5.【逃避行】(……3.『誰のもの?』からの続き ※ひっかけ有り) [登場人物紹介] ●グリシーヌ……フランス人。巴里華撃団メンバー。本作品の主人公。大貴族ブル  ーメール家の一人娘でありながら、身分を隠してシャノワールの舞台に立つ。プ  ライドが高く、曲がったことが許せない性格。その反面、単純で融通がきかない  面もある。青い貴族服をまとい、決闘やピンチの際にはどこからともなく巨大な  斧を出してくる。ゲーム中では、ブルーメール家を継がなければならないという  自らの宿命に思い悩んでいた。 ●大神一郎……日本人。海軍中尉。帝都・巴里、両華撃団の隊長。正義感にあふれ  る熱血漢として幾度となく人々の危機を救ってきた。 ●真宮寺さくら……日本人。帝国華撃団メンバー。サクラ大戦シリーズのメインヒ  ロインとも呼ぶべき存在。 ●エリカ……巴里華撃団メンバー。赤を基調とした派手な服を着ているシスター。  天然ドジ。 ●コクリコ……巴里華撃団メンバー。ベトナム出身の少女。 ●ロベリア……巴里華撃団メンバー。元盗賊。グリシーヌと仲が悪い。 ●花火……巴里華撃団メンバー。純日本的な気質を持つ大和撫子。 ●タレブー……長年、ブルーメール家に仕えるメイド長。 ●グラン・マ……巴里華撃団司令にしてシャノワールの総支配人。 ●メル&シー……グラン・マの秘書。大の仲良し。 ●すみれ、マリア、アイリス、紅蘭、カンナ、レニ、織姫……それぞれ、帝国華撃  団メンバー。 -------------------------------------------------------------------------- 【逃避行】 〜あらすじ〜 遂に大神一郎を婿入りさせることに成功し、愛しい男の独占に酔うグリシーヌ。し かし、それは彼女一人の思いこみにしか過ぎなかったことがやがて明かになる。巴 里華撃団に加えて、帝国華撃団のメンバーまでもが巴里に現れ、好き勝手に大神を 連れ廻そうとするのだ。「今までと状況が何一つ変わっていないではないか!」暗 然とするグリシーヌ。しかし、彼女はここに至って、大胆な作戦の実行を決意する。 密かに大神と二人だけで巴里を脱出し、世界一周旅行へ出発しようというのだ。そ して、グリシーヌは、花婿の身を虎視眈々と狙う華撃団メンバーに悟られぬようタ レブーに準備を命じたのであった…… ここは、巴里北西部にあるレストラン「ジョルジョルジュ・ド・ジョルジョルジュ」 紅蘭の改造したミカサ主砲により打ち出された光武に乗って巴里にやってきた帝国 華撃団メンバー(紅蘭除く)を巴里華撃団メンバーが歓迎する形で食事を共にして いる所である 「な……何ですか、これは?」 テーブルにのせられたエスカルゴやグルヌイユ(食用カエル)などの料理の山に目 を白黒させるさくら 彼女の目にはどう見ても巨大カタツムリと殿様カエルの料理にしか見えなかった すみれが声を出さずに嘲笑った 「何って……エスカルゴとグルヌイユの料理じゃないですか  すっごく美味しいんですよ」 エリカが不思議そうに説明した 「あっ!そうか!  日本にはカタツムリとカエルがいないんだ!  今まで見たこともない生物でしたら、珍しさに驚かれるのも無理はないかも……  じゃあ、私が中身を取り出してあげますね!」 さくらの返事も待たず、エスカルゴの皿に手を伸ばすエリカ しかし、いい所を見せようと焦ったせいか、殻を一気に潰してしまい、中の汁が周 りに飛び散ってしまった 「あ〜〜〜あ、やっちゃった……」 汚れた服を見て、エリカが涙ぐむ エリカが危険行動に移った時点で全員彼女から遠ざかっていたので、他に被害者は なかった ◆ それ以後は大した災禍もなく、楽しく語らいながらの食事に時間は過ぎていく 皆、それぞれに料理を食べ終わって、満腹感に言葉数も少なくなった そろそろ席を立つ頃合い……という雰囲気が漂うものの、カンナがいまなお健啖な 食欲を見せているのでしばし待つ 「ふぅ〜〜〜喰った、喰った……  いくら、あたいでも腹一杯以上は喰えないよ」 カンナが満足そうにポンとお腹を叩いた 「まあ、なんてお下品な  これだから田舎者は……」 すみれがハンカチで口を覆い、汚いものを見るかのように眉を寄せる その言葉を遮って、慌てて大神が声を上げた 「じゃあ、みんな、もうそろそろ出ようか」 それを合図に、めいめいが席を立って帰り支度を始める 「うふふ  大神さん、明日の巴里観光楽しみですね」 すす……と、さくらが大神の傍に寄ってきて、上目づかいに語りかけてきた 頬に少し紅がさしているのは、先ほどのワインが残っているからだろうか 「ああ、そうだね」 「去年は、巴里に滞在できた時間は短かったですけど、巴里華撃団の皆さんと交流  したり、市内を観光したりして本当にいい思い出でした」 「あの時は、俺も仕事が忙しくて、みんなを案内できなかったのが残念だったよ」 「でも、行くところ、行くところ、市民の皆さんに呼び止められて、話しかけられ  るのは参っちゃいました」 「その着物は巴里ではとても珍しいものだからね」 「おかげで、私が観光してるのだか、されているのだかわかりませんでしたよ」 「ははは……  他には何か困ったことはなかった?」 