キンセツシティで開催されたバトル大会・キンセツ杯に参加したハルナ達三人はそれぞれ準決勝まで進出した。準決勝第一試合ではスパがスバルのリベンジを跳ね返し決勝進出。ハルナはフルドを相手に粘るも敗れてしまった。勝利したもののハルナの粘りが気に食わないフルドだが、そこへ彼のタマ大時代の恩師、マゼラン教授が現れた。
「教授……何故だ?何故あなたがここに……」
「何故って……応援に来たのですよ。可愛い教え子のね」
ニヤリと口元を歪める教授をフルドは疑わしそうに睨む。
「嘘だ。応援など、声援などバトルの勝率に何の影響も与えない。あなたが私に教えてくれたのではないか」
「クク……クククッ……」
歪んだ口元をそのままに笑い続ける教授。不気味さを感じる笑い声だけが控え室に響き渡る。
「いやあ流石はフルド君。私の同期の教え子達の中でも最も優秀な男。その通りです。少しからかってみたのですよ」
「冗談はやめてくれ教授。あなたは私が尊敬する唯一の人間だが私は冗談が嫌いなのだ」
ようやく笑い声が止む。だが教授の口元は歪んだままだ。
「いいですよフルド君。そういう真面目なところ。私が君を好きな理由のひとつです。クク……」
「前置きはいい。本当は何の用だ」
尊敬していると言う割には尊大な態度をするフルド。だが教授は嫌な顔ひとつしない。
「あの話がまとまりましてね。この大会が終わったらさっそく……との事です」
「あの話……タマ大理事長の孫娘との婚約の事か」
フルドも口元を歪めた。ハルナに話していた事は本当だったのだ。
「是非とも優勝してから来てほしいとの事です。まあ、万が一負けても支障はありませんが」
「ふっ。私が負けると思っているのか?私が負けるという事はあなたの教えが間違っている事になるのだぞ」
髪をかき上げるフルド。先程までの怒りに満ちた様子は微塵もない。それを見た教授はまた笑い出す。
「ククク……楽しみにしていますよ。クククク……」
ポケットモンスター コズミックファンタジー
10th 感情と理論の対決
両選手は既にフィールドにスタンバイし、観客席は試合開始を今か今かと待ち侘びている。もっとも応援の殆どはフルドなのだが。スパの応援はフィールドの彼側の一角、ハルナとスバルがそこにいた。
「頑張れよアニキ!あんな奴ぶちのめしてくれ!」
「ア、アニキ?」
『さあ!いよいよ決勝戦の開始です!皆さん、我等がフルドさんに声援を!』
声援などに耳を貸さないフルドからボールを出した。現れたのはヌマクローを更に大柄にした姿のポケモン。ただ、頭のトサカは二つになっている。ヌマクローの進化形なのだ。
「ラグラージか……よしっ」
スパの心に感慨深いものが溢れてくる。彼が出したのはバシャーモ。カイナでハルナのヌマクローを敗った強豪だ。
「お互いに最初に貰ったポケモン同士のバトルだな。あの時の約束、行くぞ!」
「ふっ。くだらぬ。しかし相も変わらず炎使いなどとたわけたポリシーを持っているのか」
バシャーモがその強靭な脚で一気に距離を積めていく。炎に包まれた拳をラグラージの腹部に打ち込んだ。
『先手をとったのはバシャーモですが、水タイプのラグラージには効果はいまひとつです』
『でもボディブローだからね。連続で打てばじわじわ効いてくるわ』
連打として続けようとしたところでラグラージが動いた。直ぐさま後ろに飛びのくバシャーモ。
「ラグラージ、地震」
ラグラージは激しく足踏みした。地面が大きく揺れ動く。それを察知していたかバシャーモは直前にジャンプしてかわした。地震は地面タイプの技の中でも最もパワフルなものの一つだが、その反面相手が空中に逃げてしまえば全く効果を失ってしまうという弱点も抱えている使い時の難しい技なのだ。
