つぶやき
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ダルエスサラーム大学
2002年03月11日(月)

 朝食はホテルの中庭にあるレストランでのバイキングで食べました。数種類のパンやジュース、ホットドリンク、ヨーグルト、フルーツ、各種フライ、ベーコン、ソーセージなどが用意されていましたが、この中にタンザニア料理があるのかどうかはわかりませんでした。しかし、南国の空気を感じながら食べる朝食は格別です。

 9時にダルエスサラーム大学からの迎えの車が到着し、大学のパンフレットや講義に必要な教材を持って車に乗り込みました。車窓からは高校と思われる建物や登校途中の学生の姿が見えました。30分ほど走ったところで門を通り抜け、緩やかな坂を上っていくと、ビルが見え始めました。ここがダルエスサラーム大学のようで、先ほどの門は大学の入り口だったようです。

 ダルエスサラーム大学の敷地は1652エーカ(1エーカは4047平方メートル)という広さで、これはナゴヤドームの約96倍、一辺が約2.6キロメートルに相当する広さです。車を降りて運転手の後について学内を歩き、案内されたのは副学長が執務している建物でした。建物の造りはとても興味深く、廊下と外の間は窓ガラスのない格子状のコンクリート壁で、風通しがとても良かったです。

 2階の一部屋に空港まで出迎えに来て下さったムシゲニさんの職場があり、部屋の棚には外国との交流関係と思われるファイルが山積みになっていました。ムシゲニさんには、タンザニアでの日程の説明をしていただいた他、帰りのオランダ航空機のリコンファームまでして下さいました。

 ムシゲニさんとともに副学長室に向かいました。ダルエスサラーム大学では、副学長が日本でいう学長で、管理部門の長(Chief Administrative Officer)と教育部門の長(Chief Academic Officer)とで構成されているのですが、僕たちが面会するのは、教育部門の長であるムクニャ教授です。総合数理教育センターについて説明をし、副学長からはダルエスサラーム大学についてお話して下さいました。

 挨拶が終わり、チョンジョ教授の案内で教育学部に向かいました。今日の写真からもわかるように、雨上がりの直後だったので、石畳の歩道は濡れていました。教育学部の建物は、中央に中庭があり、その2階に学部長室があります。学部長の話では、教育学部は学部生を持たず、教員を目指す学生が他の学部から学びに来ているということ、今日、僕たちの講義を受けるのは教育学部の大学院生で、ここの大学院には、教員になって2年以上の経験を積んだ者が来ていることなどを伺いました。左の画像は教育学部の校舎、右は校舎内の中庭です。

 

 理科実験室のような講義室には、様々な学部を出身した大学院生が10数名集まっていました。まずは僕が講義をすることになり、数学の必要性とどのようにモノ作りに活かされているのかを説明しました。「皆さんの祖先におかげで、我々は今、美しい写真を撮ることができます。それは、はるか5000年も昔、アフリカの皆さんの祖先が発明した幾何学から始まります。・・・」

 歴史教科書から消えた「アフリカから生まれた数学」が、カメラのどこに使われているのかを実験を通して説明し、実際にカメラを分解して、その仕掛けを見てもらいました。大学院生は呑み込みが早く、質問は最新のオートフォーカス式カメラの仕組みなど、技術的な分野にまで及びました。講義の進め方についても強い関心と理解を示してくれて、午後は他の教授の講義時間を分けてもらい、秋山さんも講義を行うことになりました。下の画像は、講義室に集まった教育学部の大学院生です。


 学内の食堂は、建てられて間もない商学部の近くにあります。メニューから選んだ料理をトレーに載せて、テーブルまで自分で運ぶセミセルフサービスでした。どの料理も安いのですが、タンザニアには特別な料理があるわけではなく、主食は米かポテトフライなのだそうです。タンザニアの海では魚が捕れ、山間部には肉があります。それぞれの地域にはその食材を使った料理があって、ダルエスサラームには各地からの食材や料理が集まっています。とにかく量が多くて食べきるのが大変でした。気になったことと言えば、ハエが料理の周りを飛び回っていたことくらいでしょうか。


 お腹が満たされたところで、秋山さんによるラジオの講義が始まりました。たった1時間でラジオに隠された数学の説明と鉱石ラジオの作成を行うのは至難の業ですが、大学院生は電気回路の基本的なことは熟知していて、コイル作りから始まるラジオの製作も順調に進みました。

 完成したラジオを実際に聞いてみることにしたのですが、教室の窓はすべて鉄格子がはまっていて、これでは電波を受信することができません。そこで屋外に出て、秋山さんのアイディアで花壇を囲む有刺鉄線を利用してみると、イヤホンから音が流れてきました。ラジオから聞こえる放送を聞いた大学院生は大喜びで、電池を使わないラジオの仕組みに大喝采でした。左の画像はラジオを製作している様子、右の画像は屋外でアンテナを張って放送を受信しているところです。

 

 時間を超過してしまい、短い時間ではありましたが意見交換をした後、チョンジョ教授の案内で学内を見て回りました。図書館は建物の環境が素晴らしく、コンピュータによる閲覧システムも完備されていました。明日の講義を行う予定の、数学科とコンピュータサイエンス科がある建物では、それぞれに独自のコンピュータルームがあって、そこから少し離れたところには情報センターがあります。中にはコンピュータが20台ほど入った部屋があり、学生はお金を支払って利用できるようになっていました。新しく建てられた大教室は、300席の円形のホールのような教室で、その教室が2室ありました。左上の画像は図書館、右上は情報センター、左下と右下は大教室の外観と内部です。

 

 

 ホテルに戻って、撮影した写真の取り込みとビデオカメラの充電を行いました。ところが、日本から持参した変圧器をコンセントに挿した瞬間、変圧器から火花が吹き出してしまい、部屋の中が白い煙と焦げ臭い匂いで充満してしまいました。僕自身、心臓が止まるほどビックリしたのは言うまでもありませんが、恐らく、ホテルの自家発電装置が240ボルトを瞬間的に超えてしまったのが原因ではないかと思います。しかし、充電を途中で止めるわけにはいきませんから、入力電圧が240ボルトまで対応している機材に限っては、故障を覚悟の上で、変換プラグをそのまま取り付けて充電を行いました。

 気になることがもう一つ。タンザニアに来てからお腹の調子が良くありません。トイレに駆け込む回数が多くなってしまって、どうやら下痢になってしまったようです。持参した正露丸を飲み続けているのですが、なかなか効き目が現れないことから、厄介な食あたりを起こしてしまったかもしれません。明日も大切な講義があるので、今日は早めに休もうかと思います。


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