〜流産まであと5分〜 ※最初から読みたい人は一番下からどうぞ。 |
−第4部 終−
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ケンジの実家を出て、階段をゆっくりと下っていくあけみ。 それを見下ろす私。近付いていく私。 大丈夫よ、あなた自身は助かるはず。 あけみ、良いお年を…。 さようなら、ケンジの生まれ変わり。 そしてさようなら、恨み続けた私。 流産まで、おそらくあと5分。 |
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ケンジはもうこの世には居ない。 でも、ケンジが残した遺伝子は、まだあけみの母胎に生きている。 私以外の女と同化したケンジの遺伝子など、この世に産ませるわけにはいかないわ。 |
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久々に訪れたこの階段。急勾配で長くて、本当に下りが危ないわね。 風が強い日なんて、気を緩めてると足を踏み外して転げ落ちてしまいそうなほど。 ましてやそれが、ただでさえ動きづらい“妊婦”であれば…尚更の事。 |
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今日から大晦日まで、あけみは亡きケンジの実家に行き遺品整理をする予定になっている。 私も一度行った事のある、長い階段を上りきった高台に建つあの古民家へ。 |
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今日は昼過ぎに起きてから、ずっと家でぷよぷよをやっていた。 |
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通夜〜葬式と遠目から見る限り、あけみは相当憔悴しきってやつれた顔だった。 クリスマスイブに彼女にとっての「最愛の人」を殺す。彼女に対する復讐としてはこれで十分。 だからもう、私は「あけみ」を殺すつもりはない。 私があと殺したいのは… |
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ケンジの死は「泥酔いによる転落溺死」として、翌朝の地方新聞の隅っこに小さく載せられただけ。 通夜と葬式はあけみとのアパートで細々と行われた。 残るは…あと<ひとり>。 |
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13年振りの再会なのに、あなたは最後まで私だと気付いてくれなかったわね。 でもそれでいいの。迷う事なくあなたにお返しが出来たから。 ケンジ、メリークリスマス。 |
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下調べは出来てるのよ。今晩はケンジの職場の忘年会。 神様、どうぞ私とケンジにご加護がありますように。 |
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東京に戻ってきてすぐ、私は次の準備に取り掛かった。 もう迷わない。私は後戻りなど出来ない。 |
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翌朝の地方新聞では、五反田先生は「火の不始末による不慮の事故死」という扱いになっていた。 先生、どうか安らかに。 |
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五反田先生の渾身の言い訳は 「俺は子供アレルギーなんだ!誤解だ!」 そして、彼の最後の言葉は 「ママ…。」 だった。 |
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函館に到着してからバスで1時間。ひっそりと佇む木造の隠れ家。 見つけた。もう逃がさない。許さない。 |
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思えば、今までろくな男と関わってこなかった。でもそんな男達を選んだのは自分。 改めて自分自身の男の見る目の無さに、涙が止まらなかった。 |
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列車に揺られながら、今までの自分の恋、そして人生を考えていた。 |
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私は今日から北へ向かう。13年前に買った刺身包丁と、ありったけの憎しみを鞄に詰めて。 |
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海外に高飛びしたのかと思ったが、意外にも五反田先生の潜伏先は国内だった。 |
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五反田先生の診療所だった部屋へもう一度向かい、机の引き出しからパソコンの履歴まで、私は徹底的に調べた。 |
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退院して落ち着いてから、まず私が起こした行動。それは五反田先生の潜伏先を突き止める事だった。 |
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もう私は、束の間の幸せすら与えられない人間なんだと思った。 不思議と涙は流れなかった。私のやるべき事が迷いなく絞れたから。 私を欺いた人間を、全員殺す。そして私も死ぬ。 |
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担当医から早期流産を言い渡された。 |
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気が付くと、私は見知らぬ病院のベッドの上にいた。 |
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今日も何度か電話をかけてみたものの、五反田先生は音信不通のまま。 彼の診療所を訪れてみても、ここにはもう誰もいない様子だった。 私は様々な感情がごちゃまぜになり、そして息すらも出来なくなり、気を失ってしまった。 |
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昨日、五反田先生は私とお腹の赤ちゃんを全て受け入れてくれた。 涙が出るほどうれしかった。それなのに…。 今日、突然音信不通になった。 |
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| 今日、五反田先生に会って全てを話した。彼は黙って最後まで聞いてくれた。 |
