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野の花をかざって ...
ののはなの第1回から第10回までをこちらに移しました。
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[第1回] 「ピンクのばら」
[第2回] 「コスモスの咲く路で」
[第3回] 「ゆっくりと降りて来る」
[第4回] 「風の中で待っている」
[第5回] 「北風になりたい」
[第6回] 「母の背中よ、水色星よ」
[第7回] 「いつも栗をくれたのは」
[第8回] 「飽餐男女」
[第9回] 「きもの」
[第10回] 「飛・び・ま・す」
[第11回] 「さよならね ルーシー」
[第12回] 「テツコの部屋」
[第13回] 「夜光虫」
[第14回] 「知ってるつもり」
[第15回] 「旅は道連れ世は情け」
[第16回] 「段々畑にて」
[第17回] 「今日中東から戻りました」
[第18回] 「光年の彼方」
[第19回] 「よおし、がんばっどぉ」
[第20回] 「君の好きなメロディー」
[第21回] 「日曜日が待ち遠しい」
[第22回] 「ホテル・ニューハンプシャーの法則」
[お便り、掲示板、リンク、バックナンバー etc.]
1999年10月3日 [第1回]
「ピンクのばら」
18歳の冬、12月だった。ふたご座の大流星群が見えるというので、大好きな人の名前を3回唱えられますようにと勢いこんで、勉強部屋の窓枠に座布団を二つ折りにして乗せ、その上に頭を置いて東の空を見上げた。初めて見る本格的な流星群だ。視界のあちこちをスケートみたいに星がすべっていく。長いものは夜空の半分ほども尾を引いて行く。好きな人の名前はちゃんと言えた ...たけし、たけし、たけし。
それから卒業までのわずかの間、彼とは何もなかった。だけど廊下ですれ違うたび、目が合うたびに胸が張り裂けそうだった。「もしかしたら今日にでも唇を奪われるかもしれない。もしかしたら結ばれるかもしれない」、処女の私はそう考えて震えていた。
実際の二人は、同じ吹奏楽部のホルン奏者とフルート奏者として高一の春から高三の夏まで同じ部室で放課後を過ごしていただけで、それ以外にはなんにもなかったんだけど。でも私は彼と結ばれたかった。一年生の夏頃からずっと結ばれたいと思っていたんだ。
あの頃の私の幼さ、ときめきは、今も変わらずに残っていると思う、私の中に。化粧をしたり机の上に花を飾ったりしながら、今も何かを思って胸が高鳴って苦しくてたまらなくなることがある。いつまでもこうなのかな。
あの冬、正月が明けたころ、母親が友人の再婚パーティーに出て持ちかえったピンク色のバラを何本かもらって机の上に飾った。触ってみると、バラの花びらは滑らかでひんやりと冷たかった。その冷たさが気持ちよくて花びらを何枚か指で押しつぶしてしまった。そして、「名前だけじゃだめだったのかな、『たけしと結ばれたい』って3回言わなきゃだめだったのかな」などと思ったりしていた。そんなことを思い出す。
1999年10月9日 [第2回]
忠犬ハチ公
「コスモスの咲く路で」
忠犬ハチ公は、勤め先の学校で倒れて死んでしまい永遠に帰ってくるはずのない飼い主を出迎えるため、何年間も渋谷駅に通った。そして、いつもと同じように駅へ出かけたある日、ついにハチ公自身にも死が訪れる。
その日も飼い主は改札口には現れなかった。ハチ公は「ご主人さまは明日帰ってくるのかな。明日は一緒に帰れるかな。早く明日にならないかな」と考えながら夕陽の中を家路についた。その途中ハチ公はちょっと疲れてしまったので、ひと休みしようとコスモスの咲いている道端にしゃがみ込んで、目をつむった。そして夢を見た。
「誰かが柔らかい手でゆっくりとハチの背中を撫でてくれました。ハチは大好きな飼い主がやっと帰ってきたのかなと思い、しっぽを一生懸命振ろうとしました。でもハチにはもうそんな力は残っていませんでした。しっぽはわずかに動いたあと、そっと地面に横になり、そのまま動かなくなりました。背中を撫でてくれたのは飼い主ではなくて、静かに沈んでゆく夕陽でした」
