21世紀 IT Rapsody;主にIT関係の日常的な話題を思うがままに、書き留めた物
はじめに
@CFとは、「スイスにて」の意味。@が「at」である事は既に知らない人はいないだろう。スイスに行った事がある人は、スイスの自動車ナンバーの国コードがCHであることに気が付いたことだろう。最近は、WebのURLで、気が付いた人もそこそこ居るに違いない。ではなぜ、スイスがCHなのか?ヨーロッパの大衆は、スイス名物のChocolateの最初の2文字CHのことだと信じて疑わないそうである。勿論、そんなことは無い。スイスの正式国名はヘルベチア連邦;Confederatio Helvetica;コンフェデラチオ ヘルベチカなので、このラテン語名のアクロニムacronymなのである。なぜ、ラテン語が正式国名なのだろう。スイス語というものがないからである。スイスでは、フランス語、ドイツ語、イタリア語。ロマンシュ語の4言語が使われているので、どれにしても角がたつ。それで、どの言語でもない、今となっては学問用語であるラテン語となったとのこと。
Helveticaをそのまま読むならヘルベチカ連邦でいいのだが、caは形容詞語尾にすぎないので、名詞形のHelvetiaに翻訳している。Helvetia;ヘルベチアだけでもスイスである。まあ、アメリカ合衆国と正式にいうか、アメリカとだけいうかの違いと同じだ。イギリスの正式国名なんてもっとややこしい。中学でEnglandといまだに教えているらしいが、これは大きな誤りだ。連合王国United Kingdom(本当はもっと長い。何しろ3つの国が合併してできた国だから)とまでは言わないから、せめてグレート ブリテン位にしてもらいたいものだ。イングランドじゃ、日本の事を「本州」と教えているようなものだよ。
こういうのは沢山あって、ギリシャ人は、自国を当然の事だが、ギリシャともグリースとも呼ばない。ヘラス、Hellasである。世界史でギリシャ文化を何故、ヘレニズムというのか不思議であったが、この事を知っていれば、当然の事である。 Hellenismなのだから。
ええと、地理をやるつもりはないので、この話は、この辺りで。
2001.12
5年ぶり位で仙台に行った。仙台近郊の館腰なのだが、これがまともに読める人が東北人以外でどのくらいいるだろう。館を「たて」と読むのは多分アイヌ語の影響だから関東以北ではまあ、納得できる。東京にも、世田谷とか、四谷など、アイヌ語の影響が残っているのだし。問題は、「たてこし」なのか、「たてごし」なのかである。
大島は「おおしま」なのだが、小島は「こじま」で、こういう連濁現象には規則はなさそうである。中島さんは、「なかじま」なのか、「なかしま」なのかさっぱりわからない。本人の申告に従うまでである。
さて、館腰は、「たてこし」ということになっている。しかし、こんな小さなJR普通しか止まらない東北本線の駅名などJRの職員でも知らない。JR東日本には、VIEWカードというカードが有って、年500円払って会員になると、「とれてる」サービスが受けられる。これはなかなか便利である。電話で、特急券を「とって」おいてもらえるのである。特急券が「取れTEL」のである。後は、乗る直前にでも、緑の窓口に行って、切符をもらえば良い。予約はできているので、安心である。
問題は、MARSと呼ばれる特急券発券システムとトレテルサービスとが、計算機上で全然リンクしていないことである。予め乗る電車を決めて、紙に書いて出して特急券を買うより、トレテルで、予約した特急券を買う方が時間がかかる。ズラーと後ろに列ができてしまう。勿論、アホな客が、予め調べもしないで、窓口で、どの列車にしようかとあれこれ駅員に調べさせているのとは訳が違うので、私が悪いわけではない。単に駅員がリンクしていない2つの計算機システムと悪戦苦闘しているだけであって、私が、ゴチャゴチャ言っていて時間がかかっているわけでもない事は、後ろの客にも分かる。
