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8/15
昨日までの3連休で、すっかりバカンスモード入ってたのに・・・。 今朝から仕事に行って、あー、そうだ・・・Uターンラッシュ・・・増便だったのね・・・というわけで、なかなかハードな1日でした。 連休中は外食続きだったので今夜はつつましく納豆におみそ汁、おひたしでゴハン・・・。
ベッドで横になりながらなにげなくTVをつけて・・・たまたまでた番組が、「2001年あなたにとって日本とは」・・・そう今日は終戦記念日。 戦争の歴史をふりかえりながら、スタジオに一般の若者数十人とゲストとでいろいろなことについて議論するという番組。 日本の未来は明るいものなのか? 過去の戦争をどうとらえているか? 日本人が戦争責任についてなにをどう、つぐなえるか? これからの国家のあり方とは? 世界にたいし何ができるのか? 等々・・・いろいろな意見がかわされていました。 うーーん、 こういう問題ってもう何十年も前から同じ課題で議論されてきたんじゃないかなぁ。 それでいて、いつも何だかすごく抽象的な結論で終わっているというか・・・そういう感じでかわしてきたからここまで来たっていう感じはする。 なんだか難しいな。 私がどうこう考えたところで、日本が中国・韓国に対して相当の謝罪をするわけでもなし・・・国際社会の貢献のために自衛隊を紛争地域に派遣するわけでもなし・・・。 でも終戦記念日を機会に考えられたことはよかったかも。
今夜、2つ、自分にできることを思いついた。 まず1つは、将来、お母さんになったとき、自分の子供に戦争のことを知ってもらうこと。 私の世代はまだかなり戦争について知る機会があったと思う。 この間、本屋さんへいったとき、夏休みの読書感想文用になるような本が表に並んでおいてあったのだけど、ガラスのウサギ、太陽の子等にとってかわって、ハリーポッターシリーズがならんでいて。 なんだかちょっと心配になった。 戦争のことを風化させてはいけないって。
もう1つは、おじいちゃん、おばあちゃん孝行をしよう、ということ。 戦争中いろいろなことがあったと思う。 でもほとんどのお年寄りのように、私のおじいちゃんとおばあちゃんも滅多に戦時中の話しはしない。 思いだしたくないという想いもあるのかもしれないけれど、戦争の話しをしたところで、しょうがないと思っているのではないかしら。 何も、辛く悲しい暗い話しを孫にしたくはないようだ。 そのせいか、私も含めて今の若い人って、お年寄りに対する畏敬の念が失われつつあるような気がする・・・。 80年、90年・・・・生きてきた方はもうそれだけで、敬意を払うに値すると思う。 もっとお年寄りに対してやさしく大切にできる社会であるべきはずなのにね。
8/7
大阪は猛暑が続きます。 2度目の夏とはいえ、かなり身体に応えます。 ビンゴのお散歩も夕方6時半以降でなくては行けない始末。 それでも帽子を被って日傘をさしての防備です。
私って、カッコツケマンなのかも・・・。 自分が弱気のときはHPの更新さえできないんだもん。 今回も半年ぶりの更新となってしまった・・・。
私はまだ、関西空域のレーダーの訓練生です・・・。 なんだか色々なことがあって、もがいてました。 私、最近の自分を反省してるんです。 訓練にしても、プライベートにしても、なんで頑張っているのに上手くいかないんだろうって・・・それを何かしら、人のせいにしたり、環境のせいにしたりしてたんです。 それで、自分を救ってたっていうか。 でもちっとも状況は改善されなくて・・・ずーっともがいたまま。 いつまで続くんだろうって・・・。 でね、昨夜ふと、昔のことを想いだしたんです。 私が高校生のとき、アメリカに留学する直前にゆきママに言われた言葉、 「 ゆきちゃん、自分の人生は自分でしか生きられない。 誰もそれを助けることはできないのよ。 自分の力で切り拓くしかないの。」 ということを。 すごく単純でクサイセリフなのだけど、人間って、長く生きてるとそういう当たり前のことを忘れちゃうんだよね。 いつも、全て、周りの環境や人間関係が自分のやりやすいように整ってるなんてありえないし、時には逆境や不条理な中でやらなきゃいけない時だってある。 それを人のせい環境のせいにして、しょうがないと放っておいても、それはただの周りに対するエクスキューズにしかならない。 周りはそれでよしとしても、自分が納得できなければ・・・それはもう自分で何とかするしかないのに! 他でもない、自分のために自分でやるしかないんだよね。