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今、再び子供を授かる事が出来た喜びの気持ちと、 それが五反田先生との子供だという複雑な気持ちと、 これから二人の人間を殺そうとしていた矢先での混乱した気持ちと、 そのまま私自身も自殺しようとしていた決心が揺らぎつつある気持ちと… 一体私はどうしたらいいの…? |
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薬局で買った妊娠検査薬。案の定、陽性だった。 13年前、初めての我が子を流産して以来、私はもう子供なんて授かれないと思っていた。 |
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この感覚…13年前にも感じた事のある、これって… 私、もしかして…五反田先生…。 |
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13年前あけみを殺すために買った刺身包丁を、13年振りに押入れから出そうとしていた時、 突然吐き気とめまいに襲われた。 |
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あけみは元々水商売の女。 いくら結婚して妊娠したからといって、夜型の体質が元に戻るはずもないのだろう。 案の定、毎日のスーパーへの買い出しは0時過ぎ。人通りなどほとんどない時間帯だった。 |
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徹底的に調べてやる。何度も何度も尾行してやるわ。 あなた達に一番ふさわしいお返しのTPOを見つけるまで。 |
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そのアパートへは、駅から平坦な道を徒歩5分、とても閑静な場所にあった。 500m圏内にはスーパー、コンビニ、公園、郵便局、銀行、病院まで揃っていた。 それはまさに、私がケンジと、生まれてくる子供と3人で住みたかった理想的な環境だった。 |
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| 今日、私はケンジとあけみが同棲するアパートを探し当てた。 |
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| 殺す殺してやる殺す殺す殺す殺しきる殺す殺す殺す殺してやる殺す殺す殺す殺してやる殺す殺す殺す殺しきる殺す殺す殺す殺してやる殺す殺す殺す殺す殺してやる殺す殺す殺す殺してやる殺しきる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる殺す |
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何が “さちこ” よ…。何が “のぞみ” よ…。 私とケンジの子供は男の子だったのよ…。明夫って名付けるはずだったのよ…。 それを…ケンジも、このクソ女も…許せない…。 私と明夫をどこまで踏みにじれば気が済むのよ…。 |
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この女が、ケンジとの子供を妊娠している…。 その子供に、幸せを願うような名前や、希望を託すような名前を付けようとしている…。 このクソ泥棒ブスが、ケンジとの子供を身籠っている…。 本当は私が欲しかった、ケンジとの赤ちゃんを…。 |
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私はその会話に一瞬耳を疑った。 が、すぐさまあけみの体型を見て、 「あぁ、この女は胃下垂だからこんなに腹が出ているんだな」 と思い込むには無理があった。 |
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「子供の名前は “さちこ” がいいと思うの」 「 “のぞみ” がいいんじゃないかな」 |
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予想外のハプニングに動揺してしまい、13年振りの怒りも込み上げつつあった。 それでも私は何とか平静を保とうとして、その場をすぐに離れようとした。 しかしその時、ふいに耳に入った二人の会話が、私を凍りつかせた。 |
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ケンジの向かいに座る女にも見覚えがあった。 間違いない、13年前の浮気相手・あけみだ。 ケンジと共謀して、私をハメた女。 貧乳ブスのくせに、私からケンジを奪ったクソ女。 |
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ケンジだった。 13年前、私を階段から突き落とし、他の女と逃げた男。 私の赤ちゃんを殺し、私自身も殺そうとした男。 そして私の左バストもこの男に殺されたようなもの。 そう、私から全てを奪ったのが、後ろにいるケンジというこの男。 |
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| 2杯目を頼もうかと思っていた矢先、後ろのテーブル席に、聞き慣れた声の男と、聞き慣れない声の女が座った。 |
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あれは忘れもしない、ひどく蒸し暑かったあの日の午後。 私は東急ストアのマクドナルドでアイスカフェモカを飲んでいた。 |
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結局私はその後、約10年をかけて借金を完済、以前の職場にも復帰。 一度は殺すと決めたあの人の事も、もはや記憶から薄れつつあった。 これでまた今まで通りの生活が出来ると思った。あの日が来るまでは。 |
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| ちなみに五反田先生は、射精する時に必ず「ママ…」と小声で叫ぶ癖があった。 |
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それを良い事に、五反田先生は私の左乳首を、歯形が残るくらい噛むようになった。 逆に右乳首は舌先で転がす程度だったので、それが彼なりの飴と鞭のつもりだったのかもしれない。 |
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| 移植した左バストは、私の身体に完璧に馴染んでいたが、当然神経までは通っていないため、どんなに揉みしだかれても、吸われても、噛まれても、何も感じなかった。 |