2年くらい前には、「トレテルで予約してあります。これが予約番号です」というと、「トレテルって、何?」というあきれた駅員が山手線の大手の駅にもいたものであるが、さすがに最近は、これはなくなった。
今回のテーマは、「館腰」である。これが、連濁するかどうかなど普通の人間には分からない。慢性的に混んでいる緑の窓口でゴチャゴチャやるのはいやだから、トレテルで予約すると、便名、発車時刻、予約番号、乗車券の範囲を印刷して持っていって、駅員に渡す。首都圏の駅員は、「館腰」を読めないので、どうしていいかわからなくなってしまった。私もわからないが、「たてごし」かなと教えたのだが、「たてごし」では、そんな駅は無いといわれる。東北本線の仙台から東京より、4、5つ行った所だと教えても、路線図ではうまく出てこないらしい。紙の時刻表を調べだして、どこかはわかったが、それを発券システムに知らせる術がない。あれこれやってみているが、全然だめである。彼は、tatekoshiとも入力していたが、だめだったようだ。
結局は、どこかのモードで「たてこし」としたら出来たらしい。その間、後ろに10人はならんだ。
20:00なのに。やれやれ。下手なIT化は却って不便になる良い例である。奈良だったか、その辺りの近鉄駅で、「たむほう」1枚といったら、さっと切符が出てきた。「多武峰」は、言うまでもなく「たむほう」ではない、「とうのみね」である。後で、知ったのだが。ここまで対処しろとは言わないけれど。読みには揺れがあるのだから、連濁程度の揺れは辞書に入れておいてほしいものだ。
しかし、仙台も変わった。恐ろしく物価が高くなっている。首都圏の方が住み易いのではないかと思う。昔は、首都圏なら--とはいえ、銀座のような、人の金で食事をする街ではなく、新橋とか、横浜とか、武蔵小金井とか、二俣川とかである--2500円はする昼の膳が、1500円位で食べられた。21世紀初頭では、首都圏と変わらなくなっていた。
雪が降り、余りに寒いので、無性に熱いラーメンが食べたくなって、駅前のなんとかいうアーケード街--青葉通りに並行している--でラーメン屋を探したが全然みつからない。看板が出ているので、言ってみたら、おかしなビルの谷間で、20m位奥らしく、おまけに茶髪の怪しげな雰囲気の兄さんたちがshit(sitではなくて)座りしてたむろしているので、君子危うきに近寄らずで止めた。仙台人はラーメンを食べないのかな?
もっとも、この通り、ひょっとして、東京なら銀座に相当し、そんなところで、ラーメン屋を探す方がまちがっているのかもしれない。それにしてはジャンクフード--ハンバーガショップ--は一杯あった。アメリカのどこの空港だったか忘れたが、汚くて閉口したスターバックスも、日本に来るとなにやらお洒落れなコーヒショップになっている。それにしても、どこの街でも、日本では、ラーメン屋探しに苦労したことはない。パリでは1時間も探したことはあったけれど。仙台はパリ並みだ。とにかく見つけたが、これが藤沢の古久屋なら看板に偽りなく600円位で食べられる何とか麺が、看板の豪勢さとは裏腹に寂しい具で800円も取られた。
ラーメンは、まあ措いておこう。目的は、仙台駅前はPC激戦区という新聞記事を、かって見たことがあるので、どんなものか覗いてみることだ。なるほど、ヨドバシカメラとLAOXが駅出口の左右に陣取っている。が、こんな程度、新宿でも、池袋でも、どこにだってある。なんということはない。なんと、今や銀座(正確には有楽町といわないといけないらしい。有楽町マリオンは当初、銀座マリオンの予定だったが、銀座があそこは銀座ではないとイチャモン付けたらしい。では東京ディズニーランドは、千葉ディズニーランドだし、新東京国際空港は、新千葉国際空港か?あちこちに国籍?詐称の建物はある)だってデパートはつぶれ、PC激戦区である。これで激戦なら、秋葉原は今頃ペンペン草も生えない焦土と化している。