彼とケンカして、泣きながら電話であこちゃんと話してた時のこと・・・。 「お姉ちゃん、しょうがないよ・・・。 彼のこと想ってるとか、なんだかんだいったって、お姉ちゃんって、自分が一番可愛い人なの。 自分が一番好きなんだよ。 よくそのことを自覚したら。」 と悟されました。 聖人君主じゃあるまいし、私は自分がすごく大事、自己を犠牲にしてまで他の人のためになんてできないもん。 以前、彼に、 「将来、どんなものを手にいれたいって思ってる?」 と聞いたことがあって、彼は、 「うーん、余裕かなぁ・・・。」 って。 そのとき私は、(なんやコイツ・・・幸せな家庭とか、愛とかって、もっとロマンチックなこと言えないんかいな・・・・)と、ちょっとがっかりしたことがあったんです。 でも、いまなら彼のいわんとしたかったことが解るなぁ・・・。 あこちゃんのいうように私みたいな人は、’よゆう’がないと、人にやさしくなれないんだよね。 食べ物にしても、お金にしても、幸せにしても、自分が自分自身を満たして初めて、周りの人に自分からあふれたものを、あげられるのだから。 いつもそういう状態でいることはすごく難しいこと。 でもその’よゆう’からでる’やさしさ’は、どうやら、自分の幸せにも相乗効果をもたらすような気がする。
いま午後3時・・・高級茶葉使用のジャスミンティーを入れちゃうぞぅ。 そして関西特産(?)わらび餅で一息しちゃう。 わらび餅は最近のマイブームで、私はどっちかというと京都の老舗の本物わらび餅より、スーパーで売ってる1パック88円とかの明日香のわらび餅が好き。 あのモチモチッ、プルプルッ、とした食感がたまらないのです。 好きな音楽をかけて、読みかけの本を読んで・・・・。 その前に、ティーセットの茶渋を磨こーっと。

散歩時着用の帽子・・・ これに日傘で完全防備!? いたずらビンゴ
2/6
今日は朝からお仕事でした。 午前中雨が降り続いていたので、夕方ビンゴのお散歩の後で彼をシャンプーしてあげました。 そのせいか、ビンゴはお疲れでスヤスヤです。
今日、仕事の後もチームで残って3時間くらいかけて、今後の対策や日々の業務の見直しを話し合いました。 9日には全国から次席クラスの管制官と局とで大きな会議が設けられるそうで、それまでに現場の意見をまとめたいとのことでした。
先ラウンドはタワーだったのでそんなに感じませんでしたが、今日からのラウンドは大阪レーダーということもあって、緊張してしまいました。 いつもは何気なく交わしていた間隔設定も、なんだかすごい考えて、大丈夫かなぁって、いちいちびくびくしながらやっていました。
ついさっきまで、ゆきパパとニアミスの件等で仕事の話しを電話で1時間くらいしてしまったのですよ。 そして、今回のことで私がいきついたのは、ずばり、「 青年よ! 大志を抱け!!」 ということなのであります。
