男は、遠くの海を眺めていた。
 場所はジョウト地方コガネシティより、南に位置する海岸沿い。

「おや。こんな所で、どうかしましたか。お若いの」

 風に乗った潮の匂いが広がる浜辺。
 呼びかけてきたのは、たまたま訪れていた老人に声だった。

 すでに砂浜一帯をオレンジに染め、徐々に紫色が侵食し始める時間帯。
 町に帰る素振りもない様が、不思議に思わせてしまったのだろうか。

「……なに。少々、この海の先にある故郷の島を、らしくも無く思い出してしまっていただけでね」

 海辺に立つ少々色黒気味な男は、その歳20代後半といったところ。
 どこか鋭い目つきが、矢じりの如きと連想させる。
 ただ、ほんの一時……故郷についてを語った瞬間にみ、その瞳はわずかな穏やかさを取り戻していた。

「この向こうっていうと、セイドウ島かぇ? はぁ〜、あそこ出身とはまた珍しい」

 コガネシティ南海岸から広がる海を、西に渡った先に、その孤島はある。
 わずか数百名のみが暮らす孤島であり、都会との交流が盛んな訳でもないが、静かな自然が広がるとして知られる地であった。

「ご老人、無理に付き合っていただかなくとも結構だ。お身体に障る」

 いつの間にやら隣に立ち、自分と同じ方角を眺めるお年寄りに、男はそっけない態度ながらも気遣いを見せる。
 ウンウンと頷くだけの老人の反応は、ちゃんと聞いているのかどうか、いささか怪しい素振りではあったが。

「故郷というのは、ええもんじゃよ。人間、どこへ行き何をしようとも、己の生まれた土地は世界に1つしかないのじゃからな」

 ただ、それだけ呟くと、老人は再び歩みを始める。
 そうして徐々に、本当に少しずつ遠ざかって行く老人の背を、男は横目でかすかに見つめていた。

「この世に1つしかない、か。当たり前の事だが、いざ言われてみないと、なかなかに気づけぬものよな」

 ふっと、若干の笑みを零しつつ。
 男は再び1人きり、浜辺に立ったまま目を閉じていた。

「……だが」

 やがて、その目が再び開かれた時。
 瞳に、一時のみ取り戻していた穏やかさは、もう残されてはいなかった。

「あいにくと、私には帰る場所などない」

 

 

 

 物語の始まりは、これより1年ほど前に遡る。

 

 

 

「マリン=ラグーンを、知らねぇのかよ!!?」

 きーん……と、余韻の耳なりに襲われるは、黒眼黒髪の少年。
 どうやら彼は、何か失言をしでかしたらしい。

 少年は、16歳のポケモントレーナー。
 実際、ベルトの腰周りにはモンスターボールが装着されているので、大抵の人は一目で判断がつく。

「今、ジョウトの中央都市ことコガネシティにおいて、一番人気のアイドルなんだぞ!! まさに、ラジオ塔のプリンセス!!」

「(そう言われても……)」

 ここは、コガネシティ北部にそびえるラジオ塔。
 フリーの一般公開フロアを、少年が何気無く歩いてみていた時のこと。

 壁に貼られたポスターを見て、近くの人に、これは誰かと尋ねてみたが最後。
 どうやら、めんどくさい相手に捕まってしまったようだ。

「俺はラジオ塔スタッフの、ニッケル。俺がここで仕事をやらせてもらう事になったのも、彼女がきっかけだったんだからな!」

「(や、そんな事聞いてないし……)」

 若手の男性スタッフだった。
 年齢は20歳前後と言ったところか。
 とにかく、声のボリュームをもう一歩、絞ってほしい。

「あー、もう、ありえねぇ。今どきマリンちゃんを知らないだなんて、何千年前の人間だよ、このド田舎もんのガキは」

「そりゃ、悪うございました!」

「オーケイ、分かった。俺も寛大だから、マリンちゃんに関する、ありとあらゆる情報を伝授してやろう」

「え゛」

 ニッケルの勢いは収まるところを知らない。
 しかも彼、出口側に回り込んでガードを固めてくるあたり、容易く帰す気は無さそうだ。

「案ずるな! 俺もラジオ塔のスタッフとして働いている以上、一般人よりは知識に豊富だからな!」

「そんな事を聞いてんじゃねぇし! 大体ニッケルさん、仕事中なんじゃ……」

「だぁっ、もうとにかく黙れ! そして耳の穴かっぽじって、マリンちゃんの魅力を聞いて、酔いしれろ!」

 反論する間も無く、危なげなラジオ塔スタッフこと、ニッケルの弁論が開始される。

 マリンは13歳になったばかりの女の子だの、血液型はO型だの、スリーサイズは……(ry
 何にせよ、事実半分主観半分な、ニッケルの語りは延々と続けられるのだった。

「(か、帰りたい……)」

 

 

 

attribute 〜Daybreak(序編)〜

 

 

 

【INFORMATION】カルネリア境界の間

 

――あなたが望むものを、選び取りなさい。

 

 そこは、『部屋』だった。

 壁は無い。
 天井も無い。

 真っ暗闇な、何も無い空間の中。

 どれほど奥底から伸びているとも分からない、巨大な円柱だけがそびえている。

 中空を漂うように……。
 どこからともなく黒髪の少年が降り立ったのは、円柱の頂上だった。

 

――戦う力を求めるのなら、ツタージャの見つめるスペードの剣を。

――身の護りを求めるのなら、ミジュマルの見つめるハートの盾を。

――魔法の術を求めるのなら、ポカブの見つめるダイヤの杖を。

 

 声は、今回も選択を求めてくる。

 以前、ミキが選んだのは、赤のハートマークが入った盾。
 そしてユウトが選んだのは、黒のスペードマークが象られた両刃剣。

 

――選べるものは1つだけ。

――さぁ。貴女の、望むものを選び取りなさい。

 

 ぐるりと一周、円柱の頂上に立つ少年が辺りを見渡す。
 確かに声の主が言うように、3つの武具が空中に浮かんでいるのが見える。

 その中の1つ。
 先端に赤いダイヤマークが描かれた、魔法の杖のようなものに、彼の目が止まった。

「…………」

 宙を漂うポカブに見守られる杖は、ある意味最もファンタジーらしい武具とも言える。

 普通の人間に、魔法のような力は備わっていない。
 故にファンタジーは、時として一般大衆を惹きつけるのだ。

 ただし。
 憧れはすれども、本当に魔法の力を得ようと努力を始める人は、ごく一握りである。

「…………」

 少年もまた、その意味においては一般人である。
 魔法はおろか、理ノ峰や絶素ノ峰の者達が振るうような、要素術さえ身につけていない。

 