ハチ公が飼い主の手と間違えた柔らかい夕陽の光。その柔らかさに触れてみたい。小学生のとき私の家にやってきた子犬のキューちゃんの小さな舌みたいに柔らかいのかな。夏休み、泳ぎ疲れた浜辺で砂遊びをしながら海に沈む夕陽を見ていた。日焼けした手足にオレンジ色の夕陽が当たって気持ちよかったし、うぶ毛が夕陽と同じオレンジ色に光ってうれしかった。キューちゃんもオレンジ色に光って波打ち際を走っていた。そのときの夕陽と似てるのかな。
ハチ公のお話は、幼稚園か小学生の頃子供向けの本で読みました。
夕陽が背中を撫でてくれるエピソードはその本にあったと思うん
だけど、文はすっかり忘れてしまったから、上の文は私のでっち
あげです。
キューちゃんはある年のクリスマスの日に我が家にやってきて、
その後16年間生きた柴犬です。キューちゃんは毎日夕方になる
と、私が学校から帰ってくるのを家の前で待っててくれました。
キューちゃんもハチ公と同じ夕陽に撫でてもらえたかな。
いつか私が年をとって死ぬとき、生きる力が身体から抜ける瞬間に、ハチ公を撫でてくれたのと同じ夕陽を浴びたなら、私にもわかるかもしれない。いちばん優しくて、いちばん柔らかい、いちばん好きな手で撫でられてるのが。
注)私、ここではハチ公がコスモスの咲くころに息を引きとったみた
いに書いたけど、本当のハチの命日は昭和10年3月8日、桜を
待つ季節でした。私の記憶の中で夕陽とコスモスが勝手にリンク
してたのでありました。なお、ハチ公に興味をもたれた方はぜひ
右上のリンクをみてみてくださいね。
1999年10月11日 [第3回]
「ゆっくりと降りて来る」
中学三年生のとき、英語の先生が教えてくれた詩がある。原文はすっかり忘れたけど、たしかこんな内容だった。
私は覚えている
花びらを揺らすちょうちょうのはばたき
私は覚えている
私の頬をやさしくなでる雲の影、etc...
いや、教わったのはもっと別のものだったかもしれない。教わったときすごく気に入ったから覚えておこうって思ったんだけど、覚えているのは私が感じとった詩の気分だけで、詩そのものは一言だって覚えてない。だから思い出すたびに違う詩になっちゃうんだ。いい加減だな。
この詩のことを思い出したときはよく眠たくなる。窓を開け、空の方を向いて眠たくなる。眠たくならなかったときには、のんびり空を眺めながらユーミンの「紙飛行機」をかけたりすることもある。取るに足りないものがなによりも大切に思えることがある。
今日は窓辺に野の花を飾ろう。そして、しばらくの間、窓枠を枕にして空をながめよう。懐かしいあたたかい気持ちが戻ってくるまで。
高校生の時、文芸部の文集をめくってたら、何年も前の先輩が書いていた詩を見つけて、私はその詩を宝物にした。中学生のときのとちょっと似てるけど、もうちょっとおセンチで、わたしはものすご〜っく好きになって、「今度はちゃんと覚えておこう」と何回も紙に書いた。おかげで今も忘れてない。
机上の...
そっとかざった野の花から
秋風にのって
銀鼠色の落下傘
よく眺めもせぬ間に
その名さえ知らぬ間に
そっとかざった野の花から
ゆっくりと降りて来る
銀鼠色の落下傘
1999年10月18日 [第4回]
あっしが紋次郎よ!
「風の中で待っている」
木枯紋次郎って知ってますか? これはもう30年くらい前の作品なんですが、私は再放送やってたのを夢中で見てました。私のいちばん好きな時代劇です。主人公の紋次郎の役は中村敦夫です。彼は小説書いたり、ニュースキャスターやったり(「ゲリラ戦士、悪を斬る」って感じですごくかっこいいキャスターでした)、国会議員やったりしてて私は大ファンなんですけど、思えばこの木枯紋次郎やってるときから彼にぞっこんでした。それで、この時代劇のことなんですが、
無宿渡世の浪人、紋次郎が偶然出逢った人に無理やり助けを求めら
れるのですが、最初は「あっしには係わりのねえことで」といって
断ろうとします。だけどそこへ威勢のいい姉御かなんかが現れて
「この人でなし! あんた、それでも赤い血が流れてるのかい。係
わり合いになった人が助けを求めてるっていうのに、見てみぬふり
をするってえのかい。えっ、にいさ〜ん。この薄情者ぉ」なんて具
合に非難されちゃって、引くに引けなくなった紋次郎は、仕方なく
刀を抜き、悪人どもをばっさばっさとやっつけちゃいます。その後
なぜか風が吹いてきて、紋次郎はいつもくわえてる長楊枝をおもむ
ろに「ひゅーっ」と壁に吹き刺した後、縦縞のきたないカッパを
「バサッ」と翻して旅路を急ぐ。その後姿を道端の野菊かなんかが
見送ってる ...