で、激戦なら多少は安いかなと思ってみたら、どれもこれも目を剥く高さだ。CD−Rが80円も、120円もするものだとは知らなかった(首都圏でもカメラ屋系統の店はこの値段だし、まあ、ケースも付いている)。98年頃ならともかく、最近では、19円とかはさすがに恐いが、29円とか32円程度しか払ったことがない。経年変化がどんな程度かはまだ分からないが、当面2倍速の昔のCDドライブでだって読めている。
これでは仕方ないので、大手の店は止めて、少し歩くと、秋葉の出店がある。ここはさすがに秋葉原価格だった。その周りに2、3、地元の中古PCパーツ屋さんがあるが、これが高い。秋葉なら0円(ただ)から、精々100円で置いてある10Mbpsの中古ISAイーサカードが300円。前日、秋葉でPCIの100Mbpsイーサカードを191円で買った身には信じられない値段が付いている。
近頃は、都市の均一化が進み、駅前はどの地方都市も同じ作り。その影響かどうか、物価が首都圏より高くなっているのが面白い。この辺は首都圏に比べたら固定資産税が無視できるからきっと安いだろうと思った鳥取でさえ、日常品が結構高い。駅前のビジネスホテルも、より大きな島根より鳥取の方が高い。同じ系列のホテルだから、思わず、ツインのシングルユースですかと、嫌みではなく聞いてしまった。
SUICAは快挙だ
定期をSUICAにした。大規模ソフトにはバグが居て当たり前である。そんなものは絶対に0にはできない。とはいえ、初期バグはあるから、1年位たって多少枯れるまで使うまいとおもっていたのだが、JRが駅に置いている、たかが定期券の説明書にしては20ページもあるパンフを読んでいる内に我慢しきれなくなって500円のdeposit−−高いカードを返さない不逞の輩に対抗する為の預り金−−を払って変更してしまった。自動改札はいただけなかったが、これは本気で便利である。MARS、あるいは新幹線以来のヒットである。私は、しょっちゅう、定期券外へ出る。そうすると、行った先の駅で、精算機に定期を入れ、「精算額が不足しているさっさとお金をいれろ」という無粋なメッセージにプロンプトされつつ、1000円札を入れる。そして、お釣と、精算券と、戻ってきた定期の3オブジェクトズを精算機から取り返し、お釣は小銭入れに、定期は定期入れにしまい、それらをさらに鞄にしまうという、面倒な事を、混み合っている中でしないといけない。
帰りに秋葉で買った重いPC部品や機器でも持っていたら、もっと悲劇である。まず定期を券売機に入れる。これをしないと、目的地の自動改札で引っかかって、通してくれない。ピンポンピンポンと無情なチャイムがなり、その改札機は不通になり、後ろに並んでいる一刻も早く帰ろうとしている50人もの人から冷たい視線のバルカン砲を浴びることになる。それで、切符を買う時には、必ず定期を券売機にいれて、乗車券と定期の論理的相関を定期に書き込んでもらわないといけない。そして、1000円か、500円玉を入れる。何しろJRは高いから、小田急とか、相鉄とか、東急などの私鉄の様に、100円玉では済まないのだ。で、例によって、定期が券売機から排出され、お釣が排出され、切符が排出されてくる。秋葉の駅で、後ろに10人以上は並んでいる、週末の5時PM頃これをやるのは本当に骨が折れる。10Kgもする大きな荷物は、足元に置いてある。戻ってきた3つのオブジェクトズと、それらの入れ物と、鞄と、荷物を抱えて、あの芋を洗うように混み合っている(10人以上x10券売機以上=100人以上)人の群を掻き分け掻き分け出てくる時、思わず、その辛さに涙がでそうになる。JRは、本当にユーザの事は何も考えていないのだ。まあ、昔から自分達の待遇改善のストばかり打っていたのだから、国鉄から、JRと名前が変わっただけでは、中身は変わるはずもない。