「そうですね  やっぱり、初めての場所だったので、何処に行ったらいいのかですごく悩みまし  たね」 「その点は俺にまかせてくれ  半年の滞在であらゆる場所を歩き通したから、どんな所でも案内してあげるよ」 その言葉に嘘はなかった 半年という短い期間ながら、大神の行動範囲は驚くほど広い エッフェル塔・ルーブル美術館といった超有名観光スポットから巴里市民でさえそ の存在を知らぬ地下下水道まで、毎夜の見廻りが習慣となっていた彼に知らぬ場所 はないと言っていいくらいだ 二人の会話が弾んでいる所へ織姫がやってきて、大神に腕を絡みつかせた 「じゃあ、中尉さん、何処へ連れていってくれるでーすか?」 「どこでも好きな所に連れていってあげるよ  エッフェル塔とモンマルトルは別の日だから、それ以外だけどね」 「私達は巴里に詳しくないから、中尉さんがいいと思う場所に案内すればいいでー  す」 「そうですね、私もそれがいいと思います  大神さんが紹介してくれたレストランもこんなに美味しかったですし」 「そうかい?  じゃあ、そうさせて貰うよ」 「おう!隊長の好きな所にじゃんじゃん連れていってくれよな!」 横からカンナの快活な声がかかる 「おーほほほ  そんなにはしゃいで、まるで子供みたいですこと……」 「うるせえ!」 カンナの言葉にいちいち茶々を入れるのが、すみれの趣味のようだ 「ところで、待ち合わせの時間と場所はどうします?」 「集合時間は朝の九時にしようか  場所はシャノワールの前がわかりやすくていいね」 そんなやり取りを脇で聞きながら、グリシーヌは一人ほくそ笑んでいた あと数時間の後には、自分と花婿は巴里を離れて世界一周旅行の旅に出ているはず なのだ 消え去った二人を探して、右往左往する連中の姿が目に浮かぶ 痛快であった 「今夜は何処に泊まるんだい?」 「ええ……初めて巴里に来たときと同じホテルに泊まるつもりです」 とマリア 「ホテルの場所は?」 「サン・ラザール駅のすぐそばです」 「それならば、我がブルーメール邸に泊まるが良かろう  ここからならば、その方が近いし、客人としてももてなそう  外に馬車を用意させてあるから、それに乗ってくれ  ホテルへは私の方からキャンセルを入れさせておこう」 グリシーヌの申し出を帝国華撃団メンバーは快く受け入れた グリシーヌの目がキラリと光る 邪魔者は一カ所にまとめておく方が都合がいいのだ ◆ 「いいなぁ……私も行きたい……」 エリカが物欲しそうに呟いた 「わざわざ聞こえるように呟かなくても良い  エリカも来たければ来い  コクリコはどうする?」 「うん!  みんなが行くなら僕も行く!」 「メルとシーは?」 「行かせて頂けるなら……」 「喜んで行きますぅ……」 メルとシーは感激に目を潤ませた グリシーヌは「うむ」と頷くと、それで話を打ち切ってしまった 一人残ったロベリアは別の方向を見てるし、グリシーヌも声をかけない 見かねて、大神が声をかけた 「ロベリアも来るだろ?」 「あん?何処へだい?」 「何処って……ブルーメール邸だよ」 「ははん、お子様の集会になんか参加したくないね  別に私なんか気にかけてくれなくていいんだよ」 「じゃあ、こうしようか  邸に行って、俺とワインの飲み比べをしないか?」 「ああ、いいぜ  隊長とさしで飲み比べるのも面白そうだ  ただし、飲み比べるならいつもの酒場でな……」 「馬鹿な!  絶対、許さん!!」 それまで聞いていない振りをしていたグリシーヌが突然、大声を上げて話に乱入し てきた その口を塞いで、大神は後を継いだ 「ははは……  ブルーメール邸にあるワインは年代物だから、ロベリアの口にもあうと思うよ  どうだい?」 「そうだねぇ……  まぁ、行ってやってもいいか」 首の辺りを掻きながら、ロベリアは気のない声で承諾した これで全員の行き先は決まった 一路、ブルーメール邸へ ◆ 一同が出口に向かう中、グリシーヌ一人だけ店の奥へと歩いていく 気になって大神が追いかけた 「何処へ行くんだい?」 「…………」 「もしかして、さっきのこと怒っているの?」 「…………」 「勝手に決めてしまったことは謝るよ  でも……」 大神は、なお、無視して歩き続けようとするグリシーヌの手を捕まえた 「待って!  何を怒っているんだい?  言ってくれなければわからないよ!」 「この……馬鹿者!  何を勘違いしておるのだ!  私は怒ってなどおらぬ!  ……貴公は手洗いにまでついてくる気か!?」 