「も、申し訳ありません……。死峰ラドノス=ロジクター様は……つい先ほど、出て行かれまして……」
室内に響くは、男の震えた声だった。
男は30前後のいい大人で、体格も良く腕っぷしの強そうな風貌である。
まして、この部屋にいるのは彼1人ではない。
その男と同職の、そして立場上も同じ仲間達が、4〜5人は集まっている。
「いえっ、わたくしめは……その、貴方様がたの到着を待たれた方が宜しいと進言したのですが……我々には、ラドノス様を止めうる力はなく……」
男は、なおも震えた言葉しか出さない。
しかも、話をする彼の声がたまたま目立っているだけであり、心境は周囲の者達も変わりなさそうだ。
誰もが『目の前』を恐れ、震える手足を必至に御していた。
と、そこで『目の前』の者が口を開く。
「何を、そんなに怯えているんですか?」
びくっと、一同が波打つような震撼を広げる。
声の主は、せいぜい十代半ばの少年に過ぎないというのに。
「貴方がたは僕らのクライアント、即ちお客様じゃないですか。そんなにかしこまらず、堂々としていてください」
和やかな笑顔と、明るい声色。
いずれも、この黒髪蒼眼の少年が、一同を震えさせる要因になるとは思い難い。
「僕の事は、シャウトとお呼びください」
「っ! は、はい!」
少年が自らの名を名乗っただけでも、この怯え様なのだ。
シャウトは構わず、隣にいた別の男についても紹介する。
「こっちはゾルガです。ご依頼の件は僕と彼で、速やかに遂行させていただきます」
目を閉じたまま立って礼をする、これまた黒髪な20代半ば程の男。
この、ゾルガと呼ばれた男の方は、確かに少々不気味なイメージもある。
しかし、2人を前にした者達は、明らかに両者どちらをも恐れていた。
皆、分かっているのだ。
気さくな少年シャウトの内にも、どす黒い何かが宿っている事を。
「シャウト。今回はとにかく、ただターゲットを始末するだけで良いはずだったかな」
目を閉じたままの男ゾルガは、暗い声色で淡々と述べた。
抑揚の無い口調は、シャウトとは対照的なイメージを受ける。
「ゾルガー? 今回は、僕の指示主体で動いてくれるという約束だったろ?」
年齢も顔つきも全く異なる、シャウトとゾルガ。
2人はどちらも、スーツ姿だった。
ワイシャツにネクタイ、背広と、普通の営業マンが着ていてもおかしくない風貌。
強いていうなら、決定的に異質なのは『威圧感』だった。
特に、目を閉じっぱなしの青年、ゾルガからは、言いようのない圧迫を感じる。
彼らは、早々に外へ出る。
目的地へ向かい、ゆっくり歩み始めたのだった。
「今回は、やけに積極的な姿勢だな。シャウト」
「そうかい? むしろ、仕事に消極的だった事なんてないつもりだけど」
相変わらず、ゾルガは目を閉じたまま。
それでも歩く道や、隣にシャウトがいる事などは分かるらしく、ぎこちなさも見られぬ自然な言動を振る舞う。
「けど、強いていうなら楽しみではあるね。理ノ峰って、世界の構造たる各属性を司る集団なんだろう?」
話しながら、シャウトの口の両端が、徐々に吊り上がる。
決して目を開かないゾルガの方は、始終表情を崩す事はなかったが……。
「いいよねぇ、そういうの。ぶち壊してみたくて、たまんなくなるんだよ……!」
……シャウトは、それまでの明るさとはうって変わり。
どす黒さに満ちた、醜悪な笑みで、ゾルガに視線を送っていた。
attribute 〜Enter(次編)〜
【INFORMATION】敵の襲撃から逃げのびろ!
