3.【誰のもの?】(……2.『婿入りの儀』からの続き) [登場人物紹介] ●グリシーヌ……フランス人。巴里華撃団(パリかげきだん)メンバー。本作品の  主人公。大貴族ブルーメール家の一人娘でありながら、身分を隠してシャノワー  ルの舞台に立つ。プライドが高く、曲がったことが許せない性格。その反面、単  純で融通がきかない面もある。 ●大神一郎……日本人。海軍中尉ながら帝国・巴里、両華撃団の隊長。正義感にあ  ふれる熱血漢として幾度となく人々の危機を救ってきた。 ●エリカ……巴里華撃団メンバー。天然ドジ。 ●コクリコ……巴里華撃団メンバー。ベトナム出身の少女。 ●ロベリア……巴里華撃団メンバー。元盗賊。グリシーヌと仲が悪い。 ●花火……巴里華撃団メンバー。純日本的な気質を持つ大和撫子。 ●タレブー……長年、ブルーメール家に仕えるメイド長。 ※シャノワール……巴里華撃団本部。夜は紳士淑女の集まる劇場となる。巴里華撃  団メンバーは普段、ここでレビュアーとして活躍している。 ※帝国華撃団……帝都・東京を霊的に防御する為に結成された部隊。本部は東京・  銀座にある大帝国劇場。大神一郎を隊長に、様々な国籍の女性隊員達で構成され  る。隊員は、さくら、すみれ、カンナ(以上、日本)、マリア(ロシア)、アイ  リス(フランス)、紅蘭(便宜的に中国)に加えて、サクラ大戦2で新たに織姫  (イタリア)、レニ(ドイツ)が入隊した。隊員は、蒸気を動力とする秘密兵器  ・光武(こうぶ)に搭乗して敵と戦う。帝国華撃団をサポートする部隊として薔  薇組・月組などがある。 ※薔薇組……帝国華撃団をサポートする為に結成された部隊。琴音、斧彦、菊之条  の三人で構成される。彼らは「体は男だが心は女の子である」と主張し、大神を  熱愛していた。 ---------------------------------------------------------------------------- 【誰のもの?】 六月某日、ブルーメール家伝統の”婿入りの儀”が終わり、新たな歴史が刻まれた だが、その長いブルーメール家の伝統に「新婚旅行」という概念は存在しない 「婿入り」は跡取りとなる男児がいない場合において、優れた男性を養子として家に 迎える厳粛な儀式以上のものを超えない だから、儀式が済めば、そこからまた新しい日常が始まるに過ぎないのだ よって…… (そうだ!  もう二日間もシャノワールを欠勤している) 大神はそのことに気が付いた 迂闊ではあるが、久しく体から離れていた仕事だ 忘れていたとしても無理はない まだ眠っているグリシーヌを起こさぬよう、そっとベッドからすべり下りると、椅 子の上に畳まれていたモギリ服を素早く着込んだ 日は既に沈み、東の空から徐々に暗闇に包まれていく 無断欠勤しておきながらシャノワールから怒りの呼び出しが掛からないのは、二人 に気を利かせてくれたからであろうか? レビューの方は恐らく、エリカ達四人がグリシーヌの分も分担してくれたのだろう と推測するしかない シャノワールの灯りが見えてきた (良かった……開演には間に合った) 大神は慣れた手さばきで客の列を流し始めた だが、気になることがある 客が皆、一様に大神をじろじろと眺めるのだ 中にはニヤついたり、あからさまな軽蔑の色を浮かべる者もいた 妙な……とは思うものの、次々と押し寄せる人の多さに疑問を吟味する余地はなか った そこへボーイであり、仕事仲間のドミニクがやってきた 「よう、モギリ!  一段落ついたから休憩していいぜ」 「ああ、わかった」 振り返った大神を見て、ドミニクはうおっ!という驚きの声を上げた 「なんだ?」 「いや……な、なんでも……ない」 口を手で覆いながら答えるドミニク 「言いたいことがあるならはっきり言えよ」 「ほ、ほん……本当になんでもないんだ……」 必死に笑いを抑え、あらぬ方向に視線を泳がせる彼の姿に、大神はますます不審の 念を強めた 「そういえば、さっき、グラン・マが呼んでいるみたいだったぜ……」 それだけ絞り出すように吐き出すと、駆け足で舞台裏の方に消えていった 「グラン・マが?」 ◆ グラン・マは女性ながらシャノワールの支配人だ かつてはダンサーとして舞台に立っていたとも聞くが、今からは想像もできない話 だ 舞台で踊るあで姿をライラック伯爵に見初められ、身分違いの結婚を果たしたとい うから、その意味では大神とグリシーヌの先輩と呼べるかもしれない そのグラン・マの言葉とあれば、直ちに馳せ参じなければならない 万一、遅れたりすれば、彼女の手厳しい言葉が待っているのだ 一も二もなく、大神はグラン・マの元へ向かった こんなとき、グラン・マは一等客席にいることが多い 予想通り、客席の中に特徴あるグラン・マの後ろ姿を見つけた 「グラン・マ、お呼びですか?」 「おや、ムッシュ……」 大神の声に驚いて振り返ったグラン・マの目が、もう一度、驚愕に見開き、突然、 しゃがみ込んで口を押さえた 全身が細かく痙攣している 慌てたのは大神である 「どうしたんですか!?  気分でも……?」 肩を揺さぶる大神の手を払いのけて、なお、グラン・マは身をよじらせる だが、やがて内部の圧力に抗しきれなくなった口から、所構わない大きさの笑い声 が噴出した 大神はただ唖然として、その発作が収まるのを待つしかなかった ……嫌な予感がする 「ムッシュは……その顔で巴里の街を歩いて、ここまで来たのかい?」 「はい、その通りですが?」 所々、息継ぎをしながらの質問に律儀に答える大神 「まさか、それでモギリまでやったんじゃないだろうね?」 「え?  なにか、まずいことでも?」 グラン・マをもう一度、笑いの発作が襲った 今度のは前のものより大きい 「は〜〜〜今日という日は私の人生に記録しておかなくてはいけないね  私が人生で一番笑った日だよ  ありがとう、ムッシュ……」 ようやく、笑い終わった涙目のグラン・マがおもむろに手鏡を見せてくれた そこには顔中にキスマークをつけた間抜けな男の姿が映っていた 特に口の周りは、ひと際、紅く染まっている 大神は頬に手をやった 鏡の向こうの男も同じ動きをする (ま、まさか……俺はこの顔でここまでやって来て、モギリの仕事もこなしていた  のか?) 自覚した途端、大神の顔が火になった 「グリシーヌも容赦ないようだねぇ……」 グラン・マの言葉に大神は穴があったら入りたくなるほど恥ずかしかった ◆ 「ほら、これで紅を落としな」 「ありがとうございます」 グラン・マから手渡されたタオルと水で顔をぬぐったものの、それでも首に鬱血の 跡が幾つか残った さらに、襟をめくってみると歯形まで覗いていた 襟を無理矢理上にあげ、ネクタイをきつく絞めることでなんとか誤魔化した 「ふふふ……やれやれ……」 「…………」 「どうだい?新しい生活は?」 「ええ……全てが新鮮に感じられます」 「ま、最初だけさね  グリシーヌは一緒じゃないのかい?」 「まだ寝てると思います  起こさないように抜けてきました」 「ふふ……もてあましてるんじゃないのかい?」 「もてあましてはいませんが、昔の彼女と較べて、あまりの違いに驚いてはいます」 「そんなもんさ……外面的に冷淡に見える者ほど、内に情熱を秘めているもんだよ  グリシーヌもその一例に漏れなかったってわけだ  確かに彼女が変わったとも言えるけど、身を焦がすような情熱は元々グリシーヌ  自身が持っていたもの  ムッシュがそれを引き出したのさ」 「そんなものでしょうか?」 「ところで、どうしてここに来たんだい?  別に一週間くらい休んでくれても構わなかったのにさ」 「どうしても何もないでしょう?  ドミニクにグラン・マが呼んでいるって言われたから来たんです」 「私はそんなことは知らないよ  私はムッシュを呼ぶどころか、まだ、ブルーメール邸にいるものだって思ってい  たくらいだから…………ん?