「くっ……」
「地震を使うならもっと避けにくい状況を作り出してからだな。理論派のお前なら出来るだろ。バシャーモ、かかと落としだ!」
空中のバシャーモが高く片脚を上げ、落下の勢いを利用してラグラージの頭に振り下ろした。その威力に頭を押さえるラグラージ。
「ふざけるなよ。私にアドバイスなど何様のつもりだ。私の指示は完璧だった。素直に当たっていればいいものを」
「優勝するのはフルドさんだーっ!素直に負けろーっ!」
「死ねーっ!殺せーっ!」
フルドの応援一色だった観客席が一転、ブーイングの嵐が巻き起こった。バシャーモもこれだけのブーイングは初めてらしく動揺を見せている。
「気にするなバシャーモ。目一杯やろうぜ」
スパの言葉に頷いたバシャーモにもう動揺は見られない。お互いの間にはそれだけの信頼があるのだ。
「私は負けぬ。ラグラージ、滝昇り」
その太い腕からその名の通り滝をも逆流させそうな勢いのアッパーカットを繰り出すラグラージ。だがその拳はバシャーモの両手でしっかりと受け止められた。
「う、う、う、またか……何故私の優勝を阻もうとするのだ」
「全力でやってるだけだ。勝っても負けても試合は全力でやらなきゃ悔いが残るからな」
ラグラージの拳を離し、後ろへ飛びのくバシャーモ。フルドが髪をかき上げる。
「ふっ。だが観衆は私の優勝を望んでいる。私を優勝させるのが筋というものだ」
「優勝は人から望まれてするものじゃない。自分とポケモン達の意志で望み、実力で掴み取るものだ」
スパの反論にフルドは不機嫌だ。顔を強張らせ、スパを睨みつける。
「それはならぬ……私は優勝せねばならぬのだ」
「なら実力で俺を打ち破り、掴んでみせろ。熱さと冷静さを併せたお前の本当の意志を見せてみろっ!」
今から10年前。ホウエン各地を旅していたスパはキンセツシティに立ち寄った。そこで街一番の実力者と言われるフルドの噂を聞いた。さっそくバトルを挑んだスパだったが……
「ワカシャモ!二度蹴りだ!」
「ヌマクロー、避けてマッドショット!」
鋭い爪を持ったニワトリ型ポケモンが繰り出した蹴りをかわし、泥の弾丸をぶつけたヌマクロー。ニワトリはその場に倒れて気絶した。
「戻れワカシャモ!ちくしょう!!どうしてだ。どうして勝てない!相性の差を覆せるだけの強さはあったはずなのに」
スパは苛立ち、地面を蹴る。それを見たフルドが話し出す。
「確かに強かった。敗因は君にある。君はとにかく強力な技を目茶苦茶に指示していたんだ。だから攻撃にも防御にも隙が多い。技だってその威力を発揮しきれないんだ」
「な、なんだって?もう一度言ってみろ!俺は今までこのやり方で勝ってきた。ジムバッジだっていくつも持っている。負けた事は今回が初めてなんだ。だが次は勝つ!強くなって必ずだ!」
フルドの言葉にくってかかるスパ。そんな彼をフルドは片手で押し離す。
「落ち着け。ただ技を撃ちまくって攻めるだけがバトルじゃない。もっと臨機応変に戦う事も大切だ」
「だ、だが攻めなきゃ勝てないじゃないか」
スパはようやく落ち着き始めた。だがまだ納得いかなさそうだ。
「そうだ。だが攻めるだけじゃ相手もじきに馴れてくる。そうなったら勝ち目は消えるぞ。からめ手も交えてみるといい」
「……そうか。だが俺に出来るかな」
スパはすっかり落ち着きを取り戻していた。そんな彼を見て微笑むフルド。
「出来ないはずはない。そんな君にアドバイスだ。心は熱く頭はクールに。君は熱さばかりが先行している感がある。熱い心を持つのは大切だがそんな時でも頭の中では冷静な判断力を忘れるな。それが出来れば君はもっと強くなる」
「心は熱く……頭はクールにか」
