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池田理代子の漫画を読んでいる。 警視庁のエリート上がりで顧客を担当する保険屋と芸術家の恋の話し。 180社ある顧客のうち、その男の腕で得た顧客数は168社という敏腕。 私は繊細で優しいそのハンサムな男に淡い恋心を抱く。 漫画がいつのまにか私の体験になり、私は大きな大学の医学部キャンパスに住んでいる。 そこから有害や劇薬を盗むと言うテロリストの予告が入り、警察と劇薬の扱いに詳しい研究者とが召集される。実はその研究者の一人が犯人。医学知識に豊かなので誰も彼を疑わない。 私の家の私道に大きな警察の車が乗り入れられる。外に出ようとすると「戻って、戻って」と言われる。 しかし劇薬が流出したらどうしたらいいのかと私は不安になる。 |
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また洪水の夢。背景が何度も水で覆われるが今回はそこにごはんが混ざっていておかゆのようだ。 ある会社で全く男として時に女として勤務している中年の人がいる。社員証は男の顔をしているが、女に扮装していてもガードはもうちゃんとわかっている。「あれはおんなじ人間なんだ」とそばの人に話している。 さぞかし会社では疎外されているだろうと思いきや、その人が入院すると大変な人気で沢山のお見舞いの電話がかかってきて、皆に好かれていたんだということがわかる。看護婦の一人など、応対にすっかり疲れている様子だ。"You'll have a plenty of time after making love."などと受話器に言っている看護婦がいる。そうか恋人もいたのか、と私は思っている。 |
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2001年03月01日 02時18分27秒
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芥川賞作家のMさんのうちを訪ねる。見事な草書で縦書きで原稿を書いている。原稿部分は青、注釈部分は赤だ。 ものすごい速さでありとあらゆることを関連付けて書いている。 (さすがだなぁ)と私は思っている。 主人と私が書いた脚本が芝居になる。役者は天井に届くような高い椅子に座らなくてはならない。 その劇場に行くと、前は単なる芝居小屋だったのが随分立派になってガラス張りの舞台になり、天井に届く椅子がいくつもある。 (ここまでしなくてもいいのに。やっぱり日本人はお金もちだ)と考えている。 |
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豪華なログハウスに住んでいた。調度品はマホガニー、食器は銀だ。 「金持ちじゃないなんてウソでしょう」と訪れた誰だかわからない眼鏡の日本人の男の人が言う。 「いやほんと金持ちじゃないです。だって全部借り物だから」と私は答える。 さて貸主の夫婦(これは前の教会のページ夫妻みたいな中の上流夫婦)が、 戻ってきて、いきなり牧場の柵の横にある木のレバーを引く。それが主要電源であったため、山小屋内の電気が突然切れる。 この経験はこのところ多発している停電と同じ。 夫婦は次に居間に入ってきてそこの壁をみて「あーあーあー」と崩おれる。何故か壁だけ紙でできていて、決して立派ではないのだが、そこに夫が自分の詩、新しく習った言葉、北海道が蝦夷であった頃の地名などを一面に落書きしたからである。 壁は薄緑、文字は黒だった。 場面は変わって日本。子供のためのお祭りをしている。農道に氷のように透明なよく滑る材質のシートが敷いてあり、近所の子供がその上をすべるお祭り。うちの子はもう大きいので家の中から見ている。 クリがブッシュの演説をテレビで見ていてここがおかしい、とか随分具体的な批判をするので感心している。 また別のシーン。みんなが朝礼に出ている。でも私はまだ寮のような部屋に残っていて、自分の身の回りの整理がつかずにいる。 |
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生きているのに自分の葬式を出す。岸和田のおじさんとか親戚の人もみんな来ていて棺おけを覗き込んでいるのがわかる。 でも葬儀屋さんとかも私の足を持って「あ!なんだこりゃ。生きた人だよ。全然生きてるや」とあざ笑う。 去年なくなったおばもそこにいて、すごく社会性の高い人だから「みんな、忙しいところ来てくれてはんのに。本当に死んでるんだったらいざ知らず・・・」と母親に言っている。 何故か母親は死んでいなくても葬式を挙げたいという私の意向に同情的で「でもおじさんの葬式も、こないだしたし・・・」などと言い返している。おばさんは、「うちの主人はちゃんと死んでました!」と高い声で言う。 でもだんだん棺おけにいるのに飽きてきて外を歩き回っていると、参列者の人がそれを見てみぬふりをしているのがわかる。 死んでもいないのに葬式を出したということがいかにみっともないか、わかっているからである。 解説:この夢では死ぬということがものすごい名誉のように思われている。 これは一度古い自分を捨てて再生したいという自分の願望。 髪を剃れば再生できるかなと考える安易な自分をどこかで自分で責めているのである。 |