というようなお話です。
なんでこんなのが好きなのかというと、まず、紋次郎のいでたちがとっても格好悪くて、刀の使い方もなんかヘタクソで、それにあの長楊枝が何メートルも飛んでくところも漫画っぽくて、「見世物」としてユーモアがあるところと、それから「あっしにはかかわりねえ」なんて言ってひねくれてる彼の姿が哀しくもあり可愛くもありっていうところ、あと、世捨人だけあって絶対に徒党を組んだり威張ったりしないところ、そしてなんだかんだ言っても結局他人のために刀を抜いてしまう紋次郎の身体には真っ赤な熱い血潮が流れてるんだなあと思えるところ、そんな理由を思いつきます。
紹介ついでに、私が覚えてるこの時代劇の出だしのせりふをお教えします。
「木枯紋次郎は、上州新田郷三日月村の貧しい農家に生まれたとい
う。十歳のときに故郷を捨て、その後一家は離散したと伝えられる。
天涯孤独な紋次郎がどういう経路で無宿渡世の世界に入ったかは、
定かでない」
おまけに主題歌もご紹介します。上条恒彦の「誰かが風の中で」です。かっこいい歌です。歌詞間違ってるかもしれないけど、きちんと知りたい方はカラオケ屋さんに行って確かめてください(そう言えば最近何かのCMでも流れてました)。
どこかで だれかが きっと待って いてくれる
雲は流れ 道は乾き 陽はいつまでも 沈まない
心は 昔 死んだ (以下うろ覚えですが)
けれども おまえは きっと 待って いてくれる
きっと おまえは 風の中で 待っている
大きな組織の偉い人とかと違って、ほんとの正義の味方は紋次郎みたいに一人っきりでしか生きられないような過酷さというか痛みを背負ってるんじゃないかしら、などとロマンチックなことを考えたりします。今でも紋次郎がどこかの山道をあのへんてこな格好で歩いていないかなと思うことがあります。
1999年10月23日 [第5回]
「北風になりたい」
中学生の頃偶然見つけた詩がある。作者もたしか中学生くらいだったと思う。
私は北へ行きたい
私は北風になりたい
家々の窓から吹き入って
凍り付いて眠りたい
こんな冷たい詩を書く理由? 寂しかったからかもしれないし、つらいことがあったからかもしれない。でも私は、この人がこのときただ単純に寒いところに憧れてたからじゃないのかなって気がした。この詩には真っ直ぐな憧れの気分があふれていると思ったんだ。読んだ途端素敵な詩だなと思って、そのまま忘れられなくなった。毎年寒くなってくると、この詩を思い出して口ずさんだりする。
(覚えておくんだ。こういう素敵な詩とか、気持ちよかったこととか、大笑いしたときのこととか、感動したこととか、懐かしい大切な思い出を、少しでも多く覚えておくんだ)
私は、いつからか遠いところに憧れていた。どちらかというと南よりは北の方に行ってみたかった。森高千里の歌で「風に吹かれて」っていうのがあって、その中に「どこか遠いところへ行きたいな」っていうストレート過ぎる歌詞があるんだけど、私はたまにその部分を口ずさみながら北海道の草原とかを思い浮かべたりしている。
でも、ほんとはもっともっと寒いところに憧れてて、イギリス北部でネス湖のネッシー(ネス湖に住んでるといわれる伝説の恐竜)と一緒に真冬の夜空を見上げたり、ノルウェーとかグリーンランドとかの厳寒の地で白夜の雪原をトナカイ橇に乗ってすべって行ったりしたいななんて夢見てる。
昔「いいちこ」のCMでトナカイが走ってるのがあったんだけど
覚えてますか? 私はあの白さが忘れられません。
溯ると私のこの憧れは、この中学生のときに見つけた北風の詩がきっかけになってるのかもしれない。行ってみたいな、北へ。
今日は外もすごく寒かったし、北風とか雪原とか
寒い国のことをたくさん想像しながらお話を書いたので、
野の花の代わりに Au bon vieux temp のハーブ入り紅茶を
飲んで暖まっている ののです。
いつか、オーロラを見に行こうっと!