……いや、そうか……  ふふん、ドミニクの奴も可愛いところがあるじゃないか」 「どういうことです?」 「相変わらず、ムッシュは鈍いねえ……  ドミニクはムッシュの顔を私に見せるために嘘をついたんだよ」 「へ?」 「おかげで、私は人生最高の日を送れたってわけさ  ドミニクには感謝しなきゃいけないねぇ」 そういうことか……大神は了解した 「あの野郎」と心で舌打ちしたものの、どこか大神には憎めなかった ふと見ると、客席の片隅にドミニク他、見知ったボーイ達の顔が見えた 皆、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている 大神はその視線に耐えきれず、赤面して顔を伏せた 恐らく、今回のことで、仲間から少なくとも一ヶ月は冷やかしを受けるだろう その時、大神は、気高く厳かな音楽を聴いたような気がした 「隊長……ここにいたか  探したではないか」 ◆ いつの間にか、グリシーヌが背後に立っていた 「いいっ!グリシーヌ!」 「……寝返りをうってみたら貴公の姿がない  一瞬、貴公が消えたのかと思ったぞ  貴公は、もう私のもとを離れないと言ったではないか……」 大神の首筋に手を回し、抗議するように熱く囁くグリシーヌ 「こらこら  こんな所で見せつけないでおくれ  うちのレビュアーがモギリといちゃついている所を客に見られたらことだよ  客にはあんた目当ての客も多いんだからさ」 「ふん、大きなお世話だ!  色目を使わねばならぬ客など、こっちからお断りだ!  ……よかろう  どうせなら、今ここで私と隊長の関係を皆にはっきり宣言してくれる!!」 「いいっ!!」 「困ったねえ  ムッシュ……なんとか言っておやりよ」 「え……え〜と」 大神は言い淀んだ 下手なことを言えば、火に油を注ぐだけだろう 1「関係なんてあったっけ?」 2「大声を上げるのはやめよう」 3「俺がかわりに宣言するよ」 などの三つの選択肢が思い浮かんだが、結局、一番無難な答えを選んだ 「グリシーヌ……大声を上げるのはやめよう  不作法に見えるよ」 「そ、そうだな……大声を上げるなど、真の貴族にあるまじき行為であった  すまぬ」 非礼を詫びて、グリシーヌは静かに着席した やれ収まったかと大神は安堵した ◆ そこへメルとシーがやってきて、飲み物を差し入れてくれた グラン・マの秘書であるこの二人の少女は、公私共にすこぶる仲が良い 「グリシーヌ様、この度はご結婚おめでとうございます」 「おめでとうございますぅ」 メルの言葉にシーが和した うむと鷹揚にうなづきながらも、グリシーヌは喜びを抑えきれないように笑んだ 「でも、ブルーメール家へ婿入りしたなら、大神さんはなんて呼べばいいの?  これからはブルーメールさん??」 言われて見れば、シーの疑問はもっともだった 「あら?そういえばそうね」 「そうか……そういう問題もあったな  グリシーヌ、どうする?」 大神はグリシーヌに伺いを立てた 大神自身にはこだわりが無いから、必然的に婿入りにこだわりを持つグリシーヌに 判断が委ねられる 「無論、ブルーメールさんと呼べ……と言いたい所だが、シャノワールでその名を  出すのはまずい  これまで通りの呼び名でよかろう」 「良かった!」 「これからも宜しくお願いしますね、大神さん」 「ははは……宜しく」 「ん〜〜〜  でも、グリシーヌ様はなんで、隊長なんて堅苦しい呼び方を続けているんですか?  『イチロー』と呼べばいいのに……」 「な……そ、そんなこと……  は……恥ずかしいではないか……」 言いながら、頬を染める 大神との仲を居並ぶ客に宣言しようとするかと思えば、妙なところで恥じらいを見 せるグリシーヌであった 「ははは……  その内、イチローとも呼んでくれよ」 「う、うむ……心の準備をしておこう」 そこへ、エリカ、コクリコ、ロベリア、花火の巴里華撃団メンバーがやってきて、 話に加わる 彼女らに今までの会話のあらましを教えた 「……というわけで、これまで通り『大神さん』と呼んで良いというお許しを頂い  たんですよぅ」 と、シーがいつもの甘ったるい声で言った 「まあ、隊長が私のものであることには変わりはないからな」 「え〜〜〜〜!  