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--- ノルマンディー上陸作戦 (Utah Beach)--- UPDATE 01-04-10
ノルマンディー上陸作戦に関して(特にオマハやゴールド、ジュノー、ソード)の資料や記述等は結構、書店やウエブなどで目にすると思います。しかし、これに対してユタ・ビーチに関するものは意外と少ないのではないでしょうか。ご存知の方も多いかもしれませんが、こちらのページでは特にゲームに登場する部隊にちょっとスポット当てて再確認していければと思います。(どこまで出来るかは疑問ですが・・・)
前回の記事
(前回のつづき)                                  update 01-05-03
広範囲に降下した事と死傷者数との因果関係は明らかではないが、部隊の集結が遅れた事で一部の作戦が遅れてしまったのも事実だ。しかし、これにより敵はかなりの混乱をきたし、反撃するのが困難な状況に陥った。
分散した事で被害が増大したのではないかと推測するのは早計かもしれない。ボカージュでの戦闘は困難を極め、かなりアメリカ軍にも損害がでていたからだ。つまり集結と損害は別問題ではないだろうか。
ちょうどこの時、ドイツ軍は敵の上陸に備えて部隊を再編成中であり、パイロットの不手際で損害が出たかどうかはこのドイツ第7軍の記録を参考にしたい。

/// 1944年6月6日0130時「カーンの東側からコタンタン半島の北西の地区ST MARCOVE、MONTEBOURGと東海岸沿いまで敵のパラシュート部隊が降下した模様。」
0200時、「MONTE BOURGを包囲するように降下した敵パラシュート部隊とLE HAMにて交戦中」 ///

場所によっては防御拠点が無い場所もあったのだ。偶然、予定以外の場所に降下した事でドイツ司令官らがこれに対処するのに数時間費やさざるを得なかった事をこの記事が明らかにしている。

0240時、敵の侵攻に関して討論がされ、まだ守備隊が敵の主力と直面しておらず、降下した第82師団の規模から推測してこれも主力とは言えないものだとドイツ西方軍総司令部は考えていた。
この1時間後にドイツ軍は海からの攻撃を受ける事になった。

緊迫した状況下、降下兵達は決められた手順通りに集合し前進した。
集合の為の灯火は意味を成さなかった。ノルマンディーのボカージュが四方八方に取り巻いている為、光が届かず兵士達がお互いに出会うのは稀だった。個々に兵士達は”整然にそして慎重に”目標地点を目指し行動した。先遣部隊は交差点や橋に配置し、将校や士官は同朋らを収拾しながら前進した。

”DROP ZONE D”にシンク大佐は降下し、着地した時ここに居るのは自分たった一人ではないかと思った。パラシュートのハーネスが彼の体にかなりきつく食い込んでいる。早くしないとと敵弾が飛んでくるのではと思い、ナイフを取り出し切ろうとしが、このナイフはあまりにも切れな代物であった。この場は静かにゆっくりとやった方が良いと気付き、彼は落ち着いてハーネスを切りやがて自由になった。すると、遠くの一角に目をやるとパラシュートを畳んでいる者の姿が目に入りその場所へ向かった。それは第1大隊本部のサミュエル・バーンズ中尉だった。彼は足を痛めたと言っている。シンクは”歩けるかな?仲間を探そう”と言ってバーンズを支えながら最初の生垣を抜けた。するとバーンズはその場で倒れ、足が骨折していてこれ以上は歩けないと言った。”どうやら君をここに置いていかなければならない”とシンク。
そして彼は近くに穴を見つけ、仲間が来るまでここに居るようにバーンズに指示し、コンパスで確認してから東に向かう事にした。

今まで気が付かずにおよそ300ヤード(約274m)脇道に来た所からは、STE MARIE DU MONTへと続く幹線道を約40ヤード(約38m)以内のところを彼は平行に歩いていたのだ。しばらく歩くと同連隊兵士と連隊本部のエドワード A・ピータース大尉らの3人に出会った。
彼らは打ち合わせをし自分達が予定地点の東かまたは西にどのくらいの距離に居るのか解らず事態をよく話し合った。
その後、しばらく東に移動するとやっと小さな農家に辿り着いた。この時ここの犬がかなり吠えた。シンクとピータースはドアーを激しくドンドンと叩いた。するとフランス人が上階の窓から覗き何事かと尋ねた。シンクはフランス語が話せ、”連合軍の侵攻作戦がはじまりました”と告げた。フランス人は”トレビ アン!”と言い、下まで降りてきた。この時シンクはかなり警戒した。そして地図をフランス人に見せるとここは戦闘指揮所の設立予定地点から約250ヤード(約230m)離れた場所だということが判明した。ドイツ兵に関しても訊ねると、STE MARIE DU MONTの周辺にかなりの兵がいると教えてくれた。

彼らは設立予定地点に移動し、途中で数人の兵士達とも合流し作戦の第一段階を迎えた。
”ここだ! この場所だ。よし、これからもっと兵士を集めよう”とシンクは言った。しかし作業はなかなか捗らなかった。2時間後に集まった兵士の数はたった40人程だった。いまだに通信機器がなく第二大隊、第三大隊との連絡も付かないままだった。


・・・つづく


☆ユタビーチの地図やノルマンディーに関する情報はこちらがとても参考になります。



<開設:8/20/2000>