1999年10月30日 [第6回]
「母の背中よ、水色星よ」
李香蘭/山口淑子さんの自伝に載っていたことばです。
思い出すのは幼い頃の 母の背中よ 水色星よ
波乱万丈っていうのは誰の人生にもあることだと思うし、他人から見ればたいした波乱じゃなさそうでも、本人にとっては一生を左右するほどの重大事ってこともあると思う。だから、「今日もどこかで〜、波乱バンジョー!」って叫びたくなる。
だけど、彼女、李香蘭/山口淑子さんの場合は、ほんとに飛びきりの大波に乗り続ける人生だった。名前も二つあるし、中国の映画スターだったのに日本の国会議員になっちゃうし...(詳しいことが知りたい方はぜひ彼女の自伝を読んでみてください。ののとしてはキョーレツにお薦めします)
そんな彼女がうたった冒頭の歌は、遠い昔の記憶を求める一人の「子供」の心情そのもの。口ずさんでいると、哀しくて、可愛らしくて、涙がこぼれそうになる歌なんだ。
じつは、今日私にも個人的に涙がこぼれることがありました。
今日はののはなの波乱万丈日でした。
幼ない女の子が母親の背中から見た星は、今はもうどこかに消えてしまったけれど、心の中で輝き続けている。母のぬくもりの記憶とともに、いつまでも。
1999年11月11日 [第7回]
「いつも栗をくれたのは」
今日は私の好きな「ごん狐」をそのままご紹介します。読んだことのある方もまだ読んだことのない方も、ゆっくりとお楽しみください。
ごん狐
新美南吉
一
これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。
むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。
その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。
或秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたその間、ごんは、外へも出られなくて穴の中にしゃがんでいました。
雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。空はからっと晴れていて、百舌鳥の声がきんきん、ひびいていました。
ごんは、村の小川の堤まで出て来ました。あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。川は、いつもは水が少いのですが、三日もの雨で、水が、どっとましていました。ただのときは水につかることのない、川べりのすすきや、萩の株が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは川下の方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。
ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。ごんは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。
「兵十だな」と、ごんは思いました。兵十はぼろぼろの黒いきものをまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、はりきりという、網をゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、まるい萩の葉が一まい、大きな黒子みたいにへばりついていました。
しばらくすると、兵十は、はりきり網の一ばんうしろの、袋のようになったところを、水の中からもちあげました。その中には、芝の根や、草の葉や、くさった木ぎれなどが、ごちゃごちゃはいっていましたが、でもところどころ、白いものがきらきら光っています。それは、ふというなぎの腹や、大きなきすの腹でした。兵十は、びくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみと一しょにぶちこみました。そして、また、袋の口をしばって、水の中へ入れました。
兵十はそれから、びくをもって川から上りびくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。
兵十がいなくなると、ごんは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかかっているところより下手の川の中を目がけて、ぽんぽんなげこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみました。
一ばんしまいに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんはじれったくなって、頭をびくの中につッこんで、うなぎの頭を口にくわえました。うなぎは、キュッと言ってごんの首へまきつきました。そのとたんに兵十が、向うから、
「うわアぬすと狐め」
と、どなりたてました。ごんは、びっくりしてとびあがりました。うなぎをふりすててにげようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまきついたままはなれません。ごんはそのまま横っとびにとび出して一しょうけんめいに、にげていきました。
ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかえって見ましたが、兵十は追っかけては来ませんでした。
ごんは、ほっとして、うなぎの頭をかみくだき、やっとはずして穴のそとの、草の葉の上にのせておきました。
二
十日ほどたって、ごんが、弥助というお百姓の家の裏を通りかかりますと、そこの、いちじくの木のかげで、弥助の家内が、おはぐろをつけていました。鍛冶屋の新兵衛の家のうらを通ると、新兵衛の家内が髪をすいていました。ごんは、
「ふふん、村に何かあるんだな」と、思いました。
「何だろう、秋祭かな。祭なら、太鼓や笛の音がしそうなものだ。それに第 一、お宮にのぼりが立つはずだが」
こんなことを考えながらやって来ますと、いつの間にか、表に赤い井戸のある、兵十の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、大勢の人があつまっていました。よそいきの着物を着て、腰に手拭をさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きな鍋の中では、何かぐずぐず煮えていました。
「ああ、葬式だ」と、ごんは思いました。
「兵十の家のだれが死んだんだろう」
お午がすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向うには、お城の屋根瓦が光っています。墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました。と、村の方から、カーン、カーン、と、鐘が鳴って来ました。葬式の出る合図です。
やがて、白い着物を着た葬列のものたちがやって来るのがちらちら見えはじめました。話声も近くなりました。葬列は墓地へはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました。
ごんはのびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌をささげています。いつもは、赤いさつま芋みたいな元気のいい顔が、きょうは何だかしおれていました。
「ははん、死んだのは兵十のおっ母だ」
ごんはそう思いながら、頭をひっこめました。
その晩、ごんは、穴の中で考えました。