それで、SUICA=SuperUrbanIntelligentCardというらしいが、スイスイ改札機を通れるというコンセプトが先にあって、後から無理矢理取ってつけたアクロニムだな、これは。だってUrbanなんて、不通、使わないよ。Cityでいいのだから。xxアーバンホテルというのは結構あるけどね。アーバンなんて聞いた事無いと言う人でも、実は結構しっているのだよ。中学校で、郊外、サバブズを習っているね。街の外、しかし、近郊だからSUBのURB。suburbsなのだね。URBANのAN部分は形容詞語尾。都市の外周、sub=副、URB=都市ということで、郊外なのだ。
SUICAは、基本はIC定期券なのだが、イオカードにもなっていて、完全にリンクが取れているから便利なのだ。精算機が、カードに付いていると思えば良い!!トレテルのアンリンク性不便さとは訳が違う。つまり、券売機、精算機など通常使う機械と完全にリンクが取れていて、それらの機械で、1000円とか、3000円とかを内部のICにチャージすれば(ここの所、回数券と思えば良い)、秋葉で、切符を買わなくて済む。SUICAを入れた定期入れをそのまま、自動改札機にタッチして通るだけである。これで乗った駅がSUICAの中に記録される。目的地に着いたら、同じ事をして出て行けばいい。乗った駅と、SUICAの定期の範囲と、降りた駅との情報から、自動で、精算がされ、何百円かがチャージしたICから消えているのである。これは楽である、JRの大ヒット商品だ。いくら声を大にして誉めても誉め過ぎることはない。
川崎駅の怪
偶々、川崎に行って驚き呆れた。朝である。改札を出て右側、階段の上に100インチはあろうかと思われるディスプレイがある。多分、PDPだろうが、そんなものに驚いたのではない。地方都市の例に漏れず、個性の無い、しかし、奇麗で大きな駅に似つかわしくない映像が映っているのである。「おやじ」というアニメらしい。ハゲで、醜男で、髭面の50代と思われる男が、いや、これ以上の醜男というものをどうしたら考えられるかという位の醜怪なオヤジが、変な曲にのって踊りまくっているのである。
あの駅ビルの管理者達は、朝っぱらから、ああいう気持ち悪いものを見せられて、通勤の人々が気持ち良くなるとでも思っているのだろうか。奇を衒うしか能がない、創造性を欠いたどこかの企画会社の連中が作ったのは仕方ない。無い袖は振れぬ。アホをアホ故に責めても仕方がない。問題は、それに「No」と言えないビル管理理事連中の頭の中である。全く、どうなっているのか、実に不思議である。これで、高給をもらっているとしたら、こういうのを給料ドロボウといわずして、何をいうのだろう。全員クビにすべきである。
川崎は今でこそ、明るい街にみえるが、どうも公害の下衆な街のDNAが抜けないと見える。40年前は、煤煙とスモッグの為に飛んでる燕がバタリと落ちると揶揄されたという伝説がある。南武線は、汚いチョコレート色の老朽車両で、赤鉛筆をナメナメ、競馬新聞に没頭しているオヤジで一杯であった。それが、今は、NEC、日立、東芝、富士通と、日本を代表するコンピュータ企業のオフィス、工場が林立し、ITバレーと言っても良いハイテク路線となり、ピカピカのステンレスに黄色の帯を巻いたハイテク車両が走っている。赤鉛筆オヤジに代わって、紺のスーツに身を包んだビジネスマンが乗り降りする路線に変貌した。。。はずであったが、DNAに染み込んだ生い立ちの悪さがそう簡単に抜けるはずもなく、こういうところで、ポロッとボロが出てしまったらしい。
2002.1 ヒト ゲノム