と顔を真っ赤にして怒鳴った 言外に「わざわざ、このようなことを説明させるな!」という非難も籠められてい た 見れば、すぐ先にトイレの入口がある そういうことか……大神は納得した 怒鳴ってしまった後でグリシーヌはすぐ後悔した 「……す、すまぬ  つい声を荒げてしまった  どうか許して欲しい」 「え?  あ、ああ……全然気にしていないよ」 「良かった  これからは気をつける故……  だが、貴公自身にも注意しなければならぬ点はあるのだぞ」 「わかった  気をつけるよ」 「うむ  貴公は先に行って、馬車の中で待っていてくれ  すぐに私も行く  そうだ……馬車は必ず、最後尾のものに乗るのだぞ  よいな?」 と言って、グリシーヌは手洗いに消えた 大神も尿意を感じて男性用のトイレで用を足すことにした トイレを出たが、グリシーヌはまだ中にいるようだ しばらく待ってみようかとも考えたが、思い直して外に出た ◆ 「あれ?さくら君」 「大神さん……」 外に出ると、さくらがいた レストラン前の道にはブルーメール家が派遣した四台の馬車が列をなしており、そ の最後尾の傍らにさくらが立っていた 「みんな馬車に乗り込んだ所なんですが、あたしだけ余っちゃったんです  相乗りしても宜しいですか?」 「ああ、構わないよ」 大神が馬車の扉を開けようと先に立ったが、どうしたことか、手で扉を何度も引っ 掻くような仕草をした 「……大神さん  その扉、取っ手が前の方に付いていますよ」 「す、すまない」 そうこうしている間に、後方からもう一台の馬車がやって来て、後ろにつけた ちょうど、四台の馬車が五台の列になった形である レストランの帰り客を目当てにした、よくある光景であった ようやく扉が開き、大神とさくらが中に乗り込む 車内は何故か、後ろと側面の窓が閉ざされ、前しか見えない構造になっていた 車体の振動を感じて、御者台に座っていたタレブーは搭乗者の存在を知る (お嬢様と婿殿が乗られたざますね……) タレブーは目が悪い 夜ともなると極度の老眼鏡の世話にならなければならない位だ だが、今回の作戦で肝となるべき最後尾の御者の役目を誰にも譲らなかった なんとしても、グリシーヌと婿殿をルアーブル港へ送り届けなければならないとい う使命感がタレブーを駆り立てていた 以下は馬車の台数と人員構成 1[アイリス・レニ・メル・シー] 2[マリア・織姫・エリカ・ロベリア] 3[すみれ・カンナ・コクリコ・花火] 4[大神・さくら] 5[(ブルーメール家と無関係の馬車)] 「お二人にはこれを被って頂くざます  少し、お暑いでしょうが、しばらくの辛抱ざます」 「あ、あれ……タレブーさん?」 「ほほほ……今夜は私が御者を勤めさせてもらうざます」 それは、頭から足まですっぽり被るような真っ黒のローブであった 訳が分からぬながらも、言われるがまま、それを着込む二人は実に日本人らしい その、目が覗くばかりの格好は女性イスラム教徒を連想させた ◆ グリシーヌがレストランから出てくるのと、さくらが馬車に足をかけるのとはほぼ 同時であった さくらの後姿を横目に見ながら、グリシーヌは事前のタレブーの指示通り、最後尾 の馬車に乗り込む しかし、車内には先に行っていたはずの大神の姿はない 恐らく、手洗いに行ったか何かで遅れているのであろうと勝手に納得した (ブルーメール家の馬車にしてはいやに薄汚いな……) が、さしたる疑問も持たず、シートに背を預けて花婿の到着を待つ その間にも、グリシーヌの魂は世界を駆け、大神と共に戯れる夢に酔う 全員が馬車に乗り込んだのを確認して、ボーイが先頭の馬車に合図を送った 御者が鞭をいれ、先頭の馬車が走り始めた (先頭が出発したざますね……) 懐中時計をしまい、入れ替えに愛用の老眼鏡を取り出してかけた 視界が澄み切り、あらゆるものの輪郭がはっきりと見える 二台目、三台目の馬車も次々に移動を始める タレブーも馬に鞭を入れた 「あれ?  タレブーさん、もう出発するんですか?」 「左様ざます  全員乗り込まれたざますから」 ときっぱりとした返事 (待っていてくれと言っていたから、グリシーヌも一緒の馬車に乗り込むものだと  思っていたけど、別の馬車に乗ったのかな?) 大神は腑に落ちないながらも、タレブーの言葉を信じて、口から出かかった疑問を 飲み込んだ 一方、グリシーヌは目の前の馬車が動き出したことに驚いた (花婿の到着を待たずに、前の台を出発させるとは何事か?) 手筈では、最後尾の馬車だけが「途中から」馬車の列を抜けて、そのまま郊外に向 かうことになっている しかし、大神をまだ乗せていない状態では出発しようにもできない 手筈が変わったにしても事前に連絡くらいあってもいいはずだ (何かが……何かがおかしい) 考えを巡らす間にも馬車の列はどんどん遠ざかっていく 馬車の列が角を曲がって住宅の裏に消えるのを見て、とうとう耐えきれなくなった 「タレブー!