調査してランク付けを行い、読者のために面白いゲームに巡り合う機会を増やすためです(私自身、ゲームの紹介よりもゲーム屋の紹介をすることが多いことから、前者を優先的に考える傾向にあるみたいです)。そして、結果として読者が短時間で面白いと思えるゲームに巡り合えることを目指しています。

上で述べました短時間とは、ゲームを大量に購入して遊んでみて、面白いゲームを見つける方法を取るよりは、ゲームのレビュー記事や雑誌を読んで面白いゲームを効率よく見つけた方が、時間が節約できることを意味しています。しかしながら、面白いゲームを見つける過程そのものを楽しむプレイヤーも中には存在すると考えますと、この短時間の良し悪しについては意見が分かれるところです。

そして、読者自身が面白いと感じるゲームを効率よく選び出すためには、客観的な評価手法が必要になると考えています。この客観的評価がけっこう曲者であり、一旦行った評価を行ったとしても、その後にゲームの種類が増えたり、また読者の人数が増えたりすることによって評価内容に対する視点や考え方が変化し、結果として評価内容が自然と古く感じられるようになることがあります。とはいいましても、一度掲載した記事の内容が古く感じられないように逐次見直すことは、非常に時間がかかる点であまり現実的とはいえません。つまり、ここでは評価内容が経年変化することを問題点と考えています。

これを解決するために、次の2つの方法を取ることを考えています。

*評価の目つきを現時点で統一した上で、評価記事を書く

*評価内容の古風化を防ぐことと、より客観的な評価方法に近づけるために、
  読者自身で自分が気に入った評価内容を選ぶための方法を作る

前者については、すでに前々回からの記事にありましたように、評価基準を作成した上で評価をすることを示しています。ここでは、後者について詳しく説明していきます。

弊社のようにゲームの評価レビューを行っているHPは国内でも存在しますし、非常に優れた記事内容を掲載しているHPも数多くあります。その各HPの中では、評価基準ないしポリシーを持った上で評価が行われていますので、当然HP内では客観的評価が保つことはできると考えています。しかしながら、複数のHP間で評価基準を合わせて客観的評価を保とうとした場合、HPの管理者同士で申し合わせをすれば可能とは思いますが、現実解としては手間がかかる点で実現が難しいところがあります。

一方、読者の立場からすると、面白いゲームを見つけるために、HP上の検索エンジンを使っては、数多くのHPを見つけ、そこに掲載されているレビュー内容を読んで面白いゲームかどうかを判断することが想像されます。勿論、数多くのHPを全てカバーすることは時間を要するため、読者の中でよく読むHPとそうでないHP(古風化もここに含まれます)が自然に区別されるようになります。実際、この区別の判断基準は読者によるところが大きいですが、読者の視点からすれば、客観的評価に近づくことと、短時間で面白いゲームを見つけることがうまく釣り合う点において、ここに最適解を見出すことができます。

最適解を見つけるための具体案としては、評価をする人にとっては評価基準のもとで評価記事の作成に専念できることに加え、読者にとっては自分が気に入った評価記事をすぐに読むことのできる環境を作ることになろうかと思います。現在のところ、読者と評価記事を結ぶハブのような仕組みになると考えています。

今週は、この辺りで終わりにしますが、まだアイデアの団子を捏ね回している状態ですので、皆様の意見を取り入れる絶好の機会と考えています。意見がありましたらどんどん記載して下さい。宜しくお願いします。

ゲームの評価について 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 9月 7日(金)22時35分19秒

 みなさんこんにちは。私は「客観的評価は無理」と思っています。
 ゲームをプレイする人にとって一番気になるのは、面白いか面白くないかという“評価”でありましょう。様々な角度からみたところで、最後はここにたどり着きます。で、その面白いか面白くないか、というものは客観ではありえないと思うのです。
 ここで最も気をつけたいことは、なぜ面白くないのか、あるいはなぜ面白いのかという、“なぜ”の部分です。そこはできるだけ分かりやすく書くべき部分です。例えば「戦略的過ぎるので」という理由があっても、そのゲームの評価は、人によって面白かったり面白くなかったりするものだからです。ある人にとって面白くないものでも、他の人にとってそうとは限りません。

 客観的に書けることは、作者・メーカー・プレイ人数…そのあたりですが、それは参考にはなりますが評価とはいえないでしょう。

 で、評価のもとになる尺度を私と金七氏とボゲ通社の人で少し考えたものがあります。6つの点から“ボゲ通社的に”面白いゲームが分かるように評価しようという試みです。それぞれの項目で、点数が高いものほど、高い評価と言うことになります。初代と2代目のボゲ通社的ベストゲーである「エルグランデ」と「ラー」を実際にこれで評価した例をつけています。

@「主観的評価」
 これは全く主観的に見て、面白かったかどうか、評価者がつける点数です。エルグランデとラーは5点でした。週刊ボゲ通にも登場しています。

A「戦略」の要素
 5点…戦略性がやや強い(エルグランデ)
 4点…適度に戦略的(ラー)
 3点…戦略性がやや弱い
 2点…戦略性がほとんどない
 1点…高度に戦略的
・戦略性がちょっと強めのものを好んでいます。当然適度なものもいいですが。

B「運」の要素
 5点…適度に運が作用する。(エルグランデ、ラー)
 4点…運の要素がやや強い
 3点…運の要素がやや弱い
 2点…運の要素が強い
 1点…運の要素が弱い
・運と戦略は少し反発する関連項目です。運の要素があまりに強いゲームは戦略的ではありにくいでしょう。

C「するめ度」(←なんじゃこりゃ)
 5点…何回もプレイできる奥深さがある(エルグランデ、ラー)
 3点…普通
 1点…なんかやたら底が浅い
・普通という表現はどうかとおもいますが…。戦略性との関連もありそうです。するめ度の高いゲームはある程度戦略的な気がします。

D「初回OK度」(←すごい表現)
 5点…最初にプレイする場合でも楽しめる(ラー)
 3点…普通
 1点…最初のプレイは辛い(エルグランデ)
・これもいくらか戦略性と反発する関連項目です。戦略性が5点(やや強い)ものは初回プレイ度が5点という訳にはいかなさそうです。

E「コンポーネント」(ボードの美しさとか、雰囲気が出てるかとか)
 5点…良い(エルグランデ)
 3点…普通、可もなし不可もなし(ラー)
 1点…悪い
・3段階で十分でしょう。好みもあるので難しいです。

 戦略性と初回OK度の関連によって理論上の最高得点は5−4−5−5−5−5の29点でしょうか。エルグランデは初回OK度が低いので合計26点、ラーはバランスが取れていて、27点。25点以上で非常に面白いゲーム、20点以上が割と面白いゲームという印象です。(まだ多くのゲームについて点つけをしていないので、はっきり言えないですが。)
 「戦略」と「運」の点数つけが特徴となっています。どんなもんでしょう。
 この尺度を使用した評価表はそのうちボゲ通社緑緑支局に登場するはずです。本当は夏中に作るはずだったのですが、夏ばてで何もできませんでした…。今年中にできたらいいな(弱気)。

 とりあえず今週はこのへんで。



ゲームの評価 投稿者:金七  投稿日: 9月 2日(日)16時48分49秒

  週刊ボードゲーム通信 8/27−9/2号

 今週号からは、ボードゲームに関するテーマの考察と、ゲームの紹介を交互に行っていきます。
今週号からは「ゲームの評価」について、通信社の社員がそれぞれの考察を発表します。
ここにいたる経緯は、掲示板の方に書いてありますのでご参照ください。
その際、問題点の指摘、反論、提案等書きこんでいただければ、これに勝る喜びはありません。

 最初のテーマ「ゲームの評価」ですが、私は「客観的評価」と「主観的評価」に絞って書きます。
まず「客観的評価」について。この「的」というのが曲者です。評価者の主観を完全に排した評価は難しいと思っています。
ゲームをプレイすることなしに評価することはできませんし、個人的感情を排したプレイなど想像できません。
もし存在するとしても、そういったプレイが他のプレイヤーの参考になるとも思われません。
もちろん、プレイ=評価ではありませんが、不可分のものではあるでしょう。
 
 一方、人に見てもらうことを前提に書いている以上、読み手の立場を考えない主観だけの評価も問題です。
これは自戒を込めて書くのですが、読み手として、「自分と同じようなゲーマー」(笑)を考えて書くのもどうかと思います。
特殊な用語を多用したり、過去のゲームについてばかり書いたりする(苦笑)レビューでは、
新しいゲームを買ったり、プレイしたりしようとするゲーマーの役には立っても、
初めてプレイしようとする人のためにはならないでしょう。
お互いが貴重?な存在なので、ゲーマーがお互いを大事にするのはわかりますが、
その身内意識は、ボードゲームがいまいち一般化しない一因かと思います。
それでも構わないといわれればそれまでですが、せっかくですから広くて住みやすいボードゲーム界にしたいです。

 やや脱線しましたが、客観的評価を目指すより、主観的評価を一般化する方が容易かつ効果的であると思います。
掲示板で言及された方もおられますが、主観的評価でも多数集めれば、結果的に個々の評価は相対化されます。
しかしその企業的手法は、かなりの労力が必要なので、私たちが現実にやるには困難です。
実際的な方法としては、ひとつのゲームに複数のレビュー(もしくは評価)。これにはリンクも有効です。
これに関連して、評価者が複数のゲームを評価する。これによって評価者の視点がより明確になります。
この二点によって評価に奥行きを与えることは可能でしょう。
 
 次に、既に言及しましたが、独り善がりでない、共有しやすい認識で評価文を書く。
「共有しやすい認識」の最たる物は数字でしょうが、駒の数とかルールのページ数だけ書いたレビューではいかに何でも寂しい。
そうではなくて、「おもしろい」という素朴な主観を伝えるのにも、
「カタンよりも優れている」(ゲーマーには強烈に伝わりそうですが)
「不運を戦略でカバーできる」
の二つでは、後者の方がゲームの内容が伝わりやすいと思うのですが、どうでしょう。
もちろんこれは一例に過ぎません。何を運や戦略とするかは人それぞれですし。
それでも一般的に使われる言葉をキーワードに書いていけば、相互の関係が把握しやすく、
ゲームとゲーム、読みてと書き手の距離感がつかみやすいと思います。

 何か言葉遊びのようで、「ゲームの評価」についての初回として適当とは思えませんが、結論としては、
@客観的評価は困難もしくは不可能
A主観的評価を一般化する方向で
BAの方法として、複数の視点を用意する、個々の視点を、立場の上からも表現の上からも明確にする。
ということにします。
いずれも考察不足なので、問題点は容赦なく指摘してください。
また、皆さん私の拙文に関係なく「ゲームの評価」について考えてみてください。

モンスターメイカー5 (その5) 投稿者:  投稿日: 8月26日(日)22時22分24秒

週刊ボードゲーム通信 8/20−8/26号

 これまでの話をまとめます。ボードゲームの本質は世界を構築することです。また、カードゲームの中にも世界の構築が本質であるものがあります。このようなカードゲームはボードゲームとみなしてもよいです。そのため、ボードゲームを趣味にする人にはボードゲームとカードゲームの分類を特に気にしない傾向があります。私自身も、一般の人から「それはボードゲームやなくてカードゲームやん」とか「ボードゲーム研究会やのにカードゲームもするんやね」ということを何度も言われたことがあります。
 「クク」、「UNO」などは純粋なカードゲームです。こういったカードゲームは、たぶんトランプから進化したものです。他方、「MM5 ソフィア聖騎士団」は、ボードゲームから進化したカードゲームです。もともとはボードゲームであった類のゲームをカードのみで行えるように作られたものです。「ソフィア聖騎士団」がカードゲームとして特に優れていると評価できる点は、ボードゲームのカードゲーム化に成功していることです。

 ところで、ボードゲームの楽しさはなんでしょうか?
 もちろん人それぞれですが、アンケートをとると回答はそれほど多種多様にはならないでしょう。私にとって最も楽しい点は、人と共同して世界を作る作業ができることです。「人と共同で」という点がポイントです。1人で世界を作ることができる趣味はたくさんあります。しかし「人と一緒に」そして「そこそこ容易に」世界を作ることができる趣味は稀です。これこそが、ボードゲームが持つ最も強力な武器です。それゆえにボードゲームは近い将来ブレイクする、と私は考えます。
 ボードゲームの評価について最後に述べます。以上の論理に従うと、「世界の構築」をプレイヤーが感じることができる程度が高いほど優れたボードゲームと評価できます。

P.S.
 1990年前後に日本製カードゲームが多数生産されましたが、すばらくして廃れました。2000円程度の日本製カードゲームは世界的に認知される可能性を秘めていました。小さくて、短時間でプレイできて、絵が個性的で(MANGA的,ANIME的)、と日本人が得意とする要素が含まれていたからです。ところで先日、「MM5 ソフィア聖騎士団」の分析をしたホームページを見つけました。それは、韓国の人が(韓国語で)作ったものでした。優れたゲームであれば外国人も日本語を解読してプレイすることを知り、うれしく思いました。
 当時日本で生産されたカードゲームには、面白いものも面白くないものもありました。ゲームメーカーごとに面白くないカードゲームの比率を算出すれば、ホビージャパンが最も高かったと思います。日本のカードゲームが発展できなかったことは、ホビージャパンの責任が特に大きいと私は考えております。墓を掘り起こすような話ですが、当時生産された全てのカードゲームの5段階評価をいずれ行いたいです。

トロントで見つけた裁判ゲーム”Judge For Yourself” 投稿者:Ken  投稿日: 8月19日(日)23時22分27秒

  週刊ボードゲーム通信 8/13−8/19号

 “Judge For Yourself”は実際に行われた判例に基づいて、2つのチームに分かれてポイントを競うゲームです。
 このゲームは、カナダのオンタリオ州はトロントへ観光に行った時に、街の中心部にある巨大モール「イートン・センター」内のゲーム屋さんで見つけました。イートン・センターは観光ブックにも載っていますので、場所はすぐに見つけることができます。このゲームはトロントにあるIrwin社で製作されたこともあり、箱と説明書は、英語とフランス語の両方で書いてあります。しかし、判例カードは残念ながら英語でしか記述されていません。

 ゲームの箱を空けると、裁判の内容と判例結果がそれぞれ両面に記された500枚のカードと、スコアシートとダイスが1つ(1〜3まで2つづつ書かれた6面ダイス)だけ入っており、ものすごくシンプルです。
 まず始めに、2つのチームで遊びますので、3人以上でプレイする時は2つのチームになるように分かれて下さい。そして、先攻と後攻を決めるために各チームの代表者がダイスを振り、より大きな数字を出したチームが先攻になります(先攻をAチーム、後攻をBチームと呼びます)。ここからラウンドが始まります。
 まずAチームはサイコロを振り、このラウンドで稼ぐことの出来るポイント数を決定します。次にAチームとBチームは裁判の内容を読んで理解します。最後に、Aチームだけが判例結果を読みます。つまり、Aチームは裁判の内容と結果を知っていますが、Bチームは裁判の内容だけを知っており、結果は知らない状態になります。
 先程ダイスで決定したポイントを得るための条件ですが、Bチームが実際の判例結果と同じ判断を下した場合はBチームにポイントが入ります。Bチームが実際とは異なった判例結果を下した場合はAチームにポイントが入ります。このポイントを巡って、両チームで裁判に関して議論を繰り広げることになります。Aチームとしては裁判の結果を知っているわけですから、Bチームが誤った判例結果を下すよう導くプレイが必要になります。Bチームとしても、正しい判例結果を見つけるためにAチームの反応を伺うことになります。
 Bチームが判例結果を下した後は、AチームもしくはBチームにポイントが入り、次のラウンドが始まります。次のラウンドではAチームとBチームの立場が逆転します。これを繰り返して、規定の15ポイントに早く達成したチームが勝ちとなります。

 このゲームは残念ながらまだプレイしたことはありませんが、他のゲームと比較すると討論や議論の部分でかなり自由に振舞うことができそうです。昔の映画(リメイクもされましたが)にありました「12人の怒れる男たち」にでてくる陪審員の気分を味わうことができると信じています。

Judge For Yourself / Irwin 1999
2人以上の成人プレイヤー(人数が3人以上の場合は、2チームに分かれる)
Kenの個人的評価:?(遊んでみないと…)

ウノ 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 8月12日(日)19時51分08秒

週刊ボードゲーム通信 8/6−8/12号

 みなさん、こんばんは。お久しぶりです。
 なぜにゆえにウノ?、と思う人がたくさんいることでしょう。そのあたりも今回のレポートの目的なのですが。
 知らない人はあまりいないと思われる、カードゲームですが一応。「ウノ」は2〜10人で楽しめる、カードゲームで、プレイヤーは、最初に配られた手札を、全て無くすと勝利できます。カードは赤、青、黄、緑の4色と、0〜9までの数字の組み合わせです。自分の番には台札と、数字が同じか、色が同じカードが出せます。出せない時には、山札からカードを1枚取らなければなりません。カードには、プレイ順を逆まわりにする“Reverse”カードや、次プレイヤーが罰として山札から2枚取らなければならない“Draw Two”カードなど、特殊なカードもあります。そして、説明書を読んでいて気づいたのですが、色々ローカルルールもありそうです。(どうも自分が高校時代にやっていたルールと、違うところがある)。
 まあ、手軽にできて、楽しいゲームです。しかしながら、あまりボードゲーム界では、言及されることが少ないのではないかと思います。ちょっと運任せすぎるといえば、その通りですが、そういうゲームは、よくありますよね。ゲーム性からいうと、間違いなく「ウノ」は、ボードゲーム界の守備範囲に入っているはずです。(将棋、囲碁なんかは、運の要素が全く無いため、ボゲ通社的には、守備範囲のボーダーラインぎりぎりのところだと思います)。
 守備範囲内でありながら、なぜ言及されないのかといえば、「ウノ」があまりに一般に知れ渡っているからではないでしょうか。ようするに、ボードゲーマーは、ある程度マニアックなゲームが好きで、あまりに一般的になると見放してしまうのでは?……、と思ったものの「ラー」とか「エルグランデ」が一般に知れ渡ったらめっちゃうれしいなあ。……それでは、逆に考えると、「あまりに一般に知れ渡るゲーム」(=「ウノ」とか「人生ゲーム」とか、将棋とか囲碁とか)は運か戦略の要素、どちらかに偏りすぎているのではないでしょうか。
 鱶(fuka)の考える、良いゲームの中の1つには、戦略性がやや強いが、適度に運が作用し、何回もプレイできる奥深さがある、というものがありますが、こういったゲームはあまりに一般的にはなり得ないのではないか?という気がします。純粋に運のみ、戦略のみで戦うのは良いが、戦略的でありながら運が悪くて負ける、そんなゲームの楽しさが、一般にはあまり伝わっていないのかもしれません。しかしながら、一般人にもそういったゲームの楽しめる人(ゲーマーの素質のある人)は結構いるので、ちょっとづつ広まっていくかもしれません。そして、その楽しさを伝えていくのが、ゲーマーの使命かもしれません。(プレイ人口の確保の点で)。
 なんだか中途半端な文章になってしまいましたが、今週はこれにて。 
 ところで、「ウノ」の作者って誰なんでしょう。パッケージとかには書いてないみたいなのですが。
   