大神さんはグリシーヌさん一人だけのものじゃありませんよ!」 エリカが大きく抗議の声を上げた ◆ 「何を言う、隊長は私の婿だぞ!」 「でも、大神さんは巴里華撃団の隊長さんでしょ?  華撃団隊長は、一人のものじゃなく、みんなのものなんですからね  独り占めはズルいですよ」 「ぐっ……」 「ですよね〜  グリシーヌさんもそう思いますよね」 どうも、エリカは苦手だ グリシーヌは怒りの調子がとれなかった 何か反駁の言葉を返そうと思うが、良い言葉が浮かんでこない 反論がないことを承諾と受け取ったのか、ロベリアがエリカを引き継いだ 「まあ、そういうことだ  今夜はあたしが隊長を借りるからね」 「待て!  勝手なことをぬかすな!」 「そうだよ!  今夜は僕がイチローにおいしい手料理を作って上げるんだから」 「コクリコ!  料理は後日でも良かろう!」 「はいはいはいはいはい!  みんな、仲良くレストランにでも行くのがいいと思います!」 「おっ、エリカにしちゃマトモな意見だ」 「そうだね、僕もそれでいいよ」 「……待てというに!」 「グリシーヌ  せっかく、皆さんが集まることができたのですから、今夜は一緒に楽しみましょ  うよ」 「花火……おまえもか!」 その時である シャノワール付近で巨大な爆発音が響いた 「な……なんだ!」 「また、怪人共が現れたのか!?」 周囲に一気に緊張が走る 巴里華撃団出撃! 光武に乗って外に飛び出してみると、ある物体の周りに大勢の群衆が輪を作ってい た その物体は予想していた蒸気獣にあらず、皆がよく見知ったもの……霊子甲冑、い わゆる光武であった そのピンク色の光武のハッチが開き、中から目を回した女性がよろけ出てきた 体から幾筋もの煙が立ち上っている 「さくら君!どうしてここに!」 ◆ 真宮寺さくら 北辰一刀流の使い手にして、帝国華撃団隊員 大神とは、帝都を狙う敵との、二度に及ぶ大戦を戦い抜いた、いわば、”戦友”だ しかし、その関係は、隊長とその部下を超えるものだったと言われても、お互い、 否定はしないであろう (帝都にいるはずのさくら君が何故ここに……?  それも光武に乗って) 大神のいる巴里と東京では、直線距離で1万4千km以上も離れている この時代、陸路では各国間の鉄道の連絡や道路整備が不十分であった為、南廻りの 海路が一般的だ 蒸気船での片道は約一ヶ月 その長さは大神自身がよく知っている 帝都防衛という重要任務もある身でそう易々と来られるものではない だが、現にさくらはここにいる 大神は混乱した 「私……やっぱり大神さんがあきらめきれ……じゃない、大神さんに会いたくて……  ……れれれ…」 さくらの足は酔っぱらいのような千鳥足でまことに頼りない 大神機の手が怪我をさせないよう、優しくさくらの体を抱き上げた 「さくら君、大丈夫かい?」 「れれれ……」 まだ目を回している 「一体、どうやってここまで来たんだろう?」 『それは……こうやってですわ!』 大神の疑問に間髪入れず答える者があった さっとサーチライトの束が集まり、何者かが空から下りてくるのが見える ライトの光を浴びてゆっくりと降下する様はまるで何かのショー それは落下傘をつけた紫色の光武であった 「すみれ君!?」 「お久しぶりですわね、中尉  ちょっと失礼……」 すみれ機は優雅に着地すると、背の落下傘を切り離した 「やっほー!お兄ちゃん」 「隊長!久しぶりだな!」 続いて、アイリス機とカンナ機が順に下りてくる 「まあ……『久しぶり』だなんて、芸のない挨拶をなさいますこと」 「なにぃ?  おまえだって言っていたじゃねえか!」 「み、みんな、どうやって?  翔鯨丸で来たのかい?」 だが、見渡す限り、光武八機を一度に輸送できる飛行船の影はない 満月に照らされた空に浮かぶものはネズミ色の雲だけである 『大神はん!  