「ふっ。何が熱さだ。そのような不要なものは捨てたと言った。あるのは冷静さのみ。これが私の意志だ」
スパの呼び掛けも冷たく吐き捨てるフルド。
「私は負けるわけにはいかぬのだ。ポケモンバトルの新しい歴史を築く為に。ラグラージ、地震だ」
再びラグラージの激しい足踏みが始まった。今度はバシャーモも捕まってしまう。揺れ動く地面に一度捕まれたら最後、自力で逃れるのは至難の業だ。並大抵のポケモンでは立っている事すら出来ない。しかしバシャーモは地面に脚をしっかりと着け、その場に踏み止まっている。
『あーっと耐えています!なんというタフさ!』
『避ける事は出来たはずなのに、敢えて避けなかった?』
バシャーモが大きく息を吸い込み、雄叫びを上げた。それに萎縮したラグラージが足踏みを止める。
「こんなものかお前の力は!優勝を掴みたければ本気で来い!」
スパのその叫びはラグラージを経由してフルドにもぶつけられている。彼の中にまだ残っているかもしれない熱い心に届けようとしているのだ。
「今の技って……気合い溜め?」
「『喝を入れる』というやつだ。気合い溜めの応用だけどな。溜めた気合いを一気に放つんだ。今みたいに相手を萎縮させたり、強力なものになれば相手を麻痺させたりエネルギー系の攻撃を打ち消す事も可能らしい」
一喝にラグラージは怯んでしまい固まったままその場に立ち尽くす。その隙に腹部に蹴りを入れるバシャーモ。
『ああっ!ラグラージぐらついた!たった一発のキックでどうして!』
『一発じゃないわ。あまりに速くて私もよく見えなかったけど10ヶ所以上に蹴りが入ってた』
キックの連打は難しい。打って引くという動作を片脚だけで体を支え、バランスをとりながら繰り返さなければならないからだ。まして目にも留まらぬ連打となれば驚異的な脚力が必要となる。バシャーモは元々脚力の強いポケモンではあるがそれでも鍛練を重ねなければ体得出来ない。
「おのれ、許さぬぞ」
「許さないならかかって来い!」
バシャーモは最後の蹴りの反動で後ろに飛びのいた。拳を突き出し、ラグラージに向ける。お前の力をぶつけて来いと誘っているようだ。
「どうした。楽しく闘(や)り合おうぜ。昔みたいにさ」
ラグラージは頭に疑問符を浮かべた。スパの言っている事の意味が理解できないらしい。言葉の意味が理解できないのではない。戦った昔の記憶がないようだ。
「おいラグラージ。忘れちまったのか?あんなにバトルしたじゃないか」
出会いの後スパとフルドはすっかり意気投合し、一緒に旅をする事にしたのだった。それからおよそ5年が経ち……
「バシャーモ!炎のパンチだ!」
「ラグラージ、滝昇りっ」
炎に包まれたバシャーモのストレートパンチとラグラージのアッパーカットがぶつかり合い、お互いに弾き飛ばされる。すぐに起き上がりニッと微笑む。
「互角か……やっぱかなわないな」
「相性の悪い技で互角とはたいしたものだよ」
旅の中で切磋琢磨し合い、腕を上げてきた。ホウエンのみならずカントー、ジョウト、シンオウ、イッシュ……様々な地方も巡ってきたのだ。
「スパ、ちょっといいか」
突然改まったように切り出すフルド。スパの頭に疑問符が浮かぶ。
「急にどうした?」
「実は、言いにくいんだが、これを見てくれないか」
そう言ってフルドが取り出したのは一枚の紙。タマムシ大学合格通知書と書いてある。急な事に茫然とするスパ。
「黙っていてすまなかった。もっとポケモンの事を知りたくてこっそり受験してたんだ」
「す、すげぇ。タマムシ大学っていったら名門中の名門じゃないか。俺も親友として鼻が高いぜ」
まるで自分の事のように喜ぶスパだが、それは二人の旅の終わりを意味している。大学に入れば今のように気ままな旅などしていられないのだ。
