緑一色の山を駆け巡る冷たい風。
それは舞いながら下山すると、ふもとに立つ少女の頬を、撫ぜるように過ぎ去った。
今は、その空気すらも瞳に染みる。
ふもとの墓石の前に立つ少女は痛みと堪え、ぼそりと刻まれた名を呟いた。
「スレイさん……」
風避けに細める目の奥底。
そこに、わずか2日間だけを共にした、恩人の名が鏡のように映されていた。
……水に満ちた、器に等しかった。
ふとしたきっかけで、ぎりぎり塞き止めている涙が溢れ出そうでならない。
今この瞬間、吹きつける風にさえも容易く屈して、器から零してしまいそう。
それでも少女は、かろうじて決壊を堪え続けていた。
ミキが石になっていた3年の間、彼女には一切の記憶が無い。
昨日の夜寝て、朝に目が覚めたのと、大した違いを感じられずにいた。
が、唯一、それとは明確に違う感覚もまた、脳に残る。
本来ならば、スレイの死と共に石化した彼女にとって、惨劇はつい先ほど起こった事のように思えるのだろうが……。
「おかしいですね。私が眠りにつく、石になる寸前で、スレイさんは殺されたはずなのに」
しかし、今まさにミキが受けている実感は、それとは少し異なった。
「それなのに、本当に3年も前に……ずっと前に死んでしまったという感覚は、不思議と身に染みて感じ取れるんです」
「…………。ミキちゃん、右手を見せてくれる?」
後ろから声をかけるのは、基峰キヨミ。
ミキとアスを助けてくれた3人組……。
炎ポケモンの使い手、灯峰タツヒト。
水ポケモンの使い手、水峰ユメノ。
草ポケモンの使い手、草峰スレイ。
彼ら3人、理ノ峰という集団を束ねしリーダー。
それこそが、石化していたミキを助けてくれた女性、基峰キヨミであった。
「……はい」
ワンテンポ置いてから、ミキは返事をして振り返る。
そして右腕を差し出し、手の平を開くと、そこには緑色に輝く宝石の欠片(かけら)があった。
「エメラルドの欠片。確か、石化する直前に、スレイからモジャンボを通じて手渡されたと言っていたわね?」
「はい。そして、これが私を護ってくれると」
「……そう。理ノ峰の持つ宝石には、強力な属性の力の加護が宿っている」
以前、スレイに教えてもらった事がある。
理ノ峰とは世界の属性を司る者達の集団であり、1人1つずつ『この世の属性の結晶』たる宝石を所持しているのだと。
つまりは、このエメラルドこそが、草峰の所持する属性の結晶。
死の間際、石化していくミキに対して、スレイがその欠片を渡していたのだ。
「それはたとえ欠片であっても、大きな要素力を持っているわ。例え石化しても無事に救い出されるように、せめてミキちゃんだけでもと、その宝石の欠片を渡していたのね」
「おまじない……の、ような物ですか?」
「その通りよ。ただし、絶素ノ峰が持つ宝石の欠片であれば、おまじない1つが強力な守護の結界にさえ至れるものなの。……にも関わらず、私達はミキちゃんを発見するのに、3年もかかった」
「……!」
「それだけ、敵の呪いの力があまりにも強かった、とも取れるわね」
もうミキは、この話の顛末を察している。
ミキにこの護りの力を授けてくれたのさえ、死に際のスレイにとってはぎりぎりだった。
アスまでには到底、手が回らなかったのだろう。
現に、アスの行方は未だ知れていないのだ。
「……アスさんの事なら、心配要りませんよ」
アスを助ける事は極めて難しい。
暗にそういう流れで話をしていたのに、全く揺らがないミキの発言に、キヨミは少し驚いた。
「スレイさんの守護を受けていた私が、ようやく動けるようになったんです。だから……」
それまでの、おっとりした彼女からは想像もつかない、力強い瞳。
タツヒトやユメノですら初めて見る姿だった。
「……だから。アスさんは、必ず私が助け出します!」
attribute 〜Enter(終編)〜
【INFORMATION】オープニング
ポケモンだけの世界とは、少し異なる舞台のお話。
裏では、剣と魔法のファンタジー。
それでも表面上は、ポケモンとトレーナーの共存世界。
そんな、異なる要素が折り重なる世界の物語。
「お客さん、1名様ー!」
窓から、昼過ぎの日差しが差し込む。
落ち着いた雰囲気のお店は、小さなレストラン『WALKING(ウォーキング)』。
そこでは、十代半ば頃と思われるウェイトレスの少女が1人、元気に来客を迎えていた。
「いらっしゃいませ。今日のお勧めメニューは、フカヒレ盛り合わせオムレツきな粉味だって♪」
「って、ちょっと待てー!」
途端、レストランの奥からコック帽の男が飛び出てくる。
「あ、料理長」
訳の分からんメニューを勧められたかと思えば、体をスピンさせながら料理長が現れるのだ。
お客も目を点にし、呆然と立ち尽くすしかない。
「楓香(フウカ)! 何度も言うが、勝手な思いつきで店に置いてないメニューを勧めるんじゃないッ」
「でも、食べたいんだってー。……私が」
「お前が食いたいのかよ!」
もはや「どんな味覚センスなんだ」とも、突っ込んでいる余裕がない。
料理長はずり落ちそうになったコック帽を直し、ぜぇぜぇと息を切らせながらフウカに忠告。
「とにかく、ここはレストランなんだ。お客さんの為に料理を出すんだから、お前が食べたいとかはどうでもいいの!」
「むぅー、分かった……」
「全く。ほんと、頼むぞ」
それだけ言い残し、ようやく料理長は厨房へと戻って行く。
フウカと呼ばれた少女の、次の言葉が聞こえてきたのは、その途中である。
「お客さん、男女2名様ー! 今日のお勧めメニューは、子宝安産祈願パスタだってー♪」
「だから、やめんかーっ!!」
料理長のコックさん、怒涛の再登場。
さっき来ていたお客さん1人も含め、合計3名の罪無き一般人をショック死の危機に晒す(?)。
「でも私、お客さんの為に気を利かせたんだってー」
「変な気を回さなくていいの!」
つくづく、パワフルなコックさんだった。
「あの……というか俺ら、兄妹なんですけど……」