うちが説明するわ!』 大神機のモニターに眼鏡をかけたチャイナドレスの女性が映った 「紅蘭!?  君の仕業か?」 『東京湾沖、太平洋に墜落したミカサの主砲  あれを改造して、巴里凱旋門にあるリボルバーカノンと同じ働きを持たせたんや』 どうやら、どこかの電算室にいるらしい 周りには厳めしい蒸気計算機が何台も並んでいた リボルバーカノンとは、光武を高速で連続射出し、直接、敵・中枢部に攻撃をかけ ることを目的に造られた秘密兵器である 簡単に言えば、極大の銃身から、光武を詰め込んだ銃弾を撃ちだす装置だ 「す、すごいな  でも、たった一ヶ月でそんな改造ができるのかい?  主砲の発射角度や速度、その他諸々にしてもものすごく無理があると思うけど……」 『え!?なんやて!?  通信状態が悪くてよく聞こえへんわ……!  十五分間、ミカサの全蒸気エネルギーを砲門に集中しなければならないという欠  点もあるけど、一度に射出できる光武の数は三機!  今のミカサは巨大な置物としての価値以外あらへんから、有効なリサイクルやね!  引退した米田はんもえらいうちのこと誉めてくれたで  実験台として、まず、さくらはんの機体をそっちに送ったけど、無事届いたみた  いやね  余分に地球を十周くらい廻ったけど一応、実験成功!!  さくらはんのデータを元に、次からは修正を加え、可動テストも兼ねて、みんな  の光武をそっちに送ったから、ちゃんと受け取ってや〜!  これで、いつでも帝都⇔巴里間を往復できるわけや』 「そうでーす!  紅蘭の発明もたまには役に立つものでーす」 「隊長、お元気そうでなにより……」 「……………………隊長」 織姫、マリア、レニの機体が続々と着地する ここに十三機の光武が一同に会するという壮観な光景が広げられた 「積もる話もあるけど……  ちょっと野次馬が集まりすぎたな  一旦、シャノワールに撤収しよう」 ◆ 「よく来てくれたね!みんな!」 大神が歓迎の意を示した 突然ではあるが、心通じ合う仲間の来訪に喜びを隠し切れない様子だ ここはシャノワール地下の機体格納庫 収まりきらない光武は通路にはみ出していた 帝国華撃団メンバーが大神を取り巻いて喜びに沸く 「私達、今からレストランへ行く所だったのですが……」 「あんたらも行くかい?  その代わり、割り勘だぜ」 花火とロベリアの誘いを呼び水に、帝国華撃団メンバーが次々にのってきた 「うん、アイリスも行く行く〜〜〜!  レニも行くでしょ?」 「……うん」 「そんな割り勘だなんてケチくさいこと言わずに、私が皆さんのお勘定を持ってさ  しあげますわ!」 神崎すみれはそう言うと「おーほっほっほっ」と得意げに(そして意味もなく)高 笑いした 「飯だ飯〜!  さぁ〜〜喰うぞ〜〜!」 「ひっ!……カンナさんもお行きになるの?  ど、ど、どうしましょう……持ち合わせが足りるかしら」 「なんだ〜?そのわざとらしい演技は!  相変わらず、イヤミな女だな、おめえは!」 「私は自分の分は自分で払います」 「私もマリアさんに同じで〜す  奢られるのは好きじゃありませ〜ん」 「マリアさんと織姫さんもそう言っていることだし、みんな仲良く割り勘でいいで  すよね!  それじゃ、出発進行〜♪」 「大丈夫かい?さくら君」 「れれれ……まだ目が回って……」 『ちょ、ちょい待ってや!』 モニターの向こうの紅蘭が慌てた 「そうか、まだ紅蘭が残っていたっけ」 「紅蘭、早く来なさいよ  みんな待っているんだから(誰が発射ボタンを押すんだろう?)」 『おおきに  ほなら、うちも早速……』 マリアに促され、いそいそと準備を始める紅蘭 「い〜え、紅蘭は居残りですわ!」 『な、なんでや!すみれはん』 「紅蘭には、ミカサに残って、実験データの分析をするという大事な仕事が残って  いるではありませんか  そのような重要な仕事は紅蘭にしかできないのですからね  おーほほほほほ!」 