色々な人の意見や考えを聞いて、やっぱり日本の 「お役所仕事」 が変わらなくてはいけないところに来ているということを実感します。 まず、民間のパイロットと、役所の管制官という時点で、双方の間には大きな隔たりがあると思います。 午後の話し合いでも思ったんだけど、おっちゃん達は、自分の保身のことしか頭にないんじゃないのっていう感じの意見しか、結局のところいわない。 もちろん、航空法や空制、調整要領、協定書、管制方式基準に、業務処理要領、等々、法律で全て決められたなかで仕事をして、何かあったらそれに守ってもらうようなところから全てが始まっているのだから仕方ないのだけど。 正直な話し、日本の管制は遅れているのでは?と思うこともあるのです。 ゆきパパによると、アメリカのシカゴや、ロンドンのヒースローのアプローチなんて日本のそれの比ではないそうですよ。 私もそのことは、ことあるごとに聞いてきましたけれど。 例えば、日本の空港だと出発と到着、合わせて1本の滑走路で運用しているということもありますが、到着機をファイナル(最終進入経路)に並べる間隔は7マイル平均。 まぁ、少なくとも5マイルは確保しているわけです。 ところが海外の大空港では2.5マイルだというのだから・・・。 もちろん、その間隔を設定するには管制官の技量も成熟がもとめられるし、パイロットに対してもスピードコントロールなど、厳しく要求されてくると思いますが。 でも、これだけ飛行機の需要が高まって、スケジュールもより過密になっていく中で、保身を考えて、守りの管制をガシガシにしたところでしょうがないような気がします。 それよりももっと、グローバルに、管制では先進をいく国を手本にもっともっとアグレッシブな形で管制事態を大改革していくことはできないのだろうか・・・って思ったんですよ。 あまり意味のない研修に予算をかけるよりも、精鋭のプロジェクトチームを作って、欧米に視察団を送るとかね。 次世代の管制を担うようになるであろう、衛星を使用しての管制のあり方についてももっと、現場の人間が考える余地をつくるべきだと思うのです。 ところが、悲しいかな、管制の現場もやはり役所の延長というようなところがあるのです。 あんまり意味のない空港事業を取りやめることもできずに予算をそそぎ続けたり、管制の用語をひとつ変えるにしても、法律のそれを変えるのと同じくらいの年月を要してしまうのですから。 いま、民間ではリストラ、コスト削減、どんどん不要なものを排除してスマートな会社でなくては生き延びていけないというのが実状だというのに。 でも、ゆきパパいわく、「 民間も役所も結局、団塊の世代が引退しないと、大きな改革は無理なのかもな。」 と、いっていました。 もちろん、自分自身が団塊の世代であることは十分自覚しての発言です。 もちろん、彼らなくしては日本の飛躍的な経済成長はあり得なかったのですが。 複雑ですね・・・。
ゆきママは「 ちょっとづつでも、ゆきちゃんができることをしていくのがいいんじゃない? パイロットとの間の交流を持つような組織を作ったり。 そして、 今すぐどうこうなんて、思わなくてもいいのよ。 ちょっとづつ、ちょっとづつ、準備したり、同じ思いの仲間を増やしていけば。 5年、10年先のためでもいいじゃない。 」 と言っていました。 そうか・・・いままで思ってもみなかったのですが、これからの日本の管制を改革していくのは他でもない、私の世代なんだなって・・・自分ではそんな大それたこと、考えたこともなかったのですが、コンピューターや機器の進化とともにそれを使う人間も進化しなくてはどうしようもないのですから。 そして、このことは管制だけでなく社会の様々なところに押し寄せてきているのでしょう。 いまはまだ、全体的に混沌として、いろいろな意味で過渡期のような気がしなくもないのですが。 そう近い将来・・・飛躍のとき、変革のときが様々なところで必要不可欠になってくるはずです。 そしてその波に乗るのも、その波を作るのも、他でもない私達の世代なのだということをみなさんに考えてほしいのです。 訓練生のゆきちゃまが言っても、あんまり説得力がないかもしれないし、世の中そんな簡単なものじゃないって、おしかりを受けるかもしれませんが、でも、20代、30代、のときにもう一度、青年のときに誰もが1度は抱いた大志を、もう1度、抱いてみるのもいいのではないかなぁ・・・。 もちろん、それが現実にちゃくちゃくとつながっていく小志であっても、十分、本当に十分にいいのです。

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