「えぇっ、禁断の愛!?」
「お前もう黙ってろよ!」
さすがに、ちょっぴり泣きたくなってくる料理長。
とはいえ、料理しない訳にもいかず、彼は今度こそ戻らねばと足を運んだ。
「お客さんー」
だが、やっぱし直後にフウカの声は響いた。
「53名様ー!」
「ぶっ!?」
何のこっちゃと、料理長はまたも舞い戻る。
嫌でも足が店先へと向かってしまい、彼はみたび顔を出した。
大体、53名という人数も突拍子ない話だが。
仮にその人数が本当に来てるのだとしても、ものの一瞬で数えきったフウカも凄い。
「フウカ、一体今度は何な……ん?」
「……っ!」
コックも、そしてさっきまでお気楽な態度でいたウェイトレスのフウカも。
絶句させられたのは、現れた不審者の集団が、お客たちの首元にナイフを突きつけていたからだ。
「静かにしろ」
一団のリーダーらしき男が、張りつめた空気の中、言葉を威圧的に奏でる。
店内にいる一団のメンバーは10名そこそこだが、外にはその何倍もの人数が店を取り囲んでいた。
「この店……いや、この町は、我々『絶素ノ峰』が占拠した!」
ここ数年で、かの組織は毛色を様変わりさせていた。
「にっ、逃げろー!! 『絶素ノ峰』だー!!」
絶素ノ峰。
それはこれまで影に潜み、人知れず蠢(うごめ)き続けてきた、闇世界の集団。
「1人も逃がすんじゃねぇぞ、モジャンボ。全員縛りあげて、俺たちの存在を畏怖と共に思い知らせてやるんだ!」
世に名が知れ渡ったのは、ごく最近の事。
彼らは略奪行為を中心に活発化、一気に表社会にまで悪名を轟かせるに至った。
「いやぁっ!!? パパーっ、ママー!!?」
泣きわめく小さな女の子すら、モジャンボの冷徹なつるが絡め取る。
連中は、誰であれ例外なしに餌食とするのだった。
「諦めな、ガキ。お前は子供にしちゃ粋が良さそうだから、奴隷として売り飛ばしてやるぜ」
絶素ノ峰の正体は、表沙汰になるより前から戦い続けてきた理ノ峰ですら想像しない程、大規模な組織だった。
今や世界中が、絶素ノ峰の恐怖にさらされていたのである。
「えっぐ……んっ……ぐ……」
手足を拘束され、土に横たわり、涙を流し続ける幼き少女。
彼女にとって、世界の終わりに等しい凄惨な現実であっただろう。
だがそこで、彼女は目の当たりにする。
思いがけずして現れた、救世の閃光を。
「グリーンアシッドっ!!」
「!? 何っ……ぐはっ!!?」
絶素ノ峰の男と、彼のモジャンボが反応する。
しかし、全然遅い。
炸裂したのは、かつての草峰スレイが有していた独自の攻撃技。
敵を一瞬で打倒するには、十分な力がそこにはあった。
「ふう。……えっと、大丈夫?」
幼き少女は、手足の束縛を断ち切ってくれる人を見て、呆然としていた。
そこには十代半ばの女の子と、さっきのとはまた別の、優しい目をしたモジャンボが立っている。
先ほどのグリーンアシッドは、紛れもなくこちらのモジャンボが繰り出した技。
かつてはスレイの下で戦い、そしてミキと共に石化してしまっていた、彼の手持ちポケモンだったモジャンボである。
「……あ、えっと……」
若干もじもじしながら、幼子は恩人を見つめ続ける。
「心配しないで。パパとママは、今すぐ探してあげるからね」
「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」
そして、ようやくその顔に、子供らしい笑顔が戻るのだった。
町の外れにある不審な建物は、せいぜい2階建て程度。
むしろ中の面積が広そうな、平べったい造り。
例えるなら、ちょうど学校にある体育館のような造りに伺えた。
町の人によると、こんなものは今まで無かったらしい。
それが、絶素ノ峰が襲撃する直前で、突然に姿を現したのだという。
「わー。こんな建物、普通は一日や二日じゃ建たないよねぇ? これも、要素力によるものなのかな」
怪しげな建物の前には元々、少年と少女の1人ずつが見上げていた。
そこへもう1人、同世代の女の子がやって来たので、2人は振り返る。
「要素術って、本当に何でも出来るんだね」
やって来た女の子もまた、元いた2人に歩み寄る。
感嘆の声を漏らしつつ、優しい目のモジャンボと共に、ぼーぜんと見上げながら。
「でもこれ、明らかに術の使い方を間違えてると思いますよ、ミキさん」
やって来た女の子に言葉を返す、冷静な口調で語る彼の名は、タツヒト。
理ノ峰の炎使い、『灯峰』を担う少年である。
「ねぇ、本当にいるんだよね? ここに」
「あら。ミキちゃんは、自分で探し当てたって言うのに、自信無い?」
タツヒトと並んで立っていた、ちょっぴり意地悪っぽく答える彼女の名は、ユメノ。
理ノ峰の水使い、『水峰』を担う少女だった。
「私1人の力じゃないよ。私が石から戻るよりもずっと前から、キヨミさん達が調査をしていてくれたから。その情報が無かったら、見つけられなかったと思うな」
「だったら、なおさら信用して頂戴。一緒に、貴女の親友を助け出しましょ」
軽くウインクしながら、ユメノは言う。
彼女なりの元気付けなのだろう。
「……分かった。お願い、タツヒト君、ユメノさん。私に力を貸して」
灯峰と水峰の2人は、当然と言わんばかりの顔つきで、共に頷いてくれた。
かつてはスレイと共にいたモジャンボと並び立つミキは、それを見て拳を握りしめる。
彼女は今、親友を助けるべく、この場に立っていた。
「今行くから、待ってて……アスさん!」
――今こそ、受け継ぎし守護の力を披露する時。
――護りの盾を選びし者。
――今ここに、その力を示しなさい。
「……?」
ふと、ミキが足を止めた。
そのままぼんやり空を見上げる彼女に気付き、ユメノが声をかける。
「ミキちゃん。どうかした?」
「……あ。ううん、何でもない」
そう答え、ミキは何事も無かったかのように駆けだした。
かくして、開戦の時は訪れる。
【INFORMATION】絶素ノ峰たちを倒せ!
