このテキストを書くにあたり5年前のメールの幾つかを読んだのですが…昔の自分って
若いし、やたらとピリピリしてて、なんだかムカつくし怖いです(苦笑)。
ともあれMSX版「ONE」の製作の想い出話、後半です。
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僕はMSX版「ONE」の制作に参加するまで数年ほどMSXでの製作を止めていました。
ちょっとしたイザコザに巻き込まれ、若かった僕は躍起になって不正や悪事を撲滅
しようと奔走していたからで、いまにして思うと随分と無駄なことに情熱を燃やして
しまったなぁと反省していたりします。
MSXでの製作を止める前、とあるMSXユーザーさんが「MSXでの活動をやめる」と
言った事がありました。その人は実力とセンスのある人だったので「やめるなんて
勿体無い。イザコザはあるがMSXをやめる事は無いんじゃないか」と説得したのですが
「イザコザとは関係なく、MSXでやりたい事は全部やり尽くしたから」と、半ば
すっきりした感じで言っていました。当時の僕はその心情…出来る実力があるのに
やらないという選択が、理解できませんでした。
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MSX2に移植するにあたって一番難航するであろうゲーム中の立ち絵の制作は、
数十回のテストコンバートを繰り返した結果、コンバートしたCGを手作業で修正する
という当たり前の手法に決定しました。「当たり前の手法」と言っても、複数人の
スタッフそれぞれの仕上がりが均一にならなければならないと製品としての価値は
無いと考えていました。(僕は当然だと思っていたのですが、代表さんは「製品と
しての出来映え」を視野に入れてCG製作していたことに少々驚かれていたよう
でした…まぁ気の利いた御世辞だったのかもしれませんが)。
CGスタッフ全員のCGの出来を統一する為に、僕が見本CGを用意した…ようです。
あまり記憶に無いのですが(汗)。見本CGとは、色の少ないSCREEN8で肌色や制服の
色をどのようなタイリングで表現するかを決めるために必要なCGで、3色タイリング
など難易度の割にはクオリティに反映されない技術は全て排してサンプルCGを用意
したと思います、多分。(3色タイリングまで視野に入れたのは「完全移植」という
大命題が脳裏にあったからですが、CGに関しては結局「ある程度のMSXっぽさは
許容」という方向に落ちつきました)
当時の僕はかなりピリピリしていたらしく、あまり腹を立てることも無いような事で
代表さんに不平や文句を言ったりしていました。完成直前まで作り込むことが出来たの
は、代表さんをはじめ器量ある優れたスタッフが集まり、僕のようなヤンチャ小僧も
上手く扱ってくれたからだと思います。感謝。
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スタッフにも恵まれていたのに僕がピリピリしていた理由は、製作とはあまり関係の
無い部分でのストレスがありました。
製作当時「公式のMSXエミュレーターがもうすぐ完成する」という話を人づてに
聞いていました。噂では「あと3ヶ月もあれば出来る」という話でした。この話は僕に
とっては嬉しいニュースで、MSX版のONEをより多くの人に(FDD40枚のコピー
作業無しで)プレイしてもらえるという選択肢が生まれると夢想したりしました。しかし
何故か、このMSXエミュレーターの噂で喜んでいるのは僕一人だけで、2000年の夏〜
秋頃だったか(日本を除いた)海外向けに「コナミとナムコのMSXソフトも同時期に
ネット販売される」といったような話が出た頃から、なんだか雲行きも雰囲気も怪しい
感じがすると思い始めました。その後はfMSXのソース盗用などが明るみに出たり、
色々とありました。結局「3ヶ月もあれば出来る」という噂話を鵜呑みにして必死に
「MSX版のONEを公式エミュの発表の同時期に完成させよう」とした意気込みも
消えうせてしまいました。
もうひとつ、些細なストレスなのですが、ONEにはデバッグスタッフがいたらしい
のですが、このデバッグスタッフから何も伝わってこない事が、些細ながらイライラする
ストレスでした。一度だけ業を煮やして「CGは綺麗に表示されていますか?」と