「明朝一番の飛行機でカントーに発たなければいけない。だから今のバトルが最後のバトルなんだ」
「何言ってんだ。また会えるだろ。大学が休みの時とか卒業した後とか。その時にまたバトルだ!」
別れの辛い気持ちを振り払うようにわざとらしく大声を上げて右手を差し出すスパ。フルドもそれに応え握手を交わす。隣でバシャーモとラグラージも握手だ。
「約束する。ボクのこのラグラージで君のバシャーモに挑戦するよ」
「ああ。負けないぜ。俺も一度フエンに帰る。修業にな」
そして夕陽を背に空港へ向かうフルドを見送るスパ。だがそれからフルドが連絡をくれる事はなかった……
「何を言っているのだ。そのラグラージは私が最初に貰ったポケモンではない。別個体よ。一から育て上げたのだ」
二人の思い出はフルドのその一言によって無惨にも切り裂かれた。スパの心に衝撃が走る。まさかとは思ったが自分が予測できる最悪の可能性が頭をよぎった。
「なに……?」
「最初のあいつは全ての能力が低かったからな。もう逃がしたよ」
刹那、スパの周りの全てが凍り付いた。予測していた可能性の中でも最悪のケース。まさか今のフルドの変わり様でもその可能性はないだろうと思っていた。いや、願っていた。しかし無情にも見事に当たってしまったのだ。別れ際の約束が永遠に叶わぬものになってしまった瞬間だった。
「お、お前という奴はーーっ!!」
「何を怒る」
スパが怒り心頭だというのにフルドは相変わらずの冷たさだ。
『流石はフルドさん!情を捨てて現実を求める素晴らしい人です!』
『なんて事!最初のポケモンを……しかも何年も苦楽を共にしてきた筈のパートナーを弱いからなんて理由で逃がしてしまう人がいるなんて……』
エクレアも驚いている。トレーナーにとって最初のポケモンは特別な思い入れがあるもの。強さとか弱さといったものとはそこには関係ないのだ。
「あの人……!」
「そこまでとはな……」
「ふっ。素晴らしいよコンピューターは。ポケモンの能力値が手に取るようにわかる。おかげであんな弱いラグラージを育て続けずに済んだ。お前のポケモン達も見てやろうか?」
得意げに髪をかき上げ、手招きする仕草を見せるフルド。だがスパは怒りに燃える瞳で彼を睨む。
「断るという顔だな。そんなにムキになるなよ。別個体でも同じポケモンなら構わぬではないか」
「それは……それは違うぞフルド!お前は、お前という奴は!トレーナーの誇りも心も失ってしまったか!!」
その怒りは約束を破られた事だけではなく最初のポケモンを弱いという理由で逃がしてしまうという行為、すなわちポケモンの価値を数値だけにしか見ようとしない事に対しても向けられていた。バシャーモが地面を蹴ってラグラージに突っ込む。猛烈なラッシュだ。
「人間の中に俺やお前が一人しかいないように!お前のあのラグラージも一体しかいないんだぞ!」
「馬鹿め。それが弱さだ。強さを求めるなら情など捨て能力値でポケモンを選別すべきなのだよ」
「そうだーっ!ポケモンの価値を決めるのは能力値だーっ!」
「負けて真実に気付けー!」
ブーイングがまた大きくなる。実況同様観客達もフルドの言動は何の疑問も持たず全て肯定的に受け取るのだ。
「ふっ。能力値の差というものを見せてやろう。ラグラージ、滝昇りだ」
動きを察してすぐ飛びのくバシャーモだがラグラージの腕の振りがかすってしまう。それだけだというのにかなりのダメージだ。
『効果は抜群だーっ!さあここからがフルドさんの独壇場だぞー!』
『一方的じゃあ見てる方としては面白くないわよね』
ダメージに怯んだバシャーモをラグラージは更に攻めたてる。今度は地震だ。跳んで避ける暇も踏み留まる隙もなくまともに受けてしまった。