「兵十のおっ母は、床についていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいな い。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」
三
兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。
兵十は今まで、おっ母と二人きりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。
「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」
こちらの物置の後から見ていたごんは、そう思いました。
ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。
「いわしのやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」
ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんが、裏戸口から、
「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売は、いわしのかごをつんだ車 を、道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へもってはいりました。ごんはそのすきまに、かごの中から、五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十の家の裏口から、家の中へいわしを投げこんで、穴へ向ってかけもどりました。途中の坂の上でふりかえって見ますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。
ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。
つぎの日には、ごんは山で栗をどっさりひろって、それをかかえて、兵十の家へいきました。裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯をたべかけて、茶椀をもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには兵十の頬ぺたに、かすり傷がついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをいいました。
「いったいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人と思われて、いわし屋のやつに、ひどい目にあわされた」
と、ぶつぶつ言っています。
ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんな傷までつけられたのか。
ごんはこうおもいながら、そっと物置の方へまわってその入口に、栗をおいてかえりました。
つぎの日も、そのつぎの日もごんは、栗をひろっては、兵十の家へもって来てやりました。そのつぎの日には、栗ばかりでなく、まつたけも二、三ぼんもっていきました。
四
月のいい晩でした。ごんは、ぶらぶらあそびに出かけました。中山さまのお城の下を通ってすこしいくと、細い道の向うから、だれか来るようです。話声が聞えます。チンチロリン、チンチロリンと松虫が鳴いています。
ごんは、道の片がわにかくれて、じっとしていました。話声はだんだん近くなりました。それは、兵十と加助というお百姓でした。
「そうそう、なあ加助」と、兵十がいいました。
「ああん?」
「おれあ、このごろ、とてもふしぎなことがあるんだ」
「何が?」
「おっ母が死んでからは、だれだか知らんが、おれに栗やまつたけなんかを、まいにちまいにちくれるんだよ」
「ふうん、だれが?」
「それがわからんのだよ。おれの知らんうちに、おいていくんだ」
ごんは、ふたりのあとをつけていきました。
「ほんとかい?」
「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。その栗を見せてやるよ」
「へえ、へんなこともあるもんだなア」
それなり、二人はだまって歩いていきました。
加助がひょいと、後を見ました。ごんはびくっとして、小さくなってたちどまりました。加助は、ごんには気がつかないで、そのままさっさとあるきました。吉兵衛というお百姓の家まで来ると、二人はそこへはいっていきました。ポンポンポンポンと木魚の音がしています。窓の障子にあかりがさしていて、大きな坊主頭がうつって動いていました。ごんは、
「おねんぶつがあるんだな」と思いながら井戸のそばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三人ほど、人がつれだって吉兵衛の家へはいっていきました。お経を読む声がきこえて来ました。
五
ごんは、おねんぶつがすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。兵十と加助は、また一しょにかえっていきます。ごんは、二人の話をきこうと思って、ついていきました。兵十の影法師をふみふみいきました。
お城の前まで来たとき、加助が言い出しました。
「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神さまのしわざだぞ」
「えっ?」と、兵十はびっくりして、加助の顔を見ました。
「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、 神さまだ、神さまが、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんで下さるんだよ」
「そうかなあ」
「そうだとも。だから、まいにち神さまにお礼を言うがいいよ」
「うん」
ごんは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、栗や松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃア、おれは、引き合わないなあ。
六
そのあくる日もごんは、栗をもって、兵十の家へ出かけました。兵十は物置で縄をなっていました。それでごんは家の裏口から、こっそり中へはいりました。
そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と狐が家の中へはいったではありませんか。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。
「ようし。」
兵十は立ちあがって、納屋にかけてある火縄銃をとって、火薬をつめました。
そして足音をしのばせてちかよって、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると、土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。
「おや」と兵十は、びっくりしてごんに目を落しました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。
1999年11月14日 [第8回]
「飽餐男女」
以前私が描いたテキスト漫画です。友人達の評判はいまいちだったんだけど、誰か面白いって思ってくれる方がいるといいなぁ。それから中国語は中国人の友人に訳していただいたものです。
対話小品 「飽餐男女」
∧_∧
(へ へ)
┌──── =ゝ= 「ロ畏、我ロ尼很想吃中国菜!」
J┌┬─┬┐し∇J (ねえ、あたし中華料理食べに行きたい!)