“UNO”(「ウノ」)
I.G.I., 1981
2-10人,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)

連合艦隊 投稿者:金七  投稿日: 8月 4日(土)16時41分32秒

  週刊ボードゲーム通信 7/30−8/5号

 今週はいつも以上に入手困難なゲームを紹介します。貴重なものというわけでもないのですが・・・。
「個人的評価:1」も出さないと5段階の意味がないと思ったので、あたりさわりがなさそうな(笑)「連合艦隊」を取り上げます。

 「連合艦隊」は潟oンダイの「GAME for ADULT if series」第一弾で、
太平洋戦争における日米海軍の戦いをシミュレートした、二人用戦略級ゲームです。
時期的には、真珠湾攻撃直後から終戦までを含んでいます
地理的には、北はアラスカから南はオーストラリアまで、東はサンフランシスコから西は上海までを扱っています。
戦力には、戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦・艦載機があり、巡洋艦までは艦名が入っています。(日82ユニット、米95ユニット)
こう書くと、同じテーマのアメリカ製ビッグゲームを想像しますが、このゲームのルールは実質8ページぐらいで、
30分ぐらいで把握できるでしょう。これはルールが簡略である、というか手抜きであるためです。

 ゲームの進行は、まず日本軍が移動を行い、移動終了後隣接した敵を攻撃します。
次に米軍が同じ手順を行い、以後繰り返すというスタンダードなものです。
肝心の戦闘ですが、各ユニットの戦闘力に、戦闘毎に出すカードの数字を足して、3以上の差だと負けた方は撃沈、
1、2差だと負けた方が後退、同数だと相打ちで双方撃沈!というブラッディーなものです。
各艦の戦闘力は、戦艦5、巡洋艦3−5、駆逐艦2、艦載機4・5で、カードの方は1−9まであります。
このあたり「コスミック エンカウンター」を彷彿とさせるアバウトなバランスです。
ちなみに「大和・武蔵」だけは戦闘力が7あります。お約束ですね。

 この戦闘のル−ルだけでかなりやる気がそがれますが、実際に艦船を地図上に配置すると、さらに脱力すること請け合いです。
このゲームでは1つのマスには1つのユニットしか置けないので、連合艦隊は日本沖からミッドウェーまで、
太平洋艦隊は米本土沖からハワイまで展開することになります。
お互い相手の配置が見えているので、その勇姿(笑)に感動するでしょう・・・。

 これが横氏のいう「少ない時間で業務命令により作らされた」国産ゲームの典型的例でしょう。
このifシリーズには以降「関が原」「二百三高地」「日本列島沈没」(これはどんなゲームだったのか少し興味がありますが)
の各ゲームが出ていますが、第一弾がこれでは内容は推して知るべしというところでしょう。
「連合艦隊」「関が原」などは露骨にそのテーマで人をひきつけようとしていて、広義での「キャラ物」の匂いがプンプンします。
実際に私も惹かれるものがありますし、昔は今に比べてゲームの内容をあらかじめ知ることが格段に困難だったことを思えば、
とりあえず題名で購入を決めた方もいたのではないでしょうか。
私は友人から格安で譲ってもらったので(Thanks Jun)、実際の販売価格がわからないのですが、
購入した人が満足したとは到底思えません。中には二度と買わないと思った方もいるのではないでしょうか。

 昔の日本では、良心的な会社もありましたが、総じて大手メーカーは自社の製作部門に力を入れず、内容の乏しいゲームを出していました。
ボードゲームというホビーが、どのぐらい広がっていくかという大事なときに、その場しのぎのゲームを出していた事は、
このホビーの衰退の一因とも考えられ、いまとなっては大変残念です。
過ぎたことはいまさらどうしようもないのですが、この教訓を現在に活かせればいいなと思います。
近年のドイツゲームの流行?で、再び活気を取り戻している今こそ、ゲームを見る眼に厳しさが必要ではないでしょうか。
ドイツゲームが全て面白いわけではありませんし、せっかく、こういう昔には無かった情報発信の手段があるのですから。

 "連合艦隊" / バンダイ / 二人用 / 30分−3時間(笑)
  金七の個人的評価:1 

モンスターメイカー5 (その4)   投稿者:  投稿日: 7月30日(月)00時55分17秒

週刊ボードゲーム通信 7/23−7/29号

 先には、カードゲームとは何かという問題設定をしました。まずはカードとは何かを考察しました。そしてカードゲームを2種類に分類しました。ボードゲームに近いものと遠いものです。そういう話の流れですので、ボードゲームとは何かということを続いて明確にする必要があります。
 ボードゲームとは何でしょうか。ボードを使うゲームというのが端的な定義です。ではボードとは何でしょうか。
 ボードの物質的特徴は、平板(紙)であることです。ボードの表面に何かしらのものが記されて(印刷されて)います。
 記されているものは3種類に分類されます。
(1)イラスト、(2)ルールのサマリー、(3)ゲーム世界、です。
(1)イラストは、雰囲気を出すためのものです。プレイには関係しません。単なるデザインなのですが、ゲームにマッチしたイラストはゲーム世界構築に大きく貢献します。
(2)ルールのサマリーは、ゲームの流れや取り決めをまとめたものです。ボードに記すことでゲームの進行に貢献します。
(3)ゲーム世界は、プレイ中変化する状態を表示するためのものです。
上記の(1)(2)は任意ですが、(3)は必須です。つまりボードの本質的な要素は(3)です。これについてもう少し述べます。
 ゲーム世界の状態はコマ等によってボード上で表示されます。表示される状態は、時間の流れ(ターン)、プレーヤーの獲得点数、プレーヤーの勢力数、プレーヤーがいる場所、等いろいろあります。
 これはまた2種類に分類できます。<1>ボード上で表示する必要度合いが弱いものと、<2>強いものです。
<1>はボード上で表示する必要が必ずしもない情報です。例えば、ゲーム時間(ターン・フェイズ)、獲得点数などです。これらは紙に記入したりチップなどで表示することでも代用できますが、ボード上で示した方が分かりやすい、または合理的なものです。
<2>は、ボード以外の手段で表示すると分かりづらい、またはプレイが困難になる情報です。例えば、プレーヤーの勢力・資源などです。地図上で示されることが多いです。
 結論としては、ボード上で記されるものとして最も重要なものは(3)の<2>だということです。そしてボードゲームの本質はここにあります。

ホラー・ナイト 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 7月22日(日)19時44分59秒

週刊ボードゲーム通信 7/16−7/22号

 今回は夏の暑い夜にぴったり(?)の、身も凍る恐怖に彩られたゲーム「ホラー・ナイト」を紹介します。カードゲーム時代に、ホビージャパンと、翔企画の共同レーベル、JAS CARDシリーズで発売されました。
 クトゥルー神話に似ているのですが、27体の魔物が、世の中に出現しようとしています。プレイヤー達は、目にしただけでも狂気に陥る危険のある魔物の正体を探り、それを退治しなければなりません。(退治できてしまうところが、クトゥルー神話とは全然違うのですが。)
 各プレイヤーは、私立探偵、刑事、精神科医、オカルト研究家、女子高生(…)、といったキャラクターのうち、一人を担当します。それぞれ、能力値が異なります。SANは正気度。恐ろしい魔物を目撃した時に、無事でいられるか、という数字です。刑事はあまり高くなく、気が狂いやすかったりします。女子高生の場合は高く、魔物を見ても、能天気に構えていられるようです。もう一つの数値は、POWで、体力です。これは刑事の方が高くなっています。
 退治するべき魔物には、それぞれ固有の情報があります。すなわち、出現場所は墓地・山海・街中のいずれか、姿形は、人型・巨大・不定形のいずれか、出現時に伴う現象は、気象・怪音・異臭のいずれかです。それぞれ組み合わせて、全27体の魔物になります。例えば、巨大な鯨のようなくらげのような魔物、「クス バルセス」は、山海/巨大/気象という情報があります。
 各プレイヤーは、魔物が1体描かれた、モンスターカードを、他のプレイヤーからは見えないように、裏向きにして、管理します。自分のモンスターに関しては、退治ができません。
 魔物を確定するために、自分の番には調査カードを使用します。カードには、“街中・巨大”、“不定・異臭”というように、情報が書かれています。調査カードを出されたプレイヤーは、自分の前にいる魔物が、その情報にいくつ一致しているかを答えます。“街中・巨大”を、さきほどの、「クス バルセス」に当てはめると、一致した情報は1つだけです。この際、街中と巨大のどちらが一致しているかは答えません。
 その後、退治を試みることができます。何人かのプレイヤーの出していった、調査カードの手がかりをもとに、隠れている魔物を推理するところが、このゲームの楽しいところでしょう。論理ゲームのようなものですが、確定するまで待っていては、他のプレイヤーに退治されてしまいます。最も多く魔物を退治したプレイヤーが勝つので、ある程度の情報で魔物の退治を試みることも必要です。
 魔物の退治に失敗すると、それは逃げていってしまいます。この逃げた魔物が14体(過半数)になると、世界の破滅で、全プレイヤーが負けになります。
 ちょっと、時間のかかるゲームです。また、こういうタイプの推理が好きでない人には向きません。好き嫌いがはっきり分かれそうなゲームです。
  
「ホラー・ナイト」/駆虎人T号(作)
ホビージャパン(発売), 1989
2-8人,30-60分,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)…昔は4でしたが。

カール大帝(2) 投稿者:金七  投稿日: 7月15日(日)12時04分03秒

  週刊ボードゲーム通信 7/9−7/15号

 今回も引き続き「カール大帝」を紹介します。ルールは6/18−6/24号を参照してください。
「カール大帝」も多くのドイツゲームと同じように、「大きな箱」「木の駒」「気のきいたルール」「優れたプレイバランス」といった特徴があります。
また、2・3・4人でプレイでき、それぞれに違うゲームになるという「売り」もあります。
しかしながら、それほどメジャーなゲームではなく、今一つ人気の出ない原因を考えてみたいと思います。

 まずプレイ人数によってゲームの性質が変わる、という点です。
2人プレイでは、ほぼ順番に手順が回ってくるのが、3人になると、自分の手順と手順の間に2−4回敵の手順が入るので、かなり先の展開が読みにくくなります。
一番違うのは、貴族の支配がかなり流動的になる点でしょう。
貴族の種類は5つと決まっているので、参加人数が増えると、支配権をめぐる戦いは当然激化します。
2人プレイでは、貴族の支配を敵から奪った瞬間が勝負という感じなのですが、3人プレイでは、序盤は別として、
5つのうち3つの貴族を支配することはほとんどできないので、少ない勢力でも支配を確立していくことが要求されます。
4人プレイは、2対2のチーム戦ですから、どちらかというと2人プレイに近い感じがします。
もっとも、同一勢力に続けて手順が回ってくる可能性が、ほかのどの場合よりも大きいので、やや乱暴な展開になりがちです。
個人的には、3人プレイが一番いいかな、と思います。

 さて、次に私の考える問題点を挙げてみます。
端的に言うと、「結局ダイス勝負のパワープレイじゃないのか?」ということです。私はダイス振るの大好きなんですけどね(笑)。
この問題は、不確定要素の少ない、2人プレイのときにより顕著になります。
「カール大帝」では、手順のときにとるべきもっとも効率的な手段が、割合、誰の目にも明白です。
考慮すべき不確定要素は、敵の順番・行動とダイスによる補充です。
このうち敵の行動は、敵の立場になって考えればある程度想像がつきます。選択肢が限られているので、相手の裏をかくことは難しい上に戦略的には無意味です。
そこで、もうひとつのダイスによる騎士の補充が重要になるのですが、これは自分の力ではどうしようもありません。
ここで「気合でダイスを操作しちゃる!」と思う人はいいのですが、「結局最後は運だのみか・」と考える人には、かなりつらいゲームになるでしょう。

 選択肢が限られている、という点をもう少し説明します。
自分の意思で動かす事ができるのは、騎士の投入ですが、序盤は盤上に投入しても無意味なので
(投入すればするほど、ストックにおける騎士数が劣勢になり、結局は敵の騎士になってしまう)、
お互いに貴族の支配を争いつつ(ストックに騎士を配置)、城を建てていくことになります。
ゲームが動くのは、敵の「エリア化」した領土の支配権を奪えそうな時で、そのときやっと盤上に騎士が投入されるのですが、
それはお互い承知の上なので(それぐらいしか考えることは無い)、意表を突くもしくは突かれることはあまり無く、
結局そのタイミングを決するのはダイス運だったりします。

 かなり辛口の評価になってしまいましたが、あまり人気が無いことから考えても、そう不当な評価ではないと思います。
個人的には、たくさんダイスが振れて、しかもそれが重要なところは、「WAR AT SEA」(個人的評価:5)に似ていて、
悪くは無いと思うんですが・・・。

 ゲームデータは前回参照

モンスターメイカー5 (その3)  投稿者:  投稿日: 7月 9日(月)02時50分17秒

週刊ボードゲーム通信 7/2−7/8号

 前々回は、「ゲーマーにとってカードゲームとは一体なにか」という問題設定をしました。そしてこの問題を考察していくために、カードとは何かということを整理しました。今回は引き続いて、カードゲームとはなにかということを考えていきます。
 結論から言うと、カードゲームは2種類に分類できます。(1)ボードゲームに近いカードゲームと(2)ボードゲームから遠いカードゲームです。(1)の例は、モンスターメイカー1と5(ソフィア)、マジックザギャザリングです。(2)の例は、モンスターメイカー6(スペルマスター)、クク、ウノです。
 (1)と(2)の違いは、カードが場に残って影響力として存在するか否かです。(1)では机がボードとして使用されます。机という空白のボード上でプレイされるボードゲームなのです。(2)でも机の上にカードが出されることは同じですが、出されたカードは影響力としては残りません。残る場合でも単なる指標としてです。
 ゲームの特性としては、(1)は具体的、(2)は抽象的です。実際に、カードに印刷されているものは、(1)は具体的なキャラクターや地形などの絵が描かれていることが多く、(2)は数字や色やマークが描かれていることが多いです。しかしモンスターメイカー6のように具体的な絵が描かれているものもあります。ところでボードゲーム界の流れとしては、(2)に具体的な絵が描くことで工夫する方向にあります。
 実は(1)(2)共に、カードに具体的なものが描かれていていようがいまいが、その実質は数値やシンボルなどで表される抽象的なものです。ですからカードのみに関して言うと、(1)も(2)も抽象的であることには変わりがありません。先ほど言った(1)は具体的、(2)は抽象的というのは、ゲームの構造においてです。
 ただ(1)で具体的なものが描かれていることが多いことは事実です。それはなぜでしょうか?それはカードが場に残るというゲーム構造によっているのです。
 次々回では、ボードゲームとは一体なにか、という問題を考えます。

キピット 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 6月29日(金)19時40分53秒

週刊ボードゲーム通信 6/25−7/1号

 みなさん、こんにちは。今回はちょっと頭を休めて、アクションゲーム「キピット」を紹介します。指先技術を駆使するゲームの中ではおなじみの、ブロックを積んでいくタイプのゲームです。普通は、いかにブロックを落とさないように、というものが多いと思いますが、キピットの場合は、いかに微妙な積み方をして、一度にたくさんのブロックを落とすかがポイントです。
 始めに22個ずつ、ブロックを持ちます。ブロックには大きい順に、赤、青、黄、緑があります。スタートプレイヤーは、シーソーの上がっている側に、自分のブロックを置いていきます。いくつかのブロックを置くと、当然シーソーは、反対側へと傾きます。その際に落ちたブロックは、相手プレイヤーが引き取らなければなりません。自分が落としたわけでもないのに、なんて理不尽な。と、いうわけで、積むときには、できるだけ落ちやすいように、うまく積まなければなりません。しかしながら、積んでいる最中に、ブロックを落としてしまうと、落ちたブロックは自分が引き取らねばならず、さらに手番も終了してしまいます。自分のブロックを全て積んだ人が、勝利します。
 落としてもいいものの、やはりうまく積んでいかなければならず、指先がプルプルしてしまうゲームです。こういうタイプのゲームもたまにはいいかな、と思います。惜しむらくは、値段の高さ。ただの積み木に何で3000円、という気はします…。
  
“Kippit”(「キピット」)/Torsten Marold(作)
franjos(発売), 1999
2人,10分
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)




カール大帝 投稿者:金七  投稿日: 6月24日(日)16時15分49秒

  週刊ボードゲーム通信 6/18−6/24号
 
「カール大帝」は、各プレイヤー(後継者候補達)が、フランク王国内に城を建てることによって、
自分の影響力と領土を強化し、勝者(後継者?)を目指すゲームです。

 具体的には、まず15個の領土(ボード)を円形に配置し、各領土に1個ずつ貴族の騎士(木製キューブ)を置きます。
騎士は5色あり、それぞれ属している貴族が異なります。
各プレイヤーには、10個の城・数字チップ5個・騎士7個が配られます(2人プレイ時)。
次に順番に数字チップ(1−5)を出し(同じ数字は出せない)、少ない順にプレイしていきます。
5ターン毎に、全てのチップを回収し、順番決定時はこの手順を繰り返します。

 順番のきたプレイヤーは、まず手元から3個の騎士をゲームに登場させます。
ストックに置くか(ストックの騎士数が、相手のストックの騎士数をうわまわっている色の貴族は、自分の支配下になる)、
領土に置くか(領土内の支配化の騎士数が、相手の騎士数をうわまわっていれば、城を建てることができる)
を選びます(組み合わせても構いません)。

 次にカール大帝の駒を、領土上を時計回りに移動させます。このとき動かせる数は、「1−数字チップの数」です。
移動先で条件を満たしていれば(前述)、城を建てることができます。城は以降所有者の1戦力として数えます。
城を建てたとき、両隣(片方だけでも)に自分の城(領土)があれば、「エリア化」して1つの領土になります。
「エリア化」すると、もとからある城・騎士も統合されます。
4つの領土が「エリア化」された領土には、1つの領土に4個の城・4個以上の騎士があることになります。
一度「エリア化」された領土は、再度他の領土に統合されることはあっても、分割されることはありません。
また、移動先の領土に敵の城があった場合、敵の城の数+敵支配下の騎士の数を、自分の支配化の騎士数がうわまわっていれば、
敵の城を全て、自分の城と取り替えることができます。

 最後に、手元の騎士を3個補充します。3個ダイスを振って、出た色の騎士を補充します。
ダイスは6面体で、各貴族の5色と王冠1つです。王冠が出ると、好きな色を選べます。初期配置もダイスで決定します。

 この手順を繰り返して、最終的に、全ての城を建てるか、
領土が四つ未満になった時点で、より多くの城を建てたプレイヤーの勝利です。
3人プレイでは、同じルールで初期配置・投入・補充の数が変化します。
4人プレイはチーム戦で、各陣営で10個の城を持つ点と、
味方の支配下にある騎士は、自分の戦力として数えることができる点以外は、同じルールです。

 今回はルールの説明だけで終わってしまったので、次回は個人的な感想を書きます。
See you next time!