――なるほど。

――あなたはあえて、あなた自身にとっての現実からは最も縁の遠い、ファンタジーの一端を選ぶのですね。

 

 決めてしまえば、あとはその通りに体を動かすだけ。
 少年は迷わず歩み寄り、かすかに上下しながら浮かぶ魔法の杖を、しっかりと手に取った。

 

――さぁ。

――これで……配り終えたカードは、3枚。

 

 

 

【INFORMATION】コガネシティを歩け

 

「よう。やっと『授業』が終わったみたいだな」

「……アラヒ、てめぇ。いつの間にか逃げやがって!」

 2時間に及ぶマリンちゃん講習から解放された黒眼黒髪の少年は、ラジオ塔の外に出たところで、同年代の少年を見つけて睨みつける。
 新陽(アラヒ)と呼ばれた彼は、構わず親しげな言葉と共に近づいて来た。

「金稼ぎのネタを探してたんだよ。俺たちは家すら無い、さすらい人なんだぜ?」

 そう言ってアラヒは、持っていた手帳を意味深に左右に振ってみせる。

「つまり、だ。道中にどんだけの金を稼げるかで、旅の優雅さが決まるんじゃねぇか」

「んな事言ったって、せいぜいいつもみたいに、適当なとこで短期バイトする程度じゃないのか?」

 2人は、どこへ向かうでもなく歩く。
 そんな中、アラヒは声を弾ませながら手帳を開いた。

「賞金稼ぎ、なんてどうだ?」

「んな、映画じゃあるまいし……」

 アラヒの唐突な提案に、思わず目を細めながら返す。
 まぁ、時々こうした予想の斜め上を行く発想を出すところは、アラヒの強みでもあるのだが。

「調べたら、意外と見つかるもんだぜ。どんな世の中でも、悪事を働く奴ってのはいるもんだな」

 どうやら、すでにある程度は彼なりのリストアップができているらしい。
 ちらっと横目で手帳を除き込むと、すでに5〜6名ほどの賞金首らしき名前と、その金額が書き込まれている。

「で、そいつらを捕まえて届けりゃ、金が貰えるって訳か。犯罪者に手を出すなんて、危険の多そうな仕事だな」

「へっ。お前ほどの腕の奴が、それを言うかよ」

「…………」

 アラヒの言葉に、思わず口をつぐむ少年であったが。

「やめとけ。お前たちみたいなヒョロっこい奴らじゃ、返り討ちが関の山だ」

 急に横から言葉が聞こえ、2人は揃って顔を向ける。

 そこにいたのもまた、同世代ぐらいの男。
 ベンチに座りながら、パチパチとノートパソコンを叩きながら語りかけたらしい。

「……もしかして、賞金稼ぎの先輩さん?」

「『先輩』って、俺たちは後輩なのか?(汗)」

 なぜか賞金稼ぎすることがもう確定してるっぽい言い回しだが、アラヒは相方がぶつける疑問を気にする様子も無い。
 構わず気さくな態度で、ノートパソコンな彼に対して話を続ける。

「あのー、良かったら、その辺の事情とか教えてはもらませんかねぇ? 今後の参考にさせて頂きたいですし」

「今どき揉み手で話しかける奴なんでお前ぐらいだぞ、アラヒ!」

「うるせぇ! とにかく新しい事を始めるにはまず、その業界の人に話を聞くのが一番なんだよ」

 すると、それまでノートパソコンを叩いていた男は手を止め、パタンとディスプレイを閉じた。
 そしてアラヒ達に見向きもせず、立ち上がると適当な方向へ歩き始めてしまう。

「あ。えっと……先輩?」

「先輩言うな。俺は別に賞金稼ぎじゃない。儲けになる事なら何でもやるから、たまたま捕まえやすくて良い金になりそうな奴がいたら、狙ったりはするけどな」

 一時だけ足を止め、振り返りざまに男はそう返してきた。

「それに、仮に俺が賞金稼ぎだとしてもだ。なんでわざわざ、これから商売敵になる奴の手助けをしなきゃいけないんだ。それもタダで!」

「うっ(汗)」

「まー、お前たちがすぐ仕事に失敗して、どっかのザコ犯罪者に始末されるってのなら大歓迎だけど。犯罪者が罪を重ねる程、捕まえた時に貰える賞金はでかくなるからな」

 それだけ吐き捨てると、彼はそのまま去っていく……が。
 ボンっ!!

「!?」

 不意に、彼の腕の中で、ノートパソコンが爆発する(ぇ)。

「くっ、今度こそ大丈夫だと思ったのに! なぜノートパソコンという奴は、使うたびにぶっ壊れるんだ! やはりコンピュータは消耗品に過ぎないのか!?」

「Σいや待て! お前さっきから何を入力してた!?」

「……うるさいな。お前ら、もう構うな」

 

 

 

 ノートパソコン爆破男(?)が去った後も、アラヒは懲りずに手帳に記した賞金首リストを眺めていた。
 先ほどの会話も大した収穫が無く、微妙に苦い表情をしている。

「ううむ。もう少し、親切に情報をくれる人がいると助かるんだがな」

「賞金稼ぎやってる奴なんて、あんな感じにピリピリしてるような奴ばっかりなんじゃないのか?」

 と、大した根拠もなく、そして興味も無さげに、アラヒに適当な意見を告げる黒髪の少年。

「旅しながら続けられる仕事としちゃ、良い案だと思わねぇか? 賞金稼ぎ」

「…………。『旅しながら』、か」

「そもそもお前、いつまで旅を続けるつもりなんだ?」

 そのアラヒの問いに、少年は明確な回答を持たない。
 旅と言っても、特に目指すものも、目的も無いのだ。

 だから今すぐ止めたって構わないし、暇ならいつでも再開したって良い。

「アラヒは、旅を止めたいのか?」

「どうだろうな。ただ、せっかく都会に来たんだ。可愛い彼女でも作って、じっくり腰を落ち着かせたい気にもなってきたのは確かだな」

 などと話して、アラヒは周囲を行き交う人々に目を向ける。
 都会だけあって、女の子は結構あちこちを歩いているらしい。

「よし。明日、海でナンパでもするか」

「Σ唐突過ぎるんだよ、いつもお前は!!」

「他にやる事無いんなら、別にいいだろ〜? お前もちょっとは、そういう経験を積んどけよ」

「どんな経験だ……(汗)」

「俺は近場にどんな食べ物屋があるかを見て、女の子を誘うネタでも作っとくからさ。お前は適当に、海水浴に向いてそうな浜辺を探しといてくれ」

 手をひらひらと振って、アラヒは1人勝手に街中へと突き進んで行ってしまう。
 もはや追う気も沸かず、取り残されて途方に暮れる黒髪の少年だった。

「あー、もう。しょうがねぇなぁ……」

 