「くっ……やれば出来るじゃないか。いい勝負だ」
「何故だ。何故耐えられる。先程の田舎娘といい、何故能力値を超える力が出せるのだ……」
自分の予測を超えての粘りを見せるバシャーモに対してフルドの表情に苛立ちと焦りの色が目立ってくる。歯ぎしりしているようだ。
「機械に支配されちまったお前にはわからないか」
「機械に支配だと?また馬鹿な事を言う。人間が機械に支配されるなど有り得ぬ。何故なら機械が自らの意志で動く事はないからだ」
鼻で笑うフルド。物理的にはそれで正しいだろう。だがスパは叫ぶ。腹の、いや心の奥から彼の心へと目掛けて。
「何もかもコンピューターに寄り掛かり、数値だけを信用し、心を忘れた事を!機械に支配されてるっていうんだよこの大馬鹿野郎!!」
同時にバシャーモが雄叫びを上げ、殴りかかる。ラグラージもつられて殴り返し、ポケモン同士の殴り合いが始まった。バシャーモの腕力も強いがラグラージも腕の一振りで岩をも砕く力を持つ。これではどちらに軍配が上がるかわからない。
「待てラグラージ。私はそんな指示をしていないぞ。相性の良い技で攻めろ」
「主人よりノリがいいな。どちらが最後まで立っていられるか。その”心”を見せてやる!」
自分の指示を無視して行動を始めたラグラージに戸惑い、うろたえるフルド。先程までの高慢な態度は全く見られない。
「どうしたのかしらフルドさん……」
「天才でもうろたえる事はあるさ。フルドさんを信じよう」
観客席からも初めて疑念が上がったがすぐに打ち消された。だが当のフルドの頭の中には疑念が渦巻いている。
「うう……何故だ。私のやり方が……教授の教えが……間違っているのか?わからぬ。わからぬ……」
タマムシ大学入学式。その直後、フルドに話しかけてくる男がいた。黒いヨレヨレのスーツにボサボサの白髪頭、顔面蒼白で頬もこけ、目つきの悪いいかにも怪しげな人物だ。
「あ、あなたは?ボクに何の用です?」
怪訝そうに尋ねるフルド。男はニヤつきながら質問に答える。
「私はマゼラン。このタマムシ大学の教授です。君の審査書を色々と見せてもらいましてね。まあ立ち話もなんなので場所を変えましょう」
大学内の食堂に場所を移し、熱いコーヒーの入ったカップを片手に話が続けられる。
「君はポケモンに対する知識が深いですね。それでいてもっと知りたいと言う。素晴らしい」
「ありがとうございます。トレーナーとして各地を旅してきましたがまだまだわからない事だらけで、ポケモンって本当に身近なのに不思議な生き物で……」
楽しげに語るフルド。その笑顔を、澄んだ目を教授はじっと見る。そして口を開いた。
「私も独自に調べているのですが、まだ誰も知らないであろう事がわかってきたのです。まだ実証出来ず公表は無理な段階なのですが」
「え、本当ですか!?」
教授の言葉に目を輝かせるフルド。彼の知識欲がそそられる。
「君には見所がある。よければ私の知識を君に授けたいのですが、どうです?」
「は、はい!喜んで!」
そしてフルドはマゼラン教授の下で個別講習を受け、その知識を取り入れ始めた。
「すごい!ポケモンの能力は数値化できるのか」
「ポケモンの育成を管理するコンピューター!こんなものがあったなんて」
「種族ごと、個体ごとに定められた能力値が存在している。そうか。ポケモンはそうだったんだ」
教授の教えはフルドの好奇心と知識欲を刺激し、彼はそれをどんどん吸収していく。そんなある日教授はフルドに語りかける。
「フルドくん。もし私の教えが全世界に広まればもっとたくさんのトレーナーが上を目指せるようになると思いませんか?」
「確かにそうですが、まだ実証はできないでしょう?」
頭に疑問符を浮かべるフルドに教授は語り続ける。