 "Carolvs Magnvs"(カール大帝) / Leo Colovini(作)
  Venice Connection(泣)、1999,2−4人,30−60分
   金七の個人的評価:3

モンスターメイカー5 (その2) 投稿者:  投稿日: 6月18日(月)00時49分43秒

週刊ボードゲーム通信 6/11−6/17号

 前々回(モンスターメイカー5について)の続きです。前々回では、モンスターメイカー5が傑作である要素を挙げました。今回は、この特定のゲームから離れて一般的な考察を行っていきたいと思います。そして、再度特定のゲームの評価に戻るという流れにしたいと思います。テーマとしてあるのは、できのよいカードゲームについてです。今回の話は、考察を進めていくための第一段階です。
 まずはすこし、カードゲームについて考えてみようと思います。一体、ゲーマーにとってカードゲームとは何なのでしょうか?
 一般の人(非ゲーマー)にとっては、カードゲームはカードを使うゲームにすぎません。この問題提起を一般の人にしても、それ以上の回答は得られないでしょう。しかしゲーマーであれば、もう少し深く考えることができる問題です。ゲーマーにとっては、カードゲームは確かに「カードを使うゲーム」なのですが、そこには「ボードを使わないゲーム」という意味が入ります。実はゲーマーにとっては、ボードを使うゲームこそが主となるゲームです。言ってみれば、カードゲームは異質なゲームです。と言っても、カードゲームは非常に多くの種類があり(また面白いカードゲームもあるので)、1つのジャンルと認めています。なお、カードゲーム以外にもボードを使わないゲームはありますが、それらは珍しい存在であり異端ゲーム(例外)です。結局言えることは、ゲーマーにとってゲームはボードゲームとカードゲームの2種類だということです。ここで確認しておきたいことは、カードゲームを理解するためには、ボードゲームのことを念頭において考える必要があるということです。
 カードゲームの簡単な定義は、「カードを使うゲーム」ということです。これは間違っていません。ところで、カードとは何なのでしょうか? この問題を検討していきます。
 カードの材料としての特徴は、紙であることです。紙なので、表と裏があります。そして、表と裏には何かが印刷されています。ほとんどのカードゲームでは、カードの裏には同じもの(模様)が印刷されています。表には、違うもの(情報)が印刷されています。プレイは、表に印刷されているものを介してなされます。よってカードゲームでは、表の情報が重要となります。
 次に、カードゲームにおけるカードの存在についてです。カードゲームでは、それぞれのプレーヤーはカードを所持します。所持のされ方は、手に持たれるか、場に置かれるかです。手に持たれるカードは、必ずと言っていいほどゲームの始めに何枚か配られます。そしてゲームの途中、適度に供給されることが一般的です。手持ちカードの表に印刷されている情報は自分のみが知っています。手持ちカードは、ゲームの中で使用されます。使用されたカードは、場に残るか、消えます(捨て札パイルへ送られる、手札に戻る)。手持ちカードが使用された時点で、カードの表の情報は他プレーヤーにも知られます。
 以上をまとめると以下の通りです。カードゲームにおけるカードには、その特性から3つの存在状態がある。@誰も表の情報を知らない(山札) A特定のプレーヤーのみが表の情報を知っている(手札) B全員が表の情報を知っている(場札、捨て札)。
 次々回では、この前提に従って、カードゲームの分類について考察します。

大海戦 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 6月 9日(土)22時37分27秒

週刊ボードゲーム通信 6/4−6/10号

 80年代末から90年代初頭は、日本のカードゲームの全盛期でした。前に紹介したモンスターメーカーから始まって、翔企画、ホビージャパン、そして、両社合同のJAS CARDシリーズで、様々なカードゲームが発売されました。現在の、ドイツボードゲームラッシュとまではいかないものの、非常な活況を呈していました。
 そんな時に、私のいたゲームサークルで、おそらく最も遊んだであろうゲームが、この大海戦です。
 ゲームとしては、戦艦カードを各人に配り、オープン状態で並べ、自分の番には、敵の艦船を攻撃する、という、かなり単純なものです。戦艦には射撃力が0〜マイナス3くらいで設定されていて、攻撃時に、ダイスを一つ降ります。ダイスの目に射撃力を足した数字が、相手艦に与えるダメージカードの枚数です。能力値には、貫徹力、装甲値といった項目もあり、貫徹力が装甲値以上でないと、ダメージが与えられない場合があります。あまり弱い艦で、強力な艦を狙っても、しとめられず、逆に反撃をくらってしまいます。戦艦にはポイントがあり、敵艦を沈めると、そのポイントを獲得できます。また、最後まで生き残った艦のポイントは、自分が得られます。最後の一人以外の艦船が無くなったら、ゲーム終了で、最もポイントを取った人が勝利します。
 そうたいしたゲームではないのですが、プレイ時間の短さもあって、ちょっとした待ち時間、空き時間に気軽に遊べるゲームでした。
 結局のところ、カードゲームには、「カードを引く」という行為があります。それは、楽しいけれども、運次第という、宿命的にカードゲームの持つ要素でしょう。そういうわけで、この頃の多くのカードゲームは、その場その場で楽しくはあっても、あまり戦略的なものが無かったために、徐々に衰退してしまったのかな、と思います。(前々回の横氏紹介、MM5は未プレイですが…)。
  
「大海戦」/瀬戸利春(作)
ホビージャパン(発売), 1990
2-5人,20-60分,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)

コスミック エンカウンター 投稿者:金七  投稿日: 6月 2日(土)23時17分11秒

  週間ボードゲーム通信 5/28−6/3

 「コスミック エンカウンター」(以後CE)は二昔前の、アメリカ製ボードゲームです。
人類が宇宙に進出していく過程での「未知との遭遇」ではなく、異星種族同士の遭遇がテーマです。
それぞれ異なる能力を持った15種族が登場しますが、「レーザー族」と「ビールス族」など
接点のなさそうな種族でも同じ土俵の上で戦います。
ゲームでは、まず各プレイヤーに5つの惑星、20個の人口チップ、7枚のカードが与えられます。
最初に与えられた惑星を3つ以上失うと特殊能力を失ってしまいます。
人口は最高で20、補充は基本的に毎ターン1個ずつです。
カードは戦闘時に使用するもので、10枚の交渉カード、36枚の攻撃カード、8枚の超兵器カードからなります。
プレイヤーは時計回りに指定された相手を攻撃します。
戦闘は、投入した人口チップ(最大4)の数とカード(4−30!!)の合計の多い方の勝ちです。(同数は防御側勝利)
実は戦闘には同盟や交渉もあるのですが、このゲームにおいてはあまり主要な要素ではないので省略します。
最初に与えられた惑星以外に、5つの惑星を占領したプレイヤーの勝ちです。

 さあここからは悪口?です。愛情の裏返しということで。
このゲーム典型的な「昔のアメリカゲー」です。全般的に「アバウト」に作られています。
私が持っているのは昔の日本語版ですが、発売当時でさえチープに感じられたコンポーネントは、
今となってはかえっていい味が出ています。SF的緻密さとは無縁です。
 マルチゲームにおいて他人を攻撃するときの、心理的負担(感じない強者もいますが)をどうするかという問題を、
CEでは「運命のパイル」で解決しています。これは丸い厚紙の片側に色を塗ったもので、自分のターンにそれをめくって、
出た色のプレイヤーを攻撃するというものです。ドイツゲーにおける理論的必然によって導くやり方とは対照的なストレートさです。
ちなみに「運命のパイル」はよく見ると、横の部分から次の運命がかいま見えるのですが、
そこはまあプレイヤーも「アバウト」にいきましょう。
 最後にやっぱりゲームバランス。テストプレイしてるのかな?
種族の能力には、攻撃のとき人口にカードの値をかけるという強力なものもあれば、相手に不必要なカードを1枚与えるという
あまり役に立たないものもあり、かなり格差があります。
カードもねえ・・・。「超兵器カード」と聞くと期待しますが、そんなにたいしたことはありません。
むしろ普通の攻撃「30」がスーパーです。人口は最大4つまでですからほぼ無敵です。
人口が1−4なのに対して、カードは4−30。カードの引きが命です。双方の差が1だったりすると妙に感動します。

 結構悪口を書きましたが(いつものことか)、べつにCEが面白くないわけではありません。
「三国志演義」などと同様に、ゲームを道具にしてプレイすること自体を楽しむものだと思います。
「エル・グランデ」をやって、合理的思考に疲れた後などにどうでしょう。きっと肩の力が抜けますよ。

 "COSMIC ENCOUNTER"(コスミック エンカウンター) / ?
  ツクダホビー/Eon,1984,30−60分
   金七の個人的評価:3


MONSTER MAKER5 ソフィア聖騎士団 投稿者:  投稿日: 5月27日(日)22時26分46秒

週刊ボードゲーム通信 5/21−5/27号

 「モンスターメイカー5 ソフィア聖騎士団」は、以前流行した日本製カードゲームの中の傑作です。
 このゲームの優れている点を以下に挙げます。
・プレイによって世界が形成される(物語が紡がれていく)。
・どのプレーヤーも最後までゲームに介入できる(勝利の可能性もある)。
・カードの引きが悪くてもゲームに介入できる(勝利の可能性もある)。
・全般を通じて戦略的に考えてプレイする価値がある。
・ルールが分かりやすい。
・ルールに心憎いひねりがある。
・プレイ時間が短い。
・カードの絵がきれい。
・カードの絵が豊富(ほとんどのカードが違う絵)。
・キャラクターが魅力的。
・値段が安い。

 プレーヤーは善の勢力と悪の勢力を操り、七つの宝石を奪い合うというゲーム内容です。プレーヤーが一時に取る立場は、善・悪・中立のうち1つです。たいていは1ゲームの中で数回、立場を変えることになります。この立場の変化の見極めがこのゲームの戦略的なところであり、醍醐味でしょう。

 さて、このゲームはカードゲームですが、ボードゲーム的な感触が強いです。また、カードゲームの「操り人形」と多少似た感覚があります。
 この感覚を出発点として、上記の「モンスターメイカー5」の優れている要素を材料に、「ボードゲームとはなにか」という問題と「カードゲームとはなにか」という問題を考察したいと思います。
 考察は、次々回または次々々回で行っていきます。結論だけを先に言うと、「ボードゲームは、世界の構築である」「カードゲームには、ボードゲームとカードゲームの2種類ある」というものです。どういう議論が展開されるか、お楽しみに!

「モンスターメーカー5 ソフィア聖騎士団」/鈴木銀一郎(作)
翔企画(発売), 1989
2-7人,カードゲーム
横の個人的評価:5(大好き)

MONSTER MAKER 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 5月20日(日)22時30分30秒

週刊ボードゲーム通信 5/14−5/20号

 今回は懐かしのカードゲーム、「モンスターメーカー」です。かれこれ10年前ぐらいでしょうか。思えば、このゲームが私のボードゲーム人生で、最初の重要なゲームです。
 ダンジョンを探検し、モンスターと戦いながら、宝物を入手し、さらにはダンジョンからの生還を目指す(ここが重要)カードゲームです。
 カードは大きく分けて3種類あります。回廊カードには5から40までの数字が書かれていて、自分の手番に出すことで、その数だけ、ダンジョンを進むことができます。モンスターカードは多数あり、ドラゴン(25)、黒魔道士(24)といった、最強クラスのモンスターから、巨大ネズミ(6)といったザコキャラまで、種々様々そろっています。名前のあとの数字が、そのモンスターの強さです。モンスターカードは、敵プレイヤーに出すことができます。モンスターカードが自分の前にあるプレイヤーは、そのモンスターを倒さなければ回廊カードを出すことができません。
 モンスターを倒すためには、戦士、魔術士、エルフ、ドワーフ、盗賊などのキャラクターカードを使います。それぞれのキャラクターは、2D+1(6面体ダイスを2個振って出た目に1を足す)、5D+4(6面体ダイスを5個振って出た目に4を足す)、といった強さが決められていて、モンスターと戦う時に、その出た目が、モンスターの強さ以上であれば、モンスターを倒せます。キャラクターカードは使い捨てです。また、複数のキャラクターで戦うこともできます。
 回廊カードの合計が100以上になれば、宝物を獲得することができます。そこからは、さらに回廊カードを出して、ダンジョンを戻って行かなければなりません。往路に出した、回廊カードの合計と同じ数になるように、帰りの回廊カードを出さなければいけません。また、1人が生還すると、他の人は手札の補充ができなくなるので、非常に厳しくなります。
 こういった冒険を繰り返して、最終的に、宝物から得られる賞金が最も多いプレイヤーが勝利します。
 大筋は非常に簡単なのですが、色々細かいルールがあります。例えば魔術士かエルフがチャームの呪文を使った時には、モンスターを倒して、さらにそれを敵プレイヤーにつけられたり、スリープの呪文がヒューマンタイプのモンスターにしか効かなかったり、クレリックはアンデッドモンスターを退治できたりするわけで、ここらへんの味付けは非常によくできていると思います。ファンタジー好きにはわかりやすいルールなのですが、普通の人(?)にはちょっと理解しがたい世界かもしれません。
 と、いうわけで、決してルールが複雑なわけではないですし、どちらかと言えば初心者向きなのですが、ファンタジーの世界に理解のある人とプレイするのが、無難でしょう。
  
「モンスターメーカー」/鈴木銀一郎(作)
翔企画(発売), ?
2-6人,カードゲーム
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)
             …昔は5(大好き)だったんですけどね。

アドバンス・ツー・ボードウォーク 投稿者:  投稿日: 5月13日(日)05時31分20秒

週刊ボードゲーム通信 5/7−5/13号

 「アドバンス・ツー・ボードウォーク」は、モノポリーのブランド名を借りたボードゲームです。おなじみのボードウォークに焦点が当てられています。プレーヤーの役割はモノポリーと同様でホテルの建設を競うことですが、方法(ルール)は異なります。
 ボードは4つの地域にわかれていて、それぞれに5つのホテル建設場所があります。ホテル建設場所は、100万ドル〜800万ドルの値段がつけられています。プレーヤーは毎ラウンド、普通の6面体ダイス2つと特別の6面体ダイス(ダイ)1つをふります。普通の6面体ダイス2つの合計が使える金額で、特別の6面体ダイスで出た地域にホテルを建設することができます。ダイスによっては、任意の地域に建設できたり、建設する代わりにカードを引く場合があります。1つの土地にはプレーヤー問わず複数のホテルを建設することができます。もっとも多くのホテルを建てているプレーヤーがその土地を所有します。同数であれば、先に建設したプレーヤーのものです。カードプレーもあり、ホテルを追加で建設したり破壊したりといったことができます。
 ホテルのストックは4人プレーの場合は14個です。このストックがなくなった後、1周すれば(かつその時点でもストックが残っていなければ)ゲームは終了します。土地の価値の合計が高い順で勝敗が決まります。
 ホテルのストックが少ないため、値段の低い土地にホテルを建てる余裕はあまりありません。また、一度建設したホテルを戻すためにはカードを使う必要があり難しいです。他プレーヤーの支配地域に自分の死にホテルがあるとつらいです。ホテルのストックをうまくマネージメントするゲームです。
 毎ラウンドの行動はサイコロの結果によるため、あまり戦略は立てられません。細かい性格の人が、少しずつリソース(手持ちホテルストックの価値・手持ちカードなど)を相対的に高めていき勝つことが多いです。4人プレーだと、1位で走りきって勝つことは難しいです。リーチをかけた後、3人のプレーヤーからの攻撃に耐えねばならないためです。この時の緊張感が楽しいゲームです。 
 このゲームはあまり知られていませんが、よいゲームです。アメリカ製のゲームですが、内容はほとんどドイツゲームで、「マンハッタン」に似ています。ただ、ちょっと飽きがくるゲームではあります。
 1990年に日本語版(ボードはアメリカ製)がトミーから発売され、普通の玩具屋でも置かれていました。今からすると、この手のゲームがさりげなく発行されていたのは結構すごいことです。