└└ └└
∧w∧
( . . )
「前几天、不是剛吃過ロ馬? =●= ────┐
イ十厶魚翅呀、燕窩呀等等、 △ ┌┬─┬┐し
都是些很貴的菜、ロ阿?」 ┘┘ ┘┘
(こないだ食べたじゃん、ふかひれとか
燕の巣とか、高いものば〜っかり...)
∧_∧
( u u )
┌──── =ゝ= 「ロ厄、我想起来了。但我還想吃一回ロ馬。」
J┌┬─┬┐し▽J (あら、そ〜だったわね。でももう一回行きたいのよ)
└└ └└
∧w∧
(v v)
「我可没銭了。イ尓一个人去好了」 =●= ────┐
(俺もうお金ないからね。一人で行ってよね) ε( ┌┬─┬┐し
┘┘ ┘┘
∧_∧
(− −)
┌──── =ゝ= 「ロ牟、知道了。可イ尓知不知道我已中了彩票了。
J┌┬─┬┐し△J 我可想去香港大吃一場、ロ阿!」
└└ └└ (ふんっ、判ったわよ。あたし宝くじ当たったから、
香港行って食べて来ちゃうんだもんね)
∧w∧
(@ @)
「是ロ馬? 那我倍イ尓一起去了。 =● = ────┐
イ尓一个人一定好危険的。 し∇J ┌┬─┬┐し
但去香港不是要筌証的ロ馬」 ┘┘ ┘┘
(えっ、ほんと? じゃ僕もつき合うよ。
一人じゃ危ないからね。
ねえ、香港ってビザいるんだっけ?)
∧_∧
( _ _ )
┌──── =ゝ=
J┌┬─┬┐し_J 「辷个人可真討厭 ...」
└└ └└ (このぼけ、ほんまいややわ ...)