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| 全額払うなんてできなかったので、施術医であり「恩師」である五反田先生と、三日に一度、枕を共にする事になった。 |
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| もちろん保険は利かなかった。が、選択の余地は無かった。手術は成功したが、結果、2億の借金を背負う事になった。 |
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| たまたま年齢と体格が私と近い、不幸な死を遂げた女性から、左バストをそっくりそのまま移植する手術を受けた。 |
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| 私がちょうど自殺を考えていた頃、あきる野市に闇の名医がいるとの噂をどこからか聞いた。 |
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| 乳ガンの末に、それまで自慢だった私の左バストが切除された。 |
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| 13年前、私は死ぬはずだった。私の自慢のバストと共に。 |
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| 許せない許せない許せない許せない許せない殺す許せない許せない許せない殺す許せない許せない許せない殺す許せない許せない許せない許せない許せない許せない殺す許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない殺す |
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まさかこの日記を再び書き始めるなんて思いもしなかった。 あいつと再会するまでは…。 |
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| 私はここにいますよ? |
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| 覚えていますか。 |
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「絶望」と「死」という言葉がクロスオーバーして、私の脳裏をかすめていきました。 そう、私は夜の女。プロフェッショナルな慰安婦。 だから、私から「乳房」を取るという事は必然的に「死」を意味するのよ。 えぇ、わかってたわ。薄々勘付いていたのよ。でもまさか今、現実のものとなろうとは...。 どれもこれも、結局何もかも、あの男とあの女のせいなんだわ。 許せない。許せない。許せない。許せない。一体どこまで私を、私の人生を踏みにじれば気が済むの? 殺してやる。必ず殺してやるわ。ふふふふ...。 |
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| 今日、担当医から「乳ガン」を宣告されました。 |
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| 目が覚めると、私はまた病院のベッドの上にいました。 |
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| 三たび気を失いました。 |
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今日もひたすら探し続けました。 いつまでもいつまでも探し続けました。 宛てもなくどこまでも歩き続けました。 足が棒になり、やがて腐って逝ってしまうほどに歩き続けました。 あぁ、それでも神様はこんな私を嘲笑うのでしょうか。 恨みます。あなたさえも恨みます。 |
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今日、古びた金物屋で刺身包丁を1本買いました。これはあの女を殺すためだけのもの。 彼には凶器を使う必要はないの。むしろ「間接的な道具」など使ってはいけない。 だって、この手で十分だもの。「素手」で殺らなければ意味がないのよ。 |
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| 必ず見つけ出して、今度はあなたを流してあげるわ。 |
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| 我が子が流れました。男の子でした。 |
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| 急にまた意識が遠のき、手術室へと運ばれました。 |
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気が付いたらそこは病院のベッドの上。 誰かが救急車を呼んでくれて、私は無意識のうちにここへ運び込まれたのだろう。 |
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| 伊豆に着き、2人を探し回っていたその時、突然のめまいに倒れてしまいました。 |
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| 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。 |
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| 2人は伊豆へ逃げたとの情報を知りました。 |
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| 彼は、私という女を差し置いて、あけみ(23)という自称コンパニオンのヤンママと行方をくらましました。 |
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| 生まれて来る子が男の子ならば明夫、女の子ならば順子、そう名付けるつもりでした。 |
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| 私の子宮がみるみる腐って逝くのが、手に取るやうにわかりま死た。 |
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| 痛い…助け、て…。逝く…。 |
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| 今日、彼に階段から突き落とされました。 |
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