問うた事がありますが、「綺麗に表示されてますよ」の一言ぐらいで済まされて、非常
に幻滅しました。CG製作側にとっては何の役にも立たない。
MSXはPCのモニターとは違い、RGB・S出力・ビデオ出力と、基本的にテレビ
に表示させて使われる事が多いマシンです。またRGBディスプレイでもパナソニック
のモニターは一般のテレビと同じ(かそれ以上)の極端なコントラストで表示されます。
表示させる環境によってタイリングや自然画(SCREEN12)の見え方が違うかもしれない
のに、デバッグスタッフからは何の情報も得られない。自主的にアクションを起こさない
スタッフというのは邪魔なだけです。
また、これはしょうがない事なのですが、CGスタッフのOさんが途中から自然消滅
してしまった事です。心的ストレスというより、作業量が増えた事による肉体的ストレス
とでも言いましょうか(苦笑)。「PC作業は肉体労働」という説もありますが、とても
納得できます。特にOさんには担当枚数は少ない替わりに難易度の高いものを頼んで
いたので、連絡が途切れた頃にはパニックに陥りました(笑い)。Oさんは製作作業以外
にも色々と大変だった御様子で、連絡が取れないまま現在に至ってますが、元気にして
いるといいなぁと思います。
肉体的ストレスの一番は、睡眠時間。結局1年半ぐらいは平均睡眠時間3時間という
生活を送りました。多分、僕の人生の中で一番ハードな生活をしていた時期になると
思います。しかしこれは不満という事ではなく、好きなだけ好きなようにドットが打てる
という充実した時間でもありました。クリックのし過ぎで2ヶ月に1回は腱鞘炎に
なったりしましたけど。
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MSX版「ONE」のSCREEN5のCGは、個人的に全力を出し尽くせて満足でした。
タイトル画面は空の青色とロゴの青色を色味を買えてパレットを用意し、雲をタイリング
で書き込みました。SCREEN5も先述の画像変換プログラムを使ってコンバートしたものを
元に作っていますが、ほぼ全てのドットを打ち直しました。コンバートしたCGを下書きに
新たにCGを描いたといった感じでしょうか。
音楽モードの画面もSCREEN5で、Windowsオリジナル版では曲名が表記されているのですが、
MSXの256*212ドットでは漢字も使われている曲名を表示するのはなかなか困難です。8*8ドット
/6色ぐらいの文字フォントを別途製作し、ほぼ全て手作業で作成した音楽モードCGに合成
して仕上げました。また曲選択時に曲名が赤くなるという仕様も別パターンの画像を用意して
16色で対応させました。
タイトル画面も音楽モードも別パターンの画像に切り替わる部分があるのですが、その座標
はきちんと8の倍数にした気がします。これは「やっぱパターンは8ドットで管理しなきゃ」
という趣味だけではなく、プログラマーさんと座標をどうするかといった打ち合わせを
しないまま作ってしまった連絡不足が原因だったりします。デバッグスタッフからも報告は
何も無いので、僕は現在でもきちんと表示されていたのか知らないままだったりしますが、
きっと多分大丈夫だったのでしょう。
エンディングではセピア調モノトーンCGが表示されますが、その画面もSCREEN5で製作
しました。RGBが各色0〜7の8段階しかないSCREEN5ではモノトーンのカラーパレット
も8段階しか用意しない事が普通のようですが、僕はたしか11色ぐらいのグラデーションを
用意して描きました。また、学校の玄関のCGがあるのですが、その下駄箱が綺麗に描けず、
結局「手動誤差拡散タイリング」といった我流の新テクニックを発明したりしました。手動
で誤差拡散。若いですね俺。いまの自分にはムリなテクニックです。
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SCREEN8のCGは、僕にとって挫折の連続でした。実際にはMSXの限界で、僕がいちいち
挫折する必要は無いのですが、いくらドットを打っても綺麗に仕上がらないというのは非常に
絶望的な戦いをしている気分でした。
立ち絵CGは「ONE」の基本画面であるのに、そのキャラクターの9割はタイリングで
描かれているので、いくら絶望的でも綺麗に見せなければなりません…が、あまり上手くいった