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仕事に出ようとすると、「今日はゴールデンゲート・ブリッジは使えませんよ。」と何故か全然関係の無いクライアントから電話がかかってくる。主人が「フレズノ・ブリッジから行けばいいという」(ちなみに、フレズノ・ブリッジなどない)。 とにかく行くと、きびきびとした有能な女性社員が仕切っている。これから移動するらしく、皆なんとなくだべっている。二人の男性社員がテーブルの前に座って、何かの業界はもともと金利を正確に言わない習慣があり、突き詰めて聞くと「そういうカタイことを言うなら」とようやく正確な数字を教えてくれる、と話している。 さていよいよ移動である。例の有能な女性社員がグループを5 x 4 列に並べ「ちゃんと前へ習えをして!」と叫び、前列の女性のひじの高さなどを直している。こんなのは初めてである、恐らく完ぺき主義者なのだろうと私はぼんやりと考えている。一番左の列はVIP用でスーツを入れる紺色のバッグが横に4つ並んでいる。その四人だけは訪問先の会社が用意した超高級リムジンで移動するのだ。そのVIPも仕方なさそうに前へ習えをしている。 |
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2001年02月07日 02時39分30秒
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川の夢を見た。その村では川が生活の中心で歴史の解説まで夢の中に出てきた。 母、子供たち二人、主人と川遊びをした。東か北かどこかに引っ越した友達とたまたま川辺で会う。新しい町は嫌いだと彼女は言う。 -この村に住んでいれば誰でも甘やかされてしまうね。 そう言うと、それはあなたのことでしょう、と返されてしまった。 映画の中なんだか、その街のエピソードなんだかわからない。女になって生活を変えた男がいた。娼婦になって瓦礫の中で男を待つ。でも瓦礫から出てきた女は…なんだまるで男じゃないか。メル・ブルックスみたい。 どこかの町で、その娼婦とそれまで何人も人を殺してきた男とが食事をしている。女の役割はその男を殺すことである。それを知ると油断してピストルを置いてきた男はそれまでカニを食べるのに使っていた大きなはさみを女の両こめかみに渡し、女の頭をカニの殻みたいに砕いた。その後それでもその女は男を殺すのに成功した。 街中に出て女は救急車を頼んだ。砕かれている頭を見て果物屋の女店主は言うのだ。 「この町では夜中の零時にならないと救急車が来ないのよ」。 |
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車で走っていると、自転車で疾走する男を撮影する現場に行き渡る。 その男はスティーブン・スピルバーグで(何故か撮られる側になっている)、今降りたらクリちゃんとオラフにサインをしてくれるだろうかと思いながらも結局行過ぎる。 次の場面ではしかし、私がスピルバーグに送った脚本がもう映画になっている。(その前だろうか、ある時点で「よし、脚本を送ろう」とクリと話している場面がある。また、「この国では継母が軽視されています。継母でも愛するということを観客に知らせたかったのです」などと解説する自分がいたりする。) さて映画は勧善懲悪ものだがその悪人役に何故か私達4人は追いかけられる。つまり役者自身が悪い人だったのである。追いかけられるというのはコワイ体験だろうがクリちゃんは真剣な顔をしてお父さんの後をついている。その様子にお父さんを信頼しているのがうかがえる。お父さんがいたから、楽しかったという声さえ聞かれる。この映画の舞台は5階建ての大浴場である。その中で私の役どころは「石けん」。 悪人に追いかけられる途中、仲間の脇役が(彼らも風呂の道具である)「僕らは簡単に紛れ込めるから、その後堂々と出口から逃れればいい」という。私は人の手に渡りながらつるつると浴場を滑りまわり、なかなか出口にたどり着けずにいる。 |
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