 

 

【INFORMATION】アイドルトレーナー

 

 ザザーン……。
 それは、初夏の下に響く波の音。

「ん〜♪ 今日も潮の香りが気持ちいいわね」

 ザザーン……。
 そこは彼女が、一人の女の子に戻れる、唯一つの場所。

「(何かが終わる時、新しい何かが始まる。踏み出すのに必要なのは、ほんの少しの勇気と好奇心)」

 ここには、誰の邪魔も入らない。
 のんびり海を眺めながら、素直な感情を口にできる幸せを、存分に噛みしめる事もできる。

「そう、私も……変わらなきゃ。」

 

“もう一度見つめて欲しい♪”

“あなたを取り戻せるその場所から♪”

“静かな静かなさざなみ♪”

“悲しみ疲れた心を癒すの♪”

 

 その透き通った声は、辺りに気持ち良い風を運んでくれる、優しい歌を響かせた。
 何の着色も、着飾りもされていない、純粋な歌声が奏でられ続ける。

 

“もう一度夢から始めてほしい♪”

“「勇気」を呼び戻せる〜その夢から♪”

“忘れかけていた情熱が笑顔となって心溶かすの♪”

“そうよラプラスの背に乗った♪ あなたの姿を見た金曜日からこんな思いが溢れてた♪”

“そうよあの時のように でも新しく 微笑みたい 微笑むあなたが見たい♪”

 

 彼女の名は、アクアマリン=グロッシュラー。

 芸名『マリン=ラグーン』の名でジョウト地方中に知られる、現在人気急上昇中のアイドルトレーナーだった。
 グラビア、声優もこなし、最近では映画出演の話まで挙がっているそうだが、もっぱら彼女の本業はラジオ歌手。
 コガネシティのラジオ塔をメインに、活動を続けている。

 潮風にさらされる、10代半ばとは思えぬグラマラスボディの白ビキニ姿。
 人気アイドルまでやってる彼女なら、人目につけば、あらゆる者を騒がしく惹きつけてしまうのは目に見えている。

 だが、辺りの空気は静寂そのもの。
 透きとおった両目の瞳、赤と青のオッドアイは警戒を強いられる事もなく、栗色の髪は静かに揺れていた。

「(楽しい時、辛い時、悲しいとき、嬉しいとき……ここは、私を心地よく迎え入れる。素直な気分で歌う事ができる)」

 平穏を侵されない理由は、単純に周りに人がいないだけのこと。
 コガネシティの南と言えば、西側に海が広がり泳ぎに来る者も多いのだが、ここは中でもちょっとした穴場なのだ。

 

 パシャっ!

 

 ところが、静寂と歌声は、唐突に崩される。
 いきなりの発光は、明らかにカメラのシャッターが、フラッシュと共に切られた事によるもの。

「えっ……」

 不意打ちに驚くマリン。
 振り向けば、確かにそこには、何人かのカメラマンやらテレビ番組スタッフやらが集まっていた。

「いたいた! まさかお休み中のマリンちゃんを、こんな所で見つけられるなんて、幸運だなぁ♪」

「何? ここって、マリンちゃんお気に入りの場所? コガネシティのそばに、こんな静かな場所があったんだねぇ〜」

 そう。静かな場所、だった。

 それぶち壊しにしたのは誰か、と。
 マリンは誰にも気付かれないくらい、ほんのわずかに唇をかみしめて、表情を曇らせる。

「私は今、休憩中なんです。撮影なら仕事の時に受けますから、今は1人にしてくれませんか……?」

「そう! 休憩中ってのがいいんだよ。仕事時間では見られないような、いつもとは違う一面が垣間見えるでしょ♪」

「あー、大丈夫。こっちで勝手に撮影させてもらうから、マリンちゃんは気にせず、そのままそのまま!」

 ……分かってはいたが、ぬかに釘だ。
 これまた誰にも気付かれぬ程の、ほんのわずかな溜息をこぼしてしまう。

 そう、マリンはいつだって、アイドルという殻をかぶっていなければならない。
 プライベートタイムとて簡単に踏み入られる事実を、まさに今の状況が物語っている。

「(私は……普通の女の子でいたいのに……)」

 大体マリンとて、こんな手広く活動するつもりはなかったのだ。

 歌が大好きな彼女は、こじんまりとした活動ができればそれで良いと、軽い気持ちでラジオの歌手に応募したのが始まり。
 運良くオーディションに合格し、歌うたびに人気が上がっていく様子も、最初はとても心地がよかった。

 とはいえ、それだけではまかり通らないのが、この業界。
 早々に彼女の美貌、そして子供離れしたスタイルに目をつけた者達が、次々おいしい仕事と称して『負担』を持ちかけてきたのだ。

 楽しくないと言えば、嘘になる。
 基本前向きな彼女のこと、仕事の充実感が得られたのも確かであったが、同時に自己が侵食される感触も拭いされずにいた。

 マリン自身が乗り気でなくとも、上からの指示ならば従わなければならない。
 分かっている、上の人間が悪いのではないし、むしろ良い人達に恵まれた方だと思う。

 単に、ビジネスという現実が付きまとうだけの話。
 個人のわがままばかりが、まかり通るはずもない。
 自分を見い出してくれた人達への恩もある。
 マリンとて、歌手という万人が叶え難い夢をせっかく現実にしたのに、おいそれと手放す事などできない。