「む?」
「な、何だお前ら……ぐぁっ!!?」
一斉に、建物内へと飛び込んだ。
中は外見で想像した以上に広く、入ってすぐに、ひらけた大きめの部屋が位置していた。
もちろん、待ち構える敵とて並みの者ではない。
広い室内を利用して散開し、奇襲に対する早々な迎撃態勢を整える。
だが、それでも彼らの対応は間に合わない。
タツヒト、ユメノ、ミキの3人は、それ以上に機敏なのだった。
「アクローマ、マグマストーム!」
まずは、炎使いの灯峰タツヒトが切り込む。
アクローマと名づけられたヒードラン♀が、紅蓮の嵐で敵陣を焼き払った。
「サルサ、ハイドロポンプ!」
次いで、水使いの水峰ユメノが追撃。
サルサことルンパッパ♂は、水の衝撃で敵を薙ぎ払い、同時に先の攻撃による炎を消火してビル火災を防いでいく。
余計な被害を周囲に広げない為だ。
「さっ、行くよ。チェリンボ♀!」
最後にミキが、草笛で残りを眠り状態にし、敵を無力化させる。
高レベルのポケモン達が放つ波状攻撃には、人・ポケモンを問わずに、その大半が意識を失ってしまう。
連撃によって一気に勝負を決めた事もさる事ながら、攻撃による余計な被害を最小限に留める事も、3人のコンビネーション。
彼らは手際よくポケモンを繰り出し、矛先を向けてくる敵団体を、鮮やかに撃破していったのだった。
「1階はザコばかりですね」
常に冷静に状況を見る少年、タツヒトが述べていた。
事実、3人はほとんど手傷を負わされる事なく、1階を制圧してしまった。
「ふんっ。頼りにならない部下どもだぜ」
そう。
ただ1人の男を除いては。
「! お前は……」
「やれやれだぜ。このベーティマ様が、自ら手をくださなきゃならねぇとはな」
大剣を携え、そいつは3人の前に立ちはだかる。
彼の顔を見た瞬間、まず口を開いたのがユメノだった。
「タツヒト君、あの人……!」
「えぇ。戦ったのは3年前になりますが、僕もかろうじて覚えてますよ。あれは、『あの男』の手下……ベーティマ」
3年前、それは丁度ミキとアスが、この世界にやって来た時の事。
当時、まだスレイと共に行動していた頃、彼らを襲撃しにやって来た絶素ノ峰の2人、アルファロとベーティマ。
あの時、アルファロはスレイによって撃破され、捕らえられていた。
だが、ベーティマの方は未だ絶素ノ峰の一員として残り、働き続けてきたようだ。
「ベーティマがここにいるという事は、ここを統括する絶素ノ峰の幹部、奴に間違いありませんね」
タツヒトの言葉に、ユメノもミキも表情を強張らせた。
いずれの脳裏にも浮かんだ、とある男の名を、ミキだけがぼそりと口にする。
「死峰……ラドノス=ロジクター!」
事実その男は、3人がいる、すぐ真上の階層に座していた。
「あの時のガキ達、か」
彼の目には、すでに1階の光景がモニターを通して届いている。
それを眺めつつ、彼はかすかに笑みを浮かべていた。
「なるほど。少しは成長したようだな」
「ラドノス様、いかがなされますか?」
脇でひざまずいていた、彼の部下と思われる1人が問う。
それを耳にして、ラドノスはゆっくりと立ち上がった。
「……ラドノス様?」
「我が得物を、持ってこい」
この言葉に、部下の男は、目を見張って驚くばかり。
何しろ、侵入者の3人はいずれも子供で、まだこの場にさえも到着していないのだ。
それにも関わらず、ラドノスは自ら出る意向を示している。
彼が部下に命じた言葉は、つまりはそういう意味であった。
【INFORMATION】ラドノスのもとへ向かえ!
「マルマイン!」
ベーティマは大剣を持ち上げ、そこへマルマインが雷を落とす。
その剣を振りかざすと、辺りに雷がほとばしった。
「わわっ!?」
逃げるように避けるミキを、うねりながら電撃が迫りくる。
それはまるで、意思を持つ蛇のようだ。
「サルサ、水鉄砲!」
とっさにユメノのルンパッパ♂が、水タイプの弱攻撃を発射。
ミキを追いまわす電撃にぶつけてみせた。
「ちっ!」
攻撃を横槍によって防がれ、舌打ちするベーティマ。
水は、言うまでもなく電気を通しやすい。
水ポケモン本体がそのままくらえば大ダメージを被るのは、ポケモンバトルにおいても常識の範疇。
だから逆に、水鉄砲による水の遠距離攻撃によって吸収し、そのまま電気を余所へ逃がす事で攻撃を無力化したのだ。
「ミキちゃん、タツヒト君。ここは私が引き受けるわ」
「ユメノさん……」
「確かに、ここで全員が足止めを受け続けるのは、得策ではない……か」
タツヒトは、冷静な判断を口にしていた。
それはもちろん、ユメノの実力に対する信頼の裏返しでもある。
元より彼女は、強力な水ポケモンの使い手。
まして、スレイを失ってからこの3年、ユメノは一段を腕を上げていたのだ。
「……分かった。行こう、タツヒト君!」
ミキの言葉を皮切りに、2人はすかさず2階への階段を目指した。
と言っても、階段は室内のすぐ目につく場所にある。
駆け上がる途中、ちらほらと敵も出現はしたが……。
「アクローマ、熱風」
タツヒトが1階で繰り出してから引き連れ続けていたヒードランにより、次々とダウンさせられていく。
「ぐはっ!」
「くっ……たかがガキ相手に、何やってんだ!」
「だが……強い……!?」
2人はあっという間に2階へ到達。
そこは1階にも劣らぬ広さの部屋となっており、やはり絶素ノ峰の雑兵らしき男達が立ちふさがる。
「ミキさん。ここは、僕に任せてください」
ヒードランを従えたまま、タツヒトはそう述べる。
そして彼が向ける目の先には、向かいの壁に見える1つの扉だった。
「うん。お願いね」
彼の言葉の意味を、ミキはすぐに理解する。