「君に実証してもらいたいのです。君が私の教え通りにポケモンを育て、私の教え通り戦う。それで結果を出せば正しいと実証できます。君を見込んでのお願いなのですが、受けてくれますか?」
フルドの肩を掴み、その目をじっと見る教授。フルドはその真剣な眼差しに疑いは持たない。
「わかりました。ボク自ら喜んで教授の実験台になりましょう!」
「ありがとう。これで私の長年の研究が報われますよ。では早速教育プログラムを組みましょうか」
意欲に燃える自分を見つめる教授の目の奥に邪な光が宿っていた事をフルドが気付いていれば心を忘れる事もなく、スパとの約束も果たされていただろう。だがこの時既に彼は教授を信じきっていたのだ。従ってそんな小さな事に気付くはずもなかった。
「能力値の低い個体は全て逃がすのだ。高い個体のみコンピューター管理で育てよ」
「心も頭も極限まで冷えきらせよ。それ以外の感情を滅するのだ。それこそが無我の境地」
「異を唱える者達を徹底的に排除せよ。それは時代遅れの伝統だ」
「この先にあるものとは何か。大会優勝という栄誉。世界チャンピオンの地位。それにより得られる金。そしてポケモンバトルの新たな時代を築き、その名を歴史に刻む事」
バシャーモとラグラージの殴り合いを見つめながら、フルドは思い返していた。
(私は……いやボクは何がしたかった?栄誉や地位、金を手に入れる事か?……違う)
殴り合いも大詰め。お互いに息を荒くし、体力は限界に近付いていた。先にラグラージの体がぐらつく。
「フルドさんが負けてしまうわー!」
「指示を出してくれフルドさーん!」
(それともポケモントレーナーの新たな時代を築く事か?……違う!)
バシャーモの力を振り絞った拳が頬に叩きつけられ、ラグラージの体がスローモーションのように崩れ落ちていく。
「ボクはただ……ポケモンの事をもっと知りたかった。それだけだったんだ……」
ラグラージが倒れて気絶すると同時に、フルドも膝を着いた。ただ呆然としたままその場から動かない。会場が静まり返る。
『あ、あ、な、何と、大変申し上げにくいのですが、フルドさんが、我等がフルドさんが、敗れてしまいました……』
『いいバトルだったわ。ラグラージも負けて悔いなしって感じ。トレーナーの方はどうかしら』
倒れて気を失ったラグラージではあるが、エクレアの言う通りその表情には満足感が浮かんでいた。バシャーモも同様だ。
「やったねスパさん!」
「やっぱりアニキは強いな」
ハルナ達もスパの強さに改めて納得する。これでフルドを盲信していた観客達も少しは大人しくなるだろうか。
「フルド……」
膝を着いたまましばらくその場で動かないフルドだったが、やがてゆっくりと立ち上がるとラグラージをボールに戻し、そのままフィールドを後にした。
フルドの敗北で少しは大人しくなると思われた観客達だったが、そんな事はなかった。表彰の際にもブーイングが鳴り止まないのだ。
『では、ゲストのエクレアちゃんから優勝トロフィーと賞品が手渡されます……』
すっかり沈んでしまったアナウンサー。よほどフルドに心酔し、その優勝を疑わなかったのだろう。
「おめでとうございまーす」
「ありがとう」
エクレアからスパの手に渡されたトロフィーはミニ大会のものだけあって小振りだが、一応は公式大会のものなのでリーグのマークとキンセツジムバッジの形が刻印されている。
『続いて優勝賞品が送られます……』
賞品は綺麗に包装された箱。かなり大きいが中身は何だろうか。再びエクレアからスパに手渡された。
「ふざけるなー!本当に優勝したのはフルドさんだー!」
「お前はフルドさんのお慈悲で形だけの優勝なんだよー!」