炎使いの少年、灯峰タツヒト。
水使いの少女、水峰ユメノ。
草使いの男性、草峰スレイ。
異世界へ飛ばされてしまった13歳の少女、ミキとアスを助けてくれたのが、この3人。
彼らのおかげで、ミキ達は元の世界へと帰してもらえるはずだった。
しかし、それは。
タツヒト達『理ノ峰』と、それに敵対する『絶素ノ峰』との闘争に、巻き込まれる事へとつながってしまう。
「そら。まずは、君らのお仲間を返してやろう」
絶素ノ峰の中でも、ひときわ強大な力を有すとされる、敵方の大物。
死峰ラドノスは、すでに理ノ峰の1人、灯峰タツヒトを倒して腕に抱えていた。
空中に浮かぶラドノスは、タツヒトの仲間である水峰ユメノ、草峰スレイに対して、タツヒトを投げつける。
と、同時に、1匹のポケモンをボールから出現させた。
「エーフィ」
現れたエーフィ♂は、これまた空中に浮かび始める。
その正面に、何かしらのエネルギーを凝縮させた球体を発生させた。
「破壊光線……!」
「!? まずいっ!!」
弾けたような声で、スレイが叫んだ。
敵のエーフィが発生させた破壊光線は、一般的な光線状の攻撃ではない。
球体状に力を押し固め、光のボールと化して放つ亜種版であった。
恐らくは、初撃で小屋を粉砕したのも、あの技なのだろう。
だが、問題はそこではない。
地上5m程の高さに浮かぶラドノスは、まず抱えていたタツヒトを投げつけ、次いで光弾状の破壊光線を発射。
その攻撃軌道上には、たった今放られたタツヒトの姿がある。
即ち、スレイ達が逃げようとも、タツヒトは間違いなく光弾の直撃を受ける状態にあった。
「(その為にタツヒトを……卑怯なっ)」
ズガァァァンッッ!!
大音響と共に地面は破裂し、後には砂煙と大きなクレーターを残すのみ。
スレイ達の姿は……無い。
「ほう。あの一瞬で灯峰を見捨てず助け、かつ、自分達も逃げおおせたか。大したものだ」
攻撃に失敗したにも関わらず、ラドノスは楽しげだった。
それが同時に、彼の余裕でもある。
「が、やはり『奴ら』の助力を借りる程ではなさそうだな。我とて、すでに何人もの理ノ峰を葬って来た身」
彼の周辺の風景が、少しずつ歪み始める。
歪みはひび割れへと変わり、更にそこから不気味に手の先が2人分、外へと覗かせてくる。
「来い。アルファロ、ベーティマ」
バリバリバリッ。
まるでガラスを突き破るかのように、空間の割れ目から新たな刺客が這い出てきた。
【INFORMATION】理ノ峰
ミキとアスは、わずかな時間を呆けてしまっていた。
何しろ気づけば、彼女らはスレイの両腕に1人ずつ抱えられ、そのまま突っ走る彼によって運ばれていたからである。
「わぁ……スレイさん、意外と力持ち……」
「って、指摘するのはそこじゃないでしょ」
草峰スレイが、ミキとアスを抱えて走るその横で。
水峰ユメノも、ぐったりした灯峰タツヒトを背負って駆けていた。
「スレイさん。あそこの洞穴(ほらなあ)はどうですか?」
「そうだな。ひとまず、そこへ身を隠そう」
結局、ミキ達はされるがまま、洞穴の中へと運びこまれて座らされる。
突発的な事態に少々混乱もあったが、とりあえず緊急な状況である事だけは読み取れた。
「……スレイさん」
なので、まずは現状把握が最優先、と。
ミキは、スレイに問いかける。
「よかったら、教えてくれませんか? 貴方達は何者で、さっきの人は誰なのか……」
「……そうだな。ここまで巻き込んでしまって、何も説明しないのもフェアじゃないだろう」
スレイの表情は、仕方がないと言いたげな表情だ。
「ってゆーか、そもそもさっきの奴、なんで空中に浮かんでたんですか?」
ところが、アスがずいっと話に割って入る。
「え゛。アスさん、それってそんなに重要な事なの……?」
「重要よ! だって気になるじゃない、あんな超能力まがいなもの。それに比べたら、何で襲われてるかなんてどうでもいい位ね」
「狽ヲぇ〜……(汗)」
アスは、どこまでもマイペースだった(ぇ)。
「まぁ、全く関係がない訳でもないのだけどね」
苦笑い気味に、スレイは述べた。
「あれは要素術と言って、属性を操る力なんだ」
「属性……?」