・
・
・
・
・
・
・
「那下次、
∧_∧ ∧w∧ 我們会再給大家講个很有意思的故事」
(へ へ)(へ へ)
┌──── = ゝ= =●= ────┐ 「再見!」
J┌┬─┬┐し∇J し▽J┌┬─┬┐し
└└ └└ ┘┘ ┘┘
備注:便宜上、中国の漢字を以下のようにあらわしています。
「イ尓」、「ロ馬」、「ロ巴」、「ロ馬」、「ロ阿」、
「ロ畏」、「ロ尼」、「ロ厄」、「ロ牟 = ai」、「厶」、
「辷 = this」、「筌証 = VISA」
1999年12月10日 [第9回]
「きもの」
タイムマシンがあったらいいな。
小学校4年生のとき大好きだった服がある。赤と白の糸で縫ったブラウスで、遠くからだと濃いピンク色に見えるけど、近くで見ると赤い糸と白い糸の絡まり方がすごく上品で、私はいつもうっとりと眺めていた。子供向けにしてはかなり高価なその服を私は母に何度もねだって買ってもらった。汚さぬよう大事に着て、しまう場所は洋服ダンスの中のいちばんいいところに決めていた。だけど買ってもらった次の年にはもう着られなくなってしまった。私の背が伸びたからだ。
またあのお店で何時間も過ごせたらいいのに。
中学生のときVANが流行してて、私もスニーカーとかセーターとかバッグとかを集めていた。ハンカチくらいならお小遣いでも買えたので、学校帰りに何度かハンカチを買いに町の小さなVANショップに行ったことがある。そのお店に来てたお客は男の子も女の子も皆ちょっとおませで気取ってて、自分もそうなのかななんて思って得意になってた。棚の上に並んだ素敵なチェックの柄のハンカチを何度も手にとっては見つめて、たった一枚買うのに1時間も迷ったりしてた。あの頃はいくらでも時間があった。
なにかを鮮やかに思い出してるときって、一瞬の間、本当にタイムトラベルしているんです。
セーラー服のスカートのプリーツがきちんとしてると、幸せな気分だった。しゃがんだりしたとき、私の身体のまわりをスカートが丸く囲んで裾の襞がきれいに広がると、それだけでうれしくなった。家で母と喧嘩して畳に座り込んで泣いた時も、涙を流しながらプリーツの広がり具合を気にしていた。喧嘩の理由は忘れてしまったけど、涙に滲んで見えたスカートの折り目は今でも鮮やかに思い出す。今はもうプリーツスカートなんて履かなくなった。あのスカートは少女だけのものだって気がするから、履けなくなった。
忘れたくないとき、思い出したいとき、思い出が頭の中からどんどん涌き出てきたとき、書かずにいられなくなるのかな。
何年か前、幸田文の「きもの」という本を読んだ。彼女は幼い頃から大人になるまでの間の、学校のことや友達のこと、父親の幸田露伴のことなどを、そのときどきの衣服への愛着を通して鮮明に覚えていた。彼女は着物のことを思い出しながら自分の人生を振り返りその本を書いた。訳もなく花や川や空が好きなように訳もなく服が好きな人に、この「きもの」をお薦めします。
花屋さんにシクラメンやポインセチアがたくさん並んでいました。一緒に三色スミレも並んでました。冬だけど花がきれいな季節です。
2000年2月9日 [第10回]
「飛・び・ま・す」
みなさん、ご無沙汰です。そして、明けましておめでとうございます...っていうにはちょっと遅いかもしれませんが、旧正月だったら明けたばかりですもんね。それに私は日曜日にお正月気分でにぎわう中華街にも行ってきたことだし。あたふたと過ぎたミレニアム(なんかこの言葉使うのって恥ずかしいなあと思う方いませんか?)騒ぎも落ち着いて、今が私のお正月みたいです。
さて、言い訳はこのくらいにして年初めのののはなを...と思ったんですが、二ヶ月近くもサボってしまったせいか、じつは今日は文章を書くのがすごく恥ずかしいのです。それで前の「ごん狐」のときのように私の好きなもののご紹介をさせていただきます。ご存知の方はほとんどいないと思いますが、私が中学から高校の頃によく聴いていたフォーク歌手、山崎ハコ(女性です)の作品からひとつ、
「飛びます」 作詞・作曲 山崎ハコ
何のために今まで そして今からも
生きているのか わかったような気がします
いいんです 報われぬとも 願いは叶わぬとも
この思いは 本当の私だからです
今 私は 旅立ちます
ひとつの空に向かって 飛びはじめるのです
この思いのためなら どんなに苦しいことも
きっと やれるような そんな気がします
そうです 歌いたくなくても 言葉に出したくなくても
きっと 歌えるのです 心の中で誰かが歌ってるから
今 私は 旅立ちます
自分の心に向かって 飛びはじめるのです
一番大切な かけがえのないものは
おそらく 今 息づく 自分の命でしょう
けれど はかない人生 この私の命を
賭けるものがあっても 誰も責めないでください
今 私は 旅立ちます
信じるために 飛びはじめるのです
私は 今 旅立ちます
信じるために 飛びはじめるのです
この歌詞を読んでCDを買いに行く気になった方、上の曲も含め全てすご く暗い曲ばかりなので覚悟して買ってくださいね。ちなみに私は明るい曲でも暗い曲でも好きなものは好きですけど(開き直ってどうすんのよ)。
今日は私の住んでる町にも久しぶりに雪が降りました。うっすら積もった雪を眺めながらうれしい帰り道のののでした。
なのはなばたけ