 だが、気付けば泥沼だった。
 自分で制御できない環境は、結局周囲に振り回され続ける状況でしかない。
 『アクアマリン=グロッシュラー』という個人の時間は、どんどん失われていった。
 『マリン=ラグーン』というアイドルの時間ばかりが、みるみる冗長していった。

「(……だから、なのかな)」

 ふと、マリンの脳裏にフラッシュバックするもの。
 それは彼女にとって、アイドル生活を続けること以上に辛かった、ある一瞬の出来事。

「(そんなだから……『ふられちゃった』のかな……)」

 途端、マリンは有無を言わずに走りだした。
 そして当然追いかけてくる、カメラマン達も後に続く。

「あ、マリンちゃん!? 待ってくれ、もうちょっとだけ! 悪いようにはしないからさぁ」

 少し走ると、岩壁がそびえている。
 その脇を、滑らかな素肌がすり抜けていった。

「はぁっ……はぁっ……」

 徐々に息が切れつつも、再びひらけた浜辺に辿り着く。
 この程度では、執念深いカメラマンを巻けるはずもない。

「!」

 だが、彼女は自分の運の良さに感謝する。
 そこにはただ1人、自分と同じぐらいな年頃の、海を眺める黒髪の少年を見つけたのだ。

「ねぇ、あなた!」

「……へ?」

 彼的には、あまりに突然だったらしく、間の抜けた返事を発してきた。
 もっとも、そんな男の子の反応も、マリンにとっては「かわいい♪」とかえって好印象だったらしい(ぇ)。

 実際のところ、少年はマリンよりも3歳年上なのだが、背丈はさほど大きくなく、顔つきも若干童顔混じり。
 逆に大人びいた体格のマリンが並ぶと、他人からは年齢の上下が逆にすら見えたかも知れない。

「お願い。ちょっと力を貸してくれない?」

「え゛。いきなり、何の話だ?(汗)」

 ともかく、マリンは彼に訴えかけてみることにした。

 ビキニ姿のマリンと違い、少年は普段着姿。
 いきなり水着の女の子が走ってきて、間髪入れずに何やら申し出をしてくるのでは、少年がたじろぐのも無理はない。

「あなた、ポケモントレーナーでしょ? 突然で困るとは思うけど……助けてほしいの!」

 マリンが少年に頼み込む事にした理由の1つが、彼の腰にいくつか並んで装備されていたモンスターボール。
 一般的なトレーナーなら、大体こうして見た目から判断がつくので、分かりやすいのだった。

 

 

 

「マリンちゃん! 逃げちゃダメだよ〜」

 カメラマンは、すぐに追いついてきた。
 ところが直後、彼らの動きにいきなりブレーキがかかる。

「……あ゛」

「なっ!?」

 原因は、いきなり目の前にラグラージ♀が出現したことに由来する。
 水・地面タイプを持ち、強靭なパワーを誇るポケモンだ。

 ただ出くわしただけならまだしも、ラグラージはいきなりカメラマン達に襲いかかる。

「うわわっ、何だこいつ!?」

「野生ポケモンか!? 何でこんなとこに!」

 冷静な判断もままならず、慌ててUターンして逃げ出すカメラマン達。
 その直後、逃がすまいとラグラージのアームハンマーが炸裂!

 ドゴォッッ!!

「ぎゃー!!?」

 直撃はしなかった……が、彼ら的には大惨事に違いない。
 浜辺に直接打ち込まれたラグラージの拳が、砂と共に衝撃波を放ち、カメラをぶっ壊しながら無粋な男どもを吹き飛ばしてしまった。

「…………。これで、いいのか?」

 口にしたのは、岩陰から顔を出した黒髪の少年。
 辺りを見渡す彼は、その場にカメラマン達全員が目を回して気絶しているのを確認する。

「わぁ……」

 その後ろからついてきて、思わず声を漏らしたのがマリン。
 彼女もまた、少年と同じ視線の動きをしてみせた。

「今のうちに、さっさと行こうぜ」

「あ、うん。ありがとう……」

 彼は美形という訳でもなかったし、どこにでもいそうな普通の男の子だった。
 はっきり言ってしまえば、平凡と言って相違なかっただろう。

「…………」

 助けてくれたと言ったって、並みのトレーナーなら、ポケモンを持たない者を撃退するなど訳ない。
 芸能界にもトレーナーはいるし、プロスポーツ選手が芸能界へ転向するのと同じように、その腕前で今の立場を確立していった者もいる。

 この少年の実力は定かではないが、パっと見では、芸能界の方が彼より強そうなトレーナーはいくらでもいる。
 ましてマリンほどのアイドルなら、そんな人達との関わりも多々あるだろう。

 だからこの少年に、取り立ててかっこいい要素があったとは思えない。

 でも、何故だろう。
 なんとなくではあったが……不思議と惹かれる何かを、彼は持っていた。

 

 

 

【INFORMATION】名前の無い少年

 

「(綺麗な歌声だな……)」

 海を臨むマリンは、先ほどの続きで歌を奏でいた。

 偶然出会った少年は、彼女の後方で腰を降ろし、癒される気分になる。

 何せ、ラジオ塔ではニッケルの強制講習を受け、終わればアラヒの突飛な言動に振り回され。
 割と(どっちかというと精神的な)疲労が蓄積された中、少女の歌に一時の癒しを与えられてもバチは当たるまい。

 彼女の身に付けた水着は、かなり露出度の高いもの。

 彼女の胸はかなり大きく、豊満な盛り上がりが白いビキニの内側から膨らんでいる。
 それは、美しい歌声と、爽やかな歌詞に、ある意味で不釣り合いな妖艶さを含む。

「…………」

 それぐらい、マリンは物凄いグラマラスというか、色気たっぷりな体つきである。

 少年はマリンと同世代で、年頃の男の子。
 つい、無言で見とれてしまうのも無理はない。

「と、ところで……有名な歌なのか? それ」

「え……ええっ!!?」

 歌い終えたマリンは、それを聞かせてあげていた少年の反応に驚いた。

 この『ラプラスに乗った少年』は、コガネシティのラジオ塔が誇る屈指の名曲。
 昔から代々アイドルに引き継がれてきた歌であり、最近マリンがカバーして売り出したばかり。
 その後、CDは瞬く間に売れた。
 コガネシティを中心に、ジョウト地方全土で新たなブームを巻き起こしたのである。