という実感が無いので、あまり書く事も無かったりします。カラーパレット(0,0,0)を
透明色にして透過コピーするのですが、その輪郭のジャギー消し(ボカしのテクニック)を
どの程度にしなければならないのかで非常に苦心したのですが、これはCGスタッフのTさん
のおかげで僕は楽をする事が出来た記憶があります。髪の毛の色までタイリングしなければ
ならない「タイリング使用率ほぼ100%キャラ」みさき先輩の立ち絵CGはOさんにお任せ
していたのですが、Oさんと連絡を取る度に「僕がやらなくてよかった…」と難易度の高さに
震え上がったものです(苦笑)。
他のCGスタッフが有能だったおかげで楽が出来た分、僕は立ち絵の後ろに表示される
背景CGのクオリティアップに集中する事が出来ました。背景のCGというと重要性は低い
ように思われるでしょうし、実際に重要ではないのかもしれませんが、MSX2の少ない
ドットで「コンバートそのまま」の手抜きCGを使うと非常に目立つと考え、全部修正
しました。CG描き込みのサブリミナル効果を狙ったという意図によるもので、立ち絵の
キャラと背景の全部がタイリングで描かれている事で画面全体の描き込み密度を高く
して、RFやビデオ出力なら綺麗に滲むようにしたわけです。背景のCGは別に綺麗さを
求められていない部分なのでしょうが、それを徹底的に綺麗に仕上げる作業はなかなか
楽しかったです。僕が請け負ったSCREEN8のCGで一番楽しかった作業が背景の修正でした。
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イベント画面で使われるSCREEN12のCGは基本的にコンバートそのままの予定でした。
しかし2001/春ごろからCGスタッフTさんがMSX上で動作する強力なドット修正ツール
(SCREEN8用とSCREEN12用)を作ってくれたおかげで、CG修正作業が劇的に変化しました。
(先述のSCREEN8の背景修正もTさんの作ってくれたツールのおかげで楽しく作業できました)
このドット修正ツールは拡大(ルーペ)表示が基本で、ドローイングなどの描画機能は
ほぼ皆無なのでCGを「描く」には向かないのですが、コンバートしたCGなどを「修正
する」事に関して本当に実用的で、キーボードとマウスを併用する事で操作性も良好
でした。元々turboR専用だったのですが、僕の注文で「べーしっ君」(BASICコンパイラ)
でも動作するようにしてくれました。「グラフサウルス」の数倍使いやすかったです。
俗に「自然画モード」と呼ばれているSCREEN12のCGに修正の必要があったのかというと、
実際にはほぼ全てのCGにブロックノイズや色化けなどといった修正の必要があったのです。
MSXのCGの中でも容量を消費するデータなのに綺麗ではないのは許せないという気持ちが
あったので、Tさん製のCG修正ツールは本当に助かりました、というかSCREEN12を
思いっきり堪能できました。
SCREEN12は横4ドット単位で色を管理しているという性質と、YJKという独特の
パレットで、カラフルなCGや微妙な色の表現などでことごとくブロックノイズが出ます。
また肌色や暗い色は大体がガタガタです。SCREEN12のCGは大抵が女子が肌を露出してたり
するので、肌色がガタガタだと…ねぇ?(笑い)
SCREEN12でも肌色がガタガタになるので、YJKのJKの値を全部塗りなおし、Y値で
タイリングする手法だったと思います。つまり全部のドットを打ちなおしたのですが、
なかなか綺麗になるので楽しい作業でした。余裕のある時には背景も出来るだけ直しました。
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2001/春頃、プログラマさんから「ファイル総数4ケタ突破」という報告があったようです。
数割はCGなんですが、僕は実感が沸かないまま、なんとなく「大変そうだなぁ…」なんて
思っていました。CG作業だけで手一杯だったんです。
2001/夏頃は、匿名掲示板などでMSX版「ONE」について色々と槍玉に挙げられた
頃でした。実際に発表予定を1年過ぎているのでしょうがないのですが、この頃から極端に
スタッフのレスポンスが低下していきました。かくいう僕もCG製作は概ね終わり、細部の
