小学校の帰り道、怪しい男にさらわれたモモカとそれに食らい付いて行ったスプリ。連れ込まれた見知らぬアパートの一室で恐怖に怯えていた。その一方でモモカの姉モモコはフエン警察署のジュンサー達と協力して二人の居場所を探り出そうとしていた。
ポケットモンスター コズミックファンタジー
18th スプリ戦う
怯えるモモカの目の前に鞭を構えた男がニヤつく。
「早くしてくれよー」
「待て待て。今アクセスするからさ」
パソコン男もニヤつきながらキーボードを叩く。そのパソコンの先に付いたカメラのレンズがその視線をモモカに合わせて放さない。と、その時納戸の中からドンドンという音が鳴り響く。
「うるさいなー。動画に雑音が入る。黙らせろ」
「仕方ないな」
凶器男が納戸を思い切り殴りつけると静かになったがすぐにまた始まる。
「しつこい奴だな。次やったらお前もこいつも殺すぞ!」
ドスのきいた声でそう怒鳴りつけると今度こそ静かになった。殺す発言にモモカも怯える。
「ようやく始められる」
「お嬢ちゃん?この鞭はすごーく痛いんだ。皮が破れて血がどばーっと吹き出すのさ。今からそうしてあげるからね」
今さっきとは真逆の甘い声で鞭の効果を説明する凶器男。それがモモカに恐怖を植え付ける。
「あ、や……」
「いいよその顔。ゾクゾクする……」
凶器男の口元は歪み、声は興奮気味に震えていた。一方納戸の中でモモカ同様後ろ手にロープで縛られているスプリはモモカを助ける方法を考える。
(何とかしなきゃ……モモカちゃんが殺されちゃう!あれ?)
スプリのポケットから転がり落ちるものがあった。それは彼女のモンスターボールだ。
(よし、これを開ければ……!)
手よりは自由の利かない足を必死にくねらせ、スプリはボールを開いた。中から出て来たのはオレンジ色の羽毛をしたヒヨコのポケモンだ。
(アチャモ、火の粉でこのロープを焼き切って!)
気付かれないように小声で指示を出す。アチャモの口から吐かれた細かい火がロープを焼いていく。手首にも火がかかるがスプリは歯を食いしばって堪えた。
(よし切れた!行くよアチャモ!)
スプリとアチャモは納戸の扉に思い切りタックルをしかけた。その勢いで扉は破れ、外に転がり出る。
「あ、こいつ!」
「アチャモ、こいつらに火の粉!」
熱い火の粉が男達に容赦なく浴びせ掛けられる。パソコンにも命中し、破壊した。
「くそ!俺のパソコンを……あちっ!」
「手にかかった!ちっくしょー!」
凶器男も鞭を離し、手を押さえる。同時にパソコン男を睨んだ。
「よく調べておけよ馬ー鹿」
「小学生だったしポケモン持ってるとは思わなかったんだよ。仕方ないだろ」
二人が言い合っているうちにスプリはモモカの元に近寄る。
「大丈夫?今ロープ切る!」
「スプリちゃん……ありがとう。大丈夫だよ……」
「熱いけどちょっとだけ我慢してね」
自分のロープを切った時と同じようにモモカのロープもすぐに焼き切れた。
「早く逃げよう」
「そうはさせるか!」
男達がスプリの目の前に立ち塞がった。手にはモンスターボールを握っている。
「せっかくそのお嬢ちゃんが痛めつけられてるところを投稿しようとしてたのにな」
「人気あるんだぜ俺達のこの企画?どう責任取ってくれる」
「逆恨みはよしてよっ!」
見下ろすようにそびえ立つ二人を相手に気丈にも退かないスプリ。モモカはそんな彼女の後ろにくっつき怯えている。
「大丈夫だよ。絶対逃がしてあげるから」
一方その頃、モモコ達は……
「タイヤの跡はここで途切れているわね……」
ジュンサーと共に車のタイヤ跡をたどっていたのだがここで完全に消えてしまっていた。そこへ若い刑事が駆け付けて来る。
「警部補!目撃証言で得た車の情報から持ち主を割り出しました!」
「よくやったわ!」
情報をプリントアウトした紙を受け取るジュンサー。モモコも一緒に目を通す。
「この男……!」
小学校時代に女児への暴行やその未遂事件を何度も起こし、更正施設に入れられていた。一度だけもう一人の少年と施設からの脱走を謀り失敗している。
「卒業してからの逮捕歴はないけど……」
ちなみにこの国では小学校を卒業すると法律上成人と見なされるのだ。法を犯せば逮捕されるし顔写真も公開される。
「このアパートに引越して来て一ヶ月か……車も同じ時期に購入しているわね」
「一ヶ月……女児誘拐事件が起こり始めた頃だわ。この男が事件に関わってるのは間違いなさそうね。行きましょう!」
「ええ!」
話は再びスプリ達に戻る。男達がポケモンを繰り出して来た。凶器男はクリーム色の体に頭から巨大な黒いポニーテールを生やしたような姿の小柄なポケモン。パソコン男は灰色の毛並みをした猛犬のポケモンだ。
「やっぱ戦わなきゃいけないのかな」
ユースは前回も書いたように原則としてジム外でのバトルは認められていない。この場合は仕方ないだろうがそれでもスプリはバトルに持ち込むのは極力避けたかった。ジム外の実戦は当然初めてだし、何よりモモカを巻き込みかねないからだ。
「怖じけづいたか?なら素直に捕まれ」