正月、暇に任せて「らせん」を読んだ。「リング」とかの何部作とからしいが、こういうホラーは基本的には、非科学的で、馬鹿らしくて好きではない。パラサイト・イブもそんなに面白くなかった。BookOffで50円だったから、まあいいかと思って買ってきた。SFも非科学的なものが多くあるのだが、こちらは好きである。何故か?SFには夢がある。生に対して積極的、肯定的である。宇宙戦艦ヤマトはアホラシイ位に非科学的、不合理であるが、そんなことはどうでも良い。
さらば地球よ、愛する人よ、宇宙戦艦ヤマト
地球を救う使命を帯びて戦う男、燃えるロマン
誰かがこれをやらねばならぬ、期待の人が俺達ならば
銀河を離れイスカンダルへはるばる臨む、宇宙戦艦ヤマト
の前には、全ての不合理性、非科学性は吹っ飛んでしまうのだ(内心、もう少しだけ、合理的にしてネという思いはあるが)。
しかし、ホラーには科学の香りがあるものでも、何ら生に積極的、肯定的な部分はない。
とはいえ、「らせん」はそこそこ面白かった。思わず、夜を徹して読み切ってしまった。ヒトゲノムやDNA、遺伝子の描写が大体正確なのだ。オイオイ、赤血球に遺伝子などあったかい、という所もあるが、まあ大体、正確である。
そうは言っても、最後のオチは???というものではある。
リングウィルスがなぜ、そんなに恐ろしいのか?そんなもの、ワクチンを作ればそれで、駆逐できてしまうではないか。インフルエンザウィルスや、HIVが恐いのは、突然変異が激しくて、ワクチン(狂牛病ではないが、これも「牛」を意味する言葉が語源)を作っても次の世代にはもう効かない体に変身しているからなのだが、「らせん」ではワクチンが出来ている描写がある。なら、全然恐くない!!これは、ホラーではないな。
楽しながら、DNAの事などをチョッピリ知りたい向きには、差し当たりお薦めである。
2001年、ヒト ゲノム30億個の塩基配列が全て決定され(解読はされていない。文字(塩基)は読めたが、それが何を意味するかの解読はこれからである)、その中で、個人の違いは300万個程度であること、遺伝子は3万強存在していることがわかった。全てとは言わないがIT技術がなかったら、こんなことは夢のまた夢だったろう。分子生物学というと、何か高尚な事をやっているように聞こえるが、やっていることはたいしたことではない。意外に荒っぽいもので、生物の生命力に頼ってうまく行っているのである。どう考えても、ソフトウェアエンジニアリングの方が緻密で、大規模である。
ヒトゲノムというプログラムがリボソームなどのCPU/効果器で実行され蛋白質などができていき、最終的に生物になるが、これは単なる化学反応で酸素と水素から水が出来るのと同じことである。とはいえ、その産物である生物は、水と違って、化学反応以上の効果を発揮する。何しろ、生物の動作は化学反応ではないし(エネルギーは化学反応であるが)、力学的効果ではあってもエントロピーを減少させることができるのだ!!これは不思議である。自然のままなら、エントロピーは増大しかしないのだから。
今の分子生物学は、ゲノムを含む核を、受精卵の核と入れ替えることにより細胞のCPU/効果器の力を借りてクローンを作っている。ゲノムも、卵も自然の物。やっていることは、創作ではなく、単なる操作(核の入れ替え)である。これでは、ジュラシックパークを作るには、昔の恐竜のゲノムが要る。しかし、ゲノムの本質は情報である。情報の保存には本来DNAというキャリア(担体、容器)は要らない。フロッピでも、スマメでも、CD−Rでも、紙でも良い。それから生物を合成するには、等価なDNAを合成して、そのDNAによりゲノムを再構成し、かつ細胞内小器官の仕組みを化学合成で実現できるようにする必要がある。そうなれば、いかなる生物も、ITと化学で作れてしまう。それが人類にとって幸か不幸かは別の問題である。500年位先には、そんなことも出来るようになっているかもしれない。
何の為のIT化?