広い室内を横断すべき距離にして20m前後、敵の集団を一気に駆け抜けるには遠すぎるようにも思えたが……。
「援護、宜しく」
その一言を残し、ミキは走り出す。
当然と言わんばかりに行く手を阻もうとする男たちだが、すかさずタツヒトのヒードランによる制裁が下る。
「アクローマ、敵をミキさんに近づかせるな……!」
こうして、ミキは無傷のまま部屋を横断し、目標とする扉にまで至る。
彼女は、ドアを叩き破るような勢いのまま、次の部屋……もとい、最後の部屋へと突入した。
「……!」
そこにあるのは、3年ぶりに目にする顔があった。
大将格が座る為のものと思われる椅子からは、すでに腰を上げた姿。
そして、3年前には持ってなかった、一振りの剣を携えている。
この世界はミキが元いた世界と酷似しているが、戦いにおいては剣と魔法のファンタジー的な要素が絡んでくる事がある。
1階で現れたベーティマも同様だが、そう考えれば、相手が武具を用いてきても不思議ではない。
鞘(さや)に納められた状態のラドノスの剣は、西洋のサーベルのような形状を伺えた。
ベーティマが持ってたものと比べれば、ずっと細身の剣だと思われれ、鞘口の所で剣をロックし、勝手に抜けぬように固定されている。
「あの時、草峰スレイに守られていた娘か」
「! 私の事、覚えてるのね」
「偶然だ。あの時は、このように勇ましく、我が前に立ち塞がろうとは予想してなかったぞ」
ラドノス=ロジクター。
絶素ノ峰の大物として、かつての理ノ峰メンバーも大勢葬ったという、裏社会にも名の知られた通称『死峰』。
彼はたった1人、側近も従えずに部屋で待ち構えていた。
とはいえ、彼もまたポケモントレーナー。
腰に装着されたモンスターボールは、彼ほどの実力者であれば瞬時に繰り出される事であろう。
何よりこれは、大会の試合ではなく、実戦。
戦闘はすでに、対峙し合った時から始まっている。
「……マグマラシ」
ミキが先に仕掛けた。
戦闘に出すは、彼女の専門たる草属性ではなく、炎ポケモンのマグマラシ♂。
「ブラストバーンっ!!」
直後、猛烈な勢いで紅蓮の熱線が放たれる。
熱線は刹那の間にラドノスに到達し、爆音と共に部屋を揺るがした。
ズドォォンっ!!
「…………」
爆発した眼前を、ミキはじっと見つめ続ける。
このブラストバーン、彼女にとっては決して勝負を決める為などではなく、相手の出方を伺うための一撃なのだ。
「いきなりの大技で、出方を見る……か」
「!」
「大胆な手だが、相手の力を図るには手っ取り早い」
ラドノスは、悠然とした態度で、爆炎の中から姿を現した。
「これは見た目にそぐわず、なかなかの度胸も兼ね備えているようだ。威力も悪くない」
服のあちこちにこそ焦げ目がついているものの、本人は至って無傷。
口調1つ乱れてはいない。
「これだけの威力ならば本来、建物ごと吹き飛ばしてもおかしくない。が、実際そうならないのは、無駄な力を外に逃がさず、攻撃目標の一点に力を集中させたから……だな?」
ぐるりと、彼は周囲を見渡す。
床や壁には、さすがに焼けた跡がついている。
しかし、損傷自体はほとんど見受けられなかった。
無論、威力が至らなかったからではない。
力の全てをラドノスに絞り込んだ結果であり、それは軽々しく建物の壁も天井も消し飛ばすことより、遥かに高度なものだった。
「大した技術だ。これなら、相応の楽しさを見せてくれそうだが……我が要素術の前に、真っ向からの攻撃は無力だ」
「要素拡散……」
「そう。あらゆる要素力は、我が術によって分解する。それは、ポケモンの技も同様だ」
魔法にとっての魔力、というように、超常の効果をもたらす属性の力が要素力。
ポケモンが持つ、様々な属性の技も、その多くが要素力によりもたらされる……というのが、この世界での1つの定義らしい。
ラドノスの要素拡散とは、相手が行使する様々な要素力を分解し、力を極端に弱らせてしまう要素術。
これによってポケモンの技、および魔術や特殊な効果を有する能力者の力などが、正常な効果を発揮しなくなる。
特にこの世界、一般には知れ渡っていないが、要素力によるポケモンの能力強化を行う者がいる。
これは、人間が要素力という魔法的なエネルギーの扱いを体得することで、ポケモンの力を上昇させる術行使のこと。
裏社会の犯罪者。
もしくは、それらを取り締まる者達は、要素力のポケモン強化によって、より実戦向きな力を得ているのだ。
「我が要素拡散は、要素力によるポケモンの能力強化をも拡散させる。かつて、多くの賞金稼ぎのトレーナーがやって来たが、いずれも要素力のポケモン強化によって実力を裏打ちされた者ばかりだった。そんな連中こそ、我が要素拡散の格好の獲物となっていった訳だ」
「それが、『死峰』と呼ばれた者の力……」
「無論、この要素拡散は、我が力だけは妨害の対象としない」
ラドノスが、エーフィ♂を繰り出す。
外に現れたエーフィは、全身がオーラのような光に包まれる。
「(要素力による能力強化ね)」
つまり、ラドノスは好きなだけポケモンの能力強化を行える。
だが、彼に敵対する者は、要素力を拡散されてポケモンの能力強化を思うように発揮できない。
要素力の使い手同士として対決する場合。
ラドノスの要素拡散によって、戦う前から大きな不利を強いられる事になるのだ。
「……行くよ、カモネギ」
ミキは、静かにカモネギ♀を繰り出した。
その、腕のような右の翼に、長ねぎを携えている。
「来るか。ならばエーフィ、破壊光線だ」
エーフィは、その眼前にエネルギーの圧縮体を生成する。
それは通常のビームタイプではなく、ボール弾丸状の破壊光線となり、ミキめがけて発射された。
【INFORMATION】ベーティマを倒せ!
