救護室長(なす)の紹介
なすのプロフィ−ル

なすとは・・・

なすのHNの由来は一通の手紙です。

なすが看護婦の国家試験に合格したとき、なすの弟がなすに手紙をくれました。

「立派ななすになってね。」

そこに書いてあった言葉をチャットに初めて入るときに思い出し、つけたHNです。

それなので、このHNにとても愛着があります。
その日の気分で色々変えてチャットに入るけど、結局は元のHNをばらします。


なすのちびっこ・小・中・高時代

なすは197*年6月12日に、某家の長女として誕生しました。

生まれたのは有名な北海道の富良野です。なすは4歳まで富良野にいました。

なすの記憶のなかの富良野はとても田舎です。
家の前にはたんぼがあって、隣の家の男の子と泥遊びをしてました。

お家の近くには川が流れていて、その向こうは山です。
朝はカッコウが鳴いていました。

冬は極寒だったのは覚えています。バナナが凍るほど(笑)

なす父は転勤族だったのでなすも転校三昧でした。幼稚園は2,小学校4こです。

小学校の頃のなすは元気すぎるほどだったけど、
体が弱く、しょっちゅう学校を休んでいました。

学級委員とかをやっていて(自分で立候補してまで・・・)、
かなりの目立ちたがりやだったな・・と(笑)

小学4年からミニバスケットを始め、喘息が治りました。
でも、骨折が絶えず、毎月病院に行き、常連さんに昇格です!!

入学は札幌、卒業は盛岡です。

中学に入学し、またまたバスケット部に入りました。

なすは自慢ですが(笑)中学の頃、テレビを見た記憶があまりありません。

家に帰れば勉強ばかりの良い子でした(爆)

入学したのは盛岡ですが、2年の夏に転校して札幌に行きます。

その頃が一番楽しい時期でした。大好きな時間です。

高校入試の1週間前に急性肝炎で入院し、病院で受験する・・・
という、貴重な体験もしました(笑)

高校に入ってすぐ、また転勤が決まり、なすはストを起こします。

それはここに書ききれないほどのストです(笑)
その結果、なすは16歳にして、1人暮らし(下宿)をすることになります。

しかし、その生活も8ヶ月で幕を閉じました・・・。理由は・・・・。

成績不振です(自爆)514人中、501番という成績・・・。
その実体は、504人しか受けていなかった・・・。
つまり、下から4番目ってこと(涙)

高校を卒業したのは東京でした。

なすの夢は入学した学校で卒業することでした。


なすの大学(医療短大)時代

なすは憧れだった看護婦になるために某大学の医療技術短大へ入学しました。

とても立派な学生でした(笑)授業中に寝てばっかりいる・・・。

テストも追試の嵐(笑)おかげで1年から2年、2年から3年と仮進級で、
3年の最後には卒業判定会議にまでかけられて、
卒業式の袴をぎりぎりまで借りれなかった思い出があります。

なすはこの時、入学した友達と一緒に卒業するのは
自分には絶対に叶わないことだったのかなぁ〜と考えました。

医短時代はとてもきつかった・・・。さぼってばかりのなすでさえきつかった。

レポートの嵐、実習・・。

3年生の1年間は毎日実習です。1週間ベッドで寝ないなんて当たり前で、
なすは夏休みに入った途端、血を吐き、救急車で運ばれました。

3年がなすにとって1番辛く、退学も考え、毎日泣いていた時です。

学校の先生に「あなたの様な気の弱い人に看護婦は務まらない」と何度も言われ、
悩みました。

なのに、今はあの頃の気の弱さが懐かしいほど、気が強くなっています(笑)

そんな辛い実習も終わり、国試があり、私は袴もはいて無事に卒業できました(笑)



家族へ

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