「……それなのに、知らないんだ? 君」

 マリンは目を丸くして、きょとんとする少年に今一度問いただした。
 別に自慢してる訳でもないし、相手が知らない事にショックを受けた訳でもない。

 ただ、マリンが意図せずとも、歌は彼女の名と共に売れてしまう……今はそんな世間だった。
 ゆえに、全く分かってない様子の彼には、ただただ驚いてしまった。

「そ、そういえば俺、最近は音楽情報とか、とんと見てないから……な」

 何故か若干しどろもどろになりつつも、少年は答えてくれた。
 それを聞いて、マリンの顔から不思議と笑みが零れる。

「(……そうなんだ。知らないんだ♪)」

 知られてない事に、ショックは全く感じない。
 むしろ逆で、どういう訳か彼女にとって、それが嬉しく思えてしまった。

 彼女とて、この歌を積極的に売り出したいと思ってはいない。

 『ラプラスに乗った少年』は、マリン自身が大好きな曲でもあるがゆえ、本来は好きな時に自由に歌いたいはずだった。
 しかし、アイドルの歌として売れ始めると、そうもいかない。
 歌はあくまで仕事であり、『売る為に歌う』ことを余儀なくされてしまう。

 自分が望んでもいないのに、自分の声と歌を他人に求められ、様々な色づけがされていく。
 売れる為に装飾されていく歌は、たとえ外見がいくら良くなろうとも、彼女にとっては窮屈な濁りにしかならなかった。

 けど、もし自分の歌を、全く知らない人がいるとしたら……恐らく、変な色づけをせずに聞いてくれるのだろう。
 そんな人物が実際、目の前に現れた事が、マリンにとっては嬉しかったのだ。

「ねぇ。あなた、名前は?」

 なので、マリンは気さくに、少年に名を訪ねる。
 アイドルとしてでなく、あくまでも1人の女の子として。

「……! 名前……かぁ」

 ところが、少年の反応は、どこか不思議なものだった。
 少し口ごもると、彼は海の遠くの方へと視線を向ける。

「…………。名前は……無い」

「ナイ君?」

「蝿痰、。その……ちょっと理由があってだな。今、名乗れる名前が無いんだ」

「ふぅん……」

 事情があって、名を隠さなければならないのか。
 それとも、物語によくある記憶喪失という奴で、自分の名前を思い出せないのか。

 色々想像はできたが、あえてマリンは深く突っ込まないでおいた。
 それよりも、面白い提案を思いついたからである。

「じゃあさ。私が、あなたの名前を決めてあげる!」

「は?(汗)」

 突拍子もない申し出に、少年は呆然と彼女に目をやる。

「……嫌?」

「嫌じゃないが……まさか、そう来るとは思ってなかった……」

「そ。嫌じゃないなら、良かった♪ それじゃあ、どんな名前にしようかしら」

 うーん、と唸りつつ、マリンは思案し始める。
 しかし、その時間も割とすぐ終わりを告げた。

「決めた! コガネシティから取って、コガネ♪」

「狽、わっ、超適当(汗)」

「漢字をちょっと洒落てみれば、気にならないわよ。そのまま『黄金(こがね)』じゃ、つまらないものね」

 マリンはしゃがみこんで、何やら浜辺に文字を書き始める。

「『呼ぶ』に『鐘』……っと、こう書いて『呼鐘(コガネ)』。どうかしら?」

 今この瞬間に与えられた少年の名が、マリンの指によって、綺麗な字で浜辺に刻まれた。

「…………。漢字といい、町の名前が由来ってのがそもそも……よくもまぁ、ここまで似たモンになったな……」

「? 何の事?」

「いや、こっちの事だ。気にしなくていい」

 そう答えると、首を傾げるマリンの目の前で、少年は首を横に振った。
 疑問は残るが、やはりマリンは細かい事を気にせず話を続ける。

「正確に言うとね。昔、その名前のDJが、コガネシティのラジオ塔にいたの」

 この場合のDJとは、ラジオ番組においてトークや司会を務める人の事だ。
 恐らく、芸名のようなものだったのだろう。

「DJコガネは、自分自身が町の名前になることで、コガネシティの良さをラジオから発信しようと、その名を名乗る事にしたんだって。私は小さい頃、その人のラジオ番組を聞いて、将来はラジオ塔で仕事をしたいって思うようになったんだ♪」