大人しくなるどころかますますきつくなっている。苛立ったスバルがとうとう観客席に向き直り叫んだ。
「お前らっ!文句があるなら下りてきて直接勝負しやがれ!!」
その顔からは想像もつかない程の声の激しさと大きさに驚いたのか一瞬ブーイングが止む。だがまたすぐにブーイングが再開する。
「構わない。しばらく経てば静まるさ」
賞品を受け取ったスパが来てスバルの肩を叩く。不満そうにしながらも渋々頷くスバル。結局一行はブーイングを浴びたままスタジアムを後にした。
「なあ、アニキ」
キンセツシティを後にする前夜、スバルは気になっていた事をスパに尋ねる。
「なんだ?」
「優勝賞品、なんだったんだ?」
あの箱の中身は何だったのだろう。電気ポケモンのジムがあるキンセツシティだけに雷の石やエレキブースターといったレアアイテムを想像するスバル。だが。
「エクレアの写真集とDVD全作。一つひとつにサイン入り」
「……譲ってくれない?」
一応は公式大会だというのに何という賞品だろう。だがある意味キンセツらしい。彼女がジムリーダーだからだ。そしてそれを欲しがるスバルもスバルだ。
「あのな……」
同じ頃、フルドは人通りのない淋しい道を歩いていた。彼は考える。
(どこで道を違えてしまったのだろう。ただポケモンの事をもっと知りたかっただけなのに。教授に教わった事が間違いか否かは別としてもう一度考え直してみる必要がありそうだ)
高慢かつ独善的な様子はもう見られない。先程までの彼とはまるで別人だ。そんな彼の前に人影が現れる。
「教授……」
「負けてしまいましたねえ。残念残念。でも構いません。例の話が破談になったりはしませんから」
自分の教えを受けたフルドが敗れたというのにその不気味な表情を崩さない。まるで勝ち負けなど最初からどうでもよかったかのようだ。
「その話ですが……悪いけどなかった事に出来ませんか。もう一度考え直したいのです。ポケモンの事、それに自分のトレーナーとしての在り方を。お嬢さんには謝ります。だから……」
尊大な態度ももうない。根は真面目で温厚な男なのだ。
「おやおや……君は何を勘違いしているのです?私がいつ婚約の話をしました?」
「な、なに……ではあの話というのは一体?」
ここで初めて教授の瞳に邪悪を感じたフルド。だが逆らう事はしない。彼の真意を確かめようと思ったのだ。
「ついて来なさい」
言われるまま教授について行くフルドがたどり着いたのはどこかもわからない場所にある建物だ。中に入ると薬品のような臭いが鼻を突く。何かの研究室か実験室のようだ。
「こんなところに連れて来て、どういうつもりですか教授」
「今にわかります。クク……」
建物の怪しさも手伝って教授の笑みも不気味さを増している。やがて一室に通されたフルド。真ん中には拘束器具の付いたベッドが。その横には長い茶髪に白衣姿の中性的な美青年がいた。左腕には灰色の星が描かれた腕章が。
「例の男を連れて来ました。ドクターカペラ」
明らかに教授よりも年下だが、彼が敬語を使っているところからして格上の人物らしい。
「いやー君がフルドくん?待ってましたよ。はじめまして。コスモ団のカペラといいます。よろしくー」
「何がよろしくだっ。コスモ団?教授、こいつは何者なんだ」
邪気を感じさせずニコニコしながらお辞儀するカペラ。一方のフルドは彼を怪しんで後ずさる。だが無理もない。
「あの話がまとまったと言ったでしょう?これの事ですよ」
「?……どういう事だ」
次の瞬間、ベッドから機械のアームが飛び出してフルドを掴み、そのままベッドに拘束してしまう。もがくフルドだが機械の力には太刀打ち出来ない。
「君は本当に優秀な子でした。ですから最後に教えてあげましょう。あなたに施した教育。それらは全てこの実験の為の出鱈目、いえ擦り込みだったのです」