どうなっている!!」 グリシーヌは扉を開けて、御者台に声をかけた だが、御者台に座っているのは、みすぼらしい中年男のみである 「な、なんだ、貴様!!  何故、そこに座っている!?」 「へぇ、これはわしの馬車ですけえ  わしが乗っているのは当たり前  それより、早く、行き先を言ってくれないと、出発しようにもできないずら」 グリシーヌはくらっと目眩を覚えた (では……では……まさか、隊長はあの馬車に…………他の女と!?) グリシーヌの脳裏に、馬車に乗り込むさくらの後ろ姿が雷光のように閃いた 「な、なにをするずら!  ひ、ひ、ひ〜〜〜〜〜命だけは勘弁を!!」 グリシーヌは、御者台に飛びかかると、有無を言わせず御者をひきずり下ろした 御者が悲鳴を上げて、石畳の上に倒れる 「泥棒〜〜!!」 御者の叫びを背にグリシーヌは馬車を走らせた 蹄鉄と石畳が奏でる小気味よい音が響く 馬車の列は既にかなり前を進んでいた グリシーヌは前方からの風に逆らいながら絶叫した 「タレブー!大馬鹿者〜!!  それは私ではないーーー!!」 ◆ 頃合いはよし タレブーの馬車は、曲がり角の多い路地にさしかかると、巧妙に前の三台と違う道 へ入っていった (あれ?どうしたんだろう?  いつの間にか、みんなの馬車が見えないけど……) 大神はそのことに気が付いた 「タレブーさん  みんなの馬車が見えませんがどうしたんですか?」 「…………」 タレブーは答えない タレブーの意識は、猛スピードで後方から近づいてくる馬車に向けられていたのだ 「どうやら、気付かれたざます  お二人とも、早駆けするざますよ!」 「え?え?」 「しっかり、つかまっているざます!!」 「は……はい!!」 グリシーヌは、前方の馬車が急速に速度を上げたのを見て、悔しさに歯噛みした タレブーよ、おまえが必死になって送り届けようとしているのは私ではないのだ! 乗り込んだ時点で何故、気付かぬ!? 「タレブー!私だ!  その馬車を止めろぉ!!」 二台の馬車が発する轟音にグリシーヌの叫びはかき消される 道を行き交う人々を轢きそうになるほどの強引さで突っ走り、様々な公共物を破壊 してもお構いなしだ 追いつ追われつする様はまるで古代ローマの戦車競技 だが、結局は馬の差が出た ブルーメール家子飼いの馬と名もなき雑種馬では、競走馬と農馬くらいの違いがあ る これ程長い距離を全力疾走したことのない馬は既に気息奄々 グリシーヌがいくら鞭を入れようと、みるみる距離が開いていくばかり 「ほっ……どうやら、逃げ切れそうざます」 後方に追っ手の影が見えなくなり、郊外に置かれた蒸気車を認めた所で、タレブー はようやく手綱を持つ手を緩めた 「タレブーさん、これは一体どういうことです!?」 「今は話している時間はないざます!  さあ……早く、こちらに乗り移って下さいまし!」 タレブーの勢いに押されて、大神とさくらは蒸気車の後部座席に乗り込む タレブー自身が運転席に座り、蒸気車は一路、ルアーブル港へ向かった ◆ ようやく、馬車に追いついた しかし、それは大神一行が既に乗り捨てた馬車であった 手筈どおりであれば、ここから蒸気車に乗り換えたはずである グリシーヌは地面を探した……あった、タイヤの跡だ まだ真新しい タレブーが乗る車のものと見て、間違いないだろう それは北西へ伸びる道に沿って一直線に伸びていた しかし、今まで乗ってきた馬車は既に乗りつぶしてしまっていた 結局、タレブーが駆る馬車の影を踏むことさえできなかったわけだ だが、馬の質を考えれば、何故、追いつけなかったかというより、よくぞここまで たどり着いたというべきだろう タレブーが使ったブルーメール家の馬車を使ったとしても、蒸気車のスピードにか なうべくもない そこへ、後方からサイレンを鳴らした一台の蒸気車がやってきて、馬車の横に停車 した ヘッドライトの光が消え、グリシーヌは眩しさにかざしていた手を下ろす いかにも警察といった出で立ちの男が窓から顔を出した 「巴里北西部を暴走している二台の馬車と言うのは君のことかね?」 巴里に名だたるエビヤン警部は、第一声を発しながらも、容疑者がうら若き女性で あることに驚いていた 女性は無言でずんずんとこちらに向かってくる 「おい、貴様!  本官の質問に答えんか!」 警察はなめられたら終わりだ エビヤンの声は自然大きくなっていた グリシーヌはドアに手をかけ、断りもなく開くと、両手でエビヤンの体を掴んで引 きずり降ろしにかかった 「こ、こら!  ら、乱暴はよせ……よして下さい!!」 グリシーヌはエビヤンを地面に放り捨てると、自分が代わりに運転席に腰掛け、エ ンジンをかける たちまち重低音と振動が車内を包んだ 「ま、待て!!  本官の車をどうする気だ!?」 