 "Advance to Boardwalk"(アドバンス・ツー・ボードウォーク)/
 Charles Phillips 作
(Parker Brothers発売/1988, <日本語版>TOMY発売/1990) ,
 2‐4人,30分
 横の個人的評価:3(誘われればプレイする)

動物列車 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 5月 6日(日)22時54分50秒

週刊ボードゲーム通信 4/30−5/6号

 今回紹介するのは、パーティー向けのカードゲーム、動物列車です。トランプにも同じようなゲームがありますが、カードの可愛さで、こちらの方がちょっと、良いでしょう。
 カードには8種類の動物の絵が、描かれています。それぞれの動物は、4枚ずつのカードがあり、1両目、2両目、3両目、4両目、となっています。全32枚のカードをプレイヤーに配ったら、ゲームスタートです。自分の番には、誰か1人を指名して、その人にカードをもらいます。もらう時には、例えば「しまうまの、3両目」というように、動物の種類と、何両目かを言います。指名された人は、そのカードを持っていれば、必ず出さなければなりません。そして、うまくカードがもらえたら、また誰か1人を指定し、ほしいカードを言います。こうしていって、カードがもらえなかったら、自分の番は終わりです。その次は、指名されて、カードを出さずにすんだ人が、次の順番になります。
 カードをうまく集めて、同じ動物の列車が4枚そろったら、表にして出します。最後に全ての列車がそろった時に、最も多くの動物列車を完成させた人が勝利します。
 どのカードが誰のところに行ったのかの記憶、そして、人の様子を見る観察力――私の場合、普段しゃべりの人が、妙に静かであやしい、と言われてしまいましたが――が大事です。神経衰弱的ゲームです。
 ルールが非常に簡潔なので、ちょっとしたパーティーのお供に最適のゲームです。「それ以上の展開」が無いのがいまひとつですが。
 
"TIER QUARTETT"(動物列車)
HABA(発売), 2000, 3-?人
鱶(fuka)の個人的評価:3(誘われればプレイする)

天下統一V 投稿者:金七  投稿日: 4月29日(日)13時31分03秒

  週間ボードゲーム通信 4/23−4/29号

 今回は、掲示板でもふれた事のある、Win版「天下統一V」をとりあげます。戦国SLGの双璧「信長の野望」よりはボードゲーム通信になじむと思うのですが・・・。デザインは黒田幸弘氏です。
 残念ながら、まず最初にふれなければならないのは、初期製品版の完成度の低さです。ほとんど『不良品』です。最近出たVer1.20ではいくらか改善されてきているので、まだの方は、直ちにシステムソフトのHPからDLすることをおすすめします。(約1.8Mもあります)
 
 まず、気になった点から書きます。
1、コンピューターが弱い
  一人用ゲームでこれは致命的です。戦略的にも戦術的にも行動が甘いです。
  基本的に「天統」シリーズでは、CPも人間と同じ条件で進行します。
  そこがフェアで良かったのですが、今回は苦しいかも。
2、操作性が悪い
  これは、「天統U」をWinに移植したときから感じていました。
  データ量が増えて、処理が重くなるのは仕方ないのですが、
  それだからこそ、単純な操作には気を使って欲しかったです。
 次に気に入った点を書きます。
1、デザインの意図が明白
  T・U共に名作でしたが、Vはそのいずれとも違うコンセプトで製作されています。
  長くなるので詳しくは書きませんが、「家臣団統御」と「領国経営」が柱だと思います。
  戦闘がメインで無いのは素晴らしいです。
2、能力値が不明
  徐々に能力が判明していくシステムは、ボード(WWU物)ではありました。
  さらに、能力値に多少のランダム性を持たせる、初期配置の武将はある程度判明している、
  といった変更を望みます。この点は賛否両論かと思います。
 
 正直言って、ゲームとしての完成度は低く、始めての人にはとっつきにくい物になっています。説明書も大変不親切なので、疑問な点は、
  http://www.land.co.jp/watanabe/tenka/
で調べると良いでしょう。
 しかし、このまま埋もれてしまうにはあまりにも惜しい方向性を持ったゲームです。ぜひともさらなる改善を期待します。完成度が高まった暁には、T・U同様あるいはそれ以上の名作となるでしょうから。

 "天下統一V"(Win版) / 黒田幸弘
  システムソフト,2001,一人

オリエントエクスプレス 投稿者:  投稿日: 4月22日(日)23時49分15秒

週刊ボードゲーム通信 4/16−4/22号

 「オリエントエクスプレス」は、オランダのジャンボ社から発売されたボードゲームです。コンポーネントが優れていることなど、内容は実質ドイツゲーです。
 ロンドンからイスタンブールまでヨーロッパを横断する列車「オリエント急行」で起こった殺人事件を、私立探偵(プレーヤー)が解決するというストーリーです。プレーヤー達は、パリでオリエント急行に乗りこみます。そのときにはすでに殺人事件が起こっています。乗務員や乗客からの証言を集め、現場検証をし、犯人を推理します。事件の真相(犯人)が分かったプレーヤーは、それをシートに記入してゲームを離脱します。オリエント急行がイスタンブールに到着した時点でゲームは終了です。事件の真相が明らかになります。推理が正しかったプレーヤーの勝ちです。複数いれば、早い時点で真相を解明したプレーヤーが勝ちとなります。
 列車内を移動して証拠を集めるという展開は、「クルー」に似ています。しかし「オリエントエクスプレス」はもっと難しいゲームです。実は、このゲームには10個のシナリオが用意されています。シナリオごとに、乗務員や乗客の証言などが1枚ずつカードに印刷されています。その情報を総合して事件の真相を解明しないといけません。犯人が誰かということを当てるだけでは不十分で、なぜその犯人なのか、どういう状況で殺人が起こったのかを説明せねばならないのです。容疑者は8人(伯爵、男爵婦人、バレリーナ、大佐、賭博師、女優、外交官、占い師)いますが、犯人は1人とは限りません。
 ゲームの展開は、ゲームブックに似た感覚です(というか、ゲームブックをボードゲームにしたゲームです)。他プレーヤーとのやりとりはありません。しかし、「ほう、ほう」とか「なるほど」とか「分からん」とか言いながらゲームは進み、ソロプレーの感覚はありません。カードを読み上げることが多くて、にぎやかです(自分1人だけが読めることもありますが)。ところで、カードを読み上げるという行為があることは、ゲームのプラス要素(楽しくする要素)ではないでしょうか(いつか論じてみたい事柄です)。
 先にも言ったように、これは難しいゲームです。全ての情報が分かっても、真相を当てることは難しいくらいです。戦法としては、闇雲に情報を集めるよりは、2枚あるヒントカードを早いうちに見てしまった方がよいかもしれません。それでも難しいですが。
 これは推理小説が好きな人向けのゲームです。または、そういう人を1人でも交えてプレーする方がよいです。結局だれも真相が分からないで終わることもあるからです。
 このゲームはわりと古く、1986年発売のものですが日本語訳がついており、カードもすべて日本語で作られています(はさみで切らないといけませんが)。その辺はかなり頑張っています。しかし値段が7千円ほどで高く、10回しかプレーできないので、たぶんあまり売れなかったでしょう。
 雰囲気はとてもよく出ており、いい感じです。費用を計算すると、1シナリオが700円で、5人でプレーするなら1人150円程度/1時間となります。そう考えると安いです。最近、10回以上プレーするゲームがそんなにないことを思うと、潔いゲームです。私自身持ち主ですが、まだ半分くらいしかしていません。いつかシナリオ10までしたいと思っています。
 
 "オリエントエクスプレス" (ケナーパーカー/JUMBO発売),
  1986, 2-6人, 60分



ラー 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 4月14日(土)23時37分23秒

週刊ボードゲーム通信 4/9−4/15号

 みなさんこんばんは。今回は、最近のお気に入り、「ラー」です。各地でかなり高い評価をされているので、もうプレイされた方も多いと思います。このゲームは、前回の「パクブリ」と違って、非常に遊びやすいゲームになっております。
 「ラー」は、3〜5人で競りをするゲームです。競り系のゲームは色々ありますが、とりあえず2つほど問題点があると思います。
 1つ目は、相場感覚、どの程度までの値をつけるのが適当なのかが、初プレイ時や、初心者にとっては分かりづらい点。
 2つ目は、ゲームですので、架空のお金を賭けることでの、非現実感です。それが勝利条件としても、どうもゲームでチップを儲けても、しょうがないような感じがしてしまいます。トランプのポーカーを、ただのカードゲームとして遊ぶのと、同様の問題かと思います。
 「ラー」では、1から16までの数字の書かれた“太陽チップ”を用いて、全部で180枚あるタイルの競りを行います。自分の順番では、基本的に、@裏向きのタイルの山から1枚オープンする。A「ラー」を宣言して、それまでに表になっている、タイルをかけて、競りを行う、という、どちらかの行動を行います。獲得したタイルは、3ラウンドごとに得点計算を行います。タイルは組み合わせによって得点が増える、“モニュメント”(スフィンクスやピラミッド)や、一番多く持っていた人だけが得点できる、“ファラオ”などがあります。
 競りでは、競りの宣言を行った人の隣りから、太陽チップの1枚を使って、値をつけるか、おりるかを決めます。誰がどの数字の太陽チップを持っているかは、全てオープンになっているので、どれを出せば勝てるかはすぐに分かります。競りで勝った人は、中央にある太陽チップ(前回の競りで勝った人の太陽チップ)と、タイルを獲得します。太陽チップは裏向きにして、次のラウンドまで使えません。低い数字の太陽チップを取ってしまうと、次のラウンドでの競りが大変になります。しかし、数字の低い太陽チップでも、それなりに競りが過熱していないときには、タイルを獲得しやすいケースもあります。そして、大きい数字を温存していても、ラウンドの進行をカウントする、ラーのタイルによって、突然ラウンド終了となることがあります。
 「ラー」では、競りに使う太陽チップや、獲得済みのタイルが全てオープン情報になっていることで、初めてのプレイヤーでも競り対象のタイルの価値や相場感覚が、つかみやすくなっています。また、そのオープン情報をもとにして、プレイヤー同士での状況検討も簡単にできます。そして、組み合わせによって、得点効率の異なるタイルの獲得と、太陽チップのやりとりは、次のラウンドや得点計算に深刻な影響があり、それが楽しさを増しています。
 タイルの引きがあるので、運の要素は強いですが、自分の考えたことを反映させていく点では、戦略的であり、なかなか良いゲームです。現在のボードゲーム通信社の、定番ゲームのひとつです。
 
"RA"(ラー)/REINER KNIZIA(作)
ALEA(発売), 1999, 3-5人, 45-60分
鱶(fuka)の個人的評価:5(大好き)



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私も・・・ 投稿者:金七  投稿日: 4月 8日(日)15時41分24秒

忘れてました。申し訳ありません。
↓ 週間ボードゲーム通信 4/2-4/8号



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パックス・ブリタニカ 投稿者:金七  投稿日: 4月 8日(日)15時34分32秒

「ターイム・マシーン」(小林克也調で)。
懐かしの作品を紹介するこのコーナー、今回は一部で評価の高かった「パックス・ブリタニカ」(以降PB)の登場です。
PBは1880−1916年、つまりWWT勃発前の列強植民地政策をシミュレートした、世界規模のマルチプレイヤーズゲームです。
参加人数順に、英国・フランス・ドイツ・アメリカ・日本・ロシア・イタリアの各国をプレイできます。
勝利ポイントは、植民地から得られる収入を蓄積することによって得られます。
植民地は列強の話し合いによって得られますが、話し合いが決裂すると植民地戦争が発生します。
従って戦力の裏付けがある方が、交渉を有利に進められるのですが、軍隊は創設・維持共にコストがかかるので、軍事大国=勝利ではありません。
また、権益を独占すると他列強の同盟を招きますから(日本でいえば1895年の三国干渉)、常に国際関係には注意しなければなりません。
地理的要因からも、多収入の見込めるアフリカが、史実どうり(ファショダ事件等)争乱の地になりやすいでしょう。

さて、PBで優れているのは「コンポーネント」「シミュレーション性」だといわれています。
確かに、美しい世界地図(「リスク」なんかとはえらい違いです)や、世界規模の史実をある程度再現しているシステムなどは素晴らしいものです。
しかしながら、横氏が「スコットランド・ヤード」で昔のドイツゲームの特徴として「子供向け」と述べておられたように、
PBには当時のアメリカゲーム同様「プレイアビリティの低さ」という弱点があります。
まず、プレイ時間の長さ。初回はルール把握だけでかなりかかるでしょう。一日で終わらない事もあるかもしれません。
次に、バランスの悪さ。題名からもわかるとおり、英国の国力は他列強を圧倒しており、ゲームは英国プレイヤー主導の下に進むことになります。
最も「大人」(Gentleman)な参加者が担当した方がよいでしょう。
歴史をシミュレートするというゲームの性質上、パワーバランスが偏っているのは仕方ないのですが、
ゲームバランスを考慮して作られたのであろう、勝利ポイント修正値がちょっと・・・。
これはターン終了時の資産をその数字で割って勝利ポイントを計算するというもので、参加国順に10・7・5・4・3・3・2となっています。
一度プレイするとわかるのですが、イタリア等はすることもあまり無く、「日の沈まない」英国は世界中ユニオンジャックだらけで大忙しです。
それでも五倍の修正は尋常ではなく、イタリア等の修正値が低い国が勝つ可能性の方がかなり高いのです。
この結果には、暇だったにもかかわらず勝ったイタリアも、ゲームマスターのように働いた英国も釈然としません。
どうもこの修正値、綿密な計算やテストプレイに基づいたものではなく、かなりアバウトに決められたもののようです。

多分、このゲームを何度もプレイされた方は少ないと思います。
それでもこのゲームが名作とされるのは、時間的にも空間的にも大きなこのテーマに挑もうとする意図と手法が優れているからでしょう。
貴方はPBというゲームを通して、デザイナーによってデフォルトされた、当時の世界を所有できます。
今後もいろいろな世界を楽しめるゲームを期待します。

 "Pax Britannica" / Greg Costikyan 作
  HJ/VG(発売),1988,4−7人,1日−




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デトロイト・トイザラスのボードゲーム事情 投稿者:Ken  投稿日: 4月 1日(日)02時01分32秒

週刊ボードゲーム通信 3/26−4/1号

【 デトロイト・トイザラスのボードゲーム事情 】

 アメリカのデトロイトへ1週間出張に行っていました。その間、私が宿泊していたホテルから車で15分くらい行ったところにトイザラスを見つけましたのでレポートします。

【 駐車場がとっても広い「トイザラス」 】
 店の中は、トイザラスの語源である"Toys are us「玩具は我々みんなのものなんだよ」"の言葉の通り、店は様々な種類の玩具を取り揃えています(訳が適切かどうか良く解りませんが...)。その一角にボードゲームコーナーが設けてありました。その中でいくつか気になったボードゲームを紹介します。


【 クルー(Clue) 】
 Clueは有名なゲームですが、Original Clueの他に、駒やボードを豪華にした50th Anniversary Clue(Clueの設立50周年だとは思いますが)やルールを簡単にしたClue Jr.などが揃えてありました。こうやって、遊びやすい形でリメイクを行って、プレイヤーの層を広げるやり方は大好きです。といっても実はこのゲーム、まだ1度も遊んだことがありませんので、次の機会に。

【 ハリー・ポッター(Harry Potter) 】
 ハリーポッターを題材にしたゲームが多く売られていました。ボードゲーム2種類とカードゲーム2種類(うち1つはUNOのハリーポッター版でした)を揃えていました。別の会社がボードゲームをこれらとは別に1種類出していましたが、いずれも買うのを断念しました。その中の1つのボードゲーム(名前はド忘れしました)の裏面を見てみると、ゲームの流れが簡潔に書いてありましたので紹介します。

 それを読む限り、大まかな流れは「駒を動かして、カードに書かれている質問に答えるとそのカードがもらえる。一定の枚数を集めたプレイヤーが勝者になる」内容だったように記憶しています。しかし、カードに書かれている質問内容を見ると、ハリーポッターを熟読していないと答えられないようになっていましたので、これを持って帰ってプレイしたとしても、いつまでもゲームが終わらない気がしましたので、買うのを断念しました(笑)。

 ただ残念なことに、映画もしくは本を題材にしたゲームは、題材の寿命に追従するため、販売期間が他のゲームに比べて短いように感じます。実は2年程前にアメリカへ出張に行った時も「ジュマンジ(映画ジュマンジを題材にしたボードゲーム、映画は結構気に入っています)」を見つけたのですが、今回は見つけることが出来ませんでした。ハリーポッターは7巻まで出ることが予定されていますので、ハリーポッター熱はしばらく続くと期待しています。

【 Imagiriumシリーズ 】
 既に馴染みのあるゲームの駒やボード版をガラス片や豪華木製で豪華にリメイクした「Imagirium」シリーズが売られていました。ゲームの題材として、「バックギャモン」「マンカラ」「Chinese Checker」「Tic-Tac-Toe」等があります。

 今回は、"Tic-Tac-Toe"を購入しました。40cm四方で3×3の溝がついた木製のボードの上に、"○"と"×"の形をしたガラス片がそれぞれ5、4個ずつ並んでいました。「これは、もしかして…」そう、明らかに○×ゲームです。しかし、あっと驚くような変則ルールがついているに違いないと思っておもわず購入してしまいました。そして、マニュアルを読んでみるとそのまんまのルールでした(笑)。

