小さい頃、道路の真ん中を歩くのが好きだった。夜、誰もいない静かな道路の中央で、手をぶんぶん振って歩く。道路を独占する行為は、自分を大きく見せてくれて、まるで世界が自分のものになったような気分になれた。コンビニへアイスを買いに行く途中、あの頃を思い出して少し笑った。今は道路の端っこだ。   空を見上げようと目線を上げた瞬間、歩道橋にかかった垂れ幕に目が行く。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」。飲んだら乗るな、か。3ヶ月前、酒に酔った勢いで一緒に寝た女に子供ができた。おれの子だという。本当に飲んだら乗るもんじゃない。先日、彼女が、どう責任とってくれるんでしょうね、と凄んでいうものだからニュースで聞いた言葉を思い出して、責任をとって辞職させていただきます、とだけ答えて別れた。その後、あの女がどうなったかなんて知らないし、別に知りたくもない。だってまだ24だぞ。この歳で愛してもいない女と結婚なんて冗談じゃないだろ。それからおれは本当に会社を辞めて、おれを知らない人間が住む土地へ引っ越した。人生のやりなおしはききそうだ。   さて、明日は何をして過ごそうか。さっき買ってきたアイスでも食べながら考えようかと、近くにあった皿に盛ってみるけどもうすでに原型を留めていなくてどろどろだった。おれの子がどうなったかなんて知らないし、別に知りたくもない。


 今日天気良いし、とりあえず海行くべ。学生の頃、時間を持て余すとよくそんなことを言って友人と出かけていた。結局、本当にすることがなくて数分もしたら帰るくせに。とりあえず海!とかじゃなくて、せめて釣竿ぐらい持って行こうや。今まで何回も海へ行ったけど、結局学校を卒業するまで、何か目的をもってそこへ行ったことはなかった。確か人間は学習する生き物だった気がするけど、今回も何も持たずに海へ行こう。   交通量の多い3車線の国道から少しそれると自分の前を走る車はいなくなって、アクセルをぐんと踏み込める。木に囲まれた直線の道路はレースゲームに出てくるコースそっくりだ。普段は大人しい走りしかしてくれないATのインテグラも今日は調子が良いらしくて、周りの木が水彩画みたいにぼやけるぐらいのスピードを出してくれる。この絵から飛び出したら海が広がるんだよな。。。林の中をしばらく走ると急に海が広がる。おれはこの、景色が一変する瞬間が好きだ。とはいえ、海自体が好きなわけじゃない。海は確かにきれいではあるのだけど、どうもそれに胡散臭く感じてしまう。だって本当はここで何人もの人が波に飲み込まれて溺れ死んでいるような危険な場所だ。まるできれいな花びらを見せて獲物を誘う食虫植物みたいじゃないか。   海といえば、よくドラマで潮風が気持ちいいっていう台詞があるけれど、実際はそれほど気持ちのいいものじゃない。潮で髪がべたべたするだけでむしろ不快。海に来ると嫌なこと忘れられるの、知り合いの誰かが言ってたけれど、とんでもない。現に3ヶ月前のことはおれの頭から離れていないじゃないか。潮風を感じたら爽やかな気分になるとか、海を見たら嫌なことを忘れるとか、多分みんなは何かのテレビ番組に影響されすぎているんだ。思い込みが強い分だけ、そういう気になってしまうんだろう。麻雀漫画を読むことで牌に流れがあると思い込んで、「ツモの流れに沿った打ち方」とやらを実践してしまうことと同じレベル。みんな騙されてる。嫌なことを忘れられる・・・人間、心に傷ができるような本当に痛いことは海を眺めたくらいで忘れられるものじゃないだろ。    地球最初の生物は海からうまれたという。そして生存競争が始まり、絶滅した種、数を増やした種と、勝敗がつけられる。今最も数が多い生き物は昆虫だ。だから、地球の勝利者は彼らであろう。勝利者である彼らは痛みを知らない。痛覚がないのだ。だから、人間にばちんと両手で叩かれても、あれ?うまく飛べないな、程度の感じであろう。人間が痛みを持ったのは進化なのか。やろうと思えば自分の意思で車ごと海へ飛び込むことができるのは、大きな進化に違いないのだが。   海には着いたけれど、やっぱり車は止めずに家に帰ることにする。


 朝、散歩の途中でやけに女子高生とすれ違うなと思ったら、彼らは今日から学校が始まったんじゃないか。夏休みの終わりは夏の終わり。最近は朝が肌寒い。それでも、これでもかというぐらい短いスカートを穿いて登校する彼らは無駄に偉い。冬になってもあの丈を維持できるのだろうか気になるところだ。それにしても、見えそうで見えない。彼女達はあのぎりぎりの丈の長さをどうやって割り出したのか。おそらく自分の部屋の鏡の前で飛び跳ねたり、前屈運動したりして決めたのだろう。昔、男子高校生の間でズボンを下げて穿くのが流行っていた。男はズボンを下げて、女はスカートをあげる。つまりどちらも基本的にはパンツを見せる方向で一致している。よって、いつか高校生が男女共に何も穿かずに登校する日が来ないとは言えない。


 引っ越したときの荷物に紛れていたのか、学生時代に買ったシェーカーがまだ整理の終わっていないダンボールの中から出てきたので、カクテルを作ることに。さっそく酒のやまやで材料を買うために車をとばす。考えてから行動に移すのは結構早い。あまり考えていないままに行動してるだけだろ、と言ってしまえばそれまでだけど、おれはそれを長所だと考えている。履歴書の自己アピール欄はいつも、思い立ったらすぐ行動、それは即ち仕事もギャンブルも強い、だ。ほんの数分で買うものを買って家に帰る。   ラムにライムジュース、グレナデンシロップ、卵白を入れてシェークするとできあがる、セプテンバー・モーンという名前のカクテルはピンク色だが決して派手さはなく、むしろ上品な雰囲気のお酒である。セプテンバー・モーンを日本語に訳すと「9月の朝焼け」という意味らしい。8月の暑い日にした恋した2人は、9月にはもう落ち着いて、おだやかな愛情へと変わっていく。窓から見える朝焼けを2人で眺めながらカクテルグラスを傾けられたら幸せであろう。非常に残念なことに、今おれにそんな相手はいないのだが。まぁ、明日の朝を思いながら飲むお酒も悪くないだろう。考えは常に前向きだ。   グレナデンシロップをシェーカーに入れる。シロップは真っ赤で、とてもじゃないがこれからきれいなピンクのカクテルができあがるとは思えない。こりゃあ、血みたいだ、とつぶやきながら次に卵白をどろっと落とす。と・・・なんだか嫌な予感がした。「リング」の中で貞子がテレビから出てきたときの感じに近く、いかにもなにかありそうな雰囲気だ。。   恐る恐るシェーカーの中を見たとたん、やはりというべきか、ひどい吐き気に襲われた。真っ赤に染まったシェーカーに卵が浮かんでいる。そのとき、赤くなっている卵がおれの子供と重なって見えたからだ。あぁ、そうか。多分あの女は降ろしたんだ。そして、おれの子供は今、このシェーカーの中みたいにどろどろになっているんだ。と思った瞬間また吐いた。少し落ち着いて、ふと自分で吐いたものを見ると、またおれの子と重なった。