「ポケモンの能力と同じさ。炎タイプ、水タイプ、草タイプと言った、様々な属性があるだろう?」
それなりに経験を積んだポケモントレーナーなら、今更復習するまでもない基礎中の基礎。
ポケモンには全部で17のタイプがあり、それによって戦闘時、ポケモン同士に優劣の相性が発生する。
「そんな様々な属性の力を、我々は『要素力』と呼んでいる。そして、ポケモンの技と同様に、属性の力を人間が操る術を『要素術』と呼ぶんだ」
「人間が、ポケモンの技みたいな能力を使えるんですか!?」
「個人差はあるし、この世界でもそれを知るのは一部の者だけだがね」
それは、確かに超能力とも言う事ができるだろう、と。
スレイは、付け加えるように話した。
「我々もまた、要素力の扱いを体得している者達なんだ」
「スレイさん達も?」
「明確に技と呼べるものではないが、自分の要素力をポケモンに与える事で、能力強化を図っている。その位なら、こちらの世界の上級者達は大体が習得しているんだよ」
続いてスレイは、ポケットに手を入れる。
そして取り出したのは、昨日も見せてくれた翠の宝石、エメラルドだ。
「それ……確か、理ノ峰の証と言っていたものですよね? 時空間移動の力を持つセレビィに由来する、『空間を繋ぐ力』を持っているとか」
「そう。この宝石は、ただの宝石じゃない。理ノ峰には、こんな宝石を1人1つずつ持っているんだ」
すると、近くにいた水峰ユメノもまた、自分の宝石と取り出す。
ところが灯峰タツヒトも同じ行動に出た為、ユメノは慌てて彼を気遣う。
「タツヒト君! ケガしてるのに、あまり動いたら……」
「大丈夫。だいたい休みました」
「休んだ……って、運ばれてただけじゃ……」
ともあれ、2人も草峰スレイ同様に、自分の持つ宝石を見せた。
炎使いの灯峰タツヒトは、ガーネット。
水使いの水峰ユメノは、ラピスラズリ。
各々、その属性を象徴するかのような色の宝石が、彼らの手の平の上で輝く。
「これらの宝石は、この世の属性の結晶と言ってもいい。タツヒト、ユメノ、そしてこの私……スレイは、それぞれ炎、水、草の属性を司っている。『理ノ峰』とは、1人ずつがこの世の理(ことわり)たる属性を司り、守護する集団なんだ」
「……む、難しいですね……」
正直、途中からミキは話について行けなくなりつつあった。
これまで聞いた事の無い概念なのだから、それも仕方ない。
もしかしたら、そもそもミキの世界には無い考え方かも知れないのだ。
「うーんとね……。我々、理ノ峰の誰かが欠けると、世界における、その属性の力が乱れるんだ」
「どういう事ですか?」
「縁起でもない話だが……例えば水峰ユメノがこの世から消えると、世界的に深刻な水不足に陥るだろう。私、草峰スレイが消えると、恐らく世界中の草木が枯れ落ちる」
「そ、それって、かなり重大ですよね!?」
「まぁ、消えた瞬間に突然そうなる訳でもないのだが、徐々に世界は蝕まれていく。だから理ノ峰は昔から、何代にも渡り、各属性を司る座を継承してきているのさ」
灯峰、水峰、草峰という肩書きも、昔から何代も誰かが引き継いできているのだという。
そして今の時代、この3つの名を継いでいるのが、タツヒト、ユメノ、スレイなのだった。
「…………。それで、何でさっきの奴はスレイさん達を狙っているんですか?」
質問を投げかけ続けていたミキとは違い、ここまでアスは珍しく無言を貫いていた。
そんな彼女が、急に核心をつく問いかけをする。
「それは……正直、分からない」
そう答え、スレイは首を振る。
「ただ、理ノ峰は世界の構成属性を司っている。その強大な立場から、昔から何かと争いに巻き込まれたり、その力を奪おうとする輩に狙われる事はあったんだ。……だが近年、特に我々に襲いかかる集団が現れた」
「さっきの奴も、その1人という事?」
「そう。『絶素ノ峰』と呼ばれる彼らは、我々理ノ峰を集中的に狙っている。そして中でも、さっきの男は特に強大な力を持つ大物でね」
ぎりっと、スレイが歯を食いしばる様子を、ミキとアスには見てとれた。