 しかし、1度は笑いが取れそうなゲームを見つけると、つい買ってしまうのは、大阪生まれの性でしょう。

 以上、デトロイト・トイザラスのボードゲーム事情でした。

【 追伸 】
 "Tic-Tac-Toe"のゲームルールに補足があります。”プレイヤーは○と×のどちらかを選択すること”と書いてありますが、駒の数に限りがあるので、初めに駒を置くプレイヤーは必ず”○”を選択する必要があります。そうしないと、ゲームの後半で駒が足りなくなることがありますので…。




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モノポリー2(パソコン版) 投稿者:横  投稿日: 3月25日(日)21時26分59秒

週刊ボードゲーム通信 3/19−3/25号

 今回は、パソコンのゲームを紹介します。「モノポリー2」はボードゲームのモノポリーのパソコン版です。パソコン版(ファミコン版)のモノポリーは数年前からありましたが、「モノポリー2」は最近発売された新作です。なおオリジナルは英語版です。
 パソコン版モノポリーの一番の魅力は1人でプレーできることでしょう。さて、その1人プレーについて。雰囲気はそれっぽくてよいのですが、コンピュータプレーヤーのスキルが低いことが難点です。物件の交換スキルのなさが致命的です。コンピュータプレーヤーに交換をもちかけも受けてくれない(非現実的な条件をつきかえされる)ことが多くあります。こちらにとって得過ぎて卑怯な交換は成立しないのですが、その代わりに妥当な交換も発生しにくくなっています。
 たとえば、電力会社と水道会社(または地中海通りとバルティック通り)を2人のプレーヤーが1つずつ持っているときには、どちらか一方に集めることがセオリーなのに、コンピュータプレーヤーはそのことを知っていません。この時点で正直興ざめです。
 ひたすらサイコロを振っていくという、初心者同士のゲーム内容になりがちです。モノポリーの醍醐味である交換が生じにくく、プレーヤーのスキルがあまり発揮できません。最新のバージョンのモノポリーなので「練習になるかも」と期待して買ったのですが、今一つでした。
 グラフィックや音声はかなりいいです。チャンスカードがアニメーションで動くのは、見て飽きません。解説者やコンピュータプレーヤーのせりふもそこそこです。ただ、ボード上のプレーヤーの位置が分かりにくい点が難点です。3Dによるアニメーション表示は逆に見にくいです。よって2Dの表示でプレーすることになります。それでも、実物のボードを同時に広げて状況を表したいくらいです。グラフィックに頑張っているのに、肝心な部分のできが甘いです。
 他の工夫としては、ルールのカスタマイズ機能があり、いろいろな数字(現金・家数・税率等)を換えることができます。また、モノポリー用電卓がついていて計算しやすくなっています。しかしあまり関係のない機能です。
 それから、インターネットによる多人数プレーもできます。これは、だれかのパソコンに集ってモノポリーをする形式です。ただしプレーヤーを自分で集めねばなりません(私はしたことがありません)。MSNのGamein Zoneでは、知らない人同士を集めてプレーできると説明されていますが、開設されていない様子です(以前はあったのでしょうか?)。
 結論としては、「モノポリー2」は重要な部分のできが不十分です。モノポリーのことをよく知っている人が作っていない感じがします。または、物件交換の思考ルーチンをつくることはまだまだ難しいのでしょうか。

 "モノポリー2"(パソコン版、日本語、WINDOWS)
(メディアカイト/Hasbro発売), 2000, 1(-6)人, 60分





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ハラリ 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 3月18日(日)13時58分41秒

週刊ボードゲーム通信 3/12−3/18号

 みなさんこんにちは。今回紹介する「ハラリ」は、2人用のボードゲームです。
 7×7のマスに区切られたボード上に、48枚のタイルを裏向きにして、ランダムに並べます(中央は空白)。片方は動物チーム、もう一方は人間チームとなり、お互いに狩りを行います。
 並べられるタイルには、クマ・キツネ(動物チーム)、きこり・猟師(人間チーム)、カモ、キジ、木(中立)があり、それぞれ能力が違います。
 自分の番には、タイルをめくるか、既に表向きになっているタイルを動かすことができます。動かすことのできるタイルは、自分のチームのキャラクターか、カモ、キジです。裏向きのタイルのマスには侵入できません。表向きになっているタイルに侵入できるのは、勝つ(相手を狩る)時だけです。
 それぞれのタイルの能力は以下の通りです。
クマ…きこり、猟師に勝つ
キツネ…カモ、キジに勝つ
きこり…木に勝つ
猟師…銃の向いている方向の動物(クマ、キツネ、カモ、キジ)に勝つ
 移動は、クマときこりは1歩づつ、他のキャラクター(木以外)は、一直線ならば、縦か横方向に、好きなだけ進むことができます。
 全タイルオープン後、5ラウンドを行って、ゲームが終了となります。クマ10点、人間5点、キジ3点など、狩ったキャラクターの得点を計算して、多い方の勝利です。
 このゲーム、序盤はタイルをめくっていかないと、移動(狩りor逃走)もままならないです。しかし、表向きのタイルの隣に敵が出るか、味方が出るか、勝てる相手が出るか、などなどは、神のみぞ知るわけで、その辺のランダム度がきつすぎるかと思います。どこをめくろうか考えても、猟師の向いていない方向ぐらいしかないような。
 中盤以降は、直線移動、猟師の銃の方向、などがパズル的で、お互いの腕の見せ所になりそうです。
 どうも、全てが運だけというわけではないものの、考えようがない場面が多くあり、それが勝敗を左右します。ルール自体はわかりやすく、比較的時間のかからない点はいいのですが、問題なのは、1回やった後に、「あそこはもっとこうしとけば」という反省とか、「次回はもっとこんな風にプレイしよう」というようなインスピレーションが浮かばない点ではないでしょうか。
 
"Halali!"(ハラリ)/Rudi Hoffmann(作)
KOSMOS(発売), 2000, 2人, 40分



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東部戦線 投稿者:金七  投稿日: 3月10日(土)11時32分14秒

   週刊ボードゲーム通信 3/5-3/11号

 今回紹介する作品は所謂「ウォーゲーム」です。ボードゲームの一種ですが、その多くは何らかの歴史に基づいたもので、基本的に対戦型です。
「パーティーゲーム」との違いは端的に言ってデザイナーの方向性に現れます。後者がプレイバランス・プレイアビリティ重視なのに対し、
前者はベースになる歴史の再現もしくは追体験が主眼になります。
 黒田幸弘氏は日本のゲームデザイナーとしてはかなり有名な方でしょう。ボードの「戦国大名」(日本製ボード中3本の指に入る人気作)、
PC版「天下統一」シリーズの他TRPGにも関係しておられます。しかし色物担当の私としてはあえて「東部戦線」を今回取り上げます。
 「東部戦線」はヘクス戦(六角形のマスをボード上の単位として使う)のボードゲームで、戦術級(1ユニットが3・40人もしくは4・5輌)です。
プレイヤーは1943-1945年におけるドイツ軍とソ連軍をそれぞれ担当します。
プレイヤーに与えられる戦力・地形・勝利条件は11種あるシナリオによってそれぞれ異なります。
ゲームの進行は基本的に、相互に移動と射撃(攻撃)を繰り返すというものです。
戦闘では、攻撃側の火力を合計して10面体ダイスを振り(運の要素)、表をみてダメージを決定、ダメージが防御側の装甲を上回ると損害が出ます。
この他に細かいルールはありますが、戦術級ゲームにしてはプレイしやすく、メインである両軍戦車の撃ち合いを楽しんでもらおうという意図が感じられます。
 ただし次の2点によって私の「色物」リストに名を連ねています。
 まず「政治局員」の存在です。ソ連軍指揮官が負傷(損害を受けると10分の1で発生)したときに登場し、代わりに指揮をとります。
登場するとそこで通常の進行は中断し、その部隊はプレイヤーの意思にかかわらず、最も近いドイツ軍部隊に向かって突撃します。
このルールが現実のどういった状況を表現しようとしているのか判然としませんが、街にいるパンテル中隊に向かって、
何の遮蔽物も無い平地を突進する狙撃兵中隊、といったようなシュールな情景が現出します。
 次にシナリオ11「神々の黄昏」の存在です。これはベルリン陥落時の架空戦で、戦闘的にはソ連軍が勝つに決まっています。
要するに史実では投入できなかったドイツ新型戦車を登場させるためだけのシナリオで、わざわざ専用のベルリン市街図までついています。
ちなみにマウス・E−100等の新型は圧倒的な装甲と火力を誇り破壊するのは困難ですが、その重量ゆえにほとんど動けません。
 この「神々の黄昏」の存在などは、ゲームバランス・コストの面から言って、今のゲームでは到底考えられないことです。
しかしボードゲーム創成期の当時にはままありましたし、そうしたアマチュア(趣味的)な部分もボ−ドゲーム全体の世界を広げるためには必要でしょう。
失敗は失敗なりに、新たな試みは何かをもたらしますから。
 サンセットゲームというブランドでエポックのゲームの再販をしていますが(戦国大名等)、「東部戦線」はありませんでした。

 "東部戦線"/(黒田幸弘)作
  (エポック)発売,昔々・・・,2人,1−3時間 



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王と枢機卿 投稿者:横  投稿日: 3月 6日(火)21時10分49秒

週刊ボードゲーム通信 2/26−3/4号 「王と枢機卿」
 「王と枢機卿」は3人用のボードゲームです。
4人以上でもプレイできますが、3人プレイであればプレイのダンドリを組むことができ、このゲームの良さが発揮されます。
 3枚の手持ちカードを使って、修道院を建設するか、枢機卿を送りこみます。
ゲームの序盤は修道院を建設し、終盤は枢機卿を送りこむ展開となります。それぞれの国で、修道院の数が多い順にプレーヤーは得点を得ます。
頑張って1位を狙うか、あえて2位3位でいくかの選択は「エルグランデ」に似ています。
 地図には、修道院を置く場所と、修道院を結ぶ道路が印刷されています。
修道院は道路に沿って建設されていきます。楽しいことに、道路で連続してつながっている修道院が一定数以上であれば、別に点数を獲得できます。国境を越えてつながってもOKです。
これは領土権獲得ゲームの新機軸ではないでしょうか。
 他方、枢機卿の配置には修道院ほどの制約はありませんが、各プレーヤーの枢機卿ゴマの数は限られているため、よく考えて配置しなければなりません。
枢機卿は修道院とは違い、1つの国に最も多く置いたプレーヤーのみが得点できます。
正確には、得点のカウントは国ごとではなく国境ごとになされます。国境で接する2つの国にもっとも多くの枢機卿がないことには、得点できません。
 このゲームは、序盤に不利であっても、終盤の枢機卿の配置で逆転を狙っていくことが可能です。
修道院配置と枢機卿配置の2重構造は新鮮であり、また戦略性を高めています。
 領土権獲得ゲームは、自分の手番がまわってくるまで待たされる傾向がありますが、このゲームはとてもテンポよく進みます。特に3人プレーなので、手番が早く回ってきすぎて考える暇がないくらいです。
 初心者も引きこめるお奨めボードゲームです。 
  
 "Kardinal&Konig"(王と枢機卿)/ Michael Schacht 作
(Goldsieber発売), 2000, 2‐5人, 40分






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戦争と戦争 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 2月25日(日)19時00分17秒

週刊ボードゲーム通信 2/19−2/25号

 まいどみなさん、こんにちはです。今回は「戦争と平和」、3〜4人でプレイできるボードゲームです。プレイヤーは王国の領主となり、大聖堂を建設していきます。そして、それへの貢献度によりポイントを貯めていき、最も多くのポイントを貯めた人が勝者となります。
 と、まあ、ここまでは、普通のゲームの様相なのですが、とんでもないことに、このゲーム、勝ってもうれしくないゲームでした。そこらへんの懸念は、説明書を読んだ時点で感じており、購入後1年以上プレイしなかったのですが、やってみて、その印象通りのゲームでした。
 何がだめって、まず非常に攻撃的なゲームで、他プレイヤーを攻撃しなければいけません。その際も、弱い(手札の少ない)プレイヤーを攻撃するのが、ゲーム的には有効なので、弱者はますます困窮していき、それによって強者はますます有利な立場になるという…。攻撃側、守備側共に、かなりの心的負担を感じていました。攻撃側の厭戦気分により“平和”が訪れましたが、基本的に平和な状態は無さそうです。
 ほかは、ゲームの各要素の関係が、ちょっと複雑すぎるのではないかと思いました。パワーカードという手札を、各季節(ラウンド)ごとに、競りに使ったり、ボードへコマを配置するのに使ったり、相手を攻撃するのに使ったり、と色々あって、なかなか戦略を立てにくいです。この点については、純粋、好みの問題です。しかし、結局のところ、攻撃と防御に使える「盾のカード」が最も重要で、それをたくさんもっていれば有利です。
 まあ、初心者向きではないゲームです。あと、コンポーネント。円形のボードは平均点くらいですが、建てていく大聖堂の木製パーツが、形・色共に不評でした。

"KRIEG UND FRIEDEN"(戦争と平和)/Gerard Mulder(作)
TM-SPIELE(発売), 1999, 3-4人, 60-90分



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三国志演義 投稿者:金七  投稿日: 2月16日(金)12時06分12秒

   週刊ボードゲーム通信 2/12-2/18号

 今回から参加する金七です。他のお二人の紹介されるゲームとは、少し毛色の違うものが多くなると思います。現在では入手困難な古いゲーム中心ですが、それなりの数が出荷されているので、(一般的でない趣味をお持ちの)友人・知人に聞いてみてください。オークションで見かけることもあるので、興味がおありでしたらのぞいてみてください。
 「三国志演義」は3−9人用のボードゲームです。プレイヤーは、76エリアに分けられた三国時代の中国の支配権を巡って争います。各エリアには価値をあらわすポイントがあり(最高は洛陽の4)、ゲーム終了時に支配しているプレイヤーの得点になります。勝利のためにはより多くの領土が必要になる陣取りゲームです。ちなみに終了ターンは、ゲーム前かゲーム中に「全プレイヤーの合意」で決めるというアバウトなものです。
 終了条件でもわかるように、このゲームは自由度が高く、史実に基づいたシナリオも用意されていますが、「全プレイヤーの合意」でもない限り歴史に近い展開にはなりません。むしろフリーセットアップではじめて、そろぞれが独自の英雄を演じるほうが、このゲームの雰囲気にあった楽しいプレーになります。
 三国志の華すなわちこのゲームの華である武将には、武勇・采配・知略・統治・忠誠の各能力があります。約200人いる武将を紹介することはできませんが、全体的に蜀に甘く魏・呉には辛い設定だと思います。武将登用には、全能力の合計がコストとして必要で、優秀な人材のためには、文字どうり国を傾けることがあります。忠誠だけにはマイナスの値があり、曹操・呂布などはこの点「お買い得」です(リスクはありますが)。誰を登用するかは、アットランダム、くじ引きの要領で全武将のプールから数人を引きます。ゲーム中一番緊張して楽しい瞬間かもしれません。
 「三国志演義」ではルールの縛りも少なく、特定の戦略は存在しません。勝利のためには巧妙な交渉と幸運が必要です。実際には、このゲームにおいて勝利はひとつの目安に過ぎませんから、プレイが作業になるということもありません。自由に過程を楽しんでください。「三国志」の世界を知っているほうが、より楽しめることは間違いありません。

 ”三国志演義” / (川北 翔)作
  (エポック)発売 / 1986 / 3−9人
 *拡張用にエキスパンションキットも出ています





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ピット 投稿者:横  投稿日: 2月 9日(金)00時37分56秒

週刊ボードゲーム通信 2/5−2/11号
 「ピット」は多人数用のカードゲームです。
穀物を買い占めることが目的です。
配られた9枚の手札カードをプレイヤー同士で交換します。
一番始めに手札を全て同じ種類の穀物にしたプレイヤーが1ラウンドを勝利します。
そのプレイヤーは、集めた穀物の点数を得ることができます(小麦は高く、ライ麦は安くなっています)。
ラウンドをくりかえして、合計点数を競います。
 ルールとして、交換するときには交換希望のカード枚数(1〜4)しか言うことができません。
何が欲しいかは言えません。
 それから、雄牛カードと熊カードが1枚づつ存在していて、アクセントとなっています。
これらのカードはオールマイティとババとなっています。
 「ピット」の最もユニークところは、順番(ターン)がないことです。
プレイヤー同士は勝手にカードを交換し合います。
そのため、ゲームはリアルタイムに進みます。
規定されたゲーム時間がないため、現実時間(スピード)が勝敗を左右します。
またその結果、市場の現実感が出ています。
大きな声を出して主張しないと、他のプレイヤーに気づいてもらえません。
 こんなカードゲームは、他にはなさそうです(あるのかもしれませんが)。
 ところで、このピットシステムは「CIVILIZATION(文明の曙)」(発売/アヴァロンヒル)の
貿易フェイズで利用されていて、成功しています(同じ交易品を集めるほど高く売れたり、
飢饉カードや内乱カードが出回ったりします)。

 アメリカのボードゲームサイトを調べると、ピットは非常に高く評価されていました。
掲示板では、多くの人が5つ星をつけて絶賛しています。
そこで評価されているとおり、パーティゲームの名作です。
 ポケモン版のピットでも発売すれば、日本でも売れそうなのですが・・ 
  
 "PIT"(ピット)/(Parker Brothers 発売),
  1904?, 3‐8人, 20分

http://kumquat.com/cgi-kumquat/funagain/01001



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魔女の踊り 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 1月30日(火)19時54分17秒

週刊ボードゲーム通信 1/29ー2/4号
 「魔女の踊り」は3から6人までプレイできるボードゲームです。ボードいっぱいに円状にますがあり、魔女の駒はそこをぐるぐる回っていきます。駒は円錐形をしていて、その底に各プレイヤーの色が描かれています。3人プレイではこの駒をそれぞれ、4個づつ持ちます。
 各人の順番ではダイスをひとつ振り、出た目の数だけどの魔女でも、時計回りに動かすことができます。止まった先に他の魔女がいたら、先にいた魔女は7ます戻らなければいけません。また、6の目の時は、ひとつだけ魔女の色を確認することができます。
 円状のますからは、外へと抜け出す通路が色別に設けられています。そこから、自分の魔女のこまを全て脱出させたプレイヤーが勝利します。(魔女は集会を抜けて、早く家に帰りたがっているので)。
 スタート時点では、どのこまが何色かわかるのですが、だんだんいりみだれてきて、人にもよりますがさっぱりわからなくなってきます。この、「人にもよる」ところがくせもので、めっちゃ記憶力のいい人がいたりすると、その人がぼろ勝ちすることでしょう。
 ダイスを振ってこまを動かすのは「アンダーカバー」みたいですが、こちらは心理戦とは対極にある、記憶戦(?)ゲームです。

"HEXENTANZ"(「魔女の踊り」)/Bjorn Holle(作)
FX SCHMID(発売), 1988, 3-6人
Spiel des Jahres AUFGENOMMEN IN DIE AUSWAHLLISTE 1989 (ドイツゲーム大賞の関連の賞ですかね?)