エビヤンは必死に車にとりすがった 警察が犯罪者に物を盗まれる これほどの屈辱があろうか バン! ドアが閉まる音がして、指をはさまれたエビヤンが悲鳴を上げる その間に車は猛スピードで発進していた ◆ 「タレブーさん、これは一体どういうことなんですか!?」 「ちぃ……また来たざます!」 バックミラーに映った車影にタレブーは舌打ちした 蒸気車まで用意しているとは、敵は想像以上のようだ ここに二台の蒸気車によるレースが始まった コースは巴里西部から郊外にかかるグラベル(未舗装路)、ゴールは世界一周旅行 出発の船が停泊するルアーブル港までだ ストレート、左右コーナー、S字、ヘアピンカーブ、シケイン……天然のサーキッ トを砂塵を巻き上げ、二台が駆け抜ける 「なんというハンドルさばき!」 タレブーは驚愕した タレブー程の腕を持つ者に対してなお、コーナーで徐々に差を詰めていく者とは一 体…… タレブーが逃げる、グリシーヌが追う タレブーが引き離しにかかる、グリシーヌが追いすがる 鬼のような表情でハンドルを操るグリシーヌには、見えない何かが力を貸している としか考えられなかった 「貴公は私のものだ!  他の女などには渡さぬ!!」 二台はヘッドライトと満月の光だけを頼りに砂利混じりの乾燥した道をひた走る 「なんて、しつこい追っ手ざます!」 「タレブーさん!これは一体どういう……!」 「婿殿!お手を煩わせるざますが、座席の下にしまわれている袋に入っているもの  を全て道にぶちまけて頂きたいざます!」 「え!……なんですって?袋?」 「いいから早くするざます!!」 「はいぃ!!」 大神はタレブーの命令通り、座席の下に隠された袋を持ち出した かなり重い 窓から袋の口を下に向けると、中のものを一斉にぶちまけた 撒きびしである 無数の金属のいが栗が道いっぱいに広がり、月光を受けて怪しく光る 数瞬の後に、撒きびしの洗礼を受けた道をグリシーヌの車が通り過ぎ、たちまち制 御不能に陥った 「ぬううううううう!!」 ハンドルを固く握るグリシーヌの体が青い燐光に包まれる 霊力の発動だ 霊力の波動に同調した蒸気車は制御を取り戻し、ゆっくりと片側に寄って止まった ◆ 車を乗り捨てると、グリシーヌはすぐさま地に降り立ち、走り出した 「この先、ルアーブル港」という立て札を通過し、走る、走る、走る 折良く、鼻歌まじりで前方からこちらへやって来る若者の自転車が見えた グリシーヌはその行く手に立ち塞がると、 「それを貸せ!!」 「な、何をする!」 若者を突き飛ばし、自転車に飛び乗った 「それは俺の自転車だぞ!!」 抗議する若者の胸に惜しげもなく、有り金の入った財布を投げつけて、ペダルを踏 み入れた 「ひ、ひぃ!……こ、こんなに!  ありがとうございます!」 驚喜する若者を尻目にグリシーヌはペダルをこぐ 「隊長ォ〜〜〜隊長ォ〜〜〜」 息継ぎの合間に発する悲痛な叫びはほとんど声にならない すれ違う大人達は度肝を抜かれた顔で見送り、犬は吠えつける 高貴な貴族服をまとった少女が、必死の形相で自転車をこぎながら何やら叫んでい る様はあまりにも異質、あまりにも異様であった (隊長が私を置いて行くはずがない!  隊長は私と結婚したのだ!  隊長は私の婿なのだ!!) だが、どこからともなく暗い疑念が頭をもたげてくる (……でも、隊長は私のどこを気に入ってくれたのだろう?  本当は私のことなんか好きでもなんでもなかったんじゃないか?  もしかしたら、単に成り行き上、婿入りしてしまっただけで、今はそのことを後  悔してるのかもしれない……) グリシーヌは婿入りの儀の出来事を思い出していた 潮の香りがする 海が近い 木々の切れ間に満月を映す海の水面が覗く ルアーブル港はもう間近に迫っていた その時、夜のしじまを破って、ボーッ……ボーッ……ボーッ……と三回、低く重い 汽笛の音がした 「あ……ああ……」 グリシーヌはその音の意味に気付いて慄然とした ◆ ―10年後・仙台― まだ厳しさの残る寒中に梅の花がしとやかに咲き、盛りを過ぎて散り始めると、代 わりに桜の花が咲いた 先日までの寒さが嘘のように暖かく、桜もこの陽気につられて例年より早く蕾を開 き始めたようだ 真宮寺家の戸もすっかり開け放たれ、心地よい春の空気をいっぱいに取り込んでい た 「嫌だ!  僕、そんな着物着ない!」 子供が駄々をこねながら、母の手から逃れようと室内を走り回る 「次郎さん  また、そんな我儘言って……」 「だって……だって……僕は男の子だよ!」 「そんなこと言って、母さんを困らせないで下さいな」 「どうしたんだい?