「…………。現在の理ノ峰には、タツヒトやユメノのように、在籍年数1〜3年未満の者達が多い。私のような古参者の方が、数は少ないんだが……何故だか、分かるかい?」
不意に、一見関係無さそうな話題を振られ、ミキ達は虚を突かれる。
「……殺されたんだ。古参の理ノ峰は、その多くが」
「えぇっ!?」
「……すまないな、こんな話。だが、中でも多くの犠牲をもたらしたのが、先ほどの男。それ故、奴に名づけられた肩書きは『死峰』」
そう言って、スレイは立ち上がる。
「死峰ラドノス=ロジクター。私にとっても、友の仇である男さ」
「…………」
そして、どこか遠くを見つめるような目で、スレイは洞穴の外に広がる空を睨みつける。
ミキとアスには、その顔が痛ましくてならなかった。
「うらぁっ、理ノ峰ー!! どこにいやがんだぁっ!!?」
「出てこねぇんなら、この辺りの森も丘も、全て焼き払ってあぶり出すぞ、オラァっ!!」
突然、空気はぶち壊された。
荒っぽい男の声が、外からこだましたのである。
「…………。何?」
うざったそうな表情で、アスが嫌々に声を漏らした。
「死峰の手下だろう」
「ぜ、全部焼き払うって……」
この辺り一帯は緑豊かで、木々の生い茂る自然も広がっている。
それら全てを焼き払うなど、想像するだけで痛ましい。
「こうなった以上、迎撃するしかあるまい」
スレイの目の変化を、ミキは見逃さなかった。
彼女らを見て話す時、スレイの瞳はあくまで優しく、穏やか。
しかし。死峰についてを語るにつれ、それは徐々に険しさを増し……今、完全な臨戦態勢を物語っていた。
ただし、臨戦態勢なのは彼だけではない。
草峰スレイに負けず劣らず、灯峰タツヒト、水峰ユメノの目も鋭くなっている。
ミキは、改めて彼らの存在の大きさを知った。
「ユメノ。行けるかい?」
「もちろんです。で、タツヒト君は……」
「大丈夫。もう、休憩しましたから」
だから休憩の暇など無かったろう、と。
誰もが思ったが、あえて突っ込む者もいなかった訳で。
「ただし、問題が1つだけ。僕のポケモンが入ったボール、ラドノスに開閉スイッチを破壊されて、開けないんです。……なので」
ぽいっと、タツヒトが手に取ったボールを、真上に放り投げる。
その表面には、確かにスイッチを中心にヒビが入っていた。
「……スレイさん。このボール、割ってください」
【INFORMATION】アルファロとベーティマを倒せ!
ラドノスの手下たちは、突然ある箇所が発光したのを見つける。
それはまさしく、モンスターボールの中からポケモンが出現する時のものであり……。
「! アルファロ、あそこだ!」
「あぁ……奴ら、観念して出てきたようだな。ベーティマ」
現れたポケモンは、プテラ♂だった。
これを皮切りに、プテラのトレーナーである灯峰タツヒト、更には水峰ユメノと草峰スレイが、敵の眼前に躍り出た。
「それじゃ、まとめて始末と行くか! 出てきやがれ、ピジョット!」
「ぶちのめすぜ、マルマイン!」
ところで、このアルファロとべーティマ。
ラドノスの配下である両名には、1つの共通点があった。
それは、それぞれ1本ずつの剣を携えている事。
今、彼らは鞘より剣を抜き出し、掲げる。
そしてアルファロのピジョットは風、べーティマのマルマインは電撃を、それぞれの剣に放つのだった。
「おら、いくぜっ!!」
まずはアルファロが先制。
ピジョットの力を受け、風の要素力を宿した剣が振るわれる事で、広範囲の風属性攻撃が繰り出される。
それは真空の刃も内包し、辺りの大地を切り刻んだ。
「ぐっ……」
満足に動けないタツヒトは、プテラに運ばれる形で、風の一撃を回避。
プテラは、自分のトレーナーを安全な場所に立たせると、単身でアルファロに突っ込む。
「おっと。俺がいるのも、忘れんじゃねぇぞ!!」
大振りな攻撃の隙を突こうと接近するプテラに、もう1人のラドノスの配下、ベーティマが立ちふさがる。
電撃を宿した剣をかざすと、雷がほとばしりプテラを襲う。
「モジャンボ!!」
そこへ、割って入るのが草峰スレイ。
彼のモジャンボ♂がつるを無数に伸ばし、敵2人の持つ剣を縛りあげた。
「ちぃっ、おのれ!」
「だが、こんなもの……!」
バリバリバリっ!!