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ファンタスミ 投稿者:横  投稿日: 1月27日(土)17時57分41秒

週刊ボードゲーム通信 1/21−1/27号。
 「ファンタスミ」は2人用の簡単なボードゲームです。
 手順や環境はチェス(軍人将棋)に似ています。
 プレイヤーは、おばけコマを操って戦います。おばけコマは善と悪の2種類に分かれており、その違いは自分にしかわかりません。相手の善のおばけを全滅させるか、自分の悪のおばけが全滅させられると、勝利します。または自分のおばけを相手の陣地の向こうへ脱出させても勝利できます。
 これは、読みあいのゲームです。取られたほうがよい悪のおばけを進ませるのが普通の戦術ですが、悪であることがばれたら取ってもらえません。だから、善のおばけを悪のおばけのふりをして進ませる戦術も出てきます。
 このゲームの気の利いている点は、相手の陣地の向こうへおばけコマ(善悪かかわらず)を脱出させても勝利できるという点です。この勝利条件のおかげで、戦略性が増しています。おばけコマは1マスずつしか進めないので、脱出口に防御用おばけを配置しておく必要もでてきます。ゲームに慣れてくると相手のコマを不用意に取らなくなりますが、この勝利条件があるため、取らざるを得ない状況が起こります。
 相手によってプレー方針が大きく変わる点がこのゲームの特異な点です。スタンダードな戦術はありますが、有効とは限りません。相手の癖に応じて対応していく必要があります。逆に言うと、相手に自分の癖を見極められてはいけません。だから、相手の読みを撹乱するために、合理的でない行動を取ることも必要となります。
 そういうわけで結論としては、てきとうにテンポよくプレイしていってもよい(勝てる)ゲームです。チェスのように突き詰めていってもあまり仕方ありません。新しい人とやるときには、相手の癖を見切るまでが面白いのです。しかし、決まった人と何度もやると、てきとうになり別に面白くなくなります。
 ゲームショップの売上ランキングを見たら、「ファンタスミ」は2位でした。誰にでもでき、見栄えもかわいく、値段も高くないからでしょう。
 
"FANTASMI"(「ファンタスミ」)/ Alex Randolph作
(Venice Conection発売), 1994, 2人, 15分




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Buffy the vampire slayer 投稿者:鱶(fuka)  投稿日: 1月19日(金)23時07分24秒

週刊ボードゲーム通信 1/15―1/21号
 みなさん、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。それと、前回はKENちゃん、ゲスト出演thank youでした。
 さてさて、今回は前々々回もちらっとふれた、"Buffy the vampire slayer"です。あれから、ネットで検索したりして得た情報によると、「バッフィ ザ・バンパイア・キラー」("BUFFY THE VAMPIRE SLAYER",1993)という映画があり、現在はTVシリーズを放映中とのこと。スカパーのFOXチャンネルで見られるようです。この辺の情報は、"Blader's Buffy the Vampire Slayer Page"( http://homes.acmecity.com/buffy/vampire/100 )に詳しくのっています。海外ドラマファンは要チェックです。ちなみに映画のほうはビデオで見ましたが、あんまり面白くなかったです。それと、Buffyというのは主人公のバンパイア・スレイヤーの名前です。(私はバフィーと呼んでいる)。
 さてさて、ゲームの方ですが、ボード上には四角の環状にますめが並んでいます。キャラクターは人間側5人と、バンパイア側3人です。キャラクターを表すコマは8色あり、プレイヤーは色のカードとキャラクターカードを受け取ります。プレイヤーのいないコマもボード上に配置されます。最初は、何色のコマがどのキャラクターであるのかは自分のコマしか分からない状況にあります。
 自分の番にはさいころをふって、出た目の数だけ、どのコマでも動かすことができます。同じマスに2つ以上のコマがあるときは、チャレンジができます。チャレンジされたプレイヤー(or 担当プレイヤーのいない山札)は色のカードを、その人にだけ見せて、そのマスにいるコマの色と一致したときは、キャラクターカードも見せなければなりません。そして、その後、戦闘を選択することができます。戦闘の場合は地形効果(墓場はバンパイア有利など)、時間効果(昼間は人間が有利)により、勝敗を決します。負けた人はゲームオーバーとなり、どちらかの側が全滅したら終了します。プレイ時間は40分くらいでしょうか。あと、フェイトカードという、特殊な効果のあるカードもあり、戦闘で有利に働いたり、瞬間移動できたりします。
 自分の正体がばれないように立ち回り、うまく味方を集めて戦う、ようなゲームだと思います。・・・どうにも歯切れが悪いのは、ルールに書いていないことがあって、チャレンジなどでよく分からないところがあったので。正体の確認ができなくて戦闘をした場合、人間同士で同士討ちになったりするのか、など。ルールに特に書いていないということは、たぶんそうなるのでしょうが。もうちょっとプレイしてみないといけないですね。まあ、ちょっと面白げではあるゲームです。そのうち隔月ボー通にも登場するかもしれません。

"Buffy the vampire slayer"
Susan Prescot Games(発売), 2000
2-8人



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忘れ物です 投稿者:KEN  投稿日: 1月14日(日)11時41分05秒

↓ 週刊ボードゲーム通信 1/8−1/14号

"クク(CUCUU)" NIFTY SERVE FGAME発売/メビウス販売 2-15人(6-9人程度が最適)/45分
このゲームとは別に、チップが必要です。




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クク(CUCUU) 投稿者:KEN  投稿日: 1月14日(日)01時40分43秒

ククは、44枚のカードのうちから1枚を使って相手のプレイヤーと数字の大きさを競うカードゲームです。ルールの手軽さと、2〜15人(最適人数は6〜9人)まで遊べる幅の広さを考えると、修学旅行やパーティー・飲みの後にでも十分楽しむことができます。

このゲームは、16世紀に北イタリアで発祥したとされています。カードやルールは、各国によって様々ありますが、日本語版は「カンビオ」をベースにアレンジしたルールが用いられています。
1回の勝負(ラウンドと呼びます)は、各プレイヤーにカードが配られ、プレイヤー間でカードの交換を行った後でカードの数字を競い合うまでとなります。勝負は、親が自分の右隣からカードを各プレイヤーに1枚づつ配り、親が「では、どうぞ。」と言った直後から始まります。そして、親の右隣のプレイヤーにカードを交換する権利が発生します。これは、自分の持つカードの数字が小さく勝負すれば失格になると思った場合に、「チェンジ!」と言って自分の右隣のプレイヤーが持っているカードと交換できる権利です。自分の持つカードの数字が大きい、もしくは交換するつもりがなければ「ノーチェンジ!」と言って下さい。次に、右隣のプレイヤーが同様の権利が移ります。こうして、親までこの権利が回ってきます。親は右隣のプレイヤーの代わりに山場のカードと交換することになります。そして、カードの交換が終われば、全てのプレイヤーはカードを公開し、この中で一番数字の小さいカードを持つプレイヤーが失格となります。
数字の小さいカードを持っているからといって、右隣の人とカードをチェンジした結果、さらに小さい数字のカードが回ってくることがあり「こりゃ、いかーん」といった状態に陥ることがよくあります。(笑)
さらに、ゲームを面白くするための特殊カードがあります。それぞれ、
「クク」: このカードを持っているプレイヤーは、勝負中いつでも「クク!」と宣言して勝負を中断し、その時点でプレイヤーが持っているカードで勝負をさせることができる。
「人間」:チェンジを挑んできたプレイヤーが失格にさせる。この場合、チェンジは成立しない。
「馬」「家」:チェンジを挑んできた場合、「パス」といって、さらに右隣のプレイヤーと交換させる。
「猫」:チェンジを挑んできた場合、交換しようとしていたカードを一番初めに持っていたプレイヤーが失格となる。
「道化」:チェンジが成立したときに、このカードを持っているプレイヤーは失格になる。

このゲームでは、カードの他にチップを使います。そして、プレイヤーの誰かがチップを全て失った時、最も多くのチップを持っていたプレイヤーが勝者となります。
一番初めのラウンドが始まる前に、場所代として全プレイヤーはチップを1枚場に支払います。そして、ラウンドで失格となったプレイヤーは1枚場に支払います。第2、第3ラウンドでは、失格となったプレイヤーはそれぞれ2枚、3枚払います。第3ラウンドまでは、失格となったプレイヤーは次のラウンドへ参加することができますが、第4ラウンド以降に失格となったプレイヤーは場にチップを払う必要はありませんがゲームから抜けます。こうして勝負を繰り返して残った1人の勝者が、場に支払われたコインを全て手にすることができます。この後、再び第1ラウンドへ戻ります。

実際にゲームをプレイしてみると、じっくりと戦略を立てるよりも、プレイヤーの「チェンジ!」「ノーチェンジ!」のかけ声がリズミカルになり、野生の勘で答えを出すようになります(また、そのように鍛えられます)。修学旅行であれば、チップの代わりにハイチュー(古いか?)を使うのも良いでしょう。お腹がすけば自分のチップを食べることもありにして(笑)。




モノポリー ポケットモンスター 投稿者:横  投稿日: 1月 8日(月)00時11分10秒

週刊ボードゲーム通信 1/1−1/7号。
 今回は「モノポリー」の「ポケットモンスターバージョン」です。
 これは、ポケモンの人気にあやかって作られたモノポリーです。
 ルールの変更は一点のみです。サイコロを振ってゾロ目が出たら、その目に応じたポケモンパワーを使うことができます(通常どおりもう一度サイコロを振って進んでもよい)。この6種類のポケモンパワーは強力です。内容は以下の通り。
「任意のマスへ移動(GO通過の200ドルももらえる)」「200ドル受け取る」「各プレーヤーから50ドル受け取る」「チャンスカードを引く」「共同基金カードを引く」「他プレーヤーが持っている土地を指定し、サイコロを振り合い、より大きな目を出すとその土地を自分のものにできる(ただしモノポリーされている土地は指定できない)」
 これらのポケモンパワーはプレーバランスを崩しそうですが、ちゃんと機能しています。特に、最後の他プレイヤ−の土地を奪える能力が、土地の交換を促進させています。モノポリーしてしまえば奪われる心配はないので、少々損をしても早く交換してしまう方が安全なのです。
 モノポリーの面白さは交換にありますが、あまり慣れていない者にとっては交換は難しいことです。そのため、交換がなかなかなされないプレーがよく起こります。交換(売買)は、交換相手のメリットが自分のメリットよりも大きく、自分は損をしているようであっても、基本的には得なものです。なぜなら交換に加わっていないプレイヤーは同じ状況のままで進歩していないため、自分は相対的に進歩したことになるからです。電力会社と水道会社を2人のプレーヤーが1つずつ持っているとき、すぐに1人のプレーヤーにまとめることが有効(必要)なのはそれゆえです(スタートの前後にある2組の土地も同じことが言える)。
 ポケモンバージョンの新ルールは、旧来のモノポリーの弱点を解消しました。しかし、ランダムな要素を増やすことによる解消であるため、慣れたプレーヤーにとっては、まだ旧ルールの方が好ましいでしょう。
 
"MOMOPOLY POCKET MONSTERS"(「モノポリー ポケットモンスター」)/(TOMY発売), 1999
4-6人,90分




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ロンドンのおもちゃやさん 投稿者:鱶(fuka)  投稿日:12月31日(日)12時09分25秒

週刊ボードゲーム通信 12/25ー12/31号
 みなさんこんにちは。いよいよ今年も残すところあと一日。そんな年の瀬、いかがお過ごしでしょうか。今回は前回の続き、特別編その2ということで、ロンドンのおもちゃやさんをレポートします。
 行く前から旅行ガイドでチェックしていたのが、Regent St.(リージェント・ストリート)のHamleysというおもちゃやさん。4階建くらいだったのかな。時間があまりなくて上のほうの階は見ていないのですが、ぬいぐるみからコンピュータゲームから、ボードゲームまで色々なおもちゃがそろっていそうです。クリスマス前だったので売り場は子供連れですごいことになっていました。レジの前はルミナリエの時みたいに、なかなか進めない状態です。
 とりあえずフロア案内を見てB1のボードゲームコーナーへ急ぎます。おもちゃやさんということで、はっきりいってあまり期待していなくって、ちょっとでもボードゲームがあればいいなと思っていたのですが、実際に行ってみると非常に広いスペースになっていました。B1で半分くらいがコンピュータゲーム、半分ぐらいがボードゲームでした。
 内容ですが、おもちゃやさんということだからか、カタンやエルグランデといったドイツゲームはどうも見あたらなかったです。モノポリー各種バージョン、英単語を作ったりあてたりするような(スクラブルでしたっけ)ゲーム各種、ウオーハンマー、サッカーのボードゲーム(箱の大きさにより購入断念)、などなどです。ポケッタブルなものも結構ありました。
 結局私が買ったのは"Buffy the vampire slayer"というやつ。"Buffy"はアメリカ(?)かどっかのTVドラマ(or映画)らしく、今人気のようです。パリでは小説とキャラクターカード(トレカ)なんかがアニメショップで売っていました。日本でその後、偶然見つけたのですが、「バッフィ ザ・バンパイア・キラー」("BUFFY THE VAMPIRE SLAYER",1993)という名前でビデオがありました。アクション・コメディということです。しかし、ゲームの箱パケ(パッケージ)のバフィー(主人公)は役者さんが違うし、もっとシリアスタッチな感じ(Xファイルの本の表紙みたい)なので、リメイクされているのかも。きっとホームページとかで探せばわかることでしょう。何か情報をお持ちの方は一報ください。
 ゲームの内容はまだ見れていないのですが、人間側とバンパイア側に分かれてどーのこーのらしいです。あまりたいしたこともないキャラゲーかなという気もしますが、なんとなくバフィーが気にいって買ってしまいました。
 それはともかく、やはり日本のおもちゃやさんと比べるとボードゲームはより一般的なものなのでしょう。売り場の広さ、客の多さにそれを感じます。日本でもそうなるといいのですが。ところで、ロンドンにもボードゲーム専門店って、どっかにありますよね、きっと。ご存じの方は、こちらもボードゲーム通信社まで一報をお願いします。なかなか行けませんけど・・・。

Hamleys Of London
188-196 REGENT STREET LONDON W1R 6BT
TEL.020 7494 2000
www.hamleys.com



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ローゼンケーニッヒ 投稿者:横  投稿日:12月22日(金)00時24分21秒

週刊ボードゲーム通信 12/18―12/24号
 ローゼンケーニッヒは、最近増えてきた2人用ボードゲームです。
ばら戦争の時代のイギリスで、プレイヤーはランカスター家とヨーク家に分かれて
勢力を競います。両家はそれぞれ、目印に赤いバラと白いバラをつけていたそうです。
 縦横9マスに仕切られたボード場を、カードを消費して王のコマを動かします。
王のコマは1つです。王を移動させた先に自分のコマをおき領土とします。
領土は1つ1点なのですが、連結したら2乗していけます(2つ連なると4点)。
自分の領土をつなげることが狙いとなります。
逆に相手の領土をつなげないことが狙いです。
 ルールは簡単です。「よし2人用のゲームをつくるぞ」と思い立って、
15分でできたようなゲームです。
しかし、そこそこ遊べます。ただ、戦略を練ることはあまりできなさそうです。
その場その場で最も適切なカードを使うゲームです。
細かいテクニックとして、戦術研究はできそうです。
 思うに研究記事を書けるゲームはよいゲームなのではないでしょうか。
そして、より長期的な(ゲーム時間において)方針を研究できるゲームほど
優れていると思います。つまり戦術(=手番ごとのテクニック)の研究しか
できないゲームよりも戦略(ゲーム始めから終わりまでにかけての長期的な方針)の
研究ができるゲームの方が優れているということです。
そう考えると、その場その場の適切な行動を積み上げていくゲームは多いですが、
もっと長い視点で考えられるゲームは少ないでしょう。

ローゼンケーニッヒ Rosenkonig / D.Henn(作)
(Kosmos発売)、2000 
2人、 30分




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パリのボードゲーム屋さん 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:12月17日(日)22時10分13秒

週刊ボードゲーム通信 12/11ー12/17号
 みなさんこんばんは。たった今、関空から帰ってきました。パリ・ロンドン8日間という旅だったのですが、今回は特別編として、その途上で見つけたパリのボードゲーム屋さんについてレポートします。
 適当に街をうろうろしていて発見したこのお店、名前はVARIANTES、セーヌ川沿い左岸のSt.Michel駅(メトロ4号線)の近く、ミカエル(?)の像を正面に見て、右の方向の路地に入っていくと、すぐ左側にあります。
 チェスやチェッカーのようなクラシックゲームからカタンなんかのおなじみドイツゲームまで様々なボードゲーム、カードゲームが並んでいました。パリの多くのお店同様に店員さんは英語で話してくれたので、フランス製のゲームで、英訳ルールがついていて、面白いゲームを聞いたところ、なにやらアブストラクトなゲームを紹介してくれたので、それを買いました。日本でも手に入りそうな気もしましたが、見たことがなかったので。そのゲームについてはタイトルも忘れてしまい、現物はスーツケースに入って宅急中なので、また別の機会に紹介します。
 他には小さい通りのおもちゃ屋さんにもほこりをかぶったボードゲームがあったので、英訳ルールがあるのかどうか聞いたところ、ビニールを開けて無いことを確認してくれました。なんて親切な。そこのお店では子供向けっぽいブタさんのゲームを買いました。それも宅急中なのでまた今度。
 当然のことながら英訳ルールの無いものが多く、VARIANTESの店員さんも、フランスゲームの紹介ではそこが難点だったようです。
 ではでは、ホームページもあるようなので、みなさん確認してみてくださいな。私はまだ見ていませんが。そしてパリに行くときは、是非行ってみてください。