偶々日曜に歩いていた街のJTBで某航空会社の航空券を買った。往復である。出張先の会議室でふと窓を見ると雪が降っている。iモードが初めて役に立ったのだが、空港が閉鎖されている事が分かった。東京へ帰れるか?出来たら、もう一泊はしたくない。再びiモード。今すぐ、駅にタクシーを走らせれば、最終の新幹線に間に合う。こうして無事帰京できた。
問題はこれからである。通勤路にあるJTBに行き、航空券を払い戻そうとしたが、カード決済しているから、買った支店へ行かないと払い戻せないという。呆れて物が言えなかった。日曜にブラブラと遊びに行く街と通勤路上の街は同じではない。逆方向である。まあ、また日曜まで待って、その支店に行っても良いのだが、JTBは当然ネットワークで結ばれているはずであるから、こんな払い戻し位、本来朝飯前でできなければならない。旅行商品を売る為ならネットワークを使っても、払い戻しの為にはそういう面倒は全くやるつもりはないらしい。
仕方ないので、近くにあった航空会社の窓口に行ったら、丁重に払い戻してくれた。
JTBはこれで、一人、旅行好きな顧客を失ったわけである。期せずして、私企業なのに、交通公社という名を冠している理由が分かった。
冬の京 2002.2
冬の京都は良い。という事は全然ない。とにかく寒いので、おちおち外もあるいていられない。しかし、なんだね、この古都も時代の波には逆らえず、どんどん変わりつつある。JR京都駅は当然だが、四条河原町辺りは、隔世の感がある。古都にすんでいる人間だから、奥ゆかしく、高尚であるということも無いので、ギンギラギンの建物が需要に応じて建つのは止めようがない。久しぶりに入った春陽堂で天津飯--これが何故かあずまえびすの地に行くと天津丼と呼称が変わる--を食べていたら、その東夷の住む化外の地から来たと思しき後ろの席の2人連れの女の子が、「歌舞伎町みたい」と言っているのが聞こえてきた。さっきから、久しぶりに見る夜の四条に違和感を覚えていたのはこれだったのだと、はたと気が付いた。けがいの地のさらに周辺部に住む身には、四条の猥雑な喧騒、明るすぎる色使いの幾つかのビルは、あまりにみやこみやこしていて、心理的にまぶしく、東の首都圏でもこんな猥雑さはないぞ、と思っていたのだが、歌舞伎町なぞには20年以上も足を踏み入れてないので、忘れていたのだ(大体あんなところは真っ当な人間の行くところではないし)。そうだここは歌舞伎町と銀座が一つになったところなのだと。
仙台のところで、地方の物価が首都圏より高くなっていると書いたが、ここ、千年の都--首都を化外の地、東京に移すという公式文書は何も発せられていない。天皇の勅旨もない。明治天皇は、ちょっと東京へ行ってくるといって、出かけられ、偶々千代田城跡地を行在所にされたまま、今に至っているだけのことで、それも高々100年のことでしかない。そのうち、御所に帰られるのだろう、と京都市民は思っている、らしい--は、地方ではないから、あの法則はあてはまらない。四条寺町へ行けば、100円の回転寿司があるし、三条の春陽堂の中華料理は安い。今時、天津飯/丼を480円で食べさせるところはないのではないか?おまけにカニの足も、細いとはいえ、ちゃんと幾つか長いのが入っている。カンズメのバラ身を申し訳にいれているのとは訳が違うのである。
四条寺町へ行って、PC店を幾つかみてきた。寺町といえば京都の秋葉原であるが、まるで規模が違う。300m位の間に10軒程度か。何よりも秋葉原のように小さなジャンク屋がないのが寂しい。あるのは、大手の店ばかりで面白みがない。80年代にここで、MSXって最近話題になっているが何だろうと、一台買って以来何もかったことがない。
また、京都の話 2002.5
とは言っても、別に京都には関係ない。新幹線の中で、ノートPCを開いて、PPTをいじくっていたら、新横浜辺りで固まってしまった。まあ、Windowsだからいつものことである。ただ、違うのは、これから講演する大事な中味なので、ファイルが壊れてくれては、真っ青にならざるを得ない。しかし、Ctrl+Alt+Delも何も効かない。本文のtipでも割り込み