「それで、俺の名前も『コガネ』か……。そっか、ありがとうな、マリン」

「……っ! う、うん……喜んでもらえたなら、嬉しいかな♪」

 それまで、どこか微妙そうな様子も伺えたのに、一転して少年は笑ってくれた。
 彼の役に立てたことが、マリンにとっても嬉しかった。

 かくして。
 今この瞬間より、少年の名は『呼鐘(コガネ)』となるのだった。

「……あー、いたいた! おーい、マリンちゃーん!」

 と、丁度そんな時。

 服装からして、ラジオ塔のスタッフと思われる青年が1人、こちらに駆けて来るのが見えた。
 っていうか、コガネには見覚えのある男である。

「あ゛。ラジオ塔スタッフの、ニッケルさん……?」

「ややっ、お前はあの時の無知ボーズ」

「薄ウ知ボーズじゃねぇ!!」

「どうやら、すっかりマリンちゃんの魅力を思い知ったようだな! とはいえ、アイドル相手にいきなり口説きにかかるとは、大した奴め!」

「しかも何、勝手な解釈してるんですか!?」

 どうやら、このニッケルという男。
 コガネにとっては天敵のようだ(ぇ)。

「えー! 私、口説かれてたんじゃないの!?」

「伯解を招く言い方はよせー!!」

 マリンにも、振り回されていた(ぁ)。
 まぁ、それはともかくとして、ニッケルはマリンに本題を切り出す。

「そうそう。マリンちゃん、そろそろ次の仕事の時間だぜ!」

「え!? もう、そんな時間なんだ……」

「暗くなってきちまったし、早いとこラジオ塔に帰らないとな」

 確かにニッケルの言うとおり、周囲はだいぶ暗くなっていた。
 いつの間にか、日がすっかり沈んでしまっている。

「……? 暗く……って、早過ぎね?」

 と、コガネはぼそっと呟いた。

「え?」

 言われてみれば、確かに時刻は午後3時過ぎ。
 日が沈むには、あまりにも早い時間だった。
 大体、夕暮れ時を迎えていた記憶がない。

「あら、やっと気づいた? のんびり屋さん達ね」

 聞こえてきたのは、女の子の声だ。
 もちろんマリンとは別のもの。
 周囲は更に暗くなり、風景すらも闇に塗りつぶされて、3人は戸惑う。

「な、何だこりゃ!」

「! ニッケルさん、伏せろ!」

 不意に、コガネがニッケルを押し倒した。
 倒された上を、何かが通り過ぎるの気配を感じる。

「なっ……」

「(見えない攻撃……いや、闇に紛れているだけか!?)」

 どこから来るか分からない攻撃に、コガネは警戒を研ぎ澄ます。
 だが、突如として背後に、強い衝撃が走る。

「ぐっ!」

 とっさにラグラージが、ガードに入っていた。
 直撃は避けたが、ややタイミングが遅かったらしく、防ぎ切れずに倒れ込む。

「コガネ!?」

「(ちっ。長いことまともに戦ってねぇから、いまいち感覚が鈍ってやがる……)」

 うつ伏せ姿勢でうなだれるコガネに、マリンはすぐさま駆け寄った。

「くすっ。いい子だから、抵抗しちゃダメよ」

 暗闇の中から、まるで生えてくるようにして、女の子が上半身だけ姿を現す。
 いや、厳密には胸元辺りまでか。

 というのも、この女の子……衣服をつけているように見えない。
 割と大きめな胸の、相当際どい位置までが闇の中に沈んでおり、そこから上のみ姿を現している。

「なっ!? 全裸の美女か!」

「ニッケルさん、そんな堂々と突っ込まなくても……(汗)」

 ある意味余裕な態度のニッケルに、コガネは呆れ半分、尊敬半分だった(ぇ)。
 いずれにせよ、彼女が間違いなく襲撃の犯人である。

「ネージュ、ハイドロポンプ!!」

 ビキニ姿のマリンが、水着の腰部に備え付けていた、たった1つのモンスターボール。
 そこから繰り出し、速攻をさせたのはカメックス♀……だが。

「! 手応えが……」

「こっち、こっちよ」

 とっさの攻撃も、全くヒットした気配がなかった。
 いつの間にか敵は、マリン達の右斜め上辺りの暗闇の中から、再び胸元辺りだけ身体を生えるようにして姿を見せている。

「……お前、何者だ」

 立ち上がりながら、コガネは敵に問うた。
 黒髪の少女は、くすくすと笑みを浮かべ、見下ろしながら簡単に答える。

「私の名は、ターシャ。詳しい事情は語れないけど、そこにいるトップアイドルさんがターゲットってところかしらね」

「わ、私?」

「そうよ。あなた、もうちょっと有名人ってことを自覚しなきゃ。このご時世、いつ誰に狙われるか分からないのだから」

 そう言うと、ターシャなる少女は、ずぶずぶと闇に埋もれていく。
 かと思えば、今度はコガネの目の前に、またも上半身が生えてくる。

「(この空間が、奴の能力であるのは間違いない! しかも、自在に移動できるということか……!)」

「でも、ちょっとターゲットを変えちゃうのもアリかしら」

「何!?」

「だって、あなた……結構、私好みだもの」

 ターシャは変わらず笑みを浮かべながら、そっとコガネの頬に手を添えてきた。
 というか、コガネも一応モンスターボールを手に迎撃態勢には入っていたが、それ以上にターシャの姿にぎょっとさせられる。

「っっ!!?」

 何しろターシャが見せた姿は、先ほどよりも広範囲であり、頭から腰近くまで闇の中から生えてきている。

 やはり……何も身に付けていない。
 そんな、あられも無い上半身が眼前に現れ、手でこちらの頬をさすってくるのだから、年頃の男なら動きを止めてしまうものである(ぇ)。

「うふふっ。私、綺麗かしら……? その表情を見る限りだと、聞くまでもなさそうだけどね」

「なっ……!!?」

「安心して。私もあなたみたいな、特にかっこいい訳でもなく、平々凡々な顔つきって、好きなのよ♪」

「……それ、褒めてねぇだろ(怒)」

 頭に血筋マークを浮かばせながら、コガネは突っ込んだ(?)。
 そして、この様子を見て、途端に不機嫌になったのが約一名。

「あ、あんた……」

「……へ?」

「何なんや、一体!!」

 と、声を荒げたのは、他ならぬマリン。

「うちがターゲットっちゅうんなら、コガネから離れんかい!!」

「(あれ。何でマリン、急に関西弁?(汗))」

 コガネはコガネで、何か違う方向で内心ツッコミを入れてたりする。
 いやでも、この様子を見たら、つい違和感を感じるのも仕方ないのだろうが。

「あぁ。実はマリンちゃん、元々の素は関西弁らしいんだ。だからカっとなった時とか、ぽろっと出ちまうんだよ」

「って、ニッケルさんは、何を悠長に解説してるんですか!!(しかも心読まれた!?)」

 ……とりあえず、ツッコミの連発はここでは置いておこうと思う(ぇ)。
 状況としては、ターシャがコガネに迫った事により、マリンが怒ったところである。

「いい加減、コガネに引っ付くなっちゅうねん!!」

 マリンは拳を握り、すかさずターシャに向かっていった。

「くすっ♪」

 が、ターシャは笑みを浮かべながら、あっという間に闇の中に消えてしまう。
 姿を消した敵の向こうにいたのは……。

「え゛」

 そう、コガネであった。

「あっ……きゃあ!!?」

 勢いのついたマリンが、とっさに避けようとしても限界がある。
 結果、彼女はコガネを真正面から押し倒してしまった。

 ドサドサっ!!