調整を残したまま様子見店つまり放置しじはじめた頃だと思います。
その後、どこかのイベントでMSX版「ONE」のデモが公開されたのだと思います。
多分ですが概ねのCGは完成版CGが使われ、一部は製作途中CGが使われたのではないかと
思います。その後も移植作業は続きましたが、次第にスローペースな物となっていきました。
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2001年末には、僕はゾルゲ市蔵さんに声をかけて頂き「謎のゲーム魔境3」の資料集めを
やってたりしました。この資料集めの前後はMSX版「ONE」のCGをちまちまやってた
記憶があるのですが、年明けからは殆ど手をつけていないような気がします。
2002/03月には「ファミ通Xbox」でMSX版「ONE」を紹介して頂けるという話が
ありました。どのCGを掲載するかという話になり、結局SCREEN12がいいというリクエスト
もあったので、スタッフ間でもなかなか評判の良かった茜がショーウィンドーを眺めるCG
を提供しました。これまでHPやゲームラボ等でも発表していなかった茜CGを気に入って
頂けたのか、後に戸塚ぎーち氏から「CG担当の方にもよろしくお伝え下さい」と有難い言葉
を頂きました…が、実は当時は一杯一杯で、この文章を書くまで全然記憶にありませんでした(汗)。
MSXユーザーが戸塚ぎーち氏からの有難い言葉を忘れてるかフツー? 自分で自分が信じ
られない…俺はダメなMSXユーザーだ…ううっ。
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で、話は2002/03月から2003/04月まで一気に飛びます。
この間、MSXドット好きの僕も流石に2年もぶっ続けでドットを打つ日々に疲れ、
また大体のCGは完璧ではないにしろ製作開始当初より数段上のクオリティにする事は
出来ていました。
メールを読みなおすのが少々辛いので記憶でまとめてしまいますが、些細な作業が
一気にプログラマさんにのしかかった事が完成版プログラムの作成にブレーキをかけ、
そのしわよせが音楽ドライバ作成の障害になって…という感じだと思います。些細な
作業…というのは、デバッグスタッフのレスポンスの乏しさであったり、座標管理が
必要なCGの数値をまとめないまま作業を進めてしまったとか、プログラムをどうやって
分割するかとか、また製作以外の日常のストレスや過労など、様々です。実際に代表
さんはかなり体を壊してしまったようで、最後まで本当に色々と苦労してらっしゃいました。
製作が完全に止まった雰囲気になった2002/12、代表さんから中止のお話が上がりました。
多分僕のことですから代表さんを困らせるようなことばかり言ったんじゃないかと
思いますが、スタッフが動か(け)ない状態で完成は有り得ないし、このままスタッフ
として拘束し続ける事は出来ないという事で、その方向で話は終わりました。結局
スタッフ間で正式に製作中止としたのは2003/11/30日なのですが、代表さんの半年
の間の心痛を考えると…。
製作中止が決まった時、僕は「数年かけて折角作ったのに発表できないまま終わる
なんて…」という気持ちと、「ようやく開放されたし、MSXのCGでやりたい事は
全部やり尽くしたので満足」という少々不謹慎な気持ちがありました。長くMSXを
やっていると多くのMSXユーザーがMSXを辞めていくのをみてしまう事になるの
ですが、「MSXでやりたい事は全部やったからMSXを辞める」と言った人の気持
がようやくわかったという感じがしました。
実際にデモ版を見た方がいらっしゃれば、僕よりMSX版「ONE」が完成直前で
あった事が判っていると思います。
完全移植でなければ、もっと簡単に移植出来たと思いますし、結果で言えばそのほうが
良かったのかもしれません。ですがMSXでの完全移植にこだわって製作し、それが
不可能ではないという地点まで走り続けた事は決して無意味ではなかったと思っています。
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05/05/13(UP-LOAD 2006/06/17)
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