さくら」 「あっ……お父さん……」 「あら……あなた……」 二人の言い争う声に奥から父親らしき男が姿を見せた 大神一郎、その人である 鼻の下に八字髭をたくわえ、幾分貫禄も増したようだ 大神はさくらとの世界一周旅行の後に仙台にて結婚、さくらは旅行中に懐妊してい た一人息子次郎を産む 今は、太田豊一郎という偽名で小説を書きながら、一家そろって真宮寺家で暮らし ている身だ 「あなた  なんとか言ってやって下さいな」 「何があったのか説明してくれないと、私にも何とも言えないよ……  一体全体、どうしたっていうんだい?」 「お母さんがこの着物を無理矢理、僕に着せようとするんだ!」 見れば、暗い赤銅色をした子供用の着物だ 見ようによっては女の子用にも見える 「女の子みたいだからって、この着物を着ようとしないんですよ  わざわざ、あなたのご親戚の方が『次郎さん用に』と贈って下さったものですの  に……」 「だって、そうでしょ!  こんな着物着てる男の子なんて誰もいないもん!」 次郎が子供ながらに懸命の意思を込めて抗う 「あなた……なんとか言い聞かせてやって下さいな」 「まあまあ、いいじゃないか  次郎も大きくなって男の子らしくなったんだし、もっと男の子らしい着物を買っ  てやれば……  お金は私が出すから」 「まあ……!  あなたは本当に次郎に甘いんですから!」 「やったー!  お父さん、ありがとう!」 次郎は嬉しくなって、父親に抱きつくと、頭をぐいぐい押し付けた 「ははは……こらこら」 大神は、愛しい我が子を抱き上げて、高い高いをする 一家の麗かな笑い声が部屋中に響き渡った ざわ…  ざわ… その時、庭の茂みで何かが蠢いた 「お父さん、あそこに何かいるよ?」 次郎が父に注進する 大神は次郎の体を下ろして、茂みを見つめた 幻聴ではないことに、葉がまだ微かに揺れていた 「狸かもしれませんね  この辺りにはまだ多いですから」 さくらも茂みに目をやる 「狸?……へー、捕まえてみたいな」 「次郎さん、いけませんよ  小さいとはいえ、野生の動物を甘く見ると痛い目にあいますから  別の着物を出してあげますから奥に行ってなさい」 「はーい……」 次郎は母にたしなめられ、素直に奥の間に消えていった 「……あなた?  あなた、どうなさったんですか?」 茂みの一点をじっと凝視していた大神はさくらの呼びかけにハッとした 「いや……なんでもない」 「でも……」 「次郎が待っているだろう  早く、行ってあげなさい」 さくらの後ろ姿が障子の向こうに消えるのを見送った後で、大神は庭に下りた (まさか……あれから、もう十年も経つというのに……) 大神は茂みに近づいた 「ううう」と獣のような唸り声がする すると次の瞬間、ざざざ……と茂みが激しく動き、何かが逃げていく気配がした 大神は枝の切れ間に金色の影を垣間見て、その後を追った 影の逃げ足は速く、裏の山手でようやく追いつくことができた 双方、息切れしており、相手はこちらに背を向け、うずくまって息を整えていた やがて、 「嬉しいぞ  私を追いかけて来てくれたのだな……」 と言葉を発した 「……グリシーヌ?  グリシーヌなのか?」 だが、大神はその後の言葉が継げなかった 一体、何を言えばいいのか、わからなかった いや、言うべき資格などありはしない……恥知らずな自分にはありはしないのだ 今から十年前、自分はグリシーヌ・ブルーメールという妻を捨て、真宮寺さくらと 駆け落ちした ブルーメール家の追っ手から身を隠すために、太田豊一郎という偽名まで使って世 間を欺き、執拗な追跡をかわした グリシーヌは、そんな自分を未だに慕い続け、取り戻そうとこれまでにも幾度とな く試みていたのだ 「貴公は私のものだ  誰にも渡さぬ……」 「ごめん、グリシーヌ  俺は君と一緒にはなれないよ……」 「貴公は私のもの……私のもの……」 グリシーヌはうわ言のようにその言葉を繰り返した 今まで何十回、何百回と同じ会話を交わしただろう 「ほら……貴公と私の子だ」 と言って、グリシーヌは懐から一つのボロ切れの固まりを差し出した ボロ切れと見えたそれは、手垢と埃にまみれてボロボロになったフランス人形であ った 「…………」 「カトリーヌと名付けたのだ  ありふれているが良い名だろう?  貴公の名も日本ではありふれた名だと聞いたから、それにならってみたのだ」 そう言うと、大事そうに抱えて、本当の赤子にするようにあやし始めた その時、「お父さ〜〜〜ん!!」という声がした 後ろを向くと、次郎がこちらへ走ってくる所であった 「お母さんがお食事の用意ができたから、みんなで一緒に食べましょうって……」 大神が再び目を戻すと、既にグリシーヌの姿は消えていた 「…………」 「今の異人さん  お父さんの知ってる人?」 大神は動揺した 見られていたのだ 「あ、ああ……  父さんの古い……知り合い……なんだ」 「じゃあ、一緒にご飯に来て貰おうよ」 「ダメだ!!」 思わず、強い調子で拒絶してしまった大神は、慌てて、弁解するように説明する 「あの人は……その……病気なんだ  家には来られない……」 「何ていう病気なの?」 