稲妻が疾走(はし)る。
例えるならば、積乱雲。
体育館並みの広さとはいえ、室内でほとばしる雷撃と轟音は、箱詰めされた花火の如き。
その中心に、縦横無尽なスパークを続ける、一振りの大剣が掲げられている。
死の迫力を過剰に露わとする、常人を寄せ付けぬ魔の輝きに対し……。
「サルサ、タネマシンガンよ!」
自分の手持ちポケモン、ルンパッパ♂と共に駆けまわる少女の姿があった。
先をミキとタツヒトに託し、1階に残ったユメノである。
「馬鹿が。そんな貧弱な攻撃で、この必殺の雷(いかずち)に対抗できるはずがねぇ!」
マルマインから電気を供給し、稲妻の大剣を振り回すは、ラドノスの配下ことベーティマ。
彼が剣を振るうたび、壁に穴が空き、床が抉られ、置物が粉砕されていく。
確かに、いくらルンパッパが射撃しようとも、弾は瞬時に消し飛ばされてベーティマに届かない。
……ガツっ!
「ん?」
ただ一粒。
タネマシンガンの、ほんの一発だけが、マルマインにヒットした。
「へっ。何かと思えば……」
「……なるほど。そこが隙間ね」
もちろんマルマインは、こんな些細な攻撃には全く意を介していない。
だが、ユメノは「してやったり」な表情を見せている。
「あなたの攻撃の癖、つかませてもらったわ。サルサ、水の波動」
「何をッ……無駄だっつってんだろ!」
猛烈な電流を剣に蓄積させ、振り下ろしてくる。
間合いこそ離れていたが、雷撃は地を這いながらユメノに襲いかかった。
だが、同時にユメノのルンパッパも攻撃を発射。
極小の、されど強力にパワーを圧縮された水の波動は、網の目のように張り巡らされた電撃の合間を縫うように駆け巡る。
かすかに雷に触れもしたが、それは逆に、水の波動を電気もまとった攻撃へと変えるだけ。
周囲の電流さえ取り込みながら、水の波動はマルマインに命中。
一撃で討ちとるに足る威力の衝撃と共に、余波として辺りに水が振りまかれ、床に水たまりができる。
「マルマイン!? くっ……」
電気の供給元が気絶した為、雷の嵐は一気に立ち消えとなり、場は急に静けさを取り戻す。
ユメノに放たれていた電撃も、彼女に到達する前に消滅した。
「そこまでよ」
「だ、黙れ……動くな!」
途端、ベーティマはそばにあった物影から、1人の少女を引っぱりだす。
年の頃はユメノと同じ位に見えるが、縄で縛られ、口にもテープを貼られて喋れなくされている。
「んーっ、んん〜っ!!」
ベーティマは、すかさず持っていた剣を彼女の首元につきつける。
「……人質、という事?」
「へっ。てめぇのようなお嬢様は、卑怯とでも思うんだろうがな。これはゲームでも試合でもねぇ、本物の『戦い』なんだぜ!」
ベーティマは、後ろめたさなど微塵も見せずに語る。
「戦いに、卑怯も不平等もねぇ。まして、正々堂々なんざ通用しねぇ。どんな手段を用いようと、勝った方が正義になる世界なんだよ!」
「…………」
ユメノは、特に動揺する様子も無かった。
むしろ、やれやれと言わんばかりに首を振ると、ある意味で憐みを含んだ目つきで、相手を見据える。
「それってつまり、あなた自身が手段を選んでいる余裕を失った、という事よね?」
「な、何っ……!」
「人質を取るとか、そんな手でも使わない限り、あなたは勝利を得られない。つまり、その程度の強さしか持ってないという事にならないかしら」
「〜っっ!! てめっ……いい気になりやがって!!」
目をひん剥いて、怒りを露わにするベーティマ。
彼は剣を振り上げ、なおも脅しにかかった。
「なら、この女が苦しむ姿を見せてやるぜ! 死なない程度に全身を切り刻んで、目も当てられねぇ姿に変えてなぁ!!」
だが、ベーティマの剣が、人質の少女に届くより先に。
「斬れず、壊れず、傷つけず……全てを覆う布と化せ」
ユメノは、詠唱(キャスト)の言葉を紡いでいた。
「要素術、水の章。『ミスティック・マグダラ』」
彼女が指を指すと共に、部屋全体に霧が立ち込める。
特に人質の少女周辺が濃く現れ、ベーティマの凶刃は、なぜか空気に等しいはずの霧に阻まれ人質を傷つけられない。
「な……何だ、これは」
「トリーヴァ」
ベーティマのそばにある水たまりが動いたのは、ユメノがそこから飛び出すポケモン、シャワーズの名を口にした瞬間。
水たまり自体は、先ほどマルマインを撃破する際に放った、水の波動によりできたもの。
「!? 馬鹿なっ、いつの間に……」
潜伏にまるで気づいてなかったベーティマが、この奇襲に抗するすべを持つはずもない。
迫りくるシャワーズを凝視したまま、彼は一撃で意識を奪われていった。
「アクローマ、熱風!」
2階では、タツヒトのヒードランが暴れていた。
ユメノが階段から上がって来たのは、ちょうどタツヒトが2階の敵を全員ダウンさせる、最後の一撃を放つ瞬間。
「どわぁっ!!?」
これで、ザコは全て蹴散らした事になる。
「タツヒト君!」
「! ユメノさん。その様子では、1階の戦いには片がついたようですね」
「えぇ。ミキちゃんは?」
「あっちの部屋です。恐らく、その向こうに……」
みなまで言わずとも、この扉の先に待ち受ける相手は察しがつく。
恐らく、今まで倒した敵達とは、比較にならない程の強大な存在。
先行して部屋に突入していったミキに加勢すべき、タツヒトとユメノはすぐさま扉の向こうを目指して走る。
【INFORMATION】ラドノスを倒せ!