『そんな殺生な……』 ◆ (……なんていうことだ!  これでは隊長を婿にする前と何ら状況が変わっていないではないか!) 地位、名誉、そして己の命を捨てる覚悟までして、ようやく、隊長・大神一郎を手 に入れた……はずだった 一体、あの血を吐くような努力は何だったのだろう? グリシーヌは、足下の床がガラガラと崩れ落ちていく気がした 「紅蘭はまた次の機会ということで……  帝都のみんなはどこに行きたい?」 大神が、紅蘭を除く帝国華撃団メンバーにリクエストを求める 彼女らは暫く、内輪で相談していたが、一同を代表してさくらが、 「私達は巴里に不慣れですし、ここは巴里華撃団の皆さんに任せます」 と返答した 「そうと決めたら吉日だ  早速、出発しようぜ  花火……あんた、この前、いい店見つけたって言っていたよな」 ロベリアが花火の肩に腕を乗せた 「はい……  日本風レストランなんですけど、巴里では珍しいですし」 「へ〜、花火君が見つけた店か  どんな店か、行ってみようか」 日本料理と聞いて、大神も乗り気になった 「それって、新しくできた店じゃない?  ビラ配っていたよ」 とコクリコがポケットから一枚の紙を取り出す 大神が何気なく受け取って読んでみると、気になる文字が踊っていた 『神秘の国ジャポンより来たりし三人  KOTONE〜琴音〜  YUKIHIKO〜斧彦〜  KIKUNOJOU〜菊之条〜  愛のツアー開催中』 「どう?」 「い、いや……花火君には悪いけど、その店はまた別の日にしよう  今日はいつものレストランに行こうか  帝都のみんなは日本料理を食べ慣れているからフランス料理の方がいいと思う」 いつの間にか、メルとシーまで加わって、明るい女の歓声が玄関ホールに響いてい た 帝都と巴里の華撃団メンバー入り交じって、互いに好き勝手に話している その輪の中から少し離れて、壁に手を置いてうなだれるグリシーヌの姿があった コクリコがロベリアの服をちょんちょんと引っ張った 「ねえねえ、ロベリア  グリシーヌ、泣いてるよ……」 「ん〜〜〜?  んなわけないだろ  あれは笑っているんだよ  ……お〜い!グズグズしてると置いてっちまうぞ!」 今はもう、その声も聞こえないのか、泣き笑いするしかないグリシーヌであった ◆ 「どうしたのかな?グリシーヌ  様子が変だけど……」 大神が心配そうにグリシーヌを見やった 「わからないんですか?」 メルが呆れた 「何がだい?」 「大神さんに原因があるんですよぅ」 この手の話が大好きなシーも話に割り込んできた 「俺に?」 「そうですよぅ  愛する男性をお婿さんに迎えて、これからは二人だけの甘〜い生活が送れると思  っていたのに、大神さん自身が相変わらずの八方美人じゃ、どんな女の子だって  落ち込んじゃいますよぅ」 「グリシーヌ様、お可哀相……」 「…………」 そう言われて、大神もようやく己の配慮が足りなかったことを悟った 「確かに……そこに思い至らなかった俺に責任がある  二人とも、忠告ありがとう」 「いいんですよ  それより、ちゃんとかまってあげて下さいね」 「頑張ってね、大神さん」 「ああ……」 グリシーヌは壁にうなだれながら、自分の影をじっと見つめていた その目には涙がにじんでいる すると、影にもう一つの影が重なった 反射的に振り返る 「隊長……」 「今日はごめん  この埋め合わせは今度するから……」 「え?」 「どこか、グリシーヌの好きなところに行こう  ……もちろん、二人だけでね  だから、そう落ち込まないで」 グリシーヌの目が喜びに光った 抜け殻のように力無かった体にたちまち生気が戻る 「本当か?」 思わず、大きく鼻で息をした 「ああ、約束だ」 「では、いつにする?」 「う〜ん……グリシーヌが決めた日ならいつでもいいよ」 「ふふふ……貴公、その言葉に二言はあるまいな」 「え?  う、嘘は言ってないつもりだけど……」 「何やってるの〜?  