についてかいたが、OSがアプリにとらわれて、キーボード割り込みさえ効かなくなるなんて、そんなものはOSではない。しかたないので、電源長押しで、reset。Fat32だから、当然、スキャンディスクが始まる。いつもならこんなもの中止だが、今回は上記の事情で、さすがに大事をとり、続行。これが、名古屋を過ぎても終わらない。電池が無くなってしまった。まったく、MS
の製品を使う限り、ラプソディの話の種は尽きない。
帰りの新幹線がこれまた不思議である。席がガラ空き、しかも、写真で見るように、飛び飛びで空いているのではない。固まって空いている。にも拘わらず、なぜか、2席側の私の隣に人を座らせる、JR東海の神経が理解できない。荷物を棚に上げている時、後ろに人の気配があったので、振り向いたら男の人が待っている。思わず、この席なのですかと、私の隣を指差して聞いてしまった。当然でしょう、前後、反対側の席がズーットがら空きなのだから。JR東海の外務省的抗弁を予め封じておくと、この席は京都から新横浜まで(私はここで降りたのでその先は知らない)、空席のままであり、予約がはっていたのではない。まあ、しかし、どこかの奇人団体が、新横浜から東京まで予約したのかもしれないが。

この人は、反対側の席にこうして移った。
彼は、さすがに、反対側の3人掛けの方に移っていった。そういえば、最近、知人が、同じことを言っていた。夫婦2人を、早くから予約してあったのに、3人席に座らせ、おまけに、通路側に他人を座らせた。がら空きなのにである。その他人がまた律義(というか何というか)で、空いているところに移ろうとしない。お陰で降りるときに土産で一杯なので苦労したと。
私の乗っていたヒカリでは、さすがに数人の大阪人が車掌にクレームを付けていた。こんなに空いているのに、なんでツメオルンヤ、それで、席移ったら、アカンて、そりゃ、なんヤ、って。
席の配置問題は、もっとも簡単なAI
のspace planningの問題で、中学生でも解決できる。これが解決できない日立のMARSシステムがアホなのか、JR東海の名古屋人がガメツイのか、何が原因なのだろう。確か、JR分割前はこんなことはなかったと思うが。東京人はグローバルな感覚があるが、JR名古屋人は、大いなる田舎の感覚のままなのか?
IT Rapsody 2002.12.26
さすがに京都は寒い。横浜はまあまあ暖かかったが、盆地ではそうもいかない。ふと、気がついたら、最近は「のぞみ」ばかりである。全然、「ひかり」がない。まあ、2時間で京都まで来てしまうので文句はないが。去年だったか、JR東日本のVIEWカードは、トレテルという電話での特急券予約サービスがあって、便利だが、緑の窓口での発券システムとリンクしていないので、トレテルの予約番号で予約の内容を見ながら発券システムから手動で発券しているので、普通に申し込むより時間がかかると書いたが、前回、10月頃に使った時にはリンクしていて、さっと出てきたので驚いた。改良したのか、駅員教育が行き届いておらず、単にこれまでの駅員が知らなかっただけなのか、どちらなのだろう。
で、気を良くして、今回もトレテルしたが、電話が満員で全然繋がらない。横浜も、東京も30回は、少しおいてはかけなおしたが結局、話中で繋がらず、緑の窓口で普通に買った。設備の増強もせずに会員を増やした結果かと思ったが、新幹線のホームに何とかExpressという新しいサービスのパンフレットが山と置いてあるのを見つけた。携帯電話から、特急券の予約や変更が簡単にできると謳っている。会費が年1000円。VIEWカードは500円だ。これが犯人に違いない。VIEWはもう、捨てるつもりなのだろう。全くIT Rapsodyである。
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Linuxパビリオン
これを見て、Linuxの部屋と思われたら、ごめんなさい。
これは、LasVegasで開かれたComdex98のLinuxパビリオン。
気に入ったので掲げただけです。
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