「ミキちゃん!」
室内に飛び込みながら、ユメノは中で戦っている仲間を呼びかける。
が、そこには予想外の光景が広がっていた。
「連続斬り!」
カモネギが長ねぎを振りまわす。
軌跡は鋭利な刃となり、ザングースを斬り裂いていた。
「ぐっ!?」
カモネギの方が、ミキのポケモン。
普通に考えれば、鋭いツメを持つザングースの方が接近戦では有利に見えるが、今の戦況は違う。
カモネギは機敏に攻撃をかわしながら、ザングースを今まさに打倒するところだった。
「っ……おのれ」
そう、ミキはラドノスを追い詰めていた。
見ればすでに、地に伏したエーフィの姿もある。
ミキはエーフィを持っていない、即ちあれもラドノスのポケモンだ。
「……す、凄い……」
何しろ相手は、絶素ノ峰の大物だ。
ミキが先にラドノスと戦うのも、せいぜい建物内の制圧までに時間稼ぎしてもらえればいいという案に過ぎなかった。
それ程、ラドノスとは強大な相手のはずだが、ミキは単身で彼を撃破しつつある。
そもそも、ラドノスが追い詰められているにも理由があった。
彼は要素拡散により、相手の要素力を阻害する戦術を基本とする。
この世界では、特に裏社会の人間ほど、要素力を用いたポケモンの能力強化で実戦に臨んでいる。
それを扱う者同士であれば、大抵ラドノスの要素拡散は敵無しなのだ。
ところが、ミキは根本的に性質が異なる。
異世界出身であるが故か、彼女にはそもそも要素力を扱う素質が極端に低く、今なお一切の習得をしていなかった。
元より要素力による能力強化を使わないが為、ラドノスの要素拡散も大した意味を成さない。
その反面、彼女のポケモンは白兵戦において、他の追随を許さぬ戦闘力を誇った。
要素力を用いないのに、要素力により強化されたポケモンと互角以上に戦う。
そんなミキは、まさにラドノスにとっては天敵だった。
結果としてラドノスは、ミキのポケモンが持つ接近戦の強さに、どうしても後手に回らざるを得ない。
彼はじわじわと、しかし確実に、敗北へと追いやられつつあった。
「はぁっ……はぁっ……! やれやれ……本当に驚かされたぞ、小娘」
ザングースも倒れた。
ラドノスの敗色は、ますます濃厚となっていく。
彼が、その『剣』を手にかけるまでは。
「やはり、準備をしておいて正解だったな」
「! そのサーベル、今まで抜く様子は無かったけど……」
それがラドノスの奥の手であるとは、誰が見ても察しがつく。
ここまで優勢だったとて、気を抜けるものではない。
「異世界から来た貴様には疎い話だろうがな。この世界には、おおよそ3つの戦型がある」
「戦型……?」
「まずは『ポケモン』、それから『要素術』だ。貴様のように1つを極めた者もいれば、双方を持つ者もいる。多く持つ事が強さの条件という訳でもない、が……」
できるなら剣を抜かれる前に攻撃したいところだったが……ミキ達は動けない。
サーベルは今なお鞘口でロックがかかった封印状態にあり、ラドノスは剣に手をかけたまま動く気配がない。
そんな状態で悠長に振る舞う様子のラドノスが、逆に怖くて近づけなかった。
「もう1つが『宝具』。要素力の力を宿した、魔術武装のようなものだ」
「! つまり……魔法の武器ってこと?」
「目に焼き付けるがいい。これは中でも至高の逸品。武具そのものが神の力を宿す神性宝具、『神属器』だ」
そして、次の言葉と共に。
サーベルにかかっていたロックが外れ、封印が解かれる。
「捧げよ、現象狂画(フェノメナ)」
直後、爆発が起きる。
「わっ!?」
本物の爆発ではない。
が、それに等しい衝撃の烈風が、ミキ達を襲った。
目を閉じそうになりながら、必死に前を見据えるミキの瞳に映ったものは……ついにサーベル引き抜いた、ラドノスの姿。
「……えっ!?」
思わずミキは目を疑う。
先ほどまで剣だと思っていた敵の武装は、巨大な鎌へと姿を変えたのだ。
もちろん、物理的に考えて、あれが剣の鞘のそのまま収まっていたはずはないのだが。
宝具の名が宣言された瞬間に、サーベルをロックしていた鞘の封印が外れ、それに合わせてラドノスが剣を引き抜いた瞬間。
それはすでに、剣の姿をしてはいなかった。
「そんなっ……剣じゃなかったなんて……!」
驚くミキに気を留める様子もなく、柄の長さ2m、刃の長さ1.5mといったサイズの大鎌を、ラドノスは悠々と持ち上げる。
その手に握られている宝具は、異様なオーラを帯びていた。
「宝具の力を、解放した……? まずい、ユメノさん!」
「分かってる。ミキちゃんを加勢するわよ!」
今までとは、レベルが違う。
2人には、それが一見にして悟れた。
「行くわよ、アボシャン! タツヒト君、封石解除して!」
「分かってます。行くぞ、オロス!」
ユメノが繰り出すは、ヤドキング♂。
タツヒトが繰り出すは、ブーバーン♂。
どちらも伝説と称される、希少ポケモンだ。
2人は、すでに気づいていたのだ。
わずかでも力を出し惜しめば、即座に命を刈り取られる。
今のラドノスは、その域で立ちふさがる存在であると。
「! マグマラシ、噴炎!」
無論、それまで戦い続けていたミキも、黙って見ている訳ではない。
すかさずマグマラシで攻撃を試みる。
……だが。
「ふん」
ザンっ!
ラドノスが大鎌を一閃振るっただけで、炎はたやすく消し飛んでしまう。
「大文字!!」
「波乗り!!」
左右に散開していたタツヒトとユメノも、間髪を入れずにポケモンに技を放たせる。
だが……。
「無駄だ」
いくらラドノスに迫ろうと、効果を成さぬまま、たちどころに消滅してしまう。
ラドノスは要素拡散を使わなかった、にも関わらずだ。
「はぁっ!」
次いで、ラドノスは大鎌をもう一閃振るった。
「うぐっ……!!」
「きゃあっ!?」
すかさず盾になる、ブーバーンとヤドキング。
いかに鎌が巨大とはいえ、到底届かぬ範囲にどちらも立っていたはずだった。
だが、実際にはブーバーンとヤドキングは、共に一撃で戦闘不能の深手を受けてしまう。
「……強い……」
「そ、そんな……」
3人がかりでも、まるで歯が立たない。
一同の表情が、当然のように曇る。
「宝具にも、属性が存在する。我が『現象狂画(フェノメナ)』は、ポケモンの17属性に加えて光と闇を融合したもの、真理属性の宝具だ。全ての属性を内包するが故、あらゆる属性攻撃の全てが通用しない」
「!? そんな……ばかな」
ひときわ反応が大きかったのは、タツヒトだった。
普段は冷静な彼が、いつに無く声を荒げている。
「確かに属性を融合させる事で、力を増す手段はあります。が、それも行き過ぎれば逆効果。17属性……理に、光や闇まで全てを混ぜこんだら、普通はかえって不安定になり、使いものにならないはず」
「普通は、だろう? それだけ『現象狂画(フェノメナ)』が特別というだけのこと。これが我が手にある限り、あらゆる単発の属性は全てが無力だ」
ぶぅんっっ!!