「誰が!」
だがこのままでは逃げられないし何もしなければまた捕まってしまう。戦うしか道はなかったのだ。
「モモカちゃん、離れないでね!」
「う、うん……」
小さな体を更に縮こまらせ、スプリの背中にしがみつくモモカ。体の震えがスプリにも伝わって来る。
(隙を見て逃げなきゃ。最悪モモカちゃんだけでも……!)「アチャモ、火の粉!」
大量の火の粉が相手ポケモン達に降り懸かるが振り払われたりかわされたりで当たらなかった。
「クチート、噛み付いてやれ!」
小柄なポケモンが後ろを向くとポニーテールがくわっと開き、鉄の処女を思わせる巨大な口になった。そこに並ぶ鋭い牙がアチャモに襲い掛かる。
「かわしてまた火の粉!連続だよ!」
巨大な口はかなり大振りで難無くかわす事が出来た。至近距離から火を浴びせ掛けるアチャモ。金属に近い性質の体を持つクチートにはかなり効いている。
「ちっ、効果は抜群か」
「グラエナ、アイアンテールだ!」
アチャモの背後から猛犬ポケモンが硬質化した尻尾を振る。アチャモは攻撃を中断してかわした。
「2対1で敵うものか。クチート、シャドーボールだ!」
開いた口に黒いエネルギーが集まり、小さな球体となってアチャモに飛んでいく。スピードはかなり速くアチャモはかわしきれずにくらってしまった。
「今だグラエナ、駄目押しだ!」
ふらついたアチャモにグラエナが前脚で殴り付ける。猫パンチならぬ犬パンチだ。倒れるアチャモ。
「立ってアチャモ!」
「駄目押しはダメージを受けた相手に更に追い打ちをかける技だ。効くだろう」
アチャモはすぐに立ち上がる。だがダメージは大きい。
(このままじゃ逃げるのも無理だよ。何とか隙を作らないと……そうだ!)「アチャモ、フェザーダンス!」
アチャモが体を震わせるとその体から大量の羽毛が飛び散り男達とそのポケモン達にまとわり付く。
「うおっ、前が見えない!」
「今だよモモカちゃん!アチャモも走って!」
相手が動揺しているうちにその間を擦り抜け玄関に走る二人とアチャモ。だがドアにはチェーンがかけられているのだ。
「ちくしょう、逃がすか!」
羽毛を振り払った凶器男が追って来る。急いでチェーンを外すスプリ。鍵も開け、ドアが開く。だが凶器男もすぐ後ろに迫っていた。
(間に合わない!?)
凶器男が飛び掛かり、その手がドアノブを掴み閉めようとした瞬間、スプリは手でモモカを外に突き飛ばした。
「スプリちゃん!」
「ちっ、一匹逃がした」
ドアノブをがちゃがちゃと捻るモモカだが、既に鍵がかけられてしまい開かない。
「スプリちゃん!スプリちゃん!」
ドアを叩きながら泣きそうな声で呼び掛けるモモカ。ドアひとつ隔てた向こうから返事が来る。
「大丈夫だから!早く先生やジュンサーさんに連絡して!」
「あ、う……モモカのせいで……ごめんね。ごめんね……」
大粒の涙をこぼしながらモモカはその場から離れる。アパートの入口に出たところでその名前を確認。携帯電話を取り出した。
「おねえちゃん……早く出て……」
「あ、この着信音は……」
モモコの携帯が鳴る。女の子の可愛い歌声の着メロだ。
「どうしました?」
「モモカ?モモカね?」
電話に出るモモコ。受話器の向こうから聞こえて来るのはまぎれもなく愛する妹の声だ。
「よかった……無事だったのね?スプリちゃんは?一緒なの?」
モモカのすすり泣く声が受話器の向こうから聞こえる。彼女は涙声で伝えた。捕まっていた自分をスプリが助けてくれた事、逃がしてくれた事を。
「わかったわ。今そっちに向かってるから泣かないで。絶対に助けるからね」
凶器男は怒りに満ちた目でスプリを睨みつけ、闘牛のように床を何度も蹴りつけた。
「この野郎……この野郎!よくもやってくれたな。せっかくのメインターゲットを逃がしやがって。ぶっ殺してやるからな!」
「もうあんた達終わりだよ。じきにモモカちゃんがジュンサーさん達を呼んで来る。観念したら?」
立ち上がるスプリだが、前は凶器男、後ろはパソコン男の挟み打ちだ。戦局は彼女に一層不利になってしまっている。
「観念するのはそっちの方だ。俺達は捕まらんぞ。お前を倒して逃げおおせる。行けグラエナ、アイアンテール!」
「影分身!」
アチャモの動きがいくつもの残像を作り出す。グラエナの尻尾の振りはその残像に命中した。
「小賢しいチビだ。クチート、アイアンヘッド!」
本体の方の頭で頭突きを仕掛けるクチート。だが仕留めたのはやはり残像。しかもその先にいたグラエナにぶつかってしまう。
「何やってんだ!」
「うるさい自分でよけろこの馬ー鹿」
グラエナはふらつくがすぐに立ち直る。しかしその隙を突いてアチャモが攻撃に転じた。
「引っ掻く攻撃だよ!」
アチャモが脚を振り上げ、その爪でグラエナに切り付ける。
「続けてつつく!」
連続攻撃がグラエナを攻めたてる。一体を集中攻撃で倒し、数的不利を解消させようというのだ。グラエナはなかなか倒れないがスプリは確かな手応えを感じていた。
(どこまでやれるか不安もあったし怖かったけど、行ける!練習通りに戦えてる!)