この程度は意味を成さないとでも言いたげに、アルファロは風、ベーティマは電撃の力で、剣を縛るつるを微塵にしてみせた。
「……いや、意味が無くはないぞ」
にぃっと笑みを浮かべるスレイの斜め後方から、ユメノのシードラが飛び出していた。
そう、このわずかな隙すら仇と成すのが、彼らの戦いである。
「ドロマー、バブル光線!!」
「何っ!?」
ビシャアアッッ!!
ドロマーと名づけられたシードラのバブル光線が、アルファロとべーティマをまとめて襲う。
敵2名は、要素力を宿す剣を必死に振りまわし、攻撃を斬り払いつつ耐えるしかなかった。
そんな戦闘の最中。
洞穴に残されたミキとアスは、岩影に潜みながら戦況を見守っていた。
「アスさん、加勢しようよ!」
「……駄目よ。あたし達はここにいましょ」
「えぇっ、何で!?」
「あたし達はまだ、こっちの世界の事を知らな過ぎる」
普段のアスは大ざっぱで、正直いい加減なんじゃないかと思う時もしばしば。
されどいざという時、彼女は冷静な状況判断ができる人間でもあった。
わずか13歳にして、戦いにおける落ち着いた姿勢を保てるのは、彼女も元いた世界で、トレーナーとしての修行と戦闘経験を積んできたからに他ならない。
付き合いの長いミキも、それを知っていたからこそ、あえて彼女の言葉に従う事ができた。
「ねぇ、ミキ。この世界って、あたし達の元いた世界に似てるでしょ? 野生ポケモンが普通に生息していて、ポケモントレーナーもいて、土地や地名も共通している」
「うん……」
「でも、やっぱりここは、似て非なる世界なのよ。少なくともあたしは今まで、要素術とかの戦いを見た事がない。今の敵だって、あんなポケモンの技の使わせ方を目にしたのは初めてだしね」
「だから、今は様子見ってこと? もう少し、こっちの世界の戦いを知るために」
「そういう事。だからって、当然いつまでもじっとしてろって訳じゃない。だから、いつでも戦いには飛びだせるよう、準備してなさい」
こくりと、ミキは隣で頷いた。
素直さが、彼女のウリの1つでもある。
「とは言うものの、スレイさん達もさすがに強いわね。これは、あたし達の出番はないかも」
「!! アスさん、上っ!」
「え……って、あいつ!?」
2人はそこで、上空の『敵』に対して、真っ先に気づいた。
しかしそれでも、そいつが攻撃に出る、まさに寸前のタイミング。
対応を間に合わせるには、察知するのがわずかに遅かった。
「知っているかな?」
配下の2人を戦わせている、そのまさに上空で。
ラドノスは宙を漂い、隣にいるエーフィは攻撃態勢に入っていた。
「ここより少し先は、ちょっとした高さの崖になっている。つまり地面に強い衝撃を与える事で……」
エーフィは、例の光弾状の破壊光線を放った。
それは誰もが反応し損ねる程、超高速の一撃となる。
「……地面は砕け、崩れ落ちる!」
光弾は狙い通りに大地へ衝突し、直後に地割れが発生。
辺り一帯の土が崩壊し始めた頃に、ようやくスレイ達は状況を理解する。
「なっ!!?」
なだれと化す土の上で、スレイは上手く踏ん張れない。
タツヒトやユメノとも、勝手に距離が開いていくようだった。
そして同時に、ミキとアスが潜んでいた洞穴も崩れ落ちる。
大規模な崩落によって、地滑りと共に流されていってしまう。
「きゃっ!!?」
「ちょ、ちょっと!!」
彼女らももちろんだが、まさに戦闘の最中にあった理ノ峰の3人には、なおのこと余裕はない。
足場を確保できない状況の中、水峰の鋭い声が響いた。
「スレイさん、後ろ!!」
離れゆくユメノの声に従い、振り返る。
そこにあるのは、こちらへ向かってくるラドノスの配下、アルファロの姿。
相手はこの状況を予期していたらしく、崩落する地面の上を、ピジョットの背に乗り迫る。
風の要素力をまとった剣を構え、身動きの取れないスレイを斬りかかりに向かって来た。
「終わりだ、くたばれぇっ!!」
……だが。
スレイに、焦りは無かった。
「仕方ないな」
その一言だけを漏らすと、手を掲げ、何やらぼんやりとしたオーラが放たれる。
緑色の透きとおったオーラは、近くにいたモジャンボを包み込み、その直後。
ズドンっ!!