大鎌を、改めて振り回すラドノス。
その衝撃だけで、部屋の屋根と壁が吹き飛んでしまった。
「うぁっ……!!?」
「だが、そう落胆する事もない。我が神属器を出させただけでも、十分に殊勲物だぞ」
すでに勝ち誇った様子で、ラドノスは語る。
「それに、そもそも貴様らを誘き寄せたのは、こちらの方。遅れを取っては示しがつかんからな」
「……? どういう、事?」
ラドノスの言い回しには、どこか違和感がある。
ミキは、恐る恐る聞き返した。
「お前は、石化した連れを探していたのだろう? 確かにその石像はこのフロアの下、お前達が上がって来たのとは別にある隠し階段を下った先の倉庫に置いてあるが、それはそもそも理ノ峰を釣る為のエサだ」
「じゃあ、私達がここに来た事自体、罠だったって言うの!?」
「そう言う事になるな」
「っ!」
にじみ出そうな悔しさを噛みしめて堪え、ミキは改めてラドノスを見返す。
「せっかくだから、もう1つ教えて」
「…………」
「私とアスさんを石にして、スレイさんを殺した、あの男。あいつも絶素ノ峰なんでしょ? いったい、あいつは何なの?」
何なのか、と問うたところで、本来の答え自体はミキが今述べた通り。
絶素ノ峰である事には、違いないだろう。
ただ、ミキが聞きたかったのは、そんな事ではない。
上手く言い表す事ができなかったが、何かもっと奥にある、根底が気になって仕方が無かった。
「何て言うか、あいつ……人間には思えないくらい、不気味だった」
「確かにな。奴の素性は正直、分かりかねん。だが奴には、『終焉の道標』という肩書きがあるらしい」
「終焉の道標?」
「奴の名は、ゾルガ=エクストレーム。かつて、その名を持つ組織において限りなく高みへ上り詰めながら、禁断の術法を得た事から危険分子扱いされ、追放されたと聞く。奴が何を目的として絶素ノ峰に身を置くのかは知らんがな」
結局、絶素ノ峰において確固たる地位を持つはずのラドノスですら、ゾルガの正体は図れていないようだ。
逆に言うと、それが恐ろしかった。
ゾルガという男は、もしかすると想像していたのよりも、更におぞましい何かなのではあるまいか、と。
「……分かったわ、話はここまで。最後の勝負とさせてもらうね」
「ミキちゃん……」
「ほう。我が『現象狂画(フェノメナ)』を前に、それだけの威勢を張れるとは見事」
ミキは、モジャンボを繰り出した。
それはかつて、スレイが連れていたポケモンだ。
「スレイさんに教えてもらった事があるの。草ポケモンは、吸収系に長けているって」
実際、メガドレインやギガドレインといった、草タイプの吸収攻撃は有名。
常に水を吸い、光を取り込み生きている植物は、外部存在の摂取能力の高い生物と言える。
「そこで、こういうのはどう? あなたが持つ宝具の真理属性には、確かに他の属性攻撃は全く効かないかも知れない。だったら、その宝具が持ってる、真理属性の要素力を草属性の力で取り込んで吸収し、こっちも一時的に真理属性を得た上で攻撃をぶつけるの」
「ふん、前提が間違っているな。単体の草属性で、真理属性の力を吸収できると思っているのか? 先の話にも出たように、属性融合のし過ぎで脆くなっていれば話は別だが、あいにくこの『現象狂画(フェノメナ)』に死角は無いぞ」
「それは、やってみないと分からないかもね」
「分かるさ。現にこの鎌は、直接攻撃、吸収攻撃、特殊攻撃、呪術や本体への精神干渉に至るまで、あらゆる攻撃を数多の戦いで切り裂き、防ぎ切ってきているのだ」
ガチャリと。
大鎌をこちらへ向けて、ラドノスは話す。
「貴様程度の攻撃で、打ち破れる道理はない」
「……言ったでしょ。これからモジャンボがするのは、『吸収』なの。それも、あなたが今から放つ攻撃そのものに対しての、ね」
ミキもまた、モジャンボを前方に立たせながら、言い返す。
「これは、護りよ。そちらが何も仕掛けなければ、確かに何もできない。でも、私達をおびやかす力を放った時、それを押し返す!」
「同じ事だ。貴様如きに、我が刃を止められはしないッ」
ラドノスが大鎌を振り上げ、猛スピードで突っ込んでくる。
要素力による能力強化は、自身の肉体そのものにさえ働くのだ。
「…………。モジャンボ、ハードウィップ!」
「無駄なあがきを!」
ラドノスとミキ。
ラドノスが大鎌を振るい、そこにモジャンボのハードウィップが激突ぶつかった。
衝突も、始めは拮抗していたが……。
「!? 馬鹿なっ、まさか本当に……」
ハードウィップが、『現象狂画(フェノメナ)』から溢れ始めた、不気味な紫のオーラを取り込み始めると、異変が起きた。
ラドノスの大鎌に、ほんのかすかなヒビが走ったのだ。
「やああぁぁっっ!!」
モジャンボが渾身の力を込めると共に、ミキは吠えていた。
まるで両者の精神が、完全に1つの形へと同調を成したかのように。
ズドォォォンっっ!!