「パラノイアという病気にかかってしまって……  今の医学では治癒の見込みはないらしい」 「ふ〜〜〜ん  可哀相だね  あの異人さんは、どうしてそんな病気にかかったの?」 だが、次郎は驚きに目を見張った 父が……父が泣いているではないか 「……俺のせい……全ては俺のせいなんだ……」 大神は嗚咽しながら、我が子を抱きしめた 眺むれば、眼下には無数の桜が可憐な花びらを散らし、家々からは炊事の煙が立ち 上っている 傾きかけた日の光が二人の影を長く伸ばしていた                  (了)                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・                   ・ 「……嫌だぁ!!  そんなのは絶対に嫌だぁぁぁ!!」 グリシーヌは脳裏に浮かんだ絶望的な未来像を振り払った ペダルをこぎながらの、ほんの瞬きの間の出来事である 頭の中で必死に否定しながらも、足だけは休みなく回転運動を続けていた だが、振り払われた邪念は渦を巻いてグリシーヌに再侵入し、暗い妄想を果てしな く広げる…… ◆ タラップを上げ、静かに埠頭を滑り出す船 船上には、手と手を取り合った大神とさくらが…… 『隊長〜〜!!  行くな!私を置いて行くな!!』 埠頭を船と併走して追いかけるグリシーヌ 『グリシーヌ、ごめん!  こうするしかなかったんだ』 『うふふ……グリシーヌさん、お見送りご苦労様  大神さんはたしかに頂きましたよ  これから私達は二人だけの世界一周旅行にでかけます』 『さくら!!……この泥棒猫!!』 『グリシーヌさん、往生際が悪いですよ  元々、大神さんは帝国華撃団の隊長さん  付き合いも私が一番長いんですからね(当人比)  後からしゃしゃり出てきて、気の弱い大神さんを無理矢理婿入りさせたのは、あ  なたの方でしょう?  だから、大神さんを返して貰うのは道理です!!』 『グリシーヌ、俺のことは忘れてどうか幸せになってくれ……』 『嫌だ!!  今の私から貴公を奪い去られたら、私は発狂してしまう!!』 『さようなら、グリシーヌさん  もう会うことはないでしょう』 『さようなら、グリシーヌ……』 『嫌だ嫌だ嫌だ〜〜〜!!』 『……それじゃあ、いつものアレ  行きましょうか  せ〜〜〜の!  勝利のポーズ……きめっ!!』 ビシッ……! さくらがポーズを決め、高らかなファンファーレが鳴り響く そんなさくらを大神は後ろから優しく抱き締めた 頬を染めたさくらがゆっくりと顔を後ろに向け、どこからともなく下りてきた藍色 の幕が二人の姿を隠す そして、唇を重ねる二人のシルエットが円状に浮かび上がり、見えないペンが大き く「HAPPY END」の白文字を描き出した…… ……と、いきなり自転車のチェーンが外れ、グリシーヌは危うく自転車から放り出 されそうになる 妄想にとり憑かれ、注意力が散漫になっていた為に、突き出た石に気づかなかった のだ 力のやり場を失った足が激しく地面をこすり、自然に停止するまで必死に自転車に しがみつくことでどうにか転倒の危機を免れた それでも、骨折しなかったのは不幸中の幸いである 役立たずとなった自転車を捨て、再び、グリシーヌは走り出した 時間帯から言えば、大神とさくらはとっくにルアーブル港に着いている頃である 先程までの妄想が目の前に映じてくる だが、グリシーヌの足は止まらない 愛しい恋人との距離を少しでも縮めるかのごとく、ひたすら走り続けた もう港は目と鼻の先だ 息せき切って、コンクリートの丘を駆け上がり、埠頭に入る しかし、そこに停留されているべき船の姿はなかった 船は既に出発していた……間に合わなかったのだ 「隊長ォォォォォォォォォォォォォォォ〜〜〜〜〜!!」 グリシーヌは遠ざかる巨大な船影に向かって絶叫した うち寄せる波の音以外、それに答えるものはなかった ◆ 彼は行ってしまった 私を置いて…… その事実がグリシーヌの胸の虚空を吹き抜ける 彼無しで自分は一体、どうやって生きていけばいいのか…… 「……うっ……うっ……うっ……」 体の奥底から沸きあがってくる悲しみにグリシーヌはしゃくり上げる その時、グリシーヌは両肩にかかる手の重みを感じた 振り向くと、そこには大神が微笑んで立っていた ……夢ではない 「隊長……」 「お嬢様!申し訳ないざます!  お嬢様と他人を間違えて馬車を走らせるとは、このタレブー、一生の不覚でござ  いました!!」 タレブーが地に身を投げ出して謝る 「グリシーヌ……俺はここにいるよ  君を置いて行くわけがないだろ?」 隊長はここにいる そう理解した途端、堰を切ったように涙が溢れ出してきた 「あっあああ…………ああああああああああああああ〜〜!!!!!」 