「なっ!?」
「こんな状況なら、いっそ空中の方が、かえって安定する……!」
轟音は、モジャンボのパワーウィップが、地滑りを起こしている大地めがけて放たれたもの。
直後に大量の土が吹き飛び、そこは大きなクレーターと化す。
一瞬にして大穴が空いた事で、スレイと彼のモジャンボは、空中を投げだされたような体勢になった。
「馬鹿か! 空中で、飛行タイプのピジョットに勝てるとでも……」
「私は理ノ峰の中でも、要素力によるポケモンの能力強化が端的に得意でね」
「……!?」
「君は知らないだろう? この草峰スレイが、ポケモンをどこまで強化できるかを……!」
ズドォッ!!
いきなりアルファロのピジョットは殴られた……否、つるのムチによる一撃だ。
「…………。え……」
アルファロが理解できずに呆けたのも、無理はなかった。
何しろ放たれたのは、細い1本のつるに過ぎない。
それが超高速で横に一閃、振るわれただけで、もうピジョットはそこにいなかった。
いつの間にか離れた場所の、地面にめり込んでいる。
「これでも、今の理ノ峰の中では在籍年数トップ3に入る身でね。一応は重鎮の1人と呼ばれているから、あまりなめないでもらおうか」
二撃目、纏った風の要素力などまるで意味を成さず、アルファロの剣は粉砕される。
そして三撃目……『手加減された』ムチの殴打が、アルファロの脇腹にめりこむ。
「っ!!? かっ……はぁ……」
ドサァッ!!
地面に落ちた時には、もはやアルファロに意識はなかった。
「命までは取らない。お前には、薄暗い牢獄生活を存分に味わってもらう」
モジャンボが改めてつるを伸ばすと、アルファロを縛りあげ、ブチっと切ってロープ代わりにしてしまった。
余談だが、この状態のモジャンボのつるは、並みの鎖よりも強固で、人力では決して引き千切れない代物だったりする。
「ほう。アルファロを物ともしないとは、少々こちらの見込みが甘かったようだな」
「……!」
と、すぐそばに真打ちが降臨する。
振り向くと、低空にまで降りてきた死峰ラドノスが、冷笑をたたえてこちらを見ていた。
「(……みんなとは、だいぶ離れてしまったようだな)」
地滑りはすでに収まり、辺りは静まり返っている。
しかし、他に誰かの姿を、近くには確認できない。
ミキとアス……それに、同じ理ノ峰の仲間である、灯峰タツヒトや水峰ユメノ。
気がかりではあるが、今は目の前の敵を見据えるのが最優先。
何しろ今度の敵は、今倒した相手ほど甘くはない。
「いいだろう、ラドノス。ここで決着をつけてやる」
「そうだな。お前と戯れるのも飽きてきた所だ、草峰スレイ」
すぃーっと、空中を漂ったままの敵エーフィが、スレイの前を阻みに現れる。
もちろんスレイのモジャンボとて、臨戦態勢を解きはしない。
「……行くぞ」
【INFORMATION】新手
そこから少し離れた場所。
こちらも地滑りが収まり、戦いを再開している者達がいた。
「大文字!」
「バブル光線!」
灯峰タツヒトのプテラ。
水峰ユメノのシードラ。
そのダブル攻撃は、敵であるラドノスの配下、ベーティマを確実に押していた。
「ぐぁっ!? おのれ……やはり、一対二では不利か」
彼のマルマインは、すでにダウン状態。
そして彼自身が持つ剣には、十分に宿したはずの電撃の要素力が、もはやほとんど残されていなかった。