VARIANTES
29, RUE SAINT-ANDRE-DES-ARTS-PARIS 75006
TEL.01 43 26 01 01
FAX.01 40 46 84 55
www.variantes.com



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キングハムレット 投稿者:横  投稿日:12月10日(日)23時38分26秒

週刊ボードゲーム通信 12/4―12/10号
 キングハムレットはあまり知られていないボードゲームでしょう。
 シェークスピアの物語が題材にされています。先代の王は相続人を指名せずに死亡してしまったため、王国の秘密を見つけ出した王子が次の王となります。プレイヤーはそれぞれ王子となり、秘密を求めて中世のデンマークの王城を捜索するというシチュエーションです。
 プレイヤーは8人までです。人数が多いほど面白くなるゲームです。たいていのゲームは参加人数が多くなるほど面白くなったとしても、時間がかかるとかバクチの要素が強くなるなどの副作用も起こるのですが、このゲームには副作用は見られません。大人数でプレイができてなおかつ面白いことが、このゲームの最大の売りです。
 1人のプレイヤーが動かすコマは、王子と騎士(部下)の2つだけです。どちらかのコマをダイスの目の数だけ進ませます。そのため、参加人数が多くてもすぐに自分の番がまわってきます。
 王城には、KINGHAMLETの10種類の文字が分散しています。もちろんどこにどのコマがあるかは行ってみないと分かりません。10種類の文字のありかを知ったプレーヤーの勝ちです。文字のコマは20個から30個程度あり、5つ存在する文字や1つしか存在しない文字があります。
 プレイヤーも文字のコマを始めから1つずつ持っています。他のプレイヤーのコマは、決闘して勝てば知ることができます。決闘の方法はダイス目勝負です。負けた方はスタートの場所へ戻るというペナルティーもあります。1つしか存在しない文字を持っていれば有利なことは有利なのですが、そのことがばれたら全てのプレーヤーに狙われるためかなり不利になります。プレイヤーも文字のコマを持っているということが、多くのプレイヤーが参加するほどゲームを面白くさせることに作用しています。
 ボードの四隅の重要な場所は文字のコマが複数あるため、行かなければならない場所です。しかしそこへ行くプレイヤーが多いと、階段で渋滞してしまいます。そうなると、相手をどかせるための決闘をしなければなりません。あえて階段の上に留まり、決闘に勝ちつづけることも痛快です(ダイスの目が同じなら防御側が勝つため防御側有利です)。決闘は他のプレイヤーにとっても見ていて楽しいものなのです。
 階段を昇らず、近道することも可能です。しかし、暗殺される危険があります。各プレーヤーは1人の暗殺者を雇って近道に配備しているからです。暗殺されたコマは除去されるので、近道を通ることはかなりのリスクです。しかし遅れているプレイヤーはリスクを冒さざるを得ません。この近道のルールもまた、プレイヤーが多いほどゲームを面白くさせることになっています。
 キングハムレットは二昔前のアメリカ産のゲームです。しかし、色のついた木のコマ、渋いボード、気のきいた簡単なルール、プレイバランスのよさ、中世デンマークの王城といったシチュエーション、大きくて困る箱など、まさに最近のドイツゲームに似ています。

キングハムレット KING HAMLET / J.Anderson (作)
(Gamevenings Company発売),1980
2-8人, 30-60分




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忘れてた 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:12月 1日(金)13時21分57秒

↓週刊ボードゲーム通信 11/27ー12/3号  です。



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「スーパー・スパイ・ストーリー」 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:12月 1日(金)13時19分38秒

 みなさんこんにちは。いつも当ページを閲覧いただきありがとうございます。前回のスコットランドヤードよりは新しいですが、こちらも古いゲーム、1986年ドイツゲーム大賞受賞の"Heimlich & Co."(「アンダーカバー」)を紹介したいと思います。
 「アンダーカバー」は2人から7人でプレイできる比較的簡単な、心理戦ゲームです。ちなみにundercoverとは「秘密情報収集に従事している」という形容詞です。その名の通りプレイヤーはそれぞれスパイに扮します。
 ボード上はすごろくのようにますめが設けられています。ますめには1から10の番号の館、廃屋、教会が環状に並んでいます。スパイのコマはここをぐるぐる進んでいきます。スパイのこまは7色あり、どの色が誰のコマかは自分しか分かりません。また、二つのコマがダミーとしてボード上にあります。
 各プレイヤーは自分の番にはダイスを一つ振り、出た目の数だけ、どの色のコマでも動かすことができます。
 ボード上にはまた、金庫コマがあり、そのますでコマが止まれば(誰がどのコマでも止めてよい)、各色のスパイは、その時いた館の数のポイントがもらえます。教会にいるスパイは0点、廃屋の場合はマイナス3点が課せられます。ポイント分だけボード上の得点計算カウンターを動かします。
 廃屋に送り込まれることはなんとしても避けたいので、自分の色は絶対にばれてはいけません。自分のコマにさいころが当たっても、「いて」とか言ってはいけません。万が一廃屋に送られても、さりげなく、慈善事業のごとく演じて助けなければいけません。
 得点計算後は金庫をどこかに移動します。そして同様のプレイを繰り返します。誰かが29点を越えれば推理タイムがあり、誰が何色かを推理して、秘密裏にメモしておきます。最後42点のゴール後、推理を公開し、当たっているものは5点プラスされます。
 やはりここは得点のみならず、誰からも当てられないパーフェクト勝利を目指したいところです。
 さてさて、3人くらいならともかく、人数が増えると全く推理ができにくくなり、あまりにあてずっぽうになってしまう感があります。また、ルール的に相手をだますことが義務付けられたゲームなので、心的な抵抗なく心理戦が楽しめます。
 それにしてもなんてのどかなゲームなんでしょう。昔のゲームらしいシンプルさがあります。ちょうど10年後、1996年のドイツゲーム大賞は「エルグランデ」、作者は同じくW.Kramerなわけですが、それと比べると、いかにも隔世の感があります。

"Heimlich & Co."(アンダーカバー)/Wolfgang Kramer(作)
Ravensburger(発売),1986
2-7人,20-40分
1986年ドイツゲーム大賞受賞



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スコットランドヤード 投稿者:横  投稿日:11月25日(土)00時14分55秒

週刊ボードゲーム通信 11/20―11/26号
 スコットランドヤードは、たいていの人が知っているゲームでしょう。でもプレイしたことのない人は意外に多いかもしれません。
 持っていても10回以上プレイしたことのある人はあまりいない種類のゲームだと思います。はじめの数回は新しい体験ですが、慣れたら新しくなくなります。「確かによくできいるけどもそれほど深くない」種類のゲームです。また、1983年のドイツゲーム大賞を獲得しており、古いゲームです。
 スコットランドヤードは、典型的な「昔のドイツゲーム」と言えます。昔のドイツゲームの特徴とは、以下に挙げるものです。コンポーネントが優れている、ルールがシンプル、ルールが個性的、プレイバランスがよい、時間があまりかからない、箱が大きめ(平ら)、あまり深くない、実はたいして面白くない。一言で言うと、子供向け。
 これらの特徴は、アメリカのボードゲームと比較してのものです。ところで、昔(10年以上前)は、ボードゲームはアメリカ産が中心でした。日本人が作るゲームも自然とアメリカのボードゲームの特徴を持ったものでした。
 洗練さという観点では、昔からドイツゲームは優れていたと思います。しかし、アメリカのゲームを我々がプレイしていたのは、やはり面白かったからでしょう。当時のドイツゲームは、面白さという重要な要素が欠けていました。
 しかし近年のドイツゲーには、面白さが加わりました。そりゃ買います。
 最後にスコットランドヤードをフォローしておきますと、たまにやると体験ができるゲームです(体験ゲーというカテゴリーがあるとするならば、その中での評価は高いです)。また、世間的にも比較的ポピュラーなので、ゲーマーなら一般教養としてプレイしておいた方がよいでしょう。

Scotland yard /(Ravensburger発売),1983
3-6人, 60分




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「トーレス」 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:11月16日(木)21時38分07秒

週刊ボードゲーム通信11/13ー11/19号。
 横さんがゲーム大賞受賞作で来たならば、対抗してこちらは、本年(西暦2000年)のドイツゲーム大賞受賞作、「トーレス」でいきましょう。
 「トーレス」は2人から4人でプレイできるボードゲームです。それぞれのプレイヤーは最初、ボード上に自分の騎士がいる城を1つ持っています。そして、誰のものでもない城もあります。ボードは8x8のマスで構成されていて、そこに城をどんどん増築していきます。手持ちの城は基本的にボード上の城に付けていくしかできません。城は重ねて置いて高くしていくこともできます。ただし、城の面積分の高さまでにしかできません。面積が2コマ分しかない城は2階建てにまでしかできず、面積が5コマあれば、5階建てまで可能なのです。手持ちの城はどの城にでも付けていくことができます。ただし、それぞれの城をつなげるような置き方はできません。”合併”はないわけです。
 自分の番には5ポイントのアクションポイントを使用して行動を行います。騎士を新たに発生させるには2ポイント、それ以外の、騎士の移動、城のコマの配置(増築)などは1ポイントです。騎士はどの城にも登っていけますが、1階づつしか上がれません。一気に2階分は登攀できないのです。あと、1ポイント消費でアクションカードの購入ができます。これは一気に2階分上がれたり、余分に城を増築できたり、使えるアクションポイントがそのときだけ7に増えたりと、うまく使うと非常に有利な展開ができます。
 さて、得点機会は3回あります。各回で(自分の騎士がいる城の面積)x(自分の騎士のいる高さ)が得点になります。同じ建物に2人の騎士がいても得られる得点はどちらか高い一方だけです。自分の騎士が面積3の城の3階にいると、3x3で9ポイント、というわけです。
 城が高くなればなるほどかなりの高得点が入りますが、それだけ面積が広くなり、他人の騎士が登ってくる余地も大きいということになるので、この辺をいかに防ぎつつ、相手が積み上げている城にも騎士を送り込んで、というのが非常に熱い戦いになります。2階分上れないことからも、できるだけ細長いタワーの方が他の騎士を排除しやすそうです。
 というのが初プレイ以来、何回かの戦況なのですが、相手を防ぐよりも、協力して城を高くしていったほうが良いのかも、とちょっと感じています。理論的には2倍の早さで積み上がるのでは?なんせ、相手を脱落させると、その城は自力で面積、高さを増やす必要があるので結構大変です。・・・・でも、そんなにうまくはいかないかな?絶対自分だけ高得点をあげたいはずだから、ある程度登ると立ち往生させられそうな気もします。
 そんなこんなでまだまだプレイ不足なこのゲーム。適度なボリュームの好ゲームの印象です。また、作者のKramer & Kieslingは昨年の「ティカル」に続いてのドイツゲーム大賞受賞です。

"Torres"(「トーレス」)/W.Kramer, M.Kiesling(作)
FX(発売),1999
2-4人,60分
2000年ドイツゲーム大賞受賞



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サーガランド 投稿者:横  投稿日:11月13日(月)00時26分24秒

週刊ボードゲーム通信 11/6―11/12号

サーガランドはその名の通り、物語の国のゲームです。
プレーヤーは、王様が所望する品物を森の中を探索して見つけなければなりません。
探索する品物は、星の金貨、お菓子の家のクッキー、長靴など、すべて童話にでてくるものです。たぶんアンデルセン童話やグリム童話などのドイツのものなのでしょう。このようにドイツのものを題材にしているドイツゲームは意外と少ないかもしれないと、逆に思わせられます。ボードやカードはファンタジーさをよく出しています。
計13個の品物が森に散らばっていますが、どこに何があるかは分かりません。森を探索して、品物がある場所へ行く必要があります。見つけた後は城へ行って、王様に品物がある場所を教えます。品物は持ち歩けないので、場所を覚えておかねばなりません。当然、メモしておくことは反則です。3つの品物の場所を王様に教えたプレーヤーが勝ちます。
基本的に子供向けのゲームです。大人にとっては、品物の場所を他プレーヤの行動などから勘で当てたり、6分の1の確率で使える魔法をうまく使うことで満足するゲームなのだと思います。
1982年度ドイツゲーム大賞をとっている結構古いゲームです。

"Sagaland"(「サーガランド」)/(ラベンスバーガー発売), 1982
作者 アレックス・ランドルフ,3-6人,30分





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「スリル」! 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:11月 4日(土)21時03分30秒

週刊ボードゲーム通信 10/30ー11/5号。
 みなさんこんばんは。今回もまた、ちょっと変わり種のボードゲーム、「スリル」です。どんなゲームかと言いますとゲームセンターにあるコイン落としゲームみたいです。ボード上には赤色の大メダル、黄色の中メダル、緑色の小メダルの3種類のメダルがたくさん乗せられています。そして、それを押すプッシュスライド(押し盤)が設置されています。
 最初にそれぞれのプレイヤーはチップを10枚づつもらいます。親は3種類のメダルのうちの1個を選びます。そして全プレイヤーで、”プッシュスライドを押さなくていい権利”を手持ちのチップを握って入札します。握った金額が最も少なかった人がプッシュマンとなります。プッシュマンは、プッシュスライドとボード上のメダルの間に親が選んだメダルを置き、プッシュスライドをそろそろと押していきます。この時に、赤のメダルを落としたらチップ3枚、黄色ならチップ2枚、緑ならチップ1枚をペナルティとして捨てなければなりません。その後プッシュマンは親となり、次回ボード上に乗せるメダルを1個選びます。落ちたメダルの中から選ぶことができます。このような手順を繰り返して、コインがマイナス(ペナルティを支払えない状態)になった人から脱落し、最後まで残った人が勝ちです。
 シンプルな作りで非常に分かりやすいゲームなのですが、その名の通り”スリル”を味わうゲームなんですよね。いかにしてメダルを落とさないようにコインでの入札、またはスライドゾーンへのメダル配置を行うかを考えてどきどきするわけです。なんといいますか、ちょっと爽快感に欠けるきらいがあります。どっちかというと、”プッシュスライドを押す権利”を入札して、たくさんメダル落としたら賞金チップがもらえる、方が私的には好きなのですが。
 作者の1人が、あの、Wolfgang Kramer・・・なんですよね。"W.Kramer"としか書いてなかったのですが。この人も変なゲーム作ってるなあ、と思いました。以上。

"THRILL"(「スリル」)/J.Grunau, W.Kramer, H.Raggan(作)
F.X.Schmid(発売), 1996
2-6人,30分



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貴族の務め 投稿者:横  投稿日:10月29日(日)21時51分29秒

週刊ボードゲーム通信 10/23−10/30号。
 今回は、最近再販されたドイツのボードゲーム「アーデルフィアフリフテッド(貴族の務め)」です。
 貴族であるプレーヤーは骨董品の収集にいそしんでいます。骨董品の展示会を開いて見せびらかすことが仕事です。よって展示会で獲得する点数の合計が高いプレーヤーが、貴族の務めを果たしたということになり優勝します。
 カードには、プレーヤーが使うアクションカードと骨董品カードの二種類があります。ラウンドごとにアクションカードを使って行動を決定します。行動には、骨董品の購入・展示会の開催・他人の骨董品を盗む・泥棒を捕まえるといったものがあります。プレーヤーは同時に行動を決定するので、駆け引きが生じます。
 骨董品カードは全部で30枚位あり、作成された時期が古いものほど価値が高くなっています。日本産の「能面」と「狂言マスク」もあります。能面は能面らしいのですが、サルの狂言マスクは剥製っぽいです。骨董品カードは、アクションカードと比べると必要以上に大きくて豪華な感じがします。本当は、アクションカードを大きくした方がプレーしやすいのですが、これも演出なのでしょうか・・。
 アクションとしては、人がしていないことをすると基本的に得をします。しかし、どのアクションをとるかの駆け引きは、実はあまり考えるほどのものでもありません。他のプレーヤーの行動はたいして読めないからです。もっとも価値が高い骨董品を獲得できるラウンドでも、普通にオークションに参加するよりも諦めて泥棒した方が有効かもしれないのです。価値が高い骨董品がオークションに出ているが故に皆諦めてしまい、一人がそれを安い値段で手に入れてしまうということは時々起こります。このゲームの仕組みは「キャンディデイト(アバロンヒル)」に似ていますが、州を獲得することに比べたら、骨董品を獲得することはとても簡単です。
 あまり考えても仕方がないという特徴は、人がしていないことをすると得をするパターンのゲームの特徴なのではないでしょうか。
 ドイツの貴族なったつもりで優雅にプレーするのがよいのでしょう。このゲームの中の貴族は結構世俗的ですが・・。1990年にドイツ年間ゲーム大賞とドイツゲーム賞を獲得しています。

"ADEL VERPFLICHTET"(「貴族の務め」)/(FX SCHMID発売), 1990
2-5人,60分




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「SDガンダムGジェネレーション・デジボードミッション」 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:10月19日(木)21時21分24秒