泣いた グリシーヌは、恥も外聞もなく、大神をかき抱いて慟哭した 様々な感情が渦巻く奔流となり、涙となって頬を流れ落ちる 気品もプライドもかなぐり捨てた今、そこにいるのは、一人の心の弱い女であった 腰が抜けたのか、グリシーヌはずるずると大神の体をすべり落ちていく 慌てて、大神が抱きとめた 「タレブーさんから聞いたよ  グリシーヌをかまってあげられなくて本当にごめんね……」 その言葉が聞こえているのかいないのか、グリシーヌは頷きながら、おいおいと泣 くばかり 大神は黙って金髪を撫でながら、グリシーヌの気の済むまで泣かせてやるのだった 結論から言うと、タレブーが用意させたブルーメール家所有の蒸気船は出発してい なかった 考えてみれば、日頃から主人の顔を間近に拝しているブルーメール家の者達が、主 人と他人(しかも、容姿容貌が全く違う)を間違えて乗せるなどありえないではな いか 小さな偶然の積み重ねから始まったこの悲喜劇が、ルアーブルで終結するのは、い わば、当然の結果と言えよう グリシーヌが見たのは全く別の船、英国籍アリージェンス号という船である……夜 の闇に見間違えたのだ だが、それを誰が責められよう 置いて行かれるという極限の恐怖が、理性ある女性の目を曇らせたとしても誰が責 められよう 泣き疲れ、気を失ったグリシーヌを背に負って、大神は少し離れた場所に停めてあ る蒸気車へ戻って行った その様子を木陰から眺めながら、さくらは一人、胸を痛めていた 心の奥底に眠らせていた願望が不意に現実のものとなった逃避行 乱暴な車の揺れに、破裂してしまいそうなほど胸が高まる 大神と二人、本当にこのままどこかへ行ってしまいたかった それはうたかたの夢…… しかし、諦めるにはあまりにも切ない恋であった ◇ −翌日・ブルーメール邸− 夜が明けた 心身の極度の疲労でグリシーヌは昨日から死んだように眠り続けていた 大神はグリシーヌの寝顔を確かめ、持ってきた洗面器の水にタオルをひたし、ぎゅっ と絞った そして、ベッドの傍らに腰掛け、グリシーヌの顔を拭こうとする 汗で額にはりついていた髪の一房を指ですくって横に除けた すると、グリシーヌの瞼がうっすらと開いた その目が大神の姿を認めて微笑む 具合を聞こうとして、大神が口を開きかけた時である 「さくらの所から戻ってきてくれたのだな……」 大神は絶句した 何の夢を見ていたのか……グリシーヌは再び、深い眠りに落ちていた 「…………」 大神はしばらく、その場で考え込んでいた 同日午後、大神はことの顛末を皆に話した そして、それまでに交わした約束を全て、なかったことにしてくれるよう頼んだ 帝国華撃団メンバーは非常に残念そうな面持ちながらも、不承不承に頷いてくれた しかし、今度来たときには、メンバーそれぞれのリクエストに応じる約束をさせら れたのは、実に大神らしい 彼女らは、大神と巴里観光に行くのが大半の目的だったので、それが果たせないと なると、その日のうちにリボルバーカノンで帝都に帰っていった リクエストは後日、それぞれの希望を紙に書いて大神に伝えられる運びとなった ※余談になるが、帝都版リボルバーカノンとも言うべきミカサ主砲の発射データを 分析し終わった紅蘭が入れ替わりに巴里にやって来た だが、帝国華撃団メンバーが既に帰還し、大神も暇がとれないことを知ると、「何 のために来たのかわからへん」とぼやきながら、再び、リボルバーカノンで撃ち出 されていった 大神はさくら達と別れると、その足でグラン・マのいる支配人室に行き、自分とグ リシーヌの分の休暇申請書を提出した グラン・マは即座に許可したが、 「ただし、一つ条件がある  両華撃団の隊長であるムッシュと巴里華撃団の副隊長兼責任者でもあるグリシー  ヌの二人が同時に国外に離れるのはまずい  行くなら、フランス国内にしな」 と注文をつけた 大神は了承した 休暇は約二週間、フランスの一般からいっても少ない方である だが、グリシーヌにとっては、大神を独占できる、またとない貴重な時間であった 「今度、新しくできた遊園地とやらに行ってみたいのだが……」 「ああ、行こう」 「ショッピングに付いてきてほしいのだ」 「わかった」 「南部地方のワインを飲みに行かぬか?」 「じゃあ、出発は明日にしようか?」 「たまにはゆっくりと森を散策しないか?」 「うん、いいね」 六月の日差しは暖かい この月に結婚した者は幸せな人生を送ることができるという 大神と馬を並ばせ、思い出話にふけりながら、グリシーヌの心はかつてなく安らぎ 幸福を感じていた 七月の風はすぐそこである                  (了)                  −TOP− -------------------------------------------------------------------------- ★この作品の感想を下さい 感想送信フォーム(簡単&匿名)