「仕方無い。ここは一時、撤退するのみ!」
するとベーティマは、大きく跳躍してみせる。
およそ人間技とは思えないジャンプ力は、要素力を応用し、自身の肉体に対する強化がもたらしたものだろう。
「あっ!」
辺りは、土砂やら木々やらのせいで視界が悪い。
思いのほか素早く逃げ行く彼を、タツヒトとユメノは一瞬の内に見失ってしまった。
「……逃げられたか」
「でも、深追いはしない方がいいよ。結構強かったし、十分な戦力が残ってる訳でもないもの……」
ユメノの言葉には、タツヒトも同意だった。
それに、はぐれたミキやアス、そして草峰スレイの行方も気がかりだ。
今は、皆と合流する事が第一である。
「スレイさん達は、どこへ行ったんだろうか」
がしっ。
「そう遠くはないと思うけど……。……?」
ぐんっ!
「ッ!!?」
最初は、妙な違和感だった。
そう、ユメノの肩下までの髪をつかまれる、不思議な感触。
しかし、次の瞬間には、それが痛みと共に現実味を帯びる。
強く引かれた髪は、ユメノの頭部から身体全体のバランスを強引に崩し、背中から倒れこませる。
「悠長に、他人の心配をしている場合かい?」
気づけばユメノは、その少年の手の中にいた。
少年は、無理やりに髪を引っ張った右手でユメノの後頭部をキャッチし、左手を顎に添えてくる。
女の顔をなぞるその指には、そこに微塵も優しさはない。
小さな手では余るであろう大きさなユメノの頭を、指に力を込めて握りしめ、鈍い痛みの圧力を伝え……。
驚く彼女の真上から、ぎょろりと瞳を覗き込ませ……。
「世界の属性を護ってるんだろ? なら常に狙われる事に、びくびく震えてなくっちゃ。ねぇ、お姫様……!」
同じ位の背丈の少年。
彼は、その年齢にしてはやや不釣り合いな、スーツ姿で……。
醜悪な笑みを浮かべていた。
続く
<オマケ1>
「あ、おはよう。アスさん」
朝起きると、ミキは台所に立っていた。
コンロの火をつけ、何かしら鍋で煮詰めている最中らしい。
「朝食、ミキが作ってるの?」
「スレイさん達に、お世話になりっぱなしなんだもん。これ位しなくっちゃ」
「ふぅん……って、あれ」
何か緑色のひもが、ミキの足元から鍋の中へと入って来てる???
何かしら、これ。
「…………。何で、フシギソウのつるのムチを?」
ぐつぐつ。
「ダシ♪」
ミキは、それはもうこの上なく満面な笑みで答えてきた。
「…………」
ちなみに、スレイさん達には結構好評でした(ぇ)。
<オマケ2>
僕はシャウト。
今回の仕事は、ゾルガと2人で来ている。
しかしこいつ、常に目をつぶったまま行動するんだ。
仲間から見ても、少々不気味な存在だよ。
「それにしてもゾルガは、目を閉じたままでよく歩けるよね」
「あぁ。自分にとっては、目を閉じていようと、目を開いている状態と同じだからな」
そう言って、彼は平気で歩いて行く。
実際、目の前に壁があろうと木が生えようと、ゾルガは的確に避けながら歩いて行く。
「(ある意味、凄い技術だな……)」
「……うっ」
「? どうかしたかい?」
「目に……ゴミが入ったようだ(何せ開いているのと同じだからな)」
「はぁっ!?(いや閉じてるじゃん!!)」
……僕には時々、彼が良く分からない……。