爆発ではない。
ただ、過剰なまでの衝撃同士が、空間全体を震え上がらせ、建物を倒壊させかねない程の烈風を巻き起こしていた。
【INFORMATION】リザルト
――やはり貴女は、護りの力を持つ者でしたね。
また、あの『壁無き部屋』にいた。
2度目だからか、中心に立つミキは目を開くと、自然と言葉を返せた。
「私は、負けられないから戦っただけだよ」
――えぇ。
――そして、それこそが護りの力というもの。
声は、淡々と答えてくれた。
――ただ身を護るだけでは、いずれは崩され、落とされるというもの。
――真なる護りを実現するには、戦う事もまた必要なのです。
「戦う事もまた、護り……?」
――貴女はその力で、何を成すべき為にここへ来たのか。
――何を取り戻す為に、戦ったのか。
――……それを思い出した時。
――貴女が護り、救ったものを、自覚できることでしょう。
女性の声は、どこまでも穏やかだった。
「…………」
不思議なくらいに自然と、彼女の言葉が身体に染み渡る。
ミキは改めて目を閉じ、大きく深呼吸をした。
――さぁ、目を開きなさい。
――貴女が護ったもの……取り戻したものは、すぐ目の前ですよ。
「…………。あ、あれ?」
気づけば衝撃も収まり、辺りは不気味なほど静まりかえっていた。
建物内の壁はボロボロ、天井はとうに屋根ごと消し飛んでいた。
床も抜け落ち、彼女は知らぬ間に瓦礫と共に滑り落ちていたらしい。
「ミキちゃん!?」
ふと、上から声が聞こえた。
2階から、タツヒトとユメノが顔を出していたのだ。
「大丈夫ですか? それに、ラドノスは……?」
タツヒトが、敵の所在を聞いてくる。
と、言う事は、2階にはいないのだろう。
「…………」
ミキは、呆然と辺りを見渡した。
だが、どこにも敵の姿は見えない。
かといって、ラドノスそのものが消滅したとは思えない。
容易く警戒をとく事は出来なかった。
しかし、それでもミキは目を奪われる。
偶然にも、彼女が探し求めていたものが、石像の姿で、すぐ前に立っていたからだ。
「アスさん、やっと見つけた」
よろけながらも立ち上がり、ミキは歩み寄る。
そして、ゆっくりと手で触れ、微笑んだ。
「ミキちゃん……」
2階から覗き込むユメノも、その様子に気づいていた。
「キヨミさんのところに戻ろう? それで、アスちゃんも元通りになるはずよ」
「……うん」
その存在を噛みしめるように実感しながら。
ミキは、ゆっくり頷いた。
【INFORMATION】絶素ノ峰の本部
コツ……コツ……。
廊下の中を、甲高い足音が反響し、広がっていた。
とにかく、それ以外は完全な静寂。
それ故、ふと声をかけられ、気づかぬはずもなかった。
「おかえりなさい。ラドノス」
名を、呼ばれたのだ。
ラドノスは、足音を響かせていた歩みを止め、声の方へと振り返る。
「…………。玉峰(ぎょくほう)、ソウル=グレイスか」
立っていたのは、女性だった。
年の頃は20代半ば。
だが、赤い瞳が、そんな若さなど塗りつぶすかのような、死を匂わす不気味な寒気を漂わせていた。
「何の用だ。こんな所で」
「別に。ただ、気になって様子を見に来ただけ」
ソウルと呼ばれた女性は、いたって冷淡な口調を貫く。
ただし、そのは皮肉にも取れた。
「絶素ノ峰の中でも、五指に入るのが確実とされる実力のラドノスが、年端もゆかぬ娘1人に負かされた、などと聞いたものだから」
「……随分と耳が早いことだな」
ラドノスは、さほど相手にする事もなく、再び歩きだした。
いちいち構っている時間はない、とでも言いたげに。
「だてに、『中核因素(セントラル・ファクター)』の長を任されてはいない、ということか?」
「……ふふ」
廊下の先。
前後左右に広く設けられた謁見の間は、そこにある。
やってくるなり、ラドノスは跪いた。
先のソウルとのやり取りにも出ていたように、ラドノスの地位は、組織内においてベスト5以内は固い。
そんな彼ですら、跪く相手となると、それはほぼ絶素ノ峰の頂点に君臨する者と見て、間違いないだろう。
「失礼致します」
ラドノスは、他の者に対してならば、決して取らない態度で話す。
「ただいま、戻りました。『帝峰』様」
to be continued..
Next chapter "FlowGod".
今作の世界観は、ポケモン+剣と魔法のファンタジーがコンセプトです。
そこへ、普通のポケモンのみの世界からやって来たミキが、どのように戦っていくのか。
これについて、1つの方向性を示す形で書いたのが、Enterでした。
基本、自分が書く小説では、純粋にポケモントレーナーの物語としています。
……や、そうでもないか?←
ただ、ポケモン以外の要素はそこそこ控えめに扱うよう心がけてます……ある程度(何)。
その代わりとして、今回の物語では、ポケモン以外の要素を積極的に取り入れていく方針で書いてます。
他で書かない分、こっちでは武器とか術とか普通に頻発していく話になっていきます。
ちなみに宝具という単語が出てきましたが、意味合い的にはFate/stay nightよりも、灼眼のシャナの方に出てくるものの方をイメージしてます。
最初に剣と盾と杖の中から1つを選ぶシーンなんかもそうですが、結構色んな作品ネタが入ってくる仕様でもあるので、あしからず←
初回の後書きにも書きましたが、始まりの物語というのもあり、敵はともかく、いきなり色んな属性の使い手を出して混乱させたくはありませんでした。
その為、Enterにおける味方側のメインキャラは、炎使い、水使い、草使いという、ポケモン御三家属性に絞った次第です。
代わりにミキ、タツヒト、ユメノの手持ちポケモンは全出を目標に書いてみました。
<オマケ>
※オマケを毎回2個ずつ用意するのは結構キツイと気付く←
私の名前は楓香(フウカ)。
ウェイトレスのアルバイトをしてるんだけど、仕事中に絶素ノ峰とかが襲ってきちゃって、大変!
「さ、もう大丈夫よ」
悪い男に、大きな剣を首元につきつけられて、もう駄目だーって思ってたけどね。
可愛らしい女の子が、水ポケモンを駆使して、その男をやっつけてくれたの。
私と年も同じぐらいだと思うのに、凄いなぁ〜って思っちゃった。
「んっ」
その子は、私の口を塞いでいたテープをはがしてくれた。
何か言わなくっちゃ……!
えっと、人が来てくれたときには……。
「……い、いらっしゃいませー! 今日のお勧めメニューは、薔薇色するめいかグラタン梅干し配合仕様だってー!」
「…………。はい?(汗)」
その子は、何故か困った顔をしていた(ぇ)。