「痛つっ……あの女、単に俺達をからかってるだけじゃないだろうな……」

 完全に、おちょくられている感が拭い去れない。
 コガネの腹が立つのも、無理はなかった。

「〜っっ!!? コ、コガネ……ちょっ、手……」

「……へ? 手?」

 むにゅっ……。

「……あっ……!!?」

 13歳らしからぬ、豊満な膨らみだった。
 今更ながら、偶然とはいえ手の平いっぱいに広がる柔らかさを実感してしまう。

 しかも相手は、ビキニという薄布一枚。
 まして高露出度の水着なのだから、布で覆いきれていない部分にも指が密着していた。

「……いっ!? ご、ごめん!!」

 慌てて飛びのく……というか、マリンが上にいたので半ば逃げるような形だが、
 とにかくコガネは、何とかしてすぐさま身体を離した。

「(や、やだっ♪ 今、思いっきり……)」

 マリンは、鼓動が速くなるのを実感し、たった今つかまれたばかりな胸を手で抑える。

「くすっ♪ こんな美女2人に迫られるなんて、役得な男の子だこと♪」

 ターシャは、また離れたところで姿を見せていた。
 今度は一応、やっぱり胸がかなり際どい位置までとはいえ、ぎりぎりのところまでを見せている。

「おい、無知ボーズ。さっきの場面は確かに美味しかったが、この状況は何とかしねぇとやばいぞ!」

「分かってますよ……っつか、結局俺って無知ボーズで定着!?」

「ちなみに俺は、ポケモントレーナーじゃないし戦えないからな。それでも、こんな所でマリンちゃんに何かあったら、俺クビになっちまうぞ!」

「…………(汗)。あいつ、ニッケルさんの後をついて来たんじゃないんですかね?」

「秤スぃっ!!?」

 そう言えば、ニッケルがやって来たのと、ほぼ同時に攻撃を仕掛けてきた気がする。
 彼女がマリンを狙っているというのであれば、ラジオスタッフであるニッケルの後をつけてきたのも頷けた。

「けど、あいつ。なんでマリンを狙ってるんだ?」

「確かに分からん。見た感じ、同性愛者でも無さそうだし」

「狽サっちの目的はねーだろ!!」

 とことん、ニッケルの論点はどこかズレていた。

「あら。私、レズっ気もそこそこにはあるつもりよ?」

「お前も何言ってんだ!? やる気あんのか、てめぇ!!(怒)」

「あるわよぉ。……じゃあ」

 くすっと笑うターシャの顔つきに、殺気がこもり始めた。

「……そろそろ、真面目に行ってもいい?」

「っ!!」

 露わになった殺意は、暗殺者のそれ、そのものだった。
 今なら分かるが、それは一般人の出せる気配ではない。

 ナメている訳でも無かったが、やはり見誤ってはいたのだろう。
 いや、自身の感覚が鈍っていたことを戒めるべきか。

 改めて今、この少女が只者ではないことを悟ったコガネの表情は、ニヤリとした笑みと、鋭い睨みとを両立する。

「……んにゃろ……!」

「それじゃ、早速……」

 ドゴォっっ!!

 だが……ここで響いた衝撃音は、コガネやマリン達にとっても、そしてターシャにとっても、予想外のものだった。
 同時に、強い衝撃波の如き風圧が、周囲に広がっていく。

「え……」

 シュウゥ……と、辺りの闇が消えていった。
 同時に、ターシャの全身が姿を見せる。

 ただし、今度は全裸ではない。
 黒一色な衣類を身にまとい、苦しそうに咳き込んでいた。

「っ……がはっ。な、何なの……」

「そいつが、絶素ノ峰ターシャ=レジウスの誇る、かの有名な『黒色結界』かよ」

 その声の者こそ攻撃の主であると、誰もがすぐに気づいた。

 開いたノートパソコンを左手に乗せ、右手でパチパチとキーボードを叩きながら、まるで相手の情報を検索するかのような仕草で。
 コガネとほぼ同年齢と思われる少年は、ゆっくり歩いてくる。

「! お前、さっきのノーパソ爆破野郎っ」

 ボンっ!!

「…………。俺に変なあだ名をつけるな。大体、爆発させたくてノートパソコンを使ってる訳じゃない」

「Σたった今、目の前で2台目を爆破させてる奴が何を言うか!!」

 涼しげな顔でコガネのツッコミを無視する少年は、改めてターシャの方に目を向ける。
 腹を抑えて苦しんでいた彼女も、ようやく立ち直りはじめて男を睨んだ。

「……理ノ峰っ、地峰フリアグネ=I=コールド……! あんたみたいな奴が、なんでここに……っ」

「理ノ峰……この人が?」

 驚いた様子なのは、マリンだった。
 もっとも、もはや彼らはマリン達など眼中にない様子だが。

「お前も結構、いい値の賞金首だからな。金になる元が近くにいるなら、狙わずにはいられないだろ」

「あんたっ……この私に、一体何をしたのよ」

「別に。ただ、地割れを一発ぶつけてやっただけだ」

「!? ありえない……ッ。私の黒色結界は、身体を霧に変えるのよ……。霧になった私に、どうやって攻撃を……!」

「霧になろうが何だろうが、地面に触れていれば十分、俺の射程範囲だ。気体だろうが液状だろうが、例外はねぇ」

 彼の言う『地割れ』がポケモンの技であるなら、それは相手の体力を強制的にゼロにさせる一撃必殺。

 事実、ターシャは気力で立ってはいるが、すでに足はがくがくで到底戦いを続行できる状態にはない。
 決着は、最初からついているようなものだ。

 ……そう、他に増援が現れない限りは。

 ズバァンっ! と、まばゆい光が一瞬、辺りに弾けたのは、そんな時だ。

「何!?」

「……? 何よ、あんた」

 ターシャは、光と共に現れた、目の前の男に尋ねる。

 長身でガタイが良く、20〜30代と見える男は、筋肉質な色黒の体躯を見せつけるように立っていた。
 どこか鋭い目つきが、矢じりの如きと連想させる。

「…………」

 男は、何も答えなかった。
 いきなり後ろにいたターシャの身体を右腕で抱えると……。

「!?」

「ふんっ」

 左腕を空に掲げ、そこから先ほど同様の弾ける光を放った。

「要素術、だと!?」

 光は、一瞬で消え失せる。
 ターシャや、色黒の男と共に。

「……って、逃げやがった!? 待ちやがれ!」

 即座に、ノートパソコン男も追いかけるように走りだす。
 彼らの逃げた先を知るのか否か、いずれにしても彼の姿はあっという間に遠くなってしまう。

「…………。えっと、マリンちゃん。怪我はないかい?」

 ほどなくして、ニッケルがマリンに声をかけることで、一瞬の沈黙が終わる。

「あ、はい。大丈夫……ですけど」

 呆然とした様子で、マリンは答えた。
 ふと、彼女はコガネの顔へと目を向ける。

「…………」

 どこか、険しそうな表情に見える。
 何か声をかけようかとも思ったが、とっさには言葉が思いつかなかった。

「ど、どうしよう……。こんな大変な目に遭って、マリンちゃんに無理はさせられないけど……でも、仕事の時間が……!」

「え、あぁ。そうでしたね。私は大丈夫、すぐにでも行けます」

 慌てるニッケルに答えてから、マリンはもう一度だけコガネを見る。

「コガネ。……私、もう行かないと」

「! あぁ、気をつけてな」

「……コガネも、ね」

 それだけ残して、彼女はニッケルと共に走り出す。

 もっと色々と話をしたかったが、なにぶん時間が無い。
 マリンは後ろ髪を引かれる思いを抑えて、ラジオ塔への道を急ぐのだった。

「(また……会えるかな)」

 