週刊ボードゲーム通信 10/16ー10/22号。
 まいど、こんばんはです。いやいや、来てしまいましたね、この異端児なゲーム。さてさて、いったいどんなゲームなのか。簡単に書いてしまうと、6x7のHEXマップで、ザクやらドムやらのユニットを動かして戦う、小規模戦闘のシミュレーションゲームです。それぞれ最大8体づつのユニットを使って、相手側リーダーユニットを撃破した方が勝ちです。
 最大の特徴はやはり「デジボード」ですね。普通のボードで、ユニットはフィギュアなのですが、ボード上のセンサー(?)と横の液晶画面、内部のコンピュータによって各ユニットのHP(体力)、AP(攻撃力)、DP(防御力)、位置情報などが管理されています。また、移動範囲は将棋のように各ユニット毎に決まっています。1ターン毎に交互にプレイし、ユニットを1マスづつ動かしていきます。ユニットが隣り合うと自動的に戦闘開始。地形特性、支援効果などもあったりします。
 なにがいいって、さいころを振って、命中率がどーのこーのとか、ダメージ算出とか、それの管理とか、そういっためんどうくさいところをコンピュータがやってくれるので、とても楽です。
 昔「川中島・・・」とかありましたよね。やったことがないのですが、それよりは進歩してる?、かな。
 それと、1人プレイも可能です。液晶画面にはコンピュータの行動が表示されるので、それにしたがって相手側のフィギュアユニットを動かしてやるわけです。なんか”佐為”と対戦してるみたいですが。まあ、ルールの習熟にはなりますよね。それほど複雑なルールでもないですけど・・・。
 明らかに初心者向けのゲームです。一年戦争好きにもまあいいかな、という感じですね。”ギレンの野望”(セガサターン、プレイステーション)ほど時間もかからず、牧歌的なガンダム世界が楽しめます。
 ついてくるフィギュアユニットは、ガンダム、ガンキャノン、ガンタンク、ジム、ジオング、ゲルググ、ドム、グフの8体です。別売でブースターセットが3セットあり、5種類づつのフィギュアユニットが入っています。
 このゲーム、異端児ではありますが、こんなところから、ボードゲームの新たな展開、ボードゲームのプレイヤーの増加があればうれしいですね。

「SDガンダムGジェネレーション・デジボードミッション」/ホビージャパン(企画協力)
バンダイ(発売),2000
1-2人,単3乾電池3本(別売)



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モノポリー ワールドカップフランス98エディション 投稿者:横  投稿日:10月14日(土)20時53分07秒

週刊ボードゲーム通信 10/9−10/15号。
 今回は「モノポリー」の「ワールドカップ フランス98エディション」です。
 これは、サッカーのワールドカップを記念してリニューアルされたモノポリーです。
ルールはモノポリーと同じですが、コンポ−ネントが変更されています。
 一見した特徴は、サイコロが12面体であることです。サッカーボールを意識してのもので、一瞬いやな予感がするのですが、数字は1から6までしかふられていません。プレイヤーのコマは、当然サッカーに関連しています。トロフィー・ホイッスル・ボール・ゴール・ハンバーガーなどです。トロフィーのコマだけが金色なのは、きっと前回の勝者が選択するためにでしょう。土地は、国(チーム)で表されています。ワールドカップの強いチーム順に値段が決まっています。最も高いブルーの土地(ボードウォーク、パークプレース)は、ブラジル・ドイツです。残念ながら、日本は出てきません。土地に建設するものは、観客席とスタジアムです。また、箱の内側にはサッカー場が印刷されており、この中でサイコロをふることでサッカーの雰囲気が醸し出されます。チャンスカードと共同基金カードの内容は、いくつか変更されています。4枚のカードが新しくなり、3枚のカードが修正されています。
 ワールドカップのモノポリーというのは、想像力を働かせても状況がよく分かりませんが、コンポーネントが凝っているので「まあいいか」と思わせられます。ボードゲームというのは、概してそんなものなのかもしれません。
 最近、新しいモノポリーとして、ポケモン版やスターウォーズ版など変なものが出ています。これらは、単なるキャラクターにあやかった商品ではなく、遊び心が発揮された新しいものとなっているのではないでしょうか。ボードゲームの世界も、消費社会の新しい流れと軌を一にしているのでしょうか。

"MOMOPOLY WORLD CUP FRANCE 98 EDITION"(「モノポリー ワールドカップフランス98エディション」)/(Hasbro発売), 1998
4-6人,60分



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実はロープレ? 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日:10月 4日(水)22時45分12秒

週刊ボードゲーム通信 10/2ー10/8号。
 今回は「ディ・ハンドラー」です。時は中世、プレイヤーは各々商人となり、商品を仕入れ、ヨーロッパの6つの都市へと馬車で運び、それらを売却して利益をあげていきます。
 馬車は3台しかなく、それぞれ入札によって権利者を決定します。権利者は他の商人の荷物を有料でのせることができます。ここの商談が非常にあついのです。「入札で使ったお金以上が輸送料と自分の積み荷の売却益で入るように」 vs 「輸送料をできるだけ値切って、売却益を増やしたい」という攻防が展開されます。さらにその戦いを助長するのが「ゲームのルールに反しない限り、どのような交渉もできる」というヴァリエーションルールです。各商人は異なる能力を有しているのですが(馬車を余分に進めたりできる)そういった能力を交渉に使ってもいいわけです。
 このゲームのハイライトは、戦略の論理的展開よりも、”商談”になります。(交渉相手を説得するために、”商談”もある程度は論理的でないといけないですが)。交渉事の嫌いな人にはあまり向かないかもしれません。どっちかというと、商人の役を演じるロールプレイングゲームという感じでしょうか。
 ドイツゲームというと私は、「カタンの開拓者たち」や「エルグランデ」の印象が強くあるのですが、この「ディ・ハンドラー」はそれらとは180度、あるいはX軸の正方向とZ軸の負の方向くらい、違う方向性の面白さがあります。そのためかなぜか、ドイツゲーム大賞にもノミネートされず、あまり評価されていないのかなという気もします。
 作者はエルグランデ・コンビのWolfgang Kramer & Richard Ulrich。エルグランデと似ているのは小道具の円形表示盤ぐらいでしょうか。最近このコンビで「フィレンツェの匠」というゲームも発売されてますよね。そのうちプレイしたいと思っているのですが、どんなゲームでしょう。プレイした方おられたら感想聞かせてください。それではまた再来週。

"DIE HANDLER"(「ディ・ハンドラー」)/Wolfgang Kramer & Richard Ulrich(作)
QUEEN GAMES(発売), 1999
2-4人,90分



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カフナ 投稿者:横  投稿日: 9月30日(土)00時20分58秒

週刊ボードゲーム通信 9/25ー10/1号。
 カフナは2人用ボードゲームです。
プレーヤーは呪術者として、太平洋の珊瑚礁の島々の支配の支配権をめぐって争います。
 島は計12個あり、影響力が大きい方のプレーヤーがその島の支配権を得ます。
カードを使用することで、影響力が島に対して行使されます。
島は大きなものや小さなものがあり、支配権を得るために必要な影響力は異なります。
領土獲得ゲームの一般的パターンが踏襲されており、どれだけ合理的に資源を投入するかによって勝者は決まります。
ある島に対して、相手の投入資源よりも多くの資源を投入すればその島の支配権を得ることができます。
相手の資源を殺して自分の影響力を生かすことが合理的な戦術です。
 このゲームの領土獲得ゲームとしての良い特徴は、序盤・中盤・終盤の戦術の違いがはっきりしてることです。
序盤は、ボードに投入される資源が少ないので、領土の奪い合いは激しくなります。
後半になるにつれエントロピーが増大するため支配権は固まり、相手から領土を奪うことは難しくなります。
たぶん勝負は中盤にあるのだと思います。
 このゲームの普通の領土獲得ゲーム以上の特徴は、2人用であるということです。
ほとんど領土獲得ゲームは3人以上でプレーされます。
それゆえに、できのよい領土獲得ゲームは、交渉や駆け引きの余地が多く面白いのです。
しかし、交渉次第でゲームの勝者(敗者)が決まるということが弱点でもあります。
もっとも合理的なプレーをしたとしても、他のプレーヤーの気分しだいで結果が決まってしまいます。
他のプレーヤー達に結束して妨害されればなかなか勝てませんし、他のプレーヤーの交渉スキルが低ければ興ざめな状況が起こってしまいます。
2人プレーであればこの弱点はなくなります。
合理的なプレー(頭を使うプレー)のしがいがあるのです。
 もう1つの特徴は読みの要素が強いということです。
各カードには影響力を行使できる島が1つ決まっています。
そのため、相手が持っているカードをある程度読むことができます。
自分が持っていないカードは相手の手の中か、山札の中にあるのです。
相手の手札やこれから引く山札のカードを読むことで、攻撃すべき地点や防御すべき地点を絞っていけます。
手持ちカードによって、戦術を組み立てることもできます。

 このゲームは、自分が失った分を相手が得るというゼロサムゲームです。
それゆえにミスは大きな痛手となります。
自分の資源の防御が、もっとも重要な戦略なのではないかと思います。
 最近、2人用のボードゲームが徐々にリリースされていますが、数学的なモデルで解析できそうな雰囲気を持つゲームです。
頭を使うことが好きな人にお勧めです。

   "kahuna"(「カフナ」)/Gunter Cornett(作)
   KOSMOS(発売), 1999
    2人,30分,ボードゲーム



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落日の恐竜たち 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日: 9月20日(水)23時02分39秒

週刊ボードゲーム通信 9/18ー9/24号。
 今回紹介するのは、"T-Rex"(「T−レックス」)というカードゲーム。恐竜が描かれたカードで行う、トリックテイキングゲームです。
 どうもこのゲームあと一歩ほど足りないゲームなのですが、そこのところを今回は少々。一番このゲームでがっかりしたのが、カードに描かれている恐竜の絵柄が6種類しかないこと。そのうちのひとつは「カメレオンザウルス」という架空の恐竜。(これは好みの問題ではある)。せっかく様々な種類があって、魅力的な恐竜を題材にしているのにもったいないと思います。
 ここのところは雰囲気の問題と言ってしまえばそれまでですけど、でも重要な点ではないでしょうか。トランプでトリックテイキングゲームといえば、当然「もっとも科学的で、もっともすぐれたゲーム」(『トランプゲーム事典』 松田道弘/編 東京堂出版)であったホイスト、現在それを受け継いで「世界中でもっとも名高いカード・ゲーム」(『トランプゲーム大百科』 デヴィッド・パーレット/著 社会思想社)であるコントラクト・ブリッジがありますよね。それ以上の面白さ、あるいはそれとは異なる面白さを求めるのであれば、この雰囲気という点をもう少し重視してもよいと思うのです。トランプはどうしてもアブストラクトな(抽象的な)ものですから。そこをこんな6種類の絵柄で済ませてしまっては・・・。これではコントラクト・ブリッジにはかなうべくもない、とは言い過ぎですか?
 恐竜マニアには少し物足りないゲームでした。

"T-Rex"(「T−レックス」)/Hanno & Wilfried Kuhn(作)
HANS IM GLUCK(発売), 1999
3-5人,45分,カードゲーム



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ボーダーランド 投稿者:横  投稿日: 9月14日(木)00時46分38秒

週刊ボードゲーム通信 9/11−9/18号。
 ボーダーランドは、資源開発ボードゲームの走りです。
 これは、ある大陸に点在して生活する民族の姿のゲームです。彼らは農業、牧畜業、鉱業を営み平和に暮らしていました。しかし時がたつにつれ、各民族の間で交易が始まり、それと共に船、兵器、そして都市が開発され、戦争が始まります。
 プレーヤーは、領土内で生産される資源(木、鉄、石炭、金、馬)を合体させることで、もの(船、兵器、都市)を開発していくことができます。都市を3つ作ったプレーヤーが、文明を開花させてことになり、勝者となります。
 このゲームの妙は、生産や移動のフェイズが毎ターンあるとは限らないということです。サイコロをふって、1から4の目であれば生産・移動のフェイズがあるのですが、6の目がでたらありません。5の目がでたら多数決で決まります。プレイ開始後のランダム要素はこれだけです。
 他方、交易フェイズは必ずあります。交易とは、プレーヤー同士の資源の交換です。移動ができなかったときのために交易をしておくことは重要です。交易したものは好きなところにおくことができるからです。
 戦闘結果は、数値の比較で決まります。ランダム要素はないため、奪われる領土ははっきりしています。その領土に戦力を移動させて奪われないようにするなり、それが無理ならその領土の資源を避難させたりすることが必要になってきます。
 このゲームの面白さは外交のしがいがあることです。また、戦略をたてたプレーが可能で、頭を使う意味があります。かなりよくできたゲームです。たぶんカタンよりも。

"BORDERLANDS"(「ボーダーランド」)
EON Products,Inc.(ツクダホビー)(発売), 1982
2-4人,60−120分





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運命のかたち 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日: 9月 5日(火)08時19分21秒

週間ボードゲーム通信 9/4ー9/10号。
 みなさん、おはようございます。週がわりでお送りするこのコーナー、今週は私、鱶の番です。しかし、どうしたことか、「ボードゲーム通信」といいながら、まだカードゲームの話しかでてないんですけど。これでは”看板に偽りあり”ってことになりませんか。そこで今回は私のお気に入りのボードゲーム「エルグランデ」について少々。
 なぜ、「エルグランデ」が好きなのか。そこに現れる運命のかたちが好きだからです。
 まず、ダイスを使わないという点。ダイスを振って結果判定するというゲームがあります。その場合、ダイスの出目割合を加味した戦略をたてて、行動するわけですが、その行動の結果をダイスが左右することがあります。
 私的には、判断・戦略 → (ダイス運) →結果 というように、自分の判断の結果がダイスによって揺らされる可能性があるのは気にいらないわけです。自分の行動が妥当だったのかどうかもよく分からなくなってしまうので。
 「エルグランデ」に於ては、毎ラウンド表になるアクションカードに運の要素が強いわけですが、それは、全プレイヤーに訪れます。前ラウンドの行動によって有利不利はあるものの、その与えられた運命的な状況を前に、判断を行い結果を出していきます。
 カード運 → 判断 → 結果 というように、判断が結果に直結していて分かりやすいところが気にいっているわけです。次ラウンドではまた、新たなアクションカードが表になり、状況が一変することがあります。そのような運命に翻弄されつつも、最良の判断を求めて行動する、ここらが腕の見せ所(そんなに強くないのに)で、このゲームの好きなところなのです。

"El Grande"(「エルグランデ」)/Wolfgang Kramer & Richard Ulrich(作)
HANS IM GLUCK(発売), 1996
2-5人,90分
1996年ドイツゲーム大賞受賞



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ロストシティ 投稿者:横  投稿日: 9月 3日(日)22時32分21秒

週間ボードゲーム通信 8/28−9/4号。
 ロストシティは2人用カードゲームです。プレーヤーは探検家となって失われた遺跡を探索します。
 遺跡は5種類(砂漠、海底、雪山、森林、火山)あります。どの遺跡へ出発しても構いません。しかし、大きなリスクが伴います。周到な準備の後、出発するかどうか。いったん出発すれば、もう引き返せません。
 2人でプレイするということが、このゲームの妙です。自分が捨てたカードは相手に拾われてしまうので、要らなくても気安く捨ててしまうわけにはいきません。かと言って、手に押さえておけるカード数は限られており、あふれてきたカードは処理しなければなりません。探検に出発してカードを使うか、相手に使われること覚悟で捨てるか。リスクの高い探検に出発したくなくても出発しなければならないときが来るのです。
 このゲームは多分、我慢のゲームです。しかし越えなければならない深い渓谷が存在します。渓谷を超えられるかどうかが、このゲームの技量です。欲しいカードを引くことができるかどうか。自分が持っていないカードは、相手が持っているか、山札の中に眠っているかのどちらかなのです。 
 このゲームにはとるべき戦略パターンがいくつか存在します。どのパターンで行くかということは、状況によって変わってきます。その回ごとにベストを尽くせる良いゲームです。
 試みに3人でプレーしてみたところ、運の要素が高くなりすぎました。やはり2人プレーでなければなりません。

"Lost Cities"(「ロストシティ」)/Reiner Knizia(作)
KOSMOS(発売), 1999
2人,30分,カードゲーム
 



「操り人形」 投稿者:鱶(FUKA)  投稿日: 8月24日(木)09時55分57秒

週間ボードゲーム通信8/21−8/27号。(1週間のうちで不定期更新です)。
 みなさんこんにちは。今、みなさんのあいだではどんなゲームがはやっていますか?ボードゲーム通信社内では"Ohne Furcht und Adel"(「操り人形」)が大人気です。
 この「操り人形」はカードゲームです。今までのカードゲームには"人数が揃うまでの時間つぶし”くらいの地位しか与えられていないものが多かったように思うのですが、このゲームはそれ以上のもの、このゲームをメインデイッシュとしてメンバーが集められるくらいのパワーがあります。
 いつかも知れぬとき、どこかも分からぬ王国で、貴族たちは勢力争いを続けます。彼らの手駒となるのはかつての英雄(私の個人的推測では狂王の試練場から生還した者たち)。暗殺者、泥棒、魔法使い、国王、伝導師、商人、建築家、傭兵という8つのキャラクターを毎ラウンド操ります。だれがどのキャラクターを演じているのかは各ラウンドの進行とともにあきらかになります。
 各プレイヤーは建物カードを手にもっていて、それを手持ち金を使って建設していきます。そのときの建物の建て方、お金の収入、他プレイヤー(orキャラクター)への妨害手段がキャラクター毎に違うわけで、誰がなにを選んでいるのかというところ、戦略的でもあり、心理戦もからんで非常に楽しいゲームになっています。
 カードゲームというとカードの引きがすべての運次第のゲームという印象が強いですが、このゲームに関しては戦略性十分。カードゲームも戦略的でありうるということを証明しているように思います。
 なにはともあれ多くの人にプレイしてほしいゲームです。

"Ohne Furcht und Adel"(「操り人形」)/Bruno Faidutti(作)
HANS IM GLUCK(発売), 2000
3-7人,60分,カードゲーム
2000年ドイツゲーム大賞ノミネート



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挨拶 投稿者:横  投稿日: 8月24日(木)01時47分31秒


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