教授の口から出た言葉にフルドは頭を思い切り殴られたようなショックを受けた。自分が信じて受けてきたものは全て嘘だったのだ。
「我々は機械に人間の脳を移植した機械人間を造ろうとしていました。配下のトレーナーとして利用する為にね」
「疲れる事を知らない機械の体と人間の柔軟さを併せ持つ無敵のトレーナーに同じく無敵の人工ポケモンを持たせた軍団を造る。素敵でしょう?」
恐ろしい事を素敵などとさらりと言ってのけるカペラだが相変わらず邪気のない笑顔だ。それが逆に不気味ではあるが。
「ですが普通の人間の脳を移植しても思うように動かせなかった。人間と機械では水と油だからです。そこで考えたのが脳を機械的な思考に近付ける事。なるべく無理強いはせず自然にね。柔軟性はやや落ちますが」
「機械的に近付ける……それがボクに植え付けた教えか。最初から利用する目的でボクに近付いたというのか」
頷く教授。はめられていた事にフルドは愕然とする。
「ここまで上手く乗せられるとは思っていませんでした。怖いぐらいでしたよ。大成功です。君の脳の中には私の教えがしっかりと擦り込まれ根を張っている」
「この実験が成功すれば次はあなたの脳をクローン化して量産体勢を整え始められます。つまり母体ですね。いやー凄いじゃないですか」
何が凄いのかわからない。わかるのは自分がこれから体をいじくられ、自分でない物に変えられるという事だ。これ程の恐怖を感じた事は今までない。
「嫌だっ嫌だっ!私は自分でいたいっっ!」
「心配いりません。自分である事には変わりありませんよ。体が機械になるだけです。もちろん逆らえないように反逆防止システムも入れますがね」
もがくフルドの腕に注射針を打ち込むカペラ。途端に目の前が霞み、とてつもない睡魔に襲われる。強力な麻酔薬だ。
「た、助けて……スパ……」
最後に親友の名を呼び、彼の意識は深く暗い闇の奥へ吸い込まれていった。
10th 終わり
執筆後記
第10話をお読みいただきありがとうございます。さて、回想シーンを挟みながら書いていたらとんでもない長さになってしまいましたが、キンセツ杯を今回で終わらせるつもりだったので無理矢理詰め込みました。前回といい最近は一話が長くなりがちになってしまっているのでもう少し短くまとめられるように頑張りたいと思います。
ゲームやアニメや漫画などポケモン関連作品は数あれど、共通しているコンセプトとして、ポケモンの育て方や戦い方は人それぞれです。ベストなやり方なんてないし、こうしなきゃいけないという決まりもないのです。『本来は』。ですが、昨今のゲームではベストな育て方や戦い方が図らずも”定められている”感じが否めません。そのやり方でなければ勝つのは難しいばかりにそのやり方で育て、戦うのが良い。そうすべきという考えが広がっているような気がします。それも考えのひとつだから全否定なんて出来ないし、ゲームである以上はシステム上仕方ないかもしれないけれど、個性が失われていると思えるのです。そんなゲームの暗黒面(?)を三回に分けて書いてみたのですが、上手く伝わったかしら。勘違いしてほしくないのは、これがゲームそのものを否定するものでは決してないという事です。全てのポケモン作品の原点であるゲーム版をリスペクトこそすれ、否定する事はありませんから。
[アットの一言感想]
結局フルドも利用されてただけのようです。
でも、最後の最後で機械的思考を脱してしまったから、うまくいかないんじゃないかな……(そこか)。
スバルは意外とエクレアの写真集やDVDに興味があるらしい。
ハルナに見つかったら楽しい事になりそうです←