 

 

【INFORMATION】ターシャその後

 

「はぁっ……はぁっ……。ぐっ……この私が、こんな……」

 地面に横たわり、うずくまるようにしてターシャは悶えていた。
 ようやく苦しみが収まってきたが、こんな状態で無理強いして立ち続けるのは、正直しんどかった。

「なぁにぃ、ターシャちゃん? ずいぶん無様な格好ねぇ」

 くすくすと笑いを零し、逆撫でするような言葉を放つ少女が、すぐ近くでターシャを見下ろしていた。
 隣には、ターシャの危機を救った色黒の男も立っている。

「……メニィ。ふん、悪かったわねぇ……あんたの手をわずらわせちゃって」

 もっときつめの皮肉でも込めてやりたかったが、今のターシャには正直余裕がない。
 やっと体を起こせるようにはなったが、窮地を助けられたのも事実なのだ。

「別にぃ? 同じ絶素ノ峰のよしみだしぃ。それに所詮、雑用はこいつの仕事だからねぇ」

「…………」

 色黒の男は、何も口にせずに冷たく佇んでいる。
 その静けさと、筋肉質な色黒の体躯が、白いレースのような衣服でけらけら甲高く笑うメニィとは、あまりにも対照的に映った。

「まー、色々と悪条件だったのもあるだろうけど。いくらなんでも、あの女を狙うのはヤバすぎなんじゃなぁい?」

「……確かに、トップアイドルを誘拐するのは危険も高いけど、その分見込める身代金も……」

「なぁに、しらばっくれてるのよ」

 急にメニィの声色が、冷え固まる。

「あんたの狙いはアイドルなんかじゃなく、莫大な要素力の塊……『ガーディアン』だったんでしょぉ?」

「っ!!」

「気付かないとでも思ったの? けどね、そんな大物を狙いたいなら身の程を知って、もっと戦力を得てから行かなくちゃあ。こいつみたいに、ね」

 右手の親指だけを立てた形で拳をつくり、後ろに立っている男を指すメニィ。
 やはり、男は沈黙を貫き通している。

「ま、今回の件でいい勉強になったでしょ。リジオン、行くわよぅ」

「…………。あぁ」

 そう言い捨てると、メニィはターシャを置いて歩き出す。
 後ろで控えていた男も、彼女の呼び声に応じて、後に続いた。

「(…………。リジオン?)」

 1人残されたターシャは、どこか引っかかるものがあるらしき表情で、その名を考える。

「(リジオン。……なんか、どっかで聞いた事ある名ね。それにあの要素力の感じ、とても人間のものとは思え――)」

 途端、ターシャの顔色が変わる。
 彼女は、半ば青ざめた形相で振り向き、叫ぶ。

「ちょっ、待ちなさいよ!! リジオンって、あんたの隣にいるそいつ……亜空間三騎士の1人、破空のリジオンっ!!?」

 叫びと共に、メニィは足を止めた。
 そして、にやぁっと笑みを浮かべて振り返る。

「ばっかじゃないの!? 信じられない……何でそんなバケモノと一緒にいて、平然としてられるのよ!」

「リジオンの方から、パパの元へ来たのよ? 仲間にしてくだーいって、ね。今じゃあたしの、可愛いペット♪」

 どんな扱われ方をされようと、リジオンと呼ばれた男は静かだった。
 それは一見、服従しているように見えなくもないが、正直ターシャには、彼が何を考えているのか分からない。

 それは、メニィに対しても同じこと。
 一緒にいる事自体、正気とは思えない……『アレ』は、そういう存在なのだ。

「……あんたっ……死んでも知らないわよ」

「くすっ」

 メニィは再び歩き始めると、リジオンを伴ってターシャの前から去っていく。
 最後のターシャの言葉も、せいぜい彼女の負け惜しみ程度にしか捉えていなかった事だろう。

 

 

 

 続く

 

 

 

<キャラクター設定>

◇ ターシャ=レジウス

 絶素ノ峰の精鋭。
 しかし後述の黒色結界を使い、相手を自分のテリトリーに引き込んで攻める戦法に頼る為、想定外の奇襲にはめっぽう弱く、そこをフリアグネに付け入られた。

 黒髪にして衣服も黒で統一するのを好み、年齢は10代半ば過ぎだが、色っぽいというかエロい。
 相手を手玉に取るのが好きな性格で、それが戦法にもよく表れている。

 霊属性系の要素術『黒色結界』を得意とし、その突破の難航さが絶素ノ峰の間でも有名となっている。
 これは自身の身体を黒い霧状に変え、相手を包み込んで閉じ込めてしまう上、霧の固体化・気体化を自在に行う事で一方的に相手をなぶる事が可能。

 VI.柚木涼香さん
  とある魔術の禁書目録……オリアナ=トムソン役
  テイルズオブデスティニー2……リアラ役
  など

 

◇ アラヒ

 コガネと共に旅をしている少年。

 年齢は18歳と、コガネよりやや上だが、いつもお互いに対等な立場で会話している。
 気ままに行動する性格で、女好き。
 一応ポケモントレーナーではあるが、実力は一般のトレーナーと同程度である。

 VI.まだ決めてない

 

[翡翠さんの一言感想]

 地峰。機械には弱いが、割とやる時はやるようですね、
 そして。ターシャ・・・なんというか某歩く18禁なお姉さんを想像してしまう。
 同年代の異性にこうも大胆な・・・そして役得なコガネ少年。
 敵の数も多いですが、キーワードとなった「ガーディアン」が誰であるのか
 今後の展開が楽しみなところです。

 アイドルになったゆえの、一般人にはない葛藤がマリンにはありそうですね

 

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