二人とも、本当に置いてっちゃうよ〜」 コクリコの呼び声が二人の背中にかかる 「何をしている?隊長  早く行かぬと置いて行かれるぞ!」 「え?」 「ほら、早く!」 「ああ……わかった!」 大神の手を引くグリシーヌの笑顔につられて大神も微笑む 変わりやすい乙女心の不思議さに戸惑いながらも、元気になってくれて良かったと しみじみ思った ◆ ジリリリリリ……ガチャ 「はい……ざます」 「タレブーか」 「おお、お嬢様  ご機嫌麗しゅう……」 「挨拶は良いから、用向きだけを伝えておく  これから言うことの準備を整えてくれ」 「かしこまりましたざます」 「まず、巴里からルアーブル港へ向かう  そして、ルアーブル港からブルーメール家所有の蒸気船で倫敦(ロンドン)へ渡  る  倫敦から遠戚のいるストックホルムへ  そこで暫く、身を隠した後に再びルアーブルに戻り、世界一周の旅に出るつもり  だ  それらの手配をしてほしい」 「婿殿と二人、水入らずで……ざますね?」 「さすがだ、タレブー  よくわかっているではないか……  私はつくづく感じたのだ  女は、妻の座に安穏とあぐらをかいているだけではダメだとな  夫の心を今以上に掴み寄せるにはやはり子をなさねばならぬ」 「承知しましたざます  先代も、早く、お世継ぎのお顔を見たいと望まれていることでしょう  このタレブー直属の隠密メイド部隊を使い、決して、お二人の邪魔をさせないざ  ます」 「うむ、頼もしいな」 「それで出発はいつになさいますざますか?」 「今夜だ  花婿も了承済みだ」 「それは急ざますね」 「できるか?  獲物を狙う泥棒猫達に気取られぬ内に出発したい」 「なんとかするざます」 「すまぬな  帰りはいつになるやわからぬが、その時は世継ぎも一緒に連れていることだろう」 「今、どちらざますか?」 「巴里*区にあるレストラン『ジョルジョルジュ・ド・ジョルジョルジュ』にいる  花婿も一緒だ  帰途からそのまま作戦発動に移る」 「では、そちらにブルーメール家の馬車を派遣するざます  御同席の方々は前の馬車に……お嬢様と婿殿は一番後ろの馬車にお乗り遊ばせ  その馬車だけ、列から離れて郊外に用意しておく蒸気車に向かわせるざます  そこから港に向かい、船で二人だけの旅に出るが宜しいざます」 「ふっ……  見事なプランニングだ、タレブー」 「恐縮ざます  お嬢様のお母上のときも同様の対処をしたざますから……」 「では後は任せる」 「お任せを……ざます」 ガチャッ……ツー・ツー・ツー 「あれ、どこに行っていたんだい?グリシーヌ」 「いや、なに……大した用事ではない」 「ごめん……  実は明日、帝都のみんなを巴里観光に連れていく約束をしちゃった」 (またか!)と叱りを受けるのを予想して、大神は内心ビクつきながらの告白だっ た しかし、予想に反して、グリシーヌは上機嫌であった 「はっはっはっ  良いではないか……  物見高い連中にこの花の都を存分に案内してやるが良い」 「実は、約束はまだあって……  明後日はルーブル美術館見学、明々後日はコクリコのマジックショーを観にサー  カスへ、その翌日はエッフェル塔見学とショッピング、さらに翌日はモンマルト  ルの丘で写生大会、さらに翌日シャノワールで宴会をする約束をしちゃったんだ  けど……」 「良い良い良い良い良い  私に気兼ねすることなく、好きなだけ約束してやるが良かろう」 「……?  ありがとう、帝都のみんなも喜んでくれるよ」 大神は予期していた怒りが無かったことを意外に思いながらも、グリシーヌの気前 の良さにほっと胸をなで下ろしていた 「はっはっはっ  良い良い……どうせ、貴公が行く場所は既に決まっているのだからな」                  −続く− -------------------------------------------------------------------------- ★この作品の感想を下さい 感想送信フォーム(簡単&匿名)