スプリに自信が生まれていた。最初はモモカを助ける為がむしゃらに戦っていたが、今は自分でも驚く程に落ち着いたバトルが出来ている。そのうちに凶器男がポケットから何かを取り出す。携帯型の注射器のようだ。
「な、何なの?」
「へへ、こいつの出番みたいだな。やれクチート、アイアンヘッドだ!」
クチートの体にそれを射ち込む。するとクチートの動きが急に素早くなった。大口をハンマーのように振り回してアチャモに襲い掛かる。
「アチャモ、よけ……」
だが突然スピードアップしたその動きをアチャモは見切れなかった。クチートの攻撃をもろに受けてしまう。その隙にグラエナも体勢を整える。
「あんた、クチートに何をしたの!」
「何って、道具を使ってポケモン強化。大会じゃないんだしいいだろ」
注射器を投げ捨ててニヤつく凶器男。ポケモンの能力を一時的に高める薬という物は市販されている。力を上げるプラスパワー、俊敏性を高めるスピーダーといった具合だ。大会での使用は地方によって異なるが使用制限もしくは減点対象になる場合が多い。
「おかしいよ。それ、売られてるのじゃないし」
それらの薬は自然界に存在する木の実の成分を抽出して製造されており、しかも経口薬だ。だが凶器男が使ったそれは注射器で血液中に入れるもの。しかもスピードの上がり方が半端ではない。
「驚いてる場合か?こっちも持ってるんだぜ」
パソコン男も同じような注射器をグラエナに射ち込む。するとグラエナの全身が逞しく膨れ上がった。筋肉が増強されたようだ。
「禁止薬物なの?」
「行け!殺せ!」
襲い掛かるグラエナ。目がおぞましく血走っている。元から目つきの鋭いポケモンだが、今のそれは尋常ではない。猛犬というより狂犬という呼び方が合っている。
(こっちはスピードは上がってないからかわせる!)「アチャモ、影分身から火の粉!」
グラエナの攻撃をかわし攻撃を仕掛けようとしたアチャモだがクチートが妨害に入る。こちらの目もグラエナと同じだ。
「助かったぜ。グラエナ、噛み砕け!」
「かわして頭突き!」
襲い掛かる牙をかわし、至近距離から頭を打ち据えるアチャモ。火花が飛び散り、グラエナがふらつく。怯ませたのだ。
「クチート、やれ!」
一気に距離を詰めてくるクチート。だが今度は真っ正面だった為ある程度見切れた。スプリは素早く指示を出す。
「火の粉連射!」
クチートはスピードが上がった分小回りが利かなくなっていた。真正面からの攻撃はかわしきれず全弾クリーンヒットし、爆発と煙が上がる。
「やった!」
煙が晴れたその場にはクチートが倒れている……はずだった。少なくともスプリはそう思っていた。これだけの攻撃、しかも苦手とする属性の技を受けたのだから。だがそれが油断だった。実戦初心者ながらここまで冷静に戦う事が出来、自分の力に自信を得てきたスプリだが最後の最後でその自信が過信に変わってしまったのだ。そう。クチートはダメージを受けたものの健在だった。頭の大口が開かれ、スプリを射程内に収めている。
「嘘……でしょ?」
倒れているはずの相手ポケモンがこうして立ち、自分を狙っている。完全に動揺したスプリがよけるもしくはアチャモに指示を出すだけの心の余裕はなかった。
18th 終わり
執筆後記
第18話をお読みいただきありがとうございます。さて、サスペンスもどき第2回です。
今回はバトル中に能力を上げるアイテムを登場させましたが(実際には存在が確認されただけか)、ポケモンに使う市販の強化アイテムは自然由来だろうと思って木の実の成分から取ったという設定にしました。プラスパワーはチイラの実、スピーダーならカムラの実から抽出されています。ゲームでは結構レアリティの高い部類の木の実ですが、この話では生産体制が整っているのでしょう(?)。
[アットの一言感想]
今でこそアイテムのグラフィックもありますが、最初はプラスパワー等の強化アイテムって、どんな物なのか曖昧でしたからね。
案外その辺のアイテムって小説だと取り上げられないので、話の中に出すのも面白いと思います。
それにしても、スプリはほんと勇ましい……